だくだく
作 楽静


登場人物

男1 谷山 フリーター バイト歴8年
男2 高橋 ホームレス 
男3 伊藤 大学三年生
男4 後藤 大学四年生
男5 清掃員/社員/酔漢
(舞台に出ていない役者 もしくは録音)

   秋の物語。
   とある24時間飲食店(牛のお肉をご飯の上に載せて提供)
   のキッチン兼バックルームで物語は進む。
   スタッフが座る用の椅子、食器洗浄機などがある店内。
   タバコの吸殻入れなども置いてある。
   が、すぐ近くには「禁煙」の文字。誰も守ってはいないが。
   上手から出れば客席へ。
   下手から出れば裏口か二階への階段へと続いている。
   二階にあるのは着替えるための男女スタッフルーム。
   基本的にバイトはバイトの格好をしている。


1 バイト先の日常風景

   音楽とともに明かりがつくと有線の音楽。
   男4が座っている。マニュアルを読んでいる。

声 ごちそうさま。
男3(声) ありがとうございました〜。またお願いしまっす。

   男3やってくる。

男3 あと、カウンター席一名様会計待ちです。
男4 うん。
男3 長いですよね、あの客。
男4 うん。
男3 新しいマニュアルですか?
男4 うん。(マニュアルを見て)米のグラムが180で、
男3 もうじきっすね。あがりまで。
男4 うん。(マニュアルを見て)タレかけて、か。
男3 このラスト30分が長いんですよね。
男4 うん。(マニュアルを見て)ってことは、レンジにかけてから米よそった方が効率がいいな。
男3 こないだなんか、交代が遅刻して30分残されたんですよ。で、俺電車じゃないですか。
男4 うん。
男3 そのせいで終電なくなっちゃって。
男4 うん。
男3 だから、レジからタクシー代もらっちゃいましたよ。
男4 ……駄目だろそれは。
男3 え、でも3000円くらいですよ。
男4 高っ。駄目だろそれは。
男3 でも谷山さんはいいって。
男4 谷山さんはいいんだよ。
男3 なんですかそれ。

   ノック音

男3 お、うわさをすればかな。

   男3が一度はける。
男1と一緒に戻ってくる。

男1 おはよーございます。
男3 おはようございます。
男4 おはようございます。
男1 あー帰りたい。
男3 来た早々なに言ってるんですか。
男4 今日暇ですから。
男1 暇なの?
男3 ですよ。
男1 よっし。とりあえず着替えてくるわ。
男3 うっす。

   男1がはける。

男4 相変わらず来るの早いな。
男3 ですね。今日は誰とかな〜(ト、シフト表を見るそぶり)うわっ。谷山さん可哀想。
男4 うん?
男3 新人とですよ。ちゃんとマネージャー了解取ったのかな?
男4 とっただろ。さすがに。
男3 ですよね。せめてちゃんと来てくれればいいんですけどね。俺今日残りたくないですよ。
男4 明日何かあんの?
男3 まぁ、秋学期はまじめに受けようかと。
男4 春、だめだったのか。
男3 後藤さんこそ、どうなんですか? 単位取りきれてないんじゃなかったでしたっけ?
男4 就活失敗続きだから、もっかい四年やるさ。
男3 就活か〜。来年はそれもあるんだよなぁ。

   男1が降りてくる。適当に着替えている。

男1 あれ。伊藤、もう四年だっけ?
男4 いや、こいつは三年ですよ。
男3 いい加減学年覚えてあげてくださいよ。
男1 何年もここいるとさぁ。下の人間のがいくつかなんて分からなくなるんだよね。
男3 谷山さん、ここ何年目でしたっけ。
男1 んー。もうすぐ、8年かな。
男4 就職しないんですか?
男1 いや〜。するよ。するけどね。
男4 (男3に)と、去年も言ってた。
男3 しないっすね。今年も。
男1 するって。俺はね、このバイトなんて何時だって辞められるんだから。
男3 タバコじゃないんだから。

   ドアチャイム音。

男1 おっと。客か? いらっしゃいませ〜 (と、一度出て)ありがとうございました〜(戻ってくる)おい、カウンターの客、会計したの?
男3 いえ。
男4 まだですけど。
男1 出てったぞ。今。
男3 食い逃げ!?
男4 行きます!

   男4が走っていく。

男1 おお。若いな後藤は。
男3 ですねぇ。
男1 お前のほうが若いだろ。
男3 いや、もう年ですよ。
男1 その台詞を俺の前で言うな。
男3 すいません。
男1 さて、今日は誰かな〜。……高橋? 誰だこいつ。
男3 新人ですよ。
男1 はぁ!? 聞いてないぞ。
男3 あーやっぱり。新人教育、がんばってください。
男1 あのくそマネージャー。辞める。ぜってぇこんな店もう辞めてやる! 今年こそ絶対辞めてやるからな!

   音楽
   暗転

2 身の上話

   音楽
   男2に照明が当たる。
   他の四人は男2を囲むように立っている。そして踊り出す。
   ※男2の出身地は初演時の公演場所路線上。

男2 こんにちはこんばんは、あるいはおはようございます。始めに断っておくと、ここは、とある飲食店。24時間営業で牛のお肉をたまねぎと一緒に煮てご飯の上に載せて提供するという、安さが売りのチェーン店の一つです。カレーも出したりします。そしてこれから始まるのは僕、種橋大輔の物語です。たぶん。
男4 種橋大輔
男3 横浜市港北区出身
男1 性別男。
男5 血液型O型。
男2 高校を出て、とりあえず大学受験のためにという理由で浪人しました。行きたい大学があったわけじゃありません。なんとなく受けようとした大学はありましたが、願書を出し忘れて受けられませんでした。でも、まぁ一年間勉強すればなんとかなるんじゃないかな。そう思っていた4月。さぁ、頑張ろうかな。
男1 でも、今日はポカポカして気持ちがいい。
男2 うん。いい天気。よし、図書館へ行こう。横浜線で桜木町へ。
男1 でもその前にみなとみらいの方をちょっと散策しようかな。
男2 いい天気だしね。
男1 あ、もうこんな時間だ。
男2 よし、明日から頑張ろう。
男1 そして何日か過ぎ、
男2 さ、今日から頑張ろう。まずは参考書だ。
男3 でも、読みかけの小説読んじゃわないとな。
男2 続きが気になっていると勉強に集中できないしね。
男3 そういえば、この本の新刊出てるんじゃないかな。
男2 買ってこなくちゃ。
男3 あ、もうこんな時間だ。
男2 よし、明日から頑張ろう。
男1・男3 そして何日か過ぎ、
男2 今日からは心機一転。気合を入れるよ。
男5 でも、ちょっと部屋がごちゃごちゃしているな。
男2 模様替えして、完全受験モードだ。
男4 でも、これ一日で終わらないぞ。
男2 今日はタンスと本棚整理して、勉強机は明日にしよう。そして、明後日から頑張ろう。
男1・3・4・5 そして、一年が過ぎていた。
男2 何もしないまま過ごすうち、家族の目が気になってきた。このままじゃ引きこもり。いや、ニートだ。そうだ。バイトをしよう。ちょうど募集していたコンビニへ面接に行く。週三日からスタート。働いている間は勉強のことを考えなくて済む。次第に3日が、4日、5日と増えていって、また一年が過ぎた。
男1 なんだかこのままでいいような気がしてきた。
男3 やがて3年が過ぎ、
男4 家族の声が大きくなる。
男5 「お前、これからどうするんだ?」
男3 「大学はもうあきらめて就職しちゃったら?」
男2 うーん。そうだね。どうしようかな。
男1 うっとうしくなって、家を出る。
男2 自立。自立。
男4 1kのアパートで一人暮らし。
男3 バイト先から帰って、寝るだけの暮らし。
男1 空いた時間はゲームをやる日々。
男2 これはこれでいいかなぁ。
男3 そう思ってた。
男5 7ヵ月後。
男4 バイト先がつぶれた。
男2 えぇ〜!?
男1 突然だった。
男3 次のバイトが見つかる前に、
男4 家賃が払えなくなった。
男5 家具を売った。
男1 家電を売った。
男3 何でも売った。
男4 そして、何もなくなった。
男2 種橋大輔
男3 横浜市港北区出身
男1 性別男。
男5 血液型O型。
男3 生年月日
男4 1987年9月20日
男1 本籍、
男5 横浜市港北区篠原東
男3 現住所
男4 不明
男5 職業
男1 不明
男2 何かになりたいと思っていたわけじゃない。何かになろうとしたことも無い。いつの間にか、自分自身何なのか分からなくなっていました。
男1 家(うち)を出て
男3 家(いえ)を出され
男4 今途方にくれて
男5 日暮れて、
男1 夜
男2 疲れて
男3 歩き疲れて
男4 鳴った。
男5 減った。
男1 腹が鳴った。
男2 腹が減った。
男3 見えた
男4 明かりがあった。
男2 おそるおそる入った。
男5 鳴った。
男1 音。

   ドアチャイム音。

男3 「いらっしゃいませ〜 一名様、カウンター席どうぞ」
男4 頼んだ。
男2 大盛りの……サラダセットで。あと、ビール。
男3 食った。
男4 膨れた。
男5 気がついた。
男2 無かった。
男1 鳴った。

   ドアチャイム音。

男3 ありがとうございます。またお願いしまっす。
男2 金が無かった。
男1 そんな、彼の話。
男4 何も無かった彼の話。
男5 情けなかった彼の話。
男2 そんな僕の話。

   音楽。
   暗転。

3 仕事開始。

   込み合った音。
   いらだった電話の声

男1 で? だから、高橋とかいう新人はどこにいるんですか。分からないじゃないでしょ。はぁ? 連絡つかないって、携帯は? 番号知らない? 履歴書は? 本部? 持ってないのかよ……今何時だと思ってるんですか。10分前には店にいなくちゃいけないでしょうが。何でいないんですか? 知らないって、あんたマネージャーだろ。深夜入ったことあるだろ。少なくても、終電終わる時間までは一人じゃきついって分かるだろうが。「分かってます」って。じゃあ何でいないんだよその新人は!?

   男1の前には男2が座っている。
   その反対側には男4がぐったりしている。顔は見えない。
   ドアチャイムの音。
   男3の声がする。

男3 いらっしゃいませ〜。

   男3が顔を見せる。

男3 三名様イートインです。
男1 了解。(電話に)だから、分からないじゃないんだって。どうするのか聞いてるんだよ。
男3 谷山さん。
男1 なに?
男3 あ〜まだかかりそうっすか。
男1 ごめん。ちょっと、もう少し頼む。
男3 終電あるんで、それまでには入ってください〜。
男4 (疲れた声で)ごめん。伊藤。すまないけど、
男3 分かってます。

   男3が消える。

男1 ……きついなら、あがってもいいよ?
男4 でも、伊藤が。
男1 こっちももう終わらせるから。
男4 じゃ、お先失礼します。

   男4去る。

男1 (電話に戻って)とりあえず、探して。見つかっても見つからなくても連絡ください。え、ああ、明日早いんですか? 知らないですよそんなの。じゃ、よろしくお願いします。(電話を切る)ごめんなさいね。ちょっとバタバタしてて。
男2 いえ、そんなことないですよ。
男1 それで、えーっと、
男2 た、種橋です。
男1 たかはし!?
男2 たねはしです。
男1 種橋、さん。免許証とかあります?
男2 いえ。
男1 健康保険でもいいですよ。
男2 その、それも、
男1 住民基本台帳カードとか。
男2 すいません。なんですかそれ?
男1 あれだよ、住基なんたらっていう、あれの。あ……わからないんだったらいいよ。持ってないんでしょ?
男2 あの、すいません。
男1 なんかしら無いですか。身分証の代わりになるもの。
男2 図書カード。
男1 は?
男2 図書カードなら。あの、東神奈川って駅の近くの。図書館あるじゃないですか。そこで、昔作ったカードなんですけど。
男1 昔って。
男2 ……10年位前ですかね。
男1 それ絶対身分証の代わりにならないって分かってて言ってますよね?
男2 はい。

   ドアチャイム音

男3 (声)いらっしゃいませ〜
男1 混んできたか。……じゃあ、とりあえず、警察行く感じでいいですか?
男2 それだけは勘弁してください!
男1 いや、だって、仕方ないでしょう。
男2 それだけは勘弁してください!
男1 いや、だって無いんですよね、身分証。
男2 それだけは勘弁してください!
男1 そういわれても、
男2 それだけは勘弁してください!
男1 だって、
男2 それだけは勘弁してください!
男1 いや、
男2 それだけは勘弁してください!
男1 そ(んなこといっても)
男2 それだけは勘弁してください!
男1 あ(なたね)
男2 それだけは勘弁してください!
男1 ちょ(っとまて)
男2 それだけは勘弁してください!
男1 高橋さん!
男2 種橋です。
男1 種橋さん。いいですか。あなたね、自分何したか分かってますよね?

   呼び出しチャイム音

男3(声) いらっしゃいませ〜。はい、お待たせいたしました。ありがとうございま〜す。380円になります。
男1 ね、これ。(ト、伝票を見せる)
男2 はい。
男1 牛丼の大盛りのサラダセットに、ビール……ビール。で、1280円。食べましたよね?
男2 はい。
男1 で、どうしました?
男2 財布が無くて。
男1 うん。これだけ食べる前にね、普通財布見ると思うんですけど、まぁ、100歩譲って、財布確認を忘れていたと。……だからって逃げること無いですよね?
男2 すいません。
男1 かなり全力だったみたいじゃないですか。
男2 すいません。
男1 で、まぁ普通なら身分証をおいていってもらって後日支払ってもらうんですけど、持ってないんですよね。
男2 図書カードくらいしか。あ、漫喫のカードなら。
男1 じゃあ、携帯で。
男2 ……
男1 え。携帯持ってないんですか?
男2 はい。あの、使わないんで解約しちゃってて。
男1 マジか。参ったなぁ。
男2 すいません。

   呼び出しチャイム音。

男3(声) いらっしゃいませ〜
男1 じゃあ、とりあえず、この伝票の裏に名前と、住所。書いてください。あと家の電話番号。で、いいですよ。

   伝票とボールペンを渡す。

男2 ……
男1 名前と住所。あと家電。ああ、ボールペン書けないですか?
男2 すいません。
男1 いや、謝らなくていいですよ。どこにあったかな。すぐインクなくなるんですよね。
男2 ないんです。住所。
男1 は?
男2 住所も、携帯も。無いんです。職も無くて。

   ドアチャイム音。
   呼び出しチャイム音。

男3(声) いらっしゃいませ〜。はい、少々お待ちください。ありがとうございます。はい。お伺いします。あ、少々お待ちください。はい。ありがとうございらっしゃいませ〜お待ちください。はい。お待ちください。谷山さ〜ん! ちょっと、すいません。お願いします。谷山さ〜ん。

   何かが割れる音。

男3(声) 失礼しました〜。

   ドアチャイム音。

男3(声) ありがとうした〜。少々お待ちください
男2 すいません。なんか、忙しいのに。
男1 種橋さん。
男2 はい。
男1 時間ある?
男2 時間だけはまぁなんとか。
男1 そっか。うん。よし。じゃ、とりあえず種橋さん。
男2 はい。
男1 働こうか?
男2 はい?

   音楽が高まる。
   暗転。

4 悪魔のささやき

   男1が浮かび上がる。

男1 24時間営業の飲食店において、深夜時間帯のアルバイトに求められることは何か? とりあえず、言える事は、笑顔では無いということです。スマイルなんていくらうまく作れても、仕事が出来なきゃむしろイラつきの元。だからどんな不機嫌な顔でも仕事が速ければいい。そう、必要なのは速さ。無駄口はたたくな。体を動かせ。次に出来ることを頭の中で三つ組み立てて優先順位を決めろ。客は最後だ。待たせておけ。呼び出し音が鳴ったときだけ明るい声で言っておけ「はーい。少々お待ちください」これで、3分は稼げる。深夜に来る客なんていくらでも待たせてやれ。むしろ待ちつかれて帰るくらいでちょうどいい。ただし! ヤンキーと酔っ払いには時間をかけるな。すぐに注文をとってすぐに出してすぐに帰らせろ。奴らは怒らせると逆に時間を食う。注文された商品が何を言ってるのか分からなかったら、とりあえず大声で復唱しておけ。こっちで作っておく。以上! 何か質問は?

   明かりがつくと男2がバイト服で立っている。

男2 あの、
男1 あ、帽子逆な。よし。似合ってる似合ってる。
男2 あの、なんで僕はこんな格好を……

   ドアチャイム音

男1 お、客かな。
男3(声) ありがとうございました〜
男1 なんだ。帰ったのか。

   男3が現れる

男3 谷山さん、そろそろいいですか?
男1 おお。大丈夫。
男3 あれ? どうしたんですか、その人。食い逃げの人ですよね?
男1 こいつ? ああ、聞いてくれよ伊藤。こいつが高橋だったんだよ。
男2 え? いや、僕は種は
男1 な、高橋。
男3 高橋って、新人の? 逃げたんじゃないんですか?
男1 うん。だから彼だよ。
男3 え、食い逃げじゃないんですか?
男1 あれ、まかないのつもりだったらしい。
男3 まかない!? 仕事始めてないのに?
男1 仕事入る前に腹へって、で、食ったはいいものの金が無かったと。まぁ深夜バイトしにくるだけなのに財布に大金入れないわな。
男3 でもビール飲んでましたよ?
男1 緊張してたんだと。で、思わず。
男3 うわ〜えらい度胸ですね。
男1 だろ。ということで、お疲れ様。
男3 あ、お疲れ様です。あがりますね。
男1 おう。

   男3が去る。

男1 よし。やるか。
男2 よし、じゃなくて、どういうことですか!?
男1 え? だから仕事をやるぞって。
男2 じゃなくて、この状況ですよ。
男1 だから、高橋君、
男2 種橋です。
男1 いや、君は今日から高橋君だ。さ、頑張ろうな。高橋君。
男2 勘弁してください。食べた分は必ず返しますから。
男1 どうやって?
男2 ……仕事を探します。
男1 住所も無いのに?
男2 なんとか、します。
男1 ならないならない。無理だって。まぁ、実家がこの近くなら? 頼れば何とかなるかもしれないけど。
男2 いえ。実家はちょっと。
男1 頼れないの?
男2 はい。
男1 じゃあ無理でしょ。
男2 でも、なんとかしないと。
男1 一応言っておくけど、給料出すよ。
男2 え?
男1 振込みだけど、口座指定は書類一枚で出来るから。高橋の変わりに働いて、高橋の分の給料をもらえばいいでしょ。あるでしょ? 銀行口座くらいは。ゆうちょでもいいけど。
男2 でも、それじゃ高橋って人は?
男1 どうせ今日バックれたくらいだから連絡なしで辞めるつもりだって。
男2 いや、でも。ばれたら、
男1 何になるんだろう? 詐欺罪? 窃盗? ついでに営業妨害?
男2 めちゃくちゃ犯罪じゃ無いですか!
男1 ばれなきゃいいんだって。ばれなきゃ。
男2 そんなこといわれても、
男1 上の休憩室、寝るには十分の広さあるんだよね。
男2 いや、だからって、
男1 食事は売り上げ誤魔化せば好きなだけ食べられるし。まぁ、メニューはある程度固定だけど。
男2 いや、でも。
男1 調味料を自分で用意すれば、なんと店のメニューには無い裏メニューも作れたり。
男2 いやいやいや。
男1 今なら週に1000円くらい、お小遣いももらえます。それでお風呂に行くなり下着買うなり出来るでしょ。
男2 ……。
男1 とりあえず、騙されたと思って1ヶ月やってみればいいだろ。週7で働けば、まぁ、2〜30万はいくはずだから。
男2 ……
男1 それとも、警察行く?
男2 よろしくお願いします。
男1 契約成立。ん。よろしくお願いね。種橋、いや高橋君。俺は谷山。
男2 よろしくお願いします。谷山さん。

  二人握手
  音楽
  暗転

5 1週間後

   男5がやって来る。

男5 え〜床下の奥、あんまり掃除の手が届かないようなところがね、怪しいんです。そこに穴を開けて忍び込むと、これがねず(み)……奴らの常套手段。ふさいでもふさいでもいつの間にか穴をあけてやってくる。本当あのねず(み)……の奴らはしつこい。まぁ、彼らの活動があるおかけで、こっちも食いっぱぐれないで済むわけですが。とはいえ、駆除してすぐに被害にあっても困るわけで。なかなか気の抜けない仕事ではあります。害虫駆除って奴は。ああ、でも、今年は静かみたいですね。

   明かりがつくと、後ろ向きに立っている男2。洗い物をしている。
   呼び出しチャイム音

男3(声) いらっしゃいませ〜。少々お待ちください。
男2 いらっしゃいませ〜
男3(声) どんぶり帰ります〜。
男2 はい〜。

   男5はあたりを掃除しながら男2に話しかける。

男5 出てないでしょ。ね?
男2 え?
男5 出ますか? 最近。
男2 最近、ですか。
男5 ええ。出ます?
男2 出るんですか?
男5 ほら、あれですよ。ただで飯食ってく。
男2 食い逃げ、ですか。
男5 食い逃げか。ですよね。ただで飯食って、そのまま逃げてく。
男2 まぁ、捕まりましたが。
男5 え?
男2 いえ。
男5 それで、出ますか? やっぱり。
男2 いえ、出てないです。ただ飯なんて。とんでもない。
男5 そうですか。いや、今年は少なくていいですね。
男2 多いんですか? 食い逃げ。
男5 去年あたりはね。ほら、暑かったから。多かったですよ。ただ飯食い。
男2 不景気ですしね。……でも、何で今年は?
男5 まぁ、ひどい目にあうって分かってますからねあいつらも。
男2 ひどい目!?
男5 仕方ないですよね。ただで飯にありつこうって言うんですから。
男2 ど、どんな目にあうんですか。やっぱり、その、こんな?
男5 え? そりゃ基本的にはこうですよね。(ト、蹴り)
男2 蹴り!? いきなり?
男5 蹴るというか、踏むんですよ。
男2 踏む!?
男5 後は、水。
男2 かけるんですか!?
男5 いえ、沈めるんです。
男2 死んじゃいますよ!?
男5 そりゃあ、仕方ないですよね。
男2 仕方ないことですか!?
男5 まぁ、こっちも商売ですから。あ、二階も見てきますね。
男2 は、はぁ。

   男5が去る。

男2 ……実はとんでもない世界なんじゃないかここ。

   男3が現れる。

男3 高橋さん。
男2 でも、仕事無いのも確かだし。
男3 高橋さん。
男2 食と住が揃っているってのも魅力的だしなぁ。これで風呂があればな。
男3 高橋さん。
男2 え? あ、はい。
男3 なにぼうっとしてるんですか。
男2 すいません。
男3 谷山さん、来ました?
男2 あ、いえ。
男3 今日は遅いな。じゃあ洗い物終わったら、バックもお願いします。
男2 あ、はい。

   ドアチャイム音

男3 いらっしゃいませ〜

   男3去る

男2 (ため息)

   男1がやって来る。店の服の上に羽織り。

男1 おはようございます。
男2 あ、おはようございます。
男1 あー帰りたい。
男2 来て早々それですか。てか、その格好で来たんですか?
男1 ちょっと遅れそうだったからさ。
男2 まだ時間まで20分もありますよ。
男1 早いほうがいいだろう?
男2 まぁ、それはそうですけど。
男1 がんばってるみたいだね。種橋さん。
男2 はい。おかげさまで。
男1 ほら、また。
男2 え?
男1 一応今は高橋ってことになってるんだから。種橋って呼ばれても否定しなきゃ。
男2 すいません。(小声で)なら、呼ばなければいいと思う。

   ト、ゴキブリが現れる。
   (初演時はスタッフの一人が仮装)

男1 あ。ゴキブリ。
男2 え? うわっ!(ト、飛び跳ねる)
男1 ばか! 急に動くなよ。逃げられるだろ!
男2 ど、どうすればいいんですか。
男1 いやいや、殺しなよ。
男2 僕が!?
男1 お前の方が近いだろ。
男2 そんなに距離代わらないですよ!
男1 なんだ、お前、ゴキブリ怖いの?
男2 苦手なだけです!
男1 ち、仕方ないな。

   と、男1はゴキブリめがけて走ると男2の帽子をつかんで床にたたきつける。

男2 俺の帽子!
男1 やべっ逃げられた!
男2 何するんですか!
男1 あ。
男2 え? ……あ。

   二人は店のカウンター方向を見る。
   どうやらそっちにゴキブリが行ってしまったらしい。

男3(声)(おっさん風に)ウハー! ゴキブリじゃないか!
男4(声)(おばさん風に)ちょっと! 店員さん!
男3(声)すいません。今、倒しますんで。
男5(声)(ニャン○ュウ)ミーはゴキブリが苦手ニャー。
男3(声) ちょっと失礼します。はい失礼します。この! た、谷山さん!そっち行きます。
男1 よし。(ト、男3の帽子を取る)
男2 帽子はやめてください。
男1 おい、足元!
男2 うわっ(ト、ジャンプ)
男1 飛んでどうする。

   二人の視線の先に男5が現れる。

男1 あ、
男5 フン!

   男5が何かを踏んづける。

男2 うわっ。
男5 ただ飯食いは、いけませんよね。
男1 相変わらず容赦ないですね。
男5 商売だからね(ト、死骸を片付ける)
男1 ご苦労様です。ああ種橋、お前もちゃんと挨拶しなきゃ駄目だぞ。この人のおかげで、うちの店は清潔さを保ってるんだから。おい、種橋。
男5 まぁまぁ、いいから。あれ、上にある傘は捨てちゃっていいのかね?
男1 お願いします。
男5 はいよ。じゃあ、がんばってね。谷山君。
男1 はい。
男5 種橋君もね。

   男5が去る。

男1 お前、挨拶くらいしろよな〜。
男2 一応今は高橋ってことになってるんですけど。
男1 それとこれとは話が別だろ。
男2 えぇ〜。

男3がやって来る

男3 あ、おはようございます。
男1 おはよう。後藤は?
男3 先あがってもらいました。高橋さんいるし。
男1 ああ。よし、代わるよ。
男3 ありがとうございます。
男1 今ショートは?
男3 今日は五目がないです。
男1 了解。

   ドアチャイム音

男1 はい。いらっしゃいませ〜。

   男1が去る。

男3 ふう。
男2 お疲れ様です。
男3 お疲れ様です。てか、それは高橋さんのほうですよ。今日も、朝からですよね?
男2 まぁ。
男3 ちょっとまね出来ないですよ。入ってから1週間くらいでしたっけ? 
男2 まぁ、それくらいですね。
男3 で、今日も朝までですか?
男2 いや、ちゃんと帰って休みますよ。
男3 あれ。家、近いんですか?
男2 まぁ、すぐかな。
男3 そうなんですか。でも、すごいですよね。
男2 えっと、何が?
男3 いや、だってバイト初日の食い逃げからして、不真面目な人かなって思ってたんですけど。
男2 いやぁ。まぁ。
男3 学生なんですか?
男2 え、ええ。その、
男3 どこの大学ですか?

   ドアチャイム音

男1(声) ありがとうございました〜。またお願いします。

   男1がやって来る。

男1 ノーゲスト。
男3 うわっ。いいなぁ。
男1 あれ。お前、終電は?
男3 あ、そうだった。お先失礼します。
男1 お疲れ様。
男2 お疲れ様です。

   男3が去る。

男1 あいつ帰ったらあがっていいから。
男2 大丈夫なんですか?
男1 まぁ、今日は暇だから何とかなるだろ。
男2 すいません。
男1 仕方ないだろ。他のバイトがいるときに寝てたら怪しまれるだろうし。
男2 明日は外で寝ます。
男1 金あるの?
男2 いや、あの、
男1 無いよな。
男2 はい。
男1 じゃあ、いいよ。どうせ明日も深夜俺なんだから。
男2 すいません。
男1 気にするなって。
男2 はぁ。でも、本当大丈夫なんですか?
男1 なにが?
男2 なにがって、こんなことして。
男1 まぁ、ばれたら下手したら捕まるよね。お前。
男2 いや、僕はともかく、

   ドアチャイム音

男1 ああ、客だ。じゃ、休んでな。
男2 あの、谷山さん。
男1 なに?
男2 なんで、こんなにしてくれるんですか?
男1 ん〜。だって、お前金無いんだろ? 家も。仕事も。
男2 はい。
男1 だから。

   男1が去る

男2 答えになってない。

   男2に照明が集まる。

男2 あれから一週間、僕は谷山さんが働いている時間に店員の着替えスペースにダンボールを引いて眠り、谷山さんが帰った後は高橋として働くという生活を続けています。トイレは客と従業員用のを使い、風呂代わりにシンクを借りる。腹が減ったら、店の売り物である牛丼を少しもらう……始める前は無茶な話に聞こえたけれど、なんとなく生活が出来ているから不思議だ。

   男3が顔を出す。私服姿。

男3 あれ? 谷山さんは?
男2 お客様の対応に。
男3 駄目じゃ無いですか。高橋さんも、手伝ってあげなくちゃ。
男2 あ、ああ。そうだね。
男3 じゃ、お疲れ様です。後藤さん、まだ残ってるみたいなんで。
男2 そうなんですか?
男3 清掃の点検するとかで。ま、お先失礼します。
男2 お疲れ様です。

   男3が去る。

男2 何とかなるもんだなぁ。


6 マネージャー来ます。

   と、男5がやってくる。スーツ姿。マネージャーである。

男5 おはよう。
男2 おはようございます。って、あれ?
男5 今日は暇そうだな。
男2 掃除、もう終わったんですか?
男5 掃除って?
男2 え? いや、してましたよね? さっき。
男5 はい?
男2 いやだって、さっき掃除してましたよね?
男5 してないよ。
男2 えぇ!?
男5 ああ、それ、もしかして中野島さんじゃないかな。清掃の。
男2 中野島?
男5 会ったことないけど。いるらしいんだ。俺のそっくりさんが。
男2 そっくりとかそういう問題じゃないと思うけどな……
男5 それより、谷山君は?
男2 あ、前です。
男5 そう。じゃあ今のうちに来週のシフト回収しちゃおうかな。……で、君は?
男2 え、あ。
男5 会ったことないよね? 名前は?
男2 その、高橋です。
男5 高橋!?
男2 はい。
男5 君が!?
男2 あ、はい。
男5 君が高橋だって!?
男2 す、すいません。
男5 良かった〜。
男2 ……え?
男5 辞めてなかったんだね。連絡なしでいきなりだからさ〜。まだ会ってもいなかったから。もうびっくりしちゃったよ。谷山君にもすごい怒られたし。そっか〜辞めてなかったんだ。
男2 あ、はい。まぁ。
男5 どれくらい入ってくれちゃってるの? (と、シフトを見て)お〜結構がんばってるね。すばらしい。
男2 はぁ。
男5 それにしても高橋君さ。
男2 はい。
男5 履歴書とだいぶ顔違うね?
男2 え。

   男1がやってくる。

男1 マネージャー! なにやってるんですか。仕事の邪魔しないでもらえます?
男2 マネージャー!?
男5 してないよ! いきなり失礼だよ。(男2)言ってなかったっけ? マネージャーの藤川です。
男2 はぁ。
男1 で、なにしに来たんですか。
男5 来週のシフトがどんなかなと思って。
男1 ああ。
男5 谷山君に電話したんだけど出てくれないからさ。
男1 マネージャーの番号拒否ってるんで。
男5 なんで!? 後藤君にFAX頼んだら断られるし。
男1 すぐ人に頼むの良くないですよ。
男5 あのね、この店だけじゃないんだよ。俺が見てるのは。
男1 じゃ、用が済んだなら帰ってもらえます?
男5 聞く耳なし!?
男1 働いていってくれるんですか?
男5 じゃあ、高橋君がんばってね。
男2 あ、はい。お疲れ様です。

   男5が去る

男1 まったく。
男2 仲、悪いんですか?
男1 え?
男2 マネージャーさんと。
男1 ああ。まぁね。
男2 いい人そうでしたけど。
男1 社員とアルバイトの確執ってやつ?
男2 ああ。
男1 いい人だよ思うよ。中々こっちの話聞いてくれなくていらっとするけど。
男2 はぁ。
男1 後藤もFAXくらい送ってやればいいのに。
男2 まず電話に出てあげましょうよ。
男1 それはやだ。

   ドアチャイム音。

男1 ま、とりあえず仕事仕事。(ト、去る)
男2 あ、はい。……人間関係大変だな。

   いつの間にか私服の男4が立っている。

男4 マネージャーは?
男2 え? ああ、帰りましたよ。
男4 大丈夫だったんですか。
男2 ええ。なんか谷山さんと口げんか、いや、あれは谷山さんが一方的にって感じだったかな? って感じでしたけど。
男4 じゃなくて。
男2 え?
男4 高橋さん。
男2 僕?
男4 ……お疲れ様です。

   男4が去る。

男2 ……お疲れ様です。え……。

   音楽。
   暗転。

7 バイト病

   音楽
   夕方。大学への通学路。

男3が歩いている。
男4が歩いている。
男3が男4に気づく。


男3 後藤さん。
男4 ん? ああ。伊藤か。
男3 おはようございます。
男4 おはようって時間じゃないと思うけどね。
男3 そうですね。つい。今帰りですか?
男4 ん。ああ。
男3 もしかしてバイトですか?
男4 いや。今日は。
男3 あれ? 珍しいですね。
男4 いや、今週はあんまり入ってないから。
男3 そうなんすか?
男4 まぁ。ああ、そっちは?
男3 今日サークルあるんで。
男4 飲みサーだっけか。
男3 サッカーもしますよ。

   と、男3はふと後ろを振り返るそぶり

男4 どうした?
男3 いや、なんか呼ばれた気がして。「すいません」って。
男4 バイト病だな。
男3 バイト病?
男4 うちの仕事続けてるとさ、たまに聞こえた気になるんだよ。
男3 え、マジですか。
男4 ファミレスなんかにいる時、急にお客さんが入ってくると「いらっしゃいませ」って言いたくならないか?
男3 ああ。時々ありますね。
男4 家の中にいて、皿割っちゃった瞬間「失礼しました〜」って言っちゃったり。
男3 ああ!
男4 そのうち家でシャワー浴びてる間にドアチャイムの音が聞こえてくるようになるぞ。
男3 やばいですよそれ。
男4 俺なんか、「少々お待ちください」って言っちゃったことあるから。
男3 病気ですよそれじゃ。
男4 だから、バイト病なんだって。
男3 怖いっすね。
男4 ま、バイト辞めればすぐ治るさ。
男3 それじゃ当分無理っすね。さすがに今辞められないですから。
男4 そうだよなぁ。辞められないよな。
男3 後藤さん辞める気なんですか?
男4 いや。……サークル行くんだろ?
男3 ええ。じゃ、またバイトの時でも。

   男3が歩き出す。
   男4も歩こうとして。

男4 なぁ、伊藤。
男3 あ、はい? なんですか?
男4 ……いや、何でもない。
男3 はぁ。じゃ、お疲れ様です。
男4 お疲れ様。……あのさ、
男3 はい。なんですか?
男4 やっぱりいいや。
男3 じゃ、お疲れ様です。
男4 お疲れ様。……あのさ、
男3 はい! なんですか?
男4 いや、なんでもないんだ。
男3 いいんですね?
男4 うん。ごめんね。
男3 もう、いいんですね? 本当にいいんですね?
男4 いい。
男3 分かりました。
男4 お疲れ様。
男3 ……お疲れ様です。
男4 ……あのさ!
男3 なんすか! なんですか。もう、気になるんで。聞きますから。何でも言ってくださいよ。
男4 いや、聞かれて困らせてもって思うし。
男3 困りませんよ。大丈夫ですから。
男4 困るね。絶対困る。
男3 困らないですって。
男4 困らなくないね。
男3 困らなくなくないですって。
男4 困らなくなくなくないね。
男3 困らなくな……困りません。
男4 なら……でも、うざがられるのも嫌だし。
男3 むしろ今の状況がうざいですよ。
男4 ほらうざがってる!
男3 今がね! 今が! もう、言っちゃってくださいよ。困ったりしませんから。同じバイトしている仲じゃないですか。
男4 じゃあ、言うけど、
男3 はい。
男4 高橋、が
男3 高橋さん?
男4 いや……もしも、な。
男3 はい?
男4 もしも不正があったとして、それを気づける状況にいる人がいたとして、それで気づいたにも関わらず気づかないフリをするとしたら、それって不正をしていることとなんら代わらないんじゃないかって考えられないか?
男3 え?
男4 俺って法学部だろ?
男3 はぁ。
男4 どうなんだろうって思うんだよね。そういうの。どう思う?
男3 えぇ〜? いや、えぇ〜。そんなこと急に聞かれても。
男4 聞かれても?
男3 意味がよく分からないって言うか、困っちゃうっていうか。
男4 ほら、困るんじゃないか!
男3 いやそういう意味じゃなくて。
男4 嘘つき!

   男4が走り去る。

男3 え〜。 ……後藤さん、法学部だったのか。そりゃ単位も取れないわ。

   男3が去る。

8 二週間目

   男1と男2がいる。男2は足をさすっている。

男2 あたたたた。
男1 ドジだねぇ。どんぶりを足の上に落とすなんて。
男2 落下するのを、身を挺して守ったんですよ。
男1 ドジだねぇ。
男2 でも、割らなかったですから。。
男1 それで怪我したら元も子もないでしょ。
男2 すいません。
男1 まぁ、客が引くタイミングだったからよかったけどね。
男2 ですね。
男1 しかし、恐ろしいくらい平和になったね。
男2 ですね。
男1 ネットで店の悪口書きまくった甲斐があったってものだね。
男2 ですね。……って、そんなことしてたんですか。
男1 冗談だといいよね。
男2 冗談にしてくださいよ。
男1 種橋も、もう、だいぶ慣れたか?
男2 高橋です。
男1 慣れたねぇ〜。これで、ドジしなきゃなぁ。
男2 すいません。

   と、ノック音。

男1 こんな時間に誰だ?
男2 配送ミスでもあったんじゃないですか?
男1 え〜。はいはい。今開けますよっと。

   と、男1はドアを開けに去る。
   酔っ払った男3と共に戻ってくる。男3は空の酒瓶と中身の入った酒瓶を持っている。

男3 お疲れ様でっす!
男1 伊藤……お前、超度胸あるな。
男3 はい! ちょうど、きょう(丁度、今日)の飲み場所が、近くだったので、来ちゃいましたっ。
男1 そりゃご機嫌だなぁ。
男3 ご機嫌です!
男1 こっちは飲めないでバイト中だってのに。
男3 そういうと思いましてですね、じゃじゃーん。(ト、酒を出す)持って来ちゃいましたっ。

   男3は近くに酒を二つとも置く。

男1 おっ。マジで。気が利くなぁお前。て、だから飲めないんだって。
男3 これ、あげるんで二階で少し寝ていいですか?
男1 いや、それは……(ト、男2を見る)
男2 大丈夫ですよ。朝方に寝られればいいんで。
男1 お前、その状態で階段上れるの?
男3 上れるわけ無いじゃないですか。
男1 しょうがないなぁ。じゃあ、寝る場所作ってきてやるよ。ちょっとの間、よろしくね。
男2 はい。
男3 ありがとうございまっす。

   男1が去る。

男3 今、暇ですか?
男2 うん。平和だよ。
男3 よっし、俺、手伝いますよ!

   と、男3は立ち上がるがよろける。

男2 いいからいいから、(ト、男3を支えようとして)いてててて。
男3 (いすに座りつつ)あれ? どうかしたんですか?
男2 ちょっとね。足にどんぶり落としちゃって。
男3 あらら、駄目ですよ〜 そんなんじゃ〜。

   男3は寝る。

男2 寝るの早っ……本当自由だな、ここは。……冷蔵庫にしまっておいてあげよ。

   男2は一つをゴミ箱へ、もう一つを冷蔵庫にしまうため二つとも持つ。
   と、そこへ男4がやってくる。

男4 おはようございます。駄目ですよ、深夜にドア開けっ放しにしてちゃ……って、(ト、じっと酒瓶を見る)
男2 違いますよ。
男4 ……。
男2 いや、違いますって。え、だってねぇ? 無いでしょ? バイト中ですよ。
男4 ……。
男2 素面ですから。完全に、バイトモードですから。(ト、よろける)
男4 ……
男2 いや、今のは違いますよ。あの、どんぶり足に落としちゃって。それでですよ?
男4 わかりました。
男2 分かってもらえましたか。
男4 で、どれくらい飲んだんですか?
男2 分かってませんよね!
男4 思い切り空いてますよね。
男2 これは、伊藤くんが持ってきて、
男4 だからって飲んじゃ駄目でしょう。
男2 飲んでませんって。

男1が降りてくる。

男1 いやいや、寝るとこつくったのはいいけどさ。家に連絡した方がいいかね。って後藤。おはよう。
男4 おはようございます。谷山さん、いくら深夜暇だからって、酒飲んじゃ駄目でしょう。
男1 え? 飲んだの? 誰が?
男4 高橋さん。
男1 え、駄目だろ高橋。
男2 飲んでませんって。
男1 俺が先飲むつもりだったのに。
男2 え〜。
男4 谷山さん。
男1 冗談だよ冗談。で、後藤は何しに来たの?
男4 それ、回収しようと思って。
男1 それ? あ、伊藤?
男4 ええ。「バイト先にいますから」って電話がさっき。
男1 大変だねお前も。
男4 一応大学の先輩でもありますから。ほら、伊藤。帰るぞ。
男3 いやだ。
男4 何言ってんだお前。呼んだのお前だろ。
男3 今日は帰らない。帰りたくないんです。
男4 家泊めてやるから。な。
男3 でも、もう歩けないっすよ?
男1 とりあえず、二階で休ませたら?
男4 そうですね……

   呼び出しチャイム音。

男1 おっと客来てたか。いらっしゃいませ〜。

   男1は去る。

男4 ……
男2 ……二階、連れて行かないんですか?
男4 やっぱり、連れて帰ります。ほら、行くぞ伊藤。
男3 はい。

   男4は男3を背負う。

男4 高橋さん。
男2 なに?
男4 それ以上飲まないでくださいね。

   男4と男3が去る。

男2 だから飲んでないって! なんなんだよ一体。
男1(声)高橋〜、ちょっと来て。
男2 はーい。

   男2は瓶を持ったまま出て行く。

男1(声)お前、何飲んでるんだよ。
男2(声)飲んでませんよ!
男1(声)よろけてるじゃんか!
男2(声)だから違いますって!

   少し雰囲気変わって、

9 たくらみ?

   男5に照明が当たる

男5 高橋くんがバイトに入ってから3週間が経ちました。正直すぐ辞めると思っていたので、続けてくれていたのがびっくりです。ここのバイトは続ける人と続けられない人の差が激しいから困りもので。もたない人は本当すぐ辞めていく感じで。もう来て三日目には連絡がつかないなんてザラなんですね。そのたびに上の人間からはマネージャーの実力不足じゃないかと嫌みを言われ、バイトからは役に立たない人間をなぜにすぐ辞める人間を雇いやがったと嫌みを言われ、もう、正直ボロボロ。社員だってね。お給料もらってたってね。辛いものはつらいんだよ。分かる? この気持ち分かる伊藤ちゃん。

   と、男3が近くに座っている。

男3 はぁ。まぁ。
男5 高橋君もね、だから期待してなかったんだけど。いや、頑張ってくれてるね。
男3 週7ですからね。
男5 伊藤ちゃんもいっちょいっとく?
男3 俺には無理ですよ。
男5 いやぁ、うちの店もしばらく安泰かな?
男3 あ、でも。
男5 でも?
男3 最近後藤さんが
男5 後藤君? あ、確かにシフトあまり入ってないね。珍しい。
男3 なんか最近いつもむすっとして変なんですよね。特に……いや、これはたぶん俺の気のせいなんですけど。
男5 なになに。何が特に、なの。伊藤ちゃん。
男3 いや、たぶん気のせいなんで。
男5 言っちゃってよ。水臭いな。僕と伊藤ちゃんの仲でしょう。
男3 いやいや。どんな仲ですか。
男5 真夜中、二人っきり、同じ場所で、同じ時を過ごす仲じゃない。
男3 単に深夜バイト中なだけじゃないですか! 寒いこと言わないで下さいよ!
男5 寒い? さっき、あんなに激しく暖めあったばかりじゃないか。
男3 レンジものの弁当が集中しただけでしょ! 一人じゃ暖めきれないって言うから! 手伝っただけ!
男5 「もっと暖かくして」っておねだりしてたのに。
男3 お茶がね!? 温いってクレーム来たから。お願いしたんですよね?
男5 燃え上がったあの時も、もう過去のことなんだね。
男3 味噌汁吹きこぼしてね! 軽く炎上がりましたよね!
男5 いっぱい頂戴って、
男3 トン汁一杯!
男5 またお願いしますって笑顔で、
男3 お客さんへのマニュアル対応!
男5 なかなか切り返しが早いねぇ伊藤ちゃん。
男3 そりゃ、深夜一緒に入るたびにやられていれば慣れますよ。
男5 だから伊藤ちゃん好きだよ。谷山君だったら完全に無視するからね。
男3 でしょうね。
男5 後藤君は、なんか可哀想なものを見る目で見てくるし。
男3 俺も正直そんな気分です。
男5 またまた〜。伊藤ちゃんは優しいからそんなことはしないよ。
男3 なんですかそれ。
男5 にしても暇だね。今日は。
男3 ですね。
男5 このところ毎回こんな感じ?
男3 いや、どうですかね。俺も久々なので。たまに遊びに来るともうちょい忙しかったりしてた気がしますけど。
男5 給料日前だからね。
男3 ああ。そういうものですか。
男5 で?
男3 え?
男5 何が特に、なの?
男3 あ、そこ戻るんですか。
男5 うん。後藤くんがなんだって?
男3 いや、なんか俺の勘違いかもしれないですけど。
男5 うんうん。
男3 なんか睨んでんですよね。高橋さんのこと。
男5 高橋君?
男3 なんか、探ってるって言うか。疑っているって言うか。
男5 ふーん。そうか。高橋君かぁ。
男3 いや、だからって高橋さんが何かやったってわけじゃないと思うんですけど、
男5 これ、見方分かる?

   男5はクリップボートを見せる。紙がいくつか張られている。

男3 そりゃまぁ。売り上げ記入用紙ですよね?
男5 綺麗でしょ。数字が。ここのところさ。
男3 大体おんなじくらいなんですね。売り上げって。
男5 次めくってみて。
男3 (ト、捲りつつ)こっちは?
男5 その日の販売数と在庫数の割合。
男3 はぁ。……こっちは割りとばらつきがありますね。
男5 うん。
男3 ……あれ? おかしく無いですか?
男5 なにが?
男3 なんで同じように売れているはずなのに、在庫と販売数にこれだけ変動があるんですか?
男5 さすが伊藤ちゃん。よく気がつきました。
男3 どういうことなんですか?
男5 どういうことだと思う?
男3 え……えっと、実際の売り上げと、在庫数に差があるってことは、実際の売り上げは違っている? 実際は低い……いや、それは無いか。ということはもっと高……え。あれ。もしかして、売り上げが、抜かれているんですか? いや、でもいつからですか? いつから売り上げが並んで……
男5 いつからだと思う?
男3 いや、わからないですよこんなの。
男5 本当に分からないか? 伊藤。
男3 ……高橋さんが、入ってから?

   音楽
   暗転

10 給料日

   男4が浮かび上がる。

男4 学生だからといって、アルバイトは誇りを持つべきだと俺は思うんです。お客様からお金をもらっていることの重みと、会社の名前で商品を提供している責任感を、我々はもっと持つべきじゃないでしょうか? 確かに福利厚生はぜんぜんだし、仕事が増えることは良くあっても、給料が増えることはほとんどありません。それでも、「バイトだから」とか「社員じゃないから」といって適当な仕事をすることは、自らの立場を怪しくするだけでなく、人としての誇りを傷つけることになるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

   明かりがつくと、男1が座っている。

男1 えっと、なにそれ? お芝居のテーマ?
男4 谷山さん、なにか隠していること無いですか?
男1 え? 何かってなに?
男4 高橋さんについて、とか。本当は気づいていて、でも見なかったことにしていることってありません?
男1 高橋? あいつが何かしたの?
男4 ……今日、遅いですね。
男1 そうだねぇ。ま、給料日だからね今日は。買い物でもしているんじゃない?
男4 給料、入ったんですか。
男1 そりゃあ入るでしょ。働いているんだから。
男4 そのままバックレ……とか、ないですよね?
男1 そんなこと出来る奴じゃないだろ。
男4 信頼しているんですね。
男1 そんな大げさな。
男4 店内の掃除してきます。

   男4が去る。

男1 まっずいなぁ。こりゃ。潮時かな?

   と、男2が入ってくる。
   男2は袋をいくつか抱えている。

男2 おはようございます。
男1 おはよう。なんだ、ずいぶん買い込んでるな。
男2 スーツとかワイシャツとか、色々買ったら、こんなになっちゃって。すいません。今着替えてきますんで。

   男2は去る。

男1 (男2に)給料、ちゃんと入っていてよかったな。
男4(声) (客へ)はい。ありがとうございました。
男2(声) はい? 何か言いましたか?
男1 なんにも〜。……スーツ買ったってことは、就活するのか?
男2(声) ええ。今日ちょっと行ってきたんですよ。
男1 どこに〜?

   呼び出しチャイム音。

男4(声) 谷山さん、会計お願いします。
男1 おっと。はいはい〜 ありがとうございます〜。

   男1が去る。
   男4が箒を持ってやってくる。
   あたりを掃く。
男2が降りてくる。店員の格好。
準備をしながら男4を男1だと思って話す。

男2 あれですよ。ハローワーク。いや、でもなかなか見つからないものですね。というか人の熱気がもうすごくて。人酔いしちゃいましたよ。で、仕方ないから駅でタウンワーク見つけて。そしたらなんかいい感じの見つけたんで、さっそく電話して明日行ってみようかと(ト、やっと気づく)……おはようございます。
男4 就職活動ですか。
男2 うん。まぁ。
男4 辞めるんですね。ここ。
男2 まぁ、はじめから長居するつもりは無かったって言うか。
男4 最低でも2ヶ月。
男2 え?
男4 それが一応バイト募集のときの条件のはずですけど。
男2 あ、そうだっけ? 知らなかったな。
男4 急にやめたい理由でも出来たんですか?
男2 いや、そういうわけじゃ……。
男4 高橋さん。
男2 はい。
男4 俺ね。許せないんですよ。「バイトだから」って言葉。
男2 はぁ。
男4 アルバイトって、元々ドイツ語で「労働」の意味なんですよ。なんだか学生とか本業のかたわらにする仕事のことみたいに考えられてますけど、というか俺だってそんな感じですけど。でも俺たちだってちゃんと労働者なんですよ。正社員に比べて賃金は低いし、うちなんて福利厚生全然ですけど。でも、労働して、その対価として賃金を得ているのには変わりはない。特に僕らなんてお客様からお金をもらう一番の現場にいるんですよ。その俺たちが、バイトだからって手を抜いたり、なぁなぁでやったり。良くないと思いませんか。
男2 谷山さんみたいにですか?
男4 いや、あの人は手の抜けない人だから。
男2 でも、いつも「帰りたい」って言ったり、
男4 口では言いますよ。でもあの人は手を抜かない。仕事は早くから来てきっちりやって、時間通りきっちり終わらせて帰って行く。社員よりも仕事が出来て、でも社員より給料が低い。なのに辞めない。ちゃんと労働をしているアルバイトなんです。
男2 ……そうかなぁ。
男4 たとえば、こんなことがありました。
男2 こんな?

11 回想シーン

   数ヶ月前。
   声とともに男3がやってくる。

男3(声) (客に)ちょ、ちょっと待ってくださいよ! お客様。そっちはちょっと駄目なんですよ。 (助けを求めるように)後藤さん!
男5 だから店長に合わせろって言ってるだけだろうが。
男3 だから勘弁してくださいって。ちょ、後藤さん!
男4 (男5に)どうしました?
男5 あんたが店長さん?
男4 いえ、自分はバイトですけど、
男5 店長を出せよ!
男4 あの、申し訳ありません。店長は不在でして。
男5 だったら電話で呼べばいいだろ!
男3 すいません、他のお客様もいますので、もう少しお静かに(お願いします)
男5 だからこっち来てやったんだろ!?
男4 あの、何があったんですか?
男5 ああ? これだよ、これ。

   と、男5が右手の親指を見せる。

男4 えっと?
男5 見たら分かるだろ! 
男4 えっと?
男5 ほら、ここだよここ!
男4 えっと……
男5 かかったんだよ! 卵が。どうしてくれるんだ? これ。
男4 ……え?
男5 だから、かかったんだよ。卵が。
男4 卵がですか?
男5 そう言ってるだろ。どうするんだよ、これ。
男4 えっと……伊藤、お前(がかけたの?)……
男3 違いますよ。この人、自分でかけたんですよ。
男5 お前のとこの卵が簡単に割れるのがいけないんだろ!
男4 それで、その、
男5 どうしてくれるんだ?
男4 卵をですか?
男5 どうしてくれるんだって言ってるんだよ!
男4 とりあえず、卵はお取替えしましょうか?
男5 そういうこと言ってるんじゃないんだよ!
男4 では、あの、一体?
男5 だから、どうしてくれるんだって言ってるんだ!

   と、男1がやってくる。

男1 おはようございま〜す。あー帰りたい。あれ? どうしたの?
男4 谷山さん……
男5 あんた、店長か?
男1 え? いいえ? どうしたんです?
男5 とりあえず、あんたでいいから店長を呼べよ。
男1 店長ですか? いや、もう寝てますよ今の時間。
男5 だったら起こせばいいだろ!
男1 まぁ、起きればいいですけど。

   と、電話をかけ始める。

男4 谷山さん。いいんですか?
男1 え? なにが?
男4 店長呼んでも。
男1 仕方ないでしょ。呼んでくださいって言われてるんだから。……やっぱり出ないな。寝てますよ。
男5 じゃあ、もっと上を呼べばいいだろ!
男1 呼ぶのはいいですけど、何があったんですか?
男5 見れば分かるだろ!
男1 はぁ。
男4 卵がかかったんだそうです。
男1 え、伊藤お前(がやったの)
男3 俺じゃないですよ!
男1 え、じゃあ……伊藤が?
男3 違いますって!
男5 割れたんだよ! あんたのとこの卵が勝手に!
男1 あ〜そうですか。申し訳ありません。ごくたまにあるんですよ。そういうこと。
男3・4 え?
男1 あれですよね。手に持って、割ろうと思った瞬間に、ぱりんって感じですよね。
男5 そうだよ。
男1 本当に申し訳ありません。安い卵使ってるから、殻が弱いんです。だから、家の卵と同じ感覚でいると割れちゃうんですよね。今回の場合みたいに持った瞬間割れちゃったりなんて良くあるんですよ。お召し物、汚れませんでしたか?
男5 あ、ああ。それは大丈夫。
男1 とりあえず、布巾お持ちしますね。まだ手をつけられてないようでしたら、お食事全て取り替えさせていただきますが、よろしいですか?
男5 ああ。
男1 商品の管理が行き届いておらず本当に申し訳ありませんでした。今回の御代は結構ですので、とりあえず、お席でお待ちいただけますか? あ、カウンター席、テーブル席どちらですか?
男5 テーブルだよ、あそこの。
男1 では、ご用意させていただきます。さ、とりあえず、お席へ。
男5 ああ。

   男1と男5去る。
   すぐ男1は戻ってくる。

男1 (男3に)オーダー同じものもう一つ。よろしくね。
男3 あ、はい。

   男3が去る。

男4 谷山さん、その、
男1 良かったよね。あんまり怒ってなくて。
男4 ありがとうございました。
男1 じゃ、俺着替えてくるから〜。

   男1が去る。


12 真面目な人

男4 さらっと、やるべきことをやれる。それが労働者として正しい姿だと思います。
男2 すごい適当に対応しているようにしか思えなかったけど、とりあえず、後藤さんが谷山さんを尊敬していることは良く分かりました。
男4 だから、高橋さん。
男2 はい。
男4 売り上げ、抜いた分はレジに戻しておいた方が良いですよ。
男2 え?

   男1が戻ってくる。

男1 お、高橋、準備できたか。
男2 あ、はい。
男1 よーし。じゃあ、後藤、あがっていいよ。
男4 はい。
男2 あの、後藤、君。今のってどういう?
男4 今日、マネージャー来るんですよ。知ってました?
男2 マネージャーが? 何でですか?
男4 何でだと思います?

   男4は去る。

男2 もしかして、ばれたんですかね。
男1 うーん。どっちかな。
男2 どっちって何ですか。
男1 うん? あれだよ。高橋の正体がばれたか、銀行の振込み変更がばれたか。
男2 どっちにしろアウトじゃ無いですか!?
男1 ま、とりあえず、マネージャー来るまでは分からないから。働きますか。
男2 そんな余裕無いですよ。
男1 落ち着きなって。
男2 だって、ばれたら、逮捕ですよ? 間違いなく刑務所ですよ。
男1 大丈夫だって。面会には行くから。
男2 それ、ぜんぜん大丈夫じゃないですよね!?
男1 まぁ、悪気があったわけじゃないし。俺からもマネージャーに謝ってるから。
男2 元はといえば、谷山さんにそそのかされたんですよ僕は。
男1 でも、やると決めたのはお前だろ?
男2 それはそうですけど。
男1 だったら、今更じたばたしない。ね? 先のことはともかく、今は仕事だよ仕事。
男2 谷山さん。
男1 まだ何かあるの?
男2 売り上げ、レジに戻しておいた方がいいってどういうことですか?
男1 なにそれ?
男2 分からないですけど。後藤さんが僕に、売り上げレジに戻しておいた方がって。僕、お金関係はぜんぜん触ってないんですけど。なにか勘違いされてるんですかね?
男1 そうだね。勘違いしているんだと思うよ。何か。

   ノック音。

男1 マネージャーかな? ドア、閉まってたみたいだね。
男2 勘違いなんですよね?
男1 ドア、開けないと。放っておけば、後藤君があけてくれるだろうけど。
男2 勘違いなんですよね?
男1 うん。勘違いだよ。誰かのね。

   ノック音が大きくなる。
   やがて時計の音に。
   暗転

13 取調べ

   男1と男2が浮かび上がる。
   それはかつての映像の再現。

男1 で、まぁ普通なら身分証をおいていってもらって後日支払ってもらうんですけど、持ってないんですよね。
男2 図書カードくらいしか。あ、漫喫のカードなら。
男1 じゃあ、携帯で。
男2 ……
男1 え。携帯持ってないんですか?
男2 はい。あの、使わないんで解約しちゃってて。
男1 マジか。参ったなぁ。
男2 すいません。

   ドアチャイム音。

男3(声) いらっしゃいませ〜
男1 じゃあ、とりあえず、この伝票の裏に名前と、住所。書いてください。あと電話番号。で、いいですよ。

   伝票とボールペンを渡す。

男1 名前と住所。携帯の電話番号。ああ、ボールペン書けないですか?
男2 すいません。
男1 いや、謝らなくていいですよ。どこにあったかな。すぐインクなくなるんですよね。
男2 た、高橋です。
男1 は?
男2 高橋なんです。僕、ここのバイトの。
男1 高橋だと〜!?

   明かりがつく。
   男4 男3 男5が立っている。
   男2は項垂れている。

男1 と、まぁ、ちょうど忙しかったし? バイトが来たのなら働かせちゃえと、そう思ってしまったわけです。俺としては。
男5 谷山君、そんな簡単に信じちゃ駄目でしょ普通。
男1 すいません! まさか、すぐばれそうな嘘をつくなんて思ってなかったもので。逆に信じちゃって。
男5 まぁ、逆にね。
男1 逆に。
男3 そりゃそんな嘘つくとは思わないですもんね。
男4 確かに。
男1 いや、でも俺のミスです。申し訳ありません。
男5 いやいやいや、そんな。まぁそうだよね。予想は出来ないよ。うん。一応、表向きは頑張っていたみたいだし?
男4 ですね。
男5 谷山君と一緒に入っている時も、まじめに働いているように見えたんだよね?
男1 ええ。真面目でした。高橋が……いや、そうか。高橋じゃないんでしたね。えっと。
男5 君、名前はなんていうの?
男2 ……種橋です。
男1 あ、そういう名前だったんだ。
男4 種橋?
男5 似てるねぇ。
男3 ひらがなにしたら一字違いですね。
男5 種橋君。なんで、こんなことしたの?
男2 僕は……。
男4 まずは所持品をチェックした方がいいんじゃないですか。
男3 所持品?
男4 彼の分の、鞄と財布、あと、スタッフルームに置いてある荷物あたりは最低。
男5 どういうこと?
男4 色々荷物を持っていましたから。他にもこの店から何か……。
男5 なるほど。えっと、じゃあ見てくるので、彼、帰さないようにね。
男4 はい。

   ドアチャイム音

男1 入客みたいですけど、どうしましょう。俺行きましょうか?
男5 お願い。
男1 了解です。(遠くへかけるように)いらっしゃいませ〜。

   男5は去る。

男2 谷山さん、
男1 ……(去りつつ)いらっしゃいませ〜お伺いします。

   男1が去る。

男2 谷山さん!
男4 大声を出さないでもらえますか。客に聞こえちゃうんで。
男3 なんか強盗の台詞みたいですよ。
男4 今更あの人になに言うつもりですか?
男3 谷山さんも可哀想に。裏切られちゃって。
男4 それで、種橋、さん。
男2 なん、ですか?
男4 レジからいくら取りましたか?
男2 ……なんのことですか?
男3 無くなってるんですよね。レジから。毎日少しずつ。
男4 正直、騙して働いていたことより、そっちの方が問題なんです。
男2 なんですか、それ。
男3 誤魔化さなくていいですよ。
男4 全部分かってることなんで。
男3 ちょっとずつ、売り上げ誤魔化していたんですよね?
男4 でも、在庫数と照らし合わせれば分かるんですよ。上手くごまかしたつもりかもしれませんけど、そう簡単に売り上げを抜くなんてできないんですよ。
男3 仕事に慣れてないうちから駄目ですよ。そんなことしちゃ。
男2 なんのこと言ってるんですか。
男4 とぼけるな。
男2 とぼけてないですよ! なんなんですか! 僕がなにしたって言うんですか! 僕は、ただ、ただ……
男4 ただ、なんですか。
男2 僕は、ただ、食べちゃったから、働かなくちゃって!

   男1が顔を出す。

男1 おい。ちょっとやかましいぞ。お客さんがびっくりするだろう。
男4 すいません。
男3 静かにしろってさ。あ、谷山さん、手伝いましょうか?
男1 え。本当? 助かるなぁ。大丈夫?
男3 大丈夫です。
男2 谷山さん……
男1 よーし、じゃあ今日も頑張ろうっと。
男2 谷山さんっ!
男1 ……えっと、種橋、くんだっけ?
男2 あなた、なんですね?
男1 いい加減観念した方がいいと思うよ? 嘘は駄目だよやっぱり。嘘はさ。しかも盗みまでなんて。嘘つきは泥棒の始まりっていうけど、両方やっちゃ駄目でしょうよ。嘘ついて、しかも盗みまでってねぇ。
男2 なんで、こんなことを? 信じてたのに。
男1 昔から言うでしょ。ただより高いものは無いって。
男2 谷山!

   男1に掴みかかろうとする男2を男3と男4が止める。

男4 暴れるな!
男3 ちょっと、暴力沙汰とか勘弁してくださいよ。
男2 谷山!
男4 やめろって!
男3 暴れちゃ駄目ですって!
男1 まぁまぁまぁ。落ち着きなって。ね? 何とかなるから。きっと。
男2 なんで、なんでだよ。なんで……

   男2が力を抜く。
   と、男5が顔を出す。
   中野島である。

男5 おはろぉー。今日も清掃に来ましたよ……っと、何かあったのかい?
男4 いえ。べつに。
男3 何も無いですよ。
男1 今日も元気ですね。
男5 まぁねぇ。元気がとりえだから。ね。谷山くんも、元気?
男1 ええ。もちろんですよ。
男5 後藤君に、伊藤君も、元気みたいだね。
男4 はい。
男3 あ! そういや、マネージャー、上にいますよ。
男5 おお。私のそっくりさんね。今日こそご対面かな。
男3 絶対びっくりしますから。ね?
男4 腰抜かして階段転げ落ちないでくださいね。
男5 それは楽しみだ。……えっと、君は、種橋君だったよね? 元気かい?
男2 ……お疲れ様です。
男4 え?(ト、気づく)
男3 いや、実は違うんですよ。
男5 違う?
男3 この人高橋じゃなくってですね、
男5 だから、種橋君でしょ?
男3 え、いや、そうなんですけど。……あれ?
男5 さ、じゃあマネージャーさんに挨拶してこようかな。
男4 ちょ、ちょっと待ってください!
男3 ストップ! 中野島さん止まって!
男5 えぇ!? 会っちゃ駄目なの?
男3 そうじゃなくて。
男4 なんで、中野島さんが、彼の名前を知ってるんですか?
男2 え?
男5 だから種橋君なんでしょ?
男4 はい。そうですけど。
男5 だって、谷山君が呼んでたからね。
男2 あ……
男3 え? いつですか?
男5 こないだここに来たときに。
男3 こないだ? 誰が?
男5 そりゃ私が来たときに。
男4 誰が呼んでたんです?
男5 だから、谷山くんが。
男3 谷山さん?
男4 谷山さんって? なんで?

   視線が男1に集まる。

男1 ……ほら、何とかなった。

   音楽
   暗転

14 幕間

   男2が浮かび上がる。

男2 それから、谷山さんは全てを話した。前から売り上げを懐に入れたいと思っていたこと。でも、その勇気がなかったこと。僕と言う存在があれば、売り上げを盗んだとしても罪を擦り付けられると思ったこと。売り上げは、盗んだものの、懐に入れる勇気もなくて全てとっておいたこと。金額は合計にして10万ほどだった。マネージャーの藤川さんは、頭を下げる谷山さんを苦笑いとともに許していた。谷山さんに謝られるのが珍しすぎて怒る気にならないのだそうだ。後藤君と伊藤君は僕に謝ってきたけど、僕としては謝られる理由があまり無いので申し訳なかった。騙していたことには代わりないのだから。

   男1が歩いている。
   男4が追いつく。

男4 谷山さん。
男1 ああ。後藤。お疲れ。どうしたの。店は?
男4 マネージャーと伊藤に任してます。
男1 おいおい。堂々とサボりかよ。
男4 うそなんですよね。
男1 うそ?
男4 売り上げ盗んでたのも。たか……種橋さんに罪をなすりつけようとしたことも。
男1 ……
男4 嘘ですよね。かばってるんですよね。谷山さんがそんなことするわけ無いですよね。
男1 それで、なんて答えて欲しいの俺に。
男4 谷山さん。
男1 どれが嘘なんて分からないよ。お前に言ってることの何が嘘で何が本当かなんて、そんなこと一々考えながら話してないし。
男4 なんでこんなことしたんですか。……こんな、犯罪みたいな事。マネージャーが許してくれなかったら、捕まっててもおかしくないんですよ。種橋さんのことだって、事情はあったのかもしれないですけど、なにも騙すこと無かったじゃないですか。こんなの谷山さんらしくないですよ。
男1 お前にとって俺は何なんだよ。
男4 先輩ですよ。
男1 どんな人間だよ。
男4 尊敬できる、バイトの、
男1 しなくていいんだよ尊敬なんて。
男4 でも、俺に仕事を教えてくれたのは谷山さんで、
男1 それだけだろ。それだけなんだよ。バイト先のちょっと仕事を教えてくれた割と年上の人間。それだけなんだよ。それだけでいいんだよ。
男4 でも、
男1 重いんだよそれ以上は。カツがれても困るんだよね。任されきっても窮屈なんだ。何かって言うと頼ってくるけどさ。でも俺バイトなんだよ? 社員じゃないんだよ? 適当にやりたいんだよ。何でだめなの。
男4 ……バイトだって、責任はあると思います。
男1 だったらそれはお前が背負ってみろよ!
男4 ……
男1 ……ほら、早く店戻らないと。責任あるんだろ?

   男1は歩き出す。
   男4は男1に背を向ける。

男1 俺はさ、後藤。なににもなりたくなかったんだ。
男4 バイト、辞めないですよね?
男1 ……辞めないよ。いつだって辞められるんだから。
男4 辞めさせませんからね! 絶対。嫌でも責任負ってもらいますから!(ト、去る)
男1 ……なんだよそれ。

   男1が去る。
   男2がスーツ姿で話し始める。

男2 次の日、僕は面接へ向かった。信じた僕も、裏切られた僕も全て過去の僕にするために、僕は新しい場所へ行くべきだ。そう思った。何になりたいとも、何かになろうとも思うことのなかった僕は、初めて、何かになってやりたいと今思っている。

   椅子が用意される。
   男2は座る。どっしりと。

15 面接結果

    あたりが明るくなる。
    男1が現れる。

男1 で、やっぱり駄目だったと。
男2 やっぱりじゃありません。面接始まった瞬間に、「あ、これ駄目だな」って思いましたから。
男1 駄目だったことには変わらないよ、それ。
男2 まぁ、そうですけど。

   ドアチャイム音

男3(声) いらっしゃいませ〜
男4(声) はい、おまたせいたしました。ごゆっくりどうぞ〜。
男1 しかし、なんで受けに行くかね、ゲーム会社なんて。
男2 好きですから、ゲームが。
男1 デバックくらいしか出来ないだろ。
男2 ええ。だから、そっち系で。
男1 それで断られるって……
男2 僕はRPGがやりたかったんですけど、戦国格闘アクション物か、戦国シミュレーションしか作ってないって言うから。
男1 なんでそんなとこ行くよって話しだろ。……ま、お疲れ様。
男2 また挑戦しますよ。
男1 そうしな。
男2 はい。
男1 ……で、なんでお前店に来てるの?
男2 帰るとこないからですよ。働くところも。働かせてくださいよここで。
男1 いや、……いいの?
男2 なにがですか。
男1 いや、だって、俺、一応騙していたわけだし。
男2 ああ、それですか。
男1 恨んでるだろ。
男2 まったくうらんでないかって言ったら嘘になりますけど。でも、……もういいんです。
男1 ……なんでだよ。
男2 ……だって、よく考えてみたら谷山さん、助けてくれたじゃ無いですか。
男1 は?
男2 食い逃げなんかした僕のこと。
男1 あれは、お前を利用しようとしたからだよ。
男2 でもあの時、谷山さんはまだ売り上げを抜き取ってなんかいなかったじゃないですか。もしかしたらもう計画していたのかもしれないけれど、実行はしていなかった。だから、あのときの僕はただ、お金も仕事も家もない、なにものでもなかった。なのに、あなたは助けてくれた。だから、もういいんです。
男1 ……重いなぁ。どいつもこいつもさぁ。
男4 は?
男1 馬鹿だろ。お前。
男2 はぁ。
男1 そんなんだから就職できないんだよ。
男2 それは谷山さんも同じだと思いますが。
男1 俺はいいんだよ。俺はね、就職しようと思えば出来るんだから。このバイトだって何時だって辞められるんだよ。()ト、煙草に火をつけようとする
男2 そんなタバコみたいに言わないで下さいよ。
男1 ……やめようと思えばいつだってやめられるんだよ。
男2 じゃあ、今から禁煙しましょうよ。
男1 (誤魔化すように)ま、じゃあ就職するまで当分よろしくだな。
男2 あ、はい。
男1 よし、右手を出せ。
男2 はい?
男1 握手だよ握手。今度は対等な立場でスタートするわけだからな。
男2 はぁ。

   男2が右手を出す
   男1がその右手に封筒を握らせる。

男1 とっておけ。
男2 なんですかこれ?
男1 本当は就職できた時のお祝いとおもったんだけど。ま、適当に使えよ。
男2 ……なんなんですか、この金は!
男1 ちょろまかしている売り上げがあの程度だと思ってた?
男2 まさか、これも?
男1 これで、共犯だな。
男2 いやいやいやいや! ちょっと! まずいでしょ絶対!
男1 うそだようそ。俺の給料から出してるの。
男2 本当でしょうね?
男1 どっちだと思う?
男2 いやいやいやいや! 冗談ですまないですよ!?

   音楽 あせる男2
   男3が姿を見せると封筒をあわてて隠す。
   反対側から男4が来る。さらにあわてる。
   男5が掃除をしにやって来る。
   挨拶する四人。
   またいつものように仕事が始まる。
   いつかどこかへ行くことを夢見て。

あとがき
劇団AKIO第三回公演の台本です。
参加者が男たちばかりと言うこともあり、非常に苦しまされた作品です。
バイト先でのお話と言うことで、
色々詰め込もうとしたけれどそれが出来ているかどうか少し疑問。
な、お話となっています。
「飲食店でバイトするとその飲食店に行けなくなる」
なんて言葉を昔よくしたものですが、果たして今はどうなんでしょうね?

最後まで読んでいただきありがとうございます。