交通安全大会使用
Crisis


出演

藤原 明美  主人公。普段明るいが暗くなるととことん暗くなる。ナカマはいても、
          信頼できる友人は少ない。

    良美  明美の母。恵子を亡くしたことから、明美には甘くなり勝ち。

    恵子  主人公の姉(故人) おとなしい性格。本が友達だったために、思慮深い

   
宮野 裕子  主人公の友達。学年に一人はいそうな「いい子」タイプ。

    多恵  母親


加持 早紀  噂好きの友達。情報オタクであり、ニュースや、裏話というもののチェックに余念なし。

酒井先生   藤原、宮野、加持の担任。新米であまり気は強くない。ただまじめな性格。

只野 瞳
    裕子の友達。気の合った人間の前でしか明るくなれない消極的な性格。

医者
看護婦
  



暗転

○この世とあの世の境
明美が中央に座っている(足崩して座った状態で顔は俯いている)

音響 FI(事故にあう音&救急車の音)
照明 CI 中央サス
音響 CI(寂しげ)
   二人の台詞途中でFO

明美 上から単純にかぶるだけの服(下に制服)
   顔をゆっくりとあげて


明美「……ここは? 私、何でこんなところにいるの? ? なに、この服……思い出せない
    ……私は、何で? どうして、こんな……ねぇ、誰か! 誰かいないの?」


恵子 上手から登場
   見守るように明美を見ている

照明 CI(狭間、境のイメージ)


恵子「こんにちは」

明美「……だれ?」

恵子「あなたを迎えに来たの」

明美「私を? どういうこと?」

恵子「……自分に一体何が起こったのか、覚えていないの?」

明美「なに? なんのこと?」

恵子「……そう。だったら私が思い出すのを手伝ってあげるわ、藤原明美さん」

明美「え? 何で私のことを?」

恵子「あなたのことだったら、私なんでも知っているわよ。何であなたがここにいるのか。
    ……あなたの左手の傷のことも」

明美「(とっさに左手を隠す)……あなたは一体誰なの?」

恵子「私? 私は、私。いいじゃないそんなこと。それよりも、なぜあなたがここにいるのか
   思い出すほうが大切でしょ? ほら、聞こえてこない? 電話の音が」

明美「電話?」


音響 CI(電話のベル音


恵子「すべての始まりの音。そう考えると、どこか哀しい感じがするわよね」

明美「うちの電話の音……あれは、この傷がまだ新しかった頃の……裕子からの励ましの電話?」


明美 語りながら下手へ
恵子 明美を見守りながらゆっくりと上手へ
    裕子と交代するように退場

照明 暗転
    下手&上手サス

裕子 上手側のサスに入る
    心配げな表情で受話器を握っている
明美 気だるそうに受話器を取るしぐさ
音響 CO


明美「……はい、藤原です」

裕子「あ、藤原さんのお宅ですか? 宮野といいますけど」

明美「裕子?」

裕子「明美? 明美なの?」

明美「……どうしたの? 自宅に電話してくるなんて」

裕子「だって、明美の携帯にいくら電話かけたって繋がらなかったから」

明美「そりゃそうだよ。電源切ってたし」

裕子「明美……ねぇ、どうしたの? 学校にも出てこないでなにがあったの?」


明美 悲しいことを思い出して俯く。
    電話を持つ手が軽く震える


裕子「明美?」

明美「……なにもないわよ」

裕子「なにもないって……みんな心配してるんだよ。元気だしてよ」

明美「元気? そうだね、元気出さなきゃね(なげやり)」

裕子「何か新しいものにチャレンジしてみるとかさ、何時も元気な明美がそんなんだと、
    なんかこっちも暗くなっちゃうよ。クラスのみんなだって『明美がいなくて寂しい』って言っているんだよ」

明美「(苦笑して)べつに、私がいなかったくらいでなにが変わるのよ」

裕子「変わるよ、教室なんか、すごい重い空気漂っちゃってるんだから。
    明美が出てこないとうちの教室お墓みたいだよ。授業中だってすっごい静かだし」

明美「授業中静かなのはいいことじゃん?」

裕子「え? あ、そか。でも、休み時間だってあんまり騒がしくないしさ。面白くないよやっぱり。
   明美が来ないと毎日がなんか足りない気がするもん」

明美「(苦笑)ありがと、裕子」

裕子「え?」

明美「理由言えないけど最近結構ブルーだったんだ(包帯の巻かれた手首を見ながら)でも、少し元気でたよ」

裕子「本当? じゃあ、学校来れる?」

明美「うん。今は少し無理かもしれないけど、いこっかなぁ。いつまでも落ち込んでらんないしね。
裕子が言うみたいに、何か新しいことにでも挑戦しようかな」

裕子「本当? だったらさ、明美免許とりなよ」

明美「免許? 原付の?」

裕子「そりゃそうでしょ。まだ高2なんだからさ。まさか明美、もう18ってことないでしょ?」

明美「あたりまえだって」

裕子「だよね。それで原付乗れるようになったら、あたしを後ろに乗っけてどっか行こう♪」

明美「ちょっとまって、なんであんたを後ろに? 裕子も免許とれば良いじゃん」

裕子「やだ。運転するの恐いもん」

明美「それ調子よすぎ。……そっか。原付かぁ。風を切って進むってのもいいかもね」

裕子「そうだよ。きっと気持ちいいよぉ」

明美「よっし。頑張ってみるかな」

裕子「うん。あ、私これから塾あるから、そろそろ切るね」

明美「あ、ごめんね、わざわざ電話くれて。ありがと」

裕子「いいって。それじゃまたね」

明美「おう♪」


裕子 電話を切って上手へ退場
照明 上手サス CO
明美 受話器を下ろした後前を向いて


明美「中学の時から付き合ってた彼に、振られたのが夏休みが終わってすぐだった。なんか何も
    信じられなくなっちゃって……こんな傷まで作ったのは今でもなんでかわからないけど 
    ……裕子の電話で、なんとなく元気になった私がいた。お母さんに免許をとるなんて
    言ったら反対されるかもって思ったけど」


明美母 下手から登場


明美母「あんたが免許?」

明美 「……だめだよね?」

明美母「……いいわよ」

明美 「え?」

明美母「本当はお母さん、あまり危ないことは好きじゃないけど。でも、あなたにやることができたって言うんなら、
     母さん、応援するわよ」

明美 「お母さん……」

明美母「だけど、自分の体だけは大切にしなさいよ。あなたは、お姉ちゃんとは違って
     健康な体に生まれたんだから。それで自分の体傷つけたりしたら
     病気で死んだおねえちゃんに申し訳ないでしょ」

明美 「わかってるよ……もう、馬鹿なことはしない」

明美母「あの時、明美もおねえちゃんと同じ場所に行ってしまうって……お母さんどんなに心配したか」

明美 「うん。でも、もう平気だよ、本当、大丈夫」

明美母「……だったらいいわ。なんだったら免許取れたら乗り物の方は母さんが何とかしてあげようか」

明美 「本当!?」

明美母「そのかわり、危ない運転はしないで安全をしっかり守ること。わかった?」

明美 「うん!」


明美母 頷いて上手へ

照明 下手サスCO
   上手サスCI

明美 母親の語り中に制服への着替えを終える


明美母「本当は……本当のことを言うと、今でも思うんです。あの時、免許を取ることを
     許さなければ、あの後の事故はみんな起こらなかったんじゃないかって。私が、私一人が
     嫌な母親の役を演じればそれでよかったんじゃないかって。だけど、
     死んじゃうんじゃないかって思うほどふさぎ込んでいた明美の、あんな笑顔を見たら
     ……なんていまさら考えても、遅いんですけどね」


照明  上手サスCO
下手サスCI

明美母 上手へ退場


明美「免許を取るなんてまったくそれまでは考えてなかったことだったけど、いざ勉強始めたら、
    学校で受ける試験のための勉強なんかより、なんか少し大人になったような気がした。
    それまでなんとなく見過ごしてた標識とかを指差しながら『あれは、駐車禁止。
    だけどあっちは駐停車禁止なの』なんて言ってみたり。今まで全然気にしてなかった
    町の中に、あまりにも多くの標識があることに改めて気づいて、そんな自分が嬉しくて。
    ……免許が本当に手に入ったときなんて、飛び上がって友達みんなに報告しちゃった」


音響 CI(明るい音楽
照明 全照

早紀 上手から登場


早紀「なによぉ、明美。見せたいものって」

明美「へへーん。早紀ってば見て驚くなよ〜。これよ」


明美 早紀に免許を見せる
早紀 明美から免許を受け取って


早紀「? なにこれ」

明美「見てわかんないかなぁ、普通」

早紀「え? ……あぁ!!」

明美「ふふん。どう? すごいでしょぉ」

早紀「明美ってば悪人みたい〜。何でこれ睨んでるの?」

明美「そ、それは、いきなり写されたからでって、そこは注目するところじゃないでしょ〜」

早紀「ほら、にきびまで写ってる。あ、ここにも」

明美「だからぁ、もう返しなさいよ」

早紀「冗談なのに(苦笑) 免許、取ったんだ」

明美「うん。ま、原付だからたいしたことないけどね」

早紀「そんなこと言って、結構嬉しかったんじゃない?」

明美「そりゃねぇ、最近いいことなかったからさ」

早紀「ああそっか。なんせ彼氏に振られたんだもんねぇ(やけにでかい声)」

明美「早紀! あんたなんでそのことを? てか、声でかすぎ」

早紀「知ってるも何も、この学校で私の知らないことのほうが少ないわよ」

明美「そんなはっきりと……さすが未来のハッカー候補」

早紀「ふふふ。明美と佐藤君のことだったら、一体何時から付き合い始めて、何時別れたのか、
    それに、今佐藤君が誰とつき合っているかまで知っているわよ。
    まぁ、明美のほうはまだフリーみたいだけどね」

明美「え?」

早紀「なに? どうしたの?」

明美「亮って、今誰かと付き合ってるの?」

早紀「うそっ!? 知らなかったの? あ、そうか。明美があまり学校出てこなかったときだからね。
    彼が付き合い始めたの」

明美「そんな……」

明美 下手へ退場しかける

早紀「そんな気にしないほうがいいって。もう明美もわざわざ免許取ったんだし、新しいことに
    チャレンジして古い彼氏のことなんて忘れちゃいなよ」

明美「誰?」

早紀「え?」

明美「誰と付き合ってるの? 亮は今誰と付き合ってるの?」

早紀「だから気にしないほうがいいって。聞いたって、別にどうこうなることじゃないしさ。
    いやよ私、友人がストーカーなんて」

明美「別にただ興味があるだけよ。純粋な好奇心。知ったからって別にどうこうするつもりはないし」

早紀「本当に? うーん。じゃあいいよ、教えても」

明美「それで? 誰?」

早紀「裕子よ」

明美「え?」

早紀「だから、裕子だってば。最近二人ともやけに仲いいのよねぇ。裕子って根が大人しいから、
    自分からはみんなに言ってないみたいだけど……私の見たところもう間違いないわよ。
    まぁ、たぶん告白したのは佐藤君のほうかなぁ? でも明美は裕子から聞いてなかったの? 
    裕子、こないだ明美に電話したんでしょ? 彼氏の話はしなかったんだ?」

明美「そんな……裕子が?」


照明 暗転(暗転と同じに早紀は上手へ退場)
   下手サス CI


明美「(俯いて)信じられなかった。あんなに自分のこと励ましてくれた裕子が、亮と付き合ってるなんて
   ……裕子からもらった言葉がみんな心の中で嫌な色に変わっていく……友達だって思ってたのに
   ……私はただ裕子の言葉に踊らされていただけ?」


照明 全照
   色 少し薄暗い


明美 「……ちょっと、そこら辺流してくるね」


明美母 下手から登場


明美母「明美、大丈夫? 顔色少し悪いわよ」

明美 「大丈夫だよ。平気」

明美母「ならいいけど……事故には気をつけなさいよ」

明美 「……うん」


明美  上手へ向かう
明美母 下手へ退場しかけて


明美母「あ、明美」

明美 「? なに?」

明美母「もうすぐお姉ちゃんの13回忌だから、予定空けといて頂戴」

明美 「……うん。わかった」

明美母「本当、事故には気をつけなさいよ」

明美 「……大丈夫だよ……大丈夫」


明美  上手へ
明美母 下手へ退場


明美 原付をじっと見つめる演技
   ハンドルを握る

照明 暗転
音響 バイク音
照明 上手サス CI

明美 バイクにまたがっている演技


明美「涼しげな風が顔にあたっていく。嫌なこともそのまま流れていってしまうような気がした。
    車と車の間をすり抜けるように走ると、時折クラクションが耳の脇を通り抜けていく。
    やけに信号を長く感じながら、次の信号を越したら右に曲がろうとしてた」


裕子 下手に待機
照明 下手サス CI


裕子「あ、明美〜」

明美「裕子?」


明美 原付を寄せる演技


裕子「バイク買ったんだ!! すごいね♪」

明美「(感情を押し殺して)裕子……べつに、お母さんが買ってくれただけだから」

裕子「でも親が許してくれるなんてすごいじゃん。うちなんて絶対無理だよ」

明美「そう」

裕子「いいなぁ。なんか、速そうだよね」

明美「…………乗る?」

裕子「え? いいの?」

明美「ヘルメットないけど。たぶん平気だから」

裕子「うん。じゃあ乗る♪ ちょっとだけね」


裕子 明美の背に手を回すようにして座る演技(下手で)
明美 再びスピードを高める演技

音響 バイク音


明美「本当は知ってた……原付で二人乗りしちゃいけないって。でも、脅かすくらい
    ……じゃなかったら何も知らないまま裕子の言葉に喜んだり、元気になってた私が馬鹿
    みたいで。……右手にだんだん力が加わっていく。周りの景色が飛ぶみたいに速い」

裕子「ね、ねえ明美。なんか速くない? あ、信号今黄色だったでしょ? ねえ」

明美「裕子が後ろで何か言ったけど、何も聞こえなかった。スピードばかりを早く
    ……何もかも、なくなっちゃうくらい。前を走る車がやけに遅く感じる。
    ハンドルを左に切って車の横を通り過ぎた」

裕子「あ、明美危ない!」

明美「え?」

裕子「車、よけて!」


明美&裕子 (悲鳴)


音響 事故音

照明 暗転
   下手サス

明美 裕子の台詞中に着替える(寝巻き)


裕子「景色が急回転していって、急に目の前が真っ暗になった。最後に明美が何か言ったような気がしたけど、
    でもそれが何なのか分からなかった。どこ? 私は今どこにいるの? 
    だんだんと遠のいていく自分の意識を必死に押しとどめようとした。目を開くまでにすごい時間がかかって、
    細く開いた目の前では……真っ赤に染まった地面が広がってた。これは、私の血? それとも明美? 
    明美、明美(だんだん弱くなっていく)明美は、大丈夫なの……?」


照明 暗転

裕子 下手へ退場
恵子 上手から登場
明美 舞台中央へ

照明 CI(狭間、境のイメージ)


明美「そう……思い出した……あたし、対向斜線越しちゃって……車避けようとして。じゃあ、私」

恵子「死んだということよ」

明美「…………よかった」

恵子「え?」

明美「これで嫌なこと全部から解放されるってことでしょう? 裕子からも、あの世界からも」

恵子「……本当に良かったと思っているの?」

明美「だって、もう悩むことないもん。思ったよりも痛みもなかったし。こんなんだったら、
    手首なんて切る前に事故にあっていればよかった」

恵子「……今、あなたのいた世界がどうなっているか、見せてあげる」

明美「え?」

恵子「あなたがしでかしてしまったことがどれほど大きいことだったか……そして今どうなっているのか、
    その目でしっかりと確かめなさい」


照明 暗転
明美&恵子 上手へ退場
音響 CI(救急車の音

先生 下手から登場

音響 FO
照明 全照(病院の廊下

明美母 下手から登場(ゆっくりと重い足取りで)


先生 「あ、藤原さんのお母さん。明美さんのほうについていなくて平気なんですか?」

明美母「いえ、あのこの方の手術は少し前に終わりました」

先生 「そうですか……」

明美母「先生も、このたびは娘のせいで(以後、言葉が声にならない)……」

先生 「藤原さん……少し休まれた方がいいんじゃないですか? 裕子さんのほうは、
     もうじきお母さんもいらっしゃるでしょうし、私も待っていますから」

明美母「いえ。娘が迷惑をあけたのですから。それに、相手方が死んだのではないかと思うと、
     もうじっとしていられなくて」

先生 「そうですか」

明美母「先生は、事件の方はいつ頃?」

先生 「はじめ、うちの学校の生徒が制服姿で原付に乗っていると知らせがあったんです。
    それからすぐ制服で事故にあったっていう連絡が来て……明美さんも、裕子さんも私の
    クラスですから、もう本当驚いちゃって」

明美母「申し訳ありません」

先生 「いえ、私は別に……お母さんも、もう少し休まれていた方が。これからが大変になると思いますから」

明美母「分かってます。先ほど、警察の方からもお話を聞きました。スリップしてぶつかった場所の損害費や、
     もちろん裕子さんの慰謝料、その他にも金額だけでかなりのものだということも」

先生 「そうですか……」


音響 CI


裕子母「裕子〜!!」


裕子母 下手? から登場


裕子母「裕子、裕子は?」

先生 「裕子さんのお母さんですか? 私、裕子さんの担任で酒井と」

裕子母「自己紹介なんてどうだっていいじゃない。先生、裕子は大丈夫なんですか? 私、
     知らせを聞いてすぐ飛んできたのはいいんですけど、怪我の状態も何も知らなくって」

先生 「私も良く分かっていないんですが……」


看護婦 上手から登場


先生 「あ、すいませんが」

看護婦「申し訳ありません。前の方開けてくれますか」

先生 「あ、はい」

裕子母「裕子は、裕子は大丈夫なんですか?」

看護婦「手術の方は順調です」


看護婦 早足で下手へ退場


裕子母「裕子……あの子にもしものことがあったら私……私の老後の生活保障が……」

先生 「宮野さん……」


明美母 何も言い出せずに俯いている


裕子母「藤原さん、この責任はとってもらいますから」

明美母「は、はい」

裕子母「『はい』ってことは私がいっている意味わかっているんでしょうね?」

明美母「え? あの」

裕子母「こんなふうに事故を起こして、うちの娘に怪我負わせて、まさかそれで『事故だったんです』なんていって
     逃げる気はないですよね」

明美母「もちろんそれは」

裕子母「だったらどういう風に責任をとるつもりなのかはっきり聞かせてもらいましょうか」

先生 「あの、宮野さん? 今はそういうことを」

裕子母「先生は黙ってなさい! これはうちの事情なの」

先生 「はい」

裕子母「もちろん入院費はいただくとして、怪我をしたせいで支障をきたす生活の保障、
     もちろん半身不随にでもなったら一生、いただくものはいただきますから」

明美母「はい。もちろんです」

裕子母「これがもし、裕子が死んだなんてことになったら……あの子が一生かかって手に入れるはずだった
     財産分は保障してもらいますからね」

先生 「宮野さん、だから今は」

裕子母「外野は黙ってて」

先生 「はい……あ、手術、終わったみたいですよ」


音響 CI(まぁどんな音楽でも可。意表つけば良し


医者 上手から登場
   少し疲れ気味?


裕子母「先生! 裕子は? 裕子は大丈夫なんですか?」

医者 「最善を尽くしましたが……」

裕子母「そんな」

明美母「まさか、亡くなった?……」

医者 「あ、いえ裕子さんは大丈夫です。命に別状はありません」

裕子母「命に別状はって……てことは、半身不随? 失明? 言語障害とか!!」

医者 「まぁ、脳についてはまだ精密検査をする必要はあるでしょうが、脊髄損傷はありません。
     半身不随になることはないでしょう」

明美母「よかった……」

裕子母「よかないわよ! あんた、人の娘が失明になるかもしれない、言語障害があるかもしれないっていうのに、
     なにほっとしたような顔しているのよ!」

明美母「すいません」

医者 「まぁまぁお母さん落ち着いて。今後のことについては向こうでゆっくりとお話しましょう」

裕子母「そうね。お金が一体どれくらいかかるのかも、伺っておきたいですし」


医者&裕子母 下手へしかける
医者 立ち止まって



医者 「ところで、明美というお知り合いの方はいらっしゃいますか?」

裕子母「明美?」

明美母「明美は、うちの娘の名前ですが、それが何か?」

医者 「ああ、なるほど。……裕子さんはよほど明美さんのことが大事なんでしょう。睡眠薬で
     意識が切れているというのに、時折呟いていましたよ『明美は大丈夫?』と」

明美母「……そうですか」

医者 「さ、では行きましょうか」

裕子母「ええ」


医者&裕子母 下手へ退場

照明 暗転
   下手サス
   明美母のみ、サスに入る
先生 上手へ退場
明美と恵子
   台詞中に上手側で待機


明美母「明美……あなた、いい友達を持ったわね……それなのに、なんで、何でこんなことを? 
     ……目がさめたら思い切り叱ってあげなくちゃ……叱ってあげるから
     ……早く目を覚ましなさい、明美」


照明 暗転
   上手サス
   明美&恵子サスの中に入る

下手側 ベット設置


明美「お母さん……泣いてた」

恵子「死んでよかったって思えた?」

明美「(首を振る)でも、だからって私が生きてたって……私、裕子を傷つけて、いろんな人に迷惑かけた
    ……こんな私が生きてたって」

恵子「そうね。ただ生きていても悲しみを増やすだけかもしれないわね。恨まれることも多いで
    しょうね。きっと、今死んでしまうよりも何倍も苦しい事だって待っているわよね」

明美「(うなだれる)」

恵子「……それでも、生きるのよ。あなたは今、生きているんだから」

明美「生きている? それじゃあ、今の私は?」

恵子「ここは、生と死の境目なの。死ぬことも、生きることもできる場所。あなたは今緊急手術が終わって、
    心身ともに不安定なとき。あなたの意思だけで、目覚めることも、永遠の眠りにつくことも可能な時なのよ。
    ……運が良かったと言ったほうがいいのかしら? 対向車を避けた弾みで転倒はしたけど、
    後遺症になりそうな怪我一つしなかったって言うのは」

明美「生きている……私、生きていていいの?」

恵子「あたりまえでしょ? 生きている人は精一杯生きなくてはいけないんだから」

明美「でも私、裕子を傷つけて、先生にも迷惑かけて、お母さんも悲しませて」

恵子「だから生きるのよ。自分が背負った罪は、生きて償いなさい。死んで逃げるのはただ、
    悲しみを広げるだけ。生きることで苦しむことがあるかもしれない。だけど、あなたが
    死んでしまったらその苦しみはもっと多くの人が負うことになるのよ。それに」

明美「それに?」

恵子「あなたがただ生きているっていうそれだけで、喜ぶ人はきっと多いはずよ」

明美「……(頷く)……私、生きる。それが一番なのね」

恵子「(頷き微笑んで)そうよ。ここを(下手側)まっすぐ行きなさい。それだけでいいわ」


恵子 明美が下手を向いたのを確認して退場


明美「ありがとう……(下手へ向かいながら)ねぇ、あなたは、もしかして私の」


明美 振り返る。恵子がいないのを確認する。


明美「(小さく笑って)ありがとう」


音響 FI なんかさわやかなやつ
照明 (なんか光に包ませたい
   暗転

明美 ベットにもぐる

音響 FO
照明 全照

明美 体をゆっくりと起こす


明美 「ここは……白い壁……病院?」


音響 CI
看護婦 上手から登場
音響 FO

看護婦「藤原さん〜様態どうですか〜? あ、やっと目を覚ましたのね」

明美 「? えっと……ここは」

看護婦「私立○○病院よ。よかったわ。もう目を覚まさないんじゃないかってみんなで心配していたのよ」

明美 「すいません」

看護婦「いいのよ。今、先生呼んで来るわね。あ、お母さんにも声かけてくるから」


看護婦 上手へ退場しかける
明美母 上手から登場
    看護婦にぶつかりそうになるがこらえて


明美母「明美!」

明美 「お母さん」

明美母「もう、この子は。心配させて」

明美 「ごめんなさい」

明美母「ごめんじゃすまないことしたって事ぐらいわかっているでしょ。一体周りの人にどれだけ迷惑をかけたか。
     何時も何時もあなたってこは」

明美 「(母親の声を制止するように)それでも、生きていて、いいかな」

明美母「なにを……何を言っているのよ。当たり前でしょ。あなたが死ぬかもしれないって思って、
     母さんどれだけ心配したか……たとえどんなに他人を傷つけたって、迷惑をかけたって、
     あなたが生きていればお母さんはいいの。だって、一緒に乗り越えていけるんだから」

明美 「お母さん…………私ね、お姉ちゃんに会ったよ」

明美母「え?」

明美 「たぶん、お姉ちゃんだったと思う。私が覚えているお姉ちゃんよりもうちょっと年をとった感じだったけど
     ……それでね。本当は私、生きているほうが嫌になってたんだけど……お姉ちゃんに叱られちゃった」

明美母「そう、そうなの……」

明美 「私生きるよ……そして、ちゃんと罪を償う」

明美母「ええ。そうしなさい。お母さんもついているし、大丈夫よ。乗り越えられるわ、きっと」

明美 「うん」


照明 暗転
   CI 上手サス

役者 ストップモーション
明美 裕子の台詞中にベッドから抜け出す。
着替えておく

   
裕子「明美のことを訴えるのは止めてってお母さんに頼もうとしたけど……でも、私の入院費の金額聞いたら
    なにも言えなくなった。入院中何度も明美の部屋に行ったのに、明美は話も聞いてくれなくって
    ……悪いのは私だって同じなのに、明美ばかりが悪いみたいで……どうしたらいいのかわからなくて、
    気がついたら怪我も治ってて…………体の傷がいくら治ったって、心に負った傷は消えないんだって
    思い知った……明美も、もうすぐ退院する」


役者 周りの人間は明美の台詞始まったら、
ストップモーションといて、ベッド片付け後、退場。


明美「あれから三ヶ月もたってから、まず裕子が先に退院した。裕子には始め心配されていたような問題は
    全然なくて、順調な退院だったって聞いてる。私のほうは結構回復まで時間がかかっちゃった。
    その間に警察からの質問とか、慰謝料問題の説明、なんか数字が一杯あって、
    よけいに混乱したのを覚えてる。お父さんは、ただ黙って仕事の量をふやした。
    お母さんも、パートよりも収入がいい仕事についたりして帰りが遅い。全部私のせい。
    一番ばかばかしいのは、裕子が亮と付き合っているっていう話が、早紀の勘違いだって
    分かったときかな。じゃあ、私はなにをしたのって感じ(苦笑)……時折申し訳なくって、
    すべてなしにしてしまいたいって思うけど、でも私は、生きていなくちゃいけない
    ……今、生きているんだから。」


音響 CI(ノイズ音
照明 全照

明美 下手へ向かってとぼとぼと歩いていく

裕子&生徒 話しながら 上手から登場


裕子「ほら、昨日のテレビでさ」

生徒「うそぉ? 本当に?」


裕子 話している途中で明美に気づく足を止める


裕子「明美!」


明美 足を止める
    凍りついたように動かない


裕子「明美……おはよう」


明美 無言


生徒「ほら、もう行こう?」

裕子「……うん」


生徒と裕子明美の横を通り抜ける


明美「あ……」


裕子 立ち止まる


明美「お、はよ」

裕子「(嬉しそうに振り返る)うん、おはよ! 明美」

明美「おはよう、裕子」

生徒「どうしたのあんたたち」

裕子「ううん。なんでもない。ね、明美」

明美「……うん。なんでもない」

裕子「いこ」


裕子 明美に手を差し出す
明美 その手に触れる
裕子 手を引っ張っていく

音響 CI
役者 無声演技

照明 一度明るくしてから 溶暗
音響 高めて落とす

END