さっちゃんの誕生日。

　根岸保育園、カブト組。
いつも、はしゃいだ声が聞こえるその中で、今日は誰もが床に座って四角い紙とにらめっこ。
おままごとの箸はクレヨンに持ち替えて、走り回る代わりに、足首をクルンと回してみたり。
落ち着かない子、静かな子。頑固な子、やさしい子。
一人一人がクレヨンを躍らせれば、思いは形に、心は言葉へ変わっていく。
だって明日は一年に一度の素敵な日。
　みんなが大好きなさっちゃんの誕生日。

坂本　隆二
　ねえ。さっちゃんの歌があるんだって。でも、その歌の中ではさっちゃんはじぶんのこと「さっちゃん」って呼ぶの。
本当かなぁ？　本当だったら笑っちゃう。だけど、僕さっちゃんと話したこと無いからなぁ。わからないや。
さっちゃんのために描いた絵。さっちゃんにわたしながら聞いてみようかな？



薬袋　聡史
いつだって『ひみつ』が楽しさをもりあげるらしい。母さんが言ってた。だからかな。
今日はへやの中いっぱいに『ひみつ』のにおいが広がってる。なんて考えるなんて、ちょっとキザっぽい。
思わず笑っちゃったら、おくれれて来たあの子に、にらまれちゃった。クレヨンでかいた絵。『ひみつ』があふれてる。
このはじっこにある名前「みない　さとし」この名前が『ひみつ』を絵の中に作ってるんだ。「さとし」って名前もすきだけど。
なぜかみんなはそう呼ばない。
女の子みたいに――


橘　さとみ
あしたはさっちゃんの『おたんじょうび』なの。みんなでお祝いするの。きっとたのしい日になるよ。
いま　さっちゃんのために絵を書くの。ほら、あそこにいる子もさっちゃんのために絵をかくの。
『さとう　だいき』っていうなふだつけてる子。だけど、だれもその名前で呼ばないんだよ。
だって、だってね――


平山　さつき
へんなの。みんなでお絵かき。さっちゃんの『おたんじょうび』のお絵かき。だけど、さっちゃんもお絵かき。
なんでだろう。目の前の絵の中手をつないで笑ってるむねに『さつき』のなまえ。「かわいい」ってよく言われるの。
みじかいかみだからおとこの子にまちがえられる事もあるけど。でもかわいいんだって。だけど、へんなの。
みんないつもなまえでよばない。いつもは――


斉藤　マキ
頭きちゃう。いつも一緒におしゃべりするあの子が今日は絵をかいてるの。あの子だけじゃなくて今日はみんなおえかき。
おくれて来たからなかまはずれになっちゃいそうだった。クレヨンもって、紙に向かって。
かみのよこにおおきな字で　『さいとう　マキ』てかいてある。なまえがカタカナ。
これじまんなの。だけどふまん。だれもこのなまえで呼んでくれない。
ばかにしてる。いつだって――


布袋　悟
ばっかばかしいよ。なんでオレまで絵をかかなくちゃいけないんだよ。やってられないよ。
でも、さっちゃんによろこんでもらいたいな。だからオレの絵ってちょっと変。かなりひねくれてる。
だけどちがう。オレは悪くないぞ。オレがかかなきゃいけないりゆうがないからだ。せんせいはきらいだ。
いつもオレに変にやさしい声で、俺のきらいなことやらせようとする。それもオレの名前に「ちゃん」をつけて。
『ほてい　さとし』って言うなまえがあるのに。何でおれがあんなふうに呼ばれなきゃならないんだ。
あんな――


佐藤　大樹
　なまえ呼ばれた気がしてふり向いた。あの子、おへやの真ん中で絵をかいてる。
「あした、さっちゃんのおたんじょうびだから」だって。『たちばな　さとみ』って、絵のはじっこにかいてある。
おおきな花の絵。さっちゃんがよこで笑ってる絵。なにかこうかな？　
さっちゃんがすきな絵にしようかな――



先生
そうなんです。今日はみんなでお絵かきをしました。はい。みんな元気よく絵を描いてくれましたよ。
いつもむすっとしているあの子も、描いてくれましたし。ええ。描いてもらった絵は誕生日のプレゼントにするんです。
ちょうど明日が誕生日の子がいまして。
ちょっと今までと趣旨が違ったので、戸惑った子もいたみたいですが、みんな喜んでくれましたよ。
どの子の誕生日かお聞きになりますか？　
たぶん、今日お帰りになった後に、お子様からお聞きになると思いますけど。
……わかりました。
まだ絵を描いている子がいますでしょう？　
はいあの子です。
みんなは「さっちゃん」って呼んでいるんですよ。


　そう言って彼女は指さす　部屋の隅っこ。
　みんなから離れるように　静かに絵を描いてる子
　ちょっと不満そうなその顔は
　明日にはきっと素敵な笑顔に輝くはず


　誕生日おめでとう
　生まれてきてくれてありがとう


　明日の君の笑顔のために
　誰もが君を好きな事を教えるために
　もう少しだけ秘密のままで


　おさげに赤い服が良く似合う　あの子
　あの子の名前は――

完