愛ある限り猫まっしぐら!?
~長靴を履いてない猫と僕。時々女神の物語~

作 楽静


登場人物

男 小崎隼人(おざき はやと) 主人公
カナタ 男 茶斑色の雄猫。人に恋をし、女神によって長寿を得た。
ショウタ 男 田辺勝太(たなべ しょうた)ユリカの兄。シスコン。
近藤 男 近藤泰三(こんどう たいぞう)兄の友人。
ユリカ 女 田辺優理香(たなべ ゆりか) ヒロイン。僕が好きな人。
ナイト 女 黒色の雌猫。人に恋?をし、女神によって長寿を得た。
キミコ 女 幹本貴美子(みきもと きみこ) ユリカの友人
女神 女 女神
女 僕の母
少女 女 あるところにいる少女

※作中に出てくる地名や路線、駅名、公園名は、上演する団体、もしくは上演場所に近い地名や路線、公園名に変えて下さい。


   三月頃の物語。舞台上には特に物は置かれない。
   照明の転換と、役者の演技によって空間の変化を見せる。

1 はじまりはじまり

   音楽が高まり客席が暗くなると、舞台中央に女神の姿。
   女神の姿は布を巻いたような格好。
   その両側には、カナタとナイトが控えている。
   絵画のように三人は微動だにしない。
   やがて音楽が小さくなると、女神は堂々と語り出す。

女神 どうも、みなさんご存知の女神です。
カナタ 猫です。
ナイト 右に同じ。
女神 三月も半ばをすぎて春の陽気がすぐそこまでやってきましたね。ちょっと眠いですか? ……大丈夫?
  では、猫にまつわるお話を一つさせていただたま(と、セリフを噛んで)失礼。
  噛みました。神だけにね! ……猫にまつわるお話を一つさせていただきましょう。
  まずは登場人物の紹介です。
ナイト 猫です。
カナタ 左に同じ。
女神 ご存知女神です。

   と、時間を気にしている男。がやってくる。

女神 あそこで挙動不審な行動を繰り返しているのは、タナベショウタ。
ナイト 19歳。
カナタ ヒロインの兄。
ナイト&カナタ かなりのシスコン。

   と、歩いてくるユリカ。制服姿。

女神 続いて、現れた下校中の少女はタナベユリカ。
ナイト 17歳。
カナタ&ナイト 今回のヒロイン。

   声をかけようとするショウタ。
   と、キミコが現れる。制服姿。

キミコ ユリカ~
女神  ミキモトキミコ。
ナイト 17歳。
カナタ ヒロインの友人。
ナイト&カナタ あだ名はキミィ。
ユリカ あれ? 部活は。
キミコ ちょっとね。今日はお休み。一緒に帰ろ。
ユリカ うん。いいけど。体調悪いの?
キミコ べつにそういうんじゃなくて。丁度ユリカに話があったんだ。
ユリカ あたしに?

   そこへ、小崎がやってくる。
   女神・ナイト・カナタ以外止まる。

女神 そして、あれが
女神&ナイト&カナタ 主人公の、オザキハヤト。

   また世界が動き出す。

僕 タナベさん。
ユリカ オザキくん?
キミコ オザキ?
僕 えっと、ちょっといいかな。話があるんだ。
ユリカ え、でも。
キミコ あ。私はいいよ。今度で。夜にでもメールするね。

   キミコが去る。
   着替えである布はカナタとナイトがかける。

ユリカ うん。……えっと、それで。話って?
女神 物語は、彼と、そして猫を中心に加速します。
  さあ、それでは運命の輪を回しましょう!

   音楽と共に登場人物が現れて去る。
   歩いているオザキとユリカ。
   手を振り別れるミキモト。
   こっそり追いかけるショウタ。
   ショウタを見つけ声を掛ける近藤。
   そのうちにオザキとユリカは去る。
   慌てて追いかけて去るショウタ。
   首を傾げつつ去る近藤。
   
   そして、
   景色が変わる。

2 三月。某日。公園にて。

   二人の男女がやって来る。僕とタナベ。
   僕はそわそわする気持ちを隠そうとして、
   でも、あまりうまくいっていない。

ユリカ あ。
僕 え?
ユリカ 桜。
僕 あ、本当だ。もう咲いているんだ。
ユリカ まだ三月なのにね。
僕 このぶんじゃ、入学式始まる前に散っちゃうんじゃないかな。
ユリカ あたし達の時、どうだったっけ?
僕 どうだったかな。……あんまり覚えてないかも。
ユリカ 来月からは三年生になるんだね。
僕 うん。さ、三年もさ、(一緒のクラスだと良いね)
ユリカ うん?
僕 えっと、進路とかって決めた?
ユリカ まだ。オザキ君は?
僕 ぼ、……俺も。
ユリカ そっか。

   と、僕に照明が当たる。

僕 突然ですが、聞いてください。これは、僕がおばあさんから聞いた話です。
 おばあさんは、おばあさんのおばあさんから聞いたそうです。
 おばあさんのおばあさんは、おばあさんのおばあさんのおばあさんに聞いたんだそうです。
 そうやってずっと続いてきた話です。
 あるところに、というのは、決まり文句ではあるんだけれど、残念ながら、
 そこがどこなのか正確には分かりません。多分、今でいう町田と相模原の間。
 横浜線で言ったら、成瀬? くらい。
 そのあたりに住んでいた、おばあさんのおばあさんの……まぁ、だいぶおばあさんの、
 まだおばあさんにはなっていない娘さんは、あるとき、畑仕事の途中で
 赤ん坊の泣き声を聞いたような気がしました。

   舞台上に町民風の少女が現れる。
   泣き声を探す。猫の格好をしたカナタがいる。
   やる気なく泣いている。

僕 それは、罠にかかった一匹の猫でした。いや、恐らく猫だろうと思われました。
 見た感じ。というか、雰囲気として? 罠から助けられると、猫は言ったそうです。
カナタ よく助けてくれたな人間。恩返ししてやるからありがたいと思え。
僕 それを聞いて何代前のおばあさんか分からないおばあさんは言いました。
少女 助けたいから助けただけなんで、結構です。
  というか、上から目線でされる恩返しなんていらないです。
カナタ ……あの。
少女 なに?
カナタ 好きです! 結婚してください!
少女 なんで!?

   少女が逃げ、カナタが追いかけ一緒に去る。

僕 そして、逃げる娘の後ろをいつまでもついてきて、しまいには家に上がりこみ、
 ちゃっかりと住み着いてしまったそうです。めでたしめでたし。
 ……この話をすると、いつもおばあさんは最後にこうつけ加えました。

   少女が腰を曲げ、あからさまにうさんくさいおばあちゃんとして現れる。   

少女 いい? はーぼう。
僕 「うん。」あ、はーぼうって言うのが、僕の小さい時の呼ばれ方です。
少女 誰かを助けるって言うのは、理屈じゃない。助けたいから助けるだけなの。だからね。
  そこに理由を求めちゃいけないよ。
僕 うん。
少女 そしてね。誰かを好きだって気持ちも理屈じゃない。
  だから、理由を捜しすぎちゃいけないよ。
  言葉を重ねれば重ねるほど、嘘になるってこともあるんだからね。
僕 分かった!
少女 ただ、もし一緒になったら、相手の悪いところや嫌いなところは逐一記録に残すように
  しなさいね。じゃないと、おじいちゃんとおばあちゃんみたいに、裁判でもめた時に
  面倒なことになるから。
僕 分かったよおばあちゃん! ……そう。分かっていたはずでした。
 それなのに、僕は今、心から好きだと思える女性に、告白の言葉を言えないままでいます。
 時刻はすでに夕方。この公園に来てからはもう……一時間も過ぎているのに。



   明かりが元に戻る。

ユリカ 大丈夫?
僕 え?
ユリカ なんか、ぼうっとしてたから。
僕 へ、平気。タナベさんは?
ユリカ あたしは別に大丈夫だけど。でも、ちょっと寒くなってきたね。
僕 うん。……あのさ、
ユリカ うん?
僕 あの、ね。
ユリカ うん。
僕 あの……だからさ。す(き)……っかり寒くなったね。もうすぐ4月だって言うのに。
 まだ肌寒いね。
ユリカ そうだね。

   お互い目が合い、同時に目を逸らす。
   しばし、周りの景色を見る。
   だが、お互いに相手が気になっている。

同時に
僕 あの、
ユリカ あのね

僕 あ、ごめん。
ユリカ ううん。こっちこそ。
僕 なに?
ユリカ えっと、いいよあたしは後で。
僕 いや、先に言っていいよ。大したことじゃないんだ。
ユリカ あたしも。そんな大したことじゃなくて。
僕 そ、そう?
ユリカ うん。あ、ちょっとは大したことかもしれないけど。
僕 どっちなの。
ユリカ どっちなのかな。

   ユリカは苦笑する。
   その笑顔に、僕は緊張する。

僕 えっとね。だから――

   と、そこにショウタがやって来る。

ショウタ まだまだ風の冷たい三月ですが、ちらちらと、
    桃色の花びらが目に映るようになって来ました。
ユリカ お兄ちゃん!?
僕 え、お兄さん?
ショウタ もう春なんですね。そんなわけで、次は懐かしいこのナンバーで、
    一足先に春の気分に浸って見ましょう。
ミュージック、スタート!

   と、なんか春っぽい音楽が流れる。

ユリカ ちょっと、お兄ちゃん。こんなところでなにやってるの!?
ショウタ ダレデっカ、お兄ちゃんテ。 ワテは陽気ナ イタリア人。
ユリカ 変な日本語でごまかさないで。なんで、お兄ちゃんがここにいるの。
ショウタ おや、誰かと思ったら妹じゃないか。なにやってるんだこんなところで。
ユリカ わざとらしいっ
僕 えっと、タナベさん。こちらの方は?
ショウタ 人に名前を聞く前に自分が名乗ったらどうだ!
僕 あ、すいません。オザキです。タナベさんのお兄さんですか?
ショウタ お前が俺を「兄さん」って呼ぶな。
ユリカ やめてよお兄ちゃん。ごめんなさい。オザキ君。うちの兄が。
僕 あ、大丈夫だよ。
ショウタ よし、大丈夫と言っているから、帰ろうかユリカ。
ユリカ え、なんで。
ショウタ 今日の晩御飯はすき焼きだぞ。今月はバイト代多くもらったから、
    ちょっと高いお肉を買ったんだ。母さん達も待っているし。さあ、帰ろう。
    さっさと帰ろう。
ユリカ ま、まってよ。
僕 あの、ちょっと待ってくれませんか!
ショウタ 75分待った。
僕&ユリカ え。
ショウタ 75分待った。正確には、74分24秒待った。
僕 ななじゅう?
ショウタ お前たちがこの公園に入っていくのを見つけてから、
    俺は自らの気持ちを落ち着かせるために、ウォークマンで、
    ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、交響曲第9番(こうきょうきょくだい9ばん)
    ニ短調作品125を聞いていた。演奏時間約75分。それだけ長い時間があれば、
    俺の気持ちも落ち着くだろうし、二人の状況も変わっていると思っていた。
    なのに! 何一つ! 変わってなど! いなかった! 
    何一つ! 変わってなど! いなかった! 大切なことなので、二回言った。
    悔やむのなら、言いたい言葉の一つもいえない、チキンな自分を悔やむんだな!
    HAHAHAHA!
ユリカ ごめんねオザキ君。

   ショウタはユリカを引っ張って連れて行く。

僕 そ、それはさすがにキレルよな……

   僕が膝をつき俯く。

4 次の日

   僕だけが浮かび上がる。

僕 そうして、失意のまま僕は家に帰り、昼間の行動を逐一思い出しては布団でうなり、
 いつの間にか眠りについた。そして、朝起きると、隣に猫が立っていた。
カナタ やあ。おはよう。
僕 ぐう。
カナタ 寝るな。起きろ。
僕 え。夢?
カナタ お前を助けに来たぞ。
僕 ちょっと傍目には猫に見えないかもしれないけど、猫だった。
 頭身があきらかに人間にしか見えないかもしれないけど、猫だった。
 というか、うちの飼い猫のカナタだった。
カナタ (咳払い)ちょっと、久しぶりに人語喋ったら緊張しちゃった。
   毛づくろいしていい? お尻のあたりがおちつかなくて。
僕 やめて! なんとなくビジュアル的に良くない気がする。
カナタ わかった。で、助けてやるよ。困ってるんだろう?
僕 困ってる?
カナタ 告白の一つも出来ないで昨日布団の中でうめいてただろう。
   母親と父親がびびってたぞ。「あいつ、なんか変なもの食ったんじゃないか」って。
僕 うるさかったのは悪かったよ。てか、お前、立てたんだな。
カナタ レッサーパンダに出来ることが、俺に出来ないわけがない。
僕 だって、いつも日向で寝てばっかじゃないかお前。
カナタ 寝る子は育つんだよ。猫だけに。
僕 ……それで、何を助けるって?
カナタ 告白に決まってるだろう。お前の。
僕 僕の。って、なんでそれを。
カナタ だから、聞こえてたんだって。それでな「猫の手も借りたい」って心境かと思って。
   ちょっくら行ってきてやったわけだ。
僕 行ってきたって。
カナタ 彼女の家だよ。決まってるだろ。犬ほどじゃないけどな。俺達は勘が良いからな。
   こっちかな~って思っていると、いつの間にか着けていたりするわけだ!

   と、もう一匹の猫、ナイトが反対側に現れる。

ナイト にゃ(誰よあんた)
カナタ なー。(猫です)
ナイト にゃー。(見りゃわかんのよ)
カナタ なーなー(お前こそなんだよ)
ナイト にゃーにゃ。(ここんちの猫よ)ふー(うちの縄張りだかんね)
カナタ にゃにゃにゃ。
ナイト ふー!
カナタ にゃー!
僕 ごめん。まって。せめて人の言葉で話して。
カナタ にゃ。(と、咳払い)こんにちはお嬢さん。いい月夜だね。
ナイト 曇ってるけど。
カナタ だから良いんじゃないか。暗闇こそ、俺達の世界だろ。
ナイト 何しに来たの。言っておくけど。まだあたし、発情期じゃないかんね。
カナタ ここは、タナベユリカさんの家だろう?
ナイト だからなに。あんた! 猫のくせに、うちのユリカ姉さまに手を出す気!?
僕&カナタ ユリカ姉さま?
カナタ まて、人間の年齢に合わせたら、君もユリカって子と同い年くらいだろ。
ナイト いいのよ。タナベ家の女はみんなあたしのお姉さまなんだから。文句ある?
カナタ ないよ。ちょっと、そのユリカさんに、俺の弟分が興味を持っててね。
僕&ナイト 弟分!?
カナタ なんだよ。オザキ家の男は、みんな俺にとっては弟みたいなものなんだよ。
ナイト おあいにく様。姉さまは、そんじょそこらの男なんかに、興味もたないんだ。
   噛みつかれる前にさっさと帰りな!
ユリカ もう、ナイトったら、なに騒いでるの。
ナイト お姉さま!?
僕 ナイト?
カナタ こいつの名前。なんでも、どこかのバンドが作った曲に影響されてつけた名前らしいぞ。
   メスなのにな。
ユリカ あら。お友達。(と、言いつつユリカはナイトを撫でる)
ナイト 違います。全然友達じゃ、あ、首筋はやめて。ちょ、本気でやめて。にゃーー。
ユリカ ごめんね。明日早いから、また今度遊びに来てね。
ナイト えー。姉さま。明日どこか行くんですか? あたしと遊ぼうよ。
ユリカ (ナイトに)ほら、もう寝なくちゃ。明日はね。あたしデートなんだ。
ナイト&カナタ&僕 デート!?
僕 ま、まさか。友達同士の遊びの約束、だよね?
ユリカ 久しぶりなの。駅前でね待ち合わせて、岸根公園行くんだよ。
僕 金を使わない感じが、それっぽい!
ユリカ じゃあね。猫ちゃん。ほら、行こう。
ナイト にゃー。

   ナイトとタナベが去る。

カナタ というわけだ。
僕 ……
カナタ あれ? ショック受けてる? え? ショック? ショックだった?
僕 もう、お前どっか行けよ。
カナタ 諦めるのか。はー坊。
僕 はー坊って言うな!
カナタ 偉い人が言ってた。「諦めたら、そこで試合は終了ですよ」
僕 何で知ってるんだそんな言葉。
カナタ まだ逆転のチャンスはあるだろ。
僕 どこにあるんだよ。デートの話のとき、凄い嬉しそうだったんだろう!?
カナタ でも、久しぶりだって言ってたろ。つまり、最近はろくに会えてない。
   イコール、うまく行ってない可能性が高い! そこへお前が現れて言うんだ。
   「生まれる前から、君のことが好きでした!」
僕 言えるかそんなこと!
カナタ なぜ言えない。
僕 だって、恥ずかしいだろ。
カナタ 恥ずかしくない恋なんてない! 恋なんて、端から見ればいつだって恥ずかしいんだよ!
僕 そんなこと、猫に言われてもなぁ。
カナタ ……ま、いいよ。無理なら諦めるってのも一つの手だよな。大丈夫だ、ハー坊。
   お前にはいつかもっとふさわしい人が現れるさ。
僕 そう、かな。
カナタ ほら、なんかぱっと見、大人しい子だったし?
   お前にはもうちょっと明るい感じの子が似合うっていうか。うん。
   なんだったら、俺が探してきてやろうか? お前に似合いそうな女の子をさ。
   べつに、あの子がいいって特別な理由があるわけじゃないんだろう?
僕 ……高校一年生の時、文化祭委員をやってたんだ。
カナタ うん?
僕 クラスでの出し物を決めなくちゃいけなくて、でも、初めての文化祭だし、
 うちのクラスあまりまとまりなかったし。全然話し合いが進まなくて。
 そんな時、あの子が手をあげてたんだ。

   ユリカが現れる。

ユリカ 喫茶店とかどうかな。結構、うちのクラス、バイトしている子も多いし。
   接客慣れしている人多いと思うんだけど。
僕 音が消えた気がしたんだ。あの子はまっすぐ俺を見ていて。
 言葉が出なくなって。気がついたら言ってた。
 「えっと、じゃあ、他に意見のある人いませんか?――」

   ユリカが残念そうに去る。

カナタ ……それだけ? 第一、相手は別にお前のことなんて(意識してないだろう)
僕 分かってる。彼女が僕を意識してたわけじゃないことくらい。
 でも、それからなんか目を離せなくなって。気がついたら、好きだった。
カナタ それを伝えないままにしていいのか?
僕 ……だって仕方ないだろう。どこにいるかもわからないんだから。
カナタ そんなの簡単だ。猫の勘でびびっと見つけてやる。後はお前に、勇気があるかどうかだ。
僕 ……恥ずかしくない恋なんてないんだよな。
カナタ ないね。ほら、言ってみろよ。「君のことが好きだ」
僕 君のことが好きだ。
カナタ もっと大きく!
僕 君のことが好きだ!
カナタ もっと! ドラマチックに!

   母親が現れる

母 ハヤト~。買い物お願いしていい? 卵、切れちゃってて。
僕 きみ(黄身)が、大好きだ!
母 ……うん。買って来たら、いくらでも卵焼き作ってあげるから。じゃ、お願いね。
僕 ……行ってきます。

   ハヤトとカナタが走り去る。

母 ちょっと、カナタ。あんたまでついていくことないでしょう~。
 我が息子ながら、あそこまで卵が好きだと、ちょっと心配になるわ。

   母親は去る。

5 待ち合わせ

   音楽とともにキミコがやって来る。時間を確認する。
   そこへユリカがやって来る。二人は出会うと一緒に歩いていく。
   そのキミコの後ろをあからさまにつけている感じのショウタ。
   携帯を片手に当てている。
   そして、そこへ近藤がやってくる。
   二人はユリカたちのあとをつけて一緒に去る。
   僕とカナタがやって来る。カナタのひげを頼りに後を追っていく。

   ユリカとキミコがやってくる。

キミコ ごめんね。休日に。しかも公園なんて変なところで。
ユリカ ううん。大丈夫だよ。ここ、昨日も来たし。
キミコ え?
ユリカ なんでもない。久しぶりだね。キミィから誘ってくれるなんて。
キミコ このごろ、色々と忙しかったから。
ユリカ 進路のこととか? 色々と悩んでもんね。
キミコ ああ。うん。それはそうなんだけど。それはなるようになったって言うか。
   なるようにしかならなかったって言うか。でも、それだけじゃなくてさ。
ユリカ うん。
キミコ こういう話、メールとか、電話っていやでさ。本当は昨日言おうと思ったんだ。
   でも、ユリカ、なんかあわただしかったし。
ユリカ うん。昨日は、ちょっとね。

   と、二人とは別の場所に明かりが当たる。
   そこにはショウタと近藤がいる。

ショウタ 先輩、あれが、うちの妹です。
近藤 え、どっち?
ショウタ かわいいほうですよ。当たり前じゃないですか。
近藤 ああ。髪の色が明るい?
ショウタ 先輩の目は節穴ですか。
近藤 お前の目も、そうとうだと思うよ? 
  で、なんで休日に俺達はお前の妹をストーキングしてるのかな?
ショウタ 先輩だったら、妹を任せられると思いまして。
近藤 え、どっちかって言うと、妹さんの友達のほうがタイプなんだけど。
ショウタ またまたご冗談を。
近藤 冗談じゃなくってさ。
ショウタ 先輩と妹が付き合ったら、どこ行くかとか、何するかとか、
    教えてもらえるじゃないですか。あ、もちろん妹はまだ高校生なので、
    健全じゃない方向に行くなら先輩といえど容赦はしませんが。
近藤 普通に怖いよお前の発想。
ショウタ しっ。静かにしてください。
近藤 はい。

   再びキミコとユリカに光が当たる。

キミコ ……あたしさ。
ユリカ うん。
キミコ ……全然関係ないけどさ、香川県ってどう思う?
ユリカ え、うどん?
キミコ だよね。そんな知名度だよね。
ユリカ うどん、好きけど。キミィ、うどん嫌いだっけ?
キミコ ううん。そうじゃなくて。あたし、実は、

   と、僕とカナタがやって来る。

カナタ (声)ほら、彼女がいるぞ、いまだ、叫べ!
僕 きみ~が~好きだ~~!!
カナタ え?
僕 俺は、心から、きみ~が~す~き~だ~!!
ユリカ&キミコ え?
僕 あれ? タナベさんに、幹本?……
ユリカ オザキ君……キミィが、好き、だったの?
キミコ え、あたし!?
ユリカ だって、「キミィが好きだ」って。
僕 え、いや、え? なんで、二人でいるの?
キミコ オザキこそ、何でここに?
僕 いや、俺はその、
ユリカ ……そっか、オザキ君が好きなのって、キミィだったんだ。
僕 いや、それは。
ユリカ 昨日私に話があるって言ったのも、本当は、キミィと話したかったからなんだね。
   ……私じゃなかったんだ。
僕 いや、そうじゃなくておれ、いや僕は。
ユリカ だったら最初から言ってくれればよかったのに。じゃあ、二人でちゃんと話してね。
   私は帰るから。
キミコ まってユリカ!
ユリカ ごめん。キミィの話はまた、今度ね。

   タナベが去る。

僕 タナベさん!
キミコ ユリカ!
僕 そ、そんな……。
カナタ 大失敗だな。(と、笑う)
僕 笑ってる場合かよ。
キミコ おい。
僕 え?
キミコ どういうこと?
僕 いや、これはなんていうか。
キミコ あんた、あたしが好きなの? んなわけないよな?
僕 いや、これにはちょっと事情があってね?
ショウタ どういうことだオザキハヤト!

   と、隠れていたっぽい格好でショウタが現れる。
   その後ろから近藤も現れるが、近藤はキミコを見ている。

僕 お兄さん!?
ショウタ お兄さんって言うな!
僕 すいません。
ショウタ そんなことよりどういうことだこれは! お前、うちの妹だけじゃあきたらず、
    他の女にも手をつけるとは、いい度胸だなおい。
僕 色々と誤解がありまして。
ショウタ 誤解も六階もあるか! ちょっとこっち来てもらおうか。
僕 待って! 話を聞いて!

   ショウタとオザキが去る。

カナタ お手柔らかにね~

   と、カナタも去る。

キミコ 話、聞いてほしかったのは私なんだけどな。また話せなかったな。
近藤 あの。
キミコ え?
近藤 初めまして。
キミコ 初めまして。
近藤 タナベの、あ、兄のほうね、の知り合いの近藤です。
キミコ ミキモトです。
近藤 よかったら、これからお茶とかしない?
キミコ すいません。忙しいんで。

   キミコが去る。

近藤 え。俺の出番、これだけ? グッバイ。俺の青春。

   と、キミコが戻ってくる。

キミコ あの、ユリカのお兄さんとお知り合いなんですよね?
近藤 あ。うん。そうだけど。
キミコ じゃあ、一つ助けてもらえませんか? このままじゃ
話せそうにないんで。
近藤 なにを。何でも助けるよ。デートしてくれるならね!
キミコ ……いいですけど。お金ないんで。地元で良いなら。
近藤 よっし! 俺の青春カムバック!
キミコ ちゃんと話がしたいんです。
近藤 聞く聞く。どんな話でも俺聞いちゃうよ。

   キミコと近藤が去る。

6 夕方

   殴られる音。カナタが水筒を持ってやってくる。

カナタ オザキハヤトが解放されたのは、それから数時間経った頃でした。

   僕がふらふらとやってくる。

カナタ 大丈夫?
僕 もう、ダメかもしれない。
カナタ しっかりしろ。ほら、水飲むか?
僕 ありがとう。お前よく、水なんてくめたな。蛇口ひねれるのか。
カナタ それは無理だから、そこの池の水くんできた。
僕 なんてもの飲ませようとしているんだ!
カナタ おいおい、大丈夫だよ。鯉だって泳いでるんだぞ。残念ながら逃がしたが。
僕 頼むから人間用のにして。
カナタ しっかりしろよ。大丈夫。まだ、逆転のチャンスはあるって。
   恋(鯉)を捕まえるチャンスはな。
僕 どこにあるんだよ! タナベさん、思いっきり誤解してるじゃないか。
カナタ 誤解されてるなら解けばいいだけだろう。
僕 そんなの無理だよ。
カナタ 諦めるのか? 諦めたら、
僕 結局無理なんだ。もう、諦めるしかないんだ。
カナタ そんなものなのか。お前の想いって。
僕 猫に、恋の痛みは分からないよ。
カナタ ……昔、人に恋した猫がいたんだ。
僕 え?
カナタ 一目ぼれだった。追いかけて、一緒の家に住んだんだ。ずっと傍にいるって言った。
   何があっても離れないって。だけど、やっぱり猫だろう? 
   人間よりも早く年老いて、お別れだって時が近づいて。だから、猫は姿を消した。

   舞台に少女が現れる。

少女 カナタ~。カナタ。どこに行ったの? カナタ~。
カナタ 人間は探しに来た。猫を。猫にしか知られてないはずの、猫が最後を迎える場所まで。
少女 もう。隠れてないで出ておいで。一緒に帰ろう?
カナタ 大声で鳴きたかった。俺はここだよ。ここにいるよって。でも、出来ない。
   お別れなんだ。一緒にいられないんだ。傍にいたいのに。一緒にいたいのに。
   もう、そこへはいけないんだ。
少女 一緒にいてくれるって言ったでしょう?
カナタ ごめん。
少女 離れないって言ったでしょう?
カナタ ごめん。
少女 もう、一緒にいてくれないの?
カナタ 一緒にいたい。いたいよ。傍にいたい。ずっと近くにいたい。いたいんだ。
   あんたのことを考えると、胸が。ぎゅって痛むんだ。
   痛くて、痛くて、たまらないけど。だけどそれでも、あんたの傍にいたいんだ。
   ずっとずっと。ずっとずっとずっとずっとずっと。いたいだけなんだ。

   と、そこに女神?が現れる。

女神 その願い、叶えてあげましょう。
カナタ え?
女神 その願い、叶えてあげましょう。
カナタ&僕 え? 誰?
女神 どうも。皆さんご存じの女神です。あなたの願い。叶えに来ました。
カナタ&僕 なにそのファンタジー!
女神 しゃべる猫に言われても。
カナタ あ、そうですよね。
女神 ねがい、叶えてあげましょうか?
カナタ 人間と、一緒にいられるのか?
女神 ええ。ただし、寿命を延ばすって言っても、女神基準ですが。
カナタ 女神基準?
女神 伸ばし過ぎちゃったら、ごめんなさいね?

   女神が謝って去るのと同時に、少女がカナタに気づく。

少女 カナタ。
カナタ ……にゃあ。
少女 どこ行ってたの。心配したんだからね。
カナタ ごめん。
少女 もう、どっか行っちゃだめだからね。
カナタ うん。

   少女は去る。

カナタ そうして、猫はずっと彼女の側にいた。彼女はやがて年老いて、
   姿を隠してしまったけれど、猫は彼女の子供の側に。子供の子供の側にずっといた。
   胸の痛みが消えない限り。猫は彼女の側にいる。
僕 ……なんで、そこまで出来るんだよ。
カナタ 彼女が好きだからさ。
僕 ……でも、僕には、奇跡なんて起きない。
カナタ 起きてるだろもう。(と、自分を指す)
僕 ……奇跡って言うより、悪夢だ。
カナタ 気に入らないなら、自分でおこせよ。あの子の側に、いたいんだろう?

   僕は頷く。
   そしてカナタと一緒に走っていく。

7 閑話休題

   母親が現れる。携帯電話を片手に持っている。   

母 あの子ったらいつまで買い物に時間かけてんのよ。カナタもいないし。
 ……充電切れてるし。日頃使わないと、ついつい充電するの忘れちゃうのよね。ふん。

   と、携帯を袖に投げる。

母 もうちょっとバッテリーがもてばいいのに。

   と、女神が現れる。

女神 あなたが落としたのは、この金の携帯ですか? それとも銀の携帯ですか?
母 え?
女神 あなたが落としたのは、この金の携帯ですか? それとも銀の携帯ですか?
母 え?
女神 あなたが落としたのは、この金の携帯ですか? それとも銀の
母 いえべつに、台詞が聞こえてなかったわけじゃなくて。
女神 そうですか。どうも。皆さんご存じの女神です。
母 お久しぶりですね。
女神 お久しぶりです。
母 あなたが来た、ということは、また、カナタが頑張っているんですね?
女神 息子さんにも春が来た、ということですよ。かつてのあなたと同じように。
母 カナタにも苦労かけるわね。ご先祖様との約束とは言え。
女神 違いますよ。
母 え?
女神 べつにあの子は約束だからあなたたちを助けているわけじゃないですよ。だって彼は、
母&女神 助けたいから助ける。
母 ……そうですね。
女神 というわけで、どっちがいい?
母 金の携帯か、銀の携帯?
女神 グッドエンドか、バットエンド。
母 それはもちろん――

   高まっていく音楽。
   頷く母親と女神そして母親は去る。

8 RUN!

   音楽
   飛び出してくるショウタ。ドアをノックしている。

ショウタ ユリカ! ユリカ! あんな奴のことは忘れてしまえ。くっそ~あの男め!
    待ってろ! 今兄さんが、原形をとどめないくらいとっちめてきてやる。

   兄は走り出す。
   飛び出してくるナイト。

ナイト ちょっと、お姉様。あの男、暴走して行っちゃいましたよ。いいんですか止めないで。
   このままじゃ身内に犯罪者が! いや、こんな時こそ私の出番。行ってきます!

   ナイトは走り出す。
   飛び出してくる近藤とキミコ。

キミコ とりあえず、あの二人を出会わせないと。
近藤 はい。で、その後に僕らはデートだね!
キミコ そのためには、ユリカのお兄さんが邪魔なんです。
近藤 うん。じゃあ、邪魔するお兄さんを倒してデートだね!
キミコ ああ、もう! とにかく探して! 見つけて!
近藤 了解!

   近藤とキミコは走り出す。
   並んで走る彼らの後ろに、登場する僕とカナタ。

カナタ こっちだこっちだ。ほら、もっと急いで。
僕 ちょっと、こっちは怪我人なんだぞ。体中が痛くって。
カナタ 彼女に言いたいことがあるんだろう!?
僕 あるよ!
カナタ だったら走れ! 言いたいことがあるなら走れ。
僕 痛いけど走る。
キミコ いた?
近藤 いない。
ショウタ 痛めつけて痛めつけて痛めつけてやる!
ナイト 痛そう。
僕 いたたたた。
カナタ 痛がりすぎるなみっともない!
ショウタ 痛めて痛めてやる
ナイト 言いたかないけど、病気だよ。
キミコ いた?
近藤 いない。
ショウタ 痛めつけて
カナタ 言いたいことがあるんだろう。
僕 痛いけど、頑張る。
ナイト いるかねこんな所にって、
ショウタ&ナイト&キミコ&近藤 いた!――
僕&カナタ え?

   僕とカナタに光が集まる。
   そして闇に包まれる。



   僕と、カナタが中央にいる。

僕 あれ? 今なんか声が聞こえたような。
ショウタ(声) 見つけたぞ。

   と、ショウタがやってくる。

僕 お、お兄さん。
ショウタ お兄さんと言うな!
僕 すいません。
ショウタ 弱っ。
僕 すいませんが、そこを通してもらえませんか。タナベさんに、話があるんです。
ショウタ また、うちの妹を泣かす気か!?
僕 泣かすって……。え、泣いているんですか? なんで?
ショウタ お前が泣かせたんだろう! 二股かけやがって!
    というわけで、とりあえず生まれてきたことを後悔させてやる。


   と、ショウタが僕に殴りかかる。
   僕は慌てて避ける。

ショウタ なぜ避ける!?
僕 普通避けますよね!?
ショウタ 男ならだまって殴られろ!
僕 さっき散々殴ったじゃないですか!
ショウタ さっきはさっき! 今は今!
僕 そんな乱暴な!
ショウタ 妹を守るのに、乱暴もなにもない!

キミコ&近藤 ちょっと待ったぁ!!

   と、そこへキミコと近藤がやってくる。
   ちょっと変装していたりする。

キミコ その勝負、私たちが預かった!
近藤 さぁ、青年。ここは僕らに任せて先へ行け!
僕 え、いいんですか?
キミコ いいからさっさと先へ行く!
僕 は、はい。えっと、ミキモト、だよね?
キミコ わかってて聞くな!
僕 よくわからないけど、ありがとう。
キミコ 別に、あんたのためじゃない!
僕 いくよ。カナタ。
カナタ にゃ。

   僕とカナタが去る。

10

ショウタ なぜ邪魔をする。そんなにあの男が大事か。
キミコ あんなやつのためじゃない。ユリカのためです。
ショウタ あいつは妹を泣かせたんだぞ!
キミコ お兄さんはただ知らないだけなんですよ。ユリカのことを。
ショウタ 俺が何を知らないって言うんだ。
キミコ あの子が、ユリカが授業中こっそり誰を見てたのか!
   体育の時、誰の背中を追ってたのか。
   修学旅行で、文化祭で誰と一緒にいたいと思っていたか。全然知らないくせに!
ショウタ それがあの男だって言うのか。だからって、なんでそこまでするんだ。
    ってか、先輩も一緒になってなにやってるんですか!
近藤 すまん。すべては俺の青春のためだ!
キミコ だって、友達にはいつだって笑ってて欲しいと思うじゃないですか。
   その笑顔の理由がわかるなら、守りたいって思うじゃないですか。
   私じゃダメなんだから。私じゃもう、あの子に笑顔をやれないんだから!
ショウタ よくわからないが、しゃらくさい! 最初から諦めてるやつに負けてたまるか!
キミコ 仕方ないじゃないですか! 
   いくら一緒に居たくても、離ればなれになっちゃうんだから。
ショウタ どういう意味だ?
キミコ 今です!
近藤 おう。ごめんよ。

   近藤はキミコとショウタが話しているうちにショウタの後ろに回り、
   羽交い締めにする。

ショウタ ちょ、先輩! 離してください。
近藤 あの、捕まえたはいいけど、これからどうすればいいの?
キミコ 任せてください。こんなこともあろうかと、殺人拳を学んでいたんです!
ショウタ 殺人拳!?

   ショウタが無理矢理避ける。
   キミコの拳が近藤に当たる。

近藤 なんで俺!?
キミコ ちょっと避けないでください!
ショウタ 普通避けるだろう!
キミコ 男なら黙って殴られなさい!
ショウタ そんな乱暴な!

   キミコの攻撃に反撃しようとするショウタ。

キミコ 女の子に手を上げるなんてサイテー。
ショウタ ぐっ(と、構わず攻撃しようとする)
キミコ サイテー。サイテー。(と、攻撃を言葉で止める)
ショウタ ぐ、ぐぐ。
キミコ 今だ!

   キミコの攻撃がショウタに当たる。

ショウタ 無念。(と、倒れる)
キミコ 正義は必ず勝つ! ……で、この後どうしようかな。……えっと、先輩? 
   お兄さん? ちょっとくらいは動けます?

   よろよろと起き上がる近藤。
   キミコと一緒にショウタを運んでいく。

11

   ナイトに照明が当たる。
   腕を組んで、何かを待っている。
   別の場所に僕とカナタが浮かび上がる。

僕 ここが、あの子の家?
カナタ そう。やっとここまで来れた。
ナイト そして、ここで終わり。

   ナイトの言葉と共に、彼ら全体を照らすように明かり。
   すでに、夕方の気配が辺りには漂っている。

ナイト 一足先に家に戻っておいて正解だったわ。やっぱりあの男、役に立たなかった。
カナタ 邪魔をする気?
ナイト もちろん。あんたを姉様には合わせない。
僕 何でだ。あいつの言葉が俺にもわかる。
カナタ 回想シーンで、さんざん日本語話してたろ?
僕 それはお前が翻訳してくれたからで。
ナイト 一つ、昔話をしてあげる。
僕&カナタ え?
ナイト あるところに、一人の娘がいたの。
   あるとき、娘は畑仕事の途中で赤ん坊の泣き声を聞いたような気がした。
僕 それって……。

   舞台上に少女が現れる。昭和風。
   泣き声を探す。その少女の側にナイトは歩いて行く。

ナイト それは、罠にかかった一匹の猫でした。罠から助けられると、猫は言ったそうです。
   「よく助けてくれたわね人間。恩返ししてやるからありがたいと思いなさい」
少女 「いえ、助けたいから助けただけなんで。
  というか、上から目線でされる恩返しなんていらないです」
ナイト 「あの」
少女 「なに?」
ナイト 「お姉様って呼んでもいいですか!」
少女 「なんで!?」

   少女(ユリカ)が慌てて去る。

ナイト そして、逃げる娘の後ろをいつまでもついてきて、しまいには家に上がりこみ、
   ちゃっかりと住み着いてしまったそうです。めでたしめでたし。
僕 すごいどっかで聞いたことあるんだけど?
カナタ まさか、お前もその後女神っぽいのにあったのか?
ナイト やっぱりあんたも会ってたのね。どうりでやけに人くさいと思った。
カナタ 俺たち、案外似た者同士かもしれないな。
ナイト あら? 気づいてなかったんだ? 案外鈍いんだ。
僕 良かったね。なんかいい雰囲気になって。じゃあ、そういうことで。
ナイト ちょっと待て。
僕 やっぱりだめ?
ナイト お前。姉様に何を言う気だ?
僕 それは――
カナタ もちろん告白に決まってるじゃないか。なぁ?
ナイト お前には聞いてない。
僕 僕は……。
ナイト あたしは、ずっと、ユリカを見てきた。
   ユリカが、姉様なんて呼べないような姿の時から。ずっと。
   大好きだったあの人の面影を少しだけ持つユリカを誰にも傷つけられないようにって。
   だから、もし、ここを通りたいなら、ユリカに聞かせるつもりの言葉を、
   教えてもらおうか。
僕 ……ごめん、それは出来ない。
ナイト なんだって?
僕 俺が、考えた言葉と、諦めないって決めた気持ちは、あの子のためのものだから。
 何度も口に出してしまったら、なんだか安っぽくなってしまう気がするから。だから。
 君には話せない。もし、通せないって言うのなら、無理矢理にでも通るだけだ。
カナタ 変なところで頑固だからな。ま、そういうことなんで。悪いね。

   二人はナイトに向き合う。

ナイト ……にゃーーー。
僕&カナタ は?
ナイト にゃーーーにゃーーーー。
僕 え、何事?
カナタ 油断するな。何か恐ろしい技を出そうとしているのかもしれない。
ナイト にゃーにゃーーーーー
僕 なに言ってるかわからないのか?
カナタ さっぱりわからない。強いて言えば、「にゃ」
僕 だから、それは何を意味しているんだって。

   と、ユリカがやってくる。

12

ユリカ どうしたの? ナイト。何かあったの?
僕 タナベさん……。
ユリカ オザキくん。どうして?

   ナイトは二人から離れる。
   カナタもそれを見て離れる。

ナイト (カナタに)これでいいんだろ。
カナタ いい女だなお前。
ナイト 今頃気づいたの?

僕 話したいことがあって。
ユリカ 話したい、こと? キミコのことだったら、
   あたしを通さないで直接キミィに言った方がいいよ。大丈夫。
   二人だったらお似合いだと思うし。
僕 ちがうんだ。 ……タナベさんに、話があって来たんだ。
ユリカ あたしに……。
僕 うん。俺……その、えっと、なんていうか、その。す。
ユリカ す?
僕 す(き)、スイミング習ってたんだ。小さい頃。
ユリカ そうなんだ。……えっと、それが話したいこと?
僕 そうじゃなくて。だからさ。えっと、
ユリカ オザキ君?

カナタ だらしないな。
ナイト 最悪。

僕 その、なんていうか君のことが、

   と、カナタが指を鳴らす。
   尾○豊の「I LOVE YOU」が流れてくる。

僕 (カナタに)余計なことはしないでくれるかな!?
カナタ じゃあさっさと言えよ。
ユリカ オザキくん?
僕 ……好きなんだ。
ユリカ キミィのことが。
僕 タナベさんが!
ユリカ 私?
僕 そう! ……いつからかとか、どうしてとか、うまく説明できないけど。
 でも、誰でも良かったわけじゃなくて。それを伝えたくて。
 でも、なんていっていいかわからなくて。
 だから昨日も、散々時間をかけたくせに言えなかったんだ。……君のことが、好きだって。
ユリカ …………わたしも。
僕 え?
ユリカ わたしも、あなたのことが、好き、です。

   二人顔を見合わせる。
   今更ながら照れて笑う。
   音楽がかかる。いい雰囲気のまま終わりそうになって、

キミコ よく言ったオザキ! いやぁ。あんた男だね。

同時に
僕 ミキモト!?
ユリカ キミィ!?

   と、近藤がふらふらとやってくる。ショウタを支えている。

近藤 ちょ、俺だけに任せないで。こいつ結構重い。
キミコ え~。それくらい支えてくださいよ。男の子でしょ?
ユリカ どうしたのキミィ。それに、お兄ちゃん、どうしちゃったの?
キミコ ん~ ちょっと正義の鉄槌を受けてね。それよりもオザキ。聞いてたよ。
   いやぁ。よく言ったね。
僕 聞いてたのかよ!
キミコ これであたしも安心して引っ越せるってもんだ。
ユリカ え?
僕&ユリカ&近藤 引っ越し!?
ユリカ え、引っ越すの? どこに?
キミコ ん。香川県。
ユリカ うどん……。
キミコ そう。だからさ。心配だったんだ。それで変に世話焼いちゃった。
   余計な世話だったかもしれないけど。
ユリカ キミィ……
キミコ ねぇ。ユリカ。ちょっとくらい覚えておいてよね。あたしがいたことをさ。
ユリカ これで最後みたいな言い方しないでよ。
キミコ でも、学校だって違うし。
ユリカ 全然関係ないよ。
キミコ 引っ越すんだよ。あたし。
ユリカ 関係ないって。
キミコ でも、あんまり会えなくなるじゃんか。
ユリカ 毎日会えなかったら、友達じゃないの?
キミコ ……そんなことない。
百合子 じゃあ、大丈夫だよ。
キミコ うん。
僕 (カナタに) なんだか、全部いいところを持って行かれた気分。
カナタ 仕方ないよ。女同士の友情に男は割り込めないって。
近藤 あの、ミキモトさん?
キミコ え? あれ? まだいたんだ。
近藤 えっと、引っ越すってことは、あの、デートは?
キミコ ああ。だから、地元ならいいよっていったよね。
   うちの地元まで来てくれるんでしょう?
近藤 そんな……

   と、ショウタが起き上がる。

ショウタ なんとなく、終わりそうな空気に持っていこうとしているようだが、そうはさせるか!
僕 お兄さん!
ショウタ だからお兄さんと言うな!
ユリカ お兄ちゃん。もういい加減にしてよ。
キミコ みんな引いてますよ。
ショウタ 誰が引いても、俺は引かない!
ユリカ じゃあ、私が引くからいいよ。行こう。
近藤 あの、やっぱり地元まで行くってのはなかなか厳しいんじゃないかと思うんですが。
キミコ じゃあ、デートは無理ですね。残念。
近藤 が、頑張るよ! 俺頑張るから。
キミコ じゃあ、まずあれ(と、ショウタを指す)をどうにかしようね。
近藤 分かった!
ショウタ 先輩! どっちの味方ですか。
近藤 俺はいつだって自分の味方だ!
キミコ ほら、いまのうちに。
僕 あ、ああ。
ユリカ ありがとう。キミィ。いこう。オザキくん。

   ユリカが僕に手を差し出す。

僕 うん。

   僕がユリカと手を繋ぐ。 
   ユリカが僕の手を引き、二人は手をつないで走り去る。

ショウタ まて!

   慌ててショウタが追いかけて去る。

キミコ 追いかけて!
近藤 はい!
キミコ まったく世話の焼ける。やっぱり。まだまだあたしが頑張らなきゃだめみたいね!

   そうして、登場人物たちが去って行く。

13

   猫だけに光が集まる。

カナタ まったく。騒がしいな。人間ってやつは。
ナイト 本当にね。

   と、いつの間にか女神がいる。
   オープニングと同じ形。誰かに向かって語っている。

女神 このように、あなたたちより寿命があるのに、慌ただしく。騒がしく。
  落ち着きのないのが人間です。どうでした? 今回の物語は。
  ……それでも、あなたは、人と共に生きたいのですか? どんなにあなたが愛しても、
  相手は愛してくれるとは限らないのに。それでも、人を愛しますか。

   肯定するように猫の鳴き声が聞こえる。
   そして、少女が現れる。猫の姿をしている。

女神 なぜ? 人と生きても、報われることなんてほとんどないんですよ。
少女 報われたくて愛したわけじゃないんです。
  だって私は、私たちは愛したいから愛すだけなんだから。
女神 ……わかりました。それでは、共に生きられるよう。
  ほんの少し寿命を伸ばしてあげましょう。

   舞台に役者が現れる。
   シルエットで顔は見えない。
   
   それぞれ、誰かと共にいる。   
   例えば、ミキモトのそばには近藤。
   僕のそばにはカナタ
   ユリカのそばにはナイト
   ショウタのそばには少女。
   そのどちらかのお尻には尻尾が生えていたりする。

女神 ただし、寿命を延ばすって言っても、女神基準ですが。
  ……伸ばし過ぎちゃったら、ごめんなさいね?

   猫とじゃれる人。
   じゃれつつも誰かを追いかける人。
   それぞれ、の動きと共に溶暗。
   完


あとがき
地元の公園では、春が近づくと野良猫の鳴き声が聞こえてきます。
毎年毎年。同じような猫の、何かを請うような鳴き声。
自然の摂理な現象だと分かってはいるものの、
時折「この鳴き声、数十年一緒なんじゃ無いの?」なんて思ってしまったり。
きっと長生きな猫が居て、その猫を生かしているのは愛なんだ。
……なんて空想から生まれた物語です。


最後まで読んでいただきありがとうございました。