あなたがかける明日(2019年version)
作 楽静


登場人物

ミヅキ  絵を描くことが趣味な高校二年生 
長靴を履いた猫  旅の途中の猫。赤い長靴を履いている。
赤頭巾  赤い頭巾の女の子。おばあさんの家へ行く途中
オオカミ  三匹の子豚のオオカミ。赤いスカーフを巻いている。
人形  赤いリボンをつけた人形
物語る男  絵本を読む男。
風の精/母(声)  悪戯好きな風(舞台の転換や、人形の背を押す)

※この2019年バージョンでは、ミヅキの年齢を2002年生まれとしていますが、2019年用であって公演年に合わせて生まれ年は変更して構いません。
※また、生まれの変更、引っ越し先の変更も自由に行ってください。

0 オープニング
  
  音楽。引っ越しの準備をしているミヅキがいる。
  別の場所では森の中、長靴を履いた猫が座っている。
  赤頭巾が歩いてくる。声をかける赤頭巾に答え、猫は立ち上がる。
  オオカミがやって来る。一人と二匹は歩き出す。
  人形が、その後をそろそろと追いかけていく。
  話しかけようとするが出来ないでいる。

1 物語る男

    薄暗い中、音楽と共に、物語る男が歩いてくる。
    服を隠すような黒い外套を着ている。

物語る男 ありとあらゆるものに魂は宿る。例えば物言わぬ小さな人形であっても。人が作りだしたものには魂が宿る。
人を愛そうと心を燃やす。思いを語れずとも、思い続ける。……人は、そんな簡単なことを忘れてしまう。だけど、ものたちは、それが例え一時の愛だったとしても忘れはしない。これはそういう物語だったんだ。(と、誰かに話すように)
(喋らなくても)いいよ。……もう、いいの? 願わなければ良かったと思う? どうして? 僕には分かってたよ。
もう、ダメだろうって。役目は終わったんだよ。そうか。……じゃあ、いこうか? その思い出が暖かいうちに。

    物語る男が手を刺し伸ばす。音楽が高まり、溶暗。

2 夢の始まり。

    唐突に音楽が止まり、明かりがつく。
    ミヅキを囲むようにオオカミと長靴と赤頭巾がいる。ミヅキの格好は、寝巻き姿。

オオカミ うふ?(と、笑う)おはようございます。
ミヅキ お、オオカミ!? 近っ! オオカミ近っ!
オオカミ そんな大声で嫌がらなくても……
ネコ いや普通に怖いよね?
ミヅキ (長靴を履いた猫を見て)ネコが、喋ってる。
ネコ 別に普通よ。
赤頭巾 どこか痛いところはある?
ミヅキ 痛いところ……そうか、あたし、頭打ったのか。
赤頭巾 なに言ってるの?
ミヅキ 打ち所が悪かったんだ。(と、何か言おうとする三人を見て)待って! 落ち着かせて。
赤頭巾 ミヅキ?
ミヅキ そう、あたしはミヅキ。2002年生まれ。横浜生まれの横浜育ち。幼稚園時代、自分でつけたあだ名は、世界一有名なネズミ。
オオカミ ああ、ミッ(キー)
長靴&赤頭巾 (オオカミに)言っちゃだめ!
ミヅキ 小学生の頃……は、よく覚えてないからいいや。趣味は絵を描くこと。特技、特になし。親友はさっちん。友だちになったきっかけは、小学校の委員会が一緒で、さっちんが、
赤頭巾 「ねぇ、一緒に帰らない?」
ミヅキ え?
赤頭巾 「一緒に帰ろう?」
ミヅキ そう。言ってくれて、
ネコ いつの間にか友だちになってた、と。
オオカミ その友達とは今も?
ミヅキ 大親友。中学も高校も一緒で。さっちんといたらそれなりに友達は出来て。だから、大丈夫。高2なんて学年の途中で引っ越しても、あたしはうまくやっていけるはず、そう思ってた、はず、なのに。
オオカミ もう高校二年生ですかぁ。
赤頭巾 大きくなったねぇ。
ミヅキ それが何でこんなことに!?
ネコ ずいぶん長い現実逃避だったね。
ミヅキ これ夢? あんたたち、誰!? ここはどこ!? あたしは、(なんで)
赤頭巾 (ミヅキを指差し)ミヅキ。
ミヅキ そう、私はミヅキ。でも、ここは?
赤頭巾&長靴&オオカミ 森。
ミヅキ じゃなくて! 明日は引越しで、だからまとめてて。そう。荷物を、ううん、捨てられるものを、まとめなくちゃ、でも、眠くて。だって、終わらなくて。それで。
ネコ 電話。
ミヅキ 電話?
ネコ 電話が鳴ってるよ。

    電話の音。ミヅキは電話を探す。

赤頭巾 じゃあ、また後でね。
ミヅキ 後で?
オオカミ また後で。
ネコ また会えるなら。
ミヅキ あなたたちは、誰?

    物語る男が現れる。赤頭巾、長靴、オオカミ、が去る。

物語る男 そうして、君は忘れていくんだね?
ミヅキ え?
物語る男 かつてあったものを。ずっと待ってるものを。待つことしかできないものを。欠けたものに気づかないまま。明日を生きるんだ。
ミヅキ なにそれ。どういうこと……

3 三月某日 ミヅキの部屋。

    物語る男が去る。舞台は急速にミヅキの家の中へと変わる。
    ミヅキの部屋は、段ボール箱とゴミ袋が置いてある。その横にミヅキのスマフォ。
    押入れがあるが、見えなくてもいい。

母(声) ミヅキ~ 何時だと思ってるの。起きてるなら電話に出なさいよ。
ミヅキ え……? え? あれ?
母(声) ミヅキ~? 寝てるの?
ミヅキ ごめんママ! 起きてるよ! 今出るとこだから!

   ミヅキは電話に出る。
    友人からの電話。

ミヅキ はい。あ、さっちん? (と、スマフォを耳から離し)うわー。クラス会盛り上がってんね。ごめんね。行けなくて。うん。人多いとあんまり。中学のクラスって、あんま覚えてないし。あ、今度会おう? やだな、会えるって。引っ越すって言っても秩父だよ。秩父。は? エロい!? なんで?……やめてよ、秩父の人が聞いたら怒るよ。……うん。絶対会おうね。え? 心配? なんで? ……大丈夫だよ。どうせ来年は受験生だし。どっか遊びに行ってる余裕無いし。あ、さっちんは別だから。遊びに来てね、っていうか行くからね。はーい。絶対ね。はーい。じゃあね。(と、スマフォを置く)大丈夫、だよ。大丈夫。(と、気持ちを切り替える)

   ミヅキは押し入れに頭を突っ込むと、再び整理に没頭し始める。

ミヅキ ……色鉛筆、もう使わないか。

    手にとったものをごみ袋にいれると押し入れを探る。
一体の人形を取り出し、ミヅキは首をかしげる。

ミヅキ ……いらないか。

と、ゴミ袋に捨てる。

ミヅキ これは?

ミヅキが一冊の本を取り出す。それはかつて少女が書こうとした絵本。
舞台のもう一つの端に物語る男がやってくる。
ミヅキが本を取り出したと同時に、男もまた本をどこからか取り出す。
ミヅキが読みふけるのと同じように、男もまた本を読む。
ただし、男は声に出して。

物語る男 むかしむかし。まだ言葉が本当の力を持っていたむかしの話です。空は青く。風たちが笑いながらくるくると回り。お日様はニコニコと照らしていました。
ミヅキ 下手くそな字。
物語る男 森の中を赤頭巾は歩いていました。パンとぶどう酒をおばあさんに届けるよう、お母さんにお使いを頼まれたのです。(ページをめくる)
ミヅキ (ページをめくる)どんな話にしたんだっけ。

   赤いリボンをつけた人形が現れる。ミヅキをじっと見つめる。

物語る男 ふと、赤い色を見た気がして、赤頭巾は振り向きました。
ミヅキ (ふと、視線を感じて振り向く)……え?
人形 忘れないで。

    ミヅキはその場に崩れ落ちる。
    人形が去り、世界が森の中へと変わっていく。
    物語る男は変らず語り続ける。

物語る男 そこには誰もいませんでした。首をかしげながら、赤頭巾は再び歩き出しました。(ページをめくる)赤い長靴を履いた、賢そうな猫がいました。彼女の長靴は、赤ずきんがさっき見た赤色より、少し、汚れて見えました。

    赤頭巾と長靴を履いた猫が姿を表す。

赤頭巾 あなたは誰?
物語る男 赤頭巾は尋ねました。
ネコ あたいは猫。あんたは?
赤頭巾 あたしは赤頭巾。
ネコ どこへ行くの?
赤頭巾 おばあさんのところ。パンとぶどう酒を届けるの。
ネコ あたいも一緒に行こうかな。ここは退屈だしね。

    赤頭巾と長靴を履いた猫の姿が消える。
    物語る男だけが浮かび上がる。

物語る男 赤ずきんと長靴を履いた猫は一緒に行くことにしました。赤い色を見たような気がして、赤ずきんは振り向きました。
瞬間いたずら好きの風が通り過ぎて、赤頭巾は目をこすりました。次に目を開けたとき、そこには誰もいませんでした。

   物語る男が去る。

4 森の中

   絵本の中の森の中。
   中央にミヅキが眠っている。
   赤頭巾と、長靴を履いた猫とオオカミが囲んで見下ろしている。
   オオカミが臭いをかごうとして、
   赤頭巾がそれを止める。
   長靴を履いた猫はつまらなそうにヒゲをいじっている。

赤頭巾 起きないね。
ネコ 起きたくなったら起きるでしょ。
オオカミ でもですね。このまま眠ったままだったらどうします?
ネコ その時はあんたが食べちまえばいいんじゃない?
オオカミ 嫌ですよ。私は子豚しか食べないんですから。
赤頭巾 あたしの知ってるオオカミさんは、おばあさんもあたしも丸呑みにしちゃうけど。
オオカミ ですからそれは赤頭巾さんのオオカミでしょう? 私は三匹の子豚のオオカミなんですって、何度も申し上げているじゃないですか。
赤頭巾 オオカミなんてどれも同じなんだと思ってた。
オオカミ 全然違いますよ! あんな、おばあさんに化けて女の子を食べちゃうような、下品なオオカミと一緒にしないでください!
赤頭巾 豚にいいようにやられるオオカミは上品なんだ?
オオカミ それを言っちゃおしまいですよ。
ネコ ま、あたいには全然関係ないけど。
赤頭巾 あ、会話に入れなくて拗ねてる?
ネコ それにしても起きないわね。
赤頭巾 話しそらした~。
ネコ (思い切り舌打ちをする)
赤頭巾 ごめんなさい。

   と、そんな会話の途中でミヅキは目を覚ます。

オオカミ 起きたみたいですよ。
ミヅキ また寝ちゃってたのかな……(と、オオカミを見て)……ああ、なんだかよく寝ちゃったな。(と、もう一度オオカミを見る)
オオカミ うふ(と、笑う)おはようございます。
ミヅキ お、オオカミ!? 近っ! オオカミ近っ!
オオカミ そんな大声で嫌がらなくても……
ネコ いや普通に怖いよね?
ミヅキ (長靴を履いた猫を見て)ネコが、喋ってる。
ネコ 別に普通よ。
赤頭巾 どこか痛いところはある?
ミヅキ 痛いところ……別にどこも。あれ? こんなやりとり、たしかさっきも……
ネコ 良かった。今度は現実逃避はしないんだ。
オオカミ いきなりモノローグを始められた時にはどうしようかと思いましたよ。
ミヅキ さっきと同じ夢?
赤頭巾 やっぱりまた会えたね。
オオカミ 待っていれば、いつかは会えると信じてましたよ。
ミヅキ ……ここは、ドコ。
赤頭巾&長靴&オオカミ 森。
ミヅキ もり? 
オオカミ 森ですよ。森の中。木々に囲まれて、いたずら好きな風と、木漏れ日が集う場所。
赤頭巾 あたし、おばあさんちに行く途中なんだ。
ミヅキ おばあさんち?
赤頭巾 この道をずっと行くとおばあさんの家のはずなんだよ。
オオカミ 私は道に迷ってまして。そうしたら、この子が一緒に行こうって言うものですから。
ネコ あたいは退屈していたからさ。ついて来ただけ。
ミヅキ (と、辺りを見て)木だ。草。空……青い。
赤頭巾 いい天気だよね。
オオカミ ほら、風が楽しそうに笑ってますよ。
ミヅキ さっきまで、夜だったはずなのに。
赤頭巾 さっきは朝だったよ?
ミヅキ 私の部屋は!? ついさっきまでいた私の部屋は?

    一人と二匹はそろって首をかしげる。

ミヅキ だってさっきまで引っ越しの準備してて、
赤頭巾 引っ越し?
ミヅキ そう。だからいらないものは捨てなくちゃいけなくて、押入れの整理を(してて)
赤頭巾 ミヅキ、どこに引っ越すの?
ミヅキ ……秩父。
赤頭巾 どこだそれ~
ネコ 聞いても分からないのになぜ聞く。
オオカミ たしか、こういうこういう形のところですよ。(と、形を表現しようとする)あれ? 違いました?
ミヅキ なんで?
オオカミ ごめんなさい。知ったかぶりしました。
ミヅキ そうじゃなくて。なんで、私はここにいるの? なんで、そんな気安く声をかけてくるの?
赤頭巾 久しぶりだから、嬉しくて呼んでみちゃった。
ミヅキ 久しぶり?
赤頭巾 待ってたんだよ。
オオカミ 私達、ずっと待っていたんです。
ネコ 別にあたいは待ってないけど。
ミヅキ 何、言ってるの?
赤頭巾 待ってたんだよ。ずっと、ミヅキに会えるのを、ずっと。ずっと待っていたんだ。
ミヅキ ……ああ、そうか。これが明晰夢(めいせきむ)って奴か。
赤頭巾 明晰夢?
ネコ 夢を見ているって分かる夢のこと。
ミヅキ すごいな。初めてだ。へぇ。こんな感じなんだ。うわ、じゃあ、起きなきゃ。どうやって起きるんだこれ。さっきはどうやって起きたっけ?
オオカミ 気分でも悪いんですか?
ミヅキ 近寄らないで! ……なんなのよ。待ってた? 分けわかんないって。夢の中で馬鹿みたい。どうやって起きんのこれ。
赤頭巾 ミヅキにね、あたし達の願いを聞いて欲しいんだ。だから、
ミヅキ うるさい! あたしは忙しいの! こんな変な夢見てる暇ないんだから!

    ミヅキが走り去る。

赤頭巾 ミヅキ! え、なんで!?
オオカミ えっと、どうすればいいんでしょうか?
ネコ 追うしかないんじゃない?
オオカミ そ、そうですよね。よし。(と、少しどすの聞いた声で)待てこら~!!
赤頭巾 あ、オオカミさん。それちょっと怖いと思うよ~。

    オオカミと赤頭巾が追う様にして去る。

ネコ こんな調子で上手くいくのかな。(と、誰かに話しかけるように)ねぇ? どう思う? ……答えるわけないか。

    長靴を履いた猫も追いかけて去る。
    人形がそっと現れる。俯くと、去る。

5 人形と少女

    物語る男がすれ違うようにやって来る。
    絵本を開いて読み始める。
    物語る男が絵本を読んでいるうちに、
    舞台には走りつかれたミヅキと、
    なにやら説明している長靴、
    疲れきったオオカミと、赤頭巾がやって来る。

物語る男 日の照らす小道を風に押されて一人と一匹が歩いていると、赤いスカーフを巻いたオオカミがいました。赤いスカーフ少し破れていて、赤ずきんがさっき見た赤色よりもくすんで見えました。オオカミは三匹の子豚を探していました。
長靴声 この辺では見ていないよ。
物語る男 猫がヒゲを揺らしながら答えると、オオカミはそうですかと頷いてから聞きました。
オオカミ声 お二人はどこに行くんです?
赤頭巾声 おばあさんのところだよ。
長靴声 この子のね。パンとぶどう酒を届けるんだって。
オオカミ声 私も一緒に行ってもいいでしょうか?
赤頭巾声 いいよ~。
物語る男 こうして、オオカミも一緒についてくることになりました。赤い色を見た気がして赤ずきんは顔を上げました。そこには誰もいませんでした。

    走りつかれたミヅキがへたり込んでいる。
    その周りを一人と二匹が囲んでいる。

赤頭巾 大丈夫?
ミヅキ 私に、触らない、で。
赤頭巾 汗拭くだけだから。ね?
ミヅキ ……夢の中なのに、こんなに疲れるなんて。
ネコ まぁ、ずいぶんと走ったからね。
オオカミ 本当。正直、しんどかったですよ。
ネコ 持久力無いよね、あんた。
オオカミ 面目ないです。
赤頭巾 ねぇ。どうして逃げたの?
ミヅキ ……走ってれば、目が覚めるかと思ったのに。
赤頭巾 眠かったの?
ミヅキ この夢から! こんな夢。なんで今更。
ネコ 今だから、よ。
ミヅキ なにそれ?
赤頭巾 今じゃないと、ミヅキは遠くに行ってしまうでしょう?
オオカミ 遠くに行くのは私達のほうかもしれませんが。
ネコ なんせ、捨てられちゃいそうだしね。
ミヅキ だからなに? 恨み言でも言いたくて呼び出したの?
赤頭巾 たくさん願ったの。
ネコ 叶うとは思わなかったけど。
オオカミ あなたは来てくれた。それが何故かはわからないけど、
赤頭巾 だから、願っちゃダメかな? 叶えてくれると信じちゃダメかな?
ミヅキ 一体何をやらせようって言うのよ!
ネコ 物語の中のものが願うことなんてそんなに無いと思うけど?

    赤頭巾はどこからか絵本を取り出す。

赤頭巾 私たちの物語を終わらせて欲しいの。この絵本の続きを書いて。

    三人と二匹の時間は止まる。
    物語る男が現れ語りだす。

物語る男 歩く一人と二匹を、木の影からじっと見ている少女がいました。仲間に入りたくて。でも、なんて言葉をかけていいか分からなくて。それは人形でした。

    物語る男が去ると、止まっていた時間が動き出す。

ミヅキ 無理! 出来るわけない!
赤頭巾 どうして?
ミヅキ 何年前に書いたと思ってるの!?
ネコ 7年かな? ミヅキは確か小学生くらいだったから。
ミヅキ それだけ昔の話でしょ。
オオカミ たった7年じゃないですか。
ミヅキ あたしからしたら大昔よ。
赤頭巾 そういえば、ミヅキ、大きくなったね。
ネコ いつの間にか大きくなるんだよ。
ミヅキ だからもう書けないの。悪いけど。あの頃とは違うんだから。
赤頭巾 同じのを書いて欲しいわけじゃないよ。続きを書いて欲しいだけ。
ミヅキ どんな話だったかなんて覚えてない。
赤頭巾 これを読めばいいよ。
オオカミ 走りながらずっと説明したじゃないですか。
ネコ まだ理解できてないの? 馬鹿なの?
ミヅキ そういうことじゃなくて。
オオカミ だからゆっくり説明しますとね? 赤頭巾が、始め長靴を履いた猫さんに会って、私に会って、そして、
ミヅキ そういうことじゃないの。
ネコ じゃあなに?
オオカミ なんなんですか?
ミヅキ だから、その、
ネコ だから、なに? なんなの? ねえ? はっきりしてくれない?
赤頭巾 待って待って待って。(猫の肩を抑えて)そんな責めるように聞いたら、言いたいことも言えなくなっちゃうよ。(ミヅキに)大丈夫。私たち待つことは得意なんだ。だからゆっくり話してくれればいいんだよ。

    ミヅキが一人と二匹を見る。
    周りの面々はゆっくり話を聞こうというポーズを取る。

ミヅキ ……どう進めようとしていたかなんて、本当に覚えてないの。悪いけど。7年だよ? 絵本なんて、もうずっと書いてないし。赤頭巾がちょくちょく見ていた赤い色もなんだか分からないし。ずっと見ていたっていう少女に関係するんだろうけど。でもその少女っていうか人形? も誰だとか。多分、あなたたちと同じ何かの登場人物なんだろうけど。
ネコ なら直接聞いてみればいいと思うけど。
ミヅキ 直接?
ネコ その子なら、そこにいるから。

    長靴が見る方向を思わずミヅキも見る。
    赤いリボンをつけた少女(人形)がやって来る。

ミヅキ 赤い……リボンだったんだ。
人形 お気に入りです。
ミヅキ あなたは誰?
人形 覚えて、ない?(と、ゆっくりミヅキに寄る)
ミヅキ えっと、その……悪いんだけど。あなたも何か物語の登場人物なのよね? それで、その格好で。あれだ。白雪姫、とか? は、違うか。えーっと、シンデレラ? ……じゃないよね。だよね。姫って感じではないもんね。じゃあ、えっと……
人形 (と、話そうとするが、赤頭巾たちの視線に気づき、言葉がうまく出なくなる)……なさい。
ミヅキ え?
人形 ごめんなさい!(と、ミヅキの手を引くと走り出す)
ミヅキ ちょ、ちょっと!

    ミヅキと人形は一緒に去る。
    入れ替わるように物語る男が現れる。

物語る男 それは人形でした。
赤頭巾 なんであの子走って行っちゃったの?
ネコ さぁ?
物語る男 人形の女の子は真っ赤なリボンをつけていました。
オオカミ 走りたかったんですかね。
物語る男 ずっと赤ずきんたちを見ていた赤とは人形のものだったのです。
赤頭巾 ミヅキ、あんなにさっき走ったのにね。
物語る男 人形は自分のリボンが好きでした。でもその赤いリボンは、長靴を履いた猫の長靴よりも汚れていて、オオカミのスカーフよりくすんでいて、赤ずきんの頭巾より薄く思えました。
ネコ 上手く、いくかねぇ。
オオカミ どうだろう。
物語る男 こんな色のリボンをつけた自分が出て行ったら、笑われないかしら。そう考えると人形の女の子は哀しい気持ちになって、うつむいて――
赤頭巾 追いかけようよ。

    物語の登場人物たちは頷き走り去り、
    長靴が最後になる。
    歩き出そうとする長靴に物語る男の声が届く。

物語る男 無駄だよ。……ミヅキの中に、もう君たちはいない。そんなの、すぐに分かっただろう?

    長靴は物語る男を見ない。
    ぐっと何かをこらえて走り出す。

物語る男 (絵本をめくる)真っ白。真っ白。……ずっと真っ白。

    物語る男が去る。
    雰囲気が変る。

6 独り

    人形とミヅキが走ってくる。

ミヅキ ねぇ! どこまで行くのよ!

    人形が思わず立ち止まる。
    ミヅキを見て、自分の手を見、はっとして手を離す。

人形 ごめんなさい。あたしは、その、
ミヅキ 森の中駆け回るなんて、したこと、ないんだからね。
人形 ごめんなさい。あたし、あの子達とは、まだ会ってないから。話したこと無いから。だけど、
ミヅキ だけど?
人形 私が、(願ったせい)だから。
ミヅキ だから?
人形 ごめんなさい。
ミヅキ もしかして、あなたが呼んだの?
人形 あたし、……。
ミヅキ なんで?
人形 ……
ミヅキ なんで今更? もう本当今更でしょ? そりゃ確かにあの頃暇なときにお話を考えて書いたりしていたけど。でも、書きあがらない話なんていくらでもあったし。……第一、この絵本だって気まぐれで書いたんだよ? 適当に時間を潰すつもりで。多分。覚えてないけど。今続きを書けなんていわれても浮かぶわけないの。わかるでしょ? ……分からないか。あなたも、あいつらと同じお話のキャラクターだものね。 それで、その……誰だっけ? 何の絵本のキャラだっけ?
人形 あたしは……

    と、赤頭巾が追いつく。

赤頭巾 その子は独りだったんだよ。ずっと。

    オオカミが追いつく。

オオカミ 独りじゃなくてもいいのに、一人にさせられたんです。
ミヅキ 一人にさせられた? なんでよ。
赤頭巾 覚えてないの?
ミヅキ 覚えてるわけ無いでしょ。そんな昔のこと。
オオカミ 覚えていませんか? なんで絵本なんて書こうとしたのか。
ミヅキ だからそれは、多分絵を描くのが好きで。
赤頭巾 なんで絵本だったの?
ミヅキ なんでって。多分、暇だったから、かな。
オオカミ なんで暇をつぶす必要があったんです?
ミヅキ 暇だったからよ。
赤頭巾 なんで?
ミヅキ それは……

    長靴を履いた猫が追いつく。

ネコ 本当は気づいているんだよね? 一人で暇を潰す方法がそれしかなかったからだって。
オオカミ 誰も仲間がいないから、一人だったから。だから絵本を書いたんですよね?
ミヅキ それは……
ネコ それはきっととても楽しい時間で、だけどとても寂しい時間。
赤頭巾 色鉛筆が減っていくたびに、新しい話しが生れて。
オオカミ 色が仲良く増えていくほど、独りっきりが濃くなって。
ネコ だからあなたは一人ぼっちを登場人物に選んだ。一人で森を歩く赤頭巾。
赤頭巾 三匹の子豚を見つけられない、孤独なオオカミ。
オオカミ そして、仲間のいない喋る猫。
ミヅキ 勝手なことばかり言わないで。分かったようなことばかり言って。そんな事まで考えて書いてない。
ネコ でも、この子を独りのままにすることはなかったんじゃない? あたいたちに出会わすことすらしないで、森の中で一人ぼっちのままにして。そのまま忘れてしまうなんて、あんまりだと思わない?
ミヅキ だから、何? 絵本の中くらい楽しく終わらせておけってこと? そんな事のためにこんなところまで呼び出したわけ? 今更? あたしが悪かったから? 放っておいた責任を取れって? ……わかった。あたしが悪かったから。ごめんなさい。ね。いいでしょ? もう。忙しいの。明日には引っ越さなくちゃいけないの。そんないつだったかも分からない昔のことでね、
赤頭巾 7年前だよ。
ミヅキ 7年も大昔のことを蒸し返されても、
ネコ ミヅキは小学生だった。
ミヅキ ああそうだったかもね。よく覚えてないけど。
赤頭巾 いつだって一人で。
ミヅキ だから覚えてないって。
オオカミ 一人でいるのが辛いくせに臆病で。
ミヅキ やめてよ。
赤頭巾 誰かの輪に入りたいのに声をかけられなくて。
ミヅキ やめて。
ネコ 何を話していいのか分からなくて。
赤頭巾&ネコ&オオカミ 一人で絵を描いていた。あの頃、
ミヅキ やめてって言ってるでしょ! そんな事分かってる。自分が一人だったことくらい。覚えてる。寂しくて、強がって、一人で。全部、全部覚えてる! でも、だから忘れたいの! 無かったことにしたいの! 分かるでしょ!?
赤頭巾 なにを?
ミヅキ それは、だから、
ネコ 言ってくれないとわかるわけないじゃない。
ミヅキ ……怖い、ことを。
オオカミ 何が怖いんですか?
ミヅキ そんなの、決まってる。
赤頭巾 なに?
ミヅキ だって、明日からまた一人なんだから。さっちんもいない場所で。また一から友達作らなきゃいけないんだから。一人で。あの時みたいに。もう嫌なのに。だって、わからない。どうやって友達作ればいいかなんて。わからない。だからわかってよ! 独りだったことなんて覚えていたくない! もう、思い出させないでよ。

    ミヅキがしゃがみ込む。
    そんなミヅキを守るように人形が前に出る。

人形 もう、いいの。もういいの。
赤頭巾 だけど、このままじゃ、
人形 いいの。
オオカミ って言ってますけど?
ネコ ……あなたがいいんなら、あたいたちはいいけどさ。

   人形はミヅキを見る

ミヅキ なに。……そんな顔しても私は描かないから。
人形 ごめんなさい。
ミヅキ なんで謝るの。
人形 ごめんなさい。嫌なことを思い出させて。

   人形はミヅキを抱きしめる。

人形 ただ、もう一度名前を、ううん。きっと本当は、こうしたかったの。もう一度、あなたに触れたかったの。ただ、触れて欲しかったの。……それだけなの。……うん。暖かいな。
ミヅキ あなたは、だれなの?
人形 ミヅキは大丈夫だよ。独りじゃない。
ミヅキ なんで、そんなこと言えるの? あたしの、何がわかるの?
人形 わかるよ。ミヅキは強いんだよ。
ミヅキ あたしが、強い?
人形 一人でも、孤独じゃなかった。心にたくさん物語を抱えて。いつも、誰かが側にいた。そうでしょう? 赤頭巾、オオカミ、長靴を履いた猫、だけじゃない。もっと、沢山の仲間に囲まれてた。
ミヅキ そんなの、空想に逃げていただけでしょ。
人形 空想を友達にして、現実と戦っていたんだよ? 現実の仲間じゃなくて、空想の仲間だけで、ミヅキは生きていた。寂しくても生きることに負けなかった。何度泣かされたって、明日に立ち向かってた。
ミヅキ 物は言いよう、だね。
人形 あたしはミヅキのモノだから。それも、今日までだけど。
ミヅキ あたしを、恨んでるの?
人形 (と、首を振って)ミヅキには今、現実の友だちもいるんだよね? あたしがいなくてもいいんだ。だったら、私はそれでいい。名前を呼ばれなくても、離れても、大丈夫だよ。大丈夫……本当に、ごめんなさい。

    人形が去る。
    赤頭巾は心配そうに。オオカミは不安そうに。猫は感情を押さえつけるようにしている。

赤頭巾 いいの?
ミヅキ ……
ネコ このままでいいの?
ミヅキ 私は、
ネコ うん。
ミヅキ もう、あのころの私じゃない。あの頃書いたものなんて、今書けない。
赤頭巾 そっか。
ネコ いいんじゃない? それならそれで。人は変わる。忘れるんだから。
オオカミ いや、でも、それじゃあ
ネコ どうせこれはミヅキにとっては夢みたいなものだし。
赤頭巾 めい、なんとか。
ネコ 明晰夢。
赤頭巾 それ。
ネコ 見ていることが分かっている夢。朝になればとける幻。それでいいんじゃない? あたいたちはあなたに描かれたモノたちなんだし。あなたの考えに喜んで従うってことで。
ミヅキ そう。
ネコ ……ま、あの子だけはあたいたちと完全に同じというわけじゃないんだけど。
ミヅキ ……どういうこと?
ネコ そう。忘れてるんだよね。独りぼっちだったあなたにも、友達がいたこと。
ミヅキ なに言ってるの?
ネコ だからあなたはその子を自分の絵本に書いたのに。自分の絵本に書いて。……忘れて、閉じ込めたままにした。
ミヅキ あの、人形が?
ネコ あなたが誰かと笑っていても、あの子は今も一人。あなたが一人にした。それがどんなに(寂しいことか)……ずっと一緒だった。あなたが一人だった時はずっと。一番側にいた。本当にすぐ側に。でも、もういらないんだよね。忘れたい過去だもんね。無かったことにしたいんだもんね。ま、一緒だったことすら忘れていたのなら仕方ないよね。ゴミ袋に入れて、はいさようならってね。
ミヅキ 私が、さっき……(捨てた、人形)

    ミヅキがじっと手を見る。

ネコ 本当に、いいの?

    ミヅキが人形を追って走り去る。

7 絵本のキャラ達

ネコ ……なーんちゃって。
赤頭巾 さすが猫さん。
ネコ 口先でどうにかするのは得意だし。
オオカミ うまくいきますかね。
赤頭巾 うまくいくといいな。
ネコ ……後は彼がどう出るか、か。
オオカミ でもこれで、私達の出番は終わりですね。
赤頭巾 ミヅキ、ちゃんと大きくなってたね。
オオカミ 私達を描いていた時からは想像つかないですよね。
ネコ あの頃のミヅキは、あたいたちの絵を描いているか、泣いているか、泣きながらあたいたちの絵を描いているか、くらいだったしね。それがあんな必死に走って。結構速かったし。
赤頭巾 速かった速かった! こう、ばびゅーんって感じ!
ネコ なんだ「ばびゅーん」って。
赤頭巾 わかんね!
ネコ 分からない言葉使うなよ。
オオカミ でも、あんな必死に走っているミヅキなんて、見たこと無かったですよ。
赤頭巾 あるわけ無いよ。ミヅキ、友達いなかったんだから。
ネコ まったくこれっぽっちもいなかったもんね。
オオカミ 誰かのために、走れる子になってたんですね。
ネコ ……あたいはいつかミヅキがそういう子になるって分かってたけど。
オオカミ 本当ですかぁ?
ネコ ミヅキの描く絵本の中で、あたいは一番知識があるキャラだし? そのくらいの予想は余裕。
赤頭巾 なにそれ。言っておくけどね。あたしが、一番ミヅキに長く描かれていたんだからね。一番最初の絵本に出てきたのは、何を隠そう、このあたしなんだから。
ネコ は? 絵に描いたのはあたいのほうが先だったし!
赤頭巾 それもあたしだったよ!
ネコ あたいだって!
赤頭巾 あたしだよ!
ネコ あたい!
赤頭巾 あたし!
ネコ あたいあたいあたい!
赤頭巾 あたしあたしあたしあたし!
オオカミ 案外、私だったかもしれないですよ?
長靴&赤頭巾 ないね。それはない!
オオカミ そんな強く否定しなくたっていいんじゃないですか。もしかしたら、ミヅキが生まれて初めて描いた絵はオオカミの絵だったなんてことが(あるかもしれないじゃないですか)
長靴&赤頭巾 ないね。それはない!
オオカミ なぜ!
ネコ 嫌でしょ。そんなミヅキ。

    猫と赤頭巾が目を合わせる。どちらかの合図で小芝居が始まる。

赤頭巾 (母親になって)あら? ミヅキちゃん。初めてのお絵かきね? なに描いているの?
ネコ (赤ちゃんになって) おおかみぃ。

    小芝居から我に返った赤頭巾が叫ぶ。

赤頭巾 怖っ! ミヅキ怖っ!
オオカミ も、もしかしたら赤ちゃんの時にオオカミを描いたかもしれない人に謝ってください!
ネコ いないだろ。そんな人。

    猫と赤頭巾が目を合わせる。どちらかの合図で小芝居が始まる。

赤頭巾 (母親になって)あら? 私の可愛いベイビーちゃん。お絵かき? なに描いているの?
ネコ (赤ちゃんになって) おおかみぃ。

    小芝居から我に返った赤頭巾と猫が叫ぶ。

赤頭巾&ネコ 怖っ! 赤ちゃん怖っ!
オオカミ 分かりましたよ! もういいです。
ネコ 本当のこと言われたからって、そんな落ち込むなよ。いいじゃないか。ミヅキに描いてもらえたんだから。
赤頭巾 元気出せよ。ミヅキがいるだろ。
オオカミ そうですね。ミヅキがいるんですね。でも…。
赤頭巾 でも何よ。
ネコ ミヅキじゃ不満だって言うのか?
赤頭巾 これだからオオカミは!
ネコ まったくだ!
オオカミ 違います! ……ただ、こんな風に、私達が話していること、あの子は知らないままなんだなぁって思って。
長靴&赤頭巾 ……。
オオカミ 描かれた私達が、こんなにも描いたあの子のことを考えているなんて、きっと、想像もしないんでしょうね。それが当たり前なんだろうけど。だけど。なんていうのかな。……私が例えば、あの子に描かれた絵じゃなくて。もっとあの子の傍にいられる何かだったとしたら。あの子は私のために走ってくれるんだろうか。なんて、つい思ってしまいまして。
赤頭巾 ……走るよ。
ネコ 走るし。だって、あの子は今、あの人形のために走ってるんだから。
オオカミ そう、ですね。……だけど、書けるんでしょうか。ミヅキは。私達のお話を。書いてくれるんでしょうか。だって、あんなにも成長してしまって。私達のことも、全然分からなくて。
赤頭巾 ……ばかだなぁ。オオカミ君は。
オオカミ え?
赤頭巾 不安なら見に行けばいいんだよ。
オオカミ え、でも、それは悪い気がしますし。
ネコ (屈伸をしながら)って言ってるから、オオカミは置いていこう。
赤頭巾 そうだね。
オオカミ え、そんなぁ!

    長靴と赤頭巾は笑いあい、オオカミを優しく見る。

長靴&赤頭巾 ……行くよ。
オオカミ はい!

    仲良く長靴と赤頭巾とオオカミが去る。

8 物語る男

    森の奥。物語る男が歩いている。

物語る男  人はそんな簡単なことを忘れてしまう。だけど、ものたちは、それが例え一時の愛だったとしても忘れはしない。これはそういう物語だったんだ。

    後ろから人形がとぼとぼやって来る。
    男が人形を見る。人形が口を開こうとする。

物語る男 (喋らなくても)いいよ。……もう、いいの?
人形 (頷く)
物語る男 願わなければ良かったと思う?
人形 (首を振る)
物語る男 どうして? 僕には分かってたよ。もう、ダメだろうって。役目は終わったんだよ。

    人形は大事なモノを抱くように、両の手を胸の前で組んだ。
    物語る男は寂しそうに見て、

物語る男 そうか。……じゃあ、いこうか? その思い出が暖かいうちに。大丈夫。すぐだから。道が分かるように印をつけておいたんだ。こういうの得意なの、知ってるだろう? だから、行こう。
人形 ……(頷く)
 
    人形と男は歩き出す。
    ふと、声が聞こえた気がして人形は立ち止まる。

物語る男 どうしたの?
ミヅキ 待って!

    ミヅキが走ってくる。
    人形をミヅキから守るように、物語る男がミヅキに向かう。

物語る男 なにか用?
ミヅキ 誰!? その子をどうする気?
物語る男 君は要らないんだろう? だから僕が連れていくよ。
ミヅキ あなたは誰?
物語る男 僕は、叶える者だ。
ミヅキ 叶える者?
物語る男 どんなものにも魂は宿る。例え動かぬ人形だとしても。そして、いつしか願いを産む。そんな物言わぬ魂の願いを叶え、連れて行くんだ。この子にとっては僕がそうなんだ。さぁ、もういいだろう? この綺麗な魂を、思い続けて輝いた魂を、僕の世界に連れて行かなくちゃ。
ミヅキ お願い。その子を連れて行かないで。
物語る男 「今更」 君が言ったんだろう? この子は君には必要ないものだ。必要ないと捨てたものだ。飽きたおもちゃが捨てられると分かった途端に泣き出す。そんな駄々っ子のような子だったかな君は。
ミヅキ 違う。
物語る男 何が違う? 暗い世界に閉じ込めて。この子の願う最後の願いも、君は聞かずに捨てた。
ミヅキ 知らなかったの! ずっと、側にいてくれたのに。何も言わずに居てくれたのに。知らなかったの。私は一人だと思っていたから。
物語る男 一人だよ? これは夢。起きれば全て幻。人形は笑わない。絵本は語り掛けない。それでいいだろう? そうやって生きてきたんだろう? そうやって、生きていくんだろう!?
ミヅキ でも、その子は私だから。一人だったときの私みたいなものだから。
物語る男 だからもういらないんだろう! 思い出すのは辛いから。寂しいから。小さな記憶のカケラなど無かったことにするんだろう。忘れればいい。何故ここが森なのか。この子が何故一人なのか。全て!
ミヅキ 何故ここが森なのか?
物語る男 (と、思わず言ってしまった言葉を忌々しく思いながら)……とにかく。忘れればいいんだ。
ミヅキ でも、やっぱり私なの。私の中の大事なカケラなの。
物語る男 思い出したくないんだろ! だったら全て忘れてしまえ!
ミヅキ 暖かかったの! 思い出したくないと思っていた私も、一人だと思っていた思い出も、抱いてくれたら、暖かかったの。だから私も掴んでいたいの! 勝手だって分かってるけど。抱いていたいんだ。私の心を勝手に奪うな!
物語る男 ……ならば賭けようか?
ミヅキ 賭ける?
物語る男 この子が君のカケラだというのなら、カケラを賭けて物語を描けばいい。描けなければ、この子と僕は僕の世界に駆け上がる。賭けに敗れたお前の心は少し欠け、でも、ただそれだけだ。欠けた世界など関係なく。明け方に君は目を開ける。どうだい? カケラの賭けだ。カケラが欠けるか描けるかの賭けだ。
ミヅキ でも、あたしは、
少女 大丈夫。

    ミヅキは少女を見る。
    少女は自信たっぷりに微笑んで告げる。

少女 ミヅキなら、大丈夫だよ。

    少女の前で自身のない姿を見せたくなくて、ミヅキは胸を張って男を見た。

ミヅキ 描く。描けばいいんでしょう?
物語る男 ……物語はここまで続く。「それは人形でした。人形の女の子は真っ赤なリボンをつけていました。ずっと赤ずきんたちを見ていた赤とは人形のものだったのです。人形は自分の赤いリボンが好きでした。でもその赤いリボンは、長靴を履いた猫の長靴よりも汚れていて、オオカミのスカーフよりくすんでいて、赤ずきんの頭巾よりも薄く思えました。こんな色のリボンをつけた自分が出て行ったら、笑われないかしら。そう考えると人形の女の子は哀しい気持ちになって、うつむいて――」さぁ、どう続ける?
ミヅキ 俯いて……俯いて、
物語る男 俯いて?
ミヅキ 俯いて、でも、
物語る男 でも?
ミヅキ 勇気を出して踏み出しました。
物語る男 この子に勇気はない。
ミヅキ そんなの、
物語る男 勇気が無いから、誰かに声をかけてもらうしかないから、君は一人だったんだろう? 
ミヅキ 勇気が出たのよ。
物語る男 なぜ?
ミヅキ 何故かはわからないけど。
物語る男 判らないままじゃ話は続かないだろう?
ミヅキ じゃあ、えっと、俯いているところを、誰かが気がつきました。
物語る男 誰だ?
ミヅキ えっと、赤頭巾が、
物語る男 今まで気がつかなかったのに?
ミヅキ オオカミが、
物語る男 どうやって?
ミヅキ 臭い、とか。
物語る男 この子は人形だよ。どんな匂いに気づくと言うんだ?
ミヅキ 猫よ!
物語る男 なぜ?
ミヅキ 賢いし。きっと。たぶん。
物語る男 どうやって?
ミヅキ 違う。俯いて、俯いて。俯いたままで
物語る男 俯いたままか。ずっと。こんなにも日は暖かいのに。森の中で、結局この子は一人のままか。

    俯くミヅキは顔にかかる髪をうっとうしそうに払う。
    そして、風に気づく。

ミヅキ ……風。
物語る男 なに?
ミヅキ 森の中には風が吹いていた。いたずら好きな風が。そうよね? 確か、そうだったよね?
物語る男 そうだったかな。
人形 そうだよ。
ミヅキ ……そんな人形の背中を、一筋の風が見つけました。風は木の上で休むのに飽きてしまって森の中を駆けていたのです。風は人形の女の子の背中に追いつくと、えいっと押しました。理由があったわけじゃありません。風は考えるのが苦手ですからね。

    ミヅキの語り出すと、風の精が姿を見せる。風の精は、ミヅキの語りの終わりで人形の背へと寄る。
    人形は風に押されたようにミヅキの前まで飛び出す。そしてへたり込む。風の精は楽しげに去っていく。

人形 「あ」
ミヅキ 人形の女の子は可愛い声を一つあげると風に飛ばされました。そして、一人と二匹の丁度間に落ちるようにふわりと倒れたのです。一人と二匹は驚いて人形の女の子を見つめました。6つの瞳に見られて、人形は思わず目を伏せました。「君は誰?」長靴を履いた猫が尋ねました。
人形 「私は、人形」
ミヅキ 目を伏せた人形がすごく寂しく見えて、一人と二匹は慌てて言いました。

    赤頭巾が現れる。

赤頭巾 「あたしは赤ずきん。赤い頭巾を被っているから、赤ずきん」

    長靴を履いた猫が現れる。

ネコ 「あたいは猫。名前なんて無いよ。長靴を履いた猫って長ったらしく呼ばれることはあるけどね」

    オオカミが現れる。

オオカミ 「私はオオカミです。右に同じく」

    赤頭巾は人形に手を差し伸べる

赤頭巾 「はい」

    人形の手が触れる。
    一人と二匹がそっと起きるのを手伝う。

人形 「あ、ご、ごめんなさい」
赤頭巾 「あなた、ずっとあたしたちを見てたでしょ。その赤い色、見覚えあるもの」
人形 「うん。ごめんなさい」

    と、人形はリボンを隠そうとする。赤頭巾はその手を押さえ、

赤頭巾 「あなたのリボン、とても綺麗ね。素敵よ本当に。あたしずっとそう思ってたんだ」
人形 「……ありがとう」

    みんな笑う。皆の姿が闇にとける。

9 かけらを見つける朝

    物語る男は少し離れた場所で絵本を呼んでいる。
    ミヅキは押入れとダンボールの間で変な体勢で寝ている。

物語る男 一人と二匹と一体の人形は笑顔で歩き出しました。風が優しく流れる道を。お日様の暖かさに押されるように。もうすぐ、お昼。おばあさんの家はもうすぐそこです。みんなでテーブルを囲む姿を思い浮かべて、みんなのお腹はそろって「クウ」と鳴ったのでした。

    物語る男が本を閉じる。人形が男に寄る。

人形 これでよかったの?
物語る男 ああ。あの子はお前を取り戻した。
人形 本当にいいの? それだけでいいの?
物語る男 僕は君が幸せなら、それでいいんだよ。

    物語る男が絵本に目を通す。人形が覗き込む。

人形 ありがとう……兄さん。

    その声に起こされるように明け方にミヅキは目を開ける。
    スマフォを見て時間を確認する。
    その目がゴミ袋に向くと、ゴミ袋の中から人形を取り出す。
    女の子の人形を凝視し、呟く。

ミヅキ 兄さん?

    その目が押入れを見る。押入れの中に顔を突っ込んで中を探る。
    そして咳き込みながら、ほこりを被った男の子の人形を取り出す。
    物語る男の体から黒いマントが滑り落ちる。男の子の人形と同じ服。
    女の子と男の子の人形を交互に見て、ミヅキは呟く。

ミヅキ 思い出した。なんで舞台が森だったのか。(女の子の人形に)あなたの名前は、グレーテル。そして君は(と、男の人形を見て「ヘンゼル」と口の中でつぶやく)……ごめんね。一人にさせて。あたしはもう大丈夫だから。思い出させてくれて、ありがとう。

    女の子と男の子の人形を隣同士に座らせる。そして間に本を置いた。
    再び作業に没頭するミヅキに微笑むと、物語る男と人形は絵本を読み始める。
    二人の後ろには物語の登場人物が現れおしゃべりを始める。
    過去と未来がそうであるように、絵本の世界とミヅキの世界は
    離れているように見えて、どこか繋がっている。

      完
  


あとがき
一応言い訳として(2012年版でも書いていますが)
「秩父」に悪い感情はありません。語感が面白いなぁというだけですので、
もし上演される際に、もっと語感が面白い地名が浮かびましたら、ご自由にお換え下さい。
7年ぶり? くらいの再演のために書き直してみた作品です。
引っ越しとか、内気な少女とか、猫とか。いつもの感じが沢山です。
雰囲気的に大会よりも小劇場での公演が向いているかと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございました。