穴の中の侮れない奴ら



登場人物

穴の中の演劇部員(全員一年生)

藤野 スミレ(すみれ)  自分は「普通」な事にコンプレックスを持つ女の子

紅花 アカネ(茜)    明るくいなきゃと思いこんでいる。実際明るく見える女の子。

新橋 ユウコ(優子)   きついことを平気で言える。


穴の外の演劇人

増川  アイ (愛)   教職に情熱を燃やす若き教師。伝説の顧問を演劇部で目指す。
前田  マコト(誠)   アイの弟。姉には頭が上がらない。現在2年生





※注意点   台本内に使われている「ナツヤスミ語辞典」(作 成井豊)は、
         登場人物のあだ名が面白いと言うことで使わせて頂いていますが、
         上演地の同作品知名度によっては、違う作品を使った方が良いと思われます。
         単純に、楽静の地域では「ナツヤスミ語辞典」の知名度が高いので、
         「名前」というものを例えに出す場合分かりやすいと考え使用しております。





開演前

    幕が上がる。
    舞台の上には三方を土に囲まれたと思われる場所がある。
    舞台センター奥に配置された壁には、何故か土と同色の布がかけられている。
    それはカモフラージュとも言えなくはないが、目立たないわけではない。
    舞台には既に三人の少女達が配置されている。
    一番奥下手にスミレ。手前の下手にアカネ。同じく手前の上手にユウコ。
    この配置は、現在の力関係を示している。
    スミレは空を見ている。
    アカネはなにやら文を書いているらしい。
    ユウコはそのアカネの動作をつまらなそうに見ている。片手には携帯を握っている
    やがてストップモーション


開始のベルが鳴る
上演の所注意が流れる。
そして、客電が落ちる



0 観客席 14:00

    と、突然アイが舞台の上に現れる。
    一発で教師と分かるような姿。メイクも一般人に紛れても平気なくらいに
    (この登場後で仕上げる)


アイ 「はい。ごめんなさい。すいません客電つけて。
    ○○高校(ここには自分達の高校が入る)演技できません。
    中止。中止です」


    客電がつく
    と、マコトが現れる。
    なんとなく、二人の会話はわざとらしい。


マコト「先生! 大丈夫だって言ったじゃないですか! なんで始まってから、急に」

アイ 「君は黙っていて。あんな未完成の劇を上演するわけにはいかないの」

マコト「でも、みんな今日のために必死で」

アイ 「みんな? みんなって言った今。みんな?」

マコト「はい」

アイ 「じゃあ、なんで当日になって役者がいないの?」

マコト「それは……」

アイ 「5人劇なのに、役者が三人もいなかったら話しにならないでしょ!」

マコト「でも」

アイ 「あのね。どっちみちやったってうちの学校じゃ賞なんか取れないんだから。
    いいのよ。この際棄権しておいた方が」

マコト「やれますから。二人で。お願いします! やらしてください」

アイ 「いい? だいたい初めから5人でやろうとしていたのが無理な芝居だったのよ?」

マコト「分かってます」

アイ 「分かってるの? もともと『ナツヤスミ語辞典』は18人いないと無理でしょ!?」

マコト「承知の上です!」

アイ 「それを二人でなんて」

マコト「やらしてください!」

アイ 「分かった…(客席に)すいません。○○高校棄権取りやめで上演します。
    照明さん! 客電落として」


    客電が落ち始める

    流れてくるのは『ナツヤスミ語辞典』のオープニング

    アイとマコトはそれぞれ反対方向に去っていく。
    去り際、マコトがアイへと振り向く。
    アイは動作でエールを送る。
    マコト、うなずいて舞台を去る。

    そして暗転



1 穴の中 14:00



    中央サス。
    そこには、先ほどまで書いていた原稿を手にしたアカネが立っている。
    アカネは底抜けに明るい声で語り出す。
    話している途中で、舞台はだんだん明るくなっていく。


アカネ「あたし。死にました。明るい満開の星の下で。携帯の電波もきかないような冷たい場所で。
     あたし死にました。まだやりたいことたくさんあったのに。でも、やれないで死にました。
     ごめんなさいお父さん、お母さん。あたし、死んじゃいました。先立つ不幸を……
     (言っているうちにこらえられなくなって笑い出す)」

ユウコ「なにそれ?」


    明るくなりきった舞台の上には、制服(もしくは私服)を来た三人が、
    それなりの荷物(恐らく衣装が入っているのだろう)と共にいる。

    鳥の鳴き声。
    季節は秋。
    まだ、空は明るく青が差している。


アカネ「まって、まって、まだ(笑っている)」

ユウコ「自分で書いた物で受けすぎ」


    スミレは全く二人には関係せずに空を見ている。


アカネ「(笑い収まって)遺書」

ユウコ「いしょ?」

アカネ「このまま死んじゃったらさぁ。やっぱなんか残っていないとダメかと思って」

ユウコ「バカみたい」

アカネ「なんで?」

ユウコ「みしてみ?」


    アカネの遺書をユウコは受け取る。


ユウコ「さっきから何書いていたかと思ったら、こんなの書いていたわけ?」

アカネ「だって電波も通じないんじゃ、もうやれること無いでしょ? ユッコのは?」

ユウコ「うちら一緒でしょーが。会社。フジーのは?」


    スミレはまだぼんやり空を見ている


アカネ「え? 機種違うじゃん」

ユウコ「電話会社同じでしょ。フジー? 藤野?」

アカネ「ああ。そういうことか」

スミレ「あ。ごめん。なに?」

ユウコ「携帯。通じた?」

スミレ「ううん。あたし、アカネっちと機種同じだし」

アカネ「あれ? そうだっけ?」

スミレ「うん」

ユウコ「なんだ。じゃあ、もう後は待つだけか。助けが来るのを」


    ユウコは座る。

アカネ「来るかな?」

ユウコ「さぁ」


    間


アカネ「叫ぶ?」

スミレ「『おーい』って?」

ユウコ「なにに?」

アカネ「なににってか、外に」

スミレ「『うおーい』がいい?」

アカネ「え? その前何だっけ?」

スミレ「『おーい』」

アカネ「じゃあ、それ以外で」

スミレ「え、じゃあ後は『元気ですかーー?』しかないけど?」

アカネ「疑問系なんだ?(笑)」

ユウコ「UFOでも呼ぶの?」


    間


アカネ「え? ごめん。意味分からない」

ユウコ「もういい」

アカネ「ちょっと。説明してよ」

ユウコ「もういい。叫びたきゃ二人で叫んで。あたし、無駄な力使いたくないし」

アカネ「どういう意味か聞いただけじゃん」

スミレ「きっと。呼んだことあるのよ」

アカネ「なにを?」

スミレ「UFO」

アカネ「誰が」

スミレ「(ユウコを指さす)」

ユウコ「だから、こんな穴の中で叫んだって誰にも聞こえるわけないし、
    第一、 こんな場所に誰も来るわけ無いと思ったからUFOでも呼ぶのかっていったのよ! 
    皮肉なの皮肉。わかる?」

アカネ「分かってるよ?」

ユウコ「本当むかつく!」


    間


ユウコ「前田の奴……あったら覚えとけよ」

スミレ「そういえば、先輩来ないね」

アカネ「どうしたのかねぇ」

スミレ「今頃普通に上演していたりして」

アカネ「まさか。役者あたし達いなかったら二人だよ?」

スミレ「できないの?」

アカネ「増川せんせが許さないでしょ」

スミレ「頼み込めば」

アカネ「二人で『ナツヤスミ語辞典』は無理」

スミレ「でも」

アカネ「先輩、増川さんに弱いし」

スミレ「逆らえないもんね……」

ユウコ「前田のことは話題にしないでよ」

アカネ「ユッコが言いだしだんじゃん」

ユウコ「……絶対、アイツが押したんだから」

アカネ「……またその話し?」

スミレ「急いでいたしさ。ころんだって事も」

ユウコ「近道だって言ったのもアイツだし」

スミレ「本当近道だったじゃん」

アカネ「通れたらね」

ユウコ「先頭歩かないし」

スミレ「あたし、別に先頭嫌じゃなかったよ?」

アカネ「先輩、ちゃんと後ろから方向教えてくれていたしね」

ユウコ「ころんだ程度で加わった衝撃じゃなかったってあれは!」

アカネ「(溜息)誰も、ユッコ責めてないよ?」

ユウコ「そう?」

アカネ「そうって?」

ユウコ「別に」

スミレ「ほら、あたし達一年だしさ」

ユウコ「だから?」

スミレ「だから……そんな、あたし演劇部入って初めての大会だったし。真剣じゃなかったし」

アカネ「あたしは久々の大会だし、マジだったけどね」

スミレ「そりゃ、中学からやっている人にとっては「久々」かも知れないけど、私はちょっと前まで、
    演劇なんて知らないもどうぜんだったんだし」

アカネ「でも、楽しみだったでしょ?」

スミレ「そりゃあね」

ユウコ「ほら! 責めているでしょ!」

アカネ「だから。穴に落ちちゃったのは仕方ないって言ってるでしょ!」

ユウコ「仕方ない? こんなわざとらしくある穴が? 一体誰が掘ったのよ? 
     なんで、こんなとこにあるのよ!?
     なんで今日に限って落ちなくちゃ……(ユウコ、舞台奥の穴壁にかけてある布に気づく)
     ……なにこれ?」


    ユウコは思わず布を剥がす。
    剥がした布を放る。それは、スミレがキャッチする。
    そこにはボタンが合った。非常ベルぐらいの大きさのボタン。
    そしてその横には、「押すな。世界破壊ボタン」と書いてある。


ユウコ「世界……破壊ボタン?」

アカネ「はあ? なにそれ?」

スミレ「触らない方がいいよ!」

ユウコ&アカネ「え?」

スミレ「触らない方がいいよ。危険だから」

アカネ「ふじー?」

ユウコ「なんで、そんなことがわかるのよ?」

スミレ「だって……この布にそう書いてあるから」


    そう言ってスミレが二人に見せた布の裏には
    「危険」の文字がはっきり書いてあった。
    思わずアカネとユウコは再びボタンを見る。
    アカネがまず一歩引いた。


アカネ「危険……か」

ユウコ「危険って言われたってねぇ」


    ユウコはしげしげとボタンを見る。


スミレ「危険……よ」

アカネ「ユッコ」

ユウコ「危険って言われてもねぇ?」

アカネ「ユッコ!」

ユウコ「いや、こんなの嘘に決まっているでしょ? 
    なんでこんな学校近くの裏山に世界を崩壊させるボタンがあるの?」

スミレ「崩壊じゃなくて、破壊」

ユウコ「どっちもないって!」

アカネ「そりゃ、ある分けないとは思うけどさ」

ユウコ「でしょ」

アカネ「もしも」

ユウコ「あり得ないって」

アカネ「でも、もしも、もしもだよ」

ユウコ「ないから」

スミレ「この裏山の持ち主が、核爆弾を持っているのかも」

アカネ「そう! その可能性が!」

ユウコ「あるわけないってーの!」


    ユウコ、二人を見て。


ユウコ「押してみようか?」

アカネ「いや、でもさ」

ユウコ「怖いの?」

アカネ「怖い分けないって」

ユウコ「じゃあ、押す?」

アカネ「……いいよ!押したって」

スミレ「世界が崩壊しなくても、この穴は埋まるかも」


    沈黙


ユウコ「…………あり得ないって」

アカネ「……だよね」

ユウコ「……ジャンケンで負けた人が押そうか?」

アカネ「えぇえ! いいよ。ユッコがおしなよ」

ユウコ「なに? 怖いのアカネ」

アカネ「怖くないけどさ。押したい人に押させて上げるのが優しさかなぁって」


    ユウコはアカネの言葉にボタンから離れるとアカネの側によって


ユウコ「あらあらいいんですよ〜。アカネさん」

アカネ「あらあらいえいえですわ〜」

ユウコ「どうぞどうぞ。遠慮なさらずに」

アカネ「いえいえ〜。ユウコさんこそ遠慮しないで下さいよ」

ユウコ「あら、アカネさーーん。あたくし、遠慮なんてしてないですよ」

アカネ「あたくしだって遠慮なんてこれっっっっぽっちもしてないんですよぉ」


    お互いに睨んで


ユウコ「押させてやるって言ってるだろ?」

アカネ「押して良いって言ってるだろ?」

ユウコ「押せや」

アカネ「お前が押せや」

ユウコ「なにがお前だ」

アカネ「お前がなにだ」


    二人つかみ合う。
    瞬間、スミレがボタンの前に走る。


スミレ「アカネっち、ユッコごめん!」

アカネ&ユウコ「え!?」

スミレ「私。二人と違って普通の人だから……
    こんなボタン見てもそんな面白いリアクションできない!」

ユウコ「はぁ!?」

アカネ「ちょっと、面白いって何だよ」

スミレ「だから、代わりにあたしがボタン押すね。ごめん。普通で!」

ユウコ「ちょっ、まって」

アカネ「止めて!」

スミレ「ぽちっっ!!」


    ユウコとスミレは思わずそれぞれ反対方向に悲鳴を上げながら頭をおさえてうずくまる。
    数秒後、ゆっくりとユウコとアカネは顔を上げてくる。


スミレ「……ごめん。今、口で言っただけで押さなかった」

ユウコ&アカネ「はぁ!?」


    ユウコとアカネは同時にスミレを見た後、お互いに顔を見合わす。
    そして、顔を背けてそれぞれ座ってしまう。


スミレ「ヤッパリ怖くてさ。こういうボタンは、気になるけど無視していた方がいいよね?
     ……あれ? どうしたの?


    スミレが二人を気遣わしげに見る。
    
    舞台が暗くなっていくと共に、『ナツヤスミ語辞典』エンディングが流れ始める。


2 舞台袖 15:00


    拍手の音の中、アイとマコトが舞台に現れる。
    ここは舞台袖。どうやら、キャストはマコトしかいないらしい。
    スポットなどの細い光のみ(もしくはサイド・スポット)で二人の動きは追われる。


アイ 「よくやった、マコト。上出来よ」

マコト「初めてこの劇を観る客にはきっと訳が分からなかったと思いますよ」

アイ 「いいの。そんなことが目的じゃないんだから」

マコト「でも、姉さん」


    アイが突如マコトを叩く。


アイ 「ここは公共の場所です。呼ぶときは先生でしょ?」

マコト「先にマコトって言ったのはねえさん(また叩かれる)……先生ですよ?」

アイ 「それよりも、一年生は?」

マコト「穴の中です」

アイ 「なにそれ? 落とし穴?」

マコト「いえ、秘密基地の地下バージョンと言いますか。話し長くなっちゃいますけど、」

アイ 「じゃあ良いわ」

マコト「(気にせず話していたり)森の中に作ることによって、夏は涼しく冬は暖かくの居住空間が
    (視線に気づき)って、話さなくて良いんですか……」

アイ 「大丈夫なの?」

マコト「ええ。結構快適ですよ。あそこは。(独り言のように)アレに触れてくれなきゃいいんだけど」

アイ 「アレ?」

マコト「いえ。何でもないですよ。少し出るのが大変でしょうけど、それは迎えに行くつもりですから」

アイ 「そう。……これで、伝説への一歩が刻めた」

マコト「あわや上演中止を、少人数で乗り越える、か。
    ねえさ……先生、『ガラスの仮面』の影響ウケすぎじゃないですか?」

アイ 「私は別にあなた達二年生には何ら期待してないの。これは……来年への布石よ」

マコト「来年への?」

アイ 「思わぬ事故の苦渋を乗り越えて翌年狙う優勝……支える教師……これぞ、伝説となる……」

マコト「……我が姉ながらめちゃくちゃだ。……あの子たちはどうするんです? 
    そんなことのために利用して」

アイ 「そんなこと!? 犠牲無くして勝利はないのよ!?」

マコト「だけど、彼女たちは勝利なんて望んでないんですよ。
    ……演劇が、やれれば良いんだ。僕だって」


     間


アイ 「発表が終わったら助けに行きましょう」

マコト「姉さん!」

アイ 「先生でしょ! いい、マコト。きれい事ばかりじゃねぇ、勝利はないのよ」

マコト「僕は勝利なんて……ただ、誠が貫ければいいなって」

アイ 「勝利を知らずして、得る物無しよ! 話しはおしまい。発表を待ちましょう。
    もしかしたらっていうのがあるし」

マコト「えぇ!? まさか、期待しているんですか!?」

アイ 「可能性はゼロじゃないでしょう」

マコト「だって、クサナギと郵便屋しかいない『ナツヤスミ語辞典』だったんですよ!?」

アイ 「可能性ってだけ。 一年生だって、今回のおかげで友情が深まるかも知れない。
    それも一つの可能性」


    アイが去る。


マコト「友情が深まる? そんな……ドラマの世界じゃあるまいし」


    マコトが去る。
    途端に舞台は明るくなる。
    にわかに、カラスの声が響き出す。



3  穴の中 15:00



    先ほどより少し日が陰ってきた。時刻は夕方だろうか。
    赤く燃えた空から、陽射しが穴の中まで指している。
    三人は先ほど(暗転前)と同じ位置でいる。
    違うのはスミレが二人を伺うように座ってみているだけ。


スミレ「あのさぁ」


    沈黙


スミレ「さっきから黙っているけど……あたし、何か悪いこと言った?」


    沈黙


スミレ「あのさぁ」

アカネ「別に」

スミレ「じゃあ、何で何も言わないの?」

アカネ「喋ると疲れるじゃん」

スミレ「そっか」


    沈黙


スミレ「それで、携帯電話の契約会社について何だけどさ」

アカネ「いや、何の関係もないでしょ! てか、なんで『それで』で繋がるの!?」

スミレ「ごめん。なんか、さっき携帯のこと聞かれたから」

アカネ「あらそうね。そういうこともあったね!」


    沈黙


スミレ「だめだ。あたし、分からないよ」

アカネ「なにが?」

スミレ「二人が黙っているわけ」

アカネ「あたし黙ってないじゃん」

スミレ「でも機嫌悪いでしょ」

アカネ「別に」

スミレ「ユッコもそう。もうわからないよ。あたし。降参。どうせ、あたしは普通だからさ」

アカネ「普通!?」

スミレ「二人の問題になんか口出しできないんだよ、きっと」

アカネ「いや、ふじーはべつに普通じゃないと思うよ。うん。だから、安心して」

スミレ「えぇえ。私なんて全然普通だよ。カッコだって。性格だってさ」

アカネ「いや、格好はともかく。性格は普通じゃない」

スミレ「普通だって」


    それまで黙っていたユウコがスミレを向かずに言う。


ユウコ「自分のこと普通って言う人間に限って普通じゃないと思いますけどぉ?」

スミレ「でも、あたし本当に普通だからさ」

ユウコ「お前が普通だったら、この世界の人間みんな普通だってーの!」

アカネ「まぁまぁ、ユッコ。落ち着いて。ね? そうだ! 
    じゃあ、二人のどっちがより普通かテストしようよテスト。ね? 
    あたし、こういうノーマルか、アブノーマルか判断するテスト知っているんだ」

スミレ「どうせ、私なんてやらなくても分かってるから」

ユウコ「よしわかった。やるよふじー」

スミレ「でも」

ユウコ「やるの」

スミレ「……はい。」

アカネ「よぉぉぉぉし! では、第一回! アブノーマルチェェェェェェック!」





    アカネの言葉と共に音楽がかかる。
    アカネは何故かカバンの中から、裏表に1・2と書かれた棒を取り出す。全部で5本程度。
    それを、ユウコとスミレに渡した後、観客席にも配り出す。
    渡す客は最前列のみ。
    戻ってきたアカネに、


ユウコ「あんた、一瞬消えなかった?」

アカネ「え? いやちょっとこの穴を守る妖精さん達に挨拶にね」

ユウコ「妖精?」

スミレ「そのわりには、渡す相手狙ってたけどね」

アカネ「気にしない気にしない。じゃあ始めるよ。さあ、では(客席に)ご一緒にお考え下さい。
    あ、解答棒を持っている方は、問題の答えを私に向けて高く上げて見せて下さいね?」


    この言葉のおかげで、観客は恐らく答えの度に棒を上げてくれるだろう。
    が、それより後ろの観客に見えているのは、全く正反対の数字なのだ。
    よって(後ろの人に見えるように)というワードは禁止。


アカネ「では、性格アブノーマルチェック! 
    第1問。恋人とデートに行くならどっち。1海  2ラブホテル」


    観客が答えを挙げてから、


ユウコ&スミレ「彼氏いないのでどっちもいけない」

アカネ「うわっ。寂しい奴らだ! では、
    第二問。お風呂に入って先に洗うのはどっち?1頭 2おしり」


    観客が答えてから、


同時に
ユウコ「そんな場所言えるか!」

スミレ「そんな場所言える分けないでしょ!」

アカネ「だから2択だってーの! では第三問。先生にされて許せることは 1説教 2セクハラ」


    観客が答えてから


同時に
ユウコ「いや、どっちかっていうと説教の方がいやなんだけど、
     それはそれで味がある先生がいるから、
     てかセクハラ教師はもう見ているだけでセクハラって言うか、
     喋った時点で公害になる可能性大なわけで……」

スミレ「セクハラはいやなんだけどでも、精神的には説教かなって思うんですけどでも、
    ここはやはり先生の立場を考えるとセクハラを選んだ方が面白いかなと思わないことも
    ないかななんて思っちゃったりもするわけで……」

アカネ「ああ! もうワケ分からない〜! 止め止め! だから次で最後!」


    言いながらふと、観客席を見て。


アカネ「あ、いいですよそれ。上げます上げます。取って置いて下さい。記念に。
    あの、いらなかったら後で返していただければ良いんで」

ユウコ「だから誰に話してんの?」

アカネ「あんたら二人は答える準備してろって! (観客に)ちなみに! すべての問題に置いて、
    2を選んだ人がアブノーマルです! (二人に)……いい? では最終問題。
    もしも、世界を崩壊させるボタンがあったら押す?」

ユウコ&スミレ「押せない!」





    ユウコとスミレは同時に答えてからお互いを見る。


アカネ「なんだ。やっぱりあんたら似たもの同士じゃん。はい。両方とも普通じゃない〜」

スミレ「そっか……あたしも、普通じゃないのか」

ユウコ「なに? 嫌なの?」

スミレ「嫌じゃないけど」

ユウコ「あのね。良いことを教えて上げる。演劇部には普通の人なんていないのよ! 
     でしょう、アカネ!」

アカネ「え? あたし、普通だって。ふつーふつー」

ユウコ「は?」

アカネ「……はい。普通じゃありません!」

ユウコ「だからね。あんたも、演劇部入った時点で普通じゃないわけ」

スミレ「じゃあ、もう私普通じゃないんだ」

ユウコ「そのとおり」

アカネ「普通なんて、さっぱりおさらばなのよ。あたしなんて、中学の時からおさらばしているわ〜」

ユウコ「あたしもよ。中学から普通とはおさらばとは〜。嬉しいねぇ」

アカネ「ねぇ(といって、スミレを見る)」


    三人肩を組む。
    なんだか、ちょっと昔のドラマ風音楽が流れる。


スミレ「じゃあ、私たち、三人って……変態だったんだ!」


    スミレ泣き出す。


アカネ「おい!」

ユウコ「おい! まて!」

アカネ「せめて変人にしろ」

ユウコ「いや、それも止めろ!」

アカネ「じゃあ、魔人」

ユウコ「いや、意味分からない」

スミレ「じゃあ、超人?」

アカネ&ユウコ「いや、もっと意味分からないから」

スミレ「(笑って)アカネっちも、ユウコも、寒いね?」

アカネ「うっわーー」

ユウコ「ふじーって、いい性格しているよね」

スミレ「そう?」


    三人、いい雰囲気。


ユウコ「……ごめんね。なんか、いらだっていてさ」

スミレ「ううん。あたしこそ。これからもよろしくね」

アカネ「なんでそういう、青春ドラマみたいな台詞がすんなり出てくるかなぁ」

ユウコ「なんかここに(あかねを指して)よろしくしたくない人がいるみたいだけど〜」

アカネ「いやいやまさかまさか。あたしも、よろしく」

スミレ「うん。よろしく」


    三人、さらにいい雰囲気。


アカネ「(ちょっと照れて)じゃあさ、ふじーのこと、今度から下の名前で呼んでいい?」

スミレ「え?」

ユウコ「あ、あたしが言おうとしたのに」

アカネ「ほら、ユッコとあたしは下の名前で呼ばれているじゃん? 
    あたし、名字で呼ぶの好きじゃないんだよね。だから、今度からスミレって呼ぶわ」

ユウコ「いや、それより、スミーってどう?」

アカネ「それじゃあ、男みたいじゃん(笑)」

ユウコ「じゃあ、スミス(笑)」

アカネ「あ、むしろ男にしちゃうんだ。じゃあ、スニフ(笑)」

ユウコ「むしろムーミンなんだ!(笑)じゃあ、ナイフ」

アカネ「あ、もう一字も合ってないんだ?」

ユウコ「そう。むしろ合ってない。クロピョン」

アカネ「もう、語数もあって無いわ(笑)」

スミレ「止めて」

アカネ「ごめんごめん」

ユウコ「スミレって単純に呼ぶって」

スミレ「呼ばないで」

ユウコ&アカネ「え?」

スミレ「名前で呼ばないで」


    間


ユウコ「なにそれ?」

スミレ「名前、嫌いなの。呼ばれるのいやなの」

アカネ「いい名前じゃん。スミレって」

スミレ「いいでしょ? 嫌いなんだから。ね。これまで通りに呼んでくれればいいから、ね」

アカネ「……じゃあ、別に、そう、呼ぶけどさぁ」

ユウコ「……あたしもいやなんだよねぇ。名前で呼ばれるの」

アカネ「はぁ?」

ユウコ「だから、下の名前で呼ばないで」

アカネ「ちょっと、ユウコ」

ユウコ「あたしも大嫌い。自分の名前なんて。(スミレに)そう言えば、呼ばれなくて良いんでしょ?」

スミレ「別に、呼ぶのは自由だけど」

ユウコ「じゃあ、何が言いたいわけ?」

アカネ「ちょっと、ユウコ止めなよ」

ユウコ「アカネは黙ってて! あのね。あたしだって名前で呼ばれるの嫌だよ? 
    嫌だけど、でも仕方ないから言わないでいるんじゃん。だって、じゃあどう呼ぶのよ? 
    モンジャラヘンゲケとでも呼んで欲しいわけ?」

アカネ「何だよその名前!」

スミレ「いいよ! もうじゃあ、モンジャラヘンゲケって呼べばいいじゃん!」

アカネ「いいのかよ!」


    スミレは端っこに座る。


ユウコ「我が儘なんじゃないの? ちょっと。さっきから気になっていたけどさ」

スミレ「だから、もう良いって言ってるでしょ?」


    ユウコも座る。


アカネ「ちょっと……ちょっと、なによ……さっきまでのいい雰囲気はどうした〜?」


    沈黙。


アカネ「なに? そんなに名前で呼ばれるの嫌なわけ? ユッコ? スミ……
    ふじーに合わせただけなんでしょ?」


    沈黙


アカネ「なんだよなんだよ……畜生! 
    あたしだってね、あたしだって自分の名前なんて大嫌いだよ! 
    ああ、嫌いさ。大嫌いだって! ちょっと、二人とも聞いているの? 
    あたしは誰に切れればいいのさ! 
    ……もういい! もういいよ!」


    アカネも座ってしまう。

    そして、暗転。
    拍手の音が鳴り響く。



声 「これにて、本日の大会を終了いたします。皆様、忘れ物の無いようにお帰り下さい」


6 帰り道 18:00


    照明がつく。
    そこは帰り道なのだろう。
    アイとマコトが歩いてくる。



アイ 「納得いかないわ」

マコト「まぁ。もともと意味分からなくなっていましたから」

アイ 「だからって、講評でも無視する事無いでしょ」

マコト「それより、先生」


    マコトはアイに叩かれる。


アイ 「プライベートに仕事を持ち込まない」

マコト「思い切り審査の愚痴垂れていたじゃん!」

アイ 「それで?」

マコト「一年生だけど……」

アイ 「うん」

マコト「やっぱアレで良かったのかな?」

アイ 「だから言ったでしょう?これは伝説を作るための布石になるのよ」

マコト「そうじゃなくて、助けなくても……」

アイ 「大丈夫よ。一日くらい」

マコト「姉さんは、そりゃ良いかも知れないけど……僕はマコトだよ?」

アイ 「なにが?」

マコト「僕の「誠」の字に反するよ……」

アイ 「……いい? マコト。じゃあ、私の名前は?」

マコト「前田愛。」

アイ 「そう。仕事の時は、母の名前の増川を名乗っているけど、本籍では前田愛……
    この名前のせいで、今までどんな屈辱を受けたか」

マコト「『え! 今度の合コン、前田愛って子が来るの?……(実際に見て)……なんだ』」

アイ 「くそぉぉぉ。前田愛め〜あたしよりも年下のクセして〜。
    だいたい、あのぽっちゃりのどこが良いんだ!!」

マコト「落ち着いて。お姉ちゃん。落ち着いて今時の子は『前田愛』なんて言われても
    芸能人だって気づかないから」

アイ 「いいわよねぇ〜あなたは別に普通の名前で〜」

マコト「そんなこと……」

アイ 「そうよ! 同姓同名の芸能人がいると、
    一体どれほどの苦労をするのか世の父親母親はもっと知らなくちゃいけないわ。
    しかも、よりにもよって兄弟の名前を
    自分が好きだったドラマや漫画から取るなんて言語横断よ!」

マコト「僕たちの名前だって……」

アイ 「だからね! マコト。気にすることはないの」

マコト「あ、そこに繋がるんだ」

アイ 「名前なんてね、行動になんら関係ないのよ。そんなの気にして縛られるなんて、無駄よ」

マコト「でもお姉ちゃんだって縛られているんじゃ……」

アイ 「あたしはいいのよ!」

マコト「そんなむちゃくちゃな……」


    間


アイ 「まぁ、あの子たちにしても見つけるのは今日じゃなくても良いでしょ。
    穴の中なら、夜捜しても見つけづらいだろうし。
    問題になったらなったで、それが伝説に繋がることになるわけだし。」

マコト「でも」

アイ 「マコト。帰るわよ」

マコト「……はい」


    アイが去ろうとする。


マコト「お姉ちゃん、ごめん」

アイ 「なにが?」

マコト「でも、あの穴の中はとても冷たいんだ。それに、とても哀しくなるんだよ。とても」

アイ 「ばかね。何であなたがそんなことまでわかるの」

マコト「僕が眠ったことがある穴だからだよ」

アイ 「なんですって?」

マコト「僕だって、自分の名前が嫌なんだ!」

アイ 「マコト!」


    マコトが舞台を走り去る。
    アイも慌てて追いかける。


7 穴の中で 18:00


    照明がつく。
    結構暗くなってきた穴の中。
    かなり寒い。
    と、鳥が鳴く。草木がざわめく。
    思わずびくりとする三人。
    顔を見合わせるとそっぽを向く。が、やがてまた顔を見合わせる。


ユウコ「……寒いかな」

アカネ「かなりね」

スミレ「……くっつく?」


    ユウコ、アカネを見る。
    アカネ、ユウコを見てなだめるようにうなずく
    ユウコ、スミレを見る。
    スミレ、仕方なさそうにユウコを見る。
    ユウコ、仕方なさそうに中央による。
    アカネもよる。スミレもより、三人ともくっつく。


アカネ「ねえ、ふじー」

スミレ「別に、スミレでもいいよ」

アカネ「……なんで、名前嫌なの?」

スミレ「……」


    間


アカネ「……あたしね。本当に、名前嫌いなんだ。自分の」

ユウコ「なんで? 可愛いじゃん」

アカネ「そりゃ、人にとってはそうかもだけど。……でも、あたしは嫌い。あたしの名字ってさ」

スミレ「紅花」

アカネ「でしょ? 紅の花で、赤。名前も茜で赤。赤だらけ。なんか、血まみれじゃん?」

ユウコ「なにそれ(笑おうとするが)」

スミレ「あたしなんて、紫だよ」

アカネ「え?」

スミレ「藤野は、藤色で紫でしょ? スミレも紫……なんか、不健康」

ユウコ「なにそれ」


    スミレ、立ち上がって


スミレ「今回の劇さ。『ナツヤスミ語辞典』ずっと思ってた。
    よく、あんなあだ名つけられてぐれないなぁって。
    カブトとか、ヤンマとか、アゲハとか……虫じゃん!」

ユウコ「いや、そんなこと言っても」

アカネ「やっぱり、スミレとは話が合うと思っていたよ、あたし。あたしもそう思っていたもん」

ユウコ「嘘だろ!?」


    アカネ、立ち上がって


スミレ「本当に?」

アカネ「もちろん!」

スミレ「同士ね!」

アカネ「同士よ!」


    アカネとスミレは思わず抱き合う。


ユウコ「……どうしよう……」

スミレ「ごめんね、アカネ。名前で呼ぶな、なんて言っちゃって」

アカネ「ううん。あたしこそ、スミレの気持ち気づけなくて、ごめん」

スミレ「いいのよ、あたしなんて」

アカネ「ううん。あたしこそいいのよ」

ユウコ「やめいやめい! 気色悪いから!」


    丁度そのころ、舞台へとマコトの姿が浮かび上がる。
    どうやら、穴の外まで来ているらしい。三人の姿を目で懲らし、大声で呼ぼうとしたところで、
    三人の会話に気づき、息を止める。


アカネ「名前で悩んでない人はあっちいっててくれます〜?」

スミレ「くれます〜?」

ユウコ「…………あたしだってね! 嫌なのよ! 自分の名前なんて!」

スミレ「ユウコっていい名前なのに!?」

アカネ「お母さんが悲しむわよ!」

ユウコ「あんた等に言われたくない! あたしの名前ってねぇ、『優しい子』って書くのよ。
     (怒って)私の性格完全無視よ。本当、なにそれ」


    間


ユウコ「いや、ここで、『うわっ、可哀想』って入ってくれないと、ノれないんだけど」

アカネ「ごめんなさい。意味が分かりません」

スミレ「同じく」

ユウコ「だから〜。『優しい子』なんて名前作られたら、
    なんか、優しい人間にならなきゃいけないみたいじゃない。腹立つでしょ!?」


    沈黙
    マコトが、はっとしている。


ユウコ「あれ?」

アカネ「ほー。じゃあ、あれかい? アカネちゃんは、赤くならないとダメですか? 
    それじゃ、死なないとあきませんな」

スミレ「スミレちゃんは、いつも唇を紫にでもしていろと?」

アカネ「じゃあ、スミレはプールにいつも入ってないとね〜」

スミレ「アカネこそ、体中血だらけになるよ〜」

アカネ&スミレ「それはむっちゃくちゃ腹立つわ」

アカネ「誰がそんなこと言ってた?」

スミレ「それ、しばきません? しばいたほうがいいと思いません? しばきます」

アカネ「よし、しばこう」


    アカネとスミレは果敢にも穴を登ろうとさえする。


ユウコ「いや、そういうことじゃないから」

アカネ「じゃあ、どういうこと?」

スミレ「誰が、ユッコにそんなむかつくこと言ったの!?」

アカネ「いつ言われたわけ? なんで言わないのそういうこと!?」

スミレ「こっから出たら真っ先にいこ!」

アカネ「おう。直ぐ行こう」


    間
    ユウコは俯く。
    マコトはふと俯いて

スミレ「ユッコ?」

アカネ「どうしたの?」

ユウコ「…………あんたら、バカだわ」

マコト「いや、僕も、バカか」


    それは、ユウコの心の言葉のよう


アカネ「へ?」

スミレ「バカ?」

ユウコ「……ううん。ありがと」


    マコトは言葉にならない礼を返す。
    そして、荷物にロープがないことに気づき、元来た道を戻っていく。


アカネ「ありがとうって……」

スミレ「まだ、なにもしてないけど……?」

ユウコ「ううん。気持ちだけ、受け取っておきます。
    そうね。あたしも、別に名前で呼ばれても気にしないわ。
    その方が気楽みたいだし。ね。アカネ。スミレ」

アカネ「そんな急に呼ばれると照れるって。ねぇ」

スミレ「え? そう?」

アカネ「合わせろよ!(叩く)」

スミレ「え? 何で殴るの〜?」

ユウコ「(笑って)なんか、不思議。なんで穴の中で友情やってるんだか。私たち」

アカネ「ねぇ。本当」

スミレ「お腹は減っているけどね」

アカネ「余計なこと言わないで。さらにお腹減るから」

ユウコ「今なら何でもできそうな気がする」

スミレ「じゃあ飛んで!」

ユウコ「いや、ごめん。人にできること限定で」

アカネ「だったら、私もそうだわ」


    ユウコとアカネに見られて、スミレもうなずく。
    ふと、三人の視線がボタンに注がれる。


アカネ「……押しちゃおうか?」

ユウコ「やりますか?」

スミレ「やっちゃいましょうよ」


    三人、うなずくようにボタンの前に。
    三人同時に、指をおいたようだ。
    そして、


同時に
三人「ぽちっと!」


    押した瞬間に押された音が入る。
    そして、


声  「あんたはえらい!」


    と、マコトの声が流れる。


三人「はぁ?」


    再び、押された音。そして、


声  「あんたはえらい!」

ユウコ「……声?」


    言いながらユウコが離れる。
    押された音、


声  「あんたはえらい!」

アカネ「声、みたいだね……」


    言いながらアカネが離れる。
    押された音、


声  「あんたはえらい!」


    押された音、声
    押された音、声


ユウコ「ちょっと、スミレ」

アカネ「止めなって」


    スミレは押すのを止め、


スミレ「……なんか、寂しいね」

アカネ「ちょっと、笑える声だけどね」

ユウコ「作ったのかな?一人で」

アカネ「穴作って。その後で……」

スミレ「これ、一人で押していたのかな……」

ユウコ「さすがに、それは切なすぎるけど……」

スミレ「えらいって言って欲しくて……でも、誰も言ってくれなくて……」

ユウコ「……認めてもらえなくて、でも、認めて欲しくて」

アカネ「頑張っているのに。こんなに、自分の嫌な事でもしっかり抱いて生きているのに」

スミレ「誰も……分かってくれなくて……押していたのかな?」

ユウコ「バカだな」

アカネ「うん」


    と、スミレはもう一度ボタンを押す。


声  「あんたはえらい」




    と、ロープが空から垂れてくる。


スミレ「隠しコマンドだ……」

ユウコ「そんな分けないでしょ!! おおい!誰かいるの!?」


    叫びと共に、三人に光が当てられる。
    マコトの姿が再び舞台に浮かび上がる。紐の片っ端を持っている。


マコト「おーーい、生きているか?」

ユウコ「先輩!? 先輩!来てくれたんですか!?」

アカネ「はい! 大丈夫ですよ! 生きてます〜 (ユウコに)やっと来やがったよ」

ユウコ「全く」

マコト「よかった。一人ずつなら引っ張れると思うから、ロープを体にゆわいて!」

ユウコ「だって。誰からいく?」

アカネ「別に、あたしは何番でも良いよ」

ユウコ「あたしも……スミレは?」


    スミレは、そこまで考え事をしていたらしい。ふと、顔を上げる。


スミレ「『あんたはえらい』だ」

ユウコ&アカネ「はぁ?」

スミレ「『あんたはえらい』。ほら、この声の人だよ」

ユウコ「そういえば」

アカネ「先輩が?」

ユウコ「でも、この声は?」

アカネ「うそぉぉお」

マコト「おーーい。ちゃんと結んだのか? 引っ張るぞ?」

    ユウコとアカネは目配せをする。

    その目線に、スミレもうなずく。ロープを持つ三人。

    と、そこへアイが登場


アイ 「マコト!」

ユウコ「良いですよ〜先輩♪ ってこの声は!?」

マコト「お姉ちゃん!?」

穴の中の三人「お姉ちゃんだぁ!?」

アイ 「マコト。あたしに逆らうの? 帰りましょうっていったわよね?」

マコト「でも、僕はあの子たちを助けたいから」

アイ 「(呆れて)それが、あんたの誠ってわけ? あれだけ気にするなって」

マコト「違うんだよ姉ちゃん」

アイ 「違う?」

マコト「確かに僕はマコトって名前の通りに生きなきゃって思ってた。
    まっすぐ生きなきゃ。人に嘘をつかない人間に。曲がったことをしないようにって。
    でも、そんな生き方していても誰も見てくれなかった……誰も、認めてくれなかった」

アイ 「だから、穴を掘ったのね?」

マコト「耐えられなくなったら、ここに来ていたんだ。穴の中で空想で空を飛んで……
    また、頑張れるって何度も自分に繰り返して。でも、違っていたんだ」

アイ 「だから、一体何が」

マコト「名前なんかに、縛られちゃいなかったんだ。
    誰にも、求められちゃいなかったんだ。僕は、ただやりたいからやる。それだけだったんだ」

アイ 「……(少し嬉しそうに)ふぅん。それならいいわ。勝手にしなさい」

マコト「はい! ほら、お前等、引っ張るぞ!」


    アイは去りかけに振り返り、


アイ 「マコト!」

マコト「え?」

アイ 「確かに、前田愛なんて、今はマイナーかもしれないわ」

マコト「……うん!」


    アイが去る。
    三人は、当然穴の外の会話を聞いている。
    にんまりと笑って。


アカネ「ユッコは重いから、しっかり腰入れて下さいよ」

スミレ「途中で落っことしちゃダメですよ〜」

マコト「了解〜」


    瞬間、三人が引っ張った。


マコト「うわああああああああ」


    ロープが落ちる。
    そして、マコトが舞台を転がって、穴の中までやってくる。


三人 「いらっしゃーーい」

マコト「お前ら何するんだよ……」

ユウコ「いや、何となく」

マコト「何となくって……あっ(マコトは、自分が布をかけていたボタンが見えているのに気づく)」

アカネ「(マコトの視線の先を追って)あ?」


    ユウコとアカネとスミレはヤッパリという顔で見つめ合い、ふと、マコトに笑顔を向ける。


三人 「あんたはえらい!」

    沈黙は長くない。
    マコトは、三人が自分の話を聞いていたこと、
    そして、自分が一人で悩んでいたことを分かってくれたことを知る。


マコト「…………もうしわけありませんでしたぁ!!」


    謝るマコト。
    笑う三人。照明が一度明るくなって、そして溶暗。
    ほんのちっぽけな行動が、何となく世界を変えている。