Hero@Show Like Lie?
ヒーロー・ショウ ライク ライ?
作 楽静
登場人物
大葉家 | |
ヒロミ 大葉広美(オオバヒロミ) | 女 高校二年生。将来に不安を感じている。 |
母 ヒロミの母。 | 女 娘のために色々と気を回すが空回り気味。 |
劇団 ラージマウンテンの劇団員 | |
団長 広山英子(ヒロヤマエイコ) | 女 劇団 ラージマウンテン 主宰 実家とは不仲。 |
乙女 空野目乙女(うろのめおとめ) | 女 劇団の製作。と、司会。 |
スミノ 住野忠広(すみのただひろ) | 男 ヒーロー。劇団立ち上げの要因。 |
ネクラ 大蔵凡次(おおくらぼんじ) | 男 怪人ネクラ男爵。お調子者。 |
ヒクツ 筑本智夫(つくもとともお) | 男 怪人ヒクツ魔人。フォロー役。 |
それ以外の方々 | |
読産 読産経三(よみうみけいぞう) | 男 毎読新聞記者。広山の友人。 |
毎川 毎川朝見 | 女 毎読新聞カメラ担当。人見知り。人を見る目はある。 |
沖島 沖島誠(おきしままこと) | 男 商店街会長。沖島呉服店の12代目 ダジャレ好き。 |
※ 作品中に秋田県のローカルヒーローに触れている箇所がありますが、作者の中で一番覚えのあるローカルヒーローと言うだけで他意はありません。
0
日本のどこかにある商店街で頑張っている劇団のお話。
季節は12月~3月。
舞台上に特にセットはない。
照明の切り替えで、場所は切り替わっていく。
1 12月。ムツカドハシ商店街冬の大感謝祭特別ステージ。
拍手の音。
沖島がやってきて話し始める。
沖島 本日は、ムツカドハシ商店街、冬の大感謝祭にお越し頂き、誠にありがとうございます。本商店街のステージイベントもそろそろ
佳境を迎えます。このステージ終了の後、商店街入り口にてくじ引き大会を企画しています。ぜひ、皆様ふるってご参加下さい!
さて。大変長らくお待たせいたしました。「究極超人ゴッデスマン」ただいまより、開演いたします!
ブザーの音。
暗転。司会のお姉さんが浮かび上がる。
乙女 ヒーローはいるのか? 終わりの見えない不況。正規雇用の減少。増え続ける税金。解決の見通しが立たない年金問題。
多様化する価値観に、翻弄され続けるだけの学生達。暗いニュースばかりが紙面を沸かし、時たま明るいニュースがあるかと
思えば、どうでもいい芸能人の恋愛話ばかり。ずる賢いものと、割り切ったものだけが生き残るこの世界に、果たして本当に
ヒーローはいるのか? そんな冷めた君たちに、あえて応えよう。ヒーローはいる! と。
と、現れる怪人たち。
ネクラ はーはっはっは。いるわけないさヒーローなんて!
ヒクツ なぜかというと、俺達が完膚なきまでに倒してしまったからね。
ネクラ はっきり言って、楽勝だったな、ヒクツ魔人。
ヒクツ そうだね。ネクラ男爵。
乙女 現れたな、悪の組織、ブラックカンパニー!
ネクラ はっはっは。我が名は、ネクラ男爵!
ヒクツ そして私はヒクツ魔人。
ネクラ&ヒクツ どうぞお見知りおきを。
乙女 ブラックカンパニーが、こんな所に一体何の用!?
ネクラ おっとっと。司会のお姉さん。さっきから大事なことを
忘れてるな。
乙女 なんですって!
ヒクツ 俺達は、
ネクラ&ヒクツ 「株式会社」ブラックカンパニー!
ヒクツ ちゃんと、株式会社と頭につけてくれないと!
ネクラ これでも、今年度の純利益は600億円超の、上場企業なのだ!
乙女 一体、悪の組織がどうしてそんな儲けを!
ヒクツ 簡単さ。
ネクラ 今の世界には、これがあるからな!
と、携帯を見せる。
乙女 携帯電話!?
ヒクツ さぁ、諸君! これから言うURLにアクセスするといいよ。
ネクラ そして、我ら、ブラックカンパニーが、作り出したゲームで遊ぶがいい!
ヒクツ 基本料金は全て無料!
ネクラ ただし、アイテムは課金制だがな!
乙女 馬鹿言わないで! 上演中の携帯電話は使用禁止よ!
ネクラ そんな注意事項にしたがっている人間などいるものか!
そして、悪の組織は観客席に下りていく。
ネクラ 手始めに、娘! ちょっと来てもらおうか!
と、一番前に座っている女性に声をかける。
ヒクツ はい。ちょっとごめんなさいね。ちょっとだけ舞台に上がってもらえますか? すいません。すぐすみますので。ええ。
本当にすぐですから。(もし、それでも動かない場合は)来ていただけないと、このまま舞台が進行しないんで、申し訳ないですけど
お願いします。
上記の台詞以外でも、説得のためなら手段は選ばない。そして、観客(女性)が舞台に上がってきてくれたら、
ネクラ まずは、お名前を聞いておこうか! (格好が制服なら)ついでに、学校名も聞いておこう。
ヒクツ お名前を教えていただけますか? あと、学校名も出来たら教えてください。
観客 ○○
乙女 ブラックカンパニー、何をする気?
ネクラ ちょっとした質問をするだけさ。さて、○○さん。携帯電話の電源は切っているかな?
ヒクツ それとも、ただマナーモードにしているだけ?
(観客が「電源を切っている」と応えた場合)
ネクラ ほう、それが本当なら見せてもらおうか。
ヒクツ すいませんが、見せていただけます?
(携帯電話を見せてもらって、その電源が切れている場合)
ネクラ たまたまこの子はいい子だったようだな。だが、
正義などというのは、もはやどこにもないのだ!
(携帯電話を見せてもらえない場合&ノウと応えた場合)
ネクラ ふふふ。 見ろ! 正義などというのは、どこにもないのだ!
乙女 馬鹿なことを言わないで! 正義のヒーローは、必ず現れるわ!
ネクラ ならば呼んでみるがいい!
乙女 言われなくても! みんな。今こそ、ヒーローを呼ぶ時よ。大きな声で呼びましょう! 私たちの正義の味方。究極超人、
ゴッデスマンを! さぁ、会場の皆さん、私が、カモーンと言ったら、右手を突き出して、「ゴッデース!」と大きな声で
叫んでくださいね。いいですか? カモーンと言ったら、「ゴッデース!」ですよ? ちょっと練習しておきましょうか。はい。カモーン!
観客席の声が小さかったら、
乙女 恥ずかしがらないで大丈夫。でも、どうしても、恥ずかしい人は、こうやって、右手をあげて、小さな声で言ってください。
(と、右手を上げて)「ゴッデース」ね? はい。では、もう一度練習行きますよ。はい。カモーン!
と、観客がやってくれたら、
乙女 よーし。では、本番行ってみようか!
と、観客席から一人の少女が立ち上がる。私服姿のヒロミ
ヒロミ ○○(舞台に上がってもらった観客の名前)ちゃん!
ネクラ&ヒクツ&乙女 え?
ヒロミ 悪の怪人! ○○ちゃんを離しなさい!
ネクラ (思わず素に戻って)だれだ、あれ。
ヒクツ (素に戻って観客に)え、キミの友人?
ヒロミ 人質だったら、あたしがなる! だから、今すぐ○○ちゃんを離して!
ネクラ (素に戻ったままで)おい、どうする。
ヒクツ (素に戻ったままで)どうするも何も。とりあえず、離す?
団長 (袖から顔を出し)司会!
乙女 はい!
団長 とりあえず、進めて!
乙女 いいんですか?
ヒロミ いいから早く離しなさい! じゃないとこっちから行くわよ!
団長 面倒なことになる前に、強制的に次!
乙女 わかりました! おおっと、これは美しい友情だ! そして、
少女の友情がヒーローを呼ぶ! 来るぞ! われらのヒーロー! 究極超人ゴッデスマン!
音楽とともに、男が現れる。
スミノ 待たせたなお前たち!
ネクラ&ヒクツ 現れたなゴッデスマン!
ヒロミ ちょ、ちょっと待って! すいません通してください! すいません。通ります。はい。通ります。
と、観客の間を少女は通ってくる。
ヒロミ はい。じゃあ、バトンタッチね。席にお戻りください。
ネクラ おい、お前、何勝手に進行してるんだ!
ヒロミ あ、これ、この商店街でさっき買ったお菓子なんですけど、良かったら食べてください。
はい、では、舞台に上がってくれた○○さんに、大きな拍手を!
と、少女は観客を客席に戻してしまう。
つられて怪人たち、司会者、ヒーローは拍手をしてしまう。
ヒロミ ありがとうございました~。
ネクラ&ヒクツ&司会 ありがとうございました~。
スミノ (無言で一例)
そして、観客が席に戻ると、
ヒロミ きゃあああ! ゴッデスマン! たすけてー!
と、わざとらしく言いながら怪人に捕まる。
ネクラ&ヒクツ&乙女 え~。
ネクラ どうする?
ヒクツ どうするって言われても。
乙女 (袖に) どうします?
団長 やるしかないでしょう。
乙女 わかりました。少女の悲鳴に、ゴッデスマンのこぶしが輝く!
スミノ 卑怯な怪人どもめ! 無料といいつつ、いつの間にかの課金によって中高生のお小遣いをせしめ、さらには、
ご両親が携帯料金請求書を見てショックを受けるように仕向けるその悪事、たとえ野球の世界が許しても、
このゴッデスマンが許しはしない!
ネクラ 許さないのならどうするというのだ!
スミノ 正義のこぶしをぶつけるのみ!
乙女 ゆけ、戦えゴッデスマン! ヒーローの存在を、世界に知らしめるために!
スミノ うおおおおおおお!!
そして、音楽。怪人とヒーローの戦いを予感させつつ、暗転。
2 劇団ラージマウンテン反省会。
読産の姿が浮かび上がる。新聞を片手に話し出す。
読産 先月から毎読新聞神奈川面でお送りしている、地元で活躍中の若者特集。今月は、商店街のイベントでヒーローショウを
興行している、劇団ラージマウンテンさんを追っていきます。劇団ラージマウンテンの団員は皆、20代。そして、ほとんどが
横浜市民です。彼らの舞台活動はその全てが遊園地やデパートの屋上でお馴染みのヒーローショウ。
ただし、彼らは、常にオリジナルのヒーローを作り出し、上演しています。なぜ、今ヒーローショウなのかという記者の質問に、
団長である広山英子さんはこう答えます。「誰もが、ヒーローを求めているからです」と。
読産が去る。
明かりがつくと、ネクラとヒクツ、乙女が正座させられている。
怒っているのは団長。その近くに沖島。
団長 なんなのよ今日の展開は。
ネクラ&ヒクツ すいません。
乙女 まさか、あんな乱入があるなんて
団長 客の乱入くらいで取り乱してどうする。何度も言ってるでしょう。
ヒーローショウは、
ネクラ&ヒクツ&乙女 生(なま)もの。
団長 そう! だから、どんなことがあっても、途中で素に戻るようなことがあってはいけないと。
ヒクツ でも、ヒロさん。
団長 団長と呼びなさい団長と! 遊びでやってるんじゃないんだよ。
ネクラ でも団長。そりゃ俺達だって、遊びでやっているわけじゃない
ですけど。でも、あんなの想定外ですよ。
ネクラの言葉に頷くヒクツと乙女
団長 想定外といって許されるのは、電力会社か、政治家だけです!
ネクラ&ヒクツ&乙女 すいません。
沖島 まぁまぁ、広山さんもその辺で。ショウ自体は盛り上がったんだからいいじゃないですか。
団長 しかし。沖島さん。
沖島 いや、我が、ムツカドハシ商店街としても、呼んだ甲斐があったってものですよ。ぜひ、次もお願いしたいなと思っているんですから。
団長 ありがとうございます。
ネクラ いやぁ。照れるな。
ヒクツ もちろん次はギャラのほうも上乗せで。
団長 調子に乗るな。
ネクラ&ヒクツ はい。
沖島 いやいや、次回は春の商店街祭りですからね。お客さんが集まってくるようなら、もちろんギャラの方も。という事になると思います。
団長 すいません。なんだか催促しているみたいで。
沖島 いやいやいやいや、こんなご時勢ですからね。明るく楽しいショウってものは、どんどんやっていかなきゃ。ね。
商店街のショウがつまらないと、どうショウもない(どうしょうもない)、なんつってね。うはははは。
間
沖島 (咳払い)そんなわけですから。次回もよろしくお願いします。
団長 はい。こちらこそ。次はもっといいものにします。分かってるよねお前たち。
ネクラ もちろんより良くします。
ヒクツ 楽しくします。
乙女 色々とがんばります。
沖島 後、強いて言うなら、もうちょっと地元の商店街の色を出して欲しいなぁと思ったりするけど。
団長 すいません。不勉強で。色々と考えてはいるんですが。
沖島 いやいやいや。いいのいいの。あ、じゃあ、今度はゼブラマンとか、出すのはどうですかね?
団長 というと。
沖島 ゼブラだけに、色々と、シマす。なんつってね。うはははは。
間
沖島 (咳払い)では商店街の片付けもあるので私はこれで。次のショウも、楽しいものにシマショウね。
沖島去る。
ネクラ いい人なんだけどなぁ。
乙女 あの、駄洒落がなければねぇ。
団長 本人がまだ聞いてそうなうちに悪口を言わない!
ネクラ&乙女 すいません。
ヒクツ じゃあ俺達も片づけを手伝いましょうか。
団長 まて。まだお説教は終わってないよ。
ヒクツ やっぱり?
団長 いい? うちの劇団がヒーローショウをやるようになって、三年半。
地方周りから始まって、大道芸の方たちの前座として雇ってもらえるようになったのが二年前。
インターネットを通して、面白そうだからとようやくあんた達の地元の商店街に呼ばれるようになって、
いわばここからっていう大事な時なのよ今は。それなのにあんたたちときたら。素人の飛び入りでおたおたするようじゃ、
やっていけないよこれから。
ネクラ&ヒクツ&乙女 すいません。
団長 謝ってすむのはマスコミくらいなもんだよ!
と、スミノが現れる。
スミノ ヒロ。今いい?
団長 団長って呼びなさい団長と! って、スミちゃん。
スミノ 今日は悪かったな。
団長 いいのよ。スミちゃんは謝らなくって。
スミノ でも、俺がもうちょっとうまくフォローできたら。
団長 ううん。そんなことない。すごく良くがんばってくれてた。今日の演技もばっちりだった。
スミノ そうかな?
団長 うん。もう。最高!
スミノ ありがとう。
ヒクツ ヒロさん、スミノさんの前じゃ別人だよね。
ネクラ お気に入りだからな。
乙女 し。聞こえるよ。
団長 聞こえてるわよ! なに? あんたたちのミスを、スミちゃんにかぶせようっての?
乙女&ネクラ いえ。べつに。
ヒクツ でもこういうのは連帯責任かなって。
乙女 ばか。
団長 いいのよ。スミちゃんは。だって、ヒーローなんだから。
ネクラ いいよな。ヒーローは。
ヒクツ 俺もヒーローやらしてくださいよ。
団長 あんたたちがヒーローをやるなんて、百年早い!
スミノ えっと、団長。それで、今いいかな?
団長 もちろんいいけど。どうしたの?
スミノ お客様なんだけど。
団長 客?
スミノ 入っていいよ。
と、ヒロミが入ってくる。
ネクラ&ヒクツ&乙女 ああ!
団長 あんたはさっきの!
ネクラ&ヒクツ 乱入してきた客!
ヒロミ え、えっと、は、はじめまして。
団長 なにこの子? 一体何のようなの?
ヒロミ オオバヒロミ、は、二十歳です。先ほどはすいませんでした。
でも、あたし、どうしてもやりたいことがあって。
団長 やりたいこと?
スミノ ヒーローに、なりたい。だそうだ。
ネクラ&ヒクツ&乙女&団長 はぁ!?
大葉広美だけが浮かび上がる。
3 オオバヒロミの主張。
ヒロミ 私、大葉広美です。年は二十です。さっきはすいませんでした。ずっとなりたいと思ってたんです。ヒーローに。
それで、色々と探したりしていたんですけど。でも、最近のヒーローものって、数が多くて。私がやりたいのはそういうんじゃ
ないんです。たった一人でも、悪を倒すヒーロー。そういうものになりたいんです。
と、スミノが反対側に浮かび上がる。
スミノ 昔の、ベルトで変身するライダーみたいな?
ヒロミ そうです。あと、初期の宇宙刑事もの、とか。魔女っ子シリーズとか。
スミノ 君、本当に平成生まれ?
ヒロミ 一人でも、悪に立ち向かっていく。どんな逆境にも負けない。そんなヒーローになりたいんです。自分の正体を隠して、
誰からも認められなくても、報われなくても、それでも戦い続けるヒーローになりたいんです。
スミノ それで、うちに?
ヒロミ はい! ヒーローショウ、感動しました。雑用でも、なんでもします。いつか、ヒーローとして、舞台に立てるなら。
だから、お願いします。
暗転明けると、皆聞く体制。
正座していた三人はそれぞれ体勢を崩している。
スミノ というわけ。
ネクラ 宇宙刑事ものか~。やっていたってことしか知らないや。
ヒクツ 俺なんて、ライダーは平成しかちゃんと見た記憶ないよ。
乙女 どうするんですか団長?
ヒロミ お願いします!
団長 却下!
ヒロミ そんな! どうしてですか。どうして駄目なんですか。
乙女 団長。入団希望なんてめったにないんですから。とりあえず、使ってみたらいいじゃないですか。
団長 嫌だ。
乙女 団長。
団長 スミちゃん。
スミノ なに?
団長 分かってたでしょう断るって。分かってて、連れてきたでしょう?
スミノ うん。まあね。でも、この子も納得できないと思って。
ネクラ って、ことはスミノさんも、反対?
ヒクツ いいじゃん。雑用が増えるんだからさ。
乙女 私としても、自分の仕事を手伝ってくれる人がいるととても楽になるかなって思うんですが。
団長 だったら、あんたたちに渡している給料を下げようか?
乙女 うっ。
ネクラ それを言われると、
ヒクツ さすがにねぇ。
ヒロミ いりません!
団長 はぁ!?
ヒロミ こちらからお願いしている立場ですから。お金は結構です!
乙女 でもそれじゃあ生活できないでしょう?
ヒロミ 大丈夫です。何とかします。
ネクラ よっぽど好きなんだね。ヒーローが。
ヒロミ はい。大好きです。
ヒクツ いいなぁ。若いって。
ネクラ 団長。こう言っているんだし。いいんじゃない? 使ってみるくらいは。
ヒクツ お試し期間ってことで。ちょうど3月にもショウが待っていることだしさ。人数は欲しいんじゃない?
乙女 そうですね。人手はいくらでもほしいところです。当日のスタッフは別に雇うことにはなっていますが、
衣装や小道具の手入れもありますし。
ネクラ ほら、乙女さんもこう言っていることだし。
ヒクツ 団長。俺達からもお願いしますよ。
ヒロミ お願いします!
スミノ どうする?
団長 ……勝手にしなさい!
ヒクツ ってことは?
ネクラ 採用?
ヒロミ ありがとうございます!
団長 ただし!
ヒロミ はい!
団長 あんたが目指しているヒーローなんて、ここにはいないから。
ヒロミ え?
団長 あんたが望んでいるヒーローなんて、ここにはいない。というよりも、あんたが言うようなヒーローなんてどこにもいないから。
絶対に。(と、去る)
スミノ まぁ、頑張ってよ。(と、去る)
乙女 とりあえず、これからよろしくお願いしますね。私は空野芽乙女(ウロノメ オトメ)。
ヒロミ うおのめ?
乙女 う、ろ、の、めです。主に、制作を担当しています。後は司会とか。まぁ、雑用ばかりですね。
ネクラ オオクラです。怪人の時は、ネクラ男爵。普段は衣装担当。
ヒクツ ツクモトです。ヒクツ魔人やってます。後は、小道具とか。
乙女 ほかのメンバーは、おいおい紹介するって感じで。とりあえず、初期からいるのは、私たち三人と、団長と、ヒーロー役のスミノさんなので。
団長(声) いつまで休んでるの! 撤収するよ!
ネクラ&ヒクツ&乙女 はーい!
乙女 じゃあ、詳しい話はバラシ終わってからね。
怪人、司会去る。
ヒロミ あ、お手伝いします!
背景変わる。大葉家へ。
4 大葉家
母が出てくる。洗濯籠を持っている。
母 はぁ忙しい忙しい忙しい忙しい忙しい。もう、お父さんも。ああ、もう8時!? うそ。もう、洗濯物くらい干してから出かけて
くれてもいいのに、こんな時間から干したって渇きゃしないわ。ああ、忙しい忙しい……
と、言いつつ、中央で一度立ち止まり、時計を確認し、
出てきた側とは反対側へ去る。
そして、すぐ戻ってくる。その手には座布団を持っている。
母 忙しい忙しい。(と、座布団を置いて座り)よいしょっと……って、リモコン! もう! どこリモコン! リモコンリモコンリモコン
リモコン……
と、去る。すぐテレビのリモコンを持ってやってくる。
母 あったあったあった。流しに置いちゃ駄目でしょって何度言っても、忘れるんだから。本当あの人は。よいしょ。(と、ボタンを押す)……あら? よいしょ。……つかないわ。電池電池電池……
と、去る。電池を持ってやってくる。
母 もう、電池くらい気づいた時すぐ変えればいいのに。うちの子たちはどこか抜けてるんだから。誰に似たのかしら。
(と、電池を嵌めようとして)やだ。サイズ合わないわ。……無理やり入れても、駄目か。単三単三単三単三たんさん……あ、そうだ。
冷蔵庫に梅酒ソーダ入れておいたんだった。ソーダ、ソーダ、ソーダ。
と、去る。缶を持ってやってくる。座る。
ヒロミがやってくる。制服姿。母の様子にちょっと引く。
母 よいしょっと。はぁ。疲れた。(と、缶をあけ、一口飲んで)はぁ。(と、リモコンを持って)よいしょ……って、そう! 電池! 単三!
やだ。もうこんな時間!? (と、立った拍子に缶を倒し) いけない!(と、缶を戻し) ぞうきん! (と、ヒロミに気づき) ヒロミ!
ぞうきん!
ヒロミ タオルなら。
母 いいわそれで! (と、拭きながら)もう、いつの間に帰ってたの? ただいまくらい言ってくれればいいのに。
ヒロミ ただいま。
母 どこ行ってたの?
ヒロミ 別に、どこでもいいでしょう?
母 今日は塾だったはずでしょう。
ヒロミ そうだったっけ?
母 塾の先生から、「今日も休みですか」って連絡があったわよ。
ヒロミ そう。
と、そのまま去ろうとする。
母 今日も、ってどういうこと?
ヒロミ ……
母 何で塾休んでること言ってくれなかったの? 塾で何かあったの?
ヒロミ 何もないよ。ただ、行きたくなかっただけ。
母 塾行くのもただじゃないんだから。
ヒロミ 分かってるよ。
母 行かなくても成績あがるならいいけど、無理だから塾行ってるんでしょう? 二年生だからってのんびりしてたら駄目よ。
今の成績のままだと行ける大学なんてないって言われたでしょう?
ヒロミ 分かってるって!ちょっと放課後色々あっただけだから。
母 色々って?
ヒロミ 今度からちゃんと休まないように行くから。
母 そうじゃなくて、学校で何かあったの?
ヒロミ 何もない! 大丈夫だから。
母 そんなこと言って、何も話してくれないから。昔は学校から帰ってきたらなんでも話してくれたのに。
ヒロミ 小学校のころの話持ち出さないでよ。
母 心配なのよ。あんたは、お姉ちゃんと違って不器用だから。きっとあたしに似ちゃったのね。……そうそう。お姉ちゃん留学したいって。あんた聞いてた?
ヒロミ 聞いてないけど。
母 本当、あの子はそういうところ勝手なんだから。なんだか、向こうでしか出来ない研究があるとかで。
向こうからも是非にって言われてるんですって。……本当はもっと説明してくれたんだけど、お母さんよく分からなくて。
ヒロミ お金とか大丈夫なの?
母 あんたが心配することじゃないわよ。そんな心配するならちゃんと塾行って、ちゃんと大学受かってくれればいいから。
今から言っておくけど、浪人させる余裕はないからね。
ヒロミ 分かってるよ。ただ余裕がなかったら、あたし大学行かなくても、
母 行かないでどうするの? 就職するの?
ヒロミ じゃなくて、専門とか。
母 なに? 専門行きたいの?
ヒロミ そういうわけじゃ、ないけど。
母 ……あんたはちゃんと勉強して、大学行ってくれればいいの。お金のことは心配しなくても大丈夫だから。お父さん帰ってきたら
ご飯にするからね。いい加減、将来のことちゃんと考えなさいね。(と、去ろうとして)あんた、単三電池どこにあるか知らない?
ヒロミ 知らない。
母 単三単三……
母が去る。
ヒロミ 力が欲しい。一人で生きていける力が。
ヒロミが去る。
5 街の中で
とある夕方。
歩いてくる団長とスミノ。見つける沖島。
沖島 ひ~ろ~や~ま、さん。と、スミノさん。
団長 ああ、沖島さん。
スミノ 偶然ですね。
沖島 偶然じゃないかもよ。今日は僕、これ持ってるから。
スミノ 梅酒ですか?
沖島 そう。これぞ、(運命)うんめぇ(梅)なんつって。うははは。
スミノは固まり、観客に背を向ける。
団長 えっと、これからどちらに?
沖島 ちょっと春の商店街祭りの打ち合わせに地区センターまでね。広山さん達は?
団長 今日は倉庫の掃除に。年末出来ませんでしたから。
沖島 忙しくやれてるみたいだねぇ。取材も入ったって言うじゃない?
団長 まぁ、もともと記者が知り合いなので、おまけしてもらったところありますけど。
沖島 そうなの? うちにも紹介してよ。ずっと売り上げぱったりでさ。
団長 話しておきます。
沖島 なんか新人さんも入ったんだって?
団長 おかげさまで。
沖島 どうなの? 次回の公演は。
団長 期待に添えられるよう頑張ります。
沖島 期待してますよ。うちの商店街から出たヒーローが有名になれば、商店街の活性化にもつながるしね。
おおむね商店街の人たちにもウケはいいみたいだし。
団長 ありがとうございます。
沖島 僕としてはもう少し、地元生まれのヒーローっぽさを出してくれれば最高なんだけどな。
ほら、青森か岩手だったかのヒーローみたいな。なまはげ使ってってやつ。
団長 秋田ですね。
沖島 そうそう。あんな感じにさ。必殺技に地元の特産品使ってみたりとか。
団長 比内鶏(ひないどり)を使った技名ですか? あれは、確かに米代川(よねしろがわ)流域で飼育されていた家畜ではありますが、
今は天然記念物扱いで、実際主に出回っているのは、比内地鶏(ひないじどり)という、品種改良で生み出されたものなんですけどね。
沖島 く、詳しいね。
団長 ……まぁ、人並みです。
沖島 とにかく、そんな感じに、地元色を入れるのはどう?
団長 考えておきます。
沖島 よろしくね。あ、じゃあ僕はこの辺で。
沖島が去る。
団長 地元、か。もう、10年近くになるんだ。ね。スミちゃん。あたし達が出会ってから、もうずいぶん経つんだね。一度くらい、
ちゃんと帰らないとだめかなぁ。……スミちゃん?
スミノ いやぁ、相変わらず沖島さんは面白いね。
団長 もしかして、ずっと笑いこらえてたの?
スミノ うん。で、何の話?
団長が肩をすくめて去る。スミノがついていく。
時間が軽快に進んでいく音楽とともに団員達が忙しく動き回る。
6 1月→3月
一人がヒロミを呼ぶたびに時間は先へと流れる。
それぞれのキャラクターのヒロミに対する態度は徐々に
友好的になっていく。
どこかにヒクツが現れる。
ヒクツ オオバさん、こっち。手伝ってくれる。人形作っちゃいたいから。
ヒロミ はい! なぐりは工具箱ですか?
ヒクツ あ、いいよ。俺の分はあるから。押さえておいて欲しいんだ。
ヒロミ 分かりました!
ヒロミが走っていく。ヒクツが何事か話す。ヒロミが頷く。
違う場所にネクラが現れる。
ネクラ オオバさん。ちょっと台本置いて稽古したいんだけど、
プロンプお願い。
ヒロミ はい!
ヒロミが走っていく。台本を渡され、チェックしつつ去る。
と、スミノが歩いてくる。飲み物を持ってヒロミが飛び出す。
ヒロミ お疲れ様です。
スミノ ありがとう。
スミノが飲み物を飲み、顔をしかめる。
スミノ なに、これ。
ヒロミ 牛乳です! 運動後にはたんぱく質をと思って!
スミノ すごい冷たいね。
ヒロミ すごい冷やしておきました!
スミノ うん。あまりにも冷たいのはちょっとお腹にも良くないから気をつけてね。
スミノが去る。
乙女が違う場所に現れる。
乙女 あ、ヒロミさん。さっきの衣装なんだけど。
ヒロミ はい。(と、乙女のいる場所まで走り)何か変でしたか?
乙女 ううん。ヒロミさん、割り伏せ縫い出来るんだね。
ヒロミ 割り伏せ縫い?
乙女 ここの縫い方。知らないで縫ってたの?
ヒロミ すいません。縫い方は我流で色々と調べてて。
乙女 今度、教えようか?
ヒロミ よろしくお願いします!
違う場所にネクラが現れる。
ネクラ ヒロミちゃん、今日練習終わったら飲みに行かない?
ヒロミ すいません。お酒苦手なんです。
ネクラ ほんのちょっとくらい大丈夫でしょ。
ヒロミ 実家暮らしなので門限があって。すいません。
違う場所にヒクツと乙女が現れる。
ヒクツ ヒロちゃん。今度の休みって暇?
乙女 買い物に付き合って欲しいんだけど。
ヒロミ ああ、はい! 行きます。
乙女 あと、ヒロミの衣装もそろそろ用意しなきゃだから、体、計らせてもらっていい?
ヒロミ はい。大丈夫です。
乙女 言っておくけど、計った後で体のラインが変わるのは駄目だからね。
ヒロミ 太るなってことですよね。
乙女 その通り。
ヒロミ 気をつけます。
と、違う場所に母が出てくる。
母 ヒロミ。最近また塾に行ってないって?
ヒロミ ……。
母 本当どうしたの? どうする気なの?
ヒロミ ……。
母 ヒロミ!
ヒロミが足早に去る。
あきらめたように母が去る。
7 本番前日。稽古場への途中。夕方。
毎川と読産が歩いてくる。毎川はカメラを持っている。
読産 えーっと、確か、この道をまっすぐ行って、曲がって、だったかな?
毎川 よ、読産さん、ラージマンさんの稽古場って、本当にこの道であってるんですか?
読産 ラージマウンテン、な。取材先の名前間違えるとか止めてくれよ。ちょっと待て。今、道調べるから。
と、読産はスマフォで検索する。
毎川 ラージマウンテンか。どういう意味なんですか?
読産 (調べながら)代表者の名前が広山なんだよ。広い山で、ヒロヤマな。
毎川 ああ、それで。え、でも、だったら「ワイド」の方が訳としては……
読産 ワイドショーを思い浮かべるから止めたんだと。
毎川 ……お知り合いなんでしたっけ?
読産 昔な。まさか、まだ芝居やってるとは思わなかったけど。それも、団長なんてな。
と、昔の団長が出てくる。
読産と団長が浮かび上がる。
団長 あたしには夢がある。その夢を、夢のままにしたくないからこっちに出てきたの。うまくいかなくても、辞めるわけにはいかない。
だって、帰る場所なんてないんだから。
毎川 どんな人なんですか? 怖かったりします?
読産 怖い、か。怖いくらいまっすぐではあるな。まっすぐすぎて、躓いたら、そのまま倒れて動けなくなってしまうんじゃないかってくらい。
団長 あたしは、帰るわけには行かない。逃げるわけにはいかない。一人で生きていくって決めたんだから。一人で。
どんな敵とも立ち向かえるヒーローみたいになるって決めたから。もう、逃げられないんだから。一人でも頑張らなくちゃ。一人で。
一人。
団長がうつむき、やがて膝をつく。
毎川 じゃあ、倒れずに走り続けたんですね。すごい人ですね。
読産 いや、倒れたさ。ただ、倒れた時に、あいつの前には運よく現れたんだよ。
毎川 それが、読産さんですか!?
読産 まさか。あいつのヒーローがさ。
団長に語りかけるようにスミノが現れる。
団長は、孤独に押しつぶされそうになっている。
団長 逃げるわけにはいかないのに。倒れるわけにはいかないのに。立ち止まるわけにはいかないのに。一人で。一人だから。
一人で、どこまでいけばいいんだろう。
スミノは何も語らない。団長の隣に座る。
団長がスミノを見る。スミノが肩をすくめる。
団長は顔をそらす。スミノはその横顔を追わず、どこか遠くを見る。
団長がスミノの横顔を見る。二人で空を見る。
団長がまたスミノを見る。スミノが団長の視線に気づく。微笑む。
団長も微笑を浮かべる。
その視線がスミノのお腹に向く。スミノのお腹がなったらしい。
照れくさそうに笑うスミノに、団長は食事でもと誘う。
スミノが頷く。二人が去る。
毎川 そんなすごい人なんですか? 広山さんのヒーローって。
読産 ……ん。この道であってたみたいだ。もう少し歩くぞ。
毎川 えぇ!? まだ歩くんですか!?
読産 なんだ毎川、もうばてたのか? 体力つけろ体力。報道の人間に、体力は必須だぞ。
毎川 いえそうじゃなくて。なんか駅からずいぶん歩きましたし、だんだん人通りが少ないところに歩いていくから。……って、まさか!?
と、毎川は自分の体を読産から隠す。
読産 なぜ、体を隠す。
毎川 突然、身の危険を感じました。
読産 人聞きの悪いことを言うな! 売れない劇団の稽古場なんて、駅の近くにあるわけないだろう。
毎川 そ、そんなものですか?
読産 ああ。どうせ、使われてない倉庫なんかで、無理やりやってるんだよ。
毎川 「使われてない倉庫で、無理やりやってやる!?」 なにを!?
読産 いや、なにをもなにも、誤解だ!
毎川 五回も!? 一回でも、犯罪ですよ!
読産 頼むから、俺の言うことをちゃんと聞け。
毎川 「言うことを聞け!?」
読産 そうじゃなくて! ……なぁ、毎川。今日の取材に、カメラとして同行したいって言ったのは、お前だよな?
毎川 「カメラでどうこうしたい!?」 なんですかその特殊なプレイは! は、もしかして、このカメラで!?
これはそんなもののためにあるカメラじゃないですよ! 取材のための大切なカメラです!
読産 どうするつもりもない! 落ち着け!
毎川 いや、触らないで!
と、ちょうど急いで稽古場に向かっていたヒロミがやってくる。
驚いて立ち止まる。
読産 ……いや、これは違いますよ。そういうんじゃないですからね? ……わかりますよね? 全然、そういうのじゃないですから。
な?毎川。……なんで黙るんだよ。
毎川 (読産に)だ、だって、恥ずかしいじゃないですか。人前で、こんな。
読産 恥ずかしいのはお前だ! ……ってことで、はい。なんでもないですから。な?
毎川 (頷く)
ヒロミは怪しみつつ頷くと、少し気にしながらも走り去る。
読産 お前、その知らない人と目があうと、急におどおどするの、いい加減直せ。
毎川 すいません。人見知りなので。
読産 人見知りってレベルじゃないだろう。そんなんだから、腕はいいのに、使い勝手が悪いって言われるんだよ。
毎川 そんな、「腕がいい」なんて褒められても
読産 俺が言いたかったのは、そういうことじゃなくてな……(と、歩きながら)恥ずかしいから、そういう反応は俺の前だけにしろよ。
毎川 「恥ずかしい反応を、俺の前でしろ!?」
読産 言ってない!
毎川 あ、読産さん、待ってくださいよ!
読産と毎川が去る。
8 3月本番前日。劇団稽古場所。
側転して登場するヒクツとネクラ。側転から戦闘スタイルへ。
怪人二人に囲まれるヒーロー。2対1の殺陣。左右からの追撃を
避け、倒す。
団長 はいはい。そこまで。ひとまず休憩にします。
ヒクツ&ネクラ はーい。
ヒロミ お疲れ様です。
スミノ お疲れ。
と、乙女がやってくる。
乙女 あ、団長。お客様です。
団長 だれ?
乙女 毎読新聞の記者の、
団長 ああ。分かった。
団長が去る。
ヒロミ お疲れ様です。
飲み物を配っていくヒロミ
ネクラ お、ありがとう(と、飲む)あっつ!
ヒロミ え、熱かったですか!
ネクラ 熱いよ!
ヒロミ こないだ、つめたい飲み物はよくないって言われたから。
ネクラ そりゃこないだ渡されたのは牛乳だったからね。
ヒクツ しかもきんきんに冷えた。
ヒロミ 今回は暖めてみました!
ヒクツ まず、牛乳から離れてほしかった。
ネクラ それに熱すぎだよ。あと、何この味。
ヒロミ プロテインジュースです。バナナ味の。
ネクラ バナナ!?
ヒロミ やっぱりバニラ味のほうが良かったですか!?
ネクラ そういう問題じゃない!
ヒロミ すいません。次は温い牛乳にします。
ネクラ 牛乳から離れて!
ヒクツ スポーツドリンクとか、あるでしょ他にも。
スミノ 案外、慣れるとおいしいぞこれ。
ヒロミ ありがとうございます。
ヒクツ スミノさんは何でも飲むからなぁ。
団長がやってくる。
ネクラ あれ、団長、お客さんは?
団長 つれて来た。
読産がやってくる。
読産 どうも、お久しぶりです。本日はよろしくお願いします。
スミノ お願いします。
ネクラ お~ヨミウミさん。
ヒロミ だれですか?
ヒクツ 団長の、元彼。
団長 彼氏じゃない! 昔の知り合いなだけよ。
スミノ 団長の下宿先に住んでたことがあるんだよ。今は、毎読新聞の、記者さん。うちを取材してくれてるんだ。
読産 まさか、就職してからも会う事になるとは思わなかったけど。えっと新人さん? はじめまして。読産です。
ヒロミ 大葉ヒロミです。あれ? もしかして、さっきの……
クロノ さっき?
ヒロミ ええ。道端で女の人と、
読産 なにも! してませんよ。ええ。ですよね?
ヒロミ は、はい。
スミノ 今日も取材ですか?
読産 いよいよ、明日が本番だからね。今日はインタビューついでに写真も撮りたいと思うんだけどいいかな?
ネクラ 写真!?
ヒクツ オッケーです!
団長 だ、そうよ。
読産 毎川。お許しが出たよ。
毎川 はい。
毎川がやってくる。
ネクラ おぉ。カメラマン、女性なんですね。
ヒクツ カメラウーマンだ。
読産 若いけど腕は立つから。そこのところは心配しなくていいよ。ほら、毎川。
毎川 ま、毎川です。よろしくお願いします。
読産 ちょっと人見知りなんだ。
団長 大丈夫なの?
読産 性格と写真の腕は別物だろう?
団長 そりゃそうだけど。
毎川 だ、大丈夫です。写真に関しては自信あります。こ、これでも、読産さんよりも、経験が長かったり、します。すいません言いすぎました。
読産 言ってから謝るなよ。まぁ、どうしようか。先に写真撮っちゃう? 後でがいい?
毎川 あの、出来れば、さ、先が(いいかなと)
読産 だな。こういう、稽古してましたって感じの場面、写真栄えしそうだもんな。と言うことで先に写真でお願いします。
毎川 私が言おうと思ったのに。私が言おうと思ったのに。私が言おうと思ったのに。
団長 なんかめちゃくちゃ睨んでるわよ。
読産 うん。いつものことだから。えっと、じゃあとりあえず写真を……今日はこれだけ?
スミノ 乙女さん呼んでくるよ。
団長 お願い。
スミノが去る。
団長 じゃあとりあえず、みんな適当にポーズとって。
読産 適当じゃ駄目だろう。どう並ばせる?
毎川 お、お任せします。
ネクラ 本当に大丈夫なんですか?
読産 腕はいいんだって。あ、そうだ毎川。お前、あれやれよ。
ヒクツ あれ?
読産 こいつの特技。人物写真撮ってばかりいたせいらしいんだけど、こいつ見ただけで年齢当てられるんだよ。
ヒロミ え……
ネクラ マジで。
ヒクツ じゃあ、俺の年齢当てられます?
読産 ほら、毎川。
毎川 は、はい。(と、ヒクツに近づく)
ヒクツ ちょっと、距離が近くない?
毎川 黙ってもらえます?
ヒクツ はい。
毎川 に、23歳。
ヒクツ あ、あたりです。
ネクラ 俺は?(と、顔を近づけようとする)
毎川 (と、ネクラを見ずに)23歳。
ネクラ え、なんでこっちは見ないの?
スミノがやってくる。後ろに乙女もいる。
スミノ 乙女さん連れてきたよ。
毎川 (スミノを指し)28歳。
スミノ え? なにが?
団長 年齢あてだって。
スミノ あたりだ。
乙女 え、スミノさん、27じゃなかったでしたっけ?
スミノ 誕生日だったんだよ。昨日。
ネクラ うそ、マジで!?
ヒクツ 言ってくれればよかったのに。
乙女 だから、昨日、稽古後団長とどこか行ったんですね。
ネクラ え、それ聞いてないけど。
団長 別にいいでしょ。稽古後の話は。にしてもすごいわね。ぴたりと当てるなんて。
読産 でしょ。
ヒロミ あ、私、ちょっとお腹いたくなっちゃったんでお手洗い行ってきますね。
ネクラ え、大丈夫?
ヒクツ 牛乳ばっかり飲むから。
ヒロミ いやだなぁ。牛乳は関係ないですよ。
毎川 (ヒロミの顔を指し)17歳。
ヒロミ え?
ネクラ は?
ヒクツ&団長&オトメ&スミノ 17?
ヒロミがうつむく
毎川 ……え、あ、なんか私、変な事言っちゃいました?
乙女 ヒロミ、確か二十歳だって言ってなかったっけ?……
暗転
9 ヒロミの告白
ヒロミが浮かび上がる。
ヒロミ 強くなりたかったんです。一人で生きていけるように。だって、やりたいことだけやってるわけにはいかないから、
いつかは働かなきゃいけなくて。でも、高校卒業後いきなり働くなんて想像出来なくて、だからって専門へ行くだけの
目標も無くて……本当はあるけど、それは、夢でしかなくて。だから大学に行くってことにして。
でも、そのためには勉強しなくちゃいけなくて。勉強しているうちに、どんどん夢からは遠くなっているような気がして。
……わがままだって分かってるんです。分かってるから誰かにぶつけることも出来なくて。……だから、ヒーローに憧れたんです。
自分ひとりだけで生きていける強さが欲しくて。そんな強さを持っているヒーローになりたくて。だますつもりはなかったんです。
結果的にはそうなっちゃったけど。でも、ただ強くなりたくて。
明かりがつくと劇団員、そして読産と毎川がいる。
スミノ 確かに、わがままだな。
ヒロミ すいません。
ネクラ いいんじゃないの夢を追ったって。親御さん、反対しそうなの?
ヒロミ 分からないです。
ヒクツ 言ってみればいいじゃん。案外、賛成してくれるかもよ。
ヒロミ 私、姉さんがいるんです。すごく頭が良くて。大学で何かの研究チームに抜擢されて、今度海外まで留学するって。
なんか、私と比べて将来の事とか、ちゃんとはっきり見えてる感じで。お母さんも、姉さんに対しては何とかなるだろうって思ってて。
だから余計あたしの将来の事とか、すごく心配してて。言えないですよ。そんな。だって、言ったら絶対……
乙女 反対される?
ヒロミ かもしれないし、
読産 悲しむかもしれない。
ヒロミ ……そんな感じです。
スミノ 事情は分かったけど、さすがに親の許可が無いと高校生は使えないよ。
ヒロミ すいません。
乙女 でもどうするんですか? 明日の舞台、ヒロミも出すってことで台本組んでましたけど。
スミノ 書き直すしかないだろうな。
乙女 ですよね。とすると、12月やったのをもう一度って感じですかね。
ネクラ まぁ、高校生じゃなぁ。
ヒクツ 案外分からないものだね。俺、ずっと二十歳だと思ってた。
毎川 な、なにかすいません。私、余計なことしたみたいで。
読産 お前が謝る事じゃないだろう。
スミノ 読産さん、このこと記事には……
読産 しないよ。俺は何も見てない。
スミノ ありがとうございます。
ヒロミ 本当にすいませんでした。……お世話になりました。
団長 ……あなたは、それでいいの?
スミノ 団長?
団長 親に言いたいことも言えないで。やりたかったヒーローショウも諦めて。それでいいの?
ヒロミ だって、仕方ないですから。
団長 仕方ない、か。そんな程度で諦められるものだったわけね。あなたのやりたい事って。
ヒロミ 仕方ないじゃないですか。だって、私、みんなをだましてて……
団長 そんなの初めからでしょ。舞台に上げたお客さんの友達だって嘘ついて無理やり舞台に上がってきて。
公演が終わったと思ったら、ただでいいから使ってくれって飛び込んできて。それだけの根性あるくせに、
年齢なんて嘘がばれただけで諦めるの? それでいいの? それで、本当にいいの?
ヒロミ でも、それは仕方ないから。
団長 ……そう。なら仕方ないわね。……今日までお疲れ様でした。
ヒロミ ……諦めたくないです。
団長 何か言った?
ヒロミ 諦めたくないです! やりたいです! でも、仕方ないじゃないですか。無理じゃないですか。あきらめたくないからって、
だからってどうしたらいいんですか!
団長 なればいいのよ。ヒーローに。
ヒロミ え?
団長 ただし、あなたがあこがれるヒーローじゃないけどね。
ヒロミ どういうことですか?
団長 スミちゃん! 台詞変わるけど、対応よろしく。
スミノ まぁ、なんとかするよ。
団長 乙女! 衣装変更するけど、間に合うわよね?
乙女 本番明日ですよ!?
団長 間に合うわよね?
乙女 なんとかします!
団長 (ネクラとヒクツに)オオクラ! ツクモト!
ネクラ&ヒクツ はい!
団長 頑張れ。
ネクラ&ヒクツ え、それだけ!?
団長 返事は!?
ネクラ&ヒクツ あらほらさっさ!
読産 おいおい、何をする気だ。
団長 読産。
読産 なんだよ。
団長 あんたは何も見てない。そうでしょう?
読産 ……分かったよ。ああそうだ。俺は何も見てない。な、毎川。
毎川 はい。何も見てないし、聞いてません。
ヒロミ あ、あの、一体何をする気なんですか?
団長 ヒロミ。
ヒロミ はい。
団長 家の電話番号教えなさい。
ヒロミ え?
団長 家の電話番号。もしかして、固定電話置いてない?
ヒロミ 置いてますけど。何に使うんですか?
団長 決まってるでしょう。あんたをヒーローにしてあげるわ。
暗転
10 あの時と同じように
この暗転中に、毎川は客席に下りてどこかに座っている。
闇の中、読産が浮かび上がる。
読産 12月に行われた興行に引き続き、本日、3月○日にも団員たちの地元、ムツカドハシ商店街で劇団ラージマウンテンが
ヒーローショウを行います。前回の公演から新人も加わり、より舞台は楽しいものへとなったようです。
「子供から大人まで楽しめるヒーローを」と語る劇団長広山英子の言葉通り、素敵なショウが見られることを、
本誌記者も心から応援しています。
ブザーの音。
司会のお姉さんが浮かび上がる。
乙女 ヒーローはいるのか? 乱れたままの日本語。収益の減り続ける音楽業界。増え続けるアイドル。じわじわと浸透するオタク文化。
と、以下の台詞は無声演技
現れる怪人たち。オープニングと同じような台詞を無声演技で語る。
団長とヒロミがどこかに浮かび上がる。
団長 この後、お客さんが舞台に上がる。そうしたら、あなたはすかさず登場するの。いいわね。
ヒロミ いいわねって言われても。
団長 自信ない?
ヒロミ あるわけないじゃないですか。あたし、まさかこんないきなりヒーローをやるなんて思わなかったし。
団長 誰だって初めてはあるものよ。
ヒロミ 第一、台詞だって。
団長 練習を見てきたでしょう? プロンプもやらせていたし。出来るはずよ。
ヒロミ でも、自信が。
団長 ヒーローになりたいんでしょう? それとも、やっぱり諦める? ……今日を逃したら、しばらくはヒーローを演じる機会なんて
なくなるわよ。もう受験生なんだし。さすがに、親が許可してくれるか分からないんじゃ、こちらも参加させてはいられないし。
……どうする?
ヒロミ ……やります。
団長 よし。
そして、悪の組織は観客席に下りていく。
と、思いきや、舞台袖に去り、母を連れてくる。
ネクラ 手始めに、娘!……という年齢でもない気がするが、 ちょっと来てもらおうか!
母 あーれー、お助けをー
ヒロミ お母さん!? なんで!?
乙女 ネクラ男爵! なぜ、そんな年配の女性を!
ヒクツ 知らなかったのかお姉さん。ネクラ男爵は、熟女好きなのさ!
ネクラ 違う! ストライクゾーンが広いだけだ!
ヒロミ なんでお母さんが舞台に!?
団長 ほら、人質が舞台に上がった。今度はあなたの番よ。
ヒロミ 私の番って、
団長 もちろんヒーローとして、お母さんを助けるのよ。
ヒロミ 出来ません!
団長 なぜ?
ヒロミ なぜって。母を助けるなんて。
母 あーれー、お助けを~
ネクラ ええい、静かにしろ!
団長 肉親を助けるのがそんなに嫌?
ヒロミ だって。私、母に何も言えなくて。だから一人で生きられる強さが欲しくって。それでヒーローにあこがれて、
団長 言ったでしょう? あなたがあこがれるヒーローなんてここにはいないって。
ヒロミ ……どういう意味ですか。
団長 一人で戦っているヒーローなんていないのよ。一人じゃないから、ヒーローは戦えるの。ベルトで変身するヒーローにおやっさんが
いるように。3分しか戦えないヒーローに地球防衛隊がいるように。だって、ヒーローが戦うのは、いつだって誰かのためなんだから。
独りよがりで強がるために戦っているわけじゃないんだから。
ヒロミ 独りよがりのつもりは、
団長 じゃあ何のために、あなたは一人で生きたいなんて言うの? 母親に真正面からぶつかりもしないで、母親を助けることも出来ないで、
あんたは一体、何のために強くなるの?
ヒロミ だから、私は、私自身のため
母 あーれー、お助けを~
ヒクツ もうそろそろ俺達が助けて欲しいな。
ネクラ いい加減間が持たないぞ。
団長 昨日電話したらね、あなたのお母さんは、はじめ舞台にあがるのを嫌がった。当たり前よね。でも、最後は頷いてくれた。何でだと思う?
ヒロミ そんなの、わかりません。
団長 「それが娘さんのためだから」って、言ったからよ。
ヒロミ ……
団長 重いんでしょう? お母さんの思いが。あなたのためだからって、言葉で与えてくれる全てが。だったらここで逃げちゃ駄目。
向き合わずに逃げたら、あんたは一生逃げ続けることになる。
ヒロミ なんで、そんなことが分かるんですか。
団長 分かるわよ。あたし自身、ずっと逃げ続けてるんだから。
ヒロミ え?
団長 家から逃げて。一人で生きようと思って。やっぱり、一人じゃ生きられなくて。だから、今、ここでこんなことをやっているんだから。
ヒロミ 団長……。
団長 さあ、いい加減観念してなってきなさい! ヒーローに!
ヒロミは団長につき出される。
母 ヒロミ!?
ネクラ&ヒクツ む、誰だ!
ヒロミ そ、そこまでだ! そのご婦人を放しなさい!
ネクラ 何者だ、名を名乗れ!
ヒロミ え、名前。えっと、お前たちに名乗る名などない!
ヒクツ おおっ言うねぇ。
ネクラ 喜んでどうする。ならば、聞かずに倒してしまうまで! 行け、我が僕(しもべ)、コールドジョーク!
その言葉に、会長が現れる。
ヒロミ 商店街の会長さん!?
乙女 おおっと、怪人が呼び出したのは、なんと、ムツカドハシ商店街の商店街会長であり、商店街の老舗、沖島呉服店の12代目店長、
沖島誠さんだ~。
沖島 どーも。呉服の沖島。呉服の沖島です。
ヒロミ なんで、会長さんが。
ヒクツ だって、君、殺陣出来ないでしょ? 怪我すると困るし。
ネクラ 貴様の相手など、この男で十分と言うわけだ。
ヒロミ いくらなんでも、普段から体を動かしてなさそうな人には負けないですよ!
沖島 確かに力では勝てないでしょう。でも面白さなら負けないですよ!
ヒクツ いや、それこそ完敗でしょ。
沖島 こんな時のために、とっておきの話があるんです。聞いてください。「名犬ポチ」
ヒロミ まさか、白い犬だったりしないですよね。
沖島 なんでそれを!?
ヒロミ 体が白くて、尾も白い(面白い)とか。
沖島 僕のとっておきが……(と、膝をつく)
ネクラ 何もしてないのに負けた!?
ヒクツ やっぱり完敗したな。
沖島 こうなったら、本職の皆さん、お願いします!
ネクラ 仕方ない。いくぞ、ヒクツ魔人。
ヒクツ おうとも、ネクラ男爵。
ネクラとヒクツは沖島に母親を預けると、ヒロミに向く。
ヒロミ そんな! 殺陣ができないから沖島さんをって。
ネクラ 仕方ないだろう! 対戦が盛り上がらなければ、
ヒーローショウではないからな!
ヒクツ 大丈夫。あまり痛くないようにしてあげるから。
二人がかりで襲い掛かるネクラとヒクツにヒロミは防戦一方。
乙女 おおっと! ピーンチ! 名も知らないヒーローがピンチだ! ここはやはり、あの男を呼ぶしかない! 正義のヒーロー
ゴッデスマンを! さぁ、会場の皆さん、私が、カモーンと言ったら、右手を突き出して、「ゴッデース!」と大きな声で叫んでくださいね。
いいですか? カモーンと言ったら、「ゴッデース!」ですよ? ちょっと練習しておきましょうか。はい。カモーン!
観客席の声が小さかったら、
乙女 恥ずかしがらないで大丈夫。でも、どうしても、恥ずかしい人は、こうやって、右手をあげて、小さな声で言ってください。
(と、右手を上げて)「ゴッデース」ね? はい。では、もう一度練習行きますよ。はい。カモーン!
毎川 ゴッデース!
乙女 はい。ありがとう。こういうのを、サクラって言います。さあ、
では、本番行ってみましょう、カモーン!
毎川 ゴッデース!
乙女 もう一度、カモーン!
毎川 ゴッデース!
乙女 さあ、皆さんご一緒に、大きな声で、カモーン!
毎川 ゴッデース!
と、観客の声が大きかったらヒーロー登場。
音楽が鳴り、登場ポーズ。
スミノ どこの誰が呼んだのか。誰かのためにやって来て、誰かのために悪を討つ。究極超人ゴッデスマン! 見参!
ネクラ 出たなゴッデスマン!
ヒクツ 今日こそ、貴様を倒す!
スミノ 笑止! 誰かのために戦う限り、ヒーローは無敵だ!
ヒクツとネクラ、スミノの殺陣。
音楽とともに、溶暗。
11 母と子の会話
母とヒロミが浮かび上がる。
ヒロミ お母さん。
母 何?
ヒロミ 聞いて欲しい事があるの。
母 塾、また休んだってこと?
ヒロミ そうじゃなくて。
母 お母さんに黙って、ヒーローショウなんかやっていた事?
ヒロミ 将来のこと。……私、夢があるんだ。全然、まだどうやって叶えていいか分からないけど。お姉ちゃんみたいに、
必要とされるかも分からないけど。でも、やりたいことがあるの。
母 そんなこと、全然言ってくれなかったじゃない。
ヒロミ うん。だからね。……聞いて欲しい。
母 ……聞かせて。あんたの、やりたいことがなんなのか。お母さん、反対するかもしれないけど。
ヒロミ いいんだ。それでも。もう、逃げないって決めたから。ヒーローみたいになるんだって、決めたから。だから、聞いて。
ヒロミが何か言う。驚く母。
溶暗。
12 たとえ、嘘みたいなヒーローショウだとしても。
闇の中、読産が浮かび上がる
読産 「多少のハプニングはショウにつきもの」との言葉通り、先日の公演ではいくつかのヒヤッとする場面があったようです。
若さゆえにつまずくこともあるでしょうが、今後とも、劇団ラージマウンテンの皆さんには彼らの地元であるムツカドハシ商店街を、
さらには将来的には横浜を代表するヒーローを見せられるよう、頑張ってほしいですね。毎読新聞、神奈川面、地元応援課、
ヨミウミ ケイゾウ
明かりがつくと劇団員達がいる。
読産 って、書くつもりだったのにさ、なに実家に帰るって。
団長 ごめん。
読産 いやいや、謝られても。え、どこだっけ実家。
団長 実家って言っても、あんまり実家って気はしないんだけどね。もう、飛び出してから10年近くになるし。
沖島 実家のジッカン(実感)がない。なんつって。ふははは。
乙女 すいません。ちょっと、黙っててもらえます?
沖島 はい。
読産 じゃあ何で今更?
ネクラ そうですよ団長。
ヒクツ これからじゃないですか。
団長 これからだから、かな。
読産 なんだそれ。
乙女 どういうことですか?
団長 逃げてきたんだ。あたしは。自分がやりたかった芝居をやらせてくれなかった母親から。理解する気が初めからなかった父親から。
両親に、面と向かって嫌だって言えなかった自分から。逃げてきたんだ。逃げてきて、がむしゃらになって。躓いて。
躓いたところを助けられて、その人が、まるでヒーローに見えて。
スミノ そこにいただけだよ。俺は。
団長 それでも、私にとってはヒーローだった。それだけで、私は救われた。そして、そんなヒーローを知ってもらいたくて、この劇団を作ったの。
ネクラ 一体何したんですかスミノさん。
スミノは肩をすくめる。
乙女 でも、だったら今実家に帰ることはないんじゃないですか?
ヒクツ そうですよ。このままここで劇団を続けていけばいいじゃないですか。
団長 それは駄目。
乙女&ヒクツ なんでですか!?
団長 だって、私、説教しちゃったから。ヒロミに。昔の、あたしみたいに見えた子に。逃げるなって。
だから、私が逃げるわけにはいかないでしょう? じゃないとあたしがやってきたことが、嘘になっちゃうから。……そんなわけで、
すいません。沖島さん。色々面倒見てもらったのに。
沖島 いやいやいや。決めてしまったのなら仕方ないよ。残念だけど。うん。非常に残念だけど。
団長 すいません。
沖島 でも、もう戻ってこないってわけじゃないんでしょう?
団長 ええ。とりあえず、今やっていることを両親に認めてもらえるように頑張ってみて。この道を進むことを分かってもらえたら、
戻ってくるつもりです。
沖島 じゃあ、とりあえず、秋にはまたお願いするつもりでいますよ。
団長 いえ、でもそれは悪いですよ。この劇団は、今日で、その……
ネクラ 団長の実家ってどこ?
ヒクツ 乙女、知ってる?
乙女 いえ。スミノさんなら分かるんじゃないですか?
スミノ 仙北(せんぼく)だって言ってたかな。
ネクラ せんぼく? どこ?
ヒクツ どういう字書くんですか?
スミノ 仙台の、仙(せん)に、東西南北の、北(ぼく)だったかな。
ネクラ ってことは仙台の北?
乙女 じゃあ、宮城ですか。
スミノ いや、秋田。
ヒクツ 秋田か~ 車だと何時間かな。
ネクラ とりあえず、住む所はどうにかなるとして、練習場所だよ問題は。
乙女 だったら、私、調べておきますよ。団長の家の近くがいいですよね?
ネクラ あと、近くに飲み屋があれば。
ヒクツ 太るぞ。
乙女 あんた、今の服が着られなくなったら、次は自分で縫いなよ。
ネクラ 大丈夫だって鍛えてるから。
乙女 それで、団長、近くにいい練習場所になりそうなとこあります? ……団長?
ヒクツ どうしたんですか? ぼけっとして。
団長 あんたたち、ついてくるつもり?
ネクラ え。何言ってるんですか。
ヒクツ 今度こそ本当に、地元を制覇するわけですよね。だったら、俺達が行かないと。
乙女 向こうのローカルヒーローは強力ですからね。何かいい手を考えないといけませんね。
ヒクツ きりたんぽで戦ってるんだっけ?
ネクラ あれは反則だよな。
スミノ 台湾にも進出しているとか聞いたな。
ヒクツ それ、もうローカルじゃないよね。完全に。
団長 ばかね。あんたたち。
ネクラ&ヒクツ 馬鹿ですいません。
団長 ……謝って済むのはマスコミと政治家くらいよ! いい? あんたたちが言ってるヒーローは、同じ秋田県でも、
にかほ市発のヒーローで、仙北市のローカルヒーローは他にいるわ。神代(かみよ)カレーを押すために生まれたヒーローがね!
ネクラ&ヒクツ&乙女 さすが地元民。
乙女 じゃあ、余計に頑張らないといけませんね。
ネクラ その前に、にかほってどこ?
ヒクツ 温泉で有名だよね。
スミノ それは伊香保だ。
団長 にかほにだって温泉はあるわよ! って、温泉はどうでも良いのよ。私たちの目的はなに!?
ネクラ そりゃもちろん、
ヒクツ 決まってますよ。
ネクラ&ヒクツ&乙女&スミノ ヒーローショウ!
団長 だったらついてらっしゃい。言っておくけど、やるからには徹底的にやるからね。あたし達のヒーローが、
あたしの地元一有名になるまで帰って来られないと、そう思え!
ネクラ いや、さすがにそれは
ヒクツ 厳しいんじゃないかな。
乙女 それ、一生戻って来られないかもしれないですよね。
スミノ さすがに相手が巨大すぎると思うぞ。
団長 返事は!?
ネクラ&ヒクツ&乙女&スミノ あらほらさっさ!!
団長 よろしい。総員、準備にかかれ!
読産 ……これじゃまるで、悪の組織だよ。
沖島 楽しみですね将来が。ヒーローショウだけに、将来が。
読産 ……暗くないと良いですけどね。
沖島 明るいでしょう。きっと。こんなにも、みんな笑顔なんですから。
二人が見守る中、団員達は色々と将来の話に花を咲かせる。
そこに、母親を連れてヒロミが挨拶にやってきた。
将来に向けての明るい話題と共に、明るくなってから、溶暗。
完
まずはタイトルのお話。 @(アットマーク)って、「の」っぽいなと思いまして。そんなわけで、 「ヒロの将来暗い?」でHero@Show Like Lie?でした。 ヒロは団長である広山と、大葉広美にかけているつもりです。 ……冠詞は今回は気づかなかったふりをしました。 2011年は色々と考えさせられる年でした。 そんな中、東映さんがyoutubeで過去の東映特撮を流すサービスを始め、 昔よく見ていた番組を改めて見直す機会がありました。 参考URL→(http://www.youtube.com/TOEIcojp) そこで思ったのが「例えどれほど強いヒーローでも、独りでは戦えない」 という当たり前の事実でした。 誰かが弱音を吐いた時、膝をついた時、何も言わなくても側に誰かがいてくれたら。 きっとそれだけで誰かの将来は暗くはならない。……んじゃないかなと思います。 まぁそれが仮面ラ○ダーに出てくるおやっさんみたいな熱い人だったら はたき倒されて特訓する流れになるんでしょうけどね。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 |