アベさんちの三姉妹
作 楽静


登場人物

マユ(真優)/先生 大学生 アベ家の長女/リコの学校の新米教師
リコ(理子)/祖母 高校生 アベ家の次女/アベ家の祖母
アミ(亜美)/青年 中学生 アベ家の三女/マユの彼氏

※ 森鴎外の「阿部一族」とはなんの関係もありません。
※ 神奈川県内にあるJR横浜線「菊名」駅の名前を使用していますが、読みの面白さからの使用であり他意はありません。
※ パソコンに声を録音するシーンがありますが、実際に録音するかどうかは舞台の都合に合わせてください。


0
     季節は秋。
     ちょっと肌寒くなってきてコタツ布団を出す頃。
     平日の昼ごろの物語。

     アベ家は横浜線は菊名駅近くの、賃貸マンションの一室にある。
     舞台上にはアベ家の小さなリビングだけが見えている。
     上手前、玄関を入って左手がすぐ長女・次女の部屋。右手はトイレ・お風呂のスペース。
     上手奥、見えない場所に台所がある。
     舞台上に見えているリビングを通り過ぎて下手奥は三女の部屋。
     下手前は父母の部屋へ繋がっている。
     アベ家のリビングにはコタツが一つ置いてある。コタツの上にはティーカップ。
     中央奥には電話。観客に背を見せるようにテレビ。
     特にそれ以外は一般的なリビングといってよい。

     上手前より、ノートパソコンを片手に、リコがリビングにやって来る。
     耳には大きなヘッドフォン。マイクつき。ヘッドフォンの端子はノートパソコンに突き刺さっている。
     いかにも人生をサボってますといった格好。
     鼻歌を歌いながら、リビングのコタツの周りを片付ける。


リコ (観客に初めて気がついた顔をして)あ、えっと、ご覧の通り、リビングです。あ、これはノートパソコンです。そしてこれはヘッドフォンです。
  あちら(と上手前をさす)は玄関になってます。玄関入ってすぐ右手がトイレとバスルーム。左手は私と一番上の姉の部屋です。
  リビングに入ってあちら(上手奥をさす)はキッチンになっています。手前に母さん手作りの暖簾がかかっていて、
  ここからは向こうが良く分かりません。向こう(と、下手前を指し)にあるドアを開けると母さんの寝室が、そしてあっち(と、下手奥を指し)が、
  妹の部屋になります。高校受験を控えているという理由で妹は一人部屋です。ずるいと思います。さて、説明はこんなところかな。
  えっと、今日はですね、『現実なんてこんなものですよ』と常日頃思っている私、こと、アベリコにとって、
  ちょっと、ドラマみたいと感じたある時間のお話を皆さんにしたいと思います。そのお話をする前に、
  「そんなドラマみたいな」って思われるかもしれないけれど、私たちの家族の話をちょっとだけ聞いてください。
  アベ家の三姉妹、まずは長女がアベマユ、


     と、言葉に合わせてマユが出てくる。大きな名札をつけている。
     名札には「マユ」の字


リコ そして、三女がアベアミ。


     言葉に合わせてアミが出てくる。大きな名札をつけている。
     名札には「アミ」の字


リコ 私の名前がアベリコ。


     リコがノートパソコンをひっくり返すと大きな名札がついている。
     名札には「リコ」の字


リコ 阿部は母方の性でした。つまり、入り婿。父さんと母さんは愛し合って結ばれたのだと、私たちは聞いていました。
  ところが、三人目の娘が生れた三年後、三姉妹の両親は、父親の13年ぶりの高校の同窓会がきっかけとなって離婚することになります。
  原因は娘の命名権をほぼ全て持っていた父親の浮気。ではなく、本気が原因でした。その本気さに母親が気づいたのは、
  父親が同窓会後もずっと家族から隠すように一番仕立てのよいスーツの内ポケットにラミネート加工までして入れていた、
  同窓会の案内状からです。案内状にはこう書かれていました。

マユ・リコ・アミ 「皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。 アベ マリア(安部 真理亜)」

リコ 三人姉妹の名前はそれぞれ、マユ。リコ。アミ。そして母方の性は阿部。並べてみると浮かぶ字は……
  母は、一瞬背中につめたいものが走ったと言います。ちなみに、子供は三人にしようと言ったのは父親で、
  三人目が生れる際、男の子だったらモハメド・アリにちなんで、アリ君にしようとしていたらしいです。
  恐ろしい話ですよね。母親の仕事が専門職だったためもあって、私たちの養育権は母親が持つことになりました。
  それから12年。三姉妹は父親に会うこともなく、生活を送っています。


     マユとリコが去る。


リコ と、まぁそんな物語と、今回お話しする話は一切関係がありません。父親も出てこなければ母親も出てこない。
  ドラマチックな展開なんて、現実では起こりっこないんだと冷めた眼で見る私の、でも後から思い出してみると
  なんだかドラマチックだったような気がする一つのエピソード。のようなものだと思ってください。それでは、スタートしましょうか? 
  退屈な、でも思い出すとどこか懐かしい日常の一こまを。


     リコが指を鳴らす。


1 それぞれがそれぞれの日常


     音楽と共に舞台が始まる。
    リコは鼻歌を歌いながら、上手奥へと去る。

     すぐに上手前からアミがやって来る。


アミ声 ただいまぁ(小声)お姉ちゃん……(いる?)よし。


     アミは制服姿。イヤホンをつけている。


アミ (音楽に合わせて)疲れた疲れた疲れた疲れたっと。(言いながらテレビをつける)はぁ。疲れた疲れた疲れた疲れた……


     テレビの音が流れ始める。
     リモコンをコタツの上に置く。
     アミが下手奥に去る。

     マユの声がする。


マユ声 さ、入って入って。大丈夫。誰もいないから。うん。いらっしゃい。あ、一応靴は持って行ってね。


     上手前からマユが現れる。
     リビングを見まわし、テレビがついていることに不振に思いテレビを消す。


マユ 母さん?


     不思議そうに下手前へと去っていく。
     下手奥からアミが現れる。
     まだ若干着替え途中。イヤフォンはつけたまま。トイレに行きたくなったらしい。


アミ もれるもれるもれるもれる。


     と、上手前に行こうとしてテレビが消えているのに気づき、
     一瞬不思議そうにした後、テレビをつけて上手前に去る。
     マユが下手前から現れ、


マユ うん。そんなわけないんだよね。


     と、テレビがついているのに気づき、


マユ ……アミ? あんたもう帰ってるの?


     マユは下手奥に去る。
     上手奥からリコがやって来る。片手にノートパソコン、もう片手にはマグカップを持っている。
     座ろうとして、テレビに気づく。
     コタツの上にあるリモコンを押して足で消す。テレビが消える。
     下手前を見る。一つ頷くと恐る恐る下手前へと去る。

     小さく水の流れる音がして、手を拭きつつ、アミが上手前から現れる。
     テレビが消えているのを見て、不思議そうにし、またテレビをつける。


アミ さ、何食べようかなっと。


     上手奥へアミは去る。
     下手奥からマユが現れる。何かを納得するように頷いている。


マユ 消し忘れだな。うん。で、あたしも消しそこなったわけだ。うん。


     テレビを消すと上手前へと去る。


マユ声 ごめん。待った? あ、なんか音楽かけようか? 何でもいいよ。うん。あたしはねぇ。


     上手前から音楽が流れ始める。(この音楽はアルバムを直接流しているといった感じで流れ続ける)
     下手前からリコが現れる。首を傾げつつ、下手奥にも入っていく。
     上手奥からアミが現れる。
     テレビが消えていることに驚く。テレビをつける。
     下手前をにらむと、意を決したように下手前へ入っていく。
     と同時に下奥からリコが表れる。テレビがついていることに驚く。
     落ち着けるためマグカップの中身を飲み干す。テレビを消すと上手奥へと去る。
     と同時にアミが下手前からやってくる。
     ちょっと安心した風だがテレビが消えているのを見てぎょっとする。
     コタツ布団の中を疑い、コタツ布団をめくる。
     いない。大丈夫。
     と、胸をなでおろし、イヤフォンを外す。聞こえてくる音楽。


アミ なんだ。お姉ちゃんか。


     と、上手前へ歩いていく。耳を済ませる。


アミ 男!?


     考えながらコタツに戻ってくる。中に入る。
     気づく。


アミ ははーん。なるほどねぇ。なるほどねぇ。


     途端電子レンジの音が聞こえる。
     アミは驚いてコタツの中に入り込む。

2 次女は世界について語り始める。

     上手奥からリコがやって来る。
     アミからリコは見えない。リコからアミも。
     リコはアミに気がつくことなくコタツ前に座るとノートパソコンを開く。
     カップを置くと、ヘッドフォンについているマイクを口の前に持ってくる。


リコ (咳払い)あ、咳払いしちゃった。(と、消去し、また録音する仕草)「よし」あ、またやっちゃった。(と、止める仕草)よし。
  (と、録音を押し、声が変わる)「ムカムカ動画をごらんの皆様、こんばんは。もしかしたらおはようございます。
  あ、こんにちはかな。お久しぶりです。皆さんのお耳のアイドル、リコリンです。え? アイドルなんかじゃない? 
  待ってない? 照れない照れない。大丈夫。あたしはいつでも、朝から晩までムカムカ動画に張り付いている
  もてない男たちの味方、だぞ♪ うわー痛い。ごめんなさい。痛いですねあたし。痛い痛い。気体液体♪ 
  でもあえてやめない。さて、そんなわけで今日も張り切っていきますので応援よろしくぅ。
  あたしセレクトのご機嫌な音楽と一緒に、どうか最後までお付き合いくださいね。ではここで音楽」


     アミは驚きから笑いへ変わり、笑い声を抑えようと必死になる。


リコ (録音を止めたようで)よし。……録れているかな?


     リコはパソコンをいじる。リコの声がパソコンから響く(録音)


リコ声「ムカムカ動画をごらんの皆様、こんばんは。もしかしたらおはようございます。あ、こんにちはかな。お久しぶりです。
   皆さんのお耳のアイドル、リコリンです。え? アイドルなんかじゃない? 待ってない? 照れない照れない。大丈夫。
   あたしはいつでも、朝から晩までムカムカ動画に張り付いているもてない男たちの味方、だぞ♪ うわー痛い。
   ごめんなさい。痛いですねあたし。痛い痛い。気体液体♪ でもあえてやめない」

リコ うわー。痛い。久しぶりだからって、さすがに痛すぎかなぁ。聞いている人引いちゃうかもな。うん。


3 そんな姉に本気で引く。


     リコが独り言を言っているうちに、アミがそっと顔を出している。


アミ そりゃ思いっきり引くわ。身内でも引くわ。
リコ え?
アミ しまった。つい突っ込んでしまった。


     リコは固まる。

アミ えっと……。


     リコとアミが見詰め合う。
     間
     ぎこちなくリコが微笑む。
     アミも微笑む。


リコ うふふふふ。
アミ あはははは。
リコ 見てた?
アミ いやあ、
リコ 最初からいたの?
アミ あっと、その。
リコ いたの?
アミ いた、かな。
リコ うふふふふふふふ。
アミ あ、あはははは。
リコ ずっと?
アミ いや、ずっとってわけではなくて、
リコ 聞いた?
アミ ナニヲ?
リコ 撲殺と毒殺って似てると思わない?
アミ それは、両方「殺」って字が入っているからかな。
リコ うふふふふふふ。
アミ あはははははは。


     と、アミはすばやくコタツの中に隠れようとする。


リコ 逃がすか!


     リコはすばやくコタツ布団をめくり上げる。


アミ 入ってます。
リコ 知ってます。


     アミがコタツから出る。
     コタツを挟んでアミとリコは対峙する。
     以下の台詞はコタツを挟んでの攻防を繰り返しながら。


リコ あんた、学校はどうしたの? まだ授業終わってないでしょ?
アミ お姉ちゃんこそ。
リコ 病欠です。
アミ ズル休みじゃん!
リコ (マグカップを片手に)とりあえず殴らせて。
アミ はい!?
リコ それで記憶飛ばなかったら諦めつくから。
アミ 嫌だよ。痛いよ。
リコ じゃあ二発。
アミ 嫌だって!
リコ 仕方ない。三発でいいよ。
アミ 増えてる!
リコ ケチケチするな! 妹だろ。
アミ なにその発想! 別に誰にも言わないって。
リコ 何をよ。
アミ 「リコリン」とか。
リコ ぐあああああ(苦しむ)
アミ 「痛い痛い。気体液体♪」とか。
リコ くううううう(苦しむ)
アミ 「でもあえてやめない」とか。
リコ 遺言はそれで終わりね。
アミ え、ちょっと待ってって。
リコ 大体、なんで今日に限って早退してるのよ!
アミ 人がいつサボろうが勝手でしょ。
リコ やっぱりサボりか!
アミ 精神の休養です。
リコ サボる時はサボるって言いなさいよ。
アミ 言ったら許可しないよね?
リコ あったり前でしょ!
アミ 意味無いじゃん!
リコ いいから殴らせろ!
アミ 断る!


     アミにリコがつかみかかろうとする。
     と、それまで流れていた音楽が止まる。


アミ あ。
リコ あれ? 急に(静かになった?)
アミ 音楽が止まったんだよ。
リコ そういえば音楽が(止まってるというかかかってた?)
アミ し!


     アミは思わずリコを引っ張りコタツに身を隠す。
     上手前からマユがやって来る。
     軽く見渡し、戻っていく。


マユ声 ううん。なんでもなかった。気のせいみたい。


     音楽が流れ始める。


4 そして姉妹は身を寄せ合う。

     リコとアミはコタツから顔をのぞかせ上手前の様子を探る。


リコ え? なにこれ、どういうこと。
アミ やっぱり気づいてなかった?
リコ なに? マユ姉もいるの?
アミ うん。
リコ え、なんで? さっきまでいなかったよね?
アミ そのさっきまでが、いつのことか分からないけど。急に帰ってきた。これつきで。


     アミは親指で男をアピール。


リコ よかった。自室で録音してなくて……これ?


     リコも親指を突き出す。


アミ これ。
リコ これ?
アミ これ。
リコ タクシー?
アミ そうそう。「ヘイタクシー! ちょっと乗せて行ってくれないかい?」
リコ 「どこまで行きます? お客さん」
アミ 「じゃあ菊名」
リコ 「え、いや目的地聞かないと、さすがに走れないから」
アミ 「菊名」
リコ 「だから聞かないと」
アミ 「菊名って言ってるでしょ」
リコ 「聞かないと向かえないんですって」
アミ 「き・く・な!」
リコ 「(格好良く)OK 分かりました。じゃあ、風の向くまま、気の向くままに走らせますから。降りたいところについたら降りたいって行ってくださいね」
アミ 「だから菊名ってちゃんと言ってるのに〜」
リコ 「ぶおーーーーん(車の走る音)ききぃ(止まる音)お客さん、とりあえずここが、JR横浜線の菊名駅になります」
アミ 「分かってたのかよ」
リコ って、コントかよ。
アミ お姉ちゃんのせいでしょ。
リコ 私が何かした?
アミ だから……って、何の話してたんだっけ?
リコ 菊名駅をネタにコントやっても、横浜線や東横線を使わない人には良く分からないよねって話でしょ?
アミ それ、今の感想だよね。
リコ うん。うちらにとっては地元なのにね。
アミ そうじゃなくて、
リコ これだからあんたと話すの嫌なのよ。話が色々なところ行っちゃうから。
アミ こっちの台詞だよ……って、そう、こっちじゃなくて、これ。これだって。


     と、アミはまた親指を出す。


リコ タクシー?
アミ そうそう。「ヘイタクシー! ちょっと乗せて行ってくれないかい?」
リコ 「どこまで行きます? お客さん」
アミ 「じゃあ菊名」
リコ 「え、いや目的地聞かないと、さすがに走れないから」
アミ 「菊名」
リコ 「だから聞かないと」
アミ 「菊名って言ってるでしょ」
リコ 「聞かないと向かえないんですって」
アミ 「き・く・な!」
リコ 「(格好良く)OK 分かりました。じゃあ、風の向くまま、気の向くままに走らせますから。降りたいところについたら降りたいって行ってくださいね」
アミ 「だから菊名ってちゃんと言ってるのに〜」
リコ 「ぶおーーーーん(車の走る音)ききぃ(止まる音)お客さん、とりあえずここが、JR横浜線の菊名駅になります」
アミ 「分かってたのかよ」
リコ って、コントかよ。
アミ お姉ちゃんのせいでしょ。
リコ 私が何かした?
アミ だから……って、何の話してたんだっけ?
リコ 一回で理解できない人のためにもう一回やってみましたって感じ?
アミ それ、今の感想だよね?
リコ うん。
アミ それじゃなくてさぁ。そう、それじゃなくてこれ。これよ。
リコ タクシー?
アミ ……そうそう。「ヘイタクシー! ちょっと乗せて行ってくれないかい?」
リコ 「どこまで行きます? お客さん」
アミ 「じゃあ菊名」
リコ 「すいません。菊名には止まりません」
アミ 「……え?」
リコ 「これ、菊名には止まれないタクシーだから」
アミ 「はい?」
リコ 「妙蓮寺だったらいいですけど」
アミ 「なんで妙蓮寺? 急行だって止まらないのに」
リコ 「妙蓮寺を馬鹿にしないでくれません!?」
アミ 「なんでキレられてるの私!?」
リコ って、コントかよって!
アミ お姉ちゃんのせいでしょ。
リコ 私が何かした?
アミ だから……って、何の話してたんだっけ?
リコ 妙蓮寺って何もないよねって話?
アミ それ、まったく関係ないよね?
リコ うん。
アミ だから、それじゃなくて、そう、それじゃなくてこれ。これよ。
リコ タクシー?
アミ ……そうそう。「ヘイタクシー! ちょっと乗せて行ってくれないかい?」
リコ 親指上げてタクシー止めるなんて、いつの時代だよって話よね。
アミ あ、うん。そうだね。
リコ で、なにそれ。
アミ だから、これっといえば、あれでしょ?
リコ 「あれ」?
アミ お、と、こ。
リコ よ、さ、く?
アミ 一字もあってない。
リコ よさくも男でしょ。……男ぉ!?
アミ 声が大きいよ!
リコ だって、え? 男? 男ぉ!?
アミ 声が大きい!


     音楽が止まる。


アミ し!
リコ (口を手で押さえる)


     アミとリコは改めて隠れる。
     上手前からマユがやって来る。
     首をかしげて上手前に去る。
     音楽が鳴りはじめる。


5 姉妹のコソコソ話。

     アミとリコは顔を寄せ合わせる。


リコ そういえばなんで音楽鳴ってるの?
アミ 恥ずかしいんでしょ。
リコ 恥ずかしいって?
アミ お姉ちゃんたちの部屋、すぐ外通路だし。
リコ だからってなんで音楽?
アミ 声とか、聞こえたら困るからじゃない?
リコ 声って?
アミ 男の?とか。
リコ 男ってどういうこと?
アミ だからいるんだって。
リコ どこに?
アミ そこに。
リコ だれが。
アミ 男が。
リコ 男ってどういうこと?
アミ だからいるんだって。
リコ どこに?
アミ そこに。
リコ だれが。
アミ 男が。
リコ 男ってどういうこと?
アミ だからいるんだって。
リコ どこに?
アミ そこに。
リコ だれが。
アミ 男が。
リコ 男ってどういうこと?
アミ だからいるんだって。
リコ どこに?
アミ そこに。
リコ だれが。
アミ 男が。
リコ 男ってどういうことよ。
アミ だから、
リコ なんでいるのよ。男が。
アミ 呼んだんでしょ。
リコ 誰が?
アミ お姉ちゃんが。
リコ なんで?
アミ それは、あれでしょ。
リコ あれって?
アミ あれ。
リコ どれ?
アミ 彼氏?
リコ 彼氏って。かれしぃ!?
アミ またそのパターン?
リコ だって、彼氏って。え? ってことは? 音楽を流して? 二人っきり? 私の部屋で?
アミ お姉ちゃんの部屋でもあるから。
リコ でも、男でしょ? 何するつもりよ! あの姉は!?
アミ 静かにっ!


     音楽が止まる。
     アミとリコは顔を合わせて、すぐコタツの陰に隠れる。

6 姉と妹二人。


マユ声 うん。ちょっとごめん。また見てくるから。座ってて。何か飲み物持ってくるよ。うん。


     マユが現れる。
     じっとコタツをにらむ。
     ゆっくり近づいてくる。
     二人に気づく。


マユ ……うそでしょぉ。
リコ えっと……。
アミ いやぁ。あはは。
マユ なんでいるのよ。
アミ なんででしょうね。
リコ こっちの台詞だけどね。
アミ まあまあ、ね、とりあえず、座ろうよ。
マユ はあ?
リコ そうね。座って話そうか。冷静にね。
アミ 冷静に。


     アミがすばやくマユの退路をふさぐようにたち、
     アミとリコは二人してマユを座らせる。


マユ ちょっと。別に話すことなんかないわよ。
アミ まぁまぁそう言わずに。ほら、リコ姉。
リコ ん?
アミ マイクマイク。
リコ え? あ、はい(と、ヘッドフォンのマイクをマユに向ける)
アミ えー、では、早速始めましょう。「突撃、突然インタビュー」今日のゲストは、アベマユさんでーす。
マユ 何を始める気なのよ何を。
アミ 聞かせてもらうのよ。ありとあらゆる疑問点を。
リコ (客席に言うように)アミの尋問は熾烈を極めた。


     音楽がかかる(火サスとか)
     雰囲気が変わる。


アミ さぁ吐け!  お前がやったんだろう!
マユ 私は何も知らないんですよ。何度も言ったでしょう。
アミ 嘘をつけ! 証拠はあがってるんだよ!
マユ (小ばかにしたように)へぇ。どんな証拠ですかねぇ。
アミ (コタツを一つ叩き)すっとぼけるのもいい加減にしろ!
マユ そんな風に脅されてもねぇ。証拠を見せてもらわないと。
アミ そこまで言うなら見せてやるよ。これだ。(と、何かを出すフリ)
マユ どこにあるって言うんです? 何も持っていないじゃないか。
アミ おやぁ?
マユ なんですか。
アミ おやおやぁ? 
マユ なんですかって。
アミ これが見えないって言うのかい? もしかして。
マユ 何だと。
アミ こいつは特殊な紙で出来ていてねぇ。
マユ 特殊な紙?
アミ (にやりと笑い)馬鹿には見えないんだよ。
マユ なにぃ!?
アミ これが見えないって事は、あんたは、つまり、
マユ 見える。ああ。見えるよ。見えるからね。ばっちり。すっごい見えるよ。
アミ じゃあ、こいつが証拠だって事も良く分かったろう?
マユ いや、でもそれは、
アミ おやおや〜? 見えるんですよね? これ。まさか、見えない? って事は、あんたは、つまり、ば
マユ 見える。ああ。見えるよ。見えるからね。ばっちり。すっごい見えるよ。
アミ じゃあ、証拠だって事は良く分かるよね?
マユ ……分かるけど、いや、分からないというか、
アミ 見えるなら見える。見えないなら見えないではっきりしなさい!
マユ ……私が、私がやりました……


     雰囲気が戻る。


アミ はい。ってことで、聞かせてもらいましょうか。
マユ はい。
アミ どこに惚れたんですか。
マユ え!?
リコ おっ。いきなり直球。
マユ いや、その質問は。
アミ 聞きたいよねぇ? リコ姉。
リコ うん。(マイクを差し出す)
アミ はい。ではどうぞ。
マユ まぁ、よくある理由ですよ。
アミ よくある理由って?
マユ ……優しい、とか。
リコ・アミ わーーおーーー。(互いに喜ぶ)
リコ じゃあ、私からも質問質問。
マユ なに。
リコ どっちから告白したの?
マユ 聞くな。
アミ どっち?
マユ ……あたしから。
リコ・アミ わーーおーーー。(互いに喜ぶ)
アミ なんてなんて?
マユ 「なんて」って?
リコ なんて言って告白したの?
マユ ……好きですって。コンビになりませんか? って。
リコ・アミ わーーおーーー。(互いに喜ぶ)
マユ 一々うるさい!
アミ で、相手は?
マユ 「うん」って。
リコ・アミ わーーおーーー。(互いに喜ぶ)
マユ だからうるさいって!
アミ だって、ねぇ? まさかマユ姉がさぁ。
リコ なかなか信じられないよね。
アミ ねぇねぇ、ちゃんと録れてた?
マユ 「録れてた」?
リコ どれどれ?


     リコがパソコンを操る。
     声が流れる。


マユ声 「優しい、とか?」「聞くな」「あたしから」「好きです。コンビになりませんか?って」「うん」
マユ ぐあああああああ。
アミ ばっちりだね。
リコ 当然。
アミ でも、「コンビになりませんか?」って告白の仕方はどうなの?
リコ お笑い芸人かよって話だよね。
アミ 本当本当。
マユ ほうっておいてよ。
アミ いやぁ。青春しちゃってるよね。
リコ わが姉ながらまるでどっかのドラマみたい。
アミ こんなことってあるんだねぇ。
リコ どこまで進んでるの?
アミ それ聞いちゃ駄目だよ。
リコ なんで?
アミ 生々しいじゃん。
リコ 生々しいって?
アミ だって、進むところまで進んでたらさぁ。
リコ え? それって、え? つまりどういうこと?
アミ だからさぁ。


     アミとリコはわいわい騒ぎ立てる。
     マユがコタツを叩く。


マユ いい加減にして。
リコ お姉ちゃん。
アミ なに逆ギレ? 昼間っから男連れ込むのが悪いんでしょ?
マユ 別に、あんたたちには関係ないでしょ?
アミ 出た。都合悪くなるとすぐそれだよ。
マユ なによそれって。
アミ マユ姉がそれでよくてもねぇ、アタシたちとしてはさぁ。ねぇ? 
マユ 言いたい事あるならはっきり言いなさいよ。
アミ じゃ言うけど。マユ姉が男を連れ込むってことはさ、リコ姉なんて自分の部屋に知らないうちに男がいるってことになるんだよ。
  その辺考えた? 知らない男がいつの間にか部屋にいるとか。嫌でしょ。嫌過ぎでしょ。
リコ いや、あたしは別に。
アミ リコ姉には聞いてない。
リコ えーー。あたしのことで怒ってくれてたんだよね?
マユ だからあたしは一人部屋がいいって言ってたのよ。それをあんたが、
アミ 仕方ないじゃーん。あたし受験生だし。
マユ 受験生なら学校サボらないで勉強しなさいよ。
アミ たまには息抜きも必要だよね。
マユ あんたは息抜きばっかりでしょ。
アミ 男連れ込む人に言われたくないですけど。
マユ ああいえばこういう。
アミ どっちが。
マユ 本当最悪。
アミ こっちの台詞です。
マユ 最悪。
アミ それしか言えないんですか〜?
リコ ね、二人とも熱くなるのもいい加減にしてさ、(落ち着こうよ)


     マユがコタツを再び叩く。


マユ だから嫌なのよ。姉妹なんて。
アミ どういう意味よ! ちょっと、マユ姉!


     と、そのままマユは上手前へ去る。


アミ 彼氏のところへ逃げ込む気だな。
リコ もういいじゃん。放っておいて上げなよ。
アミ それじゃあ負けた感じがするから嫌だ。


     と、上手前からマユの怒鳴り声が聞こえる。


マユ声 だから帰って。何度も言わせないでよ。今日はもう帰って! 別になんともないから。なんともないんだって! いいから帰って。帰って。帰れ!


     思わずしんとするアミとリコ。
     上手前を見つめたまま。
     しばらくしてマユが上手前から現れる。


リコ えっと、彼氏さんは?
マユ 帰した。(アミを見て)これでいいんでしょ。


     マユはそのままアミの部屋(下奥へと去ろうとする)


アミ え、ちょっとなんであたしの部屋に?
マユ なんかまだ外にいるから。窓叩いてるし。(リコに)追い返しておいて。
リコ あたしが!?
マユ 警察呼ぶとか言えば、帰るんじゃない?


     マユが下奥に去る。


リコ えーー? どうしよう?
アミ どうしようって……


     上手前から窓を叩く音が聞こえる。


アミ 叩いてるよ。
リコ 叩いてるね。
アミ 行ったら?
リコ あーあ。次女って可哀想。


     リコが上手前に去る。


アミ 私だって……(好きで三女になったわけじゃない)


7 嫌な電話。


     と、中央奥の電話が鳴る。


アミ なんだこんなときに。


     言いながら、アミが電話を取る。
     下手側の端に、先生(マユの二役)が浮かび上がる。
     緊張した面持ちの先生。どうやら新任のようだ。


アミ もしもし
先生 あ、アベさんのお宅ですか?
アミ はい。そうですけど。
先生 神奈川県立○○高校二年3組、アベリコさんの副担任のウツミと申します。
アミ お姉ちゃんの副担任?
先生 お姉ちゃん?
アミ あ……。
先生 もしかして、妹さん? え、でもまだ学校は(終わってないはず)
アミ (咳払いし、ちょっと低く)ごめんなさい。いつも、「お姉ちゃん」って呼んでいるものだからつい。オホホホホ。母です。
先生 あ、お母様ですか?
アミ 母です。
先生 平日はお仕事だと伺っていたと思うのですが、
アミ ちょっと、その、私用で、休みましたの、です。わよ。
先生 そうですか。もしかして、休まれたのはリコさんの件でしょうか?
アミ え?


     と、上手前からリコがやって来る。


リコ 駄目だ。お姉ちゃんじゃなきゃ帰らないよアレは。
アミ し(口に指を立てる)


     口を押さえるリコに対して、アミはジェスチャーで伝えようとする。
     以下、先生の会話中、ずっと伝えようと試みるがことごとく失敗。


先生 今日、リコさんが学校に来ていないようですので、電話を差し上げたわけなんですが、今日というかここ数日、
   というか数週間というか。リコさんがですね。連絡のないまま突然お休みをされることが多いんです。
   もちろんお母様は聞いていらっしゃることだと思いますけど。でも、高校二年生ですから。
   色々と、こう多感な時期でもありますし。もちろん本人にも確認はしていたんですが、本人曰く、体調不良ということなんですね。
   季節の変わり目ということもあって、体調を崩すって言うことはよくあることだと思うのですが、
   お家に電話しても本人以外出ることがなくて、ちょっとこういうのもなんですが、なにか本人に悩みでも
   あるんじゃないかとそう考えていたんです。私は副担任で、担任が問題ないとしている以上、横から口を挟むのも、
   と思ったのですが、でも何かあってから遅いと思うんです。それで、あの、リコさんの体調は(いかがでしょうか?)
アミ (自分の伝えたいことが伝わらなくて思わず)駄目だわ。
先生 駄目!? え、あの、駄目って言うのはどういうことなんでしょうか。
アミ えぇ!? いや、その今のは、えっと、なんというか、
先生 言葉を濁されるくらいに、体調が悪いんですか? なんなら今すぐお見舞いにでも、
アミ いえ、まさかそんな。来られるまでもないですよ。
先生 もはや手遅れですか!?
アミ そういうことではなく、なんと言いますか、その、


     と、言いながらアミはリコを手招き。


先生 それとも、副担任では荷が重い話ということでしょうか。待ってください。今、担任を呼びますので、いや、教頭? 校長?
アミ (リコの腕を捕まえ)いえ、先生に(リコ「先生?」)ご心配されるような重大なことにはなっていないということです。
リコ え、ちょっとどういうこと?
アミ (すばやく耳元で)副担任。出なよ。話しややこしくなっちゃうから。


     途端、リコはアミの手から逃れようとする。


リコ え、いや。無理。無理だから。無理だって。無理ー。
アミ 叫ぶな!
先生 リコさん!? え、リコさんどうしたんですか?
アミ (電話に)あ、大丈夫なんですよ? (リコに)大人しく電話に出なさいよ。
リコ (掴まれた腕から逃れようとする)いーーやーーだーーー。
先生 あの、お母さん?
アミ こら、逃げるな! 
先生 逃げる!?
アミ さっさと出ろって言ってんのよ!
リコ 嫌だっつってんでしょ!


     リコはアミの手を振りほどく。


アミ あ、痛っ
先生 どうしました!?
アミ あ、いえ、別に。待っててくださいね。今電話に出させますから。
先生 ……(はっと気がつく)もしかして。


     アミが近寄ろうとすると、鼻息荒く威嚇する。


リコ シャーーーーっ。
アミ くそっ。(電話に)すいません。やっぱりなんか電話に出られないみたいです。でも、本人元気ですから。……あの、先生?
先生 あなた、お母さんじゃないですね?
アミ え?
先生 さっきからどうにも違和感があったんです。母親というには少し言葉使いが変というか。少し砕けた感じというか。
アミ いや、それは。若くあろうとした努力のタワモノ(賜物)というか。
先生 それに先ほどのやり取り。お子さんを持つ母親の言動とは受け取りきれませんでした。
アミ 子供とは気軽に付き合える関係を目指してみているというか、
先生 まだ若い人ですよね。
アミ 娘の友人にも、お姉さん見たいってよく言われるんです〜。これも、日ごろの努力のタワモノ(賜物)かしら。
先生 ちなみに、タワモノではなく、賜物(たまもの)です。
アミ え? たま?
先生 賜物。間違えたのは二回目ですよ。
アミ し、知ってたし。それくらい。
先生 以上から、結論を導き出すと、答えは一つです。あなた……ドロボーでしょ?
アミ …………はい?
先生 空き巣に入るつもりが、リコさんが寝ていたため焦って捕まえようとしたところ電話が鳴った。そんなところですか。
アミ いや、ちょっと。
先生 母親のフリをするまではよかったですが、詰めが甘かったですね。新任だからってなめてもらっちゃ困るんですよ。
   これでも、私、「体は子供で頭脳は大人」な探偵が出てくる本を、全巻そろえているんですから。大人しくお縄をちょうだいしましょうね?
アミ いや、あの、本当ちょっと待って。
先生 そうですね。犯人の主張も聞かないと解決編にならないですからね。分かりました。警察に連絡するのは待ちます。今から行きます。
アミ はぁ!?
先生 大人しく待っているんですよ? リコさんに変なことしちゃ駄目ですからね。警察、呼んじゃいますよ?
アミ いや、あの、そういうことではなく、
先生 では、シーユーアゲイン。


     先生は電話を切る。


先生 ふふふ。真実はいつも――


     先生を照らしていた明かりが消える。


先生 あ、言わせて。


     先生下手前に去る。


8 えらいこっちゃ。


     切れた電話を呆然と見ているアミ。
     リコは満足そうにその電話機を取ると、元の場所に戻す。


リコ どうやら、なんとかなったみたいね。


     そのままコタツに戻って自分の作業に戻ろうとする。


アミ えらいこっちゃ。
リコ は?
アミ えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!
リコ よいよいよいよい?
アミ えらいこっちゃーーーー


     アミはリコの肩をゆする。


リコ な、なにが、どうなったって言うの?
アミ えらいこっちゃー! えらいこっちゃー! え、えら、えらいこっちゃー!


     アミは「えらいこっちゃ」だけでリコに伝えようとする。


リコ えらい、こっちゃ?
アミ えらいこっちゃ。
リコ えら?
アミ えら。
リコ こっちゃ?
アミ こっちゃ。
リコ えらいこっちゃ?
アミ (首を振る)えらい、こっちゃ。
リコ えらい、こっちゃ?
アミ (首を振る)えらいこっちゃ。
リコ えらいこっちゃ?
アミ えらいこっちゃ。
リコ えらいこっちゃ。
アミ えらいこっちゃ!
リコ えらいこっちゃーー!
アミ えらいこっちゃーー!


     そのままリコとアミは「えらいこっちゃ」と騒ぎまくる。
     下手奥からマユがやって来る。
     二人を一瞥すると上手奥に去る。すぐに飲み物を持って上手奥からやってくる。
     二人を見る。


マユ 馬鹿みたい。


     マユが下手奥に去る。
     アミとリコは冷静に戻る。


リコ とりあえず、落ち着こう。
アミ うん。
リコ 状況はなんとなく伝わった。
アミ 伝わってよかった。さすが姉妹。
リコ その姉妹パワーで、なんとか乗り切っていきましょう。
アミ おう。
リコ まあ、最悪でもあたしが怒られるだけだから。大丈夫でしょう。


     リコはパソコンに向かう。
     パソコンをいじり始める。


アミ ……リコ姉、
リコ うん?
アミ 学校、ちょくちょく行ってないんだって?
リコ 聞いちゃった?
アミ うん。
リコ お母さんには内緒だからね。
アミ うん。
リコ …………聞かないの?
アミ なにを?
リコ なんで休むのか、って。
アミ あたしも良くサボるし。
リコ そっか。
アミ うん。なんか、重くてさ。
リコ そりゃアレだけカバンに漫画入れてればね。
アミ うん。じゃなくて。空気。
リコ ああ。
アミ なんかねぇ。ぴりぴりしちゃってさ。苦しくなっちゃうんだよね。
リコ そだね。
アミ うん。
リコ って、あんたは駄目でしょ。受験生なんだから。
アミ えーー。
リコ 「えーー」じゃないでしょ「えーー」じゃ。
アミ マユ姉みたいなこと言わないでよ。
リコ はいはい。
アミ ごめんね。
リコ なにが?
アミ 電話。……迷惑かけたみたいで。
リコ 馬鹿。
アミ うん。
リコ ありがと。誤魔化そうとしてくれたんでしょ。
アミ ……うん。
リコ マユ姉さんにも、それだけ素直になればいいのに。
アミ 別に、あたしは普通でしょ? マユ姉がいつも喧嘩売ってくるんじゃん。


     とか言っていると、マユが下奥から現れる。


マユ 人のいないときに悪口? 本当最悪。
アミ はあ? わけ分からないこと言うのもいい加減にして欲しいんですけど。
リコ (アミをなだめるように)はいはい。(マユに)どうしたの?
マユ 携帯。
リコ え?
マユ 携帯、部屋に置きっぱなしにしてた。
リコ ああ。
マユ まだいる?
リコ いると思うよ。
マユ そっか。
リコ ……取って来てあげようか?
マユ いいの?
リコ あたしの部屋でもあるから。
マユ ごめん。
リコ それ、言う相手がもう一人いると思うけど。


     リコが上手前に去る。


9 長女と三女


     微妙な空気に覆われる。
     マユが座る。アミが身じろぐ。
     互いに相手の行動をさりげなくはかる。
     互いに謝ろうとしているような。
     ケンカしようとしているような。


同時に
マユ あのね
アミ あのさ

同時に
マユ なによ
アミ なに?

同時に
マユ そっちからでいいよ。
アミ そっちから言えば

同時に
マユ そっちからでいいって。
アミ そっちから言いなって。

同時に
マユ 喧嘩売ってる?
アミ 喧嘩売ってない?


     お互いに冷静になろうとする。


同時に
マユ どうぞっ。
アミ どうぞ。

同時に
マユ ど
アミ ど

同時に
マユ じゃあ
アミ じゃあ

同時に
マユ やっぱり喧嘩売ってるよね?
アミ やっぱ喧嘩売ってるでしょ?

同時に
マユ どっちが!
アミ どっちがだよ!


     二人落ち着こうと荒い息。
     若干マユの方が落ち着くのが早い。


マユ まったく、腹が立つわ。
アミ こっちの台詞だから、それ。
マユ もうちょっと年上を敬いなさいよね。
アミ 好きで年下に生れたわけじゃないので。
マユ あたしだって好きで年上になったわけじゃないわよ。
アミ いいじゃん年上。あたしがなりたかったよ。
マユ これでも、結構気ぃ使ってるんですけど。
アミ へぇ〜そうなんだ。
マユ 伝わらないかなぁ。お姉ちゃんの頑張り。
アミ どこが?
マユ ま、あんたには分からないだろうけどねっ。
アミ 彼氏とコソコソ付き合ったり、とか?
マユ ……
アミ いきなり連れてこないでしょ。家には。ってことはだいぶ長い付き合いってことだよね。あたしらあんまり男って信用してないし。というか出来ないし。
マユ それはあんたが、でしょ。
アミ あたしら、だよ。
マユ ……そうかもね。
アミ でも、家に連れてくる関係にしては、聞いてなかったなって思って。リコ姉も全然知らなかったし。
  あたしはともかく同じ部屋なのに気づかれないってちょっと凄いなって。……電話とかどうしてたの?
マユ ……連絡なんてメールで十分でしょ。
アミ でも、普通気づくと思うんだよね。頻度が増えるわけだからさ。
マユ そこらへんは、上手く調節するのよ。
アミ あたしが受験だから? 見せないようにしたの? リコ姉が同じ部屋だから? 気を使わせないように?
マユ ……
アミ で、思惑外れて慌てた。と。
マユ ……分かるか。
アミ 姉妹だからね。
マユ そっか。
アミ リコ姉とあたしなんて『えらいこっちゃ』だけで会話できたんだから。
マユ なにそれ。
アミ いや、さっき電話がさぁ。


     と、電話が鳴る。


マユ 電話。
アミ あたしならいないからっ。
マユ なにそれ。


     マユが電話へと向かう。
     マユが電話に出る。


10 さらに展開はあわただしく。


     上手前に祖母の格好をしたリコが現れる。
     マユ達の母方の祖母(リコの二役)である。年の割に元気なおばあちゃんだ。


マユ (電話に出て)はい。アベですが。
祖母 もしもし?
マユ あ、佐和子さん。
アミ (マユの声に)げっ。おばあちゃん?
祖母 その声は、浜崎あ○みさん。
マユ (ものわず物まねしよとして)出来るかっ。無茶言わないでよ。
祖母 すいませんねぇ。間違えました。


     電話切れる。


マユ 佐和子さん!
アミ ばあちゃん、なんだって?
マユ 知らない。いきなり切れた。


     と、電話を置く。
     途端電話がかかる。


マユ はい。アベですが。
祖母 もしもし。木村カ○ラさんのお宅ですか。
マユ (律儀に物まねしようとして)出きるかっ。
祖母 すいませんねぇ。間違えました。
マユ ちょっと、佐和子さん!
祖母 なーんちゃって。
マユ もう。驚かさないでよ。
祖母 ごめんねぇ。マユちゃんの声聞いたら嬉しくなっちゃって。よかったぁ。今日は大学休みなの?
マユ うん。
祖母 悩んだのよぉ。いるかいないかって。まぁ電話かけてみれば分かることかなって思って。でも、かけて誰も出なかったらちょっと寂しいじゃない? 
   だからどうしようかしらって。よかったわぁいてくれて。
マユ どうしたの今日は?
祖母 ちょっとね。用があって近くまで来ているのよ。
マユ 近くって?
祖母 大口駅。駅近くの電気屋さんでね。ちょっと安売りの商品があったから。
マユ まーた値切ったんでしょ。
祖母 それが買い物の醍醐味でしょ。
マユ 相変わらずなんだから。
祖母 お土産もあるから。迎えに来てくれない? いつもの駅傍のコンビニにいるから。
マユ え。……これから?
祖母 そりゃそうよ。どうせ今マユちゃんしかいないんでしょ? ちょっと遅いけどお昼作ってあげるから。
マユ え、いや、でも、
祖母 なに? ……もしかして、アミちゃんまた学校サボってるの?
マユ え、なんでアミ?
祖母 あの子こないだも、学校サボってたのよ。受験生なのに。マユちゃんが出るかと思って電話したのにビックリよ。
   「はーい」なんて間の抜けた声でアミちゃんが出るんだから。思わず家まで行って、ハエ叩き使っちゃったわ。
マユ ハエ叩きって。
アミ (マユの声に)やめてっ思い出させないでっ!
祖母 もしいるようだったら伝えておいて。『今日もサボったのなら、今度は靴べらにしますよ』って。
マユ 靴べら……
アミ 靴べら!?(と、アミは言いながら自分のお尻を押さえる)
祖母 じゃ、待ってるわね。
マユ いや、佐和子さん、今は、


     電話が切れる。
     祖母が去る。


11 長女と三女


マユ 切れた。
アミ 相変わらず言いたいことだけ言うよね、ばあちゃんって。
マユ それよりあんたハエ叩きって。
アミ だから思い出させないでよ。あれ、めっちゃ痛かったんだから。もう、あれでハエを叩こうなんて思えなくなるよ。
マユ 中学三年にもなってお尻叩きか。
アミ ばあちゃんが悪いんでしょ。あの人にとって、あたしはいつまでたっても子どもなんだから。
マユ 大変だ末っ子は。
アミ 本当だよ。


     二人はちょっと笑い、


マユ さてと。
アミ 迎えに行くの?
マユ うん。どうせなら自分の部屋に隠れてれば? 誤魔化しておくから。
アミ そうしようかな。


     マユは上手前に去ろうとする。


アミ お姉ちゃん。
マユ ん?
アミ 彼氏、いいの?
マユ 「いいの?」って?
アミ あたし、受験生だからって、お姉さんに彼氏が出来て落ち着かなくなるほどメンタル弱くないんですけど。
  リコ姉も、マユ姉が好きになった人ならそこまで気にしないと思うけど。ま、内緒で部屋に男を連れ込まれるよりは? 
  話しておいたほうがいいと思うけど。……つまり。喧嘩したままでいいの? しかも、かなり一方的に。 話せば分かってくれるんじゃない?
マユ ……うん。そうかもね。


     と、そこにリコが上手前からやってくる。


リコ お姉ちゃん、あったよ。布団に埋もれてた。
マユ ごめん。ね、あいつ、まだいる?
リコ え? 帰ったけど?
アミ え? 帰ったの!? なんで!?
リコ 帰ったよ? え? 「なんで?」?
アミ この状況で帰る!? 普通。
リコ この状況だから帰ったんでしょ? 普通。
アミ ありえない。分からないわ男って。
リコ わからないのはあんたのほうだ。
マユ ……そっか。そりゃそうか。
リコ 電話してって言ってたけど。(と、携帯を差し出す)かけたら? まだ近くにいると思うよ?


     マユは携帯に触ろうとし、出来ない。


マユ ん。まあいいや。ちょっと出かけてくる。
リコ え、持って行かないの?
マユ そこら辺置いておいて。着信とか、無視していいから。ごめんね。持ってきてもらったのに。
リコ 別に、いらないならいいけど。
マユ あ、リコ。
リコ はい?
マユ 佐和子さん来るから。
リコ え?
マユ いつものとこで待ち合わせてるの。会いたくなければ部屋に逃げてな。


     マユが上手前に去る。

12 次女と三女


リコ なんでよりにもよって今日来るかなぁ……サボりってばれたら何言われるか……。
アミ リコ姉は、それより先生が来た時のほうが問題でしょ。
リコ そうなんだよねぇ。ああ。あたしは静かに現実なんて見ないでネットの世界にいたいだけなのに。
アミ 駄目人間か。
リコ 望むところだ。
アミ 望むなよ。
リコ いっそのこと引きこもろうかな。……あ、だめだ。姉さんがいる。
アミ 大変だねぇ。次女は。
リコ まぁねぇ。でも姉さんのほうが、でしょ。あたしがいない日じゃないと、彼氏も呼べないんだから。
アミ うん。大変だよね、長女は。
リコ 大変だよ。よくやってるよ姉さんは。
アミ ……どうなるのかな。
リコ え?
アミ マユ姉。彼氏と。
リコ ああ。
アミ 別にあたし達のせいって訳じゃないんだけどさ。
リコ うん。


     リコはパソコンをいじる。
     先ほど録音した声が流れる。


マユ声 「優しい、とか?」「聞くな」「あたしから」「好きです。コンビになりませんか?って」「うん」


     間


アミ さてと。あたしは部屋戻ってるから。
リコ うん。
アミ リコ姉も、隠れていたほうがいいよ。先生来たってさ、開けなきゃいいんだし。
リコ うん。
アミ 見ないフリ、いないフリで、まぁ、なんとか乗り切っていきましょう。「不利な状況は、知らない振りして振り向かない」どう、うまくない?
リコ うん。
アミ いやいや、リコ姉、なんか顔が深刻になっちゃってるから。もっと気楽に。ね? マユ姉にしたって、何考えてるかわからないんだからさ。
  携帯持っていかなかったって事は、案外別れたいって思っているのかもよ〜。ね? 気楽に行きましょうよ。じゃね。


     アミが下奥に去る。


リコ (ボソッと)それで二人が別れたら、一番気にするのはあんたのくせに。


     間
     リコは再びパソコンをいじる。
     声が流れる。


マユ声 「優しい、とか?」「聞くな」「あたしから」「好きです。コンビになりませんか?って」「うん」

リコ ……頑張ってるよなぁ。(下手奥を見て)……頑張ってるよ。 じゃ、あたしも頑張らないとね。


     リコが一つ頷く。
     暗転。
     暗がりの中、電話のコール音が響く。

13 聞こえたのは君の声

     下手手前に、男の格好をしたアミが現れる。

     帽子を目深に被った青年風。マユの彼氏(アミの二役)
     歩いている途中で携帯に気づいたといった感じ。
     ディスプレイに見えた文字を見て、出るかどうか一瞬悩む。
     が、結局電話に出る。


青年 もしもし?


     と、中央で携帯を耳に当てつつ、送話口をパソコンに向けているリコが見えてくる。
     リコは声にあわせてマウスを操る。
     以後、マユの声を相手の言葉に合わせて流すため、一定の間がある。


マユ声 あたし。
青年 ……マユ?
マユ声 あたし。
青年 なに? 何度も電話したんだけど。メールも返事くれないし。なんか俺悪いことした? 嫌うにしても、理由を教えて欲しいよ。とか、思ってたんだけどな。
マユ声 とか?
青年 いや、他にはないけど。……なんか、俺行ってよかったのかな、とか思って。なんか好かれてるか自信なくなっちゃったよ。
マユ声 ……優しい、から
青年 え?
マユ声 ……好き
青年 ……(照れる)え、いや、そんな事言われちゃうと、なんか、いや、なんていうか。……ごめん。いや、なんか凄い剣幕だったからさ。
   帰るに帰れなくって、それで迷惑かけちゃった。妹さんには秘密だったんだよね? なのに俺勝手に怒って。馬鹿だよね。ごめん。
マユ声 うん。
青年 ……今、どこにいるの? 家では電話できないんでしょ? 外、出たの?


     リコは一瞬「しまった」という顔をする。
     が、思いついてパソコンを操作。


マユ声 ……聞くな。
青年 え?
マユ声 聞くな。
青年 え? あ、菊名? 菊名駅? え、俺も駅なんだけど。
マユ声 うん。
青年 菊名のどこにいるの? そっち行くよ。
マユ声 ……コンビに
青年 コンビニ?
マユ声 うん。
青年 わかった。今から行くから。待ってて。1分で着くから。
マユ声 うん。


     青年が去る。

14 世は全てこともなし

     電話を切ったリコは汗をぬぐう。
     リコに次第に光が集まってくる。


リコ ふぅ。危ない危ない。(ふと観客に気づいて)いかがでしたでしょうか? 
  まぁこのように、日常なんてものはちょっとしたアイデア次第でどうとでもなるわけで。
  どんな小さなことも、大げさになっていく代わりに、どんな大したことも、結局はなんでもないことにと変えることが出来るわけです。
  きっと本人たちの、やる気次第で。本日の物語もそろそろおしまい。特に変化のない、どうって事のない日常。うん。
  ま、でも、これはこれでありかな。


     照明元に戻る。
     と、アミがやって来る。


アミ 何が「これはこれであり」だって?
リコ こっちの話。どうしたの?
アミ トイレ。
リコ そう。


     と、チャイムが鳴る。


同時に
アミ あ。
リコ あ?

先生声 (大声)リコさーん。大丈夫? リコさーん。

リコ 先生だ。
アミ ほら、だから言ったじゃん。早く部屋に引っ込まないと。
リコ トイレは?
アミ ああ、そうだった。

祖母声 おやおや、どうしました?
青年声 何かあったみたいですね。

リコ あ、おばあちゃんの声。
アミ ばあちゃんまで!?

先生声 あ、えっと、
祖母声 リコの祖母です。
先生声 あ、おばあさんですか。大変なんです。リコさんが。
祖母声 リコが!?
青年声 リコって妹さんじゃないっけ?
マユ声 はい、ちょっと通してね。
祖母声 ちょっと、マユ!
青年声 マユさん!?
先生声 あ、今入ったら危ないかもしれないですよ!


     と、マユが入ってくる。


マユ あんたら、一体なにやらかしたの!?
リコ いや、やらかしたのは(と、指を刺す)
アミ 元はといえば、リコ姉のせいでしょ!
リコ (マユに)元鞘に収まったんだ。
アミ え? そうなの? 仲直りしたんだ?
マユ 別に喧嘩して無いわよ。


     扉を叩く音が響く。
     口々に何か言っている声。


マユ どーすんのよ! というより、どーなってんの!
アミ どーなってるって……というか、どうしたらいいのさ!
リコ さぁ、どうしようか? (段々、笑いがこみ上げてきて、)どうしようかね?(笑い出す)
マユ・アミ 笑ってる場合か!


     口々に何か言う姉妹。
     鳴り響くドアの音はいつしかドラムの音になり、
     そしてにぎやかな音楽と共に、幕は下りる。

     きっと日常なんて大したことない。
     でも、大切なものばかり詰まって過ぎている。
     気づけるかどうかは自分次第だ。

あとがき
子供の名前をユニークなものにすることへの賛否ってあると思います。
名前って一生ものだから、どこにもないような名前をつけたいって
気持ちも親心として分かるような気がするけど、たまに、
大人になってから困るんじゃないかなぁって名前もあったりして。
読みやすい名前が一番って考え方も良くわかる気がします。
そんな名前のことを考えていたら、別に珍しい名前じゃないけど
数人そろったら……という考えになって生まれた作品です。
作品の中で出てくる「ムカムカ動画」は、まぁ分かる人にはわかりますよね。
ネットラジオは生放送の方が多いみたいなんですが、あえて録音で。

最後まで読んでいただきありがとうございました。