バスを待ってて君にも会って

登場人物

ツチダ ハルオ  高校2年

マミヤ ナツコ  高校?

セノ  ユミカ  高校1年

ハタ  ナルミ  高校1年

運転手




    舞台の中央にはバス停の椅子。四人掛け程度。
    上手側にバス停がある。
    朝早くなのだろう。陽射しが少し強い。
    音楽がかかっている

    照明が徐々に昼へと代わり、夕方へとなる。
    自転車で袖からツチダが現れ、反対へと消える。

    セノが早足で歩いていく。
    ハタがそれを追いかける。
    セノとハタは怒った口調で言い合う。
    セノが早足で歩いていく。
    ハタは一瞬、もういいやというポーズを取るが、
    再びセノを追いかけていく。

    ダッシュボードに載った運転手(バスのつもり)が、走っていく。

    日傘を差した女の人(マミヤ)がゆっくり舞台を横切る。
    ふと、夕日が強くなる。
    傘を上げて、マミヤが陽射しを見つめる。

    暗転



    朝。
    舞台中央にサス。
    男(ツチダ)が浮かび上がる。
    学生服に身を包んだツチダは、当然のように語り始める。


ツチダ「小さい頃、僕の隣には女の子が住んでいました。
     よく言う幼なじみって言う奴で、写真なんか残っていないけど、
     よく一緒に遊んでいたのを覚えています。
     子供の頃の感覚で、いつまでも一緒にいるって思っていました」


    サスから、明りがつく。


ツチダ「……いつかの秋の……こんな風に空が晴れ渡っていた日のことだったと思います。
     あの子が、引っ越していった日は。あの時の僕には「引っ越す」の言葉の意味すら
     よく分かっていませんでした。「また直ぐ会えるんでしょう?」
     僕は確かにそう聞いたと思います。
     あの子は言ってくれました。「直ぐ会えるよ」それは僕の中で小さな希望になって、
     だから僕はあの子に大きく手を振ったのです。いつの間にか流してしまった涙のせいで、
     遠ざかっていく車の中のあの子はとても小さく、ぼやけて見えました。
     「またね」僕は叫びました。「またね」あの子は、そう返してくれました。
     ……あれから僕も近くではありますが引っ越しました。
     あの子がもし戻ってきたとしても、僕の住んでいた家で、
     僕を見つけることはもうできません。
     ……あの子の名前も顔も覚えていないし、あの子の声や、姿だって、
     きっとあまりにも変わりすぎていることでしょう。
     けれど、僕には今でも、一度でも会えばあの子だと分かる気がします。
     …………あの子と別れてから、両手を振って「またね」と叫んだあの日から、
     僕は「さよなら」と言う言葉を使えなくなってしまいました。
     あの子はきっと、そんな僕に笑いかけてくれるでしょう。
     バカねと笑ってくれるでしょう……そう信じて…………
     って、何を朝から語っているんだ俺は……バス、まだかなぁ」


    バスの代わりに、風が吹く。
    そして、日傘をさしたマミヤが登場。
    陽射しに顔をしかめるマミヤ。サスが当たる。
    マミヤが語っている間、ツチダはなんか変な人がいるなぁくらいの目で見ている。


マミヤ「小さい頃、私の家の隣には男の子が住んでいました。
    よくある幼なじみって言う奴で、年の差は一つか二つ違い。
    他に近所に遊ぶ人がいなかったせいか、よく一緒に遊んでいたのを覚えています。
    なんだか放っておけない子で、もしかしたらその子が私にとっての……
    まぁ、それはないなって今でも自信を持って言えるんですけど……
    私が6才になるときの秋だったと思います。こんなふうに風が気持ちよくて、
    陽射しがやけに眩しい朝でした。引っ越しの荷物が全部車に載せられるまで、
    私はあの子と遊んでいました。「引っ越すんだ」と言ったとき、
    あの子は確かに言いました「また直ぐ会えるんでしょう?」
    おかしいですよね?なぜだかとても寂しくなって、
    私は両親に「さよならを言ってらっしゃい」って言われて出てきたはずなのに、
    「直ぐ会えるよ」って嘘をつきました。
    ……だからあの子は両手を振って、去っていく私に大きな声で言ってくれたのです。
    「またね」って。私は叫び返しました。「またね。またね!」
    ……あれから、あの子も引っ越したかもしれません。名前も知らないあの子。
    たぶん今では声も、姿も、顔も、変わってしまっていると思います。
    私だって変わったのだから。でも、それでも私は今でも、
    一度でも会えばあの子だと分かる気がします。
    …………あのこと別れてから、「またね」と叫んだあの日から、
    私は「さよなら」と言う言葉を使えなくなってしまいました。
    あの子はきっと、そんな私に笑いかけてくれるでしょう。
    バカだと笑ってくれるでしょう……そう信じて…………
    って、朝から何を語っているんだろう私……疲れたし……ちょっと休もうかなぁ」


    マミヤがバス停にやってくる。
    ツチダが少し席をずらす(または椅子の上のカバンをどける)等して席を作る。
    マミヤが礼をして席に着く。
    二人顔を見合わせる。
    二人、ぺこりと互いに頭を下げて、そっぽを向く。
    まったく、お互いに気づいていない。

    



    セノがやってくる。
    ツチダはセノを見つけると声をかける。


ツチダ「セノ?」

セノ 「え?」

ツチダ「おはよう。セノって、バスなんだ?」

セノ 「あ、先輩〜。おはようございます」

ツチダ「おはよう」

セノ 「そうですよ〜。でも先輩は、自転車じゃなかったでしたっけ?」

ツチダ「それが、今日に限ってパンクしちゃってさぁ」

セノ 「あっちゃぁ。ごしょうしょう様です」

ツチダ「ご愁傷」


    間


セノ 「言いましたよ〜そう」

ツチダ「言ったか?」

セノ 「言いました」

ツチダ「そ、そうか。ごめん」


    セノが座る。
    ちょっと詰める。
    少し気まずい間。
    壊すようにツチダが話す。


ツチダ「それにしてもセノってバスだったのかぁ。どおりで普段会わないと思ったよ」

セノ 「……」

ツチダ「って、セノ?」

セノ 「……(ふと我に返る)え? 言いましたよ。だから」

ツチダ「いや、そうじゃなくて」

セノ 「……(またふと我に返り)ああ、自転車パンクなんて大変ですね」

ツチダ「まぁ、そうなんだけど。……大丈夫か? お前」

セノ 「何がですか?」

ツチダ「いや、いいよ」


    なんだか気まずい間。


ツチダ「……もう、慣れた?」

セノ 「? 何にですか?」

ツチダ「学校」

セノ 「まぁ、そりゃあ。二学期ですし」

ツチダ「部活は?」

セノ 「メンバー、あまり中学の時と変わらないですから」

ツチダ「そりゃそうか。うちの中学ばっかだもんな、今の部活。
     変わらないのは、メンバーだけじゃなく演技力もだけど。ははは。……面白くないな」

セノ 「……先輩、どうかしたんですか?」

ツチダ「は?」

セノ 「学校だとか、部活で何かあったんですか?」

ツチダ「いや、それはこっちの……(台詞だ、という言葉を飲み込んで)ないよ。なにも」

セノ 「そうですか」


    間


ツチダ「そう言えば、ハタは?」

セノ 「……ナルミ、ですか?」

ツチダ「うん。いつも一緒じゃない?」

セノ 「別に、いつも、一緒ってワケじゃないですよ」

ツチダ「あれ? でも、家近所なんじゃなかったっけ?」

セノ 「ですけど」

ツチダ「ああ、寝坊か?」

セノ 「違います」

ツチダ「じゃあ、忘れ物でも取りに行ってるの?」

セノ 「……違うんです」


    セノは俯く。
    ツチダは何かまずいこと言ったかなぁと言う感じ。


ツチダ「えっと、何かあったの?」

セノ 「もういいんです! ナルミなんて、あたし知らないって、決めたんですから!」


    セノはそのまま勢いで走り出そうとする。
    そして、マミヤの傾けていた日傘に足を引っかけてぶっ倒れる。


ツチダ「セノ!?」

マミヤ「あ、ごめんなさい! 大丈夫?」


    マミヤがセノにいち早く近寄る。
    膝の辺りをさすってあげたり。


マミヤ「ごめんなさい。痛かったでしょう?」

セノ 「もういいんです……私……」


    それがきっかけとなったのか、セノが泣き出す。
    どうしようかと一瞬悩んだすきに、マミヤはセノに捕まる。
    セノはマミヤに捕まったまま泣き出す。
    マミヤはどうして良いか分からず、ツチダを見る。
    ツチダは、セノに近づいて


ツチダ「どうしたの? 話してみなよ」


    間


マミヤ「……今は、そっとしておいて上げた方がいいんじゃないでしょうか?」

ツチダ「ああ、そうですね」


    ツチダが座る。
    間


ツチダ「すいません。なんか巻き込んじゃって」

マミヤ「駄目ですよ。女の子には優しくして上げなくちゃ」

ツチダ「はあ……」


    と、セノがキッと顔を上げ


セノ 「あの、私たち、そう言う関係じゃないですから」

マミヤ「分かってますよ」

セノ 「よかった」


    間


ツチダ「……それで、どうしたの?」

セノ 「……」

マミヤ「別に、無理に話させなくても良いんじゃないかしら?」

ツチダ「まぁ、それはそうですけど……話した方が、すっきりすると思うし」

マミヤ「それで聞いてみて、重たい内容だったとしたら、あなたどうするの? 何かできる?」

ツチダ「いえ……でも、そんなの聞いてみないとわから無いじゃないですか」

マミヤ「じゃあ、あなたは! 例えこの子が同じクラスの男の子に、
    何かの理由で脅されて体を要求されていたとしても、
    話した方がすっきりするって言うのね!」

ツチダ「何でいきなりそうなるんですか!」

マミヤ「そうならない確信がどこにあるの!? 
    現にこの子は話すのをすごくためらっているでしょう?」

ツチダ「そ、そうなのか、セノ?」


    セノは思い切り首を振る。


ツチダ「だよなぁ。(マミヤに)デタラメ言わないでください。セノに失礼ですよ」

マミヤ「甘い」

ツチダ「え?」

マミヤ「相手が否定したからと言って、デタラメかどうかは分からないでしょう?」

ツチダ「そんなぁ!!」

マミヤ「じゃああなたは、男に乱暴された女はみんな、
    正直に自分が乱暴された事実を話すと思っているんですか!?」

ツチダ「まさかそれは……(セノに)大丈夫なのか!? セノ!」

セノ 「いや、あり得ませんから」

ツチダ「いいんだよ! 正直に話してくれて。 そうだ、警察、行くか」

セノ 「あり得ないですって!」

マミヤ「まぁ実際、そんな事件にあっていたら
    学校行こうなんて思うわけないから、あるわけないんですけどね」


    間


ツチダ「え?」

マミヤ「本気にしたんですか?」

ツチダ「あなたねぇ!」



    と、そこへバスの運転手がキックボードに乗って現れる。


運転手「花田商店街前〜お気をつけてご乗車下さい」

ツチダ「……とりあえず、乗ろうか。学校、遅れるし」


   セノは一瞬迷うが、首を振る。


ツチダ「いや、でも乗らないわけには……」

マミヤ「(運転手に)すいませーん。乗らないんで、行っちゃってくれて、結構です」

ツチダ「えぇ!?」


   運転手は了解の合図を送ると、また走っていってしまう。


ツチダ「あ、待って……」


   ツチダが思わず手を挙げると、それに気がついたのか運転手がとまる。
   ツチダが行こうとするその裾をマミヤが掴む。
   運転手は、振り返ると、笑顔で手を振って去っていく。
   どうやら、手を振られたと思ったらしい。


ツチダ「おい! ……行っちゃったよ……なんで止められなくちゃいけないんですか!」

マミヤ「女の子が落ち込んでいるって言うのに、置いていくの?」

ツチダ「え、でも」

マミヤ「話しくらい聞いて上げなくちゃ」

ツチダ「さっきは、無理に話させなくても良いって言っていたじゃないですか!?」

マミヤ「無理には、ね。でも、聞かないで捨てて行けだなんて行った覚えはないわよ」

ツチダ「捨てるなんて……」

セノ 「あの、いいんです、私、べつに」

マミヤ「だめ。こういうのはね。話してしまった方が回復するものよ」

セノ 「……そうかな」

ツチダ「言ってる事ちがうし!?」

マミヤ「もう、あなたさっきから一体なんなの?」

ツチダ「え? 俺!?」

マミヤ「話の腰を折ってばかりで。この子を助けてあげたいと思わないの?」

ツチダ「いや、でもさっきは」

マミヤ「さっきなんてどうだっていいでしょ!?」

ツチダ「あ、あなたこそ、さっきから一体何なんですか?」

マミヤ「私?」

ツチダ「全然関係ない他人が相談に乗って、意味があるとは思えないんですけど」

マミヤ「なるほどね。……じゃあ、これでどう?」


    マミヤは自分の名刺を二人に渡す。
    セノに始めに渡し、次にツチダ。


ツチダ「(読んで)女性ヘブン社会紙面担当者? 
    女性ヘブンって、あの週刊誌の? あれ? それはセブンか……」

セノ 「雑誌記者さんなんですか? あまり年変わらないように見えるのに……」

マミヤ「マミヤです」

ツチダ「あれ? なんでこれ担当記者の後にハテナマークついてるんですか?」

セノ 「本当だ」

マミヤ「それで? あなた達の名前は?」

ツチダ「いや、質問に答えようよ」

マミヤ「断ります」

ツチダ「なんで」

セノ 「雑誌記者のようなものって意味なんじゃないですか?」

マミヤ「……本当は、その会社に勤めるために頑張っているとこ」

ツチダ「なんだ」

マミヤ「でも、あまり変わらないことはやっているのよ。高校生新聞の記者でもあるの」

ツチダ「変わるよ」

マミヤ「まぁいいじゃない。私だけに自己紹介させなくたって。ほら、あなた達は?」

ツチダ「(しぶしぶと)○○高校二年の、ツチダです」

セノ 「一年のセノです」

マミヤ「さあ、これで他人同士じゃなくなったわね。じゃあ、セノさん。
    なにがあったのか教えてくれる?」


    セノがうなずく。
    マミヤが席に座り直す。
    ツチダも思わず座る。


ツチダ「セノ、別に言いたくなかったら……」

セノ 「いいんです、先輩。もしかしたら、私、誰かに話したかっただけかもしれないし」


    セノは言いながら立ち上がる。
    セノが語っている間に、徐々に舞台は闇に飲まれていく。


セノ 「昨日のことです……ううん、本当はもっと前からのことだったのだけど……
    でも、私にとってそれが本当に問題となったのは、昨日の……昼休みのことでした」


    一瞬暗転。





    ありきたりなチャイム音。
    そして、ざわめき。
    広がっていく明るさは、学校の廊下のもの。
    ○○高校、昼休み。ちょっと薄暗い廊下。

    セノが一人ぼんやりしている。
    どうしようか、悩んでいる感じ。

    ハタが手を拭きながら登場。
    お弁当が入っているのか、カバンを持っている。


ハタ 「ごめんごめん。なっかなか流れて行かなくてさ〜。手についちゃうし」

セノ 「え?」

ハタ 「だから。トイレでさ、洗ったんだけど、なかなか落ちてくれなくて」

セノ 「(思わず苦笑)汚いなぁ」

ハタ 「なにが?」

セノ 「大声で話すことじゃないでしょ、それ」

ハタ 「油絵が?」

セノ 「油絵?」

ハタ 「絵の具。油絵の」

セノ 「なんだ」

ハタ 「何だと思ったのよ」

セノ 「別に」

ハタ 「どうせ変なこと考えてたんでしょう? 
    やめてよねぇ。せっかく清純派目指しているのに」

セノ 「誰が?」

ハタ 「私が」

セノ 「さて、今日はどこでお昼食べようか?」

ハタ 「なに? その反応は?」

セノ 「ううん。別に何でもないよ〜。どこがいい?」

ハタ 「たまには、ユミが決めてよ」

セノ 「えぇ〜。いいよ。ナルミの好きな場所で」

ハタ 「そう? じゃあ、そこ」


    ハタは直ぐ近くを指す。
    それは、セノが出てきた側の袖に近い舞台端。


セノ 「廊下で!? 暗くない?」

ハタ 「いいから、任せといて」


    言いながら、ハタはシートを取りだして引く。


セノ 「毎度の事ながら、よく持ってくるよね」

ハタ 「これがあれば、どこででもお昼食べられるでしょう? 便利よ」

セノ 「教科書、入らないじゃん」

ハタ 「入れてないもん」


    シートに座ると、ハタは、早速お弁当を出す。
    セノも座る。


セノ 「やっぱり、ちょっと暗いね」

ハタ 「大丈夫だって。」


    ハタは言いながら、両手を叩く。
    二人がいるところにサスが当たる。


セノ 「眩し!?」

ハタ 「ほらね?」

セノ 「え? てか、これ、ありなの?」

ハタ 「当然でしょ?」

セノ 「当然なんだ……」


   セノが感心しているうちに、


ハタ 「さぁ、じゃあお腹空いたし、食べようよ。いっただきまーす」


    超スピードで、ハタはご飯を食べる。


ハタ 「ごちそうさまでした」
セノ 「え!? もう!?」


    ハタは弁当を片づけるとセノに向き


ハタ 「……どうしたの? なんだ、ユミカってばまだ食べ終わらないの?」

セノ 「え? う、うん」

ハタ 「そんなゆっくり食べていたら、夜になっちゃうよ」

セノ 「うん……いや、夜にはならないでしょ」

ハタ 「なんで?」

セノ 「いや、だから。だって、お弁当だよ?」

ハタ 「それが?」

セノ 「今お昼なのに、食べていたら夜になるなんて、ありえないよ」

ハタ 「当たり前でしょ? 何言ってるのよ」

セノ 「え、だって今」

ハタ 「やめてよ。お弁当食べていて夜になっちゃうって、なにそれ?」

セノ 「ナルミが言ったんじゃん!」

ハタ 「本当、あんたって面白い」

セノ 「そんなぁ」

ハタ 「続くと良いよね、こういう日がさ」

セノ 「……ナルミ?」

ハタ 「廊下にシート広げて、お弁当を二人で食べるような毎日がさ。
    何でもない一日の、何でもないお弁当タイムだけどさ。続けば良いよね。
    そりゃいずれは高校生活も忙しくなったり、終わりになったりするんだろうけど。
    それは分かっているんだけどさ。そう思う。ね」

セノ 「…………(お弁当を食べられなくなる)」

ハタ 「って、ごめん。なんか真面目ぶっちゃった。ほら、もうちょい急いで食べないと。
    すぐにでも昼休みは終わってしまうよ〜」

セノ 「そうだね」


    セノは言いながらも、何かを決意するようにうなずく。
    お弁当を片づける。


ハタ 「あれ? 食べないの?」

セノ 「(片づけながら)いいんだ。ダイエット」

ハタ 「またまた〜。嫌味だよ、それ。必要ない子が言うのって」

セノ 「ナルミ」


    セノはナルミに向き合う。


ハタ 「なによ、急に」

セノ 「あのね、話しておきたいことがあるの」

ハタ 「なに?」

セノ 「実はね……」

ハタ 「待って!……まさかユミ、彼氏できたとか!?」

セノ 「ううん、そんなんじゃない」

ハタ 「だよね。じゃあ……好きな人ができた!」

セノ 「違う」

ハタ 「そっか。……先生に片思いだ」

セノ 「だから、違うって」

ハタ 「え!? 奥さんのいる先生が相手!?」

セノ 「違うって! 恋愛じゃないから」

ハタ 「え……じゃあ、なんだろう?」

セノ 「私が真剣にはなす事って恋愛問題しかないの?」

ハタ 「じゃあ、何なのよ?」


    こらえきれなくなって、ハタが立ち上がる。


セノ 「私、引っ越すの」


    瞬間、ハタが固まる。
    セノは、ハタを見つめていた目を観客席へと向ける。


セノ 「瞬間、世界が止まったような気がしました。
    ナルミの顔が、腕が、体が、まるでゼンマイが止まった機械のように動かなくなって、
    目だけがしっかりと私を見つめているんです。
    廊下のざわめきがやけに大きく聞こえました。
    そして、私は、もう『何でもない一日の、何でもないお弁当タイム』が、
    二度と訪れないだろうと確かに予感しました。
    そして、やっぱりその予感は当たったのです」




    サスが無くなり、舞台はバス停前に戻る。
    ハタは固まったまま。
    セノは話しながらバス停前に戻ってくる。


セノ 「というわけで、それから昨日ナルミとケンカしちゃって……今日も、
    一緒に来るはずだったんですけど、顔会わせづらかったんで……
    わざと早めに出てしまったんです」

ツチダ「ケンカ? でも、ハタは固まっちゃったんだろう?」

セノ 「それは一瞬だけでした。動いたと思ったら……」


    ハタが、急に動き出す。
    セノに喋っているかのようにその場でまくし立てる。


ハタ 「なにそれ? どういうこと? どこへ引っ越すのよ? 名古屋? 名古屋って何よ? 
    ウイロー? 知らないわよ、そんなとこ。いつ? いつ引っ越すの? 来週? 
    なんでもっと早く言ってくれなかったの? 言えなかった? なにそれ。
    何で言えないの? 何でよ? なんで、言ってくれなかったのよ!?」

セノ 「(独り言のように)言えなかったんです……」

ハタ 「なにそれ。なんでよ? なんで……もういい! もういい! 
    そんな泣かれてもどうすればいいのよ、私は! もういいって言ってるでしょ! 
    名古屋でも長野でも、勝手に行けばいいじゃん!」


    ハタは怒鳴ると、お弁当やシートを持って去ってしまう。


マミヤ「そんなことが……」

ツチダ「……一気にまくし立てられて、それっきりってワケか……」

セノ 「はい。昨日も……それから話しかけようとしたんですけど、ずっと無視されちゃって」

ツチダ「そっか……」

マミヤ「そうなの……」


    間
    ツチダとマミヤはどこか考えるそぶり。
    自分の思い出と照らし合わせているよう。

   
セノ 「? あの?」

ツチダ「でも、それは……」

同時
ツチダ「君がいけないんじゃないかな?」
マミヤ「相手がいけないわね」

セノ 「……はい?」


    ツチダとマミヤは思わずお互いを見る。
    そして、しきり直すように再びセノを見て、


同時
ツチダ「君が悪いって言ったんだよ」
マミヤ「相手が悪いって言ったのよ」


    そして、お互いの言ったことに気づく。


同時に
ツチダ「相手が悪いってどう言うことですか?」
マミヤ「この子が悪いってどういう事よ?」

同時に
ツチダ「同時に喋らないでくれますか?」
マミヤ「同時に喋らないでくれない?」

同時に
ツチダ「お先に」
マミヤ「お先に」


    仕草で、ツチダとマミヤは互いに互いを薦めあう。
    そして、タイミングを見計らい


同時に
ツチダ「じゃあ」
マミヤ「じゃあ」


    また再び喋りそうになるのを、
    マミヤがツチダの前に手を出して止める。


マミヤ「あなたから喋りなさい」

ツチダ「は、はい」


    ツチダは進められて改めて、セノを見る。
    セノはツチダを見つめる。


ツチダ「僕は、君が悪いんじゃないかなって思う」

セノ 「そう、でしょうか?」

ツチダ「だって、友達が引っ越すっていうのはやっぱりすごい事件だと思うよ。
    ……僕も小さい頃経験があるけど、とても寂しいし、哀しい物だと思う。
    ……そんな話しを、黙っていられるっていうのも、すごく辛いんじゃないかな?」

セノ 「そう、ですよね……」

ツチダ「引っ越しの話が決まったのは、昨日じゃないんだろう?」

セノ 「先々月です」

ツチダ「じゃあ、もっと早くから話していたら、ケンカにはならなかったんじゃないかな?」

セノ 「……かもしれません」

マミヤ「違うわね」

ツチダ「違う?」

マミヤ「そう。根本的に間違っているわ」

ツチダ「何がですか?」

マミヤ「すべてがよ。あなた、この子が辛いって事、考えてないでしょ?」

ツチダ「そんなこと……考えてますよ、ちゃんと」

マミヤ「嘘よ。あのね。引っ越すって言うのはすごい事件なのよ。
    そりゃそうよ、今までとは知らない場所に移り住むんだから。
    私も経験あるわ……とっても寂しいし、辛い物よ? そんな話しを、友達に話せる? 
    黙っているっていうのもすごく辛いけど、話すのだって辛いのよ?」

ツチダ「だからって一週間前に話された方のみにもなって下さいよ」

マミヤ「二ヶ月も黙っていた方の身にもなりなさいよ。本当、辛いのよ」

ツチダ「だけどそんな一週間前なんて。そりゃ引っ越す方は、
    二ヶ月もたてば心の準備も出来ているでしょうし、大丈夫でしょうけど。
    でも、言われた方はその日から悩まなきゃいけないんですよ」

マミヤ「一週間あるだけいいじゃない。私なんて、当日に引っ越すって言ったことあるわよ」

ツチダ「それは鬼ですよ! 僕は当日に引っ越すって言われた経験があるほうですけどね、
    泣きましたよ」

マミヤ「言う方だって泣くわよ」

ツチダ「言われる方はめちゃくちゃ辛いんですよ」

マミヤ「言う方は当事者なのよ!」

ツチダ「言われる方だって当事者ですよ!」

同時に
マミヤ「はん!」
ツチダ「はん!」


    マミヤとツチダはそっぽを向く。
    どうしていいか分からずにうろたえてみているセノ。


ツチダ「こんな公平な見方の一つも出来ないような人が記者になろうとしているかと思うと
    驚いて言葉も出ませんよ」

マミヤ「所詮、ボウヤには、複雑な人間関係の模様が理解できなかったみたいね」

ツチダ「そんなに年変わらないでしょう」

マミヤ「一、二年の差が大きいって事ね」

ツチダ「そんな小さな差で威張られても困るんですけど」


    マミヤとツチダは再び睨み合い。
    セノは今度は止めようとする。



 
   丁度そこへハタが通りかかる。


セノ 「ちょっと止めて下さい二人とも。私のために」

ハタ 「楽しそうね」

セノ 「楽しくない。全然楽しく……」


    マミヤとツチダとセノ、固まる。


セノ 「……ナルミ」

ハタ 「どうぞ? 私に構わず先を続けてください」


    ハタはバス停の近くに立つ。
    以後はセノを見ない。
    ツチダとマミヤはお互いに厚くなっていた事に気づき離れる。


ツチダ「いや、ハタ。別に俺達は楽しんでいたわけじゃないぞ?」

ハタ 「そうですか」

セノ 「あのね、先輩とこの人は私の」

ハタ 「ふーん(セノの台詞を食う)よかったね」


    間


ハタ 「(何でも無いように)今日待ち合わせの場所に行ってびっくりしちゃった。
    ユミ、いないんだもん」

セノ 「あ」

ハタ 「もう、引っ越しちゃったのかと思った」

セノ 「あの、ナルミ(「私は別にそんなつもりは無かった」)」

ハタ 「(セノの台詞を食う)別に。私には関係無いけど、もう」

セノ 「そんな」

マミヤ「あんたねぇ。何自分一人が被害者ぶってるのよ」

ハタ 「誰ですか?」

マミヤ「あたしが誰かなんて関係無いの」

セノ 「マミヤさん。高校生新聞の記者だって」

ハタ 「……それで?」

マミヤ「あんたがいかに自分勝手なのかを教えてあげるわ。
    この子がね、どれほど苦しんだと思っているの?
    あなただけじゃなくて、周りの見慣れた景色や遊び場から離れてしまうこの子の苦しみが、
    あなたにわかるの?」

ハタ 「……なにそれ?」

マミヤ「なにそれってねぇ!」


    マミヤがハタにつっかろうとする。
    マミヤの体は道路へと出てしまったらしい。
    途端にクラクションが鳴る。
    ツチダが慌てて押える。


ツチダ「危ないって」

マミヤ「ありがとう」

ハタ 「なに? ユミが苦しんだから、渡すが苦しんでも笑顔でいろとでも言うわけ?
    我慢して? ……出きるわけないでしょ。 できないよ。
    だって、あたしそんな器用じゃない。
    友達がいなくなるって聞いて笑っていられるほど器用じゃない!」


    辺りがしんっとなる。
    それを壊すようにバスがやってくる。
    さっきと同じ運転手である。





運転手「危ないよ〜。跳ねちゃうよ。はい、花田商店街前〜お気をつけてご乗車下さい」

ツチダ「あれ? 運転手さん、さっきも」

運転手「そうですよ?」

ツチダ「そうですよって……え? こんな短時間で戻って(こられるの)?」

運転手「頑張りました」

ツチダ「頑張って出来る問題なんだ……」


    ハタがバスに乗ろうとする。


セノ 「ナルミ!」

ハタ 「もう話は済んだでしょう? じゃあねセノさん。学校で話しかけてこないでね」

セノ 「そんな……」

運転手「じゃあねも何も、同じバスでしょう? 学校まで」


    セノがうつむく。
    と、マミヤが叫ぶ。


マミヤ「(ツチダへ)君、止めて」

ツチダ「はい?」


    聞き返しながらも、ツチダはハタを止めていた。


ハタ 「何するんですか先輩!」


    マミヤもハタを止めながら。


マミヤ「(運転手に)行ってください」

ハタ 「はあ!?」

運転手「はい?」

マミヤ「この子は、次のバスに乗りますから。行ってください」

運転手「次のって……遅刻しちゃいますよ」

ハタ 「え、やだよ遅刻なんて」

マミヤ「いいですから」

ハタ 「よくないって」

マミヤ「いいの! 行ってください」

運転手「え、でも」

マミヤ「母の仇なんです! ここで討ち取らなければならない宿命なんです! 
    (ツチダに)ねぇおじいちゃん」

ハタ 「なによそれ!? 意味分からない」

ツチダ「星の導きですじゃ」

ハタ 「いや、先輩も何言ってるんですか!?」

運転手「分かりました」

ハタ 「分かっちゃうの!?」
運転手「だが娘さん」

マミヤ「はい」

運転手「過去に縛られていては、何も生まれませんよ?」


    そして、運転手は去っていく。


ツチダ「ノリノリだなぁ。運転手」

ハタ 「ちょっとぉぉ。冗談でしょう?」


    思わずハタは呆然とする。





ツチダ「冗談じゃ(ないよ)」

マミヤ「冗談じゃないわよ。ここまで人を巻き込んでおいて、さっさと自分だけ抜けようったって、
    そうはいかないわよ」

ハタ 「巻きこむって」

ツチダ「君達の(問題にだよ)」

マミヤ「あなた達の問題によ」

ツチダ「話は(全部)」

マミヤ「話は全部この子から聞いたわ」


    マミヤがツチダを睨む。ツチダは引き下がる。
    ハタは一瞬セノを睨む。


セノ 「ごめん。なんだか話せない状況じゃなくて」

ハタ 「それで? 何かご意見でもあるんですか?」

マミヤ「謝りなさい」

ハタ 「はぁ?」

マミヤ「今すぐ。この子に。ここで」

ハタ 「なんで私が」

マミヤ「引っ越す人間がどれだけ辛いか! それなのに友達のあなたにそっぽ向かれちゃったら、
    引っ越すまでの日々が余計辛くなっちゃうじゃない」

ハタ 「だから、私の感情はどうなるのよ」

マミヤ「あんたの感情なんて問題じゃないの!」

ハタ 「なにそれ!? 私だって、傷ついているのよ!?」

マミヤ「この子はもっと傷ついているのよ!」

ツチダ「ちょっと! それは良い過ぎ(ですよ)」

ハタ 「そんなのわかるわけない! ……分かるわけ無いでしょ。
    ……私が、どれだけ傷ついたか、なんて
    ……あなたに分かる分けない」


    間
    ハタは自分の興奮を恥ずかしがるように、呟く。


ハタ 「……どうせ向こうで友達出きるし、辛いのはそれまででしょ」

マミヤ「いやがらせ!? なに、嫌がらせだったの!?」

ハタ 「別に、そうじゃないけど」

マミヤ「これだけ大声で人を驚かせておいて? 驚きましたよ。ええ、勿論驚きました。
    まさか、嫌がらせだなんて思わないじゃない」

ハタ 「そういうわけじゃないって言ってるでしょ」

マミヤ「まったくひどい友達ね。あなた(セノに)こんな友達と縁切れてよかったんじゃない?」

ハタ 「別に私は」

セノ 「違います」

マミヤ&ハタ「え?」

セノ 「ナルミは、そういうつもりで言ったんじゃありません。ただきっと私に怒って……」

ツチダ「そう。そうやって、自分の言いたいことを全部吐き出して謝ってしまえば良いんだよ」

マミヤ&ハタ「謝る!?」


    ハタとセノはお互いしか見ていない。
    マミヤとツチダもまた、お互いしか見ていない。


セノ 「ナルミ?」

マミヤ「なんでよ?」

ツチダ「何でって、少なくても引っ越す事が分かった時に言っていれば、
    今みたいな争いは無かったわけですよ。
    友達なのに、隠していた。黙っていた。その事をですね……」

ハタ 「別に……あんたが悪いわけじゃないし」

セノ 「ナルミ!?」


    セノがハタへと寄る。
    舞台の一方でセノとハタが喋る中、マミヤとツチダが話している。


マミヤ「隠していたわけじゃないでしょう。言えなかったんでしょ?」

ツチダ「同じ事ですよ」

マミヤ「全然違うわ」

ハタ 「そうでしょう? 引っ越すのは親だし」

ツチダ「そうでしょうか? 喧嘩の原因は、少なくてもセノにあると思いますが」

セノ 「でも、私が、その、黙っていたから」

マミヤ「黙っていたのが悪いって言うの?」

ツチダ「悪いって決め付けるわけじゃないですけど」

ハタ 「だからって謝る事無いでしょう?」

マミヤ「だからって謝るって事無いでしょ」

ツチダ「じゃあ、ハタが悪いって言うんですか?」

セノ 「でも、ナルミは悪くないもん。だから」

マミヤ「そりゃ……悪い悪くないって問題では言えないのかもしれないけど……だからって」

ハタ 「だからって、あなたが謝ればいいってことじゃないわよ」

ツチダ「さっきは謝れって言ってましたよ」

マミヤ「そりゃあ、さっきは……でも」

セノ 「怒ってないの?」

ハタ 「(頷く)」

ツチダ「でも?」

マミヤ「なんか、馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

同時に
ツチダ「そんな!?」
セノ 「ほんと!?」

ハタ 「だって、そんな事で時間潰しちゃう方がもったいないじゃん。
    ユミが後一週間で引っ越しちゃう事実はかわらないんだし」

マミヤ「こだわったって仕方ないんだよね。……昔のことだし」

ツチダ「昔のこと?」

マミヤ「何でもない」


    マミヤがどこか遠くを見る。
    ツチダもつられて遠くを見ている。


セノ 「……ありがとう」

ハタ 「ううん。ごめんね」

セノ 「……ううん、あたしこそ、ごめん」

ハタ 「なんでよ」

セノ 「なんでも」


    ハタとセノは顔を見合わせて笑う。
    そして、再び二人で仲良くバスを待つ。


10


マミヤ「さぁて、たそがれてもしょうがないし、とっとと二人を仲直りさせてやるかな……
    (二人を見て)っておい!」

ツチダ「あれ? お前ら、いつのまに仲良くなっているの?」

ハタ 「今さっきですよ、ねえ?」

セノ 「そうそう。先輩たちも、ありがとうございました」

ツチダ「まあ、何もしてないけど」

マミヤ「納得いかないわ」

ツチダ&ハタ&セノ「え?」

マミヤ「納得いかないわよ。何で人がちょっとよそ見をしているうちに、
    ドラマ性もまっっっったく無く、仲直りしているの?」

ツチダ「別にドラマ性は無くても」

マミヤ「うるさい! こういうケンカはたいがい引越しの前日か当日まで引っ張って、
    電車で去っていくヒロインが窓から見ると、友達が手を振っていて
    『ガンバレ〜ナツコ〜』とか言っていて、涙ぐむ。そういうものでしょう?」

ツチダ「誰ですかナツコって」

マミヤ「私の名前。少しでも皆が私の名前を覚えてくれればと思って、いれてみました」

ツチダ「なるほど……ってそんなベタベタなドラマっぽい展開、誰も望んでないですよ」

マミヤ「私は望んでるの!」

ツチダ「駄目人間だ……」

セノ 「分かりました!」

ハタ&ツチダ「はぁ!?」

セノ 「します。ケンカ」

マミヤ「本当に!?」

ハタ 「なに言ってるの? あんた」

セノ 「だって、私、この人に凄く助けられたんだよ。
    ナルミが来る前、凄く勇気づけてくれたし」

ツチダ「いや、いいかセノ。そんな役に立ってないだろう?」

セノ 「たちましたよ。すごく」

マミヤ「本当に?」

ツチダ「あんたが聞くのかよ」

ハタ 「だからって」

セノ 「全くの他人なのに……うれしくって。だから、恩返しをしたいの」

ハタ 「恩返しって……鶴じゃあるまいし」

セノ 「それに、私、そういうドラマやってみたかったの」

ツチダ「やってみたかったって……」

セノ 「大丈夫ですよ。これでも、演劇部員ですよ」

ツチダ「そういう問題か?」

ハタ 「……そういうことなら、仕方ない」

ツチダ「乗り気になった!?」

ハタ 「やるか」

セノ 「やろうよ」

マミヤ「やった♪」


    ハタとセノはがっしり腕を組む。
    マミヤは既に観客モード。


ツチダ「……(少し格好つけて)そういうことなら」

運転手「そういうことなら、任せてください」


    運転手、現れる。


ツチダ「どっから聞いていたんだよ!?」

運転手「電車じゃないですけどね。なあに、負けはしませんよ?」

ツチダ「そういう問題なのか? どこでどうやって、いつから聞いてたんだよ」

セノ 「ありがとうございます。運転手さん」

ハタ 「これでメンバーは揃ったね」

ツチダ「無視かよ!」

セノ 「じゃあ、いっくよ〜」

ハタ 「おう!」

セノ&ハタ「ミュージック、スタート!」


    と、言葉と共に暗転。
    音楽入る。ゆずの「サヨナラバス」とか。


11


    照明入るとバス停。
    夕焼け。
    セノが一人立っている。
    時計を確認するセノ。始めの出発時間より、だいぶ経っている。


セノ 「やっぱり来ないか」


    と、運転手がやってくる。
    何故か渋い顔。
    セノが一歩後ろに下がる。


運転手「……お客さん、まだ待っているのかい?」

セノ 「……運転手さん……」

運転手「誰を待っているのかしらないけど……田舎道でもここらは物騒だ。早く帰りな」

セノ 「……引っ越すんです。私……今日。両親は荷物と一緒に先に向こう行っちゃって……
    私は、友達に挨拶してから行くってそう言ったんです」

運転手「なら、友達への挨拶をしに行かないのかい?」

セノ 「……一人だけ、会ってくれなかった子がいて……」

運転手「そりゃ、一人か二人は仕方ないさ。引越しなんて、気まずいものだからね」

セノ 「……親友なんです。だから、ここで待ってるって……
    お家の人に伝えてもらうよう、頼んだんですけど」

運転手「……こないのか」

セノ 「はい」

運転手「……(溜息)その子も、きっと理由があったんだよ」

セノ 「はい」

運転手「だから、仕方ないって思ってやらなきゃ」

セノ 「だから、待ってます」

運転手「……残念だけど、それは無理だ」

セノ 「え?」

運転手「これで、終バスなんだよ。今日は」

セノ 「そうなんですか?」

運転手「もう、お客さん誰も乗ってないだろう? この時間になるといつもこうさ。だから、最後」

セノ 「そう……なんですか……」

運転手「乗りなさい。なあに、人生、長く生きていると色々あるよ。
     きっと、今日の事もいつか笑い話に出きるはずだよ」

セノ 「……そう、なんでしょうか……」


    セノは悩む。
    しかし、結局はバスに乗る。(といっても、運転手の後ろに立って、腰に捕まるくらい)


運転手「じゃあ、出発するよ」

セノ 「はい」


    と、動き出した時、ハタの「まって!」という声が聞こえてくる。


セノ 「ナルミ!?」

運転手「来たのかい?」


    ハタが舞台に現れる。全力疾走して来たみたいに見える。


ハタ 「待って……その、バス……待って……」

セノ 「すいません。ここでおります!」

運転手「どうするんだい? その後は」

セノ 「……何とかします」

運転手「(暫し無言で)……おや、おかしいな。エンジンが上手く掛からない」

セノ 「え?」

運転手「どうやらエンストしたらしい。直すのには時間がかかりそうだ。(にっこり笑って)
     その間は、止まっているしかないな」

セノ 「ありがとうございます!」


    セノはバスから降りる。


セノ 「ナルミ!」

ハタ 「ごめんね。私、私」


    セノは、喋ろうとするハタにぶつかるように飛びつき抱きしめる。


セノ 「……ありがとう」


    ハタがうなずく。
    ひときわ大きい手を打つ音が聞こえてくる。


12


    照明が元に戻る。
    そこはバス停。
    手を叩いて、満足した顔のマミヤが現れる。
    その後ろからツチダも。


マミヤ「いやぁ、素敵だったわ二人とも」

セノ&ハタ「ありがとうございます」

運転手「すいません。上手くなくて」

マミヤ「いえ、運転手さんもとても素敵でしたよ」

ツチダ「うん。一瞬役者に見えた」

運転手「ありがとうございます」


    運転手は上機嫌でバス(キックボード)の点検にはいる。


ツチダ「なんか夕方のドラマって感じで、昼間のバス停でやられると恥ずかしいけどね」

マミヤ「そんなことないわよ」

ツチダ「そうですか?」

マミヤ「私の中では、立派に夕焼けの中のドラマに見えていたから。
    そう、ホリゾント幕に燃えるような赤が綺麗に写っているのが分かるくらい」

ツチダ「そんな……ホリ幕まで!?」

セノ 「楽しんでいただけたのなら嬉しいです」

マミヤ「楽しめたもなにも、大満足よ。これで、同じ学校に行くのが楽しみになったわ」


    間


ハタ&セノ&ツチダ「はあ!?」

マミヤ「あれ? ○○高校でしょう?」

ツチダ「そうですけど」

マミヤ「演劇部」

ハタ 「ええ」

マミヤ「私は転校生。△から来たの。卒業まで後半年くらいだけど、
    演劇部に入るつもりだから。よろしく」

セノ 「え? だってじゃあ、さっきの名詞は?」

マミヤ「舞台で使った小道具。記念に持ち歩いているの。自己紹介にもなるしね」

ハタ 「記者って言うのは?」

マミヤ「高校生新聞のでしょ? ちゃんとやってるよ?」

ツチダ「えっとじゃ……(特に聞く事は無く)えぇぇえ〜!?」

マミヤ「まぁ、詳しい話はおいおい部活の時にでもね。あなたたちは、
    まず学校行かないとまずいんじゃないの?」

セノ 「あ、そうだ。貴重な学校生活が」

ツチダ「まぁ、今更言っても完全遅刻だけど」

ハタ 「なに言ってるんですか。昼には間に合いますよ」

ハタ&セノ「ねえ〜」

ツチダ「いや、だから遅刻だろう? それって」

ハタ 「問題は移動だけど」

セノ 「それはやっぱり」

ツチダ「まぁ普通に考えて」

マミヤ「ねえ?」


    ハタ&セノ&ツチダ&マミヤの視線が運転手に向く。


運転手「任せてくださいよ」


    運転手はバスを舞台奥隅にて、設置し、乗り、待機。


ハタ 「やったぁ」

セノ 「じゃあ、私、前の席」

ハタ 「あ、負けるか! (マミヤに)さよなら〜」

セノ 「さよなら〜(と、言っているうちに、ハタが走っている)あ、ずるい!」

マミヤ「(口の中で『またね』といっている)」


    ハタとセノは争うようにバスに乗る。


ツチダ「じゃあ、僕も」

マミヤ「学校でね」

ツチダ「いつから来られるんです?」

マミヤ「明日か明後日には入れるんじゃないかな? 分からないよ」

ツチダ「それで、今日は散歩ですか? いいなぁ」

マミヤ「……私、以前ここに住んでいたことがあるのよ」

ツチダ「そうなんですか?」

マミヤ「幼馴染、なんていうのもいてさ……小学校上がる前までだけど。
    ……会いたいなぁなんて思って。
    まぁ、もしかしたら、そのこも引っ越しちゃってるかもしれないけどね」

ツチダ「学校でしょう? 相手も」

マミヤ「たぶんね。まぁ、家を見るだけでも、見ておこうかと思って。
    あそこの(と、先を指す)角を曲がった所で」

ツチダ「ああ、僕、昔そこら辺に住んでましたよ」

マミヤ「本当に?」

ツチダ「ええ。まぁ、交通の便悪くて引っ越したんですけどね。
    でも、あそこらへんなら庭みたいなものですよ」

マミヤ「じゃあ、知ってる? 柿の木の」

ツチダ「たいがいありますよね。どこも」

マミヤ「銀杏がさ」

ツチダ「八割植えてるんですよね」

マミヤ「虫が」

ツチダ「転がってる、転がってる」

マミヤ「三輪車」

ツチダ「放置されてたっけ」

マミヤ「じゃあ、桜は?」

ツチダ「それはないんですよね。どこも」

マミヤ「……変わってないんだなぁ。あそこも」

ツチダ「まぁ、おれも小さい時の記憶で喋ってますから。案外違っていたり」

マミヤ「私もそうよ。……もしかしたら、私達、すごい近所だったのかもね?」

ツチダ「ですね」


セノ 「先輩〜?」

ハタ 「乗らないんですか?」


ツチダ「あ、じゃあ、俺」

マミヤ「うん。じゃあ、……またね」

ツチダ「ええ。……また」


    一瞬、二人の間に何かが走る。
    が、同時に二人とも笑みをもらし、視線を逸らし、


同時に
マミヤ「まさかね」
ツチダ「まさかな」


    相手の言葉に気づき、振りかえり再び視線を交し合う。


同時に
マミヤ「え?」
ツチダ「え?」


    お互い、有り得ない想像に照れて。


マミヤ「なんでもない」

ツチダ「何でもないです」

マミヤ「……またね!」


    大きく、マミヤは手を振る。


ツチダ「また!」


    大きくツチダは手を振る。
    手を振りながら、ツチダはバスに乗る。

    ふと、マミヤは自分の頬がぬれているのに気づく。


マミヤ「あれ? なんで私泣いてるんだろう?」


    それはこれからの予感を体が気づいたサインなのか?
    照明が一度明るくなり、手を振り合う二人の姿が、徐々にスローモーションになる。
    「またね」そう良いあった二人には、今度は明るい明日が待っている。