アイス・フレンド
作 楽静


登場人物

スドウ  サツキ 20歳 大学生(女)    今回海外留学が決まりパニックになってしまう。
アンドウ マナミ 20歳 専門学校生(女) 就職活動の為忙しい日々を送る。
イトウ  ユリ 19歳 浪人生(女)    受験勉強で忙しい日々を送る
タカナシ カナタ 34歳 先生(男)      三人組の三年次担任。教科は歴史。タナカ先生に片思い中
タナカ  タカコ 32歳 先生(女)      英語の先生。
スドウ  アヤカ 24歳 大学院生(女)   サツキの姉。一言で言って才女。苦労性。



     学校の体育館が中心で物語りは進む。
     そこが体育館だと一目で分かるような物が転がっている
    (無くても良い)
     片付け忘れた跳び箱。マット。平均台。

     別れを告げるにはどこか明るい音楽が流れる。
     客席が暗くなる。
     完全に暗い中幕が開く。
     幕が開ききると共に、舞台に明かりが灯る。


1 200X年 3月 現実よりも2年前 卒業式終了後放課後


     楽しげな生徒たちの声が聞こえてくる。
     一番楽しそうにしているのはアンドウマイ。
     その後ろからニコニコとついてくるのはイトウエリ。
     さらにその後から二人を止めたそうにスドウサツキが続く。
     三人の姿は高校の制服。胸には卒業生の印の花。
     そして卒業証書の筒を持っている。
     三人の登場場所は舞台から遠い場所。


マナミ あ〜ぁ。やっぱり片付けられちゃってるよ。

ユリ 早いねぇ。

サツキ ほら、だから言ったでしょ?

マナミ まだ昼前だってのに。

ユリ バスケ部練習あるんだって。

マナミ 今日も?

サツキ 外で基礎錬してたじゃん。

マナミ ああ。(そういえば)

ユリ 大会近いからって。

マナミ 可哀想に。期末だって近いってのに。

サツキ だから、ね? 早く使わせてあげないと。

マナミ はいはい。用事が済んだらね。

ユリ やっぱり舞台?

マナミ もちろん。

サツキ いいの?

マナミ 何が?(と、言いながら舞台に上がる)

スドウ 何がって、勝手に、舞台上がって……

マナミ 勝手じゃないよ。断ったでしょ。

サツキ じゃあ、早く探そうよ。

マナミ 何を?

ユリ (舞台に上りながら)忘れ物のこと言ってるんだと思うけど。

マナミ 忘れ物? ああ、あんなのウソウソ。

サツキ ウソ!?

ユリ だと思った。

サツキ ウソってどういうこと!?

マナミ いいから、サツキも上ってきなよ。あーあ。
   綺麗に片付けられちゃって。

ユリ 見事に何にも残ってないね。

マナミ もう少し感慨に浸る時間をくれたっていいのにね。

サツキ (上りつつ)だったら、もういいんじゃない?

マナミ いいって?

サツキ 見たでしょ。気が済んだでしょ。じゃ、帰ろ。

マナミ 何びびってんのよ。サツキは。

サツキ だってあたしたち今日卒業したんだよ?

マナミ そりゃしたよ。

ユリ これ持ってて卒業してなかったら面白いよね。

マナミ 実は偽物だったりして。

ユリ マナミのはね。

マナミ なんでよ。

サツキ だから、卒業したんだって!

マナミ 分かってるよ。それで?

サツキ それでって。卒業したって事は、生徒じゃないって事でしょ? だから、

ユリ 大丈夫だよ。3月終わりまではあたしたちここの生徒だから。

サツキ え?

ユリ だから、卒業しても部活来る3年生いるし。あたしも来るし。

マナミ 演劇部ってまだ活動あんの?

ユリ うん。

マナミ 大変だ。

ユリ うん。

サツキ え、じゃあ、怒られない?

マナミ なんだ、あんたそんな事気にしてたの?

サツキ ごめん。

マナミ それを早く言いなよ。まぁそりゃ分かるけど。
   卒業式にまでタカナシに怒られたくない気持ちは。

ユリ 分かる分かる。

サツキ ごめん。

マナミ あやまんなって。でも、大丈夫っしょ。
   たかが体育館入ったくらいでさ、

ユリ まぁ、怒られるよね。

マナミ そう、怒られる。って、怒られるの!?

ユリ だって、ウソついて入ったし。

マナミ マジか。

サツキ やっぱり。じゃあ早く(出ないと)

マナミ じゃあ、早く用事済ませないと。

サツキ 用事?

ユリ じゃあ、彫るね?


     と、ユリは千枚通しを取り出す。


サツキ 彫る!?

マナミ え、あんた何持ってきてんのよ?

ユリ だから、彫るんじゃないの?

マナミ 何を

ユリ 名前。

サツキ 誰の!?

ユリ あたしたちの。

マナミ どこに?

ユリ ここらへん?(と、床を指す)

サツキ 彫るの!?

マナミ 彫らない彫らない!

ユリ え、じゃあ、壁?

マナミ 違うって! 何の為にこの筒持ったまま来たと思ってるのよ。

ユリ 護身用かと。

マナミ 誰が襲うんだあたしらを。

ユリ あたしもサツキもひ弱だから。

マナミ なんであたしが入ってない?

ユリ マナミは襲われないよ?

マナミ 何でよ!

サツキ えっと、(じゃあ何で?)

マナミ ああ。もうユリに付き合っていると時間がいくらあっても
   足りないわ。
ユリ そっくりそのままお返しします。

マナミ もういいから。これよこれ。


     と、マナミが取り出したのはデジカメ。


サツキ カメラ?

ユリ ああ、写真?

マナミ そう。やっぱりあたしらにとってはさ、ここでしょ。思い出の場所。

ユリ そうかもね。

サツキ うん。

ユリ ……色々あったもんね。

マナミ 本当ね。でも、おかげであたしら仲良くなったようなもんだし。

サツキ そうだね。

マナミ 今日まで、楽しい日々を過ごせたのも、
   ここがあったからとも言えるでしょ。

サツキ うん。

マナミ いわば、ここがうちらの出発点なわけだ。

サツキ だよね。

ユリ マナミって時々凄いよね。

マナミ 気が利くでしょ?

ユリ じゃなくて。

マナミ なによ。

ユリ よく、そういう台詞を恥かしげなくポンポン言えるなぁって思って。

マナミ ……(段々と恥かしくなってきて)いいから! 
   撮るよ! 文句無いだろ!

ユリ 照れてる。

マナミ 照れてない!

サツキ えっと、マナミ?

マナミ 照れてない!

サツキ そうじゃなくて、写真、

マナミ なによ。ここじゃない方が良かった?

サツキ じゃなくて。誰が撮るの?

マナミ ……あ。

ユリ やっぱり考えてなかったんだ。

マナミ 何よ! あんたは考えてたわけ?

ユリ カメラ持ってきたのはマナミでしょ?

マナミ まぁ、そりゃそうなわけだけど、


     と、そこにタカナシがやってくる。
     きちんとしたスーツ姿。


タカナシ こら! お前ら何やってるんだ!

サツキ 先生!?

マナミ タカナシ!

ユリ 良くここだって分かったよねぇ。

タカナシ 忘れ物取りに行くにしては遅いと思って来てみれば。上履きで
    舞台に乗るなって言っただろ。

サツキ すいません先生。すぐ(降ります)

マナミ それよりタカナシ! はやくこっちこっち。ダッシュ!

タカナシ あのなぁ。俺はお前らの担任なんだぞ? 先生を付けろよ先生を。


     と、言いつつタカナシは走って舞台までやってくる。


マナミ いやぁ、さっすがタカナシ先生。いつでも来てほしい時に来てくれてありがと。

タカナシ お前に先生と呼ばれるとなんか気持ち悪いな。

マナミ (わざとらしく)何言ってるんですか。あたしたち、先生のこと
   とっても尊敬しているんですよ。ね?

タカナシ 見事に感情がこもってなくて泣きそうになるな。

マナミ じゃあその泣きそうになった感動をうまく表現して。はい。

タカナシ はいって、お前これカメラじゃないか。

マナミ ほら、(ユリとサツキに)二人とも、ポーズポーズ。

ユリ うん。

サツキ え、でも、

タカナシ 全くしょうがないヤツラだな。一枚だけだぞ。

サツキ ありがとうございます。

マナミ サツキ、礼なんて後々。

タカナシ お前な。今一番お前に欠けている事だぞそれは。

マナミ いいからいいから。


     と、三人は集る。
     マナミが真ん中。


マナミ はいポーズ。

ユリ 三人で撮る時、真ん中は早死にするって言うよね。

マナミ ……


     と、無言でマナミはユリと場所を変わる。


マナミ はいポーズ。

ユリ ……


     と、無言でユリはマナミと場所を変わる。
     マナミが素早くユリと場所を変わる。
     ユリが場所を変わる。
     二人がにらみ合う。
     サツキが間に入り、


サツキ ね? 解決。

マナミ いや、でもそれじゃあ。

ユリ マナミの薄情者。

マナミ なによ「はくじょーもの」って! 初めて聞いたわ。

ユリ でも、悪口って事は分かったんだ?

マナミ あんたから意地悪い空気が漂ってきたからね。

ユリ マナミよりは捻じ曲がってないと思うけど。

マナミ いやぁ、あんたの底意地の悪さには負けるわ。

サツキ はい! そこまで! ね? 仲良く映ろうよ。


     と、サツキはマナミとユリの手を繋ぐ。


マナミ ま、サツキが言うなら仕方ないか。

ユリ そうだね。

タカナシ おい、俺はいつまで待てばいいんだ。

マナミ よし、タカナシ、撮っていいよ〜。

タカナシ よーし、じゃあ、映すぞ〜。10秒前〜。

マナミ なんでだよ。


     と、タカナシが数える中、


タカナシ 9〜

サツキ (二人に)ねぇ?

マナミ なによ?

ユリ どうしたの?

タカナシ 8〜

サツキ あたしたちさ、

タカナシ 7〜

サツキ ずっと、友達だよね。

タカナシ 6〜

マナミ 馬鹿だ。こいつ。

タカナシ 5〜

ユリ ね。

サツキ なんでよ。

タカナシ 4〜

マナミ 当たり前でしょ、そんなの。

タカナシ 3〜

ユリ 友達だよ。ずっと。

タカナシ 2〜

サツキ うん。

タカナシ 1!


      フラッシュのたかれる光と共に、固まる三人。
      三人だけが浮かび上がり、辺りは闇に包まれる。





      動かない二人の間、サツキだけがポーズを解く。


サツキ タカナシ先生は0まで数えず撮ったから、あたし達はどこか変な
   笑顔のまま写真に撮られた。真ん中でぎこちなく固まった笑みを
   浮かべる私。あれから二年。大学に進んだあたしは、ありふれた
   毎日を過ごしている。そう、それはきっとありふれた毎日だ。
   それなのにどうしようもなく寂しくて。その度あたしは部屋の机に
   飾られたこの写真を見る。あの時の二人の言葉を思い出そうとする。
   でも、どうしてだろう。あの時二人が言ってくれた言葉も、あたしに
   見せてくれた笑顔も、確かに存在していたはずなのに。記憶の中に
   解けてしまって、今のあたしには思い出せない。


      サツキがユリを見る。
      ユリはサツキを見ずに去って行く。
      サツキがマナミを見る。
      マナミはサツキを見ずに去って行く。
      追いかけられないサツキはすがる様に携帯を取り出す。

      鳴り響くコール音。
      そして、冷たく響く電子音。
      「ただいま電話に出られません――」 
      うつむくサツキ。
      闇に落ちていく。


3 200Y年 現在(2年後) 夏休みも間近の高校。放課後の体育館。


      放送を知らせる音が入る。


声 タカナシ先生。タカナシ先生。外線一番にお電話です。


      と、同時に暗闇の中にアヤカの姿が浮かび上がる。
      どこか苛立たしげ。
      タカナシ先生が違う場所に浮かび上がる。
      白衣を着ている。
      誰かに謝っているように。


タカナシ すいません。何度も呼ばせちゃって。え、いや、
    タナカ先生かと思ってて。似ているでしょ? 
    タカナシ、タナカ。ね? あ、間違えませんよね普通。
    ええ。すいません。えっと、保護者の方ですか? 卒業生の?


      と、言いながらボタンを押して電話を取る。


タカナシ すいませんお待たせいたしました。タカナシです。

アヤカ いえ、こちらこそお忙しい中お呼びして申し訳ありません。

タカナシ はぁ。えっと、事務のものがお名前を聞きそびれたようなんですが、

アヤカ 失礼しました。スドウと申します。覚えていらっしゃいますでしょうか?
   2年前、先生のクラスだったスドウサツキ。

タカナシ ああ、スドウさん……のお母様ですか?

アヤカ 姉です。

タカナシ 失礼しました。いや、通りで声が若いと思いました。

アヤカ 妹、そちらにお邪魔していないでしょうか?

タカナシ こちらに……というと、学校にということですか?

アヤカ もちろんです。

タカナシ いや、いない、んじゃないかな?っと思いますけど。

アヤカ そうですか……隠してたりしてないですよね?

タカナシ い、いやだなぁ。隠して無いですよ?

アヤカ どうせすぐに分かると思いますけど。

タカナシ ええ、それは分かってますよ。

アヤカ だったらいいです。

タカナシ その、スドウ(相手も同じ名前と気づき)失礼。(が、聞いたはず
    の下の名前が出てこず)えーっと、妹さん、なにかこちらに
    来たくなる様な事でも?

アヤカ 家庭の事情ですので、お話できません。

タカナシ あ、そうですか。ですよね。

アヤカ (溜息)本当に先生はタカナシ先生なんですか?

タカナシ もちろんです。タナカではありません。

アヤカ は?

タカナシ いや、タナカ先生っていうのがいるんですけどね。教科は英語
    なんですけどね。あ、僕は歴史です。で、似ていると思いませんか? 
    タカナシとタナカ。

アヤカ 思いません。

タカナシ ですよね。でも、結構趣味なんかは似ているんですよ。
    こないだも僕が演劇の話しをしてみるとですね、タナカ先生も良く
    昔は見ていたらしくて。だったら演劇部の顧問はとお誘いしてみた
    んですが、これには興味ないみたいですね。高校演劇と演劇じゃ質
    が違うって怒られちゃって。そんな違いませんよねぇ?

アヤカ あの、

タカナシ はい?

アヤカ もし妹から連絡があったら教えていただけますでしょうか?

タカナシ はい。ご自宅で?

アヤカ ええ。よろしくお願いします。

タカナシ 分かりました。

アヤカ それでは失礼します。(電話を切り)……よかった。
   あたしはあんな高校入らなくて。


     アヤカが去る。


タカナシ 失礼します。っと、このように先生はうまく
    ごまかしてやったわけだ。どうだ? 中々の役者ぶりだっただろ?


     その言葉と共に舞台に明かりが入る。





     そこは体育館の舞台である。
     真ん中辺にぼんやりとサツキが座っている。


タカナシ スドウ?

サツキ え? あ、そうですね。そう思います。

タカナシ だろ? こう見えても相手が興味無さそうな事をだらだらと話し
    て、相手をうんざりさせるのは大得意なんだ。いつも無意識でやっ
    てるからなHAHAHAって、それは自慢にならないだろ! なぁ!? 
    ……スドウ?

サツキ え? あ、そうですね。そう思います。

タカナシ そうか自慢にならないか……へこむなぁ。……なーんてね、
    ふっかーつ。はははは。先生はちょっとやそっとじゃ潰れたり
    しないのさ。な〜。……スドウ、あんまりにも反応が無いのは先生、
    本当に凹む。

サツキ え? あ、そうですね。そう思います。

タカナシ ……

サツキ あ、すいません。考え事してて。

タカナシ ま、いいさ。落ち着いたみたいだし。

サツキ すいません。

タカナシ いいっていいって。ま、いきなり来て体育館入ってもいいかと
    聞かれたときには、さすがに焦ったけどなぁ。

サツキ 焦りましたか。

タカナシ 焦ったね。顔がもう、こんなだったもん(と、顔を作ろうとする)
    駄目だ作れないや。いや、でもとにかくやばかったから。
    落ち着いてよかったよ。

サツキ すいません。

タカナシ 何があったか分からないけど、落ち着くんならいればいいさ。
    お姉さんから電話かかって来たら、また適当にごまかしておいてやるから。

サツキ すいません。

タカナシ いいって。あんまり謝るな。謝ってばかりだと、いつか
    訴訟問題に発展する事件を起こした時、間違いなく不利な条件を
    被るからな。先生なんかこの間電車の中で女子高生の足
    踏んじゃってさ「ごめん」って謝ったら、隣にいたおっさんに
    「お前痴漢だな」なんて言われて腕捕まれちゃってさ。
    大変だったんだから。簡単に謝るもんじゃないぞ本当。

サツキ ……(無言で少し距離を取る。)

タカナシ なぜ逃げる?

サツキ いえ、別に。

タカナシ 冗談だよ冗談!

サツキ (距離を取りつつ)分かってます。

タカナシ 全然分かってないだろそれは。もういいよ。どうせ、
    俺なんてそんなキャラだよ。

サツキ ……あたしも、焦りました。

タカナシ え?

サツキ 覚えてくれてると、思わなかったから。

タカナシ 覚えてるよ、当たり前だろ。お前らは俺が初めて追い出した
    卒業生だからな。

サツキ そうなんですか?

タカナシ そうじゃなくても、お前らは覚えてるよ。アンドウマナミ、
    イトウユリ、スドウ……の三人組は忘れたくたって
    忘れられないだろ。

サツキ そう言われると悪ガキみたいですね。

タカナシ みたいなものだろ……まぁ、お前はそれほどでもなかったけどな。

サツキ 私は、二人についていってただけだから。

タカナシ そう、だったかな。

サツキ そうですよ、文化祭の時だって、

タカナシ ああ、二年のだろ?

サツキ ええ。あの時も、マナミが初めに言い出して――


5 3年前 文化祭の時期近く


     辺りの雰囲気が変わる。
     マナミとユリがやってくる。


マナミ よーし、じゃあユリはあっちの袖幕の見てきてくれる? 
   あたしはフットライト?確認してあげるから。

ユリ ありがと。同じ色が繋がるようにシールはってあるから。
  それ、あわせて。

マナミ 了解。にしてもさすが夕方にもなると冷えるわね。ここは。

ユリ 11月だからね。

マナミ さっさと確認しちゃおう。(サツキに)ほら、
   いつまでもむくれてないの。

サツキ むくれてないよ。

マナミ じゃあすねてるのか。

サツキ すねてるわけじゃないけどさ。

ユリ サツキは反対だったもんね。

マナミ あんたねぇ。いつまでも決まった事に対してグチグチ言ってても
   仕方ないでしょ。

サツキ そりゃ、そうだけど。

ユリ ごめんね、巻き込んじゃって。

サツキ ううん。ユリが悪いとかじゃなくて。

マナミ じゃあ、何が気に食わないのよ。

サツキ それは、

マナミ 仕方ないでしょ? こうやって忍び込みでもしなきゃ、
   舞台の準備すら出来ないって言うんだから。

サツキ そもそも文化祭に、その、時間は無いんでしょ?

ユリ うん。演劇部は公演中止。人数いないからね。

マナミ でも、ここにたとえ一人でも劇をやろうって思っている部員が
   いるのよ? だったら友人として、その手伝いをするべきじゃない?

サツキ だけど、公演の時間が無いのにどうやって公演するの?

マナミ だから、こうやって吹奏楽が置いていってる機材を
   確認しているんでしょ?

ユリ 吹奏楽がフットライトに入れている色が何か分かれば、
  シーンも作りやすいしね。

サツキ 分かったところで……って、もしかして。

マナミ そうよ。

サツキ 吹奏楽と一緒にやるの?

マナミ ばか。乗っ取るのよ。

サツキ 乗っ取る!?

マナミ そっちが演劇部の公演を潰すというのなら、こっちは
   吹奏楽部の演奏を潰すまでよ。

サツキ そんな無茶苦茶な。

ユリ あたしもそう言ったんだけどねぇ。

マナミ なによ! あんただって乗り気だったでしょ?

ユリ だって、マナミに反対したって意味無いもん。

マナミ なんでよ。

ユリ マナミは猪突猛進だから。

マナミ む。意味は分からないが馬鹿にされたのは分かった! 
   お前ちょっとそこになおれ!

ユリ え〜この床冷たいからヤダ。

マナミ 何だその言い訳は!

タカナシ そのとき、声が響き渡った!

タナカ(声) そこまでよ!

マナミ この声は!?


     と、観客席のどこかにでもスポットが当たり、
     一人の女性が立ち上がる。
     タナカ先生である。


タナカ あなた達の悪事、このタナカタカコがしっかと見届けたわ。

タカナシ 当時のタナカ先生は我が校に転勤してまだ二年目。
    まだなれないうちに文化祭の担当にもなってきりきりまいしていた。
    そんなタナカ先生は、なんていうか、美しかった。うん。
    あ、ちなみに、この時スポットを彼女に当てたのは俺だった。

サツキ (回想から戻って)先生だったんだ。

タカナシ 気づかなかったろ? 

サツキ それどころじゃなかったから。

タカナシ そりゃそうだ。まぁ、回想シーンを続けようじゃないか。
    タナカ先生はゆっくりと舞台に上がりつつこう話した。
    「あなた達のやっていることは犯罪よん」

タナカ あなた達のやっていることは犯罪よ? それが分かっている?

マナミ 犯罪って……どうしてですか!

タナカ 正式な手続きを踏まず他人の権利を踏みにじる。
   これが犯罪じゃなくてなんだというの?

マナミ だったら演劇部の公演はどうして中止にしたんですか!?

タナカ 一人じゃ劇は出来ないからよ。一人じゃスポットを当ててくれる
   人もいないでしょ?

タカナシ 「そして幕を閉じてくれる人もいない。」っと、ここでようやく
    俺は舞台にやってきた。「大丈夫ですか田中先生」「ええ」
    「そうですか。でも、ここからは先生は下がっていてください」
    「え、でも」「生徒たちは、僕が何とかします」「ドキーン そんな、
    タカナシ先生。でも、先生に何かあったら」「いいから離れていて
    ください。タナカ先生……いえ、タカコさんは、僕が守ります」
    「タカナシさん」

サツキ&マナミ&ユリ&タナカ ないない。そんな会話は無い。

サツキ 回想シーンを勝手に作らないで下さい。

タカナシ はい。

サツキ 実際はそんな事も無く、タカナシ先生の言葉に、
   被せるようにユリが頭を下げたのだった。

ユリ すいませんでした。

マナミ ユリ!?

ユリ でも、二人は叱らないでやってください。二人とも、
  私が巻き込んだだけですから。

タナカ 話を聞いてた限り、巻き込んだのはマナミさんみたいだけど?

ユリ マナミは面白がってついてきただけです。

タナカ そう。悪いけど、演劇部はあなただけしかいないんだし、
   これは会議で決まったことなの。諦めてね。

ユリ はい。

タナカ そう。それじゃあ皆今日は遅いし帰りなさい。

ユリ はい。すいませんでした。

マナミ ユリ、いいの?

ユリ うん。仕方ないもん。

マナミ ……そりゃ、そうだけど……


     と、皆が歩き出そうとした時、


サツキ 待ってください!

タナカ なに?

サツキ (自分が大きな声を出した事に焦り)え? えっと、その、

タカナシ どうしたスドウ?

サツキ あの、一人じゃなければいいんですよね?

タナカ 今から部員は増えないでしょ。

サツキ 三人います!

タナカ そんなの、(どこから集めるのよ)

サツキ あたしと、マナミと、ユリで三人です。これで、舞台出来ますよね?

マナミ あ、そっか。そうだよ。うちら初めから手伝う気だったし。

タナカ そんな思いつきで手伝っていいものが出来ると思う? 
   役者の経験はイトウさんしか無いんでしょ?

サツキ だけど、その、上手く言えないですけど。2年の文化祭は、
   今年しかないから。ないですから。2年生のユリが舞台立てるのは、
   今年しかないですから。だから、その……

タナカ ……台本、探す自信ある?

ユリ まぁ、なんとかなります。

タナカ そう。タカナシ先生はどうですか?

タカナシ え? 僕はタナカ先生が良ければそれで。

タナカ あの、一応演劇部の顧問ですよね? 
   だからお聞きしているんですけど?

タカナシ あ、ですよねぇ。ん。じゃあお前らしっかりやれよ? 
    先生応援しているからな。

タナカ そういうことじゃなくてですね。

タカナシ まぁ詳しい事は一緒にお話しましょう。どうですか? 
    例えば深夜のディナーでって言うのは?

タナカ 結構です。


     と、タナカが去る。


タカナシ あ、タナカ先生!


     と、タカナシが去る。


サツキ OK、もらったんだよね?

マナミ あたしらが手伝えば、だけどね。

サツキ でも、やって良いんだよね?

マナミ そうだよ! やって良いんだよ。おい、ユリ、劇出来るぞ!

ユリ うん。

マナミ なんだ、嬉しくないの?

サツキ どうしたの?

ユリ ううん。本当に嬉しい時って、なんか、あっつくなっちゃうね。

マナミ 何言ってるんだか。

ユリ ありがとう。

サツキ お礼はマナミに言ってよ。

ユリ もちろんマナミも、

マナミ ばか。大変なのはこれからでしょうが。今からお礼なんて
   聞いてられますかって。

ユリ そうだね。

マナミ いい本探さなきゃね。

ユリ おう。


     と、マナミとユリが去って行く。
     タカナシが戻ってくる。


6 現代


タカナシ いやぁ、ボロボロだったよな、文化祭。

サツキ はい。

タカナシ 照明のきっかけ間違えたり。

サツキ 音が出ないシーンもありました。

タカナシ 一人劇なのに台詞飛んだり。

サツキ でも、ちゃんと終わりましたから。

タカナシ お客さん、あっけに取られてみてたよな。

サツキ でも、楽しかったです。

タカナシ それだけが救いだったよ。いや、それで十分なのかな。

サツキ あたしたちは、ですけど。

タカナシ そうだよな。……あいつらは、元気なのか?

サツキ ……さぁ?

タカナシ さぁって。連絡取れてないのか?

サツキ 二人とも、忙しいから。

タカナシ そりゃアンドウの奴は専門学校生だからな。今は就職活動か。

サツキ はい。

タカナシ あれ? でも、イトウは?

サツキ ユリは、浪人生ですから。

タカナシ 短大は? 辞めたんだっけか。

サツキ はい。

タカナシ そりゃ、連絡取る暇は無いよな……もしかして、それでか?

サツキ え?

タカナシ 友人に会えなくて、なのか?

サツキ 何がですか?

タカナシ いや、だから。


     と、放送音がかかる。


声 タカナシ先生。タカナシ先生。事務室まで起こし下さい。

タカナシ あれ? なんだろ。

サツキ あ、どうぞ行ってきて下さい。

タカナシ ああ。悪いな。ゆっくりしてていいからな。

サツキ はい。


     去り際、タカナシは言う。


タカナシ スドウ。

サツキ はい。

タカナシ 悩みあったら先生に話せよ? 卒業しても、
    お前は俺の生徒なんだから。

サツキ 悩みなんて、ないですよ?

タカナシ そっか。


     タカナシが去る。


サツキ 先生、ごめんなさい。でも、何て話せばいいの? 
   明るく言ってみようかな。『いやぁ。大学でデビュー
   失敗しちゃいました。AHAHA』……駄目だ。余計惨めだ。





     大学生活の風景が流れる。
     仮面を被った生徒達が二人組みで現れる。
     声を掛けようとするが、サツキには出来ない。
     二人は楽しそうに話しながら去っていく。
     その去った先からまた仮面の二人組みが。
     話しかけられないサツキ。去る仮面。
     再び現れる仮面。話しかけることを諦めるサツキ。去る仮面。
     サツキが携帯電話を握り締める。

     電話のコール音。
     「ただいま電話に出られません。ご用件のあるからは○分以内に
     メッセージをどうぞ――」
     そして、機械的な「ピーーーー」と言う音。





     と、タカナシがやってくる。


タカナシ スドウ!

サツキ あれ? 先生? どうしたんですか?

タカナシ すまん。

サツキ え?


     と、その後ろからアヤカが現れる。


アヤカ やっぱり、学校にいたわけね。

サツキ お姉ちゃん!?

タカナシ いや、しっかり誤魔化したと思ったんだよ先生は。

アヤカ その誤魔化し方があまりにも怪しかったので来てみたら、
   ビンゴだったってわけ。

サツキ 何しに来たの?

アヤカ 馬鹿ね。迎えに来たに決まってるでしょ?

サツキ 別に迎えにこなくても帰れるよ。

アヤカ 帰るんじゃなくて、大学に行かなくちゃ行けないでしょ。
   その為に車で来たんだから。

タカナシ 何だスドウ、お前大学行ってないのか?

サツキ そういうわけじゃないんだけど。

アヤカ タカナシ先生、でしたね。

タカナシ はい。

アヤカ 一度だけ簡単に説明します。サツキは大学に行っています。

タカナシ それはよかっ……(相手の顔を見て)良く無い……んですか?

アヤカ いえ。妹はただ行っているだけではなく、優秀な成績を
   残しています。姉の私が誇れるくらいの。

タカナシ はぁ。

アヤカ そして、この間大学の交換留学生に選ばれたんです。

タカナシ 交換留学生!? とすると、あの、交換して外国に行くわけですか?

アヤカ もちろんそうです。

サツキ 別に、行きたいわけじゃなかったのに。

アヤカ それはちゃんと大学の話を聞いていなかったあんたが悪い。

サツキ 応募用紙は出さなくてもいいって分かってたら出さなかったのに。

アヤカ でも、周りが出していたから自分も慌てて出しちゃったんでしょ
   どうせ。この子は昔からそうなんです。周りに流されてばっかり。

サツキ それは今は関係ないでしょ。

タカナシ えっと、それでつまり?

アヤカ つまり、妹は交換留学生の推薦枠への応募をし、見事推薦された
   という事です。そして、こともあろうにそれを親に黙って無かった
   事にしようとしていたと。

タカナシ 無かった事にって、そんなせっかく選ばれたのに。

アヤカ そう思うでしょう? 母も同じ事を言いました。そして、妹は母に
   反発するように家を出て。おかげで私が、まだ大学院のレポートが
   終わってないというのに、私が、母に頼まれてこの子を探し回る
   羽目になったと。こういうわけです。

サツキ 私は嫌だって言ってるだけなのに。

アヤカ 選ばれなかった人達がいるのよ? 選ばれた人間は、選ばれたと
   いう事実を簡単に捨てていいものじゃないでしょ。ですよね先生?

タカナシ いや、まぁ、そりゃそうですけど、でも、ですよ。でもなんて
    いうか、本人の意志って言うのも少しは大切かなぁっと。

アヤカ 必要ありません。この子の意志なんて尊重していたらどんどん
   引き篭もるに決まってますから。私たち家族は思い切って
   突き飛ばすくらいの覚悟を持たないといけないんです。

タカナシ そりゃそうかもしれませんが、

アヤカ 先生。

タカナシ はい。

アヤカ 申し訳ありませんが、家族内の事ですから。高校は既に卒業して
   いる事ですし。言ってはなんですが、先生は部外者ですから。
   分かっていただけますよね?

タカナシ はい。先に意見を聞いてきたのはそっちのくせに。

アヤカ 何か?

タカナシ いえ。

アヤカ (もうタカナシを見ずに)いい?サツキ。 家族みんなでお祝い
   したんでしょ。それを今更。母さんなんて近所中に言って回っちゃっ
   たって言うのに。なのに今更、行きたくないなんて、そんな話は
   出来ない事くらい分かっているでしょ。

サツキ でも、

アヤカ どうせあんたのことだから、ちっちゃなこと気にしているのかも
   しれないけど、そんな一時の気持ちに振り回されてたら、大事なもの
   を見失うの。分かるでしょ? それくらい。間違った事言って無いわ
   よね? わたし、間違ってる? (タカナシに)私間違った事
   言ってますか?

タカナシ いや、それは(と、サツキの視線に気づき)プルル、プルルルル、
    おっと、電話だ。すいません。携帯かかってきちゃって。
    ちょっと失礼します。


     タカナシが隅へ行く。携帯で何やら話している。


アヤカ 今、明らかに口で言ったわよね。大丈夫なの? あの先生。

サツキ いい先生だよ。一応。

アヤカ そう。それで?

サツキ え?

アヤカ どうなの? あんたの意見は。

サツキ 意見って。

アヤカ 嫌なんでしょ? 嫌なら嫌なりにしっかりと理由を述べなさいよ。
   嫌だからだけじゃ許されない事くらい分かるでしょ?

サツキ それは……


     と、放送を知らせる音。


タナカ(声) 正門の前に車を止められている方、通行の邪魔になって
     おります。車を移動させてください。繰り返します。正門の前に
     車を止められている方、通行の邪魔になっております。
     車を移動させてください。

アヤカ (舌打ち 言い訳するように)急いでたから仕方ないでしょ。
   じゃ、続きは車の中で聞くわ。ほら、行くわよ。


     アヤカはサツキの手を引こうとする。
     電話を抑えたままでタカナシがアヤカの傍まで来る。


タカナシ いや、ここはまず車を移動していただいて。
    それからゆっくり話し合うって事で。ね? 

アヤカ もう妹はここに用は無いはずですが。

タカナシ でも留学するとなると暫く来られませんから。ね?

アヤカ 留学する前にまたくれば済むこと(でしょう)

タカナシ そうですけど。そうですけど、とりあえず、
    車を移動しましょう。ね?

アヤカ ……

タカナシ ね?

アヤカ 言っておきますが、車を移動したとしても、どうせすぐまたこの子
   連れて出て行きますから。


     と、アヤカが去る。





     タカナシはその先を見送ると塞いだままの携帯を取り出し。


タカナシ あ、田中先生ですか? すいません。ありがとうございました。
    いやぁ、ちょっとお姉さんともめちゃっているみたいで。ええ。
    大丈夫ですこっちは。あ、心配してくれてるんですか? 
    感激だなぁ……はい、違いますよね。えっと、それで、
    少しだけ足止めしていてもらえますか? はい。少しでいいんで。
    お願いします。ええ。そりゃあ、お礼のほうはたっぷりと。
    晩御飯奢りますよ! ええ。フランス料理なんてどうですか!? 
    あ、切れた……照れちゃって。ま、大丈夫だろ。しばらく、
    お姉さん来ないと思うよ。


     サツキはその場にしゃがんでいる。


タカナシ いやぁ、でも凄いお姉さんだったな。

サツキ すいません。

タカナシ 謝る事は無いって。しかし、びっくりしたな。

サツキ すいません。

タカナシ だから違うって。交換留学生? だっけ。推薦されたなんて、
    お前頑張ったんだな。

サツキ すいません。

タカナシ だから何で謝るんだよ。

サツキ 高校時代は、あんまり勉強頑張ってなかったから。

タカナシ それだけ大学入ってから猛勉強したってことだろう? 自分の
    やりたい事を見つけて真っ直ぐにってやつだ。いいと思う。
    俺はそういうのすっごくいいと思うぞ。やっぱり、人間、
    思い込んだら一つの道を、だよな。うん。そうだよ。でも、
    だからってわけじゃないけど、全然そういうわけじゃないが、
    だったら、留学生にチャレンジしてみるってのも悪くないと思うけどな。
    いや、俺はスドウにとって一番良い方法はスドウが選ぶ事だって
    思うけどさ。卒業してからもせっかく会いにきてくれたわけだし、
    俺にも先生らしいことを言わせてくれたっていいよな。

サツキ 違うんです。

タカナシ 違うよな。駄目だよな。そうだよな。そりゃそうだよな。


      タカナシはいじける。


サツキ そうじゃなくて。

タカナシ いや、言いたい事ははっきり言ってくれた方が、俺は嬉しい。
    そうやって庇われると余計に痛む。

サツキ じゃなくて、先生の事がどうとかじゃないんです。

タカナシ だよな。先生のことなんてどうともならないよな。

サツキ 違うんです。先生のことはコレとは関係なくて、

タカナシ 関係も無いよな……。

サツキ いえ、関係ないなんていっちゃうとあれなんですけど、

タカナシ あれか……

サツキ でも、あれっていうのは、別に先生があれだってわけじゃなくて、
   あれが何なのかって言うと私自身説明できないんですけど、
   あれはあれで、というか、あれって言葉にまで落ち込まないで下さい!

タカナシ 落ち込んでなんかいないよ。

サツキ じゃあ、いじけないで下さい。

タカナシ いじけてなんかいないよ。

サツキ いじけてるじゃないですか。

タカナシ すねてるんだよ。

サツキ すねないで下さいよ。

タカナシ ちょっとは、元気でたか。

サツキ え?

タカナシ 大声出すとさ。元気出るだろ。ちょっとは。

サツキ ……ちょっと、ですけど。

タカナシ うん。なら良かったな。……俺には、スドウに何があったのか
    良く分からないけどさ。一人で悶々と考えていても良い解決方法
    なんて見つからないぞ。って、スドウが一人だって言っている
    わけじゃなくてな、(スドウにも友達は居るだろうし)

サツキ 一人なんです。

タカナシ は?

サツキ 私。一人になっちゃったんです。

タカナシ いや、だって。そりゃ、大学では友達作りにくいのかも
    しれないけど、(その、あの、なんだ)

サツキ はい。全然友達いません。

タカナシ だからって、高校の友人だって居るだろう? アンドウとか、
    イトウとか、仲良かったじゃんか。

サツキ 二人とも、忙しいから。

タカナシ そりゃ、そうかもしれんが。イトウは浪人だろう? 

サツキ でも、二浪みたいなものだから。必死に勉強しているみたいで。
   ……やっぱり、連絡取りずらくて。


      サツキが携帯を取り出す。


タカナシ そりゃ、いつでも電話できるって訳じゃないだろうけど、
    メールだってあるだろ?

サツキ 先生は、メールが来たらどれくらいの時間でメール返します?

タカナシ え? そりゃあ、仕事中だったら終わってからになるけど。

サツキ じゃあ、終わったらすぐ返しますか?

タカナシ 重要なメールだったらな。

サツキ 好きな人だったら?

タカナシ そりゃ、すぐ返すよ。

サツキ 田中先生なら?

タカナシ もちろん即! でも、いまだメールが向こうから来た事は
    無いんだよな。こっちから、送ってもナシのつぶてでって、
    何を言わせるんだよ。

サツキ ふーん。

タカナシ 何だその目は。そういう話じゃ無かっただろ。メールをするか
    しないかだろ。しなかったのか?

サツキ ……しましたよ。でも、二人とも返信遅くて。

タカナシ そりゃ、忙しいだろうからな。

サツキ ユリは、……イトウさんは、短大やめてすぐはメールよくするように
   なったけど、予備校決めてからは、朝からずっと勉強しているみたいで。
   そしたら、送れなくなるじゃないですか。メール送っても返って来るの
   にすごく時間かかるようになって。なのにこっちばっかり返信早かったら、
   なんか暇みたいだし。だからわざと時間おいてから返してみたり。
   でも、そうやってたら返ってこなくなっちゃって。当たり前ですよね。
   そんなたいした話していたわけじゃないし。でも、何度も送りあうよう
   な話題なんて無いし。考えてみたら、重要なことなんて起こらないんですよ、
   あたしの日常なんて。それに、私の大学の話題なんて二人には
   興味ないことばっかりなんですよね。そう思ったら、だんだん、
   何てメールして良いかわからなくなっちゃって。変ですよね。高校の
   ときは、すごいメールしてたのに。授業中にもメールして。先生に怒られたり。

タカナシ だってお前、俺の授業を狙ったかのようにメールしてただろ。

サツキ 他の先生だと携帯取り上げられちゃうから。

タカナシ そういう甘え方は良くないと思う。

サツキ 三年になってからは、さすがに授業中はメールしなくなりましたよ。

タカナシ 同じクラスになったからな。

サツキ だからですけど。……試験の前に、お互い寝ないようにメール
   しあったり。好きな人のこと相談したり。電話代高くなっちゃって、
   親に怒られたり。それで、同じ機種にしようかって三人で話したり。
   ……そんな、本当にくだらない事ばっかりだったのに。なんか、
   すっごい遠くなっちゃって。何十年も前みたいになっちゃって。なんか、
   そう考えたら寂しくて。そしたら、怖くなっちゃって。だって、
   怖いですよ。私がいなくても二人とも全然平気なんですよ。メールも
   してこないし、電話だってかけてこない。薄情ですよね。友達だって
   言うのに。ますますこっちから、かけられなくなっちゃうじゃない
   ですか。でも二人も、もしかしたら同じこと思ってるのかもって。
   馬鹿ですよね。友達だって言うのに。もしかしたら、あたしが忙しいと
   思ってくれちゃってるのかなって。あたしからの電話をまってくれて
   いるのかな、なんて、思って、だから、かけてみて……かけて、
   みるんですけど、ね。


     電話の音が響く。
     電話のコール音。
     「ただいま電話に出られません。ご用件のあるからは○分以内に
      メッセージをどうぞ――」
     そして、機械的な「ピーーーー」と言う音。


サツキ 弱いんです。わたし、友達がいないと何にも出来ない。駄目なんです。
   一人で出来ることなんて勉強くらいしかなくて。うちは、姉が優秀
   だから、あたしが勉強するために部屋にこもってても、家族はやる気
   出したくらいにしか思わなくて。心配させる事も無いから。だから、
   違うんです。頑張ったわけでもなくて。やりたい事があった
   訳じゃなくて。思い込んだら、ってわけでも全然無くて。勉強してたら、
   あたしも忙しいような気がするから。そうしたら、二人からメール
   来なくても仕方ないって思えるから。それだけなんです。

タカナシ そうか。

サツキ だから、留学決まった時、本当びっくりして。……一年間ですよ。
   そんなに外国に行ったら、私、絶対、忘れられるって思って……
   だから……。


      サツキがうつむく。
      間


タカナシ なぁ、スドウ。……だからって、怖がってても何も出来ないだろ。

サツキ ……

タカナシ 一生友達と一緒に生きるっていうのは無理なわけだし。一人で
    決める事だってこれからいくらでも出てくるわけだ。そのたび、「友達
    がいないと」なんて言っても時は容赦なく流れるわけだ。だったら、
    少しずつ一人で頑張れるようになるしかないんじゃないか? お前は
    違うって言ったけど、例え忙しく見せるためだからって勉強を続けら
    れたのは、俺は凄い事だと思うぞ。勉強してもお前より成績が悪かっ
    た人たちが居るわけだろう? おまえ自身の価値として、胸を張って
    良いんじゃないか? 結局、自分の価値なんてのは自分でつけるしか
    ないんだしな。

サツキ 私に、価値なんてあるんですか?

タカナシ だから、それを見つけるために留学ってのもありだとおもうぞ?


      サツキがうつむく。


10


      と、そこにタナカがやってくる。


タナカ タカナシ先生。まだこちらにいたんですね。

タカナシ ああ、タナカ先生。心配して探しに来てくれたんですね?

タナカ 違います。

タカナシ いやぁ。ありがとうございます。

タナカ だから違いますから。

タカナシ いや、照れなくても良いですよ。

タナカ 違います。私はお連れしただけです。

タカナシ 誰をですか?


      と、タナカが来た方向からアヤカが現れる。


スドウ お姉ちゃん……

タカナシ え、なんでですか?

タナカ 何でも何も、お姉さんにお話を伺ったんです。そして、

タカナシ そして?

タナカ これは私たちが口を挟む問題では無いと判断しました。

アヤカ その通りです。

タカナシ いやいやいや、そりゃ無いでしょ?

タナカ そもそもスドウサツキさんは卒業生ですよ? 卒業後の進路は自分で
   決めるか、ご家族の問題でしょう?

タカナシ そりゃそうなのかもしれませんが、

アヤカ そうなんです。

タカナシ でも、実際スドウはここに来たわけですから。何か出来る事が
    あるかと考えるものじゃないですか?

アヤカ ありません。

タナカ お姉さんもこうおっしゃってますから。

タカナシ 何て冷たい。そんなところにもドキドキする。

タナカ ということで、よろしいですねタカナシ先生も。

タカナシ いや、それは、その……(と、サツキを見て)そうだスドウ、
    お前に見せてやるよ。

サツキ え?

タカナシ 自分の価値の付け方をだよ。タナカ先生! いや、タカコさん。

タナカ 学校では下の名前で呼ぶのは辞めてくださいと言った筈ですが?

タカナシ タカコさん! 僕はあなたが好きです!

アヤコ&サツキ はぁ!?

タカナシ 結婚しましょう!

タナカ 嫌です。

タカナシ 何故ですか! 僕が嫌いですか!?

タナカ ええ。非常識なところは特に。

タカナシ では、常識的に恋人から始めましょう。

タナカ 絶対に嫌です。

タカナシ くはっ……(スドウに)と、失敗する事はあるが、諦めては駄目さ。

アヤカ ……タカナシ先生って、いつもこうなんですか?

タナカ まぁ、おおむね。

アヤカ 大変ですね。

タナカ ええ。ほら、タカナシ先生。行きますよ。

タカナシ ああ、それでも僕に手を差し伸べてくれるんですね?

タナカ そこに居ると、二人が話すのに邪魔だからです。


     タナカがタカナシを連れて行こうとする。


アヤカ いえ、私たちもこれで。

タナカ そうですか?

アヤカ はい。ね? いいわよね、サツキ。

サツキ 私、

アヤカ 私も忙しいのよ? もういいでしょ。あとは手続き終わらせてから、
   ゆっくり聞いてあげるから。

サツキ 私、

タカナシ スドウ、言いたい事ははっきり言った方が良いぞ。

アヤカ なんですかそれ。まるで私がサツキの話を聞いて無いみたいじゃ
   ないですか。

タカナシ いえ、べつにそういうわけでは。

アヤカ 言いたいことあれば言いなさい。嫌なら、その嫌だっていう理由を
   はっきりと。私が納得できるように。

サツキ ……いいよもう。

アヤカ いいのね?

サツキ もう、いいよ。

アヤカ そう。じゃ、帰るわよ。


      アヤカが一歩サツキに近づく。
      タカナシが何か言おうとするが言えない。
      サツキがタカナシを見る。諦めたように首を振る。
      その瞬間、


11


マナミ&ユリ(声) そこまでよ!

アヤカ なに?

サツキ まさか、この声は……


     と、観客席のどこかにでもスポットが当たり、
     2人の女性が立ち上がる。
     マナミとユリである。
     マナミはスーツ姿。ユリは私服。


マナミ あなた達の悪事、

ユリ 私たちがしっかと見届けたわ。


     ユリとマナミはどうどうと、舞台まで上がってくる。
     そして、サツキを守るようにそばに立つ。


サツキ 二人とも、なんで。

ユリ ごめんね。学校かなぁとは思ってたんだけど、マナミが、どうせなら
  感動する登場の仕方が良いって言って。

マナミ ユリの後輩に、手伝ってもらったの。本当はあたしがスポット
   やっても良かったんだけど。

ユリ やだよ。あたし一人であんな恥ずかしい登場の仕方。

マナミ タナカ先生はやったじゃんよ。

ユリ タナカ先生と一緒にしないでよ。

タナカ あたしだって、やりたくてやったわけじゃないのに……


     タナカがいじける。


タカナシ まぁ、若さゆえの過ちですよね。

タナカ あなたがやれって言ったんでしょう!

タカナシ いや、その方が面白いかなぁって思って……。

サツキ なんで、来たの?

マナミ 何言ってるのよ。呼んだでしょ、あんた。

ユリ って、マナミが言うから。

サツキ 呼んだ?

マナミ 電話、かけたでしょ? あたしたち二人にさ。

サツキ かけたけど……

マナミ どうせなら、留守電に何か入れれば良いのに。でも、聞こえたよ。

サツキ 何が?

マナミ あんたの悲鳴が。だから来たのよ。

ユリ って、マナミが寒いこと言い出すから。

マナミ あんただって心配だって言ったでしょ!

ユリ あたしはそこまで心霊現象信じて無いもん

マナミ 心霊現象じゃない!

サツキ でも、学校は? 就活は?

マナミ そんなの後々。

ユリ ごめんね。ずっと連絡できなくて。

サツキ ううん。いいよ。

アヤカ ……そうやって、なんだか全て解決したような空気になっている
   ところ悪いんだけど。お友達も、家族の話には関係ないはずだけど? 
   分からない?

マナミ ふっふっふ。わかって無いのは、あんたの方よ。

アヤカ 私が何をわかってないって言うの?

マナミ あなたのやっていることは犯罪よ? それが分からないの?

アヤカ 犯罪……どうして?

マナミ 正式な手続きを踏まず他人の権利を踏みにじる。
   これが犯罪じゃなくてなんだというの?

タカナシ なんか、どっかで聞いたことある台詞だな。

タナカ 今すぐどこかに隠れて消えたい。

タカナシ あ、じゃあ、今すぐ僕が運んで行ってあげますよ! 
    ええ、世界の果てでも!

タナカ 結構です。


     と、言われながらもタカナシにタナカは連れて行かれる。


アヤカ 正式な手続き? 何の話?

マナミ つまり、妹の友人に何の話もしないまま、留学を決めるなんて
   どういうつもりだっていってるのよ!

サツキ 聞いてたの?

ユリ だって、スポットの準備してたから。

マナミ 大変だったのよ。音立てないようにするの。

サツキ そんな前からいたんだ……

マナミ いたわよ〜。だから、あんたがグチグチ言ってたのも
   全部聞いてるから。

サツキ 今すぐどこかに隠れて消えたい。

ユリ でもよかったよ。そうでもしないとあたしたち気づけなかったもん。ね?

マナミ そうよ。恥ずかしがるのは後にして。今はあの敵をどうにかする事が先よ。

アヤカ あんたたち、勘違いしているようだけど、留学を初めに決めたのは
   サツキなのよ?

マナミ それは私たちがいなかったからよ。サツキはこう見えて抜けてるんだから。

ユリ マナミ、それフォローになってない。

マナミ え、あ、そうか。とにかく、私たちがいる限り、
   サツキの好きにさせてもらうから。

アヤカ 正義の味方面して、他人の家の問題に首を突っ込むってわけ?

ユリ 確かに他人だけど、でもサツキは友達だから。

アヤカ 全く何で後から後から邪魔ばかり……アンドウさん、だったわね? 
   それから、イトウさん。

マナミ そうよ。

ユリ はい。イトウです。

アヤカ あなた達、今日はそれぞれ面接と、予備校、じゃなかったかしら? 
   そう聞いたんだけど。

マナミ そうよ。それが?

ユリ 聞いたって、もしかして?

アヤカ (携帯を取り出し)お家に電話かけたのよ。二人とも、
   実家暮らしよね? お母さんに教えていただいたの。妹が居なくなった
   時に、友人の家を疑うのは基本でしょ?

マナミ それで? それがなに?

アヤカ お母さんは、知っているの? 二人がここにいる事。

マナミ ……そりゃあ、もちろんそうよ。

アヤカ そう。じゃあ、確かめて良いわよね?

マナミ も、もちろんよ!

アヤカ イトウさんも、いいのよね?

ユリ ……私は、

サツキ お姉ちゃん!

アヤカ あんたは黙ってなさい。私は、今二人と話しているの。(マナミと
   ユリに)じゃ、電話をかけて聞いてみるわね? ……イトウさんからで
   良いわよね? 


     と、アヤカは本当に電話をかける。


サツキ お姉ちゃんもう辞めて!

マナミ サツキ! いいのよ。ここで引いたらあたしらなんのために来たのか
   分からないじゃない。ね、ユリ?

アヤカ (電話に)あ、イトウさんのお宅ですか? 私、スドウの姉で、ああ、
   はい。先ほどは失礼いたしました。ええ、それでですね、実はですね、
   ユリさんにですね、

ユリ すいませんでした。

マナミ ユリ!?

アヤカ (電話に)あ、すいません少々お待ち下さい。(ユリに)あら? 
   やっぱり親に知らされるのはまずいの?

マナミ ユリ!

ユリ (マナミに)だって、あたし浪人生だし。予備校も親に行かせて
  もらっているから。無理だよ。心配かけられないもん。(サツキに)
  ごめんね。中途半端で。

サツキ ううん。あたしが悪いんだもん。

アヤカ じゃあ、どうしましょうか? 偶然道で会った事にしても良いけど?

ユリ 電話、貸してもらえますか? 私の名前出ちゃったし。
  私から説明した方が良いと思うんで。

アヤカ いいわよ。じゃあ、あたしと偶然会って、送ってってもらう事に
   でもしなさい。送ってあげるから。

ユリ はい。

アヤカ その代わり、余計な口出しはもうしないこと。いいわね。

ユリ はい。

マナミ ユリの馬鹿! いくじなし!

ユリ いいよ意気地なしで。サツキ、本当にごめん。


     サツキが首を横に振る。
     アヤカが電話を差し出す。
     ユリが受け取る。


ユリ なーんてね。

アヤカ&サツキ え?

ユリ はい。(と、マナミに携帯を渡す)

マナミ うん。(と、携帯を切る。無言で閉じる。)えい。

アヤカ あーーー!

マナミ&ユリ ふっふっふっふ、はーはっはっは。

マナミ まんまと引っかかったわね。

ユリ まぁ、引っかかってくれないと困るんだけど。

サツキ 引っかかって、って、じゃあ。

アヤカ 演技、だったわけ。

ユリ 演劇部でしたから。

マナミ 絶対親に電話っていうパターンはあるだろうってユリが言っててさ。
   だったら、それを止めるよりも、うまく利用しちゃった方が早いって。
   ね。早かった。

ユリ でも、「いくじなし」は無いよねぇ。
  一瞬、頭がアルプス飛んじゃったもん。

マナミ ごめん。昨日、ハイジ見てたから。

ユリ あたしはクララか。

マナミ まぁ、とにかく形勢逆転よね。

ユリ これで、邪魔は出来ないですよね。

アヤカ ……だからなに? 勝ったつもり?

マナミ 別に、続けても良いけど。でも、今度武器はこっちにあるから。

ユリ これ、お姉さんの携帯ですよね?

アヤカ だから?

マナミ もし、まだ何か言うようなら、この携帯のアドレスを開いて、

ユリ 片っ端から男の人の番号に電話してやろうかと。

アヤカ はい?

マナミ もちろん、言葉は全て「愛している」で。

ユリ 5人いれば一人くらいは引っかかるかと。

アヤカ ちょ、ちょっと待ってよ。教授のアドレスも入ってるのよ!?

マナミ じゃあ、余計丁度良い。

ユリ 歳の差なんて気にしないですよね。

アヤカ ちょっと! 本気で怒るわよ!

マナミ 怒る前にかけちゃうし。

アヤカ 返しなさい!


     アヤカがマナミとユリを追いかける。
     二人は捕まらない。
     まるで遊んでいるような追いかけっこ。


12


サツキ みんな待って!

マナミ え?


     マナミ、ユリ、アヤカの動きが止まる。


サツキ (自分が大きな声を出した事に焦り)え? えっと、その、

ユリ どうしたの?

サツキ その、一人で、あたし、ちゃんと話できるから。

ユリ そっか。(マナミに)だって。

マナミ そんなの分かってたわよ。でも、傍にいるくらい、いいでしょ?

サツキ うん。ありがとう。……(アヤカに)お姉ちゃん

アヤカ 何よ。

サツキ あたしね。……私、留学する。

アヤカ だから、今更そういうわけには(行かないでしょ)って、
   え? なんて言ったあんた?

サツキ 留学、するよ。

ユリ サツキ?

マナミ サツキ、留学って、留学の事よ? あんた分かってんの? 
   留学なのよ。龍角散じゃないのよ?

サツキ 分かってるよそれくらい。

アヤカ ……本気なの?

サツキ うん。

アヤカ 嫌だったんじゃないの? 怖いんでしょ? 一人になるの。

サツキ 気づいてたんだ?

アヤカ 何年あんたの姉やってると思ってるのよ。

サツキ うん。……怖いよ。今も言ってて本当は、ちゃんとできるのかとか、
   生活できるのかなって、不安だけど。

マナミ だったら、(あんた無理しなくても良いじゃん)

サツキ でも、皆いるから。みんな、いてくれているって分かったから。
   みんないて、頑張ってて、だったら、あたしもって思うから。
   胸はってたいなって思うから。その為に、必要ならどこへでも行こうか
   なって、なんか、凄いコロコロ変わっているみたいだけど、でも、
   そうしたいなって。ごめん、だから、留学してみようかな、
   と、思います。

アヤカ あんたね、決めた事ならもっと、はっきり言いなさいよ。

サツキ それも含めて、頑張ろうかなと。

ユリ そっか。

マナミ あたしたちみたいになりたいんなら仕方ないかぁ。

ユリ ね。

アヤカ こんなのになりに留学するんなら止めたほうが良いんじゃない?

マナミ あれ? お姉さん、それどういう意味ですか?

ユリ きっと、教授にラブコールをして欲しいってことだよ。

マナミ そっか。よし探せ。

アヤカ やめろって!


     アヤカが二人から携帯を取り返す。


アヤカ 全く。とりあえず、あたしは母さんに知らせるわ。
   いいのね? 本当に。

サツキ うん。心配かけてごめんね。

アヤカ 本当よ。次からはもう少し考えて行動しなさい。

サツキ うん。えっと、お姉ちゃん。

アヤカ なに? まだなんかあるの?

サツキ もう少しだけ、二人と一緒にいても良い?

アヤカ 外で待ってるわ。どうせ送っていく事になるだろうし。

サツキ ありがとう。

アヤカ はいはい。(マナミとユリに)言っておくけど、
   あんまりうちの妹を変な道に引っ張らないでよ。


     アヤカが去る。


マナミ 何よ変な道って。

ユリ 学校辞めて浪人したりじゃない?

マナミ それあんたの事でしょ。

ユリ その通り。

マナミ 無い胸張るな。ま、お姉さんも心配だったんだろうね。

ユリ だね。

サツキ うん。迷惑、一杯かけちゃったな。

マナミ ま、それはこれから返していくってことで。ね、暗い話は辞め辞め。
   せっかく、ここに三人集ったんだし、ってことはあれっきゃないでしょ?

ユリ じゃあ、彫るね?


     と、ユリは千枚通しを取り出す。


サツキ 彫る!?

マナミ え、あんた何持ってきてんのよ?

ユリ だから、彫るんじゃないの?

マナミ 何を

ユリ 名前。

サツキ 誰の!?

ユリ あたしたちの。

マナミ どこに?

ユリ ここらへん?(と、床を指す)

サツキ 彫るの!?

マナミ 彫らない彫らない!

ユリ え、じゃあ、壁?

マナミ 違うって! なんで、同じような会話しなきゃいけないのよ。

ユリ そういう、ふりかと、

マナミ どんなふりだ。相変わらずユリに付き合っていると時間がいくら
   あっても足りないわ。

ユリ そっくりそのままお返しします。

マナミ もういいって。これよこれ。


     と、マナミが取り出したのはデジカメ。


サツキ カメラ?

ユリ ああ、写真?

マナミ そう。やっぱりあたしらにとってはさ。ね。やっぱり、
   撮るっきゃ無いでしょ。あたし、あの時の写真、
   写真立てに入れて机に飾ってるもん。

サツキ マナミも?

マナミ 当たり前でしょ。

ユリ あたしは机には飾ってないなぁ。

マナミ あ、仲間はずれだ。

ユリ 引き伸ばしてポスターにしてる。

マナミ はぁ!?

ユリ 時々苛立ったらマナミの顔面殴るの。

マナミ なんてことすんのよ!

ユリ すっきりするよ?

マナミ するな!

サツキ 二人とも、大切にしててくれてたんだ。

マナミ 当たり前でしょ。今回の写真もね。

ユリ サツキが戻ってきたらまた来る?

マナミ それ賛成。(サツキに)ね?

サツキ うん。……で誰が撮るの?

マナミ そんなの、決まってるでしょ?


     と、そこにタナカに追いかけられてタカナシがやってくる。


タカナシ いや、だから僕は別にですね、何かしたいわけじゃなくて。

タナカ 何もしたくない人間がなぜ体育館裏に人を連れて行くんですか!

タカナシ 告白といえば体育館裏でしょ? 
    それとも、屋上が良かったですか?

タナカ そういうことじゃなくて。お断りしたはずです。

タカナシ 照れなくても良いですよ。

タナカ 照れてません!

タカナシ じゃあ、せめて友達から! ね、友達から! 
    ほら、お前たちも一緒に頼んで。

タナカ ……わかりました。

タカナシ え? 本当ですか!?

タナカ これからは、タカナシ先生のことは、
   職場を共にする仲間だと見る事にします。

マナミ 今まで仲間とも見ていなかったのか……

タカナシ ありがとうございます! なっ、スドウ見たか!

サツキ え?

タカナシ 人間の価値なんてのは自分で決めるもんだ。成せば成る! よし、
    こうしちゃいられない!


      タカナシは去る。


タナカ タカナシ先生! どこ行くんですか! ……まったく、あの先生は。

ユリ でも、タナカ先生もまんざらじゃ無さそうだけど。

タナカ どこがよ!

マナミ これはそのうち押し切られるね。

タナカ それは無いわね。

サツキ そんなに、タカナシ先生の事が嫌いなんですか?

タナカ 嫌いって訳じゃないわよ。……だけど……。

マナミ だけど?

タナカ タカナシ先生と、結婚しちゃったら、あたし、
   タカナシタカコになっちゃうじゃない。

マナミ ? それが?

ユリ タカナシタカコ……(フッと笑う)

タナカ それよそれ! その笑みが嫌なのよ!

マナミ そんなことでですか?

タナカ あんたたちにはどうせ分からないわよ。どうせ。

サツキ そんなものですよね。


     と、放送音。


タカナシ(声) えー。校内に残った生徒の皆さんにお知らせします。私、
    タカナシカナタと、タナカタカコは、このたび見事婚約する
    事になりました。応援してくれたみんな、ありがとう!

タナカ タカナシ〜!


     タナカが走り去る。


マナミ ありゃ、時間の問題だね。

ユリ ね?

サツキ あ、でも、写真どうしようか。

マナミ む。……よし、がんばろう。

ユリ うん。

サツキ え?

マナミ 顔を寄せ合うの。ほら、サツキも


     と、三人は顔を寄せ合う。
     一回写真を撮る。その画面を見て、


マナミ もうちょいよらなきゃ駄目だな。

ユリ これくらい?

マナミ よし。それ行こうか?


     二回目の写真。
     三人は何か言いながら、何回も写真を撮る。


サツキ (二人に)ねぇ?

マナミ なによ?

ユリ どうしたの?

サツキ あたしたちさ、

マナミ うん?

ユリ あたしたち?

サツキ ……(嬉しそうに)なんでもない。

マナミ 馬鹿だこいつ。

ユリ ね。

サツキ なんでよ。

マナミ 当たり前でしょ、そんなの。

サツキ なにが?

ユリ ずっとだよ、ずっと。

サツキ ……うん。

マナミ さ、撮るぞ〜。



     三人が写真に納まったかのように、三人だけが浮かび上がる。
     ゆっくりと溶暗。

     問わない友情。それこそ永久なる友情なのかもしれない。


あとがき
「アイス」という言葉はまったく劇中には登場しませんが、
友人同士である、アンドウ、イトウ、スドウをつなげて出来る言葉です。
あ、もちろん英語では「ice」ってのは分かっててやってます(苦笑)


高校を卒業した後輩から、「友人が出来ない」という言葉を聞く機会が増えました。
高校時代に出来た友人よりも打ち解けられないだとか、本心を言いにくいだとか。
そして、高校の友人たちとも連絡が取れなくなり徐々に孤立化していってしまう……

そんな少女たちは言葉で表す「友情」にとても敏感で、敏感だから傷ついていきます。
救いが近くにあればいいのに。そう願ってやまない気持ちで書き上げた作品です。


最後まで読んでいただきありがとうございました。