独り遊び
登場人物
佐藤 ヨシコ 16歳
1
そこには椅子だけが置いてあった。
徐々に明るくなってくる空間に、一人の少女がやってくる。
黒いマントを引きずるようにゆっくりと。
少女は仮面を付けていた。
笑い顔の仮面を。
仮面 ……小さい頃 よく蟻を殺した 夏の太陽があぶるように照らすアスファルトの上で
意味もなくさまようように見えた黒い肢体を 何度も踏みつけた。
踏んだ瞬間 蟻はそれまでの緩慢な動きが嘘のように
でたらめに体を動かしてどこかへ逃げようとした 一回踏んだだけでは死んでくれなくて
だんだんと鈍くなっていくその体に 何度も 何度も 足を踏み下ろした
無抵抗に力つきていく黒い体 弱いお前
仮面は今にも笑いそうな顔であいている椅子へと座る
間
仮面 ……12月23日……全国紙にも載らない小さな記事だった
あの冬のわりには暖かい日々が続いていた頃 季節はずれにもがき回っていた一匹の蟻
……これは そんな話しだ
仮面はマントをはぎ取る。
放り投げられたマントは風に凪がれるように落ちた。
仮面に手をやり、呟く。
仮面 始まりは4月 風が気持ちよく吹いていた春の陽気の中 座ったままの少女 一匹の蟻
ゆっくりと仮面は取られる。
その下にある寂しげな少女の顔。
仮面は少女の足下に落ちる
2
季節は4月。
少女が一人椅子に座っている。
その周りにも、何人も少女や少年が緊張した面もちで座っているらしい。
ここは教室。
一人一人自己紹介をする時間。
そして、少女の番。
ヨシコ ……あ、はい! (立ち上がって) ○○中学校から来ました 佐藤ヨシコです
……えっと、別にこれと言って話すことは……あ、趣味ですか? 趣味は読書です
……読む本? 日本の作者なら太宰治とか三島由紀夫なんかが好きです
(周りがどよめいたらしい)
え? 変ですか? 変わっている? ……すいません
えっと これからよろしくお願いします(頭を下げて席へと着く)
ふと、周りの雰囲気が変わった。
それまでの教室ではない、まるでどこか別の場所のように明るく。
俯いた少女が急に笑顔になって椅子から跳ねるように立つ。
ヨシコ はあ おどろいた! 新学期ってこれだから嫌い
だいたい自己紹介なんてしてもしなくても同じだと思わない?
どうせ自分の番になったときの挨拶考えることに一生懸命で
誰かの自己紹介なんて聞いてないんだから え それって私だけ?
そんなことある分けないって だいたいかしこまって(礼儀正しく)「佐藤ヨシコです」
なんて言っているけどさ あたし自分の名前嫌いなんだよね 何がヨシコよ
あだ名なんていつだって「ヨッシー」よ マリオの乗り物じゃないってーの!
名字は吉田じゃないってーの!
少女開き直ったように態度悪く椅子に座りつつ
ヨシコ なによ 趣味が読書で読んでいる本が太宰や三島じゃ悪いって言うの?
そんな高校一年生いる分けない? (鼻で笑って)大丈夫「ああ無情」も読んでいるから
太宰だったら「女生徒」かな 走れメロスは面白いけど 女の子にはちょっと恥ずかしいわよ
少女突然声高々にメロスになる
ヨシコ 「セリヌンティウス! 私を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。
君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえないのだ。殴れ」
少女、殴られたでもしたように吹っ飛んで。
きっと相手をにらみつける
ヨシコ 殴ったね……親父にもぶたれたことないのに!
言ってから気恥ずかしくなったのか起きあがりつつ咳払いをして
ヨシコ まぁ 太宰なんて今まともに時読んでいる人いないし
文学少女なんて言っただけでオタク扱いだもんね
でもさ (ぶりっ子風に)「趣味は音楽鑑賞ですぅ」(皮肉に笑って)
なんて言ってても聞くのは最近の曲だけだったり
(かっこつけて)「映画なんてよく見ますね」(皮肉に)なんて言ってても
見ている映画って流行ものばかりだったりね ばかばかしい
少女は一度椅子に座る。
だが思い出したようにまくし立てる。
ヨシコ まぁなんだかんだ言ってみんな適当に話しかけあったりしてさ 友人関係作っていくんだよね
昨日のドラマの話しに最近のミュージシャン そろそろバイトの話しもささやかれて
部活は何にしようか?
授業の合間に携帯で 遠くの高校の友達に隣の男子の悪口送ったり
メール交換 番号交換
名前順に知人が増えて でも顔すら覚えてないや
あ 次は音楽? (慌てて立ち上がると、それからは立ったまま)
移動教室に行く途中は同じ中学の子同士で固まって
お弁当食べるときはわざわざ遠くのクラスまで友人探しにいそいそ遠征
授業の合間の休み時間は微妙に沈黙
うるさいのは偶然同じクラスに前の学校での友達がいたときくらい
先生の自己紹介 家族構成まで話し出したり 誰も聞いちゃいないって
おまけみたいに授業があって でもノートは白紙 ぼうっとしながら窓の方見たら
窓側の席の子は気持ちよさそうに眠ってた
……チャイムが鳴る
中学の時とは違うリズム
ふぅ やっと一日が終わった ホームルームがやけに短い
いそいそと何人かが素早く教室を出ていった 一緒に帰る人作らないと
部活見学に行く人にでも混じろうかな?
自転車登校の奴はやけに急いでペダルこいでく
高校になって初めて使うようになった電車は 行きも帰りもおじさんクサイ
やっと家まで帰ってきた
今日も一日お疲れさま! いきおいよくドアノブ握ったら ……ドアにはカギがかかってた
少女カギを使って家のドアを開ける。
雰囲気はがらりと変わる。
俯きながら少女はどこへでもなく声をかける
ヨシコ ……ただいま
階段を上って自室へと行く少女。
部屋のドアを開けると観客席を向いている椅子の向きを変える
自分の机に向かって、引き出しから取り出したのは日記帳
ヨシコ ……四月七日……今日は一人……明日は? 中学の友達が誰もいない教室って
なんだか怖い 担任の先生もなんか体育会系だし 大丈夫かなこれから……
俯いた途端携帯が鳴る。携帯はシェル型。
どこか無理した明るさのある着メロに、少女は慌てて出る。
電話の相手は中学の時の友人らしい
ヨシコ はいはい! ユッキ〜 久しぶり♪ どうどう? そっちは ……へぇ もう友達できたんだ?
やるねぇユッキ♪ ……え? あたし? ヨッシーさんは滑っちゃったよ〜
なんだか今のクラスってばギャル系多いいしさ〜 ……部活かぁ そうだよね
クラスだけじゃないもんね ……何言ってるの!
ユッキに励まされるほど落ちぶれちゃあいませんぜ 大丈夫大丈夫 心配すんなっ♪
……おう! がんばろーぜ〜 んじゃねん
電話を切った途端、少女の顔は寂しそうに俯く
ヨシコ 大丈夫大丈夫……大丈夫だって……
だんだんと薄暗くなっていく部屋の中、俯いたままの少女。
携帯を握りしめる手に力がこもる。 鳴らない携帯。
3
季節は五月。
青々とした木々が風に揺れる晴れた日々。
放送場所には椅子が一つ置いてあるだけ。
少女は走って登場してくる。
頭にははちまき
右手にはマイク
ヨシコ さぁ始まりました球技大会 雲一つない五月晴れ 絶好の球技大会日和であります
今回の種目は男子はバスケットにサッカー 女子はバレーボールに卓球
六クラスを半々に分けた紅白戦であります さぁ選手の入場です
はい だらだらしないでてきぱきと並びましょう
開会宣言は校長不在のため副校長先生からです。(ここで少女副校長の物まねで)
「えぇ本日はお日柄もよく 絶好の球技大会日和となりました
皆さん 楽しんで一日を過ごしましょう」
(声真似止めて)ありがとうございます副校長先生 今日のネクタイ決まってますね
さぁどんどんプログラムを進めて参りましょう
次は生徒代表による宣誓の言葉です 男子代表斉藤くんに女子代表折島さん
(生徒代表になりきって、甲高く、男子と女子を交互に)「我々は〜 我々は〜
スポーツマン精神に乗っ取り〜 乗っ取り〜 清く正しく美しく 戦うことを誓います!」
(声真似止めて)はい。ありがとうございました。さぁ! では力の限り戦いあいましょう!
(少女、マイクを投げ捨て)センキュウ!
と、急に雰囲気は暗くなる
ポーズを決めた少女は、いそいそと椅子へと座る。
話しかけられたのか急におどおどとする。
ヨシコ え? 気分が悪い? えっと……休憩所があそこに(と言いながら指を指し)
そうそう あそこにありますから そこで先生に言ってください 今の試合?
えっと確か(言いながら資料を繰る動作)確か 二の四対三の一です
はい いいえどういたしまして……
話しかけてきた子がいなくなるまで見送ってから
急に態度ががらっと変わる。
ヨシコ 思ったより放送委員ってつまらない 放送当番割り振りだし
第一姿が見えないから誰が放送しているのか分からない たぶんうちのクラスの連中
あたしが放送委員だなんて知らないだろうなぁ ……球技大会もなんだか退屈
委員会のせいでチームづくりにも参加できなかったもん
いつの間にか決まっていくチームに盛り上がっていく空気 私だけがのけ者
一人で冷静に本なんか読んじゃって
未だに誰にも話しかけれないのを機会がないからって誤魔化したりして
……部活に入ればなんて思ってたけど 高校の部活ってどこか中途半端
気合いが入っている部活じゃ息苦しいし
やる気のない部活には初めからよどんだ空気が漂っていて居場所がない
(溜息)球技大会なんて早く終わればいいな
と、また話しかけられたのか途端に態度が変わる。
相手はクラスの女子生徒。出席番号が近いために席替えまではお話をした程度の相手。
傍目にも相手が義理で話しかけてきたことがよく分かる。
ヨシコ あ 三枝さん……うん ちょっと退屈かな どう? 面白い? 球技大会 ……そっか
いいな 私も混じりたかった……え? うん ほら 私って放送委員だからさ
どこのチームも入ってないんだ ……知らなかったなんて……酷いなぁ!
……全然よくないよ〜 そりゃ 楽だけどさ
ぎこちない間
ヨシコ あ 行くの? 次試合なんだ? そっか がんばってね ……うん 私も頑張る じゃね
軽く手を振りながら相手を見送って
寂しそうに誰にはなすでもなく笑う。
ヨシコ 知らなかったんだってさ あの子 私がどこのチームにもいないこと知らなかったんだって
(急に態度変えてエセギャルっぽく)ありえなくな〜い? マジ最悪じゃん?
かなりわけわからないし そんな奴こっちから願い下げだっつーの
携帯を取り出して
ヨシコ 最近ユッキ電話くれないな…… バイト大変なのかな? 部活忙しいのかな?
友達、多いのかな?
携帯をかけようとするが、しばらく迷ってから携帯を閉じる
ヨシコ 便りがないのはよい証拠 わざわざこっちからかけてもしょうがない よね
途端今度は先生に話しかけられる
ヨシコ あ はい! すいません ぼうっとしてました え? 放送ですか? 落とし物?
はい 今すぐやります!
言いながら慌てて自分が投げ捨てたマイクを取りに行く
マイクを持つと歩きながらの放送
ヨシコ ピンポンパンポーン♪ 落とし物をお知らせします プールの近くに……
(言いながら落とし物を見て嫌な顔になる) 青い縞のトランクスが落ちていました
(ふとマイクから顔を離して)んなものどうやっておとすんだっつーの
(またマイクに向かい) 落とした方は正門横の放送テントまで来てください 繰り返しまーす
落とし物をお知らせします
少女は繰り返しながら舞台から消えていく
4
雨の音
六月の終わり。
バス停はずぶぬれの椅子がぽつりと置かれている。
薄暗い空からは後から後から雨粒が地表をぬらす
下手からとぼとぼと歩いてくる少女
バスの到着時間を調べると、腕時計で時間を確認して溜息をつく。
椅子には座らずに軽く背もたれに寄りかかるだけ
ヨシコ 梅雨時って嫌い……なんか暗くなるし……電車の中は妙に汗くさいから
なるべく途中までバスを使う バスだとうちの高校の子にはあまり会わないし
……でも 私の家の方向のバスってあんまないんだよね……ほら、また違うバスだ
目の前をバスが通り過ぎていく
目的行きとは違うバスに首を振って後ろへと下がる
バスが通り過ぎていく
少女 小さな声で歌う
ヨシコ 雨、雨、降れ、降れ、母さんがじゃのめでお迎へうれしいな ピチピチ チャプチャプ ランランラン
徐々にのってきたらしい。少し大きな声になる
ヨシコ あらあらあの子はずぶ濡れで柳の根で 泣いている ピチピチ チャプチャプ ランランラン
さらにノってきたらしい。
傘を降ってリズムをつけて歌い出す
ヨシコ 母さん僕のをかしましょか 君、きみこの傘さしたまえ ピチピチ チャプチャプ ランランラン♪
絶好調。
ヨシコ 僕ならいいんだ母さんの 大きなじゃのめに入ってく ピチピチ チャプチャプ ランランラン♪
センキュウ!
少女ポーズを取る
ヨシコ ……って 四番まであるなんて誰も知らないって! 主人公男かよ!
雨の日だからってはしゃぎすぎだよ! 泣いてる子を見てもピチピチチャプチャプかよ!
鬼かお前! 君、君なんて、何でそんなに偉そうなんだよ!
叫び終わって辺りを見れば、人が誰も周りにいない。
思わず咳払いして
ヨシコ バス、まだかなぁ ……もう、六月か……なんか、六月って中途半端。友人作りも、
部活に入るのも今更って感じだし……最近はずっと昼休みは図書館に行っている。
本が多い居場所の方が落ち着くし、だいたい、
わたしって元々あまり人付き合いってうまくないんだよね〜 てか、
人付き合い自体無理矢理したいなんて思わないし
一人なら一人のままの方が気楽っていうのかなぁ
あんまり 友達とか仲間の必要性って感じないんだよねぇ
別に誰かがいないといきていけないわけじゃないしさぁ
最近の若い子って表ばかりのつきあいだけだし
わたし話題のためにドラマなんて見ないしねぇ
孤独を誤魔化すようにまくし立てる少女のポケットで、携帯が鳴り響く。
途端に慌てて携帯を取る少女
すぐに、その表情は落胆に変わる
ヨシコ なんだ……メールか (それでもちょっと明るい表情で)誰からかな〜
(携帯をいじる。その顔がすぐに暗いものになる) 100%無料?
好きなあの子にすぐ会える? 写真付きで絶対安心? って、なにこれ!?
また出会い系サイトの広告!? 一体どこからメアド漏れているのよ!
受信ファイル全部広告じゃん そんなにあんたはわたしに寂しい女を印象つけたいわけ!?
どうにか言いなさいよ! 言える分けないだろ!
自分突っ込みをした少女の目の前に目的のバスが止まる。
途端、恥ずかしそうに少女は顔を俯かせつつ、バスに乗る
ヨシコ あ……はい 乗ります乗ります(つり皮に捕まりつつ、バスのリズムに合わせてゆれながら、
小声で歌う)雨雨降れ降れもっとふれ〜 私のいい人連れてこい〜
……これって、ここまでしか覚えてないんだよね。 ああ、雨雨降れ降れもっとふれ〜
私のいい人連れてこい〜(繰り返しながら去っていく)
5
からっとした陽気な天気に、蝉たちが合唱をする
季節は夏。七月の後半にさしかかったせいか気温は熱い。
少女の家では、これから祖父母の家に旅行に出かける少女が、
準備を終えようとしていた。
少女の姿は見えないが、声だけが聞こえる。
父親が出してくれた車が、陽射しに照らされながら少女を待っている。
ヨシコ お母さん わたしの靴下のかたっぽしらない? ……ルーズなんてはいてられないよ!
そのハイソはだめ! 高かったんだから。 洗濯くらい自分でしなさいって?
するのは洗濯機でしょ はいはい
おばあちゃんちから帰ってきたら自分の洗濯物は自分で干します!
あ、その靴下でいいや どうせ山登りとかしていたら汚れちゃうんだし
ユニクロ万歳♪ ……よっしこれでオッケーかなぁ
外からクラクションが響く
父親の我慢がそろそろ限界に達してきたらしい
少女が現れる。
夏服になった少女の背にはリュックが背負われている。
ヨシコ あ お父さんかなり怒ってそう〜 車頼んでから10分以上立っているもんんぁ
はい お母さん あっちについたらちゃんと連絡するよ 大丈夫だって
駅まではお父さんに送ってもらうんだし
……そりゃあ おばあちゃんちにいくのは何年ぶりかだけどさ
わたしだって子供じゃないんだから ……今更ごちゃごちゃ言わないでよ
そりゃ去年までは色々忙しかったけどさ 別に今年が暇だってわけじゃないけどね
ただ おばあちゃんちにいくのもいいかなぁ っておもっただけだって
別にそんな深い理由があるわけじゃないよ
クラクションの音
少女は慌てて車の方を見て
ヨシコ ほら お父さん怒ってるよ 遅いからって ……もう行くね? 本当 心配はいらないからさ
いってきまっす♪
ドアに向かって手を振った少女は父親の車の前で軽く父親に謝りつつ来る前と入って席に着く
ヨシコ お待たせしました え? あ いいよトランクに入れなくたって どうせ駅までだから
……そりゃ2週間もいくんだから大きい荷物にもなるって これでも抑えたんだよ
……それはお父さんの若い頃の話しでしょ!
だいたい男と女じゃ必要な物が違うんだから
ほら 余計なこと喋ってないで駅まで急いで急いで
車のエンジン音がかかり、父親の声は遠くなる。
走り出した車の中、少女は隣の床に置いて俯く
ヨシコ 夏休みにおばあちゃんの家に行きたいって言ったら
お父さんもお母さんもビックリしてわたしを見た 当たり前か
最後に行ったのは小学生の頃だし でも 夏休みにはどうせ何の予定もないし……
正直 何もやることがない家の中ってすごく辛い 朝起きて ご飯食べたら
もう何をしていいか分からなくなる 教育番組をずっと見ていたり
久しぶりにみのもんたの話しをだらだら聞いてみたり でもヤッパリ憂鬱……そうだ!
こんな時こそユッキにメール打とう♪ 最近全然送ってなかったから驚くぞきっと……
携帯をとりだした少女はメールを打つ。
ヨシコ 「はろーユッキ♪ 今ちょ→暇だよ(>△<)ノ マジ助けて〜」送信っと♪
送信完了とほぼ同時に携帯が鳴る
ヨシコ あれ? 何? ユッキってば返信早すぎじゃない? ……送信エラー?
送信先のメールアドレスが 間違っています? ……ユッキ メアド変えたんだ?
へぇ……なんだよ〜 友人に教えないなんて酷すぎじゃん?
こうなったら電話で文句言うしかないね
少女は携帯で電話をかける。
流れてくる音は「この電話番号は現在使われておりません」と言う無機質なアナウンス。
ヨシコ へぇ……電話番号も、変えたんだ……知らなかったな……どうしよう
わたし ユッキの連絡先教えてもらってないや……
泣きそうな顔で俯いた少女
父親の声で現実へと引き戻される
ヨシコ え? もう駅に着いたの? あ……本当だ……なんか、寝ちゃってたみたい 大丈夫
電車の中では寝ないから うん
おばあちゃんにはちゃんとお父さんがよろしく言ってたってつたえとく うん 大丈夫
平気だって じゃあ 行って来ます
自動車から降りた少女は、そのまま荷物を持って駅へとかけていく
最後に一度車へと振り返って。父親に聞こえないと分かりながら言葉をはく。
ヨシコ 本当はね 辛い 一人は辛いよ ……でも 逃げれないもん 頑張るしかないから
……おばあちゃんちで元気もらってくるね ……いってきます!
少女は駅の中へとかけていく
蝉の音が周りを包んでいる
6
季節は夏の半ば
八月も2週目ともなると、少しずつ秋の空気が混じりだした。
夕暮れ。少女の祖父母の家の近くでは、今日花火大会だったらしい。
夏の夜空に花火の音が響き渡る
花火大会の会場となった場所の近くにはベンチが置かれている。
ウチワを片手に現れる少女は満面の笑み
ヨシコ すごかったよね 花火 さっすがばあちゃん 地元だけあって穴場知ってるね♪
浴衣で来ればよかった〜 そうだよね 婆ちゃんの言うこと素直に聞いていればよかった
でもさ 浴衣着ていたって別に誰に見せるってわけじゃないし
……そりゃあ見せる相手がいるから着るってわけじゃないけどさ〜 気分だよ 気分
……え? 彼氏? いないってば 全然 本当いないって もう! いないっていってば!
言葉と供に俯いた少女は心配げな祖母の声に、
すぐ顔を上げる。
ヨシコ でも ヤッパリ少し疲れちゃったね じいちゃんは来なくて正解かも きっと 腰が痛い〜
足が痛い〜 って文句ばっかり言うだろうし え? やっぱりばあちゃんも疲れた?
じゃあちょっと休んでいこうよ ちょうどあそこにベンチあるしさ
少女はとなりに祖母を座らせてベンチに腰を下ろす。
しばし花火大会の余韻に浸り、互いに無言になる
ヨシコ ……来てよかった なにがって……婆ちゃんの家にだよ 来てよかった本当に
……田舎があるっていいね こうやって落ち着ける場所があるところがあるってさ……
少女はどこか遠くを見ながら言葉を続ける。
ヨシコ 山に登ってみたり 畑仕事手伝ってみたり 出来たばかりのスイカにかぶりついてみたり
……トンボ捕まえにいったり 一人でぼんやり空眺めてみたり ……え?
……ぼんやりしているときは、ただぼんやりしているだけだよ 何も考えてないって
不安そう? 別に、不安な事なんて……寂しくもないってば〜 辛くもない 哀しくもない
全然元気 …………ただね ある女の子のことを 考えるときはあるよ
少女はベンチから立つと祖母に語るような、
それとも違う誰かに語るような顔で話し出す。
それまでの雰囲気は嘘のように、切なく時が回り出す。
ヨシコ その子はね 一人なの 高校生なんだけどね 友達は一人もいなくて休み時間も
お昼の時間も ……帰るときも いつも一人
……べつにその子は特別かわいいわけでもないし かわいくないわけでもないの
頭がいい方でも悪い方でもないし ただ 普通 ……でもね
その女の子はねみんなよりもほんのちょっぴり 恐がりだっただけ
誰にも話しかけれなくて 誰かに話しかけられるのを
みんなよりもほんのちょっと長く待っていただけ ……寂しい子…………そんな子に
わたしどんなことができるだろうって 考えているの……ずっと
間
祖母は静かに尋ねる。「もしかして、それはお前のことなのかい?」
途端、少女は慌てながらも笑って否定する
ヨシコ ……違う違う! わたしなわけないじゃん〜 やだなぁ
わたしがそんな風になる分けないでしょ?
もう始業式からがんがん話しかけまくって友達たくさん作っちゃったよ ……え?
じゃあその子と友達になればいい? それは できないよ ……だって だって さ
少女は戸惑うが、急に明るい顔になる。
強がりの笑みはまくし立てるように言葉を紡ぐ
ヨシコ 実はね! 今話していた女の子の話っていうのは、
わたしが書こうと思っている小説の主人公なんだ ほら わたしって本読むの好きでしょ?
婆ちゃんの家にある本だってほとんど読んじゃったし そしたらさぁ!
わたしも なんか小説書いてみたくなったんだよねぇ めざせ高校生作家デビュー!
嘘の演説で力む少女に、祖母はただ優しい目を向ける。
ヨシコ 書いてみたら? ……何を? あ 小説? …………うん そりゃ書いてみるつもりだけど
……そうかな? わたしにも 書けるかな? 何言っているの才能なんて無いよ
……うん でも 書いてみたいな……
少女ふと腕時計を見て
ヨシコ あ、もうこんな時間!? じいちゃんわたしら帰らないから心配しているよきっと
早くかえろ(と、せかして祖母を立たせ) なんかひっそりとしちゃって怖いよね〜
まぁ、ばあちゃんと一緒なら大丈夫か あーあ 今日が終わったらもう帰るのかぁ
…………うん 頑張るよ ……ありがと ばあちゃん わたし本当にここに来てよかった
……書いてみるね 小説
少女決心するように一つ頷き去っていく
夜虫の音だけが、静かに辺りを包み込む
7
季節は秋
新学期の始まった教室も、少し落ち着きを取り戻してきた。
九月の半ばになると、もう教室の大半はグループ分けが終わっている。
ざわめきが教室を支配している
少女が登校スタイルで現れる。
もう一人にも慣れたのか、周りを気にすることなく席に着く。
カバンから取り出したのは一冊のノート
ヨシコ ばあちゃんちから帰ってから そのままノートを買った
本当は原稿用紙にしようと思ってたんだけど 学校が始まったら
どうせ学校で書くようになる そしたら原稿用紙にそのまま書くなんて恥ずかしい
だからノートに書いたことを 原稿用紙に清書することに決めた 書き始めてから3週間
……書いてみるとなかなかわたしの話って難しい
雰囲気が少し変わる
ノートに向かっていた顔がぱっと上がって
ヨシコ だってさぁ。やっぱり自分ってどうしても美化したくなるじゃない
どうせだったらニキビだって隠したいし
ホクロだって余計なところにあるのは無いことにしたいし
体だって(と言いながら立ち上がって)やっぱり ボンッ キュッ ボン! がいいじゃない!?
容姿なんて大したことはない? そんなわけない そんな分けないでしょ
男はみんな「見た目じゃないよ」なんて言いながらしっかり見た目で差別しているのよ
女なんかもっと酷い「あ〜今日の髪型かわいいねぇ」なんて言いながら陰では
「ぷっつ 何あの髪型。こけしじゃん」なんて言っているのよ こけしで悪かったわね!
こけしで!
少女は自分を落ち着けるようにしばし深呼吸をする。
ヨシコ ……で 相変わらず教室の中は無関心 わたしだけにね
まぁ それで助かっているんだけどね 誰もわたしが何書いていても
何も言ってこないし……夏休み前までは まだちょっとは話しかけてくれる子がいたんだけど
……それって席順が近いせいで仕方なくってパターンばかり
いつの間にかみんなグループ作っちゃったし ……ま わたしとしては
そうやって一人にしてくれていた方が 小説のネタは出来るんだけどね
強がるようにいった少女は、言葉と供に俯いてしまう
またくらい雰囲気の中少女は呟く。
ヨシコ ……でも ……やっぱりひとりは寂しいよ
そのまま暗闇が少女を飲み込んでいく。
ざわめきは闇の中へと解ける。
人の鼓動が呼吸が、波のように満ちては、やがて消えていく。
8
季節は秋の終わり
10月の終わり頃 どこか寂しい雰囲気漂う街
光は少女のみを浮き上がらせる
少女は原稿用紙の入った茶色い封筒を小脇に抱えて歩いてくる
ヨシコ できた…… できたんだ わたしの初めての小説……
なんかこうやって封筒に入れると思ったよりもずっと厚みがある
雑誌で見つけた懸賞先を表に書いたら
なんだかとてもすごいことをやろうとしているような気がした
……郵便局までの道がすごく新鮮に見えた
脇を通り過ぎていく誰もがわたしの小説を見ているような
……そんなことある分けないんだけどドキドキした
やっと郵便局に着いてみたら今日はヤケに混んでる 10月も終わりのせいか
壁にはもう今からお歳暮のパンフレットが貼ってある 季節感無いなぁ
……順番 結構待つみたいだな……
少女は一つの席に腰を下ろし、少し落ち着く。
と、自分が持っている封筒を抱きしめる
ヨシコ 私が書いた小説 初めて書いた小説 授業中も書いていたせいで先生に注意もされたっけ
一人の少女の話 孤独な少女 あらすじは こうだ
少女は途端立ち上がると、周りの景色は少女の小説の世界になる。
椅子に原稿用紙を置いたまま、少女は語る。
ヨシコ 斉藤ヨシエは 私立の高校に通う一年生 容姿は普通
性格もこれと言って面白いところがない 頭の出来も普通だし 運動能力も特に高くない
4月に高校に入ったヨシエは友達を一人も作ることが出来なかった!
委員会に入れば友達くらいと考えたが それも無理! 夏休みになる頃には
中学までの友達からも見放され 完全な孤独少女になっていた!
この状況から逃れるため 少女は田舎の祖母に会いに行く!
と、少女正面を向き、自らの作品に頷くように一言、
ヨシコ ここの祖母とのふれあいが、第一の山場なんだよねぇ
再び小説の世界に戻って
ヨシコ 祖母との生活の中生きる気力を取り戻した少女は 徐々に明るさを取り戻していく
そして迎えた祖母の家での最終日 祖母に連れられて見た花火大会の後
祖母の言葉からヨシエは小説を書こうと決意する!
と、少女再び感慨深げに
ヨシコ これがまたなかなか書けないんだわ
また小説の世界に戻り
ヨシコ 教室での孤独感にも慣れ 何枚もの書き直しの末
とうとうヨシエは小説を書き上げることに成功する! 書き上がった自分の作品を
ヨシエはさっそく一番近かった出版賞へと送ることにした。緊迫を持ったまま幾月かが過ぎ
その間にヨシエにもいくつかの事件が起きる ……そして迎えた結果発表は12月23日!
……この日ってば、この投稿する小説の発表日と同じなんだよねぇ ……やるなぁ自分
………そんで、結果は見事落選……世の中そんなに甘くはない……
けれど!
けれど 一つのことを成し遂げた達成感に包まれたヨシエは 一人だろうと生きていけると
胸に希望を 抱くのだった……めでたし……めでたし……
陶酔するように少女は物語の世界に飲み込まれていた。
と、郵便局の中はいつの間にか人がいなくなっている。
はっと気がついた少女は慌てて自分の席の原稿を手に持つ。
ヨシコ あっと 順番空いた 今だ! すいません これ 速達でお願いします!
言いながら原稿を持って受付へと走っていく少女。
希望に満ちた彼女の表情が舞台から去っていく
9
季節は冬へと変わるそんな時期。
11月の中頃。
教室は文化祭のためになかなか騒がしい。
少女は文化祭のパンフレットを片手に現れる。
ヨシコ お化け屋敷に喫茶店 クレープ チョコバナナ たこ焼き焼きそば駄菓子にポップコーン!
(パンフレットを投げ捨てて) 何が文化祭よ。中学の時と全然変わってないし。
よくみんな馬鹿みたいに楽しそうにできるわよね だいたい
何で文化祭のくせになんで文化の日にやらないで期末一週間前にやるかなぁ?
12月なんかすぐそこじゃん ……あ〜あ こんな文化祭がつまらないなら
小説でもつまらなく書けばよかった……
先生に話しかけられたため、途端態度を変えて
ヨシコ あ、放送ですか? はい わかりました (椅子に座ってマイクに向かい話し出す)
ピンポンパンポーン 正門前に車を止められている方
通行の邪魔になりますので車をどかしてください 繰り返します 正門前の車
邪魔なのでどかしてください 以上〜 (先生に)いえ 放送室待機でも結構面白いですよ♪
文化祭って困った人が多く来るし 放送は仕方ないですよ
先生はどこかのクラスの出し物見ました? え? 2−4のフランクフルトですか?
へぇ わかりました お昼に食べよっかなぁ〜 ……あ はい
またいつでも放送があったら声かけてください
先生を見送ってから、少女は態度を変える。
ヨシコ どこの誰がこんな放送室にたった1人で閉じこめられて
「面白いですよ♪」なんて言えるっつーの
んなの義理に決まっているって何で気づかないかなぁ? ……いや
気づいてて無視しているのか 人で足りないもんなぁ
ふと、立ち上がった少女はいきなり小説の世界に飲み込まれる。
ヨシコ 小説の女の子……ヨシエは文化祭では一人ぼっち
楽しそうな文化祭を眺めているだけで終わる……なのに
文化祭がこーんなに面白くなかったら ヨシエの辛さが半減どころかなくなっちゃうわよ
まったく何でこうも文化祭って面白くないのかなぁ もっとぱーっといかないかねぱーっと
……って そりゃ放送委員なんてやっているんだから当たり前だっつーの
むしろ当番かって出たお前のせいだ!
委員会にかかりきりでクラスの出し物さえ手伝えてないしってか知らないし
……それじゃあつまらなくも感じるよなぁってなもんよ
少女は倒れ込むように椅子へと落ちる。
浮かべた笑みが崩れるのを抑えるように顔を抑えた。
ヨシコ (無理に笑う)これじゃあ小説と……ヨシエと同じじゃん……(再び笑って)そりゃあ そうか
ヨシエは私だもんね ヨシコはヨシエ わたしは私 ……私を書いた小説だもん
わかってたんでしょ わたし そう わかってたんだよ わたし わかってたんだから
……大丈夫 ……大丈夫よ
徐々に薄暗くなっていく部屋の中。
少女は小さく呟く。
ヨシコ ……寂しいよ
10
季節は冬。
12月のわりにまだ暖かい。
家の中は暖房がかかりっきり
少女が走って帰ってくる
息せき切って走ってきた少女は帰ってくるなり母親にまくし立てる
どうやら、今日は送った小説の結果が帰ってくる日らしい。
広げられている手紙の束を母親と一緒に見下ろして、自分への手紙を探す。
ヨシコ ただいまぁ ねぇ おかあさん 手紙来てた? 私あてに決まってるじゃん 塾の誘い?
いらない 家庭教師の広告 いらないって クリスマスプレゼント特集?
ってそれってデパートのチラシじゃん! もう! いい加減にしてよ
わかって言っているでしょ! え? そうだよ もうクリスマスだよ?
明日はクリスマスイブ! だから?
……今年はクリスマス会はやらないの だってもうわたし達 高校生なんだよ?
……そりゃこのごろ遊びに行ってないけど……違うってば いじめなんてないって もう!
全然関係ないでしょ 心配しすぎなんだよ お母さんは ……そうそう! これ この手紙 え?
結果なんて分からないよ うーん たぶん落ちているんじゃない? ないない
期待なんてしてないって そりゃ まあ 少しは ね ……って何言わすのよ!
もういいから貸してよ ……やーだ 一人で見ます ……期待なんてしてないからね!
少女は手紙を持って自室へと戻る
念入りにドアを閉めた後、わざわざカギまでかける。
親が部屋に近づいてくる気配がないことを確認してから、椅子へと向かう。
自室にぽつんと置かれた椅子に座った少女は、緊張していた。
緊張を和らげるように、何度も無駄に深呼吸をした。
手紙をハサミで切ろうとする手が、少し震える。
何度もハサミを通そうとしたけれど、何かもったいない気がして手が進まなくなる。
そっと指がノリをはがしにかかる。
ゆっくりゆっくり封筒を開いて。
そろそろと伸びた指が。
封の中へと潜り込む。
つまむ。紙を。
その手に未来を掴むように。恐る恐る。
そして、少女は結果を目にする。
張りつめていた糸がぷっつりと切れる。
ヨシコ ………………落選 か……
言葉無く少女は手紙を読み返す。
まるで、何度も見つめていれば、文字が変わるかのように。
あきらめを浮かべた少女の目が、次に目にしたのは、作品の評だった。
ヨシコ ……なにこれ、作品評? ……佐藤ヨシコさんの作品、「一人遊び」は……
以後、言葉に出しては読まずに、
少女の声が、他人の言葉のように舞台に流れてくる。
内容を読んでいくうち、淡々とした声とは別に、
少女の顔色は変わっていく。
ヨシコの声 佐藤ヨシコさんの作品「一人遊び」は主人公が平凡すぎます 構成されたストーリーも
ありきたりでパットせず面白くもありません
逆に夏休みに田舎の祖母の家でのシーンなどはリアリティにも欠けています
ラストもありがちで面白みがありません ただ 学校生活についてはよく書けています。
まだ若いのですから 世界をもっと広げて またチャレンジしてみてください
少女は手紙を放り投げる。
項垂れた肩が次第に小刻みに震え出す。
少女は笑っていた。
ヨシコ 平凡? ありきたり? リアリティがない? 面白みがない? ……へぇ そうなんだ
わたしってそういう人生なんだ この一年のわたしってそんなもんなんだ
自虐的に笑いながら、少女は歌うように言葉を紡ぐ。
ヨシコ わたしはヨシエ 小説は現実 リアルはフィクション なんだ
わたしってばありきたりなんだ? リアリティないんだ? ……面白み ないんだ そうだよね
知ってた 知ってたよ
ふと、自分を元気づけるように少女は声を張り上げて
ヨシコ さぁ! でもくよくよなんかしていられないよ ヨシエも小説の投稿に落選したけど
でも 前向きに生きようって決めたじゃない! わたしだって大丈夫
だってヨシエはわたしなんだから 大丈夫 わたしだって 大丈夫 ……大丈夫……
大丈夫……だけど 面白み ないんだよね それじゃあ
少女はふらふらと現実と虚構をさまよう。
自分は虚構?
それとも現実?
書類に書かれていた数行の言葉が、
少女が今までいた場所を簡単に破壊していったかのよう
ヨシコ どうすればいいのかな? どうしたら大丈夫になれるんだろう わたし じゃだめなのかな
……だめなんだよね つまらないもんね ありきたりなのにリアリティがないなんて (笑う)
よく わからないよ
少女は震える手で携帯電話を取り出す
ヨシコ ……ねぇ どうしたらいいの? どうすれば どうすればわたし ……だって
去年までは普通だったじゃん ありきたりだけど 平凡だけど それでも 普通だった
普通に笑って 友達と喋って 遊んで 普通だったじゃん ……嫌だよ 一人は嫌だ
一人は 嫌だよ
少女がかける番号はかつての友人。
非情に流れる「おかけになった電話番号は……」の声。
その電子音に向かって、少女は叫び続ける。
ヨシコ ねぇ どうしたらいいの? どうすればわたし 普通に戻れるの? ありきたりなんだったら
平凡なんだったら どうしてわたし普通じゃないの? 寂しいよ! 寂しい
……わたし …………一人だ 一人は 嫌だよ 元気になんてなれないよ
小説と現実じゃ違うもん ヨシエはわたしだけどわたしじゃない わたしじゃない
……だけどわたし…… どうしたらわたしはリアル? わからない……わからないよ
……わからない…………寂しい ……ここは嫌だ ……逃げたい ……逃げたい
少女の目が、ふと机の上を見た。
その目に偶然映ってしまった銀色の刃。カッターナイフ。
ゆっくりと手を伸ばし、少女は刃を手に入れる。
静かな部屋の中に、カッターナイフが上がる音だけが無機質に響き渡る
少女の目に映る狂気
ヨシコ こういうラストはどうかなぁ? ありきたり? 面白くない? それともリアリティがない?
そんなの誰が決めるの? そうだよね だってわたしにも分からない ……一人は嫌だ
だけど一人 寂しい だけど 一人 いやだ いやだ いやだ いやだ いやだ
いやだ いやだ いやだ いやだ いやだ……
ふと、少女の目が哀しそうに中へ泳ぐ
ヨシコ もう これしかないのかな?
振り上げられる少女の腕
躊躇しながらも、狂気に駆られた瞳はひと思いに手を振り下ろす
瞬間、ほとばしる赤。鮮血の色
そして、暗闇が少女を包み込む
11
そこには椅子だけが置いてあった
仮面をかぶった少女が一人、椅子に座っている
笑い顔の仮面
仮面 12月23日……全国紙にも載らない小さな記事だった
冬のわりには暖かい日々が続いていた頃 季節はずれにもがき回っていた一匹の蟻は
何度も何度も痙攣して……もがくのに疲れて 引きつりながらだんだんと動かなくなった
……葬式には蟻の行列が出来ていた
みんな同じ制服を着た黒い行列 まるで友達が大勢いたかのように
義務感と 連帯感で繋がった蟻たちは 同じ道を行っては帰り 少女の死に涙した
……そう 泣いた
なぜか 友達だったかのように
少女は一人だったのに 少女はたった1人で死んだのに
……一人?
仮面は、何かに気づいたかのように立ち上がる
ふらふらと進みながら、気づいてはいけないことに気づいたかのよう
仮面 本当に 少女は一人だったのだろうか? 少女に向く笑みなど無かったのだろうか?
向けられた笑みに 話しかけられた会話に 目を背け耳をふさいだのは
少女の方ではなかったのだろうか? 孤独に引きこもり 虚構に逃げ
寂しいと言いながらその寂しさを愛していたのは他ならぬ少女ではなかったのだろうか?
……こうなることを望んでいたのは 望みながらも畏れていたのは
少女だったのではないだろうか?
仮面は問いかけの虚しさに気づいたのか足を止める
笑い顔をの仮面のまま、あきらめたように言葉は響く
仮面 もう誰にも分からない なぜならこれは一人遊び ……少女が消えれば
現実も虚構も消える そして彼女は所詮一匹の蟻 ある日突然消えたとしても
なにも変わりはしない
椅子へと仮面は腰を下ろす
静かに続ける言葉は、ゆっくりとなにもない空間に吸い込まれる。
仮面 ……小さい頃 よく蟻を殺した 夏の太陽があぶるように照らすアスファルトの上で
意味もなくさまようように見えた黒い肢体を 何度も踏みつけた。
踏んだ瞬間 蟻はそれまでの緩慢な動きが嘘のように
でたらめに体を動かしてどこかへ逃げようとした
……あの蟻も遊んでいたのだろうか?
たった独りで 寂しさの中で
自分が消えてもなにも変わらぬ世界に抗うように
……もう分からない 誰にも ……蟻にさえ そんなことわかりはしないんだ……
仮面は俯く
静かに流れるメロディの中、疲れきったかのように動かない。
笑い顔の仮面がヤケに目立っていた。
闇が仮面を包み込む
音が高まっていく
完