赤鬼が一人涙するなら
  青鬼は一人膝を抱える

作 楽静




登場人物


ウラシマ ユウタ  19歳 1狼した挙句、従兄弟と同じ大学に入る。

ウラシマ イチロウ 22歳 大学四年生にしてたった一人の「釣り部」部長

モモキ シロウ   19歳 人と鬼の間の子

家具屋 ケンゾウ  家具屋は屋号のようなもの。実際の苗字はモモキ。
             シロウの父。鬼の里の守り人。

イッスン 人に興味を持つ鬼。シロウが好き。

カサコ  人に興味なんて無い鬼。

マンバ  冷静な鬼。

ウメ 鬼の村の長。シロウに厳しい。シロウの母親。

シバ その長の妹。シロウに優しい。

ツルコ 長老。


※鬼の数は上演の人数に合わせて増やしてもかまわない。



0

    季節は春。
    もうすぐ4月になるといったところ。
    過去の回想シーンから物語りは始まる。
    照明が一人の青年を浮かび上がらせる。ウラシマユウタである。
    これはユウタが小学生の頃の回想シーン。


ユウタ これから一つの物語をしよう。夢のような物語。つかみ所のない。でも、確かにいた、ヒーローの話。
     ……いつからそれが彼に始まったのか分からない。理由だって思い出せない。
     でも、気がついたときにはもう始まっていて、彼はクラスの中で喋る人が一人もいなくなっていた。
     彼が通るとみんなが笑った。話しかけても無視された。夏休みの宿題用にと配られた向日葵の鉢植は、
     家に持って帰る前に、彼のだけが誰かに壊されていた。彼にとって毎日が地獄だった。
     息をしているのも辛かった。誰も助けてくれなかった。……いや、もうごまかすのはやめよう。
     彼とは僕だ。僕はたった一人だった。
     そんな時だ。僕の前にヒーローが現われたのは。


    と、シロウがやってくる。
    帽子を深深と被り、少年のシロウは顔が良く見えない。
    風呂敷で作ったようなマントを付けている。


シロウ 僕が助けてやるよ。

ユウタ 君は?

シロウ 苛められているんだろう?

ユウタ いいよ。助けてくれなくったって。どうせ、卒業しちゃえば終わるんだ。

シロウ 卒業まで、あと二年もあるじゃんか。

ユウタ もし、僕なんか助けたら、今度は君が苛められるよ?

シロウ いいよ。どうせ僕、引っ越すんだ。

ユウタ ……引っ越しちゃうの?

シロウ おいおい。そんな顔するなよ。だからさ。力貸すよ。


    シロウが手を伸ばす。
    ユウタがその手に触れる。
    シロウがしっかりとその手を握る。


シロウ その代わり、約束しろよ。

ユウタ 約束?

シロウ 僕を覚えていてくれよな。

ユウタ 忘れるわけ無いよ。

シロウ どうかな?

ユウタ 忘れないよ! 絶対。

シロウ うん。


    シロウは軽やかにユウタの手を放すと、走り去って行く。


ユウタ そうやって、かけていった足音は未だに耳に残っているのに。……僕はもう、君の顔さえ思い出せない。


    ユウタが何かを掴むように空へと手を伸ばす。
    溶暗。


    スクリーンに映像と文字が現われる。

      僕はずっと闇の中にいた
    「助けてあげるよ」
      君が一人で光をくれた
    「でも、そうしたら君が」
    「だって、ぎせいが必要、だろう?」
      囁いた君の顔は悲しげで
      なのに僕は――
    「いいの――?」
      君のことなんか考えもしないほど子供で
      だから君は
    「ああ。やろう」
      微笑むことしか出来なかったの?

     子供立ちの情景が写る。
     学校。教室。黒板。
     二人の男の子が立っている。
     そして、夕焼け。

      あの日の空はどこまでも赤く染まっていたって覚えているのに
      君の顔が思い出せない――

    暗転。

1

    映像終わると、そこは山の中。
    どこか分からないが、熊が出そうな場所らしい。「匂いの里」近く。

    イチロウがリュックを背負ってやってくる。
    釣り道具らしい物がリュックの中からは覗いている。


イチロウ ああ、木だ。ああ、こっちにも木だ。はは、なんて名前の木だ? 分からないわ。
       いやぁ。気持ち良いくらい木しかないな。この緑。うん。緑しかない山。コレぞ自然。
      (と、こけそうになり)あいて。おお、こけそうになった。コレぞ自然! 
      なぁ、ユウタ? あれ? ユウタ。おーい!


    と、へとへとになったユウタがやってくる。
    ユウタの格好も釣り道具が覗くリュック姿。しかし、イチロウよりも荷物が多い。


ユウタ ……

イチロウ どうしたユウタ? 感動しているのか? そうか! 感動して言葉も無いか! 凄いだろう? これ。
      木! 木! 木! もう、なんて名前かねぇ。分からないほど木だよ木!

ユウタ (と、無言で座りこむ)

イチロウ おいおい。いくら感動したからって座りこむなよ。まだまだ先は長いんだから。

ユウタ してない。

イチロウ え?

ユウタ 感動なんてしてないって!

イチロウ じゃあ、どうして座りこむ?

ユウタ 疲れてんの! 見て分からない!?

イチロウ なんだ疲れてるだけか。え? 疲れたの? もう? 早いよぉ。

ユウタ もう何時間歩いてると思ってるんだよ。

イチロウ ? 10時にバス降りて、それからだから3時間くらい?

ユウタ その間休憩は1回も無し。

イチロウ したよ。ちょこちょこ。

ユウタ イチロウ兄さんだけね。さっさと先行って、疲れたら休んで、俺が来たら「よし。行こう」って。
     じゃあ僕はいつ休むのさ。

イチロウ だったら、お前も速く歩けばいじゃんか。

ユウタ 歩けるわけ無いだろ!? こんな荷物背負わせて!

イチロウ 去年までは俺が背負ってたんだよ。コレも修行。

ユウタ だからって、山登り初心者にこんなの。てか、何が入ってるんだよ。

イチロウ 何がって。山登りに必要なものに決まっているだろう?

ユウタ 必要なもの?


    と、ユウタは思わず鞄を開ける。


ユウタ ……小型扇風機。

イチロウ 暑かったら使おうと思って。

ユウタ ……割れた鏡。

イチロウ 顔を見たくないときに使えるよな。

ユウタ ……漬物石?

イチロウ 額づけ食べたくなるかなぁって。

ユウタ いらんものばっかり入れるな! 特に石!


    と、思わずユウタは石を投げる。
    イチロウがキャッチ。


イチロウ 使うかもしれないだろう!

ユウタ 使うか! 何だよ額づけって。

イチロウ 食べたくなってもあげないぞ。

ユウタ いらないよ! その代わり、それイチロウ兄さんが持てよ。

イチロウ え? じゃあ、いらない。


    イチロウは石を袖に捨てる。

ユウタ 無駄なものばっかり持ってくるなよなぁ。

イチロウ 無駄かどうかなんて分からないじゃんか。

ユウタ 漬物石は無駄だろ! 明らかに!

イチロウ いいかユウタ!

ユウタ なにさ!

イチロウ 川釣りっていうのはな、山との戦いなんだ。山を征するものが川釣りを制する。
      初めっから楽をしようって考えている人間は、海でボーっと釣り糸をたらしていれば良い。
      しかーし。川釣りを愛するものは冒険者だ。冒険者になるには苦労は並大抵の物じゃない。
      が。その分、釣れた魚を見たときの喜びは、何ものにも優るんだ。
      その苦労を今俺はお前に味あわせてあげてるんだ。

ユウタ 別に、まだ俺部活に入るって約束した訳じゃ無いんですけど〜。

イチロウ 何を言う! 俺が何の為におばさんに頼まれて浪人したお前の家庭教師をしたと思う!? 
       しかも、進路を無理矢理俺の大学に変えさせて。

ユウタ おかげであまり勉強しないで済んだのは感謝しています。

イチロウ うちの大学偏差値低いからな。
      って、つまりはそれもこれも、お前を「丸危川釣り部」に入れさせる為だったんだぞ。

ユウタ でも、イチロウ兄さん「川釣り部」って。

イチロウ 丸危。

ユウタ 「丸危川釣り部」ってイチロウ兄さんだけなんでしょう?

イチロウ イチロウ兄さんじゃない。部長と呼べ。

ユウタ でしょう?……部長。

イチロウ (セキ払い)まあな。

ユウタ イチロウ兄さ……部長がいなくなったら、どうせ廃部だよね?

イチロウ その為にお前が入るんだよ! その為に俺がお前を鍛えるんだ! いいか?
      「丸危川釣り部」の伝統を、こんな所で絶やすわけにはいかないのだ!

ユウタ でも……

イチロウ でもじゃない。返事は「はい。部長」だ。

ユウタ 「はいぶちょう(廃部長)」

イチロウ 繋げるな! 

ユウタ はい。部長

イチロウ よーし。じゃあ、行くか。休んだろう?

ユウタ まぁ、それなりに。で、えっと、部長。

イチロウ なんだ?

ユウタ どこに向かってるんですか?

イチロウ 川だ。

ユウタ さっきからまったく川の音がしないんだけど?

イチロウ ……当たり前だ。今回狙っているのは隠れた川だからな。その名も「隠れ鬼川」というらしい。

ユウタ らしい?

イチロウ この「匂いの里の山」と呼ばれている山中に、それはひっそりと存在しているらしい。
      音も無く流れる川だが、その為に静かな環境を好む川魚達がわっさわっさいるらしい。

ユウタ らしい……って、誰の情報?

イチロウ 大学の近所の飲み屋の親父が教えてくれた。

ユウタ ……絶対ガセだ。

イチロウ 何を言う。いいか? その川にはなんと、シャケもいるらしいぞ!

ユウタ ……シャケって、もっと北のほうじゃないの?

イチロウ 詳しくは知らんが、親父の話では、よく熊がシャケを取っている姿を見たらしい。
      こう、ザバっと。ザバザバってな。

ユウタ 熊出るの?

イチロウ そりゃ出るだろう。山なんだから。

ユウタ へー。(言いながら逃げようとする)

イチロウ なぜ逃げる?

ユウタ 帰ります。

イチロウ 今から帰るなんて許すわけ無いだろう?

ユウタ 熊が本当に出たらどうするのさ!

イチロウ 運が悪かったと諦めろ!

ユウタ 嫌だ!


    と、二人で騒いでいると、家具屋が現われる。
    木こりの格好である。


家具屋 何やってるんだ? お前達。

ユウタ 出たー!?

イチロウ うっわぁああ。


    イチロウは慌ててユウタを盾にする。
    ユウタは盾になりそうになると慌てて後ろに回ってイチロウを盾にする。


家具屋 新しいお笑いコンビか?

イチロウ なんだ、ユウタ。人間だぞ。

ユウタ 脅かさないでよ。

家具屋 驚いたのはこっちだ。なんでこんなところに?

ユウタ それは……

イチロウ 大物を求めてです。

家具屋 大物?

イチロウ ええ。(と、釣り道具を指し)見た事も無い大物を吊り上げる為。おじさんこそ、どうしてここに?

家具屋 俺か? 俺は、これだな。


    と、籠を出す。


イチロウ ? なんですかそれは?

家具屋  ツケノタ・ブルミだ。

イチロウ ? なんですそれ?

家具屋 「危の子(きのこ)」だな。ここらへんじゃよっぽどの山馬鹿じゃないと見付けられん幻の「危の子」だ。
      DHAが豊富なんだな。

※普通のキノコと「危の子」とはアクセントが違う

ユウタ キノコ……

イチロウ それは魚の頭に含まれる奴じゃ……

家具屋 だから貴重なんだ。どうだ、一つ。


    と、家具屋は見るからに怪しげなきのこを出す。


イチロウ いやぁ。どうだって言われても。なぁ。

ユウタ これは、ちょっと。

家具屋 うまいぞ?

イチロウ 美味いんですか。

家具屋 美味いのなんのって。もう、言葉にならないな。 もう、なんて言うかキノコじゃねえな。

イチロウ そんなに。


    イチロウはキノコをじっと見る。


家具屋 ああ、別にキノコが苦手なら別に無理して食べなくても良いぞ。それ一本でも高いんだからな。
     嫌いな人間に食わすのは勿体無い。

イチロウ 高いんですか。

家具屋 もう高いの高くないのって。もう言葉にならないな。なんて言うか「危の子」だからな。

イチロウ よし。食ってみろ。

ユウタ え!? 俺!?

イチロウ ここまで来たら食うしかないだろ。

ユウタ イチロウ兄さんは?

イチロウ 俺も食べるよ。うん。お前が食べた後。

ユウタ 先に食べてよ。

イチロウ こういうときは部下が率先して先に食べる物だろう!?

ユウタ 危ない物から年下を守るのは年長者の務めだろう!?

イチロウ 何を言う。美味いものを先に食べさせてやろうという優しい従兄弟の思いやりじゃないか。

ユウタ いやいや。年功序列をわきまえてますから。

イチロウ 部長命令だ。食え。

ユウタ 結局俺が貧乏クジ引くんだもんなぁ。


    と、ユウタは思いきってキノコを食べる。美味い。


ユウタ あ、美味しい!

イチロウ なに! じゃあ、俺も。


    と、イチロウはユウタからキノコを取り上げると、食べる。


イチロウ うん。なかなかいけるな。


    と、ユウタに痙攣が起こり始める。


家具屋 だろう?

ユウタ あれ?(とか、なんとか。)

イチロウ ええ。しかし、こんな美味しいキノコをコレまで知らないでいたとは不思議だな。なんて名前でしたっけ?

家具屋 ツケノタ・ブルミだ。

イチロウ まったく聞いた事が無い。市場に出回って無いんですかね。

家具屋 そりゃそうだ。

イチロウ 何故ですか?

家具屋 毒あるもん。

イチロウ え?

家具屋 ほら。


    と、家具屋が指した先では、ユウタが痙攣を起こした挙句に崩れ落ちる。


イチロウ ユウタ!? うっ。


    と、イチロウも、痙攣して崩れる。


家具屋 まったく、最近の若い物は人をすぐに信用するんだから。困ったもんだ。


    家具屋は笑いながらイチロウをまず引っ張って行く。
    暗転。

    暗闇の中、声。
    幼い少年達のもの。


ユウタ声 ねぇ、なんで僕を助けてくれるの?

シロウ声 何言ってるんだよ。友達だろう?

ユウタ声 ありがとう。

シロウ声 約束、忘れるなよ?

ユウタ声 約束? 約束ってなに? ねぇ、君は誰? 約束って、どんな約束をしたの? ねぇ!




マンバ声 こうして赤鬼のもとを去った青鬼は、手紙を残していました。
       その手紙には、こんなことが書かれていました。
       「赤オニクン。ボクハ、シバラク キミニハ オ目ニ カカリマセン。
       コノママ キミト ツキアイヲ ツヅケテ イケバ、ニンゲンハ、キミヲ ウタガウ コトガ ナイトモ 
       カギリマセン。ウスキミ ワルク オモワナイデモ アリマセン。ソレデハ マコトニ ツマラナイ。
       ソウ カンガエテ、ボクハ コレカラ タビニ デル コトニ シマシタ。ナガイ ナガイ タビニ ナルカモ 
       シレマセン。ケレドモ、ボクハ イツデモ キミヲ ワスレマイ。イツカ ドコカデ マタアエルカモ 
       シレマセン。サヨウナラ キミ。カラダヲ ダイジニ シテ クダサイ。ドコマデモ キミノ 友ダチ 青オニ


    マンバの語り中に明るくなる。
    そこは、鬼の村。
    マンバの周りにはイッスンとカサコがいる。
    ユウタとイチロウはのほほんと眠っている。


イッスン おしまい?

マンバ おしまい。

イッスン じゃあ、青いのは赤いのの為に働いてやったのに、なんの報酬ももらえなかったの?

マンバ これはそういうお話じゃないのよ、イッスン。

カサコ そうよ。ばっかじゃないの?

イッスン じゃあ、カサコは分かったわけ?

カサコ 当たり前でしょ?

イッスン 説明してよ。

カサコ 青いのは馬鹿。赤いのは大馬鹿でした。おしまい。

イッスン どうして馬鹿なのさ?

カサコ だって人間と鬼を仲良くさせようなんて馬鹿のやる事でしょ? 仲良くなりたいって言うのはもう、大馬鹿。

イッスン 何で仲良くなりたいって言うのが大馬鹿なの?

カサコ だって昔からあたし達は戦ってきたのよ? 今更仲良くなろうなんて無理よ無理。
     そんなのあいつら同士だって無理なんだから。

イッスン ソ連とアメリカは仲良くなったよ。

カサコ ソ連が無くなったからでしょ。日本と中国を見なさい。

イッスン 未だにだね。

カサコ 未だにでしょ。

イッスン うん。

カサコ そういうものよ。

イッスン じゃあ無理?

カサコ 無理無理。

マンバ はい。二人ともそこまで。では、このお話が言いたかった事は何か考えてみましょう。

イッスン&カサコ はい!(と、二人とも手を上げる)

マンバ じゃあ、イッスンから。

イッスン 人を見たらすぐさま倒せ。

カサコ それが無理ならすたこら逃げろ。

イッスン 油断で緩んだ奴らの顔を、

カサコ 遠い場所から狙い撃て。

イッスン 一に賢く

カサコ 二に強く

イッスン 三下泣かせの五人力。

カサコ やられた数だけ倍返し。

イッスン うちらがやらなきゃ誰がやる。

カサコ 正義と

イッスン 愛の

カサコ ニ段重ねの大進撃。

イッスン 今こそ示せ

カサコ 今こそ果たせ

イッスン&カサコ レッドデーモンズ、カモーン。


    二人ポーズ。
    と、ユウタとイチロウが一瞬起きる。


ユウタ&イチロウ アラホラサッサー。


    そして倒れる。


マンバ 相変わらず良く分からないまとめ方だけど、まぁいいでしょう。

イッスン よっしゃ。

カサコ 当然。

マンバ 歴史でも物語りでも分かるように、我々は人とうまく一緒に生きていく事が出来ません。
     コレは悲しいけれど事実です。

イッスン はい! 先生(と、手を上げる)

マンバ 話の途中ですよ。

イッスン すいません。でも、もし人間とうちらが上手く一緒に生きられないなら、

カサコ 『もし』じゃなくて、当然よ。

イッスン だったら、アイツはどうなるんですか。

カサコ (小声で)ばか。それよりウメ様だろう。

マンバ はい。その事は今度授業しましょう。

イッスン でも、

マンバ 今度、授業しましょう。

イッスン はい。

マンバ さて、では今までの人間と我々との問題を踏まえた上で、

イッスン&カサコ 踏まえた上で?

マンバ あれを、どうするかです。


    マンバはユウタとイチロウを指す。


イチロウ うーん。もう、食べられないぞ。


    と、良いながらイチロウはユウタを殴り転がる。


ユウタ イチロウ兄さん、ここはバーミヤンじゃないって言ったじゃん。


    と、ユウタはイチロウと一緒にゴロリとなっている。


イッスン あれは、

カサコ 人ですよね。

マンバ です。

イッスン オですか? それとも、メ?

マンバ それはまだわかりません。

カサコ 埋めますか?

イッスン え? それはいきなりじゃない?


    三人の鬼達の会話は無声で語られる。
    その隙にイチロウがユウタをこずく。


ユウタ うーん。だから、ドリンクバーは無いんだって。

イチロウ 起きろ。ユウタ。起きろって。

ユウタ ステーキの厚さに文句言っちゃ駄目だよ〜。

イチロウ (小声だが強く)起きろ!

ユウタ ……イチロウ兄さん?

イチロウ 起きたか。

ユウタ ここは?

イチロウ し! 静かにしろ。なんか、大変な事になっているぞ。

ユウタ 大変なこと?

イチロウ なんだかよくわからないが、こっそりあっちを見てみろ。

ユウタ あっち?


    ユウタが鬼達を見る。
    そして、イチロウを見る。


ユウタ なにあれ?

イチロウ 知らん。いつの間にか変なコスプレ集団にさらわれてしまったらしい。

ユウタ らしいって。イチロウ兄さん、

イチロウ 部長。

ユウタ 部長、だから言ったじゃんか。帰ろうって。

イチロウ まだ危ない連中か分からないだろう。

ユウタ 危ない連中じゃないわけ無いだろう!

イチロウ シー!

マンバ おや? 人間。目を覚ましたようね。


    イチロウとユウタは顔を見合わせると盛大に寝たふりをする。


イチロウ ううん。寝てるよ〜まだ〜。

ユウタ うーん。もう、熟睡だよね〜。

マンバ なんだまだ寝ているのかってそんなわけあるか! 起きろ人間。

イチロウ ぐー。

カサコ このまま埋めましょうよやっぱり。

マンバ そうしますか。

イチロウ いや、普通に起きました。いやぁ。すがすがしい朝だなぁ。なぁ、ほら、起きろ。

ユウタ よく寝たねぇ部長。

イチロウ うん良く寝た。……それで、ここはどこでしょう?

イッスン 鬼の里だよ。ここに人間が来るのは久しぶり、ねぇ、マンバ。

マンバ そうね。何十年ぶりかしらね。

カサコ だから埋めようよ早く。

イチロウ ストップ。え? 話が見えないんですけど。

カサコ バカだ。

マンバ (諌めるように)カサコ。(イッスンに)説明してあげて。

イッスン だから、ここは鬼の里。鬼しかいないのよ。で、あんたらは、人間でしょう?

イチロウ 鬼? 何言ってるんだ?

ユウタ にい……部長、あれ、頭。

イチロウ ……(角を見て)変なアクセサリーだな。

カサコ 埋めよう。

マンバ カサコ。ウメ様を呼んできて。

カサコ はいはい。


    カサコが去る。


イチロウ なんだよ。あ、ドッキリか。

マンバ 人間には分かりづらいのは仕方ないと思うけど。そろそろ自分達の立場を理解して欲しいものね。

イチロウ 立場?

マンバ あなた達は鬼の住処に踏み入ったの。人間と鬼は相互不可侵。破るものは埋めるのが鬼のおきて。

イチロウ 埋めるって……

ユウタ 殺すって事?

イッスン まぁ、時と場合によっては。でしょう?

マンバ そう。すべてはウメさまの判断しだい。

イチロウ あんた達は、その、鬼、なのか? つまり?

イッスン うん。

イチロウ うっわぁ。えらいもの見つけちゃったよ。なぁ、本物の鬼かぁ。へぇ。

ユウタ 部長!

イチロウ なんだよ。

ユウタ そんな落ち着いている場合じゃないでしょう。殺されるかもしれないんだよ?

イチロウ あ、そうだっけ?

ユウタ そうだっけじゃないよ。

イチロウ まぁ、でも、どうなるか分からないんだからなぁ。今は落ち着いているしかないよな。

ユウタ そんな……

カサコ ウメ様、ご到着。




    怪しげな音楽と共にウメが現れる。
    その後ろにシバ。
    二人は姉妹のようだ。
    カサコ、マンバ、イッスンは皆膝をつく。


ウメ ……人間と言うのは、こいつら?

マンバ は。村付近を歩いているところを親父殿が見つけられたとか。

ウメ そうか。

イチロウ あの親父、こいつらの仲間だったのか……

ユウタ じゃあ、アレも鬼だったの?

ウメ 人間。

イチロウ え? あ、はい。

ウメ お前達に問う。答えによっては埋める。

イチロウ げ。

ウメ お前達は、おか?それともめか?

イチロウ おかめ?

ユウタ 納豆はどっちかって言うと、おかめよりも金の小粒かな。

ウメ おか、めか?

イチロウ なんだおって。


    と、ウメの後ろでシバが「尾」か「目」だとジェスチャーで教えている。


イチロウ (なるほどとうなづきつつ)「尾」はないなぁ。

ウメ ならば目か?

イチロウ 目ならあるけど……。

ウメ ファイナルアンサー?

イチロウ え、そこでそれが出てくるの?

ユウタ 部長。大丈夫なの?

イチロウ じゃあ、お前尾を選ぶか? どっちかは生き残るぞ。

ユウタ ……部長と同じで。

イチロウ よし。ファイナルアンサー。

ウメ ……(シバたちを向き)こやつらはメなり。客人として迎え、かの葬儀が済む翌日をもって山を下らせよ。

イッスン はい。

マンバ 仰せのままに。

カサコ ちっ。

マンバ 舌打ちしない。

カサコ まぁ、埋めないようにはします。

ウメ 身の回りのことはシバに頼みなさい。メの客人よ。人間のメはまれなこと。ごゆるりとされるがいい。イッスン。

イッスン はい?

ウメ おいで。手伝って欲しいの。

イッスン えぇ〜。もっと人間を見ていたいのに。

ウメ おいで。あとでいくらでも見ればいいでしょう?

イッスン はーい。


    言って、ウメとイッスンは去る。


シバ はい。では皆さん。この子達の世話は私に任せて。皆さんも準備に戻って。マンバ。

マンバ はい。

シバ 見張りご苦労。シロウは?

マンバ 積み石を運んでいるところかと。

カサコ 自分を埋める石を必死に探しているわけ。

シバ そう。ここに呼びなさい。

カサコ ここに?

マンバ 客間が穢れます。

シバ 構いません。人選びの儀のためです。

マンバ は?

カサコ もしかして、人間を?

シバ メには共通して権利があります。そして、義務も。

カサコ 時間の無駄だと思うけど。

シバ それは客人とシロウが決めること。

マンバ かしこまりました。

カサコ やさしいなぁ。シバ様は。

マンバ カサコ。

カサコ はいはい。それでは。


    マンバとカサコが去る。




イチロウ えーっと。

ユウタ とりあえず、助かったのかな?

シバ とりあえず、そうです。

イチロウ あの、いったいあなたは?

シバ ご挨拶が遅れました。私は、シバ。この鬼の里の長の妹です。

イチロウ あ、これはご丁寧に。俺はイチロウといいます。

ユウタ 俺はユウタです。

シバ イチロウに、ユウタ。……それでは、この里ではイチに、ユウと名乗ってください。

イチロウ え? いや、別にかまいませんけど。

ユウタ どうして??

シバ 見たところお二人とも人間で言えば成人をされた後と見受けられます。

イチロウ 確かにそうですが……。

ユウタ 俺はまだ(20じゃないけど)

シバ この里では成人を超えたオは、埋められるが掟。ただし、成人前に儀式を通過していなければ、ですが。

イチロウ オは?

シバ そう。

イチロウ じゃあ、メは?

シバ メが望むのであればオと儀式を行う権利があるほか、一切の制限はございません。

イチロウ あっぶねぇ。じゃあ、メって言っておいて正解だったんだ。

ユウタ 二分の一とか言って俺がオを選んでいたら死んでたんじゃん。

シバ そうですね。

イチロウ その、オとか、メっていうのはなんなんですか?

シバ 分かりませんか?

イチロウ 全然。

シバ 私もメです。というより、今この里にはあなたがたとシロウ以外、オはいません。

イチロウ え? じゃあ、俺達はオ?

シバ 本来なら。

ユウタ (思いついた)もしかして、オとか、メっていうのは……。

シバ 人間で言う、オスかメスという意味です。

ユウタ だったら、俺達死んじゃうじゃないですか!?

シバ ですから、あなた達は今メと言うことになっているといったでしょう?

イチロウ つまり、俺達女ってことになっているってこと?

シバ そうです。


    イチロウとユウタは目を合わせる。


イチロウ いやぁ。ちょっと無理あるんじゃない? それ。

シバ 運のいいことに今、里には人間のメを知っているものはいません。
    あなた方のようなメもいるのだと言えば疑うものもいないでしょう。

ユウタ 疑うと思うけど、普通。

イチロウ でも、なんで助けてくれるんですか?

シバ ……無益な殺生は好きなところではありませんから。それに。

イチロウ それに?

マンバ シロウをつれてきました。

シバ 通しなさい。あなた達には分からないことです。

イチロウ なんだそれ?

マンバ 入れ。

シロウ うわっ




    シロウが蹴り飛ばされて入ってくる。
    マンバはその上にシロウの上着を放ると頭を下げて去っていく。
    カサコが強制的にシロウの頭を床につけさせる。
    シロウは頭を垂れる。


シバ シロウ。

シロウ はい。

シバ 人の地よりの客人です。

シロウ 人の地?

カサコ 口を挟むな。

シバ あなたが相手をしてさし上げなさい。人の地についてはあなたが一番詳しいでしょうから。

シロウ はい。

シバ 穴の準備は出来ていますか?

シロウ ……あと、三日のうちには。

シバ 自分の入る場所ですからね。少しは快適なものを作りなさい。カサコ。

カサコ はい。

シバ 客人にお茶を。私は長に寝床の許可を取ってきます。

カサコ 分かりました。

シバ シロウ。

シロウ はい。

シバ この二人はメです。

シロウ メ?


    シロウは顔を上げる。


シロウ これは……

シバ いいですか? この二人はメです。言っている意味が分かりますね?

シロウ はい。

シバ 葬儀まで無駄な血が流れるのは好みません。あなたが世話をしなさい。

シロウ はい。

シバ それでは、客人。ごゆるりと。

イチロウ おい! ちょっと。

カサコ 大丈夫だ。あんた達の茶はあたしが運んできてやるから。

イチロウ そんなこと聞いてないって。じゃなくて、おい。


    シバが去る。
    シロウはユウタに気づくとまじまじとユウタを見ている。


カサコ せっかちな奴だ。そんなにお茶が飲みたいのか。

シロウ (ユウタを見て)うそだろ。

カサコ 嘘なんかつくか。ちゃんと茶は持ってくる。

イチロウ あの、オは殺されるんじゃなかったのか?

カサコ 殺される? (と、シロウを見る)ああ。なんだ、そんなことか(笑)人間はおかしなことを気にするんだな。
     自分が死ぬわけでもないのに。

イチロウ いや、なんというか。

ユウタ 他人事とは思えなくて。

カサコ そういえば。よく似ている。お前達も、オにそっくりだ。

イチロウ (ユウタを叩き)じゃなくて、親戚に、似たような顔がいたんだよ。な。

ユウタ うん。

カサコ ふうん。おしえてやれよ、シロウ。

シロウ ……(ユウタを見たまま)俺は儀式をしないまま三日後に20になる。
     だから、今自分が死ぬための穴を掘っている。

カサコ そういうことだ。この里のメは誰もこいつを助けたいと思わない。
     シバ様が言っていた葬儀とは、こいつの埋葬の儀のことだ。

ユウタ どういうこと?

カサコ 儀式にはメの協力が必要。でも、誰もこいつを助けない。だから死ぬ。
     客人。茶を持ってくるまでおとなしくしていろよ。


    カサコが去る。





ユウタ 自分の埋まる穴って……。

シロウ 言葉どおりだよ。まぁ、仕方ないさ。俺は嫌われ者だから。

イチロウ たった一人のオだからか?

シロウ いや。里に来たのが遅かったからな。俺は純粋な鬼ってわけじゃないんだ。……なんだその顔。

イチロウ 鬼に純粋も何もあるのか。

シロウ あるさ。で、あんた達は何でここに? なんだよ、硬くなるなよ。フレンドリーに行こうぜ。

イチロウ もうすぐ死ぬ人間にフレンドリーって笑顔で言われてもな……。

シロウ おいおい。だからこそ明るくしたいんじゃないか。とりあえず俺の名前はさっきから出てたからわかるだろう?
     シロウ。シロウだ。(と、ユウタを見る)

イチロウ イチ。そう呼ぶようにってさ。

シロウ ああ。シバさまの計らいだろう? ……あんたは?

ユウタ ユウ。

シロウ ユウか。そっか。やっぱり。

ユウタ やっぱり?

シロウ それで、あんた達なんでここに?

ユウタ 川を探していたんだ。

シロウ 川?

イチロウ そう。我ら「丸危川釣り部」春の合宿で隠れた川を探しに来てたのさ。

ユウタ シャケが取れるんだって。部長が信じちゃって。

シロウ ああ、取れるよな。

ユウタ 取れるの!?

イチロウ 嘘だろう!?

ユウタ ……ちょっと待て。なんで、部長が驚くの?

イチロウ いや、それはあれだ。

ユウタ もしかして、自分で言っておいて信じてなかったとか?

イチロウ ってか、信じるわけないだろう! ここ、関東内だぞ!

ユウタ そんな堂々と逆切れするな!


    ユウタがイチロウに襲い掛かる。
    イチロウが思わず逃げる。
    ユウタが追いかける。シロウもその後を追いかける。




    反対側からイッスンとツルコが現れる。

イッスン ほら、ツルコ様。この草はどうですか? 食べられますか?

ツルコ うーん。さすがに食べられても、トイレの近くにある草は食べたいとは思わないわ。

イッスン あ、本当だ。バッチィ(と、捨てる)

ツルコ ねぇ。イッスン。私も、その人間達に会いたいんだけど。

イッスン 知ってますよ〜だから、早く人間に会えるようにお手伝いしているんじゃないですか。

ツルコ さっきから邪魔しているようにしか思えないんだけど。だいいち、私の仕事は、

イッスン 裏の林で足りなくなった薬草の調達ですよね。分かってますよ! 任せてください。

ツルコ だから、林に行くにはそっちからだと遠回りなんだけど。

イッスン 大丈夫。私が道案内しますから。

ツルコ そうじゃなくて……もしかして、誰かに頼まれたの?

イッスン ナニヲデスカ?

ツルコ 私が、人間と会わないようにって。

イッスン ソンナコトナイデスヨ。全然ナイデス。

ツルコ 表から回れば客屋を覗けるのにこんな回り道させて……ということは、チラッと見るのもアウトなわけね?

イッスン やだなぁ。そんなわけないじゃないですか。もう、ツルコ様ったらうたぐり深いんだから。

ツルコ 確か、その客人はメなのよね?

イッスン そうですよ。

ツルコ ふーん。……ねぇ、イッスン。

イッスン 駄目です。

ツルコ まだ何も言ってないわよ。

イッスン どうせ、チラッとだけとか言うんでしょ。

ツルコ うん。

イッスン 駄目ですってば。

ツルコ ちょっとだけよ。

イッスン 駄目です。ウメさまに怒られちゃいますよ。


    と、言ってからイッスンは口をふさぐ。


ツルコ ふうん。ウメね。頼んだのは。やってくれるじゃない。

イッスン えっとぉ。

ツルコ イッスン。

イッスン はい。

ツルコ あんた、私と、ウメと、どっちがえらいと思ってるの?

イッスン それは……

ツルコ どっち?

イッスン それはツルコさまですよ〜。

ツルコ なんで?

イッスン なんていったって、この里の食べ物の調理を任され、規律を守る裁判官をも任されているのは
      ツルコ様ですから。食と司法を握るものが一番えらい、なんて。エヘヘ。

ツルコ よろしい。じゃあ、行きましょう。

イッスン どこへですか?

ツルコ その客人のところへよ。


    と、そこへ家具屋がやってくる。


家具屋 これはこれは。ツルコ様。こんなところで何をしているんですか?

ツルコ ケンゾウ。

家具屋 イッスン、ウメが呼んでいたぞ。

イッスン え? あ、はい。

家具屋 早く行ったほうがいいんじゃないか?

イッスン です。あ、でも……

ツルコ 急な用かもしれないでしょう。早く行きなさい。

イッスン はい!


    イッスンが去る。


ツルコ 相変わらずこずるいわね。

家具屋 なんのことでしょうか。

ツルコ なにをたくらんでいるの?

家具屋 たくらんでいるなんてとんでもない。今日はほら、美味そうなシャケが取れましたので届けにきたのですよ。

ツルコ 頼んだのはウメ?

家具屋 あいつが俺に頭を下げたりしないって事は、ツルコ様が一番よく知っていることでしょう。

ツルコ それとも、あんた自身の考えかしら?

家具屋 さあさあ、林に行くのなら俺がお守りしましょう。熊でも出たら困りますからね。

ツルコ まさか、今さらになって肉親の情とでも言うの?

家具屋 ぬかるむ場所が多いですからね。足元にはお気をつけになってください。ささ、どうぞ。

ツルコ ……まあいいわ。どうせ後三日だものね。

家具屋 三日で出来ることなんてありませんよ。

ツルコ そうね。その通りよ。


    ツルコは去りかけ、


ツルコ でも、ケンゾウ。

家具屋 はい?

ツルコ 覚えておきなさいよ。

家具屋 なにをでしょう?

ツルコ 人の分際で鬼をたぶらかそうとしたそのときは、今度こそその身に生まれたことを後悔させてあげるから。

家具屋 そんな大それたことは出来ませんよ、

ツルコ あんたには前科があるからね。

家具屋 それは、若さゆえのという奴で。

ツルコ あなた程度が鬼に勝てると思わないことね。

家具屋 分かっております。所詮は人ですから。

ツルコ 分かっていればいいのよ。仕事に戻るわ。

家具屋 お守りします。

ツルコ 数歩下がってついてきなさい。視界に入らないように。

家具屋 はいはい。


    ツルコが去る。


家具屋 所詮は人。それでも、所詮は親ですから。


    家具屋が去る。
    夕暮れを形作った日の光はやがて夜となる。
    そして、イチロウとユウタが現れる。




イチロウ いやぁ。食べた食べた。ここの食事はおいしいなぁ。まさかこんなうまい晩飯が食えるとは思わなかったぞ。

ユウタ 始めはおっかなびっくり食べていたくせに。

イチロウ 人間って言うのは適応能力がすごいんだよ。

ユウタ すごすぎ。

イチロウ まぁ、死なないって分かったんだから、あとはいかにこの生活を楽しむかだろう?

ユウタ 満喫しすぎだと思うけど。

イチロウ そうか? にしても、山の中だって言うのに食うものいっぱいあったな。

ユウタ シャケもあったしね。

イチロウ ああ。あった。でも、もういいやシャケは。しばらく見たくもない。

ユウタ 釣りたかったんじゃないの?

イチロウ いや、だがそのシャケのせいで、こんな命がなくなるかもしれないという経験をさせられたかと思うとなぁ。
      こう、恨みばかりが沸いてくるじゃないか。

ユウタ そこでシャケをうらめるあたりがイチ……部長らしいよ。

イチロウ じゃあだれを恨めって言うんだ?

ユウタ もういい。


    と、シロウがやってくる。
    軽く肩を回すか揉むかしている。


シロウ 布団は奥に敷いておいたから。

イチロウ 何から何まで世話になるね。

シロウ 長のいうことだからな。

ユウタ 肩、どうかしたの?

シロウ いや。まぁ、一日石を運んでたから。さ。

ユウタ 自分を埋める為の?

シロウ まあね。

イチロウ ひどいことするなぁ鬼って奴は。自分の墓を自分で作らせるんだからな。

シロウ だけどおかげで広さも自分で決められる。なかなか広いぞ。俺の墓は。

イチロウ そんなもんかね。

ユウタ おかしいよ。そんなの。

シロウ 何が?

ユウタ 埋められるなんて。

シロウ しきたりだからな。

ユウタ そんなしきたり……(変だよ)


    と、イッスンがやってくる。


イッスン あ、シロウ! サボってるな!

シロウ ち。うるさいのに見つかった。

イッスン うるさいのって誰のことよ?

シロウ お前以外に誰がいるんだ?

イッスン 猫とか?

シロウ 猫いないだろうここに。

イッスン 夜になると時々鳴くよ。わぉーーんって。

シロウ ばか、そりゃ狼だ。

イッスン 馬鹿じゃないの? 狼なんてもうこの辺にはいないんだよぉ。

イチロウ だからって猫じゃないだろうそれは。

イッスン わぉーんって鳴く猫がいないって誰が決めたの?

イチロウ 誰も決めちゃあいないが。

シロウ それより何のようだよ?

イッスン 用がなきゃ来ちゃいけないわけ?

シロウ そんなこと言ってないだろ。

イッスン 今日はずっと石運んでいるか人間の相手してばかりじゃん。

シロウ 仕方ないだろ。長に頼まれたんだから。

イッスン 人間がメだからって、ゴマすってるだけじゃないの〜。

シロウ 馬鹿かお前は。第一こいつらに頼んだって……(「無駄だろう」と言いかけて辞めた)

イッスン 「頼んだって」なによ。

シロウ お前には関係ない。

イッスン なにそれ。秘密ってやつ?シロウのくせに生意気〜。

シロウ なんだ「シロウのくせにって」俺はのび太くんか。

イッスン だれそれ?

シロウ ……こういう時、鬼の里にいるんだって思い知るよ。

イチロウ いやぁ。その例えのほうが問題だと思うけどな。

ユウタ 分かるけどね。なんとなく。

イッスン なにさ。人間とばっかり仲良くなって。シロウの馬鹿。

シロウ なんでだよ。

イッスン バカバカカバ!

シロウ お前な。カバは案外頭いいんだぞ。

イッスン お前なんてとっとと埋まっちゃえばいいんだ!


    イッスンは駆け去る。


シロウ なんだあいつ。

イチロウ なんか、青春の一ページだよな。

シロウ はぁ?

イチロウ さぁ。寝るかぁ。どうせテレビもないんだろう? ここ。

シロウ 電波が無いからね。寝床まで案内するよ。

イチロウ ○○見たかったなぁ。俺、アレ見ないと寝られないんだよなぁ。

シロウ なにそれ?

イチロウ いやぁ。最近ハマっているドラマなんだけどね。


    と、イチロウは言いながら歩いていく。


シロウ お前も。来なよ。

ユウタ うん。……ねぇ。

シロウ なんだ?

ユウタ なんでもない。


    シロウは首を傾げるが、そのまま歩いていく。


ユウタ 死ぬために生きている。それはどんな気持ちだろう。考えただけで俺なんか震えてくるのに。
     平気な顔で笑っていられるのがどうしてもわからなかった。俺なんかに出来ることなんて一つもないのに。
     なぜか頭の中に浮かんできたのは小さいころ俺を助けてくれたヒーローの姿で。
     今ここに彼がいたたらどうしただろう。考えながら、考えることしか出来ずに、いつの間にか夜は明けた。


    溶暗。
    音楽。




    次の日らしい。
    舞台前面に明りがつく。
    シロウが石を運んでいる。
    その後ろをイッスンがついてくる。


イッスン (楽しそうに)ういしょ。

シロウ ういしょ。

イッスン こらしょ。

シロウ こらしょ。

イッスン どっこいしょ。ほら、あと少しだ。よし、がんばるぞ!

シロウ おいイッスン。

イッスン なに?

シロウ お前、いつまで俺についてくるつもりだ?

イッスン ついてくるって、手伝ってやってるんじゃないのさ。

シロウ いらない。

イッスン 照れなくてもいいよ。

シロウ 照れてない。第一なんの役にもたってないだろ。

イッスン ひどい! 一生懸命応援してあげてるのに。

シロウ 応援してたのか。馬鹿にされてるのかと思った。

イッスン ひねくれてるんだよ。シロウは。

シロウ いいから俺にかまうなよ。

イッスン なんでそう冷たくするかなぁ。昨日は人間のメの前であんなにニヤニヤしてたくせに。

シロウ ニヤニヤって……いきなり気持ち悪いこと言うなよ! 想像しちゃっただろ!

イッスン 何を想像したのよ!

シロウ 何でお前が怒るんだよ!

イッスン 馬鹿。

シロウ またそれか。

イッスン そんなに人間のメがいいの?

シロウ はぁ!?


    と、そこにツルコがやってくる。


ツルコ その話、私もゆっくり聞きたいわね。

シロウ ツルコさま。

イッスン おはようございます。

ツルコ (イッスンに)客人はそんなにいいメなの?

シロウ いや、それは、その、なんていうか。

ツルコ (シロウ)しゃべるな。空気が汚れる。

シロウ はい。

ツルコ 人間だろうとメが来て嬉しいんだろうね? お前は。生きながらえるチャンスかもしれないんだから。

シロウ ……。

イッスン ツルコ様。別にシロウは

ツルコ いいのよイッスン。こんな奴をかばうことはないの。だろう? シロウ。……返事は?

シロウ はい。その通りです。ツルコ様。

イッスン 私、失礼します。


    イッスンは駆け去る。


ツルコ いいかいシロウ。お前はもうすぐ死ぬの。それが定め。

シロウ はい。わかっています。

ツルコ 分かってないだろう! ……分かってないんだよお前は。返事は?

シロウ はい。その通りです。ツルコ様。

ツルコ お前が死ぬことで、私の恨みはやっと晴らされるんだ。

シロウ はい。


ツルコ 無駄にしゃべるんじゃないよ! 空気が穢れると言ったろう? ……後二日だね? シロウ。
     人間のメとかいうのに、命乞いをしたのかい?(シロウが首を振ったのを見て)
     そんなことをしても無駄だものね。それはお前が一番良く知っているだろう? 
     ……だいいち、本当に、その二人はメなしら?

シロウ それは……


    と、イッスンにつれられてシバがやってくる。


シバ ツルコ様。

ツルコ 早かったわね。やはり呼んでたの。


    イッスンが顔を背ける。


シバ シロウにはやらなければならない仕事がありますので、このへんで。

ツルコ はいはい。分かっていますよ。シロウ。せいぜい自分の墓を立派なものにしなさいね。


    ツルコが去っていく。


シバ 大丈夫ですか? シロウ。

シロウ はい。ありがとうございます。

シバ 気にしないように。当たるところがなくて荒れているだけだから。

シロウ 分かっています。

イッスン シロウが悪いのよ。

シバ イッスン?

イッスン シロウが人間のメなんかにニヤニヤしてるから。

シロウ だからお前その表現はおかしいだろ!?

イッスン あの人間が来てからツルコ様変にいらいらしているし。
      こんなんだったら、さっさと、カサコが言ったみたいに埋めとけばよかった。

シロウ イッスン! ……それ以上その話はするな。(シバに)仕事に戻ります。

シバ ええ。そうしなさい。途中まで一緒に行きましょう。

シロウ はい。


    シバとシロウが去る。


イッスン なによ。怒鳴ることないじゃない。……馬鹿! シロウの馬鹿カバ!


    と、舞台奥に明りがつく。
    そこにはイチロウとユウタがいる。


イチロウ なんか、修羅場だったな。

ユウタ イチロウ兄さん、

イチロウ ばか、ここではイチだろう。

ユウタ イチ……もう、部長でいいよ。部長!

イチロウ なんだよ。

ユウタ 覗きは良くないよ。

イチロウ そんな着替えでも覗いているような言い方するなよ。変態みたいじゃないか。

ユウタ 変態じゃん。

イチロウ 言い切るな! ほら、あっち見てみ。また運んでるよ石。重そうだなぁ。

ユウタ 可哀想じゃんか。

イチロウ 何が?

ユウタ 見ているだけしか出来ないのに。

イチロウ だから見ているんだろう?

ユウタ 野次馬みたいで嫌だよ。

イチロウ 似ているからか?

ユウタ なにに?

イチロウ お前を見てた奴らと。

ユウタ なんのことだよ。

イチロウ お前がいじめられたときに、ただ見てただけの奴らとさ。

ユウタ 関係ないよ。

イチロウ そうか。

ユウタ ただ、嫌なんだよ。

イチロウ だって、見ていることしか出来ないだろ。俺達。

ユウタ うん。

イチロウ だったら、見ているしかないんじゃないか? 俺達には関係ない世界なんだからさ。

ユウタ そうだよね。

イチロウ そうだよ。

ユウタ うん。


    舞台前面に明りがつく。
    まだイッスンはそこにいた。
    うつむくその肩を、ツルコが叩く。
    ツルコの声は甘く、優しい。


ツルコ どうしたの?

イッスン なんでもないです。

ツルコ シロウに嫌われたのが悲しい?

イッスン 別に、嫌われたわけじゃないですよ。

ツルコ お前も困った子ね。

イッスン どうして、シロウに辛く当たるんですか?

ツルコ どうして? ……それはね、人間のメをやつが庇っているからよ。

イッスン 本当に?

ツルコ そう。私はそれが許せないの。あなたもそうでしょう?

イッスン はい。

ツルコ だったら、私に協力して頂戴。

イッスン 協力?

ツルコ 簡単なことよ。


    と、カサコが現れる。


カサコ イッスン!

イッスン カサコ。

カサコ ウメさまが呼んでいる。すぐ来いって。

イッスン でも……

ツルコ 行きなさい。あとで、ゆっくりとね。

イッスン はい。


    イッスンが去る。


カサコ あいつが純粋なのは分かってますよね?

ツルコ 何の話かしら。

カサコ お願いですから、変なことに利用するのはやめてください。


    カサコは頭を下げて去る。


ツルコ なんのことかしら?


    ツルコは含み笑いをしながら去っていく。
    舞台前面の照明が落ちる。
 

10

   そして、舞台の明りがつく。
    その日の夜である。


イチロウ いやぁ。食べた食べた。ここの食事はおいしいなぁ。まさかこんなうまい晩飯が食えるとは思わなかったぞ。

ユウタ 昨日とおんなじこと言ってるよ。

イチロウ 人間って言うのは繰り返し能力がすごいんだよ。

ユウタ すごすぎ。

イチロウ いやぁ。今日はぼんやりして一日過ぎちゃったけど、まあまあ満喫できたよな?

ユウタ 満喫しすぎだと思うけど。

イチロウ そうか? にしても、山の中だって言うのに食うものいっぱいあったな。

ユウタ ねぇ、もしかしてかなりなじんでる?

イチロウ なじんでるか?

ユウタ 昨日まで埋められるかもしれなかった人には見えないよ。

イチロウ それはお前も同じだろ?

ユウタ それはそうだけどさぁ。


    と、突然声が響く。


ウメ シロウ! 客人に布団はお出ししたの?

シロウ いえ。

ウメ 何をやっているの! この愚図は!


    と、蹴り飛ばされるようにシロウがやってくる。
    ウメはそのままシロウを再び蹴飛ばす。


シロウ 申し訳ありません

ウメ いいかいシロウ? もうじき死ぬあんたが今生きているのは、単に客人のためだと思いなさい。
   そうすれば忘れるなんて事もなくなるでしょう?

シロウ はい。

ウメ 返事はしっかりとする!

    と、シバがやってくる。

シバ 姉さま。

ウメ なに?

シバ それ以上はお許しください。

ウメ 誰か気にするものでもいたの?

シバ 誰の目も気にしておりません。哀れなだけです。

ウメ ふん。シロウ。

シロウ はい。

ウメ 残りわずかな日々を、せいぜい楽しんで生きなさい。


    ウメが去る。


シバ シロウ。大丈夫ですか?

シロウ はい。ありがとうございます。

シバ 分かってあげてね。

シロウ はい。分かっています。


    シバはうなずくと去っていく。


イチロウ えっと、

ユウタ 大丈夫?

シロウ ああ。うん。大丈夫だ。

イチロウ どこの世界もあるんだな、いじめって。

ユウタ イチロウ兄さん!

イチロウ だって、明らかに今のそうだろう?

シロウ いじめ、か。まぁ、そう見えなくもないな。

イチロウ 朝石運ばされて、夜はいびられて。大変だねぇ。

ユウタ ずっとなの? その、あんなのが。

シロウ 言っただろう? 俺は里に来たのが遅かったって。だから、ずっとってわけじゃないさ。

ユウタ でも、辛いだろう? 分かるよ。

シロウ 分かる?

イチロウ こいつも、前いじめられたことがあるんだよ。な。

ユウタ 昔の話だよ。

イチロウ まぁ、鬼のいじめとくらべてどんなかは分からないけどな。な?

ユウタ うん。きっと僕のよりもずっと(大変だと思うし)

シロウ いや、人間のいじめのほうが辛いさ。

ユウタ え?

シロウ 分かる。俺はよく分かるんだ。


    シロウが立って遠くを見る。
    ユウタもつられて遠くを見て、


ユウタ そのとき、僕は一瞬どこかで彼を見たような気がした。どこだったのか思い出せないけど、
     たぶんきっとそれは僕にとってはなじみの深い場所のはずで。
     考えれば考えるほど暖かかったような気がして、それなのに思い出せなくて。気がつくと彼は

シロウ じゃあ、俺寝るから。

ユウタ 僕に背を向けて外へ出て行ってしまった。その背中を僕は、どこかで見た。きっと、どこかで見たはずなのに。
     追いかけたいと願う足は動かなくて、僕はただ不器用に「お休み」と呟いていた。


同時に
ユウタ そして僕はその日夢を見た。
シロウ そして俺はその日夢を見た。

ユウタ&シロウ それはまるで物語のような夢だった。人には語れそうもないありもしない夢物語。
          鮮やかなのに、はかなくて、手の届きそうな場所にあるのに届かない。置き忘れた記憶の断片。
          そんな、夢。

イチロウ 当然だが俺はそんな夢をまったく見ることなく、完全に熟睡していた。眠る瞬間、ふと思った。あ、そうか。
      もう明後日にはあの男は死んでいるのか。


    暗転。
    


11

    そこは夕方の公園。
    ユウタが一人でいる。


ユウタ ここは?


    すると、帽子を被ったシロウが口笛を吹きながらやってくる。


ユウタ シロウ君?

シロウ ユウタ!?(と、あわてて後ろを向く)なんで、お前がここにいるんだよ!?

ユウタ ここって? ……ここは……うちの近所の公園だ。

シロウ おかしいな。これ、俺の夢だよな。

ユウタ シロウ君はなんでここに?

シロウ 俺は、その、散歩だよ。深く考えるな。

ユウタ その帽子……

シロウ あ? これ? いや、なんでもないんだ。これは。ただの帽子。うん。

ユウタ 昔、それと同じ帽子を被っていた人がいたんだ。

シロウ ……それって、友人か?

ユウタ だったのかな。わからない。もう、覚えてないんだ。名前も、顔も。

シロウ そうか。

ユウタ 一番大切な友達だったはずなのに。酷いよね。

シロウ 仕方ないさ。人間は忘れる生き物だからな。

ユウタ 鬼は違うの?

シロウ 鬼は忘れたりはしない。

ユウタ だったら、俺、鬼になればよかった。

シロウ ばか、何言ってるんだよ。

ユウタ そうしたら、忘れないで済んだのに。

シロウ 鬼になったって、何もいいことなんてないって。

ユウタ だけど忘れないんだろう? 俺は忘れたくなかったんだ。ずっと、ずっと覚えているって約束したんだ。
     なのに、一つだって……顔だって思い出せない。ヒーローだったのに。
     俺にとって、あいつは俺なんかを助けてくれた親友だったのに……。

シロウ それだけ思われているなら、そいつも幸せだよ。きっと。忘れちゃっていたとしてもさ。
     その忘れたことを覚えているなら。幸せだ。……ヒーローね。そっか。ヒーローか。

ユウタ ヒーローみたいだったんだ。その帽子をいつも深く被ってて。得意そうに鼻をこすって。
     まかせろって、笑って。俺には何にも出来なかったから。俺のために、何でもやってくれてたんだ。


    シロウは帽子を取る。


シロウ 何も出来なかったわけじゃないだろう?

ユウタ 俺は何もしてないよ。

シロウ そいつにとっては、きっとすごいことをしてたのかもしれないよ。お前。


    そして、シロウは帽子をユウタにかぶせる。


ユウタ え?

シロウ やる。

ユウタ やるって。夢の中なんだよ?

シロウ だけど、やる。ヒーローが被ってたのと同じなんだろう?

ユウタ そうだけど。

シロウ だったら、そいつを被ってたら、今度はお前がヒーローになれるはずじゃんか。

ユウタ 俺には何も出来ないよ。

シロウ 出来るさ。何だって。まだまだ時間はあるんだから。


    シロウは言って、去ってしまう。


ユウタ シロウ君!? シロウ! 待って……待って……


    言いながらユウタは徐々に前のめりになり、寝てしまう。
    そのまま明転。
    朝を迎える。


12

    イチロウがやってくる。

イチロウ おい、朝だぞ。って。誰だ!? ……なんだよ、ユウタか。脅かすなよ。なんだこの帽子?

ユウタ ……ここは?

イチロウ ここはもなにもいつもの客屋だよ。寝ぼけてるのか?

ユウタ ? シロウ君は?

イチロウ さぁ。また穴掘ってるんじゃないか?

ユウタ (と、帽子に気づく)これは!?

イチロウ いや、被ったまま寝てたぞ?

ユウタ ヒーローの帽子だ。

イチロウ はぁ?

ユウタ 何か、出来ることがあるんだ。俺も。……そうだ、シロウ。

イチロウ 何言ってるんだお前?

ユウタ 言ってたよね? 儀式を行うにはメが必要だって。

イチロウ ? ああ。言ってたな。シロウは嫌われているから無理なんだろう?

ユウタ そう。でも、いればいいんだ。一人でも。

イチロウ ユウ?

ユウタ イチロウ兄さん!

イチロウ バカ。お前大きな声で何言ってるんだ!

ユウタ ごめん。部長!

イチロウ なんだ?

ユウタ ウメさんは?

イチロウ え? 明日の準備だろう? なんか穴が掘りあがりそうだから、色々と用意するものがあるらしいぞ。

ユウタ そうか。行って来る!

イチロウ おい! どこにだよ!

ユウタ (帽子を被る)ヒーローになりに。


    ユウタが走り去る。


イチロウ 何言ってるんだ? あいつ。


    と、マンバとカサコが現れる。


マンバ 本当、何を言っているんでしょうね。

イチロウ あ、おはようございます。

マンバ おはよう。カサコ。

カサコ 早く済ませなよ。


    カサコが去る。


イチロウ いったい?

マンバ 見張りです。先ほどのように声を荒立てて会話をするのは感心しません。筒抜けですよ。

イチロウ じゃあ……

マンバ 大丈夫。私達は別に人が死ぬのを見て楽しいとは思いません。

イチロウ よかったぁ。

マンバ ただ、早くこの里を出たほうがいいと思います。

イチロウ そりゃ出たいけど……

マンバ 古株が、怪しげな動きをしています。皆気をつけて会わせないようにはしていますが、
     そろそろごまかせなくなってくるでしょう。

イチロウ もしごまかせなかったら?

マンバ 頭の悪い発言はしないでください。

イチロウ 死ぬって事ね?

マンバ ケンゾウさんに迎えに来させます。夜のうちに里を出てください。

イチロウ でも、それじゃあ初めの話と……。

マンバ 状況は常に変わるのです。明日まで生きられるか分からないのに、悠長なことを言っていると、

カサコ(声) ああ、そろそろご飯食べに行かないとなぁ。

マンバ 来たか。行きましょう。とりあえずは朝食の場へ。

イチロウ 来たって誰が? ねえ。

マンバ くだらない質問です。


    マンバとイチロウが去る。
    その逆方向からツルコとカサコがやってくる。


カサコ ほら。だから言ったでしょう? 誰もいませんよ。

ツルコ あら残念。せっかく朝の挨拶をしようと思ってたのに。

カサコ 人間なんかに挨拶したってしょうがないと思いますけど。

ツルコ それは私が決めることで、あんたが決めることじゃない。そうでしょう?カサコ。

カサコ そうです。

ツルコ いい加減、会わせてくれないの? 人間のお客様に。(と、舌なめずりをしたり)

カサコ どうせ、明日には会えますよ。

ツルコ あんまり待ちすぎると私、見た瞬間に食べちゃうかもしれないわよ。

カサコ ご冗談を。


    と、イッスンがやってくる。


イッスン ご飯食べないんですか〜?

ツルコ ええ、今行くわ。客人には会えなかったけど。

イッスン あれ? 惜しかったですねぇ。

ツルコ 本当に……カサコも来るでしょう?

カサコ 私は人間を見張る仕事が(ありますので)

ツルコ 来るでしょう?

カサコ 分かりました。


    イッスンとカサコとツルコが去る。


13
    その反対方向からウメとシバがやってくる。


ウメ そんなことは出来ないと言ったでしょう?

シバ でも、このままじゃあの子は、

ウメ 定めです。

シバ ほんの数ヶ月延ばすだけじゃない。その間に他の鬼の里からメをつれてくれば、
    シロウだって生きることが出来るのよ。

ウメ この里の鬼はこの里内でメを探すのよ。

シバ シロウはこの村のものだったわけじゃないわ。

ウメ でも、この村に戻ってきた。シロウも覚悟の上のはずよ。

シバ (角をさす)こんなものを頭にはやして、覚悟も何もないでしょう!

ウメ それでも、村に戻る危険は知らせた。

シバ シロウが死ぬのが悲しくないの!?

ウメ 感傷的にならないで。私は誰?

シバ わからずやの姉。

ウメ 違うでしょう?

シバ ……この里の長。

ウメ 感情なんて、当に捨てたわ。

シバ だったら私が姉さんの分も嘆くわ。そして、姉さんの分まで怒る。

ウメ よしなさい。一人分の感情でももてあましているくせに。

シバ 私は(ただ、あんたとシロウのことを思っているだけよ)

ウメ しっ。……誰ですか?


    帽子を目深に被り、ユウタがやってくる。


ウメ シロウ……にしては、体系が太いわね。

ユウタ ぽっちゃりって言って。

シバ 客人。何のようですか?

ユウタ お願いがあってきました。

シバ お願い?

ユウタ シロウが生きられるよう、儀式を行ってください。今日。

ウメ それは無理よ。奴と儀式を行いたいと言うメはいない。

ユウタ メならいます。

ウメ どこに。

ユウタ 俺です。

ウメ その体系だと無理があると思わない?

シバ 客人、気持ちは嬉しいけどそなたは(メではないだろう)

ユウタ メということになっているんですよね? 今は。

ウメ しきたりを曲げろと?

ユウタ そうじゃないけど。……生き長らえるためにメとされているんだとしても、メはメです。
     俺は、メである権利を行使します。

シバ 客人……(ウメを見る)姉さん。

ウメ 儀式となれば隠せぬことも多く出よう。前例のなきことゆえ好奇の目も多い。
    客人がメではないとばれる危険も多くなる。もしばれたとすれば客人もシロウと共に死ぬことになるぞ。

ユウタ ……覚悟しています。

ウメ おびえているではないか。死ぬのは怖いであろう?

ユウタ 覚悟しています。

ウメ シバ。

シバ はい。

ウメ 儀式の準備を。

シバ はい!


    シバが去る。


ウメ 尋ねてよいか客人。

ユウタ はい。

ウメ なぜ見知らぬ鬼のために命を落とそうとする?

ユウタ 俺は、ヒーローにあこがれてたんです。ずっと。

ウメ なれると思ったのか? 命を捨てれば。

ユウタ 成れると思うんです。友を救えれば。

ウメ 友、か。人間にそう呼ばれることを焦がれた鬼がかつていたが。

ユウタ は?

ウメ 本来ならば儀式は三日がかりで準備するが通例。しかし時間が惜しい。儀式を行うのは今夜とする。
    客人も準備がある。参れ。

ユウタ はい。


    ユウタとウメが去る。
    その方向からイッスンがやってくる。


14

イッスン ツルコさま〜? ツルコさま〜? あっれぇ? ツルコさまぁ?


    と、とんでもないところを覗いて探していたり。
    ツルコが現れる。


ツルコ そんな場所に私はいないわよ。

イッスン ああ。ツルコ様。大変です。

ツルコ どうしたの?

イッスン 儀式をやるそうなんです。今日。

ツルコ どういうこと? 誰が儀式のメとなったの?

イッスン それが、客人なんですけどね。でも、シロウは助かるんですよ。

ツルコ 客人。まさか。


     と、そこへ家具屋が現れる。
     その後ろにはカサコ。カサコはイッスンをにらんでいる。


家具屋 おや、ツルコ様。こんなところにいらっしゃいましたか。

ツルコ ケンゾウ。図ったわね?

家具屋 図ったとは?

ツルコ 里の規律を破るのがそんなに楽しい?

家具屋 なんのことやら。この親父には分かりませんな。

ツルコ そう。……儀式をやるというのであれば、私も出席しなければならぬのが道理。準備をします。

家具屋 どうぞどうぞ。私も準備をするつもりです。

ツルコ 人間のお前は儀式に参加することなど出来ないことはわかっていよう?

家具屋 肉親以外は。でしたな。


    ツルコは思わず家具屋の胸倉を掴む。
    家具屋は反射的に銃を突きつける。


イッスン ツルコさま!

カサコ おやめください。人の血で里が穢れます

ツルコ 気をつけておけよケンゾウ。おぬしの身を守っているのは、この薄い皮一枚なのだからな。

家具屋 しかし鬼とて鉄の弾を浴びれば生きてはいられないでしょう。


    ツルコは家具屋を離す。


ツルコ 準備をします。イッスン。

イッスン はい。

カサコ イッスン。

イッスン え?

カサコ 話がある。

ツルコ カサコ。

カサコ 申し訳ありませんがツルコ様。じきに向かわせます。


    ツルコは何も言わずに去る。

家具屋 ふー。びっくりした。

カサコ 遊びすぎだ。

家具屋 申し訳ない。

カサコ あなたが死ぬのは勝手だが、あなたが死ぬことで悲しむ鬼もいる。

家具屋 いやぁ。もてる男はつらいなぁ。

カサコ たった一人だが。

家具屋 分かってるさ。

イッスン カサコ。話って?

カサコ ああ。お前、シロウが好きだな?

イッスン ナ、ナニヲイッテルノサ!!

カサコ 図星か。

イッスン ソンナワケナイヨ。誰ガアンナ男。

カサコ だから、客人を殺させようとしてたのだろう?

家具屋 なに?

イッスン ……そんなことないよ。

カサコ じゃあなんでツルコさまと一緒にいるの?

イッスン ウメ様に頼まれたんだよ。人間に合わせないようにって。

カサコ その割には朝の食事の前に会わせようとしたり、儀式を教えたり、色々していたみたいだけど。

イッスン ……それは、偶然っていう奴でござるよ。

カサコ 別にあんたを攻めるつもりはない。どうせツルコさまに客人を殺せば、
     シロウは死ななくてすむとかなんとか言われたんでしょう?

イッスン なぜそれを!

カサコ やっぱり。ツルコさまがシロウを許さないことくらい分かりそうなものなのに。

イッスン だって、約束するって言うから。

カサコ まぁいいわ。そのことは触れないから。その代わり、頼みがある。

イッスン 頼み?

カサコ おいで。準備するから。

イッスン 準備?

    カサコとイッスンは去っていく。

家具屋 おーい。って、置いてけぼりかよ。


    言いながらも、その口調はどこか楽しそう。
    と、シロウが駆けてくる。


シロウ 親父!

家具屋 バカたれ!


    走りこんできた途端に、家具屋はシロウをはたく。


シロウ いってぇ。

家具屋 不必要に呼ぶなって言ったろう。

シロウ でも、

家具屋 ただでさえ反感買ってるんだからな。無駄に増やすな。

シロウ ……ケンゾウさん。

家具屋 なんだ。

シロウ 俺、儀式を受けるらしい。

家具屋 らしいじゃない。受けるんだよ。よかったな。

シロウ でも、相手は客人だって。

家具屋 ああ。そうだな。

シロウ 無理だよ! 絶対無理だって!

家具屋 (にっこりと)やれ。

シロウ 笑顔で無茶言うな!


    と、マンバが現れる。
    両手に紐を持っている。


マンバ ここにいたか。

シロウ うっ。

家具屋 おお。マンバ追ってきたのか?

マンバ こいつの行動は理解に苦しみます。

家具屋 まぁ。馬鹿だから。

シロウ 馬鹿って言うな!

マンバ 生きられると分かってなぜ逃げる?

シロウ でも、ほら、いくら生きられるって言ってもさ。儀式でしょ? 儀式っていうとさ。

マンバ 問答無用。


    マンバはシロウをすばやく縛る。


マンバ さぁ、準備を。

シロウ おや(じ)……ケンゾウさん……

家具屋 達者でな。

マンバ それでは。失礼します。


    マンバに引きづられるようにシロウは去る。
    シバが現れる。


シバ ケンゾウさん。

家具屋 シバか。

シバ 笑っているのですか?

家具屋 嬉しくてね。いやぁ。あいつもモテるなぁ。俺に似て。

シバ この里のメは皆、天邪鬼ですから。

家具屋 まったくだ。誰かさんそっくりだな。

シバ ……うまくいくでしょうか?

家具屋 さぁ。今回は闇夜にまぎれてどうこうってわけにはいかないからな。

シバ まったくです。儀式は夜に行うそうです。

家具屋 了解した。


    シバは去りかけ


シバ 明日の明け方には客人に山を下らそうと考えています。

家具屋 それがいいだろうな。

シバ よろしくお願いします。

家具屋 承(うけたまわ)った。


    シバが去る。
    と、反対からイチロウがやってくる。


イチロウ あ、あんた!

家具屋 おう。元気してたか若者。

イチロウ 元気してたかじゃないだろ。なんてもの食わせるんだよ!

家具屋 おかげで面白いものが見れたじゃんか。

イチロウ それはそうだけど……ユウ……後輩を見なかったか?

家具屋 今儀式の準備で大わらわだ。邪魔しないほうがいいんじゃないか。

イチロウ 誰かもそんなこと言ってたな。なんなんだよ、儀式って。

家具屋 成人するオの鬼が、里にいてもいいと許されるための儀式さ。

イチロウ なにをするんだよ。だから。

家具屋 オと、メが一緒に一晩一つの小屋で過ごすのさ。

イチロウ ちょっとまて、それって……

家具屋 オとメが一緒ならすることは一つだろ?

イチロウ することは一つって……あや取りとか?

家具屋 そうそう(あやとりをして)じゃあ、あなた次ここのとって。

イチロウ (あやとりをしている)はい。

家具屋 そこじゃなくて、こっち。

イチロウ ああ。これか。

家具屋 あん。違うって。

イチロウ え? ごめん、どれ?

家具屋 そーれ。

イチロウ これかな?

家具屋 違う違う。そっち。

イチロウ これかな?

家具屋 違う違う。もーわかっててやってるでしょう?

イチロウ ばれたか。ってなんでだよ!

家具屋 自分でぼけて自分で突っ込むとは、やるな人間。

イチロウ そうじゃないだろ。でも、他にやることって?

家具屋 だから、ずばり夜の営みさ!

イチロウ え?

家具屋 男と女の永遠の課題だな!

イチロウ ……嘘だろ? これ一応小学生でも見られる健康的な舞台のはずなんだけど。

家具屋 そんなことは知らん!

イチロウ そんな無責任な! おい! ちょっと待て!


    家具屋が走り去る。


イチロウ ……やっばいよそれ。


    イチロウが走り去る。
    雰囲気が変わり、音楽が神妙に入ってくる。


15

    少し雰囲気を変えたマンバが現れる。
    マンバの後ろからやってきたのはイッスンとカサコ。
    二人の姿は先ほどと同じ。
    布を床に引いて来た方向と同じ方向へ去っていく。
    そして、少し雰囲気を変えたシロウと、
    明らかに女装をしたユウタがやってくる。


マンバ 座られよ。若人。


    シロウ・ユウタとも立ったまま。


マンバ シットダウン・プリーズ。……座れ。


    シロウとユウタがあわてて座る。


マンバ 数年来続けられてきた儀式を今ここに厳粛に行うことを宣誓す。儀式をを行うオは名を答えよ。

シロウ ……シロウ。

マンバ 儀式を行うメは名を答えよ。

ユウタ (やたら高い声で)ユウでっす。

マンバ 宣誓はなされた。これより、夜明けまでの数時間。神聖なる儀式の場とする。
     オはオゆえにオである限り雄雄しく勤めよ。メはメゆえにメである限り面倒を見よ。

ユウタ え、それなんか違う。

マンバ なにか?

ユウタ いえ、違わないですね。はい。面倒見ます。

マンバ それでは、オはこちらに、メはこちらに。


    と、マンバは二人を所定の位置につかす。
    なにやら布を綺麗に伸ばしたりしている。


ユウタ ねぇ。

シロウ なんだ。

ユウタ 儀式って何するの?

シロウ ……やっぱり、知らないで引き受けたのか。

ユウタ だって、そんな時間なかったし。

シロウ 下手したら死ぬんだぞ。

ユウタ でも、何もしなければ死ぬのは君だろう?

シロウ お人よしだな。

ユウタ うん。でも、決めたんだ。

シロウ でもな。儀式はそんな甘くないぞ。

ユウタ どんなことでもやるよ。

シロウ ……(と、ユウタに耳打ちする)だぞ。

ユウタ え? それはちょっと。

シロウ 言わんこっちゃない……。

マンバ それでは、ごゆるりと。ああ、御簾(みす)をたらすゆえ、外界のことは一切気にせぬように。
     カサコ。イッスン。

カサコ&イッスン はい。


    カサコとイッスンが御簾? を運んでくる。シロウとユウタを客席からさえぎるように置かれる。


マンバ ごゆっくり。


    マンバがカサコとイッスンに目で合図する。
    カサコがイッスンに目線を送り去る。
    イッスンは少し気にしながらも、振り切るように去る。

    音楽が怪しげに変わる。
    客席に下りた場所にイチロウが現れる。


イチロウ なんだこの音楽。……あいつ、どこだ? 間に合えよ……。


    と、ツルコが現れる。


ツルコ こんばんは。

イチロウ あ。こんばんは。あの、儀式をやっているのはどちらですか?

ツルコ あちらの間になります。

イチロウ あれか。ありがとうございます。

ツルコ いえいえ。


    イチロウが去る。


ツルコ 見たぞ、とうとう。客人の姿。長の裏切りを。どうしてくれようか……。


    ほくそえむように笑うツルコ。
    闇が辺りを包む。


16

    舞台の上に明り。
    御簾の向こうから声が聞こえる。


ユウタ あ、ちょっと、そこは駄目だって。

シロウ いいじゃんか。ちょっとくらい。

ユウタ 駄目だって。言っただろう? そこは。まだ早いって。

シロウ 大丈夫だよ。俺に任せて。

ユウタ そんなこと言って。あ、その指、

シロウ これ? これがいいの?


    と、このあたりでイチロウがやってくる。会話にぎょっとする。


ユウタ それは駄目だよ。駄目になっちゃう。

シロウ じゃあ、これは?

ユウタ うん。あ、やっぱり駄目。

シロウ ヤダ。もう、待てない。

ユウタ 待ってよ。まだ、早い。

シロウ 行くよ?

ユウタ 駄目。まって。

シロウ いく。

ユウタ 駄目。

シロウ 行くぞ。

イチロウ お前らは何をやってるか〜!


    イチロウがあわてて御簾(?)をどける。
    当然のようにユウタとシロウはあやとりをやっていた。
    シロウがユウタから取ろうとしたあやとりが崩れる。


シロウ ああ。失敗しちゃった。

ユウタ だから言ったじゃん。そっちじゃないって。

シロウ 途中までうまくいったのにな。


    イチロウは沈んでいる。


ユウタ イチロウ兄さん?

イチロウ 本当にあやとりやってるんだもんなぁ。へこむよなぁ。そりゃあ、まったく期待はしてなかったんだけどさ。
      いくら前ふりしたからってまさか本当にそんな真似に走るとは思わないじゃん。

ユウタ なに落ち込んでるの?

イチロウ 何も言うな。自分の想像力の良さに嫌悪感をいだいていただけだ。お前らこそ、何やってるんだ?

ユウタ あやとり。

イチロウ そんなのは見て分かる。

シロウ さすがに男相手の趣味は俺には無いから。

ユウタ かといって何をすることも出来ず。

シロウ 途方にくれてた。

イチロウ 途方にくれていたのか。

ユウタ どうすればいいと思う?

イチロウ どうするもなにもな。儀式ってアレなんだろう?

シロウ アレです。

イチロウ 男じゃあな。無理だよな。

シロウ さすがに。

ユウタ 無理だよね。

イチロウ うーん。何もしないまま、朝になって、「儀式終わりましたー!」って言うのはどうだろう?

シロウ それは考えていたんだけど。

イチロウ いたんだけど?

シロウ 調べられないかな?

イチロウ 何を?


    シロウは無言でユウタをさす。


シロウ メじゃないとバレたら……。

イチロウ なるほど。(と、ユウタの肩を叩き)成仏しろよ。

ユウタ なんで!?


    と、そこへカサコがやってくる。


カサコ 困っているか。人間。

イチロウ いつから?

カサコ 私は見張りだ。すべて聞こえていた。

ユウタ あやとりも?

カサコ 人間は馬鹿だ。

シロウ カサコ。

カサコ なんだ?

シロウ この人間達だけは助けてくれないか?

カサコ お前は死んでもいいと?

シロウ 俺はそのための準備をしてきた。

カサコ そうか。ならば、今埋めてやろう。

シロウ 今?

カサコ 儀式を恐れてお前は逃げたと言うことにすれば、客人に咎はない。

シロウ なるほど。その逃げた罪で俺は死ぬわけだな。

カサコ 臆病者の烙印を押されてな。

シロウ 分かった。

ユウタ 待ってください。


    ユウタがシロウを守るように前に立つ。


シロウ どけ、ユウタ。

ユウタ お願いです。彼を助けてあげてください。

カサコ 鬼の前に立ちふさがるか。死ぬぞ。客人。

ユウタ そのかわり、彼を助けてください。

カサコ お前を殺すことでこいつが助かる理由などない。

ユウタ 儀式のあとに、俺が逃げたことにすればいいでしょう。

カサコ 我々はメを殺さない。

ユウタ じゃあ、メじゃないってことがばれたってことにすれば。

カサコ それではシロウの儀式も無駄になる。

ユウタ しまった。じゃあ、えーっと、なんだ。

イチロウ 普段頭使わない奴が頭使おうとするとろくなことにならないな。

ユウタ イチロウ兄さんも、考えてよ。

イチロウ うむ。(カサコに)どんな考えがあるんですか?

ユウタ 聞いてどうするんだよ!

カサコ なぜ?

イチロウ さっきから聞いていたのにすぐに動かなかったってことは、何か考えがあってのことだろうと。

カサコ なるほど。粘りすぎたか。

ユウタ え?

シロウ カサコ?

カサコ お前は気に食わない。人間は嫌いだ。だが、私だって、むやみな殺生は好まない。
     里の者が悲しむかもしれないならなおのことだ。

シロウ どういうことだ?

カサコ 残念ながら、お前が死ぬと悲しむものが多い。イッスン。

イッスン はい。


    イッスンがユウタと同じ格好をしてやってくる。
    その後ろからマンバ。


マンバ ずいぶんのんびりじゃないですか、カサコ。

カサコ ふむ。からかっていたら遅くなった。

シロウ からかうって……。それより、その格好は?

イッスン あたしが相手じゃいや?

シロウ いやとかそういう問題じゃなくてだな。

ユウタ じゃあ、儀式を?

カサコ 客人のお陰で、天邪鬼も目を覚ましたらしい。

イッスン ふん。

マンバ 客人。急な話だが、お二人には準備をしてもらいたい。

イチロウ 準備?

ユウタ なんの?

マンバ 山を下る準備を。儀式は足りた。オであるシロウはメであるイッスンとの儀式を交わすことにより
     生きながらえるだろう。次は客人が生き延びる番。

カサコ 下山のためのしたくはあちらに整えてある。急いできがえな。

イチロウ 何で急に?

カサコ 口ごたえするな。ばれたんだ。

イチロウ ばれた?

カサコ いいから早くしろ! お前も!


    言いながらカサコはイチロウを引っ張っていく。
    ユウタは去ろうとしつつ、シロウを見る。


シロウ ありがとう。

ユウタ 元気で。

シロウ お前もな。


    ユウタはそれ以上何も言わずかけていく。


マンバ それでは、儀式を始めるとしよう。数年来続けられていた儀式を今ここに厳粛に行うことを宣誓す。
     儀式を行うオは名を答えよ。


    溶暗。


17

    またしても客席に下りたところに明りがつく。
    ウメとシバが現れる。
    

ウメ こんな夜更けになんのようですか?

シバ それが、ツルコ様が。

ウメ ツルコが?

シバ 客人は、メではないと。

ウメ ……見つかったのか。

シバ はい。

ウメ 客人は?

シバ お二方とも下る準備を。

ウメ ……そう。ならば、シロウを埋める準備を。

シバ シロウは、儀式をしております。

ウメ シロウが!? 誰と?

シバ イッスンです。


    ウメは一瞬信じられないものを見るようにシバを見た。


シバ イッスンと、今儀式をしております。

ウメ ……そうですか。シロウは、生きられるのですか。

シバ 姉さん。

ウメ それでは、客人を追いなさい。

シバ 姉さん?

ウメ オは殺すが道理。ケンゾウに頼んで追わせるように。

シバ ケンゾウに、ですか。

ウメ そう。決して山のふもとまで逃がすなと、言いつけなさい。

シバ ……目を離すことなく追いかけよと?

ウメ 人家の見えるぎりぎりまでは追うようにと。

シバ 確かに申し付かりました。

ウメ しかし、ケンゾウも最近目が悪くなってきた。そう思いませんか?

シバ はい。それはもう。年には勝てません。

ウメ 人の代わりに鹿でも捕らえてくるかも知れぬ。注意するようにと。

シバ ついでに馬も捕まえぬようと言っておきましょうか?

ウメ 馬と鹿か。なるほど。では、そのように。

シバ はい。


    シバが去る。


ウメ 聞いていたでしょう? もはやあなたが追う必要はありませんよ。


    ゆっくりとツルコが現れる。
    その姿は、昔話に出てくる山姥のよう。


ツルコ 人では人に追いつけませんよ。

ウメ だからといって、人里にてあなたが見つかればそれこそ惨事を招きます。

ツルコ 目撃者など。

ウメ 我らは人の血を見たいとは思ってません。

ツルコ 人にほれたお前が人の血を見たくないのはよく分かる。だが、この里に若きオは許されぬ。

ウメ それはあなたが作った法でしかありません。

ツルコ 出来てしまえば法は法よ。それは長であろうと守らなければ。そうでしょう?

ウメ いったいそれで誰が喜ぶと?

ツルコ すべては我ら鬼のため。

ウメ そういって作った法で鬼を殺そうとしていたあなたが、人まで手にかけるのですか?

ツルコ 誰であろうとオは許さぬ。私の大事なものをさらったもの達は。

ウメ 母上。

ツルコ その名で私を呼ぶな。お前はすでに穢れている。

ウメ 私達を許すことはないのですか?

ツルコ ない。


    ツルコは去る。


ウメ 早く。早く逃げよ人の子よ。早く……


    客席側が闇に包まれると同時に舞台に明りがつく。


17


    イチロウが現れる。そのスタイルは始めて登場したときと同じ。
    後からユウタもやってくるが、ユウタも初めとスタイルが同じ。
    ただ、帽子を被っている。


イチロウ こっちの道だって言っていたけどあってんのかねぇ?

ユウタ 待ってよイチロウ兄さん。

イチロウ 早くしろよ。つかまったりしたら死ぬって言ってたろ?

ユウタ うん。


    イチロウとユウタが去る。
    が、同じ方向から出てくる。


イチロウ いやぁ。なんていうの? よく追いついたね。

家具屋 山道で俺に勝とうなんて無理な話よ。

ユウタ どうなっちゃうのかなぁ? 俺達。


    言いながら家具屋が銃を持って現れる。
    イチロウとユウタは手を上げている。


家具屋 ばん!

イチロウ 撃たれたぁ!?


    イチロウはその場に倒れる。


ユウタ イチロウ兄さん!

家具屋 なんてな。おい。撃ってないよな。うん。撃ってない。セーフ。

イチロウ あ、撃たれてない。

ユウタ 脅かすなよ。

家具屋 ありがとうな。

ユウタ&イチロウ え?

家具屋 あいつ。救ってくれて。

ユウタ いや、俺は何にも。

家具屋 その帽子、あいつのだろう?

ユウタ うん。

家具屋 それだけは大事にしていたのにな。人間の町にいたときの思い出だって。

ユウタ じゃあ。

家具屋 大きくなったなぁ。坊や。よく話してくれてたんだぞ。あいつ。とんでもない弱虫がいるって。

ユウタ 覚えて?

家具屋 鬼には負けるけどな。人間だって、なかなか忘れないもんよ?


    と、意味もなく家具屋はユウタの頭をなでる。


ユウタ 俺、忘れて……

家具屋 いいんだよ。ガキは。昔の事なんか忘れて大きくなれば。嫌なことなんて忘れて、
      いいことだけ覚えてればいいんだ。それでいいんだよ。


    と、家具屋は二人を守るように、二人が来た道の前に立つ。


家具屋 この道をまっすぐ行けば小さな村に出る。そこまで行けば大丈夫だろう。

イチロウ ああ。

家具屋 さて。俺は俺の仕事があるな。


    家具屋の言葉に合わせるように、ツルコが表れる。


18

ツルコ 邪魔をするのか。ケンゾウ。

家具屋 いやぁ。こいつらは哀れな馬と鹿です。人間なんかじゃないんですよ、実は。

ツルコ 馬鹿ね。そんな冗談が通じると思う?

家具屋 通じなければどうしますか?

ツルコ おいで。話し合いでけりをつけようじゃないの。

家具屋 いいですねぇ。


    ツルコに誘われるように家具屋は袖に。
    やたらめったら戦っている音が入る。
    家具屋がやられて戻ってくる。
    ツルコは平然とやってくる。


家具屋 話し合い、じゃ、なかったんですか?

ツルコ 話し合いでしょう? 鬼と人の。

家具屋 じゃあ、もうちょっと話さないと。


    家具屋とツルコが再び袖に。
    なんか音が入る。
    家具屋が一度出てくる。ぼろぼろ。


家具屋 まだまだぁ。


    家具屋が袖に。
    また音。
    今度はツルコが出てくる。


ツルコ しぶといこと。


    ツルコが袖に。
    また音がして家具屋が転がるように出てくる。


家具屋 うぅ。

ユウタ おじさん!

家具屋 逃げろ。

イチロウ でも、あんたは?

家具屋 いやぁ。俺はどうなるかわからないけどねぇ。

イチロウ 笑ってる場合か。

ツルコ(声) 馬鹿め。人が鬼にかなうわけないだろう。


    そう、袖からツルコが叫んだ瞬間。
    鋭い音が一つ走る。「ガン」とか「ギャン」とか、そんな感じ。
    で、ツルコが舞台に倒れこむ。


イチロウ&ユウタ え?


19

シロウ よかった。間に合ったな。


    と、シロウが出てくる。
    その手にはなんか石みたいなもの? がある。
    オープニングで袖に捨てられた漬物石である。


ユウタ シロウ!

シロウ ちょうどいいところになんか石があって助かった。

イチロウ あれは俺の漬物石! 見ろ! 役に立ったじゃんか。

ユウタ えぇ〜。そんな強引な

シロウ よ。……親父。ぼろぼろだな。

家具屋 親父言うな。俺はそんな年を取ったつもりはない。

シロウ やられっぱなしの癖によく言うわ。

家具屋 そりゃあ、義理の母親に手は出せまい?

シロウ そういうことにしておくよ。

家具屋 ……儀式はどうした?

シロウ 終えてきたよ。ほら。


    と、シロウが懐から出したのはなんか完成したあやとり。


イチロウ やっぱりあや取りだったのかよ!

シロウ いやだって、リアルに説明したら生々しいだろ?

イチロウ 確かに。

家具屋 (起き上がりながら)良かったな。

シロウ ああ。イッスンが助けてくれたからな。(と、)お前らもな。


    と、ユウタがシロウの前に


ユウタ これ。


    と、帽子をシロウに。


シロウ お前が持ってろよ。

ユウタ (首を振って)やっぱり、シロウはヒーローだから。

シロウ 忘れていたくせに。

ユウタ 忘れないよ。もう。


    受け取った帽子をくるくる回した後、
    シロウはユウタの頭に載せる。


シロウ 預けとく。

ユウタ いいよ

シロウ いいんだよ。俺は忘れないからな。


    と、イチロウが漬物石を拾って、シロウに、


イチロウ じゃあ、これを代わりに。

シロウ いや、それはいらない。

イチロウ 預けとく。

シロウ もって帰れ。


    と、家具屋がイチロウに。


家具屋 じゃあ、俺が代わりに。

イチロウ いいのか?

家具屋 いいんだよ。俺は忘れっぽいからな。額づけも食べたいし。

シロウ お前らシリアスっぽいシーンを邪魔するな!

家具屋 男同士でシリアスになる方が悪い。俺は先に村に戻るぞ。

シロウ ばあちゃん連れて行けよ。

家具屋 やだよ。目が覚めたら真っ先に殺されちゃう。

シロウ じゃあ、そこら辺においといて。後でもって帰る。

家具屋 そうしてくれ。


    家具屋は言うとツルコを連れて行く。
    なぜかイチロウに漬物石を見せるように高く上げて。


イチロウ じゃあ、俺も先に行ってるぞ。

ユウタ すぐ追いつくよ。

イチロウ おう。


    イチロウが去る。


シロウ 本当、ありがとうな。

ユウタ 俺は何も出来なかったよ。結局、いつも助けられてばっかりだ。

シロウ そんなことはないさ。……お前は俺に教えてくれたじゃないか。

ユウタ 何を?

シロウ 俺にだって、ヒーローになれることをさ。

ユウタ シロウはいつだってヒーローだったよ。

シロウ お前だって、結構格好よかったぞ。

ユウタ そんなことないよ。

シロウ ふん。


    と、シロウはユウタから帽子を取る。


ユウタ あ。


    シロウはユウタに背を向ける。


シロウ この帽子はもう、お前のもんだ。だけど、今はあずかっておく。もうちょっと自信がついたら取りにきな。

ユウタ ……わかった。

シロウ その代わり、約束しろよ。

ユウタ 約束?

シロウ 俺を覚えていてくれよな。

ユウタ 忘れるわけ無いよ。

シロウ どうかな?

ユウタ 忘れないよ! 絶対。

シロウ おう!


    朝日が昇る。
    日の中で笑顔を見せたシロウはそのまま駆け去っていく。


ユウタ あの日から俺はほんの少し強くなろうと心に決めた。
     帽子を預けた友の下に、いつか胸を張って帰れるように。覚えているって笑顔で君を誇れるように。
     何にも出来ないと決め付けていた俺から新しい俺へと、一歩。そうやってがんばっていれば
     いつか届くかもしれない。あの、証へ。君に預けたあの場所に。
     俺だって、誰かのヒーローになれるかもしれない。そうだ。
     きっと、誰だって本当はヒーローになれるんだ。絶対。


    ユウタの瞳が強くなる。
    一歩、進む。その歩がゆっくりと歩みを作る。
    光が彼を飲み込んでいく。

    一人泣いていた少年も、やがては誰かを守れるようになるのだろう。
    そんな夢を抱かせて、溶暗。

参考文献
「泣いた赤鬼」浜田 広介 (著), 梶山 俊夫

この台本は劇団TABASUKOの第四回公演用に書かれたものです。
人数の関係で未公演となっております。

このときの上演場所の特色上、観客席と舞台との間で演技をしたり、
舞台を前面と効面に分けているシーンが多々あります。
大体70分を予定して作られた作品ですので、
そのつもりで読んでいただければ幸いです。


なんていうか、和製ファンタジーなキャラメルっぽい話といいますか(汗)
特に帽子のやり取りなんかは「ハックルベリーに(略)」を、
思い浮かべる方もいるのではないかと思いますが、
本人はそこまで意識はしていませんでした。
不快感を感じさせる箇所がありましたら申し訳ありません。

泣いた赤鬼について。
とても物悲しい絵本ですよね。
私はこの話を読むたびにふとしたことで失う真の友情
という悲しみを見てしまいます。
赤鬼にとって人間は友人とはなれるでしょう。が真の友達にはなれない。
その時、赤鬼が青鬼を懐かしがったところでもう青鬼には会えない。
赤鬼の悲しみはどれほど深いだろうか。
青鬼は、赤鬼を一時的には助けた。けれど、後に陥る深い悲しみを知ることも出来ない。
そんな青鬼はなんて悲しいんだろうか。
助けて去ったものと、助けられた遺された者。
その両方を救いたくてこの物語を書きました。

最後まで読んでいただけたら幸いです。