KUON
〜久遠〜
                   作 楽静

登場人物

瀬野カナエ   高校二年生。ルミにべったりな子。
相澤ルミ     高校二年生。未来が見えていない。メガネ少女
七神ケイコ   永遠の高校二年生。KUONの世界に住んでいる。
二階堂ミツヨ  元高校二年生。今は主婦やっている
土井モミジ   高校二年生 うわさ大好きっ子。
レポーター(声)       




オープニング

暗転
音響 FI(寂しげな音


カナエ 上手に立っている

ルミ  下手に立っている


照明 上手サス CI
音響 音を小さく


カナエ「一人じゃ……一人じゃ何もできないよ。
    私に何ができるの?
    私は何をすればいいの?
     ……わたしはここにいてもいいのですか?」


照明 上手サス CO
照明 下手サス CI

カナエ 中央へ移動  
ケイコ 上手から登場 
上手サスの位置へ


ルミ 上記の行動を待たずにしゃべりだす


ルミ 「道が、私の前には道がない。
    私は何をすればいいの?
    私に何ができるの?
    ……わたしはここにいてもいいのですか?」


照明 下手サス CO
    上手サス CI


ケイコ「道の見えない街にいる。
     誰もが一人でひざを抱える街。夕日だけが街を染める。
     わたしはここに……何もしないで横たわる。
     私は」


照明 上手サス CO


三人 「私は、私が嫌いです」


音響 ボリューム上げる
三人、上手へ退場
音響 FO


○廊下(放課後 天気晴れ 時期九月)
  廊下に二人以外、人の姿は無い。

照明 全照

カナエ 中央からそのまま前へ
     雑巾で廊下の窓を拭く無言で、いかにもいじけ・怒っている

ルミ  下手から登場(モップを持っている)
     カナエの事を気にしながら廊下の床を拭く
     何度か、掃除をする手を止めてカナエに話し掛けようとするが、なかなか踏み出せない。
     が、二人の雰囲気に耐え切れない様子で話し掛ける。 


ルミ 「……ねぇ、カナエ。何でさっきから黙ってるの?」


カナエ 振り向かずに窓拭きを続ける


カナエ「……別に」


カナエ そのまま窓を拭き続ける。が、時々ルミのほうを盗み見る。

ルミ  少し掃除を続けるが、やはり怒っているカナエにもう一度話し掛ける


ルミ 「ねぇってば。どうしたの? 体調悪いの?」

カナエ「………(首を振る)」

ルミ 「じゃあどうしたの? なんかいじけてるみたいだよ」

カナエ「いじけてるわけじゃないよ」

ルミ 「じゃあ、どうしたのよ?」

カナエ「……だって」

ルミ 「だって?」

カナエ「ルミったら酷いんだもん」

ルミ 「酷い!? なんでよ?」

カナエ「……六時間目の授業中、私のこと、なんかこそこそ話してたじゃん」

ルミ 「六時間目? ……ああ、あれかぁ!
    あれは別にカナエのこと悪く言っていたんじゃないよ」

カナエ「うそばっかし」

ルミ 「嘘じゃないって。……ほら、うちのクラスに渡辺君っているじゃん。サッカー部の現部長の」

カナエ「(首をかしげて)……そんな人いたっけ?」

ルミ 「何言ってるの。同じクラスでしょ。もう二学期だっていうのに、まだ覚えてないの?」

カナエ「全然」

ルミ 「(ため息)渡辺君がかわいそう」

カナエ「どういうこと?」

ルミ 「だって。こんな、人のこと覚えもしない子のこと、好きだって言うんだから」

カナエ「……ええっ!?」

ルミ 「って、反応が鈍いなぁ」

カナエ「だって……冗談でしょ?」

ルミ 「まさか。渡辺君、カナエのこと好きらしいよ。
    んで、色々教えて欲しいって頼まれたから、ちょっと教えていたのよ♪」

カナエ「そんなぁ……なんて言ったの?」

ルミ 「べつにぃ(意地悪げに)ただ、誕生日でしょ。それから、星座に血液型。
    (だんだん早口に)特技に、趣味に、好きな食べ物、嫌いな食べ物、最近読んだ本の題名、
    見に行きたいと思っている映画、家族構成、好きな芸能人、苦手な先生、得意な教科に、
    嫌いな教科、きのう寝る前に読んでいた漫画のタイトルに、いつもの睡眠時間。
    を教えていただけよ〜」

カナエ「それだけ教えれば十分だよ! なんでそんなにしゃべっちゃったの!?」

ルミ 「だって、渡辺君って、何聞いても 『なんか、瀬野さんらしいね』っていうからさ。
    好きな食べ物があんみつって聞いても、『なんか、瀬野さんらしいね』
    嫌いな教科が現代文って聞いても『なんか、瀬野さんらしいね』だって。
    おもしろくって」

カナエ「私は全然面白くないよ」

ルミ 「(笑いながら)ごめんごめん。でも、渡辺君、かなりカナエに気があるみたいだったよ。
    (ふと真顔で)もしかしたら、告られちゃうかも」

カナエ「もう! ルミったら、まじめな顔して変なこと言わないでよ!
     私が男の子無理なこと知っているでしょ」

ルミ 「まったく。せっかくかわいい顔しているのに奥手なんだから。もったいない」

カナエ「私なんて、全然だめだよ。クラスの女子とだって、
    ルミがいなかったらまともに話せないもん」

ルミ  「ほら。またそうやって俯く。しょうがないなぁ。
     未来の天才画家が、人間関係なんかでくよくよしちゃだめでしょ〜」

カナエ 苦笑

カナエ「芸術家は、いつだって孤独だから」

ルミ 「一人じゃ寂しいくせに」

カナエ「……だよね。あーあ。大学なんて行きたくないなぁ。私、一人ぼっちになっちゃう」

ルミ 「まだ二年なんだから、そんな先のこと考えて焦らなくても良いって。
    さ、掃除も終わりにして、帰りましょ」

カナエ「うん…………ルミとはずっと一緒だったのにね。あと、一年半くらいなんだね」

ルミ  「なぁに? 今から寂しいの?」

カナエ「寂しいよ」

ルミ 「大丈夫。カナエは、笑っていればかわいいんだから。すぐに友達もできるわよ」

カナエ 苦笑

カナエ「『笑っていれば』ね」

ルミ 「そう。笑っていれば、よ」

カナエ「

音響 FI(明るい曲
モミジ 下手から登場


モミジ「げっ!?ま〜だ掃除してたの!?」

ルミ 「あれ、モミジ、まだ帰ってなかったの?」

モミジ「なに言ってるのよ!
    聞きたいことがあるなら、掃除が終わるまで待ってろって言ったのはルミでしょ?」

ルミ 「それは、あんたが掃除は手伝いたくないって言ったからでしょ」

モミジ「それはそうかもしれないけど……でも、いつまで掃除しているのよ。
    いいかげん待ちくたびれたんだけど〜」

ルミ 「もう、今止めようと思ってたとこよ。ねぇ」

カナエ「うん」

モミジ「あ、なんだ♪そうなの? じゃあ、早速……じゃじゃん!」


モミジ ポケットからメモ帳を取り出す
     カナエに向かって


モミジ「さぁ、サッカー部の期待の星に目をつけられた、その胸中やいかに?」


ルミ  モミジとカナエの間に立つ。


ルミ 「いかに、ってあんたはどこの時代の人間よ」

モミジ「メガネには関係ない」

ルミ 「誰がメガネよ! 聞きたいことって、そんなくだらないことだったの?」

モミジ「どこがくだらないことよ!」

ルミ 「十分くだらないでしょ。暇よねぇ。あんたも」

モミジ「暇じゃないわよ! 『迅速、正確、公正』をモットーとする校内新聞のために、
    寝る間を惜しんで頑張っているのよ」

ルミ 「たかが、校内新聞に、恋話載っけてどうするのよ」

モミジ「週刊誌に恋愛話が載っていないときはないでしょう!」

ルミ 「……そういう問題なの?」

モミジ「悪いけど、こっちはお遊びでやっているわけじゃないの。
    将来立派なジャーナリストになるための修行として、
    常に危険に立ち向かっているってわけなのよ」

ルミ 「将来? あんた、もう将来の夢とか決めてるの?」

モミジ「あたりまえでしょ! もう、高校二年なんだからさ。将来の夢も決めるわよ〜」

ルミ ショックを受けたように

ルミ 「そうなんだ……」

カナエ「ジャーナリスト、なんてかっこいいな」

モミジ「でしょでしょ♪ 危険を畏れずたちむかう正義の味方って感じでしょ」

カナエ「でも、何でそれで恋の話しなんて?」

モミジ「何言っているのよ〜恋はいつでも、デンジャラスでしょ?
    ラブ イズ デストローイよ」

ルミ 「デストロイは、“破壊”でしょ?」

モミジ「もう! 揚げ足取らないでよ!
    てか、地球外生命体はどいてて。私は、瀬野さんに用があるんだから」

ルミ 「な……どこが地球外生命体よ!」

モミジ「(無視)で? 瀬野さんは、渡辺のことをどう思っているの?」

カナエ「え? どう思っているとか前に、渡辺君なんて知らなかったし……」

モミジ「本当に!? 瀬野さん、私の新聞読んでないでしょ〜
    サッカー部はこの間特集組んだばかりだったのよ」

カナエ「ごめんなさい」

ルミ 「てか、一般人にまるで知られないくらいに、あんたの新聞がコアなだけでしょ」

モミジ「発行部数、1000部のうちの新聞に、けちつける気?」

ルミ 「その前に、うちの生徒数て700行かないんじゃなかったっけ?」

モミジ「……他校も、含めてよ!」

ルミ 「ふーーん。怪しい」

モミジ「………………本当は、1000部いったらいいなーって思っているだけだったりして」

ルミ 「やっぱり」

モミジ「どうせ、うちは小規模ですよーだ」

カナエ「あ、でも、いつも面白く読んでいますよ。すごく、土井さんの文書すきです」

モミジ「サッカー部特集は読んでなかったよね」

カナエ「ご、ごめんなさい」

モミジ「まぁいいよ〜。フォローサンキュウ♪
    お礼に、瀬野さんにはとっておきの情報を教えてあげる♪」

カナエ「とっておき?」

ルミ 「なにそれ? なんか、面白そうね」

モミジ「メガネは引っ込んでろ」

ルミ 「メガネを差別するなよ〜(ちょいいじける)」

モミジ「しょうがないなぁ。んじゃ、ルミにも教えてあげるよ」

ルミ 「聞いてやろうじゃない」

モミジ「偉そうにするなってーの。
    あまりにすごい話なんで二人とも腰ぬかさないようにね」

ルミ 「はいはい」

モミジ「実はね。なーんと、うちの学校には神隠しがあるのよ!」

ルミ 「神隠し?」


ルミ  カナエと目を合わせ首をかしげる


ルミ 「なにそれ? もしかして七不思議の一種? 

モミジ「七不思議?」

ルミ 「ほら、学校にセーラー服を着たおばさんの幽霊が歩き回るってあったじゃん」

カナエ「その話は止めてよ」

ルミ 「ああごめん。でも、去年だったよねぇ。そんな噂流れたの……
    でもまあ、夏の怪談でもないし、すぐに消えちゃった噂だったけど」

モミジ「あ、それね、流したのあたし」

ルミ 「モミジが!?」

モミジ「そうそう。『ミツヨが来る!』ってタイトルまでつけて流したんだけどなぁ。
    名前までは知れ渡ってなかったか」

カナエ「そういえば、そんな名前の幽霊だったかもしれないけど」

モミジ「幽霊? (笑いをこらえる)いや、そうそう。
    いまさら言うのもなんだけど、ミツヨさんには気をつけたほうがいいよ。
    彼女につかまったら最後、大変なことになるから」

ルミ 「なんか名前からしておばさんくさいけど
    ……あんた、そんな根も葉もない噂流して、なにが楽しかったわけ?」

モミジ「根も葉もあるわよ! ……まぁ、ミツヨさんのことはおいといて、それとは全然違う話。
    ……まぁ二人が知らないのも、無理はないわよね。
    この私でさえつい最近知ったんだから」

ルミ 「一体どんな話なのよ?」

モミジ「だから、これから話してあげるって。不思議な神隠しのお話をね」

音響 FI(お化け音?
照明 CI(薄暗くする。三人がいるところにはサス)


モミジ「(脅かすような声色で)何年かに一度ね。この学校内の廊下で、生徒が消えちゃうの。
    それも、まったく何の前触れもなく、いきなりね」

カナエ「生徒が……消える?」

モミジ「そう。何が原因かも分からない。本当にある日忽然とね。
    下校途中の少し薄暗い廊下、夕方に近づきつつある学校の中から、
    ……フッと」

ルミ 「まさか、人が消えるなんて」

モミジ「そう、思うでしょ? ある人の話では、
    消えてしまった子は、こことは別の場所に生きているっていう話よ」

ルミ 「別の場所……」

カナエ「も、もういいよ」

モミジ「例えば、時の進まない場所……ここではない、他のどこか」

ルミ 「時の進まない……」


ルミ  何かを考え込む。やがて首を振る

カナエ 怖がってルミに引っ付いている

モミジ 十分に怖がらしたいのか、さらに迫力をつけようとする


モミジ「……消えた子と一緒だったって人もいるのよ。でも、誰もその人の話を信じない。
    当然よね。学校で人が消えるなんて信じられないでしょう?
    だから、何時まで経ってもいなくなった子は見つからないまま
    ……もちろん、死体だって出てこない。そして」


ルミ  それ以上聞いていられないといいたげにいきなり、


ルミ 「わ!!」

カナエ「きゃああ」

モミジ「ひゃああぁあ」


音響 CO
照明 もとに戻す
    少し赤みを入れる


モミジ「び、びっくりした」

カナエ「ひどいよぉ」

ルミ 「ご、ごめん。まさかそんなに驚くとは……
    やっぱり、大声で脅かすって言うのが、怪談のオチかと思って」

モミジ「あのねえ、これは真剣な話なのよ。ただの脅かしじゃないんだから。
    現に、十二年前にも、消えてしまった子がいるんだから」

カナエ「本当に?」


モミジ 頷く


ルミ 「(少し羨ましそうに)そして別な場所に行ってしまった、か。
    (気を取り直して)やけに具体性のある話なのね」

モミジ「だから、ふざけて言ってる訳じゃないんだって(ちょっとブスっとして)
    まったく、せっかくの情報なのに、こんな奴に話すんじゃなかった」

ルミ 「なにぃ」

モミジ ルミの剣幕に焦って

モミジ「あ! もうこんな時間! 帰って○○見なくっちゃ〜では、私はこれにて失礼」


モミジ 下手へ退場


ルミ 「明日あったとき、覚えとけよ〜」


モミジ 下手から顔を出す


モミジ「なに言ってるの? 明日は土曜日。休みじゃん」

ルミ 「あ、そうか」

モミジ「また来週ねぇ。バイチャ♪」


モミジ 下手へ退場


ルミ 「はぁ。モミジに一本取られるなんて……って、カナエ? なに考えてるの?」

カナエ「あ、うん。さっきの神隠し。なんか怖くって」

ルミ 「あんなのモミジの悪ふざけなんだから、気にしちゃダメよ」

カナエ「悪ふざけ、だったのかな?」

ルミ 「え? どういうこと?」

カナエ「あの話。ただの悪ふざけには思えなかったんだけど」

ルミ 「なに言ってンの。悪ふざけに決まってるわよ」

カナエ「だって、やけにリアルじゃなかった? 前に消えたのが12年前。なんてさ」

ルミ 「具体的に聞こえるように考えたんでしょ、モミジがね。
    ……でも、なんか羨ましくない? あの話って」

カナエ「え?」


ルミ  少し夢見るように


ルミ 「消えてしまった子が、本当は別の世界に行っているのなら、さ」

カナエ「別の場所? アフリカとか?」

ルミ 「なんでそこでアフリカが出てくるよ…………
    でも、それでも良いかなぁ」

カナエ「気がついたらアフリカだったら、死んじゃうよ」

ルミ 「どこでもいいのよ。ここじゃなければ。
    こんな、時がいつのまにか流れ続けている場所なんかじゃなく、もっと別の場所なら」

カナエ「どこでだって、時は流れているじゃん」

ルミ 「(ため息)カナエには分からないと思った」

カナエ「分かるようにルミが言ってくれないからだよ」

ルミ 「だからさ、例えば、モミジが言っていたみたいに、
    時がまったく流れない場所に、いなくなった子は行っていたのだとしたら?
    素敵じゃない?」

カナエ「……怖いよ、そんなの」

ルミ 「……私には、この世界の方が怖いよ」

カナエ「…………ルミ?」

ルミ 「だってさ。時がたつのってあっという間なんだもん」

カナエ「そんなの………」

ルミ 「いつのまにかもう、二年生だしさ。
    あっという間に一日がたって、一月がたって、一年がたって
    ……時の流れに流されるままでいて……そうやって、私たちは、どこへ行くんだろう?」

カナエ「でも、それは仕方ないよ。そうじゃないと、成長できないし」

ルミ 「ま、そうだろうけどね。でも、時々考えるんだ。
    そりゃ目的がある人はそれでいいのよ。
    そういう人たちには自分達の乗る時の流れが、どんなものか分かるんだから。
    でも私みたいに何もやることが無い人間は………どこへ流れていくのか分からないから。
    ………だったら」

カナエ「ルミ、そんな事いわないでよ……私は、ルミがいなきゃダメなんだから」

ルミ 「(笑って)そんな真剣な顔しないでよ。冗談よ、冗談」

カナエ「脅かさないでよ〜」

ルミ 「ごめんごめん。……帰ろう。将来のこと、難しく考えてもしょうがないもんね。
    時が止まる事なんて無いんだしさ」

カナエ ルミに何か言いたそうにするが、言えない

カナエ「うん」

ルミ 「モップ片付けて来るね。あ、バケツもさ」

カナエ「あ、ごめん」

ルミ 「あと、カバンも持ってこなきゃ……カナエのも持ってきてあげるよ」

カナエ「ありがとう」


ルミ 少し歩いて、立ち止まりポツリと


ルミ 「どうせ言ったところでカナエには分からないもんね」

カナエ「え?何か、言った?」

ルミ 「なんでもないよ」


ルミ  モップを置きに舞台袖へ
    二人分のカバンを持って小走りで帰ってくる

カナエ ルミを待っている間、ルミの様子の異様さに首をかしげている。


ルミ 「はい、カバン」

カナエ「ありがとう」

ルミ 「……さ、行こう」


二人して歩き出す。と、数歩でルミが足を止める


ルミ 「鈴?」

カナエ「え?」

ルミ 「ううん。……なんでもない。気のせいだった」


音響 FI(鈴の音。甲高い音が連なった音。安心できるようで胸騒ぎを感じる)


ルミ 「いや、やっぱり聞こえる……鈴」

カナエ「鈴? …………そんな音、聞こえないけど?」

ルミ 「……こんなはっきり聞こえるのに?」

カナエ「……やだ、ルミ、からかってるんでしょ?」

ルミ 「からかってなんかいないって。聞こえない? 鈴の音が」


カナエ 耳を澄ませて首を振る


カナエ「聞こえないよ?」

ルミ 「うそ……耳鳴りなのかな?
    鈴の音………なんか、増えてない?」

カナエ「ねぇ、疲れてるんだよ、ルミ。早く帰ろう?」

ルミ 「うん……そ、そうだね、早く帰ろう」


カナエとルミ下手へ向かう。

ルミ  足早になる

照明CI→ 異世界

ルミ カバンを落とす

カナエ「ルミ、カバン……………(目の前にいるルミが見えない)ルミ?」

ルミ 立ち止まって振り返る
   目の前に立つカナエが見えずに

ルミ 「あのさ、カナエ、やっぱり………………カナエ?」

カナエ (目の前にいるルミが見えないかのように)

カナエ「……ルミ?」

カナエ 辺りを見渡し、ルミのカバンを手に取る。

カナエ「え、ルミ? ルミ? ねぇ、ちょ、ちょっと、どこ行ったの?」

カナエ ルミを追いかけるように下手へ退場

照明CI→(異世界ムード)赤中心。
音響FI→(異世界


ルミ カバンが無いことにも気づかず辺りをきょろきょろと見回し、


ルミ 「カナエ? ……廊下って、こんなに暗かったっけ?
    それに赤い……ねぇ、カナエ! まったく、あの子、どこ行っちゃったのよ。
    ……あ、そうだ。携帯」


ルミ  携帯を取り出して


ルミ 「圏外!? ど、どういうこと?」


ケイコ 上手から登場。
     古臭い制服を着ている。
     下を向いたまま歩いてくる。と、ルミに気づき驚く


ルミ 「あ、ねぇ、ちょっと人を探しているんだけど、って、ごめんなさい。うちの生徒じゃないのよね?」


ケイコ しばらくルミをじっと見つめる。やがてゆっくりと
     自分の言葉を捜しながら 


ケイコ「うちの生徒? ……そう、あなたは新しくここへ来たのね?」

ルミ 「ここ?」

ケイコ「永久の時の街。『クオン』と、私は呼んでいるわ。
    あなたがここへきたということは、ここへくるだけの資格があるということ。
    ……歓迎するわ」

ルミ 「あ、あの、よく意味がわからないんだけど」

ケイコ「ゆっくり説明してあげる。大丈夫。時間はいくらでもあるから……あなたの名前は?」

ルミ 「え? ルミだけど」

ケイコ「そう。私は、ケイコと呼ばれていたわ。よろしくね」


ケイコ ルミに微笑み手を伸ばす

ルミ  恐る恐るケイコを見る

ケイコ ルミが手を置いた瞬間、その手を引っ張るように上手へ。

照明 暗転
音響 FO

ケイコ&ルミ 上手へ退場

○下校途中の道(朝)
  ルミが消えてから三日が過ぎた。
  土曜日、日曜日と時間が過ぎ、とうとう月曜日の朝を迎えた。

照明 下手へスポット

カナエ 下手から登場(登校の演技)

声  「あ、すいません瀬野カナエさんですよね? 相沢ルミさんと最後まで一緒にいた」

カナエ「……はい」

声  「日本放送ですが、あの、お話伺えますか? あ、大丈夫ですよ。
    放送の時には声はちゃんと変えて流しますし、顔は写しませんから」

カナエ「私、何も」

声  「あなたは相沢ルミさんとはいつも一緒に帰っていたのですよね?」

カナエ「そうですけど……」

声  「相沢さんが最後に消えたのは学校の廊下だと警察には話したそうですけど」

カナエ「はい、そうですけど」

声  「でも、学校の校舎で人が消えるなんて言うのは変ですよねぇ」

カナエ「そんなこといわれても……」

声  「警察で話された事で結構ですので……話してくれませんか?」

カナエ「分からないんです、私、何も。
    ルミがいないと私……おねがいですから、ほっておいてください!!」


カナエ 下手へと逃げる(退場)

○学校の門前(朝)

照明 全照
音響 FI(チャイム)


カナエ 下手から登場。とぼとぼと歩いてくる

モミジ 下手から登場
    カナエの姿を見つけて走り寄る


モミジ「あ!瀬野さんっ。ねぇ、ルミがいなくなったって本当?
    なんか、校門にパトカー止まってるし、報道関係の車も……って、ちょっと待ってよ」


音響 FO
カナエ そのまま歩き出そうとする。


モミジ「ルミのことレポーターにはなんて言ったの?ねぇ」

カナエ「……私、何もわからない」

モミジ「だって、ルミと最後に一緒にいたのは瀬野さんでしょ」

カナエ「そうだけど……」

モミジ「だったら何かわからない? ねぇ」


カナエ 下を向いたまま下手へ方向転換
     抑えていた感情を膨らます


モミジ「瀬野さん?」

カナエ「私、本当に何も分からない。
    何か分かってたら、ルミがどうなったのか分かったら、私……」

モミジ「瀬野さん……ごめん」

カナエ「あ、ううん。べつに、責めたわけじゃなくて……」



モミジ「…………ねぇ、もし、ルミを見つけられるかも知れないって私が言ったら、どうする?」


カナエ モミジに向く


カナエ「どういうこと?」

モミジ「……もしかしたら、ルミは神隠しにあったのかもしれない」

カナエ「え? それって」

モミジ「こないだ、話したでしょ? うちの学校の神隠し」

カナエ「でもあれは……作り話でしょ?」

モミジ「まさか。言ったでしょう? とっておきの情報なんだって」

カナエ「じゃあ………ルミも?」

モミジ「(頷く)…………瀬野さん、放課後時間ある?」

カナエ「え? う、うん。大丈夫だけど」

モミジ「じゃあ、今週私、昇降口の掃除当番だから、うちの教室の廊下で待ってて」

カナエ「いいけど、でもどうして?」

モミジ「放課後に時間気にせず話せた方がいいと思うんだ。もうすぐ本鈴鳴っちゃうし」

カナエ「私、今日は……」

モミジ「え? 学校行かないの? もうすぐそこじゃん」

カナエ「でも……ルミがいない教室なんて、私……」

モミジ「そっか……わかったよ。でも、放課後には絶対来てね。絶対だよ!」


カナエ 下手へ退場


モミジ「来てくれるよね、きっと…………」

モミジ 後ろ髪を引かれるようにカナエの去った後を見て、
     上手へ退場


○廊下(放課後)
 相変わらず生徒の姿は無い。寂しげな廊下。

照明 夕方の赤
音響 FI(寂しげな音楽

カナエ おそるおそる廊下を歩いてくる。ルミと別れたあたりを見て

カナエ「ここでルミと話してて……ルミが……本当、どこ行っちゃったの? 
    ルミがいなきゃ、私、どうしたらいいかわからないのに……」


音響 FO
音響 CI(場違い

ミツヨ 下手から登場。古臭い制服を着ている。
    剣道部の袋を持っている。
    カナエを見ると、ちょっと自身の身だしなみチェック

ミツヨ「……カナエさんね?」

音響 FO

カナエ ミツヨの声に、初めてミツヨを見る
    固まる

ミツヨ「どうしたの? 変な顔して」

カナエ「あ、あ、あの…………どちらさまですか?」

ミツヨ「どちらさまって、この学校の生徒に決まってるでしょ?」

カナエ「えええぇ、だって、制服が」

ミツヨ「確かにちょっと古い形の制服だけど。
    でも、この学校の規定どおりには間違いないのよ。
    それにこっちのほうがいいと思わない? なにか、か・れ・ん・な感じがして」

カナエ「……そんな制服があったんですか……」

ミツヨ「そうよ(ぼそりと)十年前までの規定だけど」

カナエ「え?」

ミツヨ「ううん、なんでもない。こっちの話。
    それよりあなた、カナエさんでしょ?
    私、ミツヨっていうの。よろしくね」

カナエ「ミ、ミツヨさん!?」

ミツヨ「ど、どうしたのよいきなり大声出して。もしかして、私の名前ってメジャー?」

カナエ「ミツヨさんって言うと、あのゆ、ゆ、幽霊なんですか?」


カナエ あとずさる?


ミツヨ「幽霊? あたしがぁ? なぁに言ってるのよ、ほら、足だってあるわよぉ」


ミツヨ ちょっと艶かしく足を見せる


カナエ「……スカート、短いんですね」

ミツヨ「わるい? やっぱり今はミニでしょ。
    あなたも今からそんな長いスカートはいていたら男の子にもてないわよ」


ミツヨ 言いながらカナエのスカートを上へ引っ張る


カナエ「や、やめてください」

ミツヨ「なに恥ずかしがってるのよ。
    そんな中途半端でダサい長さのスカートで外歩くほうがよっぽど恥ずかしいでしょ」


ミツヨ 引き下がらない
カナエ スカートを抑える


モミジ 下手から登場


音響 CI
   台詞中にFO


モミジ「ごめんごめん、急に、○○放送(フジテレビ)とかにインタビューされちゃってさぁ。
    いや、あたしも嫌だっていったんだよ。だけどね、しつこいんだぁ。
    ほら、やっぱりあたしの内から溢れる知的な雰囲気に惹かれたっていうかさぁ」

カナエ「土井さん!」

モミジ「はい?」

カナエ「助けて!」

ミツヨ「あら」


カナエ 言いながらモミジに駆け寄り、その背に隠れる
ミツヨ 少しつまらなそうな顔
モミジ 苦笑して


モミジ「まぁた、やってるの? ミツヨさん。そのうち、痴漢として訴えられちゃうよ」

ミツヨ「失礼ね、あたしはただ、女子高生のファッションチェックに全力をかけていただけよ」

モミジ「(苦笑)瀬野さん、大丈夫だよ。
    この人、見た目はこんなで言動も変だけど、別に酷い人じゃないから」

カナエ「…………知り合い?」

モミジ「知り合いなんてものじゃないわよ〜、ミツヨさんと私は、メル友。
    何を隠そう、ミツヨさんに携帯で漢字変換をする方法を教えたのはこのあたしなのよ。」

ミツヨ「あれは助かったわぁ」

モミジ「それまで、ミツヨさん。平仮名だけでメールしていたから、
    『髪切ったよ〜』が、『噛み切ったよ〜』って、勘違いされることもあったもんねぇ」

カナエ「……幽霊って言ってなかった?」

ミツヨ「え? 幽霊? モミジちゃん、どういうことそれって」

モミジ「あれはね〜
    ほら、なるべく皆がミツヨさんの被害に会わないようにっておもって」

ミツヨ「私にあって、どうして被害なんて受けるのよ」

モミジ「まま、ミツヨさん落ち着いてよ。
    (カナエにこっそり)でも、ミツヨさんに会うと大変て言うのは本当だったでしょう?」

カナエ「うん」

ミツヨ「てか、モミジちゃん。何であたしのこと話しておいてくれなかったのよ。
    あたしてっきりカナエちゃんは、もうあたしのことを知っているって思ってたわよ」

モミジ「ごめぇん。忘れてた」

カナエ「なんで私のことを?」

モミジ「それはね」

ミツヨ「カナエちゃんは、何であたしがこんな格好しているんだと思う?」

カナエ「……趣味じゃないんですか?」


ミツヨ ずっこける


モミジ「やっぱりそう思うよねぇ。
    私も、最初そう思ったもん。ミツヨさん、怪しすぎだし」

ミツヨ「酷い。あたしって、そんな風に見られていたんだ」

モミジ「いや、ほら。最初だけですよ〜」

カナエ「……本当はちがうんですか?」


ミツヨ 少しまじめに


ミツヨ「これはね、とても真剣な挑戦のための、いわば戦闘服なのよ」

モミジ「それは聞いたけど……でも、制服の理由になってないし」

ミツヨ「どこが理由になっていないのよ! いい?
    ケイコがいなくなったとき、あの子はこの服を着ていたの。
    だったら、いなくなる条件にはこの制服を着ている事が
    関係しているかもしれないでしょ」

カナエ「え? どういうこと?」


モミジとミツヨ顔を見合わせる
モミジ頷いてから

音響FI(寂しげ


モミジ「……ミツヨさんがこの学校の生徒だった時、
    友達がルミと同じように行方不明になったのよ。
    放課後の廊下で。ミツヨさんの、目の前で」

カナエ「あ、もしかして、12年前にいなくなったっていうのは……」

ミツヨ「……そうよ。そう、前に一度いなくなったのは、あたしの友達、ケイコ。
    そして、今度はあなたの友達が、あたしの時と同じように消えてしまったのよね」

カナエ「じゃあ、ミツヨさんも」

ミツヨ「……まるで同じだったわ。十二年前……夏が終わって、秋が半ばになったそんな頃よ。
    ケイコが……小学校からずっと一緒だったあの子が消えてしまったのは……」


照明 暗転
   カナエ&モミジ退場
   ケイコ上手から登場

○十年前の廊下(放課後)

音響 FO
照明 夕方
音響 FI(オルゴール


ケイコ「(優しく)よかったじゃない、ミツヨ。二階堂君OKしてくれて」

ミツヨ「ええ、本当。……彼も馬鹿よね。『俺に勝てたら付き合ってやる』なんて。
    私のこの鋭い突きに勝てるわけないってのに」

ケイコ「しょうがないよ。二階堂君は柔道部でしょ。ミツヨのことよく知らなかったんだよ。
    ……でもいいの? 彼ってあまりかっこいいタイプでもないのに」

ミツヨ「ケイコ、よく覚えておきなさい。男はね、顔じゃないわ。コネよ」

ケイコ「コネ、ねぇ」

ミツヨ「そうよ。彼、あの参議員の二階堂氏の息子だし、
    将来はもちろん政治家って豪語しているもの。
    彼と一緒になって政治家にコネをつくれば、
    五十代までには私も政治の世界にでれるってわけよ」

ケイコ「(ちょっと困って)そんな将来のことまで考えているの? まだ早いんじゃない?」

ミツヨ「なに言ってるのよ。二十代なんてすぐよ、すぐ。
    それにこれからの世の中、政治家が一番安全なんだから」

ケイコ「お金があればいいってもんじゃないと思うけど」

ミツヨ「そういうケイコは、どうするのよ、進路。まだ、進路調査の紙に何も書いてないんでしょ?」

ケイコ「うん。いざとなったら迷っちゃって……どうしたらいいんだろうね」

ミツヨ「どうしたらいいんだろうねって……ケイコにだってやりたいこと、あるでしょ?」

ケイコ「どうかなぁ? ……わからないよ」

ミツヨ「わからないって、どうするのよ、そんなんで」

ケイコ「さぁ……なんかさ、一日があっという間じゃない? 
    何をやるのにも短すぎて……悩んでいるうちに、もう日は落ちてきちゃうし。
    ……将来なにやるか、なんてのに関係なく学校はあるし。
    あたし、勉強以外は何も趣味とかないしさ……
    でも、その勉強も、好きだってわけじゃないし……困っちゃうよ」

ミツヨ「ケイコ……」

ケイコ「ねぇ、時が進まない場所があったらいいのにね。
    永久に時が進まない場所『久遠(くおん)の街』……そんな街があればいいと思わない?」

ミツヨ「退屈よ、そんな場所は」

ケイコ「(弱く笑って)そうだね、きっと……帰ろう? 『秋の日は、つるべ落とし』だしさ」

ミツヨ「そうね」


音響 FO

ミツヨ&ケイコ
   下手へ向かう

ケイコ 立ち止まって


ミツヨ「どうしたの?」

ケイコ「……鈴」


音響 FI(鈴の音


ミツヨ「え?」

ケイコ「鈴の音がしない?」

ミツヨ「鈴? ……気のせいじゃない?」

ケイコ「気のせい? ……ねぇ、からかわないでよ。聞こえてるじゃん」

ミツヨ「なに言ってるのよ、全然聞こえないじゃない?」

ケイコ「そんな…………もう帰ろう? なんか、気味悪い」

ミツヨ「え? ええ。帰りましょう」


ケイコ ミツヨの背に隠れるように
ミツヨ 不思議そうな顔のまま下手へ
    途中振り返り


ミツヨ「あ、やだ、私ちょっと忘れ物しちゃった」

ケイコ「え? な、なに?」

ミツヨ「ほら、明日音楽あるじゃない? 笛もって帰らなきゃ」

ケイコ「明日じゃ、だめ?」

ミツヨ「それじゃ練習できないでしょ。(苦笑して)」

ケイコ「私も行く」

ミツヨ「すぐ戻るわよ」


ミツヨ 上手へ退場
音響 鈴の音を高める
照明 赤を強めたあと、暗転

ケイコ 下手へ退場

ミツヨ(声)「ケイコ? ねぇ、ケイコどこへ行ったの? ケイコ! ケイコォ!」

音響 FO 鈴の音一度高めてから落としていく


○廊下(放課後)


モミジ&カナエ それぞれ登場

照明 夕方の廊下

ミツヨ「……ケイコは見つからなかったわ。どんなに探しても……
    ……でも、ケイコは死んだんじゃない。ただいなくなっちゃっただけなのよ。
    だから、見つけたくて……私はずっとあの時と同じ格好で、ここへ来ているのよ。
    夏が終わり、秋が始まりだした、この時期になるとね」

カナエ「でも、もう12年も立っているんだし、生きては……」

ミツヨ「死んでいるかなんて分からないでしょ。あたしとケイコはずっと一緒だったのよ」

カナエ「そう、ですよね……」

モミジ「だからね、ミツヨさんに瀬野さんの事話したの。
    そしたら、『力になりたい』って言って、それで、二人を会わせたってわけ。
    なんか状況は似ているでしょ?」

カナエ「似ているっていうより、そっくりだよ……」

ミツヨ「でしょ! と、言うわけでカナエちゃん。
    何か私の話で気づいたことがあったら教えて頂戴。
    ルミちゃんがいなくなった時と同じこととか、なんでもいいのよ」

カナエ「そんなこと言われても」

モミジ「瀬野さんも、ルミを早く取り戻したいでしょう? 何でもいいから、気づいたことない?」

ミツヨ&モミジ
    カナエに迫る

カナエ 困り果てて
    思いつく

カナエ「音……」

ミツヨ「音?」

カナエ「ルミがいなくなったとき、ルミ、『鈴の音がする』って言ったんです。それと、ケイコさんも」

ミツヨ「そうね、あの子も言っていたわ、『鈴の音が』って」

モミジ「鈴……」


モミジ 話をメモっている


カナエ「それに」

ミツヨ「それに?」

カナエ「いえ、たぶん気のせいです。
    それよりも……二人とも夕方頃に帰るときに消えたってことかな」

ミツヨ「そうね。夕方ごろ、帰る途中に鈴の音が聞こえること。
    これが二人が消える条件であることは間違いないわね」

モミジ「鈴の音……それに、帰る時刻……でも、だったら何で今までに、消えた人間が二人なの?
    なんか少し少なすぎるんじゃない?」

ミツヨ「もしかしたら時刻があまりにも限定されているかもしれないわよ。
    私のときは、今の旦那に告るために、結構放課後まで待っていたし。カナエちゃんは?」

カナエ「掃除当番が長引いちゃって……」

モミジ「私は二人を待っていたから遅くなったけど……
    そうか、そう考えると、私ってばぎりぎりだったのかな」

ミツヨ「かもしれないわねぇ……よし!」

カナエ「よし?」

ミツヨ「試してみましょう」

カナエ「試すって?」

ミツヨ「再現よ、再現。あの時の状況を、再現しながら帰るのよ」

モミジ「再現……え、でも、人数だって三人だし、年齢だって」

ミツヨ「年は関係ないでしょ!」

カナエ「再現ですか?」

ミツヨ「いいからいいから。ほら、三人で仲良く歩きましょう。
    いくわよ〜 それ。一、二、三、四」

カナエ&ミツヨ&モミジ

そろって歩きながら下手へ退場

ミツヨ「どう〜? 消えた〜?」

ミツヨ 下手から登場

モミジ「全然〜無理」

モミジ 下手から登場

ミツヨ「やっぱむりみたいねぇ………って、カナエちゃんは?」

モミジ「え? あれ? ………消えた?」

カナエ 下手から登場

モミジ「な、わけないか」

カナエ「(恥ずかしそうに)どこまで行って良いのか分からなかったから、その………」

ミツヨ「あら、ごめんなさい。んじゃ、もう一回行ってみましょう!」

モミジ「えーまだやるの?」

ミツヨ「あたりまえでしょ! 消えるまで、何度もやるわよ」

モミジ「はーい」

ミツヨ「そういえば、カナエちゃん」

カナエ「はい?」

ミツヨ「二人で帰るときは、どんな話しをしていたの?」

カナエ「どんな話って…………進路希望の紙の話をしていて」

ミツヨ「何だ、私のときと同じじゃない? それで?」

カナエ「私の夢の話をして……それでルミはあまりよく話してくれなくって……帰ろうって……
    ……でも、あの時私、なんであんな夢が言えたんだろう?
    ルミがいなかったら私、何をしていいのかも良くわからないのに……
    ルミじゃなくて、私が消えたのなら良かったのに……私なんて」

ミツヨ「カナエちゃん、自分を悪く言っちゃだめ。そんなの、ルミちゃんだって喜ばないわよ。
    私も、ケイコが消えた時すごく悲しかったけど、自分が消えたいなんて思わなかったわ」

カナエ「だけど、私はルミがいなきゃ……」


音響 FI鈴の音

モミジ 立ち止まる

カナエ 立ち止まる
     はっとしたように耳をすませる

ミツヨ 立ち止まる


モミジ「ねぇ、ミツヨさん。……やっぱむだじゃない?」

ミツヨ「……だって、他にてがないんだもの」

カナエ「……鈴」

モミジ&ミツヨ
   「え?」

カナエ「鈴、鈴の音がする」


モミジ&ミツヨ 
   耳を傍立てて


ミツヨ「何も聞こえないわよ?」

カナエ「え、そんな……こんなはっきり聞こえるのに?」

モミジ「ミツヨさん、これって」

ミツヨ「なんで? なんであたしには聞こえないのよ……」

カナエ「どんどん、大きくなる……」

カナエ 上手側を向く
     カナエにはもう二人の姿は見えていない。
     見知らぬ空間を歩くように、一歩二歩確かめながら上手へ向かって歩き始める。

照明 赤を強める

ミツヨ&モミジ 同時に

ミツヨ「カナエちゃん」
モミジ「瀬野さん!?」

音響 音を高める
照明 色を強め、落とす

照明 もとの夕焼け
音響 FO

カナエ 迷いながらも上手へ退場

ミツヨ「カナエちゃん……」

ミツヨ 呆然としてその場に崩れ落ちる

モミジ「本当に……消えちゃった……そんな……わ、私廊下探してくる」

ミツヨ「……無駄よ」


モミジ 足を止める


ミツヨ「カナエちゃんも、ケイコと同じ場所に行ったのよ……あたしたちにできることなんて何も……」

モミジ「でも、あきらめたら……」

ミツヨ「だからって何をするの?」

モミジ「何か、何かあるよ」

ミツヨ「……あたしは12年がんばってきたのよ? 12年。
    それなのに、ダメだった……今度こそ分かったわ。
    あたしにできることなんて、ないのよ」

モミジ「でも、あきらめちゃったら、それで終わりだよ。
    そしたらミツヨさんなんて、ただの制服着た変態になっちゃうよ」

ミツヨ「……モミジちゃん、きついところ言うわね……そうね。
    ……もう一度、いえ、あの場所にいけるまで何度でも、がんばってみましょう」

モミジ「うん」


モミジ&ミツヨ
    二人して頷く

モミジ&ミツヨ
    下手へ退場

照明 暗転
音響 FI(寂しげな音楽

照明 赤を少し強く

カナエ 不安そうな顔で上手から登場

音響 FO

カナエ「赤……赤……赤い場所……ルミは、ここにいるの? ルミ! ルミ……どこ?」

ケイコ 下手より登場

ケイコ「だれ?」

カナエ「あ、あの私、瀬野カナエといいます。ルミを探しにきたんです」

ケイコ「カナエ? …………何であなたのような人がここにいるの?」

カナエ「私のような? どういうことですか?」

ケイコ「いえ、べつに。……ルミさんからあなたの話は聞いているわ。彼女、あなたのことを探してた」

カナエ「ルミも私を? あなたは誰ですか? ルミはどこにいるんですか?」

ケイコ「私の名前は……ケイコよ。ルミさんは、こっちにいるわ」

カナエ「ケイコさん!?」

ケイコ「どうしたの? さ、こっちへ」

カナエ「は、はい」


カナエ 上手側へ進む
ケイコ 途中止まって


ケイコ「言い忘れるところだったわ。時の止まった街。久遠の町へようこそ。
     カナエさん。あなたを歓迎するわ」


ケイコ カナエに手を伸ばす
カナエ その手をとる


暗転
音響 FI(暗め

ルミ 上手から登場
   舞台中央で体育館座り

ケイコ&カナエ
    上手に退場

照明 CI(赤を強める

ケイコ 上手から登場


ケイコ「さぁ、こっちに来て」


カナエ 上手から登場


音響 FO


カナエ「……寂しい場所」

ケイコ「そうね。ここは皆がそれぞれ自分だけの時をすごす場所。だから誰も互いに反応しない。
    確かに、寂しいわね。だけどだからこそ誰もが幸せなのかもしれない」

カナエ「幸せ? だったらあなたは、あなたはなんで……」


ケイコ 薄く笑いながら
    ルミを指す


ケイコ「ほら、あそこにいるわよ。
    せっかく永遠の場所に来たのに、喜びもせずに、ひざを抱えたまま」

カナエ「ルミ!」


カナエ ルミに近寄る
ルミ  顔をあげて


ルミ 「……カナエ? なんでここに?」

カナエ「ルミを探しに来たんだよ。ねぇ、一緒に帰ろう?」

ルミ 「…………無理だよ」

カナエ「なんで!?」

ルミ 「……ここは、どんな人が来る場所かわかる?」

カナエ「え?」

ケイコ「自分の場所がわからない者。自分の未来が見えない者。
    流れる時を否定する者の街。それがこの街」

ルミ 「そうなんだって。……だから私はこの街に来た。私には何もすることがないから。
    なにをすべきかも分からなかったから……時の止まったこの街へね」

カナエ「そんな……だったら、私だってルミと一緒だよ。
     私、ルミがいなかったら何をやっていいか分からないよ。したいことも……何もできない」

ルミ 「なに言ってるのよ! 絵の勉強をするんでしょ!」

カナエ「ルミがいなきゃだめ。私、一人じゃ……」

ルミ 「カナエ……」

ケイコ「……だったら、みんなここにいればいいじゃない」


ルミ&カナエ
   ケイコを見る


ケイコ「みんなこの場所で、永遠のときを過ごせばいいのよ。
    ここにいれば未来を憂えることもない。時に流される苦しみだってないし、
    ずっと、同じ時を過ごし続けられる。それが一番幸せじゃない?」

カナエ「…………そんなことない」

ケイコ「そう? ここにいればあなたもルミさんとずっといっしょにいられるのよ。
    ……ルミさんにとって、それが幸せかは分からないけど」

カナエ「え?」

ルミ 「!っ ケイコさん、何を言うの!?」

ケイコ「カナエさん、ルミさんがあなたのことを大切に思いながら、
    時折あなたの言葉に傷ついていたことを、あなたは知っていた?」

カナエ「そんな、ルミ、本当なの?」

ルミ 「そんなわけないわよ」

ケイコ「そうやって笑顔を浮かべながら、
    すでに未来が決まっているカナエさんを苦々しく思っていたことを、
    カナエさん、あなたは知っていたの?」

ルミ 「ケイコさん、もうやめて」

ケイコ「今だってそう。久遠の街にやってきた友達を喜びながら、
    その一方では、夢を簡単に捨てようとするあなたを憎らしく思っているって、
    カナエさん、あなたは知っているの?」


ルミ 立ち上がる


ルミ 「やめて! あなたに一体私の何がわかるって言うのよ」

ケイコ「分かるわよ。だって、あなたは私と同じだから。ミツヨと一緒だったときの私と」

カナエ「同じ?」

ケイコ「いつもミツヨは未来を夢見ていた。その横で私がどんな思いでいたかもわからないで、
    楽しそうに夢を語った……カナエさん、あなたにはわからないでしょ? 
    夢を持ち、時の流れになんら違和感を持っていないあなたには。
    友達がいなければダメ?
    あなたにとって友達なんて、自分の未来を語って見下すための存在でしょう?」

カナエ「違う……違うよ……。ルミ、ルミはいつも、そう思っていたの?
    私が話をするたびにいつも楽しそうに笑って聞いていてくれたのに、本当は嫌だったの?
    ……じゃあ、今までの私たちって」

ルミ 「ちがう! それはちがう!」

ケイコ「何が違うっていうの?」

ルミ 「……確かに、カナエの話に笑顔を浮かべながら、うらやむ私もいたわ。
    時には、憎らしく思うことだってあった」

カナエ「そんな……」

ルミ 「……だけど、だからってカナエのことを大切に思ってなかったなんてことはない。絶対に」

ケイコ「また自分に嘘をつくの? いい人のフリをして、そこまで自分を良く見せたいの? 
    ここでは意味がないのに」

ルミ 「ちがう、そんなんじゃない。
    ……カナエを大切に思う気持ちも、カナエを憎む気持ちも、両方とも私の心よ。
    どっちを否定しても本当の私にならない。
    私の心は、一つの感情だけでできているわけじゃないから……それじゃ、ダメなの?」

カナエ「ルミ……そうだね、私も、いつも明るくて誰とでも話せるルミがうらやましくって、
    ……時々憎く思ったこともあるよ」

ルミ 「カナエ……そうだったの……ごめんね」

カナエ「何で謝るの? 謝ることなんて何もないよ。私こそ、ごめん」

ルミ 「カナエこそ、何で謝るのよ」

カナエ「(苦笑して)なんでだろうね」

ケイコ「……美しい友情ね。でも、そんなのはしょせん奇麗事。
    心の中ではお互いどう思っていても、口では優しい言葉がいえるものよね。

カナエ「ケイコさん……なんでそんなふうに考えなくちゃいけないの? そんなの、悲しすぎるよ」

ケイコ「そう? あなたにはそう思えるだけでしょう?
    友情があったほうが便利だから友達を続けているあなたには」

カナエ「そんなこと……ないよ」

ルミ 「……ケイコさん、本当はあなただって分かっているんでしょ?
    私とあなたは同じだというのなら、あなたにだって友達を思う気持ちはあったんじゃないの? 
    相手を憎むことだってあるかもしれないけど、それと同じくらいに大切に思う気持ちも、
    あなたの中にはあったんじゃないの? 
    永遠の時を生きることが、その気持ちをなくしてしまったの? 
    だったら、だったら私は……永遠なんて生きたくない!」


ケイコ 寂しそうに


ケイコ「……誰かを大切に思う気持ちなんて、始めからないわよ。人は一人なんだから」

カナエ「……ミツヨさんは、今でもケイコさんの事探してるよ」

ケイコ「え?」

カナエ「……今でも制服着て、なんか可笑しな格好だけど
     ……でも、ミツヨさんはケイコさんのこと、すごく大切な存在だって思ってる」

ケイコ「ミツヨが!?……今でも私を?……うそ」

カナエ「うそじゃないよ。今でもずっと心配して。
    ケイコさんの事話すたびミツヨさん、すごく悲しい顔をするもの。
    ケイコさんが便利だからなんて気持ち、ミツヨさんも持ってないよ」

ケイコ「ミツヨ…………だって、私はミツヨを……」

ルミ 「ケイコさんも、大事に思っているんでしょ? 友達を」

ケイコ「違う……私は……」

カナエ「素直になればいいのに……」

ルミ 「そうだね。友達なんだから思っていることをちゃんと言えばいいのにね。
    だけど、友達だと思うから……言えないんだよ。きっと」

カナエ「…………そっか。かもしれないね」

ケイコ「……だとしたら愚かね。私たちは」

ケイコ あきらめたように笑う


ケイコ「友達をうらやんで、自分がダメなんだって思い込んで、
    こんな場所に逃げ込んで……でも、友達が迎えにきたり、探しているってわかると、
    なんかうれしくなってしまう……本音言えないで、自分かくして、
    それでも、知って欲しくて………側にいて欲しいと願ってる……」

カナエ「ケイコさん……」

ルミ 「……だからこそ、時の流れの中でも生きていけるんじゃないかな、人は」

ケイコ「そして道を誤ってしまったものは、すでに、
    何の選択肢も残されていないときになってから気づくということね。
    ……本当、愚かね」


ケイコ 俯く


ルミ 「どういうこと?」


ケイコ すぐに顔をあげて


ケイコ「なんでもないわ。……もう、ここを離れるつもりのあなた達に言っても無駄なこと」

カナエ&ルミ
   「え?」


カナエ&ルミ
    お互い顔をあわせる


ケイコ「ルミさん、あなたさっき言ったでしょ? 永遠なんか生きたくないって」

ルミ 「あっ」

ケイコ「永遠を嫌うものが、この世界にいつまでもいられるわけないでしょう?」

カナエ「ルミ?!(嬉しそう)」

ルミ 「じゃあ、私は……帰れるの?」

ケイコ「そうよ。だけどいいの?
    未来が見えないのに。時に流されるのが怖いのにこの場所から抜け出して」

ルミ 「そうだけど……でも、ケイコさんの話し聞いて思ったのよ。
    私、どっちみち、そんな偉くなれるわけでもないし、自分なりに、悩むのもいいかなって」

カナエ「ルミ! 私と、一緒に?」

ルミ 「もちろんだって。カナエとはずっと友達よ、ずっとね」

ケイコ「そう……それも、いいかもしれないわね。戻れるわよ。
    未来への夢を取り戻したあなたたちだもの。じきに、鈴の音が聞こえるはず。
    この街と、元の場所とを繋ぐ音が」


音響 FI鈴の音


ルミ 「……本当だ」

カナエ「鈴の音が」


ケイコ 耳を澄ますが、聞こえていないのか、首を振る
    寂しそうに


ケイコ「よかったわね。元の世界に帰れて」

カナエ「!っ ケイコさんは?」

ケイコ「なぜ私が帰らなくちゃいけないの?」

カナエ「だって、だって……」

ケイコ「関係ないでしょ? あなた達と私は。……それにね」


ケイコ 少し自虐的に笑う


ケイコ「この場所は時が経たない街。
    何も食べなくても、寝ていなくても、私たちには何も起こらない……でも、それは魂だけ。
    私たちの器はやがて朽ち果てチリとなる。私たちが気づかないうちに、ゆっくりとね」

カナエ「それじゃ……ケイコさんは……そんな……」

ケイコ「なにを、そんな驚くことがあるというの? 私は、私はここで一人で永遠を生きていたいのよ。
    ずっとね。これは私の望んだこと。たった一つの私の望み。私は今、幸せなのよ」

カナエ「じゃあ、なんで……なんでケイコさんは、そんなに辛そうなの?」

ケイコ「……さぁ、何でかしらね」

ルミ 「……ケイコさん……ありがとう」

ケイコ「私は何もしていないわよ。あなたも、後悔しないようにね。
    時の流れる場所で、時の進むことを恐れる日々に」


ルミ  頷く


カナエ「でも、ケイコさん、ミツヨさんが」


ケイコ 再び冷徹な顔に戻る


ケイコ「……ミツヨに会ったら言っておいて。……私は」


音響 鈴の音高める


カナエ「え? ケイコさん、なんて?」


音響 鈴の音高める
照明 赤を強める
    暗転

音響 FO

カナエ&ルミ&ケイコ
    上手へ退場


○ふたたび廊下(放課後)

音響 FI
照明 薄暗い色

ミツヨ&モミジ
    下手から登場
    二人セット。手を繋いでいたりする。
    何度も廊下を往復していたのか息上がっている。


ミツヨ「モミジちゃん、聞こえた?」

モミジ「聞こえなかったよ〜」

ミツヨ「これで、56回目の失敗か……」

モミジ「ねぇ、ミツヨさんもう無理なんじゃない?」

ミツヨ「バカァ!」


ミツヨ モミジを押し飛ばす

音響 FO


モミジ「あっ」


モミジ 倒れる


ミツヨ「私たちがあきらめたら一体誰があの二人を助けられるのよ。しっかりしなきゃダメでしょ!」

モミジ「……ごめんなさいミツヨさん。私、間違ってた!」

ミツヨ「さぁ、立ち上がって。もう一度やって見ましょう」

モミジ「はい」


ミツヨ モミジに手を差し伸べる

モミジ 立ち上がる


ミツヨ「いくわよ」

モミジ「はい!」


ミツヨ&モミジ
    手に手をとって歩き出そうとする


照明 赤を強める

カナエ&ルミ
    上手から登場

ルミ  体をカナエに預けている

照明  もとに戻す


カナエ「大丈夫?」

ルミ 「うん……なんでだろう……何か体が重たい」

ミツヨ「モミジちゃん」

モミジ「ミツヨさん。なんか、聞こえたよね」

ミツヨ  頷く

ミツヨ&モミジ   
     同時に振り返る

カナエ「大丈夫なの、救急車呼ぼうか?」

ルミ 「いいよ……でも、どっかで何か食べよう? すっごいお腹すいて、死にそう」

カナエ「うん、わかった」


ミツヨ&モミジ
    二人の言動に唖然となっている


モミジ「瀬野さん!? それに、ルミ!」

ミツヨ「戻ってきたのね!!」


ミツヨ 喜んで駆け寄る
ルミ  驚いて


ルミ 「だ、だれ、このおばさん」

ミツヨ「ひ、ひどい……まだ、まだ私は29よ!」

ルミ 「十分おばさんじゃないそれ……あ、お腹すいたぁ」

モミジ「戻ってきていきなり、これだもん。心配して損したよ」

ルミ 「あ、モミジ、いたんだ」

モミジ「ひ、ひどい……でも、私はこんなことじゃぁショックは受けないわよ。
    さぁ、ルミ聞かせてもらおうか、一体今までどこにいたのかを」


モミジ ルミの体を引き寄せる


ルミ 「ちょ、ちょっとまってよ〜まずは家に帰らないと、ってか、何かお腹に入れないと」

モミジ「松屋のカレ牛でどうだ!」

ルミ 「女の子が松屋ってのは……」

モミジ「だったら、マックの、スーパーバリューセットのビックマック」

ルミ 「サイズはL?」

モミジ「そんなに食べるの!? よし、おごるよ。
    その代わり、洗いざらい吐いてもらうからねぇ」

モミジ ルミを引っ張っていく

カナエ「ああ、ルミ〜」

モミジ「ごめんね瀬野さん、あなたにも、後で聞くから!」

ルミ  モミジに引っ張れるまま


モミジ&ルミ
    無声演技

音響FI(夕暮れ


ミツヨ「モミジちゃん、将来ジャーナリストになりたいみたいだからねぇ。
    ルミちゃん、今夜は帰れないかもよ」

カナエ「そんな〜」


ミツヨ ちょっと遠くを見て


ミツヨ「ルミちゃん、帰ってこれたのね。あなたも……本当に良かった」

カナエ「ありがとうございます……ミツヨさんのおかげです。それに、ケイコさんの」

ミツヨ「ケイコ? あの子に会えたの?」

カナエ「はい」

ミツヨ「そう……会えたの……でも、あの子は?」

カナエ「ええ、帰って来ません……たぶん、もう」

ミツヨ「本人が、そう言っていたのね」

カナエ「はい」


モミジ&ルミ
    二人の会話に注目


ミツヨ「……何か言っていた? ケイコは」

カナエ「はい。ミツヨさんに伝言を頼まれました」

ミツヨ「え? な、なんて」

カナエ 一瞬迷うが、覚悟を決めたように

カナエ「……『今まで探してくれてありがとう。もう、十分だよ』って」


ルミ  少し驚く


ミツヨ「…………そう。ケイコが、そういったのね」

カナエ「はい」

ミツヨ「そっか……この服、気にいっていたんだけどねぇ。
    年齢的にも無理があるし、仕方ないか…………あの子は、幸せなの?」


カナエ  嘘だと思わせないほどきっぱりと


カナエ「はい」

ミツヨ「わかったわ。ありがとう」


ミツヨ 涙をぬぐうようにして下手へ歩き出す


ミツヨ「さぁ、みんなで食べに行きましょう。私がおごってあげる」

モミジ ルミを投げ捨てる

モミジ「さっすが、ミツヨさん♪ だったら私、中華がいい」

ルミ 「ひどっ」


カナエ 慌ててルミに近寄る


ミツヨ「はいはい。そのかわり、ちゃんとルミちゃん連れてきなさいよ」

モミジ「はーい」

カナエ「大丈夫、ルミは私が連れて行くから」

モミジ「そう? じゃあ、二人ともちゃんとついてきてね。聞きたいこと、いっぱいあるんだから」


ミツヨ&モミジ
    下手へ退場


ルミ 「カナエ、さっきミツヨさんに言っていたこと、あれって」

カナエ「……だめかな。ケイコさんが言っていたこと、ちゃんと伝えなきゃ」


ルミ 首を振って


ルミ 「ううん。きっと、ケイコさんも本当はそういいたかったんだと思うよ」

カナエ「……そうだよね。……ねぇ、ルミ、私やっぱり絵の勉強していいかな?」

ルミ 「なに言ってるのよ、当たり前でしょ。私も、カナエに負けないようなこと、何か見つけるから」

カナエ「うん!」


モミジ 下手から登場


モミジ「二人ともなにやってるの? お腹すきすぎてぶっ倒れてるんじゃないの?」

ルミ 「少しは容赦してよ。こっちは本マジぺこぺこなんだから」

モミジ「まったく、どれ、私も手伝うよ」

ルミ 「優しいじゃん?」

モミジ「大事な証人だからね」

ルミ 「はいはい」


モミジ ルミに肩を貸す

ルミ&モミジ&カナエ
    下手へ退場

音響 FO
   FI(鈴の音

照明 赤を強める
上手サス

ケイコ 上手から登場

ケイコ「一人だけの場所。久遠(くおん)の街……
    ……ミツヨ……ルミさん……カナエさん……
    誰もが時の流れを生きていて、私はいつも一人だけ。
    取り残されてひざを抱える…………これは私の望み。
    だから私は幸せ……のはず。……だけど、私は」


ケイコ 観客を見る


ケイコ「……あなたはどうですか? 
    未来を見ていられますか? 
    時の中で苦しみを感じてませんか? 
    …………ここへ来てはくれませんか?
    時の凍った……この場所へ」


ケイコ 最後の台詞と供に手を差し出す


音響 高める

照明 サスを消す
   赤強めてケイコのシルエットに
   溶暗

音響 FO