あなたがかける明日(2012年version)
作 楽静


登場人物

ミヅキ  かつて少女だった女性。1990年生まれ。
長靴を履いた猫  旅の途中の猫。赤い長靴を履いている。
赤頭巾  赤い頭巾の女の子。おばあさんの家へ行く途中
オオカミ  三匹の子豚のオオカミ。赤いチョッキを着ている。
人形/母(声)  赤いリボンをつけた人形/ミヅキの母(声のみ)
物語る男  絵本を読む男。

※この2012年バージョンでは、ミヅキの年齢を2013年4月からの新社会人として1990年生まれ(早生まれでは無く)としています。
但し、特に生まれ年が物語上重要な役目を持つことは無いので、公演年に合わせて年齢と生まれを変えて頂いて結構です。



0 森の中
      
  音楽。森の中、長靴を履いた猫が座っていると赤頭巾が歩いてくる。声をかける赤頭巾に答え、猫は立ち上がる。
オオカミがやって来る。一人と二匹は歩き出す。人形が、その後をそろそろと追いかけていく。音楽が高まる。

1 物語る男

       薄暗い中、音楽と共に、物語る男が歩いてくる。

物語る男 ありとあらゆるものに魂は宿る。それは使い込んだ机であっても。物言わぬ小さな人形であっても。
     人が愛したものには魂 が宿る。人を愛そうと心を燃やす。思いを語れずとも、思い続ける。
     ……でも、人はそんな簡単なことを忘れてしまう。そして、ものたちは、それが例え一時の愛だったとしても
     忘れはしない。これはそういう物語だったんだ。(と、奥を向き)(喋らなくても)いいよ。……もう、いいの? 
     願わなければ良かったと思う? どうして? 俺には分かってたよ。
     もう、ダメだろうって。役目は終わったんだよ。そうか。……じゃあ、いこうか? その思い出が暖かいうちに。

   物語る男が手を刺し伸ばす。音楽が高まり、溶暗。

2 夢の始まり。

   唐突に音楽が止まり、明かりがつく。
       ミヅキを囲むようにオオカミと長靴と赤頭巾がいる。ミヅキの格好は、寝巻き姿。

オオカミ にっ(と、笑う)おはよう。
ミヅキ お、オオカミ!? 近っ! オオカミ近っ!
オオカミ そんな大声で嫌がらなくても……
長靴 ま、君はそういうキャラクターだから。
ミヅキ (長靴を履いた猫を見て)ネコが、喋ってる。
長靴 普通だよ。
赤頭巾 どこか痛いところはある?
ミヅキ 痛いところ……そうか、あたし、頭打ったのか。
赤頭巾 なに言ってるの?
ミヅキ 打ち所が悪かったのね。待って! 落ち着かせて。
赤頭巾 ミヅキ?
ミヅキ そう、あたしはミヅキ。1990年生まれ。幼稚園時代、自分でつけたあだ名は、世界一有名なネズミ。
オオカミ ああ、ミッ(キー)
長靴&赤頭巾 (オオカミに)言っちゃだめだ(よ)!
ミヅキ 小学生の頃は、絵を書くのが大好きで、よく絵本を作ってた。気に入った絵が描けたら、そこに物語を加えたくなる。
   すると 、次に書きたい場面が浮かぶ。また絵を描く。物語の続きを書く。
   絵本が完成すると、なにか、自分がマシな人間になったような気が した。だから、いくつも絵本を書いて。
   そうやって、過ごしてた。……それで、中学生になってすぐ、クラスメイトに、
赤頭巾 「ねぇ、一緒に帰らない?」
ミヅキ え?
赤頭巾 「一緒に帰ろう?」
ミヅキ そう。誘われて、
長靴 「そのうち、クラスメイトは友達に」
オオカミ 「中学の終わりには、何人も友達が出来ていた」
ミヅキ ……高校では生徒会に立候補して、
赤頭巾 なんで?
ミヅキ 人に必要とされる仕事だから。(と、思わず答えてしまい)生徒会では会計の仕事を任されて。
   そのうち、もっと専門的に学 びたくなって、大学は経済学部へ。経営のことを学んで、資格を取った。
   おかげで就職活動では割と早いうちに販売系のお店の内定も らえて。
   いきなり移動があるって言われた時には少し後悔したけれど、新しいことに挑戦するチャンスだと今は思えてる。
   よし、覚え てる。私は大丈夫。
オオカミ 頑張ったんだね。
赤頭巾 えらいえらい。。
ミヅキ じゃあ何でこんなことに!?
長靴 ずいぶん長い現実逃避だったな。
ミヅキ これ夢? あんたたち、誰!? ここはどこ!? あたしは、(なんで)
赤頭巾 (ミヅキを指差し)ミヅキ。
ミヅキ そう、私はミヅキ。でも、ここは?
赤頭巾&長靴&オオカミ 森。
ミヅキ じゃなくて! 明日は引越しで、明後日には出社で。だからまとめてて。そう。荷物を、でも、眠くて。
   だって、終わらなく て。それで。
長靴 電話。
ミヅキ 電話?
長靴 電話が鳴ってるよ。

   電話の音。ミヅキは電話を探す。

赤頭巾 じゃあ、また後でね。
ミヅキ 後で?
オオカミ また後で。
長靴 また会えるなら。
ミヅキ あなたたちは、誰?

   物語る男が現れる。赤頭巾、長靴、オオカミ、が去る。

物語る男 そうして、お前は忘れていくんだろう。
ミヅキ え?
物語る男 かつてあったものを。ずっと待ってるものを。待つことしかできないものを。欠けたものに気づかないまま。
     無くしていく んだ。
ミヅキ なにそれ。どういうこと……
3 三月某日 ミヅキの部屋。

   物語る男が去る。舞台は急速にミヅキの家の中へと変わる。
   ミヅキの部屋は、段ボール箱が置いてある。
   押入れがあるが、見えなくてもいい。

母(声) ミヅキ 何時だと思ってるの。起きてるなら電話に出なさい!
ミヅキ え……? え? あれ? 立ったまま寝てた!?
母(声) ミヅキ~? 寝てるの?
ミヅキ 起きてるよ! 今出るとこ!

   ミヅキは電話に出る。
   友人からの電話。

ミヅキ はい。あ、さっちん? ごめん。寝てた。 そうなの。明日から秩父。え? エロい!? なんで?
   ……やめてよ、秩父の人が聞いたら怒るよ。……うん。呼ぶ呼ぶ。みんなで飲もうよ。はーい。絶対ね。はーい。
   じゃあね。(と、携帯を置く)……いつの間に寝ちゃってたんだろ。

   と、また電話が鳴る。
   彼氏からの電話。

ミヅキ なに。今忙しいんですけど。うん。大丈夫。わかってる。なんとか睡眠時間は確保するから。

   と、携帯を耳に当てたまま、押入れに向き合う。
   かつての思い出をゴミ袋に捨てながら。

ミヅキ うわぁ。まだこんなにあるよ……(と、電話に)え? ないない。なに、元カレからもらったものとか、
   取っておいて欲しか ったの? でしょ? じゃあ、忙しいから切るよ。……うん。明日はお願いね。頼りにしてる。じゃあね。

   携帯を切ると、再び整理に没頭し始める。

ミヅキ ……これはいらない。これはいる。

一体の人形を取り出し、ミヅキは首をかしげる。

ミヅキ これは……いらないか。

   と、ゴミ袋に捨てる。

ミヅキ これは?

   ミヅキが一冊の本を取り出す。それはかつて少女が書こうとした絵本。
   舞台のもう一つの端には物語る男が座っている。
   服を覆うように黒いマントを着ている。
   少女が本を取り出したと同時に、男もまた本をどこからか取り出す。
   少女が読みふけるのと同じように、男もまた本を読む。
   ただし、男は声に出して。

物語る男 むかしむかし。まだ言葉が本当の力を持っていたむかしの話です。空は青く。風たちが笑いながらくるくると回り。
     お日様 はニコニコと照らしていました。
ミヅキ 下手くそな字。
物語る男 森の中を赤頭巾は歩いていました。パンとぶどう酒をおばあさんに届けるよう、お母さんにお使いを頼まれたのです。(ペ ージをめくる)
ミヅキ (ページをめくる)どんな話にしたんだっけ。

   赤いリボンをつけた人形が現れる。ミヅキをじっと見つめる。

物語る男 ふと、赤い色を見た気がして、赤頭巾は振り向きました。
ミヅキ (ふと、視線を感じて振り向く)……え?
人形 忘れないで。

   ミヅキはその場に崩れ落ちる。
   人形が去り、世界が森の中へと変わっていく。
   物語る男は変らず語り続ける。

物語る男 そこには誰もいませんでした。首をかしげながら、赤頭巾は再び歩き出しました。
     (と、ページをめくる)赤い長靴を履い た、賢そうな猫がいました。彼の長靴は、赤ずきんがさっき見た赤色より、
    少し、汚れて見えました。

   赤頭巾と長靴を履いた猫が姿を表す。

赤頭巾 あなたは誰?
物語る男 赤頭巾は尋ねました。
長靴 僕は猫さ。君は?
赤頭巾 あたしは赤頭巾。
長靴 どこへ行くのさ。
赤頭巾 おばあさんのところ。パンとぶどう酒を届けるの。
長靴 僕も一緒に行こうかな。ここは退屈だからね。

   赤頭巾と長靴を履いた猫の姿が消える。
   物語る男だけが浮かび上がる。

物語る男 赤ずきんと長靴を履いた猫は一緒に行くことにしました。赤い色を見たような気がして、赤ずきんは振り向きました。
     瞬間いたずら好きの風が通り過ぎて赤頭巾は目をこすりました。次に目を開けたとき、そこには誰もいませんでした。

   物語る男が去る。

4 森の中

   絵本の中の森の中。
   中央にミヅキが眠っている。
   赤頭巾と、長靴を履いた猫とオオカミが囲んで見下ろしている。
   オオカミが臭いをかごうとして、
   赤頭巾がそれを止める。
   長靴を履いた猫はつまらなそうにヒゲをいじっている。

赤頭巾 起きないね。
長靴 起きたくなったら起きるだろうさ。
オオカミ でもですね。このまま眠ったままだったらどうします?
長靴 その時はあんたが食べちまえばいいだろう?
オオカミ 嫌ですよ。私は子豚しか食べないんですから。
赤頭巾 あたしの知ってるオオカミさんは、おばあさんもあたしも丸呑みにしちゃうけど。
オオカミ ですからそれは赤頭巾さんのオオカミでしょう? 私は三匹の子豚のオオカミなんですって
何度も申し上げているじゃないですか。参っちゃうなぁ。
赤頭巾 オオカミなんてどれも同じなんだと思ってた。
オオカミ 全然違いますよ! あんな、おばあさんに化けて女の子を食べちゃうような、
下品なオオカミと一緒にしないでください!
赤頭巾 豚にいいようにやられるオオカミは上品なんだ?
オオカミ それを言っちゃおしまいですよ。
長靴 ま、ネコの僕には全然関係ないけどね。
赤頭巾 あ、会話に入れなくて拗ねてる?
長靴 それにしても起きないな。
赤頭巾 話しそらした~。
長靴 (思い切り舌打ちをする)
赤頭巾 ごめんなさい。

   と、そんな会話の途中でミヅキは目を覚ます。

オオカミ おや、起きたみたいですよ。
ミヅキ また寝ちゃってたのかな……(と、オオカミを見て)
……ああ、なんだかよく寝ちゃったな。(と、もう一度オオカミを見る)
オオカミ にっ(と、笑う)おはよう。
ミヅキ お、オオカミ!? 近っ! オオカミ近っ!
オオカミ そんな大声で嫌がらなくても……
長靴 ま、君はそういうキャラクターだから。
ミヅキ (長靴を履いた猫を見て)ネコが、喋ってる。
長靴 普通だよ。
赤頭巾 どこか痛いところはある?
ミヅキ 痛いところ……別にどこも。あれ? こんなやりとり、たしかさっきも……
長靴 良かった。今度は長い現実逃避はしないんだね。
オオカミ いきなりモノローグを始められた時にはどうしようかと思いましたよ。
ミヅキ さっきと同じ夢?
赤頭巾 やっぱりまた会えたね。
オオカミ ここで待っていれば、いつかは会えると信じてましたよ。
ミヅキ ここ? ……ここは、ドコ。
赤頭巾&長靴&オオカミ 森。
ミヅキ もり? 
オオカミ 森ですよ。森の中。木々に囲まれて、いたずら好きな風と、木漏れ日が集う場所。
赤頭巾 あたし、おばあさんちに行く途中なんだ。
ミヅキ 森!? え、森って、その森!?
赤頭巾 この道をずっと行くとおばあさんの家のはずなんだよ。
オオカミ 私は道に迷ってまして。そうしたら、この子が一緒に行こうって言うものですから。
長靴 僕は退屈していたんでね。ついて来たんだ。
ミヅキ (と、辺りを見て)木だ。草。空……青い。
赤頭巾 いい天気だよね。
オオカミ ほら、風が楽しそうに笑ってますよ。
ミヅキ さっきまで、夜だったはずなのに。
赤頭巾 さっきは朝だったよ?
ミヅキ 私の部屋は!? ついさっきまでいた私の部屋は?

   一人と二匹はそろって首をかしげる。

ミヅキ だってさっきまで引っ越しの準備してて、
赤頭巾 ミヅキ、引っ越すの?
ミヅキ そうよ。だからいらないものは捨てなくちゃいけなくて、押入れの整理を……なんで?
赤頭巾 どこに引っ越すの?
ミヅキ ……秩父。
赤頭巾 どこだそれ~
長靴 聞いても分からないのになぜ聞く。
オオカミ たしか、こういうこういう形のところですよ。(と、形を表現しようとする)あれ? 違いました?
ミヅキ なんで?
オオカミ ごめんなさい。うろ覚えで知ったかぶりしました。
ミヅキ そうじゃなくて。なんで、(私の)名前知ってるの? 私を知ってるの?
赤頭巾 久しぶりで、嬉しくて呼んでみちゃった。
ミヅキ 久しぶり?
赤頭巾 待ってたんだ。
オオカミ 僕ら、ずっと待っていたんです。
長靴 僕は別に待ってないけど。
ミヅキ 何、言ってるの?
赤頭巾 待ってたんだよ。ずっと、ミヅキに会えるのを、ずっと。ずっと待っていたんだ。
ミヅキ ……ああ、そうか。これが明晰夢(めいせきむ)って奴か。
赤頭巾 明晰夢?
長靴 夢を見ているって分かる夢のことさ。
ミヅキ すごいな。初めてだ。へぇ。こんな感じなんだ。うわ、じゃあ、起きなきゃ。
どうやって起きるんだこれ。さっきはどうやって起きたっけ?
オオカミ 気分でも悪いんですか?
ミヅキ 近寄らないで! ……なんなのよ。待ってた? 分けわかんないって。夢の中で馬鹿みたい。
   どうやって起きんのこれ。
赤頭巾 ミヅキにね、あたし達の願いを聞いて欲しいんだ。だから、
ミヅキ うるさい! あたしは忙しいの! こんな変な夢見てる暇ないんだから!

   ミヅキが走り去る。

赤頭巾 ミヅキ! え、なんで!?
オオカミ ああっ! えっと、どうすればいいんでしょうか?
長靴 追うしかないんじゃないかな。
オオカミ そ、そうですよね。よし。まてえええええ。
赤頭巾 あ、オオカミさん。それちょっと怖いと思うよ~。

   オオカミと赤頭巾が追う様にして去る。

長靴 こんな調子で上手くいくのかな。(と、誰かに話しかけるように)ねぇ? どう思う? ……ま、答えるわけないか。

   長靴を履いた猫も追いかけて去る。
   人形がそっと現れる。
   追おうとして俯くと、反対方向へ去る。

5 人形と少女

   物語る男がすれ違うようにやって来る。
   絵本を開いて読み始める。
   物語る男が絵本を読んでいるうちに、
   舞台には走りつかれたミヅキと、
   なにやら説明している長靴、
   疲れきったオオカミと、赤頭巾がやって来る。

物語る男 日の照らす小道を風に押されて一人と一匹が歩いていると、赤いチョッキを来たオオカミがいました。
     赤いチョッキは少し 破れていて、赤ずきんがさっき見た赤色よりもくすんで見えました。
     オオカミは三匹の子豚を探していました。
長靴声 この辺では見ていないよ。
物語る男 猫がヒゲを揺らしながら答えると、オオカミはそうですかと頷いてから聞きました。
オオカミ声 お嬢さんとお坊ちゃんはどこに行くんです?
赤頭巾声 おばあちさんのところだよ。
長靴声 この子のね。パンとぶどう酒を届けるんだ。
オオカミ声 私も一緒に行ってもいいでしょうか?
赤頭巾声 いいよ~。
物語る男 こうして、オオカミも一緒についてくることになりました。赤い色を見た気がして赤ずきんは顔を上げました。
     そこには誰 もいませんでした。

   走りつかれたミヅキがへたり込んでいる。
   その周りを一人と二匹が囲んでいる。

赤頭巾 大丈夫?
ミヅキ 私に、触らない、で。
赤頭巾 汗拭くだけだから。ね?
ミヅキ ……夢の中なのに、こんなに疲れるなんて。
長靴 まぁ、ずいぶんと走ったからね。
オオカミ 本当。正直、しんどかったですよ。
長靴 持久力無いよね。君は。
オオカミ 面目ないです。
赤頭巾 ねぇ。どうして逃げたの?
ミヅキ ……走ってれば、目が覚めるかと思ったのに。
赤頭巾 眠かったの?
ミヅキ この夢から! こんな夢。なんで今更。
長靴 今だからだよ。
ミヅキ なにそれ?
赤頭巾 今じゃないと、あなたは遠くに行ってしまうでしょう?
オオカミ 遠くに行くのは私たちのほうかもしれませんが。
長靴 なんせ、捨てられちゃいそうだからね。
ミヅキ だからなに? 恨み言でも言いたくて呼び出したの?
赤頭巾 たくさん願ったの。
長靴 僕らみんなでね。叶うとは思わなかったけど。
オオカミ あなたは来てくれた。それが何故かはわからないけど、
赤頭巾 だから、願っちゃダメかな? 叶えてくれると信じちゃダメかな?
ミヅキ 一体何をやらせようって言うのよ!
長靴 物語の中の僕らが願うことなんてそんなに無いと思うけど。

   赤頭巾はどこからか絵本を取り出す。

赤頭巾 終わらせて欲しいの。私たちの物語を。この絵本の続きを書いて。

   三人と二匹の時間は止まる。
   物語る男が現れ語りだす。

物語る男 歩く一人と二匹を、木の影からじっと見ている少女がいました。仲間に入りたくて。
     でも、なんて言葉をかけていいか分からなくて。それは人形でした。

   物語る男が去ると、止まっていた時間が動き出す。

ミヅキ 無理! 出来るわけない!
赤頭巾 どうして?
ミヅキ 何年前に書いたと思ってるの!?
長靴 10年かな? 君は確か小学生くらいだったからね。
ミヅキ それだけ昔の話でしょ。
オオカミ たった10年じゃないですか。
ミヅキ あたしからしたら大昔よ。
赤頭巾 そういえば、ミヅキ、大きくなったね。
長靴 いつの間にか大きくなるんだよね。人は。
ミヅキ だからもう書けないの。悪いけど。あの頃とは違うんだから。
赤頭巾 同じのを書いて欲しいわけじゃないよ。続きを書いて欲しいだけ。
ミヅキ どんな話だったかなんて覚えてない。
赤頭巾 これを読めばいいよ。
オオカミ 走りながらずっと説明したじゃないですか。
長靴 まだ理解できてないの? 馬鹿なの?
ミヅキ そういうことじゃなくて。
オオカミ だからゆっくり説明しますとね? 赤頭巾が、始め長靴を履いた猫さんに会って、私に会って、そして、
ミヅキ そういうことじゃないの。
長靴 じゃあなにさ。
オオカミ なんなんですか?
ミヅキ だから、その、
長靴 だから、なに? はっきりしてくれない?
赤頭巾 (猫の肩を抑えて)そんな責めるように聞いたら、言いたいことも言えなくなっちゃうよ。(ミヅキに)大丈夫。
    私たち待つことは得意なんだ。だからゆっくり話してくれればいいんだよ。

   ミヅキが一人と二匹を見る。
   周りの面々はゆっくり話を聞こうというポーズを取る。

ミヅキ ……どう進めようとしていたかなんて、本当に覚えてないの。悪いけど。10年だよ? 
   絵本なんて、もうずっと書いてないし。赤頭巾がちょくちょく見ていた赤い色もなんだか分からないし。
   ずっと見ていたっていう少女に関係するんだろうけど。でもその少女っていうか人形? も誰だとか。
   多分、あんたたちと同じ何かの登場人物なんだろうけど。
長靴 だったら直接聞いてみればいいと思うけど。
ミヅキ 直接?
長靴 その子なら、そこにいるから。

   長靴が見る方向を思わずミヅキも見る。
   赤いリボンをつけた少女(人形)がやって来る。

ミヅキ 赤い……リボンだったんだ。
人形 お気に入りです。
ミヅキ あなたは誰?
人形 覚えて、ない?(と、ゆっくりミヅキに寄る)
ミヅキ えっと、その……悪いんだけど。あなたも何か物語の登場人物なのよね? それで、その格好で。あれだ。
   白雪姫? は、違うか。えーっと、シンデレラ? ……じゃないよね。だよね。姫って感じではないもんね。
   じゃあ、えっと……
人形 ごめんなさい。
ミヅキ え?
人形 ごめんなさい!(と、ミヅキの手を引くと走り出す)
ミヅキ ちょ、ちょっと!

   ミヅキと人形は一緒に去る。
   入れ替わるように物語る男が現れる。

長靴 あらら。こうなったか。
物語る男 それは人形でした。
赤頭巾 なんであの子走って行っちゃったの?
長靴 さぁ?
物語る男 人形の女の子は真っ赤なリボンをつけていました。
オオカミ 走りたかったんですかね。
物語る男 ずっと赤ずきんたちを見ていた赤とは人形のものだったのです。
赤頭巾 ミヅキ、あんなにさっき走ったのにね。
物語る男 人形は自分のリボンが好きでした。でもその赤いリボンは、長靴を履いた猫の長靴よりも汚れていて、
     オオカミのチョッキよりくすんでいて、赤ずきんの頭巾より薄く思えました。
長靴 上手く、いくかねぇ。
オオカミ どうだろう。
物語る男 こんな色のリボンをつけた自分が出て行ったら、笑われないかしら。そう考えると人形の女の子は
     哀しい気持ちになって、うつむいて――
赤頭巾 追いかけようよ。

   物語の登場人物たちは頷き走り去り、
   長靴が最後になる。
   歩き出そうとする長靴に物語る男の声が届く。

物語る男 無駄だよ。……あの子の中に、もう君たちはいない。そんなの、すぐに分かっただろう?

   長靴は物語る男を見ない。
   ぐっと何かをこらえて走り出す。

物語る男 (絵本をめくる)真っ白。真っ白。……ずっと真っ白。

   物語る男が去る。
   雰囲気が変る。

6 独り

   人形とミヅキが走ってくる。

ミヅキ ねぇ! どこまで行くのよ!

   人形が思わず立ち止まる。
   ミヅキを見て、自分の手を見、はっとして手を離す。

人形 ごめんなさい。
ミヅキ 森の中駆け回るなんて、ほとんどしたことないんだからね。走るの自体最近、ご無沙汰しているって言うのに。
人形 ごめんなさい。
ミヅキ いいわよ、別にもう。
人形 ごめんなさい。
ミヅキ なんであなたが謝るの?
人形 わたしが……
ミヅキ ……あなたが呼んだの? 私を?
人形 わたし……。
ミヅキ なんで?
人形 ……
ミヅキ なんで今更? もう昔の話でしょ? そりゃ確かにあの頃暇なときにお話を考えて書いたりしていたけど。
   でも、書きあがら ない話なんていくらでもあったし。……第一、この絵本だって気まぐれで書いたのよ? 
   適当に時間を潰すつもりでね。多分。覚えて ないけど。今続きを書けなんていわれても浮かぶわけないの。
   わかるでしょ? ……分からないか。あんたも、あいつらと同じお話のキャラクターだものね。 
   それで、その……誰だっけ? 何の絵本のキャラだっけ?
人形 わたしは……

   と、赤頭巾が追いつく。

赤頭巾 その子は独りだったんだよ。ずっと。

   オオカミが追いつく。

オオカミ 独りじゃなくてもいいのに、一人にさせられたんです。
ミヅキ 一人にさせられてた? なんでよ。
オオカミ それは……
赤頭巾 ミヅキが、独りだったからだよ。
ミヅキ ……私が?
オオカミ 覚えていませんか? なんで絵本なんて書こうとしたのか。
ミヅキ だからそれは絵を描くのが好きで。
赤頭巾 なんで絵本だったの?
ミヅキ なんでって。多分、暇だったから、かな。
オオカミ なんで暇をつぶす必要があったんです?
ミヅキ 暇だったからよ。
赤頭巾 独りぼっちで?
ミヅキ それは……

   長靴を履いた猫が追いつく。

長靴 本当は分かっているんだろう? 一人で暇を潰す方法がそれしかなかったんだって。
オオカミ 誰も仲間がいないから、一人だったから。だから絵本を書いたんですよね?
ミヅキ それは……
長靴 それはきっととても楽しい時間で、だけどとても寂しい時間。
赤頭巾 色鉛筆が減っていくたびに、新しい色が生れて。
オオカミ 色が仲良く増えていくほど、独りっきりが濃くなって。
長靴 だから君は一人ぼっちを登場人物に選んだ。一人で森を歩く赤頭巾。
赤頭巾 三匹の子豚を見つけられないオオカミ。
オオカミ そして、一人ぼっちの喋る猫。
ミヅキ 勝手なことばかり言わないで。分かったようなことばかり言って。そんな事まで考えて書いてない。
長靴 だけど、何も彼女を独りのままにすることはなかったじゃないか。僕らに出会わすことすらしないで、
   森の中で一人ぼっちのままにして。そのまま忘れてしまうなんて、あんまりじゃないか。
ミヅキ だから、何? 絵本の中くらい楽しく終わらせておけってこと? そんな事のためにこんなところまで呼び出したわけ?   今更? 私が悪かったから? 放っておいた責任を取れって? ……わかった。私が悪かったから。ごめんなさい。ね。
   いいでしょ? もう。私忙しいの。明日には引っ越さなくちゃいけないの。仕事があるから。
   そんないつだったかも分からない昔のことでね、
赤頭巾 10年前だよ。
ミヅキ 10年だか100年だか前のことを蒸し返されても、
長靴 君は小学生だった。
ミヅキ ああそうだったかもね。よく覚えてないけど。
赤頭巾 いつだって一人で。
ミヅキ だから覚えてないって。
オオカミ 一人でいるのが辛いくせに臆病で。
ミヅキ ……やめてよ。
赤頭巾 誰かの輪に入りたいのに声をかけられなくて。
ミヅキ ……やめて。
長靴 何を話していいのか分からなくて。
オオカミ 一人で絵を描いていた。あの頃、
ミヅキ やめてって言ってるでしょ! そんな事分かってるわよ。自分が独りだったことくらい。覚えてるわよ。
   寂しくて、強がって、一人で。全部、全部覚えてるわよ! 忘れたいのよ! 無かったことにしたいの! 分かるでしょ! 
   もう、思い出させないでよ。

   ミヅキがしゃがみ込む。
   そんなミヅキを守るように人形が前に出る。

人形 もう、いいよ。……もういいの。
長靴 ……君がいいんなら、僕らはいいけどさ。

   人形はミヅキを見る

ミヅキ なに。……そんな顔しても私は書かないから。
人形 ごめんなさい。
ミヅキ なんで謝るの。
人形 ごめんなさい。嫌なことを思い出させて。

   人形はミヅキを抱きしめる。

人形 本当は、ただこうしたかったの。もう一度、あなたに触れたかったの。ただ、触れて欲しかったの。……それだけなの。
   ……うん。暖かいな。
ミヅキ あなたは……だれなの? 私は、あなたを知ってるの?
人形 もうミヅキは独りじゃないんだね。だったら、私はいいんだ。……本当に、ごめんなさい。

   人形は去る。

7 追いかけるミヅキと残された者たち

   少ししらけた空気が漂う

赤頭巾 いいの?
ミヅキ ……
長靴 このままでいいの?
ミヅキ 私は、
長靴 うん。
ミヅキ もう、あのころの私じゃない。あの頃書いたものなんて、今書けない。
長靴 いいんじゃない? それならそれで。
オオカミ いや、でも、それじゃあ
長靴 どうせこれはミヅキにとっては夢みたいなものさ。
赤頭巾 めい、なんとか。
長靴 明晰夢。
赤頭巾 それ。
長靴 見ていることが分かっている夢。朝になればとける幻。それでいいじゃないか。僕らは君に書かれた者たちだからね。
  君の考えに喜んで従うよ。
ミヅキ そう。
長靴 ……でも、いいのかな? あの子だけは僕らと完全に同じというわけじゃないんだけど。
ミヅキ ……どういうこと?
長靴 そう。忘れてるんだよね。一人だった君にも、友達がいたこと。
ミヅキ 友達? 私に? なに言ってるの?
長靴 だから君はその子を自分の絵本に書いたのに。自分の絵本に書いて。……忘れて、閉じ込めたままにしたんだ。
ミヅキ あの、人形が?
長靴 君がどんなに君の世界で誰かと笑っていても、あの子は今も一人なんだ。君が一人にしたんだ。
  それがどんなに(寂しいことか)……ずっと一緒だったんだ。君が一人だった時はずっと。一番側にいたんだ。
  本当にすぐ側に。でも、もういらないんだよね。忘れたい過去だもんね。無かったことにしたいんだもんね。
  ま、あったことすら忘れていたのなら仕方ないよね。
ミヅキ 私が、さっき捨てた人形が……

   ミヅキがじっと手を見る。
   その肩を押すように長靴を履いた猫は手を乗せる。

長靴 いいの?

   ミヅキが人形を追って走り去る。

赤頭巾 さすが猫さん。
長靴 口先でどうにかするのは得意だからね。
オオカミ うまくいきますかね。
赤頭巾 うまくいくといいな。
長靴 ……ま、後は彼がどう出るかだね。
オオカミ でも、これで、僕らの出番は終わりですよね。
長靴 後はミヅキとあの男の問題みたいなものだからな。あと、あの子か。
赤頭巾 なんだかんだで早かったよねぇ。
オオカミ 10年ってどのくらいなんでしょうね。わらの家だったら、何回くらい吹き飛ばせます?
長靴 10年あれば、レンガの家だって吹き飛ばせるんじゃない? よく分からないけど。
赤頭巾 ミヅキ、立派に成長してたね。
オオカミ 僕らを描いていた時からは想像つかないですよね。
長靴 あの頃のミヅキは、泣いているか、僕らの絵を描いているかしかなかったものな。それがあんな必死に走って。
  結構速かったよな。
赤頭巾 速かった速かった! こう、ばびゅーんって感じ!
長靴 なんだ「ばびゅーん」って。
赤頭巾 わかんね!
長靴 分からない言葉使うなよ。
オオカミ でも、あんな必死に走っているミヅキなんて、見たこと無かったですよ。
赤頭巾 あるわけ無いよ。ミヅキ、友達いなかったんだから。
長靴 まったくこれっぽっちもいなかったもんな。
オオカミ 誰かのために、走れる子になってたんですね。
長靴 ……僕はいつかミヅキがそういう子になるって分かってたけど。
オオカミ 本当ですかぁ?
長靴 ミヅキの描く絵本の中で、僕は一番知識があるキャラだから。だから、ミヅキにはいつか友達が出来てたよ。
  間違いない。
赤頭巾 なにそれ。言っておくけどね。あたしが、一番ミヅキに長く描かれていたんだからね。
   一番最初の絵本に出てきたのは、何を隠そう、この私なんだから。
長靴 いや、絵に描いたのは僕のほうが先だったね!
赤頭巾 あたしだったよ!
長靴 僕だって!
赤頭巾 あたしだよ!
長靴 僕!
赤頭巾 あたし!
長靴 僕僕僕僕僕!
赤頭巾 あたしあたしあたしあたしあたし!
オオカミ 案外、僕だったかもしれないですよ?
長靴&赤頭巾 ないね。それはない!
オオカミ そんな強く否定しなくたっていいんじゃないかなぁ。もしかしたら、ミヅキが生まれて初めて描いた絵は
    オオカミの絵だったなんてことが(あるかもしれないじゃないですか)
長靴&赤頭巾 ないね。それはない!
オオカミ なぜ!
長靴 嫌だろ。そんなミヅキ。
赤頭巾 (母親になって)あら? ミヅキちゃん。初めてのお絵かきね? なに描いているの?
長靴 (赤ちゃんになって) おおかみぃ。
赤頭巾 怖っ! 赤ちゃん怖っ!
オオカミ も、もしかしたら赤ちゃんの時にオオカミを描いたかもしれない人に謝ってください!
長靴 いないだろ。そんな人。
赤頭巾 (母親になって)あら? 私の可愛いベイビーちゃん。お絵かき? なに描いているの?
長靴 (赤ちゃんになって) ウルフ。
赤頭巾&長靴 怖っ! 赤ちゃん怖っ!
オオカミ 分かりましたよ! もういいです。
長靴 本当のこと言われたからって、そんな落ち込むなよ。いいじゃないか。ミヅキに描いてもらえたんだから。
赤頭巾 元気出せよ。ミヅキがいるだろ。
オオカミ いえ。そうですね。ミヅキがいるんですね。でも…。
赤頭巾 でも何よ。
長靴 ミヅキじゃ不満だって言うのか?
赤頭巾 これだからオオカミは!
長靴 まったくだよなぁ。
オオカミ 違いますよ! ……ただ、こんな風に、僕らが話していること、ミヅキは知らないままなんだなぁって思って。
長靴&赤頭巾 ……。
オオカミ 描かれた僕達が、こんなにも描いたあの子のことを考えているなんて、きっと、想像もしないんでしょうね。
    それが当たり前なんだろうけど。だけど。なんていうのかな。……僕が例えば、あの子に描かれた絵じゃなくて。
    もっとあの子の傍にいられる何かだったとしたら。あの子は僕のために走ってくれるんだろうか。
    なんて、つい思ってしまいまして。
赤頭巾 ……走るよ。
長靴 走るさ。だって、あの子は今走ってるじゃないか。あの人形のために。
オオカミ そう、でしたね。……だけど、書けるんでしょうか。ミヅキは。僕らのお話を。書いてくれるんでしょうか。
    だって、あんなにも成長してしまって。僕達のことも、全然分からなくて。
赤頭巾 ……ばかだなぁ。オオカミ君は。
オオカミ え?
赤頭巾 不安なら見に行けばいいんだよ。
オオカミ え、でも、それは悪い気がしますし。
長靴 (屈伸をしながら)って言ってるから、オオカミは置いていこう。
赤頭巾 そうだね。
オオカミ え、そんな!

   長靴と赤頭巾は笑いあい、オオカミを優しく見る。

長靴 ……行くぞ。
赤頭巾 うん。
オオカミ はい!

   長靴と赤頭巾とオオカミが去る。


8 物語る男

   森の奥。物語る男が歩いている。

物語る男 でも、人はそんな簡単なことを忘れてしまう。そして、ものたちは、それが例え一時の愛だったとしても
     忘れはしない。これはそういう物語だったんだ。

   後ろから人形がとぼとぼやって来る。
   男が人形を見る。人形が口を開こうとする。

物語る男 (喋らなくても)いいよ。……もう、いいの?
人形 (頷く)
物語る男 願わなければ良かったと思う?
人形 (首を振る)
物語る男 どうして? 俺には分かってたよ。もう、ダメだろうって。役目は終わったんだよ。

   人形は大事なモノを抱くように、両の手を胸の前で組んだ。
   物語る男は寂しそうに見て、

物語る男 そうか。……じゃあ、いこうか? その思い出が暖かいうちに。大丈夫。すぐだから。
     道が分かるように印をつけておいたんだ。こういうの得意なの、知ってるだろう? だから、行こう。
人形 ……(頷く)

   人形と男は歩き出す。
   ふと、声が聞こえた気がして人形は立ち止まる。

物語る男 どうしたの?
ミヅキ 待って!

   ミヅキが走ってくる。
   人形をミヅキから守るように、物語る男がミヅキに向かう。

物語る男 なにか用かな?
ミヅキ 誰!? その子をどうする気?
物語る男 お前は要らないんだろう。だから俺がもらっていくよ。
ミヅキ もらう?
物語る男 俺の世界に連れて行くんだ。
ミヅキ あなたは誰?
物語る男 俺は、叶える者だよ。
ミヅキ 叶える者?
物語る男 どんなものにも魂は宿る。例え動かぬ人形だとしても。そして、いつしか願いを産む。
     そんな物言わぬ魂の願いを叶え、連れて行くんだ。この子にとっては俺がそうなんだ。さぁ、もういいだろう? 
     この綺麗な魂を、思い続けて輝いた魂を、俺の世界に連れて行くんだ。
ミヅキ お願い。その子を連れて行かないで。
物語る男 今更。そう言ったんだろ? 君がこの子に。この子はお前には必要ないものだ。必要ないと捨てたものだ。
     飽きたおもちゃが捨てられると分かった途端に泣き出す。そんな駄々っ子のような子だったかな君は。
ミヅキ 違う。
物語る男 何が違う? 一人ぼっちで閉じ込めて。この子の願う最後の願いも、君は聞かずに捨てた。
ミヅキ 知らなかったのよ! ずっと、側にいてくれたのに。何も言わずに居てくれたのに。知らなかったの。
   私は一人だと思っていたから。
物語る男 一人だよ。これは夢だ。起きれば全て幻。人形は笑わない。絵本は語り掛けない。それでいいだろう? 
     そうやって生きてきたんだろう? そうやって、生きていくんだろ!
ミヅキ でも、その子は私だから。一人だったときの私みたいなものだから。
物語る男 だから一人じゃなくなったらいらないんだろう! 思い出すのは辛いから。寂しいから。
     小さな記憶のカケラなど無かった ことにするんだろう。忘れればいい。何故ここが森なのか。
     この子が何故一人なのか。全て!
ミヅキ 何故ここが森なのか?
物語る男 ……とにかく。忘れればいいんだ。
ミヅキ でも、やっぱり私なの。私の中の大事なカケラなの。
物語る男 思い出したくないんだろ! 忘れてしまえそれも全て!
ミヅキ 暖かかったの! 思い出したくないと思っていた私も、一人だと思っていた思い出も、抱いてくれたら、暖かかったの。
   だから私も掴んでいたいの! 勝手だって分かってるけど。抱いていたいんだ。私の心を勝手に奪うな!
物語る男 ……ならば賭けようか?
ミヅキ 賭ける?
物語る男 この子が君のカケラだというのなら、カケラを賭けて物語を描けばいい。書けなければ、この子と俺は
     俺の世界に駆け上がる。賭けに敗れたお前の心は少し欠け、でも、ただそれだけだ。欠けた世界など関係なく。
     明け方にお前は目を開ける。……どうだ。 カケラの賭けだ。カケラが欠けるか書けるかの賭けだ。
ミヅキ 書くわ。書けばいいんでしょう?
物語る男 ……物語はここまで続く。
    「それは人形でした。人形の女の子は真っ赤なリボンをつけていました。
     ずっと赤ずきんたちを見ていた赤とは人形のものだったのです。
     人形は自分の赤いリボンが好きでした。
     でもその赤いリボンは、長靴を履いた猫の長靴よりも汚れていて、
     オオカミのチョッキよりくすんでいて、
     赤ずきんの頭巾よりも薄く思えました。
     こんな色のリボンをつけた自分が出て行ったら、笑われないかしら。
     そう考えると人形の女の子は哀しい気持ちになって、うつむいて――」
    さぁ、どう続ける?
ミヅキ 俯いて……俯いて、
物語る男 俯いて?
ミヅキ 俯いて、でも、
物語る男 でも?
ミヅキ 勇気を出して踏み出しました。
物語る男 この子に勇気はない。
ミヅキ そんなの、
物語る男 勇気が無いから、誰かに声をかけてもらうしかないから、君は一人だったんだろう? 
ミヅキ 勇気が出たのよ。
物語る男 なぜ?
ミヅキ 何故かはわからないけど。
物語る男 判らないままじゃ話は続かないな。
ミヅキ じゃあ、えっと、俯いているところを、誰かが気がつきました。
物語る男 誰だ?
ミヅキ えっと、赤頭巾が、
物語る男 今まで気がつかなかったのに?
ミヅキ オオカミが、
物語る男 どうやって?
ミヅキ 臭い、とか。
物語る男 この子は人形だ。
ミヅキ 猫よ!
物語る男 なぜ?
ミヅキ 賢いし。きっと。たぶん。
物語る男 どうやって?
ミヅキ 違う。俯いて、俯いて。俯いたままで
物語る男 俯いたままか。ずっと。こんなにも日は暖かいのに。森の中で、結局この子は一人のままか。

   俯くミヅキは顔にかかる髪をうっとうしそうに払う。
   そして、風に気づく。

ミヅキ ……風。
物語る男 なに?
ミヅキ 森の中には風が吹いていた。いたずら好きな風が。そうよね? 確か、そうだったよね?
物語る男 そうだったかな。
人形 そうだよ。
ミヅキ ……そんな人形の背中を、一筋の風が見つけました。風は木の上で休むのに飽きてしまって
   森の中を駆けていたのです。風は人形の女の子の背中に追いつくと、えいっと押しました。
   理由があったわけじゃありません。風は考えるのが苦手ですからね。


   と、人形は風に押されたようにミヅキの前まで飛び出す。そしてへたり込む。


人形 「あ」
ミヅキ 人形の女の子は可愛い声を一つあげると風に飛ばされました。
   そして、一人と二匹の丁度間に落ちるようにふわりと倒れたのです。一人と二匹は驚いて人形の女の子を見つめました。
   6つの瞳に見られて、人形は思わず目を伏せました。「君は誰?」長靴を履いた猫が尋ねました。
人形 「私は、人形」
ミヅキ 目を伏せた人形がすごく寂しく見えて、一人と二匹は慌てて言いました。

   赤頭巾が現れる。

赤頭巾 「私は赤ずきん。赤い頭巾を被っているから、赤ずきん」

   長靴を履いた猫が現れる。

長靴 「僕は猫さ。名前なんて無いよ。長靴を履いた猫って長ったらしく呼ばれることはあるけどね」

   オオカミが現れる。

オオカミ 「私はオオカミです。右に同じく」

       赤頭巾は人形に手を差し伸べる

赤頭巾 「はい」

   人形の手が触れる。
   一人と二匹がそっと起きるのを手伝う。

人形 「あ、ご、ごめんなさい」
赤頭巾 「あなた、ずっとあたしたちを見てたでしょ。その赤い色、見覚えあるもの」
人形 「うん。ごめんなさい」

   と、人形はリボンを隠そうとする。赤頭巾はその手を押さえ、

赤頭巾 「あなたのリボン、とても綺麗ね。素敵よ本当に。あたしずっとそう思ってたんだ」
人形 「……ありがとう」

   みんな笑う。皆の姿が闇にとける。

9 かけらを見つける朝

   物語る男は少し離れた場所で絵本を呼んでいる。
   ミヅキは押入れとダンボールの間で変な体勢で寝ている。

物語る男 一人と二匹と一体の人形は笑顔で歩き出しました。風が優しく流れる道を。お日様の暖かさに押されるように。
     もうすぐ、 お昼。おばあさんの家はもうすぐそこです。みんなでテーブルを囲む姿を思い浮かべて、
     みんなのお腹はそろってクウと小さく鳴ったのでした。

   物語る男が本を閉じる。人形が男に寄る。

人形 これでよかったの?
物語る男 ああ。あの子はお前を取り戻した。
人形 本当にいいの? それで満足なの?
物語る男 俺はお前が幸せならいいんだよ。

   物語る男が絵本に目を通す。人形が覗き込む。

人形 ありがとう……兄さん。

   その声に起こされるように明け方にミヅキは目を開ける。携帯を見て時間を確認する。
   その目がゴミ袋に向くと、ゴミ袋の中から人形を取り出す。女の子の人形を凝視し、呟く。

ミヅキ 兄さん?

   その目が押入れを見る。押入れの中に顔を突っ込んで中を探る。
   そして咳き込みながら、ほこりを被った男の子の人形を取り出す。
   物語る男の体から黒いマントが滑り落ちる。男の子の人形と同じ服。
   女の子と男の子の人形を交互に見て、ミヅキは呟く。

ミヅキ 思い出した。なんで舞台が森だったのか。(女の子の人形に)
   あなたの名前は、グレーテル。そして(と、男の人形を見て)
   ……ありがとう。


   やがて、女の子と男の子の人形を隣同士に座らせる。そして間に本を置いた。
   再び作業に没頭するミヅキに微笑むと、物語る男と人形は絵本を読み始める。
   二人の後ろには物語の登場人物が現れおしゃべりを始める。
   過去と未来がそうであるように、絵本の世界とミヅキの世界は
   離れているように見えて、どこか繋がっている。

      完  

あとがき
大事にしていたはずなのに、いつの間にか遊ばなくなってしまったおもちゃ。
大切にしようって思っていたはずなのに、どこかへやってしまった人形。
ずっと側に置いておこうと思っていたはずなのに埃をかぶっているぬいぐるみ。

そんな過去の思い出となってしまったモノたちのためのお話でした。
そして、きっと忘れたいと思っている記憶の中にも、
暖かい思い出はあるよ。……あって欲しいな。そんな願いの物語です。

一応言い訳として書いておきますが、
特に「秩父」に悪い感情はありません。語感が面白いなぁというだけですので、
もし上演される際に、もっと語感が面白い地名が浮かびましたら、
どうかご自由にお換え下さい。



最後まで読んでいただきありがとうございました。