Wandering Wedding Watering can
作 楽静


登場人物

学生たち
ヨイハラ クニユキ 男 高校二年生。ナオトとは中学校からの知り合い。マキに片思い中。
ヤスズミ ナオト 男 高校二年生。年上の女の子に思いを馳せる。
ヤスズミ ミズキ  中学三年生。ナオトの妹。クニユキのことが好き。
タカノ  マキ  高校二年生。ナオトとは小学校からの知り合い。ナオトに片思い中。
タキガワ シュン 男 高校三年生。キョウコの恋人らしい。お金持ちのお坊ちゃん。ヨイハラの同好会の先輩。フカマチの彼氏。
フカマチ キョウコ  高校三年生。ナオトが恋焦がれる先輩。最近彼氏との関係に疑問を覚えることも。
とある研究会の人たち
アジシマ ノリタ 男 年齢不詳。不思議アイテム研究会会長。プライベートで会話できる異性が欲しい。
シノダ=マチルダ=シズカ  年齢不詳。研究会助手。そしてメイド。結婚願望と恋愛願望がある。
自称正義の味方
カミヤ タツコ  自称正義の味方① 神様が放り投げた不思議アイテムの回収を担当。副業はメイド。
ヤガミ トラミ  自称正義の味方② 神様が放り投げた不思議アイテムの回収を担当。副業はビルのオーナー。
ジョーロの魔人
ジョニー 魔人(男) 願いを叶えるジョーロに住む。どんな願いでも願えば叶う不思議生命体。但し人類に限る。


   二月~三月くらいの物語。
   舞台セットは特にない。
   ※あんまり何もないと寂しいので、初演ではS6まで出番のないジョニーに“大道具の役”をやってもらっていました。

01 現在よりやや未来の世界。 

      結婚式披露宴会場。ありがちな結婚式の音楽が高まって小さくなっていく。
      制服姿のカミヤとヤガミが立っている。

カミヤ それでは、新郎新婦は、ここで一度退場し、お色直しに入ります。
ヤガミ ここから司会は、アジシマ様にお願いします。アジシマ様。どうぞ壇上へおあがりください。アジシマ様。アジシマノリタ様。

      制服姿のアジシマがやってくる。

アジシマ はい。はいはいはい。ということでですね、アジシマです。アジシマノリタです。えー、披露宴の司会ということで。まぁ、友人? 知人? 
     そんな感じで。でも、司会頼まれたの、一昨日なんですよ。突然すぎて、なにをどうしていいのかわからなかったりしますが、とりあえず、
     糠漬けをおいしく作るための三つの注意点でも。まず一つ目、

      隣でカミヤがアジシマに何か言い聞かす。

アジシマ あ、はい。進行表どおりに? はい。いきます。大丈夫です。はい。すいません。えーと、(と、紙を見て)
     まず、「友人から、二人の馴れ初めを。カッコ、司会は変わる。カッコ閉じ。その後、終了にあわせて、新郎新婦再入場」

      隣でカミヤがアジシマに何か言い聞かす。

アジシマ あ、これカンペですか。読まないんですね。はい。大丈夫です。馴れ初め。馴れ初めですか。それって、僕が話すよりも、
     もっとふさわしい人がいると思うんですよね。ということで、(と、観客席に向かって)ねぇ? そう。君だよ君。もう、分かってるんでしょ。
     さっさと出てきてよ、ここまでは仕込みなんだから。

      隣でカミヤがアジシマに何か言い聞かす。

アジシマ あ、駄目なんですね。これも言っちゃ。書いてありましたけど。すいません。じゃあ、司会になって早々ですが、バトンタッチで。
ヨイハラ君後はよろしく。

      観客席から制服姿のヨイハラが出てくる。ヨイハラが話している間に、アジシマやカミヤは去る。

ヨイハラ えっと、変わりまして、ヨイハラクニユキです。本日はおめでとうございます。二人の話の前に、まず、
     どうしても話しておきたいことがあります。全然関係ない話題に思えるかもしれませんが、少しだけお時間をください。
     この場でする話ではないかもしれませんが、これは懺悔でもあります。どうかお聞きください。あるところに、一つのジョーロがありました。
     ……いや、ちがうな。うん。……二人の始まりについて、あえて、ここから話し始めたいと思います。あの日、二人がお互いをちゃんと
     意識した日の、一週間前。僕の友人、ヤスズミナオトは、失恋しました。相手は、ひとつ年上の先輩でした。

      ヨイハラが見守る中、かつてあったシーンが始まる。
      制服姿のナオトが出てくる。



02 現在。2012年1月31日(火)夕暮れ。

      K高校近くの歩道。S横浜のS原口に向かう坂を下り終わって、直線になってしばらく行った先の曲がるあたり。
      相手が歩いてくればすぐに分かる場所。
      ナオトは大きく深呼吸を繰り返す。手に人を何度も書いて飲み込む。反復横飛びをする。
      緊張をごまかそうとする行動に必死。素数を数え始める。
      マキが出てくる。ナオトを一度通り過ぎた後立ち止まる。

マキ 何やってるの?
ナオト タカノ!? なんでここに?
マキ なんでもなにも、帰るところだけど。ナ(オト)……ヤッスーこそ、なんで? 家と反対でしょ。
ナオト それはタカノもだろ。
マキ ちょっと本屋寄ろうと思って。駅前の。
ナオト 本ならクニユキんとこ行けばいいのに。
マキ 嫌よ。あいつ、最近よく店番してるんだから。人が買う漫画に何でもコメントするし。コメントだけならまだしも、ネタバレすることもあるし。
ナオト へぇ。タカノが読む漫画を、クニユキ読んでるんだ。
マキ なんか、高校入ってから、読む本あいつと被るんだよね。あたしが読むのってマイナーなのばかりなのに。よっぽど好きなのね。本が。
ナオト ……そうだね。
マキ それで? なんでこんなところにいるの?
ナオト いや、ほら、その。こっち側もたまには? 歩いてみようかなぁって思って。
マキ ……ははーん。なるほど。
ナオト な、なにかな?
マキ さては告白か!? 帰ってくるところに声をかけてコクるつもりだ! ……え? ……もしかして、本当にそうなの!?
ナオト 実は、まぁ。
マキ え、コクるの? だれに?
ナオト いいだろ。誰でも。
マキ そうなんだ。へぇ。ま、あたしには関係ないけどね! 頑張りなよ! 玉砕したら、慰めてあげるからさ。
ナオト いいよ別に。
マキ 遠慮するな。小学校からのつきあいでしょ。
ナオト 遠慮しているわけじゃないって……あ……。
マキ どうしたの? あ、フカマチ先輩。隣にいるのは、タキガワ先輩だっけ?

      と、フカマチとタキガワがやってくる。手をつないで歩いている。二人は二人の空気を作りながら歩き去る。

フカマチ 本当、あっという間だったねぇ。
タキガワ 9回目。
フカマチ 何それ。
タキガワ 校門出てからここまでで。「あっという間だった」って言った数。
フカマチ だって、あっという間だったから。タキガワ君は、そう思わないの?
タキガワ まだ一ヶ月以上あるよ。
フカマチ でも、明日から自由登校でしょ。その後は、卒業式予行で、次の日が卒業式。ほら、あっという間。
タキガワ 確かに、高校生活なんてあっという間だったな。
フカマチ ほら。タキガワ君も言った。
タキガワ 本当だ。

      と、言いつつ二人して去る

マキ ……なんか、すごいよね。二人だけの世界って感じで。全然こっち見ないし。あ、でも、あたしたちも勘違いされちゃってたりして。
   まずいよね。二人でいるだけなのに。ね? (と、帰ろうとするナオトに気づき)どうしたの? 
   告白は? あたし、もう帰るよ? 本屋行かなきゃいけないし。
ナオト いい。
マキ いいって?
ナオト もういいんだ。(と、去る)
マキ ……ナオトが好きな人って……フカマチ先輩だったの?

      慌てて追いかけマキも去る。ヨイハラが浮かび上がる。

ヨイハラ 次の日、ヤスズミナオトは学校に来ませんでした。次の日も。その次の日も。そして俺の元に、彼の妹であるヤスズミミズキから連絡が
     あったのは、彼が欠席するようになってから五日目のことでした。

      と、ミズキが出てくる。

ミズキ ということで、兄さんの様子が変なんです。クニユキ先輩、一度見に来てもらえませんか。
ヨイハラ ただの風邪なんじゃないの?
ミズキ いえ……たぶん、失恋したんじゃないかと。
ヨイハラ 失恋!?
ミズキ なんかため息ばかりついているし。テレビでカップルが出てくるCMあるとすぐ番組変えるし、あと、やたらと詩を書くんです。

      この二人の会話中、ナオトが出てくる。ナオトは詩を書き始める。書き終わった紙を丸めて捨て、去る。

ヨイハラ つまり振られたってこと? 誰に?
ミズキ それは言ってくれないので分からないですけど、その……マキさんかなって。
ヨイハラ ナオトがタカノに告白して振られた?
ミズキ きっと幼なじみの関係を恋心と勘違いして、ぶつかって玉砕したんですよ。
ヨイハラ これはチャンスか。
ミズキ え?
ヨイハラ いや、その前に本当に二人の関係が終わったのか確かめないといけないか。
ミズキ いえ、それよりも、私はクニユキ先輩に家に来てもらえないかなって思いまして。ほら、兄さんのことで相談できるの先輩くらいしか
    いないし。あ、お茶くらいならお出ししますから。あと、もう二週間で後期試験だから、ちょっとその相談にも乗ってくれないかなって。
ヨイハラ 分かった。明日……は、ちょっと準備もあるから、明後日学校終わったら家に行くよ。
ミズキ 本当ですか! ありがとうございます。
ヨイハラ ちゃんとタカノも連れて行くから。
ミズキ え、いや、マキさんはいなくていいかなって思うんですけど。クニユキ先輩が来てくれればなぁってだけで。
ヨイハラ 大丈夫俺に任せておいて!
ミズキ あの、クニユキ先輩!

      ヨイハラは電話を切る。そして、どこかに電話をし始める。

ミズキ 大丈夫かな。(と、紙を広げる)君は まるで針葉樹 青々としたその葉で僕をつついてほしい……大丈夫かな。

      ミズキが去る。ヨイハラが観客に話し始める。

03 次の日 2月6日(月)

ヨイハラ ヤスズミナオトと出会ったのは中学に入った頃でした。その時、彼の隣には当たり前のように、彼の幼なじみがいました。
     どこか頼りないところがあるナオトのことをいつもフォローしているしっかり者。それが、彼の幼なじみへの印象でした。
     ナオトと遊ぶときには当然のようにあの子はついて来ていて、学校では厳しい面を見せることが多いあの子が、時折見せる柔らかい笑顔が
     とても印象的でした。その笑顔をもっと見ていたくて、横顔を目で追うことが多くなっているのに気づいたのは、中学二年が終わる頃でした。

      タキガワが出てくる。

タキガワ つまり、お前はこう言いたいんだな。失恋した友人を慰めつつ、そこに一緒に連れて行く女友達を、GETしたいと。
ヨイハラ 早い話がそういうことです。
タキガワ 引退しても相談には乗るといったが、まさか恋愛相談とはね。
ヨイハラ こんな相談できるの、タキガワ先輩だけなんですよ。
タキガワ うちの同好会で彼女いるの俺だけだからな。
ヨイハラ カバディ同好会最大のミステリーですよね。
タキガワ ……と、ここが家だ。
ヨイハラ (と、目の前の家を見て)でかっ。え、ここが先輩の家ですか!?
タキガワ これでも他のに比べたら小さいもんだよ。
ヨイハラ 他にもまだ家が!?……彼女のできる理由が分かりましたよ。
タキガワ どういう意味だ。って、ちょっと待ってろ。カミヤさん! カミヤさんいますか!?

      カミヤがやってくる。

カミヤ はい坊ちゃん、何の用ですか。
ヨイハラ お、お手伝いさんだ……どうしよう世界が違う。
タキガワ 悪いんだけど、親父の書斎の鍵貸してくれます?
カミヤ また旦那さまの部屋で音楽鑑賞ですか?
タキガワ ちょっと親父のコレクションに用がありまして。
カミヤ 傷などつけないようにしてくださいね。私が怒られるんですから。
タキガワ 分かってます。少し貸すだけですから。
ヨイハラ 先輩、何を貸してくれる気か分かりませんけど、俺、修理代とか払えませんよ。
タキガワ 大丈夫だよ。そんな高いものじゃないし。ちょっと曰くつきのジョーロってだけで。
ヨイハラ&カミヤ ジョーロ?
タキガワ そう。願いが叶うって言われてる、な。

      カミヤは渡そうとしていた鍵を渡さない。

カミヤ 坊ちゃん。あれはいけません。
タキガワ いや、何言ってるんですか。あの、古いジョーロですよ?
カミヤ あれは、怖い代物なんですよ?
タキガワ まさかカミヤさん信じてるんですか? 願いが叶うなんて、魔法のランプみたいな話。
カミヤ 別に、信じてるわけじゃありませんが。
ヨイハラ 先輩、なんか物騒なものなら俺いいですよ。
タキガワ 大丈夫だって。本当、ただのジョーロだから。でも、すごいな親父。カミヤさんにまで信じ込ませたのか。
カミヤ 坊ちゃんは信じてないんですね?
タキガワ 当たり前でしょう。望んだ願いが叶うなんて。
カミヤ なら必要ないはずです。
タキガワ でも、ありがたい嘘のほうが、真実より役に立つことはあるんですよ。
カミヤ だったら、あのジョーロじゃなくてもいいはずです。
ヨイハラ そうですよ先輩。いいですよ、俺。
タキガワ そうなんだけどね。カミヤさんがそこまで怖がっているのを見ると、逆にあのジョーロじゃなきゃいけないような気がしてくるから不思議だよな。
カミヤ 別に私は怖がってません。
タキガワ でもまぁ、もう持っていくと決めてるんですけどね。シズカ! シズカはいる!?

      と、すごい勢いでシズカがやってくる。

シズカ はい。ボッチャン。はいはいはい。シズカが来ましたよ。はい。あ、別にこの早い登場は、すぐそこで聞き耳立てていたわけじゃないからね。
    それで、ジョーロが何だって!? もってくればいいの!?
カミヤ しっかり聞いてたんじゃない。
ヨイハラ 今度は誰ですか。
タキガワ 新しく来たお手伝いさんなんだ。シズカ。カミヤさん抑えてて。
シズカ はい!

      シズカはカミヤを羽交い絞めにする。

カミヤ ちょっと、シノダさん! なにするの!
シズカ ボッチャン。次はどうする?
タキガワ うん? ああ、そのままにしてて。(と、カミヤの手から鍵を取り)じゃ、行こうか。あ、シズカ。そのままカミヤさん連れて、裏庭のほう回ってて。
シズカ はーい。
カミヤ ちょっと、シノダさん。やめなさい! シノダさん! シノダ=マチルダ=シズカ! やめないと後でひどいからね!
シズカ ワタシ、チョット日本語ワカリマセーン。

      シズカとカミヤが去る。

ヨイハラ ちょっと、いいんですかこれ。
タキガワ いいんだよ。あんなもの、無くなったほうがいいに決まってるんだ。

      タキガワが去る。

ヨイハラ ……お邪魔しまーす。

      ヨイハラが去る。


04 その夜

      マキがやってくる。携帯を打っている。携帯に打った文面を読んでチェックしては打ち直している。

マキ 「こんばんわ。最近学校来てないけど、調子はどう?」……違う。「風邪ですか?」……ワザとらしい。
   ……「休んでいるのは、フカマチ先輩が付き合っていたことが原因? あの二人は、去年のクリスマスに付き合いだしたらしいよ」
   ……私はうわさ好きのオバサンか。……ああ、もう。(と、携帯を放り出し)お前がメールして来いよ。

      着信音。

マキ 嘘!?……(慌てて携帯を見て)違うし。(と、言いつつ携帯を見る)こっちは忙しいのに。何なのよ一体。

      ヨイハラが出てくる。片手にジョーロを持っている。携帯に打った文章を読むように、

ヨイハラ 乙でっす。明日もナオトが学校来なかったら見舞い行こうと思うんだけど、行く?汗 ミズキちゃんに頼まれちゃって。照れ。
マキ ……お見舞いか。そうか。お見舞いってことで行けばいいんだ。よし!(と、去る)

      着信音。ヨイハラは携帯を開く。そしてひとつうなずき、

ヨイハラ こうして、あの日、僕たちはヤスズミナオトのお見舞いに行くことを決めました。僕は心に期待を持って、
     手には古ぼけたジョーロを持って。……僕らの知らないところで起こっていた、いくつかの思惑に疑問を持たないまま、僕は明日を待っていました。

      電話の鳴る音。

05 思惑その1

      ヨイハラを囲むように両サイドにシズカとカミヤが立つ。二人はそれぞれに電話をしている。二人の電話の間にヨイハラは去る。

カミヤ そうなの。持って行かれちゃったのよ。
シズカ そうそう! 持ってったの! 
カミヤ なにを?
シズカ なにって、
カミヤ&シズカ ジョーロを!
シズカ それで、どうする?
カミヤ どうするもこうするもないわ。
シズカ うん。チャンスだよね。
カミヤ ちゃんとします。恐らく、
カミヤ&シズカ この家を出たからには、明日にでも 
カミヤ 狙われるはず。
シズカ だよね。狙うよね?
カミヤ じゃあ、明日詳しい話を。(電話を切る)
シズカ これから? うん。じゃあ、今から行くね。大丈夫。こっちはスパッと抜けるから。任せておいて! んじゃーね。

      いつの間にかカミヤとシズカは同じ空間にいる。

カミヤ シノダさん。
シズカ え? か、カミヤさん! なんでここに!?
カミヤ 廊下で大声で電話ですか。
シズカ え、ここ廊下だったの? てっきりサスを使った、なんか空間わけみたいな感じで、その、
カミヤ 演劇みたいなこと言わないでください。  
シズカ すいません。
カミヤ お出かけですか?
シズカ あ、はい。ちょっと、お腹が痛くって。医者に行こうかなと。
カミヤ 友達にでも会われるんですか?
シズカ え?
カミヤ 「今から行くね」と聞こえたので。
シズカ そうそう。そうなんです。アミーゴが、ピンチで。それで、明日もお休みをいただきたいなぁって。
カミヤ そうですか。明日は私もお休みをもらうのであまり強くは言えませんが。羽目をはずし過ぎないようにしてくださいね。
シズカ もちろん大丈夫ですよ! え、カミヤさんも明日休みなんですか? え、デート? デートでしょ!?
カミヤ 違います!

      カミヤとシズカが去る。

06 思惑その2

      入れ違うようにアジシマが片手に携帯を持って現れる。

アジシマ ふっふっふ。とうとう念願のチャンス到来。我が不思議アイテム研究会も、ついに陽の目を見るときがきた。やった。やりました。
     やりましたよ。はっはっはー! ……一人って寂しい。

      シズカがやってくる。

シズカ アジノリ所長。ノリノリだね。
アジシマ 僕の名前はアジシマノリタです! 変に省略するのは止めていただきたい! 
シズカ ごめんね。のびたくん。
アジシマ ノリタ! アジシマノリタです! って、シズちゃん。いつの間に。
シズカ すぐ来いって言ったのは所長じゃん。
アジシマ そうですけど。でも、早すぎじゃないですか?
シズカ 頑張った。
アジシマ 頑張れば出来るとかそういう問題じゃ……
シズカ それより所長、明日、行くんだよね?
アジシマ ええ。とうとう、念願の不思議と対面できるわけですからね。それも、アラジンのランプや、ウィリアム・ジェイコブズの書いた
    「猿の手」に代表される、人の願いをかなえる系の不思議アイテム。まったく。なんでそんなものが、日本の一民間企業の家にあるのか不思議で
    ならなかったですが、とうとう巡ってきたチャンス。これはチャンスですよ。ふふふふ、はーはっはっは!

      と、そこへヤガミがやってくる。掃除の人の格好をしている。

ヤガミ あの~。のびたさん。それで、先ほどお願いした廊下のチェックなんですけども。
アジシマ ですから、僕の名前は、っと、大家さん。
シズカ トラミさん。お疲れ様です。
ヤガミ あら、シズカさん。お久しぶりね。
シズカ 今日も、廊下の掃除してくれたんですか?
ヤガミ ちょっと隅の汚れが気になっちゃって。
アジシマ いつもありがとうございます。
ヤガミ いいのよ~。言ってるでしょ。趣味みたいなものだって。
アジシマ でも大家さんにやってもらうのは心苦しいですよ。廊下の掃除でしたら、借りた僕らが責任を持ってやりますから。
シズカ アジノリ所長その話は……
ヤガミ いいのいいの。これあたしの趣味だから。もうね。駄目ね。暇で暇でしょうがなくて。ほら、うちのビルの人たち、いい人たちばかりだから、
    家賃も遅れたことないし、ビルもきれいに使ってくれるしで、本当何もしなくてもお金が入ってきちゃって。お金があって時間があるなんて、
    お金持ちの台詞みたいだけど、そこまでお金はないのね。でも、慎ましやかに暮らすには十分なの。で、あたし、こんなじゃない? 
    退屈しちゃうって言うの? 一応、掛け持ちでやっている仕事があるんだけど、というかそっちが本業だけど。でも本業は儲けとか度外視
    だから。母がよく言ってたの。「いい、トラミ。正しいことは損してでもやりなさい」って、母がね。本当、うちの母はいろいろ気がつく人でね。
    自慢の、自慢の、ママ、だったのに……(と、泣き出す)
シズカ 所長。これで何度目?
アジシマ え~。僕が悪いんですか。……悪いんですね。すいません。あの、大家さん? お母さん、生きてらっしゃいますよね?
ヤガミ 当たり前じゃない! ママを勝手に殺さないでよ!
アジシマ だったら、泣くことないんじゃないかなって……。
ヤガミ これが泣かずにいられますかって! ママの再婚相手は、私の三つ上なのよ! 私が狙ってたのに……。
シズカ 追い討ちかけてどうする。
アジシマ すいません。
シズカ ……トラミさん。気持ちは分かります。トラミさんがお母さんを思う気持ちはとても。
    それはきっと、あたしたちがトラミさんに対して思う気持ちと似てるんだよね。
ヤガミ あたしなんて、でも掃除くらいしかできないし。
シズカ それでも、あたしたちは頼りにしてます。ね?
アジシマ そうですよ。僕ら、すごい頼りにしているんです。トラミさん。
シズカ だから泣かないでくださいトラミさん。
ヤガミ シズカさん。のびたくん。
アジシマ いや、僕の名前は……はい。いいですそれで。
ヤガミ そうよね。めそめそしていたらみんなに心配かけちゃうものね! よし。私復活! 掃除も終わったし帰るわね!
シズカ お疲れ様です。
アジシマ お疲れ様です。
ヤガミ そうだ。あたし、ちょっと明日は用事があってこられないんだけど大丈夫?
アジシマ 明日でしたら、僕らもちょっと用事があってここ閉めるので大丈夫ですよ。
ヤガミ 分かった。じゃあ、また掃除しに来るわね!(と、去る)
アジシマ ……あの切り替えの早さは見習いたいものだな。
シズカ あたしたちも、気持ち切り替えていかなきゃね。
アジシマ そうですね。すべては明日。

07 明日を待っている人たち

      アジシマとシズカは無声演技になる。
      ナオトがやってきて部屋に引きこもる。ミズキが部屋の前を通り過ぎようとして立ち止まり、

ミズキ 兄さん、明日は学校行くの? ……返事なし。これは明日も行かないと見た。とすると先輩は家にくるっと。部屋掃除しておかなきゃ~ 
   明日が楽しみだな~。(と、去る)

      マリは自宅で悩みながら歩き回る。ほかの登場人物たちも、いつの間にか舞台にいる。台詞と共に去る。

マキ お見舞いに何もって行ったらいいんだろう? 
カミヤ 明日。
マキ 花は、変か。果物? ナオト、梨が好きだっけ。
シズカ 早く明日にならないかな~。
アジシマ 明日か。
ヤガミ 明日は久々に仕事ね。今日はしっかり寝なくちゃ。
マキ ああ、でもこんな悩んでて明日ナオト、普通に学校来たらどうしよう。
タキガワ (電話で)ねぇ、明日暇? なら、遊びに行こうか?
マキ って、それはいいんだよ。むしろ来てくれなきゃ困るんだから。
フカマチ (電話に)うん。いいよ。明日だね。わかった。
マキ 明日、か。久々だな。ナオトの家。
ヨイハラ 心に期待を持って、手には古ぼけたジョーロを持って。いくつかの思惑に疑問を持たず、僕は明日を待っていました。
ジョニー声 その願い、叶えてやろうか。
ヨイハラ なんだ今の声……
ジョニー声 その願い、叶えてやろうか。
ヨイハラ なんだこの声……(と、ジョーロを見て)ここから?
ナオト ……明日なんか来なければいいのに。

      舞台中心のナオトだけを明かりが照らす。

08 ナオト

ナオト 気がつくと、学校に行かなくなってから、一週間たってた。何やってるんだろう。だいたいあの人は俺を振っていないし、
   俺は告白したわけじゃないのに。ただあの人が、俺に向けてくれたらいいなと思っていた笑顔を、俺じゃない誰かに向けていて。
   その顔は楽しそうで。ああ、良かったって思って。

      いつの間にかそばにジョニーがいる。

ジョニー おいおい本当かよ。本当は悔しく感じたんじゃないか?
ナオト そりゃあ。ちょっとは。
ジョニー だよな。「このクソビッチが! お前なんてこっちから願い下げだバーカ!」くらいは、思っただろう?
ナオト そこまでは思わないよ!
ジョニー じゃあどこまでだったら思ったんだよ。
ナオト 良かったって思ったよ。あの人が楽しそうなら。
ジョニー へぇ。偉いねぇ。
ナオト ……そうじゃない。そうじゃないんだ。良かったって思えれば良かったのに。思えなかった。どうしても良かったって思えなかった。むしろ、
ジョニー 憎み。
ナオト そうだ。嫌だった。なんであんな風に笑ってるんだって思って。
ジョニー 妬み。
ナオト なんでだよって思った。何で俺ばかりが苦しいんだよって。そんな自分が何より醜く見えた。
ジョニー それで、家を出られなくなったのか。ちっちゃいねぇ。
ナオト ちっちゃいんだよ俺は。……って、え?(誰?)
ジョニー まぁ、いいんじゃないか? まだ若いんだから、次から頑張れよ。
ナオト はい。……その、
ジョニー ああ、分かってる分かってる。お前の言いたいことはよく分かる。俺の、恋愛経験に興味沸きまくりなんだろう?
ナオト いえ、それは別に。
ジョニー どうしようかなぁ。教えちゃおうかなぁ。
ナオト それよりもどうやってここに?
ジョニー まぁ、俺も長く生きてるからね~辛い恋の一つや二つもしているわけだけどさ。人数は多くないんだよね。4半世紀に一度恋に
     落ちればいいほうってとこ? 出来れば結婚とかしてみたいけど、いいよね。結婚。でも無理かな。国籍も寿命も無いと。だからね。
     若人には頑張ってほしいわけよ。本当。な!
ナオト はい。……いや、だから、誰ですか? どこから入ってきたんです?
ジョニー どこからでも入るね。俺は。だって、人の心にドアなんてないから!
ナオト そういうよく分からないことを聞いているんじゃなくて。
ジョニー いいんだ。今は分からなくて。ちょっとヤスズミナオトってのがどんな人間か、知りたかっただけだから。
ナオト 俺のことを、知っているんですか?
ジョニー お前の友人がお前を知っている程度にはね。
ナオト 何なんですか。あなたは。
ジョニー いい質問だ。「誰」ではなく、「何」かと聞くのは、真実に一番近い質問だといえる。が、優秀な質問は時として質問した本人を危険にさらす。
     もし聞いた相手が自分の知るべきではない何かだった場合、一体どうして無事でいられようか。と、そこまで計算してした
     質問なのかと俺は問いたい。心から問いたい。
ナオト いや、そこまで深くは……
ジョニー 残念。時間切れだ。今回のところはひとつだけ覚えていてほしい。俺は、いる。とね。
ナオト いる?
ジョニー そう。なにかは分からないが、何かがいる。そういうことだよ。ヤスズミナオト。では、またすぐ後で。ああ、ついでに、
     悪者扱いはやめて欲しいな。案外アレって傷つくんだぜ。

      ジョニーは去る。

ナオト ちょ、ちょっと待ってください! ……消えた? そんな馬鹿な……


09 友人たち

      ミズキが現れる。ノックの音

ミズキ 兄さん。いる? いるよね?
ナオト あ、ああ。
ミズキ 友達がお見舞いに来たよ。
ナオト 友達?
ミズキ クニユキ先輩と、マキさん。
ナオト ……
ミズキ 二人とも兄さんのことが心配なんだって。会うよね?
ナオト ……会うよ。
ミズキ 良かった。二人とも、こっちです。私、飲み物取ってきますね。あとお菓子。あ、ケーキにしますね。

      ミズキと入れ違いにヨイハラとマキが入ってくる。

マキ あ、ミズキちゃん。あんまりいいからね。適当で。
ヨイハラ ナオト~。いるか~。入るぞ~。

      ヨイハラとマキが入る。

ヨイハラ よ。
ナオト ああ。
マキ なんか、この部屋空気こもってない? 窓開けるね。
ナオト 勝手に開けるなよ。寒い。
マキ でも、空気悪いよ。こっちまで気がめいりそう。
ナオト じゃあ、少しだけ。
マキ うん。
ヨイハラ ふーん。
ナオト なんだよ。
ヨイハラ いや、いつもどおりだなって思って。
ナオト 悪かったよ。なんか心配させたみたいで。
ヨイハラ いや、勝手にこっちが気にしただけだから。
マキ でも、元気そうで良かった。
ナオト 本当はさっきまでもうちょっと落ち込んでたんだけどね。
マキ そうなんだ?
ナオト でも、変な(ト、ジョニーが去った方を見て思い直し)……変わった二人がお見舞いに来てくれたおかげで元気でたよ。
マキ 変わってるは余計だと思う。
ナオト そうだね。
ヨイハラ そうか。そんな元気なら、これはいらなかったかな。

      と、カバンからジョーロを出す。

ナオト&マキ ジョーロ?
ナオト え、俺の部屋に花なんてないよ。
マキ やっぱり花持って来ればよかった?
ヨイハラ これはな。不思議なジョーロなんだ。
ナオト&マキ 不思議なジョーロ?

      と、そこにタキガワが現れる。昨日の格好。ヨイハラにジョーロの説明をしている。

タキガワ そのジョーロはさかのぼること、うん世紀前、どこからか伝わったとされるジョーロだ。本当はジョーロじゃないのかもしれない。でも、
     使用用途は水を撒くくらいしか考えられない。が、当時存在していたどの材料でもそのジョーロは作られていない。
マキ でも、ジョーロなんでしょ? ただの。
タキガワ ただのジョーロじゃない。これは、
タキガワ&ヨイハラ 願いをかなえるジョーロだ。
ナオト 願いをかなえる?
マキ 嘘でしょう?
タキガワ さっき、お手伝いさんたちの前で信じてないふりをしたのは、これが本物だからだ。
ヨイハラ これで、タキガワ先輩の家は色々と成功したらしい。
マキ タキガワ先輩って(と、思わずナオトを見る)
ナオト 色々って?
ヨイハラ そこまでは詳しく教えてくれなかった。でも、もうだいぶ利用したから、後輩に貸してやるくらいはいいよって昨日貸してくれたんだ。
マキ そんな簡単に貸していいものなの? 持ち主が世界征服とか考えたらどうするのよ。
ヨイハラ 俺がそんなこと考えるように見えるか?
タキガワ 大丈夫。ヨイハラはそんなこと考えたりはしない。
マキ そりゃ見えないけど。
ナオト クニユキなら、「世界の人間が皆制服を着ればいいのに」くらいなら考えそうだけどね。
ヨイハラ (ちょっと悩んで)……俺がそんなことを考えるように見えるか?
マキ 今ちょっと考えたでしょ。
ヨイハラ 俺のことはいいんだよ。今はお前の悩みだ。
タキガワ これを使えば、お前の友人の悩みも解決するだろう。と、相手は思う。
ナオト 俺の悩みって。
ヨイハラ 失恋したんだろう?
ナオト なんでそれを!? ……いや、してないよ失恋なんて。
ヨイハラ ミズキちゃんが言ってたぞ。兄さんは失恋したに違いないって。
ナオト ミズキのやつ、余計なことを。
マキ つまり、そのジョーロに願えば、ヤッスーの恋がうまくいくってこと?
ヨイハラ タキガワ先輩曰くね。
タキガワ そんなうまくはいかないさ。
マキ そんなの、本当の恋だとは思えないけど。なんだか相手の人の心を操るみたい。
ヨイハラ 叶わない恋で悩んでいるよりはいいんじゃないか。まあ、決めるのはナオトだけどな。

      と、ヨイハラはナオトの前にジョーロを置く。
 
タキガワ なんでこれがお前の女友達を手に入れる方法になるか分からないって顔しているな。いいか。人間は欲深いんだ。楽にお金がほしい。
     女にもてたい。カッコよくなりたい。欲ばかりだ。ジョーロは、そんな欲をかなえてしまう。それを目の前で見てしまう人はどう思うだろう。
     恋のことだけに使うはずのジョーロに、自分の欲望のまま、さまざまな願いをかける姿を見たら。……恐らく失望するだろう。
     そんな時、目の前に、あらゆる欲を拒否し、恋のみを純粋に願う者がいたら? それも、自分との恋だけを。それはきっととても魅力的に
     写るんじゃないか? もちろん、お前の中でその女友達を好きだって気持ちが、どんな欲よりも大きいっていう前提があっての話だけどな。
     ……どうする? お前の気持ちはどれくらい大きい? どんな欲を否定してでも、その人と付き合いたいと思えるか?
タキガワ&ヨイハラ 後は、お前の意志の問題だ。

      タキガワは去る。

ナオト タキガワ先輩は、
ヨイハラ うん?
ナオト タキガワ先輩は、これに何かを願ったのかな?
ヨイハラ そうじゃないか?
マキ まさか、先輩に彼女がいるのって……
ナオト これに願えば、本当に願いは叶うのかな?
ヨイハラ 叶うんじゃないか。俺は今それほど強い願いはないからか、持ってても何も起こらなかったけど。
マキ もうその時点で胡散臭いけど。
ヨイハラ なんなら、タカノ、使ってみるか?
マキ 私はいい。なんか怖い。……ねぇ、やめておこうよ。そんなの怪しすぎるよ。願いをかなえる代わりに、魂取られちゃうかもよ。
ヨイハラ 先輩はそんなことなかったけど。
マキ 先輩が平気だっただけでヤッスーは分からないでしょ。
ナオト 俺は……
ヨイハラ 決めるのはナオトだろ。

      ナオトはジョーロを見つめる。その手がジョーロに伸びそうになる。

マキ 駄目!(と、ジョーロを掴む)嫌だよ。あたし。ナオトがこんなのを頼るなんて嫌だ。こんなのでフカマチ先輩とナオトが付き合うなんて
絶対に嫌!
ヨイハラ ナオトが好きなのって、フカマチ先輩だったのか。
ナオト タカノ……
マキ ごめん。でも、あたし……

      マキが部屋を飛び出していく。その手にはジョーロを持っている。

ナオト タカノ!
ヨイハラ ……やっぱりか。
ナオト やっぱり?
ヨイハラ 追いかけたほうがいいんじゃないか?
ナオト 俺が?
ヨイハラ お前しかいないだろ。

      と、ジョニーがやってくる。

ジョニー 俺もいるけどな。
ナオト あんたはさっきの!
ヨイハラ こんなところにいたのか。
ジョニー 基本、起きている間は自由だからな。
ナオト クニユキの知り合い?
ヨイハラ 昨日からのな。
ジョニー 俺の家はなかなかいかしてたろう? ヤスズミナオト。残念ながら、願うときは俺と家の両方がなきゃ意味ないぜ。
ナオト 家って……まさか。
ジョニー 俺の名はジョニー。ジョーロに住んでる、まぁ、いわゆる魔人さ。
ヨイハラ ということだ。
ナオト 何でそんな落ち着いてるんだよ!
ヨイハラ 昨日散々脅かされたからな。
ジョニー あれだけ驚いてくれると、魔人冥利に尽きるってもんだ。
ヨイハラ 信じられるか? 水を撒く先端から、ところてんみたいに出てきたんだぞ。もう少しで吐くところだった。
ナオト それは、きついなぁ。
ジョニー おしゃべりをしている余裕はあるのかな青年。あの子、だいぶいいスピードで走って行っちゃったぞ。
ナオト そうだ。タカノ……どうして……
ジョニー それと、お客さんだぞ。

      と、カミヤとヤガミが現れる。

カミヤ 失礼します。
ヤガミ こんにちは、どうも。
カミヤ&ヤガミ 私たちが正義の味方です。

      カミヤとヤガミはポーズをとる。

ナオト&ヨイハラ ……は?
カミヤ ほら、だから言ったでしょ。引かれるって。
ヤガミ 大丈夫。私たちのポーズが決まりすぎていてちょっと固まっちゃっただけだから。
ナオト えっと……クニユキの知り合い?
ヨイハラ いや。……あ、でも、あなたはカミヤさんですよね? タキガワ先輩の家の(お手伝いさん)
カミヤ いいえ。違います。人違いです。
ヤガミ この人はタキガワ家のお手伝いじゃありません。私ももちろんビルのオーナーではありません。もう一度言うからちゃんと聞いて下さいね。
カミヤ え、また言うの。
ヤガミ こういうのはちゃんと言わないと伝わらないんだから。いくよ、せーの。
カミヤ&ヤガミ 私たちが正義の味方です。
ナオト&ヨイハラ ……はぁ?

      舞台は変わる。

10 接触

      とぼとぼとマキがやってくる。

マキ 追ってこないか。そうだよね。追って来るわけないよ。なに期待したんだろ。馬鹿みたいだ。ていうか、馬鹿だ。あんなことしたら、
   私が意識しているの丸わかりじゃん。

      と、反対側からアジシマがやってくる。

アジシマ ちょっとお嬢さん。
マキ え?
アジシマ その手に持っているのを見せてもらえませんか?
マキ なんですか。
アジシマ それはもしかして、我々が探していたものじゃないかと思うんです。
マキ 違います。

      マキは来た道を戻ろうとする。そこへ、シズカがやってくる。

シズカ ちょっと見せてくれればいいから。あと、ついでに触らせてくれて、渡してくれるだけでいいから。
マキ すいません。これ、あたしのものじゃないので。
シズカ そんなことわかってるって。
アジシマ それがどういうものかもね。というより、どういうものか分かっているから渡してほしいんですよ。
シズカ あたしたち、ずっとそれを探していたの。
マキ これを?
アジシマ それは本来なら個人が持っていてはいけないものなんです。素直に渡してくれれば危害を加えることはしません。
シズカ あ、叶えたい願いがあるなら、それが叶うまで待ってもいいけど。
アジシマ こらこら、そんなことを言って、僕らがいなくなって欲しいなどと願われたらどうするんですか。
シズカ アジノリ所長、その台詞フラグ!
アジシマ だから僕の名前は、え、うそ。

      と、そこにタキガワとフカマチがやってくる。

フカマチ あれ、マキちゃん。
マキ フカマチ先輩!? ……に、タキガワ先輩。
フカマチ 偶然ね。こんなところで会うなんて。
タキガワ シズカ?
シズカ ボッチャン!? なんでここに!?
タキガワ それはこっちの台詞だ。何やってるんだこんなとこで。
シズカ いえ、ワタシ、シズカなんて名前じゃありませんよ。
タキガワ 何わけわからないこと言ってるんだ。……ちょっと待って。
フカマチ タキガワ君?
タキガワ (シズカの手にあるジョーロを見て)それ。もしかして
フカマチ どうしたの?
タキガワ ねぇ、それ、ちょっと見せてくれないか?
マキ タキガワ先輩。なんで、こんなものを、渡しちゃったんですか?
フカマチ マキちゃん?
マキ 先輩がこんなもの渡さなければよかったのに。こんなものさえなければ私……(と、去る)
アジシマ しまった! おい、待ちなさい!
タキガワ どういうことなんだ。おい、シズカ!
シズカ 私はシズカじゃありませんって!
アジシマ とにかく追いますよ!

      アジシマ、シズカ、シズカは去る

フカマチ どういうことなの?
タキガワ フカマチさん。ごめん。俺、用事ができた。(と、去る)
フカマチ 一体なんなのよ! もう。タキガワくん!(と、追いかけて去る)

11 電話越しの問いかけ。

      場面は再びナオトの家。ナオト、ヨイハラ、ジョニー、カミヤ、ヤガミ 現れる。

ナオト なるほど。つまり、簡単に言うと不思議なアイテムを管理している機関の方たちなんですね?
カミヤ ここまでの私たちの説明が、無かったかのような簡潔なまとめ、ありがとうございます。
ヤガミ 話ちゃんと聞いてましたか? 私たちは政府の、
ナオト いや、わかりました。わかりましたから。また最初から始められると、場面転換を挟んだ意味なくなるんでやめてください。
カミヤ そんな演劇みたいなこと言わないでください。

      電話の音

ヨイハラ あ、ごめん。俺……タキガワ先輩からだ。
カミヤ 坊ちゃんから?

      ヨイハラが電話に出る。タキガワが現れる。

タキガワ どういうことだ。
ヨイハラ なんですかいきなり。
タキガワ ジョーロを持った女の子が追われてるんだ。あれ、お前が渡したのか?
ヨイハラ 女の子? タカノがですか?
ナオト タカノがどうかしたの?
ヨイハラ なんか、追われてるって。
ナオト 追われてる!? なんで!?
カミヤ やつらね。
ヤガミ 間違いないわ。
ナオト なんですか、やつらって。
カミヤ あのジョーロを狙うのは、私たちだけではないということです。
ヨイハラ タカノ、大丈夫なんですか?
タキガワ 今探し中だ。それより、なんでお前に渡したジョーロをあの子が持っているんだ? しかも追っている中に、うちのお手伝いもいた。
     一体どうなってるんだ。

      ジョニーが電話を変わる。

ジョニー よかったじゃないか。願いがかなって。
タキガワ その声、お前はジョーロの!?
ジョニー 願っただろう? 「無くなってしまえ」と。
タキガワ そんなこと……
ジョニー 嫌だったんだろう? 願ったことが叶ってしまうのが。自分の努力も苦労も、まるで意味がない日常が。
     だから、俺は叶えてやった。どうやら俺は悪者らしいからな。ああ、それとも、お前と同じ目に遭う人間が出てからの方がよかったか?
ヨイハラ なにを言ってるんだ?
ナオト 同じ目にあう人間って……
ジョニー (ヨイハラに)あいつは、お前に俺を渡して、その結果お前が自分と同じようになるのが見たかったんだ。
タキガワ 違う。俺は、ただ、
ジョニー 願うことが全て叶い、自分が手に入れたものが、努力して得たものか、それともただ願ったから得たものか分からなくて苦しむ。
     そんな姿が見たかったんだよ。
ヨイハラ タキガワ先輩……
タキガワ 違う。俺は、
ナオト (電話に向かって)そんなことより、タカノは大丈夫なんですか? 追われてるんですよね?
タキガワ わからない。あの子、やたら足が早かったから、捕まってはいないと思うけど。っていうか、誰だ君は。
ナオト 俺のことなんてどうでもいいんです。それより、タカノは、

      フカマチが現れる。

フカマチ ああ、タキガワくん。こんなところにいたの。もう用事は終わったの?
タキガワ じゃあ、俺はこれで!

      電話を切り、タキガワは去る。

フカマチ タキガワ君!? なんなのよ一体! 何で逃げるの!?

      フカマチが去る

ナオト 切れた……。
カミヤ さぁ、では行きましょうか。
ヤガミ ええ。友達のことは、私たちに任せてください。それと、ジョーロさん。
ジョニー 俺は、ジョニーだ。
カミヤ ジョーロさん。あなたがあれの本体なら、あれの場所くらいは分かるんですよね?
ジョニー 案内してやろうか?
カミヤ お願いします。

      カミヤ、ヤガミ、ジョニー去る。

12 吐露

ヨイハラ 俺たちも行くぞ。タカノを助けないと。
ナオト クニユキ
ヨイハラ なんだよ。
ナオト クニユキは、なにを願ったの?
ヨイハラ なんだよ急に。なにも願っちゃいないよ。
ナオト ジョニーさんには昨日会ったって言ってたよね? その時、なにも願わなかったの?
ヨイハラ 願わないよ。なにを願うんだよ。
ナオト タカノとのこと、とか。
ヨイハラ ……
ナオト 気づいてないと思った? そこまで、俺、鈍くないよ。
ヨイハラ ……
ナオト 気づくよそりゃ。三年も友達やってるんだから。クニユキが誰を好きかくらい。
ヨイハラ 急に何言い出すかと思ったら。馬鹿なこと言うなよ。
ナオト タカノが言ってたよ。クニユキ、タカノが好きな本ばかり読んでるって。
ヨイハラ 単なる偶然だろ。
ナオト すごくマイナーなものばかりなんだって。
ヨイハラ ……
ナオト 言ってくれればよかったのにと思うけど。でも、言えるわけも無いとも思ってた。言われたら、どうしていいかわからなかったと思うし。
    ……追いなよ。ここでクニユキがタカノを助ければ、タカノだって、きっと。クニユキのこと。
ヨイハラ なに言ってんだお前。何言ってるかわかってるのか?
ナオト タカノとクニユキならきっとお似合いだと思うし。
ヨイハラ なんだよお似合いって。お前ふざけたこと言ってると、終いには怒るぞ。
ナオト ……俺は全然駄目だから。ちょっと失恋したくらいで引きこもるような奴だし。だから、クニユキがタカノのことを好きなら、その、
ヨイハラ ふざけるな!
ナオト ふざけてなんて、
ヨイハラ ……あいつはな、あいつはお前が好きなんだよ! 俺じゃなくて、おまえのことが好きなんだよ! なんでそんなことがわからないんだ!
     ……いや、わかってたのか。わかってて、お前、俺のこともわかって、それでなのか? それで、他のやつを好きになろうとしたのか……
ナオト だって、俺とタカノじゃ、
ヨイハラ なんなんだよそれは! なんなんだよ! 俺が、俺がどんな気持ちで!
ナオト ごめん。
ヨイハラ 謝るな!
ナオト ごめん。
ヨイハラ ……一つだけ聞かせろ。お前、本当はどうなんだよ。タカノのこと、好きなのか? 俺がいたから遠慮してたのか? 
     俺とタカノが付き合ったとしたら、お前笑ってられるのか?
ナオト 質問が一つだけじゃないよ。
ヨイハラ いいから答えろよ。
ナオト ……笑ってられるかは、自信が無いけど、頑張ろうと思ってた。
ヨイハラ ……行けよ。
ナオト でも、
ヨイハラ でもなんて聞いてないんだよ。あいつは、お前を待ってるんだ! お前だから待っているんだ! お前なんだよ。
    だから……いいから行けよ!

      ナオトが去る。ミズキ現る。

ミズキ なんか、今、兄さんすごい勢いで去って行っちゃったんですけど。……クニユキ先輩? どうしました? 大丈夫ですか?
ケーキ、用意できましたけど、一人なら私の部屋で食べますか?
ヨイハラ ミズキちゃん。
ミズキ はい。
ヨイハラ 俺、自分から失恋コースへ飛び込んじゃった。でも、ちょっと俺も行ってくる。
ミズキ なるほど。失恋コースですか。それは大変です! ……え?

      ヨイハラ去る。

ミズキ えぇ!? つまり、クニユキ先輩も、あたしのことを!? そして兄さんに私とのおつきあいを切り出して断られたと、そういうことですか!
    いつの間にそんな展開に。許すまじ、兄さん! あ、ヨイハラ先輩! 出かけるなら私もお供します!

      ミズキ去る。

13 誰かの願い

      マキが走ってくる。アジシマが反対から現れる。マキは来た道を戻ろうとする。シズカがやってくる。

アジシマ 追いかけっこは、そろそろやめにしませんか?
シズカ そろそろ所長の体力がピンチだからね。
アジシマ シズちゃん。余計なこと言わない。
マキ これを使って、どんな願いをかなえる気なんですか?
アジシマ たいしたことないですよ。全然大したことじゃないんです。
シズカ あたしは~彼氏が欲しいかな。あと、新しいお家? 
アジシマ 僕は願いが叶うというシステムを研究したいだけで。あと出来れば一緒に過ごせる年下の女の子がいてくれたら。
マキ それくらいならいいのかな……
シズカ あ、ついでに日本経済の破綻とか願うのも面白いかもね。
アジシマ 願いません!
マキ やっぱり。
アジシマ いやいやいや。願いませんよ? 願いませんからね?
カミヤ声&ヤガミ声 そこまでだ悪党ども!
アジシマ なにやつ!
シズカ ベタだなぁ。その反応。

      カミヤとヤガミがやってくる。ヒーローっぽい格好。

カミヤ 名もない悪に、名乗る名はない!
ヤガミ 問答無用で悪を討つのみ。
カミヤ&ヤガミ そうです。私たちが正義の味方です。

      カミヤとヤガミはポーズをとる

シズカ トラミさん……
アジシマ 僕達はただ、ちょっと願いを叶えたいと思っているだけです!
ヤガミ そうやって自分の願いが叶えばいいと思っているのが悪の証拠!
アジシマ 願いを叶えたくない人間なんているものか!
ヤガミ 叶えたい願いは自分の力で叶えなさい! そういうのを「他力本願」って言うの!
アジシマ 他の力を本気で願って何が悪いんです!
ヤガミ 開き直るな! 私だってちょっと、今の生活以外にもう少し刺激的な、例えば人前に出て何かするような仕事がやってみたいなぁなんて
    思ったりするけど、でも、そんなコネもないし、でこんな事やってるんだから! ほら、カミヤさんもなんか言ってやって。
カミヤ ……シノダさん。まさかこんなところで会うなんて。
シズカ カミヤさんも、そうだったんだ。
カミヤ あなたと一緒にしないでください。私はメイドの仕事もまじめにやってるんです。正義の味方だけじゃ、食ってけませんから。
   本当はもっと安全なお仕事がいいんですけど。
ヤガミ それを言っちゃおしまいだよ。
シズカ どうやら、戦うしかないみたいだね。
アジシマ 願いを叶えるためには障害はつきものというわけですか。
マキ なんなのよこれ。一体どうしろっていうのよ。

      と、四人は止まり、ジョニーが姿を現す。

ジョニー 俺に願えばいい。
マキ だれ、あんた。
ジョニー 俺の家を大事に抱えて聞くのかそれを。
マキ 家……って、これのこと? ということは、あんたが。
ジョニー あらゆる願いを叶えるジョーロの魔人。気軽に、ジョニーって呼んでくれていい。
マキ あんたが叶えてくれるの?
ジョニー 叶えるさ。なにがいい? ……そうか、それがお前の願いか。
マキ 何も言ってない!
ジョニー でも、願っているだろう。ずっと。願っていたんだろう? 叶えてやるよ。
マキ やめて!!

      マキの言葉に合わせるように時が動く。

アジシマ なんだあんたは。
カミヤ いつの間に!?
ヤガミ ジョーロさん! 出てきちゃ駄目だっていったのに!
アジシマ まさか、彼が?
シズカ え、彼がジョーロの魔人なの……へぇ。いいかも。
アジシマ え、しずちゃん。何その反応。
ジョニー 大声を出すから、時が動き出しちゃったじゃないか。まあいい。さぁ、願いを叶えてやろう。
マキ やめて!

      ナオトが現れる。

ナオト タカノ……こんなところにいた。
マキ やめて。お願い。
ナオト 俺、タカノに言わなきゃいけないことがあって、それで、
マキ やめて!!(と、ジョーロを投げ捨てる)
ナオト タカノ?
アジシマ ジョーロが!
ヤガミ カミヤさん!
カミヤ 任せて!
シズカ させるか!
マキ もうやめて。お願いだから。こんなの、違う。

      と、ジョーロが投げ捨てられたほうから、ヨイハラとミズキが現れる。ヨイハラの手にはジョーロが握られている。

ヨイハラ 結局、こんなことになるのか。
マキ ヨイハラ……
ミズキ なんか、いっぱいいるけど、何があったんですか?
ジョニー おやおや。皆さん集合か。それもいいな。(と、指を鳴らす)
タキガワ (と、現れる)ヨイハラ! に、シズカ!? カミヤさんまで……ジョニー、一体どういうことだ。これは。

      と、フカマチが現れる。

フカマチ タキガワ君、こんなところにいた。というか、ここ、どこ? もう! 何であたしがこんな目にあわなくちゃいけないの!? 
タキガワ フカマチさん……全部、あいつが悪いんだ。あいつさえ俺の前に現れなければ……
ヨイハラ タキガワ先輩。
タキガワ なんだよ。
ヨイハラ こうなったのも、先輩が望んだことですか?
タキガワ 俺はこんなこと望んじゃいない!
ジョニー こいつが望んだのは、俺がいなくなることだ。しかし、今までの願いが無かったことになるかもしれないとの恐れから、
    俺がいなくならないようにとも願っていた。矛盾した願い。その結果が、彼らというわけだ。
アジシマ 彼らって……
カミヤ まさか、私たちのことですか?
ジョニー おかしいと思わなかったのか? 同じ屋敷の中に悪と正義がいる。その悪も正義も、理由があいまいで、どちらがどちらにもなれる。
アジシマ 僕たちは、願われたから生まれたと?
シズカ まさか。そんなわけ。
ジョニー 設定と、多少記憶をいじってしまえば、人の人生なんて思いのままさ。ああ、そして、ヨイハラ。お前の願いを叶えようとしたんだが、
     それより強くこの女に願いをかけられてしまった。この場合は、強いほうを叶えてしまいたくなるのが俺ってやつなんだけど、いいよな?
マキ ヨイハラの、願い?
ヨイハラ ……俺の願いは、タカノとナオトが、付き合わないでいることだ。
マキ え……
ミズキ クニユキ先輩、どうして……
ナオト クニユキ、やっぱり。
ヨイハラ でも、もういいんだ。
ジョニー 諦めるわけか。
ヨイハラ 違う。分かったんだ。いや、本当は分かってたんだ。俺の好きな奴を笑顔に出来る奴は誰なのか。そいつは、自分の気持ちを
     友人なんかのために抑えつけられる馬鹿なんだ。……そいつに出来ることが俺に出来ないわけがないんだ。だから。
     分かるだろう? 俺が何を願っているのか。お前が本当に何でも叶えるというのなら、この願いを叶えて見せろ。
ジョニー ……いいのか?
ヨイハラ ああ。
ジョニー ならば叶えてやろう。俺は願いを叶える存在。貴様の願いを叶えることなど、造作もない!

      辺りは闇に包まれ、ヨイハラが浮かび上がる。

14 あの頃

ヨイハラ すべてが終わった後、とある男女は二人だけで話をしたそうです。

      闇の中、二人の姿がある。ナオトとマキだ。

マキ 覚えてる?
ナオト なにを?
マキ 小学校の時、あんたしょっ中忘れものしてたよね。
ナオト そうだったかな。
マキ 担任の先生がすごい怖い人で、あれ何年生だったっけ? 教室の前の方に立たされて、「もう忘れません」って誓わされた時あったでしょ。
ナオト そんなの忘れたよ。
マキ なのにあんた、次の日も算数の宿題忘れちゃって。「どうしようマキちゃん」って泣きながら私に聞いて来てさ。素直に言うしかないよって
  言ってるのに、それだけは出来ないって何度も首振って。あんまり強く首降るものだから、そのまま一回転しちゃうんじゃないかって、
  あたしハラハラしちゃった。
ナオト よくそんなこと覚えてるな
マキ 覚えてるよ……だって、あの時忘れ物したのは、あたしだから。
ナオト ……そうだっけ?
マキ 朝学校いく途中で、忘れ物したこと思い出してさ。それ言ったらあんた、自分の宿題を私に渡して。大丈夫なのかなって思いながら受け取って。
  そしたらあんた、前の日に「宿題忘れません」って誓ったことの方を忘れてるんだもん。私、違う意味で大丈夫かなって思ったよ。
ナオト なんか、いい話のような、けなされてるだけのような微妙だねそれ。
マキ でも、だからだよ。私、放っておけないなって思ったの。ずっと。放っておけないなって。……放っておけない奴だなって。
  それだけだったのに。いつの間にか、そうじゃなくなってたんだ。いつからそうじゃなかったのかなんて分からないけど。
ナオト うん。
マキ なに、「うん」って。わかってるの?
ナオト 多分。
マキ ……ねぇ。
ナオト なに?
マキ 忘れてなかったって言ったら、怒る? 算数の宿題。忘れたって言ったら、あんたがどうするか知りたかったんだって言ったら。
ナオト 俺も、忘れてなかったよ。
マキ え?
ナオト ……さすがに前の日にあれだけ怒られたら、しばらくは宿題忘れちゃまずいことくらい、覚えてるよ。
マキ じゃあなんで私に渡しちゃったのよ。
ナオト 放っておけなかったんだ。ずっと。俺なんかを構ってくれたから。だからなんとかしたくて。
マキ お互い素直に言えば良かったのにね。
ナオト うん。
マキ ねぇ、聞いてくれる?
ナオト うん。

      ヨイハラの姿が浮かび上がる。きちんとした制服姿。

ヨイハラ それがどんな話だったか、僕は知りません。そうそう。結果として、彼は僕の願いを叶えてくれました。
    それはとてもわがままな願いでした。でも、すっかり叶ってしまいました。本当に、彼の力はすごかった。
    だからこそ、僕らは手に入れるべきじゃなかった。……と、長い話になってしまいました。確かに迷惑なことも多かったですが、
    そのおかげで、今日このような日を迎えられたことを、僕は心から喜んでいます。

15 wandering wedding watering can

      制服姿のカミヤとヤガミが現れる。
      
カミヤ ……あの、
ヤガミ ヨイハラさん?
ヨイハラ はい?
カミヤ えっと、大変面白いお話だったんですけど、その、オチは?
ヨイハラ ありませんけど。
ヤガミ ないのかよ。
カミヤ あの、できればこういう場ですから。その、創作ではなく、本当の話をしていただきたかったなぁと。
ヨイハラ あ、そうなんですか?
カミヤ ええ。新郎と新婦の出会いだとか、思い出とかをですね。ご友人として語ってほしかったなぁと。
ヨイハラ いやぁ、すいません。それだったら僕、知らないんで。
カミヤ 知らないのかよ! 友達なのに?
ヨイハラ 友達だったことも知りませんでした。
カミヤ ひどい! この人ひどい!
ヤガミ カミヤさん(と、耳打ち)
カミヤ わかりました。(と、前へ語るように)それでは、時間の関係もありますので、新郎新婦の再入場とさせていただきます。
   なお、今回は学生時代を懐かしみたいという新婦側の希望から、学生服での登場となります。
ヤガミ もともと、出席者の服装も学生服や制服としていたのは、このためだったんですね。
カミヤ それでは、拍手でお迎えください。

      シズカとジョニーがやってくる。二人とも制服姿。拍手をしながら、他の出演者も現れる。それぞれ制服を着ている。

ジョニー いや、どーも、どーも。どーも。お待たせしました。
シズカ どーも。戻ってまいりました~

      シズカとジョニーは、カミヤ、ヤガミらの元へ。アジシマとフカマチが隅で話している。ヨイハラが自分の場所に戻ると、そこにはナオトとマキ、ミズキがいる。

マキ ヨイハラ、酷すぎ。
ヨイハラ お疲れ様くらいあってもいいだろうに。
ナオト クニユキ、お前めでたい席でなに大嘘ついてるんだよ。
ヨイハラ 嘘、か。
マキ フカマチ先輩とタキガワ先輩がつきあってたとか、
ナオト 俺が、フカマチ先輩を好きだったとかさ。
ミズキ 兄さんはマキさん一筋だもんね。
ナオト ミズキ!
マキ いいじゃない。本当のことなんだから。
ナオト そうだけどさ。
ヨイハラ お熱いなぁ。次の結婚式はお二人さんか?
ナオト それは無理だよ。二人とも学生なんだから。
マキ 現実に、「願いを叶えるジョーロ」なんてないからねぇ。
ミズキ あったらいいのにね。
ヨイハラ そんないいものじゃないと思うけどね。

      と、出席者たちの時が止まる。動くのはジョニーとヨイハラのみ。

ジョニー 「みんなの願いを、いい願いだけちょっとずつ叶えて欲しい」ねぇ。本当に良かったのか。こんな願いで。
ヨイハラ これくらいしか、まとめる方法が思いつかなかったんだよ。記憶までなくなってるのには驚いたけど。っていうか、なんでこんなことに。
ジョニー 世界中の人が制服を着てた方が良かったか?
ヨイハラ そうじゃなくて、なんでお前が結婚してるんだよ。
ジョニー それがシズカの願いだったからな。まぁ、これでしばらくは大人しくする必要がありそうだな。
ヨイハラ ……あんたも、自分の願いを叶えれば良かったのに。
ジョニー 叶えたさ。俺は自分の気に入った奴の願いが叶えば満足なんだ。……望んでたんだ。こんな幸せに見えなくもない終わり方をな!

      ヨイハラとジョニーが笑う。
      音楽の中、出席者の中に笑顔が広がる。それぞれが笑顔で語る中、
      タキガワがやってくる。その手にはジョーロが握られている。タキガワが笑う。
      その笑顔に、ヨイハラは嫌な予感を覚える。
溶暗。

あとがき
もしもあらゆる願いが叶うことになったとしたら、決して幸せにはならないだろう。
そんなよくある考えから生まれた物語。

ジョーロの魔人は数年前に一度台本の中に登場させたことがあるキャラクターです。
さらに遡ると、小学生の時に書いていた物語の中のキャラクターでもあります。
次はいったいどんな物語に登場するのか。
そんなことも楽しみにしていただけたら幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。