「I Wish...」  作 楽静



登場人物 / 役柄(性格)

マリィ / アンドロイド
主人  / 洋館の女主人。マリィの製作責任者。
季里恵 / 洋館のメイド。代々主人の家に仕えているらしい。まだ若い。
誠司  / 洋館にやってきた高校生
静   / 同上
もも  / 同上


○洋式の家(夜)

 音響CI→
 照明 中央サス

 中央の椅子にマリィが座っている
 音響FO

 マリィ 国語辞典をめくり、ある項目を見つける。

マリィ「『完璧:完全で、かけた部分がないこと』……私は完璧? 完璧じゃない? 
    でも、そんなの、誰が決めるの……」


主人 上手より登場。


主人 「マリィ、そんなところで何をしているの?」

マリィ「母様……本を、読んでいました」

主人 「本? 本って、一体何の本を読んでいたの?」

マリィ「角川国語辞典です」

主人 「あ、ああ、そう。……楽しい?」

マリィ「……特に、楽しくはないです」

主人 「じゃあ何でそんなの読んでるのよ」

マリィ「それは……完璧の意味を知りたくて。母様、私はもう、完璧ですか?」

主人 「何よ突然……そうね、違うわ」

マリィ「そう、ですか」

主人 「大丈夫よ。時間はいくらでもあるんだもの・・疲れたでしょう? もう休みなさい」

マリィ「……はい。わかりました」

主人 「じゃあ、お休みマリィ」

マリィ「お休みなさい母様」


主人 マリィの頭部に触れる。途端、マリィは首を垂らす。


主人 「(ため息)所詮、無理なこと・・いいえ、まさか。できるはずよ。そうよねぇマリィ……いえ、マリコ」


主人 マリィの髪を撫でる。
季里恵 上手より登場。


主人 「あなたが完璧になれば私の願いは叶う。だから、完璧になるのよ
     マリィ。あなたのために、そして私のために。……でも、
     何が足りないのかしら」


季里恵 上手側で電気をつける動作

照明→全照

季里恵 ほうきで床を掃きながら主人に話しかける。
      マシンガントーク。

季里恵「だめですよお嬢様。お部屋の電気暗くしたままじゃ目が悪くなっちゃうでしょう。
     お嬢様が、暗くて、ジメジメしてて、
     普通の人間が近寄りたくもない場所を好き好むのならいざ知らず、
     めんどくさいを理由にそれ以上目を悪くしてどうするんですか。
     見て下さい私を、生まれてこの方、メガネなんてかけたこと」

主人 「季里恵」

季里恵「ああ分かってますよ、お嬢様の目が悪くなったのは、
     暗いところにいたせいじゃなくて、怪奇工学の研究に没頭しすぎたためだって
     言うんでしょう。耳にたこが百万匹できるほど聞き飽きましたよ。」

主人 「怪奇じゃなくて機械よ」

季里恵「また、そんなこと言ってごまかそうとして。いいですかお嬢様、
     私があなたに言いたいことは」

主人 「『三十を過ぎても恋人の一人もできないのは、機械なんかを相手に
     しているからだ』そう言いたいんでしょう」

季里恵「そうですよ、その通り。よく判りましたね」

主人 「ええ、それこそ、飽きるほど聞かされているから、毎日のように」

季里恵「それでしたら」

主人 「そして、私はそのたびに言っているはずよ。『私はまだ二十八よ』てね」

季里恵「二歳くらいたいした間違いじゃないですよ」

主人 「いいわね、若いって。でも、私はもうそんな風に思える年じゃないのよ」

季里恵「お嬢様(むっとして)・・とにかく、私が言いたいのは、
     ……もっとご自分の体の事を考えてほしいってことなんですよ。・・どうせ
     お嬢様がやってることなんて……」

主人 「なに? 何か私の遣っていることに文句があるの?」

季里恵「いえ、別に、そういうわけでは」

主人 「そう、ならいいわ……今日は疲れたからもう寝るわね」

季里恵「あ、はい。おやすみなさい」


主人   季里恵の脇をすり抜けて、上手へ退場
季里恵 マリィの近くを掃除し、その髪に触れる


季里恵「お嬢様……(ため息)
     ……本当に、そっくり……でも、これは違う……」


音響CI→ドアを開く音
 

季里恵「え?」


季里恵 驚いて下手を見る(間)
誠司   下手より転げ込む。


季里恵「ひゃああ!」

誠司 「いつつ……いきなり蹴飛ばすんじゃねえよ。」


 季里恵 上手へ退場


誠司 「くそっせっかくセットした髪が台無しじゃねえか……(ため息)
     ……俺ってば、髪がくずれててもかっこいいなあ……って
     何で明るいんだ? 『ひゃああ!』? ……誰もいないよなぁ
     ……やばっ」


誠司 人形に気がつきその場に固まる。


誠司「えっと、べつに泥棒に入ったってワケじゃないんですよ、ただ」


誠司 言い訳しようとするが、その相手が動かないことに気づく


誠司「…………なんだ………人形かぁ」


誠司 あからさまにほっとして人形に近づく


誠司「よくできてるなぁ〜こいつ」


静  下手より登場。そっと中を見ている。


静  「誰もいない?」

誠司 「あ、静! お前いきなり人の背中蹴飛ばしておいて、『誰もいない?』だぁ。
     俺の顔に傷でもついたらどうするつもりだよ? 責任とれんのか」

静  「何よ、男のくせに、女みたいなこと言わないで、気持ち悪い」

誠司 「待て、それセクハラだぞ」

静  「うるさいわね、なかなか屋敷の中に入らない誠司が悪いんでしょう」

誠司 「俺から先に入れようとするなよ! ヒーローってのは必ず最後に
     行動を起こすものなんだぜ」


 もも下手より登場


静  「知らないわよそんなこと」

もも 「誠司も、静も、もう少し声のボリューム落としたほうがいいよぉ。 
    もしかしたら、誰かいるかもしれないんだから」

誠司 「あ、ああ、ごめん」

静  「私、別に悪くないわよ、ただ誠司が勝手に騒いでただけ」


静  屋敷の中をきょろきょろ見始める。


誠司 「ったく、静は本当自分勝手なんだからよ」

もも 「仕方ないよ誠司、いつものことじゃん」


静  人形に気がついたらしい


静  「キャー、すごいじゃないこれ。ほらほら、関節だってちゃんと
    動くわよ」

誠司 「ああ、それか。本当人間みたいだよなぁ、入って来た時一瞬、
     人が座ってんのかと思ってビビったぜ」

もも 「よくできてるよね」

静  「何よ、あんたたち感動が薄いわねぇ、こんな精巧な人形見て
    なんとも思わないの?」

誠司 「お前ほどガキじゃないんだよ、俺は」

静  「一歳しか年離れてないくせになに言ってんのよ。だいたい、
    誠司前の学校二年で中退して、うちらの学校に、また二年から
    入ってきたから、学年はおんなじじゃない」

誠司 「うるせえな! そのことは、言うなよ」

静  「え、なんで? 気にしてんの?」

誠司 「うっせえな」

静  「ま、そんなことどうでもいいか。それより、もも も来てみなさいよ、
    この人形、本当よくできてるから」

誠司 「どうでもいいって事はないだろ」

もも 「でも、ももなんか気味が悪いよ」

誠司 「俺がっ!?」

もも 「人形がだよ」

誠司 「ああ、そうか、そりゃそうだよな」

静  「なんで? この人形のどこが気味悪いの?」

もも 「だってそれ、本物そっくりって言うより、なんだか、本当に人間みたいだから。
    その、・・死体、みたい」

誠司 「まさか・・」

静  「ちょっともも、変なこと言わないでよ」

もも 「ねえ、やっぱり早く帰ろうよ。もも、ここなんかやだよ!」

静  「大声出さないでよ。誰か来たらどうするの!」

もも 「静のほうが絶対大声だよ」

静  「いいから黙ってなさいよ」

もも 「はーい」

静  「……それにしてもこの屋敷って、人形以外面白いもの
    ないわね。ここで、この人形が動き出しでもしたら面白いんだけど」

誠司 「あるわけないって」

静  「んなのなんで分かるのよ」

音響CI 銃声

三人   驚いた声

季里恵  上手より銃をもって登場。


執事 「Hurry up!」

誠司 「うわっ!」(手を上げる)

もも 「きゃあ!」(手を上げる)

静  「(一拍遅れて)はぁ?」

もも 「静、手上げなよ」

誠司 「何平然としてんだよ、撃たれてえのか!?」

静  「・・ばかねぇ『Hurry up』は『急げ』でしょ。『手を上げろ』は、『Hold up』よ」

誠司 「え? それじゃあ」

もも 「急げって、何を急ぐの!?」

静  「そんなわけないじゃない」

季里恵「何だ、面白くない。ひっかからないのね」

静  「ずいぶん、ふざけた事をしてくれるじゃない」

季里恵「ふざけたこと? 正面玄関から堂々と忍び込んでくる泥棒に言われたくないわね。
     あなた達こそ、ずいぶんおふざけが過ぎるんじゃありません?」

静  「泥棒!?」

もも 「違いますよぉ、ちょっとこの家を探検しようと思った、ただの、善良な高校生です」


3人  うなずく
主人  季理恵の会話途中で下手より登場
     ハリセンを持っている。


季里恵「善良な高校生は、不法侵入なんてしないわよ。まったく、
     私のお掃除タイムを邪魔するなんて……腹たつから
     撃っちゃおうかなぁ……こんなふうに・・BANG!!」


主人  BANGニタイミング合わせて、
     所持しているハリセンで、季里恵を叩く


主人 「なにやってんじゃい!!」

季里恵「お、お嬢様。痛いじゃないですかっ」

主人 「ここは日本だと、何度も言ったでしょう。
     JAPANで銃を見せびらかしたら、こっちが捕まっちゃうのよ」

季里恵「でも、この家に忍び込んできて」

主人 「だからといっていきなり撃つのはまずいわよ。早くしまいなさい」

季里恵「はい。……それにしても、お嬢様よく起きてきましたね。
     寝付いたら、5時間は起きないのに。わざわざハリセンまで持って」

主人 「ああこれ? さっき急にひらめいたのよ。
     最小限の力に対して、最大限の音を出す。
     つまり、痛くはないのに音が出る最高のハリセンの構造をね。
     うれしくなって、つい寝るの忘れて作っちゃったの。どう、これ? いい感じでしょう?」

季里恵「……痛かったですよ」

主人 「デザインの事を言ったのよ」

季里恵「個人的意見を言わせてもらうと、ちょっと」

主人 「そお? いいわよねえ(3人のほうを見る)」


3人  必死でうなずく


主人 「でしょう? わかる人にはわかるのよね」

季里恵「おびえてうなずいたようにしか見えませんけど」

主人 「季里恵、自分のセンスが受けいられなかったからって、ひがむのはよくないわ」

季里恵「……それよりお嬢様、この方達どうします」

主人 「あら、もちろん、不法侵入ですもの……銃殺?」


季理恵 嬉しそうに頷く


誠司 「あ、俺達そろそろ帰らなくちゃ」

静  「じゃあ、そういうことで」

もも 「失礼しましたぁ」


主人  懐に隠していた銃を取り出す。


主人 「撃つわよ」


3人   固まる


主人 「せっかく来たんだから、ゆっくりしていきなさい。
     季里恵、皆さんにお茶を用意して」

季里恵「はい。……お嬢様こそ、危険なことしないでくださいよ」

主人 「大丈夫。ばれないようにやるから」


季里恵  上手へ退場


誠司 「あの、俺ら本当別に何しようってわけじゃなくって、その」

主人 「平気平気,痛いのは一瞬だけよ」

静  「き、気分を害したなら、謝りますから」

もも 「お願い、撃たないで」

主人 「(笑いを堪えようとするが、だんだんそれが出来ずに笑い出す)」

もも 「どうしちゃったの?」

静  「チャンスよ、行け、誠司」

誠司 「おう・・って俺に何させる気だお前は」

2人 「盾」

誠司 「死ぬじゃん」

主人 「(笑いながら)そんなあわてなくてもいいわよ。冗談だから」

誠司 「え?」

主人 「あんまりあなたたちの反応が面白いんで、つい長引かせちゃったけど。
     本当はただ脅かそうと思っただけなのよ。どう? 結構気分出たでしょ?」

もも 「びっくりしたぁ」

静  「……どうせ、そんなことだと思ってたわよ」

誠司 「何言ってんだびびってたくせに」

静  「ふりよ、ふり。あなた達が驚くのが面白かったから」

もも 「って、ことにしておいたほうが、静のためだよ」

静  「もも! どういう意味よ」

主人 「(笑って)それにしてもあなた達変わってるわね」

誠司 「……そりゃあいきなり人のこと弾の盾にしようとする奴なんていないだろ」

主人 「そういうこと言ってるんじゃないわよ。
     いきなり他人の家で漫才始めるし、女二人男一人って組み合わせも面白いし。
     あなた達、ずいぶん仲がいいのね」

静  「……何が言いたいのよ」

主人 「別に。私には、そんな相手なんていないから純粋に羨ましいだけ。
     ……ずっとあの子だけだったから。
     ……あなた達みたいのを、きっと友達って言うんでしょうね」

静  「腐れ縁よ」

もも 「えーっ もも静のこと友達だと思ってたけど、静はそうじゃないの」

静  「そ、そういうわけじゃないわよ」

誠司 「おい、なに柄にもなくテレてんだよ」

静  「うっさいわね、そんなんじゃないわよ」

主人 「(おかしそうに)本当に,いいわね仲がよくて。……友達,か。
     ……もしかしたら,マリィに必要なのは、これかもしれないわ」

もも 「……マリィ?」

主人 「ああ、こちらの話、気にしないで……
     そうだ。ねえ君達、私の妹の友達になってくれない?
     ……自分と同じ年齢の子供と会わすことによって、あの子を完璧に近づけたいのよ」

もも 「よく、わからないよ」

主人 「ああ別に分かる必要はないわ。どう?
     ……もちろん妹の友達になってくれれば、警察に連絡するなんて事も必要なくなるわね。
     なんせ、妹の友達なわけだから」

静  「もしかして、脅しているの?」

主人 「想像に任せるわ」

もも 「ハーイ、ももは友達が増えるのは大歓迎」

誠司 「ていうか、選択肢無しじゃねえか。別に俺は自分のファンが増えることには大賛成だね」

静  「それで警察に行かなくて済むのなら、いいわよ。選択の余地ないみたいだし」

主人 「そう?じゃあ早速妹を紹介するわ」


 主人は真ん中の椅子に近づく。


主人 「この子が」

もも 「え! おばさん、それが、おばさんの妹?」

主人 「おばさん……」

もも 「あ、ごめんなさい」

主人 「いいえ、気にしないで。そうね、いつまでも若くはいられないものね。
     ……もう少しお姉さんで通ると思ったんだけど」

誠司 「それは無理だろう。いくらなんでも、ちょっと(主人ににらまれる)……すいません」

主人 「これが、私の可愛い妹、マリィよ」

誠司 「人形が?」

静  「いや! 『館に住む主人の正体は、等身大の人形を妹と呼ぶ人形マニアだった!』なんて。
    そんなの嫌すぎる」

主人 「私だって嫌よそんなの。そうじゃなくてこれは」

もも 「大丈夫ですよ。
    人間だったら、誰でも一つや二つ人にいえない秘密があってもおかしくないはずだから。
    べつに、ももたちが忍び込んだことさえ黙っていてくれれば、誰にも言わないよ」

主人 「そうじゃないって言ってるでしょう?」

もも 「あ、じゃあ、妹さんと遊ぶって、もしかしてままごと?」

誠司 「勘弁してくれよ、俺いやだぜ」

静  「私だってヤよそんなの」

主人 「そうじゃないわよ!(怒気)」

――間――

主人「(咳払い)この子、マリィはアンドロイドなの」

3人「アンドロイド!?」


3人  顔を見合す


誠司「…………って、なんだ?」

主人「(力抜けそうになりながら)簡単に言えば人型ロボットよ。
    まあ、鉄腕アトムを、女の子にして、さらに背を伸ばしたようなものだと思ってくれれば」

もも 「ええ! じゃあ十万馬力なの」

主人 「いいえ、1998年高校生女子平均筋力しかないわ」

静  「すごく頭がいいんですか」

主人 「それも、女子高生平均並。まあ、機械だから記憶力だけは人以上ではあるけどね」

もも 「空を飛ぶとか」

主人 「飛べるわけがないわよ。飛行機じゃないんだから」

誠司 「目からサーチライトとか」

主人 「だから人型だと言っているでしょう。人には出来ないことは出来ない。
     これは、完璧な人型アンドロイドなのよ」

もも 「アトムじゃないじゃん」


誠司 ももの言葉に頷いている


静  「一体、そんなの何の役に立つのよ」


主人 演説調。ノリに乗って


主人 「人間としてよ。人は、今までさまざまな理由で愛する人を失ってきたわ。
     その心の傷を埋めるために必要なのは、慰めの言葉でも、時間でもないの。
     その人とまったく同じな、もう一人の愛する人なのよ。
     本物そっくりのイミテーション。
     いえ、本物そのものの愛する人を、私は、作り出すことに成功したの。
     どう? 素晴らしいでしょう?」

静  「……ってことは、この子は、あなたにとって何かの代わりって事? 
    その、愛する人の」

主人 「そうよ。この子は、十年前に死んでしまった私の大切な妹マリコの分身。
     マリコのイミテーションだから、略してマリィ」

誠司 「マリコイじゃないのか」

主人 「庭で飼うの鯉じゃないんだから、そんな名前にするわけないでしょ。
     ……まあいいわ、マリィを起こすわね」


主人  マリィに触れる。

マリィ  ゆっくりと起きあがる。


マリィ「体内時計から推測。こんばんは、ですね?」

主人 「……この子が、私のマリィよ」

誠司 「ロボットって言う奴なのか? 本当に?」

主人 「アンドロイド。間違えないでほしいわね」

静  「具体的に、ドコが違うの?」

主人 「何言ってるのよ、ロボットなんてついイメージがする言葉に較べて、
     アンドロイドは、とてもなめらかで、美しいじゃない」

もも 「もも、よく分からない」


誠司 ももと一緒に首をかしげている。


静  「つまり、語感がいいって事?」

主人 「ま、まあ、そう言うことね。でも、そう言っちゃ身も蓋もないと思わない?」

静  「はぁ・・」

主人 「とにかくマリィ、この人達が、今日からあなたの友達よ」

マリィ「……友達とは、何をするものなんですか」

主人 「それは、彼らに聞いた方がいいわ。それじゃ、君達、マリィと遊んでやって。
     私は季里恵に頼んでお茶のほかに何か出してもらうから
     ……くれぐれも、マリィに危険なことをさせないでね」


主人 上手へ退場。


誠司 早速自分の髪をとかし始める


もも 「えっと、あっと、じゃあ、……ねえマリィって呼んでいい?」

マリィ「その他に呼ぶ名があるのですか?」

もも 「だっておばさんが『マリィはマリコの分身なの』って言ってたから。
    もしかしたら、マリコって呼んだ方がいいのかなって思って」


マリィ 無表情ながら、言葉には拒否感が見える。


マリィ「……マリィと呼んで下さい」

静  「?……マリィ、もしかしてあなた」

もも 「あたしのことはももって呼んで」←静の台詞をかむ

マリィ「ももさんですね」

もも 「ももでいいよ。で、誠司でしょ、それから、静」


誠司 カッコつけて礼

静   どう反応していいか困っている


マリィ「ももに、誠司さんに、静さんですね?記憶しました。
    ……静さんは、私に何か言おうとしてませんでしたか?」

静  「別に、やっぱりいいわ」

もも 「ねえ、マリィは何歳なの」

マリィ「設定では十七才という事になっていますが、製造されてからは一年しかたっていません」

もも 「じゃあ、赤ちゃんの時とかないんだぁ」

静  「いいわね子供の時がないなんて」

誠司 「確かになァ」

もも 「えーそんなことないよ……そりゃあ、静はそうだろうけど」

静  「……なに? もも、あんた何が言いたいわけ?」

もも 「えーっと、……何だっけ?」

静  「ま、生まれた時から高校生の知力っていうのはいいわよね」

誠司 「テスト前に必死になって勉強するとか、必要ないんだもんな。
     知識だけ脳にインプットすればおしまい。か」

マリィ「確かにそうですけど。
    でも、覚えようと思わなければ、インプットできないところは、人間と同じですよ」

静  「そんな事言ったっていつも平均点以下取っている奴よりは、頭いいわけでしょ。ね、誠司。
    でも、確かあんたって うちらの学校に来る前までは頭のいい学校に行ってたのよねぇ?」

誠司 「なんか、お前らと一緒の学校にいると、どんどん頭悪くなっちゃうんだよな」

静  「もともと馬鹿だったんじゃない? だから退学したんじゃん」

誠司 「うるせえな。別に俺は頭悪くて退学になったわけじゃねえよ」

もも 「そうだよ、誠司は、ヤクザの女を殴って学校にいられなくなったんだよね」

誠司 「な、なんだよそれ」


静   ばつの悪そうな顔で視線をそらす


もも 「隠さなくたって良いよ、別に、ももそんなこと気にしないしさ」

誠司 「そーじゃなくて、そんなでたらめ誰が言ってたんだよ」

もも 「えーだって、静が」

静  「(間)あ、っと、ところでマリィ、あんた生まれてからずっとここにいたわけ?」

誠司 「おい、静」

静  「(早口)こういっちゃ何だけど、どう見てもこの家、人がすむようには見えないわよ」

誠司 「ごまかし方が強引なんだよ」

静  「なんのこと」

誠司 「(ため息)もういい。ま、でも静の言うとおりだよな」

もも&静 「やっぱりヤクザの女を殴ったの!」

誠司 「なに言ってんだよ、この家が、人が住んでるように見えなかったって事だよ」

静  「なーんだ面白くない」

誠司 「面白くしてどうすんだよ。で、マリィだっけ? ずっとここに住んでるのか?
     だとしたら、すげえ根性だよな、ひまじゃないか?」

マリィ「ひまなんて思ったことはありません。ここは、母様の思い出の場所ですから。
    それに、ここに移ったのは先月の十七日からです。
    それまでは、母様の研究所にいました」

静  「母様? あなたあのおばさんの妹の代わりじゃないの?
     お姉さんとか呼ぶんじゃない? 普通」

マリィ「……そうですけど、あの人は私にとって親ですから」

静  「そういうものなの?
    でも、それじゃあ、あのおばさんの妹の 代わりってことにならないじゃない」

マリィ「それは、そうですけど……」

もも 「ねえねえ、そんなことよりさぁ」

静  「そんなこと……」

もも 「(無視)研究所って何するところなの?」

マリィ「機械工学の研究をする場所です。
    母様は、十年前に妹を無くして以来、ずっと機械工学に時間を費やしたそうです」

静  「それで、あなたができたんでしょう?」

もも 「なんか、十年越しの夢なんて、カッコいいよね」

誠司 「そうか? やっぱ今日も俺きまってるよなぁ」

もも 「おばさんだよ」

誠司 「んなの分かってるよ、まじめに突っ込みいれんなよな。
    でも、俺のほうがカッコいいね、若いしな」

もも 「はいはい。でも、もものほうが若いよ」

静  「でも、マリィはそれで幸せなの?
    なんか、あなたおばさんの妹になりたくないように思えたんだけど」

マリィ「そ、それは……」


音響CI 食器が割れる音


静  「え? 何よ、せっかくいい場面だってのに」

マリィ「皿が割れたんです」

静  「……そう言うことを言ってるんじゃないわよ」

マリィ「すいません」


季里恵  突如上手より登場。下手に走り、消火器もって、再び上手へ消える。

3人    唖然


誠司 「なんだありゃ?」

マリィ「季理恵さんです」

静  「だからね、そういうこと言ってるんじゃないのよ」

マリィ「すいません」


季里恵  上手よりむせながら登場。

主人    季理恵の後ろから、同じようにむせながらついてくる。

    途端、舞台は煙(見えないけど)で一杯になる。すさまじい臭い。


3人   むせる


季里恵「一体なんだって油のいっぱい入った鍋に、火を入れようなんて思ったんですか!」

主人 「だって、料理の鉄人とかで、フライパンに火柱上がってるじゃない。
     カッコいいかなって思って」

季里恵「油の量が違いますよ!
     せっかくお出ししようと思っていたケーキも満足に切れずに皿ごとひっくり返すし。
     本当に、余計なことばかりしてるんですから、まったく。
     いくら怪奇工学で偉いって言っても」

主人 「機械工学」

季里恵「どうでも良いですよそんな事!
     いくら偉くても、家事について言えば、私はプロで、お嬢様はアマチュアなんですからね。
     いえ、アマチュアよりもたちが悪い。私に任せて下さればいいんですよ」

主人 「でも、季里恵、割れたお皿片付けるのに忙しそうだから、
     ドーナッツくらいなら私に持って思って」

季里恵「今度からは、機械相手に、機械オイルでもお出しすることですね。
     それなら絶対に間違えようもありませんから」

静  「どうしたんですか?」

主人 「台所が消火器まみれなのよ〜」

季里恵「それはお嬢様が、油のいっぱい入った鍋に火なんか入れるからでしょ!
     早めに消化しなかったら、今ごろお屋敷は丸焼けになってますよ」

もも 「じゃあ、お茶も出ないんですか?」

季里恵「それどころじゃありませんよ。私これから台所の片付けに集中しなくちゃ」

マリィ「それなら私、お片づけお手伝いします」

季里恵「ああ、それなら、手伝ってもらいましょうか」

主人 「何を言ってるの、マリィにそんなことさせられるわけがないわよ」

マリィ「母様でも」

主人 「『でも』はいらない」

マリィ「……はい」

静  「……あの、じゃあ、私達がお手伝いしましょうか」

主人 「そう、それがいいわ。一人か、二人、手伝ってあげて」

もも 「もも も。雑巾触んなくていいんなら手伝う」

季里恵「全然役に立たないじゃないですか……結構です」

もも 「そう? じゃあいいや」

誠司 「俺は?」

静  「誠司が来たら、台所は壊滅的なダメージを受けると思うんだけど」

もも 「誠司不器用だもんね」

季里恵「気持ちだけいただいておきます」

誠司 「そうか、よかった……いや、残念だなぁ」

季里恵「(ため息)じゃあ、行きますよ、覚悟決めてついてきて下さいね。
     ああ、台所に入ったらため息は禁止ですからね。益々やる気がなくなりますから」


季里恵 上手へ退場


静  「私がいないからって、変なコトしないようにね」


静    上手へ退場


誠司 「何だよそれ」

主人 「そうか、あぶなかったわ。男一人を残しておくというのも危険だものね。
     私のマリィが傷物にでもなってしまったら」

誠司 「そんなこと、なる分けないだろ!」

主人 「……信用してるわよ青年」

誠司 「まったく信用してないだろ」

主人 「(ももに)この場はお願いね」

もも 「まかせて」 


主人  上手へ退場


誠司 「たく、あいつら勝手なことばっかり言いやがって」

マリィ「そのわりには、言語内に不快感が込められていませんね」

誠司 「……なに言われてもいやな顔しない俺って、いかすだろ?」

マリィ「はぁ」

誠司 「惚れてもだめだぜ、俺は、一人の人間に束縛できるほど、小さい人間じゃねえからよ」

マリィ「そうですか」

もも 「ねえ、じゃあ何して遊ぼうか?」

誠司 「は?」

もも 「おばさん言ってたじゃん。マリィと遊んでやってくれって。家の中で出来るのがいいよね」

誠司 「めんどくせえな。なんか話してようぜ。そのうち、あいつらもやってくるだろ」

もも 「えーとね、それじゃあ何の話しようかな……
    あ、そうだ。もも、マリィに聞きたいことがあったんだ」

マリィ「なんですか?」

もも 「えっとね、マリィってさぁ・・(誠司を見て、言葉を飲み込む)や、やっぱりいいや」

誠司 「なんだよもも、何か言うんだったら、早く言えばいいじゃねえか」

もも 「えーじゃあ、誠司ちょっとあっち行ってて」

誠司 「なんでだ?」

もも 「なんでも」

誠司 「へんなやつ……ま、それじゃあ手伝いでもしてくるかな。失敗しない程度にさ」

もも 「うん、行ってらっしゃい」


誠司  上手へ退場


もも 「(誠司が出ていったのを確認して)……マリィってさ。夢とかある?」


音響CI→


マリィ「夢、ですか?」

もも 「あ、なんか急だよね。でも、さっきから考えてたんだ。
    ロボットでも、夢って見るのかなって」

マリィ「私はアンドロイドです」

もも 「ごめん。それで、夢、見るの?」

マリィ「見ません。私は、いつも眠るときは母様に電源を切ってもらいますから。
    正確には寝たことがないんです。
    心臓も、脳波も止まっているので、止まっているというのに近いと思います」

もも 「じゃあさ、現実の夢は? 将来なりたいモノとか、こうなったらいいなって言うもの。
    ももはあるよ、看護婦さんとか、保母さんとか、あ、キャリアウーマンにも憧れるなぁ。
    でも、一番なりたいのは、……大好きな人のお嫁さん。マリィは?」

マリィ「夢は、かなわないから夢という言葉が、私のデータには含まれています。
    ですから私は夢を持ちません。それに、そんなことをしていては、私は完璧になれません」

もも 「完璧? なにそれ?」

マリィ「完璧な、マリコになることです。それが私の存在理由であり母様の望みですから。
    そして、そうなるためには現実をおろそかにしてしまう夢は不要なのです」

もも 「……なんだ、マリィちゃんと夢があるじゃん」

マリィ「意味がよくわかりませんが」

もも 「完璧になりたいって思ってるんでしょ? こうなりたいって思うことは、夢なんじゃないの?」

マリィ「ももさんは、私の完璧になりたいという望みは夢であり、
    決してかなわないといっているのですか?」

もも 「え、違うよぉ。ももが言いたいのは『望み=夢なんじゃないの?』ってこと。
    だって、ももがさっき言った夢って、そのまんま、ももの望みでもあるんだもん」

マリィ「私の望みを、あなたのくだらない夢と同じにしないでください!」

もも 「え、くだらなくなんかないよ」

マリィ「そうですか? 私はそう思いますけど。だいたいにして、
    いくつもの職業を全て兼ねる事なんて、不可能です。
    あなたの知能レベルから考えると、その一つでも無理でしょう」

もも 「ひどい」

マリィ「(無視)結婚が夢というのも、今の社会状況から考えると、ずいぶんと古びた考えです」

もも 「でも、いいじゃん、夢なんだから」

マリィ「そうやって、『夢なんだから』と言った時点で、
    叶わないものと決めつけているとは思いませんか? 
    望むという行為に、それは当てはまりません」

もも 「でもさぁ……夢って、希望とか、理想のことだよね。
    望みってさ、願いとか、叶って欲しいって気持ちだよね?
    ……同じじゃない? どこが違うの?」

マリィ「……夢は、叶いません」

もも 「……望みだって、望んでるだけじゃ叶わないんだよ」

マリィ「それは、そうですけど」

もも 「うーん…………ま、それもいいかもしれないけど」

マリィ「え?」

もも 「マリィみたいな考え方も、あるよね。
    もも、あんまり頭よくないから夢も望みもいっしょだなぁってなんとなく考えてたけど、
    違うかもしれないってこともあるんだよね」

マリィ「正しいことは、いつも一つだけです」

もも 「そんなのももだってわかってるよぉ。でも、正しいことの考え方は、たくさんあるんだよ」

マリィ「……正しいことの考え方?」

もも 「そう。他人が見たら、すごくくだらないかもしれないけど、
    本人は大事にしている考え方っていっぱいあるでしょ? 
    正しいことの考え方って、そういうこと。
    あっているとはいえないかもしれないけど、間違っているともいえない考え」

マリィ「……そんなこと、考えたこともありませんでした」

もも 「だったら、そう考えてみなよ。だって、そのほうが楽しいでしょ」


マリィ  表情が和らぐ


マリィ「……そうかも、知れませんね」

もも 「うん、絶対そうだよ」


音響CI 色々な音


もも 「なんだろう?」

マリィ「……複雑な音だとは思います」


静&誠司  上手より登場


静  「本っ当あんたってばいつも余計なことしかしないわね」

誠司 「何だよ、ただ俺は少しでもみんなの苦労を減らそうとしただけだぜ」

もも 「どうしたの?」

静  「雑巾がけの勢いを止められずに食器棚にぶつかってくれたのよ……
    って、あんたって何でいつもすぐ鏡見るのよ」

誠司 「いや、説教を聴く俺の姿もかっこいいなぁって」

マリィ「お怪我はありませんでしたか?」

誠司 「いや、ちょっとセットが乱れたんだ」

静  「冗談じゃないわよ!……もういい。
    だいたいにして、何であたしが初めてやってきた家の、
    しかも消火器まみれになった台所を片付けなきゃいけない理由があるって言うのよ。
    そんなのないってはじめから気づけばよかったわ。やめやめ。もうつかれた」

誠司 「疲れた割によくしゃべるんだよなぁ」

静  「いちいち突っ込まないで。・・それで、あんたたち二人して何してたの?」

もも 「え、えっと、あの……」

マリィ「ももさんの極意を教わってたんですよ」

もも 「えー、極意なんて言われると照れちゃうよ。
    ただ、ももはいろいろな考えがあるよって言っただけなんだから」

マリィ「いいえ、極意です。私は一つの考えに固まりすぎてましたから。
    ……ももさんのおかげで、私はまた一歩完璧に近づいた気がします」

静  「完璧? 何のこと?」

もも 「マリィの夢だよ、あ、望みだっけ」

マリィ「その事にはもうこだわりません。
    ……完璧な人間に、きっと最終的には、完璧なマリコになることが私の夢なんです」

誠司「完璧ねぇ。変わってるなぁ。ま、俺の美しさは完璧だけどな」

静  「完璧なマリコになるって……それじゃあマリィはどうなっちゃうの?」

誠司「無視かよ」

マリィ「私ですか? 私は、どうなるんでしょう。わかりません。
    ……でも、完璧にならなくてはならないんです。
    だって、そうでなくては私が生まれた理由がなくなってしまいますから」

誠司  ちょっといじける
     自分のことを鏡で見て和む。(いじける俺もカッコイイ)

静  「あなたがうまれた理由って……そんなこと、自分のために決まってるでしょう?」

マリィ「……そうでしょうか」


音響CI→


静  「そうでしょうかじゃないわよ、マリィ。私だって、他の誰だって、
    生まれたくて生まれた人間なんて、一人もいないのよ。
    気が付いたら生まれてるものなの。
    生きる目的があって生きている人間なんてそういないのよ。
    ……生まれて、やっと言葉が理解できる頃に「何でお前なんか生まれたんだ」
    「お前なんか生まれなきゃよかった」って、言われる子だっているのよ。
    それこそ、自分の生まれた理由も分からぬままに、否定される人間がね」

マリィ「静さん?」

もも 「静……」

誠司  静の言葉に昔を思い出し俯いてしまう

静  「私ね、今はわがままぶって、他人のことなんか考えちゃいないって感じだけど、
    子供の頃は、親の顔色ばっかり見て、びくびくしてる奴だったのよ。
    しょっちゅう親に浴びせられる言葉のせいで、
    自分が生まれなきゃよかったって思い込んで……すごかったわよ、私の家の夫婦喧嘩。
    ……結局、私が小学校に入る頃に離婚したけど、
    それからも母親の家に引き取られてからいろいろあったし」

マリィ「……そう、だったんですか」

静  「もう、終わったことだけどね。今は私はおばの家にいるから、あの女にあわなくて住むし。
    あの女も、今は誰か違う男と一緒にいるんでしょうし」

もも 「あの頃の静、よく公園で一人泣いてたものね。
    自分の生まれた理由が分からないなんて、わけわかんないこといって」

誠司 「そうだったのか……苦労したんだな」

静  「まあね(泣きそうな顔で笑って)だからね……
    あれ? なに、言いたいんだったか、分からなくなっちゃった」

もも 「つまり、静が言いたかったことはさ。
    えっと何で自分が生きているのか分かってる人なんていないってことだよ。
    自分の事を話すことで、生まれた理由なんてなくてもいいんだよって、
    教えようとしたんじゃないかな。ちがう?」

静  「そうよ。別にいいじゃない自分の人生なんだから。
    生きたいように生き、死ぬときには死ぬのよ」

マリィ「……目的がなく生きるのも、なんてことはないということですか?」

誠司 「行き当たりばったりってとこだな」

もも 「なんか寅さんみたい」

静  「なんか、そういわれると違う気がするのよねぇ」


3人 場を明るくしようとするかのように少し笑いあう。


マリィ「……静さんたちは、本当に自由に生きているんですね」

静  「え?」

マリィ「だから、そんなことがいえるんです。私には、そんなものありません」

もも 「マリィ……」

マリィ「だって、私は人形なんです。相手の思い通りに動くだけの人形
    ……そう、人形なんです。人形なら、いっそ……」

静  「マリィ?」

マリィ「……皆さん、何かとがっているものを持っていませんか?」

静  「はぁ?」

誠司 「ああ、そんなもの、ここにあるぜ」

マリィ「どこですか」

誠司 「この俺の、とがった美しさ」

静  「そうじゃないでしょ。くしならあるわ、まってて……はい」

マリィ「静さん私の首の後ろに、穴があると思います。探してくれませんか」

静  「穴? 穴ねぇ……穴……あ、あった、あったわよ」

マリィ「そこに、くしのとがった部分を差し込んでくれませんか?」

静  「別に良いわよ」

もも 「穴ってなに?」

マリィ「私のリセットホールです」

もも 「カッコいい」

静  「ただカタカナなだけでしょ」

もも 「じゃあ、静意味知ってるの?」

静  「人に頼んないで、自分で考えなさい」

誠司 「リセットって、どこかで聞いたことあんなぁ、なんだったっけか」

もも 「あ、もも思い出した。ほら、ゲーム終わりにするとき、ポチって」

誠司 「ああ、そうだそうだ、あれだな」

静  「ポチって……まさか」

マリィ「そう。この穴の奥にリセットボタンがあるんです。
    そこを押せば、私としてのデータは全て消失します」

静  「それって、まさか死ぬって事なんじゃない?」

マリィ「私としての存在が消えるだけで、ベースとなる体は残りますから、
    人の死とは違うと思います」

静  「でも、今のあなたは消えちゃうんでしょ? 
    それってヤッパリ死ぬって事じゃない!
    あぶねぇ〜
    私知らないうちに殺人犯になるとこだったわ」

もも 「マリィは人じゃないよ」

静  「じゃあ、殺アンドロイド犯? とにかく、そんなのやだからね」

もも 「でも、何でそんなカセットなんて考えたの?」

マリィ「リセットです」

もも 「ああ、だから、何でリセットなんて考えたの?」

誠司 「そうだぜ死んだって良いことなんてないぜ。俺の姿だって見れないしよ」

マリィ「……生きてたっていいことなんて何もないじゃないですか」

3人 押し黙る

マリィ「生きていて、私になにがあるんですか?
    行き当たりばったり? 生きたいように生きる?
    アンドロイドの私に、そんなことが出来ると思いますか?」

静  「それは……」

もも 「でも、でも、死ぬなんて」

誠司 「……」

マリィ「生きているのに自由が無いのなら、
    せめて死ぬぐらい。死ぬ自由くらい私にあったって」

誠司 「……そんなもんねーよ」

マリィ「え?」

誠司 「そんなもん、あるわけねーんだよ!」


誠司  マリィにつかみかかるが、背が足りないことに気づく。


誠司 「座れよ……いいから座れよ!」

マリィ「はい」

誠司 「……俺にはな、自殺した妹がいるんだよ。幸子っていうんだけどな。
     おとなしくて、のりが悪いなんてくだらない理由で、回りの奴らのストレスの
     はけ口にされてたんだ。でも親も、先生も、幸子の友達だった奴も、
     幸子を助けなかった。それで……」

静  「誠司?」

誠司 「死のうと思ったの時は何度もあったみたいなんだ。でも、
     本当に手首を切ったのは、俺が、幸子をいじめていた主犯を殴って、
     大怪我を負わせて、そのせいで退学が決定した日だ」

静  「……暴力事件を起こしたって、そういうことだったんだ」

もも 「始めて知った」

誠司 「相手が女だったからさ、殴った時、顔に傷が残ったって、
     相手の親に言われまくって。警察にも連れて行かれて。
     俺も、退学するしかなかったんだ」

マリィ「……それが、私と何の関係があるんですか?」

誠司 「……おまえはリセットするだけで体は残るなんて簡単に言うけどな、
     人間はリセットしたら終わりなんだ。手首を切った奴は戻ってこない。
     そいつの全てがこの世からなくなっちまうんだよ。
     それが死ぬってことなんだよ。お前、本当にそれでいいのかよ」

マリィ「……じゃあ、私はどうしたらいいんですか?」

静  「生きるしかないじゃない。生きて自分の人生を好きなだけ楽しめばいいのよ。
    辛かったことより、楽しかったことのほうが多いなら、
    その分、幸せってことになるんじゃないの?」

マリィ「幸せ? 私も、幸せになれるんでしょうか? 
    機械の体の私でも? 代用品としか価値がない私だとしても?」

静  「マリィ、やっぱりあなた、幸せじゃなかったのね」

マリィ「……時々、私は、自分がマリィなのか、マリコなのか、わからなくなるんです。
    母様の目が見ているのは私じゃなくて、マリコです。
    私は、ここにいるはずの存在なのに、ここにいない。
    母様が私を停止させてから、私の意識がなくなるまでに聞く言葉は、
    いつも『マリコ』と、『完璧になって』という言葉だけ。
    いくら完璧になろうと努力しても、母様の目に見えるのは、だんだんマリコになっていく私。
    そのうち、完璧が何なのかも分からなくなった」

もも 「マリィ……」

静  「……この家から、出なさいよ」

マリィ「え?」

静  「嫌なら、ここから出ちゃえばいいのよ。
    外に出れば、あなたはマリィでいられるわよ。
    マリコなんて存在を知っている人はいないし、あなたにマリコのようになれという人もいない。
    この中にいるより、よっぽど自由になれるのよあなたは」

誠司 「んな事言っても,一人で生きてくのって大変だぜ」

静  「大丈夫よ、マリィ記憶力はいいんでしょ?
    専門系の、知識をフルに使う仕事だったら、十分食べていけるわよ」

マリィ「外に出れば、私は幸せになれますか? 自由になれますか?」

静  「どんな時だって、確かなことなんてないわよ。でもやってみなきゃ分からないじゃない。
    少なくても、この家にいるよりはよっぽどいいわ」

マリィ「もし、そうなら……私……私、外に出たい」

もも 「マリィ! よかったぁ、このまま暗い話ばっかり続いたらどうしようかと思っちゃった。
    そうだよマリィも明るく生きなきゃ、今度、ショッピングに一緒に行こう。
    そろそろ秋物用意しなきゃいけないしさぁ」

主人 「そんなこと、許さないわよ」


主人  上手より登場。


もも 「え! もも、せっかく今年はバイトしてお金ためてたのに。ひどい」 

誠司 「お前に言ったんじゃねえよ絶対」

マリィ「……母様」

主人 「馬鹿な事を考えるのはやめて頂戴マリィ。あなたは、私の大切な、大切な妹なのよ。
     あなたが外に出たりしたら、私は不安で胸が押しつぶされてしまうわ」

静  「この家の中で、マリィを精神的に押しつぶそうとしていたのは一体誰よ」

主人 「そんなこと知らないわ。とにかく、マリィは私が作ったんだから私に決定権があるの。
     いい、マリィ。あなたは完璧になればいいのよ。それに、少しずつ完璧に近づいているじゃない。
    後は、私の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれさえすれば私は」

マリィ「そんなことできません」

誠司 「別に呼ぶだけなら呼んでやればいいじゃねえのか?」

マリィ「嫌です。私は、母様の娘なんですから」

主人 「あなたは私の妹よ」

マリィ「娘です!」

静  「ちょっとまちなさいよ。
    だいたい、なんで妹だとか、娘だとか、そんなわけわかんないことになったのよ。
    初めから、どっちかに統一しておけば、問題なかったはずでしょう」

主人 「……しかたないじゃない。あの時は、そんなこと思わなかったんだから」

静  「あの時?」

主人 「十年前に、マリコが死んだときよ。
     あの時、私はすべてを忘れるために、機械工学に打ち込んだわ。
     我が家は代々この分野の権威だったし、機械工学は私も得意だったから、
     すぐに研究所での地位を獲得することができた。
     そして、私はあるプロジェクトに出会ったのよ」

静  「あるプロジェクト?」

主人 「そう、その名を、『人間開発プロジェクト』といったわ」

誠司 「人間開発なんて、どこかのやらせ番組のタイトルっぽいな。根暗人間が明るくなるとかさ」

もも 「馬鹿だった人が頭よくなるとか」

主人 「プログラムを頭に詰め込むので精一杯な人間が考え出したタイトルだもの、
     仕方ないじゃない。とにかく、そのプロジェクトでは、文字通り人間を作り出そうとしていたのよ。
     ……外見上のデータを探していると、その責任者から聞かされたときは、興奮したわ。
     もしかしたら、もう一度マリコに会えるかもしれない」

マリィ「そして、母様はそのプロジェクトに参加したわけですね。マリコのデータを提供して」

主人 「そうよ。外見上のあらゆる情報をそのまま再現させたわ。
     ほくろの位置すら正確にね。
     実在していた人間と、そっくりの名前はまずいだろうって事で、
    名前だけはマリィとして登録されてしまったけど。
    日に日にマリコの姿をしていく様子を見ていると、
     もうそれだけで私は生きがいを手に入れた気がした」

静  「それで? 何であなたは姉じゃなくて母親なの?」

主人 「距離を置くためよ。親子ならば、いつかは離れる時が来る。
     親離れって奴でね。でも、姉妹だとしたら、
     機械のほうがあまりにもその状態になれすぎて、
     離れられなくなる危険があるんですって。そう、研究所で決められてしまったのよ。
     生物学的な要素を武器にされては、私もさすがに反対することができなかった。
     それに、その時はそんなことどうでもよかったのよ。
     マリコの姿かたち、声をしたものが近くにいるんですもの。
     だから、研究所内で、アンドロイドの生活テストを試すため、
     誰かが五年ほど一緒に暮らしてみると計画されたとき、真っ先に名乗り出たわ」

誠司 「それで、ここに移ってきたわけだ。めでたしめでたしと」

誠司&もも すべてが解決したような顔で頷きあう
        話の中身が分かっていない

静  「終わってどうするのよ。
    まだ、おばさんがどうしてマリィを妹にしようとしてるか言ってないでしょ。
    何でそのまま娘としなかったの」

主人 「初めは、親子で十分だったのよ。
     でも、帰国して、一緒に暮らすようになって、だんだんそれだけじゃ満足できなくなった。
     マリコと同じ姿をしているのに、話し方も、癖も、趣味も違う。
     もっとマリコに近づけたいと思ったわ。
     そして考えた。もしかしたら、この子をマリコにすることができるんじゃないかってね。
     あいにく、ここじゃあ機材がそろってなくて、直接プログラムすることはできないけれど、
     教え込むことは可能だった。
     だから、ありとあらゆるマリコの記憶を、私はマリィに教え込んだのよ」

誠司 「それって、もしかして調教?」

もも 「ムチとロウソク、ハイヒール!」

主人 「余計な茶々は入れないで頂戴」

静  「ちょっと黙ってなさいよ。続けて」

主人 「つまり、私はマリィをマリコとして教育したの。
     だからマリィ。あなたは私の妹、マリコになるのよ。いえ、なりなさい」

マリィ「嫌です。私はマリィです。あなたの娘のマリィです」

主人 「どうして? 何であなたはマリコになってくれないの? 
     初期登録されたプログラムは、全て書き換えられるはずなのに。
     歩き方だって、字の綴りだって、食事の仕方でさえ、
     当初のプログラムとは変更できたじゃない」

マリィ「マリコとしての特徴のほとんどは、
    私がその理由を気づいていないうちに母様に教えられました。
    だから、初期プログラムと変更したんです。
    でも、母様は、私を人間として完璧にしようとしていたんじゃなく、
    マリコとして完璧にしようとしてた。
    だから、私の、私としてのプログラムは、それを拒絶したんです」

主人 「なんで拒絶なんてするのよ。あなたは、命令を拒否することはできないはずじゃない。
     そう、プログラムされているはずよ」

マリィ「他人の言葉に逆らわない人間なんていないでしょう?」

主人 「人間? あなたは」

マリィ「確かに私はアンドロイドです。でも、私には意志があるんです。
    マリィという存在なんです。……今あなたのそばにいるのはマリィです。
    お願いだから、私を見てください。母様、母様のマリコはもういない。
    どこにも存在してないんです!」

もも 「そうだよ。ここにいるマリィはマリィなんだよ。おばさんが、
    マリィを見ていないだけだよ。
    自分が誰かなんて、自分で決めることなんだから」

マリィ「……母様。どうしても分かってくれないんですか?」

主人 「分からないわ。分かりたくもない」

マリィ「……母様が分かってくれないのなら、仕方ありません。私、ここから出て行ます」

主人 「……な、なにを馬鹿な事を言っているの? もしかして、私の
     聞き間違い? まさか、あなたがここから出て行くなんて」

マリィ「今まで、お世話になりました」

主人 「マリコ!」

マリィ「私はマリコじゃないんです! ……静さん。皆さん。私を助けてくれますか?」

主人 「そんな赤の他人が」

静  「もちろんじゃない。私たちはもう友達なんだから」

もも 「そうだよ。よかったぁ、これで一緒に買い物にもいけるよね」

誠司 「男の魅力なら、俺が教えてやるしな」

静  「と、言うわけで、私たちは全然問題ないのよね」

マリィ「皆さん、ありがとうございます。……母様、お別れですね」

主人 「出て行って、どうやって食べていく気なのよ」

マリィ「大丈夫です。そのことについては先ほど、静さんにアドバイスをしてもらいましたから」

もも 「そうそう、完璧だよね」

主人 「アドバイス? 一体どんな事を吹き込まれたか知らないけど。
     マリィ、あなたがこの家から、いえ、私から離れることなんて絶対できないわよ」

マリィ「え?」

静  「なんでよ?」

主人 「わからない? それはマリィがアンドロイドだからよ」

静  「そんなの関係ないじゃない」

もも 「そうだよ。マリィはマリィなんだから。人とか、アンドロイドとか、関係ないよ」

誠司 「実際、見た目は人間そのものだしな」

主人 「わかってないわね。マリィは人とは違うのよ。
     あなたたちは毎日食事を取ればそれが活動するためのエネルギーとなるわ。
     でも、マリィは毎日充電をしなければいけないのよ。しかも、特別の充電器を使ってね」

もも 「え、でも、充電ってことは、電気を入れればいいんでしょ」

静  「それなら、コンセントに針金二本突っ込んでもできそうじゃない」

誠司 「乾電池食べるとか」

マリィ「そんなことしたら、私は壊れてしまいます」

主人 「これで分かったでしょマリィ。
     友達なんていっても、この子達はあなたの事を本気で考えているわけじゃない。
     ただ、面白がっているだけなのよ。あなたなんてどうせすぐ飽きられて、
     エネルギーが切れた途端に、捨てられることになるのよ」

もも 「もも達そんな無責任じゃないよ」

主人 「後先考えないで、この子を連れ出そうとする時点で、十分無責任じゃない」

静  「それは……ただマリィに燃料の事聞き忘れていただけじゃない。
    ようは、その機械があればいいんでしょ? 誠司」

誠司 「しょうがねえな。マリィの幸せのためだよおばさん。
     痛い目見たくなかったらおとなしく充電器を」

主人 「それだけじゃないわよ。もし充電器が手に入ったとしても、
     マリコは私のそばを離れるわけにはいかないの」

静  「な、なんでよ」

主人 「だって、マリコの住む場所はここなのよ。それ以外、どこに住むって言うの?」

もも 「そんなの色々あるよ。マンションだって、アパートだって。
    借家でもいいけど。もも達の家にだって置けるし」

主人 「お金はどうするのよ。そこに住むためのお金は」

静  「働けばいいんでしょう。マリィは頭がいいんだから、大丈夫よ」

主人 「本当に分かってないわね。この子は作られた存在だから、
     もちろん戸籍はないわ。機械なんだから、当然成長しない。
     そんな怪しいものを、働かせるほど、社会は優しくないのよ」

静  「で、でも、やってみなくちゃ分からないじゃない」

主人 「そうやって小さな可能性でマリコを振り回さないで頂戴。
     ダメだったらどうする気? その時は、どうせこの子を捨てるんでしょう」

誠司 「まさか、いくらなんでもそんなこと」

主人 「じゃあどうするの? 犬猫じゃないんだから、
     まさか一緒に暮らすなんて無理だってことはわかってるわよね」


4人  だまる。


主人 「分かった? 結局あなたがいる場所なんかどこにもないのよ。
     常に、あなたに用意されている選択肢は一つなの。
     私の言う事を聞くというただそれだけ。……私はあなたを必要としている。
     あなたも生きるために私を必要としている理由はどうであれ、
     互いに必要とし合っていることには変わりないでしょう?それで十分じゃない」

マリィ「……わかりました」

もも 「マリィ!!」

マリィ「……・・皆さん、今日はありがとうございました」

静  「マリィ!」

誠司  悔しそうに床を一つ踏む。
     言葉が出ずに、自分の無力さを思い知ったようにマリィたちに背を向ける。
     鏡は出さない。

マリィ「……私は、私は、アンドロイドです。どんなに意志を持っていても、
    人にはなれない。ただの、機械人形なんです。
    静さんたちの言葉は決して忘れません。……私には、それしかできませんから」


マリィ  主人に近づく


主人 「そう、それでいいのよ……季里恵、お客様をお帰しして」


季里恵 上手から登場


季里恵「…………」

主人 「季里恵? どうしたの?」

季里恵「(凍りついていたのが解けるように)……お嬢様」

主人 「早くこの人達をお帰しして」

季里恵「お嬢様!」

主人 「お帰ししなさい」

季里恵「……・分かりました。皆さん、お引き取りください」

もも  「ねぇマリィ、マリィそれでいいの? 本当に?」

静   「そうよ。だって、あなた幸せになりたいんでしょう?
     (季里恵に)ちょっと、肩つかまないでよ」

季里恵「お帰りください」

静  「何でよ。このまま帰るなんてできるわけないじゃない!」

もも 「マリィ、人形になっちゃうよ?」

季里恵「もう、お二人の問題は、お二人に解決させてください。
     それが、本人たちのためなんですから。さ、早くお帰りになってください」

誠司  あきらめたように出口へと向かう。
     ももがまた突っかかりそうになるのを肩を掴んで連れて行く

もも  誠司の顔を見てしゅんとなってしまう。

静    あきらめられずに突っかかる。

静  「そんな、二人に任せるっていったって、
     それじゃあマリィが不幸になるだけじゃない。あなた、そう思わないの?」

季里恵「私は……」

静  「思うでしょう? それなら(執事に)何でこの
    おばさんの言うとうりに動くのよ。自分の意見って物がないの?」

季里恵「私は……ただのメイドですから」

静  「でも、ずっとこの人の近くにいたわけでしょ? 
     いつも背中向けている他人じゃないんだから、一言ぐらいいえたはずでしょ」

季里恵「それは」

静  「あなたが言ったら、このおばさんだって、
    少しは考えたはずでしょう。もしかして、このおばさんのことが嫌いだとでも言うの?」

季里恵「まさか、失礼な事を言わないでください、
     私がお嬢様の事を嫌いだなんて。もしそうだとしたら、10何年もつかえていません」

マリィ「そうですよ静さん。母様と季里恵さんは、とても仲がいいんです」

静  「仲がよくて、10何年も一緒にいたなら、十分忠告できるじゃない。
    間違っているなら間違っているって何ではっきりといえないのよ、
    黙ったまんまなんて、それじゃあ人形と変わらないわ」

誠司 「おい、静やめろよ。そんな熱くなるなって」

もも 「そうだよ静、らしくないよ」

静  「いらいらするのよ、じっと黙ったまんまで、思ってるくせに言わない奴って。
    まるで、昔の私を見ているみたいで」

もも 「静……」

静  「誰だって、一人じゃ生きていけないのよ。
    私だって、ももって言う友達がいたから、過去を乗り切れた。
    あなた達二人とも、大切なものが抜けてるわよ。
    だから、二人して、マリィの気持ちがわからないんじゃない」

季里恵「……私は」

主人 「いいわよ、マリィの気持ちなんて必要ないんだから。マリコがいればそれでいいの」

もも 「でも、マリィっていう心がなかったら、マリィはただの人形になっちゃうよ。
    だって、相手の言う事をただ聞いてるなんて、人形にだってできるんだから。
    おばさん、それでいいの?」

誠司 「なんでも言うことを聞く人形か。だったら、動く意味も喋る意味も無いよな」

主人 「うるさい! 季里恵、早くお帰しして。……季里恵? どうしたの?」


季里恵  俯いていた顔をゆっくりとあげる


季里恵「お嬢様……」

主人 「な、なによ季里恵。まさかあなたまで、私に何かいうつもりじゃないでしょうね」

季里恵「お嬢様。もう、もうやめにしましょう」

マリィ「季里恵さん?」

主人 「なによ突然、何を言い出すのよ季里恵」

季里恵「すべて、この人たちの言うとおりって事ですよ。
     お嬢様も、分かっていらっしゃるんでしょう?」

主人 「季里恵?」

季里恵「お嬢様、……お嬢様は幸せですか?」

主人 「何を言うのよ急に。幸せよ。マリコもいることだし」

もも 「マリィだよ!」

主人 「マリコよ!」

誠司 「もも、止めろよ。なにいっても無駄なんだよ。こういう人間にはな」

季里恵「……わたしは全然幸せじゃありませんよ」

主人 「季里恵どうしたのよ。急に。変な事いって疲れているんじゃない?」

季里恵「疲れてますよ。十年前からずっと後悔のし通しですからね」

主人 「後悔? 季里恵が何を後悔するって言うの?」

季里恵「マリコお嬢様が死んだ時、お嬢様が研究にのめりこむのをとめられなかったこと。
     お嬢様が、マリィを作るのをやめさせられなかったこと。
     ……お嬢様は、ご自分だけが、傷ついているとでも思っていたんですか? 
     お嬢様の姿をみて、私が何も感じないとでも」

主人 「……季里恵は、平気じゃなかったの?」

季里恵「当たり前じゃないですか! 辛くって、でも、私は所詮お嬢様にとっては他人ですから。
     何も、いえなかったんです」

主人 「そんな事言ったって、季里恵はいつも平気な顔をしてたじゃない。
     いつも私に文句ばっかり、言って、何も悩みがないみたいに。
     ……後悔しているんだったら、言えばよかったのよ」

季里恵「……確かにそうかもしれません。私はきっとあの子の言ったように人形だったんです。
     ただ、十年も長い間そうしていたから、
     自分が人形だということにも気づかなかっただけなんですよ」

主人 「季里恵、何でそんなに怖い目をするの? マリコだっておびえてしまうわよ」

季里恵「お嬢様。いいかげんにしてください!」「

季里恵「……マリコお嬢様はもういないんですよ。
     お葬式だってしたし、お墓だって立てたじゃないですか」

主人 「そ、そんなの知らないわよ」

季里恵「お嬢様、いくら拒否したって、現実は変わらないんです。
     いいかげん、目を覚ましてください。
     これじゃあ、あんまりにもマリコお嬢様が可哀相じゃないですか!」

主人 「マリコが、可哀相? なぜ?」

季里恵「だって、マリィができてからというもの、
     お嬢様はお墓参りにも行かなくなってしまったじゃないですか。
     お嬢様はマリコお嬢様の代わりを造るために努力されたのかもしれません。
     でも、それはマリコお嬢様にとっては、自分が死んだという事実を
     いえ、自分がいたという事実を全て無視されることになるんじゃないんですか?」

主人 「そんなわけないわよ」

誠司 「墓参りもしていねえのかよ。
     あんたにとってはマリコさんなんて、いなくなったもおんなじなんだな」

主人 「そんなことないわ、この子がマリコなんだから」

誠司 「でも、それはマリコじゃないだろ。結局本当に死んだ人間は、無視してるじゃねえか」

季里恵「そうですよお嬢様。マリコお嬢様の代わりを作るってことはそういうことす。
     マリコお嬢様の代わりを作って、それを妹として、
     一緒に過ごすことにするんですから。本来の妹の存在は、消えてしまうじゃないですか」

主人 「違う、違うわよ」

季里恵「どこが違うって言うんです?」

主人 「私は、マリコの代わりを作りたかったんじゃない。マリコを作りたかったのよ」

もも 「そんなの絶対へ理屈だよ」

静  「それ以前に意味不明よ」

主人 「あ、あなたたちに分かるわけないでしょ。子供なんだから」

季里恵「私にもわかりませんよ、お嬢様」

誠司 「同じ人間なんて、作れるわけないだろ。神様じゃないんだから」

主人 「うるさい……マリコはいるのよ、ここに」

誠司 「失ったものは帰ってこねーんだよ。
     どんなにそっくりにできたとしても、結局そっくりはそっくりでしかない。
     同じ人間なんてできねーんだよ。あんたは、マリコさんのことなんて考えてない。
     ただ、自分の悲しみを消すために、マリィを利用しているだけなんだ。
     それが自己満足だってことに気づいてねーんだよ」

主人 「そんなこと、……気づいてないなんて勝手に決めないで頂戴!」

季里恵「お嬢様」

マリィ「母様」

主人 「わかってたわよ、初めから。でも、望んじゃいけないの?
    もう一度マリコに会いたいって。マリィをマリコにしたいって考えては。
    私はあなたと違って、マリコとは姉妹だったのよ。
    マリコはかけがいのない存在だったの。
    それを失って普通にいられるほど、私は強くはないわ」

誠司 「いい年してあまえてんじゃねえよ!」

主人 「他人のあなたに分かるわけないじゃない、私の気持ちなんて」

誠司 「なんだと!!」


誠司  主人に掴みかかろうとする

もも&静 必死に止める

もも 「おばさん、誠司はね、おばさんの気持ちを、とってもよく分かってると思うよ」

静  「だって、誠司にも妹がいたんだから」

主人 「妹が……いた?」

マリィ「……亡くなったそうです」

誠司 「……おばさん、おれはあんたと違って、現実を受け止めただけだ。
     それがどんなに辛くても、事実は曲げられないから」

主人 「あなたは冷たいのよ」

季里恵「冷たいのはお嬢様のほうです。
     マリィができてから、お嬢様はお墓にも行かなくなってしまったじゃないですか」

主人 「マリコがここにいるのに、そのマリコのお墓参りに行くなんて変じゃない」

季里恵「私は、マリコお嬢様に会うためにお墓参りをしています。
     お墓の前にいるときだけ、マリコお嬢様は私の前に姿をあらわせてくれるんですから」

誠司 「あんたには冷たいって言われたけど、
     俺があいつの墓の前で自分を責めると、あいつはきまって
     悲しい顔をするんだ。だから、俺はできるだけ笑顔でいることにしてるんだ」

季里恵「私もそうすることにしています。幻のマリコお嬢様でも、
     その顔はいつも笑っていますから。……お嬢様の心の中で、
     マリコお嬢様は本当に笑っていますか? 幸せそうな顔をしていますか?」

主人 「心の中のマリコ? ……そんなの、分からないわ」

季里恵「それはお嬢様が代わりを作ってしまったからです。
     マリィの表情と、マリコお嬢様の違いが分からなくなっているんです」

主人 「マリコと、マリィの違い……」

季里恵「大切に思う気持ちはわかります。でも、それで代わりを造ったら、
     その大切だったものが、大切じゃなくなってしまうんです。
     たった一つだからこそ、大切だと思えるんですから」

主人 「…………」

季里恵「お嬢様、もう十年ですよ。そろそろ、事実を受け止めてください。
     機械であるマリィでさえ、変われたんです。
     人間であるお嬢様の考えが変わったって良いはずでしょう?」

誠司「……一度、会いに行ってみたらいいんじゃないか? 妹さんにさ」

主人「マリコに、会う?」

誠司 「俺の妹も紹介するからさ。マリコさんに、会いに行きなよ」

もも 「もも も会ってみたいな。誠司の妹にも、マリコさんにも」

静  「私も」

季里恵「……お嬢様がいくら行かないと言っても、私は行きますからね。
     なんどでも、マリコお嬢様に会いに。いつまでも意地を張っていらしてください。
     マリコお嬢様会いたくないのであれば、ね」

マリィ「……私も、マリコさんのお墓にお参りしたいです」

季理恵「ええ、もちろん行きましょう。誰かさんを残したまま、皆で」

もも 「ね! おばさん、マリィを連れてお墓参りにいってもいいよね。責任もって帰すから」

主人 「ダメよ」

もも 「え」←驚き

主人以外 主人の言動に注目(思わずシンとなる)

主人 「……マリィにもしもの事が会ったらどうするのよ。私が行かなきゃ。
     マリコの墓参りに、私が行かないでどうするのよ」

季里恵「お嬢様」←喜び

主人 「それに、せっかくお客様がマリコのお墓参りをしてくれるというのに、
     お客様のご家族のお墓に、ご挨拶もしないなんて、
     そんな失礼なこと、できるわけないでしょう」

誠司 「サンキュウおばさん」

主人 「……マリィ」

マリィ「……はい」

主人 「……本当に。今度こそ本当に、私をあなたの母親にしてくれない? 
     それともマリィの母親として。もう、私は失格かしら」

静  「おばさん……」

もも 嬉しさ余ってマリィの肩をぎゅっと掴む。

マリィ「母様……私の望みは初めから、母様の娘になることです」

主人 「マリィ……・ありがとう……季里恵、手伝ってくれるわよね?」

季里恵「お嬢様に任せてたら、なに食べさすか分かりませんからね」

主人 「大丈夫。この子に食べさすのだけは分かるから」

もも 「ももたちも手伝ってあげる! あ、食べ物以外で、だけど」

静  「そうよ、マリィってば、まだまだ人間的には硬いと思うのよね。
    だから、そこをどうにかしないと」

誠司 「そうだな。男の素晴らしさも教えてやらなくちゃな」

主人 「……誠司君だったわね」

誠司 「はい?」

主人 「私のマリィを傷物にしたら、……殺すわよ」

誠司 「じょ、冗談だって」

季里恵「さて、じゃあまずはお茶でも入れましょうか? 
     もうすぐ夜も明けるようですし。軽く、おなかに入れた方がいいんじゃないですか?」

主人 「お願いするわ。えっとお茶五つに、液体電池1つね」

季里恵「分かりました」

主人 「あっつい奴よ」

季里恵「わかっていますよ」

マリィ「あ、私には、氷お願いします」

主人 「え? や、やっぱり私も冷たいほうがいいわ」

もも 「もも緑茶やだ。ロイヤルミルクティーがいい」

静  「あのぉ、和菓子なんかありますか? ドラヤキか、ヨウカンが食べたいんですけど」

誠司 「俺はモーニングコーヒー。もちろんブラックで」

季里恵「はいはい」

主人 「あ、季里恵、私も手伝いましょうか?」

季里恵「結構です」


季里恵 上手へ退場

音響CI→


主人 「……ねえマリィ」

マリィ「なんですか?」

主人 「あなたを私の娘として育てるとなると、やっぱりマリィって名前はよくないわよね」

マリィ「そうですか?」

主人 「当たり前じゃない。だって、マリィはマリコのイミテーションの
     略なのよ。新しい名前を考えないと」

誠司 「ああ、そういえばそうだったよな」

静  「確かに、マリィっていうのはイメージ悪いわよね」

もも 「もっと可愛い名前にしようよ」

マリィ「私は、別に今の名前でも」

主人 「デンジャーってのはどうかしら」

マリィ「母様、だから」

誠司 「あ、なんかいいんじゃないか。危険な香りって感じで」

もも 「ええ、もっと可愛いのがいいよぉ。マリアとか」

静  「そんな、いかにも世界名作劇場な名前使うなんて変よ。
    やっぱり、日本人なんだから、利子とか、恵子とか、愛だとか」

主人 「いっそのこと、この三人の名前からとってモシズセジとか」

マリィ「もはや人間ではないような気がするんですけど」

主人 「やっぱりポピュラーにジェニーとか、ああ、意外性をとって貞子とかもいいわね。
     でもやっぱり呼びやすいのが一番だからぁ」

もも 「アイリス!」

静  「・・スミレ!」

誠司 「レ? レ、レイカ!」

もも 「か、か? か・・狩人!」

静  「ドラえもん!」

もも 「あー! 静『ん』がついた。静の負け―」

静  「あっちゃあ・・って、何でしりとりしてんのよ?」

もも 「え?」

主人 「…………・・まったく、真剣に名前考えなきゃダメじゃない」


 いつまでも主人は名前を言いつづける
 音響高まって溶暗