あなたがかける明日
作 楽静


登場人物

ミヅキ かつて少女だった女性
赤ずきん おばあさんの家を探す途中。
長靴を履いた猫 旅の途中の猫。赤い長靴を履いている。
白雪姫 白雪姫。赤い唇と黒い髪。白い素肌を持つ
オオカミ 三匹の子豚のオオカミ。赤いチョッキを着ている。
人形 人形。赤いリボンをつけている。
物語る男 絵本を読む男


0
    月の光が照らす森の中、長靴を履いた猫が座っている。
    赤ずきんが歩いてくる。声をかける赤ずきんに答えて
    長靴を履いた猫は立ち上がる。
    オオカミがやって来る。白雪姫がやって来る。
    そして二人と二匹は歩き出す。
    人形が、その後をそろそろと追いかけていく。

1 三月某日

    舞台上手端では、そんな四人の動きと関係なく
    一人の少女(ミヅキ)がダンボールに物をつめている。
    ミヅキの格好は、もうすぐ寝ますよといった感じ。
    そこはミヅキの部屋のようだ。押入れの整理をしているのだ。
    ミヅキは携帯を片手に持っている。


ミヅキ はい。大丈夫です。明日の11時の電車で。ええ。荷物を片付けて明後日には出社できます。はい。いえ、よろしくおねがいします。失礼します。


    ミヅキが携帯を閉じて床に置くと、すぐに着信が入る。
    友人からの電話。


ミヅキ はい。あ、さっちん? メール見てくれたんだ? そうなの。秩父。なに? ……止めてよ、秩父の人が聞いたら怒るよ。まぁ、急っちゃ急だけど。
   予感はあったっていうか。うん。今荷造り中。いいよ。忙しいだろうし。うん。是非来て。みんなでまた飲もうよ。はーい。絶対ね。はーい。じゃあね。


    と、携帯を置く。メールが来ている。友人からのメール。


ミヅキ (メールを読んで)うん。頑張るよ。


    と、また電話が鳴る。彼氏からの電話。


ミヅキ はい。なによ。今忙しいんだけど。うん。大丈夫。明日寝坊しないでよ。うん。じゃあね。おやすみ。


    携帯を置く。さてと、といった顔で押入れを見る。
    と、下から声が聞こえたのか声に答える。


ミヅキ わかってるよ。もう寝るとこだから。仕方ないでしょ。急だったんだから。いいの! 一人でやれるって。(独り言で)もう。うるさいな。
   (下に)お母さん! お父さんがこっち来ないようにしててよね!


    と、また押入れに向き合う。


ミヅキ いる。これはいらない。これは……いらない。ああ。もう、なんでこんな物とっておいたんだろ。全部捨てていくか。どうせ向こう行っても使わないし。


    じっと、押入れを見るがやがて諦めてように整理に没頭し始める。


ミヅキ ……これは、いる。これはいらない。これは……これは?


    一体の人形を取り出し、ミヅキは首をかしげる。ゴミ袋に捨てる。
    ミヅキが一冊の本を取り出す。それはかつてミヅキが書こうとした絵本。

    舞台下手端には物語る男が座っている。服を覆うように黒いマントを着ている。
    ミヅキが本を取り出したと同時に、男もまた本をどこからか取り出す。
    ミヅキが読みふけるのと同じように、男もまた本を読む。
    ただし、男は声に出して。


物語る男 むかしむかし。まだ言葉が本当の力を持っていた昔の話です。空は青く。風たちが笑いながらくるくると回り。お日様はニコニコと照らしていました。
ミヅキ 下手くそな字。……懐かしいな。
物語る男 森の中を赤頭巾は歩いていました。パンとぶどう酒をおばあさんに届けるよう、お母さんに買い物を頼まれたのでした。(ページをめくる)
ミヅキ (ページをめくる)ああ、下手な絵。それは今もか。


    赤いリボンをつけた少女(人形が現れる)ミヅキをじっと見つめる。


物語る男 ふと、赤い色が通り過ぎたような気がして、赤頭巾は振り向きました。
ミヅキ (ふと、視線を感じて振り向く)……え?
人形 忘れないで。


    ミヅキの姿は少女とともに無くなる。
    物語る男は変らず語り続ける。


物語る男 そこには誰もいませんでした。小首をかしげながら、赤頭巾は再び歩き出しました。(ページをめくる)赤い長靴を履いた、賢そうな猫がいました。
      赤い長靴は、赤ずきんがさっき見た赤色より、少しくすんで見えました。


    赤頭巾と長靴を履いた猫が姿を表す。


赤頭巾 あなたは誰?
物語る男 赤頭巾は尋ねました。
長靴 僕は猫さ。君は?
赤頭巾 あたしは赤ずきん。
長靴 どこへ行くのさ。
赤頭巾 おばあさんのところへ。パンとぶどう酒を届けるの。
長靴 僕も一緒に行こうかな。ここは退屈だからね。


    赤頭巾と長靴を履いた猫の姿が消える。


物語る男 赤ずきんと長靴を履いた猫は一緒に行くことにしました。赤色を見たような気がして、赤ずきんは振り向きました。
     瞬間いたずら好きの風が通り過ぎて赤頭巾は目をこすりました。次に目を開けたとき、そこには誰もいませんでした。


   物語る男の姿が消える。
   世界は闇に包まれる。


2 森の中


    絵本の中の森の中。
    中央にミヅキが眠っている。
    赤頭巾と白雪姫、長靴を履いた猫とオオカミが囲んで見下ろしている。
    オオカミが臭いをかごうとして、赤頭巾がそれを止める。
    長靴を履いた猫はつまらなそうにヒゲをいじっている。
    白雪姫がどこか心配げな顔で覗き込む。


白雪 起きないですね。
長靴 起きたくなったら起きるだろうさ。
オオカミ でもですね。打ち所が悪かった、なんて事だったらどうします?
長靴 その時はおしまい。あんたが食べちまえばいいだろう?
オオカミ 嫌ですよ。私は子豚しか食べないことにしているんですから。
赤頭巾 あたしの知ってるオオカミさんは、おばあさんもあたしも丸呑みにしちゃうけど。
オオカミ ですからそれは赤頭巾さんのオオカミでしょう? 私は三匹の子豚のオオカミなんですって何度も申し上げているじゃないですか。参っちゃうなぁ。
白雪 ほらほら、オオカミさんを困らせたらかわいそうですよ。
オオカミ 白雪姫。あなただけですよ、そう言ってくれるのは(と、白雪による)
白雪 ごめんなさい。ちょっと近い。
オオカミ すいません。
赤頭巾 ダメだよ。白雪を食べようとしちゃ。
オオカミ 食べませんって。(白雪姫に)食べませんから。
白雪 (ちょっと下がりつつ)ええ。信じてますよ。
オオカミ 信じてます? それ信じてます? 本当の本当に信じてます?
白雪 信じてます!
オオカミ (びくりとする)
白雪 よ?
オオカミ あ、ありがとうございます。
長靴 ま、ネコの僕には全然関係ないけどね。
赤頭巾 会話に入れなくていじけてる〜。
長靴 それにしても起きないな。
赤頭巾 話しそらした〜。
長靴 (思い切り舌打ちをする)
赤頭巾 ごめんなさい。


    と、そんな会話の途中でミヅキは目を覚ます。

オオカミ おや、起きたみたいですよ。
ミヅキ あれ、いつの間に寝ちゃってたのかな……(と、オオカミを見て)ああ、なんだかよく寝ちゃったな。(と、もう一度オオカミを見る)
オオカミ にっ(と、笑う)
ミヅキ うわあああああ。お、お、オオカミぃ!?
オオカミ そんな大声で怖がらなくても……
長靴 まぁ、君はそういうキャラクターだからね。
ミヅキ (長靴を履いた猫を見て)ネコが、喋ってる。
長靴 普通だよ。
白雪 どこか痛いところはありませんか?
ミヅキ 痛いところ……別にどこも。というかあなたは(誰?)
赤頭巾 大丈夫。ここにいるみんな、あなたを傷つけるようなことはしないから。絶対に。
ミヅキ ここ? ……ここは、ドコ。
長靴 森。
ミヅキ もり? 
オオカミ 森ですよ。森の中。
白雪 木々に囲まれて、風と、木漏れ日が集う場所。
赤頭巾 あたし、おばあさんちに行く途中なんだ。
ミヅキ 森!? え、森って、その森!?
赤頭巾 この道をずっと行くとおばあさんの家のはずなんだよ。
オオカミ 私は道に迷ってまして。そうしたら、この子が一緒に行こうって言うものですから。
長靴 僕は退屈していたんでね。ついて来たんだ。
白雪 私はお城から逃げ出して。泣いていたところを拾われたんです。
ミヅキ (辺りを見て)木だ。草。空……青い。
赤頭巾 今日もいい天気だよね。
オオカミ ほら、風が楽しそうに笑ってますよ。
ミヅキ さっきまで、夜だったはずなのに。
赤頭巾 さっきは朝だったよ?
ミヅキ 私の部屋は!? ついさっきまでいた私の部屋は?


    二人と二匹はそろって首をかしげる。


ミヅキ だってさっきまで引っ越しの準備してて、
赤頭巾 ミヅキ、引っ越すの?
ミヅキ そうよ。だからいらないもの捨てなくちゃって思って久々に押入れの整理をって、……なんで?
赤頭巾 どこに引っ越すの?
ミヅキ ……秩父。
赤頭巾 どこだそれ〜
長靴 聞いても分からないのになぜ聞く。
オオカミ たしか、こういうこういう形のところですよ。(と、形を表現しようとする)あれ? 違いました?
ミヅキ なんで?
オオカミ ごめんなさい。うろ覚えで知ったかぶりしました。
ミヅキ (赤頭巾に)なんで、(私の)名前知ってるの?
赤頭巾 久しぶりで、嬉しくて呼んでみちゃった。
ミヅキ 久しぶり?
赤頭巾 ずっと、待ってたんだ。
白雪 そうね。ずっと。
オオカミ みんな、待っていました。
長靴 僕は別に待ってないけど。
ミヅキ 何、言ってるの?
赤頭巾 待ってたんだよ。ずっと、ミヅキに会えるのを、ずっと。ずっと待っていたんだ。
ミヅキ ……ああ、そうか。夢か。明晰夢(めいせきむ)って奴か。
赤頭巾 明晰夢?
長靴 夢を見ているって分かる夢のことさ。
ミヅキ すごいな。初めてだ。へぇ。こんな感じなんだ。うわ、じゃあ、起きなきゃ。どうやって起きるんだこれ。
オオカミ 気分でも悪いんですか?
ミヅキ 来るな! ……なんなのよ。待ってた? 分けわかんないって。どうやって起きんのよこれ。
赤頭巾 ミヅキにね、あたし達の願いを聞いて欲しいんだ。だから、
ミヅキ うるさい! 放っておいてよ。あたしのことは。忙しいんだから。


    ミヅキが走り去る。


赤頭巾 ミヅキ!


    赤頭巾が追いかける。


オオカミ ああっ! えっと、どうすればいいんでしょうか?
白雪 あらあら。困っちゃいましたね。
長靴 追うしかないんじゃないかな。
オオカミ そ、そうですよね。よし。まてえええええ。
白雪 あ、オオカミさん。それちょっと怖いと思いますけど。


    オオカミと白雪が追う様にして去る。


長靴 こんな調子で上手くいくのかな。(と、誰かに話しかけるように)ねぇ? どう思う? ……ま、答えるわけないか。


    長靴を履いた猫も追いかけて去る。
    人形がそっと現れる。
    追おうとして俯く。
    闇が包み込む。


3


    物語る男がいる。
    絵本を開いて読み始める。
    物語る男が絵本を読んでいるうちに、舞台には五人の登場人物が集まってくる。


物語る男 日の照らす小道を風に押されて二人が歩いていると、赤いチョッキを来たオオカミがいました。赤いチョッキは少し破れていて、
     赤ずきんがさっき見た赤色よりも汚れて見えました。オオカミは三匹の子豚を探していました。
長靴声 この辺では見ていないよ。
物語る男 猫がヒゲを揺らしながら答えると、オオカミはそうですかと頷いてから聞きました。
オオカミ声 お嬢さんとお坊ちゃんはどこに行くんです?
赤頭巾声 おばあちゃんのところだよ。
長靴声 この子のね。パンとぶどう酒を届けるんだ。
オオカミ声 私も一緒に行ってもいいでしょうか?
赤頭巾声 いいよ〜。
物語る男 こうして、オオカミも一緒についてくることになりました。赤色を見たような気がして赤ずきんは顔を上げました。そこには誰もいませんでした。


    森の中。
    走りつかれたミヅキがへたり込んでいる。
    その周りを二人と二匹が囲んでいる。


赤頭巾 大丈夫?
ミヅキ 私に、触らない、で。
白雪 はい。これ。(と、ハンカチを差し出す)
ミヅキ 触らないで、って言ってるでしょ。
白雪 でも、汗かいてるでしょう。そのままだと、風邪を引いてしまいますよ。


   ミヅキは黙ってハンカチを受け取る。


長靴 しかしずいぶん走ったね。
オオカミ 本当。正直、しんどかったですよ。
長靴 持久力無いね。君は。
オオカミ 面目ないです。
赤頭巾 ねぇ。どうして逃げたの?
ミヅキ ……走ってれば、目が覚めるかと思ったのに。
赤頭巾 眠かったの?
ミヅキ この夢からに決まってるでしょ。こんな夢。なんで今更。
長靴 今だからだよ。
ミヅキ 今?
白雪 今じゃないと、あなたは遠くに行ってしまうでしょう?
オオカミ 遠くに行くのは私たちのほうかもしれませんが。
ミヅキ だからなに? 恨み言でも言おうってわけ?
赤頭巾 だから願ったの。
長靴 僕らみんなでね。まさか叶うとは思わなかったけど。
オオカミ あなたは来てくれた。
白雪 それが何故かはわからないけど、
赤頭巾 でも、願っちゃダメかな? 叶えてくれると信じちゃダメかな?
ミヅキ 一体何をやらせようって言うのよ!
長靴 物語の中の僕らが願うことなんて一つくらいだと思うけど。


    二人と二匹はじっとミヅキを見つめる。
    赤頭巾はどこからか絵本を取り出す。


赤頭巾 終わらせて欲しいの。私たちの物語を。この絵本の続きを書いて。


   三人と二匹の時間は止まる。物語る男が語りだす。


物語る男 切り株に女の子が座っていました。女の子は赤い唇をしていました。赤ずきんが見た赤色とは違うけれど、綺麗な赤でした。
長靴声 君は誰?
物語る男 長靴を履いた猫が聞きました。
白雪姫声 白雪。
物語る男 女の子の素肌は雪のようで、名前の通りねと赤ずきんは思いました。途端、自分が急にみすぼらしいものになったような気がして、
     赤ずきんはしゅんとしました。白雪姫の唇に比べてみると、自分の頭巾の赤は色あせているように見えたのでした。
     そんな自分が赤ずきんで、綺麗で赤い唇を持った少女が白雪姫だなんて。でも、と赤ずきんは思いました。
赤頭巾声 あたしがさっき見た赤色は、もっと綺麗だったな。
物語る男 白雪姫は行くところが無いようでした。そこで一緒に、おばあさんの家を目指すことになりました。
      木の影から仲良さげに歩く二人と二匹をじっと見ている少女がいました。仲間に入りたくて。でも、なんて言葉をかけていいか分からなくて。
      それは人形でした。


    止まっていた時間が動き出す。


ミヅキ 無理! そんな事出来るわけない!
赤頭巾 どうして?
ミヅキ 何年前に書いたと思ってるのよ!
長靴 10年かな? 君は確か小学生くらいだったからね。
ミヅキ それだけ昔の話でしょ。
オオカミ たった10年じゃないですか。
ミヅキ あたしからしたら大昔よ。
赤頭巾 そういえば、ミヅキ、大きくなったね。
白雪 いつの間にか大きくなるんですよね。人は。
ミヅキ だからもう書けないの。あの頃とは違うんだから。
赤頭巾 同じのを書いて欲しいわけじゃないよ。続きを書いて欲しいだけ。
ミヅキ どんな話だったかなんて覚えてない。
オオカミ 走りながらずっと説明したじゃないですか。
長靴 まだ理解できてないの? 馬鹿なの?
ミヅキ そういうことじゃなくて。
オオカミ だからゆっくり説明しますとね? 赤頭巾が、始め長靴を履いた猫さんに会って、私に会って、そして白雪さんに会って、
ミヅキ そういうことじゃないの。
長靴 じゃあなにさ。
赤頭巾 どういうことなの?
オオカミ なんなんですか?
ミヅキ だから、その、
長靴 だから、なにさ?
白雪 (猫の肩を抑えて)そんな責めるように聞いたら、言いたいことも言えなくなってしまいますよ。(ミヅキに)大丈夫ですよ。私たち待つことは得意なんです。
   だからゆっくり話していただいていいんですよ。


    ミヅキが見ると、周りの面々はゆっくり話を聞こうというポーズを取る。


ミヅキ ……どう進めようとしていたかなんて、覚えてないの。赤頭巾がちょくちょく見ていた赤い色もなんだか分からないし。
   ずっと見ていたっていう少女に関係するんだろうけど。でもその少女っていうか人形も誰だとか。多分、あんたたちと同じ何かの登場人物なんだろうけど。
長靴 だったら直接聞いてみればいいと思うけど。
ミヅキ 直接?
長靴 その子なら、そこにいるから。


    長靴が見る方向を思わずミヅキも見る。
    赤いリボンをつけた少女(人形)がやって来る。


4


ミヅキ 赤い……リボンだったんだ。
人形 お気に入りです。
ミヅキ あなたは誰?
人形 覚えて、ないよね。


    人形がゆっくりとミヅキに寄る。
    人形の手がミヅキの手に触れる。


ミヅキ えっと、その……
人形 ごめんなさい。
ミヅキ え?
人形 ごめんなさい!


    人形はミヅキの手を引くと走り出す。


ミヅキ ちょ、ちょっと!


    手を引かれたミヅキは、そのまま人形と一緒に去る。


長靴 あらら。こうなったか。
物語る男 それは人形でした。
赤頭巾 なんであの子走って行っちゃったの?
長靴 さぁ?
物語る男 人形の女の子は真っ赤なリボンをつけていました。
オオカミ 走りたかったんですかね。
物語る男 ずっと赤ずきんたちを見ていた赤とは人形のものだったのです。
赤頭巾 ミヅキ、あんなにさっき走ったのにね。
物語る男 人形は自分の赤いリボンが好きでした。でもその赤いリボンは、白雪姫の唇よりくすんでいて、長靴を履いた猫の長靴よりもあせていて、
     オオカミのチョッキより汚れていて、赤ずきんの頭巾よりも薄く思えました。
白雪姫 上手く、いくでしょうか。
長靴 どうだろう。
物語る男 こんな色のリボンをつけた自分が出て行っても、笑われないかしら。そう考えると人形の女の子は哀しい気持ちになって、うつむいて――
赤頭巾 追いかけようよ。


    物語の登場人物たちは頷く。
    そして走り出す。
    長靴が最後になる。


物語る男 無駄だよ。


    長靴の足が止まる。


物語る男 あの子の中に、もう君たちはいない。そんなの、すぐに分かっただろう?


    長靴は物語る男を見ない。
    ぐっと何かをこらえて走り出す。


物語る男 (絵本をめくる)真っ白。真っ白。……ずっと真っ白。


    物語る男が去る。
    雰囲気が変る。

5


    人形とミヅキが走ってくる。


ミヅキ ちょ、ちょっと! どこまで行くのよ!


    人形が思わず立ち止まる。
    ミヅキを見て、自分の手を見、はっとして手を離す。


人形 ごめんなさい。
ミヅキ 森の中駆け回るなんて、ほとんどしたことないんだからね。走るの自体最近、ご無沙汰しているって言うのに。
人形 ごめんなさい。
ミヅキ いいわよ、別にもう。
人形 ごめんなさい。
ミヅキ なんであなたが謝るの?
人形 わたしが……
ミヅキ ……あなたが呼んだの? 私を?
人形 わたし……。
ミヅキ なんで?
人形 ……
ミヅキ なんで今更? もう昔の話でしょ? そりゃ確かにあの頃暇なときにお話を考えて書いたりしていたけど。
   でも、書きあがらない話なんていくらでもあったし。第一、この絵本だって気まぐれで書いたのよ? 適当に時間を潰すつもりでね。多分。
   もうなんで書いたか覚えてないけどさ。今続きを書けなんていわれても浮かぶわけないの。わかるでしょ? ……分からないか。
   あんたも、あいつらと同じお話のキャラクターなんだものね。あれ? ……あんた、誰だっけ? 何の絵本のキャラだっけ?
人形 わたしは……


    と、長靴を履いた猫が追いつく。


長靴 その子は独りだったんだよ。ずっと。


    オオカミが追いつく。


オオカミ 独りじゃなくてもいいのに、一人にさせられたんですよ。
長靴 君が、独りだったからね。
ミヅキ 私が?
長靴 覚えているだろう? なんで絵本なんて書こうとしたのか。
ミヅキ だからそれは暇潰しで。
長靴 なんで?
ミヅキ なんでって。だから、
長靴 なんで暇をつぶす必要があったの?
ミヅキ 暇だったからよ。


    赤頭巾が追いつく。


赤頭巾 一人ぼっちで?
長靴 本当は分かっているんだろう? 一人で暇を潰す方法がそれしかなかったんだって。
オオカミ 誰も仲間がいないから、一人だったから。だから絵本を書いたんですよね?
ミヅキ それは……


    白雪姫が追いつく。


白雪 それはきっととても楽しい時間で、寂しい時間。
赤頭巾 色鉛筆が減っていくたびに、新しい色が生れて。
オオカミ 色が仲良く増えていくほど、独りっきりが濃くなって。
長靴 だから君は一人ぼっちを登場人物に選んだ。一人で森を歩く赤頭巾。
赤頭巾 三匹の子豚を見つけられないオオカミ。
オオカミ お城から出た白雪姫。
白雪 そして、一人ぼっちの喋る猫。
ミヅキ 勝手なことばかり言わないで。分かったようなことばかり言って。そんな事まで考えて書いてない。
長靴 だけど、何も彼女を独りのままにすることはなかったじゃないか。僕らに出会わすことすらしないで、森の中で一人ぼっちのままにして。
   そのまま忘れてしまうなんて、あんまりじゃないか。
ミヅキ だから、何? 絵本の中くらい楽しく終わらせておけってこと? そんな事のためにこんなところまで呼び出したわけ? 今更? 私が悪かったから? 
   放っておいた責任を取れって? ……わかった。私が悪かったから。ごめんなさい。ね。いいでしょ? もう。私忙しいの。
   明日には引っ越さなくちゃいけないの。仕事があるから。そんないつだったかも分からない昔のことでね、
赤頭巾 10年前だよ。
ミヅキ 10年だか100年だか前のことを蒸し返されても、
長靴 君は小学生だった。
ミヅキ だから覚えてないって。
白雪 いつだって一人で。
オオカミ 一人でいるのが辛いくせに臆病で。
ミヅキ やめて。
赤頭巾 誰かの輪に入りたいのに声をかけられなくて。
長靴 何を話していいのか分からなくて。
白雪 誰もがあこがれる人になりたくて。なれなくて。
オオカミ 一人で絵を描いていた。あの頃、
ミヅキ 止めてって言ってるでしょ! そんな事分かってるわよ。自分が独りだったことくらい。覚えてるわよ。寂しくて、強がって、一人で。
   全部、全部覚えてるわよ! 忘れたいのよ! 無かったことにしたいの! 分かるでしょ! もう、思い出させないでよ。


    ミヅキがしゃがみ込む。
    そんなミヅキを守るように人形が前に出る。


人形 もう、いいよ。……もういいの。
長靴 君がいいんなら、僕らはいいけどさ。


    人形はミヅキを見る


ミヅキ なに。……そんな顔しても私は書かないから。
人形 ごめんなさい。
ミヅキ なんで謝るの。
人形 ごめんなさい。嫌なことを思い出させて。


    人形はミヅキを抱きしめる。


人形 本当は、ただこうしたかったの。もう一度、あなたに触れたかったの。……うん。暖かいな。


    人形は去る。


6


    少ししらけた空気が漂う


赤頭巾 いいの?
ミヅキ ……
長靴 このままでいいの?
ミヅキ 私は、
長靴 うん。
ミヅキ あのころの私じゃない。あの頃書いたものなんて、今書けない。
長靴 いいんじゃない? それならそれで。
オオカミ いや、でも、それじゃあ
長靴 どうせこれはミヅキにとっては夢みたいなものさ。
赤頭巾 め、なんとか。
白雪 明晰夢。
赤頭巾 それ。
長靴 見ていることが分かっている夢。朝になればとける幻。それでいいじゃないか。僕らは君に書かれた者たちだからね。君の考えに喜んで従うよ。
ミヅキ そう。
長靴 でも、いいのかな? あの子だけは僕らと完全に同じというわけじゃないんだけど。
ミヅキ ……どういうこと?
長靴 そう。忘れてるんだよね。一人だった君にも、友達がいたこと。だから君はその子を自分の絵本に書いたのに。自分の絵本に書いて……
   忘れて、閉じ込めたままにしたのにね。
ミヅキ あの、人形?
長靴 君がどんなに君の世界で誰かと笑っていても、あの子は何時も一人なんだ。君が一人にしたんだ。それがどんなに(寂しいことか)……
   ずっと一緒だったんだ。君が一人だった時はずっと。一番側にいたんだ。本当にすぐ側に。でも、もういらないんだよね。忘れたい過去だもんね。
   無かったことにしたいんだもんね。ま、あったことすら忘れていたのなら仕方ないよね。
ミヅキ 私が、さっき……


    ミヅキがじっと手を見る。
    その肩を押すように長靴を履いた猫は手を乗せる。


長靴 いいの?


    ミヅキが人形を追って走り去る。


赤頭巾 さすが猫さん。
長靴 口先でどうにかするのは僕の得意技だからね。
オオカミ うまくいきますかね。
白雪 いくといいけど。
長靴 ま、後は彼がどう出るかだね。


    皆うなずく。そして追いかけるように去る。


7


    森の奥。
    物語る男が歩いている。
    その後ろから人形がとぼとぼやって来る。
    男が人形を見る。人形が口を開こうとする。


物語る男 (喋らなくても)いいよ。……もう、いいの?
人形 (頷く)
物語る男 願わなければ良かったと思う?
人形 (首を振る)
物語る男 どうして? 俺には分かってたよ。もう、ダメだろうって。役目は終わったんだよ。


    人形は大事なモノを抱くように、そっと両の手を胸の前で組んだ。
    物語る男は寂しそうに見て、


物語る男 そうか。……じゃあ、いこうか? その思い出が暖かいうちに。大丈夫。すぐだから。道が分かるように印をつけておいたんだ。
      こういうの得意なの、知ってるだろう? だから、行こう。
人形 ……(頷く)


    人形と男は歩き出す。
    ふと、声が聞こえた気がして人形は立ち止まる。


物語る男 どうしたの?
ミヅキ 待って!


    ミヅキが走ってくる。
    人形をミヅキから守るように、物語る男がミヅキに向かう。


物語る男 なにか用かな?
ミヅキ 誰!? その子をどうする気?
物語る男 お前は要らないと言う。だから俺がもらっていくよ。
ミヅキ もらう?
物語る男 俺の世界に連れて行くんだ。
ミヅキ あなたは誰?
物語る男 俺は、叶える者だよ。
ミヅキ 叶える者?
物語る男 どんなものにも魂は宿る。例え動かぬ人形だとしても。そんな魂の願いを叶え、連れて行くんだよ。この子にとっては俺がそうなんだ。
      さぁ、もういいだろう? この綺麗な魂を、思い続けて輝いた魂を、俺の世界に連れて行かなくちゃいけないんだ。
ミヅキ お願い。その子を連れて行かないで。
物語る男 今更。そう言ったんだろ? 君がこの子に。この子はお前には必要ないものだ。 必要ないと捨てたものだ。
      飽きたおもちゃが捨てられると分かった途端に泣き出す。そんな駄々っ子のような子だったかな君は。
ミヅキ 違う。
物語る男 何が違う? 一人ぼっちで閉じ込めて。この子の願う最後の願いも君は聞かずに捨てた。
ミヅキ 知らなかったのよ! ずっと、側にいてくれたのに。何も言わずに居てくれたのに。知らなかったの。私は一人だと思っていたから。
物語る男 一人だよ。これは夢だ。起きれば全て幻。人形は笑わない。絵本は語り掛けない。それでいいだろう? そうやって生きてきたんだろう? 
     そうやって、生きていくんだろ!
ミヅキ でも、その子は私だから。一人だったときのあの子だから。
物語る男 だから一人じゃなくなったらいらないんだろう! 思い出すのは辛いから。寂しいから。小さな記憶のカケラなど無かったことにするんだろう。
     忘れればいい。何故ここが森なのか。この子が何故一人なのか。全て!
ミヅキ 何故ここが森なのか?
物語る男 とにかく。忘れればいいんだ。
ミヅキ でも、やっぱり私なの。私の中の大事なカケラなの。
物語る男 思い出したくないんだろ! 忘れてしまえそれも全て!
ミヅキ 暖かかったの! 思い出したくないと思っていた私も、一人だと思っていた思い出も、抱いてくれたら、暖かかったの。だから私も掴んでいたいの! 
   抱いていたいんだ。私の心を勝手に奪うな!
物語る男 ……ならば賭けようか?
ミヅキ 賭ける?
物語る男 この子が君のカケラだというのなら、カケラを賭けて書けばいい。書けなければ、この子と俺は俺の世界に駆け上がる。
     賭けに敗れたお前の心は少し欠け、まぁ、ただそれだけだ。欠けた世界など関係なく。明け方にお前は目を開ける。どうだ。カケラの賭けだ。
     カケラが欠けるか書けるかの賭けだ。
ミヅキ 書くわ。書けばいいんでしょう?
物語る男 物語はここまで続く。「それは人形でした。人形の女の子は真っ赤なリボンをつけていました。
     ずっと赤ずきんたちを見ていた赤とは人形のものだったのです。人形は自分の赤いリボンが好きでした。でもその赤いリボンは、
     白雪姫の唇よりくすんでいて、長靴を履いた猫の長靴よりもあせていて、オオカミのチョッキより汚れていて、赤ずきんの頭巾よりも薄く思えました。
     こんな色のリボンをつけた自分が出て行っても、笑われないかしら。そう考えると人形の女の子は哀しい気持ちになって、うつむいて――」
     さぁ、どう続ける?
ミヅキ 俯いて……俯いて、
物語る男 俯いて?
ミヅキ 俯いて、俯いて、でも、
物語る男 でも?
ミヅキ 勇気を出して踏み出しました。
物語る男 この子に勇気はない。
ミヅキ そんなの、
物語る男 勇気が無いから君は一人だったんだろう?
ミヅキ 急に出たのよ。
物語る男 なぜ?
ミヅキ 何故かはわからないけど。
物語る男 判らないままじゃ話は続かないだろう?
ミヅキ じゃあ、えっと、俯いているところを、誰かが気がつきました。
物語る男 誰だ?
ミヅキ えっと、赤頭巾が、
物語る男 今まで気がつかなかったのに?
ミヅキ オオカミが、
物語る男 どうやって?
ミヅキ 臭い、とか。
物語る男 この子は人形だ。
ミヅキ 猫よ!
物語る男 なぜ?
ミヅキ 白雪姫、かも。
物語る男 どうして?
ミヅキ 違う。俯いて、俯いて。俯いたままで
物語る男 俯いたままか。ずっと。こんなにも日は暖かいのに。森の中で、結局この子は一人のままか。


    俯くミヅキは顔にかかる髪をうっとうしそうに払う。
    そして、風に気づく。


ミヅキ 風。
物語る男 なに?
ミヅキ 森の中には風が吹いていた。いたずら好きな風が。そうよね? 確か、そうだったよね?
物語る男 そうだったかな。
人形 そうだよ。


    人形がミヅキに頷く。
    ミヅキは語りだす。


ミヅキ そんな人形の背中を、一筋の風が見つけました。風は木の上で休むのに飽きてしまって森の中を駆けていたのです。
   風は人形の女の子の背中に追いつくと、えいっと押しました。理由があったわけじゃありません。風は考えるのが苦手ですからね。


    人形は風に押されたようにミヅキの前まで飛び出す。
    そしてへたり込む。


人形 「あ」
ミヅキ 人形の女の子は可愛い声を一つあげると風に飛ばされました。そして、二人と二匹の丁度間に落ちるようにふわりと倒れたのです。
   二人と二匹は驚いて人形の女の子を見つめました。8つの瞳に見下ろされて、人形は思わず目を伏せました。「君は誰?」長靴を履いた猫が尋ねました。
人形 「私は、人形」
ミヅキ 目を伏せた人形が何故だかすごく寂しく見えて、赤ずきんは慌てて言いました。


    赤頭巾が現れる。


赤頭巾 「私は赤ずきん。赤い頭巾を被っているから、赤ずきん」
ミヅキ その言葉に押されたように、皆自分を紹介していきます。


    白雪姫が現れる。


白雪 「白雪姫。雪のようだから白雪なの」


    長靴を履いた猫。


長靴 「僕は猫さ。名前なんて無いよ。長靴を履いた猫って長ったらしく呼ばれることはあるけどね」


    オオカミが現れる。


オオカミ 「私はオオカミです。右に同じく」


    四人に囲まれて人形がおずおずと二人と二匹を見る。
    赤頭巾が手を指し伸ばす。


赤頭巾 「はい」


    人形の手が触れる。白雪姫がそっと起きるのを手伝う。


人形 「あ……」
赤頭巾 「あなた、ずっとあたしたちを見てたでしょ。その赤い色、見覚えあるもの」
人形 「うん。ごめんなさい。」


    人形はリボンを隠すように手で覆う。
    その手を赤頭巾は押さえて、


赤頭巾 「あなたのリボン、とても綺麗ね。あたしずっとそう思ってたんだよ」


    人形が今度こそ満面の笑みを浮かべる。


人形 「ありがとう」


    みんな笑う。
    皆の姿が闇にとける。


8 そして朝


    物語る男は少し離れた場所で絵本を呼んでいる。
    ミヅキは押入れとダンボールの間で変な体勢で寝ている。


物語る男 二人と二匹と一体の人形は笑顔で歩き出しました。風が優しく流れる道を。お日様の暖かさに押されるように。もうすぐ、お昼。
     おばあさんの家はもうすぐそこです。みんなでテーブルを囲む姿を思い浮かべて、みんなのお腹はそろってクウと小さく鳴ったのでした。


    物語る男が本を閉じる。
    人形が男に寄る。


人形 これでよかったの?
物語る男 ああ。あの子はお前を取り戻した。
人形 本当にいいの? それで満足なの?
物語る男 俺はお前が幸せならいいんだよ。


    物語る男が絵本に目を通す。
    人形が覗き込む。


人形 ありがとう……兄さん。


    その声に起こされるように明け方にミヅキは目を開ける。
    携帯を見て時間を確認する。その目がゴミ袋に向くと、
    ゴミ袋の中から人形を取り出す。
    女の子の人形を凝視し、呟く。


ミヅキ 兄さん?


    その目が押入れを見る。
    押入れの中に顔を突っ込んで中を探る。
    咳をしながら、ほこりを被った男の子の人形を取り出す。

    物語る男の体から黒いマントが滑り落ちる。
    男の子の人形と同じ服。
    女の子と男の子の人形を交互に見て、ミヅキは呟く。


ミヅキ 思い出した。なんで舞台が森だったのか。(女の子の人形に)あなたの名前は、グレーテル。そして(と、男の人形を見て)
   ……ありがとう。


    やがて、女の子と男の子の人形を隣同士に座らせる。
    そして間に本を置いた。
    再び作業に没頭するミヅキに微笑むと、
    物語る男と人形は絵本を読み始める。
    二人の後ろには物語の登場人物が現れおしゃべりを始める。
    かつて、誰もが絵本を読むたび経験した世界がそこに広がる。
    過去と未来がそうであるように、絵本の世界とミヅキの世界は
    離れているように見えて、どこか繋がっている。

あとがき
小説用に考えていたものを台本化。

小さい頃書いた絵本や物語を大きくなってから見つけると、
「なんで自分はこんなのを書いていたんだろう?」と不思議に思うことがあります。
そして、どう考えても続きが思いつかなかったり。
何故最後まで書いていなかった小さい頃の自分。なんて思ったり。
まぁ、多分続きが思いつかないから書けなくなって放り出したんでしょうけど(苦笑)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。