星生む空にウサギの星を
原案 楽静&土屋春樹
作   楽静



登場人物


セキグチ家
セキグチ ユキ 主人公。絵本作家を夢見る。

       ウミ ユキの姉。現実主義者。独身。
     
      ショウ 主人公の母親。


イトマキ マキ 『アリンコ保険』の外交員。腕利き。

ヒムカイ ハナ 主人公の住むアパート『土出化(どでか)荘』の大家の娘。まだまだお子様だがませている。

シマザキ アカネ 主人公の友達。仕切りや。

ジョニー     ジョーロの精。






    舞台にはドアが1枚あり、部屋の中と外とが隔たれている。
    部屋の中は、簡素な生活をしていたという感じの作り。
    引越しが行われようとしている為か、大きな荷物は無い。
    古ぼけたダンボール箱が、おかれている。

    ユキが一人、舞台上に浮かび上がる。
    ユキは、絵本を持っている。
    絵本のタイトルは「うさぎの星」(タイトルが観客に見えなくても良い)
    ユキによって作られた絵本である。
    ユキは絵本が観客に見えるようめくりながら、
    子供に聞かせるように、自分の絵本を読んでいる。


ユキ 『それは、キラキラとかがやく星空でした。
    ウサギの子供はお母さんにたずねました。
    「お母さん、あれはなに?」
    お母さんはやさしく笑ってこたえました。
    「あれはね、星、というの」
    「どうして、あんなにいっぱい光っているの?」
    「星はね。誰かの願いを一つ叶えるたびに、増えていくの。
     お母さんや、あなたの願いを叶えたぶんだけ、星は光をふやしているのよ」
    「うそだい。願いが星になるなんて」
     ウサギの子供は言いました。
     でも、お母さんはウサギの子供を胸に抱きながら言いました。
    「本当よ」
    「じゃあ、僕の星もあるの?」
    「あるわよ。……ほら」
    そう言って、ウサギのお母さんが指さしたのは、
    月の近くで、小さく、小さく瞬いている一つのお星様でした――』


    ユキは絵本を胸に抱く。
    星を見るように、空を見上げる。
    ユキには、自分の星は見えない。うつむく。

    音楽と共に
    暗転





    昼ごろ。ここは『土出花荘』。
    名前とは裏腹に、1Kの部屋が2階建てのアパートに六つほどあるだけの
    小さなアパートだ。
    ユキの部屋の前にハナの姿がある。
    部屋の中に、ユキの姿は無い。
    ダンボールが幾つか増えている。
    端にはゴミ袋が置かれており、その中には、先ほどの絵本が入っている。


ハナ 「(部屋をノックしながら)おねえちゃーん? ユキおねーちゃん! 
     ……いないのかな? ユキおねーちゃん! 
     お母さんが、いい加減に家賃返さないと部屋に火をつけるぞだってさ! 
     ねえ! 絵本、読ませてくれるって約束だったじゃん。……つまんないの!」


    ハナはドアによりかかって座る。
    が、途端にドアは部屋の中に倒れてしまう。(立てておくだけのドア)


ハナ 「わぁ!? まったく、ちゃんと直さないと駄目だって(部屋の中の様子に気づき)
     ……え!? なにこれ? 大変だ! (舞台袖に向かって)お母さん! 
     ユキ姉ちゃんが夜逃げした!」


    ハナは舞台を去る。が、すぐに戻ってきて、
    ドアを元に戻しておく。ちょっと開けようとしてみて開かない事を確かめ、


ハナ 「よし。お母さん! (退場。舞台袖で) あ、お母さん居ない!
     ……マキおばちゃーん! ユキ姉ちゃんが!」


    やがて声が聞こえなくなる。





    ちょっと間を置いて、携帯電話片手のアカネと、その後ろからユキがやってくる。
    ユキは少し大きめの鞄を持っている。引越しの為、必要最低限の物だけ鞄の中に入れて、
    他はダンボールに詰めてしまったのだろう。
    アカネは話しながら。


アカネ「ですからね。ダンボールをそんなにくれなくても良いから安くしてくれませんかって
     言ってるんですよ。(ユキに、ドアを開けてくれとあごで指示)」

ユキ 「?(理解していない)」

アカネ「出来ないって。出来ない事無いでしょう。ダンボール分安くすれば良いんだから。
     (再び、ドアを開けるよう顎で指示。今度は、手で鍵を開ける仕草も)」

ユキ 「?(理解できず、手の仕草を見て)ドライバー?(ねじを回すものと思って)」

アカネ「(アカネに)ドライバーなんて、なんに使うのよ!(電話に)
    いや、ドライバー(運転手)は いるに決まっているでしょ。
    なに、うちらに運転しろっていうの? できませんでしょうって、当たり前よ!」

ユキ 「(なぜか鞄からドライバーを取り出し)はい」

アカネ「だから、ドライバー(ねじ回し)はいらないんだって!(電話に)(ドライバーが)いらないわけないでしょう!」

ユキ 「どっちかに決めてよ」

アカネ「だから、ドライバーは、ドライバー(運転手)じゃなくて! ああ! 
    もう、あんたがやりなさいよこれくらい!(電話をユキに渡す)」

ユキ 「え、じゃあ、(手に持っている)ドライバーは?」

アカネ「いらないわよ!」


     アカネはドライバーをユキから奪って袖に投げる。


ユキ 「(何時の間にか電話に出ていて)はい。いりません」

アカネ「いや、ドライバーはいるのよ!」

ユキ 「どっちなのよ?」

アカネ「だ、か、ら……(電話をユキから取り、キレそうになるのを落ちつかせ)
    とりあえずドアを開けて」

ユキ 「ドライバーは?」

アカネ「それはこっちでやるから。まずはドアを開けて!」

ユキ 「はい」


    ユキはドアを開けようとする。
    が、引っ張るが開かない。


アカネ「(怒る気もうせて電話に戻る)それで、ダンボールの件ですけど。
    ああ、ドライバーは必要ですから。ええ、用意してください。
    ダンボール、全部で五つくらいしか使わなかったんですよ。
    ……サービスですって、そんないらないものを押し付けられても仕方ないでしょ。
    (ユキの行動に気づき)何やってるの?」

ユキ 「鍵かけなかったはずなんだけど……あかなくて」

アカネ「(電話押さえ)あんた何年住んでるのよ」

ユキ 「2年」

アカネ「そうじゃなくて。……良く言うでしょ? 引いても駄目なら?」

ユキ 「え、でも、これ引いて開けるドアだし」


    と、言うよりも早くアカネは片手でドアを押し開けている。


アカネ「ほら。発想が足りないのよ、あんたには」

ユキ 「……押して開けるんだったっけ? これ」


    首を傾げながらユキは部屋の中に入る。
    アカネも話しながら入ろうとする。


アカネ「(電話に)だから、サービスするんなら料金にサービスしなさいって言ってるのよ。
     だいたいね、あんたのとこの引越し、(と、部屋の中ほどで)ちょっとね……あれ? 
     ……切りやがった」

ユキ 「もういいよ。予算的にはまだ余裕あるんだから」

アカネ「あまい。こういうのはね、引いたら負けなの。
    女だからってね、ふっかけられて黙ってることなんてないの」

ユキ 「べつに、ふっかけられたわけじゃ」

アカネ「いいから。あたしに任せておきなさいって。あんたがここに来た時だって、
    あたしが手伝ってあげたんだし。
    ……そういえば、あの時もあたし有給使ったっけ」

ユキ 「……ごめんね」

アカネ「いいのよ。まぁでもだめよ。いつまでもあたしに頼ってばかりじゃ」

ユキ 「うん。だから今回はって思ったんだけど」

アカネ「でもいいのよ。あんたはあたしに任せて、どんと構えてなさいよ」

ユキ 「ありがとう」

アカネ「そういえば、今回お姉さんは来ないの?」

ユキ 「あ、うん。なんか頼み辛くって」

アカネ「確かに実家に戻るための引越しじゃあね。じゃあ、その分私ががんばらないとね。
    (電話を見て)よっし。じゃあ、これからいっちょまた値切ってやるか」

ユキ 「でも、アカネちゃん」

アカネ「あれ? (電話を見なおし)なんだ!? ここ、圏外になってる」

ユキ 「あ、うん。そうなんだ」

アカネ「そうなんだって……そういえば、あんたの家で携帯鳴ったこと無かったわ」

ユキ 「そういう場所なんだって。ここ」

アカネ「へえ……んじゃ、しゃあない。外でかけるか。
    ついでに、なんか食べる物でも買ってくるよ」

ユキ 「ありがと」

アカネ「いいって」


    そう言ってアカネが去りそうになる


ユキ 「アカネちゃん」

アカネ「なに?」

ユキ 「その……あんまり、いいからね。お金は」

アカネ「ああ、大丈夫。値切れるだけ値切ってあげるって」


    アカネが去る。


ユキ 「……そうじゃなくて」


    と、アカネが戻ってくる。


アカネ「荷造り、ちゃんと終わらせておきなよ」


    アカネが去る。





    少し静かになる部屋の中。


ユキ 「荷造り、か」


    ユキはダンボールをまとめたり、
    ダンボールの中身を押しこんだりしている。
    と、古臭いダンボールに視線が向く。
    それはきっとこの場所に引っ越してきた時の荷物の中で、
    ダンボールから出ないままに終わったものが入っているのだろう。


ユキ 「結局、開けないままだったな……おまえ」


    ふと、古ぼけたダンボールを開けてしまう。
    中には、ノートや、日記帳、小さなおもちゃなどが入っている。
    思い出の品を一つ一つ見ながら、何かを懐かしむ。


ユキ 「そっか。……こんなもの持ってきてたんだ。(小さく笑って)こんなの、
    家(実家)に置いておけば良かったのに…………あれ?」


    ユキが取り上げたのは一つのジョーロ。
    少し子供っぽいデザイン。古ぼけている。どこか不思議な魅力がある。


ユキ 「こんなの……入れてたっけ?……あ、名前」


    ユキがその側面にふれた瞬間、
    派手な音楽と共に、空間が変わる。


ユキ 「な、なに!?」

ジュニ「やばい、出る場所間違えた」

ユキ 「え? なに!? なんなの!?」


    派手な音楽は、派手な照明と共に続く。そして、唐突に終わる。

    舞台上には特に変わりは無い。
    ただ、男(ジョニー)が一人立っている。
    男はブラックスーツに身を包み、黒いサングラスをかけ、そして片足に革靴。
    もう片足にジョーロをはめている。
    男は当然のように立っている。


ユキ 「なに? 一体なんだったの……」


    ユキは言った後、自分のほかに部屋に誰かいるのを感じる。
    ゆっくりとユキがジョニーを見る。
    ジョニーが方眉を持ち上げると、ゆっくりと首を元の位置に戻す。


ユキ 「さ、思い出にばかり浸っていてもしかたないし。片づけするか」

ジョニ「そう来るか」

ユキ 「夕方から引越しだし。挨拶回りする暇は無いだろうなぁ」

ジョニ「それは大変だね」

ユキ 「お姉ちゃんにも謝って。あとお母さんにも……アカネちゃんにも迷惑かけたし、
    謝らないとなぁ」

ジョニ「下げまくりだね。頭」

ユキ 「でも、頑張るぞー。」

ジョニ「おー」


    間
    ゆっくり、再びユキはジョニーを見る。


ユキ 「あの、どなた様でしょうか?」

ジョニ「ジョーロの、精だ」

ユキ 「は?」

ジョニ「ま、妖精だね」

ユキ 「よう、せい?」

ジョニ「平たく言えばね。ほら(と、片足のジョーロを見せる)」

ユキ 「流行っているんですか? そういうファッション」

ジョニ「まぁ、正直マイブームですが」

ユキ 「マイ、ブームですか」

ジョニ「妖精によっては両足とも入っているやつもいるんだけどね。
    そうするとバランスとれないんで」

ユキ 「それは、そうでしょうね。あの……そこから?」

ジョニ「そう。出たの」


    間


ユキ 「……あの」

ジョニ「はい」

ユキ 「……驚いた方が良いですか?」

ジョニ「御自由に」

ユキ 「(悲鳴を上げようとする)」

ジョニ「でも叫ぶな!」

ユキ 「へ?」

ジョニ「俺達妖精は高音が苦手なんだ。だから、叫ぶのは、無し」

ユキ 「……はい」


    間


ユキ 「じゃ、私、片付けありますので」

ジョニ「(突然嘆き出す)これだよ! 人間なんて、所詮こんなものか!」

ユキ 「は?」

ジョニ「何か有り得ない事が起こるとすぐに見なかったことにする。
    お前ら人間はいつもそうだ。
    そのくせ、自分が分かる事だと単純に受け入れるんだろう? 
    例えば、ランプから魔人が出て来たりしたらどうする!」

ユキ 「どうするって……」

ジョニ「正直にこたえろ!」

ユキ 「……願い事をかなえてもらう?」

ジョニ「ほら、それだ。ランプの精だとそういう反応をするくせに、なんでジョーロだと
    『片付けありますので』になるんだ? 不公平じゃないか! 差別だ!」

ユキ 「えっと……」

ジョニ「俺だって好きでジョーロの中に居たわけじゃない。そういう定めだったんだ。
    仕方ないだろう? でもだからってな。ランプの精と戦ったからって
    負ける気はしないからな。なんだあんなやつら。
    たった三つしか願い事を叶えられないくせに有名になりやがって」

ユキ 「あの……」

ジョニ「だいたいなんで三つなんだ? おかしいだろう。けちけちするなよ。
    俺はあんなけちな事はしない。
    どんな願いだって叶えてやる。ただし、本当に願う事ならだ」

ユキ 「あの……」

ジョニ「言っておくが、疑うのは無しな。妖精は疑われるのが苦手なんだ。
    疑われると消えてしまう。そういうデリケートなものなんだ。
    ま、俺は少しくらいなら耐えられるけどな」


ユキ 「あの!」

ジョニ「さあ! どんな願い事でも言ってみろ。みごと叶えてやろうじゃないか」

ユキ 「……ドッキリとかじゃないんですよね?」

ジョニ「ぐあああ」


    ジョニーは苦しみ出す。


ユキ 「え、ど、どうしたんですか?」

ジョニ「だから、疑うなっていっただろう……く、苦しい……」

ユキ 「すいません。信じます。信じます」

ジョニ「嘘だね! 全然信じてない」

ユキ 「だって、いきなり部屋の中にいて、妖精だとか言われたって、
    信じられるわけ……」

ジョニ「わかった。じゃあ、願いを言え」

ユキ 「願い!?」

ジョニ「出血大サービスだ。どうでもいい願い事でもいいぞ。叶えてやる」

ユキ 「そんな事言われたって、急には……」

ジョニ「早くしろ……消えちまう……」

ユキ 「じゃ、じゃあ……バナナが食べたい!」


    袖からバナナが飛んでくる。


ユキ 「バナナ!?」

ジョニ「どうだ……叶えたぞ」

ユキ 「すごい……呪文とか、いらないんですね」

ジョニ「緊急事態だったからな……どうやら、信じてくれたみたいだな」

ユキ 「すいません。疑って……食べて良いんですか?」

ジョニ「いいよ」

ユキ 「いただきます」

ジョニ「まぁ、確かにいきなり部屋の中に、こんなイケメンが現れて、
    妖精だ何て言われても困っちゃうよな」

ユキ 「……ええ、今ビックリしました。色々な意味で」

ジョニ「まぁ、じゃあ、さっそく本番に入ろうか」

ユキ 「本番?」

ジョニ「願い事だよ。叶えてやろう」


4

ユキ 「いきなり願い事といっても……あ!」

ジョニ「どうした?」

ユキ 「もしかして、願いを叶える変わりに……とか、あるんですか? だったら私」

ジョニ「なんだよ、願いを叶える変わりに……って」

ユキ 「魂を取るとか……」

ジョニ「ああ!?」

ユキ 「すいません!」

ジョニ「たく、何で人間ってやつは見返りだとか、お返しばかり気にするんだ? いいか? 
    俺は願いを叶えたいから叶えるんだよ」

ユキ 「すいません」

ジョニ「いや、謝らなくてもいい。……俺達妖精はさ、人間の笑顔が見たいんだよ。
    誰かの傍に居て、その傍に居るやつが俺がそばにいる事で笑ってくれる。
    それってすっごい力になるだろう? あんたの本当の笑顔を見られれば、
    それで良いのさ。俺達妖精は」

ユキ 「本当の笑顔……」

ジョニ「相変わらず良い事言うよな、俺」

ユキ 「はあ……」

ジョニ「まぁ、そう簡単に願い事が思いつくものじゃない事は分かる。
    とりあえず、ほしいものから言ってみるっていうのはどうだ?」

ユキ 「欲しいもの……おかねとか、ですか?」

ジョニ「まぁ、オーソドックスだな。いくらぐらいだ?」

ユキ 「……100万円くらいあれば」

ジョニ「欲が無いなぁ。まってろ。(言いながらジョーロを手にする。電話するように)
    ああ、俺だけど、おれ。分からない? 俺だって」

ユキ 「あの、なにやっているんですか?」

ジョニ「(ユキに)ちょっと待ってて(ジョーロに向かい)そう、トシオ。
    実は事故っちゃってさ。示談金で100万いるっていうんだ。
    振り込んでくれないかな。あ、本当? ありがとう。じゃあ、口座だけど」


    ユキが慌ててジョーロを叩く。


ジョニ「あ、何するんだよ!」

ユキ 「振り込め詐欺じゃないですか!」

ジョニ「なんだよ、振り込め詐欺って」

ユキ 「詐欺ですよ。他人の名前語って、お金振り込ませるなんて」

ジョニ「俺達はいつもこうやって金作ってんだぞ?」

ユキ 「そうなんですか!?」

ジョニ「そうだよ。せっかく上手くいきかけていたのに」

ユキ 「犯罪でお金を手に入れるのは嫌です」

ジョニ「犯罪でもしなきゃ大金出すなんて無理だぞ?」

ユキ 「じゃあ、お金はいいです!」

ジョニ「そうか……じゃあ、他にはないか。欲しいもの」

ユキ 「……それなら……(ちょっと照れつつ)彼氏、とか」

ジョニ「彼氏?」

ユキ 「あ、無理ならいいんですけど」

ジョニ「無理じゃないけど。どんなの?」

ユキ 「カッコ良くて」

ジョニ「ふむふむ」

ユキ 「可愛いところもあって」

ジョニ「なるほど」

ユキ 「ユーモアがあって」

ジョニ「ふーん」

ユキ 「夢を持ってて」

ジョニ「……」

ユキ 「優しい、そんな感じです」

ジョニ「……ごめん」

ユキ 「え?」

ジョニ「俺、面食いなんだ」

ユキ 「は?」

ジョニ「もう少し背が低かったら、ちょっとタイプだったかもしれないんだけどね。
    残念だ」

ユキ 「いや、ジョーロさんのことを言ってるわけじゃ」

ジョニ「ジョーロなんて名前じゃねえよ!」

ユキ 「すいません」

ジョニ「ジョニー、だ」

ユキ 「え?」

ジョニ「だから、ジョニーだ」

ユキ 「ジョーロだからですか?」

ジョニ「なんでだよ! どっからどう見ても、ジョニーだろ!?」

ユキ 「す、すいません」

ジョニ「まあ、いいけど。名前なんて……ほかに、願い事は」

ユキ 「……なんか、急に考えようとしても、出てこないですね。願い事って」

ジョニ「だろうな」

ユキ 「世界のみんなが幸せになりますように、とかじゃ駄目ですか?」

ジョニ「そんなのあんたの本当の願い事じゃないだろ」

ユキ 「え?」

ジョニ「あるだろう? 願い事」





    騒がしい声と共に、ハナとマキがやってくる。
    ユキとジョニーは外の声に耳をすませる。
    『おばちゃん、早く』
    『おばちゃんじゃないって言ったでしょう。私は』
    『保険の、お姉さん』
    『よろしい』


マキ 「ハナちゃん、本当にユキちゃんいなくなっちゃったの?」

ハナ 「だって、いないでしょ?」

マキ 「でも、いくらなんでもユキちゃんが2ヶ月もアパート代踏み倒すかしら?」

ジョニ「2ヶ月!? お前そんなに金に困ってたのか」

ユキ 「踏み倒すつもりなんて無いんです。
    引っ越す時に全部まとめて払っていこうと思ってたのに……」


ハナ 「……でも、すっかり荷物片付いていたんですよ」

マキ 「じゃあ、とりあえず、確かめるだけ確かめてみましょうか」


ジョニ「開けるつもりだぞ」

ユキ 「え(と、ジョニを見て)(慌ててドアを押さえ、外に)あの、すいません、
    今立て込んでいるんですけど」

ハナ 「お姉ちゃん!?」

マキ 「なんだ、ハナちゃん。ユキちゃんいるじゃない」

ユキ 「ええ、います」

ハナ 「でも、さっき確かに」

マキ 「ごめんなさいね。ハナちゃんが、『ユキお姉ちゃんが夜逃げした』
    なんて言いながら走ってくるものだから。
    あたし、ちょうど顔を見せに行くとこだったんだけど、つい走っちゃったわよ」

ハナ 「だって、ユキお姉ちゃんいないから」

ユキ 「ごめんなさい。ちょっと、引越しの打ち合わせで出てまして」

マキ 「あら、じゃあやっぱり引っ越すの?(言いながらドアを開けようとしている)」

ユキ 「はい。でも、家賃の方はお支払いしてから出ていきますので
    (言いながらドアを閉めようとする)」

ハナ 「えぇえ!? お姉ちゃん、出て行っちゃうの」

ユキ 「ごめんね、ハナちゃん」

ハナ 「つまんないの」

マキ 「まあいろいろ話すことはあるだろうし、とりあえず、開けてくれるかしら?」

ユキ 「それが今たてこんでまして」

マキ 「いい保険が出たのよ」

ユキ 「ちょっと保険に入ってる余裕は」

マキ 「これが結構安くて。ユキさん、今23歳でしょ」

ユキ 「4です」

マキ 「大丈夫。この保険、25歳までの独身が対象だから」

ユキ 「あの、マキさん。今本当ちょっと、余裕が」

マキ 「大丈夫ちょっとだから」

ユキ 「いや、でも」

マキ 「だから開けなさいって」


    と、いきなり今まで押していたドアを引きどのようにして開けてしまう。


マキ 「ね」

ユキ 「あ」

ハナ 「……男の人だ」


    みなの視線がジョニーに集まる。


ジョニ「……どうも」

ハナ 「お姉ちゃんが、開けてくれなかった理由って……」

ユキ 「あの、ハナちゃん。この人は違うの、その」

ハナ 「お姉ちゃん」

ユキ 「はい」

ハナ 「不潔」


    ハナは退場。


ユキ 「今時不潔って……」

マキ 「あらあらあら」

ユキ 「マキさん、ちがうんです。聞いてください」

マキ 「ユキちゃん水臭いじゃない。彼氏が出来たのに黙っているなんて」

ユキ 「そうじゃなくて、この人は」

マキ 「(ずかずかと部屋の中に入って)お名前は何て仰るんです?」

ジョニ「ジョニー、だ」

マキ 「(ユキに)外国の方?(ジョニーに)キャンユースピークジャパニーズ?」

ジョニ「いや、あんた一番始めの質問がまず日本語だったろう?」

マキ 「あらやだ、私ったら。そうですか。ジョニーさん。珍しいお名前ですね」

ジョニ「ハーフです」

ユキ 「マキさん、だから違うんですよ。この人は」

マキ 「お住まいはどちらですか?」

ジョニ「これ(とジョーロを出す)」

マキ 「同棲してたの!?(ユキに)おばちゃん、全然気づかなかったわ」

ユキ 「(必死に首を振って否定している)」

マキ 「ジョニーさん、お仕事は」

ジョニ「人の願いを叶えること、だな」

マキ 「まあ、素敵。御趣味は?」

ジョニ「笑顔鑑賞」

マキ 「特技」

ジョニ「煙のように消える」

マキ 「座右の銘」

ジョニ「願えば叶う」

マキ 「(ユキに)とってもいい人そうな方じゃない」

ユキ 「マキさん、だからその人は」

マキ 「良かったわね。ユキちゃん。おばちゃん、本当ずっと心配していたんだから」

ユキ 「マキさん?」

マキ 「ジョニーさん。この子はね。知ってると思うけど絵本書きたいってこっち出てきた子なのよ。
    綺麗な絵でしょう。おばさんなんかが見ると、なんでこれが売れないんだろう?
    って思っちゃうようなお話を書くのよ。
    でもやっぱり、世の中夢を見た事全部が叶うような世界じゃないでしょう? 
    それにユキちゃんあんまり外交的な子じゃないし、いつ来ても、
    なんか一人で寂しそうに絵本書いててね。あたし、心配で心配で……本当
    ……心配してたんだから」

ユキ 「マキさん。……でも、ほら、ハナちゃんもいるし。
    私、友達だって居ない方じゃないから」

マキ 「ハナちゃんがいるって言ったって、あの子まだ子供でしょ? 
    そんないつも遊びに来られるわけじゃないし。
    お友達だって、ちゃんと就職されている方ばかりじゃない。
    バイトやって、それ以外の時間部屋に篭って絵本書いてたんじゃ、
    健康にも悪いし、どんどん引篭もって行っちゃう一方でしょ!」

ユキ 「はい」

マキ 「だからね、ジョニーさん。この子の事、しっかり見てやってくださいね。
    この子、根はとっても良い子だから」

ジョニ「ああ、わかった」

ユキ 「マキさん……」

マキ 「さあ、そんなわけで、お二人には、ニコニコプランが良いかしらね」

ユキ 「え?」

マキ 「月々たったの4200円。夫婦で口座一括扱いが出来るし、
    もちろん片方だけでもOK。このプランの良いところは、とにかく、
    亡くなった時ね。保険金が下りる額が、他のプランよりも高いの。
    何と、2500万。どう? お徳でしょ?」

ユキ 「マキさん……」

ジョニ「いい話しが台無しだな……」





    と、そこへ姉のウミが走ってくる。

    ドアを叩きながら。

ウミ 「ユキ! ユキちょっといるの? いるのなら開けなさい。
    いないなら、開けるわよ!」

ユキ 「姉さん!?」


    ウミはおもむろにドアを取り外し中に入って来る。


ウミ 「ユキ!(と、周りをきょろきょろ見る)」

ジョニ「もはや何でもありだな、あのドア」

ユキ 「姉さん。どうしたの?」

ウミ 「母さん、来なかった?」

ユキ 「母さん?」

ウミ 「そう」


    ウミの深刻な目がユキを見る。
    そして、次に、ジョニーを見、


ウミ 「誰?」

ユキ 「あはは。……後で説明する」

マキ 「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」

ウミ 「あら? また来てたの? あんたもしつこいわね」

マキ 「別に私は契約する為にきているわけじゃありませんから」

ウミ 「その割りに、プラン広げているみたいだけど?」

マキ 「そりゃあユキさんには、誰かさんと違って、
    幸せな時を過ごしていただきたいですから」

ウミ 「誰かって誰よ」

マキ 「誰でしょう? あれ? どこから声が聞こえているのかしら?」

ウミ 「用が済んだのならとっとと帰りなさいよ!」

マキ 「あ、なんか声しか聞こえないけど、じゃあ帰りますか。ユキさん。またね」

ユキ 「あ、また」


    マキが去る


ジョニ「なんか、凄く仲悪いね」

ユキ 「お互い出番少ない上にキャラ少しかぶっているから。仲悪いんだ」

ジョニ「なるほどね」

ウミ 「てか、あんたまた背伸びたんじゃない!?」

ユキ 「姉さんがちぢんだんでしょ」

ウミ 「まだちぢんでないわよ!……母さん知らない?」

ユキ 「来てないけど?」

ウミ 「朝から姿見えないのよ。今日あんた戻って来るって話しは知ってるだろうから、
    こっちかと思ってきたんだけど」

ユキ 「なんで、来るの? 家で会えるのに」

ウミ 「……止めに来たんじゃないの? あんたを」

ユキ 「わたしを?」

ウミ 「やりたい事をやらせるって言うのが、母さんの方針だから。嫌なんでしょう。
    夢あきらめさせるっていうのが」

ユキ 「仕方ないよ。別に才能が無かったのは母さんのせいじゃないし」

ウミ 「そういったんだけどね……」

ユキ 「あ、言ったんだ……まぁ、そのとおりだけどね」

ウミ 「夢なんてね、願ったってそう叶う分けないのよ」

ユキ 「……うん」

ウミ 「生活も出来ないのに夢ばっかり見てたってね。本当、お腹の足しにもならなしね」

ユキ 「だから、家に戻ったらもうすっぱり諦めるって。就職探して、真面目に働く」

ウミ 「……これから母さんにいくらかかることになるか分からないしね」

ユキ 「やっぱり、重いの?」

ウミ 「転移してたって」

ユキ 「そんな……せっかく手術したのに」

ウミ 「母さんは、もういやだって言ってる」

ユキ 「でも」

ウミ 「女の武器二つも無くして、生きていたくないって」

ユキ 「……説得してみるよ。帰ったら」

ウミ 「お願い。……じゃあ、母さんいそうな場所、探してみるから」

ユキ 「何かあったら……」

ウミ 「携帯、繋がらないでしょ、ここ」

ユキ 「うん。家で、聞くよ」

ウミ 「じゃあ、夕方ね」

ユキ 「うん。色々、ごめんね」

ウミ 「もう慣れた」


    ウミ退場。


ジョニ「夢、諦めるのか?」

ユキ 「……仕方ないよ」

ジョニ「なんだったら、俺」

ユキ 「ねえ、星が何で光るか、知ってる?」

ジョニ「そんなの太陽の光が」

ユキ 「星はね、誰かの願いが叶う時、生まれるの。一生懸命願った夢や、
    希望が叶った時、空に、一つ、光が生まれるの……
    私、実家が田舎でさ。田んぼとか普通にあんの。夜になると星が綺麗で……
    なんであんなに綺麗なんだろうって……聞いて……そしたら、
    お母さんが話してくれた」

ジョニ「……」

ユキ 「でも、東京でたら、星が全然見えないんだもん。ビックリしちゃった。
    ここに住む人はみんな願い事かなった事無いのかな。
    夜、空見ても、全然暗いんだ。真っ暗。
    月ばっか変に輝いてて……そんな夜を過ごすの、もう、疲れちゃった」

ジョニ「俺には、なにも出来ないのか?」

ユキ 「……星、増やしてくれる?」

ジョニ「それは」

ユキ 「この空に、星をいっぱい、いっぱい……無理だよね。……ごめん」





    と、窓から母親がやってくる。
    ゆっくりと、まるで忍びこむような感じ。
    ジョニーはその姿を見て、固まる。


ジョニ「あんたは……」

ショウ「なに? この、くらーい雰囲気」

ユキ 「母さん!? え? 一体どこから!?」

ショウ「窓から」

ユキ 「なんで!?」

ショウ「気分?」

ユキ 「気分って……」

ショウ「ていうより、どうしたのよ、この部屋は。すっかり片付けちゃって」

ユキ 「言ったでしょう、引っ越すからって」

ショウ「いいわよ、家が狭くなるだけなんだし」

ユキ 「ちゃんと就職して、母さんの面倒も見てあげるから」

ショウ「自分の面倒くらい、自分で見れます」

ユキ 「母さん。……姉さんが、探してたよ」

ショウ「ああ、ウミったら最近本当うるさくて。母さん、逃げ出してきちゃった」

ユキ 「逃げ出してって……姉さんだって心配しているんだから」

ショウ「べっつにー。心配してくれって頼んだわけじゃないし」

ユキ 「母さん!」

ショウ「あんたもよ、ユキ」

ユキ 「え?」

ショウ「母さん、あんたに心配してなんて頼んだ憶えありませんからね」

ユキ 「だけど」

ショウ「だいたい、今更心配されたって何も良い事無いじゃない。
    病気が治るわけじゃないし」

ユキ 「母さん、その病気だけど」

ショウ「いいの。母さんが決めた事なんだから」

ユキ 「でも!」

ショウ「だからあなたは、あなたが決めた事を頑張りなさい」

ユキ 「母さん……」

ショウ「ねえ? (ジョニーを向き)あなたもそう思うでしょう?」

ユキ 「え?」

ジョニ「全く、あんたらしいな」

ショウ「そうかしら?」

ジョニ「……あんたがずっと持っていてくれたのか」

ショウ「だって、いつかまた会えるかもしれないって思ったから」

ジョニ「ありがとう」

ショウ「いいのよ」

ユキ 「母さん、この、ジョニーさんのこと、知ってるの?」

ショウ「ジョニー?」

ジョニ「名前だろ? 俺の」

ショウ「……嫌がってたくせに」

ジョニ「慣れると、まんざらでもないぞ」

ショウ「星は、増やせそう?」

ジョニ「どうかな? 今回は手強いみたいだ」

ショウ「私の娘だから」

ジョニ「手強いはずだ」

ユキ 「なに? 二人、知り合いなの?」

ショウ「母さんね、昔――」

ウミ 「お母さん!!」


    ウミが舞台に登場。
    ドアを蹴破るように入って来る。


ユキ 「姉さん!?」

ショウ「ウミ!? どうして?」

ウミ 「やっぱりここか。母さんの携帯にいくらかけても圏外だからおかしいと思って
    引き返してみたのよ」

ショウ「しまった。電源切っておけば良かったか」

ウミ 「そういう問題じゃない! さ、帰りましょう」

ショウ「えぇ〜。もう少し、ここに居たい〜」

ウミ 「ユキは引越ししなきゃいけないんだから忙しいの」

ユキ 「姉さん別に私」

ウミ 「母さんは無理出きる体じゃないんだから あんまり我侭言わないの! 
    まったく、どうやってここまで来たのよ」

ショウ「電車で」

ウミ 「帰りはタクシーに押しこむからね!」

ショウ「はいはい。……じゃあね、ジョニー」

ジョニ「またな」

ショウ「会えるかしら?」

ジョニ「会えるさ」

ショウ「そうね……(ウミに)帰りましょう」


    帰ろうとしながら、


ウミ 「帰ったらとりあえず、あったかくして寝てよ」

ショウ「はいはい」

ウミ 「栄養あるもの一杯買ったんだから」

ショウ「はいはい」

ウミ 「はいは一回で宜しい」

ショウ「はーい……ユキ」

ユキ 「はい」

ショウ「星を増やすのよ。あなたは。いいわね?」

ユキ 「……」


    ウミとショウ退場。ドアは開いたまんま。
    途端に、静かになる部屋。
    ジョニーは、ドアを直している。
    ユキは、何か考えている。





ジョニ「たく、相変わらずだなぁあいつは(嬉しそう)」

ユキ 「……」

ジョニ「あんた、あんなのを親に持つと苦労するだろう?」

ユキ 「……」

ジョニ「え? なに? 俺とあいつの馴れ初めを聞きたいって?」

ユキ 「……」

ジョニ「辞めとけよ。過去を話しても恥ずかしいだけだ」

ユキ 「……」

ジョニ「……いい加減なにかコメントが無いと辛いんだけど」

ユキ 「え? なんですか?」

ジョニ「おまえな……そんななんか考えてると、俺が勝手に今から回想シーンを始めちゃうぞ」

ユキ 「……」

ジョニ「シカトかよ! ……もういい。それでは見せてやろうじゃないか。
    ジョニーの若き青春時代を」


    途端、雰囲気が変わる。
    ユキはジョニーに背を向け、うつむく。
    ジョニはジョーロを頭にかぶる。
    ちょっと若い雰囲気のショウが現れる。


ジョニ「なあ、ショウ。いい加減願い事言えよ」

ショウ「だから、無いんだって」

ジョニ「あるだろ。一つくらい」

ショウ「じゃあ、永遠の命」

ジョニ「それは無理」

ショウ「世界制服」

ジョニ「してどうする」

ショウ「無限にお金が出てくる財布」

ジョニ「有り得ない」

ショウ「ドラえもん」

ジョニ「俺が欲しい」

ショウ「ほら、なにも出来ないし」

ジョニ「出来ない事ばかり言うなよ」

ショウ「ねぇ、ジョニー。願い事叶えたりして、楽しいの?」

ジョニ「あのな、……俺達妖精はさ、人間の笑顔が見たいんだよ。誰かの傍に居て、
    その傍に居るやつが俺がそばにいる事で笑ってくれる。
    それってすっごい力になるだろう? 
    願いを叶える事で、あんたの本当の笑顔が見る。それで良いのさ。俺達妖精は」

ショウ「だったら、あたしはもう願いを叶えてもらっちゃったな」

ジョニ「ああん?」

ショウ「あんたには見せられるもん。本当の笑顔って奴」


    ショウは笑う。
    ジョニーは固まる。
    不思議な音が聞こえてくる。


ジョニ「マジかよ……」

ショウ「なに? この音」

ジョニ「願いを叶えた事を知らせる音楽だ。これが鳴ったら、
    ジョーロの中に帰らなきゃならない」

ショウ「願いを……そっか」

ジョニ「そっかじゃねえよ」

ショウ「もう、会えないの?」

ジョニ「わからない。とりあえず、お前がこれから俺を呼び出す事は無い。
    それが、ルールだ」

ショウ「じゃあ誰かが呼び出そうと思えば」

ジョニ「そりゃ普通に出てこられるさ。……でも、なんでだ?」

ショウ「なにが?」

ジョニ「俺は、なにもしてないじゃんか。そうだろう?」

ショウ「……今度、出てきたとき空を見てご覧よ」

ジョニ「空を?」

ショウ「あんたがくれた光を見付ける事が出来るから」

ジョニ「ショウ、お前は分かるのか? 俺が何をかなえたのか」

ショウ「分かるよ」

ジョニ「なんだ!?」


    ショウは笑顔で手を振りつつ、去っていく。


ジョニ「なんだ? 一体俺は何を叶えた? 俺はなんだって出来る。
    だけど……俺はなにをしたんだ!?」





    照明が元に戻る。
    力無く、ジョニーはジョーロを足へと戻す。


ジョニ「あれからどんなに考えても、俺には答えはわからなかった。今も分からない。
    ショウには分かっていたんだろうか? 空には星が増えているのだろうか? 
    それさえも分からないまま、俺はずっとジョーロにいた。閉じこもっていたんだ。」


    間


ジョニ「(ユキに)ねぇ、なんかコメントは無いの?」

ユキ 「え? すいません。なんですか?」

ジョニ「なんでもありません」

ユキ 「すいません。ずっと考えてて」

ジョニ「何を?」

ユキ 「どうしたら、いいのか……」

ジョニ「そんなこと、考えるまでもないだろ」

ユキ 「そうかな?」

ジョニ「当たり前だろう? 夢、叶えろよ」

ユキ 「でも、母さんは」

ジョニ「ショウなら大丈夫。アイツは、殺しても死なないから」

ユキ 「引越しの準備だってしちゃったし」

ジョニ「断ればいいじゃんか」

ユキ 「姉さんにだって、またなんか言われるだろうし」

ジョニ「言われたら言い返せよ。自分の夢だろう? 自分で守れ」

ユキ 「……」


    ユキはジョニーを見る。
    ジョニーも、ユキを見る。
    ユキが頷こうとした時、
    アカネがそこに立っていた。


アカネ「何を、言い返すんだって?」

ユキ 「あ、お帰り。遅かったね」

アカネ「? 誰? それ?」

ユキ 「近所の人。挨拶に来てくれて」

アカネ「ふうん」

ユキ 「どうだった?」

アカネ「引越しのトラックの方はあと、2時間くらいで来るって。
    荷物はちっちゃいのは私たちで、大きいのはプロに任せようと思う」

ユキ 「そう、なんだ」

ジョニ「そうなんだ、じゃないだろ」

アカネ「なに?」


    ジョニーは「言え」と言いたげにユキを見る。
    ユキは、少し迷った後。


ユキ 「ねえ、アカネちゃん」

アカネ「なに?」

ユキ 「あのね」

アカネ「あ、あんた荷造りおわらして無いでしょ。後2時間しかないんだからね。
    テキパキやらないとだめよ」

ユキ 「うん。あのね」

アカネ「とりあえず、割れ物だけ注意して、あとは適当にダンボールに入れて置けば
    大丈夫でしょ。ちゃんと、割れ物の箱には、割れ物って書かなきゃ駄目よ」

ユキ 「あの」

アカネ「それにしても、あの引越し屋安くするんだったら、最初から安くすれば良いのに。
    そう思わない? 『じゃあ、ダンボール分、サービスします』とか言って。
    それ聞き出すのに、どんだけ時間かけているんだか」

ユキ 「アカネちゃん、あのね」

アカネ「なによ、どうしたの?」

ユキ 「引越しの事なんだけど」

アカネ「なに? なにかあった?」


    間
    ユキは困った顔から笑みに変わる。


ユキ 「ううん。なんでもない」

ジョニ「おいっ」

アカネ「なによ、変な子」

ユキ 「ごめん」

アカネ「まあいいけど。……じゃあ、あたし車出してくるから。そこまで。
    んで、細かい荷物は乗っけちゃうね」

ユキ 「うん。ありがとう」

アカネ「だから、いいって」


    アカネは荷物を軽く幾つかもつと、ジョニーを軽く睨んで部屋を出ていく。


10


ジョニ「……おい」

ユキ 「……」

ジョニ「いいのか?」

ユキ 「……」

ジョニ「お前、これでいいのかよ?」

ユキ 「……だって、仕方ないじゃん」

ジョニ「仕方ないって」

ユキ 「みんな、優しいから」

ジョニ「……」

ユキ 「お母さんも、お姉ちゃんも、アカネちゃんも、マキさんも、ハナちゃんも。
    みんなみんな優しいから。……迷惑、かけたくないから」

ジョニ「……その中に、俺の名前が入ってないのは言い忘れたわけじゃないよな」

ユキ 「……ジョーロさんも」

ジョニ「ジョニーだ! それでお前自分の夢を諦めるのか?」

ユキ 「大丈夫。引っ越して、就職しても絵本は書けるから。すっぱり諦めるなんて、
    嘘だから」

ジョニ「書くのか?」

ユキ 「……書くよ」

ジョニ「違うね」

ユキ 「違う?」

ジョニ「だったらなんで、この中に、お前の絵本が入ってるんだよ?」


    ジョニーはゴミ袋を手にもつ。
    ユキは言葉を失う。


ジョニ「お前にとっての引越しはそうじゃないんだろう? 
    ……夢をかなえるために家を出たんだ。次に家に戻るときは、夢を失った時。
    そう、考えてたはずだ。諦めると言葉にした通り、お前はきっと諦めるよ。
    諦めきれないまま、諦めようと思いこむ。
    ……そんな引越し、誰が望んでいるんだ?」

ユキ 「でも、お母さんが……」

ジョニ「あいつは何て言ってた? お前に、家に帰って欲しいなんて言ってたか?」

ユキ 「……お母さんは……星を……増やせって……」


    ユキは分からなくなって膝をつく。


11


    と、いきなり外が騒がしくなる。
    マキとハナのコンビがやってきたのだ。


ハナ 「いい、私、いかない」

マキ 「そんなこと言わないでハナちゃん。今日でユキちゃんと御別れなんだから。ね」

ハナ 「だから嫌なんです」

マキ 「そんなこと言わないで。あら? なんか、この部屋雰囲気くらいわね?
    (ジョニーとユキに気づき)修羅場? え? もしかして、
    あたし修羅場に来ちゃった?(嬉しそう)」

ジョニ「いや、これは」

ハナ 「ユキ姉ちゃん大丈夫!? なんかされたの? この……変人に」

ジョニ「変人言うな」

ユキ 「べつに、なにも……」

ハナ 「だって、今時ブラックスーツにサングラスで……しかも、
    背中に羽なんてつけているなんて」

マキ&ユキ 「羽?」

ジョニ「見えるのか、お前」

ハナ 「なに言ってるの? 思いっきり羽付けているじゃない。ネタ? ネタなの?」

マキ 「ハナちゃん、なに言ってるの?(熱はかって)大丈夫?」

ハナ 「え、だって、ついてるじゃん。ハンズで500円くらいの安っぽい羽が」

ジョニ「安っぽい言うな。なんで、妖精をしっかり見えるやつに限って、
    こんなのばっかりなんだか」

ハナ 「へぇ。妖精なんだ。初めて見た」

マキ 「妖精!?」

ジョニ「しかも簡単に肯定するし……」

ユキ 「ハナちゃんって、すごいんだね」

ハナ 「え? なにが?」

マキ 「なに!? 妖精って……え? この空間、危ない? (暫し考え)ね、ハナちゃん。
    おばちゃん、ちょっと用事思い出したから。帰るわね」

ハナ 「え!? おばちゃんだよ? こようって言ったのは」

マキ 「そうなんだけどね。ええ、そうなんだけど。またあとで来るから。
    ……ハナちゃんも、ちゃんと休んだ方が良いわよ。
    おばちゃん、あとで良い薬持ってきてあげるから」


    マキ、退場。


ハナ 「相変わらず何かあるとすぐ逃げ出すんだから」

ジョニ「お前も帰れよ」

ハナ 「そんなわけには行きません。お姉ちゃんに、何したの!?」

ジョニ「なにって……」

ハナ 「ナニしたの!? ナニしたって言うわけ!?」

ジョニ「女の子がそんな事大声で叫ぶんじゃない!」

ユキ 「ハナちゃん、別にわたし」
ハナ 「お姉ちゃんは黙ってて。始め見た時から気に入らなかったの。この野郎。
    良くも私のお姉ちゃんに……
    (と、ジョニが手に持っているゴミ袋の中身に気づき)あぁ! 
    てか、あんた何でお姉ちゃんの絵本捨ててるのよ!」

ジョニ「え?(ゴミ袋を見て)いや、これは違う」

ハナ 「違うもなにも、それはお姉ちゃんの絵本でしょ! お姉ちゃんの絵だし。
    あたし、読むの楽しみにしていたんだから!」


    ハナはジョニーからごみ袋を引ったくる。


ジョニ「なんだお前、こいつの絵本読んだ事無かったのか?」

ハナ 「残念でした。何度もあります〜。でも、何度だって読みたいんです〜。
    今日だって、読ませてもらおうと思ってきたんだから」

ジョニ「へぇ。なんで?」

ハナ 「あんた、妖精のくせにわからないの? お姉ちゃんの絵本、素敵でしょ」

ユキ 「……」

ジョニ「そっか」

ハナ 「それに、私、大好きだから。お姉ちゃんの本」

ジョニ「そっか。……(ユキに)だってさ?」


    ユキは涙を隠そうとする。


ハナ 「お姉ちゃん!? どうしたの?」

ユキ 「ううん。……ありがとう」

ハナ 「なにが?」

ユキ 「ありがとう」

ハナ 「え? わけわからないよ?」


    ユキは答えず、ハナからゴミ袋を受け取るとかき抱く。
    ハナはなにも言えず、思わずジョニーを見る。
    ジョニーは嬉しそうに知らない振りをする。


12


    と、そこへ、アカネとウミとマキがやってくる。


ウミ 「ユキが変ってどういうことよ?」

アカネ「さっきは別に変な所なんて」

マキ 「だから、来れば分かるって言ったでしょ。……ほら」

ウミ 「ほらって」

アカネ「言われても」


    アカネとウミは部屋の中へ、
    マキは、ジッと様子をうかがうように外にいる。


ユキ 「お姉ちゃん? どうして」

ウミ 「母さん家に送ったしさ。手伝ってあげようと思ってきたのよ。
    そしたら、アカネちゃんに会って」

アカネ「話してたら、このおばさんが、あんたが変だって言うから」

ウミ 「(マキに)どこが変なのよ?」

マキ 「さっき、変だったのよ。(ジョニーを指し)その人を妖精とか言ったり」

ウミ 「妖精? だれが?」


    ウミはジョニーを見る
    ジョニーはにっこり笑顔。


ウミ 「はん(鼻で笑っている)」

ジョニ「ぐはっ(苦しむ)」

アカネ「ふーん。ま、ありなんじゃない(といいつつ、信じてない)」

ジョニ「ぎゃあ(苦しんでいる)」

ハナ 「(何故か事情を理解していて、ジョニーに)あんたも、大変なんだね」

ユキ 「お姉ちゃん、アカネちゃん」


    ユキは二人を見る。
    ジョニーはユキを勇気付けるよう笑みを浮かべてユキを見る。


ユキ 「私、引っ越すのやめようと思うの」

アカネ「え?」

ウミ 「ユキ?」

ユキ 「もうすこし、ここで頑張ってみたいの。そのために、私家を出たんだし」

ウミ 「あんたね、だって、母さんが」

ユキ 「家には時々帰るようにする。きっとその方がお母さんも助かるし。
    私、今家に戻っても駄目になっちゃう気がするの。だから」

アカネ「だって、あんたもう引っ越し業者頼んじゃったんだよ? 荷物だってまとめたし」

ユキ 「だけど、まだ間に合うでしょう? キャンセルするの」

アカネ「そりゃそうだけど、でもね」

ウミ 「大丈夫なの? ユキ。一人で。うちの方がなにかと便利だし、
    夢を追うんなら(家でも)」

ユキ 「わかってるけど。……決めたんだ。私。決めたいの。私が……私の、夢、だから」


    長い間
    硬直状態が続く。

    拍手の音が響く。
    ハナが嬉しそうに手を叩いていた。


アカネ「……(ユキに背を向ける)

ユキ 「アカネちゃん!」

アカネ「電話してこなきゃ。引越し、中止にするって。
    せっかく有り得ないくらい値切ったのに」

ユキ 「ありがとう」

アカネ「いいよ。はじめっから言って欲しかったけどね。友達なんだからさ」

ユキ 「うん」


    アカネが去る。


ウミ 「部屋、片付けといたんだけどな」

ユキ 「え?」

ウミ 「あんたの部屋よ。出てってから倉庫代わりになってたし」

ユキ 「ごめんなさい」

ウミ 「あんた、その謝る癖なんとかしなさいよ。
    なんか、こっちが怒ってるみたいじゃない」

ユキ 「(ごめんと言いそうになり)……そうかな」

ウミ 「母さんに伝えてくるわ。『ユキはもう、自分で何でも出きるらしいから
    ほっておいてほしいんだって』って」

ユキ 「酷いなぁ」


    ウミは笑いながら退場。
    途端、ユキは膝を着く。


同時に
ハナ 「お姉ちゃん!?」
マキ 「ユキちゃん?」
ジョニ「大丈夫か!?」


ユキ 「緊張したぁ……」

ジョニ「なんだよ、脅かすなよ」

マキ 「まったく。ユキちゃんも、普段から言いたい事言ってないから、
    いざ我侭言おうとするとそんな緊張しちゃうのよ。あたしなんて、
    誰になに言うのも平気な物よ」

ハナ 「そりゃ、おばちゃんはそうだろうね」

マキ 「ちょっとハナちゃん、どういう意味よ」

ハナ 「でも、お姉ちゃん本当良かった。これで、また絵本読ませてもらえるね」

ユキ 「うん。頑張る。」

ハナ 「でも、家賃溜まっているから、払わないとおんだされちゃうよ?」

ユキ 「はい。頑張ります」

マキ 「でも、これでおばちゃんも安心して保険の話しが出きるわね」

ハナ 「今日はだめ。うちの家賃だって払えてないのに、保険なんて入らせません」

マキ 「でもね、保険はすっごく便利なのよ。あ、ハナちゃんにもいいの紹介してあげようか?」

ハナ 「結構です」


    ハナは言いながらマキを連れていってしまう。
    舞台には、ユキとジョニーだけが残る。


13


ジョニ「やったな」

ユキ 「うん」

ジョニ「やれば出来るじゃんかよ」

ユキ 「うん。ありがとう」

ジョニ「いいんだよ。これで、俺の願いに集中出来るって事だからな」


    と、そこへ音楽が聞こえてくる。


ジョニ「って、ちょっとまて」

ユキ 「どうしたの?」

ジョニ「ジョーロに帰れの音だ……」

ユキ 「お別れなの?」

ジョニ「冗談じゃねえよ。まだおれは願いを叶えてねえぞ」

ユキ 「ジョーロに帰ったら、もう会えないの?」

ジョニ「わからない。とりあえず、お前がこれから俺を呼び出す事は無い。それが、ルールだ」

ユキ 「じゃあ誰かが呼び出そうと思えば」

ジョニ「そりゃ普通に出てこられるさ。……でも、なんでだ?」

ユキ 「……『なんで?』?」

ジョニ「俺は、なにもしてないじゃんか。そうだろう?」

ユキ 「……今度、出てきたとき空を見てみて」

ジョニ「空を?」

ユキ 「ジョーロさんがくれた光、きっと見付ける事が出来るから」

ジョニ「お前もショウと同じ事を言うんだな。分かるのかお前には。俺が、叶えた願いが」

ユキ 「分かるよ」

ジョニ「なんだ!?」

ユキ 「……側に、いてくれた」

ジョニ「それだけ?」

ユキ 「側にいてくれて、笑っててくれた」

ジョニ「そんなこと」

ユキ 「人はきっとね、誰かの笑顔が見たいんだよ。誰かが傍に居て、その傍に居る人が、
    私に笑いかけてくれる。それだけですっごい力になるんだよ。
    側にいて、私の本当の笑顔を知っていてくれる。それだけで良いんだよ。私達は」

ジョニ「……なんだよ、俺達と同じじゃんか」

ユキ 「きっとね」

ジョニ「(ユキと、握手しながら)願いは、星になるんだな」

ユキ 「うん」

ジョニ「じゃあ、お前が見付けてくれよ。俺の星を」

ユキ 「え?」

ジョニ「頼んだぞ!」


    ジョニーは指を鳴らす。
    途端に、音楽はでかくなり、全ては闇に包まれる。


14


    闇の中、ほのかに明るい中、ユキが寝ている。
    側には絵本が置いてある。
    そして、古ぼけたジョーロ。


    アカネが現れる。
    なにやら、少し取り乱している。


アカネ「ユキ! ユキったら!」

ユキ 「……アカネちゃん?」

アカネ「アカネちゃん? じゃないよ。あんた、ずっと寝てたの?」

ユキ 「あれ? ……引越しは?」

アカネ「ちゃんと、断ってきたって。それよりあんた、見てないの?」

ユキ 「見てない?」


    と、そこへハナが現れる。


ハナ 「お姉ちゃん! お姉ちゃん! 空、空!」

ユキ 「空?」

ハナ 「空が……凄いよ。お姉ちゃんの絵本みたい」


    ユキはその言葉にはっとして絵本を抱く。
    そして、空を見上げる。
    そこには、満点の星空。


アカネ「ありえないよ。こんなに星が見えるなんて」

ハナ 「魔法みたい、だよね」

ユキ 「魔法……」


    ユキはジョーロを見る。
    そして、絵本をゆっくりと開く。


ユキ 『「うそだい。願いが星になるなんて」
     ウサギの子供は言いました。
     でも、お母さんはウサギの子供を胸に抱きながら言いました。
    「本当よ」
    「じゃあ、僕の星もあるの?」
    「あるわよ。……ほら」
     そう言って、ウサギのお母さんが指さしたのは、
     月の近くで、小さく、小さく瞬いている一つのお星様でした――』
    ……そう、あれが、あなたの星――」


    ユキは指を指す。
    その方向をアカネとハナも目で追う。
    静かに音楽。
    溶暗。

2004年11月24日