冬が溶けゆくそれまでに
作 楽静


登場人物

春崎 サクラ  18歳 高校二年生の時,、病気で倒れる。以来軽い障害を背負う。
    ミヤ  14歳 サクラの妹
秋川 カスミ  18歳  サクラの友人。高校二年の時に引っ越す。
夏木 ヤエ 女 18歳  カスミの友人。
春崎父/男の子の声1 男 サクラ・ミヤの父/回想シーンの声
春崎母/女の子の声1 女 サクラ・ミヤの母/回想シーンの声
フユ 女 冬の妖精
冬神 男 冬を司る神
エイプ 20代程度の女性 女 春を司る神
リール/女の子の声2 女 エイプの分身/女の子の声
パンジー 女 花の精霊

※舞台を東京にしていますが、これは一つの例です。上演する場所において変更してください。
※その際、サクラ達が実際に住んでいる地方との寒暖の差、発展の差が生まれるようにしてください。
※舞台転換の多い作品となっています。ト書きに書かれているセットは場面イメージであり、実際に必要なセットではありません。

0 オープニング それは2月某日。東京。

    冬から春にかけての物語。
    その年、寒い日々が続いていた。

    街角。一本の電信柱。その脇にはパンジーが座っている。
    電柱の脇に咲いた彼女は、誰に見られることもない。
    ただ、道行く人を眺めている。

    一人の少女が街中を歩いてくる。サクラである。
    あたりを珍しそうに眺めている。
    左手はポケットに入れたまま。右手で紙(地図)を持っている。
    ふと、サクラの目がパンジーを見る。
    パンジーはサクラの視線に気がつかない。

サクラ 可愛い……

    パンジーサクラを見上げる。

サクラ こんなとこにも、咲くんだ……あんたも、一人ぼっちなの?

    サクラが花をなでる。サクラの顔は客には見えない。

サクラ こんなところで一人ぼっち。誰にも見てもらえないで……あんたはさびしくないの?
パンジー 何で泣いてるの?
サクラ 寂しいよね。きっと。おんなじだ、あたしと。
パンジー 私のために泣いてるの?
サクラ 頑張らないとね。あたしも、頑張ってみる。ありがと。

    サクラがまた地図を見る。少し目が疲れたのか、瞬きつつ、去る。

パンジー 待って! ねぇ! ……『ありがとう』なんて、初めて言われた。

    パンジーが微笑む。

冬神(声) 待て~!

    突如聞こえる声とともに、フユが駆け込んでくる。
    フユがあたりをきょろきょろしている間、
    ずっと、「待て~」の声は響いている。
    やがて、フユはパンジーの背中に隠れる。冬神が現れる。

冬神 まったくあいつは。ちょっと目を離すとすぐこれだ。フユ~。お前は、時折人に見えちゃうんだからな~。気をつけないと駄目なんだぞ~。

    と、犬の鳴き声。

冬神 ……なるほど。犬に化けたか。だが、俺の力を甘く見るなよ!

    冬神が去る。
    ほっとするフユ。

フユ 自信満々に勘違いするんだもんなぁ。さ、どこに遊びに行こうかな。

    と、そのまま行こうとするが。

パンジー おいガキ。

    フユがあたりを見渡す。

フユ 気のせいか。
パンジー おい。こっちだよこっち。こらガキ。ぼうず。じゃなかったらチビ。
フユ 誰がチビだ!
パンジー だってチビじゃん。
フユ チビじゃない。これくらいのサイズが最近の流行スタイルなんだよ。
って、お前なに?
パンジー お前じゃない。パンジーよ。チビ。
フユ 僕はチビじゃない。フユだ。
パンジー フユチビ。
フユ だからチビじゃない! お前、花の精霊?
パンジー うん。可愛くて可憐な花よ。
フユ 自分で言うなよ。
パンジー あんたは、半人前の冬の精?
フユ 修行中なだけだ。
パンジー 半人前の冬の精って、初めて見た。
フユ うるさいな。
パンジー あんたにお願いがあるの。
フユ お願い?
パンジー うん。ありがとう。
フユ え? まだ何も言ってない。
パンジー お礼だけ言わせておいて、無視するの!? 酷くない? それ。
フユ 酷い!?
パンジー 酷いわね。重罪よ。
フユ じゅうざいって、溶ける?
パンジー 溶けるって?
フユ 僕、溶けたら消えちゃうから。
パンジー ああ、そうね。うん。溶ける溶ける。
フユ やだよ! 溶けるのはヤダ!
パンジー じゃあ、お願い聞いてくれる?
フユ ……何をすればいいの?
パンジー 笑顔を、あげたいの。
フユ 笑顔?

    風の音。

1 あの頃

    サクラの姿が浮かび上がる。

サクラ 久しぶりにあの頃の夢を見た。

    はやし立てる声がする。
    小学生姿のカスミが浮かび上がる。

男の子声1 おーい、見ろよ、転校生の奴、授業中に絵書いてたぞ。
女の子声1 先生~ 転校生が、授業を真面目に受けてませーん。
女の子声2 カスミさん、絵ばっかり描いてます。
カスミ か、返して下さい。
男の子声1 おい、なに描いてるんだよ。
女の子声2 張り出しちゃおうよ。
カスミ や、止めて下さい。
サクラ あんたたち! いい加減にしなさいよ! そんなことして何が楽しいの!?

    サクラが去る。舞台にはカスミだけが残る。

女の子声1 さ、サクラっちゃん。
男の子声1 なんだよ、お前には関係ないだろ。
カスミ サクラ、さん?
サクラ声 同じクラスでしょ。そんな事して。かっこ悪いと思わないの!?
女の子声2 そんな怒ることないじゃない。
男の子声1 ちょっとした冗談だろ。
サクラ声 いいから、さっさと返せ! 
女の子声1 痛っ、
女の子声2 やめてよ!
男の子声1 返す! 返すって!

    そしてサクラがやってくる。片手にスケッチブックをもって。

サクラ これ、あんたの。
カスミ う、うん。その、(ありがとう)
サクラ ふーん。

    と、サクラはカスミのスケッチブックをぱらぱらめくる。

カスミ あ、あの、やめて、み、見ないで。恥ずかしい、から。
サクラ 上手いね。
カスミ え。
サクラ 絵、上手いんだ。
カスミ 下手だよ。
サクラ ううん。上手いよ。
カスミ そうかな。
サクラ うん。
カスミ ……ありがとう。

    二人は微笑む。サクラはスケッチブックをカスミに返し、

サクラ あんたんち、川向こうの新しいやつでしょ。
カスミ そうだけど。なんで?
サクラ いつも土手で絵、描いてるでしょ。見てたんだ。あたし。毎日座ってるから釣りでもしているのかと思ってた。
カスミ 引っ越してきたばかりで、あまり、ここら辺詳しくないから。
サクラ じゃ、案内してあげる。
カスミ いいの?
サクラ なんで? 当たり前でしょ。ほら、行こう。

    サクラが手を差し出し、カスミがその手を取る。
    二人は手をつなぎ走り出す。ように見せて、カスミだけが走っていく。

サクラ そうやって、二人で走っていく夢。ずっと二人で。そんな夢。

    サクラがとぼとぼと歩いて行く。左半身はぎこちない動きをしている。


2 三月某日。春崎家の朝

    掃除機を片手に春崎父がやってくる。

春崎父 お~い、ママ。こっちの掃除は終わったよ~
春崎母(声) もう少しで洗濯物干し終わりますから。いい加減あの子たち起こしてきて下さい。
春崎父 オッケー。まったく、春休みだからっていつまでも寝ていたら駄目だよな。

    と、ミヤがやってくる。

ミヤ おはよう。
春崎父 おはよう、ミヤ。春休みだからってぐーたらしてたら、学校始まってから困るぞ。今年は受験生になるんだからな。
ミヤ 別に、日曜くらい良いでしょ。
春崎父 日曜だからこそ、家の仕事もしなくちゃならないだろ。
ミヤ 私にばかり言わないでよ。
春崎父 それもそうだ。サクラはどうした?
ミヤ さあ。
春崎父 さあって。隣の部屋だろう。見てこなかったのか?
ミヤ 寝てるんじゃない? (辺りを見て)今日の新聞は?
春崎父 ただ寝てただけだろうな? 普通に寝てたんなら良いが。
ミヤ だから知らないって。新聞は?
春崎父 ミヤ。サクラは今、普通とは少し違うんだぞ?
ミヤ 分かってるよ。

    春崎母がやってくる。

春崎母 どうしたの、パパ。あらミヤ。お姉ちゃんは?
ミヤ 知らないって。
春崎父 サクラは、まだ後遺症が残っているんだから、何があるか分からないんだぞ。お前がお姉ちゃんをちゃんと見ていないと駄目なんだ。そう言っただろう?
ミヤ 分かってるよ。新聞は?
春崎父 じゃあ見てなきゃ駄目じゃないか。
春崎母 まぁまぁパパ。あたしが行くわ。
春崎父 一応俺も行こう。
春崎母 駄目よ。着替え中だったらどうするの。
春崎父 それもそうか。

    春崎母が去る。

ミヤ 新聞は?
春崎父 それよりもミヤ、お姉ちゃんは最近どうなんだ? ちゃんと生活できているのか? 進学を遅らせたのを気にしていたりしないか? こんな時に、カスミちゃんがいてくれたらなぁ。
サクラも少しは気が紛れたろうに。
ミヤ 新聞、どこ。
春崎母(声) パパ! パパ大変! お姉ちゃん、部屋にいないわ!
春崎父 なんだって!? ママ! クローゼットの中も見たか!?

    春崎父が去る。

春崎母(声) いないわよ! どこにもいない!
ミヤ 馬鹿。

    ミヤが去る。

3 同日。東京。

冬神(声) 待て~!

    二月と同じ場所。だが、パンジーの姿はない。フユが駆け込んでくる。
    電柱の前で一瞬止まり、そのままフユはまた駆け出そうとする。
    フユの先からエイプがやってくる。

エイプ とうとう捕まえた。
フユ くぅーん。
エイプ なんだ犬か。
フユ ワン!

    エイプが手を離すと、フユは近くの電柱により、犬のフリ。
    そこへ冬神がやってくる。

冬神 お、春神。
エイプ 冬神。

同時に、
冬神 フユは?
エイプ ガキは?……その様子じゃ、まだか。

冬神 なんだぁ 捕まえてないの? 何やってんだよぉ。
エイプ あたしが来たときには、犬しかいなかったぞ。
冬神 犬?
エイプ 犬。
冬神 それ、フユだったんじゃない?
エイプ え、そうなの?
冬神 アイツ時々犬の格好になるよ?
エイプ だったらそう言っておいてよ。
冬神 言っておいてって言われてもなぁ。
エイプ だいたい、自分の手下を逃がしてどうするんだよ。
冬神 なに? 俺が悪いって言うの? 元はと言えば、お前が遅れてくるのが悪いんだろ? 待ち合わせ二月にしておいて、来たのが三月ってどういうことよ?
エイプ だから、それは謝ったじゃん。
冬神 言ったよね? 「フユは一つのところにじっとしていられないから早く着てね」って。あいつ、まだ半人前だから、時たま人間に姿見えちゃうんだよって。
エイプ 仕方ないでしょ。ドラマの最終回が気になったんだから。
冬神 春の神様がドラマ見るなよ。

    と、犬の鳴き声。

エイプ 犬だ。あれは?
冬神 まって。(聞いて)……フユだ!
エイプ よし! 行くよ!
冬神 おう!

    と、エイプと冬神が去る。

フユ 自信満々に勘違いするんだもんなぁ。さ、じゃあ今日も探すか。……いい加減、あの子を見つけないと。

    と、サクラがやってくる。
    ふと、電柱を見る。

サクラ やっぱり、もうないか。

    溜息を一つついて、サクラは去る。

フユ 見つけた! 今の、そうだよね? そうだよね絶対そうだ! 今日こそ願いを叶えるからね!

    フユは自分に言い聞かせるように言うと、走り去る。

4 同日。渋谷。

    ヤエの姿が現れる。結構厚着。
    携帯を片手。

ヤエ だから? どこ? え? ハチさん? うん。ハチ公。いや、ハチ公はハチ公だよね? だから、ハチ公の前。後ろ、右、左、後ろ、前、のどれ。後ろニ回言った? そんなことはどうでもいいよ! で、どこにいるの。

    と、ヤエとは遠い場所にカスミが現れる。割と普通の服。
    大きな鞄を持っている。

カスミ だから、顔がでかいハチさんの前。
ヤエ あたしだって、ハチ公前だよ! って、顔がでかい?
カスミ そう。でっかい。やばいでかいハチさんでしょ。の、前だとちょっと人がいて怖いから少し離れたところにいるよ。
ヤエ すごくでかい?
カスミ やばいでかいよ。
ヤエ 顔が?
カスミ そうだって。
ヤエ ちょっと待て。

    と、サクラが現れる。カスミの姿を見て、驚く。

カスミ 何?
ヤエ 体は?
カスミ ないよ。ないでしょ。顔だけだもん。
ヤエ ……それ、モヤイ像じゃない?
カスミ ……そうだよ? さっきからそう言ってるじゃん。
ヤエ カスミ、あんたまさか、今までそれがハチ公だって(思ってたの?)
カスミ じゃ、待ってるから。

    電話が切れる。

ヤエ って、え! あたしが行くのかよ!?

    ヤエが去る。
    カスミが「ハチさんだと思ってた」などといいながら、
    ヤエを待っている。
    サクラは話しかけようとするが、出来ない。
    思いついて、携帯をかける。サクラはカスミを見ながら会話をする。
    カスミはサクラが近くにいることに気づかない。

サクラ ……もしもし。
カスミ サクラ?
サクラ うん。……元気してた?
カスミ 元気だよ。……久しぶり。
サクラ だね。
カスミ ……ごめんね。最近メール、出来なくて。
サクラ いいのいいの。全然気にしてない。あたしも、連絡出来なかったし。
カスミ 受験、忙しかった?
サクラ まぁね。……でも、無事合格したよ~。
カスミ おめでとう! 春から女子大生だ。
サクラ でも、今年は無理だろうって言われちゃった。
カスミ ……やっぱり体調悪いの?
サクラ あたしのことより、カスミは? 大学受かったの?
カスミ あたしは、うん。まぁ、普通に。
サクラ 歯切れ悪いなぁ。そっちで友達出来てるの? 
カスミ え?
サクラ カスミってば引っ込み思案なんだから、心配してたんだ。
カスミ 大丈夫。ちゃんとやっているから。
サクラ そう。
カスミ サクラこそ、大丈夫?
サクラ なにが?
カスミ なにがって、急に電話してくるからさ。何かあったのかと思って。

    と、ヤエがやってくる。

ヤエ カスミ! やっと見つけた。
カスミ (電話に)あ、ごめん。友達と、待ち合わせしてたんだ。
サクラ こっちまで聞こえたよ。学校の友達?
カスミ うん。
サクラ じゃあ、また電話するから。
カスミ うん。あ、今度私から電話するね?
サクラ うん。……待ってる。

    サクラが電話を切る。

ヤエ 友達?
カスミ うん。向こうで、高2までずっと一緒だった子。
ヤエ へえ。……て、その格好寒くない?
カスミ こんなのどってこと無いよ。
ヤエ さすが雪国の人間。
カスミ だから、雪が降るのは山の方。
ヤエ 行こうか。チケット、忘れてないよね?
カスミ 当たり前。持ってきたよ。
ヤエ (荷物に気づいて)その荷物。ってことは持ってきたの?
カスミ インスピレーションはどこで沸くか分からないから。

    ヤエとカスミが去る。その後姿をサクラはじっと眺めている。
    そして、小さくため息をつく。



    と、いつの間にかその横にフユがいる。サクラのため息に合わせて
    ため息をつく。ついた途端、その空気を掴むようにして飲み込む。

サクラ ……何やってるの君。
フユ お姉ちゃんの真似。

    と、ため息をついたフユは再びその空気を掴むようにして飲み込む。

サクラ これ(フユの真似をして)は何?
フユ 逃げないように。
サクラ 逃げないように?
フユ 逃げないように。
サクラ え、ごめん。何が?
フユ 幸せだよ! 知らないの? ため息をつくと、幸せが逃げるんだよ。
サクラ それで?
フユ だから、捕まえて、また食べるんだよ。
サクラ ああ、あああ。なるほど。
フユ 僕が考えたんだ。
サクラ すごいねぇ。じゃあ、お姉ちゃん、用があるから。
フユ あの人たちの後を追うの? 春崎サクラさん。
サクラ ……なんで、私の名前を?
フユ 僕の名前はフユ。冬の妖精。お願いされて、君を助けに来たんだ。
サクラ 冬の?
フユ 妖精。

    そしてフユは手を叩く。
    風が吹く。

サクラ なに、これ。
フユ 怖がらなくて良いよ。お願いされて、僕は君を助けに来たんだ。
サクラ お願い? だれに?
フユ それは言えないけど、とにかく行こうよ。
サクラ どこに?
フユ 友達を追うんでしょ? 会って話をするために。
サクラ べつに、もういいの。
フユ そんなこと、少しも思ってないくせに。友達と会って、聞きたいんでしょう? 自分を覚えていてくれるかどうか。
サクラ なんでそんなこと、(あんたに分かるのよ)
フユ 分かるよ。人間の考えていることくらい分かるんだから。ね? 行こう。君を、助けてあげる。

    フユが手を差し出す。
    サクラがその手に触れようとする。



エイプ 見つけた!

    と、そこにエイプがやってくる。ちょっと包帯を巻いていたり。

フユ はるかみさま!
サクラ はるかみさま?
フユ しっ。いいから隠れてて。

    慌ててフユは自分の背にサクラを隠す(隠し切れないが)
    かなり無理があるのだがエイプは気がつかない。

エイプ まったく。冬神が犬の格好をしているなんていうから、町中の犬を探してしまったよ。
フユ それでそんなに怪我を?
エイプ 大丈夫。ここぞというときは、冬神を投げつけてきたから。ね、冬神?

    と、変わり果てた姿の冬神が現れる。

エイプ 冬神~!?
冬神 ふっふっふ。これしきの傷。かはっ。
エイプ 冬神! 一体、誰がこんなむごいことを。
フユ あんたが投げつけたせいじゃないの?
冬神 春神よ。俺は、ちょっと結構駄目だ。
エイプ そんなことない。そんなこと無い。冬神。まだあんたはやれる。
冬神 いや、自分のことは自分がよく知っている。
エイプ 冬神~!?
冬神 春神よ。一つ、お前に謝りたいことがある。
エイプ 何よ。あたしとあんたの仲じゃない。なんでも言ってよ。
冬神 こないだお前が貸してくれた月9ドラマのDVDBOX、間違えてケース踏みつけてひび入れちゃった。
エイプ なんだよ、そんなこと。
冬神 許して、くれるか。
エイプ そんなの、許せるわけ無いでしょ! あたしが、あのBOXを買うために、どれだけ、どれだけ、どれだけ、苦労したか。あのドラマが成功するように、雨が必要だと分かれば龍神に頭下げて、風が必要だと思えば風神に頭を下げて、キャストの皆さんが風邪を引かないように温度管理には十分に気を遣って、花粉症の女優のために、出来るだけ花粉がロケ現場に飛ばないようにと苦労して、苦労して、苦労した、あたしの努力の結晶が詰まったドラマのDVDBOXになんてことをしてくれてるのよ!

    と、言葉とともにエイプは冬神を掴んで振る。冬神はがくがくする。
    で、動かなくなる。ついでに、黒子たち? が運び去っていく。

エイプ 冬神~!? な、なんとむごい……
フユ 明らかに、あんたが悪いと思うけど。
エイプ 冬神が倒れた……倒れて去ってしまった……ってことはそうか。春だ。春になるんだ。なーんだ。だったら、全然OKじゃない。よし、さっさと、冬を終わらせちゃいましょうか。

    と、エイプの目がフユを見る。

フユ えーそんな解決方法でいいの?
エイプ 終わりよければ全てよし! ところで、フユ。お前の後ろにいるのは人間の女のような気がするんだが?
フユ チガウヨ。コレ、コロボックル。
サクラ ワタシ、コロボックル。
エイプ いや、明らかに人間だろ。春崎サクラ。なんでこんなところにいる?
サクラ なんで私の名前を!?
エイプ 私の力はお前たち人間にわかりやすく言えば関東周辺にまで及ぶからな。どんな田舎から出てきてようとすぐに家族構成くらいまではさかのぼれる。
サクラ それが、神様の力?
エイプ 春崎サクラ。お前はこんなところを一人でうろちょろして良いような体だったか?
サクラ そんなことまでわかるんですね。
エイプ おい(と、フユに)お前、その子をどうするつもりだ?
フユ 僕は願いを叶えるんだ。
エイプ 願い?
フユ 行くよ!
サクラ え? どこに?

    フユがサクラを引っ張っていく。

エイプ フユ!

    フユがエイプにアッカンベをして去る。フユとサクラが去る。

エイプ いい度胸ね。春の神を怒らせるとどういうことになるか、思い知らせてやる。

    エイプが二人と逆の方向に去る。

7 同日。昼の春崎家。

    春崎母がやってくる。

春崎母 サクラー? サクラどこなの? サクラ?

    春崎父がやってくる。

春崎父 いたかいママ
春崎母 あ、パパ。ちょっとしゃがんで。
春崎父 うん。

    と、春崎父がしゃがむと、おもむろに肩車をしようとする。

春崎父 ママ。ちょっと、なにをしようとしているのかな?
春崎母 サクラが見つからないのよ。
春崎父 うん。それで?
春崎母 だから、ごー!
春崎父 おー! じゃなくて、なんで肩車?
春崎母 だって、高いところから見たほうが見つけやすいと思って。
春崎父 家の中でそんなことやっても、天井に頭ぶつけるくらいだよ。
春崎母 そんなこと!? 肩車がそんなこと!?
春崎父 いや、別に、悪い意味で言ったわけじゃなくてね。
春崎母 パパ、変わったわね。
春崎父 なんだよいきなり。
春崎母 昔はよく、宮崎アニメが好きな私に、「僕は君を抱いて空を飛ぶことは出来ないけど、君が僕の肩に乗って、君の眼が僕に見えない世界を見る。それって素敵なことじゃない?」なんて言ってたくせに。
春崎父 だって、その時はママ軽かったからねぇ。
春崎母 それって、太ったから肩車はさせられないってこと!? 酷い! 酷すぎるっ!
春崎父 えっと、サクラはどこ行ったんだろうなぁ。
春崎母 話をごまかさないで!
春崎父 はい。……馬鹿だなぁ。ママは。いつだって、喜んで僕は君を乗せるに決まっているだろう? 僕は君だけの猫バスなんだから。
春崎母 パパ……。

    なんか鼻歌でも歌いながら二人は肩車をする。
    と、そこにミヤがやってくる。

ミヤ 何やってるの?
春崎父 おお、ミヤ。いたのか。
春崎母 ミヤも乗る?
春崎父 いやぁ。さすがに二人も乗車は無理だよ。
春崎母 大丈夫。あたしも支えるから。
春崎父 でも結局一番大変なのは僕だと思うんだけどな。
ミヤ 恥ずかしくないの?
春崎父 何が恥ずかしいって言うんだ。
ミヤ その格好。
春崎母 そりゃ、パパの服はちょっとダサいかもしれないけど。
春崎父 それは仕方ないだろ。パパのお小遣いは月々わずか1500円なんだから。
春崎母 あらパパ? 何か文句が?
春崎父 ありません。
ミヤ 私、出かけてくるから。明日には帰る。
春崎母 ミヤ。あなたお姉ちゃんどこ行ったか分からない?
ミヤ さぁ。
春崎父 隣の部屋だろう? どこ行くか見てなかったか?
ミヤ 別に、興味ないし。
春崎母 あのね、ミヤ。お姉ちゃんは今、普通と少し違うのよ?
ミヤ 「左手が少し不自由で左目も少し見えずらくて、左足もうまく動かない。あなたは妹なんだから、お姉ちゃんをちゃんと見ていないと駄目なのよ。」でしょ? 何度も聞いたわよ。何度もね。
春崎母 じゃあなんで、見ていてくれなかったの。
春崎父 力になってあげなきゃ駄目じゃないか。
ミヤ そんなにお姉ちゃんが大事?
春崎父 何言ってるんだ。当たり前だろう。
ミヤ あたしよりも?
春崎母 ばかなこと言わないの。どっちも大事に決まってるじゃない。ねぇ?
春崎父 なぁ。
ミヤ そんな格好で言われても何の説得力無いよ。あたしの話なんて全然真剣に聞いてくれないくせに。
春崎父 こんなにちゃんと聞いてるじゃないか。なぁ、ママ。
春崎母 ねぇ。パパ。
ミヤ 出かけてくる。明日には帰るから。
春崎母 行ってらっしゃい……ミヤ!? 明日にはってどういうこと?
ミヤ ほら! あたしの話なんて聞いてないじゃない!

    ミヤが去る。

春崎父 思春期特有のヒステリーって奴なんだろうかあれが。
春崎母 パパ! 冷静に分析して無いの! 追って。目的地、ミヤ!
春崎父 いや、さすがにこの格好はまずいだろ。
春崎母 じゃあ、着替えて。早く! ハリー!

    春崎父と母が去る。

8 夢とミヤ

ミヤ(声) 最近よく夢を見る。あの頃の夢。

    中学生姿のサクラとカスミがやってくる。
    親しげに話している。特に中身のない会話。

カスミ でもそれだと、うまくいかないって先生が。
サクラ 先生は関係ないよ。カスミが描きたいかどうかでしょ?
カスミ それはそうなんだけど。
サクラ 描きたいもの描いた方が良いって。
カスミ うん。

    ミヤが現れる。

サクラ あ、ミヤ? お姉ちゃん、今日はカスミと出かけてくるから。
ミヤ 「今日は」じゃないくせに。
カスミ ごめんねミヤちゃん。お姉ちゃんちょっと貸してね。
ミヤ 「ちょっと」じゃないくせに。
サクラ ほら、カスミ。行こう?
カスミ うん。

    サクラとカスミが走って去る。

ミヤ そうやって、二人で走っていく夢。ずっと二人で。そんな夢。

    ミヤは振り返り、誰も追ってこないことを確認。

ミヤ 馬鹿。

    と、歩いていこうとしたそこへ、エイプが現れる。
    ビジネスウーマンスタイル。

エイプ 春崎ミヤさんですね?
ミヤ え、はい。そうですけど……
エイプ 初めまして。わたくし、こういうものです。

    と、エイプが名刺を渡す。ミヤが受け取る。

ミヤ 「美しい春の神様」?
エイプ エイプといいます。どうぞ、お見知りおきを。
ミヤ はぁ。それで?
エイプ あなたに関東を救う手助けをしていただきたい。
ミヤ はぁ!?
エイプ つまりね、手伝って欲しいの。わかる?
ミヤ いや、全然。
エイプ 簡単に言うと、あなたにお姉さんを説得して欲しいんだ。君のお姉さんを助けようとしているとんちんかんを早くこちらに返して欲しいとね。
ミヤ よく分からないけど、姉さんのことだったら父か母に頼んで。私は関係ないから。
エイプ 君のお姉さんが、いなくなるとしても?
ミヤ ……どういうこと?
エイプ 君のお姉さんは、今、最後にもう一度だけ友達と会う、それだけを胸に動いてる。これが、どういうことか分かるでしょう?
ミヤ 私には関係ない。
エイプ 人間って言うのはどうしてこう強情なのかしら。
ミヤ 姉さんのことだったら、父か母に言えばいいでしょ。あの二人だったら姉さんのためにどこにだって行くわよ。
エイプ 君じゃないと駄目なのよ。
ミヤ なんでよ。
エイプ 子供にしかあたしたちの姿は見えないから。もし、来てくれないというのなら、実力行使でいくことになるけど?

    エイプが近づく。ミヤがはたく。

エイプ 痛い痛い痛い。な、殴ること無いでしょ!
ミヤ わけ分からないこと言って、結局ただの変態じゃない! それ以上近づくと、大声出すわよ。
エイプ 失礼ね! だったら私の力をお見せしましょうか。
ミヤ 力?
エイプ 天呼ぶ地が呼ぶ我が呼ぶ。いでよ、我が分身! リール!

    なんか凄い効果音とともに、リールが現れる。

リール あたし、リール!
エイプ よし。リール。あの子を捕まえなさい。連れて行く。
リール OKエイプ!

    リールが近づく。ミヤが思わず蹴る。リールには効かない。

リール 無駄無駄無駄~

    リールが一撃を与え、倒れそうになったミヤを抱える。

エイプ よし。行くわよ。フユめ。この春神に逆らったことを思い知らせてやる。決して冬は春に勝てないということをね。

    エイプとリールが笑いながら去る。

9 同日。夕方の東京。

    東京の街角。
    時間は流れて少し夕方。
    カスミとヤエがやってくる。

ヤエ いやぁ。やっぱあれね、あの画家はさ、構図がいいよね。どこからあんな発想が出てくるんだろう。風が吹いているって表現、ぴったりよね。
カスミ うん。色もきれいだった。
ヤエ 青でしょ。あの、青。あたしらって、結局買った絵の具を混ぜ合わせて絵を作っていくわけじゃん。でも、あの頃って、本当に試行錯誤だったわけでしょ。その試行錯誤の結果がさ、ああやって300年以上も残ってるなんて、ちょっと感動しちゃうよね。
カスミ うん。
ヤエ よし、あたしもあんな絵描くぞ!
カスミ どうしたの急に。
ヤエ だって、悔しいでしょ。あの絵が残ってきた時間に比べたら、あたしらの生きた年なんてさ、1/15にも満たないんだよ。来月から美大生なんだから、今から気合い入れておいて間違いじゃないと思うんだ。
カスミ  ヤエのそういう前向きなとこって、すごいよね。(と、ふと後ろを振り返る)
ヤエ ……そういえば、さっきの電話なんだったの?
カスミ なんで?
ヤエ ん。なんか、暗い顔してるからさ。別に、話したくないんならいいけど。全然いいよ。あ、お茶でも飲む? なんかさっきよりも暖かくなってきた気がするから外でなにかつまんでも良いけど。
カスミ 電話自体は何でも無かったんだけど。
ヤエ 向こうの友達なんでしょ? サクラさんだっけ?
カスミ サクラはね、凄く仲良くて、強いんだ。男子と口喧嘩してたらいつの間にか取っ組み合いになっているような。
ヤエ えっと……女の子だよね?
カスミ うん。
ヤエ それは凄いね。
カスミ あたし、いつも助けてもらってばっかりで。それに……。
ヤエ それに?
カスミ 倒れたんだ。去年の秋。
ヤエ え?――

    と、遠くで電話の音。

カスミ 今でも、夢に見る。あの時のこと。

    電話を持ったミヤが出てくる。

ミヤ あ、カスミさん?
カスミ あ、ミヤちゃん? 久しぶり。どうしたの? サクラは元気?
ミヤ お姉ちゃんが……
カスミ どうしたの?
ミヤ お姉ちゃんが、倒れて……今、病院に……
カスミ 倒れたって、どういうこと?
ミヤ 分からない。いきなりだったもん。頭の、脳の、出血がどうのって。
カスミ 脳って……そんな。
ミヤ ねぇ、どうしよう? 私どうしたらいいのかな? カスミさん、こっち戻ってきてよ。お願い。助けて……。

    ミヤが去る。

カスミ 本当は、走って行きたかった。でも、足が動かなかった。なんて顔して良いか分からなくて。どんなことを言ってあげれば良いのか分からなくて。いけなかった。
ヤエ 原因は何だったの?
カスミ 分からない。あまり若い人には起こらないんだって。ストレスとか、頭をどこかにぶつけたとか、色々な要因は考えられるんだけど、結局原因不明。検査したけど、よく分からないんだって、あとでサクラ、ケラケラ笑いながら電話してきた。
ヤエ 凄いね、それは。
カスミ うん。サクラは強いんだ。一人で何でもこなせるくらい。私、何も出来なかった。友達なのに。……だから、なんかそれから電話もしづらくてさ。サクラと話していると、どうしても私なんかって思っちゃうから。……なのに、さっきの電話、サクラ変だった。あれじゃまるで(私みたいだ)

    と、その目がふと後ろを振り返る。

ヤエ どうした?
カスミ あの、さ。
ヤエ なに?
カスミ なにか、さっきから見られている気、しない?
ヤエ え? ストーカー? ないない。それはない。
カスミ そんなはっきり否定しなくてもいいのに。
ヤエ だって、あたし、全然気づかなかったよ?
カスミ ヤエは気づかないよ。
ヤエ ちょっと、それどういうこと!
カスミ え? だってヤエ、鈍いでしょ。
ヤエ うそ……そんな風に思われてたの?
カスミ あ、ごめん。本音が。
ヤエ 余計悪い!

    カスミとヤエが走り去る。サクラとフユがやってくる。

10

フユ また声かけられなかったの?
サクラ (頷く)
フユ 朝からずっとじゃんか。いい加減、声かけちゃいなよ。あっちもなんか怪しんでいるみたいだよ。
サクラ ……帰る。
フユ え? どこに?
サクラ 家。
フユ ちょっと待ってよ! いいの? 友達と話しなくて。
サクラ メールすればいいから。
フユ 本当にそれでいいの? カスミちゃんは、友達なんじゃないの?
サクラ 友達だよ。ずっと一緒だったんだから。なにをするにもいつも一緒で。ずっと、ずっと一緒なんだろうって思ってた。本当に仲がよかったんだから私達。姉妹みたいに。私がお姉さんで、一人っ子のカスミは妹みたいで……中学入る頃はね、カスミがあんまりにも「お姉ちゃん」って私のこと呼ぶもんだから、みんな勘違いしちゃって。カスミが泣くといつも誰かが私に言うの「ほら、妹が泣いているぞ」って。……本当は、カスミの方がよっぽどしっかりしていたのに。私、全然気づかないで助けているつもりになって、いつの間にか助けられてた。ずっと。だから、お礼が言いたかったんだ。傍にいてくれてありがとう。ずっと、そう言いたかった。
フユ だったら。
サクラ でも、カスミがあんなふうに思っているなんて、あたし全然知らなかった。
フユ サクラちゃん……
サクラ あたし全然強くなんか無いのにね。凄くないし。独りじゃなんにも……でも、いいんだ。やっぱり離れ離れになっちゃうとね、駄目だよね。それが分かっただけでいいや。カスミにはカスミの未来があるし、あたしには……ね? ということでごめんね。手伝ってくれようとしたのに。でも、もう大丈夫だから。それにしても、冬の妖精ってもっと冷たいんだと思ってた。優しいんだね凄く。弟がいたらこんな感じだったのかな。なんてね。
フユ 待ってよ! 
サクラ あたし、今日歩きすぎて疲れちゃった。また、今度ね。
フユ じゃあ、何で笑わないんだよ!
サクラ え?
フユ 笑えてないじゃないか。もういいって言うなら、大丈夫だったら、笑えるはずだろ? なんで笑わないんだよ? 君を笑わすって僕は約束したんだ。絶対笑わしてって頼まれたんだ。だから、笑えもしないうちに諦めるなよ!
サクラ 誰に頼まれたのよ。
フユ 花だよ。電柱の脇にたった一人で咲いてた花の精に頼まれたんだ。「どうかあの人に笑顔をあげて」って。
サクラ なんでその花は……
フユ 嬉しかったって言ってた。一人だと思っていた私を見てくれたから。声をかけてくれたから。

    と、パンジーが現れる。パンジーの語りに合わせて、フユが語っている。
    サクラの問いかけはフユへの問いかけ。

パンジー 「寂しくないの?」って、あなたは問いかけてくれたから。私の前で涙を流してくれたから。私はあなたのために何も出来ないから、あなたのために思うしか出来ないから。思いだけでは何も出来ないから。だから、お願い。私の変わりに、あの人に笑顔を。心からの笑顔をあげて。私はあの人からもらったから。返せないくらいたくさんのものをもらったから。心からのお返しを、あなたのために。
サクラ 私が、あなたに何をしたの? 私は何もしてないわよ。
パンジー してくれたよ。私を見て、私に語って、私の前で泣いてくれた。
サクラ それだけ? たったそれだけで?
パンジー それだけ、じゃない。それが全てなの。だって、それまで私は、私を見てくれる人がいるなんて、知らなかったんだもの。あなたが、私の世界に現れるまでは。だから、笑顔を。あなたが、今度は笑顔で私に、私のようなものたちに会いに来てくれるよう、心から祈りを込めて。私は願うわ。フユ。お願いね。

    パンジーが去る。

サクラ だから、あなたは私を手伝ったの?
フユ 僕も初めてだったんだ。誰かから頼まれることも、誰かの願いを叶えることも。
サクラ でも、私は……
フユ ねぇ? サクラは友達に会うだけでは満足できないの? 話をするだけでは満足できないの?
サクラ そんなことないわよ。カスミと話せれば、私……
フユ その気持ちは、相手も同じなんじゃないかな?
サクラ ……会いたいって思ってくれてるかな?
フユ 大丈夫だよ。だって、誰かと一緒にいるってそれだけでこんなに暖かいんだから。好きな人とだったらきっともっと暖かいよ。こんな寒い日に、暖かくなりたくない人なんていないでしょ?
サクラ あんた、冬の妖精のくせに、寒いのが駄目なの?
フユ 駄目じゃないけど。やっぱり、暖かい方が僕は好きかな。……行こう?

    サクラが頷く。
11

エイプ&リール(声) そこまでよ!
フユ なに!?
エイプ(声) ふふふ。悪のたくらみ、全て聞かせてもらった!
フユ 悪のたくらみって、
サクラ この声、さっきの?
エイプ(声) この世に悪が現れるとき、天より注ぐ一条の光。
リール(声) 燃えあがる熱情。震えるほどハード。
エイプ(声) 究極の力と絶対なる勇気がこぶしに力を宿す。
リール(声) 全人類の皆様の優雅な老後と健康的生活のため、今こそ我が力示さん。
エイプ(声) 友情パワー100%~、真実の力よ、愛と勇気よ!
ミヤ いい加減出ろ!

    ミヤに蹴飛ばされ、エイプとリールが飛び出す。

エイプ 登場台詞中は攻撃禁止!
ミヤ だったら、そんな長々とやるな。大体聞いてて意味分からない。
エイプ じゃあ、説明してあげる。
ミヤ しなくていい!
フユ はるかみさま……
サクラ ミヤ? どうしてここに?
エイプ あなたのために、私が呼んだのさ。さ、フユ。追いかけっこも終わりにしよう。冬はもう終わりなんだ。
フユ 悪いけど、まだ僕は消えるわけには行かないんだ。行くよサクラ。

    と、リールが回りこむ。

リール いい加減にするのね。冬の妖精。
フユ そこをどけよ!
リール どかせるものならどかしてみなさい!
エイプ これであんたをつかまえれば、冬が終わり、春が来る。
リール スプリング ウィル カム!
ミヤ ちょっとあんたたち黙ってて!
エイプ&リール すいません。
サクラ ミヤ……
ミヤ お姉ちゃん! また黙って家抜け出たでしょ!
サクラ ごめんね、私、
ミヤ 謝るくらいなら最初からばかなことしないで。
サクラ うん。
ミヤ お父さんにもお母さんにも何も言わないで出て行って。みんな心配するんだよ? お姉ちゃんは普通の状態じゃないんだから。
サクラ うん。
ミヤ だから、いなくなるなら迷惑かけないように消えて。
サクラ え?
ミヤ 別にあたしは止めないから。お姉ちゃんが消えたいなら消えればいい。私、には関係ない。ま、どうせ、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんのことばっかりなんだから迷惑かけないで消えるなんて無理だろうけど。
サクラ ミヤ?
ミヤ お姉ちゃんなんて、さっさとどっかいなくなっちゃえばいいじゃん。いなくなりたければ、いなくなればいいのよ。どうせ何もわかってないくせに。私がどう思っているかなんて全然考えてくれないくせに!

    ミヤが走り去る。

サクラ ミヤ!
エイプ こら! お姉さんの説得をしてくれなきゃ困るんだって!

    と、サクラもミヤを追って去る。

エイプ ……結果的にはOKか。

12

フユ サクラ!

    と、フユもサクラを追いかけようとするが、

エイプ おっと、あんたはあたしと一緒に来なさい。
フユ 嫌だね!
エイプ 我がまま言わないの。
リール 冬がいつまでも居座ってたら、皆に迷惑でしょ?
フユ それはそうだろうけど。
エイプ もう冬神は去ったんだから。素直に立ち去るのが正しい精霊の行動だと思わない?
フユ あと少しだけ。
エイプ くどい! どうやら、実力行使しかないようね。
フユ くっ

    と、フユが逆に逃げようとする。が、やはりリールがふさぐ。

フユ さっきから、何なんだよお前は!
リール あたしは、リール!
エイプ 紹介しましょう。我が分身リール君。そして、我が名は春神エイプ。この意味が分かるかな。
フユ あと一人いる。
エイプ&リール いないいない。
フユ え? でも、僕はもう一人の名前を聞いたよ?
エイプ&リール うそ!?
フユ あと一人は、フールっていうんだろ?
リール エイプリールフールか。あんたうまいこというな。
エイプ 感心してる場合!? リール! 捕まえろ!
リール リール!

    フユはリールの脇をすり抜けるように逃げる。
    が、リールが捕まえる。

フユ 放せ!
エイプ 放しちゃ駄目よ!
リール リール!
エイプ このままふん縛って、冬神のところに届けてやるわ。
フユ 僕は帰るわけにはいかないんだ!
エイプ いい加減にしなさい! もう冬神はこの町を去ったのよ! まもなくこの町は完全に春になる。そうしたら、あなた、自分がどうなるかくらい分かるでしょう!?
リール 消えるよ。お前。
エイプ 冬神がいない場所で、半人前の冬の精が存在をとどめられるわけがないの。あなたという存在は完全に消えてしまうのよ。たった一人の人間のために、あなたはいなくなってしまうことになる。……それとも、あたしがこの場で消してやろうか!
フユ ……優しいなぁ。はるがみさまは。
エイプ 当たり前のことを言っているだけよ!
フユ うん。ありがとう。
エイプ それでもここにとどまるというの?
フユ 僕は、あの子の笑顔が見たいんだ。
リール 一人の笑顔と引き替えに消えるのつもり?
フユ うん。
エイプ 馬鹿なことを! お前に何が出来るというの? 姿を完全に消しきる事も出来ない半人前のお前に!
フユ 出来るよ! 半人前だから、あの花は僕を頼ってくれたんだ。こんな姿だから、サクラは僕に弱さを見せてくれた。弟みたいって言ってくれた。だから僕には出来る! 僕じゃないと出来ないんだ!

    風が吹き始める。

エイプ そう。じゃあ仕方ないわね。

    リールが手を放す。フユが走り去る。

リール いいの?
エイプ もう遅いでしょ。ほら、風が吹いた。

    風の音が大きくなる。

13

    ヤエとカスミがやってくる。クレープの袋を手に持っている。

ヤエ なんかまた寒くなってきたと思わない?
カスミ (きょろきょろしながら)そう?
ヤエ 雪国の人間には、これでもまだ平温か~。
カスミ (きょろきょろしながら)だから雪国じゃないって。でも、そろそろ帰ろうか。
ヤエ どうしたの? もしかして、また見られているような気がするの?
カスミ ううん。もうしない。ゴミ箱どこかなって思って。
ヤエ だからお店の前で食べちゃえばって言ったのに。
カスミ せっかくだから食べ歩きしようって言ったのそっちでしょ。
ヤエ そうだっけ?
カスミ 調子いいんだから。(と、かすかに体を震わせ)確かに、ちょっと寒くなってきたかもね。
ヤエ でしょう? さ、帰ろう帰ろう。

    と、風の音。

サクラ(声) ミヤ! 待って!

カスミ サクラ?
ヤエ え?
カスミ なんか、今、サクラの声が。
ヤエ 友達の?

    と、風の音。

サクラ(声) ミヤ! お願い。待って!
カスミ サクラが、泣いてる。
ヤエ なに言ってるの?

    と、風の音。

フユ(声) 急いで。
ヤエ なんだ、この声。

    と、風の音。

フユ(声) 急いで。
カスミ 急げって。
ヤエ でも、どこに。
フユ(声) やばいでかいハチさんの、あたり。
カスミ&ヤエ モヤイ像か!

    カスミとヤエが去る。風の音が強くなる。

14 夕方。春崎さんの家の近く。

    春崎母と春崎父が現れる。春崎母は、手を時折上に伸ばしながら、

春崎母 もう、全然止まってくれない。これだから田舎は嫌なのよ。寒いし、バスは来ないし。タクシーも来ないし。車じゃないと、駅まで遠いし。
春崎父 スローライフって、宮崎アニメみたいで素敵って言ってくれたのはママじゃないか。
春崎母 でも、こんな肝心な時にパパの車がエンストするなんて。
春崎父 大丈夫。二人の場所ならGPS機能でばっちりなんだ。
春崎母 それ、壊れてるわよ。
春崎父 壊れてるもんか! ちゃんと動いているじゃないか。
春崎母 じゃあなんで二人とも東京にいるの? サクラはまだしも、ミヤはついさっき、家を出たばかりなのよ。
春崎父 それは、たぶん、何らかの方法があったんだよ。すごい速いタクシーに乗ったとか。

    風の音。冬神が現れる。その手には花の鉢植え。
    冬神の姿は二人には見えない。

冬神 届けてあげようか?
春崎父 ママ、今なにか言ったか?
春崎母 パパ。こんなときにふざけないで。
春崎父 俺はふざけてなんかいないよ。
冬神 届けてあげようか? 二人のところへ。
春崎母 パパ、今、
春崎父 ああ。届けてあげようかって、
冬神 届けてあげよう。二人のところへ。
春崎母 聞こえたわ。これ、絶対アレよ!
春崎父&母 猫バス!
冬神 にゃ、にゃおーーーーん。

    風の音が強くなる。飛ばされるように春崎父と春崎母は去る。

冬神 まったく。なんで俺がこんなことをしなくてはならないんだか。頑張れよ。フユ。

    風の音が強くなる。

15

サクラ(声) ミヤ! 待って!

    と、風の音。

サクラ(声) お願い。待って!

    ミヤが走ってくる。追いかけるサクラ。途中で躓いて、倒れる。
    ミヤは思わず駆け寄りそうになるが、とどまる。

ミヤ そうやって、気を引こうとしたって無理なんだから。
サクラ ごめん。
ミヤ 謝らないでよ。
サクラ ごめん。
ミヤ 謝らないでって言ってるでしょう! 何で謝るのよ。謝れば良いと思ってるんだったら止めてよ。
サクラ そんなんじゃない。
ミヤ じゃあ、なんで謝ったりするの!
サクラ 勝手なことばかりしていてごめん。
ミヤ そうだよ。いつも勝手なのはお姉ちゃんの方だよ。
サクラ うん。
ミヤ お父さんとお母さんが心配していることも知らないで。
サクラ 分かってる。
ミヤ 分かってない! そんな体でこんなとこまで来て。まだ大人しくしてないといけないんだから。それじゃ治るものだって治らないんだから。
サクラ いいんだよ、それは。
ミヤ 良くない!
サクラ ごめん。
ミヤ 離れた友達がなんなのよ! お姉ちゃんが倒れても、なにもしてくれなかったでしょ。電話したって、会いにも来てくれなかった。そんな人のところに会いにいって、どうするのよ。今更なに言うのよ。お姉ちゃんのことなんて忘れちゃってるよ。今頃新しい友達作って、新しい生活始めて。なのにお姉ちゃんばかり引きずって。無茶して。馬鹿みたいだよ。みんなに心配かけて。
サクラ ミヤも、心配してくれたの?
ミヤ あたしは、勝手なことばかりしてるお姉ちゃんが許せないだけ!
サクラ これで最後にするから。
ミヤ ……本当に?
サクラ うん。もう、会いにこようなんてしない。
ミヤ 嘘。
サクラ 嘘じゃない。もう、いいんだ。
ミヤ ……諦めるの?
サクラ ううん。分かったの。もう、私がいなくてもいいんだって。
ミヤ 馬鹿!
サクラ うん。馬鹿だった。
ミヤ 馬鹿! そうじゃないでしょ! そんなのお姉ちゃんじゃないでしょ!
サクラ ミヤ?
ミヤ 何で諦めるのよ! 簡単に諦めるなら、最初から無理しないでよ!
サクラ ごめん。
ミヤ 謝るな! 勝手にこんなところまで来て、謝って済まそうとするな!
サクラ 言ってることが無茶苦茶だよ。
ミヤ 無茶苦茶だよ。当たり前だよ。あたし、妹なんだから。お姉ちゃんの妹なんだから。だから、お姉ちゃんも、やるんだったら、最後までちゃんとやりなよ!
サクラ でも、今更だから。
ミヤ 今更じゃない! 友達に会いたいんでしょ! 会いなよ。会って話せば良いよ。だから、会っても良いから、あたしを一人にしないでよ。あたしを一人にしちゃやだよ。お姉ちゃん。
サクラ ミヤ……

    風の音。

フユ(声) 間に合ったっ。
サクラ&ミヤ え?

16

    ヤエとカスミが現れる。

カスミ サクラ!
サクラ カスミ?
ミヤ カスミさん。
ヤエ うわっ。本当にいた!?
カスミ サクラ。どうしたの? こんなところに。
サクラ 私、その……
ミヤ ほら、お姉ちゃん。会いたかったんでしょ。カスミさんに。
カスミ 私に?

    カスミがサクラを押す。サクラとカスミが向き合う。

サクラ その、久しぶり。
カスミ うん。久しぶり。元気だった?
サクラ う、うん。
カスミ 良かった。

    フユが現れる。二人をじっと見ている。

サクラ あ、あの、ね。
カスミ うん。
サクラ えっと。久しぶりだよね。
カスミ うん。体、大丈夫?
サクラ うん。なんとか。
カスミ そっか。
ヤエ その子が、サクラさん?
カスミ うん。あ、えっと、友達のヤエ。
ヤエ 初めまして。
サクラ 初めまして。友達、出来たんだ。
ヤエ うん。なんとか。
サクラ そっか。
カスミ うん。
ヤエ やっぱり。そうだ。ねえ、カスミ。この子でしょ。あれ。
サクラ あれ?
カスミ あ、それは、その。
ヤエ なに照れてるのよ。今日も持ってるんだよね?
カスミ え、いや、今日は、その。
ヤエ じゃあその大きな鞄はなによ。ほら、だしなって。

    と、ヤエはカスミの鞄を奪う。

カスミ や、やめてよ。
ヤエ ほら、見てみて。(と、カスミの鞄からスケッチブックを出す)
カスミ あ、あの、ね。あんまり見ないで。恥ずかしい、から。
サクラ (絵を見て)これ、あたし?
ヤエ なんかあるといつも描いてるんだよね。
サクラ やっぱり上手いな。
カスミ え。
サクラ すごく絵、上手くなったんだ。
カスミ 下手だよ。
サクラ ううん。上手いよ。
カスミ そうかな。
サクラ うん。
カスミ ありがとう。

    二人は笑う。

カスミ よく、こっち来るの?
サクラ ううん。今日は、その、
ミヤ たまたまですよ。お姉ちゃんと一緒に東京見物。でも、お姉ちゃん全然詳しくないから、あたしつまらなくて。もう、あたし一人先帰ろうかなって思ってたんです。
カスミ じゃあ、案内するよ。
サクラ いいの?
カスミ なんで? 当たり前だよ。(ヤエに)いいよね?
ヤエ もちろん。
カスミ ほら、行こう。
サクラ うん。

    カスミが手を差し出し、サクラがその手を取る。

ミヤ あたしは先帰るから。遅くなるなら、ちゃんと連絡してよね。
サクラ え、でも、
ミヤ いいから。
サクラ ありがとう。

    サクラとカスミとヤエが去る。

17

フユ 良かった。やっと笑った。
ミヤ さて、帰るにしても、どうやって帰ろうかな。浚われてきたから、お金、全然無いや。
フユ 大丈夫。僕がいるよ!
ミヤ とりあえず、お父さんたちに電話かな。
フユ 僕に任せて!
ミヤ でも、なんて言おう。
フユ 僕に任せてって!
エイプ 聞こえないよ。もう。

    エイプとリールが現れる。レンゲは携帯を前に悩んでいる。

フユ はるがみさま。
リール あんたは力を使いすぎたの。
エイプ 言ったでしょう? もう春になるんだって。
フユ そっか。僕、溶けちゃうの?
エイプ このままだと消えてしまうよ。
フユ よかった。溶けちゃうのって、辛いんだと思ってた。
リール 怖くないの?
フユ 少し怖い。でも、こんな温かい気持ちになるなら、良いかなって。
エイプ 愚か者だよ。お前は。
フユ 三人目だ。
リール だったらよかったのに。
フユ 僕、願いを叶えられたかな?
エイプ 叶えたさ。
リール 立派にね。
フユ じゃあ、良かったよね?
冬神(声) 良くはない! 全然良くないぞ!
フユ 冬神様!?

    風の音。春崎父と春崎母が現れる。

春崎父 ミヤ!
春崎母 ミヤ! 良かった。無事だったのね!
ミヤ お父さん!? お母さん!? なんでここに?
春崎母 あたしたち、猫バスに乗ったのよ!
春崎父 すごいだろミヤ! とうとう乗れたんだ! 子供しか乗れないはずなのにな!
春崎母 きっと、パパが子供心を忘れない人だったからよ!
春崎父 いや、ママが一見子供っぽいから間違えられたんだな!
春崎母 パパの格好だって、金額的には負けてないわ!
春崎父 それは、服装に子供並みにお金がかかってないって事かい?
春崎母 むしろ子供よりかかってないわ。
春崎父 それはちょっとひどいんじゃない?
ミヤ お父さん、お母さん。私を探しに来てくれたの?
春崎母 当たり前でしょ! 
春崎父 当たり前だろう!
ミヤ ……うん。そうだよね。そうなんだよね。

    家族の会話。冬神が現れる。

冬神 まったく。春神も、子供を浚うんだったら、後々のことまで考えて欲しいな。
エイプ それどころじゃなかったのよ。
フユ 冬神様。
冬神 さ、行くぞ。フユ。ここには春がやってくるんだ。
フユ うん。でも僕。
冬神 大丈夫。すぐ元気になるさ。(と、鉢植えを掲げ)この子も、お前には消えて欲しく無いというし。
フユ この子って……もしかして、パンジー?
冬神 パンジーというのか。天に駆け上るその前に、俺に願いをかけていった。小さな妖精が、この世界から欠けないようにとね。
フユ ありがとう。
エイプ さぁ、湿っぽさとはもうおさらばよ。
リール これから春がやってくるんだから。
冬神 そう。我らは消えずにただ去り、春が訪れる。
エイプ&リール 春だ!

   辺りに光が溢れる。
   いくつもの願いをかなえ、冬は去り、春が訪れた。

あとがき
ずいぶん昔のような気もしますが、弟が脳の内出血を起こし倒れたことがありました。
原因はわからず、再発の有無もわからず、ただただ不安な日々を過ごしていました。
もしかしたら、こういったことは今もどこかでちょくちょく起こっているのかもしれない。
そう思った時に、友達に会いたいけれど会えない一人の少女が生まれていました。

もう一つ、「鰆に花咲くそれまでに」を書いてから、
冬の神と春の神をもう一度書いてみたいと思うようになっていました。
寒い中、ほんの少しの暖かさを見てしまうと放ってはおけない冬の神と、
突き放そうとしても、冷たくはなりきれない春の神。

そんな二つの思惑から生まれた作品です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。