はしれ、あのひのひーろーみたいに
走れ、あの日のヒーローみたいに 

作 楽静

登場人物(男1人 女6人 計7人)
ヒイロ (水柿ヒイロ) 高校2年生 ヒーローになりたい少女。
スズメ (蘇芳雀)   高校2年生 進路に悩む少女。わがままな小心者。
アサ (東雲亜砂)  高校2年生 真面目で淡々と日々を過ごす少女。
タカコ (蘇芳鷹子)  スズメの母。
テルミ (常盤輝美)  バイト先の先輩。元ヤン。
フジムラ (藤村咲)    ヒイロ達の担任。優しそうでドライ。
シロヤ (白谷黒男) 大学3年生 学校警備員。
子供A  フジムラと兼任
子供B  スズメと兼任
子供C  タカコと兼任
子供D  シロヤと兼任
少女  アサと兼任 ヒーローの格好をしている

※作中に出てくる行為は実際に行えばもちろん犯罪です。決して行わないようにしてください。
※子供たちA~Dは記号的な仮面、もしくは印象に残らない格好をし、顔の判別はつかない。また、子供たちの兼任は初演の配役であり、AとCに関しては変更も可能。
※初演の上演が10月だったため、11月に面談があるという設定になっていますが、上演時期によって変更しても面白いかと思われます。
※途中に出てくる公園名は地元で広い(少なくとも学校より)公園の名前をお使いください。初演時は岸根公園でした。


    とある高校の生徒たちの物語。
    十一月ごろの話。最終的に、11月18日前後を舞台とする。(※この設定はその日がしし座流星群の時期だからです。)
    舞台は高校や、スオウ家、ヒイロのバイト先、と転々とする。


S01  ヒーローがいた日

    幕が上がるとヒイロが一人立っている。

ヒイロ 昔、ヒーローに会った。
子供AC うぇーーい!

    ヒイロを囲むように、少年少女ACが現れる。
    反対に逃れようとすると、

子供BD うぇーーい!

    子供BDが現れる。囲まれる。ヒイロ。子供達は判別がつかないよう仮面をつけている。
    子供Dだけ、木の棒にう○こを刺している。
    子供たちは色々とヒイロに向かって声をかけるが、記憶に残っている台詞だけ言葉として聞こえる。
    おどおどするヒイロ。幼い声が子供達に答えるが、それは心の声。

A お前さ、かいしゃがつぶれたから親父と逃げてきたんだろ?
BC うぇいうぇーい?
D うんこぉー?
ヒイロ声 違うよ。パパの「じっか」だから、パパと来ただけ。
B いつも似たような服着てるのはなんで?
AC うぇーい?
D うんこ?
ヒイロ声 これは、ママの趣味なだけで、
A 黙ってないで何とか言えよ!
CB うぇーい!!
D うんこぉぉ!!
ヒイロ声 やめてよ。

    と、Aから逃れようとしてBに当たる。

B 痛っ。
A 何ぶつかってんだよ!
C うぇーい!!
D うんこつけちゃうぞ。
A おい、やっちまおうぜ?
BCD うぇーい!!
ヒイロ声 来ないで!
少女 待ちなさい!

    と、まるでヒーローのように、仮面をつけた少女が現れる。
    少女の顔は鼻から上を隠すような仮面で見えない。

C うぇーい?
D うんこ?
A お前には関係ないだろ。
B 話してただけだし。
少女 だったら私も、話とやらに入れてもらいましょうか!

    と、少女はAをはたく。

A 何すんだ!

    Aが掴みかかるが少女は避ける。そして、蹴り飛ばす。

少女 大勢で一人を囲む卑劣さを恥じなさい!

    少女によって子供達は次々に倒される。子供たちは次々に逃げていく。

ヒイロ 彼女はヒーローだった! 私にとってのヒーローだった!
少女 (「大丈夫」の形に口は動くが声は聞こえない)
ヒイロ その記憶は鮮明にあるのに、何故だろう。あの時彼女が言った言葉も、彼女の顔も、どうしても思い出せない。

    ヒイロが気を失いぐったりとなる。少女が支えようとするが出来ない。
    少女はヒイロの脈を図る。その後、慌ててあたりを見渡し、そして走り去る。

S02 バイト先にて 11月中ごろ その①

    ぐったりしていたヒイロの顔が上がる。あたりはヒイロのバイト先に。椅子の上に鞄。
    ヒイロが話しているうちに店員(テルミ)がやって来る。私服にエプロン。

ヒイロ あれから時は流れ、いまや私は高校二年生。あの頃とは住んでる場所も、背も、変わったけれど、一つだけ変わってないものがある。私は、ミズガキ・ヒイロはヒーローになりたい!
テルミ とりあえず、更衣室でそんな叫ぶと、客に丸聞こえだから、ボリューム落とそうか。
ヒイロ すいません。
テルミ しかし、「バイトばっかしていて、進路決まってるの?」って質問から、回想シーンまで織り込んで熱く語るとは思わなかったわ。
ヒイロ すいません。
テルミ まさかそれ先生の前でも披露とか?
ヒイロ はい。面談で「ヒーローになります!」って宣言しました。
テルミ 先生は?
ヒイロ 「そう」って深く頷いたきり動かなくなりました。
テルミ それは頷いたんじゃなくて、うなだれたんだな。
ヒイロ あたしだってわかってますよ? ヒーローって職業が無い事くらい。だけど誰かにとってのヒーローでいられるような、そんな仕事がしたいと思っているんです。具体的には決まってないですけど。
テルミ うん。それを先生に言うべきだったよ。

    と、携帯の音。鞄の中からしているらしい。

ヒイロ すいません。電源切るの忘れてました。
テルミ 友達?
ヒイロ そんな感じです。でも、えっと、(と、出るかどうか悩む)
テルミ バイト上がったんだし、出れば? あたし、次のシフトのことで店長とちょっと話してくるから。年末近いからって、シフトきつすぎなんだよ。
ヒイロ テルミ先輩! 今日もフォローありがとうございました。
テルミ 先輩として当然の事だから。気にすんな。

    と、テルミが去る。
    ヒイロは電話に出る。違う場所にスズメが現れる。

ヒイロ はい。
スズメ あたし。スズメだけど。あのさ、
ヒイロ 今日の授業ならノートばっちりだよ。でも昨日の体育後の物理はアサのノート頼ったほうがいいと思う。午前授業だと思うと、なんか夜更かししちゃうせいで授業中眠くてさ。
スズメ そうじゃなくて、あのさ、
ヒイロ うん。
スズメ ……助けて、(なんて言ってみたりして)
ヒイロ わかった! 今から行く!(と、電話を切る)
スズメ え? 今から? って切るの早いし。……どうしよう。
ヒイロ テルミ先輩! お先失礼します!
テルミ声 気をつけて帰んなよ~。
ヒイロ 帰る前に、ちょっとヒーローになってきます!

    と、鞄を掴んでヒイロが去る。テルミが現れる。

テルミ 今、なんか変なこと聞こえなかったか?

    テルミが去る。
    スズメは携帯を見ながら悩んでいる。スズメの姿が見えなくなる。

S03 学校にて 同日

    スズメとは違う場所にシロヤとフジムラが現れる。
    シロヤは片手に懐中電灯、片手にマスターキーを持っている。

フジムラ シロヤ君。
シロヤ あ、フジムラ先生。お疲れ様です。
フジムラ 今日も学校警備?
シロヤ そうなんですよ。あの、職員室は先生方まだ残られている感じですか?
フジムラ 面談週間だから。でも生徒はあまりいないんじゃない?
シロヤ 午前授業ですもんね。
フジムラ 教室は面談でそのまま使うし。今の時間までいるとしたら、(と、お化けのポーズ)こんなのとか?
シロヤ やめてくださいよ、俺駄目なんですそういう話。
フジムラ でも、出るって噂あるじゃない? うちの学校。
シロヤ 知りません。まったく知りません。
フジムラ 時々物理室あたりでぼそぼそ声がするとか、なんか見えるとか、
シロヤ いません! それは音の反響とか、プラズマです!
フジムラ 誰もいないはずの廊下に、足音だけがひたひたひたって。
シロヤ いません! (と、言いつつ後ろを見てしまう)ほら、誰もいないじゃないですか。いないんですよ、そういうのは。

    と、シロヤの後ろからアサが現れる。制服姿。
    本を読みながら歩いている。

フジムラ あ、いた。
シロヤ は?(と、振り向いてその目がアサを見る)ぎゃああああ! 
アサ (と、その悲鳴に思わず)きゃあああ! 
シロヤ 出たぁ!(と、マスターキーを放り出し走り去る)
アサ え、なに。なんですか?
フジムラ シロヤ君! 鍵! (と、マスターキーを拾い)いくら怖いからって、マスターキー放って逃げちゃダメじゃないの。ね。
アサ はあ。
フジムラ って、シノノメさん? こんな時間まで残ってたの。勉強?
アサ まあ、ちょっと。
フジムラ 気を付けて帰りなさいね。
アサ はい。
フジムラ (と、鍵をもって)シロヤ君~。お化けなんていないから。戻ってらっしゃい。

    と、言いつつフジムラはシロヤを追いかけて去る。

アサ (と、自分の顔に触れ)そんな、怖い顔してたかな。

    と、電話が鳴る。アサが携帯を手に取る。
    別の場所にヒイロが現れる。走りながら携帯を握っている。

ヒイロ あ、アサ? あたし! あのね、スズメが大変なんだって。
アサ 何いきなり。風邪で休んでたんじゃないの?

    どこかに悩んでいるスズメが現れる。
    歩き出すアサ。

ヒイロ 違うみたい。さっき、「助けて」って電話してきた。
アサ ふーん。
ヒイロ だから、アサもスズメの家まで一緒に来て。
アサ そりゃヒイロは呼ばれたかもしれないけど、あたしには電話来てないし。
ヒイロ アサのとこにはこれからかけるとこだったんだよきっと。
スズメ (と、電話をかけていたらしく)アサも話し中だし……。
アサ いきなり行っても迷惑じゃない?
ヒイロ 大丈夫。スズメの家、お父さん単身赴任中だし。お母さんは夜遅い仕事って言ってたから。今スズメ一人だよ。
アサ あんたなんでそんなあの子の家に詳しいの。
ヒイロ いいから行くよ! 一緒にヒーローになろう!
アサ はぁ!?

    アサのところに飛び込んでくるヒイロ。二人走り去る。


S04 三者面談。11月の初めの方。

    うなだれているスズメの横に母親(タカコ)が現れる。反対からやって来る先生(フジムラ)。母親に頭を下げる。
    三者面談が始まる。

フジムラ と、これが中間テストの点数の一覧ですね。
タカコ ひどい点数。
フジムラ あ、でも、出席状況も授業態度もおおむね問題がないと各教科の先生からは報告を受けています。
タカコ 授業態度が良いなら、もう少し点数取れるはずですよね?
フジムラ 二年生ともなると、授業だけで全ての学習を済ませるというのは難しいかと。お家ではどれくらい学習に時間を取られていますか?
タカコ 私、夜は遅くまで仕事なので。子供に任せてますけど。あんた、ちゃんと勉強しているの?
スズメ してるし。
フジムラ まぁ、スズメさんの進みたい方向では必要ないと思う教科もあるかもしれないけど、色々な勉強出来るのは今だけだから、もうちょっと頑張ってみようか。
スズメ はい。
タカコ 進みたい方向? あんた進路決めてたの?
フジムラ お聞きになってないんですか?
タカコ ……家ではそういう話一切しない子なので。
スズメ 今度するし。
タカコ それで、どこの私大? 国公立を目指してくれるなら嬉しいけど。
フジムラ さすがに今のままの成績だと国公立は難しいかと。
タカコ でも、大学ならどこでもいいってわけじゃないですから。
フジムラ と言うよりスズメさんは大学に行きたいわけじゃないんだよね?
タカコ ……はい?
フジムラ 服飾関系の専門学校に行きたいと、聞いているんですが。
タカコ ……ふく、しょく?
フジムラ 着る服の、
タカコ 意味が分からなかったわけじゃありません! スズメ、本気? そんな話一度も聞いたことないんだけど? 
スズメ それは、
タカコ 誰がお金出すと思ってるの? 自分で入学金や授業料払うっていうんなら、あたしは別になにも言わないけど。でも無理でしょう? なのに、一言の相談も無いっておかしいと思わない?
スズメ どうせ反対するし。
タカコ するに決まってるでしょう!? 
フジムラ あの、お母さん落ち着いて。そういった話は家でゆっくりと、
タカコ 家じゃこの子、そういう話はしないんだって言いましたよね? だから今しているんですけど?
フジムラ でしたら、これから時間をお互いに作ってですね、
タカコ 時間を作っても結論は変わりませんから。……大学に行くならお金は払ってあげる。もちろんあたしやお父さんが名前を知っているような大学ならだけど。それ以外の大学や専門に行きたいっていうのなら、自分でお金を用意しなさい。

    と、タカコがさっさと歩き出す。

フジムラ あ、スオウさん。ちょっとお待ちください。

    と、フジムラも追って去る。

S05 スズメの家。 11月の中ごろ その②

    二人と入れ替わるようにヒイロとアサがやって来る。
    スズメの部屋。洋服かけには服がかかっている。箱っぽいものに布がつまっている。

ヒイロ なるほど。難しい問題だね。
アサ 服飾系って、服縫えるの?
スズメ まぁ、割と。ほら、そこに布があるでしょ。
ヒイロ ああ! これを広げると服に!?
スズメ いや、ただの布。安かったから買ってみたら、ちゃちくて。
アサ 服飾系を目指すって言葉に全く説得力ないわね。
スズメ そのうち作るし。ってか、アサも来たんだ。
アサ 帰る。
ヒイロ ちょっと! 来ていきなりそれは無いって! あのね、アサもここ数日心配してたんだよ。
アサ してない。
ヒイロ スズメのためにってノートをいつもより綺麗にとってたんだよ。アンダーライン、定規使って引いてたし。
アサ 試験前だから。
ヒイロ こんな時間に駆けつけてちゃ、それこそ説得力ないよ。
アサ あんたが引っ張ってきたんでしょう。
スズメ なんかさ、面談が終わってから学校行く気なくなっちゃって。
ヒイロ この時期の面談はちょっと重いよねぇ。進路決まってないと特に。
アサ そう? 私は行きたいとこは決まってるし、反対されてないからそうでもないけど。
ヒイロ アサどこ目指してるの?
アサ 慶應。一応記念で東大も狙ってみるけど。
ヒイロ 頭いい人は違うね。
アサ あんたも成績いい方でしょ。そもそも、頭良いかどうかなんて関係ない。学習時間の差で決まるのよ。明日だって、朝から勉強の予定。
ヒイロ え、明日って土曜だよ?
アサ 私立だったら授業のところもあるんだから。そういうとこに追いつくためには、休みの日も無駄にしないようにしないと。
スズメ 休みの日まで勉強なんて絶対無理だし。
アサ 「やりたくない事があったら、毎日必ずそれをやることだ。これが苦痛なしに義務を果たす習慣を身につけるための黄金率だ」
スズメ いきなりなに?
アサ 私の好きな作家の言葉。
ヒイロ マーク・トゥエイン?
スズメ 誰?
アサ 「継続は力なり」とも言うでしょう? 続けることが大事なのよ。
スズメ それ、あたしが飽きっぽいって言いたいの?
アサ そう聞こえるならそうなんじゃない?
ヒイロ ああ、でもそうだよね! あたし科学嫌いだったけど、付録がついてくる科学雑誌をパパが買ってきてね。これなら続くだろうって。で、毎回出るたびに買ってるうちに、
アサ 科学が面白くなってきた?
ヒイロ 付録を作るのが楽しくなった!
アサ それはちがう。
ヒイロ もちろん作るだけじゃなくて、付録で遊ぶのも忘れない。雑誌を読むことはたまに忘れるけど。
スズメ 意味ないし。
ヒイロ 先月はテルミンがオマケだったから、ちょっとした音楽家になった気分だったよ。
スズメ なにテルミンって?
ヒイロ テルミンっていうのはね、(と、鞄からテルミンを出す)これよ!
スズメ なにこのおもちゃ。
ヒイロ これがね~楽器になるのですよ!(と、鳴らす)
アサ (と、その流れを断ち切るように)同じ作家の言葉にこういうのもある! 「今から20年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことに失望する。」嫌だからって立ち止まってたら差は縮まらないし、嫌な事も終わらない。そう思ったら歩くしかないんじゃない?
スズメ 出来るのが当然みたいな言い方むかつくんだけど。
アサ まずそういう反応しかできない自分自身を省みなさいよ。
スズメ 「かえりみる」ってなに? 意味わかんないし。
アサ 辞書を引く癖つけたら?
ヒイロ 二人ともそこまで。それで? 結局スズメはどうしたいの?
スズメ あたし?
ヒイロ 「助けて」って言ったのはスズメでしょ? 何を助ければいい?
スズメ あたしは、だからさ、……なんか面白いこと考えてよ?
ヒイロ ……は?
スズメ 学校行く気ないけど、このままだとまずいのはわかるし。面白いことがあれば行きたくなるじゃん? だから、さ? なにか、あたしが学校行きたくなるような、面白いことを考えて。
ヒイロ は~!?

    音楽。あたりは一度暗くなる。

S06 学校に行きましょう!11月12日~15日

    雰囲気の変わった空間。
    箱を持ってくるヒイロ。マイクを用意するアサ。

アサ ミズガキヒイロの「学校へ行きましょう」司会はシノノメ・アサでお送りします。これを聞いたら今すぐ学校へ行きたくなる! ……かもしれない。
ヒイロ なるなる。絶対になる!
スズメ まあ期待してるよ
アサ では、ヒイロさん。お願いします。
ヒイロ はい! 第一段! (と、箱から制服を取り出す)
スズメ 制服?
ヒイロ これを着られるのも、あと一年と少し。それが終わったらもう「なんちゃって」でしかない。学校以外のどの場所で着ていても若干浮いてしまうこの服を、素敵に着こなせる場所も学校だけ。今ならなんと、冬服の着こなし一覧もセットでお届け!
スズメ 制服、もう一年は着たからいいかなって気もしない?
アサ わたしはさっさとスカートをはかなくていい生活になりたいわ。
ヒイロ ええい! では第二段! (と、写真を取り出す。手をつないだ写真)
スズメ 写真?
ヒイロ 友情! 高校時代で作られる友人関係は一生もの! その友人関係も、学校へ行かないと出来ない!
スズメ でも高校時代の友情ってそんなに大事?
ヒイロ え!? まさかの私全否定!?
スズメ あ、そりゃヒイロとは高校からだけど。
ヒイロ 思い出すよね。あの、運命的な出会いの事。
スズメ え? なんかあった?
ヒイロ 忘れちゃったの!?
スズメ いや、そんな印象的なエピソードなかったじゃん。てか、ヒイロとの接点ってアサだったし。
アサ あたしがヒイロにスズメを紹介したね。
スズメ だよね。だよ。
ヒイロ ま、覚えてないならいいや。あたしは……うん。いいんだ。
スズメ え、やめてよその、「私は覚えてるけど、あなたは覚えてないんだね」っていう空気出すの。なんか責められてるみたいだし。
ヒイロ あたしは覚えてるけど、スズメは忘れちゃったんだね!
スズメ 口に出すとかまじないし!
ヒイロ それはともかく、大事だよね。友情。アサもそう思うでしょ?
アサ (と、スズメに)あんた将来服飾関係に行きたいんでしょう?
スズメ だから?

アサ だったらあんまり高校時代の友人って関係ないんじゃない? 進む分野が違えば、会話はあわなくなるでしょう? そもそも生活リズムが変わるだろうから、会う事もあまりなくなるだろうし。ということは、無理して友人を作ろうとしなくてもいいんじゃないかと思うけど。
ヒイロ 援護かと思ったら、まさかの友人いらない発言!?
スズメ それで、もう終わり?
ヒイロ まだまだ! 

    箱から色々なものを出すヒイロ。体育祭の鉢巻きや、勉強の教科書。登下校の写真…etcスズメは首を振り続ける。
    やがて、力尽きて膝をつくヒイロ。スズメとアサが去る。

S07 再びバイト先にて 数日後。

    バイトの音楽が流れる(ドアチャイムや、何かが出来上がる音)
    数日後の更衣室。ぼんやりと座るヒイロ。
    と、テルミがやってくる。

テルミ あれ? まだいたんだ? 
ヒイロ え? えぇ!? うわっ。こんな時間!?
テルミ バイト中もぼんやりしてたし、悩み事? 勉強がきついとか?
ヒイロ 勉強はそれほどでもないんですけど……。
テルミ とすると、恋か? 友情か? 良かったら、(と、自分を指さし)お姉さんに悩みを相談してみなさいな。
ヒイロ 私一人っ子だから無理です。
テルミ あれれ? おかしいな。これは、私の言葉がうまく伝わらなかったのか、それとも遠まわしに、「お前に相談する事なんかねーよババア」って言われたのか、判断に困るなぁ。
ヒイロ テルミ先輩! 相談に乗ってくれるんですか!?
テルミ うん。まず、「ババア」って所を否定して欲しかった。
ヒイロ 実は今ちょっと不登校ぎみの子がいて。
テルミ 友達?
ヒイロ そんな感じです。全然行く気が無いみたいで。
テルミ 気持ちはわかるな、高校ってそんな行きたいと思って行ってた場所じゃなかったから。
ヒイロ なんか、調べてみたら、不登校にも色々な種類があるみたいなんです。
スズメのは「無気力型」って呼ばれている奴なんじゃないかと思うんですけど。
テルミ だるくてサボるってこと?
ヒイロ 原因は人それぞれらしくて。無理に登校させても逆効果な面もあったり。でも何もさせないままだと、無気力さが加速してしまうこともあるって。
テルミ 面倒くさいな。一度ボコボコにしてさ、鼻血とか涙とか色々なもの垂れ流しながら「学校に行かせてください」って言わせちゃえば、自然と行くようになると思うけど。
ヒイロ 恐っ。そんな悪役みたいなこと出来ません。
テルミ んじゃ、あたしがやろうか? あ、で、そこにヒイロが飛び込んでくればいいんじゃない? 「ヒーロー推参」って。
ヒイロ 暴力的な方向じゃなくて、なにか高校時代のいい思い出とか逆に「これをやっておけばよかった」ってことで興味を引こうと思っているんですけど。
テルミ やっておけば良かったこと? あ、ピザ頼んでみたかったな。お昼の時間にさ、クラスでピザパーティなんて、楽しそうじゃない?
ヒイロ 怒られますよね? それ。
テルミ じゃあ制服デートは? というより、デート? 普通のどこにでもいるような平凡な彼氏と、平凡な恋愛がしたかった……。
ヒイロ あの、テルミ先輩、大丈夫ですよ。チャンスは無限大です!
テルミ 慰めんな! 微妙な慰めが一番人を傷つけるんだよ! 若い子はいつだってそう。自分の生きている今が、キラキラした宝物だって気づかないで文句ばかり言って。手放してから後悔したってね、遅いんだからな。そう。全てはもう遅いんだわ。(と、落ち込む)
ヒイロ なんか、すいません。
テルミ 気にすんな。ちょっと現実の厳しさに負けそうになっただけだから。現実に負けそうになったとき、どうすればいいか分かるか? 空を見るんだ。見上げた空が広ければ広いほど、自分の悩みの小ささに気づけるから。ふふふ。室内だから空が見えない。あれ、雨が降ってきた。違う。これは涙。いいえ。泣いてなんかいない。現実に涙するそんな弱い女じゃないもの。じゃあ、これはなに? これは、きっと瞳がこぼしたよだれ。
ヒイロ えっと、お先失礼します。
テルミ ……屋上。
ヒイロ はい?
テルミ 屋上に出てみたかったな。
ヒイロ 学校の、ですか?
テルミ 出られなかったんだ。屋上。ほら、高校が舞台のドラマとか、漫画とか、小説なんかで屋上のシーンがあるでしょ?
ヒイロ 友達同士でお弁当食べたりする奴ですよね?
テルミ そうそう。だからね、高校入ったら屋上に出られるものだと思ってた。でも、出られなかった。それがちょっと心残りかな。
ヒイロ 屋上に出る、か。よし! 今度こそ、ヒーローになってきます!

    ヒイロが走り去る。

テルミ 若いっていいなぁ。

    と、テルミが去る。


S08 再び学校にて 同日

    と、別の場所に懐中電灯を持ち、片手にマスターキーを持ったシロヤがやってくる。
    と、アサが現れる。本を読んだまま歩いている。シロヤは懐中電灯でアサを照らして、

シロヤ ひっ。
アサ (と、思わず足を止める)
シロヤ (と、懐中電灯をアサの足へ当て)よし、ある。そろそろ昇降口閉めるから帰りなさい。
アサ はい。
シロヤ あと、本を読みながら歩くのは危ないよ。文字だってあまり見えてないでしょう?
アサ まぁ、そんなには。

    と、シロヤの後ろからフジムラがやってくる。
    アサは気づくがシロヤは気が付かない。

シロヤ 前から来る人にも気づきにくいし、本に集中していたら後ろから誰かが近づいてきても分からないだろう? 最近不審者の話は聞いてないけど、もしかしたら、怖い幽霊なんかが近づいて、ポンと肩を叩いて、「お姉さん、遊ぼ?」とか声をかけてきて振り返ると、

    と、シロヤの肩をフジムラが叩く。マスターキーが手から落ちる。

フジムラ (と、声色を変えて)「お兄さん、遊ぼ?」
シロヤ ふ、振り返ると死んじゃったりするんだけど! 君、俺の背中に何か見えてる?
フジムラ (「言うな」と合図を送る)
アサ いいえ。
シロヤ なんか聞こえた?
アサ 特には。
シロヤ そう、そうなんだ~へぇ。じゃあ、気を付けて帰るんだよ! 振り返らない! 絶対振り返らないからな!

    と、シロヤは走って去る。

フジムラ (と、笑いを押さえながらマスターキーを拾い)あれであの子、高校時代優秀でみんなから頼られる生徒会長だったのよ。それがあんな怖がりな所があるなんてねぇ。
アサ 「人は誰しも月である」ですね。
フジムラ 「そして誰にも見せない暗い面を持っている」ね。マーク・トゥエイン?
アサ さすが国語教師。
フジムラ 好きなだけよ。シノノメさんは、日本文学を読むんだと思ってたけど。
アサ 昔から好きだったんです。児童書とかでよく読んで。原書に近い形のものが図書室にあったので。
フジムラ 子供の友情話かと思うと、意外と毒があるのよね。
アサ ええ、ヒイロもそこが、好きだって言ってました。
フジムラ ああ、シノノメさんって、ミズガキさんと仲良かったのよね。
アサ はい。
フジムラ 進路の話ってする? というか、シノノメさんの進路の話ってミズガキさんにした事ある?
アサ ありません。
フジムラ シノノメさんは「誰かを助けられる人になりたい」のよね。だから、大学で法律を学びたい。
アサ ……
フジムラ 進路決定の理由がとても素敵だと思ったから、良く覚えてるの。
アサ そうですか。
フジムラ ミズガキさんはね、ヒーローになりたいんだって。小さい頃にヒーローに助けられて、憧れたみたい。でも、どっかで聞いた話なのよね。
アサ よくある話ですよ。
フジムラ シノノメさんの話、ミズガキさんに話してもいい?
アサ そんなの若い時の黒歴史にすぎませんがすいませんが絶対言わないでください絶対に言わないでください。
フジムラ 二回繰り返されると、逆に言いたくなるよね。
アサ 言わないでくださいね。
フジムラ はい。その代わり、それとなく誘導してくれない?
アサ ……ヒーローを諦めろってですか?
フジムラ 進路の選択肢をもっと現実的なものにしてほしいの。
アサ 現実。
フジムラ だいたい、ヒーローはなるものじゃないでしょう?
アサ そうですね。ヒーローは、誰かに認めてもらって初めて、ヒーローだと言えるんです。
フジムラ それを教えてあげて。マーク・トゥエイン曰く「やっかいなのは、何も知らないことではない。実際は知らないのに、知っていると思い込んでいることだ。」よ。じゃ、よろしくね。

    フジムラが去る。

アサ 憧れるようなヒーローなんていないのに。

    立ち尽くすアサ。

S09 スズメの家の外にて妄想が膨らむ。

    ヒイロとスズメがやってくる。
    スズメの家の外。小さな広場。ベンチがある。ベンチに座ったりしながら三人は語る。

ヒイロ ほら、マンションの外なら出られる。
スズメ 別にひきこもりじゃないし。
ヒイロ この勢いで学校行ってみない?
スズメ 何か面白いことあるの?
ヒイロ それはですねぇ。アサ? どうしたのぼうっとして。
アサ え? ううん。なんでもない。
スズメ それで? 面白いことって何?
ヒイロ そうだった。あのね、屋上に出てみるってのはどう!?
スズメ 屋上?
ヒイロ 高校の屋上。そこは小説や漫画の中で登場人物たちが青春する場所。なのに、実はあんまり出られない場所でもある。
スズメ ……面白いかも。
ヒイロ これだったら、学校に行きたいって思うでしょ?
スズメ 思う!
ヒイロ やった!
アサ 無理! 普通に禁止されているでしょ。(スズメに)中学の時も、無理だったでしょう?
スズメ (ぼそっと)すぐいい子ぶるし。
アサ なんか言った?
スズメ 別に。
ヒイロ ええっと、それうちもだったなぁ。鍵はどこにあるのかな。職員室?
スズメ 校長が持ってたりするんじゃない?
アサ 警備の人がマスターキー持ってるみたいよ。。
スズメ&ヒイロ マスターキー?
アサ 聞いた事無い? 施設にある鍵を全部開けられる鍵のこと。
スズメ それを警備員が持ってるってこと?
アサ 学校を見回るのには必要でしょう? でも、その鍵、(を貸してもらえたりはしないと思う)
スズメ 奪う!
アサ いや、
スズメ つまりこうすればいいし!

    妄想世界。シロヤが懐中電灯を持って現れる。
    三人に気づく。妄想だからかややしっかりしている。

シロヤ 君達。校舎閉めるから下校しなさい。
女子三人 はーい。

    女子三人はシロヤと交差し、

スズメ 今だ!
アサ&ヒイロ おう!
シロヤ え?

    シロヤの腕をそれぞれ掴む少女達。

シロヤ 離せ!

    と、スズメがシロヤのカギを奪う。

スズメ 鍵は頂いた! やれ!
アサ&ヒイロ イエス・マム!

    アサとヒイロがシロヤに蹴りや殴りを入れる。

シロヤ ママー(と、去る)

    妄想世界が終わる。

アサ 怒られるわ!!(と、スズメが持つ鍵を取り上げ袖へ投げる)
ヒイロ ごめん。あたし、筋力ないから男の人を抑えるとか無理だ。
アサ そもそも! 力づくって時点でダメだから。
スズメ じゃあ、色仕掛け?
アサ 犯罪になるから!
スズメ 手を出したら向こうが捕まるだけだし。
アサ 鬼か!
ヒイロ 取られたことに気づかれなければいいのにね。
アサ どういうこと!?
スズメ ああ! つまり、こういうこと!

    妄想世界シロヤが現れる。先ほどと同じ格好。

シロヤ 君達。校舎閉めるから下校しなさい。
女子三人 はーい。
スズメ ああ、なんでもない廊下で突然滑っちゃった~。

    と、シロヤに向かってぶつかるスズメ。世界はスローに。

スズメ (と、スローで)ご~め~ん~な~さ~い。

    スズメはシロヤの腰から鍵を取る。スローが終わる。ぶつかった後反転すると、鍵を後ろ手に持つ。

スズメ 本当ごめんなさい。
アサ すいません。
ヒイロ この子ったらおっちょこちょいで。
シロヤ もういいから気をつけて帰りなさい。
女子三人 はーい。

    シロヤが去る。妄想終わる。

S10 決壊

スズメ どう? これぞ完全犯罪!
アサ 完全に犯罪!(と、スズメが持つ鍵を取り上げ袖へ投げる)
ヒイロ スリの技術なんて持ってたんだ? すごい!
スズメ え? もってるわけ無いし。
アサ じゃあ無理でしょ。
スズメ そうか。
アサ そこは最初に気づきなさいよ。
スズメ そういうアサは、なんかアイデア無いわけ?
アサ 私は最初から無理だって言ってるでしょ。無理。不可能。
スズメ あんたっていつもそうだよね。いい子ぶって。何にでも冷めた反応で。そういうの、かっこいいって思ってるんだろうけど、端から見たらダサいから。 昔はそんなんじゃなかったくせに。
アサ スズメは昔から考え無しよね。チキンのくせに。
スズメ はぁ!?
ヒイロ ちょっと、落ち着こうよ。
スズメ あたしが悪いの? アサの味方するんだ?
ヒイロ 味方とかそういうんじゃなくて、落ち着いてさ、
スズメ ってか、原因はヒイロだよね?
ヒイロ あたし!? なんで!?
スズメ 屋上に出ようって言い出したのヒイロじゃん。なのにあたしの意見が否定されてもへらへらしてさ、なんで味方してくれないわけ?
アサ くだらない案だからでしょ。
スズメ ほら、アサはこんな事言って。そのくせ自分では何も案出さないんだよ? ずるいでしょ?
アサ 出来ると思ってるなら、ヒイロから案を出してると思うけど。
スズメ 無理だと分かってて考えさせたわけ?
ヒイロ いや、出来たらいいなとは思ったけど。
スズメ ヒイロってそういうとこあるよね。自分が出来ないこと人に押しつけてさ。無理だって悩んでるのを見て、「だよね~」って笑うの。
ヒイロ 笑ってないよ。
スズメ じゃあなんで案を出さないんだよ!
ヒイロ スズメがあたしの話を待ってくれないだけでしょ!
スズメ あたしが悪いって言うの!?
アサ 勝手に妄想を披露しておいて否定されたらキレるって。子供か。
ヒイロ 横から煽らないでよ!
スズメ かっこつけはだまってろ!
アサ 誰がかっこつけよ! 
ヒイロ 二人ともいい加減にしてよ!
アサ そんなんだからくだらない事で引き篭もるのよ。
スズメ はぁ!? それ今関係ある!?
アサ あんたのために二人して毎日のように時間作ってるんでしょ? ちょっとは感謝したら?
スズメ 別に頼んでないんですけど。
アサ ああそう? じゃあいいんじゃないもう。
ヒイロ ちょっと待ってよ!
アサ こんなわがままなやつ助ける価値ない。
スズメ 上から目線で言われたくないし。
アサ 本当無駄な時間だった!
スズメ だったらさっさと帰れば!?
ヒイロ 二人ともそれでいいの!?
スズメ 別に高校なんて行く気になったら行くし。
アサ じゃあ、あたしは自分の勉強があるから。さようなら!(と、去る)
ヒイロ 行っちゃうよ。
スズメ 行けばいいし。てか、あんたも帰れば。
ヒイロ こんなことで終わっちゃうの?
スズメ こんなことで終わっちゃうんだよ。

    ヒイロが振り切るように去る。

スズメ 友情なんて、そんなもんだし。最初から期待なんてしてないし。(と、去る)

    あたりは暗くなる。

S11 フッカツノジュモン

    違う場所(教室)にアサが現れる。本を読んでいる。集中できていない。
    フジムラが現れる。しばらくアサの様子を観察してから、

フジムラ 土曜日も学校に来て読書?
アサ さ来週には、期末テストですから。勉強に集中するためにも、読み終えておこうと思いまして。先生はお仕事ですか?
フジムラ あたしはテスト作成のため休日出勤。
アサ 大変ですね。
フジムラ 本当よ。そうだ。ミズガキさんと、話してくれた?
アサ ……。

    と、別の場所にヒイロが現れる。落ち込んでいる。
    と、テルミが現れる。

テルミ 休憩入りまーす。……なんか落ち込んでるね。
ヒイロ テルミ先輩、あたし、ヒーローになれませんでした。
テルミ 話、聞こうか?

    アサとフジムラに光が当たる。

アサ 話すことなんてないですよ。もうあの子とは終わりましたから。
フジムラ 喧嘩したの?
アサ 喧嘩、なんですかね。
フジムラ 愚痴くらい聞くけど?
アサ 愚痴、ですか。別に、

    と、ヒイロとテルミに光が当たる。

ヒイロ だから仕方ないっていうか、あたしは色々学校に行きたくなるようなことを言ったのに、どれにもたいした反応ないし。アサはアサでせっかくスズメが乗り気になっても「無理だ」って簡単に否定して。終いには二人してあたしにキレて。あたしもキレちゃって。なんかもうダメダメなんですよ。
テルミ うんうん。今日休憩に入るたびに何度も聞いたなぁそれ。
ヒイロ 聞いてます? テルミ先輩。
テルミ うん。聞いてる。

    と、アサとフジムラに光が当たる。

アサ 先生。
フジムラ なに?
アサ なんで、スズメのことは聞かないんですか?
フジムラ スオウさんがどうかした?
アサ 面談が終わってから、ずっと学校を休んでますよね? 心配ではないんですか?
フジムラ そういえば、スオウさんとシノノメさんは仲が良かったっけ。中々いないよね。成績学年上位者と、赤点常連の子が友達同士なんて。
アサ だからですか。
フジムラ 何の話?
アサ ヒイロは頭が良いから私に相応しい友達で、スズメは馬鹿だから友達としてふさわしくない。だからスズメの事は聞かないんですか?
フジムラ そんなことないわよ。でもねシノノメさん。どうせ心配するなら、将来も付き合える友人の心配をした方が、建設的だと思わない?
アサ 建設的?

    と、ヒイロとテルミに光が当たる。

テルミ いい加減建設的な話ししようよ。
ヒイロ あたしはしてたんです。でも、二人が、
テルミ そもそも高校は義務じゃないんだから行きたくなきゃ辞めればいいだろ。それを行きたくないって駄々こねて、心配して家に来てくれる人たちと喧嘩するなんて、あたしなら速攻でボコってるわ。高校に行きたくても行けない人だっているってのにさ。そんなのさっさと見捨てちゃえばいいんだよ。

    と、アサとフジムラに光が当たる。

フジムラ マーク・トゥエインの言葉にこんなのがあるでしょう?「難しいのは友のために死ぬことではない。命をかけるだけの価値がある友を見つけることが難しいのだ。」命をかける、なんていうとオーバーだけど、
シノノメさんにとって、彼女は時間を費やす価値があるのかな?
アサ 価値、ですか。
フジムラ 同レベルの子との友人関係も難しいのに、将来学校や生活スタイルが変わるってわかりきってる相手を心配するなんて、結局時間の無駄に終わるんじゃ無い?
アサ 無駄。
フジムラ もう、見捨てちゃっていいんじゃない?

    と、ヒイロとテルミに光が当たる。

ヒイロ でも、ヒーローになりたいから。
テルミ ヒイロがなりたいのってヒーローじゃないよな?
ヒイロ え?
テルミ 本当は助けてくれた子と、友達になりたかったんだろ。でも、顔や声を忘れるほど会いに行けなかった。勇気が無くて。ただ憧れた。
ヒイロ そんなこと、
テルミ あたしが「友達?」って聞くと、いつも「そんな感じです」って濁すよな。友達って言葉に自信が無いんだろ。だから、ヒーローなんだ。ヒーローってのは誰かに認められてなるものだから。友達と認められたいのに、今の自分じゃ無理だと思う。だから昔見たヒーローになりたがる。
ヒイロ だって、いつも一人だったし、友達って良くわからないから。
テルミ まぁ、頑張って明るい子に見せようとしているんだろうなぁって思ってたよ。実際にクラスメイトにいたらウザったいだろうなって。
ヒイロ 仕方ないじゃないですか。どんな風に喋ったらいいか分かんなかったんだから。
テルミ でも、今はいるだろ、友達。
ヒイロ ……友達なんですかね。
テルミ 自信ないんだ?
ヒイロ だって、学校行かなくなる前に相談してくれなかったし。
テルミ なんでも話すのが友達ってわけじゃないだろ。
ヒイロ でも、何もできない、ヒーローでもない私が友達って言ったって、
テルミ あのなぁヒイロ! あんたにはこの手があるだろ!? ヒーローかどうとか悩む前に、手を取って、引っ張って、連れ出してやればいいんだよ!
ヒイロ そんなのヒーローのすることじゃ(ないから)
テルミ いいんだよ! ダチなんだから。だいたいなぁ! そんな落ち込むくらいまで悩む相手が、友達じゃなくてなんだってんだ! そんなの思いっきり友達だろ。友達なんだよ!
ヒイロ ……はい!
テルミ よし! 分かったら行け!
ヒイロ はい! (と、走り去ろうとして)って、すいません。まだシフト中でした!
テルミ 馬鹿! こういう時に格好つけるのが先輩の役目なんだよ! いいから行け!
ヒイロ はい! ミズガキヒイロ、友達になってきます!

    ヒイロが走り去る。

テルミ ああ、勢いでとんでもないことを。仕方無い。バイトくらい、気合でどうとでもなる!

    テルミが去る。と、アサとフジムラに光が当たる。

アサ 同じようなことを言ったことがあります。
フジムラ そう。
アサ でも、人から言われるとすっごいむかつくし。
フジムラ シノノメさん?
アサ 先生、先生に話した昔の思い出、ヒイロには話さないでくれってお願いしましたよね。
フジムラ ええ。
アサ あれ、恥ずかしいからだけじゃ無いんです。情けなかったんです。女の子を助けるために喧嘩して、いじめっ子を追っ払った、その後の話があるんです。その時決めたことがあったんです。今、思い出しました。
フジムラ 何?
アサ 私は、もう逃げたく無い。たとえいつか無駄に思うとしても、それは今日じゃない。だから、失礼します。(と、本を仕舞い急ぎ足で去ろうとする)……それと、ありがとうございました。

    と、アサが去る。

フジムラ まあヒーローには悪役が必要だからね。

    と、フジムラが笑顔で去る。走っているヒイロ。片手には電話を持っている。

ヒイロ あ! アサ! あたし! 今、スズメの家向ってるの!

    と、アサが走りながらやってくる。二人はそれぞれ違う道を、同じ場所に向かって走っている。

アサ 良かった。今かけるとこだったの。あのね私、
ヒイロ あたし、やっぱり諦めたくない!
アサ 私の台詞!
ヒイロ だから行くね!
アサ 待って!
ヒイロ え?
アサ 私も……
ヒイロ なに?
アサ だから、その、今更だけど、
ヒイロ ごめん! 聞こえないや!

    と、ヒイロは走り去る。アサは一瞬躊躇するが大きく息を吸って、

アサ だからあたしも諦めないって言ってるの! ちょっと準備するものがあるから家の前で待ってて! 待ちなさい! 待て!(と、電話を切る)電話に大声でしゃべるなんてばかみたい。今は馬鹿でいいか。(と、再び電話をかける)あ、お休み中失礼します。シノノメ・アサです。そうです。お久しぶりです。

    と、アサが去る。

S12 母とスズメ 同日

    スズメの部屋。スズメが一人でつまらなそうにしている。と、タカコがやってくる。

タカコ スズメ。入るわよ。
スズメ 何。
タカコ あんた今週も学校行かなかったのね。
スズメ ……
タカコ さっき学校から電話あったの。あたしが忙しいからって、ちょっと勝手すぎるんじゃない?
スズメ 行きたくない気分だっただけだし。
タカコ ……あんた本当に服飾関係に進みたいの? ただ勉強したくないから逃げてるだけじゃないの?
スズメ 違うし!服飾だって自分のお店立ち上げるなら経理ができなきゃダメだし、体力も必要だから、数学とか体育は真面目にやってるし、あたしだって色々考えてるし。忙しいって言って、聞いてくれなかったのはそっちじゃん!
タカコ 言おうと思ったら時間は取れたでしょう? あたしが帰って来てから話してもいいし。メールだってあるんだから。本当にやりたいことだったら言えたはずでしょう!
スズメ だって、怖いじゃん!! あたしがやりたいって思っても、うまくいくとかわかんないし。どうやっていいのか分からないし。儲からないし。だけど、それ以外のやりたい事って想像できないし。でも絶対反対するって思ったし。
タカコ そんなのが怖くてやっていけるの? 仕事についてから、こんなはずじゃなかったなんて後悔しても遅いのよ。
スズメ 後悔ならもうしてる。
タカコ さっさと話しておけば良かったって?
スズメ うん。
タカコ そうね。そうすればこんなに休む事も無かったわね。友達にも迷惑かけて。
スズメ 違う。もっと早く話しておけば、母さんを傷つけずに済んだから。
タカコ ……傷ついてなんかいないわ。
スズメ だって、母さんならきっと、あたしのやりたい事は、あたしから聞きたかったはずだから。
タカコ ……分かってなかったのはあたしか。
スズメ え?
タカコ そう、待ってた。あんたの言う通り、あたしはやりたい事は口に出してきたから。あんたが言い出すのを待ってた。でも言われたわ。どやされて走り出す人、賛成されれば反発して動ける人、色々いるんだって。当たり前よね。だけど、あんたはあたしの娘なんだから、なんだかんだであたしと同じなんだと思ってた。でも、思ってたより不器用だった。部屋に引きこもって、友達ともケンカして、ぐずるくらいしか出来ないなんてね。
スズメ こんな娘で、ごめん。
タカコ 言っておくけど! あたしはこんな性格だから今まで、「言わなきゃよかったな」とか「やらなきゃよかったな」ってことは山ほどあるの。でもね、あんたを生んだことだけは後悔してない! ……違って当たり前だって気づかなかったあたしこそ、ごめん。
スズメ うん。

    チャイムの音

タカコ ずいぶん早いわね。
スズメ 何が?
タカコ 学校から電話が来たって言ったけど、あれね、嘘。色々と電話で教えてくれた子がいたわけ。
スズメ それって。
タカコ 進路の話は終わったわけじゃないし。また聞くから。どの学校行きたいのか、いくらかかるのかくらい考えておきなさい。
スズメ うん。わかった。ありがとう。

    タカコが去る。
    そして、ヒイロとアサがやってくる。

スズメ なんで来たの?
ヒイロ 走ってきた!
スズメ そういう事じゃないし。
アサ あんたを連れ出しに来たのよ。
ヒイロ さあ行くよ!
スズメ ちょっと待って! どこによ!

    と、ヒイロはスズメの手を引っ張って一緒に走り去る。
    その後に続いてアサも去る。

S13 公園にて空を見る。

    町のどこかを少女たちは走る。

ヒイロ ほら早く。
アサ 鈍ってんじゃない?
スズメ 足が遅いのはもともとだし!
アサ そういえばそうね。
ヒイロ しょうがないな。
ヒイロ&アサ ほら!

    走りながらヒイロとアサがタカコに片手をさし伸ばす。
    二人して同じ行動をしたことに気づいて笑う。

スズメ もう! 走ればいいんでしょ!

    スズメは二人の手を取る。スズメを真ん中に少女たちは走る。

スズメ それで!? どこまで行くの!?
ヒイロ 広い公園!
スズメ それってこの辺じゃ○○公園(※地元で広い公園の名前をお使いください)くらいしかないんじゃない?
ヒイロ そこだ!
スズメ こっから十分くらいはかかるんだけど!?
アサ 走れば五分ね!
スズメ 馬鹿じゃないの!?
アサ 今は馬鹿で良い!

    音楽。走る三人。
    やけになったスズメが手を離し、二人を置いて走り出す。が、すぐにばてて戻ってくる。
    二人は再び手を差し出す。先ほどより素直に手を取るスズメ。突如ヒイロとアサが全力ダッシュ。
    三人はそれぞれ叫ぶように走る。
    そして、夕方の公園にたどり着く。

ヒイロ うわ~ 凄い空が赤い。なんか、うわー。
スズメ もうダメ。一歩も走れない。
アサ そのまま座ると汚れちゃうから、ほら。

    と、灰色のレジャーシートを出す。三人はそれぞれ座る。

スズメ (と、シートに座りながら)準備いいし。で、なに一体。こんなところまで連れ出して。
アサ ここは、屋上です!
スズメ いや、公園だよ。
アサ 屋上なの! 足元を見なさい。灰色のコンクリートでしょう?
スズメ レジャーシートだし。
アサ そこは想像力でカバーしなさいよ。
スズメ さすがに無理あるし。
ヒイロ でも、きっと屋上から見るよりもここから見た方が空は広いよ。
スズメ どこで見たって空は空だし。
アサ だったらいいんじゃないかと思ったの。
スズメ え?
アサ どこから見ても空は空なら、大事なのは誰と見るかでしょう? 私はヒイロとスズメと空を見たいと思った。だから屋上じゃないけど空を見に連れ出した。本当は、ただそれだけ。

    三人はしばらく黙って空を見る。

ヒイロ 広いね。
スズメ うん。
アサ 空をこんな風に見るの久しぶり。
ヒイロ あたしも。
スズメ うん。……あたしさ、
ヒイロ うん。
スズメ あんたたちとなら、さ。多分だけど、
アサ うん。
スズメ ……(「大丈夫だと思う」の、言葉を飲み込み)それにしてもヒイロ、地元じゃないのによくこの公園知ってたじゃん。
ヒイロ 小さい頃、一時期来てたから。あそこらへんかな? で、よく一人で遊んでた。蟻踏みつぶしたりして。
アサ 暗すぎる。
スズメ ……小学校くらいの時、ここでよく遊んでてさ。みんなで決めた遊び場って感じで。で、夏休みくらい? なんかそこに見た事ない子がいて。時々足踏みしてる、なんか怖い子。
ヒイロ え?
スズメ うちの中のリーダーがさ、ある時その子に話しかけて、でも、その子黙ったままで。あたしは、その子が毎回似たような服着てるのが何だか気になってて。
アサ 昔の話はいいじゃない。空を見なさいよ。
ヒイロ それで、どうしたの!?
スズメ 何でか、いじめみたいな空気になっちゃって、あたしもなんかムカついてて、で、その時よ。
ヒイロ ヒーローが!
スズメ アサが走ってきてさ。
ヒイロ (と、アサを見る)
アサ (と、目をそらす)
スズメ 変な仮面つけて、わけわかんないし。殴るし。うちら逃げたし。
ヒイロ アサが、ヒーロー?
スズメ すごいムカついたんだけど、すぐに後ろから追いかけてきてさ、言うわけ。「あの子、息してない!」
ヒイロ えぇ!?
スズメ リーダーとか真っ青になって逃げちゃうし。見に行ったら息してるし。あたしとアサで必死になって、その子を公園の管理事務所まで運んで。それ以来、なんかアサとは仲良くなったし。
アサ あの時は、本当に、お騒がせしました。
スズメ あの時の、あの子がヒイロだったんだ。そりゃ運命的だ。忘れててごめん。
ヒイロ いやいやいやいや! え、あたし倒れて運ばれたの? 二人に? え、あの時のいじめっ子の一人がスズメ? それでヒーローはアサ? ちょっと待って何から驚いていいかわからない。ってか何で今?
スズメ だってこの公園来たのってあの時ぶりくらいだし。
アサ 私もそうだわ。
スズメ なんか来づらくなったよね。ってあの時の事を言ってたんじゃないの? 「運命的な出会い」って。
ヒイロ 違うよ! ほら、去年の5月頃にさ。あったでしょ! アサが本読みながら歩いてて、で後ろを私が歩いてて。その後ろからスズメが走ってきて、ぶつかりそうになって、

    と、当時の景色になる。
    スズメは避けた先のアサにぶつかる。アサが本を落とす。「トムソーヤの冒険」現在読んでいるのとは違う訳者の物。

スズメ ごめん。ってなんだアサか。
アサ なんだじゃないでしょ。ちゃんと前見て走りなさいよ。
スズメ 走ってたし。ちょっとよけ損なっただけだから。
アサ そんな慌ててどこ行くの?
スズメ バイトの面接!(と、走り去る)
アサ 全く。
ヒイロ (おどおどと)あの、これ。(と、本を渡す)
アサ ありがとう。
ヒイロ トムソーヤ、好きなんですか。
アサ まあ、普通に。
ヒイロ あたしも好きなんです! 子供向けかと思いきや、結構毒があったりするとことか。主人公たちが仲良くて、でもどろっとしてない人間関係っていうか、そういう友情に憧れてるっていうか! ……あ、私、ヒイロです。
アサ あ、うん。
ヒイロ 一年三組、出席番号26番! ミズガキヒイロ!
アサ えっと、シノノメです。
ヒイロ (と、握手するよう手を前に突き出し頭を下げ)よろしくお願いします。
アサ (その必死さに思わず笑ってしまってから、ヒイロの手を取る)よろしく

    スズメが戻ってくる。

スズメ それ、あたし関係なくない?
ヒイロ 関係あるよ! あの日、スズメがアサにぶつかってくれなかったら、あたしたちは今でも他人同士だったかもしれないんだよ?
スズメ 今年同じクラスだし。
ヒイロ クラスが同じでも名前も知らない人なんていくらでもいるよ!
スズメ まあそれはそうか。
ヒイロ 運命を感じるよね!?
スズメ 確かに、だね。運命だ。
ヒイロ 熱いよね! なんだか、こう、すごいよね!
スズメ ウェーイ!
ヒイロ ウェーイ!!
アサ 日本語で喋りなさいよ。
ヒイロ 今のあたし達、きっと無敵だよ!
スズメ うん!
アサ まあ、そうね。きっとね。
ヒイロ よし、じゃあこの勢いで屋上に行っちゃおうか!
スズメ おう!
アサ え? なんでそういう話になるの? ここでいいでしょ? この場所を屋上って思いましょうよ。
ヒイロ アサ。ここは、屋上じゃないよ?
アサ 分かってるけど!
スズメ あたし、本当はまだ学校行けるか分からない。
アサ えぇ!?
スズメ だってここは学校じゃないし。なんかずっと休んでたから今更行くのちょっと怖いっていうか。
アサ なら学校行く時一緒に行ってあげるから。
ヒイロ 大丈夫だよ。一度屋上から校舎を見下ろしてみれば、「あ、学校ってこんなものか」って思えるよ。
スズメ ありがとうヒイロ。
ヒイロ 友達のためなら当たり前だよ。
スズメ 友達のためなら当たり前ね!

    と、ヒイロとスズメはアサを見る。

アサ いいえ、その手には乗らないから。
ヒイロ え~。
スズメ アサは友達だよね?
アサ だからこそ止めるの。間違ってる時に止めるのも友達でしょ。
ヒイロ マーク・トゥエインが好きなアサに、この言葉を。「友人とは、あなたが間違っているときに味方をしてくれる人のことだ。正しいときなら誰でも味方をしてくれるのだから」
スズメ おお!
ヒイロ これ、あたし、割と好き。アサは?
アサ まさかここに来て、引用してたのが裏目に出るとは。
ヒイロ アサは友達だよね?
アサ 分かった! やる。やればいいんでしょう!? その代わり、やるからにはしっかり準備するから! 手伝ってもらうから。分かった!?
スズメ はーい。
ヒイロ いえっさー!!

    と、スズメは疲れが戻ってきたのかその場にへたり込む。
    ヒイロは駆け回り、喜びの声をあげる。

アサ (と、ヒイロに)にしても、あんたなんでそんな元気なのよ。なんかさっきよりもテンションおかしくなってない?
ヒイロ だって! だってね! あたしはずっとヒーローになりたかったんだ! ヒーローになったらあの時のヒーローと友達になれると思ってたから。でもあたしはとっくにヒーローと友達だったんだよ。あの時出せなかった声をちゃんと届けられてたんだ。あたしのヒーローに!
アサ ……馬鹿。私はヒーローじゃない。本当は、気絶したあんたを、一度見捨てて逃げたんだ。スズメ達に会ったのは偶然で、それがなかったらあたしは……。
ヒイロ アサは知らないんだ? ヒーローはね、なるものじゃないの。誰かが認めれば、それがヒーローなんだよ!

    ヒイロが笑う。アサが泣きそうになる。
    スズメはアサの肩をそっと叩く。
    あたりが暗くなる。


S14 屋上に出る

    決行当日。暗い校舎を、シロヤが歩いてくる。懐中電灯を辺りに向けつつ、

シロヤ 先生も生徒もみんな帰ったはず。誰もいない。そう。誰もいないんだ。もちろん、お化けもいない。というか、お化けなんてものは存在していないんだ。存在していないものが出てくるだろうか? いや、出て来やしない。だから怖くない。全然怖くないぞ。

    と、不気味な音が流れてくる。テルミンの音。

シロヤ なんだ!? だ、誰かいるのか? わかった! また演劇部がうなっているんだな。ふざけてやっているなら、すぐにやめなさい!

    と、あたりが怪しくひかり、巨大な化け物が現れる。布をつなぎ合わせ、ヒイロ、アサ、スズメが中に入ったお化け。
    テルミンの音に合わせてゆらゆらと揺れながらシロヤに近づく。

シロヤ なんだかわからないもの、でた(と、気絶する)
アサ ……ストップ。はい、みんなストップ。

    と、テルミンの音が止む。布が取られ、ヒイロ、アサ、スズメが出てくる。

ヒイロ あたし、テルミンの才能あるのかも。
スズメ あたしが作ったこいつが怖かっただけだし。
アサ (と、二人の会話中に鍵を拾って)まさか、気絶するほどとはね。
スズメ どうするの? これ。
アサ 目的を果たして、まだこのままだったら起こしてあげましょう。今は(と、鍵を見せ)こいつを使うのが先。
ヒイロ だよね。
スズメ そのために来たんだし。
アサ 行くよ。
スズメ&ヒイロ おう。

    三人が去る。
    と、フジムラがやってくる。

フジムラ まったく。警備員さんどこに行っちゃったのかしら。職員室に用があるのに……って、シロヤ君!? シロヤ君!? いやだ。可愛い寝顔。

    シロヤに寄るフジムラ。
    別の場所にヒイロ、アサ、スズメが進み出る。

ヒイロ うわ~やっぱり人が来ないところって変な感じ。
スズメ 埃っぽいし。くもの巣手についたし。
アサ 足下気をつけて。もう少し!
ヒイロ&スズメ&アサ ついた!

    屋上への扉がある。
    扉の前で、アサが振り返る。

アサ 開けるよ?(と、扉に向かう)
ヒイロ&スズメ うん!
スズメ なんか、さ。
アサ なに?
スズメ 馬鹿みたいだけど、今なら、なんでも出来る気がしてる。
ヒイロ あたしも!
アサ なんだって出来るわよ。諦めさえしなければ、大抵のことはできるんだから。あたしはそう信じてる!

    扉が開かれる。
    星空が広がっている。三人はゆっくり屋上へ。

ヒイロ ここが
アサ ええ。
ヒイロ ねえ、なんかさ
スズメ うんあれだし
アサ そうね。
ヒイロ 狭い!
スズメ 汚い!
アサ ちょっと臭い!

    三人は笑う。
    今だけは怖いものもない気分で。空を見ながら肩を寄せる。
    ゆっくりと暗くなっていく。





参考文献
「世界文学の名言」(クリストファー・ベルトン 著)
「不登校・ひきこもりQ&A」(稲村博 著)

あとがき

「ヒーロー」という言葉から何を連想するでしょうか。
誰にも負けない究極の超人?
人知れず悪と戦う正体不明の存在?
命がけで誰かを助けられる人?
ヒーローの物語はあまたあり、ヒーローと呼ばれる存在も数知れず。
そのために、誰かにとってのヒーローが、
違う誰かにとっては全然ヒーローなんかじゃないなんてこともあります。

だからヒーローは「誰かに認められた者の称号の一つ」だと私は思っています。

強さなんて関係ない。正体なんて分かっててもいい。命をかけてくれなくていい。
ただ隣にいてくれる。それだけでも、誰かにとってはヒーローです。
だから、誰でも、誰かにとってのヒーローになれるんです。
それこそ、悩みながらいつの間にかなっている友達のように。


この物語は、「屋上に出たい私達」を書き上げた後に浮かんできた物語です。
そちらとの違いも楽しんでいただければ幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。