ぶるぅ すぷりんぐ
作 楽静


登 場 人 物


現代

塩崎 ミエコ  一児の母。今年38歳だが、まだ37歳。約20年ぶりに高校を訪れる。
(しおざき)   (22年前のミエコと兼任)

     アカネ  ミエコの娘。中学三年生。15歳。母の母校に進学しようと母とともに高校を訪れる
          (22年前のミエコ母と兼任)

世田谷 ユウリ 39歳。
          ○○高校の職員。塩崎ミエコとは元先輩後輩の中だった。

事務員(声)  学校の事務らしい。



22年前

塩崎 ミエコ  高校一年生。演劇部に入っている。心配性だが根は明るい。

         ミエコの母。25歳以上は女は年を取らないと言い放つ。年齢不詳。

世田谷ユウリ 高校二年生。演劇部の部長。しっかりもので頼れる存在。
(せたや)

橋本  ナミ  高校二年生。演劇部の影の部長。敵を絞め殺す武闘派。
(はしもと)

津久井カナコ 高校二年生。最近彼氏が出来たらしい。天然を狙ったぶりっ子に見える天然。
(つくい)

静岡 ツヨシ  高校二年生。盗撮マニア。ユウリの友人。
(しずおか)





0 開演前 20××年 夏 ○○高校体育館。

    舞台には垂幕。
     観客が席に座っているだろうどこかに、ミエコが座っている。
     そして、その隣には中学の制服を着たアカネが座っている。(観客に気づかれなくていい)
     と、マイクを通して事務員さんの声が聞こえてくる。



事務声 ご来場の皆様に申し上げます。
    本日は20××年度○○県立△△高等学校進学説明会へご来場いただきまして、
    まことにありがとうございます。本日の説明会は、以上を持ちまして
    プログラムを終了とさせていただきます。なお、部活動の見学につきましては、
    4時まで自由見学となっております。って、先生、なにするんですかっ

ユウ声 だから頼んでたでしょう。放送してって。なんでしてくれてないのよ。

事務声 それはわかってますよ。ですからこれから、(するところでしたけど)

ユウ声 そりゃあさ、事務員さんが忙しいのは分かってます。分かってますけど、
    これで帰られたらうちの部員はどうなるわけ?

事務声 いや、ですから先生、その前に、それ。

ユウ声 どれよ。

事務声 これ。漏れてますから。

ユウ声 え? ……マイク? 入ってるの? 

事務声 さっきから。

ユウ声 あ、本当? やだ。入ってるじゃんマイク。
    もう、なによ、それならそうと早く言ってよ(笑)
    以上、マイクのテストでした。


     いきなりブツリとマイクの音が切れ、やや短い間。そして、今度は放送の音楽とともに、
     ユウリの作った声が流れる。

ユウ声 (少し小声で)いいから、私がやるから。
    ……本日は岸根高等学校進学説明会にご来場いただきまして、
    ありがとうございます。まもなく、三階視聴覚室にて、本校演劇部による劇が上演されます。
    作品名は「鯉に恋した濃い顔の人の水虫」です。
    作・演出ともに、本校の者が手がけております。どうぞ、皆様足をお運びください。


     と、上記の台詞の中に割り込むようにアカネの台詞が入る。
     あまり聞こえなくてもかまわない。
     そのアカネの言葉に、ミエコはいびきで答える。


アカネ なに? 今の。あ、まただ。……三階? ほら! お母さん! 
    やっぱりここじゃなかったじゃん。お母さん! 変だと思ったんだよ。誰もいないんだもん。
    お母さん! ……もう、私行くからね。携帯に連絡してね。じゃあね! ……間に合うかなぁ。


     と、アカネは舞台を後にする。
     ミエコのいびきが大きくなる。
     客席の明かりが徐々に暗くなっていく。
     そして暗いうちに幕が開く


1 20××年 夏 娘が去った後の体育館にて。



     いきなり、ミエコが叫ぶ。


ミエコ 駄目よ ○○! Bボタンはジャンプじゃないの!


     ミエコの周りだけが明るくなる。


ミエコ (周りを見渡し)……夢か。 びっくりしたわよ。だって彼がよ、
   赤い服着てひげダンス……(と、横を見て)アカネ? アカネ!? え? やだ。アカネ? 
   ……だれもいないの? 寝ちゃったのかぁ。失敗した。昨日、遅くまでゲームなんか
   やってたからだわ。……(周りを見て)それにしても、懐かしいわねぇ。
   全然変わってないんだから。あら?(と、ステージの幕を見て、)この傷。
   え? ちょっと。嘘でしょ。もう、やだぁ。あたしが破ったとこじゃないの。
   これくらい直してくれてもいいのに。大変なのねぇ。県立高校って。
   ……やっぱり、私立のほうがいいのかしら。


     とかいいながら、ミエコはいつの間にか舞台に上っている。


ミエコ あ、やっぱりここスイッチのままなんだ。よく、つけそこなって怒られたっけ。
    (どこかに言うように)はい、客席おとしまーす。


     すると、それまでミエコを照らしていた明かりが消え、
     そして舞台の明かりがつく。



ミエコ ……なんて懐かしいわね。全然変わってないんだから。(と、袖近く、ツラに座る。)
   みんなで、よく話したっけ。楽しいことも、嫌なことも、みんな。……なんでも話してたっけ。
   ……なんで、話せなくなったんだろう、……ひとつだって手離したくなかったのに。
   捕まえたままでいたかったのに。なんで、離しちゃったんだろう……



     ユウリが現われる。


ユウリ そして、今でも思う。あの頃に何が出来たのだろうと。


     ナミが現われる。


ユウリ&ナミ 何でもないことだった。きっと。つまらない。ありきたりな。それなのに、
        今でも時々、胸の中でチリリと痛む。


     カナが現われる。


ユウリ&ナミ&カナ 話してしまえば楽なのに。話せずに離した繋いだ手。今も分からないまま。
            今だから分からないまま。過去を思う。届かない、あの頃を思う。


     ユウリとナミとカナが、遠くを見る。過去を見るように。
     ミエコも、過去を思い出すように遠くを見ている。



     ※バトンが上がり、垂幕が隠れる

2 22年前 ミエコ、高校一年生。体育館で練習する日。


     照明がユウリ・ナミ・カナコの三人を照らす。
     ユウリとナミとカナコの三人は、奇抜な格好をしている。
     が、それは練習着の上から着る仮の衣装といった感じ。
     そのため、ミエコの服もこの空間では衣装に見えてしまう。


三人 「そうです。私たちが演劇部員です!」


    音楽とともに、三人はポーズ。


ユウリ われわれは演劇部員である!

ナミ&カナコ である!

ユウリ 演劇部員とはすなわち勇気!

ナミ&カナコ 勇気!

ユウリ すなわち希望!

ナミ&カナコ 希望!

ユウリ 闘志!

ナミ&カナコ 闘志!

ユウリ 以上がそろった戦士である。

カナコ 部長! 愛は!

ナミ  愛!?

ユウリ 愛だと!?

カナコ そこには愛はないのでしょうか!

ユウリ 愛はない!

ナミ  ない!

カナコ そんな!

ユウリ 愛にカップラーメンが作れるか!

カナコ 作れません!

ナミ  愛に海が泳げるか!

カナコ 泳げません!

ユウリ ならばなぜ

ユウリ&ナミ お前は愛が必要と叫ぶ!?

カナコ 愛は地球を救います。

ユウリ 否(いな)!

カナコ 否!?

ナミ  否!

ユウリ 愛で地球は救えない。

ナミ  救えないから演劇がある。


     そして、三人は正面を切り、


三人 「そうです。私たちが演劇部員です!」


ユウリ あたしは部長の世田谷ユウリ! だから照明! 私に照明を!


     小気味良い音と共にユウリに照明が当たる。


ナミ  私は裏部長の橋本ナミ! だから照明! 私に照明をよこしなさい!



     ユウリの照明が消え、小気味良い音と共にナミを照らす。


カナコ 私は会計の津久井カナコ! だから照明! 私に照明を!



     ナミの照明は消え、
     なぜか情けない音がしてミエコのいる場所に明かりがつく。


カナコ そんなぁ〜

ミエコ 先輩!


     ミエコの言葉とともに舞台は体育館の舞台になる。


3 22年前 演劇部の日常


     カナコは客席に向かって、誰となく愚痴っている。
     ユウリはふと汗を拭きつつ、ナミは自分の匂いを気にしつつ。


ユウリ ミエコちゃん。ちゃんと着替え持ってきたんだ?

ミエコ はい! どうですか? これ。37歳くらい子持ちの教師、さそり座のAB型、
   少し疲れ気味、趣味はパチンコ。現在メルトモといい関係になりすぎて危ない火遊びに
   ちょっとドキドキな、感じに見えますか?

ユウリ どう思う?

ナミ  (制汗剤を袖に探しに行きつつ)なんかA型っぽい。

ユウリ たしかに。

ミエコ え、どこがですか。

ナミ  なんとなく。ま、いいんじゃない? ねぇ?(と、カナコのほうを向き。)かーな!

カナコ (なにやら客席に愚痴っている)


    思わず全員生暖かい目でカナコを見る。


ナミ  かーな! カナ!

カナコ え?

ナミ  なんかあるたび見えない妖精に語りかけるのはやめろって言ったでしょ?

カナコ 見えなくないよ。

ナミ  何が?

カナコ いるよ。妖精は。

ユウリ いいから。それより、どう思う?

カナコ なんかA型っぽい。

ミエコ そんなぁ!?

ユウリ やっぱり?

ナミ  ABには見えないよね。

ミエコ どこらへんがですか?

カナコ なんか、その格好? いかにも母親ですって言うそんな感じ? が、A型。

ミエコ 私、O型なのに……

カナコ じゃあ、混じってるんだよ、Aが。

ナミ  ……混じらないから。

カナコ なんで? 分からないじゃん?

ナミ  あんた、そんなだから生物で赤点取るのよ。

カナコ 関係なくない?

ユウリ はい。いいから、とりあえずミエコちゃんの衣装は再検討ね。

ミエコ AB型っぽいのってどんな服なんですか?

ユウリ イメージよイメージ。イメージを膨らまして。自分がAB型だと思ってみるの。

ミエコ イメージ……。私、O型ですから。

カナコ 簡単だよ。ミエちゃん。今もうA型っぽい服になっているんだからさ。
   今度はB型っぽい服を考えればいいんだよ。それでね、

ナミ  あんたが言いたいことはよく分かった。

カナコ あわせるの! いい考えでしょう?

ナミ  馬鹿。

カナコ なんでよ!

ナミ  馬鹿。

カナコ なんでよ!

ナミ  馬鹿

カナコ なんでよ!

ユウリ はい。いいから。とりあえず集合。


     ユウリは部員たちを集める。
     はじめは上端だったが、ユウリが客に見えない事に気づく。


ユウリ ……やっぱり、こっち。


    と、中央へ。


ナミ  そこまで舞台を意識しなくても……

ユウリ いいの! さて、諸君。……返事は?

ナミ&カナコ&ミエコ はい!

ユウリ いよいよ我々は大会のための練習に入った。

カナコ&ミエコ はい!

ナミ  おかげで夏休みはパー。

カナコ&ミエコ パー。

ユウリ だまらっしゃい。これからはこの少ない演劇部員、現在四名で無事大会を
   乗り切らなくてはなりません!

ナミ&カナコ&ミエコ はい!


     と、音響がブービー音を鳴らす。
     照明も、チカチカと抗議を示す。


ユウリ ……失礼。とても優秀なスタッフを忘れていました。音響に照明。を含め六人で、
   乗り切っていきましょう!

ナミ&カナコ&ミエコ はい!


     音響と照明もそれに答える。


ユウリ がっ!

ナミ&カナコ&ミエコ が?

ユウリ ここで、皆さんに大変残念なお知らせをしなくてはなりません!

ミエコ お知らせ?

ナミ  しなくてはなりません!

ミエコ ナミ先輩?

カナコ え? なに?

ユウリ (軽くカナコを見てから)……この中に、

ユウリ&ナミ 裏切り者がいます。

ミエコ ……裏切り者?

カナコ え!? ミエちゃん?

ミエコ なんで私なんですか!

カナコ だって。じゃあ……(と、周りを見渡し、やっぱり)ミエちゃん?

ミエコ 違います!

カナコ じゃあ、

ユウリ ナミぃ。証拠をここに。

ナミ  はい。


     ナミが一回退場。


4 22年前 証拠は語る。


ユウリ 先週の土曜日のことです。確かあの日は皆で練習でしたね。うだるような暑さの体育館で。
    バスケ部と一緒の練習だったために、舞台の幕を閉めて。目に流れ込む汗に自然に涙は流れ、
    バスケ部の掛け声に負けないように叫んだ声は枯れ、立っているだけで体力を消耗した
    あの地獄。スタッフも役者も皆味わったんでしたよね、一人を除いて!

ミエコ それって……

カナコ その日休むっていうのは前もって言っていたじゃん。別に、悪いとも言わなかったくせに。

ユウリ 言わなかったぁ!? ……そう、確かに文句なんて言わなかった。
    だって、あんた休む理由なんて言った?

カナコ 「どうしてもはずせない家庭の事情があって」

ユウリ そういったわよね? そう言ってたでしょ?

カナコ 言ったよ。

ミエコ 言ってましたね。

ユウリ だから、別に私たちそれがいったいどんな家庭の事情かとも、聞かなかった。
    聞かなかったでしょう?

カナコ 聞かなかったね。

ミエコ 聞かなかったですよね。

ユウリ その好意につけこんで! この女は彼氏とゲーセンにしけこんでたのよ!

ミエコ しけこんでたって……

カナコ いまどき、そんな言い方しないよ。

ユウリ 小学館(しょうがくかん)より抜粋「悪所や情人・友達の家などの遊び場に入ること」
    しけこ・むを使ってどこが悪いのよ! ゲーセンにしけこんでたのは事実でしょう!

カナコ そんな。私、彼氏なんていないし。どこにそんな証拠が。

ナミ  証拠なら、ここにあるわよ!


     と、カナが戻ってくる。
     カニ歩きのように、背中を観客に見せて歩いてくる。
     その後頭部には男の顔が、まるでそちら側が顔かのように張ってある。
     盗撮されたような、目線が正面にあっていない顔だ。


ミエコ 先輩!?

カナコ イシグロ君!

ユウリ 語るに落ちたとは、このことね。

ナミ  残念だけど、カナ。あんたがこの二組の元サッカー部のイシグロ君と一緒に
   ゲーセンを歩いていたことは、私の友達で、カメラ歴12年。若干16歳でありながら
   もはや一日でも写真を取らない日があれば禁断症状さえ現れるという盗撮マニアの
   ツヨシ君が、ばっちり激写していたのよ!


     途端、雰囲気が少し変わる。
     そこに、やってくるのは軽めの格好のツヨシである。カメラを持っている。
     カナコとミエコは座って見ている。ユウリとナミが相手をする。


ツヨシ せたがやさん。

ユウリ せたやです。

ツヨシ ごめん。まった?

ナミ  あんた、朝っぱらからうちらをこんな場所に呼び出すなんていい度胸してるじゃないの。

ツヨシ 別に、お前までは呼んでないんだけどな。

ナミ  ほう?

ツヨシ いや、ほらさ、体育館裏だと、変な意味に捉えられたら困ると思って。

ユウリ だからって、舞台に呼び出すことないと思うけど。

ツヨシ だって、俺、舞台に立っている君の笑顔が好きだから。

ユウリ ありがとう。

ツヨシ その全然これっぽっちもうれしくなさそうなところがいいよね。

ナミ  (照れてる)別にあんたにほめられてもうれしくないわよ。

ツヨシ いや、お前のことは別にほめてないよ?

ナミ  そんなの、分かってるに決まってるでしょ!(言いながら落ち込んでいる)

ユウリ それで? 要件は?

ツヨシ 冷たいなぁ。……いいものあるんだけど。いくらで買う?

ユウリ いいもの? 薬?

ナミ  ピストル?

ツヨシ 俺がそんなもの売るわけ無いだろう! 俺が売るって言ったら、
   写真に決まってるだろう!?

ユウリ 写真?

ツヨシ そう! 盗撮写真さ!

ユウリ 別に、それ自慢できることじゃないと思う。で? 誰を写したの?

ナミ  まさか、私の!? え? 脅されてる? 脅迫されてる私? どうしよう、ユウリ!?

同時に
ツヨシ そんなわけないだろう。
ユウリ そんなわけないでしょう。

ナミ  ちょっとはしゃいだだけなのにそんなに強く否定しなくても。

ツヨシ あれはほっといて……二人の共通の友達だよ。

ユウリ 共通の?

ナミ  それって……

ツヨシ (写真を懐から出し)ビックニュース間違いなしの、すごい写真なんだけど。いくら出す?

ユウリ ふうん。(興味なさそうにしながらも、ユウリはツヨシから写真を奪う)

ツヨシ あ、ちょっと、タダってわけには。

ユウリ ナミぃ。

ナミ  ラジャー。


     と、ナミはツヨシをつかむと去っていく。


ツヨシ え? ちょっと、暴力反対! 暴力反対! うわあああああ!?


     ツヨシとナミが去る。
     照明の雰囲気が戻る。
     ナミが大きな紙を持って現れる。


ユウリ と、このようなことが昨日あって、手に入れたのを拡大したのが!

ナミ  これよ!


     と、ナミは紙を広げる。
     そこにはすさまじく合成っぽく、カナコと写真の男のツーショットが写っている。


カナコ そんな……

ユウリ どう? カナ。 これでもしらばっくれるつもり?

カナコ ちゃんと、周りには気をつけていたつもりだったのに……


     カナコがひざをつく。


ナミ  残念だけど、カナ。あんたの敗因は、人のいないところでいちゃつこうとした
   その浅ましい根性と。

ユウリ そのくせ、地元のゲームセンターでデートという、その貧弱なデートスポット知識よ。

ナミ  もう、言い訳は出来ないわよ?

ユウリ 観念して、嘘をついたと認めなさい!

ナミ&ユウリ さあ!

ナミ&ユウリ さあ!

ナミ&ユウリ さあ!

ナミ&ユウリ さあ!

ミエコ ユウ先輩もナミ先輩も、そこまで攻めなくても。

カナコ ……たしかに、嘘ついたのは悪かったよ。

ミエコ カナ先輩……

カナコ だけどいいじゃない! 練習一日くらい休んだって! デートしたって! 
   だって、したかったんだもんデート。遊びたかったんだもん。

ナミ  開き直りやがった。

ユウリ 別にデートが悪いなんていってないわよ。なんで、練習サボって、嘘の理由を作ってまで
    デートするのかって聞いてるの!

カナコ だって、「デートだから、部活休んでいい?」って言ったらさ。

ユウリ そんなの駄目に決まってるじゃない!

ナミ  馬鹿じゃないの。

カナコ ほら! そういうじゃん!

ユウリ だから、部活のないときにデートでも勝手にしなさいよ。

カナコ いつないのよ! 部活。

ユウリ お盆とか。

カナコ お盆は彼が田舎に帰っちゃうもん。

ナミ  お盆とか。

カナコ だから、お盆は向こうがいないんだって。

ミエコ ……お盆とか。

カナコ お盆しか休みがないんだって気づいてるならそう言えば良いじゃない!

ミエコ すいません。

ユウリ ミエコちゃんにあたることないじゃん。

カナコ べつに当たってないわよ!

ナミ  彼氏なんて作るのが悪いのよ。

カナコ 出来ちゃったんだからしょうがないじゃん!? 出来ない人に言われたくないよ。

ナミ  ……ナンテイッタ?

カナコ 何も。

ナミ  (笑顔で)何て言った?

カナコ ナニモ。

ユウリ やめなよ二人とも。

ナミ  なんて言ったって聞いてんだよ!?

カナコ はじめたのはそっちでしょう?

ナミ  上等じゃないの!

カナコ なによ! 言い負かされたからって暴力に訴えるわけ?

ナミ  それの何が悪い!?

カナコ この……マントヒヒ!


     カナコが走り逃げる。


ナミ  誰がマンドラゴラじゃぁ!!


     ナミが追いかけて走り去る。


ユウリ ナミ! (と、観客席を向き)説明しよう。マンドラゴラとは、引き抜いたとき悲鳴を
   発し、聞いた者を死に至らしめる架空の植物である。って、落ち着いて! ナミ!


     ユウリが退場する。


ミエコ いっちゃった。どうなるんだろ……うちの部活。と、若干15歳うお座のO型、
   現在彼氏募集中な塩崎ミエコは思うのでした。このままでは演劇部の足並みが乱れてしまう。
   かといって、私に出来ることなんて……


     と、携帯電話が鳴る。それはミエコのものだ。


ミエコ はい。

母声  ミエコの母ですが。ミエコはおりますか?

ミエコ 母さん、これ私の携帯。

母声  ああ、ミエコね。大丈夫? 今平気?

ミエコ 平気じゃないけど。なに?

母声  ちょっとお買い物頼みたいんだけど。

ミエコ いいけど。

母声  本当? じゃあね、牛肉の切り落としに、ズッキーニ。おろしにんにくと、
    お砂糖はあるから、コチュジャンね。切れてるから。それと、たまねぎに、にんじん。椎茸。
    あ、生でね。乾燥は駄目よ。それから乾燥春雨と、赤唐辛子。いり白胡麻?っていうのと、
    あと、卵ね。一パック。十個入りのよ。

ミエコ なにそれ!? 何作るの!?

母声  牛肉とズッキーニ?のなんとか。テレビでやってたのよ。

ミエコ またテレビで見たの作ろうとしてるの? いつだって作れないのに。
   だいたい、ズッキーニってなによ。

母声  かぼちゃ? の仲間って言ってたわよ。

ミエコ 本当に? お母さんいつも適当なことばっかりなんだから。


母声  いいから。お願いね。

ミエコ わかった。今日はどうせ部活になりそうにないし。えっと、なんだっけ?
   牛肉とズッキーニに、にんにく? 砂糖と……


     と、母が買い物袋を持って現れる。
     風景が変わる。


5 22年前 ミエコ自宅。


母   (買い物袋の中を見つつ、)おろしにんにくと、コチュジャンよ。それから、たまねぎに、
    にんじん。椎茸。もう、生でねって言ったでしょう? 乾燥は駄目だって。
    それから乾燥春雨と、赤唐辛子。いり白胡麻?っていうのと、卵。
    あ、十個入りのって言ったのに。

ミエコ って、お母さん!?

母   本当使えないんだから。これじゃあお母さん牛肉とズッキーニの……
    とにかく、作れないじゃない。

ミエコ いや、作れないじゃないって。どこに現れているのよ。ここは、

母   ここはあなたの家でしょう?

ミエコ え? あ……本当だ。

母   言ったもの勝ちよ。

ミエコ え?

母   それより、これ。ズッキーニだって言ったのに、なんでかぼちゃ買ってきてるのよ!


     母が買い物袋からかぼちゃを見せる。


ミエコ だって、見つからなかったんだもん。

母   だからってなんでかぼちゃなのよ。

ミエコ かぼちゃみたいのって言ったじゃん

母   ばかねぇ。ズッキーニっていうのは、こういうのを言うのよ!


     母の言葉と共に、ズッキーニの絵が黒子によって運ばれてくる。
     しかし、黒子は黒子に見えない。


ミエコ きゅうりじゃん。


母   これがズッキーニなの。

ミエコ きゅうりならきゅうりって言ってくれればいいのに。

母   だから、これでかぼちゃの仲間なのよ。

ミエコ へぇ。

母   見た目で判断しちゃいけないっていい例よね。

ミエコ てか、誰!(黒子に)


     黒子がトボトボと去る。


母   ミエコ。黒子はね、見えないことになっているのよ。

ミエコ 白かったよ!?

母   見た目で判断しちゃいけないっていい例よね。

ミエコ もう、分かったから。忙しいんだから一人にしてよ。
   ちょっと考えなきゃいけないことがあるんだから。


     ミエコはうるさそうに母親を追い払うしぐさをして、携帯に向かう。


母   何よ。携帯いじってるののどこが忙しいのよ。

ミエコ 忙しいの! 部活の先輩にメール送らなきゃいけないんだから。
   あれからどうなったか聞かないと。

母   どれから?

ミエコ もう! お母さんには関係ないでしょ。

母   はいはい。何かって言うとそんなこと言って。そのくせ、その服、
   母さんが貸してあげたやつじゃないの。

ミエコ それとこれとは関係ないでしょう?

母   同じ部活のことじゃないの。

ミエコ 同じ部活でも違うの。それに、この服イメージと違うから変えなくちゃいけないんだよ。

母   イメージって。それ。37歳くらい子持ちの教師、さそり座、少し疲れ気味、
    趣味はパチンコ。現在メルトモといい関係になりすぎて危ない火遊びに
    ちょっとドキドキな、感じでしょう? 見えるじゃない、ちゃんと。

ミエコ そうなんだけど、AB型じゃないといけないのに、A型にしか見えないって。

母   A型ぁ? だから見た目で判断しちゃいけないって……たしかに、そう見えるわね。

ミエコ どうしたらいいのかなぁ。

母   まってなさい。なんか。アイテムでごまかせるかもしれないから。


     母が去る。


ミエコ アイテムって。……


     母が現れる。
     手に、ど派手なスカーフを持っている。


母   いいの見つかったわよ。ミエコ。

ミエコ はやっ

母   これ、これつけてみなさいよ。

ミエコ って、なにそれ!?

母   見れば分かるでしょ。スカーフ。

ミエコ ださ(い)っ!

母   ダサくないわよ! ……そりゃ、ちょっと派手めかもしれないけど。

ミエコ ちょっとじゃないと思う。

母   でも、AB型っぽいでしょう?

ミエコ お母さん、今確実にAB型の人を敵に回したよ。

母   いいから、つけなさいよ。ほら。

ミエコ (うけとりつつ)後でつけるよ。

母   もう。せっかく用意したのに。もうすぐご飯だから、呼んだらすぐ来なさいよ。

ミエコ はーい。……ねぇ、お母さん。

母   なによ?

ミエコ 例えばさ……

母   なに?

ミエコ ……例えば友達に彼氏が出来たとしてさ。

母   え! 彼氏できたのあんた!?

ミエコ だから、友達!

母   へー。

ミエコ なにが「へー」なのよ。

母   ふーん。

ミエコ ちょっと。だから、違うわよ。

母   そうなの〜。

ミエコ もういい。

母   わかったわよ。それで? と、も、だ、ち、に、彼氏が出来て?

ミエコ ……そのせいで友達とは仲が悪くなったりしてさ。

母   ああ、あるわよねぇ。そういうの。

ミエコ そうしたらどうする?

母   どうするって?

ミエコ だから、その友達を。

母   どうしようもないでしょうそんなの。

ミエコ そうかな。

母   いいんじゃないの? 彼氏を大事にすれば。

ミエコ だけど、友達も大事じゃん。

母   大丈夫よ。本当の友達なら、彼氏と別れた時にまた仲良しに戻れるから。

ミエコ え?

母   だから、彼氏とは長く続くか分からないでしょう? だったら、その間は彼氏の方をね。
   大事にしなさいよ。うん。それがいいわ。

ミエコ ……そっか。別れれば良いんだ。

母   は?

ミエコ ううん。

母   でもねぇ。本当女の友情なんて薄いものよねぇ。母さんも経験あるわ。
   あんたくらいのときは、母さんモテたんだから。ふっふっふ。

ミエコ 何笑ってるの?

母   ちょっと思い出しちゃって。あ、ほら、そんなことよりお母さん、晩御飯作らなくちゃ。

ミエコ うん。……じゃあさ、

母   ? なによ。

ミエコ もし、別れさせるとしたら?

母   別れさせる? そんなあんた付き合ってすぐに別れるなんて考えちゃ(駄目よ)

ミエコ そうしたらどうする?

母   別れさせるの?……そうねえ……母さんのときは手紙とか……

ミエコ 手紙?

母   偽のラブレター作ったり……あ、それは?

ミエコ どれ?

母   それ。

ミエコ (携帯を見て)これ?

母   それ。気をつけた方がいいわよ。他人のフリして……とか。あるらしいじゃないの。

ミエコ これ……これかぁ……


     ミエコが携帯を見つめる。
     周囲が暗くなる。電子音。


6 22年前 しばらくした後の放課後。


     照明がつくと、ユウリとナミと、カナコが中央に立っている。
     二人は変なポーズ(と、衣装)そして、変な顔をしている。
     と、携帯が鳴る。カナコがポーズを止め、携帯を見る。


カナコ あ、じゃあごめんね。私帰るね。

ユウリ (ポーズのまま)ん、わかった。

ナミ  おつかれ。

カナコ おつかれさま〜


     カナコが去る。


ナミ  (ポーズのまま)……ねぇ。ユウリ。

ユウリ (ポーズのまま)なに?

ナミ  (ポーズのまま)こんなポーズで安直に笑いを取ろうとするのはやめない?

ユウリ (ポーズのまま)なんで?

ナミ  (ポーズのまま)なんか、笑わせてるのか、笑われてるのか分からなくなる。

ユウリ (ポーズのまま)計算して笑われるのなら、それは笑わせていることになるのよ。

ナミ  (ポーズのまま)でも、なんだか笑ってもらっているような気がしてむなしくなるんだけど。

ユウリ ……(ポーズ解く)

ナミ  (ポーズのまま)あ、ちょっと思ってたんだ。それは。

ユウリ ちょっとね。

ナミ  じゃあ、やめよう。(ポーズ解く)

ユウリ うん。……でも、どうしようか。この作品、「こけらとおけらとモゲラのゲリラ」には、
   このシーンで笑いがどうしても必要なのよ。

ナミ  それは分かっているけど……え?


     と、ここでミエコがやってくる。
     今日は母が持っていたスカーフを巻いている。


ミエコ お待たせしました!

ユウリ 早かったね、着替え。

ミエコ はい。がんばりました。

ナミ  てか、ミッコ聞いた?

ミエコ 何がですか?

ナミ  今回の作品のタイトル。

ミエコ え? タイトルって決まったんですか?

ユウリ やっとね。

ナミ  それがさ、どうぞ。

ユウリ 「こけらとおけらとモゲラのゲリラ」

ミエコ ……なんですか? それ。

ユウリ 素敵でしょう?

ナミ  どう思う?

ミエコ ユウ先輩って、タイトル考えるセンスないですよね。

ユウリ うっ。

ナミ  やっぱり言われた。

ユウリ 寝ないで考えたのに……。

ミエコ すいません。

ナミ  寝ないで考えてそんなのって……

ユウリ (ナミに)うるさい。よし、練習しよう。 夏休みも、もうすぐお盆になるんだから。

ナミ  そうだね。

ミエコ はい!


     と、ミエコはあたりを見渡し。


ミエコ それで、カナ先輩は?

ナミ  早退。

ミエコ またですか?

ユウリ 出かけるんだって。(親指を出し)これとね!

ミエコ やっぱり。

ナミ  てか、おかしいでしょう。練習入れてるのにデートって。

ミエコ 付き合ってるのが発覚してから、(と、指を折って)ほとんど毎日じゃないですか。

ユウリ 本当よね。開き直ってるっていうか。

ナミ  ふざけてるって言うか。

ミエコ ちゃんと言うべきですよ。がつんと。

ユウリ そうなんだけどね。

ナミ  ね。

ユウリ ま、どこへ行ってるのかも分からないんじゃねぇ。

ナミ  さすがに最近は地元のゲームセンターに入ってないみたいだし。

ミエコ 私、分かりますよ。

ユウリ え?

ミエコ 今日は、伊勢崎町に買い物に行っているはずです。

ナミ  ミッコ?

ミエコ ちなみに、彼氏のほうの目的はカレーミュージアムです。

ユウリ なにそれ? 何で分かるの? 超能力?

ミエコ 違いますよ。ちゃんと情報源があるんです。

ナミ  まじで?

ミエコ はい。

ユウリ じゃあさ、二人が、どこまで進んでいるかとかもわかるの?

ミエコ 分かりますよ。

ナミ  え? どこまでどこまで?

ミエコ 知りたいですか?

ユウリ 知りたいっていうか、友人としての義務だから。ね。

ナミ  うん!

ミエコ じゃあ、来てください。


     ナミとユウリがミエコによる。
     何時の間にかツヨシもいる。
     ミエコはナミとユウリに耳打ちする。
     途端二人は離れる。


ユウリ ま、まさかぁ。

ナミ  それはいくらなんでも嘘でしょう〜。

ミエコ 本当ですよ! 聞いたんですから。

ナミ  でも、カナだよ?

ユウリ 付き合ってまだ一ヶ月たってないし。

ナミ  ねぇ。

ミエコ でも、それだけじゃないんですよ。

ナミ  え?

ユウリ まだあるの?


     ミエコがうなづく。
     離れていた二人がミエコによる。
     ツヨシもよっている。
     そして、三人に耳打ちする。
     三人ともぼーぜんと離れる。


ナミ  そんな……

ユウリ 不潔……

ミエコ ユウ先輩。いまどき不潔って……

ユウリ それは嘘だよ、ミエコちゃん。それは分かる。うそ。てか、嘘でしょ。うそ。

ナミ  だよね。うん。

ミエコ 本当ですよ。確かな情報源から入手したんですから。

ユウリ 確かな情報源って……

ツヨシ (いきなり)ショックだぁ。

ユウリ ツヨシ君!?

ナミ  いつから?

ツヨシ ファインダーに写ったときの君は、あんなにも純粋な白い花だったのに、まさか、そんなに
   醜く染まっていたなんて……ショック!?

ミエコ ……なんか、ショック受けているみたいですよ。

ユウリ 本当だね。

ナミ  でも、なんでここに?

ツヨシ 今日はバレー部の盗撮に来てたんだよ。
   ……そうしたら、せたがやさんの声が聞こえたから。

ユウリ せたやです。

ナミ  てか、よく聞こえたね。

ツヨシ そんなことより、ショックじゃないか! どうしてくれるんだ!

ナミ  うちらのほうがショックよ!

ユウリ てか、話進まないからさ。いい加減どっか行ってくれる?

ツヨシ さらっとひどい事を言うな! お前ら最低だ。演劇部なんて大嫌いだ!


     と、ツヨシが去る。


7 メールのお話し。


ミエコ なんだったんですか?

ユウリ さあ? それよりミエコちゃん。確かな情報源って?

ナミ  そうそう。どこから聞いたの?

ミエコ カナ先輩の彼氏です。

ユウリ はぁ?

ミエコ 実は、私……イシグロ先輩と、今メールしているんです!


     と、ミエコは携帯を取り出す。


ナミ  本当に!?

ユウリ いつの間に……

ミエコ 私、先輩たちに仲直りして欲しくて……でも、方法がよく分からなくて、
   だけど、カナ先輩とこの人を別れさせたら、また三人とも仲良くなってくれるかなぁって
   思って。それで。

ナミ&ユウリ それで?

ミエコ メールで誘惑しちゃいました。


     ナミとユウリは思わずミエコから離れる


ナミ  ミエコちゃんって、案外恐ろしい子だね。

ユウリ うん。怖いね。

ナミ  私、彼氏が出来てもミエコちゃんには言わないでおこう。

ユウリ うん。

ミエコ そうですか? でも、メールしてみたら結構いい人なんですよ。カナ先輩の彼氏って。

ユウリ ああ、確かに、いい人そうだよね。

ナミ  カナと付き合えるんだしね。

ユウリ それはある。

ミエコ そうなんですよね。なんか、いつもカナ先輩のほうが振り回している感じらしいんですよ。
   彼氏さん、結構苦労しているみたいですよ。

ユウリ だろうねぇ。私らがいつも苦労しているんだから。

ミエコ カナ先輩も、もう少し回りのこと考えて見てもいいと思うんですけどね。

ナミ  てか、それよりさ。カナの彼氏は、いつもどんなメールを返してくるわけ?

ユウリ ああ、それは気になる。

ミエコ 普通ですよ?

ナミ  普通なんだ?

ユウリ どんなんどんなん?

ミエコ どんなんって。

ユウリ いいじゃん見せてよ。

ナミ  見せよう?

ミエコ じゃあ……いや、やっぱり、駄目です。恥ずかしいし。なんか、やっぱり、メールって
   プライバシーじゃ無いですか。だから……


     と、ミエコの声(録音)が流れてくる。


ミエ声 なんてことを言いながら、私は何時の間にかメールを先輩達に見せていた。

ミエコ え!? そうなの?(言いながら携帯を何時の間にか二人に見せている)本当だ!

ユウリ へぇ。

ナミ  結構やり取りしているんだねぇ。


     そして、ミエコ、ナミ、ユウリは無声演技。
     ミエコの声(録音)が流れる。


ミエ声 先輩たちの食いつきはすさまじかった。それまでの経緯、会話の一部始終。
    二人のデートコースの模様。不思議なことに、先輩たち二人は
    カナ先輩とイシグロ先輩の仲のいい話には興味を持つくせに、二人の喧嘩の話題については、
    別にどうでもいいようだった。私は毎日イシグロ先輩とのメールを続けた。
    それからの時間はやけに足早に過ぎていったような気がする。例えば、こんな風に、


照明 CC(やや薄暗く 出来れば目潰し)

     途端に、三人の会話が早送りで流れていく。
     録音していた会話が早送りで流れていくのに、体があわせて早送りになっている感じ。


(会話内容)

ユウリ おはよう

ナミ  おはよう

ミエコ おはようございます。

ユウリ マンモスっていると思う?

ナミ  今はいないでしょう。

ミエコ 動物園にいるんじゃないですか?

ナミ  いないって。

ミエコ でも、北極とか。

ナミ  北極に動物園はないよ。

ユウリ ないの?

ナミ  ないでしょう。

ミエコ じゃあ、いないですね。マンモス。

ナミ  いないよ。

ユウリ 練習しようか?

ナミ  しますか。

ミエコ しましょう!


     三人の体が止まる。


ミエ声 これはちょっと早すぎ。


     以下、しばらくスローモーションで会話。
     録音にあわせて体を動かすのでもいい。


(会話内容)

ユウリ じゃあ、まずは手首のマッサージからね。

ナミ&ミエコ はい。

ユウリ 焦らず、急がずにね。

ナミ&ミエコ はい。

ユウリ そして、左右に伸ばす。

ミエコ あ、先輩。

ユウリ え?

ミエコ ワキ、処理してない。

ユウリ あ!? もう、ミエコちゃんのエッチ!


     三人の動きが止まる。


ミエ声 まあつまりはそうやって、一日一日が流れるように過ぎていった。そして、ある日。


8 そしてある日の練習風景。


     三人がその場に崩れる。


ユウリ 何でだろう? なんか、すっごい疲れた気がする。

ナミ  同感。

ミエコ なんか、早送りでもしたみたいでしたよね。

ユウリ そんなわけないでしょって。

ミエコ ですよね。


     三人、笑う。


ナミ  (いち早く我に帰り)なんて、しらじらしい。

ユウリ 言うな。虚しくなる。

ミエコ ですね。


     と、カナがやってくる。
     なぜか、少しお洒落め


カナ  ごめん。遅れた。

ユウリ おっそい。

ナミ  なにやってたのよ。もう昼過ぎてるんだけど。

カナ  ごめんごめん。寝坊しちゃって。それで、悪いんだけどさ。

ユウリ なに? 弁当忘れたの?

ナミ  もう残ってないよ。

カナ  ううん。そうじゃないんだけど、私、早退するね。

ユウリ ん。わかった。いや、待て。

ナミ  ちょっと待て。

カナ  なに?

ユウリ あんたなに言ってるの?

ナミ  遅刻して早退って、来た意味ないじゃん。

カナ  大丈夫。イシグロ君に原付で送ってもらったから。

ナミ  そう言う事を言いたいんじゃないわよ。

カナ  じゃあなに?

ユウリ なにって……

ナミ  ユウリ。言ってやって。

ミエコ (ユウリ)先輩……がつんと言わないと駄目ですよ。

ユウリ え? あたしが言うの?

ナミ  しっかりね。

ユウリ よし。わかった。カナ。

カナ  なに?

ユウリ 最近ちょっとたるんでるんじゃない?

カナ  えぇ!? うそぉ!? 分かる?


     と、カナはお腹を見る。


ユウリ そっちじゃなくて。こっち(と、胸を叩く)

カナ  ええ!?(と、胸を押さえ)まだそんな年じゃないよ!

ユウリ ちっがーう! ……パス。

ナミ  了解。カナさぁ。

カナ  なによ。

ナミ  ちょっと最近サボリすぎじゃない?

カナ  ダイエット?

ナミ  ちげえよ。部活。

カナ  だって忙しいんだもん。

ナミ  忙しいって、それ、男と会うだけだろう?

カナ  「だけ」じゃないよ。映画行ったり。買い物行ったりしなきゃいけないし。

ナミ  だから、それはしなきゃいけないことじゃないだろう?

カナ  だって。一緒にいるのにどこも行かないんじゃ、お互い退屈でしょう?

ナミ  だから、お前のデートコースのことは聞いて無いんだよ!

カナ  じゃあ、なによ? あ。遊園地とか行けってこと?

ナミ  あああ、こいつイライラする。だから、部活にでろって言ってるの。

カナ  出てるよ。

ナミ  練習に出ろって!


     と、携帯が鳴る。
     カナが一瞬自分かと思うが、ミエコの携帯だった。


ユウリ ミエコちゃん。部活中だから、携帯は、

ミエコ はい。分かってます。切っておきます。


     言いながら、ミエコは携帯を見る。


ナミ  だから……何の話だっけ?

カナ  練習休んでるのは、そりゃ申し訳無いけど。でもね。もしかしたら、私にとってはこれ、
   最後の恋かもしれないんだよ。

ユウリ そんな大げさな。

カナ  そんな事言って、これで部活優先にしたせいでふられて、あと一生独身だったら、
   どう責任取ってくれるの?

ナミ  責任って……

ミエコ カナ先輩。そろそろ行ったほうが良いんじゃないんですか? 待たせているんですよね?

カナ  え? あ、うん。いっけない。早く行かなきゃ。

ナミ  あ、こらカナ。まだ離し終わってない!

カナ  今度聞くよ〜。


     カナが走っていく。


ユウリ あれ、完全にはまってるね。今。

ナミ  でも、最後の恋かぁ。そう言われると違うとは言いきれないわ。

ユウリ うん。

ナミ  でも、彼氏も彼氏じゃない? もうちょっと。考えてくれても良いのに。

ユウリ ね。部活あるのはわかってるんだろうしさ。

ミエコ でも、彼氏さんも結構気を使ってるんですよ。今さっきの、イシグロ先輩でしたし。

ユウリ そうなの?

ナミ  え? てか、何で送ってきてるの?

ミエコ わかんないですけど。部活なのにごめんって。

ナミ  だったら、デートすんなよ。

ミエコ イシグロ先輩に怒っても仕方ないじゃないですか。

ナミ  そりゃ、カナも悪いのかもしれないけどさ。

ミエコ というより、カナ先輩が我侭なんですよ。

ユウリ ミエコちゃん、随分彼氏のほうの肩持つよね。

ミエコ え? そうですか?

ナミ  え? もしかして?

ミエコ なにがですか? 違いますよ。

ナミ  そんな怒らなくても。

ミエコ 別に怒ってませんよ。違うから、違うって言ったんです。

ユウリ えっと、練習しようか?

ナミ  そ、そうだね。あ、その前に。

ユウリ なに?

ナミ  (口だけでトイレと言っている)

ユウリ え?

ナミ  ちょっと、お花つみに。

ユウリ なんだぁ。便所かぁ。私も行く〜。

ナミ  便所って言うな! ミッコは?

ミエコ いえ。私は。

ナミ  そう? (ユウリに)行こう?

ユウリ うん。


      ナミとユウリが去る。
      ミエコが携帯を見る。そして回り出す。
      コマのように。なにかを振りきるように。


9 自宅。

     回るミエコは焦ったようにも見える。
     回って回って、気持ち悪くなるまで回っている。

     母が買い物袋を提げて現れる。


母   なにやってるの?


     ミエコはその声を待っていたかのように回転を止め、その場にひざを突く。


ミエコ あ、お母さん。あれ? ここは……

母   あんた、家の中でそんな回ってたりしたら、そのうちタンスの角に指ぶつけるわよ。

ミエコ あ、家だったのか。大丈夫。もうぶつけた。

母   大丈夫なの? それは。

ミエコ 大丈夫だよ。どうしたの?

母   なにが?

ミエコ 何か用? でも私。

母   忙しいんでしょう? 分かってるわよ。

ミエコ 正解。


     と、メールが到着する音が鳴る。
     ミエコはあわててそのメールを見ると、また回りだす。


母   だから、なんなの、それ?

ミエコ 信じられなくて。

母   なにが?

ミエコ 自分が。

母   何で?

ミエコ わからないから。

母   だから回るの?

ミエコ うん。

母   母さんには分からないわ。

ミエコ 私も。

母   いい加減、馬鹿にならないうちに辞めておきなさいよ。

ミエコ こうしたら、世界が回っているような気持ちになるんだ。

母   ……

ミエコ 自分を中心に、世界が回って、そうしたら、世界も分からなくなって、私だけじゃないんだ、
   分からないのは、信じられないのは、この世界も同じだって、思う。(そして、床に寝そべる)
   そうすると、安心しない?


     ミエコは付かれたようにその場にあお向けになる。


母   さあ。母さんには、分からないわね。

ミエコ そうかな。

母   ……分かったのかもね。母さんが、あなたくらいだったら。
   ほら、馬鹿なことばっかりやってないで、もうすぐご飯だからね。

ミエコ はーい。

母   今晩は、ひき肉とズッキーニのなんとかだから。

ミエコ またズッキーニ?

母   見た目ほど、悪くないでしょう? 味が。

ミエコ まあね。

母   あんただってそうよ。

ミエコ え?

母   なんてね。


     母が去る。


ミエコ なんてね、か。……そのとき、来たメールの内容はこうだった。
   「俺と、付き合ってくれませんか?」我、とうとう目的を果たせり。
   これでカナ先輩は別れるだろう! 先輩たちは再び女の友情を取り戻す! 
   そして、この馬鹿男ともおさらばだ! 「やった」とほくそえもうとして、
   私は、回ってしまった。うれしくて。切なくて。そんな自分が分からなくて。私は、回った。
   回った。回った……


10 部室


     回りながらナミとユウリが現れる。
     三人はポーズを決める。



三人 「そうです。私たちが演劇部員です!」

ユウリ われわれは演劇部員である!

ナミ&ミエコ である!

ユウリ 演劇部員とはすなわち勇気!

ナミ&ミエコ 勇気!

ユウリ すなわち希望!

ナミ&ミエコ 希望!

ユウリ 闘志!

ナミ&ミエコ 闘志!

ユウリ 以上がそろった戦士である。

ミエコ 部長! 愛は!

ナミ  愛!?

ユウリ 愛だと!?

ミエコ そこには愛はないのでしょうか!

ユウリ 愛はない!

ナミ  ない!

ミエコ そんな!

ユウリ 愛にカップラーメンが作れるか!

ミエコ 作れません!

ナミ  愛に海が泳げるか!

カナコ 泳げません!

ユウリ ならばなぜ

ユウリ&ナミ お前は愛が必要と叫ぶ!?

ミエコ 愛は地球を救います。

ユウリ 否(いな)!

ミエコ 否!?

ナミ  否!

ユウリ 愛で地球は救えない。

ナミ  救えないから演劇がある。

ミエコ けれど、愛は!

ユウリ え?

ミエコ 愛は温もりをくれるのです。

ユウリ 否!

ミエコ 愛はとても暖かいのです。

ナミ  否!

ミエコ 愛がなくては、とても寂しすぎるのです。

ユウリ&ナミ 否!

ミエコ だから愛のない私たちは寂しくて、冷たくて、寒くて、いつも仮面をかぶるのです!


     そして、三人は正面を切り、


三人 「そうです。私たちが演劇部員です!」

ミエコ ……すいません。

ユウリ え?

ミエコ 急に、台詞変えて。

ユウリ ううん。いいよ。ねぇ?

ナミ  うん。アドリブには慣れているし。

ユウリ もともと、形は決まって無いもん。創作は。

ミエコ すいません。

ナミ  なんか、形になっていた気がしたしね。

ユウリ 気持ち乗った感じしたし。

ミエコ そうですか?

ユウリ ね?

ナミ  うん。こりゃあ、カナがいなくても何とかなっちゃうかもしれないねぇ。

ユウリ だねぇ。

ミエコ ……

ユウリ ……ねぇ?

ミエコ え? あ、はい! なんでありますか!?

ユウリ いや、そんな気合入れてこたえなくても。

ナミ  なんか、ミッコ、今日変だよ。

ミエコ そう、ですか?

ユウリ うん。なんかくらーいオーラ出てる。

ナミ  ね。

ユウリ カナも来ないし。

ナミ  ね。

ミエコ ……すいません。

ユウリ え? なんでミエコちゃんが謝るの? 怒ってないよ。私。

ナミ  怒っているように見えたんじゃない?

ユウリ うそ? 恐怖政治?

ナミ  意味分からない。

ミエコ すいません。

ユウリ いや、今、言われたの私だからね。

ミエコ すいません。

ユウリ ……もしかして、カナと何かあった?

ミエコ ……

ユウリ 彼氏とのメール、カナにばれたとか?

ミエコ ……先輩、私。

ナミ  カナ。


     ナミの視線の先には、カナコがいた。
     カナコはまっすぐに、ミエコの元へとやってくる。そして、


11 響き渡る音。亀裂。


     ミエコのほほを、カナコの手が思い切りたたく。


ユウリ カナ!?

ナミ  いきなり来てなにするのよ!?

カナコ (ミエコ)分かってるんでしょう? 理由。

ミエコ (うなずく)はい。

カナコ 分かってるんだ? 分かっててやったんだ?

ミエコ はい。

カナコ はあ!?

ユウリ ちょっと、カナコ、おちついて。

ナミ  一体どうしたのよ?

カナコ どうしたって、こっちが聞きたいわよ! てか、なに? なんでよ? ねぇ? 
   答えてよ!……私、本当、わからなくて、もう、ぜんぜんわからなくて
   ……だから、ここ来たらって思って。来ても仕方ないかもって、でも、
   どうしたらいいか分からなくて、だから、ねぇ。なんで?……
   なんで、イシグロ君が、ミエちゃんと付き合うことになってるの?

ユウリ え?

ナミ  どういうこと?

カナコ 私が聞きたいんだって! ……さっき、話があるって言うから、行ったら言われたの。
   ミエちゃんと付き合うからって。

ミエコ まだ、決めてないです。

カナコ でも、好きだっていったんでしょう? イシグロ君。ミエちゃんのこと、好きだって。

ミエコ 直接言われたわけじゃないんです。メールで。

カナコ だから、なんでなの? なんで、メールしてるの?

ミエコ それは……

ナミ  ……え、変じゃない? なんか、勘違いあったんじゃない? だって、ねぇ?

ユウリ そうだよ。だって、ミエコちゃんは、違うでしょう? 
   そういうつもりじゃなかったんでしょう?

カナコ なによ、そういうつもりって。

ユウリ だからさ。

カナコ 知ってたの? 二人は?

ユウリ 知ってたっていうか……

ナミ  ねぇ。でも、それはね。

カナコ 応援してたんだ? ミエちゃんのこと。

ナミ  そうじゃなくて、ねぇ。

ユウリ ちがうのよ。なんていうかさ。遊びみたいな感じ? だと思ってて。
    いや、遊びって言うと、なんか違うように聞こえるかもしれないけど、
    でもね、そうじゃなくて。なんていうかさぁ。

ミエコ ごめんなさい。

カナコ 謝らないでよ。私は、理由が聞きたいだけなんだから。

ミエコ 私、

カナコ 好きなの? イシグロ君の事。

ミエコ それは、

カナコ 好きだからメールしてたの?

ミエコ 始めは違いました。

カナコ 今は? ……ねぇ、今は?

ミエコ ごめんなさい。

カナコ 謝らないでよ。

ミエコ ごめんなさい。

カナコ 謝らないでよ。

ミエコ ご(めんなさい。)

カナコ 謝らないでって言ってるでしょう!……もう、いいよ。なんだ。あたし、馬鹿みたいじゃん。

ミエコ カナ先輩、私。

カナコ いいよ。何も言わないでよ。なによ。もう、みんなわけわからないよ。……最低。大嫌い。


     カナコは走っていく。


ユウリ&ナミ  カナ! 

ナミ  どうする?

ユウリ どうするって……ああ、もう!


     ユウリが走っていく。


ナミ  ユウ! ……ミッコ? 大丈夫?

ミエコ 私が悪いんです。

ナミ  もう、仕方ないんだから。カナのことは、私たちに任せて。ね? 
   ユウ! ちょっと待ってよ!


     ナミが走っていく。


ミエコ それからのことは、知らない。私は、もう部活に行かなかった。回って回って、
   なんだか分からなくなったあのまま、消えてしまえばよかったと思ったことを覚えている。
   あたしは消えることが出来ないまま、見た目と中身の違うあのズッキーニのように、
   心を隠して平気な笑顔を貼り付けて、その扱い方も分からないまま、三年間を過ごした。
   そして、それよりずっと多くの時を。いつか二人で、やがて三人で、過ごした。


     ミエコはうつむく。
     暗闇が世界を包む。

     ※ バトンが戻る。


12 そして20××年の 舞台の上で。


事務声 本日の○○高校進学説明会は、ただいまの時間を持ちまして終了させて頂きます。
    校舎に残っている皆様は、速やかにご帰宅下さい。なお忘れ物につきましては、
    職員室手前にて……(徐々に消える)


     照明が変わる。
     時は、学校説明会のころになる。

     舞台にユウリが現れる。
     その姿は学校の先生のようだ。


ユウリ すいません。学校説明会のほうは終了しましたけど。

ミエコ ……

ユウリ すいません。すいませーん。

ミエコ ……

ユウリ うーん。(ふと、顔をあげ)起きれ!

ミエコ (すごい勢いで目を開ける)すいません、……あれ?

ユウリ ああ、起きられましたか。

ミエコ ここは……

ユウリ 体育館ですよ。寝ていらしたんです。起こすのもさしでがましいとは思ったのですが、
   そろそろ学校説明会も終了しますので。

ミエコ ああ。すいません。なんか、娘を待ってたらついうとうとと……
  (と、ユウリを見て、言葉がとまる)

ユウリ まぁ、夏とはいえ、今年は過ごしやすいですからね。体育館の中も、
   なんだか涼しくていい感じですし。あら? どうしました?

ミエコ ……先輩?

ユウリ 気づくのが遅いじゃないの。ミエコちゃん。

ミエコ ユウ先輩!?

ユウリ 久しぶりだったんで、自信なかったのよ〜。でも、お子さん連れてたでしょう?
   もう、すぐ分かっちゃった。

ミエコ 似てますか? そんなに。

ユウリ なんかね。雰囲気がそっくり。

ミエコ 劇を見に行っているはずなんですよ。

ユウリ 演劇部のでしょう? そこで会ったのよ。お母さんは?って聞いたら
   「体育館で多分寝てます」って。で、来てみたら、ね。

ミエコ すいません。なんか、うとうとしちゃって。

ユウリ わかる。説明会なんて退屈だしね。わたしも寝てたもん。

ミエコ 先輩は、今、もしかして?

ユウリ ここの。ね。

ミエコ そうなんですか!?

ユウリ もう三年かな? になるの。これ。(と、幕を指し)覚えてる?

ミエコ 私が破ったあとです。

ユウリ そう。まだあるんだもん。驚いちゃった。

ミエコ 先生になったんですね。あのころとはなんか、想像つかないです。

ユウリ 私だってそうよ。 まぁ本を読んだり書いたりするのは好きだったからね。
   その方面進もうと思ってたんだけどね。で、気がついたら。

ミエコ あのころも書いてましたもんね。

ユウリ 今だって書いてるわよ。今回の演劇部の出し物もね。私が書いたの。

ミエコ 本当ですか? 見たかったな。

ユウリ 娘さんに感想を聞きなさい。

ミエコ なんて、タイトルなんですか?

ユウリ 「鯉に恋した濃い顔の人の水虫」

ミエコ 相変わらずタイトルのセンスないですね。

ユウリ 余計なお世話よ。

ミエコ ……ナミ先輩はどうしていますか?

ユウリ 普通に暮らしてるわよ。

ミエコ へぇ。

ユウリ 普通にOLして。結婚して。子供はいないんだけどね。

ミエコ そうですか。私も、娘だけです。

ユウリ 少子化だものね。

ミエコ ですね。

ユウリ ……聞かないの?

ミエコ ……何をですか。

ユウリ 気になる人がいるでしょう?

ミエコ 別に、私は。

ユウリ ……事故でね、足の骨を折ったの。

ミエコ え!?

ユウリ あと、手も。治ったと思ったら顎も。

ミエコ そんな、ひどい生活しているんですか?

ユウリ 蜂に刺されたり。外国へ行って撃たれたり。車にはねられたり。……刑務所にも入ったわよ。

ミエコ そんな……

ユウリ 痴漢で訴えられてね。五年は入ってたかしら。

ミエコ ……痴漢?

ユウリ そう、痴漢。女子高生をね。

ミエコ ……誰がですか?

ユウリ 決まってるでしょう? ツヨシ君。

ミエコ そんなの聞いてないですよ!?

ユウリ あれ? じゃあいったい誰だと思ったの?

ミエコ 先輩、いじわるですね。

ユウリ ミエコちゃんが素直に聞けばいいのに。

ミエコ ……私は、部活を辞めた人間ですから。

ユウリ そうね。

ミエコ 結局、イシグロ先輩とは付き合わなかったんです。

ユウリ 知ってる。

ミエコ あれから、高校を卒業するまでは誰とも。

ユウリ 来れば良かったのに。

ミエコ いけませんよ。

ユウリ 怖かったの?

ミエコ (うなづく)……ずっと、聞きたかったんです。

ユウリ うん。

ミエコ でも、聞けなくて。

ユウリ 教えてあげようか?

ミエコ ……教えてください。


     ユウリとミエコが向かい合う。
     そして、時は一瞬にして、22年前に戻る。


13 22年前 演劇部として


     ユウリが突っ立っている。
     ユウリ、ナミ、カナコには、ミエコは見えない。


ナミ  やっと、捕まえたよ。


     言いながらナミがやってくる。カナをつれている。


ユウリ そう。

ナミ  そうって……あれ? ミッコは?

ユウリ 分からない。

ナミ  どこ行ったんだろう? ねぇ(と、カナに聞く)

カナ  知らない。

ユウリ はじめましょう。

カナ  え?

ナミ  何を。

ユウリ 私たちは?

ナミ  そんなこと言ったって、今はそんな状況じゃ

ユウリ「そうです。私たちが演劇部員です!」

ナミ  ……ユウリ

ユウリ われわれは演劇部員である!

ナミ&カナコ ……である!


      思わず同時に言ってしまって、ナミはカナコを見る。
      カナコは俯いたまま。


ユウリ 演劇部員とはすなわち勇気!


      ナミが今度は誘うようにカナコを見る。
      呟くように二人で言う。

ナミ&カナコ ……勇気!

ユウリ すなわち希望!

ナミ&カナコ 希望。

ユウリ 闘志!

ナミ  闘志!

カナコ 闘志

ユウリ 以上がそろった戦士である。


      ユウリはカナコを待つ。
      ナミはカナコを待つ。
      カナコがゆっくりと顔を上げる。


カナコ ……部長! 愛は!

ナミ  愛!?

ユウリ 愛だと!?

カナコ そこには、そこには愛はないのでしょうか!

ユウリ 愛はない!

ナミ  ない!

カナコ そんな!

ユウリ 愛にカップラーメンが作れるか!

カナコ 作れません!

ナミ  愛に海が泳げるか!

カナコ 泳げません!

ユウリ ならばなぜ


ユウリ&ナミ お前は愛が必要と叫ぶ!?


カナコ ……愛は、地球(私)を救います。

ユウリ 否(いな)!

カナコ 否!?

ナミ  否!

ユウリ 愛であんたは救えない!

ナミ  ……救えないから、私達がいるんだよ。


     カナが頷く。
     頷きが返る。
     そして、三人は正面を切り、


三人 「そうです。私たちが演劇部員です!」

ユウリ あたしは部長の世田谷ユウリ! だから照明! 私に照明を!


     小気味良い音と共に
     ユウリに照明が当たる。


ナミ  私は裏部長の橋本ナミ! だから照明! 私に照明をよこしなさい!


     小気味良い音と共に
     ユウリの照明が消え、ナミを照らす。


カナコ 私は会計の津久井カナコ! だから照明! 私に照明を!


     小気味良い音と共に
     カナコに照明が当たる。
     カナコが泣き崩れる。
     ナミが、カナコを連れて行く。


14 再び20××年。


照明 CF

     見送る形でユウリが立つ。
     ミエコが唖然としている。


ユウリ そうして、三人でマックに行って、マックシェイクを飲んだわ。100円だった。カナは
   泣いて。そして、最後にはポテトのLサイズをほおばって笑ってた。ちょっと不気味だった。
   ……いまでは、カナは二児の母親よ。めちゃくちゃ元気に生きてるわ。

ミエコ ……なんですか、それ。

ユウリ さぁ。

ミエコ さあって。

ユウリ 正直、よく分からないわよね。

ミエコ 全然分からないですよ。

ユウリ 勢いだけよね。

ミエコ 勢いだけですよ。

ユウリ 何も考えてないわよね。

ミエコ 何か考えているようには思えませんよ。

ユウリ だから、ミエコちゃんも何も考えなくてよかったのよ。

ミエコ 私も?

ユウリ だって、そういう年齢だったんだから私たちは。よく分からないのと、勢いと、
   何も考えてないのと、そんなのがごちゃ混ぜになって生きてたんだから。同じように、
   よく分からないまま、勢いで言ってくれればよかったのよ。きっと。


    ユウリがミエコを誘い舞台中央に座る。


ミエコ そう、でしょうか。

ユウリ だとおもう。今の私たちには分からないけど。

ミエコ ……そうですね。

ユウリ 不思議だと思わない? 学校は変わらないのに、いないのよ。私たちは、どこにも。

ミエコ そうですね。

ユウリ でもね、私、毎年会うのよ?

ミエコ 何にですか?

ユウリ 私たちに。あのころみたいな、よく分からない私たちに。

ミエコ 毎年。

ユウリ そう。きっと。来年も会うのよ。姿かたちは違っても、分からないとこだけ同じ。

ミエコ なんだったんでしょうね? あのころの私たちって。

ユウリ さあ。過ぎてしまった私たちには分かる時はないのよ。

ミエコ でも、繰り返し生まれてくる。

ユウリ もしかしたら、今度はあなたの娘さんかもしれないけど。

ミエコ 先輩は会うんですね。毎年。

ユウリ わけ分からないって叫びながらね。

ミエコ いいなぁ。

ユウリ うらやましい?

ミエコ 少し。

ユウリ でしょ?


     と、そこへ娘のアカネがやってくる。


アカネ お母さん!

ミエコ アカネ?

アカネ もう! 起きたら携帯に連絡してって言ったでしょう!(と、ユウリに気づき)
   あ、すいません。

ミエコ ごめん。アカネ……(と、娘を脇に寄せ)娘です。

ユウリ ええ。うちを受験するの?

アカネ え? あ、はい! よろしくお願いします。

ユウリ はい。こちらこそ。……そしてまた、新しい私たちが生まれてくるのよ。

ミエコ ずっと、続くんですね。

ユウリ ええ。ずっと。


     と、舞台端からナミが現れる。「おーい」と叫んでいるようだ。
     と、反対からカナコが現れる。「おーい」と叫んでいるようだ。
     そして、ツヨシ。
     三人がユウリ達に気づくと同時に、ミエコたちも気づく。
     笑顔で大人だったはずの彼女たちは少女に戻る。
     並ぶ笑顔たち。一人が観客席に気づく。
     いくつもの「あのころ」を呼ぶように、
     全員で「おーい」と叫んでいるように見える。

     戻らない時間は、だからこそ忘れられない輝きをくれるのだろう。
     たとえ時に涙しても、いつかそれは喜びへと変わる。