2003年 六月の作品たち
郷愁 2003年6月2日 緑の風が吹く 体中から熱気を飛ばして 忘れていた季節を また 今年も思い出している 風の中 一人でも胸を張って 丘の上走っていた 風に凪ぐ芝生が綺麗で 赤くなった空に やけに寂しさを覚えた 「また明日」 なんて自分に言い聞かせて…… また始まる蒼の季節 今は一人ではないけれど あの少年の日の丘は遠い アスファルト駆けながら想う 緑の香 始まりへの予感 あたりまえ 2003年6月5日 あたり前の言葉で あたり前の気持ちを あたり前に言えたら 誰だって想う「あたり前」が難しくて 泣き出しそうになるのです 願うだけでは届かない それだって「あたり前」ではあるんだけれど こんな弱い自分に誰か 「大丈夫だよ」って言って欲しくて 膝を抱えたまま今日も こんな風に言葉を綴っているのです あきらめないを考えてみた 2003年6月11日 自分に無力感を感じながらも 歩くことは止められず今日も道を進んでいます 例えどんなにくだらないってなじられても 信じた道を捨てることは出来なくて 辛ければ辛いほど あきらめられなくなるのです だんだんと周りの連中が 未来って奴を形作っていって そのたびに「これじゃだめだ」なんて責めたりするけど ここまで生きてこれたんだから これからも僕で生きていくんだと思うのです だったら一番自分らしく居られる場所で 生きていたい だから あきらめなくていいんだと思う 君もそうでしょう? 独り歌 〜名前を忘れたあの子のため〜 2003年6月12日 小熊のぬいぐるみを抱いている ファンシーに囲まれて 今日もあの子は扉を開けない ただ春ばかりが無邪気に過ぎていく 誰もあの子を責めなかった 目立たぬ服を着て 目立たないようにいたあの子を 誰もあの子を憎まなかった いつだって謙虚で 押しつけられた仕事でも黙々とこなしていたあの子を 誰もあの子をいじめなかった いつだってお下げの黒髪で アクセサリーすらしらなそうなあの子を だって誰もあの子に気づかなかったのだから 夕方の教室であの子は一人座っていた 自分の机に座ってまっすぐ前を見て 今も授業が続いているみたいに まるで一つの彫像みたいに 彫像になりたかったんじゃないだろうか? 「帰らないの」って僕の言葉に 首を振って答えたあの子 そんなときでも声は出なくて マネキンに話しかけているような気がした 慌ててあの子に背を向けた夏 だからこんなにも気になるんだろうか? 初めて指されたような顔をして あの子は教科書持って立ち上がった 先生に言われたページに頷きながら 細かく震えていたあの子 誰もあの子を責めなかった 誰もあの子を憎まなかった 誰もあの子をいじめてなかった だから 誰もあの子を助けなかった だんだんと沈黙が重荷になっていく それはどんなにあの子にとって重かったろう? 何度もあの子の目は教科書と先生を往復した みんなの目が下を向く 関係ないってそっぽを向く 僕はあの子にただ心でエールを送った 「頑張って」 「頑張って」 「頑張って」 祈り続けた秋 だけど 何をあの子にがんばれと言うんだろう? あの子はいなくなった ストーブ置くのにいいからと あの子の席はなくなった 「帰ってきたら戻すから」 そんな笑顔の死刑宣告 誰も気にしない 僕だって気にもならないはずだった なのに電話をかけたその先で 知らない誰かが泣いていた 何度も何度も謝りながら 今は小熊を抱いているんだと僕に言う 君は誰? 受話器を持って僕はただ途方にくれる あの子の声を聞いたのだろうか? あんなに無口な子だったのに 泣きながら謝りながら 学校にはもう行けないと繰り返す なんだかとっても元気そうで かえって気が抜けた冬 あの子はそれっきり見ていない クラス分け表にはいたけど 今でも姿を見せはしない きっと今も抱いているんだろう小熊を ファンシーに囲まれて 現実はあの子には辛すぎたんだ 誰も気にしない 誰もいつの間にか忘れている だけどあの子の声を聞いたはずの僕だけは いつまでもあの子が来るのを待っている あの時聞いた泣き声が あの子だって確かめたくて ただ時が過ぎていく あの子がいない時 僕を忘れているあの子と一緒に 殺人 2003年6月20日 殺していた僕は 何度も何度も 凍えそうになる両手じゃ 手に張り付いたままのナイフが剥がせなくて ぽつりと言葉を呟くたびに 赤に塗れて赤を求めて 僕は 殺していた 飛び散った血を数えたら 笑った僕が鏡の中に写っているのが偶然見えた 空に 2003年6月22日 ここにいる意味を見つけられなくて 両手を広げて途方にくれています 空はどこまでも広くて僕を誘うのに いつまでも漂った雲になれないのです 何が出来るかが意味じゃなくて 何をしたいかが意味なんだと思った 散らかった積み木を組み立てずに壊すことばかり考えて いつか言語の積み重ねが無駄になってしまうまで 何度も砕いている僕がいます 叩いて叩いて 塵になる 風に流されて空に舞って そうして僕は 意味ある場所に漂って雨となるのでしょう 仮面の声 2003年6月24日 仮面をかぶっていることに疲れた少年が 剥がそうとした一枚の笑顔 張り付いたまま醜く縁は爛れて 鏡の中から嗤いかけた 「このままでいいじゃないか 笑ったままで 笑っていれば 誰もお前を嗤いはしない」 泣き顔すら忘れた少年が鏡に向かって首を傾げる 母親の鏡台は冷たく少年には大きくて 弱いからだすべてを飲み込んでいる 仮面は剥がれない 力任せに剥がそうとした指はほおに食い込んで 点々と残った赤い痛みを忘れたように少年は首を傾げる 「誰も僕を笑わない だけど だけどもう 僕は僕を嗤いたくない」 絞り出すように言った言葉の先で鏡が歪む こぼれ落ちた仮面と一緒に やっと思い出した そして久しぶりに僕は泣いたんだ 鎖 2003年6月25日 不条理に縛られる やりたいことを探して飛び込んだはずの場所で がんじがらめの不条理なルールが 体を縛り始める 逃げられない さび付いた鉄の鎖じゃ動くために体はすり切れてしまう 抗って抗って 抗いながら見つめた周りは なんだか 嬉しそうに縛られたまま眠りについていた この鎖が見えないのか? 叫んだ声はあたりに溶けて 哄笑が僕を包み込む もうこんな所にはいられない 鎖がゆるむ時を必死に待って 僕は体をよじらせた ぷつんと切れた体制の横で 逃げられない友があきらめたように僕に笑いかけていた 大人 2003年6月30日 夢を追っていきたいと 声に出したとき父は責めなかった ただその瞳の奥で かつて夢を追って破れた自分に私を重ねていた 夢で食べていきたいと 訴えたとき母は泣かなかった ただ握りしめたお茶碗が小さく震えていた いやいやをする子供のように ああそうか私は大人になったのだ 無駄に日々を生きていた私はその日初めて理解して 何も言わない父と母に背を向けて部屋へと帰った 胸の痛みは寂しさだろうと見当がついた けれど 体中を走るむずかゆさはその時理解できなかった 「俺、フリーターになろうかな」 そんなことふと漏らした弟が 父と母に怒鳴られる声が背中で聞こえた ふと手を見た 私はこの手とずっと生きてきた いつだって同じように見えた両手で これから一体何をいくつつかめるのだろう なぜか始まりを感じている自分を 冷静なフリして少し笑っていた きっと 大人になるときはみんなそうなんだろう |