2003年 五月の作品たち
ベンチの男 2003年5月4日 ベンチで一人男が寝ている 革靴を脱ぎっぱなしにして ハの字型にそろった黒い兄弟は 陽の光をやけに鈍く跳ね返している まだ歩ける まだ歩けるんだ 叫び続ける声に寝ている男は気づかない だらしなく口を開けて 腕枕の跡を頬に刻み込む 疲れ切った男を結ぶ焦げ茶色のネクタイ ゆっくりと首を囲んで まるでいつでも男を殺せるのだと言わんばかりに 男の体から伸びている 早く起きろ 早く起きるんだ 熱せられた太陽の下 つかの間の眠りが永久の休みにならないよう かつて夢に向かってがむしゃらだったときのように 歩け 歩け ベンチで眠る男は動かない 疲れたように時を過ごして まどろみの中を泳いでいる そこでは靴はいらない だから 僕は男の靴を盗んだのです 卑怯者の「さよなら」 2003年5月6日 遠い日を思い出しては泣いている そんな人になりたいわけではないはずなのに 「さよなら」を告げることが いつだって僕には難しくて 終わっている関係を続けてしまう 冗談みたいに言った別れの言葉に 歪んだ顔を見るたびに 本当の心はただ怖がって内へとこもる そしていつも願ってしまう 僕以外の誰かが呟く「さよなら」を 卑怯者の小さな願い かなわないままおびえる一日 未練ソング 2003年5月8日 忘れたものを 探しています それが何か思い出せないけれど 子供の頃に 忘れたもの いつの間にか なくしていたもの 忘れたものを探しています 願い 2003年5月9日 愛せないのに 愛していると微笑むのを止めてください 微笑まれている僕よりも 愛せない君が 僕には寂しく写るから 春を例えて 2003年5月12日 春の悲しさは何に似ている? 流れる水に例えたくても水はなく 木々になく小鳥の景色も今は見えない 車のオイル光らすアスファルト 割れたガラスが水たまりの中泳いでいる 見上げた空は雲ばかり目立ち やけに湿った空気に肌を仰ぐ 春の悲しさを何に例えよう? 春に見えない この日々の悲しさを 僕のオルゴール 2003年5月12日 壊れたままのオルゴールが まだ捨てられずに部屋に置いてある 力無いとき 哀しいとき 慰めてくれた優しいメロディ 求めたのは僕で 壊したのも僕だった ほんの一時のいらだちと ほんの一瞬の衝動と それだけで消え去った音のシステム 二度と流れない温もりに 時の経つうち余計に焦がれる 落ち込んでいるとき 辛くなったとき 今でも目に付く流れぬ音に目を澄ます その優しさを忘れたくて 僕は新たな調べを探している 僕らは互いに無価値になる 2003年5月19日 「そんなこともあるよ」なんて 君の言葉が僕の心を無価値にする 納得しきった声と やりきれない表情が 僕に言葉を飲み込ませる 君が過ごした一瞬は 決して僕の一瞬と重なりはしないのに 僕らはいつも近づき 過ぎるレールの上から 互いを見つめているのに過ぎないのに 「私なんて」 そう話し始める君の言葉が 僕の心を無価値にする 一瞬君が憎らしくなって すぐに 君の言葉を思い出すんだ 「そんなこともあるよ」 ああそうか 君もきっと同じなんだね 埋葬歌 2003年5月28日 誰にも気づかれないように 地面に穴を掘ったんだ 見えないくらい暗い穴へ 僕は僕を蹴り落とした バイバイ弱い僕 お前を殺して僕は生きるよ 顔に広がった笑顔の仮面が もう二度とはがされないように 誰よりも明るい男になるんだ 例え時に泣きたくなろうと その時はまた穴を掘ればいいんだ そして僕は 僕を何度でも埋め続ける |