Dream line
――Final Version――
人物
千夏(ヒメ)
母
ルギ
アキ
ユイ
ジュン
ボン
暗転
音響→ドアを叩く音
母 「千夏、千夏、いい加減ここを開けなさい。父さんも、あたしも、みんな心配しているのよ」
千夏「心配なんてしなくて良いわよ。いいからほっといて」
母 「なに言ってるのよ、アキちゃんが留学する事の、何がそんなに気に食わないの?」
千夏「母さんにはわからないわよ」
母 「言ってくれなきゃ分からないじゃない。……アキちゃん、今日もお見舞いにきてくれたのよ」
千夏「アキなんて知らない」
母 「なに言ってるのよ。千夏。アキちゃんはあなたの親友でしょ」
千夏「うるさい。いいのよ、もう。いいからほっといてよ!」
音響FI→(台詞始まりには、音を小さく)
照明→上手サス
舞台上にはヒメが一人座っている。
千夏(ヒメ) ゆっくりと目を開く
ヒメ「やっと逃げてこれた……。私の場所へ。喧騒からは程遠い、永遠の静寂の場所」
ルギ 下手より登場(ゆっくりとサスに入る感じで)
ルギ「こんばんは、ヒメ」
ヒメ「ルギ……今日も来たのね」
ルギ「なんだか、冷たいなヒメ。もしかして僕は招かれざる客ってやつ?」
ヒメ「……同じ言葉を何度言えば、あなたは消えてくれるの? ルギ、私はあなたを呼んだことはないわ」
ルギ「なのに僕はここにいる。ヒメが作った世界の中で、唯一ヒメが作らなかった存在として。なぜだろうね?」
ヒメ「……あなたが、悪魔だから?」
ルギ「そうかも知れない。悪魔は人の心の隙間に入り込むからね。
……ヒメの心は隙間だらけだ。夢の世界に逃げてばかりで、現実にはなんにも無い
虚構で作られた世界にいる。隙間というより、空っぽ」
ヒメ「……私には、私の世界だけあればいいのよ。何度も言わせないで」
ルギ「ヒメ……全てが変わらないままでいると思うの?」
ヒメ「……どういうこと?」
ルギ「ヒメが生きる現実のように、僕らの世界が変わらないとでも思っているの?」
ヒメ「変わるわけないじゃない。私が、変わる事を願わないのに。これは私の世界なのよ?」
ルギ「どうかな? すでに変わり始めているじゃないか世界は。
僕が、ヒメのそばに現れるように。ヒメが信じる世界は、本当に永遠なのかな」
ヒメ 俯く(自分の考えに自信がないように)
ルギ「確かめて、見る?」
ルギ ヒメに手を差し出す
ヒメ ルギを見上げ、その手のうえに手を合わせる
照明→舞台上を紅く
音響 音を高める
照明→暗転
ルギ&ヒメ下手へ退場
○ ボンの家(夜)
照明→白&オレンジ(人の家って感じを出す)
アキ 下手から登場。石のそばに立つ。
アキ 「さて、予告状は書いた。ポストがからってことは、ボンさんはそれを見た。と、言う事はお兄ちゃんもそろそろ現れるはずなんだけどなぁ」
ジュン 上手から登場
拳銃を持ったまま入って来てアキに拳銃を向ける
アキ 固まる
ジュン 間を置いてから
ジュン「窓OK! ……ドアOK! よし、怪盗アキはまだ来ていないみたいだ。入っていいぞ」
ボン 上手より登場
ボン 「いやぁ、お前がいると、本当頼りになるよ」
ジュン「任せておけ。今度こそ、怪盗アキのやつを捕まえてやるからさ」
ボン 「なんてこというけどさ。お前、今度失敗したら、何度目だ?」
ジュン「まだ今日は失敗してないだろうが。……えっと、確かこの間盗まれた『黄金の入れ歯』で、通算30勝、125敗だな」
ボン 「笑顔で言うなよ。そんな成績じゃ相撲取りだって引退考えるぞ。だいたい、
30勝って言ったって、ほとんどは初めのうちだけで、しかも三十勝なんて、
まるで勝ったみたいに言うけど、アキを捕まえた事は一度だってないじゃないか」
ジュン&ボン無声演技
ジュン(俺が悪いのかよ、俺が)
ボン (そりゃそうだろ)
ジュン(お前だって悪いだろ?)
ボン (何で俺が悪いんだよ。お前のせいだろ、全部)
アキ 「やっぱりユイの魔法は凄いや。いくら外だからって、こんな近くにいるのに二人とも
気付かないなんて……でも、これで盗みに入っても、面白くないしなぁ」
アキ 聞き耳を立てる
ジュン「いや、でもな。あいつ一人だったら、もう捕まえているはずなんだよ。きっと誰かが裏で手を貸してるからだな」
ボン 「でたでた。またお前の共犯説かよ、もうそれは聞き飽きたよ」
ジュン&ボン無声演技
ジュン(俺を信用しろよ)
ボン (誰がだ。できるわけ無いだろ?)
ジュン(んな事言ってもよぉ……)
アキ 「さすがにお兄ちゃんも気付いてるのか……ユイに手を借りるのも考えものか」
ジュン「大体お前こそ、何度も宝を盗まれるくせに新しい家宝を用意するんじゃないよ」
ボン 「うちには家宝が山ほどあるんだよ。ママンが金持ちだったからね」
ジュン「んじゃ、一つや二つ盗まれたぐらいでがたがた言うなよ」
ボン 「一つや二つじゃねえだろ! そんなこというと、もう警察なんて頼まないぞ。
森に住んでるあの、ユイとか言う魔法使いの方がよっぽど役にたちそうじゃないか」
ジュン「ユイだぁ? アイツは止めとけ。きみのわりぃ奴だ。だいたい、魔法なんてねえって」
ジュン&ボン無声演技
ジュン(だから俺を信じろって)
ボン (信じていいの? お前を)
ジュン(大丈夫だから。信じてくれよ)
ボン (しょうがねぇなぁ)
アキ 「あるんだなぁ、これが。ここにいるのがばれないのも、その魔法のお陰なんだよ
お兄ちゃん♪ ……そうだ、今回はあれ試してみよ」
アキ 下手へ退場
ボン 「まあ、ユイに相談するのはまだ悩んでる段階だけどさ。いい加減しっかりしてくれよ、ほんと。今回の家 宝も盗まれるわけにはいかないんだから」
ジュン「わかってるさ。んで、今回の家宝はなんなの?」
ボン 「ああ、これよ、これ」
ボン 大道具(上手石)の上に載せられた包みを指差す。
ジュン 包みを解く
ジュン「これ? なにこの、こ汚い本」
ボン 「聞いて驚くなよ。これがかの有名な、『ナポレオンの辞書』だ」
ジュン「ナポレオンの辞書だぁ? お前、それ騙されただけだろ」
ボン 「何言ってるんだよ。ほら、本当に不可能の文字が無いんだよ」
ジュン「……本当だ……こりゃ、お宝だな」
ボン 「だろ? だからこうして、布をかけてだな、置いてあるわけだ。それで、これが予告状」
ジュン「どれどれ……なるほど、確かに日付は今日、怪盗アキのサインもある。アキのやつめ、
今度こそ捕まえてやるからなぁ」
ボン 「お前の意気込みは結構なんだけどよ、警備の方はどうなってるんだ?
なんか、今日はやけに静かな気がするんだが」
ジュン「まかしとけ……といいたい所なんだがなぁ。部下がいっせいにストライキを
初めてな。全員スクラム組んで、署から動かないんだ。だから、俺一人」
ボン 「何やってんの、お前」
ジュン「仕方ないだろ。俺嫌われてるから」
ボン 「だろうなぁ」
ジュン「まあ、アキぐらい俺一人で捕まえてやるさ。安心してろ」
音響CI→犬の遠吠え(?)(何回か続く)←舞台袖からかけた方が効果的。
ボン 「安心しろって言ったって、たった一人で何ができるんだよ……ジュン?」
ジュン 急にそわそわして
ジュン「あ、俺、ちょっと急用思い出した」
ボン 「え?」
ジュン「すぐ戻る!」
ジュン 上手へ退場
ボン 「たく、まったくお前は昔から……ジュン(怒)」
ボン 上手へ退場
アキ 下手から登場 片手にラジカセを持っている
アキ 「ふふふ。やっぱりお兄ちゃんは犬が苦手なのね。チワワに吼えられて動けないとこを見たときは
まさかと思ったけど……さ、後はどこかに隠れていて……って、あれ?
なんだ、ボンさんったら辞書こんな所においてって。まったく、しょうがないなぁ。盗んじゃうよ」
アキ 辞書に近寄って、手に取る
アキ 「これがナポレオンの辞書……ボンさん。家宝は確かに受け取りましたよ。
今夜もまた、この怪盗アキのためにご苦労様」
アキ 笑って辞書があったところにラジカセを置いていく。(包みをかぶせて)
アキ 「ささやかながらお土産を。気に入ってくれるといいんだけど」
アキ 下手へ退場。
ボン&ジュン上手より登場
ボン ジュンの首根っこを掴んで連れてくる。(やっと捕まえたというように)
ボン 「なんだって、犬の鳴き声程度で逃げ出すんだよ」
ボン ジュンをほおり投げる。
ジュン 起き上がりながら
ジュン「うるさい。あの四足歩行生物の怖さを、お前は知らないだけだ……ん? そういや、お前辞書は?」
ボン 「ああ、それならあそこに……って、あれ?」
ジュン「お前なぁ、辞書がラジカセに化けるか?」
ボン 「んなわけないだろ! ナポちゃ〜ん? どこいったんだい?」
ジュン ラジカセをいじくって
ジュン「あれ? おいボン。なんかテープが入ってるぞ」
ボン 「テープ?」
ジュン「ああ」
ジュン ラジカセに近寄って、スイッチON
音響CI→犬の鳴き声(ラジカセでそのまま流す)
ジュン「う、うわああ」
ジュン 逃げ出す
ジュン「け、けして、消して」
ボン 「まったく、お前はよぉ」
ボン スイッチOFF
音響CO
ボン 「どうなってんだ?」
ジュン「…………そうか! 俺が犬を苦手だと知って……やるなぁ、アキ」
ボン 「感心している場合かよ。結局またやられちまった……」
ジュン「あれ? もう一個カセットが入ってるぞ?」
ジュン スイッチオン
照明 暗転&上手下手サス。
アキ下手より登場
ボン&ジュン ラジカセを見ている。
アキ 「月の光はこよい今宵も私を導いてくれる。欲にまみれた輝きの元へ。私はその輝きをいだき抱き、
天へと返そう。……人は私を闇夜の狩人アキと呼ぶ。……警部、
確かに宝はちょうだいいたしました。それでは、good night警部&ボンさん
よい夢を」
アキ 下手へ退場。
照明→全照
ジュン「あのやろ……ここまでやるかぁ」
音響CI→(ボン「ふっ」のあとから)
ボン 「ふ(疲れたように笑って) もういいよ。もういいよ、どうでも」
ジュン「……ボン?」
ボン 「結局家宝は盗まれるし、もう、なんかどうでも良くなっちゃったよ」
ジュン「ボ、ボン、今日は飲もう! な、そんなくよくよするなよ。明日があるさ♪ って言うじゃないか」
ボン 「そりゃ、お前にとっては所詮人事だもんな。なんとでもいえるよな」
ジュン「そりゃ、そうなんだけど」
ボン 「ああん?(怒)」
ジュン「いや……いいから飲もう、今日は付き合うからさ。ホラ、たって」
ボン 「んなこといったって、お前酒飲めないじゃんか」
ジュン「飲むから飲むから。ほら、しっかりしろって」
ジュン&ボン上手へ退場
照明 暗転
音響高める→
5秒内に、舞台の大道具チェンジ
照明 上手サス
○城からの道
ルギ上手から登場
音響小さくする
ルギ「さ、ヒメ足元に気をつけて。こっちだよ。さあ」
ヒメ上手から登場
ヒメ「何故、こんな暗い道を行かなければならないの?」
ルギ「道が暗いのは、この道をヒメが作らなかったからだよ。ヒメは、夢の中でも世界にあからさまに
干渉しようなんて思わなかったからね。だから、ヒメは城の上から何でも見渡せる位置に
座っていたんだろう? この世界に唯一ある城の姫君として」
ヒメ「それがいけないの? 夢の世界ですら私は普通でいなくちゃいけないの?」
ルギ「そんなこと、僕は言ってるつもりはないよ」
ヒメ「(悔しそうに)……この道は、どこまで続くの?」
ルギ「ほら、ヒメが作ったはずの世界なのに、ヒメには分からない事が出来ている。
ヒメが願えばいいだけでしょ? 道の終わりを。何故、それが出来ないの?」
ヒメ「……先に、何があるというの?」
ルギ「行ってみないと分からないよ。初めから決められている物なんて、ないんだ。
自分で決められるものなんて、何もね。さ、行こう」
ヒメ 俯きながら、ルギに引っ張られていく
ヒメ&ルギ上手へ退場(大道具の石をぐるっと一蹴するように)
音響FO
○町外れ(朝)
照明→(紅ベース)朝だと分かる色
アキ 下手より登場
アキ 「はぁ。それにしても簡単だったなぁ。今日も変わらずに星の輝きが私を導いてくれたから、かな。
……でも、いい加減夜ばっかりに活躍するのも問題だよね、肌だってあれちゃうし。
今度は朝に盗みにいこうかなぁ」
音響CI→ボンのテーマ
ボン 上手より登場(教科書を広げている)←制服を着ている
音響FO
ボン 「新渡戸稲造『武士道』か。……待てよ、この親父、どこかでみたことがあるぞ。
デジャブ? いや、絶対に俺はこいつを見た事がある……だれだ、新渡戸。
お前は誰なんだ……」
アキ 「ボンさん、おっはぁ」
ボン 教科書から目を離し
ボン 「ん? なんだ、アキじゃないか。どうしたんだ? こんな時間に」
アキ 「え? あ……え、えっと。タイヤキ! タイヤキ買おうと思って」
ボン 「だからってなんでこんな時間に?」
アキ 「ほら! 凄いおいしいタイヤキやさんだから、売り切れちゃうんだよ」
ボン 「ああ、そうなのか」
アキ 「そんな事より、残念だったね」
ボン 「なにが?」
アキ 「家宝、盗まれちゃったんでしょ」
ボン 「何でお前がそんなこと知ってるの?」
アキ 「え!…………あ、ほら、うちのお兄ちゃん警部じゃん」
ボン 「ああ、そうかそうか、知ってて当然だよなぁ……まぁ、怪盗アキの奴に家宝盗まれたのは凄く悔しいんだけど」
アキ 「だろうねぇ(笑)」
ボン 「まぁ、怪盗アキの奴には勝手にやっててもらおうかなって思ってるんだ」
アキ 「えぇ!?」
ボン 「俺はそのうちに学問を究めようと思ってね」
アキ 「……ど、どうしちゃったのボンさん。あなたお金持ちの一人息子のはずでしょ? なんで勉強なんて」
ボン 「お金は知識に勝てない。そうやっと気付いたんだ。怪盗アキに出し抜かれるのも、
いつも知識が足りないから出しな。だから俺は大学をまた受けようと思ってね。
勉強する事にしたのさ。というわけで、俺、勉強あるから」
アキ 「……だから、その恰好?」
ボン 「ああ。物事には形からっていうからな。じゃ、俺は勉強があるからこの辺で」
アキ 「でも、ボンさん」
ボン 「なんだよ」
アキ 「その制服、中学のだよ?」
ボン 「ブレザー嫌いなんだよ」
アキ 「あ、そうなんだ……でも似合って(ない)」
ボン 「ストップ」
アキ 「え?」
ボン 「そのあとは言うな。言わなくても分かる。分かってるよ(嬉しそうに)」
ボン下手へ退場
アキ 「分かってたんだ」
ジュン「ボン〜〜」
ジュン上手から登場走りこんでくる。(半酔い?)
ジュン「ボン! おい、ボンまてよ。あっと(近くの石にすっこける)……畜生!
動くなよ!(拳銃を突きつける)よーし、そのまましてろよ」(石へ)
ジュン 何かを探すように懐をあさって
ジュン「公務執行妨害で逮捕だ。……あれ? 手錠……手錠は?」
アキ 「……お兄ちゃん、大丈夫?」
ジュン「ああん? な、アキじゃないか。何でお前こんな時間に、こんな所にいるんだよ」
アキ 「え!? ……えっと、たこ焼き買おうと思ってさ」
ジュン「たこ焼き? こんな朝早くからご苦労さんだな。んじゃ、俺はボンを追いかけてるから」
アキ 「ああ、そうだ。一体どうしたの?」
ジュン「どうしたもこうしたもない! いつものように、怪盗アキに家宝を盗まれた反省会をやっていたんだ。
今回は酒ありでな」
アキ 「お酒? お兄ちゃんお酒は嫌いなんじゃなかったっけ」
ジュン「飲まなきゃやってられなかったんだよ。ままいいから聞け。そうすると、
ボンがいうんだ。『警部、俺はもうつかれたよ。なんだか、凄く眠たいんだ』
だからな、『なにいってるんだボン。次があるさ』っていったんだよ」
アキ 「ほうほう」
ジュン「するとあいつがな『これからはやっぱり学力だよ。うん。俺、決めたよ、俺大学行く』っていってな、いきなり走り出しやがった」
アキ 「それで、ボンさんが心配になって追いかけてきたと」
ジュン「なにいってんだ。あいつ、勘定俺に任せていきやがった。くそ、あんにゃろぜってぇ捕まえてやるからな」
アキ 「お兄ちゃん、なんかふらついてるよ、随分酔ってるんじゃない?」
ジュン「俺は酔ってねえよ全然。ちょっと気持ちが悪いぐらいさ」
アキ 「絶対酔ってるって、それ」
ジュン「うるさい、邪魔するなよ」
ジュン 歩こうとしてふらつく
ジュン「あ〜ダメだ、気持ち悪ゥ」
アキ 「あ、大丈夫。ホラ、肩貸すから、あっちで少し休みなよ。……どうなってるの?」
アキ ジュンを連れて上手へ退場。
照明→暗転
音響CI(ユイのテーマ)
(スタッフはこの時舞台をチェンジ)
○ユイの家(お昼)
照明→全照(青ぽい色ベース)
下手よりユイ登場。石(大道具)の上に鍋があると仮定して、それをかき混ぜている。
ユイ「鼻歌」
音響FO
アキ上手から登場
アキ「ユイ〜〜〜!!」
叫びながら、アキ、ドアを開けるしぐさ。そのまま中に飛び込んでくる
ユイ振り返る
ユイ「どうしたの、アキちゃん」(笑顔)
アキ「……すいません、家間違えました!」
アキ、蒼白(驚きすぎて固まる)になって、上手へ一度退場する。
ユイ、不思議そうに
ユイ「またどうぞ」
ユイ鼻歌
アキ 住所を確認しながら、恐る恐るといった様子でドアをあける。
アキ「あのぉ」
ユイ「はい、どうぞ」
アキ「しつれいしまーす。……あの、ユイは?」
ユイ「だから、なによアキちゃん、さっきから」
アキ「…………ユイ?」(ユイを指差す)
ユイ「そうだって言ってるでしょ」
アキ「魔法使いの?」
ユイ「そうよ」
アキ「この世界の全てを知っているという?」
ユイ「ええ」
アキ「いつも杖を持っている?」
ユイ「ここにあるわよ」
アキ「私の友人の?」
ユイ「もちろん」
アキ「…………男の?」
ユイ「いや、それは違うわ」
アキ「ユイなの?」(声、震えている)
ユイ「(ニコリと笑って自身を指して)そう、ユイ」
アキ「あんたこの間まで男だったでしょぉぉ!!」
詰め寄るアキにユイは動じずに笑って
ユイ「やあねぇ。別に、男か女かなんて関係無いじゃない。遺伝子上のXかYかなんて、私の美しさにかかれば、無いも同然よ」
アキ「ついてたものはどうしたのよ!」
ユイ「あんな物、魔法でちょちょいっとね」
ユイ笑いながら、スープ(?)をよそってアキに差し出す
ユイ「まあ、そんな事より、まだ外は寒かったでしょ。ほら、スープでも飲んで温まって」
アキ「うん……(スープを一気に飲む)はぁ……胸はどうなってるの?」
ユイ「ああ、これは、大量ホルモン摂取でね」
アキ「変なところだけ科学的なのね……まあいいわ。ちょっと、いや、
かなりびっくりしたけど。前からユイってどこかそっちのけありそうだったし、
予感はしてた。うん、大丈夫。大丈夫よ私、ガッツ」
(自分を励ましてから、コップを差し出す)
ユイ コップを受け取り、笑顔でまた鍋をかき混ぜようとする
アキ「スープありがと。なんかふしぎな味ね。何でダシ取ってるの?」
ユイ「別に、大した物入れてないわよ。ただ、お肉の有効利用をしなくちゃと思って」
アキ「有効利用?」
ユイ「ええ。取っちゃった肉も、捨てるとなると勿体無くて」
アキ 瞬間固まる
アキ「と、いうと……もしかして、このスープは(ユイの体を見る)……うっ」
ユイ「なによ失礼ね、こんな所で吐かないでよ」
アキ「だ、だって。(吐きそうにしながら)あんた、なんてもの入れるって言うか、人に食べさせるのよぉ(涙声)」
ユイ「夕食の残りのお肉ばっかり入れたスープの何がそんなに嫌なのよ」
アキ「へ?」
ユイ「別に、そんな変な味はしないと思うけど」
アキ「なんだぁ……よかった……」
ユイ「まったく、一体なんだと思ったのよ」
アイ「そりゃあ、……って、言えるわけ無いでしょ、そんな事!」
ユイ「変なアキちゃん。それで? 今日は一体なんのようなの?」
アキ「あ、そうそう。忘れるとこだった。ユイに聞きたいことがあってきたのよ」
ユイ「なんでも聞いて良いわよ。この美と知識をつかさどる司る妖艶なる魔女ユイに答えられない物は無いわ」
アキ「……なんか、またナルシスト度が進行してない?」
ユイ「そんなことないわよ。ただ、だんだん理解してきたのよ。私という存在の美しさを、ね」
アキ「え、えっとね。ユイにも関係しているかも知れないんだけど。なんか、世界の人が変なの」
ユイ「世界の人が変? 私は別にまともだけど?」
アキ「でも、ユイだってこの間までは男だったでしょ。それでね、今日ボンさんにあったんだけど」
ユイ「ボンってあのお金持ちの?」
アキ「そう。お金持ちで、毎回私に何か盗まれるはずだったボンさん。あの人、今日あったらがり勉になってたの」
ユイ「がり勉って、鉢巻締めてるような?」
アキ「そう。『必勝』なんてかかれた鉢巻して。それで、そのあと、お兄ちゃんに会ったんだけど」
ユイ「お兄ちゃんって、ジュン? あの、警部の」
アキ「うん。お兄ちゃんお酒嫌いなはずなのに、酔っ払っててね。それで、ユイのところに来たら、ユイは女になってるし」
ユイ「ただの偶然でしょ?」
アキ「でも、今まで私たちの世界が変わることなんてあった? 私はずっと怪盗で、
ユイは時々助言を与えたりする魔法使い、そういう役だったでしょ。それに、最近じゃない。
ユイが、へんに自分の事美しいって言い出したりしたのも」
ユイ「つまり、この世界に変化がおとづれているって言いたいわけね、あなたは」
アキ「そう、そういうこと」
ユイ「……でも、そうなると考えられる事は一つしかないわね。私の美しさは別として、
ボンが、がり勉なったり、ジュンが酔っ払いになってたなんて事を考えると」
アキ「それは?」
ユイ「ヒメに何かが起こったって事よ。あの(といって前方を指す)山の上にある城から、
私たちを見ているヒメにね」
アキ「何かって何?」
ユイ「そんなの聞かれたって分からないわよ。最近あまり外の事なんて見てなかったし」
アキ「ほら、やっぱり変だよユイ。前は、世界中を見ていて、いつもいろんな事を知ってたのに」
ユイ「だって、この世の中に私より美しい物がいないって言うのに、
私以外を見ているなんて、つまらないし、時間の無駄でしょ?」
アキ「……それで? ヒメは今何をしているの?」
ユイ「さりげなく無視したわね? いま」
アキ「何のこと?」
ユイ「まあいいわ。ちょっと待って。今、この鏡に映し出してあげる」
ユイ手鏡を取り出す。
下手側で鏡を覗き込むユイ(鏡の背は観客)に、アキは近づく
ユイ「鏡よ、鏡のなかに眠りし精霊よ(マジ)この世界で(口調変わって)
一番美しい物は? (トーンを変えて)『それは貴方です』やっぱりぃ。
まったく、鏡も上手いんだ・か・ら?」
アキ 無言で殴る(チョップでも可)
アキ「殴るよ?」
ユイ「殴ってるじゃない。……分かったわよ、真面目にやるわよ。
そんな怒らないでよアキちゃん。ただ、突然覗き込んだ鏡の中に、
あんまりにも美しい人がいたから、つい見惚れちゃっただけ」
アキ「はいはい。それで」
ユイ「(咳払い)鏡よ。我が力により、望みの場所を移したまえ。
この世界の創設者であり全てを眺めし者、ヒメはいずこに?」
照明下手半分暗く、上手明るく
(上手サスを広めにしてもOK)色は緑?
アキ&ユイはストップモーション
ヒメ&ルギ上手から登場
ルギ「ほらヒメやっぱり世界は変わり始めているだろう? ボンの家が取り壊されている。
彼は一体、これから何になるつもりなんだろうね?」
ヒメ「悪魔であるあなたが、ボンを変えたの?」
ルギ「さあ? でもヒメ。このままがよくないことは、ヒメだって気付いていただろ?」
ヒメ「何がよくないっていうの?」
ルギ「そりゃあヒメがいる場所は、とってもゆるやかで、それこそ平らみたいな川の中だよ。
だけど、、川は少しずつ流れつづけているじゃないか。川岸に引っかかったままのヒメを残して」
ヒメ「……よくわからないわルギ、それじゃダメなの?」
ルギ「……確かに留まったままの水は日に暖められて温かくって、とても気持ちが
いいものだけど、流れつづける水は、たとえ冷たくても、日々新しい景色を
見ているんだよ?」
ヒメ「それでも……」
ルギ「水の温かさに騙されているとね、ある日突然気付く事になるんだよ。
周りには自分の知っている人がいなくて、居心地の良かった場所はいつの間にか、
よどんだ瞳の魚達のすむ、寝床になっていることに」
ヒメ「……変わらなくちゃ、いけないっていいたいの?」
ルギ「そうだよ。ヒメは変わることができるんだから。流れつづけなきゃいけないんだよ。
大丈夫。僕がついているから」
ヒメ「私は……」
アキ突然顔を上げて
アキ「ダメだよヒメ、変わっちゃダメだよ!」
照明→暗転
ルギ&ヒメ上手へ素早く退場
照明→全照
ユイ「あ……あぁあ、急に大声出すから、消えちゃったじゃない」
アキ「ダメだよ、変わっちゃ」
ユイ「アキ?」
アキ 何か決心したように上手へ向かう
アキ「ありがとうユイ。何で、こんな世界になったのか分かったよ」
ユイ「ええ、でしょうね。それで? どこへ行くの?」
アキ「あの、悪魔だって言うルギを倒す。そして、ヒメに言うの『変わらなくても大丈夫だよ』って」
ユイ「ヒメは変わりたくないのかしら?」
アキ「あたりまえじゃない。ヒメは変わりたいなんて思ってないわ。
ただ、今はルギにそそのかされているのよ」
ユイ「……なんで、そんな事があなたにわかるの?」
アキ「だって……だって、私は変わりたくないのよ。ヒメがこの世界の創設者なら、
私達はヒメの心の一部。その一人である私が変わりたくないって
思っているんだから、ヒメも、きっとね」
ユイ「……そうかもしれないわね。私は手伝えないけど、がんばってね」
アキ「何か予定でもあるの?」
ユイ「ええ。これから、大切な人とディナーの約束があるの」
アキ「ええ! だれ?」
ユイ「わ・た・し」
アキ「(ため息)じゃ、じゃあいってくるね、ユイ」
ユイ「いってらっしゃい」
アキ 上手へ退場
ユイ 手を振ってアキを見送ってから
ユイ「変わりたくない、か。……アキちゃん。あなた、キザな台詞の怪盗役だった
のに、いつの間にか台詞が普通になってるのよ……きっと気付いてないだろう
けど。今この世界は変わり始めたんじゃなくて、変わっていることに気付き
始めただけなのかも知れない……さ、食卓の準備しなきゃ。待っててね♪ 私」
ユイ 下手へ退場
ルギ&ヒメ上手より登場
ルギ 「そういえばヒメ、お腹がすかない?」
ヒメ 「夢の中でもおなかってすくのね……」
ルギ 「不思議だよね。ちょっとまっててよ、ここに知り合いがいるんだよ
……あまり会いたくないやつなんだけどね」
ルギ チャイムを押す真似。
音響CI→(チャイム)
ユイ 下手より登場
ユイ「はいはい、いま出まーす。まったく。せっかく食事しようとしていたのに。一体誰よ」
ユイ ドアを開けて
ユイ「あらぁ、ルギ、お久しぶり」(嬉しそう)
ルギ「ユイ……相変わらず元気そうだね」
ユイ「元気? そんなことないわよ。このごろ胸ができたせいで肩こりがひどくって」
ルギ「聞いてないよ、そんな事」
ユイ「あらそう? そんなことより、今日はどうするの? お食事にきたのかしら? お風呂に入りに? それともぉ」
ルギ「それ以上いうなら、消す」
ユイ「なによルギ。ヒメの前だからって遠慮する事はないのに」
ルギ「ヒメがいる事を分かっているなら、馬鹿な事をするんじゃない。……何か、食べさせてもらえ無いかな」
ユイ「ええ、もちろんいいわよ。魔女の私はあなたのしもべ。何をするのもあなたの自由。何をするのも自由だから〜」
ユイ いいながら、下手へ引っ込む。
ルギ「ヒメ、彼はああいう奴だから、ちょっと濃いキャラだけど気にしないでね」
ヒメ「知っているわ。彼女も私が作ったのだから」
ルギ「か、れ、でしょう? だけど、あんな性格だったのかな、初めから」
ヒメ「……」
ユイ 下手から戻ってきて
ユイ「はい。スープしかないけど、どうぞ」
ルギに受け渡した後で
ユイ「そういえばルギ。アキが探していたわよ」
ルギ「アキ? あの怪盗の? なぜ?」
ユイ「ヒメの迷いに関係あるみたいよ」
ルギ「ヒメの?」
ルギ ヒメを見て
ルギ「そうか……彼女もまたヒメの一部……すると彼女は……。(スープを返して)ありがとう、ユイ。アキの所へいってみるよ」
ユイ「飲まないの?……そう。じゃあがんばってね?」
ユイ 抱きつこうとするが、それをルギは避ける。
ルギ ヒメからカップを受け取りユイに渡しながら
ルギ「消すよ」
ユイ「もう、照れちゃって。かわいいんだから♪」
ユイ 上機嫌で下手へ退場。
ルギ 頭を軽く振って。
ルギ「行こう、ヒメ」
ヒメ「……あれも、私の一部……」
ルギ「気にしちゃダメだよ、ヒメ。人の心が映す姿はいつだって実際よりも
誇張されるんだからさ。……誰だって自分が可愛い。それだけのことだよ」
ルギ ヒメを慰めるようにしながら、
二人上手へ退場。
○警察署前の公園(夕方)
照明→紅ベース
音響CI→
ジュン&ボン上手から登場
音響FO
ボン 「えっと。今の総理が、やめそうだけど森だよなぁ」
ジュン「(うさんくさそうに)まぁ、そうだな」
ボン 「んで、その前は、死んじゃった小淵さん」
ジュン「ああ、死んじゃったなぁ」
ボン 「んで、その前は、忘れがちだけど、橋本さん」
ジュン「そういや、そんな人もいたよなぁ」
ボン 「そんでその前が……えっと、誰だったかなぁ。ほら、眉毛のフサフサとした」
ジュン「眉毛がフサフサ? ……あぁ、村山だ!」
ボン 「そう、村山だよ、村山」
ジュン「……って、んなこと覚えて、なんの役に立つんだよ」
ボン 「なにいってるんだ。大学行くために決まってるだろ」
ジュン「大学ねぇ」
ボン 「そうだよ。お前も勉強して、大学入りなおせ。いっしょに、ベンチャーでもやろう。
どうせ、もう警察やる気無いんだろ?」
ジュン「そりゃ、お前ん家を守るくらいしか仕事がないからなぁ。お前が家宝うっぱらっちゃったら、
もう転職するしかないだろ……でもなぁ。知識なんて役にたつのか?」
ボン 「たつさ」
ジュン ボンの持つ教科書を奪って。
ジュン「日清戦争は?」
ボン 「1894年」
ジュン「広島原爆投下」
ボン 「1945年」
ジュン 教科書を閉じる
ジュン「んじゃ日本の今日の株価は?」
ボン 「今日? う〜ん、なんだったけなぁ。ニュースでやってたんだけど」
ジュン「なんでだよ……今週のナンバーズの最終予想」
ボン 「んなのわかるかよ」
ジュン 教科書を下手に投げる
ジュン「……やっぱりダメだな、知識なんて。んなもんもってあったって役にたたない。
これからはやっぱり、運と小手先。これっきゃないって。いっそ、
薬でも売ってだなぁ。闇の世界で頂点目指す」
ボン 「甘いなぁ。あれは掴まった時に払うツケが多すぎる。それに、社会的に抹殺されるからな」
ジュン「なるほど。さっすが、考える所が違うな」
ボン 「賭け事って言うと、やはり典型的なものとして、麻雀」
ジュン「麻雀?そんなのは結局退廃的な遊びでしかないよ、つまらないし」
ボン 「んな事言っても、一度いい手が出ちゃったら止められないぜ」
ジュン 石(大道具)を引き寄せて座る
ジュン「いい手ねぇ だからって、四人で卓を囲んでだよ? 『あ、それポンです』なんて、みみっちくやってるのはなぁ」
ボン 「確かに、あれでタバコ吸うとすごい事になるからな」
ジュン「やっぱり、平和的に、賭け事は自転車だよ」
ボン 「だから、そこが違うんだって。何でそこで競輪に行くんだよ。馬の方が絶対面白いって」
ジュン「馬ぁ? 大の大人が何で、たまの休日に馬の尻なんて追っかけなくちゃならないんだよ」
ボン 「そういう風にいうからへんに思うんだよ。競馬はね、言うなれば、ロマンなんだなぁ」
ジュン「ロマンねぇ。ロマンって言ったら(パチンコの手つき)こっちでしょ」
ボン 「パチンコぉ? なに言ってんだ、下手なくせに……って、きてるじゃん」
ジュン「え? (パチンコの台を見つめるように)」
ボン 「きてる、きてる、きてるよ!」
ジュン「え? なに? なにこれ?」
ボン 「ダメだよ、ほら早く玉入れてって、何でそんなちんたら撃つんだよ終わっちゃうだろ! ほらどけ」
ジュン「ぐあ……」
ジュンその場に突き飛ばされる。
ボン 「ゲンさ〜ん!!!!」
ジュン「誰がげんさんだってーの」
ボン 「たく、お前がちんたら撃つから、ゲンさんがご機嫌斜めじゃないかよ!」
ジュン「知るかよ! いったぁ……」
ボン 「………ご感想は」
ジュン「最悪。もう二度と、パチンコなんてやるか。起こしてよ」
ボン 「わかったよ」
アキ上手から登場
アキ 「お兄ちゃん!」
ボンとジュンを交互に見て
アキ 「こんな所で、何しているの? それも男二人で…………まさか」
ジュン&ボン 顔を見合わせて互いに離れる
ジュン「ちがうぞ」
アキ 「ユイが男をやめて女になったように……お兄ちゃんは……」
ジュン「違うって!」
ボン 「うわ、やだぁ」
ジュン「お前が押し倒したりするから話がややこしくなるんだろ!」
アキ 「ええ! じゃあ、ボンさんの方が……」
ボン 「違う違う。俺は、まとも」
アキ 「俺はってことは……」
ジュン「だ〜から、ちがう! ……それで、なんの用だ?」
ボン 「出来ちゃったんだよ」
ボン、ジュンの肩を叩く
ジュン「お前は黙ってろ」
ボン 「そろそろつわりが厳しい時で」
ジュン「だ〜から、お前は黙ってろって。それで?」
アキ 「あ、そうそう。お兄ちゃんに力を貸してもらおうと思って」
ジュン「俺の力?」
ボン 「決まってるだろ? 子作りは一人じゃできないからさ」
ジュン「いい加減にしろよ? お前」
ボン 「……はい」
アキ 「あの、ルギを倒すために力を貸して欲しくって。お兄ちゃんは、拳銃も持っているし」
ジュン「ルギ? って?」
アキ 「悪魔のルギよ。ヒメをたぶらかして、この世界を変えようとしているの」
ジュン「ヒメ様をか? この世界をおつくりになった?」
アキ 「そう」
ジュン真剣な顔で、アキの肩を叩いて
ジュン「……いいかい、悪魔なんてものは、この世にはいないんだよ。
子供みたいな空想にふけるのはいいが、それが実際にあることのように触れ回ったら、
それはただの妄想だぞ」
ボン 「大人はいつもそう言って不思議な存在を誤魔化すんだよな」
ジュン「失礼な。いないものはいないだろう」
アキ 「……魔法使いはいても? というか、この世界が何でもありでも?」
ジュン「そんなこといっても、俺は会ったこと無いからなぁ」
ボン 「まるでサンタはいるかと聞かれた父親のようだぞ」
ジュン「サンタねぇ……(子供に言うように)サンタはいるよ、君が良い子にして
いればちゃんとプレゼントをくれるさ。だからね、
お父さんの言う事を聞いて、早く寝ようねぇ」
ボン 「はい……何て言うわけ無いだろ! やな大人」
ジュン「うるさい」
アキ 「とにかく、ルギを倒すために力を貸して欲しいの」
ジュン「う〜ん、残念だけどなぁ。実は俺、もうデカじゃないんだ」
ボン 「そうそう」
アキ 「え?」
ジュン「な〜んか、正義を振り回して歩くのも疲れちゃってさ。というより、警察って、今流行じゃないじゃん?
不祥事ばっかり起こしてるせいでちょっと事件を解決したって、
むしろ犯人より疑わしそうな目で見てくるし。娘の情操教育上も良くないし。
……思い切って、ボンと組んで、健全に、賭博で儲けようかなと思ってさ。まあ、
ボンが金持ち辞めたのが直接の原因なんだけどねぇ」
アキ 「……お兄ちゃんって、もう娘がいるんだ……」
ボン 「そこが驚くポイントなのか?」
ジュン「設定ではね」
アキ 「設定では?」
ボン 「そう。コロンボ警部の奥さんみたいな物だよ。いるんだけど、でてこないの。良くあることさ」
ジュン「お前が説明するなよ」
アキ 「でもボンは? 大学行くんじゃなかったの?」
ボン 「いや、そうおもってたんだけどさぁ。俺馬鹿じゃん。俺のレベルじゃ進学しても
良いことないし。ジュンと組むのも良いかなぁ、なんて。ん、ちがうな、
……賭博で儲けるっていう社会勉強をしようとしているところなんだよ」
ジュン「お、いいねぇ、それ。社会勉強か。んじゃ、俺も今社会勉強中ってことで」
アキ 「お兄ちゃんも、もう変わっちゃったんだ」
ジュン「そうかなぁ? まあ、ただ職業を変えただけで、
俺の中は特に変わってないと思うがね。例えるなら、FF5でジョブチェンジを
したとしても中身は変わっていないような、いくらいい奴の役をつけられた
としても、やな人間が急に変わるわけが無いというような、そんな感じかな?」
ボン 「カツオがいつまでも小学五年生で、クレヨンシンちゃんは妹が生まれたのに
もかかわらず、幼稚園児のままって、そう言う事だよな」
ジュン「……なんか、お前のは違う気がする」
アキ 「変わってないって言いたいの?」
ジュン「いや、正直あんまり変わったってのは分からないな。俺は、俺だから」
アキ 「自分は、自分……」
ボン 「そう、俺は俺ね。いい事いう」
ジュン「いやぁ」
アキ 「でも、じゃあ、どうやったらルギを倒せるの?」
ジュン「だから、悪魔なんて者はいないんだよ」
ルギ&ヒメ 上手から登場。三人の会話に気付いて、ルギはヒメを上手(舞台外)に留まらせ会話を盗み聞く
ボン 「そうそう」
ジュン「悪魔なんてのは、迷信から生まれたもんで、何でもない写真が心霊写真に見えるようなもんさ」
ボン 「隠していたはずのクッキーがいつの間にかなくなってたり、な」
ジュン「お前、それは霊だろう」
ボン 「え、そ、そうかなぁ?」
ルギ 「ねえ 今、僕の事話してなかった?」
ボン 「…………だれ?」
ルギ 「ルギ。常闇に済む悪魔の眷属が一人さ」
アキ 「ルギ……」
ジュン「悪魔?」
ボン 「まじで?」
ルギ 「そう。悪魔のルギだ。人間、敬うがいい」
アキ 「ルギ、貴方に話があるの」
ルギ 「もちろんいいよ。お姉さん♪」
アキとルギ、睨み(?)あう
ジュン「えっと、じゃあ俺は邪魔になりそうなのでこの辺で……金儲けになりそうなこと探しに行かなくちゃいけないから。あはは」
ボン 「違う、ロマンを求めて旅に出るのさ」
ジュン「いい事いうねぇ。んじゃ、がんばれ妹!」
ジュン&ボン 退場
アキ「全然頼りにならない……」
ルギ「しょうがないよ。悪魔と人では、力の差が大きすぎるからね。それで、お姉さんは、僕に何のようなの?」
アキ「……まず、そのお姉さんって言うのを止めてよ」
ルギ「だったら、なんて呼べばいいの? 僕、君の名前わからないもん」
アキ「アキよ。それでいいから」
ルギ「そう。じゃあ、アキ。僕に、なんの話があるの?」
アキ「ヒメをたぶらかすのをやめて」
ルギ「たぶらかす? どういう意味?」
アキ「分かってるのよ、あなたがヒメに『変わることがいいことだ』みたいな事
教えていたって事。そして、そのせいで、皆が変わってしまったこと。
一体、何を企んでいるの?」
ルギ「企むなんて、おかしな事を言うなぁ。僕は、ヒメの願い事を
聞いてあげただけだよ。ヒメが願ったんだ。変わる事を」
アキ「うそよ」
ルギ「嘘じゃないさ。ヒメだっていつまでもこの世界を作り出した頃の、
夢見る少女ではないんだ。世界には正義を守る人たちがいて、
お金を持っている人が一番偉くて、だけど、そのお金を盗みに来る華麗な泥棒がいて、そして、
世界の全てを知っている大人が必ずいる。
そんな夢だけでは、生きられなくなっているんだよ、もう、随分前からね」
アキ「そんなことない。いいじゃない、夢なんだから。おとぎ話のような、
当然の物語、初めと最後が分かっているのに、何度も見たくなる絵本のような、
そんな夢を見ていたって」
ルギ「……ヒメはね、もう子供じゃないんだよアキ。自分が周りに取り残されている
って言う事にも気付くほど、彼女は大人になったんだ。それに……」
アキ「それに?」
ルギ「悲しい事だけど、ヒメのいる現実の世界はヒメが思うほどいい場所じゃないから。
欲に目を輝かせる警察。金のために人さえ殺す子供。嘘で塗り固めたプライド保つ
知識人……ヒメ自身が変わらなければ、
ヒメは自分の世界の醜さにたえられなくなって、この夢の中に逃げてしまう。
そして、本当の世界から耳を塞いでしまう。事実、
今彼女は現実から耳を背け、いつも見ていたこの夢に逃げているじゃないか。心の奥底、
自分すらも気付かぬ場所で、変わりたいと願いながら。」
アキ「……変わるってそんなにいい事なの?」
ルギ「そんなこと、僕には分からないよ」
アキ「そんな! そんなの無責任じゃない。変わっていって、結局前のほうが
良かったら、変わったことが無駄ってことでしょ」
ルギ「無駄なんかじゃない……変わることは、無駄なんかじゃないさ。
……世界はいつも変わりつづけているんだ。あまりにも巨大な川が、
その変化を気付かせないままに、だんだんと川岸を削っていくようにね。
変わてしまうことは、生き物の、いや、この世に存在する物の当然な流れなんだよ」
アキ「……私は変わってなんかいないわ」
ルギ「そんなことないよアキ。君だって変わっているはずさ。ただ、その変化に、
自分自身が気付かない事があるだけでね」
アキ「私は、私は変わりたくないのよ。いいじゃない、流れに取り残されたって、
自然に逆らう事があったって。変わるって事が、あたりまえなんて変よ」
ルギ「アキは、何を恐れているの?」
アキ「……恐れてなんて」
ルギ「アキは、逃げてるんじゃないの? 自分が変わってしまうことから。時間が流れて行く
ことから。今の自分が心地いいから。これから進む場所が、
どこかわからないから、怖くて、恐れているんだ」
アキ「違う……怖くなんて……」
ルギ「自分が変わっていくのはあまりにも自然な流れすぎて大抵の時は気付かない。
食べれなかったものが食べられるようになるように、人の心も変わってしまう。
いくら抗ってもゆっくりと人は変わりつづける。その事実に気付いたから、
時の流れの前の無力さに怖くなったんだろう?」
アキ「怖くなんて………」
アキ、その場にしゃがみ込む
アキ「……ううん、怖い。だって、変わっちゃったら、私はどうなるの?
ヒメはどうなるの? 皆変わっていって、そのせいで辛い思いをして、
そんなのやだよ。このままでいれば、誰も傷つかない。ヒメだって、
ずっと幸せでいられる。変わってしまえばそれは無くなる」
ルギ「……変わる事を恐れなくても良いんだよ。どんなに変わっていったって、
受け入れてくれる人はいるんだから。現実の世界での君のように」
アキ「現実の世界での、私?」
ルギ「そう。夢の中の住人はどれも、ヒメの一部でありながら、現実の世界の鏡。
ヒメが変わる事を一番恐れる君は、現実の世界で、ヒメが変わる事を一番望んでいる、
ヒメの親友、アキ」
アキ「ヒメの友人? 私が?」
ルギ「君だけじゃないさ。ユイも、ジュンも、ボンも、みな現実の世界でも
ヒメの周りにいる人たちさ。現実の世界では遠ざけた人たちばかりを集めて街を作って、
それを、ヒメは遠い城から眺めているんだ……寂しい世界だろ? ここは。それでも、
君はこのままのほうが良いの?」
アキ「私は……」
ルギ「ねぇヒメ。いい加減君も気付いているんだろう? 夢の中の安全な友情よりも、
裏切られることがあっても、必ず受け入れてくれる現実の友情の方が大切だって」
ヒメ 上手より登場
アキ「ヒメ……」
ヒメ「(分かっているけど、分かりたくないというように)私は……」
ヒメ アキのそばに近寄る
アキ「ヒメ、私は分かるよ。ヒメの気持ち。だって、私はヒメの一部なんだから。
良いんだよヒメ、変わりたくないんだたったら変わらなくて。ボンや、お兄ちゃんや
ユイが変わっても私はずっと変わらないままだから」
ヒメ アキを見る
ルギ「確かに夢の中は居心地がいいね。全ては君の願う次第なんだから。だけど、
このままでいいの?」
ヒメ ルギを見る
アキ「変わっていくなんて、怖いだけだよ」
ルギ「でも、ヒメはもう変わり始めている。ただ、それを認めたくないだけだ」
アキ「そんなこと」
ヒメ「そう、かもしれない……」
アキ「ヒメ?」
ヒメ「私は、ただ認めたくなかっただけなのかもしれない。友達が、皆大人になっていって、
それぞれに夢を追い始めて……私にはそんな物なかったから、このまま、
ずっと皆が友達のままだったら、ずっと、変わらないままだったら、そう思ってた」
アキ「ヒメ……」
ヒメ「アキだって、ずっと友達だと思ってたのに……ずっと変わらないと思ってたのに……
いつの間にか、大人になってる……私を置いたまま」
ルギ「だから、君は夢の世界に逃げたんだ。居心地のいい場所へと」
ヒメ「……そう。それが、私にできるたった一つの反抗だったから。
変わっていく皆に何も言えない私には、それしか出来なかったから」
アキ「そんな、そんなの寂しいよ……」←ルギの言葉が正しい事に気付く。
ルギ「だけど、現実の世界の君は、部屋の扉を閉めて、
昔の思い出が染み付いた服を身につけてうずくまっているだけだ。
まるで、そうしていれば、時は進まずに済むかのように、ね」
ヒメ「……この服は高校の時、皆で相談して買ったのよ。一番楽しかった頃の、思い出」
ルギ「ヒメ、思い出だってこれからまた作れるんだ。ただ、逃げてるだけじゃ、
何もかもが君から離れていくんだよ」
ヒメ「夢の中のアキは、私から離れていかない」
(弱く。自分が正しくない事を、もう分かっている)
ルギ 首を振って
ルギ「自分を自分で慰めるのは、とても寂しいよ」
アキ&ヒメ俯いて
アキが顔を先に上げる
アキ「……ヒメ、私、私もヒメも変わらなくちゃいけないんだと思う」
ヒメ「……変わるなんて、怖いでしょ?」
アキ「(静かに)怖いよ。きっと、昨日までの自分と、今日の自分は違う。そして明日の自分もまた今日の私とは
違っているんだから」
ヒメ「だったら」
ルギ「だけど、それは決して間違った方向に進んでいるわけじゃないんだ。恐れる事なんて、
何も無いんだよ」
ヒメ「何も……ない?」
アキ「そうだよ、それにね、変わるって事はね、いつも新しい物を見ていられるって事だと
思うんだ。昨日までの自分が感じていた花の美しさと、今日の私が感じる花の美しさは
違うって事だと思うんだ」
ヒメ「………」
アキ「だからね、楽しみでもあるんじゃないかな。変わっていく自分が。変わることのできる自分がさ」
ヒメ「楽しみ……」
アキ「だって、この世界だって変わってきたんだから。初めはボンさん対私だったけど、
ボンさんに、お兄ちゃんっていう仲間がついて、それで、私にはユイって仲間がついて。
そうなるようにしたのはヒメでしょ? やっぱり、前よりも、今の方が楽しいし、
変わるって、そういう事なんじゃないかな? 失っちゃう事もあるけど、
得ることだって、あるんじゃ無いかな?」
ルギ「そうだよ、ヒメ。何も恐れる事なんかない。ただ、楽しめば良いんだよ、変われる事を、
そして変わっていく事を」
ヒメ「……そっか。怖く無いんだ。変わっていくことに、何も怖いことなんて、ないんだ」
(確かめるように)
ヒメ「怖くなんて……ないんだ」
ルギ「……やっと、分かったみたいだね。これでようやく僕は、僕の役目を終えられそうだ」
ヒメ「……役目? ルギ、あなたは結局、私が呼んだものだったの? 変わることは初めから、
私の心の奥で望んでいた事なの?」
ルギ「さあ、それは分からないよ。僕は、ただ線を引きにきただけなんだ」
ヒメ&アキ「線?」
ルギ「誰もが心に持っているのさ、僕のような存在を。現実と、夢との間に境界線という名の
線をひく存在を。誰もが夢だけに逃げこまないように、だけど、現実に疲れたらそっと、
夢の世界で休めるようにするために」
ヒメ「現実と、夢との間の線……」
アキ「境界線……」
ルギ「夢を見ているうちはね、誰もが夢だという事に気付かない。だけど、
夢と現実の境い目を越した瞬間気づくんだ。『これは夢なんだ』って。
僕は、その線をひくためにいるんだよ」
音響→FI(雑音
ルギ「どうやら、もう目覚める時間のようだね、ヒメ」
ヒメ「…………もう、朝になるのね」
ルギ「夢の世界は、そろそろお終いですよ。またのご来場を、心待ちにしております」
ルギ、気取った礼をする
アキ ヒメから離れながら
アキ「次はもっと楽しい夢にしようね、ヒメ。眺めているばかりじゃなくて、
自分から行動を起こすようなヒメがいる夢にさ」
ヒメ「ええ……私も……そうしたい……」
ルギ ヒメの寝る場所確保(布を広げ、そこにヒメを寝かしながら)
ルギ「いいかいヒメ。簡単なことなんだ。目を開けたら、ゆっくりと扉の鍵を外して、
外へ足を踏み出せばいい。それだけなんだよ、ヒメが変わるための一歩は」
ヒメ、目を閉じて、その場に眠り込む。
ルギとアキ その場から離れて行く。
ルギ 下手へ退場
アキ 上手へ退場
音響→高くする
○ヒメの部屋
照明→全照。朝っぽく(白
音響FO
音響FI(前の音のあとに入れておく?)
ヒメ、目覚める。
ヒメ「……夢か……そういえばこの服、もうずっと着たままだな……あの日から、もう何日たってるんだろう」
ヒメ 上手を見る
ヒメ「簡単なことなんだ。目を開けたら、ゆっくりと扉の鍵を外して、外へ、足を踏み出せば
……外へ、足を踏み出せばいい……外へ」
ヒメ ドアを上げるジェスチャー
ヒメ「外へ。夢じゃない、現実へ」
音響 高める
照明FO
完