あすさくたね
作 楽静



登場人物



サクライ ノゾミ 女 高校2年生 元気いっぱいの少女
キクチ  トモカ 女 高校2年生 クール
フジタニ サヤ  女 高校2年生 のんびりしている

モリヤス シオリ 女 高校2年生 転校生
      アツシ 男 23歳 フレックス制の会社員

ヨコハマ ヨネコ 女 23歳 販売員




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      舞台はどこかの高校。
      舞台には高校の教室が作られている。
      黒板には「修学旅行まで後○日」の文字。
      どうやら高校2年生のクラスのようだ。
      旅行先の言葉や、絵が黒板の周りに溢れている。

      音楽とともに幕が上がる。
      まだ少し薄暗い舞台上では、
      少女に掴みかかる少女を周りが抑えようとしている図。
      掴まれている少女はシオリ。掴んでいる少女はノゾミ。
      そして、音楽が止んだ途端、喧嘩が始まる。


ノゾミ そうやっていつまでもいじいじしているつもり?

シオリ いじいじなんてしてないわよ!

ノゾミ してるじゃないのよ!

トモカ ノゾミ、もういいから。

ノゾミ 何がもういいのよ!?

トモカ もう、いいのよ。

ノゾミ だって、こいつ自分勝手にいじけたことばっかり言って、

シオリ あんたたちだって自分勝手なお節介をおしつけてるだけでしょ。

ノゾミ あんたのこと思って言ってるんだろ!?

シオリ それが余計な事だって言ってるのよ!

ノゾミ 何が余計な事なんだよ!

サヤ ノゾミちゃん、怖いよ。

アツシ こら君、いい加減にシオリから手を離しなさーい。
    じゃないとお兄さん怒っちゃうぞ〜。

ノゾミ 外野は引っ込んでろ!

シオリ 関係ない人にまで当たるの止めてくれない?

アツシ いや、シオリ。お兄さんは全然関係なくは無いと思うぞ。

シオリ 黙ってて。

アツシ はい。

ヨネコ よし。ね、みんな。まずは落ち着こう?

サヤ そうだよ。ノゾミちゃんも、モリヤスさんも、ね?

シオリ だったらこの暴力馬鹿をどうにかしてよ。

ノゾミ 誰が暴力馬鹿なんだよ!

シオリ 暴力馬鹿でしょ!

サヤ ノゾミちゃん!

ノゾミ サヤは黙ってて! こういう自分ばっかり不幸だなんて
   思っている奴が、あたしは一番許せないのよ!

シオリ 別にあんたに気に入ってもらおうなんて思って無いわよ!

ノゾミ この!


      ノゾミが拳を振り上げる。
      思わずシオリは目をつぶる。


アツシ シオリ!

サヤ ノゾミちゃん!

ヨネコ ちょっと止めなさいよ!

トモカ いい加減にして!!


      それは悲痛すぎる一言で。
      ノゾミの動きが止まる。


トモカ もういいわ。いいのよ、もう。

ノゾミ トモカ。


      トモカの次の台詞に被るように音楽。
      声は音楽に隠れて聞こえない。
      

トモカ (だったら、独りでいればいいのよ。ずっと)


      全ての動きが止まる。
      そして、言葉。
      全ての言葉は相手の語尾に被るように滑らかに続く。


ノゾミ 言葉

アツシ コトバ

ヨネコ ことば

シオリ 言葉が胸を突き刺した

サヤ 何もしなかった私を

ノゾミ 諦めようとしていた心を

シオリ 捨てようとした思いを

トモカ 裏切るように言葉が胸を突き刺した

アツシ 見ないようにしていたのは私だ

サヤ 耳を塞いだのは私だ

ヨネコ 動かなければ知らなくて済むから

トモカ 願わなければ期待しないでいられるから

シオリ ゆるりとした絶望を背負っていたのは

ノゾミ 白けた笑みに得意になっていたのは

アツシ 独りで一人を楽しむふりをしていたのは

ヨネコ 私

サヤ 私

トモカ 私だった

シオリ 凍らせたはずの心

ノゾミ ここにあるはずの無い答え

サヤ 絵の中のみの笑み

ヨネコ 見栄を張るだけの日々

アツシ ヒビだらけの望み

トモカ 望んでいなかった私を

サヤ たった一つの言葉が突き刺した

ノゾミ だから気づいてしまったのだ

シオリ 気づかずにはいられなかった

六人 私は―― (独りでいられないのだと)


      シオリがノゾミを見る。ノゾミはシオリから離れて席に着く。
      シオリがサヤを見る。サヤはシオリから離れて席に着く。
      シオリがアツシを見る。アツシは去る。
      シオリがヨネコを見る。ヨネコは去る。
      シオリがトモカを見る。
      トモカがシオリを見る。
      シオリが去る。トモカは席に着く。





      放課後の教室。
      修学旅行を間近に控えた教室は、少しお祭りムードが漂っている。
      高校生三人(ノゾミ サヤ トモカ)が、話し合っている。
      机の上には鞄が一つ。それはシオリのものである。
      三人の鞄はそれぞれ机にかけてある。


サヤ それで?

トモカ 「それで」?

ノゾミ それでって?

サヤ さっきの話。

トモカ ああ。

ノゾミ さっきの?

サヤ ほら、旅行の、

ノゾミ 旅行の?

サヤ 注意の、

ノゾミ 注意の?

サヤ だから……ノゾミちゃん、分かってやってるでしょ。

ノゾミ え? なにが?

トモカ 分かってやってるわね。

サヤ だよね。

ノゾミ いや、本当。全然全然分かってないから。

サヤ ほら、(トモカに)ね?

トモカ ノゾミが 全然全然って言う時は、怪しい。

サヤ 怪しい。

ノゾミ 何の事かなぁ。あたしにはさっぱり分かりませんよ……

って、むくれないでよ。

サヤ むくれてません。

ノゾミ ごめんなさい。覚えてました。あれでしょ? 携帯の。

トモカ やっぱり。

サヤ そう、それ。

ノゾミ 「怪奇! 熊を呼ぶ携帯電話 〜上演中は携帯の電源はオフにしましょう〜」ね。

サヤ うん。

ノゾミ 気になってたんならさっき聞けばよかったのに。

サヤ だって、(トモカ)ね?

ノゾミ (トモカが喋る前に)ああ、トモカ様の御前であられましたからね。

トモカ わたしゃ悪の大王か。

ノゾミ いえいえ滅相も無い。

トモカ 自由行動の企画書提出が明日までだってのを、
   すっかり忘れてたのはどこの誰でしょうねぇ。


      トモカが手に取る紙をサヤが読む。


サヤ 「一日班行動の計画を立てよう。自分たちだけのしおりを作ってみよう」
   かっこ、班行動の計画書を提出しない班には自由行動はさせません。
   かっこ閉じ。提出は○月×日まで。

ノゾミ 何それ、私のせいなわけ? サヤだって忘れてたじゃん?

サヤ 私は覚えてたよ。

ノゾミ あぁん?

サヤ でも、二人とも言い出さないなぁ。何でだろうなぁ。って思ってただけで。

ノゾミ ああそうですか〜。てか、第一、うちの班長はトモカ(でしょ)

トモカ 班長だから、なに?

ノゾミ ……忘れててごめん。

トモカ よろしい。で、それを終わらせなくちゃいけなくて、
   残っていたわけよね。余計な話をしている暇もなく、
   日程表を作っていたわけで。

ノゾミ 自分が忘れてた事は全く謝らないんだもんねぇ。

サヤ ね。

トモカ 何か?

ノゾミ いいえ。

サヤ なんでもありません。

トモカ まぁ、でもそれも完成したわけだし。話していいわよ? 悪魔を呼ぶ携帯の話。

ノゾミ 悪魔じゃなくて、熊。

トモカ 似たようなものでしょ。

ノゾミ 全然違うじゃん、ね?

サヤ うん。

トモカ どうせフィクションだって事には変わりないでしょ。

ノゾミ 言ったなぁ。話聞いてびびるなよ。

サヤ ノゾミちゃんは、その話誰に聞いたの?

ノゾミ 大羽先生。


     なんだぁ、あの先生かぁと言う雰囲気が漂う。


ノゾミ ちょっと! まだ話してないのに、何その態度。

サヤ だって、

トモカ 大羽先生って、アゴゴンでしょ?

ノゾミ アゴゴン言うな!

トモカ 言うなと言われても(と、アゴを撫でて)アゴゴンは、アゴゴンよね?

サヤ うん。かわいいと思うけどな、アゴゴン。

ノゾミ そりゃあ、アゴは少しくらい出てるかもしれないけどさぁ。

トモカ それで? アゴゴンが?

ノゾミ アゴゴンじゃなくて、大羽先生ね。

トモカ うん。で、アゴゴンが?

ノゾミ アゴゴ……大羽先生、去年二年生の担任だったでしょ?

サヤ そうだっけ?

トモカ そうよ。今年三年のだし。

ノゾミ そう。だから、去年修学旅行に行ったんだって。二年生の引率で。


      途端に、不気味な音楽が流れる。


ノゾミ 修学旅行のときには、携帯電話は基本切っておくようにって
   言われるでしょ? で、生徒のほとんどは電源を切っていたはずなのね? 
   それで一日目も二日目も何事も無く過ぎて、とうとう三日目。
   平和教育って言う名目でね、クラス単位で施設を回っていたの。
   その時、聞こえるはずの無い、携帯電話の音が!


      突如携帯電話の音が鳴り響く。


ノゾミ うわぁああああ。

サヤ え? なに?

トモカ あんた、自分の話でなにびびってるのよ。

ノゾミ だ、だって、いきなりこうタイミングよくなるなんて。

って、あれ? 誰の携帯?

サヤ あたしじゃないよ?

トモカ (目の前の鞄に耳をつけ)違うわね。

ノゾミ じゃあ……(と、その目が客席を見る)

トモカ どこ見てるのよ!

ノゾミ だって、私たちじゃなかったらさぁ、あっちしか無いじゃん。

トモカ 何よあっちって。

ノゾミ ……あっち。

サヤ 廊下じゃない?

ノゾミ え?


      と、その言葉が終わるか終わらないかのうちに電話が切れ、
      途端声がしだす。
      声とともに、ヨネコが入ってくる。





ヨネコ はいはい。うん。ごめんね。電話させちゃって。ううん。
    仕事中に電話したこっちが悪いから。あ、ちょい待ち
    (と、電話口を押さえ袖へ)ありがとうございます。はい。
    じゃあまた後で。あ、はい。大羽先生には後ほどで大丈夫です。はい。
    (と、電話に戻り)もしもし? 今? だから学校よ。学校。ちがう。
    高校。もう、言ったでしょ? 同窓会の。そう! やるの。え? 
    だから、学校で。もう。何聞いてたのよ。え? 言ったって。入るでしょ。
    一クラスくらい。入ってたんだから。(と、ここで生徒たちと目が会う)
    あ、どーも。


      生徒三人は、それとなく会釈。


ヨネコ え? ああ、いたのよ生徒。若いね。若いよ。6年だもん。
    うん、だから、場所も決めたんだから来てよってこと。うん?
   (料理はと聞かれ)ああ、そりゃ作るのよ。持参とか? 
    お弁当持ってきてたでしょ? そうそう。だったら買ってくれば
    いいじゃん。ああ、飲んでいいかは聞いておくから。うん。なんでよ? 
    忙しいなら時間作れば良いでしょ。作りなって。絶対楽しいから。
    ユミも二年のクラスが一番楽しかったって言ってたじゃん? 高橋君? 
    そりゃ呼ぶけど。いいじゃんそんなの、昔の話なんだから。
    いいから来ようよ? ね? 来い! うん。
    ……じゃあ、考えておいて。ね? ん。じゃあね。


      電話を切って。


ヨネコ 「考えておく」か……いやぁ。懐かしいねぇ。あ、ここのクラスの子?


      生徒三人はそれとなく頷く。


ヨネコ でしょ。だよね。じゃなきゃいないよね。私も、ここのクラスの子。
    って言っても、6年前だけど。


      生徒三人のぎこちない笑み。


ヨネコ 懐かしいよねぇ。って、そりゃあたしだけか。
    いや、でもみんな今のうちにじっくり噛み締めておきな。
    青春の、素晴らしさを。何てね。


      と、自分で勝手に盛り上がって、机に座ると窓から外を見る。
      ノゾミがトモカを見る。
      サヤもトモカを見る。


トモカ えっと、じゃあ、そろそろ終わりにする?

ノゾミ そうだね。

サヤ 帰ろうか。

ヨネコ あ、帰るの? お疲れ様〜

サヤ (無視して)あ、

ノゾミ どうした?

サヤ しおり、どうする?


※このしおりはシオリとは違う。


ノゾミ ああ。どうしよっか?

トモカ 今更、なんじゃない?

サヤ だよね。

ノゾミ てかさ、実際しおりって、あれじゃない?

トモカ あれよね。

サヤ あれって?

ノゾミ なんて言うかさあ。今時しおりって名前からして、

トモカ ノゾミ

ノゾミ え?

トモカ 名前のことはいいでしょ。

ノゾミ ああ、うん。だからさ、しおりってあれじゃない?

サヤ だからあれって?

ノゾミ 邪魔じゃない?

トモカ うん。(いらないの意味で)いいよね。

サヤ いらない、かな?

ノゾミ 曖昧なの反対。

サヤ だって、せっかくだし。

トモカ そうね。

ノゾミ じゃあ?

トモカ でもいいでしょ。少なくとも、うちらにとっては。

ノゾミ でしょ? じゃあ、しおりは抜きってことで。

サヤ いいのかな?

ノゾミ いいんだよ。どうせ押しつけだし。

サヤ でも、せっかくなのに。

ノゾミ どっちなのよ〜

サヤ そう言われると困るけど。

トモカ だったら、しおりの件はサヤに任せる。

サヤ え?

ノゾミ ああ。それがいい。任せた。

サヤ 私は(いらないという意味で)いいよ。

ノゾミ ほら、そう言うじゃん。じゃあいいね? 裏切るなよ。

サヤ うん。

トモカ (自分の片づけを終わり、机の鞄を見て)で、どうしようか? これ。

ヨネコ あ? 帰るのみんな。

サヤ 戻ってこなかったね。

ノゾミ 覗いてたりして。

サヤ 道に迷ってるんじゃない?

トモカ 探しに行く?


      サヤとノゾミが何となく頷く。
      机の上のカバンを持って立つ。


ヨネコ お疲れ様〜。


      三人が去る。





ヨネコ 見事に、無視っと。今時の若い子は冷たいねぇ。うわっ。
    今時の若い子だって。おばさん臭っ……修学旅行か。懐かしいなぁ。


      と、そこにアツシが走りこんでくる。
      片手に携帯電話。
      ここまで走ってきたのか、だいぶ息があがっている。


アツシ あ、あのすいません!

ヨネコ うわっ。

アツシ ちょ、ちょっと、その、お尋ねしたい事が、は、あって。
    って、うわっ本当に人がいたぁ。

ヨネコ すいませんいました。

アツシ いや、謝る事ではないんです。どっちかと言うと謝るのは
    僕の方と言うか。いや、怪しいものじゃないんですよ。ええ。
    こんなね、息を切らして入ってきていきなり怪しいものではないんですも
    何もあったもんじゃない。それは分かってます。分かっているんですよ
    けどまずは信頼関係を築く。それが人間社会の歩み寄りって物じゃ
    ありませんか?いや、分かってます。こういう風に喋り続けたって
    あなたにとって私の不信感が拭い去れるはずは無いなんてことは
    分かっているんですが、そこをどうにかして! どうにかして、
    僕と言う人間を、ありのままを見て怪しい人物ではないと確信して
    欲しいんです僕は!

ヨネコ とりあえず、落ち着いて。

アツシ 落ち着いて?

ヨネコ え?

アツシ 落ち着いて――なんですか? その、落ち着いての言葉の後に
    続くのは? 落ち着いて――サンバを踊れ?

ヨネコ 言いませんよそんな事。

アツシ じゃあ、サルサですか?

ヨネコ だから言いませんって、

アツシ そりゃ踊れって言われれば踊りますよ? サンバだろうが、
    サルサだろうが、カタカリだろうが、カタックだろうが、
    バーラタ・ナッティアムだろうが、踊れるものなら踊って見せますよ! 
    ええ。踊れるものならね!でも、僕は踊りの素養はまるっきり無いんです。
    小学校のダンスの時間、そう、あれは確か、徳島にいた時だったかな。
    運動会で踊るとか言う理由で練習していたマイム・マイムの時、
    先生に言われました。「あなたのダンスはまるで阿波踊りね」って。
    阿波踊りの「あ」の字も知らない小学生に対してですよ!? 教師とは、
    教育とは、子供の心に傷を付けていく行為なのかと、僕は始めて学校に
    行くのを恐怖しました。ですからどうか、
    どうか踊る事だけは勘弁してください!

ヨネコ いや、ですから落ち着いてください。別に、なにもさせませんから。

アツシ そうですか?

ヨネコ はい。

アツシ よかった……


      アツシはその場にへたり込む。


ヨネコ えっと……私、ヨコハマといいます。

アツシ ヨコハマ先生ですか?

ヨネコ ええ、まぁ、なんというか……その、あなたは?

アツシ ああ、モリヤスです。モリヤスアツシ。

ヨネコ モリヤス、アツシ、さん?

アツシ そうです。普段はWEBプログラムの仕事をしています。

ヨネコ うぇぶぷろぐらむ?

アツシ ええ、簡単に言うとインターネットの、ってそんな話をしに来た
   わけじゃなくて、ああ、別に会社をサボってきたわけじゃなくて、
   うちの会社はフレックスタイム制で、ってだからそういう話でも
   なくてですね。……すいません。いつも室内での仕事で打ち合わせも
   メールばかりで、人と話をする事自体久々で何から話していいのやら。
   ああ、そうだ。こういえばよかった。つまりですね、このクラスの、
   モリヤスシオリの兄です。

ヨネコ モリヤス シオリ?


      ヨネコの視線が、高校生たちが座っていた席に注がれる。


アツシ そうです。シオリ。2年△組○番の、モリヤスシオリです。
   △組ですよね、ここは?

ヨネコ はい。そうですけど。シオリって言うのはじゃあ……

アツシ だから僕の妹です。6っこも離れてますけど。
   でも、妹には違いないですよね? 最近会話もめっきり少なくなって
   きましたけど。でも、妹には間違いないんです。先生。それで、あの、
   何とも言いにくい事なんですが、シオリは、もしかしていじめにあって
   いるんじゃないですか?

ヨネコ シオリって……じゃあ、さっきのは……

アツシ さっきの?

ヨネコ 私てっきり修学旅行のしおりかなんかだと……

アツシ シオリがどうかしたんですか?

ヨネコ 言ってたんです。生徒が、シオリは抜きでとか、シオリはいらないとか、

アツシ シオリは抜き?

ヨネコ はい。でも、それは修学旅行のしおりか何かの話だと……

アツシ 思ったとおりだ!

ヨネコ え?

アツシ そうなんですよ先生! シオリの奴はイジメにあっているんです。
    そう思ってたんだずっと。これね、妹の、シオリの携帯なんですよ。
    僕がね、買ってやったんです。親父はまだシオリには早いだろうって
    言ったんですけど。でもね、でも、今時の子が携帯持って無いなんて
    変じゃないですか? 今じゃあ小学生でも持っているって言うのに。
    ですよね?

ヨネコ はぁ、そうみたいですね。

アツシ だから、中学生になったシオリに買ってやったんですよ。
    何でもいいってあいつが言うから僕と同じ携帯を。ね? 
    で、僕が買い換えるときには一緒に買い換えるわけですよ。じゃないと
    あいつずっと同じの持っているから。あれでしょ? 携帯もファッション
    なんですよね? いつまでも同じの持っていたりすると、ダサいって
    苛められるんですよね?

ヨネコ さぁ。そうなんですか?

アツシ そうなんですよ。ただでさえ引越しが多い人間はクラスに溶け込み
    にくいのに。で、最近あいつまた引っ越したせいでなんか暗くなってて、
    あ、僕の家は親父の仕事のせいで引越しが多くて。まぁ、僕は今はもう
    ひとり立ちしているわけですけど、まさか妹と一緒に住むわけにも
    いかないんで。ねぇ? 年頃の娘と二人暮らしなんて世間がなんていうか。
    ですよね? 僕は良いんですけど。いや、別にいやらしい意味がある
    わけじゃないですよ? でも、妹と二人きりだ何て、ねぇ?

ヨネコ えっと、それで?

アツシ ああ、だから携帯を見たんじゃないですか!? 
    分からないんですかここまでの話の流れで!

ヨネコ すいません。って、え? どういうことですか?

アツシ だから、暗くなっている妹を心配して。もしかしたら、何か秘密が
    あるかもって携帯を見たんですよ! わざと携帯をすり替えて。

ヨネコ すり替えて!?

アツシ そしたら……アドレスに、全然名前が載ってなかったんです……。

ヨネコ 真面目なだけじゃないですか?

アツシ じゃあ、なんでメールも全く送信して無いんですか? というより、
   今時の高校生が携帯をすり替えられて気づかないでいますか普通。 
   妹は、シオリはきっとイジメにあっていて、だから友達も無く、
   携帯を使う事も無くて……だから、僕はあわてて来たんですよ。
   妹が苛められていたら助けるのは兄の仕事ですから。

ヨネコ そうなんですか。

アツシ それで、苛めてるのは誰なんです?

ヨネコ いや、苛めているというか。さっき、三人組の女の子たちが、
    シオリさんのことを話してて。いや、でもあれは、

アツシ あいつらか。さっき、すれ違ったんですよ。くそっよくも妹を。


      と、アツシは飛び出していく。


ヨネコ ちょっと、モリヤス君!


      と、ヨネコも飛び出していく。





      静かになった教室。
      若干の時間経過。
      シオリがあたりを見渡してやってくる。
      カバンを探して机の周りを見る。
      トモカが現れる。


トモカ モリヤスさん。


      シオリの動きが止まる。


トモカ カバン、取りに戻ってきたの?


      シオリはそのままトモカに背を向けている。


トモカ ここにあるんだけど。


      シオリが向く。


トモカ 中に貴重品入ってたら危ないと思って。モリヤスさん、
   急に出ていっちゃったし。

シオリ 返してくれる?

トモカ その前に、話聞いてくれたら。

シオリ なに?

トモカ あたしたち友達になれない?

シオリ 無理。

トモカ せっかく一緒のクラスになったのに。

シオリ どうせ、半年よ。

トモカ なんで?

シオリ 引っ越すから。三年になるまでにはね。

トモカ だったら余計一緒に居るときの思い出を作っておくべきでしょ?

シオリ 私はそう思わない。カバン、返して。

トモカ 修学旅行も一緒の班になったのに。

シオリ 頼んでない。行く気も無かったし。

トモカ でも行くんでしょう?

シオリ カバン返して。

トモカ なんで、そんなに強がってるの?

シオリ 返して!


      と、ノゾミとサヤがやってくる。


ノゾミ 下駄箱、まだ靴残って(たよ)……ああ、見つけたんだ。

トモカ うん。

シオリ そんなとこまで見たんだ。

ノゾミ あんたがふらっといなくなるのが悪いんでしょ?

トモカ ノゾミ。

サヤ えっと、モリヤスさん、あたしたち自由行動の日程作ったんだ。

モリヤスさんにも確認して欲しいんだけど。

シオリ 自由行動?

ノゾミ 修学旅行三日間中、一日だけ班行動があるじゃん? 
   その代わり日程表を提出しなくちゃいけないって……
   そのとき、まだ来てなかったっけ?

トモカ 多分。話し出たの一学期だから。

ノゾミ そっか。てことで日程表。これでいいか見てくんない?

シオリ 別に。いいんじゃないどこでも。

サヤ 行きたい所あったら、遠慮なく言ってくれていいんだよ?

シオリ ない。

ノゾミ だったら、さっさと確認して、それで終わりでいいじゃん。

シオリ だから確認する必要も無いって言ってるでしょ? 連絡網作った時に
    メアド教えたんだから、メールしてくれても良いし。

サヤ でも、こういうのって直接話したほうがいいと思うんだ。

シオリ 携帯の番号も教えているでしょ?

サヤ そうなんだけど。そういうことじゃなくて。

シオリ いいからカバン返して。そろそろ帰りたいんだけど。

トモカ なにを怖がってるの?

シオリ 怖がるって?

トモカ 分からないけど。怖がってる。

シオリ 訳分かんない。

トモカ たしかにこの時期に引っ越して来たせいで、溶け込みにくいのは
   分かるけど。せっかく一緒のクラスになれて。一緒の班になって。
   なのにモリヤスさん、なんか壁作ってばかり。そんなんじゃ、
   他の子たちも、どう接していいか分からないわよ。

シオリ だったら一人にしておいてくれれば良いでしょ?

トモカ 人間一人じゃ何も出来ないじゃない。ね?

サヤ 一人じゃ何しても面白くないよ?

ノゾミ だから、あたしらがせっかく(仲間に入れてやろうと)

シオリ (薄く笑って)結局それか。

トモカ え?

シオリ それで私が何か言ったらこう言うんでしょ?「一人で生きてきた
   人間なんていないわ。あなたが毎日食べているご飯だって、農家の人たち、
   スーパーマーケット、仲介業者、エトセトラ、エトセトラの力があって、
   今日あなたの口に運ばれているのよ? だから、私たちは助け合わなきゃ
   いけないの」

ノゾミ (無言でシオリに近づこうとする)

トモカ (ノゾミの動きを止めつつ)そうよ。悪い?

シオリ 薄いんだよね。言い尽くされてて。古臭くて。正直、偽善臭くて気持ち悪い。

トモカ でも、事実よ。

シオリ だったら何!? 一人で生きられないからお優しい皆様が可哀想な
    私に手をさし伸ばしてあげましょうって言うの? 何それ? 
    誰が必要だって言った? 私は一人でいたいのよ。一人でいいの。
    あんたたちのお節介はもう十分。うざいの。偽善臭くて嫌になるのよ。
    どうせすぐに離れるくせにへらへらした笑みで私に近寄らないで。

トモカ 私は、

シオリ どうせ自己満足でしょ? 可哀想に見える人間を救ってあげるって
    いう単純な。そういうくだらないもので振り回さないでよ!

ノゾミ ……トモカ、駄目だよ。何言っても無駄。

トモカ ……分かったわ。

サヤ でも、寂しくないの?

シオリ え?

サヤ 私は、寂しかったよ。一人だったから。だけど、手をさし伸ばして
   くれたから。救ってくれたから、笑えるようになったよ。嬉しかった。
   それじゃ駄目なの?


      トモカ、ノゾミ、サヤ と、シオリの目が交差する。


シオリ 寂しいわけ、ないでしょ。


5


      と、そこにヨネコが現れる。


ヨネコ ああ、やはり現場に戻ってたのね!

ノゾミ あんたさっきの?

ヨネコ 問答無用!


      ヨネコは素早く三人組の動きを止める。
     (近くに居る人間にしがみつく、等)


サヤ きゃあ。

ノゾミ ちょっと、おばさん何する(のよ)

トモカ あの??

ヨネコ おばさんじゃない、おねーさん!

ノゾミ いや、そういう問題じゃなくて。

ヨネコ さぁ、今のうちに逃げて!

シオリ え?

ヨネコ モリヤスシオリさんでしょ?

シオリ は、はい。

ヨネコ うん。だと思った。ここはお姉さんに任せて逃げなさい!

ノゾミ はぁ!?

シオリ 逃げろって……

ヨネコ いいから。ここは私に任せて。こう見えてもおねーさん、
    見たとおりの強さしかないから大丈夫!

ノゾミ それは大丈夫なの?

ヨネコ さぁ、早く!


      シオリは良く分からないまま逃げる。


ノゾミ あ、おい本当に逃げる奴がいる!?

サヤ モリヤスさんカバン忘れてるよ!

トモカ そういう問題じゃないと思うけど。

ヨネコ さぁ、これ以上あの子に何かするというのなら、私が許さないわよ!

ノゾミ おばさん、誰?

ヨネコ 私はまだ23歳よ! おばさんじゃない! おねーさん!

ノゾミ はい。えっと、おねーさんは?

ヨネコ ここの卒業生よ! 姓はヨコハマ! 名は(ヨネコ)

ノゾミ え、なんか今聞こえなかったんだけど。

ヨネコ とにかく! ここの卒業生として
    いじめを放って置くわけにはいかないの。

ノゾミ いじめって……

トモカ 何か勘違いをしていませんか?

ヨネコ 勘違い?

トモカ 私たちは、ただモリヤスさんと修学旅行のお話しをしていただけです。


      ノゾミとサヤは頷く。


トモカ その途中少し口論めいた事にはなりましたけど、
   それは友人同士の中では良くあることだと思いますけど。


      ノゾミとサヤは頷く。


ヨネコ ちょ、ちょい待って。(と、トモカをまじまじと見て)うわーー。
    優等生タイプだ。クラスに一人はいたんだよね。懐かしいなぁ。で、
    (ノゾミを見て)元気一杯だけど、ちょっと頭の足りない奴と、……
    (サヤを見て)分かった、天然系! はぁ、見事に三人組って感じよね。

トモカ あの、

ヨネコ なんでかキャラが上手く分かれるんだよねぇ中学から高校時代の
    友人って。同じような人間同士で集ったと思ったのに、何故か仕切る
    奴とか、ボケる奴とか、突っ込みいれる奴が段々出来上がっていって。
    そうなのよ。気がついたら自分ボケ役になってたとか。でも、別にそれが
    苦痛じゃなくて。気づくのは卒業してからなんだけどねぇ。

トモカ あの!

ヨネコ ああ、で?

トモカ で、じゃなくて。

ノゾミ だから、いじめなんてして無いんだって。

サヤ 私たち、モリヤスさんと、友達になろうとしてて、

ヨネコ ほう? じゃあ、さっきの会話は何!

サヤ さっきの?

ヨネコ (ちょっと、ギャルっぽい高校生風で)「しおりってあれじゃない?」
    「いらないよね?」「じゃあしおりは抜きってことで」
    「てゆーか、うざくね」「言えてるしっ」「うししし」

サヤ そんなこと言ってません!

ノゾミ だいたい、どこら辺が似てるんだよ。

ヨネコ テレビのニュースでしか女子高生を見ない、
    おじさんたちの中のイメージで再現してみました。

ノゾミ 絶対違う。

トモカ しおり?

ノゾミ え?

トモカ しおりの話じゃない? だから。

ヨネコ そうよ。だから、シオリちゃんの話よ。

サヤ しおりの話?

トモカ しおり。

ヨネコ だからそう言ってるでしょ?

ノゾミ ああ。しおり。

サヤ (カバンをあさり始める)

トモカ そういえば、いたんでしたね、さっき。

ヨネコ そうよ。ばっちり聞いたんだから。
    さぁ、これでもしらを切るって言うわけ?

サヤ (プリントを取り出し)これです。

ヨネコ え?

サヤ しおりの話。


      と、携帯が鳴る。
      ヨネコの携帯である。
      ヨネコが携帯に気を取られている隙に、


サヤ はい(と、プリントを渡す)

ノゾミ じゃ、そういうことで。

ヨネコ あ、ちょっと

トモカ 下の方の、『やってみよう』の欄ですから。

サヤ あ、読んだら机においておいて下さい。


      ノゾミ、トモカ、サヤが去る。


ヨネコ ちょっと待ちなさいよ!(と、電話に出て)もしもし? ああ、なんだ
    高橋か。うん着信? いれたよ? 何今日はバイト? 授業? ああ、
    あんた浪人してたんだっけ。え? 留年も? だめじゃん。ああ、えっとね、
    2年の時のクラスあるじゃん? それの同窓会しようと思って、


      と、教室が暗くなる。


6


      昇降口廊下。
      困った顔でアツシがやってくる。


アツシ ……だめだ。制服着ている高校生なんて皆おんなじに見える。
    だからってじろじろ見ていればただの変質者だ。それにしても、
    勢いで昇降口まで来たものの、妹が帰ってない事が分かったくらいか。
    とりあえず、もう一回教室行って見るかな。


      と、ノゾミ、トモカ、サヤが現れる。


三人 さようなら

アツシ あ、さようなら。この高校警備ずさんだなぁ。不審者と思うどころか、
    挨拶してくるなんて。ま、それだけ俺が普通の人間に見えるって言う事か。
    よしよし。さあ、どうやって教室に戻るかな。


      と、アツシが去る。


トモカ 今の、先生?

サヤ え? 違うの?

ノゾミ あれ? だから挨拶したんじゃないの?

トモカ サヤが、挨拶したからつられて。

サヤ 私は誰にだって挨拶するから。

ノゾミ それ、自慢する事?


      三人はアツシのほうをチラッと見る。


三人 ま、いいか。

ノゾミ それより、どうする?

サヤ カバン、持ってきたままだね。

ノゾミ 持って帰る訳にいかないかな。

サヤ 明日の授業の準備出来なくなっちゃうよ?

ノゾミ そんなんしないって。

サヤ ノゾミちゃんじゃあるまいし。

ノゾミ それ、どういう意味?

トモカ 電話。

ノゾミ え?

トモカ 携帯、かけてみよっか?

サヤ モリヤスさんの?

トモカ うん。

サヤ そうだね(と、紙を探し出す)

ノゾミ で、呼び出して、しばくと。

トモカ ノゾミ。

ノゾミ 冗談だって。

トモカ だといいけど。サヤ。

サヤ うん。じゃあ、かけるね?


      サヤが何か紙をとりだし、携帯電話に打ち込む、そして、かける。
      別の場所にアツシが浮かび上がる。
      アツシが不思議そうに携帯を見る。


アツシ はい、もしもし。


      サヤが慌てて切る。


アツシ あれ?

トモカ どうしたの?

サヤ なんか、男の人が出た。


アツシ あぁああ、しまったこれシオリのだった!


ノゾミ 押し間違えたんじゃない?

サヤ そんな事無いと思うんだけどな。

ノゾミ 貸してみ。


      ノゾミが携帯に数字を打ち込む。


アツシ どうしよう。ここは掛けなおしてみるべきか?(女の声で)
    「もしもし、あたし、シオリ」……よし。いけそうじゃない? 
    うん。って、かかってきたし! 「あ、もしもし?」

ノゾミ ? えっと、モリヤスさん?

アツシ 「うん。そうよ。うふ」

ノゾミ モリヤスさん、まだ学校にいるよね?

アツシ 「え? あ、うん。いるけど?」(受話器に手を当て)
    なんで知ってるんだ?

ノゾミ カバン、返して欲しいよね?

アツシ 「え? あ、うん」(受話器に手を当て)カバン?

ノゾミ (受話器に手を当てて)どこがいい?

トモカ 教室。

ノゾミ なんで?

トモカ 話し終わってないから。

サヤ そうだよね。

ノゾミ (溜息)わかったよ。(電話に)教室に、来られる?

アツシ 「教室に?」(受話器に手を当て)なんで?

ノゾミ (トモカを見て)話、まだ終わってないからさ

アツシ (受話器に手を当てたまま)話?……「OK いーよ、いーよ」

ノゾミ じゃ、後でね。(電話を切り、首を傾げる)

トモカ どうしたの?

ノゾミ なんか、モリヤスさんテンション変だったんだよね。

トモカ 変?

ノゾミ ま、気のせいでしょう。うん。

トモカ じゃ、行きましょうか?

サヤ あ、その前に私、4番行って来るね。

トモカ は?

ノゾミ あ、うん。


      と、サヤが去る。


トモカ なに? 4番って。

ノゾミ サヤのバイト先での、お手洗いの言い方。
   レジが3番までしかないからなんだって。

トモカ へぇ。トイレって言えばいいのに。

ノゾミ そこは、ほら、乙女だから。というわけで、
   私もつきあたり行ってきます。


      と、ノゾミが去る。


トモカ ああ、つきあたりにトイレがあるからそういう言い方するのね。って、
   あたしのことは誰が説明してくれるのよ!……K1入ります。


      トモカが去る。
      三人の姿が消える。


アツシ 「綺麗が一番」という意味で付けられるトイレの隠語だな。
    決して格闘技のことではないって、何言ってるんだ俺は。……切れた。
    ……そうか。カバン隠しか。なんて小学生みたいなイジメを。
    話があるのはこっちの方だ……まってろよ、シオリ。お兄ちゃん、
    お前のために頑張るからな。とう!


      アツシが素早く去る。
      それとすれ違うように、シオリがとぼとぼと歩いてくる。





      後ろを少し気にする。


シオリ 別に私が悪いわけじゃない……でも、カバン返してもらわないと
    ……じゃあ、なんていえば良いのよ。……わからないわよ、そんなの。
    ……一人でいいのに。どうせすぐ引っ越しちゃうんだから。友情なんて、
    作るだけ無駄なのに……はい! うじうじ悩んでるのは辞め。とりあえず、
    やらなきゃいけないことは? はい! はい、シオリさん。
    カバンを返してもらう。そうその通り。でも、どこにいるか分かりません。
    はぁ。困った。


      と、そのシオリの前をアツシが走り抜けていく。


アツシ うおぉぉぉぉぉぉぉぉ、負けるな俺! ふぁいとぉぉぉぉぉぉぉ


      アツシが去る。


シオリ ……今の? お兄ちゃん?


      シオリが凄いスピードで追いかけていく。




      教室。
      電話が佳境になっている。



ヨネコ なによ出ないって。日曜も大学やってるわけ? バイトくらい一日
    休んだっていいじゃない。だいたい、どんだけ先の話だと思ってるのよ? 
    分からない? 予定が分からないなら、無理やりでもあければ
    いいでしょ!? 仕事している私が休み取ってるのよ? ……なにそれ。
    あたしだからって、それどういう意味よ! 高橋だって、高2の時が一番
    楽しかったって言ってたでしょ? そりゃ、ユミには会いにくいかも
    しれないけどさ。いいじゃん、皆久々にさ、昔に浸ろうよ。そりゃ今はさ、
    やらなきゃいけない事も多いかもしれないけどさ。いいじゃん。
    一日くらい。……そう。いいわよ。分かりました! はいはい、
    お忙しい中申し訳ありませんでした。昔に浸ってばかりで悪かったわね!
    (電話を切る)馬鹿みたいじゃん、あたし。


      と、そこにアツシがやってくる。
      その背中にはシオリが張り付くようにいる。


アツシ ああ、タコハマさん!

ヨネコ ヨコハマです。何よタコハマって。

アツシ すいません。タコみたいな顔だったからつい。

ヨネコ 誰がタコよ!

アツシ そんなことより、とうとうコンタクトを取る事に成功したんですよ、
    いじめっ子トリオに!

ヨネコ ああ、そのことなんだけど、(と、紙をひらひらさせるが)

アツシ あいつら妹の事を言葉で苛めるだけじゃ飽き足らず、なんとカバンを
    隠すなんてしょうもない悪戯をしてたんですよ。ええ。ガツンと言って
    やりますよ。任せてください。こう見えても、僕まったく柔道や空手
    なんていう格闘技をやってないんですけどね、それとなく相手に小さな
    ダメージを与えるのだけは得意なんですよ。

ヨネコ え、ごめん。どこを驚いて良いのか分からない。

アツシ だからね、ちょっとやそっとでは負けませんよ。

ヨネコ あの、でもモリヤス君実は、って、その後ろの方は誰。

アツシ なんですか後ろって? (シオリに気づき)うわぁああああ。

シオリ 何をガツンって言うの?

アツシ シオリいつの間に。どうりで背中がさっきから少し重いと。

ヨネコ 気づきなさいよ。

シオリ それで? どういうこと? なんでお兄ちゃんが学校にいるの? 
   なぜ三人を知っているの? どうやって忍び込んだの? この人は誰?

ヨネコ あ、初めまして。ヨコハマ。ここの卒業生よ。5年前のね。

シオリ 五年前? じゃあ、お兄ちゃんと同い年か。

アツシ え? そうなの?

ヨネコ そうよ。分かってなかったの?

アツシ なんだ。タメだったのか。てっきり年上かと。

ヨネコ 童顔って言われるんだけどな。

アツシ またまたぁ。

シオリ で、和んでないで説明して。

アツシ 説明して欲しいのはこっちだ! シオリ! 
    お前苛められているんじゃないか?

シオリ そんなわけないでしょ。

アツシ じゃあなんで(と、携帯を取り出し印籠のように見せ)
    携帯に友人のアドレスが全然無いんだ!?

シオリ 携帯? 見たの? 妹のを?

アツシ いや、見るわけないじゃないか! やだなぁ。
    お兄ちゃんがそんなことするわけ無いじゃないか。

シオリ それ。もしかして私の?

アツシ いや、それはなんていうか、その、

ヨネコ なんか、痛々しくて見てられない……

アツシ そんなことよりだな!

シオリ そんなことより!?

アツシ 妹の携帯をぉ、勝手に見ちゃったことはぁ、謝るよぉ。だけど、
    兄ちゃんが言いたいのはな!

シオリ いい、聞きたくない。

アツシ なんでカバンを隠されたりしているんだって事なんだよ!

シオリ 隠されて無い。

アツシ じゃあなんで持って無いんだ?

シオリ それは……

アツシ いじめられているんだろ?

シオリ ……

ヨネコ 違うわよ。

アツシ え?

ヨネコ ね、シオリちゃん。三人は友達になりたいのよね? あなたの。

アツシ は? 友達?

ヨネコ そう。なんとなくだけど。

アツシ なんでそんなこと、

ヨネコ だって、いじめって言う風には見えなかったから。それよりは、
    喧嘩? 友達同士の。そんな感じ。

アツシ そうなのか?

シオリ 関係ないでしょ?

アツシ そうか、そうなのか! なんだ友達がいるんだったらそう言わないと。
   心配してたんだから、お前、友達全然いないんじゃないかって、
   一人で過ごしているんじゃないかって。いや、なら良かった。なんだ、
   じゃあ、あれですか?(と、ヨネコに)友達どうしのちょっとした
   仲違いって奴ですか? そうですか。 よし。じゃあ、兄ちゃんが
   仲直りするの手伝ってやるよ。うん。謝っちゃえばいいんだから。な? 
   なにやったか分からないけど。謝って、で、仲直りだ。

シオリ だから、関係ないって言ってるでしょ!?

アツシ なんだよ、何を照れ(てるんだ)


      この台詞の途中にサヤ、トモカ、ノゾミが教室に入ってきている。
      シオリのカバンはサヤが持っている。


シオリ 照れてない! いい? なんでもないの。なんでお兄ちゃんとこの人が
   あの人たちの知っているのか知らないけど、あの人たちは、私には
   全く関係ないの。友達でもなんでもない。あたしの事をなんとも
   思ってないし、あたしだって何とも思ってないの。あたしには何の関係も
   無いの! 迷惑なのよ全部! あたしは一人でいたいの!





トモカ そう。迷惑だったの? あたしたちのしてきた事全部、
   迷惑だと思ってたの?

シオリ ……だから、そう言ってるでしょ。

トモカ 分かった。よく、分かった。

シオリ カバン、返してよ。

トモカ うん。


      サヤが持っていたカバンをノゾミが持って、シオリの前へ行く。


ノゾミ ほら。

シオリ どうも。

ノゾミ それでいいわけ?

シオリ なにが?

ノゾミ あんた、それでいいの?

シオリ 意味が分からない。

ノゾミ 一人で良いのかって言ってるの。

シオリ いいって言ってるでしょ?

ノゾミ ちゃんと目を見て言えよ。


      ノゾミがシオリをこずく。


アツシ シオリ!

シオリ (アツシに)黙ってて。あんたたちこそ、いい加減にしなさいよ。


      シオリがノゾミをこずく


ノゾミ あんたの為にやってるんだろ。


      ノゾミがシオリをこずく。


シオリ それが余計なお世話だって言ってるの!


      シオリがノゾミをこずく。


ノゾミ 余計なお世話の何が悪い! そのお世話がなきゃ、
   あんた何も出来ないでしょうが!


      ノゾミがシオリを突き飛ばす。


サヤ ノゾミちゃん

ノゾミ いいのよ。こういうのにはね、はっきり言わないと駄目なのよ。
   じゃないと自分が駄目人間って気づけないんだから。

シオリ 誰が駄目人間だ!


      シオリとノゾミの喧嘩。


      シオリの事はアツシとヨネコが、
      ノゾミの事はサヤとトモカが止めようとする。


ノゾミ 駄目人間に駄目人間って言って何が悪い!

シオリ あんたに私をどうこう言う資格なんて無い!

ノゾミ あたしは言いたい時には言うんだよ!

シオリ あんたらなんてつるんでなきゃ何も出来無いくせに!

ノゾミ 友達と、つるんでるだけとの違いも分からないわけ!?

シオリ 大して違いなんて無いでしょ。

サヤ ねぇ、二人とも辞めてよ!

アツシ そうだぞ〜。喧嘩なんてみっともないだけだぞ〜。

ヨネコ まぁ、でも、それも青春よね。

アツシ 止めろよ!

ヨネコ あら? 子供の喧嘩に大人が出ていいの?

アツシ そりゃ、そうかもしれないですけど、

ノゾミ 弱虫!

シオリ なにそれ、子供の喧嘩?

ノゾミ そうやって分かった振りしている方が
   よっぽど性質悪いの知らないの?

シオリ 性質悪くて結構。だから放って置いてって言ってるでしょ?

ノゾミ ああ! 何でそんな性格腐ってるのよ!

シオリ 性格腐ってるのはどっちよ! 
   あんたらがやってる事なんて偽善でしょ!

ノゾミ 歪んだ解釈しか出来ないからそう思うだけだろ!

シオリ だから放っておいてって言ってるでしょ!

ノゾミ なに! そうやっていつまでもいじいじしているつもり?

シオリ いじいじなんてしてないわよ!

ノゾミ してるじゃないのよ!

トモカ ノゾミ、もういいから。

ノゾミ 何がもういいのよ!?

トモカ もう、いいのよ。

ノゾミ だって、こいつ自分勝手にいじけたことばっかり言って、

シオリ あんたたちだって自分勝手なお節介をおしつけてるだけでしょ。

ノゾミ あんたのこと思って言ってるんだろ!?

シオリ それが余計な事だって言ってるのよ!

ノゾミ 何が余計な事なんだよ!

サヤ ノゾミちゃん、怖いよ。

アツシ こら君、いい加減にシオリから手を離しなさーい。
   じゃないとお兄さん怒っちゃうぞ〜。

ノゾミ 外野は引っ込んでろ!

シオリ 関係ない人にまで当たるの止めてくれない?

アツシ いや、シオリ。お兄さんは全然関係なくは無いと思うぞ。

シオリ 黙ってて。

アツシ はい。

ヨネコ よし。ね、みんな。まずは落ち着こう?

サヤ そうだよ。ノゾミちゃんも、モリヤスさんも、ね?

シオリ だったらこの暴力馬鹿をどうにかしてよ。

ノゾミ 誰が暴力馬鹿なんだよ!

シオリ 暴力馬鹿でしょ!

サヤ ノゾミちゃん!

ノゾミ サヤは黙ってて! こういう自分ばっかり不幸だなんて
   思っている奴が、あたしは一番許せないのよ!

シオリ 別にあんたに気に入ってもらおうなんて思って無いわよ!

ノゾミ この!


      ノゾミが拳を振り上げる。
      思わずシオリは目をつぶる。


アツシ シオリ!

サヤ ノゾミちゃん!

ヨネコ ちょっと止めなさいよ!


トモカ いい加減にして!!


      それは悲痛すぎる一言で。
      ノゾミの動きが止まる。


トモカ もういいわ。いいのよ、もう。

ノゾミ トモカ。

トモカ だったら、独りでいればいいのよ。ずっと


      トモカが去る。


同時に
サヤ トモカちゃん!
ノゾミ トモカ!


      ノゾミがすぐに追いかけていく。


10


      サヤがシオリを見ている。

シオリ ……追わないの?

サヤ ……あたしも、トモカちゃんも、ノゾミちゃんも、昔クラスで浮いてたんだ。

シオリ え?

サヤ 小学校の時、あたし、お父さんの仕事の都合でこっち来たの。
   友達なんて全然出来なくて。そしたら、同じようにぽつんと座ってる
   トモカちゃんがいて。あたし、勇気出してトモカちゃんの席まで
   行ったんだよ。何か喋ろうって思って。何を喋ろう。「一人なの?」とか、
   「何してるの?」とか。でも、何も喋れなくて。ずっと黙って立ってたら、
   トモカちゃんが言ったんだ。「一緒に帰ろう」って。
   ……中学でノゾミちゃんと同じクラスになってさ。ノゾミちゃん、
   あんな性格でしょ? 何でもずばずば言い過ぎて、だから友達いなくて。
   でもやっぱりあたし一人じゃ話しかけられなくて。駄目なんだあたし。
   いつも、変なところで人見知りで。それでトモカちゃんと一緒に
   ノゾミちゃんに話しかけて。みんな友達になって。ずっと、三人一緒だね
   なんて言って。二人には内緒だったけど、あたし、この高校入るため
   猛勉強したんだよ。だって、トモカちゃん勉強できるし。ノゾミちゃんは、
   部活やってて前期テストで入る気満々だったし。あたしだけ何にも
   なかったから。でも、一緒に居たくて。だったら頑張るしかないって思って。
   二人には言えなくて。でも、二人とも知っててさ。それで、だから、
   駄目だなあたし。やっぱり、一人じゃ上手く話せないや。

シオリ 哀れんでくれたんだ? ずっと一人の私を。

サヤ 同じだと思ったんだ。あたしたちと。あたしも、トモカちゃんも、
   ノゾミちゃんも、一人の時、ずっと空見てたから。空を見てれば、
   時間経つのが早くなるような気がしたから。雲の流れ追って、
   時々飛んでいる鳥に目をやって、落ちていく葉っぱを数えて。そうやって
   空を見ていたんだ、あたしたちも。見ているしかなかったんだ。あたしたち。
   一人じゃ、そんなことしか出来なかったから。それでいいんだって思うしか
   出来なかったから。でも……寂しかった。寂しかったんだ、あたしたちは。
   だから、モリヤスさんも同じだって思った。モリヤスさんも、
   いつも空見てたから。……でも……勝手に、いろいろと迷惑かけて
   ごめんなさい。もう、邪魔、しないから。


      サヤが去る。


11


      シオリは固まったまま。
      アツシが代わりにカバンを拾う。
      そして、カバンの中の自分の携帯を取り出す。
      シオリの携帯をカバンに入れる。シオリに渡す。


アツシ 帰るか。

シオリ (ゆっくりとカバンを抱く)

アツシ いいんじゃないか。

シオリ え?

アツシ 友達なんて、無理に作らなくても。負け惜しみじゃないけど、兄ちゃん、
   別に友達いなくて困った事無いしな。まぁ、ほら、兄ちゃんが高校生の
   時は携帯も持ってなかったし? 話しかけてくれる人もいなかった
   から? って話してて虚しくなるな。……急がなくていいんだよ。
   ただ、種を蒔かなきゃ芽は出ないからな。

シオリ なにそれ。

アツシ つまりだなぁ。友と言う名の種を蒔いて、情けという名の水を
   まき続けなければ、友情という花は咲かないと言う。あ、いいこと言った。
   俺。うん。そんな種をさ、まくと思って始めてみるのも良いんじゃないか? 
   そりゃ、いつ芽が出るか分からないけど、もしかしたら、明日には
   花を咲かせるかもしれないんだから。

シオリ そんな種、あるわけないよ。

アツシ わからないぞ? かいわれ大根なんて、すごいよ? 
   一人暮らししていた時良く育てたんだけどさ、あいつらなんてもう、
   1日か2日で芽が出るんだから。

シオリ かいわれと一緒にしないでよ。

アツシ じゃあもやしで例えようか?

シオリ 似たようなもんじゃん。

アツシ 全然違うだろ! ま、種を蒔かなかった兄ちゃんには
   何も言えないけどな。先、帰ってるよ。

シオリ うん。

アツシ 空、か……


      アツシが去る。
      シオリがカバンを持つ。何と無しにヨコハマに頭を下げる。
      アツシを見送ったヨコハマは空を見ている。


ヨネコ 種か。

シオリ え?

ヨネコ ううん。独り言。高校時代の友情ってさ、
   多分一生ものだと思うんだよね。

シオリ あなたも、お説教ですか?

ヨネコ え? だから独り言だって。

シオリ そうですか。

ヨネコ うん。友達がいたほうが楽しいと思うんだよね、高校生活。
   あ、独り言ね?

シオリ 勝手な事ばかり。

ヨネコ 独り言だから。例えば転校する子ともさ、友人になっておけばなぁ
   なんて、後悔する人が出ると思うんだよね。きっと。

シオリ そうやって、みんなして友達を作れ友達を作れって勝手に言って。私は
   半年後にはまた引っ越しちゃうんですよ!

ヨネコ うん。

シオリ いないんですよどうせ。この町にはお父さんの仕事の関係でいるだけ
   なんだから。

ヨネコ うん。

シオリ 同じ場所に一年もいられなくて。どうやって友達を作れって
   言うんですか? すぐに会えなくなるのに。もしかしたらもう会うこと
   なんて出来ないかもしれないのに。会えなかったら寂しいだけなのに。
   あたしがどんなに寂しがっても、どうせ、みんなあたしのことなんて
   すぐに忘れて新しい友達が増えるだけなのに。手紙を出したって、
   段々返ってくるのが遅くなっていって、メールしたって返って
   こなくなって、携帯の番号いつの間にか変わってて。
   そんな風にいなくなっていく人ばかりだって言うのに、
   私は何度友達を作らなきゃいけないんですか!?

ヨネコ ……でも、一人は寂しいでしょ?

シオリ 忘れられるくらいなら覚えてもらわない方が
   ましじゃないですか! 違いますか?

ヨネコ ごめん。分からない。

シオリ ……ですよね。

ヨネコ あたし、種まき得意なんだ。

シオリ は?

ヨネコ だから種まき。ばぁって蒔いちゃうの。で、どれが育つか
   ワクワクしてみてるわけ。時々蒔くだけ蒔いて、
   水上げてなかったりして反省するんだけどさ。でもいいじゃん。
   一つでも綺麗な花が咲けば報われるし。
   色んな種蒔いてみたらいいんじゃない? 

シオリ だけど、

ヨネコ もしかしたら、引っ越してもいつまでも律儀にメールしてくれて、
   電話もしてくれるようなそんな花が咲くかもよ? 分からないけどさ。
   失敗だらけかもしれないけどさ。でも、やってみなきゃなんも
   始まらないんだし。うん。そうだよ。こっちから諦めるのは
   簡単だからさ、諦めないのが一番なんだと思うんだ。そうだ、
   諦めるのはいつでも出来るんだよ。ちょっとやそっとでへこたれて
   なんかいられないんだ。うん。そんなんは一人だって出来るんだからね。
   でも、一緒に馬鹿やったり、笑ったりは、誰かが居ないと
   出来ないんだから。よし、いっちょやるか。うん。頑張ろう。

シオリ あの?

ヨネコ え?

シオリ 頑張ろうって。

ヨネコ ああ、こっちの話。だって、言ってたでしょ? 
   独り言だって。あたしも、ちょっと頑張ってみようと思って。


      と、ヨコハマは携帯を取り出す。


シオリ ……失礼します。

ヨネコ 走らないの?

シオリ え?

ヨネコ まだ間に合うと思うよ。


      シオリははっとして、そして走り出す。


ヨネコ 青春だねぇ。……あ、高橋? あんたにいい話をしてあげる。いい? 
   友情って言うのはね、種を育てるようなものでね?


      電話をしながらヨコハマは去る。


12


      トモカとノゾミが歩いている。
      そこへサヤが走ってくる。
      トモカの言葉にサヤは首を振る。
      三人が歩いていく。
      暫くして、アツシの姿が現れる。
      三人を遠巻きに見ている。
      と、そこへ、シオリが走ってくる。
      シオリはアツシを突き飛ばし、三人に向う、


サヤ モリヤスさん……

シオリ あの、その、種をね、蒔こうと思ってって、違う。そうじゃなくて。
   あの、だから、えっと、ごめんっていうか。いや今更なんだけど、今更
   過ぎるくらい今更で、なんだ、もう、あれなんだけど、その、えっと……


      三人は顔を見合わせる。


三人 一緒に帰ろ?

シオリ ……うん。


      溶暗。


13


      何日か後。
      目覚ましの音。
      「やばい〜!」とか「何で起こしてくれなかったの!」とか言う声。
      そして、明かりがつくと、シオリがカバンを持って走っている。
      奥の舞台では、クラスの中、
      すでにトモカとサヤが机を挟んで話し合っている。

      シオリは途中ヨコハマとすれ違う。
      ヨコハマは会釈をする。
      シオリは頭を下げるも、誰かは分からないまま去る。
      と、エプロン姿のアツシが出てくる。


アツシ シオリ〜 弁当! って早っ。もういないのかよ。

ヨネコ おはようございます。

アツシ あ、おはようございます。っと、あなたは……

ヨネコ お久しぶり。

アツシ ネコハマさん?

ヨネコ ヨコハマです。わざとやってるでしょ。

アツシ いや、こないだと少し雰囲気が違うので。

ヨネコ シオリちゃん、明るくなりましたね。

アツシ いやぁ。あんま変わってないような気もしますが。

ヨネコ そうなんですか?

アツシ 修学旅行、楽しみにしているみたいですけどね。

ヨネコ それはよかった。……モリヤス君は、行けなかったもんね。

アツシ え?

ヨネコ クラスにね、いたのよ。半年しかいなかった男の子。
   いつも窓から外を見て、クラスの喧騒に全く関わろうとしなかった。
   引っ越してばかりで積立金無いからって、修学旅行にも来なくて。
   だからなんだか話しずらくって。いつの間にか距離おいてて。
   でも、皆いつか話しかけようって思ってたんだよ? 
   もっと話がしたいって思ってたんだよ? 体育で同じ班になったとき
   助けられた、とか。文化祭手伝ってもらったとか。クラスが変わるころ、
   いなくなっちゃったから、何も聞けないままだったけど。でも、
   皆覚えてたよ。その男の子の名前。その男の子は、あたしの事、
   全く覚えてなかったみたいだけど。

アツシ ……同じ、クラス、だった?

ヨネコ しっかり種を蒔いておいて、蒔いた事を忘れてるんだから酷いよね。

アツシ ごめん、その、

ヨネコ はい、これ。


      そうしてヨネコが差し出したのは同窓会のお知らせ。


アツシ これは?

ヨネコ クラス会。やるから来てね。頑張って全員参加にさせたんだから。
   ……蒔いた種の責任は、とってもらわなきゃ。ね?

アツシ ……うん。


      二人が話すその奥では、クラスにノゾミとシオリが
      同時に駆け込んでいる。
      セーフとかアウトとかいいながら、修学旅行の話になる4人。
      そして、同窓会の話に盛り上がる2人

      蒔かれた種がいつか芽吹くよう、
      友情だって、いつか花咲くのかもしれない。

      そんな思いを残して溶暗

あとがき
小さい頃、仲の良い友達が引っ越したことがありました。
その友達が住んでいたところには新しく家が建ち、男の子が引っ越してきました。
私は、なぜか友達が引っ越したことはその男の子のせいのような気がして、
本当はそんな事ないと分かっているのに仲良く出来ませんでした。
男の子は新しい出会いをしようと頑張っていたのに。私は見向きもしませんでした。

そして。
男の子は、いつの間にか引っ越していました。



別れる辛さを味わいすぎると、出会うことを恐れるようになりますよね。
それでも、私達は常に出会いと別れを繰り返す。
どうか一人でも多くの人が素敵な出会いが出来るように
と願わずにはいられません。そんな願いと共にこの物語を書きました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。