フェイクワールド

   
人物

 女1
 女2
 女3  皆、一つの人間であり、独りの少女が作り出した少女達。

 声達
 先生





○始まり。そして終わりの話し。

    音楽が流れ出す。
    不思議な空間。
    女2の姿が浮かび上がる。


女2「これから始まる物語は、ありそうでなさそうな、
   いや、やっぱりないだろう。そんなお話。
   ある時ある場所ある人達。そんな昔話で語られそうな、ありそうなお話。
   あるわけのない夢物語。
   そしてまた、一つの世界の歌が始まる。
   これはリアル? それともフェイク? 
   ……混乱から生まれる醜い花たばを、あなたのために。
   この世界で抗い続ける
   あなたのために」



    と、説明の途中に女1がやってくる。
    辺りの雰囲気は途端に変わる。
    ここは道ばた。



女1「何をしているの?」

女2「何って、説明を」

女1「誰に説明しているの?」

女2「誰って……あれ?」

女1「何で説明しているの?」

女2「なんでって……」

女1「あなたは誰?」

女2「私は」

女1「ここはどこ?」

女2「ここは?……どこ? ここは……」

女1「あなたは誰?」

女2「私は…………あれ? あんな所に人だかりが」

女1「行かない方がいいわ」

女2「なんで?」

女1「物語が終わるから」

女2「どういうこと?」

女1「あれはなに?」


   そう言って女は違う方向を指す


女2「あれは……犬?」

女1「喧嘩しているわね。」

女2「本当だ。よし! 負けるなちび!」

女1「黒い方が強そうよ?」

女2「馬鹿ねぇ。だから、弱そうなちびを応援するのよ」

女1「じゃあ、私は黒い方を」

女2「頑張れちび! そこだ! 相手の咽に食らいつけ!」

女1「軽く避けられたわね」

女2「負けるな! そこで回転蹴り!」

女1「逆に殴られてふらふらしているわよ」

女2「まだだ! まだ逆転はある! そこだ! フック、
   ジャブ!ジャブ! ストレート!」

女1「あ、」

女2「トドメは、えぐり込むようにアッパー!」

女1「お腹見せて降参しているわよ」

女2「よっし! さっすがちび」

女1「ちびの方がよ」

女2「うっそぉ!?」

女1「やっぱり、黒が勝ったわね」

女2「やはり体格のハンデは覆せなかったか。」

女1「楽しかった?」

女2「昔から、犬を見ると興奮しちゃうんだ」

女1「そうだったわね」

女2「あれ? 前に話したっけ?」

女1「(首を振って)知っていただけ」

女2「……それにしても、根性のないちびね……あれ? 首輪ついてる。
   飼い犬か。それじゃあ弱いわけだ。」

女1「でも、飼い主は居ないみたいよ。」

女2「そうね……って、あれは」

女1「あれは?」

女2「あれは、私の犬……」

女1「今頃思い出したの?」

女2「おかしいな。何で忘れていたんだろう?」

女1「あるみたいよ。時々。」

女2「何が?」

女1「記憶がなくなること。ここでは」

女2「ここでは?」

女1「都合の悪いことは、忘れないといけないから」

女2「ここは、どこ?」

女1「あの、人だかり、まだ思い出さない?」

女2「思い出す? ううん、何も」

女1「あなたのために集まっているのよ」

女2「私のために!?」

女1「そして、私たちのために」

女2「私たち?」

女1「本当に、忘れているの? あの、赤。赤い、赤い……
   何処までも赤いアスファルト」

女2「……ううん。覚えている」

女1「じゃあ、行きましょう?」

女2「今さら、どこへ行くの?」

女1「抜け出すのよ。現実から」

女2「抜け出してどうする?」

女1「そして、私たちだけの国を作るの」

女2「私も、いけるの? そこへ」

女1「だって、私たちには必要だもの」

女2「何が」

女1「私たちの物語を語る人が。」

女2「……ありがとう」

女1「さぁ、語って。あるかもしれない。無いかも知れない、そんな話しを」

女2「(うなずく)……これから始まる物語。あるかもしれない。
   いや、やっぱり無いだろうそんなお話。
   言葉はすべて虚構に還り。そして世界を包み始める。
   また、一つの世界の歌が始まる。
   始まりは、
   ただ、一人の少女から。」


    音楽が生まれる。
    女2の語りの途中に、女1は姿を消す。
    そして、女2も語り終わるとともに、姿を消す。



○一人の少女。恋の始まり


    舞台の中心に細長い枠が斜めに置かれている。
    それは姿見(鏡)の枠。
    そして、女2が舞台に姿を現す。
    同時に、女3も反対側から舞台に姿を現す。
    女2の姿は、中学生といった感じ。
    対する女3の姿は、黒い。
    
    女2と女3は同じ歩調で舞台の中心に近づく。
    そして、鏡の前で二人は初めて顔を見合わす。
    まるで、どちらかが鏡の虚像であるかのように。



女3「おかえり」

女2「ただいま」

女3「今日は、いいことあったね」

女2「うん。あった」

女3「いいよね、やっぱり」

女2「うん。桜井君、本当やさしいよね」

女3「どんな感じだったっけ?」

女2「だから、凄く優しかったんだって。」

女3「どんな風に?」

女2「だからね。私が一人で本読んでいたらさ」


   と、女2と女3は同時に互いに背を向ける
   そして、女3が桜井を演じることになる。


女3(桜井)『小野さん』

女2『……なに?』

桜井『小野さんって、いつも本読んでいるよね』

女2『好きなの』

桜井『本が?』

女2『(うなずく)』

桜井『凄いなぁ。俺なんて、活字見るだけでなんだか頭が痛くなってくるよ』

女2『そんな。だって、桜井君勉強できるのに』

桜井『それとこれとは別だよ』

女2『教科書読んでいても、頭いたくなるの?』

桜井『時々ね。だから、国語は苦手なんだ。』

女2『そんなこと……だって、一学期の期末、クラスで一番だったんじゃなかったっけ?』

桜井『だって、あれは初めての期末だったわけじゃん。俺、初めてって、結構力入れるんだ』

女2『じゃあ、これからだんだんやる気くなって行くんだ』

桜井『そういうこと。俺も、小野さんみたいに簡単に本が読めるようになりたいよ』

女2『別に、たいしたもの読んでないよ』

桜井『今は何読んでるの?』

女2『「アルジャーノンに花束を」ってやつ』

桜井『あ、それ、この間ドラマになったよね?』

女2『うん。まぁ、ストーリーはドラマとはちょっと違うんだけどね』

桜井『へぇ。そうなんだ。……難しい?』

女2『少しね』

桜井『じゃあ、俺には無理だ』

女2『そんなことないよ』


   二人、ほんの少し照れ笑いをした後


桜井『あのさ、小野さん』

女2『なに?』

桜井『クラスの人と、もっと話した方がいいと思うよ』

女2『…………』

桜井『小野さんって、話すと楽しいのにさ。なんか、クラスで孤立しちゃってるし』

女2『心配、してくれるんだ』

桜井『そりゃ、小学校からのつきあいじゃん』

女2『ありがとう』

桜井『(照れて早口に)だから、俺ら○○小の奴らは分かっているからいいけどさ。
   それ以外の連中って、小野さんのことわかってないからさ。ちゃんと、話した方がいいと思うよ』

女2『……うん。』

桜井『あ、別に、俺が学級委員だから言っているわけじゃないから』

女2『わかってるよ』 

桜井『ただ、心配だからさ』

女2『うん』


   女2と、女3は、再び向かい合って。
   鏡同士のような動きではなく、あくまで同じ人間のように動き回る。
   それは一つの世界。


女3「『心配だからさ』ねぇ」

女2「やめてよ」

女3「桜井君、もしかしたら、ねぇ」

女2「ねぇ、ってなによ」

女3「べっつに〜」

女2「なんなのよ」

女3「分かってるくせに」

女2「別に、ただ先生に頼まれただけかも知れないし」

女3「そのわりには、今日はずっと機嫌いいじゃん」

女2「……だって」

女3「だって?」

女2「……嬉しかったから」

女3「乙女だねぇ」

女2「やめてよもう!」

女3「好きなんでしょ」

女2「だれが!?」

女3「あんたが」

女2「誰を!?」

女3「桜井君」

女2「まさか」

女3「無理しないの」

女2「無理してない」

女3「じゃあ、そう言うことにしておいてやるか」

女2「どういう意味よ」

女3「べつにぃ」

女2「もう! 怒るよ!」

女3「はいはい」

女2「もうしらない!」


   と、舞台そでから声が聞こえる。


声 「何が知らないの?」


   それは母親の声。甲高く、威圧的。
   どうやら、直ぐ後ろに立っていたらしい。
   けれど、姿は見えない。
   その姿が見えるのは少女だけ
   声を聞いた途端、女2は声の方を向く。
   素早く、その手がポケットから携帯を取りだし、電源を切るフリをする。
   女3は、心配げに女2を見守る。
   

女2「あ――」

声 「何が知らないのよ?」

女2「……ううん。何でもない」

声 「(溜息)また、長電話? いい加減にしてって、いつも言っているでしょう? 
   電話代払うの、母さんなんだから」

女2「大丈夫だよ。かかってきたの向こうからだし」

声 「だったら、相手のお宅に迷惑がかかるでしょ。長電話するために、
   携帯を買ってあげたわけじゃないのよ?」

女2「分かっているよ」

声 「それで、誰と長電話していたの? ユミちゃん? ヨウコちゃん?」

女2「ううん。中学の友達」

声 「そう……その子の名前はなんて言うの?」

女2「もういいでしょ! 電話終わったから」

声 「そうはいかないでしょ。保護者会で、あちらのお母様にお会いしたときどうするのよ」

女2「別に。そんなの関係ない」

声 「(溜息)まぁいいわ。もうすぐゴハンだから。手伝って頂戴」

女2「はい」


   声が去る。
   女2には思わず枠の中に手を当てる。
   その向こう側から、女3も手を伸ばす。
   二人の少女は、相写す鏡のように、手を合わせ、お互いを見つめる。


女2「友達なんて……誰もいないわよ」

女3「あなたは独りだものね」

女2「そう……あなただって、いないのよ」

女3「ええ。そうね」


   女3は、言葉と共にその場を離れ、ゆっくりと去っていく。
   女2は手を合わせた格好のまま、その場に固まる。


女2「独りだって、大丈夫。大丈夫。大丈夫」



   音楽が流れ出す。 
   女1が舞台に現れる
   女1が話すうちに、女2は退場



女1 「大丈夫。大丈夫。……そう何度繰り返したろう?
    独りで呟く言葉は冷たくて。
    ひざを付けたフローリングから、
    熱と一緒になにか大事な物が逃げていく気がした。
    そして、孤独を否定し。
    少女は一つの嘘を作り出す。
    嘘は虚構を作り出し、虚構は世界を包み始める。
    また、一つの世界の歌が始まる。
    始まりは、ただ、一人の少女から」



   暗やみにだんだんと包まれていく。



○恋の終わり。そして、自己愛



  音楽の中、舞台が転換する。
  女1と女3によって、舞台は整えられていく。
  二人の少女は共に顔の半分を隠す仮面を被っている。

  舞台の上には。椅子が並ぶ。
  二つの椅子の上には黒い布がかけられている。
  一つの椅子には何もかかっていない。
  枠の置くにそれぞれ一つずつ、中央に一つ。
  一つの椅子を、二つの鏡であわせた場合に見えるような。

  そして、椅子に座った少女二人はは無言で俯く。

  少女2が現れる。
  今度の格好は、中学三年生。
  制服に慣れ、着こなし方がやや大人びている。

  少女は中央の椅子に観客に顔を向けるように座る


女1&女3「それでは、これから面接を始めましょう」

女2「よろしくお願いします」

女1「あなたはどんな性格ですか?」

女2「普通です」

女3「特技はありますか?」

女2「物語を作ること、です」

女1「小説を書いているんですか?」

女2「まぁ、そんなところです」

女3「どんな?」

女2「普通の小説です」

女1「学校の成績は?」

女2「普通です」

女3「友達は?」

女2「……割といる方だと思います」

女1「具体的には」

女2「……3人くらいです」

女3「心を許せる人はいますか?」

女2「いません」

女1「あなたの長所を教えて下さい」

女2「特に、ないと思います」

女3「あなたの短所を教えて下さい」

女2「……特に、ないと思います」

女1「高校に入ってから、何にチャレンジしてみたいですか?」

女2「今まで自分に出来なかったことを、やってみたいと思っています」

女3「具体的には?」

女2「……まだ、よくわかりません」

女1「本校を選んだ理由は?」

女2「家が近かったから」

女3「それだけですか?」

女2「……他にもあったと思いますけど」

女1「けれど?」

女2「でも」

女3「桜井君ですか?」

女2「なんで、面接官がそんなこと!」

女1「質問に答えて下さい」

女2「拒否します」

女3「それでは、残念ながら不合格ということで」

女2「なんでよ! だいたい、面接官は桜井君の事なんて知らないでしょ!」

女3「だって、知ってるし」

女1「仕方ないよねぇ」

女2「もういい」

女1&3「もういいの!?」

女2「だいたい、推薦入試なんて私には無理だったのよ。質問なんて、
   入学してからはどうでもいい物ばかりじゃん。だれよ、こんなの作ったの」


  そう言って少女が床に投げつけるのは、『推薦面接予想問題』


女3「やっぱり、桜井君なんだ」

女1「まだ諦めてなかったの」

女3「振られたくせに」

女1「『友達だよ』っていわれたくせに」

女2「だから、その話しはもういいって!」

女3「仕方ないんじゃんじゃない? マニュアルって奴は何処にでもあるんだから」

女1「予想問題もらえただけよかったじゃん。こんなの、本番聞かれても、分からないでしょ」

女2「だからってさぁ」

女3「それにしても、凄くない?」

女2「なにが?」

女1「長所もない」

女3「短所もない」

女1&女3「そんな人間いる分けない」

女2「浮かばなかったんだから、仕方ないでしょ」

女3「そう言うときは、『わかりません』って言えばいいんじゃない?」

女1「でも、これって自分のことをどれくらい把握しているかって問題でしょ?」

女3「ああ、そうか。答えられないとやばいんじゃない?」

女2「自分の事なんて説明出来ないよ」

女3「なんで?」

女2「自分でも、時々わからなくなるんだから」

女1「何を?」

女2「本当の自分」

女3「そんなのいるの?」

女2「だから、分からなくなるんだって」

女1「だったら、私たちはなんなのよ」

女2「だから、分からないんだって!」


   思わず椅子から立ち上がっていた少女は、その場に膝をつく。
   一瞬、その場に静寂が生まれる。


女1「……だったら、作っちゃえばいいんじゃない?」

女2「え?――」

女3「自分を」

女1「思い通りの」

女3「本当ってやつ」

女2「そんなの……嘘を付けって事?」

女1「だって、あんたはもう嘘をついているじゃん」

女2「私が?」


   ふと、女3は面接官に戻り、
   女1は女2のフリをする。


女3「友達は?」

女1「割といる方だと思います」

女3「具体的には」

女1「3人くらいです」

女3「……嘘つき」

女2「……だって、友達が誰もいないなんて」

女3「実際、いないでしょ? あなたには」

女1「一人も」

女2「だって、それじゃ寂しい人みたいだから」

女1「……でも、あんたは寂しくないもんね」

女3「あたし達がいるから」

女2「うん」

女1「だから、作ればいいんだよ」

女3「あたし達みたいに」

女1「あんた自身を」

女2「あたしを?」

女1「だって、作るしかないでしょう?」

女3「あんたには、何もないんだから」

女2「……そうだね」


  女1と女3は、椅子から立ち上がり、椅子にかかっていた布をマントのように羽織る。
  流れてくる音楽と共に、少女達は語る。


女3「作っちゃえばいい。あたし達を生んだように」

女1「今度は、あんた自身が生まれればいい」

女3「理想的で」

女1「長所もあって」

女3「短所もあって」

女1「友達もいる」

女3「誰からも認められている」

女1「自分らしい自分」

女3「本当の自分」

女1&女3「さぁ、生まれましょう?」


  女1と女3は、女2に黒い布をかける。
  途端、少女はその場に寝そべり、
  黒い布は、なだらかな山を作るだけになる。
  女1と女3はうなずくと椅子を中央に並べるように置く。


  そして、少女達は語る。


女1&女3
   「そして、
    少女は一つの嘘を作り出す。
    嘘は虚構を作り出し、虚構は世界を包み始める。
    また、一つの世界の歌が始まる。
    始まりは、
    ただ、一人の少女から」



  語り終えた少女達は、同じように黒い布に飲み込まれる。
  俯いて。
  まるで、一つの存在になってしまったかのようななだらかな丘。

  音楽が流れる。
  辺りが不思議な雰囲気に包まれる。
  眠った少女を眠らせたまま、
  音楽が舞台を包み込む。



○バースデイ


    不思議な雰囲気が広がっている。
    黒い布だけが舞台にある。
    中央が、やや不自然に盛り上がっている。
    少女の肢体が、何処にあるのかはよく分からない。
 
    と、音楽が始まる。
    黒い布がうごめき出す。
    音楽に合わせての律動?
    ゆっくりと、緩慢な動きが、やがて山を作り、谷を作り出す。
    少女達の手が、布から見え隠れする。
   
    そして、独りの少女が生まれる。
    戸惑うように。寂しそうに。

    独りの踊りを繰り返すうちに、
    他の少女達も生まれ始める。
    それは孤独の寂しさが作った幻?
    少女達は向かい合ったり、体を反らしたり。
    鏡のように動いたかと思えば、バラバラに動き出す。

    楽しかったはずの独り遊びは、
    だんだんと寂しさが支配していく。
    やがて踊る虚しさに気づいたかのように三人とも同時に俯く。
    どうしようもなさそうに見つめ合った少女達は、
    それぞれ命を絶つような行動をし、その場に倒れていく。

    黒い布の上に少女達の体が不規則に並ぶ。

    やがてゆっくりと起き出したのは、女1

    女3の言葉を一文ずらして、
    女2と1の言葉が続く。



女3「助けを請うようにさしのべた手は、何も掴まなかった。
   独り。たった独り。闇の中でうずくまって。
   だから奏でるしかなかった物語を。
   独りの私の。
   私ではない誰かの歌を」



    俯く少女達。
    少女1と2を残して、少女3は去っていく。
    黒い布の上に置かれた二つの椅子。
    そんな状況で語り出す少女1と少女2。


女1と女2
   「さあ、物語を始めましょう。
    嘘と虚しさは響きあい。
    言葉は虚構を作り出し、虚構は世界を包み始める。
    そしてまた、一つの世界の歌が始まる。
    始まりは、
    ただ、一人の少女から」



   照明が暗くなる。
   女1は静かに去っていく。
   女2が椅子に座る



○ 世界の終わり


女1  コタニ マミ
女2  オノ  ユウコ

声1
声2
声3
先生 (前もってテープに入れて置くなど) 



    教室では、机が前に向けられておいてある。授業中
    今は、女2の姿しか見えない。
    あたりは雑音でしめられている

    女1は席に座って前を向いている
    声達が話しをしている。


声1「でさ、昨日」

声2「うそ? こうでしょ?」

声3「違うってこれが」


    女2の顔が声に向く
    あきらめた表情で戻る。どこか寂しげ。

    声1が興奮して立ち上がったらしい

声1「だから驚いたんだって」

声2「え〜そんなの嫌だ〜」


    声2は机を叩いたらしい
    
    女2が寂しそうに微笑む
    

声3「あたしもまさかと思ったんだけど」

声1「うわっまじで?」

声2「でも、これは?」

声3「え? でもね」


    チャイムの音が響く
    声たちは徐々に会話のトーンを落としていく

    女1が現れる。
    きょろきょろと辺りを見ながら入ってくる


女1「セーフ? セーフ? …………よかったぁ〜
   もう授業始まっちゃったのかと思った〜。
   あの先生、授業中に入るとうるさいもんねぇ。」


   と、女1は声をかけられたらしく、元気よく


女1「おはよ〜」


   からかわれでもしたのだろうか、むっとした顔になり、


女1「全部バスが悪いのよ〜」


    女1が声に挨拶しながら席につく


女1「おはよ、ユウコ」

    女2がゆっくりと女2を見る
    頷く


女1「どうしたの? 具合悪いの?」

女2「・・・教科書、ニセモノだったの」

女1「はぁ? 何言ってるの」

女2「国語も、数学も、皆、ニセモノだったの」

女1「なに寝ぼけてるんだか」


    女1はあきれながらカバンをあさる
    一時間目の科目、国語の教科書が見当たらない。


女1「あっちゃぁ。これ、昨日の時間割のままだ。仕方ない」


    女1は、国語の変わりに数学の教科書を開いておいておく。
    女2は喋りたそうな顔をするが、無表情になって前を向く

    足音が響く。できればドアが開く音も

    先生(声)が教室に入ってきたらしい
    足音とか鳴らせたら鳴らしたい


先生「はい、授業するよ〜」

女1「よし。今日は当てられないことを一日祈っていようっと」


    女1は真剣に数学の教科書に向いている
    女2はただ前を向いている。その目には何も写していないように見える。


先生「さーて、では前回の続きからとりあえず読んでもらいましょう。
    では・・・コタニさん」

女1「げ」


    先生は姿は見えないが、女1の近くまで来ていたらしい。
    女1の反応する方向は舞台正面よりもやや下手向き


先生「コタニさん?」

女1「(俯いていた顔を上げる)はい」

先生「57ページから読んでください」

女1「・・・はい」

    女1が立ち上がる
    両手に教科書(数学)を持っている


女1「えっと、三角形の面積が・・・」


    女1は冗談のつもりで言った自分の言葉の間抜けさに恐ろしくなって
    顔が先生を向く
    先生は笑いもしないらしい


先生「コタニさん・・・今は現代文の授業なんだけど」

女1「・・・すいません。その、教科書忘れちゃって」

先生「だからって違う教科やっていていいってことはないでしょう?
   ・・・いいわ。じゃあ、オノさん」

女1「すいません」


    女1は謝りながら席につく
    女2は無反応。


先生「オノさん?」


    本当にゆっくりと女2の顔が先生へと向く。


先生「聞いてた? まさか、オノさんも忘れたの?」


    両手を組んで先生はあきれがおで睨んでいるらしい
    女2はゆっくりと先生へと焦点をあわせる
    先生が言葉を飲み込んでいるらしい
    女1は女2の異様な雰囲気にただ隣を凝視している


    女2は小さく笑う


先生「オノさん?」


    女2が笑う
    その笑いは徐々に大きくなり、指先が先生を指す


女1「ユウコ? ちょっとどうしたの?」

先生「オノさん! ふざけるのは止めなさい!」


    女2が笑う。顔全体に笑いは広がっていく。
    おかしくってたまらないといったように
    だが身体をよじりはしない。顔はあくまで先生を向いている


女1「ユウコ! ねぇユウコ!」


    女1は慌てて席を立って女2の肩を掴む
    女2の笑いが徐々に小さくなっていく。
    指がゆっくりとしたに下がる


女1「ユウコ・・・」

女2「本当じゃなかったのよ」

女1「え?」

女2「本当じゃなかったのよ。先生、なんて」

女1「なに言ってるの?」

女2「分からないなら、見てごらんよ。(指を刺す)見えるのならあんたも笑ってあげる。
   見えないんだったら。何も見えなきゃ。・・・ねぇ、何が見える?」

女1「何がって」


    女2の指の先には先生
    女1が先生に向く。しかし、先生の姿などない


女1「そんな・・・いない」

女2「いないよ。本当じゃないんだから」

女1「どういうこと?」

女2「どういうこと? 夢。幻。幻覚。よりどりみどりの博覧会。それなら満足?」

女1「茶化さないでよ! 先生を、どうしたの?」

女2「どうもしない。ただ、笑ったのよ」

女1「笑ったって」


    椅子の倒れる音がする。
    声1が勢いよく立ち上がったのだろう。


声1「職員室だ!職員室に行かなくちゃ」

女1「え、でも」

声1「先生がいなくなるなんてことあるもんか。きっと職員室に行ったんだ」

女1「だけど、今目の前にいたのに」

声1「職員室だ! 職員室に行けばはっきりする」


    女2が笑う


女1「ユウコ?」

声1「何がおかしいんだ」

女2「本当じゃないもの」

声1「なに?」

女2「あんたも本当じゃない。まったくのニ、セ、モ、ノ」


    女2が笑う


声2「ちょっとオノさん、おかしいんじゃない?」

声3「いかれてんじゃないの〜」


    女2は大声で笑う
    席から立ち上がって舞台前まで


女1「ユウコ!」


    女2は笑いながら
    指差すその手は周りを指していく


女2「ニセモノ。フェイク。まやかし。
   本当じゃないのよ。何もかも本当じゃない。
   あんたたち皆。ニセモノだらけ。本物なんて一つもない!
  (笑う)可笑しいでしょ? ニセモノばかりに囲まれて、ニセモノだって気づかないで。
  (笑う)ああ、可笑しい!」

女1「ユウコ・・・・・大丈夫?」

女2「大丈夫よ。これまでが大丈夫じゃなかっただけ。
   (小さく笑って)ねぇ、マミ。あなたは本物?」

女1「そんなの分からないよ」

女2「ニセモノは笑えば消えるのよ。
   だって笑われて我慢できるほどの力なんて持ってないもの」

女1「そ、そうなんだ」

女2「私。気づいたの。私の周りにはなんてニセモノが多いんだろうって。
   気づかないうちに暮らしてた。だって考えないじゃない?
   目の前にいる何かが本物じゃないかなんて」

女1「う、うん」

女2「でもね。昨日思ったの。
   私、明日で17才になるんだって」

女1「え? ユウコ、今日誕生日だったんだ?」

女2「そう。・・・そしたらなんか、おかしくなっちゃって」

女1「え?」

女2「だって、私17になるって昨日まで全然意識してなかったのよ。
   私が生きている時間を、私自身が分かってなかった(自嘲的な笑い)」

女1「でも、それは仕方ないよ」

女2「分かりもしないのに、仕方ないなんて言わないで」

女1「ごめん」

女2「でね、そのとき思ったの。
   『もしかしたら今日までの日々は全部ニセモノだったんじゃないか』」

女1「(笑おうとするが無理)なにそれ」

女2「だってそうでしょう?
   私自身が全然気づきもしない日常って、それ本当だったの?」

女1「そんなこと言ったって、ちゃんと毎日過ごしてたじゃん」

女2「マミ、先週自分がなにやってたか覚えてる?」

女1「え?・・・・それは無理だけど」

女2「昨日、何したか覚えてる?」

女1「昨日は、放課後一緒にファーキンでお喋りしてたじゃん」

女2「授業中は何してた?」

女1「何って・・・そんな一々自分の行動なんて意識してないよ」

女2「ほら。毎日はリアルなんかじゃない。
   ニセモノ、フェイクの集まり」

女1「でも、覚えていないだけじゃないの?」

女2「なんで?」

女1「なんでって、別に必要ないから」

女2「毎日って必要ないの?」

女1「そうじゃないけど・・・毎日のすべてが必要なわけじゃないから」

女2「そう。すべてが必要なわけじゃない。
   だから気づかないの。この世界がニセモノの集まりだってそんな単純なことに
   誰かが生み出した、単純なまやかしだって」

女1「だからそれは、その、うまくいえないけどさ」

女2「・・・・・・お母さん、消えちゃった」

女1「え?」

女2「なんか、自分がおかしくなって。笑ったら。お母さん、消えちゃった」

女1「・・・・・・・」

女2「お父さんも、消えちゃった。おばあちゃんも消えちゃった。
   電話口で話してたおじさんも消えちゃった。
   学校に来る途中の交番のおじさんも、消えちゃった」

女1「ユウコ・・・」

女2「夢、見ることない?」

女1「え?」

女2「夢の中で、私にはお姉さんがいるの。
   夢の中で、私は幼なじみの男の子に恋をしているの。
   夢の中で、私は受験勉強をしているの。
   夢の中で、私は生まれ、そして死んでいく。
   夢の中で、私はいくつもの私を作り出す。
   そんな、夢」

女1「寝ているのに、分からない。起きているような気がしている」

女2「そう。すべては虚構に過ぎないのに気づかない。
   リアルって思い込んでるフェイク」

女1「この世界が夢だって言うの? そんな、誰かが作った夢だって?」

女2「夢じゃないけど、でも夢みたいなものかもしれない。
   独り遊びに飽きた少女のままごとで作り出された物語」

女1「作り込まれたニセモノの集まり?」

女2「(うなずいて)だってクラスの皆も消えちゃった。
   先生も消えちゃった。(笑う)みんな、みんな本物じゃなかった。
   全部、ニセモノ。」

女1「・・・じゃあ、何で私は消えないの?」

女2「・・・・消えるよ、マミも」

女1「私は消えてないよ。ここにいるもん」

女2「私が笑ったら、消えるんだ」

女1「絶対に消えない。
   私が消えなかったら、ニセモノばかりじゃないってことでしょ」

女2「消えるよ、絶対」

女1「消えない」

女2「・・・だったら私が消えるのかもね」

女1「え?」

女2「この世界はマミが作った物語。私も、もしかしたらニセモノなのかもしれない」

女1「そんな・・・」

女2「ねぇ。消えるのはどっちだろう?」

女1「それは・・」

女2「マミはリアルなんでしょう? だったら私がフェイクなのかな?
   それとも私がリアルで、マミがフェイク?」

女1「わからない・・・わからないよ」

女2「でも、どちらかは消える」

女1「どちらも、消えないかも知れない」


   女2は女1を見る
   女1が女2を見る

   女2が女1を指差す
   女1はためらいながら女2を指差す


   間


   女2がゆっくりと笑う
   女1もゆっくりと笑う


女1「(笑いながら)ねぇ、本物ってなんなの?」

女2「(笑いながら)さぁ?」

女1「本物なんてあるのかな? こんな世界で」

女2「最後に残ったものが本物なのよ。だって消えなければ、
   それはリアルってことでしょう?」

女1「でも、要らないものが本物だったらどうしよう?
   たった一人でニセモノだらけに囲まれていたらどうしよう?」

女2「そんなの簡単よ」

女1「え?」

女2「そうしたら、ニセモノになっちゃえばいいよ」

女1「・・・・そうだね」

女2「そうだよ」


   女2 
   女1 お互いに微笑む


女2「ねぇ、マミ。笑おうか」

女1「ねぇ、ユウコ。笑おうよ」


   女1が笑い出す
   女2が笑い出す

   そして少女達は暗やみに包まれる


女1&女2
  「よかった。私ニセモノだったよ」


   音楽がなる中、
   女2の声が響く


女2「この物語は、ありそうでなさそうな、いや、やっぱりないだろう。そんなお話。
   ある時ある場所ある人達。そんな昔話で語られそうな、ありそうなお話。
   あるわけのない夢物語。独りの少女が作り出したままごとの世界。
   現実から逃げ出した少女のたった一つのリアル。
   結局どこかへ行ってしまった虚しいフェイク。
   ニセモノ、なのだろうか?
   そう、心から思いこめるほど、力強く今日を生きているのだろうか?
   嘘ばかりが多すぎたここで。虚構に包まれた世界の中で。
   少女のあがきは目に留まらずに、日々の中に埋没する。
   そしてまた、一つの世界の歌が始まる。
   これはリアル? それともフェイク? 
   ……混乱から生まれる醜い花たばを、あなたのために。
   この世界で抗い続けるあなたのために」


    女1が現れる


女1「何をしているの?」

女2「何って、説明を」

女1「誰に説明しているの?」

女2「誰って……あれ?」

女1「何で説明しているの?」

女2「なんでって――」