神に願って紙散らかして


人物

ノゾミ  二年生 生徒会のメンバーの一人。

ナツコ  二年生 生徒委員長。

サヤカ  二年生 生徒会。

マコト  一年生 生徒会。

ヨシエ  年齢不詳。




※台本内に書かれているとある学校の進路状況は、演じる学校によって変えていただいて結構です。
※登場人物の苗字は演じる方によって一部自由に設定してください。


    季節は秋。

    舞台はとある学校の生徒会室。
    教室の一角を改造したといった感じ。
    机がいくつかあり、椅子がいくつかあり、黒板がある。
    黒板には「生徒会新聞秋季号」「○○期進路について」
    ほかには落書きなど、たわいないものが書かれている。

    掃除ロッカーや、段ボール箱が置かれている。
    どこにでもある教室を切り取った感じ。




    とある日の夕方。教室に夕日が差し込んでいる。

    生徒会のメンバーがやってくる。
    マコトが一番に入り、黒板の近くに座る。
    誰もいないことに、少し肩を落とし、ふとCDプレイヤーを見つける。
    音楽をかける。

    音楽。

    ナツコとヨシエがやってくる。
    少しあわてた感じ。遅刻しそうだったらしい。
    ヨシエは少し離れた場所に。ナツコは机に近づきながら時間を確認する。

マコト おはようございます、(いやみに)いいんちょう。

ナツコ 遅れた?

マコト もうすぐ四時になります。

ナツコ ごめん。他は?

マコト 斉藤さんは休みです。

ナツコ 津田は?

マコト さぁ?

ナツコ 「さぁ」?

マコト 会ってませんよ。

ヨシエ 学校には来てたよ。

ナツコ (ヨシエのせりふを食うように)本当?

マコト ええ。

ナツコ まさか忘れているなんてことは……

マコト ありえますよね、ノゾミ先輩じゃ。

ナツコ あの馬鹿。


    ナツコが携帯を取り出す。
    電話をかける。大声で何か言っているが、音楽でかき消される。
    音響大きくなり、溶暗。
    




    音楽変わる。
    闇の中少女の姿が浮かび上がる。


ノゾミ いつからだろう。自分なんて何の役にもたたないって考えるようになったのは。
     それはまるで、晴れた日にかばんの中に入っている折り畳み傘のような。テストのためだけに覚えた
    化学式のような。使われるときをただ待っているだけの存在。あきれるほど長く感じる毎日を私は
    私という存在の使い道がわからないまま生きている。勉強は苦手。体育も得意とはいえない。
    芸術なんて見てもわからないし、音楽は好きなバンドの曲しか聞かない。友達も多いのかよくわからない。
    その友達と一緒にいるときが、一番私を不安にさせる。私は何のために生きているのか。
    友達に面と向かって聞いたことはなかったけれど、でも、いつも心の中で繰り返していた。
    私、今ここにいていいの? ここに立っていていいの? 笑顔で語りかけてくれる友達は、
    いつも私をいたたまれない気持ちにさせる。今だってそうだ。もし、誰か分かるものなら。
    私の気持ちが分かるのなら、どうか教えてください。――私に何ができますか?


    と、声が聞こえる。



    舞台の雰囲気変わる。


声 よくここまで来た

ノゾミ え?

声 よくここまで来た

ノゾミ え? 誰?

声 なんじの名を答えよ。

ノゾミ え? ここ、どこ?

声 ここは天だ。

ノゾミ 天?

声 われは神だ。

ノゾミ 神?

声  お前は死んだのだ

ノゾミ うそ!? まだ始まって五分も経ってないのに?

声 一人で長台詞なんてやるからだ。

ノゾミ そんな、理不尽な!?

声 死とは理不尽なものだ。

ノゾミ えぇー(そんな)

声 生(せい)もまた同じ。

ノゾミ そんなまとめ方でいいわけ?

声 さあ、なんじの名を答えよ

ノゾミ ……ノゾミです。

声 名前を尋ねられたときはフルネームで。

ノゾミ 津田ノゾミです。

声 年は……(小さい声で「いくつ」といっている)だ。

ノゾミ え?

声 年はい(くつ)……だ。

ノゾミ え?

声 あれ? このマイク変だぞ。

ノゾミ マイク?

声 あ、あー。あ、テステス、ただいまマイクのテスト中。

ノゾミ 神、さま?

声 (誰かに謝るように)あ、これたたいちゃ駄目ですか。すいません。

ノゾミ ちょっと、神様?

声 どこまでやったっけ? なんじの名を答えよ。

ノゾミ だから、ノゾミですって。津田ノゾミ、津田。

声 えっと、じゃあ、(と、テープを早送りするような音が響く)

ノゾミ え? なに? テープ?

声 あ、早送りしすぎた。

ノゾミ まって! 神様!

声 もういいや、面倒くさい。

ノゾミ だから待っててば!ねぇ!


    と、叫ぶノゾミにあわせるように、照明が明るくなる。
    そこはどうやら教室のようだ。
    席にはナツコが座っている。黒板近くにはマコト。少し離れた位置にヨシエ。





ナツコ ……で、その神様はどうなったの?

ノゾミ 消えました。


    いいながら、ノゾミはマスクを取り出す。
    しゃべりながらつけようとしつつ、顎の辺りにつけておく。


ナツコ それで?

ノゾミ 目が覚めたら布団を全然かけてなくて。寝巻きも半分脱げてておなか出しっぱなし。
     おかげで少し風邪気味。

ナツコ で?

ノゾミ ついでに目覚まし時計も止まっていて、もう少しで遅刻するところだったよ。

ナツコ で?

ノゾミ ?……で?

ナツコ だから?

ノゾミ だから? あ、だから……だからって?

ナツコ (バンと、机をたたき)あたしは、さっき「何で会議に遅れたのか?」って聞いたのよ!

ノゾミ ……ああ!

ナツコ もういい。

ノゾミ 違うよ、遅れたのはちゃんと理由があってね。

ナツコ だからもういいって。(言いながらマコトを見る)ごめんね。

マコト (ナツコをいたわるように)いえ。いつものことですから。

ヨシエ 慣れるよね。いい加減。

ノゾミ ごめんねぇ。本当。

マコト 別に、いてもいなくても変わりませんから。

ノゾミ え?

ナツコ そういう問題じゃないでしょ。

ヨシエ でも、そういうことだよね。

マコト 決めることもあまりなかったですしね。

ノゾミ そうなの?

マコト ええ。新聞について、二、三あったくらいで。

ノゾミ なぁんだ。じゃあ別に(私が来なくてもよかった)

ナツコ 「別に私が来なくてもよかったじゃん」なんて思ってるんじゃないでしょうね?

ノゾミ え? 思ってない。全然思ってないよ。


    と、ここらへんから教室をのぞく影あり。
    後にわかるが、生徒会メンバーの一人サヤカである。

ナツコ 確かに今回はあまり全員が必要ってわけじゃなかったかもしれないけど、会議は会議でしょう!?

ノゾミ わかってるよ、やだなぁ。

ナツコ だったら遅れてくるな!

ノゾミ はい!

ナツコ 変な言い訳するな!

ノゾミ はい!

ナツコ わかったら席に着く!

ノゾミ はい!


    ノゾミが座る。


ナツコ それでは、会議を始めます。

ノゾミ はい!


    短い間


マコト ……とはいえ、今はサヤカ先輩待ちですけどね。

ナツコ まあね。

ヨシエ みんなで縄跳びでもする? あ、縄ないか。

ノゾミ なぁんだあ。サヤも遅刻かぁ。

ナツコ あんたと同じにしないの! 先生のところに、今回の新聞の原案を持っていってるのよ。

ノゾミ 原案? もう出来てたんだ。

ナツコ なんせ文章については、この生徒会には優秀な書き手がいるからね(といって、マコトを見る)

マコト 適当に書いただけですよ。

ナツコ あと、おまけに変な落書きとか落書きとか、落書きね。

マコト やだなぁ。アートですよ。

ナツコ はいはい。

ノゾミ そっか、じゃあ、私何すればいいかな。

ナツコ ノゾミはいつもどおり印刷補助。あと、サヤの手伝いね。

ノゾミ (あくまで明るく)アイアイさー

ナツコ よろしい。……で、さっきからそこでこそこそしているのは誰?


    こそこそしていたサヤカは思い切り焦るが、わざとらしくポーズを決め、




    なぜか歌舞伎っぽく。

サヤカ さすがはお山の大将だ。見事に隠れたこの俺を、いともたやすく見抜くとは。
     どうやら、猿芝居と空威張りだけが得意技ってわけじゃないようだな。

ナツコ (あきれて)誰だお前。

ノゾミ (不思議そうに)サヤだよ?

ナツコ わかってます。

サヤカ 問うというなら教えてやりろう。

ノゾミ だから、サヤでしょう?

ナツコ いいから、最後までやらせてあげなって。

サヤカ 涙のしずくで生まれた海の、寄せる波からあふれた命。せき止められないはかなさに、
     「鞘に収めて」と唇結んで名前が出来た。人に呼ばれず、叫び続けてはや16年。
     ご存知、皆々様のマスコット、関口サヤカと申します。

ナツコ ……なんのこっちゃ。

サヤカ いやぁ、相変わらず、きっぱりはっきりだねぇ。

ノゾミ サヤ、おはよう。

サヤカ おはよう。今日は?(「どうしたの?」というニュアンスで)

ノゾミ 遅刻しました。

サヤカ そっか。

ナツコ 先生、なんだって?

サヤカ ん? うーん。それがさぁ。

ナツコ どうしたの?

サヤカ 駄目だって。

ナツコ だめ?

マコト 記事がですか?

ヨシエ 落書き?

サヤカ (ヨシエにかぶるように)ううん。これ。(と、サヤカは黒板を指す)

ノゾミ 進路について?

ナツコ あたしが書いた文章じゃん。

サヤカ んー。なんか、もうちょっとちゃんと書いてくれってさ。

ナツコ ちゃんとっていわれても。

ノゾミ なんて書いたの?(と、サヤカが持つ新聞を取ろうとする)

ナツコ いいよ、見なくて!(と、取り上げる)

ノゾミ え、見せてよ。

ナツコ いいの。没になったのなんて見られたくないでしょ、普通。

ノゾミ そっか。

マコト それだけですか? 問題は。

サヤカ うん。それだけ。

ヨシエ あらら。

ノゾミ よかったねぇ。

ナツコ 全然よくない。せっかく、今日で終わると思ったのに。

マコト ですよね。

ノゾミ 書き直しか。大変だね。

ナツコ てか、あたし、これ以上の書けって言われても書けないよ?(と、サヤカを見る)

サヤカ 私は無理だよ。文才ないもん。(と、マコトを見る)

マコト 私はまだ進路とかよくわからないから。

ヨシエ そりゃ無理だよねぇ。

ノゾミ じゃあ、誰が書くの?



    と、ノゾミ以外の役が全員ノゾミを見る。


ノゾミ え?


    思わず自分の後ろを見てみるノゾミ。
    そして、改めてみなを見る。


ノゾミ ……私?


    ノゾミ以外、笑顔でうなずく。


ナツコ 遅刻した罰よね。

マコト ですね。



    ノゾミ以外、笑顔でうなずく。


ノゾミ うっそぉ。


    暗転





    舞台明るくなると次の日。
    少し曇った空に夕日が映えている。
    生徒会室。放課後。
    ノゾミが机に向かっている。

    黒板の近く(マコトが昨日座っていた場所)にはヨシエが座っている。
    ノゾミをニコニコと笑って見つめている。


ノゾミ うーーー。

ヨシエ うーーー?

ノゾミ むーーー。

ヨシエ むーーー?

ノゾミ あーーー。

ヨシエ あーーー?

ノゾミ うーー。

ヨシエ うーー?

ノゾミ むーー。

ヨシエ むーー?

ノゾミ あーー。

ヨシエ あーー?


    ノゾミは突然紙を投げ出す。


ノゾミ 書けない!

ヨシエ 書けない?

ノゾミ うるさい!

ヨシエ うるさい?

ノゾミ さっきから、繰り返さないでよ! ……(と、相手の名前を思い出そうとする)

ヨシエ なに?

ノゾミ えっと、あれ?

ヨシエ どうしたの、ノゾミ。

ノゾミ あ、うん。ごめん。えっと。

ヨシエ ヨシエ。

ノゾミ え?

ヨシエ 忘れちゃったの? 私の名前。

ノゾミ まさか。そんなわけないじゃん。ヨッシーを忘れるなんて。

ヨシエ 無駄にしちゃ駄目だよ。

ノゾミ え!?(一瞬何のことかわからずに)

ヨシエ 紙。

ノゾミ ああ。いいよ紙なんて。

ヨシエ 神(かみ)を無駄にしたら罰当たるよ。

ノゾミ その神のおかげでこんな目にあってるのよ。

ヨシエ 遅刻は神様のせいじゃないでしょ。

ノゾミ あんた夢さえ見なけりゃなぁ。

ヨシエ 文句言ってないで、やろうよ。

ノゾミ こんなの書けるわけないじゃん。

ヨシエ 適当に書けばいいんだって。

ノゾミ それがわからないのよ。

ヨシエ どれどれ?(と、覗き込み)これは? ずいぶん書いてあるじゃん。

ノゾミ それは資料。

ヨシエ あ、そう。

ノゾミ それを見て思ったことをそれっぽく書くっていうのが、今回の趣旨なのよ。

ヨシエ なるほどねぇ「2004年度の進路について。2004年度の四月の時点において、文部科学省の調査によると、
     普通科に通う学生940746人中、進学・就職ともに決まらなかった生徒は10.3%。
     つまり約94000人の高校生が進路未確定、もしくは進学のため浪人しているという現状を表す。
     また、他の専門学校や総合学科を合わせた全体の生徒数1281334人のうち、
     進学も、就職も予定していない生徒は10.4%である。つまり、約120000人は、進路未確定である。
     そして、そのうちの9割近くは、普通科の生徒が占めていることになる。我が校の生徒は」我が校だってぇ。

ノゾミ そこ、面白いところじゃないでしょ。

ヨシエ そっか。「我が校の生徒においては、2004年度卒業生234人中、18人が未確定。
     進学準備という名の下の生徒は40人という結果であった。」あれ? これで終わり? だから?

ノゾミ だから、その結果を読んでの感想を新聞に書くの。で、資料と一緒に生徒に配るの。

ヨシエ すると?

ノゾミ 生徒も少しはまじめに進路を考えるかなぁという。

ヨシエ 甘いなぁ。

ノゾミ でしょう?

ヨシエ 考えるやつは考えているし、考えないやつはそもそもこんなもの読まないって。

ノゾミ 朝一番のHRで遅刻についてのお説教するのと同じよね。

ヨシエ 遅刻者来てないのにね。

ノゾミ だから、余計に浮かばないのよ。

ヨシエ あ、でも、書いてるじゃん。

ノゾミ いや、これは違うの。

ヨシエ 見せてよ。

ノゾミ 駄目だって。

ヨシエ 見せなさいって!


    ヨシエは紙を奪う。


ノゾミ ああ。

ヨシエ おお、神(紙)よ。

ノゾミ 駄目だって……

ヨシエ (紙を見て)「私には何もない」

ノゾミ 書き途中なの、まだ。

ヨシエ 「きっと、私も、未確定のまま三年になり、未確定のまま卒業するだろう。
     そして未確定のまま、一生を終えるのだ」

ノゾミ (ヨシエから紙を奪い)別に、本気でそう思っているわけじゃないよ。

ヨシエ そう?

ノゾミ 当たり前でしょう。こんなこと、本当に思うわけないじゃん。ねぇ。馬鹿なこと書いたなぁ、あたし。





    と、そこへサヤカとマコトがやってくる。
    二人に気づくと、ヨシエはすばやく昨日自分が座っていた席に着く。


サヤカ おお、頑張ってるじゃん。

マコト 先輩、進みましたか?

ノゾミ サヤ……マコッちゃんも。どうして?

サヤカ 先生が、ノゾミが、今日も生徒会室にいるって言ってたからさ。

マコト ナツコ先輩のことも会ったし、ちょうどいいかなって思って。


    マコトが言いながら自分がいつも座る席ではなく、ヨシエの席に座ろうとする。
    ヨシエは思わず椅子の背に触れたマコトの手をはたく。


ノゾミ ナツコ?

マコト 痛っ。やだ、静電気かなぁ。


    マコトは言いながらいつも自分が座っている黒板近くの席に着く。
    ノゾミはそれを不思議そうに見ている。


サヤカ 昨日、没になっちゃったでしょう、原稿。

ノゾミ ああ、私が今書いているやつね。

サヤカ ショックだったみたいやっぱり。

マコト 先輩、そういうの気にするタイプじゃないですか。

サヤカ 記事の一つや二つ、気にすることないのにね。

ヨシエ がっくりきちゃったわけだ。

ノゾミ ああ。もしかして、学校を?

サヤカ ううん。来てるよ、ちゃんと。ねぇ?

マコト ええ。でも、なんていうか……

ヨシエ 元気がない。

サヤカ ないよね、元気。

ノゾミ 気にすることないのに。

サヤカ まぁねぇ……あ、それよりさ。


    言いながら、サヤカはヨシエの座っている席に座ろうとする。
    問答無用でヨシエがサヤカの手をたたく。


サヤカ 痛っ!?

マコト あ、先輩も静電気ですか?

サヤカ びっくりしたぁ。乾燥してるのかな、今日。


    言いながらサヤカは自分が昨日座っていた席に着く。


サヤカ それより、どう? 進んでる?

ノゾミ え?

サヤカ 「え?」じゃなくて、原稿。

ノゾミ じゃなくて、何?

サヤカ 「何?」って、だから、

ノゾミ いや、違くて、だから、え? 今のって何? 新しい遊び?

サヤカ 今の?

ノゾミ いや、だから……からかってないよね?

サヤカ 何を?

ノゾミ からかっているの?

サヤカ 誰を?


    ノゾミはゆっくりとヨシエを見る。
    ヨシエがにっこりと笑う。なぜか怖くなるノゾミ。
    サヤカとマコトは顔を見合わせる。
    ノゾミがサヤカを向く。


ノゾミ ……サヤカ、ちょっとうそついてみて。

サヤカ 嘘?

ノゾミ 本気でね。私をだますつもりで。

サヤカ え、嘘を作ってわかっているのに? だますの? あんたを?

ノゾミ いいから、早く。

サヤカ そんな急に言われても。

マコト 私、絶対ノゾミ先輩がだまされる嘘ついてあげましょうか。

ノゾミ マコッちゃんはいいの。

マコト 絶対だまされますよ。

ノゾミ いいって。

マコト いいですか。おじいさんとおばあさんが、山に芝刈りにいったんですよ。

ノゾミ いいからマコッちゃんは黙ってて!……お願い。

マコト はい。

サヤカ よーし、ノゾミ。いい?

ノゾミ いいよ。

サヤカ 本当の話だからね。マジ話。

ノゾミ うん。

サヤカ 私、体重増えました。


    由紀子はなぜか内股になる。が、顔はまじめ。


ノゾミ へー。

サヤカ 身長止まっちゃったし。

ノゾミ へー。

サヤカ ついでに、失恋しました。

ノゾミ ……なんか、それが全部嘘ってのが腹立つよね。

マコト ですね。

サヤカ だから、マジだって。

ノゾミ 大丈夫。思いっきり嘘だってわかったから。

サヤカ なんで〜。

ノゾミ じゃあ、サヤさ。

サヤカ ん?

ノゾミ (と、ヨシエをさし)そこに、誰かいる?


    ヨシエはピースをする。
    サヤカは席を見、マコトと顔を見合わせる。
    そして、ノゾミを見る。


サヤカ は?

マコト (ノゾミを不思議そうに見て)先輩??

ノゾミ ……悪いけど、一人にしてくれる?

サヤカ 大丈夫? 疲れているの? あ、もしかして、いまの冗談? 相変わらず笑えない(冗談を作るわねぇ)

ノゾミ お願い! ……一人にして!


    サヤカとマコト顔を見合わせる。
    サヤカは少し憮然とした顔で教室を出て行く。
    マコトも後を追って出ようとするが、途中で立ち止まり、


マコト お疲れ様です。

ノゾミ ……お疲れ様。

マコト さようなら。


    マコトも出て行く。





    ノゾミはゆっくりとヨシエを見る。
    ヨシエはにっこりと笑っている。


ノゾミ 誰?

ヨシエ え?

ノゾミ あなた、誰?

ヨシエ 何言ってるの? 私は、

ノゾミ なんで、私にしか見えないの?

ヨシエ やだなぁ、ノゾミ。変なこといわないでよ。私はちゃんとここにいるでしょ。

ノゾミ 嘘。

ヨシエ 嘘って……

ノゾミ だって、サヤにも、マコトにも見えてなかった。

ヨシエ からかわれたんだって。

ノゾミ 違う。

ヨシエ 違う?

ノゾミ サヤは嘘ついてなかった。

ヨシエ 何でそんなことわかるのよ。

ノゾミ 内股じゃなかったから。

ヨシエ え?

ノゾミ サヤはね、嘘つくとき内股になるのよ。

ヨシエ 何その設定!?

ノゾミ だから、嘘ついているとき、すぐにわかるの。

ヨシエ そんなわかりやすい嘘のばれ方あり?

ノゾミ 時々より目にもなるけど。

ヨシエ わかりやすい人なんだ。


    ノゾミはヨシエをじっと見つめる。


ノゾミ 誰なの、あなた。

ヨシエ だから、言ったでしょう? ヨシエだって。

ノゾミ でも、私、やっぱりあなたなんて知らない。

ヨシエ そうかな? よく知っていると思うけど。


    言いながらヨシエは、幽霊のポーズをとる。
    一見して誰もがわかる、「うらめしや」と聞こえてきそうなポーズである。


ノゾミ よく知ってるって……


    ノゾミはヨシエのポーズをまじまじと見る。


ノゾミ ……おばけ?

ヨシエ お化けじゃないわよ! 幽霊♪

ノゾミ ……ゆう…れい?

ヨシエ まぁ、大雑把に言うとね。

ノゾミ 大雑把?

ヨシエ そう。こっちの世界の言い方でいうと、もしかしたら違う言い方ができるかも。

ノゾミ 違う?

ヨシエ 迎えに来たのよ。

ノゾミ え?

ヨシエ 消えたがっている、あなたを。

ノゾミ 私を?

ヨシエ そう。

ノゾミ 変なこと言わないでよ。私は

ヨシエ 神様の夢。

ノゾミ 夢?

ヨシエ 見たとき、安心したんでしょ。「お前は死んだ」って言われて。

ノゾミ どうして(わかるの?)

ヨシエ 自分なんて死んでもいいって思ってるでしょ?……そういうひとにしか、私は見えないの。

ノゾミ あなたは、誰。ただの、幽霊じゃないの?

ヨシエ そういう人を、連れて行くのが私の仕事。

ノゾミ ――死神?


    ヨシエ微笑む。
    ノゾミは息を呑む。





    と、そこへナツコがやってくる。


ナツコ 何やってるの?

ノゾミ わぁ!?

ナツコ なに大げさに驚いているのよ。馬鹿みたい。


    ナツコは言いながら席へと近づく。引き出しにしまっていた自分の原稿を取りにきたらしい。


ノゾミ ナツコ……帰ったんじゃなかったの?

ナツコ 忘れ物。取りに来たの。あんたこそ、何やってるの?

ノゾミ 原稿、書いてたの。

ナツコ ふうん。

ノゾミ ナツコ。

ナツコ なに?

ノゾミ (ヨシエを見て、ナツコを見る。)……ううん、なんでもない。

ナツコ 変なやつ。


    ナツコは机の中から自分の原稿を取り出す。
    ヨシエは席に座る。二人の動向を面白そうに見ている。


ノゾミ それ……

ナツコ 忘れてたの。

ノゾミ そこに入ってたんだ。

ナツコ うん。

ノゾミ どうするの?

ナツコ ボツになったから。もって帰るの。

ノゾミ そっか。

ナツコ 頑張ってね。

ノゾミ うん。あ、ナツコ。

ナツコ なに?

ノゾミ それ、見せてくれない?

ナツコ え?

ノゾミ その原稿。全然何書いていいか分からなくてさ。

ナツコ ……

ノゾミ なんか、すごくいっぱいいっぱいになっちゃって。私になんかできるわけないんだよね。本当。
    何書いても、没になるような気がしてさ。だから、参考にさせてくれれば

ナツコ 参考になんてならないよ。

ノゾミ でも、私が書くよりはさ、全然いい文章だったと思うし。

ナツコ 没になった文章だから。

ノゾミ だけど、本当何書いていいか分からなくてさ。

ナツコ だったら、考えればいいじゃん。

ノゾミ そうなんだけど。

ナツコ 書けることをさ。それがノゾミの文章になるんだから。

ノゾミ でも、やっぱり、こういうのはナツコが書いたほうが

ナツコ だから、私は没になったんだって。

ノゾミ だけど、もう一回書いたらやっぱりナツコのほうが

ナツコ やめてよ私ばっか頼るのは!

ノゾミ え……

ナツコ 頼らないでよ。そういうのって、いい加減うざいんだよね。

ノゾミ でも、

ナツコ 「でも」じゃなくてさ、もうちょっと、自分でどうにかするとか、考えられないの?

ノゾミ だって、私なんて。

ナツコ なんて? 私なんて、なに?

ノゾミ ……何にもできないし。

ナツコ なんでやりもしないうちから決め付けるの? 何もしないで「何もできない」なんて言ってたら、
     何だってできるようにならないでしょ。

ノゾミ ……ナツコは、できるからそういうこといえるんだよ。

ナツコ 私が?

ノゾミ ナツコは私より頭もいいし、器用だし、なんだってできるじゃん。
    できない人間の気持ちなんて、分からないよ! 私なんて、いてもいなくてもいいような存在だし。
    そんな私にできることなんて全然ないってこと、分かってないよ!

ナツコ 決め付けないでよ。

ノゾミ きめ付けじゃないよ、私は

ナツコ 私がなんだってできるなんて決め付けないでよ!

ノゾミ え?

ナツコ みんなそうやって自分のことばっか可愛がって。出来ない出来ないって、なんでも私に押し付けて。
     そうなったら、そんな風に言われちゃったら、出来なくてもやるしかないじゃん。
     やるしかないのにやってるのよ!

ノゾミ そんな……だったら出来ないって言えばいいじゃん!

ナツコ だったら、誰がやるのよ!

ノゾミ それは、でも……


    ノゾミとナツコの視線が交錯する。
    と、ヨシエが場違いに明るい声を出す。


ヨシエ なんでそんな暗くなるかなぁ。


    ノゾミは思わずヨシエを見る。
    と、同時にナツコもヨシエを見ている。


ヨシエ 難しく考えすぎだと思うけど。

ノゾミ なんでそんなことあんたに(言われなきゃ……と言おうとして、ナツコの視線を気にして、ナツコを見る)え?

ナツコ 横から口出さないでよ。

ヨシエ まぁ、だから死にたくなるんだろうけどね。

ナツコ だれよ、あんた。

ノゾミ ナツコ、見えてるの?

ナツコ え?

ノゾミ この子――


    ナツコは何か不吉なものを感じてヨシエを見る。
    ヨシエが微笑む。


ヨシエ だーれだ?


    暗転。





サヤカ で、結局昨日は書けなかったってわけ。


    照明がつくと、次の日。
    外では雨が降っているのか、曇っている生徒会室の中。
    ナツコとノゾミが離れて座っている。
    その間を埋めるように、サヤカとマコト。
    ヨシエはノゾミ側に少し離れて座っている。
    ナツコはヨシエが時折気になっている。


ノゾミ 家帰って、資料をネットで探したりとかもしたんだけどさ。

サヤカ お、えらいじゃん。そうしたら?

ノゾミ 余計分からなくなっちゃって。

サヤカ 駄目じゃん。

ノゾミ うん。

マコト いっそのこと、この記事だけなかったことに出来ないんですかね。

サヤカ 無理でしょ。先生が一番力入れているところだし。

マコト 誰も読まないですよ? 進路についてなんて。

サヤカ そりゃそうなんだけどね。

ノゾミ 誰も読まないような文章で、苦労しているのか私。

ナツコ それで没になった人間もいるんだけどね。

ノゾミ 分かってるよ。

ナツコ ならいいけど。

サヤカ ……なんか、ナツコ、今日いらだってない?

ナツコ 別に。

サヤカ なんかやなことあった?

ナツコ ないよ。

サヤカ そ、そう?

マコト それにしても、今日も来ないですね。

サヤカ え?

マコト ほかの委員ですよ。

サヤカ ああ。みんな忙しいからねぇ。

マコト それだけじゃないかもしれないですけどね。

サヤカ どういうこと?

マコト 先輩知らないんですか? うわさ。

サヤカ うわさ?

ノゾミ なに? うわさって。

マコト これですよ、これ。


    と、マコトは幽霊のポーズをとる。
    ノゾミとナツコは思わずヨシエを見る。
    ヨシエはおどけてポーズをとる。
    ノゾミとナツコの目が合う。
    ノゾミとナツコが思わずそっぽを向く。


サヤカ これって。

マコト 幽霊ですよ、幽霊。

サヤカ え〜時期はずれじゃない?

マコト そんなことないですよ。今、一年の間でうわさになっているんですよ。何人か、変な声を聞いたって。

ヨシエ うーーー。あーーー。

サヤカ まっさかぁ。

マコト 一人でいるはずなのに、変な声が聞こえた、とか。

ヨシエ おっかさん。おら、村に帰りたいだ。

ナツコ どこの人間よ。

マコト 3組の子が言ってたんですよ。「ここ、何かいる」て。

サヤカ へぇ。


    サヤカは周りを見渡す。
    ヨシエが手を振るが、まったく気づかない。
    ヨシエは少しさびしそう。


同時に
マコト 怖いですよね。
サヤカ 会って見たいね。

マコト ……え?

ノゾミ サヤ?

サヤカ あたし、霊感全然ないからさ、見えたらすごいって思うけどなぁ。

ヨシエ あんたには絶対見えないわ。


    ナツコとノゾミは思わずうなずきあう。


サヤカ (勘違いして)でしょ? 見てみたいって思うよね?

ナツコ いや、これは

マコト えー。私は無理ですよ。怖いじゃないですか、やっぱ。

サヤカ そうかなぁ。

マコト そうですよ。

ヨシエ 怖い、か。


    ヨシエは少しさびしそう。


ナツコ まぁ、霊が出るかどうかはともかく、それでこないんじゃ全然仕事が進まないじゃない。

マコト ですよねえ。だから、どうしようかと思って。一年で来てるの私だけっていい加減さびしいですよ。

サヤカ だよねぇ。

マコト それで、(ノゾミに、あくまでも無邪気に)先輩、原稿はどれくらいで終わりそうなんですか?

ノゾミ え? ……さぁ。

マコト さぁって。そんなの、ぱぱーと、書いちゃってくださいよ。

ノゾミ だよね。

サヤカ ナツコの書いたやつは? 参考にならなかったの?

ナツコ あれ、もう捨てちゃったから。

ノゾミ ……って、言うから。

サヤカ そうなの? 私、コピー持ってるよ?

ナツコ なんで!?

サヤカ だって。新聞のために一回ためすずりしてみたし。(鞄を探し始める)

マコト (ナツコ)先輩、どんなこと書いたんですか?

ナツコ さあ。没になったやつだし。

サヤカ (鞄から見つけ出し)読んであげようか?

マコト お願いします。

ナツコ え? やめてよ。

サヤカ 私も、全然読んでなかったんだよねぇ。そういえば。(と、目を通して)……空っぽ?

マコト え?

ノゾミ 空っぽ?(と、ナツコを見る)

ナツコ ……(あきらめたように座る)

サヤカ 「私は、空っぽだ。おそらく私も進学も就職もしないのだろうと思う。なぜなら、私は空っぽだから」

ナツコ (跡を継ぐように)将来への展望なんてない。やりたいことなんてひとつも思い浮かばない。
     だから、私はその他としか扱われない人たちの気持ちが分かる気がする。空っぽの自分。
     どこを見ても、何も見つからない自分。時々、私は自分に出来ることなんて何もないような気がしてくる。
     そんな時、私はこの世界全部から「いらない」と言われているような気さえしてくる。私は空っぽだ。
     そんな私に進路について何がいえるというのだろう。話そうとすれば、話そうとするほど、むなしくなる。

マコト (サヤカから紙を受け取り、後を継ぐように)「誰もが、きっと私よりも将来のことを考えているのだと思う。
     だから、私に言えることなんてない。私は空っぽなのだから。」……(ナツコ)先輩……

ナツコ (むしろ元気に)そりゃ、没になるわよね、そんな文章じゃ。

ノゾミ ナツコ……

ナツコ (ノゾミに)分かったでしょう? 私の文なんて読むだけ無駄なの。

サヤカ 空っぽって。ナツコ、これ。

ナツコ だから、その文章のとおりだって。

サヤカ だって。

ナツコ だって、じゃなくて。わたし、何もないから。ある振りして頑張って、みんなまとめたり、えらそうにしたり。
     嫌になるよね、みんな。なんか、いやに……


    ナツコは何かをこらえるように走り去る。
    雨の音がしだす。降り出したらしい。


サヤカ ナツコ!

マコト 先輩!

サヤカ え、ちょっとどうしよう。

マコト どうしようって。

サヤカ ノゾミ、ナツコどうしちゃったの?

ノゾミ (呆然と)おんなじなんだ。

サヤカ ノゾミ?

ノゾミ 私と……

マコト (サヤカ)先輩、どうするんですか?

サヤカ どうするって……(ノゾミと、ナツコが去ったのを見比べ)追うしかないでしょ。

マコト はい。


    サヤカとマコトが去る。


10


ヨシエ 行っちゃったね。

ノゾミ うん。

ヨシエ これで分かったでしょう?

ノゾミ え?

ヨシエ ナツコにも、私が見えるわけ。

ノゾミ うん。

ヨシエ しっかし、他にも見える人が結構いるなんてなぁ。そんだけ、やわい子が多いってことよねぇ。
     こまったもんだわ。

ノゾミ ねぇ、

ヨシエ なに?

ノゾミ どうすればいいのかな?

ヨシエ 何が?

ノゾミ 私、出来ることなんて、あるのかな。

ヨシエ 何で?

ノゾミ ナツコだって、私と同じだったのに、苦しんでて。なのに、私頼ってばっかりで。
     ……私なんか、生きている意味、あるのかな?

ヨシエ だったら、こっちの世界に来る?

ノゾミ え?

ヨシエ こっちは、いいわよぉ。おなかすかないし、夜でも眠くならないし。年だって取らないし。
     誰も、話しかけてくれないし。死にたいようなくらい人間にしか姿見えないし。
     ……生きていたときのことばっかり考えるし。さびしいし……おなかすかないし、あれ? 
    また同じこと言ったね。

ノゾミ 後悔してるの?

ヨシエ 同情はしないでね。哀れみもいらない。少なくても私は、あまり変わらなかったから。

ノゾミ そうなの?

ヨシエ 若いまま死ぬか、年とって死ぬかってだけ。どっちにしろ一人だったから。……あなたと違って。

ノゾミ 私と?

ヨシエ あなたは、一人じゃないでしょう?

ノゾミ そう、かな。

ヨシエ 私は、一人だったから。

ノゾミ 一人のほうが気楽かもしれないよ。

ヨシエ そんなこと、少しも思ってないくせに

ノゾミ ……うん。

ヨシエ ちゃんと話しな。友達と。

ノゾミ 何を話せばいいの?

ヨシエ さあ。大丈夫よ。何とかなるんじゃない?

ノゾミ そんな無責任な。

ヨシエ 大丈夫。人という字はね。人と人とが支えあって、出来ているのよ。

ノゾミ (苦笑して)そんなのいまどき、金八先生も言わないよ。

ヨシエ いい言葉でしょ。

ノゾミ でも「入る」って漢字だって、人と同じようなもんだよね。

ヨシエ あれは違うよ。入るはね、一人でも出来るの。ほら


    と、ヨシエは両足を広げて人文字で「入」という字になる。


ノゾミ そんなの人だって(同じじゃん)

ヨシエ でもね、一人じゃ「出る」は出来ないのよ。


   と、ヨシエはノゾミの話を聞かず、机の上に座って、両手両足を伸ばし、
   「出」るの右、もしくは左半分を作る。


ヨシエ ほら、半分足りない。

ノゾミ そんなの、一人でだって(と、作ってみようとするが)……出来ないか。

ヨシエ だからね、二人でやればいいのよ。

ノゾミ まあ、二人なら……

ヨシエ 一人で悩みの世界に入り込んじゃったのなら、二人で出てくればいいのよ。
     二人なら、出るって文字は作れるんだから。

ノゾミ ……

ヨシエ そういうこと。

ノゾミ うん。

ヨシエ さあ、じゃあ、分かったらとっとと行く。

ノゾミ うん!


    ノゾミは駆け出そうとして、振り返る。


ヨシエ どうしたの?

ノゾミ ありがとう。


    ノゾミが去る。


ヨシエ その言葉が、どれほど私を救ってくれるか分かっていたら、私はこんな場所にいないで済んだのに。
     いまさら言っても遅いけど。気づいてほしいって心で叫ぶ代わりに、本当に叫んでいたら、
     ここにいなかったのかな。……なんて、ね。


    ヨシエはふと、CDプレイヤーを見つける。
    音楽をかける。
    音楽。


11


    音楽の中、舞台前面に照明が当たる。
    かけてくるナツコ。
    そのナツコを追いかけるようにサヤカとマコト。
    『待ってよ、ナツコ』
    サヤカが叫ぶ。
    観客にその声は聞こえない。
    が、ナツコの足が止まる。
    サヤカがナツコの肩をつかむ。
    マコトが『大丈夫ですか?』と、ナツコの顔を覗き込む。
    『一人にして』と、ナツコが言う言葉に、サヤカとマコトは顔を見合わせる。
    何か言おうとしていえない。

    そんな二人を振り切るようにして、ナツコがもと来た方向へ歩き出す。
    『どこ行くの?』『鞄、教室に置いたままだから』そんな会話があるのだろうか。

    そこへ、ノゾミが駆け込んでくる。
    ナツコがひるむ。
    瞬間、ノゾミがナツコに抱きつく。
    
    音楽が高まる。

    ナツコが、何も出来ないまま、空を仰ぐ。
    ノゾミはひとつの言葉を繰り返している。
    『ごめんね』という言葉を。
    舞台の奥では、ヨシエが机に座って足を振っている。
    すべて分かっているように、微笑んだまま。    

    溶暗。


12


    照明がつくと、ノゾミが何かを書いている。
    次の日。
    晴れわたった夕日が差す生徒会室。
    いっちょ前に作家のつもりなのか、紙を散らかしながら。髪をかきながら。

    と、マコトとサヤカがやってくる。


マコト (声のみで)昨日、すごかったですね。

サヤカ (声のみで)本当、ナツコもいろいろたまってたんだろうね。

マコト (ノゾミを見つけて)あ、めずらしい。

サヤカ 本当だ。

マコト (ノゾミ)先輩も、いろいろ反省したんですかね。

サヤカ 反省?

マコト ナツコ先輩に頼ってばっかりだったってこと。

サヤカ それはあんたも同じでしょ。

マコト 私は一年ですから〜。

サヤカ そんなこと言ってると、来年知らないよ〜。

マコト それが今一番不安なところですよ。

ノゾミ よっしゃぁああ。


    ノゾミが原稿を撒き散らす。


サヤカ うわっ。

ノゾミ あ、サヤにマコッちゃん。おはよ。

マコト おはようございます。

サヤカ 何? 書き終わったの? それとも、失敗?

ノゾミ 書き終わったよ〜。やっと。

サヤカ へぇ。どれ?(と、言いながら席に着く)

マコト 先輩も分かりにくいアクションしますよね。


    マコトは床に落ちた紙を拾いながら席に着く。


ノゾミ ごめん。(サヤカに)どうかな?

サヤカ んー。

ノゾミ だめ?

サヤカ ノゾミらしいんじゃない?

ノゾミ なにそれ。

マコト え、先輩。私にも読ませてください。

ノゾミ マコッちゃんは駄目。

マコト えぇ? なんでですか?

ノゾミ その前にOKをもらわなきゃならない人がいるから。

マコト ああ。

サヤカ 私はいいの?

ノゾミ 試練の前の試練ってとこかな。

サヤカ なるほどね。うん。いいと思うよ。

ノゾミ よかったぁ。

マコト でも、(ナツコ)先輩来ますかね?

ノゾミ え? なんで?


    ここらへんで、ナツコは姿を現している。


マコト だって、昨日はでに教室駆け出したり、泣き出したり、したじゃないですか。
     さすがに今日はきにくいんじゃ(ないですか)

ナツコ 誰が泣いたって?

マコト あ、おはようございます。

ノゾミ ナツコ

サヤカ あ、おはよう〜。

ナツコ おはよう。ノゾミも。

ノゾミ おはよう。遅かったね。

ナツコ 掃除当番だったのよ。で、誰が泣いてたって?

マコト いえ、私の見間違いだと思います。

ナツコ 見間違いよ。

マコト はい。


    ナツコは席に座りながら、


ナツコ (ノゾミに)あの子は?

ノゾミ いなくなっちゃった。

ナツコ そう。

サヤカ あの子って?

ノゾミ えっと

ナツコ 幽霊。

サヤカ 幽霊?

マコト え、先輩、見たんですか?

ナツコ ええ。しっかりとね。

マコト どんなでした? 足、やっぱりないんですか?

ナツコ さぁ。

マコト えぇ。いいなぁ。

ナツコ よくはないと思うけどね。

マコト え?

ナツコ 本人にとっては。

ノゾミ ナツコ……

ナツコ で?

ノゾミ で?

ナツコ 出来たの?

ノゾミ あ、うん。

サヤカ なかなかの出来だよ。

ナツコ ふーん。

ノゾミ 見て、くれる?

ナツコ あたりまえでしょ?


    ノゾミは少し照れたように原稿をナツコに渡す。
    ナツコもどこか照れながら受け取る。


ナツコ (ちらりと見て)ふうん。

ノゾミ なに?

ナツコ (すばやく移動しながら)「私は、誰かと笑いあいたいと思う」

ノゾミ あ、ちょっと、読まないでよ。


    と、サヤカとマコトはすばやく目を合わせると、ノゾミを押さえる。


ノゾミ え? ちょっと。

マコト まぁまぁ、先輩。

サヤカ ナツコのも読んだんだしさ。

ノゾミ それとこれとは……


    ナツコはその様子をおかしそうに見ると読み出す。
    いつのまにか、ヨシエが生徒会室のどこからか(たとえば段ボール箱の中など)顔を出す。


ナツコ 「私は誰かと喧嘩がしたいと思う。私は誰かと涙しあいたいと思う。進路は不安だ。
     将来は見えない何かで覆われていて、今すぐに答えを出すことなんて出来ない。
     きっと、進学でもなく、就職でもなく、その他という答えを選んだ人たちは、
     みなどこか不安を抱えて生きているのだろう。でも、人生とは出会いだと思う。
     私は、多くの人と出会いたい。そんな生き方をしたい。それでいいんじゃないだろうか。きっと」
     それで、いいのかもしれない。……いいのかなぁ?

ノゾミ やめてよ、不安にさせること言うの。

ナツコ すっごいポジティブなのはいいと思うけど、

ノゾミ うん。

ナツコ たぶん、これ先生ボツにすると思う。

ノゾミ えぇえ〜。

サヤカ だよねぇ。

マコト これは、ちょっと。

ノゾミ そんなぁ。

ナツコ まぁまぁ。もっかい考えればいいじゃん。

ノゾミ そんなこと言われても。

ナツコ 今度は、みんなでさ。

ノゾミ ……うん。

サヤカ しゃあない。こうなったら、みんな巻き込まれますか。

マコト 私は関係(ないですよね)

ナツコ マコトちゃん? やろうね。

マコト はい。

ヨシエ (届いているとは思わずに)よかったね。


    ノゾミはふと、聞こえた声に空を見上げ、


ノゾミ ……うん。


    ヨシエは一瞬驚くが、笑う。
    音楽が大きくなっていく。


ナツコ さあ、じゃあ、書き出しはどうしようか。

サヤカ てかさ、明るいほうがいいわけ?

マコト ですよ。だって、暗いの読んだら、こっちまで暗くなるじゃないですか。

ノゾミ 明るく明るくね。

サヤカ OK

ナツコ 明るくね。前向きに。


    四人の会話はだんだん聞こえなくなっていく。
    どれも楽しそうに将来の作文に向かう。
    心の中にある不安。それはきっと一人では決してぬぐえない。
    でも、彼女たちは一人じゃない。
    救いはすぐ隣に転がっている。


    溶暗