以信伝心(いしんでんしん)
~伝えたかった一つの言葉~
作 楽静


登場人物

ある高校の先生と生徒
コジマ先生 男 高校の教師
ウシオ 女 高校三年生/大学四年生
タカイ 男 高校三年生/大学四年生
ロクロ 女 高校三年生/大学四年生
ウキノ 女 高校三年生/大学四年生
ある作家と編集者
作家 男 木原コウタロウ 小説家。スランプに悩む
後輩 女 宮野さつき 編集者。
先輩 女 沢渡     編集者。
ある姉と案内人たち
女 木原ヨウコ コウタロウの姉。小説家。故人。
案内① 男 案内人。案内人②の上司
案内② 女 案内人。

※途中、赤字で太く、大きい字で書かれた台詞がありますが、その台詞は他の台詞よりも大きな台詞になると意識して下さい。


   舞台構成
   舞台中央に教室が見える。
   舞台両端は作家の家。下手側に書斎。
   上手手前は玄関。もしくはサスに当たる人物の場所。
   上手奥へ去るとキッチンがあるようだ。

01 ある作家の憂鬱

   秋。
   書斎に作家がいる。
   パソコンのキーをせわしなく打っている。
   何回か打っては、同じボタンを連続して押している。Deleteキーだ。
   何度書いても作品が思うようにいかない。
   そんな小説を書いている作家の周りを、うろうろしている女がいる。
   ヨウコである。ヨウコは生きているように快活に動き回るが、
   その姿は案内人にしか、見る事は出来ない。
   女が一人出て来る。後輩である。
   その手には原稿がある。作家の作品だ。
   後輩は原稿を読み始める。

後輩 去年の春。九つ上の姉が亡くなった。木原ヨウコの名で文筆業をしていた姉は、雑誌へコラムを書いたり、小説を年に何作か発表したり、
   そんなどこにでもいる様な作家だったらしい。らしいという言葉でしか姉のことを語れないのは、僕があまりにも姉に無関心だったからだ。
   同じ様に姉は僕に無関心だった。幼い頃に僕らは父と母を亡くしたが、その時も姉は特に関心がなく、何かを書いていたと思う。僕の中で、
   姉は書くことが生きがいのような人だった。物語の中でだけ生きているような人だった。そんな姉を見て、姉のようにはなりたくないと思って
   いた僕は、今、姉のことを書こうとしている。きっかけとなったのは、姉が亡くなってから半年ほど経った、ある秋の日だった。

   後輩が去る。

02 姉と案内人

   二人の案内人が空間を全て横切ってやって来る。
   この二人には舞台の構造は全く関係ない。
   (客席を通ってきてしまってもいい)

案内① まったく、一人で大丈夫と言ったから任せたのに、なにやってんだよ。
案内② すいません。
案内① いくら実践は初めてだからって。研修ではちゃんと出来ていただろうに。
案内② 本当すいません。
案内① ちゃんと本人には説明したんだろう? 
案内② 説明しましたよ。マニュアル通り。でも「じゃあちょっと待って」って。
案内① 待ったんだろ? ちょっと。
案内② 待ちましたよ。そうしたら、「もうちょっと待って」って。
案内① それで待ってたのか。
案内② それで待ってました。
案内① バカ。決めたことはきっちり守らせろ。そうじゃなきゃ、相手は調子に乗るばかりだぞ。
案内② すいません。
案内① 今回はもう仕方ないけど、これくらいの仕事、一人で出来るようにならないと。
案内② すいません。
案内① で、(と、姉を見つけ)あれか。
案内② あれです。

   二人は姉の様子を見守る。
   姉の声が聞こえる。黙っているのが辛くなったようだ。

姉 コウちゃん。そろそろ一休みしたらどうかな? 根を詰めすぎても良くないと思うけど。……そうだよね。今は頑張らなくちゃいけない時
  だもんね。休んでなんかいられないよね。肩もんであげようか? って、嫌だよね。コウちゃん、肩もまれるの好きじゃないもんね。じゃあ、
  コーヒーでも飲む? お砂糖は? 一つ? 二つ? え、もしかして、三つ? ふふふ駄目。三つなんて多過ぎよ。あまり甘い物ばかり取って
  ると虫歯になっちゃうから。そういえば覚えてる? コウちゃん、一度虫歯になって、「歯が痛い~」ってワンワン泣いたことあったでしょ。
  ほら、知らんぷりしたって無駄なんだから。あたし、はっきり覚えてるもの。あの時のコウちゃん、可愛かったなぁ。あたしが冗談で、
  「その痛いのは歯が抜けそうになっている証拠よ。そのうち全部の歯が抜けちゃうんだから」って言ったら、もう世界中に響けってくらいに
  泣いちゃって。あ、覚えてる? ……覚えてない? 覚えてるよね!? あたしもね。さすがに悪いことしたなって思ってたの。
  だって、結局そのあと、歯医者に一緒に行ってあげられなかったし。ほら、新人賞の。発表が、あったから。あの頃から、コウちゃんのこと
  構ってあげられなかったんだよね。あたし。だから、本当は分かってるんだ。今更だって。だけど、ね? せめて、こうやって側にいることくらい
  は良いかな? 良いよね? こうやってこんな格好で……あ、ねぇねぇねぇ。どう? この服? 似合ってる? 割と前の服なんだけどね。
  ほら、最近外に出ることってあまりなかったし。割とって言っても、10年も前じゃないからね? ……まぁ、五年くらいは前だけど。仕方ないで
  しょ。忙しかったんだから。でもほら、昔の服も案外着られていると思わない? やっぱり、スタイルが良いからかなぁ。不摂生している割には
  太らなかったんだ。あたし。コウちゃんは? 最近体重計乗ってる? そういえば、体重計に乗る時、片足になっても体重変わらないって
  知ってた?
案内① もういいですか?
姉 え?
案内① もういいですか? 
案内② もういいですよね。
姉 ああ、いつもの。それと、あなたは?
案内① 初めまして。この子の上司、みたいなものです。
姉 初めまして。
案内① それで、もういいですね? いい加減、痛々しくて見ていられないんですけど。
姉 そんなに痛い?
案内② いや、それほどでも、
案内① そりゃあもう。必死すぎでしょう。いい加減、気が済んだんじゃないですか?
姉 もう少しだけ!
案内② いつもこうなんです。
案内① もうずいぶん待たされてるんですが。
姉 気が済むまでどうぞって言わたから。ちょっとだけのつもりだったんですけど。
案内② そりゃあ言いましたけど。でも、まさかこんなに待つことになるなんて。「ちょっとだけ」って言うのを信じたのに。
姉 ちょっとでしょ。
案内② 半年のどこがちょっとですか!
姉 あたしの生きてきた30年以上の人生に比べたら「ちょっと」よ。
案内② そういうの、屁理屈って言うんですよ!
案内① まぁまぁ。(と、姉に)もういい加減勘弁してくれませんか。
姉 あと、ちょっとだけ。
案内① そうやって、いつまで待つつもりです? どんなに待っていても、あなたと、この人の道は決定的に違っているんです。会うことも、言葉を
     伝えることも出来ないんですよ。
姉 伝えたい言葉があったの。
案内① だから、伝えられないんですって。ほら、もうすぐ今日の便が発車する時刻です。説明はされていると思いますけど、
    一日一度しか出ないんです。
案内② 今日も逃したら、また明日までここにとどまることになるんですよ。
姉 届けたかった言葉なの。どうしても。でも、言えなかった言葉なの。
案内① だから、届けたくても、届かないんですよ。いいですか? あなたはすでに――

   チャイムの音
   二人はチャイムの音にはっとする。

案内① 来客?
案内② 珍しいですね。
姉 うん。もしかしたら……。
案内①&② もしかしたら?

   姉は息を潜める。案内①&②と姉は見守る。

03 とある作家の憂鬱① 

   再びチャイムの音。いつの間にか先輩と後輩が立っている。
   チャイムを押したのは先輩のようだ。
   作家はいらだたしげにキーを打つのをやめる。

作家 はい。開いてますよ。……聞こえないよな。聞こえないよ。聞こえるわけがないじゃないか。

   作家が上手までやってドアを開ける。

先輩 お久しぶりです。
作家 ……来るのなら連絡して下さいよ。こちらにも準備というものがありますから。
先輩 逃げる準備ですか。
作家 ……今日は何の用ですか。
先輩 原稿は進んでいますか?
作家 いや。相変わらずですよ。
先輩 やはりそうですか。
作家 言っておきますけど、あの人のことは関係ありませんから。
先輩 今日は、先生にお願いがあって来ました。
作家 僕に? その前に、そちらの方は?
後輩 は、はじめまして。今度、先生の担当になりました。宮野さつきです。
作家 はじめまして。木原コウタロウです。
後輩 先生の作品、全部読んでます。
作家 ありがとうございます。まぁ、そんなに量が出てないですからね。……担当を変えられるって事は、まだ期待はされているってことなんですかね。
   それとも、もう見切りをつけられたから、新人の経験にとりあえずあずけておくという形なんですかね。
後輩 もちろん、期待大ってことです!
作家 そうですか。(先輩に)それで、お願いというのは?
先輩 宮野。
後輩 今日は次回作についてお話しさせて欲しいと思ってまいりました!
作家 次回作?
先輩 今、書かれているものはありますか?
作家 書かれてるもなにも、前にも話したと思いますけど、まったくなんの話も浮かばないんですよ。ゼロです。
後輩 そんな!?
先輩 そうですか。
作家 ああ、でも大丈夫ですよ。とりあえず今は、過去の作品のリメイクでもしようかなと思ってますから。
後輩 リメイク、ですか。
作家 ええ。
後輩 でしたら、それよりもいい話があるんです!
作家 いい話?
後輩 先生のお姉さんの未完成作品があるんです。それを完成させてみませんか。
案内② 未完成作品?
姉 完成出来ないまま、こうなっちゃったから。
案内① つまりは、遺作、か。
作家 ……木原ヨウコ先生の未完成作品を、僕に、ですか。それは荷が勝ちすぎてませんかね?
後輩 そんなことありません! むしろ、木原ヨウコ先生の作品を完成させられるのは、弟である孝太郎先生しかいません! 
作家 なるほど。
案内② そうか。あなたはこれを待っていたんですね? これを、弟さんが引き受けてくれるのを待っていたんだ!
案内① それが未練だったわけか。
案内② これで、ようやく……
後輩 引き受けてくれますよね!?
作家 お断りします。
後輩 ありがとうございます。それでは早速……え?
案内② え?
作家 お断りします。
後輩&案内② おこ?
作家 お断りします。
後輩&案内② お断りします!?
作家 お断りします。
後輩&案内② お姉さんの作品ですよ!?
作家 あの人の作風は真似できませんから。
後輩 真似じゃなくていいんです。むしろリメイクくらいのつもりでいてくれて構わないんです。
作家 リメイクね。
後輩 過去作品のリメイクを考えているとおっしゃってましたよね? でしたら、その前にぜひお姉さんの作品を、
作家 お断りします。
案内② そんな……。
後輩 なんでですか!? お姉さんの、最後の作品なんですよ!?
作家 沢渡さん。この人に話してないんですか?
後輩 なにをです!? まさか、コウタロウ先生と、ヨウコ先生は実の姉弟ではないんですか!? もしや、兄弟というのは、世の中を騙すための戦略!?
作家 実の姉弟ですよ。他人なのに兄弟だって偽ることに、どんなメリットがあるって言うんですか。
後輩 じゃあ、なんですか!? まさか、コウタロウというのは、ヨウコ先生の別名義のペンネームであって、実際はすべての作品をヨウコ先生が書いていた!? あなたは影武者に過ぎなかったとでも言うんですか!?
作家 言いませんよ。あなた、僕の作品が好きなんじゃないんですか。
後輩 好きです! でも、物語をいくら読んでも、作家の姿なんて分からないじゃないですか。
作家 とにかく、あの人の作品なんてお断りです。
後輩 理由は何ですか? 理由を教えて下さい。
作家 僕があの人を好きじゃないからです。それじゃ理由にならないですか。
後輩 うそ!?
作家 うそなんかじゃないです。第一、あの人と僕は九つも離れていたんです。元々会話なんてあまりない。それに、あの人は仕事ばかりの人でしたし。
   あの人の考えてることなんてわからないし、わかりたくも無い。分からない人間の作品なんて、読んだところで続きが思い浮かぶわけもない。
後輩 そんな……
作家 あの人だって僕に興味は無かったんだ。信じられますか? あの人は母が亡くなり、父が亡くなったその時も、書斎にこもりきりだった。原稿を
   埋めることしか考えてなかった。幼かった僕が何度ドアを叩いても、一度も顔を出さなかった。トイレすら、書斎の中で済ませたんです。
先輩 その時に、大きなドラマの仕事が来ていたんです。お姉さんは仕事がようやく軌道に乗ったばかりで(穴を空けるわけにはいかなかった)
作家 そんなことは分かっているんです! そうやって姉は姉自身のために生きた。そして逝ってしまった。だから僕は僕自身のためにだけ仕事をします。
   姉の仕事の尻ぬぐいなんてお断りです。
案内② なんですか、あの言い草は。
案内① 失礼な奴だな。
姉 仕方ないのよ。
案内② 仕方ないことありますか。こんな、弟べったりなお姉さんを、あ、照れ隠しですか? 弟さんはツンデレですか?
姉 弟にべったりし出したのは、こうなってからだから。
案内② そうなんですか?
姉 それまでは考えもしなかったから。会えなくなることがあるなんて。
案内① 人間はいつだってそれだ。気づいたときにはいつだって遅い。
姉 ……こうなる前に気づけたら良かったのに。
作家 それに、僕が書くのは高校生向けの学園ドラマがほとんどです。姉の書くような作品とは毛色が違う。
先輩 ……ここにお姉さんの原稿と、DVDがあります。
作家 渡されたって、やりませんよ。……DVD?
先輩 原稿を映像に起こしたものです。
作家 未完成作品なのに、撮影に入っていたんですか!?
先輩 ヨウコさんの希望で。どうしても映像を見たいと言うことでしたので、簡単な形でではありますが。
作家 あの人は最後まで自分勝手なんだな。
先輩 これを見てください。受けるかどうかはその後に決めていただいて構いません。
作家 こんなものを見る前に、僕は自分の作品を、
先輩 ヨウコの最後の作品なの。あなたは目を通すべきよ。
作家 ……わかりましたよ。あの人の担当でもあったあなたに言われたら、さすがに断れませんからね。でも、僕は絶対にこの仕事は受けませんから!
先輩 この子は置いて行きます。雑用にでも使ってください。

   先輩去る。

作家 ……あなたも帰ってください。と言っても、無理なんでしょうね。
後輩 すいません。これも仕事なので。
作家 部屋の中のものは適当に使ってくれて構いません。前の担当の方もそうでしたから。トイレは玄関近くの右側です。僕は書斎にいますので。
後輩 DVD見られないんですか?
作家 パソコンで見ますよ。見たくないと言っても、許してはくれないんでしょう?

   作家は書斎へと戻る。
   ヨウコが歩き出す。

案内① どこへ行くんです?
姉 行くんでしょう? ずいぶん待たせちゃったし。そろそろ出ましょう?
案内② いいんですか?
姉 いいの。もう。どうせ、届かないって分かってたの。届いても、今更だって思ってたの。とうの昔に、伝えなくちゃいけない言葉だったの。ただ、それだけなのよ。
案内① そうですか。じゃあ、(行きましょうか)
案内② じゃあ、せめて見届けましょう? 
姉&案内① え?
案内① ……何言ってるんだ?
案内② 見届けましょう。せめて今日が終わるまで。
姉 でも、そんなの
案内人② 見届けて、気持ちを整えて、留まった日々と滞った気持ちへとどめをさして、遠い天へと去ることにしましょう。
案内① おい、勝手に決めるな。
姉 ……いいの?
案内② ちょっとだけ、待ちますよ。
案内① おい、だから勝手に決めるな!
案内② (案内①に)ちょっとだけです。ほんのちょっとだけ。お願いします。
案内① お前自分が何を言っているか(わかっているのか)
案内② 半年も待っていたんです。いいじゃないですか。ちょっとくらい!
案内① 人が迷わぬよう案内するのが俺たちの仕事だ。留めようとするなんて、これが初仕事の新人がやることじゃない!
案内② 初仕事だからですよ! 初めての仕事だから、迷った顔じゃなく、笑った顔が見たいんです。
案内① ……勝手にしろ!
案内② はい。(と、姉に)ちょっとだけですからね。
姉 うん。じゃあ、ちょっとだけ。

   作家がパソコンへDVDを入れると再生する。
   物語が始まる。

04 <物語の世界1> 始まりの季節

   高校三年生。春。
   始業式。ざわめきの多いクラス。
   制服姿のタカイが入ってくる。

タカイ おはよ。なんだ、お前も同じクラスか。……まぁ、ラスト学年だしな。改めてよろしく。

   そのまま自分の席には鞄だけ置いて、
   ロクロの席に座り雑談をしているように見える。
   ロクロが入ってくる。

ロクロ ちょっと。
タカイ え?
ロクロ そこ、私の席なんだけど。
タカイ いいだろ。まだ先生来てないし。
ロクロ 私の席なんだけど。
タカイ 分かったよ。(ト、近くの誰かへ)じゃあまた後で。

   タカイが自分の席へと向かう。ロクロが席に座る。
   ウシオが入ってくる。片手に本を持っている。
   自分の席を見つけると座る。持っていた本を読み始める。

タカイ お、また同じクラスだな。
ウシオ ……。

   タカイはウシオと話すためウキノの席へ座る。

タカイ これで三年連続。小中高合わせたら、八年……いや、でも中三は違う
クラスだから連続ではないか。腐れ縁も、ここまで来るとすごいよな。
ウシオ ……。
タカイ 進路ってもう決めた? 親がいい加減決めろってうるさくてさ。
ウシオ ……
タカイ え、なにか機嫌悪い? リサ? リサさん? ……ウシオさん?
ウシオ あ、私に話してたんだ。
タカイ そうだよ。
ウシオ そうね。いい加減決めた方が良いんじゃない?
三年生なんてあっという間なんだし。
タカイ そうだよな。ウシオは? もう決めた。
ウシオ 私は高校入ったときから決めてるから。
タカイ まじで。どこ?
ウシオ 人の進路なんて聞いてどうするの?
タカイ いや、べつにどうするって訳じゃないけどさ。

   ウキノが入ってくる。

ウキノ おはよぉ。ってタカイくん。また同じクラスだね。
タカイ 二年連続だな。
ウキノ ウシオさんも一緒だったんだ。改めてよろしくね。
ウシオ うん。
ウキノ あ、タカイくん。そこあたしの席。
タカイ いいだろ。まだ先生来てないし。
ウキノ それもそうか。

   と、ウキノはロクロの方へ行く。

ウキノ おはよう。やっと同じクラスだね。
ロクロ そうね。
ウキノ 担任の先生、誰か知ってる?
ロクロ さぁ。でもコジマだけは嫌だわ。
ウキノ え~さすがに、ないんじゃないかな。うちら三年だよ。
コジマ先生だと進路相談とか不安でしょ。
ロクロ でも、嫌な予感がするのよ。
ウキノ やめてよ。そういうこと言うと、当たるんだから。
タカイ (ウシオに)なぁ、担任誰だと思う?
ウシオ さあ。
タカイ コミネ先生辺りが俺としては良いなって思うんだよね。
ウシオ そう。

   と、コジマがやってくる。ジャージ姿。

コジマ ほら、席に着け。ホームルーム始めるぞ。
ウキノ げ。コジマじゃん。
コジマ ウキノ。女の子が「げ」とか言うな。あと『先生』をつけろ。三年生だろ。いいから、席に着け。こら、タカイ。お前の席そこじゃないだろ。
タカイ (ト、席を移動しながら)もしかして、コジマ先生が担任?
コジマ 悪いか。
タカイ いーえ。
ロクロ (溜息)
コジマ ロクロ。あからさまに溜息をつくな。傷つくから。
ロクロ すいません。先生の顔を見たらつい。
コジマ ヒドイだろそれは。よし、みんな席付け。ほら、ウキノも。
ウキノ はーい。
コジマ いいか。これから始業式だから簡単にホームルーム終わらせるぞ。ほら、静かにしろ。……よし。改めて、進級おめでとう。担任のコジマアキラです。
    とうとう君たちも受験生だ。今年一年の頑張りで、これからの進路が決まるわけだ。
タカイ 先生、四月早々、気が重くなる話しないでくれよ。
コジマ そんなこと言っていると、あっという間だぞ。
ウキノ あっという間か~。
コジマ ……まぁでも受験生だからって勉強ばかりやっていれば良いってものでもないからな。最後の学年だ。本とだけつきあうんじゃなく、
    勉強ばかりするんじゃなく、同じ時間を生きている人同士のふれ合いも大事にして欲しい。

   ト、話しながらコジマはウシオが読んでいる本を閉じる。

コジマ この一年で君たちは、この学校を去ることになる。君たちがいる今は、今だけのものだ。なにかを残せというわけじゃない。
    でも、なにかを残そうとすることは、それだけで素敵なことだと思う。悔いの無い一年になることを、担任として応援しているよ。
    ……結構、三年の担任もやれそうじゃないか俺。
タカイ それ自分で言っちゃおしまいだよ。
コジマ そして! 大事なのはここからだ! はい、こっちを、ミル!……いいか、私は! 君たちに。…………… ………
   (と、照れて)会いたかったぜ。以上ここまで……どうだ。感動したか。
タカイ いや、正直引いた。
コジマ なんでだよ!
ロクロ 恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに。
コジマ 人間、恥ずかしくても言わなきゃいけないことがあるんだ。
ウキノ でも前半は結構良いこと言ってましたよ先生。
コジマ 大事なのは後半だ!
ロクロ まぁ、全部ジャージが台無しにしてるけど。
コジマ もういい! じゃあ始業式だから。体育館へ行くぞ。新年度から注意されるわけにはいかないからな。

   コジマが廊下へ出る。ロクロが廊下へ出る。ウキノが続く。
   タカイも廊下へ出ようとする。
   ウシオは閉じられた本を前に座ったまま。

タカイ 行かないのか?
ウシオ ううん。行くけど。
タカイ そっか。
ウシオ ……ねえ。
タカイ なんだよ。
ウシオ 見つけられるかな。
タカイ なにを?
ウシオ なにか。
タカイ なにかって?
ウシオ ……残したいって思うものかな。
タカイ わかんないけど。まだ三年も始まったばかりだし、のんびりやれば良いんじゃないか。
ウシオ ……そうだね。

   タカイが去る。
   ウシオは本を持って行こうとする。が、その本を机の上に置く。
   そのまま歩き去る。チャイムの音。ざわめきが広がっていく。
   音楽と共に溶暗。

05 ある作家の憂鬱 作家と後輩

   作家がため息をつく。
   と、同時にノックの音が聞こえる。

作家 どうぞ。

   後輩が入ってくる。

後輩 失礼します。お茶でも入れようと思ったんですけど、湯飲みはどこに……
作家 ああ、食器棚じゃなくて、食器洗浄機に置きっぱなしになっていると思います。適当に使ってください。
後輩 わかりました。あの、どうですか?
作家 ちょうど、区切りが一つつくまで見たところです。けど、微妙ですね。
後輩 ですか。
作家 ええ。あの人の作品にしては、展開が遅い。似たようなセリフが多すぎる。それに、なんていうかな、空気が違いますよ。本当に、これはあの人の
   作品なんですか? これじゃまるで……
後輩 まるで?
作家 いえ。何でもありません。まさか、そんなはずがないですから。これ、宮野さんはもう見られたんですか?
後輩 はい。あ、えっと、始めの方だけ。
作家 あの人の作品らしいって、思いましたか?
後輩 木原ヨウコ先生の作品は、あまり読んだことがなくて……
作家 編集者なのに、あの人の作品を読んだことが無いんですか!?
後輩 不勉強ですいません。
作家 いえ、別に責めている訳じゃなくて、ちょっと驚いただけです。……しかし、それにしても、木原ヨウコの作品を読んだことが無い編集者がいるなんて。
後輩 お姉さんの作品、よく読まれているんですね。
作家 いえ。仕事の関係上、どうしても読まなくてはいけないものがあるものだけ目を通す。それだけです。
後輩 でも、すぐわかる程度には読まれているんですね。
作家 ……何が言いたいんですか?
後輩 あ、お茶、いれてきます。

   後輩が去る。作家はまた溜息をつくとDVDを見出す。

06 <物語の世界 2>夏休み前の風景

   季節は夏休みに入る間際。
   教室の中は夏を思わせる様相をしている。どこからか聞こえる蝉の声。
   机には生徒の姿。見えている生徒は、ウシオ、タカイ、ロクロ、ウキノ。
   だが、クラスには30人ほどの生徒がいるつもりで。
   教卓に頭からバケツをかぶったコジマ先生の姿がある。
   コジマ先生はびしょ濡れになっているらしい。今回はスーツを着ている。

コジマ えー今日は終業式で明日から夏休み。と言うことで気持ちよく終わらせたかったんだが、なんなんだこれは。
ウキノ バケツです。
コジマ うん。分かってる。バケツなのは分かってるんだ。
タカイ なんでバケツかぶってるんですか?
コジマ 好きでかぶっていると思うのか。こんなびしょびしょになってまで。
ロクロ ある意味似合ってますよ。ね?
ウキノ うん。「水もしたたる」ってやつ?
コジマ うん。ありがとう。まさか、高校三年生のクラスでこんな目にあうとは思わなかった。ということで、誰だ。ドアのところに水に入ったバケツを
   仕掛けるなんてウエットに飛んだジョークをやってくれたのは。……(ト、ロクロに)ロクロ、お前か?
ロクロ 違いま〜す。
コジマ (ト、ウキノに)ウキノウミエ。お前か。
ウキノ 先生ひどい。生徒を疑うんですか?
ロクロ ひどいよね。
コジマ うるさい! 高校生にもなって子供じみた事をするな! 俺はこの後、出張が入ってるんだぞ。
タカイ どこ行くんですか?
コジマ 名古屋だよ
ウキノ 誰と行くんですか?
コジマ そんなのどうでもいいだろう
ロクロ コミネ先生ですか?
コジマ なんでそれを!?
ウキノ ああ、だから今日はそんな気合入ってるんだ
タカイ そりゃいつものジャージじゃなぁ。
ウキノ コジマ先生とコミネ先生じゃ釣り合わないと思うけど。
ロクロ そのスーツもあんまり似合ってないしね。
コジマ ほっとけ。
ウキノ でも先生、コミネ先生彼氏いるよ?
コジマ マジで!? い、いや、小峰先生の事は今は関係無い。今は誰がこのイタズラをしたのかだ。白状しないと、ホームルームは終わらないぞ。
ロクロ&ウキノ え~
タカイ 先生、俺早く部活行きたいんだけど。
コジマ 黙れ。いいか、誰がやったかわかるまで全員帰らせないからそのつもりでいろ!

   顔を見合わす生徒達。ロクロがウキノをつつく。ウキノは首を振る。

タカイ 誰だよやったやつ。
コジマ 早めに話した方が身のためだと思うけどな。
ウシオ ……コジマ先生、
コジマ なんだ? 用事があっても駄目だぞ。犯人が分かるまでは絶対に帰さないからな。
ウシオ 私が、やりました。
タカイ&コジマ はぁ!?

   周りの目が驚きと共にウシオに集まる。
   ウシオがうつむく。音楽と共に溶暗。

07 ある作家の憂鬱

   作家が溜息をつく。先輩が現れる。本を開き読み始める。

先輩 その日、編集者が持ってきたDVDに納められている作品は、姉の作品を映像化した物のはずだった。僕は軽く目を通すだけ通して、自分の作品へと
   取りかかるつもりだった。締めきりを過ぎても新作が書けず、昔の作品のリメイクも思うようにいかなかった当時の僕はひどく焦っていた。しかし、
   DVDの映像を見るにつれ、目が離せなくなった。ここに納められている作品は、姉の作品を映像化した物のはずだ。それなのに、それは、全然
作家&先輩 あの人らしくない。
作家 なんだよ。全然らしくないじゃないか。こんなの。あの人の作品じゃない。これじゃまるで、いや、あの人が読んでるはずがない。
   全く興味も無かったはずだ。なのに、だけど、これじゃまるで、
先輩 これではまるで、
作家 ……僕が作った物語みたいだ。

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08 <物語の世界 2>放課後①

   明かりがつくと教室にはウシオとロクロとウキノがいる。
   ウシオをロクロとウキノが囲んでいるように見える。

ウシオ ……あの、何ですか? 話って。
ロクロ なんであんなこと言ったの?
ウシオ え。
ロクロ バケツよ。コジマ先生に言ったでしょ。自分がやったって。
ウシオ はい。
ロクロ あんたじゃないのはわかってるの。
ウキノ トキコとうちだしね、やったの。
ロクロ なんであんなこと言ったの? かばってあげてたとか思ってるの?
ウシオ 違う。
ロクロ じゃあなに?
ウキノ あんた関係ないじゃん。
ウシオ ごめん。
ロクロ 謝ればいいと思ってる?
ウシオ そんなつもりじゃ……
ロクロ じゃあなに? いい子ぶってるの?
ウシオ そんなんじゃなくて。その……

   タカイが入って来る。ロクロ、ウキノ、ウシオは言葉を止める。
   タカイは少女達の視線に気づかないように自分の机に寄り、
   体育館履きが入った袋を手に取る。
   さらに机の中をあさり、プリントを出し、見る。
   時折三人をちらりと見るが、三人の少女達は視線を外す。
   タカイは、体育館履きの袋を持って教室を出ようとするが、立ち止まる。

タカイ なにやってんの?
ウキノ 別に何もしてないよ。ね?
ロクロ 関係ないでしょ。
タカイ いじめ?
ウキノ 違う違う。
ロクロ あんたには関係ないでしょ
タカイ そいつん家、うちの近くなんだよ。いじめられるとかあると俺も責められるんだ。
ウキノ トキコ、どうする?
ロクロ ……(ウキノに)行こう。
ウキノ うん。

   ロクロとウキノが教室を出て行く。
   
タカイ ……らしくないな。
ウシオ そうかな。
タカイ ずっと波風立てないようにしてたろ。
ウシオ 目立つの嫌いだから。
タカイ 今更どうしたんだよ。
ウシオ 本当、今更だったよね。
タカイ ……なんかあったのか?
ウシオ 引っ越すんだ。あたし。
タカイ え。
ウシオ お父さんの仕事の都合でね。大阪。だって。
タカイ ……急な話だな。
ウシオ うん。
タカイ だからなのか。
ウシオ だからかも。
タカイ だからって。変だろ。人の罪かぶるなんて。
ウシオ ……あたし、高校って通過点だと思ってたから。
タカイ 言ってたな。ずっと。
ウシオ ここで友達とか、仲のいい人とか、作っても意味ないって思ってて。だってどうせ大学は別々だろうし。別れ別れになるんだから。
タカイ 部活も入らなかったもんな。
ウシオ 卒業するまで一人でいいやって思ってて。
タカイ うん。
ウシオ 思って、たんだけど。
タカイ うん。
ウシオ 引っ越すって決まって。この学校も、今日までだって思ったら、なんかね。なにもないなって思っちゃって。
    何もしてなかったんだから当たり前なんだけど。あたし一人がいなくなっても何も変わらないんだなって。
    あたしなんかいてもいなくても同じなんだなぁって。それがすごく。……なんていうか。なんて言っていいかわからないんだけどさ。
タカイ そうか。
ウシオ うん。

   ロクロとウキノがやってくる。

ウキノ 鞄。忘れてたから。

   と、ウキノが机の上の鞄を手に取る。ロクロはタカイとウシオを見ている。

タカイ なに?
ロクロ なんか凄い私達悪者みたいになってない?
ウシオ そんなことないよ。
タカイ 悪者だろ。
ロクロ あんたに聞いてない。
タカイ はいはい。
ウシオ もしかして、聞こえてた?
ウキノ というか、聞いてた。
ロクロ 聞こえちゃったの。ウキノが鞄忘れたって言うし。
ウキノ 戻ろうとしたら、丁度二人話してて。
ロクロ なんか、入りにくい空気だったし。
ウキノ 私、ウシオさんって一人が好きなんだと思ってた。
ウシオ 別に一人は嫌いなわけじゃないんだけどね。
ウキノ でも、なんて言うか、ねぇ?
ロクロ 寂しいんでしょ。
ウシオ ……そうかも。

09 <物語の世界 2>放課後②

先生現れる。ジャージ姿。教卓の上の出席簿を手に取る。

コジマ おう、なんだ。まだ帰ってなかったのか。
タカイ あれ先生。出張は?
コジマ これからだよ。
ウキノ 出張じゃなくてデートでしょ?
ロクロ デートにジャージはないよ。
ウキノ 確かに。
コジマ 誰のせいだ。
ウシオ 先生、その、
コジマ ああ。わかってる。お前じゃないんだろう?
ウシオ その、
ロクロ 私がやりました。
ウシオ え……。
ロクロ 私がいたずらでバケツ仕掛けました。水までかぶらせるにはどうしたら良いかって考えるの、すごく楽しかったので。
ウキノ 手伝いました。
コジマ よし。正直でよろしい。

   ト、言いつつコジマは出席簿でウシオ、ロクロ、ウキノ、タカイの頭を叩いていく。

ウシオ !
ロクロ あたっ。
ウキノ いて。
タカイ つっ……て、なんで俺まで。
コジマ ついでだ。
タカイ そんな。
ウシオ 嘘をついてすいませんでした。
コジマ いいか。お前は勇気を出したつもりだったのかもしれない。でもそれは正しい勇気じゃない。わかるな?
ウシオ ……はい。
コジマ でも、正しくなかったとしても、勇気は勇気だ。今日勇気が出せたお前なら、正しい勇気も出せるはずだ。
    新しい場所に行ったら、正しい勇気が出せる様に頑張ってみろ。
ウシオ ……はい。
ウキノ へぇ。先生、たまにはいい事いうね。
タカイ これでジャージじゃなけりゃな。
ウキノ 本当台無しよね。
コジマ 誰のせいだ。
ロクロ そんなことより、ウシオさん。
ウシオ はい。
ロクロ 大阪、だっけ? いつ引っ越すの?
ウシオ ……夏休み中には。
ロクロ そう。
ウキノ せっかく同じクラスになったのに。ね?
ロクロ そうね。もう少し、ちゃんと話したかった。
ウシオ ……あの……だったら、その……
ロクロ なに?
ウシオ ……ロクロさん、メアド教えてくれる?
ロクロ ……条件があるわ。
ウシオ な、なに?
ロクロ 私、自分の名字嫌いなの。だって、ロクロ首みたいでしょ。だから名前で呼んで。
ウシオ トキ、コ、さん。
ロクロ 大きな声で!
ウシオ でも、これまでで誰かのこと名前で呼んだ事なんてないから。
ウキノ いいんだよ。 大事なのはここからだから!
ウシオ ……トキ!子さん
ロクロ どこに絶滅危惧種の鳥が?
ウシオ いないけど! そうじゃなくて、
ロクロ いい? 大事なのは意志!
ウシオ 意志。
ロクロ 意志!
ウシオ ……意志!
ロクロ そう、意志!
ウキノ 以上。そこまで。
ロクロ ほら、言ってみて。
ウシオ トキコ、さん。
ロクロ うん。改めてよろしくね。ウシオ……(と、下の名前が思い出せない)
ウシオ リサ。ウシオリサです。
ロクロ リサ。
ウキノ あたしにも教えて。あ、私、ウミエって名前好きじゃないから。名字でいいよ。
タカイ そういえば、俺もメアド知らなかったな。
コジマ じゃあ、俺も。
タカイ なんかそれ犯罪くさい。
ロクロ 犯罪っぽいわね。
ウキノ 犯罪みたいだね。
ウシオ 犯罪ですか?
コジマ なんだなんだ! せっかくいい雰囲気になってるとこに水差すな!
ウキノ 先生が入ってくると台無しになる気がする。
ロクロ なる気が、じゃなくて、ジャージのせいで台無しよね。
コジマ ひでぇ。
ウシオ みんな……ありがとう。

   皆が笑顔を浮かべる。音楽と共に溶暗。

10 ある作家の憂鬱 先輩と後輩

   電話の鳴る音。上手側に後輩が現れる。携帯を手に電話をしている。
   どこか違う場所に先輩が現れる。

先輩 彼の調子はどう?
後輩 どうでしょうか。一応、目は通しているみたいです。
先輩 だったらいいわ。
後輩 本当に、これで書くようになるんでしょうか。
先輩 心配?
後輩 そりゃ心配ですよ。初めて作家の担当になったと思ったら、その作家さんがスランプなんて。
先輩 大丈夫。書くわ。
後輩 ずいぶん自信があるんですね。
先輩 信じているだけよ。
後輩 そりゃ、先輩は色々な作家さんを担当されてきたわけですから、作家さんのスランプなんてお手の物なのかもしれないですけど。
   私はそんなに自分に自信が持てません。
先輩 私が信じているのは自分じゃないわよ。
後輩 そうか。コウタロウ先生を信頼しているんですね? やっぱり作家と編集者には信頼関係が大事ですよね。
先輩 信じているのは、彼とヨウコが姉弟だったっていう事実だけよ。
後輩 でも、お姉さんとは仲が悪かったって。
先輩 あなた、彼女の作品に目を通してないんだったわね。
後輩 はい。でもそれが?
先輩 DVDは見た?
後輩 最初のほうだけ。
先輩 じゃあ頼んで全部見せてもらいなさい。そうすればわかるわ。
後輩 そんなに凄い作品なんですか? 思わず続きが書きたくなるくらいの?
先輩 作品としては平凡ね。
後輩 じゃあ、なんで?
先輩 彼が最後まで見終わったら呼んでくれる? その時あなたがわかってなかったら、私から説明するから。名前に気をつけてね。
後輩 あ、ちょっと先輩!? ……本当、大丈夫なのかな……。

   後輩が溜息をつく。お湯が沸く音。
   いそいそとお茶を入れに行く。

11 <物語の世界3> 4年後の教室①

   明かりがつくと、そこは一つ前のシーンより4年後の教室。
   蝉の鳴き声が聞こえる。どこからか活動中の生徒の声も。夏休み。
   しばらくするとラフな格好のウキノがやってくる。
   その後ろからロクロもやってくる。ラフな格好。

ウキノ うわ。やっぱり全然変わってない。
ロクロ そりゃあ校舎の外観も、廊下もたいして変化無いのに、教室だけ変わってたらおかしいでしょ。
ウキノ そうだね。ねぇ。最後に座ってた席、覚えてる?
ロクロ まさか。何年経ったと思ってるの。
ウキノ まだ四年くらいでしょ。
ロクロ もう、四年よ。

   と、タカイがやってくる。やたら荷物を持っている。

タカイ おお。やっぱり全然変わってないな。
ロクロ 同じこと言ってる。
ウキノ ね。
タカイ なんだよそれ。あ、なぁ最後に座ってた席、覚えてるか?
ロクロ ほらまた!
タカイ だから、なんだよそれ。
ロクロ あんたたち、似たもの同士だわ。
ウキノ みんな同じ事思うんだって。
タカイ 何の話だよ。あ、俺、確かここだったな。
ロクロ 良く覚えてたわね。
タカイ そりゃ覚えてるよ。まだ四年くらいだろ。
ウキノ ほら、ね? 「まだ」でしょ?
ロクロ はいはい。それで、リサは? もう会った?
タカイ いや。なんか校舎ぐるっと回ってくるってメール来たけど。懐かしいからって。
ロクロ そう。
ウキノ ここにしてよかったね。
タカイ だろう? だから言ったんだよ。反対した奴もいたけどな。
ロクロ 反対なんてしてないでしょ。
タカイ 学校なんて辛気くさいって言っただろ。
ロクロ 事実でしょ。
ウキノ 言いようってものがあると思うよ。
ロクロ 良いでしょ。結局学校で集まることにしたんだから。

   ロクロは言って教室から出て行こうとする。

タカイ どこ行くんだよ。
ロクロ 先生呼んでくるのよ。どういう形であれ、リサも会いたいだろうし。

   ロクロが去る。

ウキノ なんだかんだで、二人仲いいんだよね。
タカイ 会ったりしてたのか?
ウキノ うん。去年の夏休みとか、冬休みとか。向こうがこっち来たり、こっちが向こう行ったりね。
タカイ なんだ。俺全然聞いてないんだけど。
ウキノ そりゃ男の子はね。誘いにくいよ。
タカイ そんなものかね。
ウキノ だから、リサも、ガっくんと会うの楽しみにしていると思うよ。
タカイ がっくんて呼ぶな。
ウキノ え、ガっくんて呼ばれてたんでしょ? がっちゃんの方が良い?
タカイ やめろって。
ウキノ 気に入ってたくせに。
タカイ 小学生の頃の話だよ。そんな話までしたのかあいつ。
ウキノ 女の子だからね。
タカイ それ関係あるのかよ。……で、何を楽しみにしてるって?
ウキノ 知りたい?
タカイ 別に。
ウキノ あっと。さてと、私も、久しぶりに先生に挨拶してくるね。

   ウキノが去る。

タカイ あっ……。

   と、ウシオがやってくる。やや明るい服装。髪型も変わっている。

ウシオ やっぱり全然変わってない。
タカイ そりゃあ外観も、廊下もたいして変化無いのに、教室だけ変わってたらおかしいだろ。
ウシオ そっか。ねぇ。……覚えてる?
タカイ ……ここが、お前の席だったよな。
ウシオ 席のことだってよく分かったね。
タカイ みんな、同じこと言うらしいからな。
ウシオ ……覚えてるなんて思わなかった。
タカイ まだ四年くらいだろ。
ウシオ もう、四年だよ。……なんか、机少し小さく感じるね。何でだろう。身長、卒業してから変わってないんだけどな。
タカイ 体重は増えただろ。
ウシオ 本当、相変わらずだね。
タカイ お前は、ちょっと明るくなったな。
ウシオ そうかな。……久しぶり。
タカイ ああ。
ウシオ なんかあれだね。
タカイ だな。

   ややぎこちない間。
   蝉の鳴き声が遠く聞こえる。そして、運動部の歓声。
   声が遠ざかっていく間、二人はお互いの距離を測りかねている。

タカイ 髪、
ウシオ え?
タカイ 変えたんだな。
ウシオ 変かな?
タカイ いいんじゃないか。よく分からないけど。
ウシオ そっちこそ……あんまり変わってないね。
タカイ 面倒なんだよ。一々髪型変えたりするの。
ウシオ そうだよね。……トキコと、ウキノは?
タカイ 先生迎えにいってる。
ウシオ 先生? って、コジマ先生!?
タカイ いや。
ウシオ あ、そうだよね。もう移動になってるよね。
タカイ そういうわけじゃないんだけど、まぁ、そういうわけというか。
ウシオ 何それ。
タカイ 色々とあったんだよ。だから、驚かないでいてくれると嬉しい。
ウシオ 何それ。

12 <物語の世界3> 4年後の教室②

   コジマがやってくる。きっちりとした服装。どこか雰囲気が違う。
   その後ろにウキノとロクロ。

ウシオ 先生、お久しぶりです
コジマ ……えっと
ウシオ あ、覚えてないですよね。
コジマ いや、そうじゃない。いや、そうなんだが、そうじゃないというか。
ロクロ ウシオさん、実はね。
コジマ いや、僕から話そう。
ロクロ 分かりました。
ウシオ ……どういうこと?
コジマ 兄とは親しかったのかな?
ウシオ 兄?
タカイ この人は、俺たちの担任だったコジマ先生じゃないんだ。
ウシオ え?
コジマ 君たちは兄が担当していたクラスだったんだよね? 初めまして。コジマアキラの弟、コジマ……ショウです。

   蝉の声が大きく聞こえる。

ウシオ コジマ先生の、弟? じゃあコジマ、その、アキラ先生は?
ロクロ それが、半年前に……
ウシオ ……何があったの?
ウキノ リサ、落ち着いて聞いてね。
ウシオ うん。
タカイ 卒業式の日に、卒業生から胴上げされてさ。で、調子に乗った卒業生が激しく胴上げを続けたせいで、その、バランスが悪くなって。
ロクロ 頭から落ちたのよ。アスファルトに思い切りぶつけたらしくて。
ウキノ しかも、その後しばらくは普通に見えたらしくて。病院に行った方が良いっていう生徒の言うこと聞かないで、ホームルームもやって、
    その後も色々作業で学校に残っていたらしくて。それで……
ウシオ そんな……
コジマ 夜の見回りをする警備員が、職員室の机に突っ伏すように倒れているのを発見したんだそうだ。
ウシオ それで、そのまま?

   皆、何も言えずうつむく。

ウシオ 教えてくれれば良かったのに。
ウキノ なんて伝えていいかわからなくて。
ロクロ ちょうどその頃就職活動始まって忙しくしていたでしょう? だから言えなくって。
ウシオ そっか。……先生らしいっていえば、らしいね。
タカイ 本当、ドジだよな。
コジマ すまん。
ロクロ 弟さん、には関係ないじゃないですか。
コジマ あ、ああ。そうだったな。
ウシオ ……ごめん。ちょっと……。

   ト、ウシオは教室から走り去る。蝉の声がやや止む。

タカイ ショックだったろうな。
ウキノ うん。
ロクロ 仕方ないでしょう。伝えないわけにはいかなかったんだし。
コジマ これで良かったのかい?
ロクロ ええ。
タカイ 本当のこと言った方が良いと思うけどな。
ウキノ でも多分信じないと思うよ。
タカイ そりゃそうだ。
ロクロ あたし達だって完全に信じたわけじゃないから。
コジマ まぁ、自分でも信じられない話だとは思うよ。
ウキノ 先生、本当覚えてないんですか?
コジマ ……すまん。君たちも生徒だったんだよな?
タカイ 日常生活にはなんの支障も無いんですよね?
コジマ 一応ね。仕事も今年の生徒に関しては問題ないよ。
ウキノ 本当あるんですね、こういうこと。
ロクロ 頭を打って記憶喪失なんて。
コジマ すまん。
ロクロ 謝ることじゃないと思うけど。
タカイ とにかく、あいつの前では、今日一日、別人のふりをしていて下さい。
コジマ でも、正直に話さなくて良いのかな。いずれはばれることだと思うけど。
ウキノ 私もそうは思うんですけど。でも。ね?
タカイ あいつ、……多分、コジマ先生のことをすごい、その……支えにしてたところあるから。多分、亡くなったって聞くよりもショックだと思うんです。
   覚えてないって事は、あいつがいなかったと同じようなものだから。そんなこと聞いたら、あいつ、辛いじゃないですか。
コジマ ……分かったよ。とりあえず、職員室に戻るな。なにかあったら呼んでくれ。
ロクロ ありがとうございました。
コジマ こちらこそ。記憶は無くても、なんだか懐かしかった感じがしたよ。

   コジマが去る。

ウキノ なんだか、変な感じだったね。
ロクロ コジマ、本当に私たちのこと覚えてないのかな。
タカイ 嘘つく必要は無いだろう。
ロクロ でも、記憶なんて見えないでしょ。なんかちょっとしたことで思い出しそうじゃない?
ウキノ 見た感じ、全然変わってないのにね。
ロクロ なんかさ。まるでなにもかったみたいじゃない。何も覚えてないんだから当たり前なんだけど。あたしたちみんな、いなかったみたいじゃない?
   いてもいなくても同じなんだって言われてるみたいでさ。なんかすごく。……なんていうか。なんて言っていいかわからないけど。
タカイ なんだか、ずいぶん前に似たような事を聞いた気がする。

   ウシオが戻ってくる。

ウキノ 早かったね。
ウシオ 本当は、もう少し早く戻れたんだけど。丁度先生が教室から出てくるところだったから。ちょっとお話しさせてもらってきた。
ロクロ そう。
タカイ 似てるだろう。コジマ先生に。
ウシオ うん。そっくりだね。……でも、違うんだよね。
タカイ そうだな。
ロクロ ……やっぱり集まる場所は学校じゃない方が良かったんじゃない?
ウシオ そんなことない。そんなことないけど。ただね……
ウキノ ただ?
ウシオ ……絶対。いつか言おうと思ってた言葉があったから。……あの時のあたしじゃ勇気がなくて伝えられないって飲み込んで。
    でも、いつか言おうと思ってた言葉があったから。伝えておけば良かった。いつかなんていつ来るか分からないのに。バカだよね。
ロクロ そうかもね……。
タカイ ……大事なのはここからだろ! これを!
ウシオ 何、これ?
タカイ きっと!……会いに行かせるから。
ウシオ だれを?
タカイ 今は言えないけど、でも! これ、持っててくれよ。
ウシオ これは?
タカイ TEL!(テル
ウシオ てう?
タカイ TEL!(テル)
ウシオ てる?
タカイ TEL!(テル) 
ウシオ って、誰の?
タカイ とにかくTEL! 電話させるから。
ウシオ 誰に? というかなんでこんなこと。

   そのままタカイは走り去ろうとする。

タカイ いいだろべつに。以上! 終わり!

   走り去るタカイ。

ウキノ 青春だねぇ。いいな。
ロクロ いいか?
ウシオ あたし、どうしたらいいのかな。
ロクロ 男が気持ちぶつけてきたんだから、女は答えれば良いと思うけど。
ウキノ 青春の一幕だね。
ウシオ 青春か。……こんなことがあるなんて、あの時は考えもしなかったな。
ロクロ そりゃ分かってたらビックリよ。
ウシオ もう四年も前なのにね。
ウキノ だよねぇ。年取ったなぁ。
ロクロ なに言ってるの。……まだ、四年でしょ?
ウシオ ……うん。そうだね。まだ。だ。あたし達、まだまだだね。
ウキノ まだまだか。
ロクロ そうよ。当たり前でしょ。


   外で聞こえる運動部の歓声が大きくなる。蝉の声が激しくなっていく。
   音楽と共に、溶暗。

13 ある作家の憂鬱 作家と編集者

   書斎に作家がいる。パソコンのキーをせわしなく打っている。
   その流れは一度も止まらない。が、突然気がついたように動きが止まる。
   Deleteを押そうとして悩む。そんな作家を姉と案内人①、②は見ている。

案内① 気は、済みましたか?
姉 ……。
案内② 弟さん、続きを書いてくれるでしょうか?
姉 分からない。多分、届かなかったから。うん。ありがとう。
案内② いえ、べつに。私は何も。
姉 じゃあ、行きましょう? 
案内② いいんですか?
姉 うん。って言っても、今日はもう無理か。でも、ここにいたら、また「もうちょっと」って言いたくなっちゃうから。だから。
案内① もう、いいんですか?
姉 うん。ごめんなさい。ちょっと、じゃなかったね。いつの間にか、もう半年も経ってたのに。いつまでも諦めきれないで。
案内① もう、じゃない。
姉 え。
案内① まだ、でしょう。あなたの作品の中で言っていたことじゃないですか。
姉 でも、ちょっとだけだって。
案内① 半年も待ったんです。後ちょっとくらい、何でもない。
姉 ……はい。
案内② 決めたことはきっちり守らせるんじゃなかったでしたっけ?
案内① だから、言ってるだろ。ちょっとだけだ。
案内② ちょっとだけ、ですね。

   チャイムの音が鳴る。姉と案内人たちは見守る。作家が書斎から出る。

作家 はい。開いてますよ。……聞こえないよな。聞こえないよ。聞こえるわけがないじゃないか。

   と、上手奥から手を拭きながら後輩が現れる。
   エプロンを着けている。なにかを作っていたらしい。

後輩 はい。今でます。
作家 宮野さん、その格好は?
後輩 なにかお食事を作ろうと思いまして。あ、とりあえず、出ますね。
作家 お願いします。

   と、先輩が現れる。

後輩 先輩。
先輩 作品、見られたようですね。
作家 ……
後輩 (作家に)すいません。知らせたのはあたしです。
作家 それくらい分かってますよ。それで? 何で来たんですか?
先輩 どうしてた? お姉さんのドラマは。
後輩 あ、私、なにか飲み物入れてきますね?

   と、後輩が去る。

作家 ……正直言えば、驚きましたよ。
先輩 というと?
作家 何なんですか? このドラマは
先輩 ですから言ったとおり、あなたのお母さんが最後に書かれたものです。
作家 ヒドイ出来だ。
先輩 そうかもしれません。
作家 こんなものを今更私に見せてどうしようって言うんですか?
先輩 このドラマを完成させてくれませんか?
作家 帰って下さい。興味はありません。
先輩 そんなに、お姉さんが嫌いですか。
作家 興味が無いだけです。
先輩 あなたがヨウコを恨む気持ちは分かります。
作家 べつに、恨むとかそういうことじゃないです。
先輩 両親を早くに亡くしたあなたにとって、お姉さんはただ一人の家族だった。それなのにヨウコは、仕事に力を注いだ。
   そのため家庭的なドラマで売れるその作風とは別に、家庭をほとんど知らずにあなたは過ごすことになった。
作家 丁寧な説明ありがとうございます。だからって別にあの人恨む気持ちはありませんよ。おかげで物を書くことを覚えましたし、
   私自身作家として生計を立てられていますから。あの人が私を愛さなかった分、読者に愛されていますしね。

   そこへ飲み物をトレイに載せて後輩が現れる。

後輩 それは違います。
作家 何がですか。
後輩 あなたはヨウコさんに愛されていました。
作家 何を馬鹿なことを。
後輩 あなたのお姉さんは、あなたを愛していました。
作家 くだらない。(先輩に)あなたもまさかそれを言うためにわざわざ家に来たんですか? 死の淵にいるときでさえ、こうして作品を書くことはしても、
   家族になにかを書き残そうとすらしなかった人ですよ? ああ。べつに書き残して欲しかったわけじゃないですけどね。
先輩 書き残してましたよ。しっかり。
作家 何を言ってるんだ?
先輩 あなたのお姉さんは、……ヨウコは、あなたへのメッセージをしっかり書き残していた。だから、私は今日ここに来たのよ。
作家 ふざけるな! 何でそんなことがあんたに分かる!? あの人の書斎には何もなかった。どれだけ探しても、何の言葉もなかった。
  病室だって同じだ。病室に残っていたのは原稿の書き損じだけだ。あの人は俺には何も残さないで逝った。まるで、まるで……
後輩 「まるで、何もなかったかのように?」
作家 ……
後輩 何回も出てきますよね。この作品の中で。同じフレーズが。まるで深い後悔の念があったかのように。
作家 だからなんだって言うんですか。結局、あの人は何も残してない。それが事実だ。
先輩 何かを残して欲しかったの? 
作家 違いますよ。そんなんじゃない。
先輩 あなたが思うほどに、ヨウコにも思われていると、信じるために。
作家 僕はあの人のことなんてなんとも思っていない!
後輩 映像に目を通しただけで、ヨウコ先生の作品とは何かが違うと気づけたのにですか?
作家 それは、仕事で仕方なく目を通すことがあるからで。
後輩 原稿を読んで違いに気づくのならわかります。でも、映像で作家の違いに気づくのは、よほどその作家の作品を読んでいる人だけです。
先輩 ……ヨウコも、あなたの作品はよく読んでいたわ。
作家 まさか!?
先輩 映像を見て、思わなかった? 自分の作品に似ていると。
作家 それは……でも、まさか。僕の作品を? 仕事ではなく?
先輩 あなたの作品が出るたびに、ね。
作家 ……そのことを伝えたかったとでも言うんですか?僕の作品を読んでくれていると。そんなことを、伝えるためだけにこの作品を?
先輩 (後輩に)脚本を。
後輩 はい!

   後輩は書斎に行ってヨウコの本を取ってくる。

先輩 (後輩の動きを目で追いながら)コジマ先生、ウシオ。タカイ。ロクロ。ウキノ。初稿に書かれていた登場人物達の順番です。
作家 それがなんです。
先輩 奇妙だと思いませんか。登場人物の名前にしては。
作家 それが何だって言うんです?
先輩 (と、頭の音を強く読む)ジマ。シオ。カイ。クロ。キノ。気づきませんか?

   後輩が本を作家に渡す。作家が登場人物に目を落とす。 

作家 ……コウタロウ。
先輩 あなたの名前ですよね?
作家 ……まさか。ただの偶然だ。
後輩 ロクロなんて名字をつけるのは意図してとしてか思えません。
作家 偶然ですよ。ただの。
先輩 それではこれはどうですか。初稿には、登場人物の下の名前は書かれていません。ただ、原稿の中にそれぞれ名前を呼ばれる箇所が有り、
   そこで登場人物の名前は分かるようになっています。コジマ先生の名前は、アキラ。ウシオはリサ。それと、
後輩 タカイはあだ名がガッくんですから、ガのつく名前だと思います。ロクロトキコにウキノウミエ。ウキノウミエに至っては、名前で呼ばれるのが嫌だと、
   名前が登場した意味を完全になくしている。これも、並べてみればどうしてそう名付けられたのか一目瞭然です。アキラ。リサ。ガックン。トキコ。ウミエ。
   いいですか?(と、頭を強調し)キラ。サ。ックン。キコ。ミエ。です。
作家 ……そんな。
先輩 偶然ではないでしょう。最後に、というよりもこれを見せたくて今日はこちらにお邪魔したのですが。
   ここに、ドラマの中のシーンを編集したテープがあります。とある三つのシーンを同時に流したものです。見てみて下さい。宮野。
後輩 はい。

   後輩がディスクを受け取り、中身をリビングのDVDプレイヤーにかける。

作家 一体、何が映っているって言うんです? あの人の霊でも見えましたか。
先輩 ……言霊も霊の一種であると考えれば、見えたと言えるんじゃないでしょうか。このドラマの中で、登場人物が同じ台詞を言い放ち、
   その後大声で台詞を続ける箇所があります。
作家 ああ、すごくわざとらしいところがありましたね。たしか。
先輩 始まりの台詞は、これです。「大事なのはここからだ」この台詞をきっかけに始まる一連の流れを、ややボリュームを絞って流せばいいんです。

   映像であったように、登場人物が位置につく。同時にシーンが始まる。
   登場しているが台詞はなかった役者はそこには存在していない。
   ※以下はシーンから重要な台詞(太字で赤いもの)を抜き出したもの。

同時に、
タカイ 大事なのはここからだろ。
ウキノ 大事なのはここからだから!
コジマ 大事なのはここからだ!

タカイ これを!
コジマ 見る!
ウシオ とき!
タカイ きっと!
コジマ 私は!
ウシオ いないけど!
タカイ でも!
コジマ あ!
ロクロ いし!
タカイ てる!
コジマ あ!
ロクロ いし!
タカイ てる!
コジマ あ!
ウシオ いし!
タカイ てる!
コジマ あ
ロクロ いし!
タカイ てる!
タカイ&コジマ&ウキノ 以上。

姉 届いた――

作家 ……これは……
先輩 これが、ヨウコの……お姉さんからのメッセージです。あなたへの。
作家 ……なんて回りくどいことを。
先輩 私もそう思います。
作家 こんな、一人にしか伝えられないようなことを、仕事の中に盛り込んだんですか。あの人は。
先輩 そうなりますね。
作家 馬鹿だな。
後輩 そんな言い方って、
先輩 (後輩を手で制し)ヨウコは、それだけきっと、あなたのことを、
作家 僕は、仕事に私情は挟みません。絶対に。僕だったらやらないでしょう。……いや、僕にはやろうと思っても出来ない。
   仕事の中に、家族へのメッセージを入れようなんて、思ってもできっこない。……そうか。ちゃんと愛してくれていたんですね。姉は。仕事をしていても。
   命が消えようとしているその時も。

   先輩は後輩を見る。後輩が頷く。

後輩 ……今回の仕事、引き受けてもらえますか?
作家 僕には姉のような仕事は出来ませんよ。
後輩 作家、孝太朗としての作品で構いません。
作家 (しばし迷って先輩へ向き)一つ、わがままを言ってもいいですか?
先輩 あなたが打ち合わせするのは、私じゃありませんよ。

   先輩が作家から離れる。作家は後輩を連れて書斎へ。

姉 なんでだろう? なんだか、すごく気持ちがいい。
案内② そうですか。
姉 このまま、天に飛び上がってしまいそうなくらい。
案内① じゃあ、そうしてみたらいかがです?
姉 でも、一日一便しかないって。
案内① あなたの気持ちが彼に届いたんです。あなた一人くらい、
簡単に届くことでしょう。
姉 じゃあ、行くね。
案内① ええ。行ってらっしゃい。
姉 じゃあ、行って来ます。
案内② また、どこかで。
姉 会えるの?
案内② 会えますよ。命は廻(めぐ)っているのだから。
姉 そっか。
案内人 私だけじゃなくて、弟さんとだって。きっといつかは巡り会うんです。
姉 だったらいいな。

   姉が去る。案内人たちが世界を見守る。
   先輩が本を開く。どこからか音楽が聞こえ始める。

先輩 姉の言葉を受け取り、僕は心から思った。僕も……
作家 (後輩を向き、)僕も、なにか言葉を残したい。もう、届くわけがないと分かっているけど。愛してると言ってくれた姉へ。僕なりの言葉を。
後輩 それはどんな言葉ですか?
先輩 姉は、パズルのように言葉をばらして作品の中に埋め込んだ。でも、僕は声に出して伝えたい。早く逝ってしまったあの人へ。
   もう二度と届かないと分かっていても、伝えたい。
作家 ずっと言えなかった言葉なんです。言おうとも思わなかった。……なんで言わなかったんだろうな。

   作家はキーを叩いていく。

14 <物語の世界3>四年後の教室③

   四年後の教室②よりも、20分ほど後の世界。作家が描いた世界。
   教室の中、ウシオとウキノとロクロが身を隠している。
   ウシオより、ウキノとロクロは若干離れている(二人で相談するため)
   
ウシオ やっぱり良く無いんじゃないかな。
ウキノ だよね~。
ロクロ さっきは賛成したでしょ?
ウキノ それは何か、あの空気に流されてというか、学生のノリで。
ロクロ 同じ頭のショックで元にもどるかもって言ったのあんたでしょ?
ウキノ そんなの冗談みたいなもんじゃん。
ウシオ 元に?
ロクロ それは、その、
ウキノ (ごまかすように)なんかぎこちない感じだったからさ。悪戯すれば、先生もあたしらに対する接し方が変わるかなと。ね?
ロクロ そう! そういうことよ。
ウシオ でも、あの先生は、コジマ先生じゃないんだし。
ウキノ (ぼそりと)コジマ先生だけどね。
ロクロ 余計なこと言わないの!
ウシオ し、来たよ!

   走って来る足音が聞こえる。思わず息をのむ三人。
   足音が止まり、ドアが開く。水音。

ロクロ&ウキノ やった!
ウシオ やっちゃった……。

   バケツをかぶったタカイがやってくる。びしょ濡れになっているようだ。

ロクロ&ウキノ あ……。
ウシオ ……タカイ君?
タカイ まさか卒業してから引っかかるとは思わなかった。お前ら、タチ悪すぎ。廊下までびしゃびしゃじゃんか。
ウシオ ごめん。
ロクロ あんたねぇ。

同時に
ウキノ 空気読んでよ。
ロクロ 空気読めよ。

タカイ え。何でキレられてるの?
コジマ声 おい、タカイ君!? これ、誰の番号なんだ?
タカイ (舌打ち)追ってきたか。

   走って来る足音、

コジマ声 一体誰に電話すればいいんだ私は! タカイ君!
ウシオ 電話?
タカイ お前からじゃかけにくいと思って。
ウシオ もしかして、私の電話番号を?(なんで?)
コジマ声 ここか! ってうわっ!!

   廊下の水で滑る音。そしてぶつかる音

ウシオ 先生!?
ロクロ&ウキノ (と、タカイを見ながら)あーあ。
タカイ 俺のせいかよ!?
コジマ あいたたたた……

   と、頭を抑えてコジマが現れる。

コジマ おいおい、何で廊下がびしょびしょなんだ? 
ウシオ 先生、大丈夫ですか?
コジマ ウシオ? お前何でここにいるんだ?
ウシオ え?
ロクロ コジマ先生?
コジマ それに、ロクロにウキタ……タカイはなんでびしょ濡れなんだ。
タカイ 先生、もしかして
ウキノ 記憶戻ったの?
コジマ 記憶? お前な、そんな人をぼけたみたいに云うな。俺はまだ若いんだ。それよりどうしたんだお前たち。三年くらいか。卒業して。そうだ。
    ウシオは大阪でうまくいっているのか? あ、ここにいるってことは、こっち戻ってきたのか? 就職活動はどうだ? 
    今年も不景気だって言うからな。どうした。……なんでみんな黙ってるんだ? え、まさか、そんなに悪いのか今の景気。
ウシオ 先生、
コジマ どうしたウシオ。……なんだ? ……泣いてるのか? え、なんでだ? なんで泣いてるんだ? 泣くほどか? 泣くほど不況なのか?
ウシオ ありがとうございます。
コジマ え?
ウシオ ありがとう、ございます。
コジマ なにがなんだかわからないぞ。
ウシオ いいんです。ただ伝えたかったんです。ずっと。いつか伝えたいと思っていたんです。いつでも伝えられると思っていたんです。
    でも、伝えられないこともあることに気づいたんです。だから……ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。

   パソコンを前に、作家と後輩がいる。
   本を手にして、離れたところに立つ先輩がいる。
   教室には、泣き続けるウシオと、困り果てたコジマ。
   それを見守る友人達がいる。

   音楽が高まる。
   幕が下りてくる。

あとがき
スランプになった作家という、おきまりの登場人物の物語です。
これだけスランプな作家が出てくるのは、作品を作るのに悩むと言うことだけは
非常によく分かると言うことに他ならないわけで、情けない限りです。

「信」という字には、遠くまで届く合図や便りという意味もあるそうです。
過去届かなくても、今届くもの。今届かなくても、いつか届くもの。
そんな意味を込めてタイトルとしました。

本当に伝えたい人に、伝えたい言葉ほど、
素直に言葉にするのは難しいものですよね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。