THE GENIUS
人物
麗子さん 19才 某有名大学の二年生にして、
個別進学塾○KJ(○県個別塾)の指導員。
堀川辰雄 17才 3月生まれ。
月光猿軍団に入りたい。という進学希望をもつ。文学少年。
塾長 ??才 タヌキ顔。
暗転
辰雄 舞台中央にスタンバイ
『月光猿軍団』説明書を持っている
照明 中央サス
辰雄「ただいま、月光猿軍団ではお猿さんや先生たちと一緒に働いてくれる人を募集します。
職種 調教師
内容 お猿さんの調教をし、劇場やテレビなどでの各種演技を演出する仕事
人数 若干名(住み込み)
年齢 18〜30才くらい
学歴 不問
面接随時、履歴書を郵送してください。」
照明 FO
音響 CI→OP
照明 CI
○個別授業教室
机が向かい合わせで並んでいる。壁には私立大学のパンフっぽいものが貼ってあったり、
カレンダーの試験日に丸が描いてあったりする。
麗子 机に座ったままじっと、目の前の青年が書く姿を見ている。
その目はきびしめ。服の一番上は白衣。
辰雄 麗子の前に座っている
数学のプリントに頭を悩ませている。どうみてもやる気がなさそう
音響 FO
麗子「ほら、またそこ、計算間違えているわよ」
辰雄「え?」
麗子「こーこ。コサイン90度は、サイン(何度)?」
辰雄「・・・・90度」
麗子「ぶーー」
辰雄「・・・1度?」
麗子「こら、適当に言わない!」
辰雄「なにがサインでなにがコサインなんて、忘れちゃったよ」
麗子「もう、教えたでしょ〜。ボクシングで」
辰雄「・・・・・・えぐるパンチがコサイン?」
麗子「違う。『相手の顎をたたき上げるようにしつつその顎を抉り取るように打ち込む』のは、サイン」
麗子 いったん斜め上にパンチを放ってから机に向かって拳を突きつける
辰雄 つまらなそうに
辰雄「ジャブは?」
麗子「コサインだってば。『相手の眉間を捉えたと想った瞬間に頚椎を打ち抜く』のは、コサイン」
麗子 パンチを打ちながら机から立ち上がっている
斜め上にパンチを放ってから、机と水平にパンチをうつ。
辰雄「そんでアッパーが」
麗子「タンジェントよ。『相手のボディを打ちに浮いたその瞬間に敵の顎を打ち砕く』のが、
タンジェント」
麗子 再びパンチを二回放つ。
すでに身体は机を離れ、恍惚とした表情。
辰雄「・・・・・なぁ、麗子さん」
麗子「麗子先生でしょ」
辰雄「だって、先生俺と三個しか」
麗子「年は関係ないの! それに、まだ私20になってないわよ」
辰雄「んじゃ、俺早生まれだし、二つ違いか・・・・って、年気にしまくりじゃん」
麗子「女性の年齢を一々探るのはエチケット違反よ」
辰雄「・・・・麗子さ・・先生」
麗子「なに、辰雄」
辰雄「先生の教え方って、ぜってぇえ分かりにくいと思うんだけど」
麗子「え〜 なんでよ? すっごい分かりやすいでしょ?
ほら、これがサイン。これは、コサイン。そしてこいつがタンジェント〜」
麗子 言いながらパンチを放つ
麗子「こうやって身体で覚えれば、数学も身につくでしょ?」
辰雄「別に俺、ボクシング好きじゃないし」
麗子「じゃあ、空手でもいいわよ。正拳突を、ニ連発がコサイン」
麗子 空を二回叩く
辰雄「結局パンチなのかよ! てか、サインはどうするんすか?」
麗子「簡単よ〜(真剣な目で)相手を、ハイキックで捕らえた瞬間、
空に浮いたその体を拳で打ち落とす!」
麗子 言葉とともに動き
辰雄「空浮くような技なのかよ、その貧弱なハイキックが」
麗子「浮くわよ〜七歳までなら」
辰雄「うぉい! 洒落にならねえぞ!」
麗子「大丈夫。大丈夫。教職につこうとしている私が、そんな非道なことするわけ無いでしょ〜。
今は、たぬきの人形で我慢しているわ」
辰雄「今はかよ! ・・・・て、タヌキの人形なのはもしかして・・・」
麗子「だって、うちの塾長タヌキそっくりじゃーん。時々頭来るのよね、あのはげ親父」
辰雄「いいのかよ、そんなこと言って。また給料引かれるぞ」
麗子 一瞬はっとしてから
麗子「大丈夫。この教室は完全個室だから。音だって漏れないし〜」
辰雄「でも、あそこに覗き窓がある」
辰雄 客席の方を指す
麗子 客席に向かって慌てて愛想笑い
辰雄「誰もいなかったけどな」
麗子「辰雄! いい加減にしなさいよぉ。
もとはと言えば辰雄が余計なことばかり言うから変な話になったんでしょう!」
辰雄「いや、だから俺は」
麗子「言い訳しない!」
辰雄「ええ〜!? 俺が悪いの?」
麗子「さぁ、勉強勉強」
辰雄「しかも、無理矢理シカトかよ」
辰雄 やる気なさそうな顔で麗子を見る
麗子 席につきながら
麗子「なによ、その顔」
辰雄「べつに」
辰雄 勉強し始める
間
辰雄「……麗子さんさぁ」
麗子「麗子先生!」
辰雄「実際いいわけ? そのシステム」
麗子「なにが?」
辰雄「だって、麗子さんって、まだ大学生でしょ?」
麗子「そうよ?」
辰雄「現役で、有名大学在学中」
麗子「ええ。もちろん」
辰雄「・・・・表向きは」
麗子「嘘じゃないわよ!」
辰雄「でも、学校名は内緒なんだ?」
麗子「仕方ないでしょ。秘密にしろって規則なんだから」
辰雄「なんだか、疑わしいよねぇ〜。実は誰も知らないような大学だったりしても、
『(オカマ声で)業務秘密ですから』で、済まされるんだから」
麗子「あのねぇ。塾の経営だって最近大変なのよ?
学校は週五日制になっちゃったし、教科書は削られちゃったし。
んで塾の必要性が問われ始めているわけよ」
辰雄「それで?」
麗子「そのせいで塾が乱立しているでしょ。うちの近所の駅周りだけで、何件の塾があると思う?」
辰雄「えっとまずは、駿台だろ。代々木に早稲田が、大手。
んで、後は小規模なところが、学習院塾に、渡辺個人塾に、
海流塾に、ここ、KKKで、七軒」
麗子「KKKじゃなくて、○KJよ」
辰雄「同じようなもんだろう?」
麗子「全然違う。○○県、個別、塾で、○KJなんだから」
辰雄「TKGのパクリっぽいけどな」
麗子「それは言わない!」
辰雄「へーい」
麗子「・・・・で、なんでそういうことばっかり詳しいの?」
辰雄「そりゃあ、初め塾を決めるときに色々調べたからね」
麗子「さっすが受験生」
辰雄「まあね」
麗子「そういう子に限って、塾を選んだことで満足して勉強やらずに大学落ちるのよねぇ〜」
辰雄「・・・・・・・」
気まずい間
麗子「まあ、それはおいといて。それでね。こんだけ塾が乱立していると、
いかに実力があるかが勝負になるでしょ?
それなのに、無名大学の人間なんて入れられるわけないじゃない」
辰雄「なんでよ?」
麗子「なんでって・・・・名前も聞いたことない大学よ?
有名校に比べたら、いる人間のレベルが違うのよ。
努力することも知らないで大学に入ったような奴に、受験勉強を教えられるわけないでしょ?」
辰雄「・・・・有名大学に入ったからって努力しているとは限らないだろう?
天才っていうのもいるんだし」
麗子「いないわよ、天才なんて」
辰雄「即答かよ」
麗子「いい。『誰よりも、三倍、四倍、五倍勉強する者、それが天才だ』これ、
誰の言葉か知っている?」
辰雄「麗子さん」
麗子「自分で作ってどうするのよ」
辰雄「塾長」
麗子「あのタヌキがこんないい事いうわけないでしょ。野口英世よ」
辰雄「ああ、あの日窒(にっちつ)コンテェルンで新興財閥となった?」
麗子「それは野口遵(したがう)でしょ! なんでそういうマニアックなことばかりに詳しいのよ」
辰雄「いや、ここは何で先生も知っているんだよ。っていうツッコミが欲しいところだと思う」
麗子「思わなくていい。私、これでも社会は日本史だったから」
辰雄「・・・・よく受かったな。そんなマニアックな押さえ方で」
麗子「うるさいわね! ここは、千円札にもなる野口英世の言葉に感動する場面でしょ!?」
辰雄「ああ、彼が千円札になることに対しては、俺は少し考えるところがなくもない」
麗子「確かに、何で今更英世よ? って感じだけどねぇ」
辰雄「てか、英世ってなにした人よ? でしょ」
麗子「新渡戸稲造の二の舞にならなきゃいいけどね」
辰雄「だよなぁ。」
麗子「・・・・・って、そこじゃなくて、言葉よ、ことば」
辰雄「なんだっけ?」
麗子「だから、誰よりもぉ」
辰雄「誰よりも、三倍、四倍、五倍勉強するものねぇ・・・・」
麗子「わかってるじゃない。そう。天才は生まれるものじゃなくて、作られるものなの。
努力は必ず実を結ぶのよ『天才? そんな者は決していない。ただ勉強です。
方法です。 不断に努力しているということです。』という言葉もあるわ」
辰雄「それも、英(ひで)ちゃん?」
麗子「何でそんななれなれしいのよ。これは違うわ。ロダンよ」
辰雄「ろだん? ああ、『五重塔』を書いた?」
麗子「それは、幸田露伴(こうだろはん)でしょ」
辰雄「微妙なおしさだよな?」
麗子「全然おしくない! ロダンって言ったら、『考える人』よ」
麗子 言いながら『考える人』のポーズ
辰雄 あきれた顔で
辰雄「『考える人』はロダンじゃないだろ。『考える人』を作った人がロダンだろ?」
麗子「分かりやすいように説明しただけよ。まぁ、これで分かったでしょう? 努力の大切さが」
辰雄「だからって、何でそれが無名大学の教師がいないことに繋がるんだよ?
無名大学だからって努力していないってわけじゃないだろ?」
麗子「でも、有名大学に行ったものよりは努力が少ないわ」
辰雄「そんなの分かるわけ」
麗子「少なくても、私は自分がどれほど努力をしたか知っているもの」
辰雄「・・・・・・」
麗子「受験の時どれほど苦しんだかが、後で実になるのよ。
努力すればするだけ必ずいい結果が来るの。」
辰雄「努力、か。でもさ、先生・・・・先生に、『分からない』って、分かるのかよ?」
麗子「え?」
辰雄「・・・・サインだって、コサインだって、俺わからねえよ。
・・・・わからねえから勉強しているんだろうけど、わからねえから、わからねえんだよ」
麗子「・・・・・」
辰雄「麗子さんは、『わかる人間』なんだからな。分からないって無いんだよな」
麗子「だから、それは」
辰雄「麗子さんは、努力すればっていうけど、
一体わからない人間はどこまで努力すればいいんだよ?
春からずっと努力して、努力して、努力して・・・・初めてサイン教わったのなんか、
二年だぜ? もう一年以上前だよ。それでも分からないんだよ、俺。
なぁ? いつか分かるのかよ? いつ、分かるんだよ」
麗子「そんなの・・・・」
辰雄「まぁ、先生が分かるわけないのは当たり前だけどな。
先生にとっては俺は、努力の足りない奴なんだし」
麗子「別に、そういうことを言いたかったわけじゃ」
辰雄「いいんだよ。でも俺、一度でいいから言われてみたかったんだよ。
『そこは違う』とか、『そうじゃないよ』っていう言葉じゃなくって、
『自分も、わからなかったよ』って。だから、ちょっと馬鹿な先生に教わるのもいいかなって」
麗子「慰めが欲しいの?」
辰雄「そういうわけでもないけどさ」
麗子「でも、それじゃあ伸びないわよ」
辰雄「分かってるよ。・・・・でも、何つーかな。もう、伸びるのなんてどうでもいいっていうか」
麗子「なに言っているのよ。これからでしょ?」
辰雄「これからって言ったって・・・」
間
辰雄「・・・先生、俺さ、数学で受験って時点で無謀だって思うんだけど」
麗子「そんなこと言ったって、辰雄が一番得意なのは数学でしょ?」
辰雄「まぁ、三角関数に、logに、数列に、確率がなければ」
麗子「それじゃほとんど試験のメインは無理って事でしょ!」
辰雄「うん。だから、数学受験無理だろう?」
麗子「・・・・一学期、現国の期末何点だった?」
辰雄「三十四点。あ、でも太宰作品についての記述は完璧だったよ」
麗子「・・・辰雄、太宰好きだもんね」
辰雄「うん。あの、批判的精神はすごいよなぁ」
麗子「・・・リーディングに、ライティングは?」
辰雄「たしても百に行かず」
麗子「生物」
辰雄「赤点ギリギリ」
麗子「歴史」
辰雄「年表全滅」
麗子「無駄なとこばかり覚えているから」
辰雄「でも、徳川慶喜が死んだ年を答えられたのは、クラスで俺一人だぜ。
先生出すって言ってなかったしな」
麗子「何年よ?」
辰雄「1913年。『慶喜が逝く意味(1913)わかる?』って覚えた」
麗子「なんで、そこまで覚えて年表覚えてないの?」
辰雄「慶喜ってNHKでやっていたじゃん? だから覚えた」
麗子「そう・・・それで、数学は?」
辰雄「・・・六十点」
麗子「数学、頑張るしかないでしょ?」
辰雄「(溜息)俺、受験止めようかなぁ」
麗子「こらこら。そんな惰性であきらめたってしょうがないでしょ」
辰雄「別に、惰性なわけじゃないよ。・・・・先生は、何で大学入ったの?」
麗子「え? そりゃあ・・・とりあえず教師になりたくてよ」
辰雄「教師、なるんだ?」
麗子「たぶんね。なるわよ」
辰雄「なって、どうするの?」
麗子「そりゃあ、もちろん生徒に勉強を教えるのよ」
辰雄「なんで?」
麗子「『なんで?』?」
辰雄「なんで、勉強教えたいの?」
麗子「なんでって、・・・好きだからよ」
辰雄「・・・なんで好きなのさ?」
麗子「なんでって・・・・・・・・・・そんなの上手く答えられないわよ」
辰雄「なんで?」
麗子「好きな理由なんて、上手く答えられるわけないでしょ?」
辰雄「そうかなぁ?」
麗子「ケーキが好きだったり、納豆がきらいだったり、そういう好き、
嫌いの理由なんて説明できないでしょ?」
辰雄「その好き嫌いとは、違うんじゃないの?」
麗子「それは、そうかもしれないけど・・・・」
辰雄 突然真剣な顔になる。
辰雄「俺さ」
麗子「・・・・?」
辰雄「俺、実はなりたいものがあるわけよ」
麗子「凄いじゃん。辰雄。今からなりたいものがあるなんて。そのためにも受験を」
辰雄「実は、大学行かなくてもいいんだよ。俺のなりたいものって」
麗子「え? 大学に行かなくっていいって・・・
じゃあなんで受験なんてしようと思ったのよ。塾まで来て」
辰雄「何でかなぁ。それはよく分からないんだよね。親から『大学くらいは』って言われて、
俺も、マァそんなもんかなって思ったくらい。・・・・だから、受験に対してやる気がないのかなぁ?」
麗子「そんな・・・やる気がないんだったら、受験なんてお金の無駄なんだからしないほうがいいわよ」
辰雄「うわっ。そんなこと、塾の先生が言っていいわけ?」
麗子「そんなこと言っても、辰雄このままじゃ大学落ちるじゃない。
それで塾の実績が落ちるくらいなら、やめてもらったほうが将来的にありがたいわよ」
辰雄「なんだ。結局は塾のためか」
麗子「そういうわけじゃないけど・・・でも、大学行かないで一体なにになりたいの?」
辰雄「え?」
麗子「なりたいものがあるんじゃないの?」
辰雄「そりゃあ、あるけど。でもまだ親にだって言ってないんだぜ?」
麗子「いいじゃない。教えてくれたって。減るもんじゃないし」
辰雄「そういう問題なのか? てか、授業もしないで進路相談なんかやっていていいわけ?」
麗子「辰雄から始めたんでしょうが。
このままじゃ結局消化不良に終わってお互い気分が悪くなっちゃうわよ。
それだったら、教えてくれた方がいいでしょ?」
辰雄「別に俺は言わなくても」
麗子「そんなに恥ずかしいものになりたいの?」
辰雄「そういうわけじゃないよ」
麗子「まぁ、大学行かないでなるって言うくらいだからぁ・・・・・大工さんとか?」
辰雄「何で真っ先にそれが浮かぶかなぁ? 今時の大工は凄いよ?
建設系の資格は抑えているんだよ? そんな簡単に慣れやしないよ。下っ端ならともかくさぁ」
麗子「じゃあ・・・・・・工事現場の人?」
辰雄「結局、肉体労働系かよ。大体、俺がそんな肉体労働が出来そうに見えるか?」
麗子「なまっちょろい身体しているもんねぇ、辰雄は」
辰雄「余計なお世話だっつ‐の」
麗子「部活だって運動部じゃないしね」
辰雄「でも、俺の部活の運動量は運動部なみだぜ」
麗子「本当に〜? 演劇部でしょ。確か。そんなに運動するの?」
辰雄「あ、それは偏見。半端じゃないって。「枝樽リンゴ」って麗子さん知ってる?」
麗子「知らないわよ。なにそれ?」
辰雄「まぁ、若干うちのオリジナルも入ってるかもだけどさぁ」
辰雄 立ち上がって舞台中央へ
音響 CI→
辰雄「まず、その場でダッシュするわけよ。そして、誰かが手を叩きながら、
枝か、樽か、リンゴを言うわけ」
麗子「へぇ・・・・(手を叩いて)枝」
辰雄「といわれたらしゃがみ避け」
辰雄 枝を避ける
麗子「おおっ(手を叩いて)樽」
辰雄「といわれたらジャンプ」
辰雄 樽を飛び越える
麗子「んじゃ、(手を叩いて)リンゴ」
辰雄「といわれたら取る」
辰雄 リンゴを拾う
麗子「凄い凄い。んじゃ、樽。・・・・・枝。・・・・・枝・・・・リンゴ・・・リンゴ・・樽」
麗子 手を叩きながら次々と言っていく
だんだんペースが速くなっていく
辰雄 声に合わせて動き続ける。
が、徐々に辛くなってくる
麗子「上手い上手い。んじゃ、ポスト!」
辰雄「ぽ、ポスト!? 郵便でーす」
辰雄 ポストに手紙を入れる真似
麗子「んじゃあ、猫」
辰雄「ねこ!? か、かわいいなぁ〜こいつぅ」
辰雄 猫を拾う
麗子「を、抱きながらヤクザと対決」
辰雄「や、ヤクザ・・・・・・・できるか!」
音響 CO
辰雄 色々とポーズを取りかけてから 思い出したように動きを止める。
麗子「なんだ〜もう終わり〜?」
辰雄「わけわからなくなるっつーの」
麗子「でも、確かにこれなら体力つきそうね」
辰雄「だろ?」
麗子「でも、やっぱり運動部よりも体力なさそうだし、なれる職業なんて・・・・あ! コンビニ定員!?」
辰雄「甘いなぁ。コンビニだって競争社会よ? マーケティングできて、
プレゼン立てれなきゃ雇われないって。大学にでも行っていないと、無理無理」
麗子「じゃあなによ。まさか、永久就職とか言い出すんじゃないでしょうね」
辰雄「麗子さん、俺、一応男なんだけど」
麗子「だから、どこかの金持ちのマダムの所に婿養子・・・」
辰雄「んなわけないって。・・・・麗子さんって、案外、現実わかってないよね」
麗子「じゃあ、なんだっていうのよ」
辰雄「『月光猿軍団』」
麗子「はぁ!?」
辰雄「月光猿軍団だよ、知らないの? たまにやってるじゃん。テレビで」
音響 CI→
照明 CO
中央サス
辰雄 舞台前へ
周りに猿がいると仮定して(実際猿役が現れてもいい)
辰雄「はーい、ではこれから猿君たちに返事をしてもらいましょう。
みの吉君! よーし、いい子だ。ちゃんと返事できましたね。
ようじ君! ・・・咥え楊枝をするなっちゅうの! え? タバコ欲しい?
だめだめ、ようじ君はまだ、二歳でしょうが。
たけし君! ・・・・たけし君? ・・・・・おーい・・・・だめだ。寝てるわ。
たけし君〜バナナだよ〜・・・・言われた瞬間に目を開けるなこの馬鹿! 返事せい!」
音響 FO
照明 CI
麗子「・・・・月光猿軍団って、あの、ネオ江戸をモチーフにしたテーマパークで、
出し物の一つとしてやっている・・・」
辰雄「そうそう。色々な猿の芸をやる奴。俺さぁ、昔から猿好きだったんだよねぇ」
麗子「だからって、わざわざ調教師にならなくたって」
辰雄「だって、調教師にでもならなきゃ、猿に芸を教えられないだろ?
ペットとして飼うつもりはないしさぁ」
麗子「でも」
辰雄「猿はいいよ。愛嬌あるし。気難しいところもまた楽しいし。
まぁ、動物園じゃ、時々糞投げられるけどなぁ」
麗子「じゃあ時々塾に来るとき臭いかなぁって思っていたのは」
辰雄「猿見物に動物園行って、猿に怒られたんだよ、もちろん」
麗子「・・・・信じられない」
辰雄「なにが?」
麗子「何がって・・・受験を捨てて、やりたいことが、サルを教えることなの?」
辰雄「そうだよ」
麗子「そうだよって・・・・辰雄はもう少し真剣に将来を見ているんだと思っていた」
辰雄「なんだよそれ? 俺、真剣だぜ?」
麗子「だって、猿の調教師なんて・・・・まだ、コンビニ定員の方が現実味があるじゃない」
辰雄「なに言ってるんだよ。実際、人材募集しているんだぞ、月光猿軍団は」
辰雄 言いながらポケットの資料を取り出す
辰雄「ほら、ここにこう書いてある。
『お猿さんや先生たちと一緒に働いてくれる人を募集します。
職種 調教師
内容 お猿さんの調教をし、劇場やテレビなどでの各種演技を演出する仕事
人数 若干名
年齢 18〜30才くらい
学歴 不問
給与 月額基本給18〜20万円食事手当1.5万円公演手当5万円皆勤手当2万円など有
賞与 年額30〜50万円
待遇 昇給年1回各種社会保険完備
面接随時、履歴書を郵送してください。
お問い合わせはウッキープロダクションまで』って。
電話番号だってちゃんと載っている、しっかりとした会社だよ?」
麗子「・・・そんなもの、持ち歩いているの?」
辰雄「そんなものって言い方はないだろう? これが、俺の夢への掛け橋ってやつなんだから。
俺、今はまだ17だから面接受けること出来ないけど、18になったら受けるつもりなんだよ」
辰雄 麗子に入団説明書を渡す
麗子 それを放り捨てる
麗子「冗談もいい加減にして」
辰雄「だから、冗談じゃないって」
麗子「冗談にしか聞こえないわよ。大学に行かない理由が、猿を調教するため?
馬鹿にしないで。じゃあ、何で受験勉強なんてしていたのよ」
辰雄「いや、だからさっきも言ったろう? 親が『大学くらい』って言ったからだって。
それに、俺まだ18じゃないから面接受けられないしさ。
大学に挑戦するっていう経験もいいかなと思って」
麗子「そんな理由なの? もう、信じられない。そんな、くだらない理由で?
だいたい、猿を調教したいから、月光猿軍団に入りたい。なんて・・・」
辰雄「別に、麗子先生だって学校の先生になるために大学いったんだから、同じ事だろ?
俺は、大学に行く必要がないから」
麗子「人間と猿を一緒にしないでよ」
辰雄「別にあまり変わらないと思うけどな」
麗子「ぜんっぜん、違う」
辰雄「どこが、違うんだよ」
麗子「どこがって、違うに決まっているでしょう?
何で人間と猿が一緒にされなくちゃいけないのよ! 辰雄、猿なの?」
辰雄「自分が猿だなんて思わないって。
ただ、猿を教えるのも、人間を教えるのも、同じ事だろう?
まぁ、猿を教える方が百倍は楽しいけど」
麗子「同じじゃない!」
辰雄「そうかな?」
麗子「そうかなって・・・・・・・」
辰雄「・・・猿には芸を教える。人間には勉強を教える。
確かにその違いはあるかもしれないけどさ。でも、結局は同じだよ。
見られるために教え、教えられているんだ、人間も、猿も」
麗子「誰に見られるために?」
辰雄「他の人間にだよ」
麗子「勉強は自分のためにするものよ。誰かのためなんかじゃない」
辰雄「猿だって、自分が食べたいから芸を覚えるんだ。他の猿のためなんかじゃない」
麗子「そんなのへ理屈よ」
辰雄「それに、サインやコサインが自分のためになるの?
ライティングで何点取ったとか、どれほど漢字が書けるだとか。
そんなことが自分のためになるのか?」
麗子「生きるために必要よ」
辰雄「俺は、生きているよ。立派にね。数学も、英語も、俺が生きているのに必要ない。
今、この時点で勉強を止めたからって死ぬわけじゃない」
麗子「・・・社会で生きていくためには必要よ」
辰雄「だからね。見られるためにやるんだろう? 勉強は」
麗子「え?」
辰雄「周りの人間に自分がどんな風か見られるために必要なんだろう?
だから、『社会』なんて言葉を出さないと、正当性をもてなくなるんだ」
麗子「そんなことは・・・」
辰雄「麗子さんにさ、何で教師になるのかって聞いたよね」
麗子「え? それはさっき」
辰雄「うん。勉強を教えるのが好きだからだよね?」
麗子「そうよ」
辰雄「勉強って、なにを教えるの?」
麗子「英語よ。私、英文科だし」
辰雄「それで、英語のなにを教えるの?」
麗子「なにを?」
辰雄「教室に座っているいくつもの人間に、麗子さんは英語のなにを教えたいの?」
麗子「英語の・・・・・」
辰雄「ただ、英語って言う芸を仕込むだけでしょ?
何十人もの人間に。覚えられるだけの芸を」
麗子「そんなこと、ないわよ」
辰雄「そして、彼らは見られる。他の教師に、親に、大学に? 会社に?
どんな芸を仕込まれてきたのか。
僕なんかは、いわば出来損ないの猿に過ぎないんだろうね。
そして、麗子さんは優秀猿だ」
麗子「違うわよ。人間は猿じゃない」
辰雄「当たり前だって。人間が猿であるわけじゃない。
でも、猿に芸を教えるのと、人間に勉強を教えるのと、どこが違う?」
麗子「・・・・勉強は必要なことよ」
辰雄「俺、もう見られるために学ぶのはうんざりなんだ。
だったら、見られるものを変わりに作った方がいいのさ。
猿の芸ならお客さんが初めから見えているからね。
今見えている範囲を楽しませればいいだけだ」
麗子「人は、違うというの?」
辰雄「俺が今誰に見られているかなんて、わからないじゃんか。
親に? 教師に? 塾の先生? 道行く人たち?
皆に見られて、皆、見られるために勉強して、努力して、努力して」
麗子「それが悪いことなの? いつだって勉強よ。一生、勉強はついてくるのよ」
辰雄「だけど、その勉強は、こんなテキストが必要な勉強じゃない。
生きていくためにしか必要のないものだろう?」
麗子「・・・・・・」
辰雄「麗子さんは、こんな言葉を知っている?
『勉強ばかりさせて遊ばせないと、子どもは馬鹿になる』」
麗子「・・・・誰の言葉?」
辰雄「面白いだろ? イギリスのことわざ。この勉強って、
生きていくための勉強のことじゃないだろう?
それだったら、こんな言い方されるわけないだろう?」
麗子「勉強なんて、無駄だって言いたいの?」
辰雄「別に、そういうわけじゃないさ」
麗子「だったら、だったら私の努力はどうなるの?」
辰雄「・・・・」
麗子「私が頑張ってきたことはなんだったの?
私の努力を、あの毎日寝る間を惜しんで頑張って、頑張って、頑張って・・・
その努力を私は絶対無駄なんて思わない。必要がないなんて思わないわ」
辰雄「だろうね」
麗子「だろうねって・・・・勉強が必要じゃないと思っているんでしょう?
私のことを、本当は笑っていたんじゃないの? 無駄なことをしている人間だって。
私は猿なの? 見られるために、勉強して、
辰雄の前で知らずに芸を披露していたって言うの?」
辰雄「・・・・勉強が悪いなんて思わないよ」
麗子「じゃあなに! 一体、なにが言いたいのよ!」
辰雄「・・・・『勉強は悪くないのだ。勉強の自負が悪いのだ』これは、誰の言葉でしょう?」
麗子「え?」
辰雄「・・・・・・正解は、太宰治。勉強って、それ自体を重要視するものじゃないだろ?
なにを学ぶかとか、何のために学ぶかとか、そういう目的が大切なんじゃないの?
だったら、俺の夢だって早々馬鹿に出来るもんじゃないだろ?」
麗子「勉強の自負?・・・・私は・・・・・」
辰雄「ここが塾だからかもしれないけど、麗子さんさ、いつも勉強ばっかりで。
なんか、肩こっちゃうよ、それじゃ。努力してきたって分かるけど。
頑張ってきたこと知っているけどさ。でも、勉強ってそれだけじゃないじゃん?
猿だって芸を仕込まれるのに努力するし、頑張らなくちゃいけないけど・・・
でも、それだけじゃないんだ」
麗子「それだけじゃない?」
辰雄「楽しいんだよ、あいつら。自分たちがやることを楽しんでいるんだよ。
そりゃ、嫌なことだってあるかもしれないし、わけ分からなくてすねることだってあるさ。
でも、楽しくなくちゃ芸なんて覚えないだろう?
無理矢理覚えさせられた芸見せて、客、喜ばせないだろう?」
麗子「楽しむ・・・・」
辰雄「駄目な奴って、楽しめなきゃ駄目なんだよ。
面白いって思わなくっちゃ、勉強なんて身につけられないんだよ。それに・・・・」
麗子「それに?」
辰雄「勉強だけって押し付けられるのは、苦しいんだ。
だって、勉強だけじゃないんだから。俺たちは」
麗子「・・・・そうね」
辰雄「駄目な俺が言うのもなんだけどさ。でも、麗子さん先生になるんだろう?
学校なんて、駄目な奴、結構多いんだぜ?
頑張りやばかりの学校なんて、俺見たことねえよ」
麗子「辰雄は、転校なんてしたことないでしょ」
辰雄「ま、それはそうなんだけどね」
麗子「・・・・・・本当に、月光猿軍団に入るの?」
辰雄「ああ。18になったらね。まぁ、誕生日迎えたら速攻で面接受けてやるけどな」
麗子「落ちたらどうするの?」
辰雄「また受ける」
麗子「・・・・真剣、なんだ」
辰雄「まぁ、大学受験よりは」
麗子「・・・・だったら、こんなところで油売ってないで、入団方法を、真剣に考えなさいよ」
辰雄「いや、受験はしないけどさ」
麗子「けど、なによ」
辰雄「・・・・・卒業できるか、分からないだろう?」
麗子「・・・・・確かにね・・・・」
辰雄「おい、笑うなよ! ここは笑うところじゃないだろう?」
麗子「なに言ってるのよ。笑ってなんかいないわよ」
辰雄「いや、絶対笑ったね」
麗子「まぁ、とにかく卒業試験では赤を取らないように頑張らないとね」
辰雄「ああ、それまでは学校に見られる駄目猿の自分で我慢するさ。
春になったら、俺が猿を教える番だからな」
麗子「んじゃああ、とっとと勉強に入りましょう。今日、もう残り時間少ないわよ」
辰雄「へーい」
辰雄 席についてテキストに目を通し始める
麗子「・・・・辰雄」
辰雄 顔をあげずに
辰雄「なにさ?」
麗子「私、がんばるよ」
辰雄「なにを?」
麗子「楽しい授業を出来る先生になるわ」
辰雄「・・・・・なんで?」
麗子「好きだからよ。もちろん」
辰雄「・・・・・なんで好きなの?」
麗子「・・・・どうせなら、どんな生徒でも『わかった』って喜んでもらいたいじゃない?
年に、何回もそんな笑顔向けられる仕事なんて教師くらいしかないわよ。
たぶん、その笑顔が好きだからよ」
辰雄「・・・・・そっか」
辰雄 少し嬉しそうに笑って
辰雄「いいんじゃない、それって」
麗子「でしょ」
辰雄「うん。いいと思う」
辰雄 またプリントに目を落とす
麗子 辰雄のプリントを見て
麗子「あ、そこはちょいと違うわねぇ」
辰雄「どこか間違えてる?」
麗子「勘違いはっけーん。サインは?」
辰雄「アッパーカット」
麗子「それはタンジェント」
辰雄「ああ、ジャブだ」
麗子「それは、コサイン」
辰雄「・・・・麗子さん、俺、やっぱりその覚えさせ方だけはやめたほうがいいと思う」
麗子「そんなことないわよ〜」
麗子 身振りでサインを教え始める。
その表情は楽しげ。
辰雄 それを仕方なさそうに見ている
その表情にはどこか肩の力が抜けたものがある
音響 ノック音
麗子「はい」
塾長 上手より登場
麗子「塾長? どうしたんですか?」
塾長「辰雄、ちょっと」
辰雄「俺ですか?」
塾長「うん。お母さんがいらっしゃっているんだ」
辰雄「母さんが?」
辰雄 上手へ退場
塾長「どう? 辰雄は順調?」
麗子「あまりやる気ないみたいです」
塾長「やっぱりそうかぁ」
麗子「・・・・・何かあったんですか?」
塾長「うーん。よく分からないなぁ。
ただ、この時間に親御さんが現れるなんてめったにないからねぇ」
麗子「そうですか」
塾長「それより、あれ、なかなか面白かったよ」
麗子「『あれ』?」
塾長「サイン、コサインの覚えさせ方だよ。ボクシングかな?
身体で覚えさせようって言うのは、いい考えだね」
麗子「げ、見てたんですか」
塾長「なんだ、その嫌そうな顔は。もちろん見てましたよ〜私は。
勢いあまって生徒を殴らないかと冷や冷やしながらね」
麗子「すいません」
塾長「いいよいいよ。問題にならなければ私はそれで」
麗子「問題なんか、起こしません」
塾長「分かってるって。信用しているよ」
麗子「(ボソリと)くそだぬきが」
塾長「うん? 何か言ったかい?」
麗子「いえ、何も」
辰雄 上手から登場
辰雄「あの」
塾長「ああ、辰雄。どうだった?」
辰雄「いえ・・・今日は、もうこれで帰ります」
塾長「え? ああ、そうか。時間ももうないしね。いいよ。わかった」
辰雄「それと・・・・母が、呼んでいます」
塾長「はいはい。んじゃ、帰り支度していてね。じゃあ、私は行くから」
麗子「あ、はい」
塾長 上手へ退場
辰雄 無言のまま荷物を片付け始める
麗子「・・・どう、したの?」
辰雄「・・・・・べつに」
麗子「なにか、あったの?」
辰雄「何も無いよ」
麗子「じゃあなんでそんな暗いのよ」
辰雄「照明のせいだろ」
麗子「そりゃ、ここの照明ってあんまり質よくないけど」
辰雄「係りの腕も悪いし」
麗子「やめてよ、人間関係が崩れるでしょ。人数すくないんだから」
辰雄「って、そんな話は関係ないだろ」
麗子「そうだったわね。・・・・なんで、そんな暗いのよ」
辰雄「照明のせいだろ」
麗子「そりゃ、ここの照明ってあんまり質よくないけど・・・・って、ちがーう!」
辰雄「一人ボケ、つっこみか?」
麗子「暗いのは辰雄! 証明は関係ない!」
辰雄「暗いかな? 俺」
麗子「暗いわね」
辰雄「おかしいなぁ」
麗子「・・・・どうしたのよ。何かあったんでしょ?」
辰雄「大したこと無いよ・・・・・・」
間
辰雄「・・・親父、会社辞めたって」
麗子「え?」
辰雄「んで、苦しくなるだろうから、とりあえず塾は辞めてくれだとさ」
麗子「じゃあ、今日で最後って事?」
辰雄「そうらしい」
麗子「大事件じゃない!? 大したことあるわよ!」
辰雄「やっぱり、そうだよなぁ」
麗子「自覚無かったの!? 今ごろ落ち込んでどーするのよ」
辰雄「いや、だっていきなりだよ? 実感湧く? 無理無理。絶対無理」
麗子「・・・でも、塾辞めてどうするのよ? 一人で勉強できる?」
辰雄「わからないけど・・・・でも、もう受験も無理っぽいし。まぁ、する気無いけど」
麗子「なんでよ?」
辰雄「俺、長男だから。下、まだ二人もいる。金かかるのよ」
麗子「でも、どうなるかなんて、まだわからないでしょ?」
辰雄「確かにね。とりあえず今日帰ったら家族会議だろうから。そのときにははっきりするさ」
麗子「そう」
辰雄 ポケットから月光猿軍団の募集の紙を取り出す。
辰雄「これ、無理かもな・・・・」
麗子「なに言うのよ、いきなり」
辰雄「だって、親父が仕事やめたのなら、俺も働かなくちゃ、やっぱまずいだろうし」
麗子「だから働くんでしょ? その仕事で」
辰雄「できればいいけど・・・・・・・許してくれると思う?」
麗子「そんなの分からないわよ」
辰雄「赤の他人でさえ、聞いた瞬間冗談かと怒り出すような仕事先だよ?」
麗子「それは・・・他人だから、冗談かと思ったかもしれないじゃない」
辰雄「親だったら、余計冗談だって思うって」
麗子「・・・・・・・・」
辰雄「・・・・まあ、あたって砕けろ、かな」
麗子「砕けたらどうするのよ」
辰雄「・・・・・もう一回ぶつかるさ」
麗子「それでも駄目なら?」
辰雄「大丈夫になるまで、ぶつかるさ」
麗子「・・・・・・うまく、いくといいわね」
辰雄「ああ。応援よろしく」
麗子「はいはい」
塾長 上手より登場
塾長「辰雄。準備できたか?」
辰雄「OKです」
塾長「お母さんが、入り口で待っているから」
辰雄「はい」
塾長 上手へ退場
辰雄「それじゃ」
麗子「勉強も、しっかりやりなさいよ」
辰雄「気が向いたらね」
麗子「卒業できないわよ」
辰雄「・・・・・死ぬ気で頑張ります」
麗子「よろしい」
辰雄 上手へ退場しかけ
辰雄「なれるよ、麗子先生は」
麗子「なにが?」
辰雄「麗子先生は、先生になれるよ」
麗子「・・・・・・ありがと。辰雄も、頑張りなさいよ」
辰雄「・・・・・うん」
麗子「元気ないわねぇ〜」
辰雄「まぁ、テレビに注目しといてよ。来年にはいきなりデビューかもよ」
麗子「期待しているから」
辰雄「うん。じゃね」
辰雄 上手へ退場
音響 FI
麗子「・・・・がんばれよ」
麗子 机を撫でる
自分に言い聞かすように
麗子「頑張れ」
麗子 頷く
音を高めていく
照明FO
完