解決しなきゃダメですか?
作 楽静
登場人物(初演時兼ね役)
男2 女4
| 朱沼 | 朱沼ゆうま(あかぬま ゆうま)探偵 |
| 日ノ出 | 日ノ出多楽(ひので たらく)・ユウマの伯父さん・会社員 |
| ミアラ | ユウマの助手・タラクの娘 |
| マミコ | 常連の相談員・ミアラの姉・フリーター |
| りお | 日吉りお(ひよし りお)引きこもっている少女 |
| さとみ | 火種さとみ(ひだね さとみ)店員・りおの元友人 |
※「 」で囲まれた台詞は心の声として録音を流す
※( )で囲まれた台詞は臨機応変に変更
前説
音楽が小さくなり、りお役とさとみ役が仲良く出てくる。
りお役 こんにちは、
りお役&さとみ役 赤ねく隊です。
りお役 本日は(お足元のお悪い中)○○(今回の企画名)にお越しいただき、ありがとうございます。
さとみ役 上演に先立ちまして皆様にお願いがあります。まずは1つ目、
りお役 本公演上演時間は約45分を予定しています。お手洗いを済ませておきたいよという方は今のうちにお済ませください。今のうちですよ。上演時間は押しませんからね?では、2つ目。
さとみ役 上演中、非常灯が消灯します。非常時はスタッフが案内しますので、その場でお待ちください。非常時は慌てないことが大事です。落ち着いて行動しましょう。はい、3つ目。
りお役 飲食、喫煙、許可のない撮影はご遠慮ください。蓋の付いたお飲み物は、お飲みできますが、周りの方への迷惑にならぬようお気を付けください。役者との写真撮影は、終演後、受付の辺りに役者が参りますので、そちらでお願いします。ラスト、4つ目。
さとみ役 上演中のスマートフォン、携帯電話、他電子機器のご使用はお控えください。スマフォはマナーモード、あるいは機内モードにして頂くか、電源を切って頂ければ幸いです。
りお役 公演前のお願いは以上となります。
さとみ役 多くの方に気持ちよく公演を楽しんでいただくため、ご協力お願い致します。
りお役 以上、上演前の前説を、(団体名)、りお役〇〇と、
さとみ役 同じく(団体名)、さとみ役〇〇でお送りました。
りお役 それでは、開演まで今しばらくお待ち下さい。
二人は仲よさげに頭を下げる。
顔を上げた途端睨み合い、お互い逆方向へと去る。
音楽流れ、あたり暗くなる。
①
明かりがつくと赤沼が立っている。探偵っぽい音楽。
朱沼 俺の名前は朱沼ユウマ、令和8年にもなって口に出すのはちょっと恥ずかしいが、探偵だ。事務所を戸部駅近くに構えて3年。なんとか生活できるほどには稼げている。おっと、今のご時世に探偵なんているのかと思ったそこのあんた。後でGoogleマップで「探偵事務所」って打ち込んで調べてみるといい。横浜駅なんて探偵にとって激戦区。駅から徒歩三分圏内にある探偵事務所は10を超える。競合を避けるのは商売の基本だよな? そこで、京急本線を利用してなきゃ一生聞くことも無いかもしれないような駅、戸部で俺は事務所を開くことにした。いつか古き良きミステリー小説のような事件に会ってみたいものだと思っている。とはいえ、現実の探偵に入ってくる仕事なんて、大したものであるはずもなく。……なんて事を顔に出さないようにして、今日の依頼人のところへ足を運ぶのだった。
◯公園(夕方)
遠くで草野球をしている人たちの声。球が打たれる音。
レジャーシートを敷いて一人座っているマミコ。片手に酒。
近くにやって来る朱沼。
朱沼 こんにちは、マミコさん。
マミコ ああ、ゆうまくん。早かったね。
朱沼 寒くないですか。
マミコ 少し。よくここにいるって分かったね。
朱沼 そう思うなら、依頼したいから来てだけLINEするのやめてもらえます?
マミコ 事務所まで行くの面倒だったから。
朱沼 ……また、負けたんですね。
マミコ よくわかったね。
朱沼 右親指。
マミコ え?
朱沼 跡がついてますよ。苛立って擦って文字を消そうとしたような跡。
マミコ さすが探偵。良い観察力してる。
朱沼 ありがとうございます。
マミコ 私、才能、無いのかも。
朱沼 そうですね。
マミコ こういう時は、慰めてくれるものじゃない?
朱沼 余計辛くなるんじゃないですか?
マミコ そう、だね。
朱沼 ……東京でした?
マミコ ん?
朱沼 場所。
マミコ そ。
朱沼 勝ったのは?
※以下の台詞は2026年2月のG1を元に作成。時期により変更
マミコ ……コスタノヴァ。
朱沼 知らないな。
マミコ 2連覇達成だって。それはまだしも、2着にウィルソンなんとかな
んて、全くの予想外。
朱沼 ……今回は、いくら負けたんです?
マミコ 20万。
朱沼 お給料、手取りいくらでしたっけ?
マミコ 18万。
朱沼 足りないですね。
マミコ 消費者金融を知らないの?
朱沼 あなたねぇ!? あれほど、アホな買い方はするなと!
マミコ 絶対来ると思ったの! ハッピーマンって名前がもう、絶対私をハッピーに導いてくれるって。一着は無いとしても、2着、三着には絡んでくるって! 思ったのに!
朱沼 その馬は何位だったんですか?
マミコ 最下位。
朱沼 勝負運無いんだから、もっと少ない金で勝負しません?
マミコ ギャンブルはひりついてなんぼでしょうが!
朱沼 そんなんだから、近所の人に「馬カス姉さん」なんて呼ばれるんですよ!
マミコ なにそれ!? なんで!?
朱沼 時々公園で追いかけっこしている子どもを、馬の名前で呼んで実況してますよね?
マミコ なぜそれを!?
朱沼 若奥様の井戸端会議に潜り込んだ時聞きました。『公園でレース実況している若い女性がいる』あなたですよね?
マミコ 独り言を聞いてんじゃねーよ! スピーカーババア!
朱沼 それどこかで聞かれてたら余計に広まりますよ?
マミコ 金が溜まったら絶対引っ越す。
朱沼 無理ですよ。
マミコ 次のレースはかならず勝つ!
朱沼 まず馬で稼ごうとするのをやめません?
マミコ 確かに。レースは馬だけじゃない!
朱沼 公営競技で資産を増やそうとするな!
マミコ だって、宝くじはあたったこと無いし。
朱沼 ギャンブルから離れません? まともに稼ごうとは思わないんですか?
マミコ それ、探偵さんにだけは言われたくないわ。
朱沼 なぜ?
マミコ では、今日のお仕事をお願いします。
朱沼 ……あなたはすごい人ですよ。まずその姿勢がいい。背筋の角度がやる気の角度になってますよ。いや本当に。座っているだけで褒めることが出来るなんて。さすがですね。呼吸の丁寧さも素晴らしいし、目の瞬きのリズムがもう、ファンタスティック! 人を安心させる瞬きですよ、それ。髪の流れ方、素敵ですね。社会に優しい! この日本に必要な髪の流し方です。今日の服の色味なんて、街の景観アップに役立ってますね! 指先の形も綺麗だし、爪の伸び具合に人生の余裕がにじんでる。そうそう話している時に思ってましたけど、言葉の置き方が柔らかい。笑いました?その笑い方は周りの空気を一瞬入れ替えてますから。空気清浄機みたいに。一家に一台欲しい、あって嬉しいマミコさん。もう、生きててくれるだけで有り難いなんて、流石です! いよ! 憎いね、この万能包丁!
音楽と共に暗転。
②
〇朱沼探偵事務所(夜)
身支度を整え、しっかりした足取りでやってくる朱沼。
ドアカウの音。ミアラが出迎える。秘書っぽい格好。
ミアラ お帰りなさい所長。
朱沼 ただいま。なにか新しい依頼は来てる?
ミアラ 来てたらLINEで教えてますよ。
朱沼 だよね。
ミアラ 外寒かったですよね? お茶入れましょうか?
朱沼 お願い。
ミアラ はい。
ミアラが去る。
朱沼「彼女の名前はミアラ。ホームズにとってのジョン・ワトソン、ポワロにとってのアーサー・ヘイスティング、明智探偵にとっての小林少年! といえばわかる通り、助手だ。普段は大学に通いながら、この事務所で受付とお手伝いを担ってくれている」
電子レンジの音。
ミアラ 「心の中で格好つけた紹介するのやめてもらえます? 恥ずかしいんで」
無言でミアラがマグカップ(お茶を)を持って立っている。
朱沼「心読んだ挙句心の声にツッコミ入れるのやめてもらえます? 恥ずかしいんで」
ミアラ「嫌です」
ミアラ お茶です。
朱沼 はい。相変わらず君のその能力はすごいな。
ミアラ そんないいものじゃないですよ。昔はどこでも心の声が聞こえちゃって大変でした。
朱沼 バッターだったらキャッチャーの配球の組み立てがわかるなんて垂涎ものだよ?
ミアラ 観客席で隣の人が、ずっと心の中で歌う応援歌を聞かなきゃいけない地獄知ってます?
朱沼 一緒に歌えばいいじゃないか! 楽しいよ!
朱沼は野球の応援ソングを歌う。
ミアラ 相手チームの歌でもですか?
朱沼 ……それはちょっと微妙だね。
ミアラ はい。
朱沼 でも、相手の心が読めるなら、将棋の世界ではトップに立てるぞ?
ミアラ チェスプレイヤーの心の声聞いてみたら世の中への呪詛吐いていた話、聞きます?
朱沼 呪詛!? なにそれ怖い。
ミアラ 一番多かったのは「コロシテヤル」って言葉でした。
朱沼 うわぁ……怪しげな素振りの人が何考えているか分かれば犯罪を未然に防げるよ!?
ミアラ 所長は考えることが平和でいいですね?
朱沼 世界の平和を守るのは、探偵の仕事だからね。
ミアラ その割に今日も仕事はないですが?
朱沼 あったよ。立派な仕事が。
ミアラ また猫田さんちの猫探しですか?
朱沼 流石に7週連続はないよ。
ミアラ 今週はまだ終わってません。
朱沼 無いと信じたい。
ミアラ 浮田さんからの旦那の浮気調査?
朱沼 それはついこないだ終えたばかりだから。
ミアラ 奥さんも浮気していたのには引きました。
朱沼 それは心を読んだ君が悪い。
ミアラ 果無井(はかない)さんからの下着ドロボー探し?
朱沼 あれは、酷い事件だったね。まさか、お隣さんが犯人とは。
ミアラ 同じ女性として考えさせられるものがありました。って、これは立派なお仕事でしたね。
朱沼 そうだよ。探偵っぽさもある。立派な仕事だった。
ミアラ では今日も探偵らしく、立派なお仕事だったと?
朱沼 もちろん。
赤沼「言えない。マミコさんに頼まれて3時間褒め続ける仕事だったなんて」
ミアラ「報酬は?」
朱沼 3万円。あっ。
ミアラ またあの人は…… 所長も、変な仕事受けないでください。
朱沼 はい。いや、今のはちょっとずるいよね?
ミアラ はい(と、手をだす)
朱沼 何この手?
ミアラ 依頼料。まとめておきますので。あの人のことだから振り込みじゃないですよね? 口座使ったら私に依頼の事バレるから直接渡したはず。
朱沼 もう君の方が探偵じゃないか。
朱沼は千円を出す。
ミアラ 所長?
朱沼 仕方ないんだ。だってマミコさん、手取りで18万しかもらってないのに、20万すったて言うから。それでどうするのか聞いたら、『消費者金融を知らないの?』なんて言うんだよ?
ミアラ だからって、千円って。依頼はしっかりこなしたんですよね?
朱沼 うん。3時間褒め称え続けた。マミコさん最初は落ち込んでたけど、すっかり元気になって帰ったよ。
ミアラ でしょうね!
朱沼 見て! 流石に気を使ったのか、ピン札の、北里柴三郎だよ。
ミアラ (と、お札を折る)次は断ってください。
朱沼 善処します。
ミアラ 所長は人が良すぎます。いいですか? 連帯保証人になってくれって言われてもなっちゃダメですからね?
朱沼 いや、ならないよ?
ミアラ 私まだ大学生ですし、アルバイト代は、余裕ある時でいいですからね?
朱沼 そこはしっかり払わないと。平和を守る探偵として、労働基準法は
守らせていただきます。
ミアラ ちゃんと食べれてます? 毎日もやしだったりしません?
朱沼 いいかいミアラ君。もやしはね、美味しいんだよ?
ミアラ 知ってます。
朱沼 美味しいものは、毎日食べても美味しいんだ。
ミアラ 毎日、もやしなんですね?
朱沼 好きだからね? 別にお金がないわけじゃないよ?
ミアラ まあ、口座にお金があるのは知ってますけど。
朱沼 だろう?
ミアラ でも、すぐ寄付だ援助だで消えちゃうじゃないですか。
朱沼 いいかいミアラ君、探偵はね、強くないなら生きられない。
ミアラ 優しくないなら生きている資格がない
朱沼 その通り。好きでやってるだけだから心配しなくていいよ。
ミアラ だからこそ心配するんです。
睨むミアラ。苦笑する朱沼。電話の音。
朱沼 おっと、依頼の電話かな? お茶、ありがとう。
ミアラ いいえ。
ミアラはマグカップを受け取り、去ろうとする。
朱沼 はい。朱沼探偵事務所。はい。朱沼です。お世話になってます。
朱沼「タラク伯父さんがなんの用だろう」
ミアラが立ち止まる。どこかに日ノ出が現れる。現場主任ぽい格好。
日ノ出 うん、日ノ出タラク伯父さんです。うちの子いたりする?
朱沼 いやー、今日は確かにそうですね。いい天気でした。
日ノ出 いるんだ。え、結構機嫌悪い感じ?
朱沼 いや別に? あ、でもこれから少し曇っていくかなって感じではありそうですね。
日ノ出 わかった。じゃあ、駅のそばの喫茶店、いや、藍屋にしようか。奢るから。ちょっと付き合ってよ。頼みたいことがあるんだ。
朱沼 了解です。
男は一度去る。セットを作っていく。
ミアラ お出かけですか?
朱沼 うん。依頼人がね。外で会いたいって言うから。今日はこれでおしまいかな。時間になったら鍵閉めて帰ってもらっていいから。
ミアラ わかりました。
朱沼 じゃあ、今日もお疲れ様でした。
ミアラ お疲れ様です。変な依頼だったら断ってくれていいですからね。
ミアラが去る。
朱沼 もう、ミアラくんが探偵でいいんじゃない?
赤沼が追って去る。景色が店に変る
③
〇藍屋(夜)
日本料理屋で、待つ日ノ出。窓の外を見て手を上げる。何度か振る。
冷たい目つきの店員(さとみ)が来る。
さとみ 何かございますか?
日ノ出 すいません。なにもござってないです。
さとみ お決まりになりましたらQRコードを読み込んでご注文ください。
日ノ出 はい。
さとみが去る。しょんぼりする日ノ出。
ドアベルの音。朱沼がやってくる。
日ノ出 こっちだ。ゆうまくん。こっち。
朱沼 お待たせしました。
日ノ出 いや全然待ってないよ。何飲む? まずはビール?
朱沼 いや、依頼があるならビールはちょっと。
日ノ出 じゃあ、私もやめておこうかな。(と、呼ぶ)すいませーん。
さとみが来る。
さとみ 何かございますか?
日ノ出 はい。あの、注文を、
さとみ お決まりになりましたらQRコードを読み込んでご注文ください。
日ノ出 はい。
さとみが去る。しょんぼりする日ノ出。
日ノ出 QR読み込むの苦手なんだよなあ私のスマフォ。
朱沼 僕が注文しますよ。
日ノ出 お願いします。
別の場所にりおがいる。部屋着。スマフォでゲームをしている。
やがてゲームに負けたのか姿勢を変える。明かりが切り替わる。
食べ終わった様子の赤沼と日ノ出。
朱沼 引きこもり、ですか。
日ノ出 そう。会社の同僚の娘さん。高校の途中からだったか休みがちになって、そのまま家から出なくなった感じ。大袈裟にしたくないからって時間が解決してくれるのを待っていたんだけど変わらずで。で、私に『どうにかできないか』って。
朱沼 だいぶひどい無茶振りですね。なんでまたそんな話に?
日ノ出 まあ、うちもさ。ほら、学校行ってない時期あったから。
朱沼 え? おじさんが?
日ノ出 いや、娘の方。
朱沼 そうなんですか!?
日ノ出 知らなかった?
朱沼 全然知りませんでした。
日ノ出 まぁそんな話するわけないもんな。
朱沼 でも、それ関係あるんですか?
日ノ出 うん。娘がね、家から出るようになった時に、その、なんていうか、喜びのあまり、話してしまったと言うか。
朱沼 え。
日ノ出 特に同僚には熱量たっぷりに話したというか、
朱沼 うわ。
日ノ出 だいぶ盛って、自分が功労者のように吹聴してしまったのです。
朱沼 それは、確かにその話は事務所じゃできないですね。
日ノ出 だよね。知られたら殺されかねん。
朱沼 『お父さんサイテー』
日ノ出 ぐはっ
朱沼 そんな言葉で済めばいいですね。
日ノ出 わかってる。分かっているんだサイテーなのは。それが巡り巡って、今こうして困った目に遭っているのも。
朱沼 かつての手腕を見込んで頼まれてしまったわけですね?
日ノ出 そうです。
朱沼 そこは正直に話すしかないのでは?
日ノ出 そりゃ言おうとしたよ? したんだけど。
朱沼 だけど?
日ノ出 『実は、』って切り出した瞬間ね、同僚の目からハイライトが消えたんだよね。
朱沼 はあ。
日ノ出 『嘘ついてたんだな』って思ったのか、望みが消えたと思ったのか。だからつい、
朱沼 つい?
日ノ出 言っちゃったんだよね。『実は私には若くて優秀なアドバイザーがいたんだ』って。
日ノ出は朱沼を指差す。朱沼が後ろを見る。日ノ出は首を振る。
朱沼が自分を指差す。日ノ出が頷く。
朱沼 つまり?
日ノ出 お願いします!
朱沼 ですよねぇ。
店員がやってくる。
さとみ お会計ですか?
朱沼 違います。
辺り暗くなる。暗い中声が聞こえる(録音)
朱沼「それにしたって、アドバイスくらいは出来るんじゃないですか?」
日ノ出「いや、娘が引きこもってた時に私がしたことなんて、逆効果だったというか、やらん方がましだったというか、悪い状況を引き起こしただけというか、あの頃に戻ったら必死に止めていたことだというか」
朱沼 「滅茶苦茶後悔してますね」
日ノ出「はい。だから頼むよ。出来れば私からの依頼だということは娘に話さずにおいてくれないか?」
朱沼「わかりました」
④
〇りおの部屋前
朱沼とミアラが里の部屋のドアの前に立っている。
朱沼 とはいうものの、多分無駄なんだよなぁ。
ミアラ はい。
朱沼 だよね。
ミアラ この部屋ですね。
朱沼 ご両親の説得が上手くいって良かったよ。
ミアラ まるで期待していないみたいでしたけどね。
朱沼 ああ。「そこまでいうならどうぞ」感凄かったな。
ミアラ 心の中でも同じこと言ってました。
朱沼 だろうよ。さ、覚悟は良いか?
ミアラ はい。
朱沼はドアをノックする。
違う場所に座ってスマフォを見ているりおがいる。
中学校のものらしいジャージ姿。
ちゃぶ台の上に写真の入っていない写真立て
スマフォはコードがささり、モバイルバッテリーに繋がっている。
りお はい?
朱沼 日吉りおさんですね。朱沼探偵事務所から来ました。朱沼です。
りお は? 探偵? え? なんで?
朱沼 いや、俺もね。実は正直よくわかってないところはあるんですけど。
ミアラが朱沼の脇をうつ。
朱沼 いや、だってそうだよね? なんで探偵が家庭訪問って冷静に考えたらなるよね?
りお なりますね。
朱沼 うん。でも依頼されたんですよ。あなたと話をして欲しいって。
りお 両親からですか?
朱沼 君のお父さんの同僚から。
りお は?
朱沼 わかる。そういう反応になるって。とりあえず、入ってもいい?
りお 鍵、かけて無いです。
朱沼 失礼します。
ドアが開き、閉まる音。
◯りおの部屋・室内
朱沼とりお。朱沼の斜め後ろにミアラ。
りお 探偵って、いるんですね。
朱沼 わりと。あ、こちらは助手の。
ミアラ ミアラです。
りお 珍しい名前ですね、あ、苗字?
ミアラ 名前です。苗字は日ノ出です。
りお はあ。りおです。えっと、それで? 探偵? が何をしに?
朱沼 君のことで、少しお話させてもらえないかなと思って。
りお 話すことなんてないです。
ミアラ どれくらい家から出られていないんですか?
りお それ、探偵さんたちに関係あります?
朱沼(部屋を見回して)もしかして、高校で嫌なことがあった?
りお は?
朱沼 そのジャージ、中学のだよね?
りお ああ(と、そういうことかというニュアンス)
ミアラ 所長(と、止めようとする)
朱沼 見たところ高校時代の思い出はあまり置いてないみたいだし、高校在学中に友達との間でトラブルが合ったりしたんじゃないかな?
りお 洗濯中です。
朱沼 え?
りお 高校のジャージ。今洗濯中なので。これを。
朱沼 あ、そういうこと?
朱沼はミアラを見る。ミアラは残念ながらと言いたげに首を振る。
りお なんでこういう人って勝手に決めつけてくるんだろう。
朱沼 ……もしかして、ネットのトラブルに巻き込まれたんじゃない?
りお トラブル?
朱沼 SNSで悪口書かれたとか。ずっとスマフォを手に持っているよね? モバイルバッテリーで充電までして。割と新しい機種にも関わらずだ。そんなに真剣にスマフォを利用するのは
りお ラフサバ、ガチ勢なので。
朱沼 らふさば?
ミアラ ラフト・サバイバルです。
朱沼 ラスト・サバイバル?
ミアラ ラフトです。筏に乗ってのサバイバルなので。
朱沼 へー。人狼みたいなやつ? 裏切ってでも生き残れみたいな?
ミアラ 違います。協力して物事を進める系ですね。
朱沼 今そういうのあるんだ。敵対しないってのはいいね。
ミアラ 結構昔からあります。私が中学の時くらいから。
朱沼 あ、はい。にしてもだ! ……この部屋、飾り気がないよね?
りお それがなにか?
朱沼 いつでも出られるように。かな? つまり家族との間に
りお それでいいです。
朱沼 え?
りお そうなんじゃないですか? 多分。わからないですけど。
朱沼はミアラを見る。ミアラは首を横に振る。
朱沼はミアラから顔を逸らす。
朱沼「探偵力が足りない。俺の、探偵力が! 足りない!」
ミアラ「なんですか探偵力って」
朱沼「心の声に突っ込み入れるのマジやめて」
朱沼が羞恥のあまり両手で顔を覆う。
りお わからないんですよ。なんでとか言われても。私だってわかってないんだから。だから、もう放っておいてくれませんか? って、いつも言うんです。私にもわからない私の心を勝手にわかった気になって当てずっぽうで話されるのって地味に苛つくんですよね。だから……あ、帰る時はドア閉めといてください。
りおはスマフォに目を向ける。
ミアラ ……当てずっぽうじゃなきゃいいんですか?
朱沼 ミアラくん?
ミアラ 当ててしまってもいいんですか?
りお だから言ってるじゃないですか。私にもわかってないって。
ミアラ それは嘘です。
りお 嘘なんかじゃ、
ミアラ 嘘です。だから、お聞きします。当てられる覚悟はあるんですか?
りお あんたなら分かるって言うの? 助手なんでしょ?
ミアラ 所長があなたからヒントを引き出してくれましたから。
りお ヒント?
ミアラ だからこそお聞きします。当てられる覚悟はありますか? あなたの傷がさらされることになることへ、覚悟はありますか?
りお ……いいよ。当ててみてよ。当てられるものなら。
ミアラ わかりました。
朱沼「ミアラくん」
ミアラは朱沼に任してほしいというように頷く。朱沼は頷き返す。
ミアラは言葉とともに指を1つずつ上げていく。
ミアラ 中学という言葉への反応。目線の泳ぎは、不安を示していました。
りお なにそれ、適当なこと言わないでくれる?
ミアラ 友達。この言葉のたびに視線が強くなります。これは、その話に踏み込むなと言う無意識の攻撃行動ですよね。
りお そんなつもりないけど。
ミアラ 裏切り。最も強く爪をこすったのがこの言葉です。その次は敵対。そしてこの部屋。所長、不自然なほどに見当たらないものがありますよね?
朱沼 写真、だな?
ミアラ そう。写真が嫌いな女性は確かにいますが、写真の入っていない写真立てというのはまれです。まるで、かつて入っていた写真はそこにはいれられないけれど、写真立て自体は大切な思い出だとでもいうように。ここから導き出せることは、
りお やめて。
ミアラ かつてとても仲良かった友達に裏切られ、敵対関係となった。恐らくそれは中学頃から始まり、高校に入る頃攻撃はさらに増したのではないですか?
りお ……(と、頷く)
ミアラ 親に話せなかったのは、その人が、あなたの幼馴染だからですね? であれば親同士は仲が良い可能性が高い。
りおは膝を抱える。
朱沼「ミアラさんパネー! マジ探偵じゃないっすかー!」
ミアラ「ヤンキーの下っ端みたいになるのやめてもらえます?」
朱沼「すごいよ。何その洞察力。探偵いらないじゃん」
ミアラ「心を読みました」
朱沼「え?」
ミアラ「心を読んで、あとは推理っぽいこと言って繋げただけです」
朱沼「ずりーーー」
ミアラ「心の声で叫ぶのやめてもらえます?」
ミアラはりおに近寄る。
ミアラ 嫌われた理由に心当たりがないんですね?
りお なんか、中学に入った頃から、当たりが強くなってきて。気がついた時には、すごく、嫌われてて。なんでって思って。でも、聞けなくて。それで、外でばったり会ったりもするから。だから。
朱沼 家から出るのも怖くなった、か。
りお もしかしたら私が悪いのかもしれないって思ったら、親には言えなくて。わかってる! このままじゃ駄目なことくらいわかってる。でもじゃあどうすればいい!? 外に出て、さとみに逢ったら……
震えだすりお。ミアラはりおの背に手を当てる。
りお こんな自分、嫌で仕方ないのに。じゃあどうすればいいかなんて、わからなくて……
沈黙。ミアラ、言葉を探すが、出てこない。
ミアラはすがるように朱沼を見る。
朱沼 ……一つ。試してみたらってことがあるけど、いいかな?
りお、顔を上げる。
朱沼 一人暮らしをしてみたらどうだろう?
りお ……え?
朱沼 友達、さとみさんだったかな。に会うのが怖いなら、相手の生活圏から離れるんだ。
りお 嫌だから離れるなんて、そんなの、逃げじゃないですか。
朱沼 居場所を変えるのは、逃げじゃない。ただの移動だよ。いや、本来なら『なぜ君の幼馴染が君を嫌っているのかを探ろうか』なんて提案するほうが探偵らしいかもしれないけど、でも、理由なんて聞いたところでなぁ? って感じだろう? 今のままで解決できないなら、遠ざかればいい。
りお 簡単に言ってくれますね。私のことなんて、
朱沼 君のことはもちろんよく知らない。会ったばかりだからね。でもね、君はこれまでずっと悩んできた。だろう? だから、少し気楽に動いてもいいと思うんだ。大丈夫。これでも物件探しは得意でね。安全、安心な住まいを紹介できるよ! どうかな?
りお ……確かに、探偵らしくはないですね。
朱沼 だよね。
りお でも……離れてもいいっていうのは、ちょっと、楽、かもです。
りおが弱く笑う。赤沼が頷いてミアラを見る。ミアラは頷く。
音楽と共に暗転。音楽の中りおの声(録音)が聞こえる。
りおの声「お父さん、お母さん。うん。ちょっと、外出てみるね。それと、
後で話あるから。聞いてくれる? ……ありがとう」
⑤
〇日吉家の外(夕)
あたりを伺いながらやって来る朱沼。
その後ろをゆっくりりおがやってくる。
いつでも支えられるようにすぐ後ろにミアラ。
ミアラ 無理はしないでくださいね?
りお 少しは無理しないと外出るだけでも疲れそう、だから。なんか、体力落ちてるの凄い感じる。体重いし。
朱沼 見送りありがとうね。一人で外に出るのが不安な時は、電話で呼んでもらえればいつでもくるよ。もちろん、その際依頼料は頂きますが。
りお ちょくちょく頼らせてもらうかもしれないですけど。
朱沼 大丈夫、うち割と暇だから。
りお それは違う意味で大丈夫じゃないんじゃ?
ミアラ 同感です。
朱沼は苦笑いでごまかす。
りお 今日は、ありがとうございました。
朱沼 いや特に俺何もしてないから。なんなら今の勢いで駅くらいまでは歩いてみる?
ミアラ この後の予定はないのでお付き合い出来ますよ。
りお いえ、今日は見送りくらいで……うそ。
りおの視線の先、さとみが歩いてくる。
鞄にはサンリオのキャラクターの人形がぶら下がっている。
(クロミコーデだとなお良し)
さとみ ……りお?
朱沼がミアラを見る。ミアラは頷く。
朱沼はりおをいつでも守れるように構える。
さとみ 何? 久しぶり。
りお ……。
さとみ 引きこもるのやめたの?
りお、視線を落とす。
さとみ 別にどうでもいいけど。
さとみが歩いていこうとするりおは顔をあげる。
りお 多分、もう会うことないと思う。
さとみ は?
りお 引っ越すから。もう、私に構わないで。
さとみがりおを睨む。りおは視線を落とす。朱沼がりおの前に出る。
さとみ あんた何?
朱沼 いや、なんか物騒な顔してたからね。似合わないよ。友達同士だろう? 笑って話そう?
さとみ だったらそっちの不景気な顔している方にも言ったら? 不景気じゃないか。被害者ぶった顔か。
一瞬の沈黙。
さとみ 自分は何も悪くないって思ってるんでしょ? 自分こそが被害者だって。違うから。
りお ……え?
さとみ あんたが始めたことだからね?
りお どういう、こと?
さとみ ……シナモエンジュルス。
りお え?
朱沼 サッカーチームか?
ミアラ サンリオのキャラクターですね。モカ、シフォン、あずきの三人グループです。
朱沼 詳しいね。
ミアラ アイドルグループというコンセプトが珍しかったので。
さとみ 覚えてない? 保育園で、あんたがあたしの鞄についてたシフォンを欲しがって取った事。
りお 覚えて、ない。
さとみ 砂場で遊んで泥だらけにしてさ。あたしが泣いてるの見て、慌てて鞄につけようとして、つかないからって大泣きして、なんでかあんたの方が慰められてるの。まあ、なんであんたが泣くんだよって、あたしの涙引っ込んだからだけど。
りお ごめん。あたし全然覚えてなくて。
さとみ それはいいよ。保育園だったし。でもさ、小6の時、あたしのランドセル見て言った事くらいは覚えてるよね?
りお 何を、言ったの?
さとみ 『もうすぐ中学生なんだから、そういうの、外した方が良くない?』そう言って指さしたんだよ。モカとあずきをさ。『さとみに似合ってなくて、変だよ』って。悪かったね。似合ってなくて。あんたがいつか思い出すかと思ってつけてたんだけど。意味無かったよね。
りお あたし、そんなつもりじゃなくて。
さとみ 覚えてなかっただけでしょ。わかってる。でもさ……
さとみ「それが一番きついんだよ。あたしの大切なものが、覚えておく価値がないって言うその態度が、腹が立って堪らないんだ」
ミアラが頭を押さえる。気づいて朱沼がミアラを支える。
朱沼 心を読むのをやめるんだ。
ミアラ すいません。その方が早いかと。
さとみ そのくせ中学入ってからも何もなかったみたいな顔で話してきてさ。そんなの、許せるわけないよね?
りおは何も言えない。朱沼が二人の間に立つ。
さとみ 何? ていうか誰?
朱沼 まあ関係ない人だ。関係ない人ではあるんだが、ちょっといいかな?
さとみ、睨む。
さとみ 関係ないなら引っ込んでてくれる?
りお 朱沼さん、
朱沼 引っ込むよ。その前に一つだけ。……もったいなくないか?
さとみ ……何が。
朱沼 保育園の頃のことを鮮明に覚えているなんてすごい記憶力じゃないか。小学校の時のエピソードも、目に見えるみたいだった。すごいよ。だからさ。
さとみ だから?
朱沼 もったいなくないか? そんなすごい記憶力を、恨みというか、憎しみというか、怒りに使ってしまうなんて。
さとみ は?
朱沼 君の能力の無駄使いじゃないか? 人へ負の感情を抱くのにもエネルギーがいる。そのエネルギーを別のことに使ったら今よりもっとすごいことが出来るようになるんじゃないかって思うんだ。
さとみ「何こいつ、きもいんだけど」
ミアラ「所長、きもがられてます」
朱沼「そういうこと教えるのやめてもらえます?」
朱沼 忘れろとは言わないよ。時々思い出して急に腹が立つ事ってあると思うし。だけど、これからはその素晴らしい力を積極的に負の方向へ向けるのは止めることをお薦めするよ。そうしたら君はもっとすごいことが出来る。
さとみ すごいことって? 何が出来るって?
朱沼 何でもできる!
さとみ は? 無理でしょ。そもそも私元が良くないし。
朱沼 何言ってるんだ。見た目からして素敵が溢れてるじゃないか。
さとみ 性格暗いし。
朱沼 それはね、感情を軽く扱わないだけだ。君は情に厚い人なんだ。
さとみ 私がいると場の空気悪くなるし。
朱沼 空気を壊す人って自分では気づかないものだよ。その点、君は気づいている。実は空気の調整役が出来るってことなんだ。
さとみ 考えすぎて、勝手に闇落ちするし。
朱沼 考えない人より100倍増しだろ! 考え過ぎるからこそ未来を想像できるんだ!
さとみ そういうふうに言われても信用できないし。
朱沼 警戒心は大事だね。信じ切らないことは悪じゃない。
さとみ いつまでも昔を引きずってる!
朱沼 忘れないってことは、意味があったんだ。過去の痛みが、君を素敵に育てたんだ。
さとみ ……なんなんだよ。もう。ていうか、本当誰あんた?
朱沼 朱沼ゆうま。探偵です。
探偵っぽい音楽流れ出す。
さとみ 探偵?
朱沼 ご依頼、ご相談はこちらまで。
と、朱沼は名刺を出す。
さとみ あっそ。
さとみは受け取り去ろうとする。
りお さとみ! ……本当、ごめん。元気でね。
さとみ「簡単に謝れるのが、腹が立つ。本当、羨ましいやつ」
さとみが去る。音楽消えていく。
ミアラ あの人、りおさんを羨む気持ちがあったみたいですね。
朱沼 だろうな。しかし、どんな経験も役に立つものだな。
ミアラ 見事な褒め殺しでした。
朱沼 だてに三時間ほめ続ける依頼をこなしてないってことだ。
りお ……あたし、すごく悪いことをしていたんですね。
ミアラ だとしても、そのことを話さなかったのは彼女の選択です。
りお 引っ越しして、新しい場所でも、もしかしたら何気ない言葉で傷つけるかも。
朱沼 その時こそ、しっかり向き合えばいいよ。
りお 今からでも、遅くないかな? もしかしたら、さとみとも……。
朱沼 かもね。
ミアラ ……あまりお薦めはできないかと。
りお どうして?
ミアラ 正直言っていいですか?
りお うん。
ミアラ 結構面倒くさそうな人だなと思って。友達に戻っても、割と苦労しそうじゃないですか?
りお ……確かに?
りおは苦笑する。音楽と共に暗転。
⑥
〇駅前(夜)
にぎわいが聞える中、無言で歩く朱沼とミアラ。
朱沼が立ち止まる。ミアラはその背にぶつかりそうになる。
ミアラ すいません。
朱沼 いや。今日は疲れただろう? 電車の中で寝ないようにな。
ミアラ はい。
朱沼 じゃあ、また明日。
朱沼は去ろうとする。
ミアラ 私、全然役に立てませんでした。
朱沼 ん?
ミアラ 今日、役に立てずにすいませんでした。
朱沼 いや、十分役に立っていただろう? あの子の引きこもりの理由を言い当ててくれたじゃないか。
ミアラ でも、その後は何の言葉もかけられなかった。あの子の気持ち、わかっていたのに……何も言えないままでした。
朱沼 ……そんなこと言うなら、俺なんて探偵なのに、真相は当てられないし、しっかりとした解決には導けなかった。だろう?
ミアラは遠慮がちに頷く。
朱沼 まだまだなんだ、俺たちは。
ミアラ はい。
朱沼 つまりは、伸びしろだらけってことだな。
ミアラ ポジティブ過ぎませんか?
朱沼 そうかな?
ミアラ そうですよ。
朱沼 ……だとしても、君は、今日もよく頑張った。
ミアラ そう、ですかね。
朱沼 そうだとも。優秀な助手がいて、俺は鼻が高いよ。
ミアラ ありがとうございます?
朱沼 自信を持ってくれ。俺は、君という助手がいることが自慢なんだ。
ミアラ それは、言いすぎかと。
朱沼 全然言い過ぎじゃない。今日だって、君は自分の傷を乗り越えて頑張ってくれたじゃないか。
ミアラ 傷?
朱沼 伯父さんから聞いたよ。かつて引きこもっていたこと。過去の自分の姿を思い出して辛くなっても無理はないのに、よく頑張って一緒に来てくれた。感謝してる。
ミアラ ……それ、私じゃないです。
朱沼 え?
ミアラ 引きこもってたの、私じゃないですよ?
朱沼 え? だって、伯父さん言ってたぞ。うちの娘がって……あ。
ミアラ はい。……わたしは、ずっと見ていただけです。昔も、今も。
ミアラが去る。あたりの景色が変わる。
⑦
〇公園(夕)
どこかにマミコが現れる。レジャーシートを引く。子供の喚声。
マミコは小声でつぶやく。
マミコ さあ、一斉にスタートしました。先頭を走るのは「アカイボウシ」……レッドキャップ、追いかけるのがブルージャケット。さらにその後ろをキイロノンビリ。キイロノンビリ遅れてる。これは出足で躓いたか? レッドキャップ早い。ぐんぐんと距離を延ばす。ブルージャケット焦ったか? ここでキイロノンビリが吠える。一気に距離を詰めた! いけ! そこだ! させ!
朱沼がやって来る。
朱沼 楽しそうですね。
マミコ 楽しいよ。お金減らないし。
朱沼 じゃあもう賭ける必要はありませんね。
マミコ それはそれ。これはこれ。
朱沼 なんですそれ。
朱沼は苦笑しながらマミコの側に立つ。
マミコ 今日は依頼してないけど?
朱沼 今日は……ちょっと気になったことの確認に。
マミコ なにそれ?
朱沼 昔、引き篭もっていたことがあるのだとか。
マミコ ああ、高校の時にね。それが?
朱沼 ……タラク伯父さんが、すごく悔やんでるんですよ。
マミコ、少しだけ眉を上げる。
マミコ え? 父さんが? 何を?
朱沼 わかんないですけど。なんか、全部逆効果だったとか、あの頃に戻れたら止めたいとか。
マミコ なにそれ。
マミコは笑う。
朱沼 何をそんな悔やんでるんだろうって思ったら。気になっちゃって。
マミコ あー多分ね。すごいくだらないことだけど。聞く?
朱沼 はい。
マミコは朱沼に隣りに座るよう促す。朱沼が座ると話し出す。
マミコ 父さんね。連れて行ったことがあるのよ。引きこもりのあたしを。多分それが失敗だったって思ってるんでしょうよ。
朱沼 どこに連れてったんです? ……まさか
どこかに日ノ出が現れる。
聞こえるファンファーレ。ゲートの開く音。走り出す馬。
日ノ出 いいかマミコ。ここには色々な人がいる。いい人もいれば、悪党もいるし、親からの仕送りを全て賭けてしまうようなクズもいる。混沌だ。世界と同じだ。いいことも悪いことも、ごちゃ混ぜだ。どっちかと言ったら悪いことの方が多いくらいなのが世界なんだとしたら、ここは、小さな世界なんだ。
語っている声が聞えないまま、朱沼とマミコへ光が当たる。
マミコ 元気つけようと思ったのか、勇気つけようと思ったのか。
朱沼 東京競馬場……じゃあ、もしかして、それがきっかけで?
マミコ あたしが競馬に嵌っちゃった。そう思ってるんじゃない?
朱沼 違うんですか?
マミコ 違うよ。選んだのは私。連れて行ってもらったからじゃない。
マミコはふと遠くを見る。
日ノ出 見ろ、あそこなんて自分からぶつかっておいて舌打ちしている男がいるだろ。俺はな。マミコ。あんな自分勝手でも外に出て好きに生きているのに、お前が閉じこもっているのが嫌なんだ。世界に壁を作るより、世界の中で遊んでほしいと思うんだ。
日ノ出の姿が消える。
マミコ この生き方は自分で選んだの。絶対に。
朱沼 そうですか。
マミコ 正直言うと、途中から父さんの話、全然聞いてなかったんだ。
朱沼 ……え?
マミコ 走る馬に夢中だった。必死でさ。前に向かって。……ああ、外ってこうなんだ、って思った。もうそこからは馬に夢中。
日ノ出の声「だって、見ろ、あんなクズでも陽の光の下を歩いているのに、なんで、なんで俺の子供が、光を避ける必要がある?」
マミコ 全然覚えてないんだよね。なのに何を悔やんでるんだろう?
朱沼 競馬に嵌ったのは、伯父さんのせいじゃないと?
マミコ 私がこうなったのは私のせい。自分の人生を誰かのせいにするような女に見える?
朱沼 ……伯父さんに今度会ったらそれとなく話しておきます。
マミコ ていうか、私から言うよ。何ふざけたことを言ってるんだって。私の選択を、あんたが奪うなって。
朱沼 わかりました。……本当に全然覚えてないですか?
日ノ出の声「俺は嫌だよ。何もしないままで諦めていくのを見てるのは。だから、少しずつでいい。どこかへ行きたければ今日みたいに車を出すから。少しだけ、外に、出てみないか?」
マミコ ……ないね。全く覚えてない。聞いてなかったからね。
朱沼 ……人間って、面倒くさいですね。
マミコ 探偵なんてものやってるやつにだけは言われたくないわ。
朱沼 それもそうですね。
マミコと朱沼は笑う。子供たちの喚声へと目を向ける。
平和な世界を見守る二人の大人。
完
| noteに載せたんだから、こちらに載せる意味はないんじゃないかと思いつつ、 とりあえず、今回は実験のためこちらにも記載。 もしかしたら、そのうちリンクだけ作って、TXTファイルだけにするかも。 ちょっとした裏話。 毎回タイトルを考えるのを悩むのだけれど、今回は「解決しないと駄目なのか?」 という内容をタイトルに込めたいことだけを意識して、それでも当初、 解決しないと駄目ですか? 解決しなきゃダメですか? 解決しなくちゃ駄目ですか? と、ちょっとしたニュアンスの違いで延々悩んでいた。 その結果、仮に作ったチラシ代わりの名刺では見事、タイトルを間違え、 実際はどっちなの? と、友人に突っ込まれることになったのでした。 自分でも曖昧になってしまうような微妙な差で悩むのは良くないってお話。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 |