カチカチ山に愛はあるのか?



キャスト


綿貫ヨウコ(女)   通称タヌキ 

宇佐野ショウ(女)  通称ウサギ

宇佐野母(女)

アキラ(男)

中道サユリ 先生


シーン0 いつかの光景


     男女が舞台に立っている。
     思い詰めた顔をしている女はショウ。ショウを見守るように男が立っている。
     緊迫した音楽。
     そして、男――アキラ――が口を開く。



アキラ どうしても、やるのか?

ショウ ええ。

アキラ だって、あの子は君のことを

ショウ そんなことは関係ない。……あいつの気持ちなんて関係ないの。

アキラ ……本当に君はそれがしたいのか?

ショウ ……。

アキラ 失ったのは、いつかはなくなる物じゃないか。

ショウ なんだって、いつかはなくなるのよ。だったら、自分の手で無くしてしまっても良いでしょう?

アキラ 後悔するぞ。

ショウ あんたに何が分かるのよ。いきなり現れて。知ったようなことを言って。
     あなたに、私の何が分かるのよ。

アキラ ……

ショウ 大丈夫。私はもう、後悔なんてしない


     間


ショウ 行くから。

アキラ 待てよ。まだ話しは

ショウ 私にはもうない。


     ショウがカバンからヤスリを取り出す。
     一つうなずいた後、走り出す。
     アキラは呆然とショウを見送る。

     長い悩みの後、決心したようにアキラが一つうなずく。
     何か喋っているようだが、その声は聞き取れない。
     そして、ショウが出ていった方向へと走り出す。
     照明が暗くなる。



シーン1 当たり前のような帰宅時に


     ある日の放課後。
     ここは非常階段。ざわめきからは遠い場所。
     ショウは柵の一つにもたれかかっている。
     着ている制服は新しいけれどもう着慣れた感じ。
     自分で少しいじっているのか、カバンまでも今時の少女に見える。
     煙草を吸う真似をしているが、別に煙草を持っているわけではない。

     ふと、近くを帰宅途中なのか、中道先生が通りかかる。
     大人しめの服装だが、初々しさが見える。
     見上げた場所に生徒がいることに、中道は眉をひそめる。


中道  こら。非常階段はたまり場じゃないのよ。

ショウ わかってます。

中道  寒いでしょ? そんなところにいたら

ショウ 別に。

中道  最近その手すりもろくなっているらしいのよ。寄りかかってると危ないのよ。

ショウ 寄りかかってません。

中道  誰か待っているの?

ショウ そうです。……先生はご帰宅ですか?

中道  そうよ。

ショウ そうですか。

中道  ……(何か決心したように)宇佐野さん、最近元気ないけど、何か悩みでもあるのかしら? 
     私、そりゃ新任で頼りないかも知れないけど、宇佐野さんの悩み事を解決できる役に、
     少しでも立てるかも知れない。

ショウ なんですか? ここ風強くて、よく聞こえないんです。

中道  あ、聞こえてないんだ。そう……ううん。なんでもない。じゃあ、さよなら……

ショウ あ、先生。

中道  (嬉しそうに)え? なに? なにかしら?

ショウ 先生って話す時、瞬き多いですよね

中道  ……さようなら。


     中道先生は舞台から去る。
     ショウは鼻で笑うようにその後ろ姿を見送り、
     カバンから煙草のお菓子を取り出してくわえる。


ショウ 悩み事、か。……サユリちゃんもお気楽だな。


     ショウはカバンから今度はヤスリを取り出す。
     そして、手すりの一部をゆっくり削っていく。
     と、舞台にヨウコが現れる。
     初々しさを残す制服姿。
     大人しめの少女がおしゃれをしようとして努力した様子がうかがえる。
     ショウを捜していたらしい。
     きょろきょろと辺りを見た後、非常階段の上にいるショウに気づいて手を振る。


ヨウコ ウ〜サ〜ギ。なんだ、こんな処にいたの?


     ショウは、ヨウコの声にはっとしてヤスリを隠す。


ショウ タヌキ……(微笑んで)部活の方はもう終わったの?

ヨウコ うん。ごめんねぇ。いつもまたしちゃって。

ショウ いいのよ。いつものことだから。

ヨウコ そんな寒いところで待ってないで校舎の中で待っていればいいのに。

ショウ だって校舎の中は禁煙でしょ?

ヨウコ そんなこと言ったって、それ、お菓子じゃん

ショウ 気分の問題なの! ……そうだ、タヌキ。咽乾かない?

ヨウコ え? 別に。

ショウ 私、待っていたせいで凄く咽乾いたんだけど。

ヨウコ ごめんねぇ。帰りに何かおごるから。

ショウ 昇降口の自販機でいいよ。ミルクティー買ってきて。

ヨウコ え〜。いいじゃん帰る途中で。せっかく今、出てきたばかりなんだからさぁ。

ショウ 買ってきて(笑顔)

ヨウコ 何でわざわざ……

ショウ だって、安いでしょ。今時100円で飲み物が買えるなんて希少価値だと思わない?

ヨウコ そんなこと言ったって買うのはどうせ私なのに。

ショウ だから、少しでも負担がかからないようにしているんでしょ。

ヨウコ ありがたすぎて涙が出るね。

ショウ じゃあ、早速行ってらっしゃーい。

ヨウコ はーい。んじゃ、ちょっと待っててね。

ショウ いい子ねぇ〜。タヌキは〜。

ヨウコ ウサギ様のお願いだからね。先帰ったりしないでよ。


     ヨウコは少し嫌々ながらも仕方なさそうに走って舞台から去る。
     ショウは意地悪く笑って、帰ろうとゆっくりと非常階段を下りていく。


ショウ 本当、いい子よね。


     ショウはヤスリを取り出して見つめる。
     ふと立ち止まった目の先にある非常口の手すりに、笑みを浮かべる。

     と、突然爆発が起こる。


ショウ (思わず悲鳴)


     当たりに広がる閃光。そして一瞬のフェード。
     思わずその場にしゃがみ込んで耳を抑え目を閉じるショウ。
     次の瞬間、男が舞台に現れる。



シーン2 現れた非日常



     男――アキラ――は、着いた途端周りを見渡す。
     男は不思議な格好をしている。
     そして、未だ目と耳をふさいだままの少女――ショウ――に近づき、声をかけた。


男   ここは? ……学校……? (ショウに気づいて)あの、ちょっと聞きたいんだけど?

ショウ (ふさいでいたのをはずして)え? ……あなたは? 今、なにが?

男   (はっとして)!! 君は……

ショウ ?

男   やった。成功だ!! 成功したんだ!! ははっ。ははははっ(笑う)

ショウ …………(無言でゆっくりと男から離れようとする)

男   (はっと気づいて)ああ、待って宇佐野ショウさん。通称ウサギさん。今日は、何日だか教えて
     ……いや、教えてくれ。

ショウ !? 何で私の名前を!?

男   ああ、驚くのは無理ないわ、いや、ないな。なんで、見も知らない他人が
     自分の名前を知っているのか。
     気になる気持ちはよーく分かる。でも、今はまず今日の日付よ。
     今日は、何月何日なの……だ?

ショウ ……今日は、12月17日だけど?

男   そうか。……とすると四日前か。

ショウ なにが? ってか、あなた一体誰なの? なんで私の名前を?

男   ああ、そうか……そうだな。あたし……いや、俺の名前は、アキラだ。そう呼んでくれ。

ショウ いや、呼ばないけど。

アキラ なんで? こんな偶然にも出会った仲じゃん。友達になろうよ。

ショウ いや、わけわからないから。てか、あなた、なんで私の名前知っているの?

アキラ えっと……どう説明しようか。

ショウ 腹違いの兄弟だなんて、あからさまな嘘辞めてよ。

アキラ そんなこと言わないよ。……タイム・トラベルって知っているかい?

ショウ はぁ?

アキラ 確かに、今の君にとっては訳が分からない「はぁ?」としか言えない物だろう。
     でもね。携帯電話だって、パソコンだって、今から数十年前の時代では
     「はぁ? なにそれ」なアイテムだったんだ。タイムマシンも、そう言った今からしたら
     信じられない未来道具の一つなのさ。

ショウ ……病院は、この坂降りて右に行ってもらうとすぐだから。それじゃ。

アキラ いや、ちょっと待って。そうだなぁ。どうやったら信じてくれるかなぁ。

ショウ じゃあ、明日何が起きるか教えて。何でもいいから。

アキラ いや、急にそんなこと言われても、そんな20年前の事なんて一々覚えてないでしょ普通。

ショウ さようなら。

アキラ あの子を殺すのは止めてくれ。

ショウ ……なんのこと?

アキラ 分かっているんだろう? 誰のことかも。

ショウ あなた警察なの?

アキラ まさか。ただ、未来の君が後悔することを知っている者さ。

ショウ ……そう……じゃあ、成功するんだ。私。

アキラ !! だけど、それはっ。


     と、飲み物を持ったヨウコが走ってくる。


ヨウコ ウサギ〜。ごめん。ミルクティーなかったよぉ。

アキラ タヌキ……


     アキラはヨウコを見て、少し涙ぐみそうになる。


ショウ しょうがないわねぇ。んで? 代わりに何買ってきたわけ。

ヨウコ 三矢サイダー。

ショウ 「み」しか共通点ないし! 私が炭酸苦手なのしっているでしょ?

ヨウコ え? そうだっけ……ごめん……一応、ふぁんたも買ってみたんだけど。

ショウ 思いっきり炭酸入っているからそれ。……まぁいいわ。行こう? 待ちくたびれたわよ。

ヨウコ あ、うん。ごめんね。……あれ? この人……

ショウ ああ、病院までの道を教えていたの。(アキラに)じゃあ、私はこれで。

アキラ 待って!

ショウ 私は私の正しいと思ったことをやるの。これはね、私の正義なのよ。


     ショウはアキラに笑いかける。
     何も言えずに、アキラは立ちつくす。


ヨウコ ? 何の話し?

ショウ (無意味にヨウコにチョップして)なんでもない。行くわよ。 なんか、体冷えちゃったし。

ヨウコ あ。うん。

ショウ どうしたの? ぼおっとして?

ヨウコ なんか、あの人どっかで見たことあるような……

ショウ 気のせいでしょ?

ヨウコ そうかなぁ。

ショウ てか、この寒いのに、何で冷たい飲み物飲まなきゃいけないわけよ。

ヨウコ いや、体温を気温と同じまで下げれば寒くないかと思って。

ショウ 死にます。普通に。

ヨウコ うそっ。そうだったんだ……


     ショウとヨウコは話しながら舞台から去る。
     アキラは呆然と見送る。


アキラ 規則を破ってまで会いに来たのに……一体、どうすればいいんだっ……


     悩みながらもアキラは走ってその場から去る。



シーン3 母と娘



     夕方より少し時間の経ったショウの自宅。
     宇佐野母が入ってくる。
     ウイスキーのグラスを片手に物憂げな表情。
     一口飲んで、疲れた吐息を吐き出す。

     反対からショウが入ってくる。



宇佐母 お帰りなさい。

ショウ ただいま。ママ。もう、帰ってたの?

宇佐母 今日は早番だったのよ。

ショウ ……またお酒? ここのところ毎日じゃない。

宇佐母 ストレスたまっているのよ。寒くなったせいで、風邪こじらす馬鹿が増えちゃって。

ショウ 病院としては大助かりじゃない。

宇佐母 病人が増えたって看護婦の数は変わらないのよ? 患者の相手がもう大変。
      時々、いっそひと思いに殺してやろうかと思うわ。

ショウ ぶっそうだなぁ。……それだけじゃないんでしょ?

宇佐母 なにが。

ショウ また、何かあったんじゃないの?

宇佐母 …………

ショウ ……相変わらず、断っているの?

宇佐母 どこまで嫌がらせすれば気が済むのかしら。こちらが下手に出ているのをいいことに……

ショウ ねぇ。別に、私気にしないよ? いいじゃん。
     行きたい高校に来たのは、向こうもこっちも同じなんだしさ。

宇佐母 それが嫌がらせだって言うのよ。

ショウ 偶然だって。

宇佐母 偶然? 「うちの子にとって一番いい学校を選んだつもりです」なんてぬかしちゃって……
      中学までは全然違うところだったのに、高校で一緒になるなんてある分けないでしょ。

ショウ でも、同じ市内なんだし。

宇佐母 絶対に、あの母親が仕組んだのよ。

ショウ (溜息)別にしくんだって、いいことなんてないじゃない。考え過ぎよ。

宇佐母 そうやって、あの女は私からあの人を奪っていったのよ!

ショウ ……ママ

宇佐母 仕事を言い訳にあの人と一緒にいる時間を増やしていって……「考え過ぎよ?」
      (鼻で笑って)周りはいつもそう言ったわ。でも、その結果起こったことはなに?

ショウ ママ、興奮すると体にさわるよ

宇佐母 その結果起こったのは同い年の子供を身ごもった女と、捨てられたあたし。
      あんたと同じクラスになったあの子はね、そうやって産まれてきた子なのよ!

ショウ ママ。もうその話は何度も聞いたよ。だけど、父さんは父さん。私たちは、私たちでしょう?

宇佐母 あんたは悔しくないの? 本当だったら生まれたばかりのあんたを
      その両手に抱くはずだった男が、違う子に笑顔浮かべていたのよ? 
      あなたが生きている同じ年月、ずっと。

ショウ だけど、もう父さんは死んじゃったんだし。 私には関係ないわよ。

宇佐母 それだって、あの女が仕組んだことかも知れないじゃない。

ショウ 考えすぎだって。

宇佐母 そう? 本当にそう思うの? あの人が……あなたの父親が、交差点で事故死だなんて、
      そんな事を本当に信じているの?

ショウ だって、私は別にお父さんの記憶があるわけじゃないもの。

宇佐母 絶対に、あの女が仕組んだのよ。
      あの人には、あの女名義の保険金がかけられていたんだから。

ショウ そんな。三流ドラマじゃあるまいし。

宇佐母 いいえ、そうよ。きっとそう……そうなのよ。あの女が悪いのよ、あの女が……

ショウ ……いい、ママ。今私と綿貫さんって、凄く仲がいいの。私の名字が宇佐野でしょう? 
     だから、「ウサギ」ってあだ名が付いているんだけど、あの子は綿貫だから、
     「タヌキ」って呼ばれているの。ウサギとタヌキなんて、いいコンビでしょう?

宇佐母 ウサギとタヌキ……カチカチ山……か。

ショウ そうそう、カチカチ山。って、それじゃ仲いいって事にならないでしょ!

宇佐母 本当に、あなた達仲がいいの?


     間


宇佐母 ……ショウ?

ショウ (笑顔を浮かべて)どういうこと?

宇佐母 あの女から聞いたのよ。あんた、あの子にカバン持たせたり、
      おごらせたりしているんですって? 

ショウ ……なんでそんなこと

宇佐母 何でも話すらしいわよ。あそこの家の子は(皮肉に笑って)親子の間に、
      何の秘密もないんですって。秘密なんて持つと、人間関係はうまくいかなくなるからだって。
      ……あの人とのことは、最後まで秘密にしていたくせにねぇ。
      娘にだって、浮気の末の結婚だって正直に話しているのかしらね?

ショウ それはないわよ。タヌキ、親のなれそめについては全然知らないみたい。

宇佐母 ほら、やっぱり。あの女は所詮口先だけなのよ。……だからって、
      あんたがその娘をいじめていい理由にはならないのよ。

ショウ ただのお遊びよ。別に、断ろうとすればいつだって断れるのに、タヌキが断らないだけでしょ。

宇佐母 そう。……あたしはべつにあんたがなにしようがかまわないのよ。……だけどね。
      あの女にえらそうな口聞かせるような結果になることだけは我慢できないの。 
      意味、分かるわよね?

ショウ ……分かっているわよ。ママ。

宇佐母 そう。……夕食は今日は作る気しないから何か頼むわね?

ショウ はーい。


     ショウは舞台から去る。
     宇佐母はショウを見送って。


宇佐母 タヌキとウサギ……カチカチ山……か。まさか、ね。


     宇佐母が考えをうち消すように首を振って舞台から去る。



シーン4 そして学校にて



     次の日 中道先生の話しをヨウコとショウが適当に座って、神妙な顔で聞いている。


中道  いいですか。植物も生きているのです。こんな風に、校舎の裏に生えている雑草も、
     ほら、力強く天に向かって伸びているでしょう? 
     どんな小さな花だって、賢明に咲こうとしている。
     私たちは、自分たちが大きいから、ふと、そう言う当たり前のことを
     忘れてしまうのではないでしょうか。

ヨウコ はい、先生質問です。

中道  どうぞ。綿貫ヨウコさん。

ヨウコ 今は放課後ですよね?

中道  そうですよ。

ヨウコ しかも、私は今日部活に来たはずなんですけど。

中道  ええ。今日はお友達の宇佐野ショウさんも連れてね。

ヨウコ もう一つ、私は確か演劇部だったと思うんですけど。

中道  その通り。私も、確か演劇部顧問だったと思います。

ヨウコ それなのに、なんで植物の講義なんて受けないといけないんですか!?

中道  だってぇ。明日は初めて教室の外で授業するのよ? 
     40人もの生徒をちゃんと見守りきれるかと思うと心配で。

ヨウコ そんなこと、私たちで練習しないで下さい。

中道  いいじゃない。いかにお客さんを引きつけるか。これも、演劇の要素の一つなんだし。

ヨウコ それはそうだけど……

中道  第一、今日は部長も、副部長もお休みなんだから。初心者の宇佐野さんにしてみれば、
     部活練習をするよりも、雑学講義の方がタメになるかと思って。

ヨウコ そんなことないよねぇ。ウサギだって、練習したかったでしょう?。

ショウ 別に。私は、後でタヌキにおごってもらえるんだったら、なんでもいいわ。

ヨウコ うわっ。眩しいほどの素敵な笑顔。

中道  期待満々ね。

ショウ もちろん。約束だもんね。タヌキちゃん♪

ヨウコ 断ったら絶交だって目が言っているよ〜。

ショウ そんなことないわよぉ。

ヨウコ 笑ってない。笑ってないし。

ショウ やあねぇ。冗談よ。

ヨウコ よかったぁ。だよねぇ。こんな寒い日に、アイスクリームをトリプルでだなんて、
     ジョークに決まってるもんね。

ショウ それは本気です。

ヨウコ うそぉ!?

中道  (笑って)あなた達、仲がいいのね。

ショウ 不思議なことに。

ヨウコ それは、愛がありますから。

ショウ 気持ち悪い。

ヨウコ 酷いっ。

中道  ……学生時代の友情って案外将来まで残るものなのよね。
     2人とも、後悔しない、いい青春送ってね。

ヨウコ はい♪

中道  宇佐野さんも、友達がいるから大丈夫よね。

ショウ なにがですか?

中道  ……宇佐野さんって、時々遠くを見るクセがあるでしょう? 
     あたしも、あなたくらいの時、何かに悩んでいる時ってよくぼんやり遠くを見たの。だからね

ショウ ただ、遠くを見るのが好きなだけです。

中道  あたしも、先生に心配されたときにはそう答えたわ。

ショウ ………

ヨウコ 大丈夫ですよ。ウサギの悩み事は、私が全部引き受けますから。

中道  そう?

ヨウコ だって、私たち親友だしね?

ショウ へぇ。

ヨウコ うわっ。反応が冷たすぎるし。

中道  (嬉しそうに微笑んで)まぁ、あなた達なら大丈夫ね。 さぁ、今日の部活はおしまい。
     もうすぐ終業式だし、2人とも、冬休み何をするか、今のうちにちゃんと考えて起きなさいよ。
     青春は、二度と戻ってこないんだから。

ヨウコ はーい。


    中道先生は舞台を去りかけてふと立ち止まる。


中道  ……そうそう。非常階段の手すりね、かなりもろくなっているみたいなの。
     冬休みには多分取り替えることになると思うけど、それまではなるべく近寄らないようにね。

ヨウコ はーい。

ショウ 冬休みには、取り替えちゃうのか……

中道  宇佐野さん?

ショウ いいえ。

中道  それじゃ、気をつけて帰ってね。


     中道は舞台から去る。
     思わず、ショウは非常口の手すりを見上げる。


ヨウコ さようならぁ。

ショウ ……

ヨウコ さて、私たちも帰ろうか?

ショウ (はっとして)そうね。タヌキにおごってもらわないといけないしね。

ヨウコ うわ。やっぱり忘れてなかったか。

ショウ 忘れる分けないでしょ。……あ、そうだ。これ、あんた聞きたいって言ってたよね?


     そう言ってショウが取り出したのは、どこか古めかしいCDアルバム。


ヨウコ わぁ!? ウサギってば忘れてなかったんだ!

ショウ だから、私が忘れる分けないでしょ。あんたじゃあるまいし。

ヨウコ ありがとう! 愛してるぅ! (言いながら受け取ろうとする)

ショウ (素早くそれを逃れて)その前に、言うことがあるでしょう?

ヨウコ あ、そうか。えっと、「必ず丁寧に扱います。傷つけません、指紋つけません。
     歌詞カードばらしません」

ショウ 「破ったら?」

ヨウコ 「どんな罰でも受けます」

ショウ よろしい。(アルバムを渡す)

ヨウコ やったぁ。この曲聞きたかったんだぁ。古いのにわざわざ新品で買うのは気が引けるし、
     中古屋にはなかなか無いから、困ってたんだよぉ。

ショウ 絶対返してよ。ママが大切にしているアルバムなんだから。

ヨウコ へぇ。ウサギのママってこんな曲聞くんだ。ちょっと意外。

ショウ 意外なのはタヌキの方でしょ。こんな古い曲聞きたいなんて

ヨウコ この曲ね、私のお父さんがよく聞いていたんだって。

ショウ え――

ヨウコ お母さんが懐かしそうに話してくれたの。このアルバムの曲をね車の中でながしながら、
     お父さんプロポーズしたんだってさ。
ショウ ……そう、なんだ……

ヨウコ 正直お父さんのこと、あまり覚えてないんだけどね。
     なんか、お父さんが好きだった曲って聞いたら、聴いてみたくなっちゃってさ。

ショウ そう……タヌキは、お父さんのこと、お母さんからはよく聞くの?

ヨウコ ううん。やっぱ聞き難くてさ……あ、ごめんね。ウサギの家もお母さんだけなのに、
     変な話ししちゃって。

ショウ いいわよ、別に。私はお父さんの記憶って無いし。
     写真もないから、初めからいないと同じだったから。

ヨウコ それって、ちょっと寂しくない?

ショウ 別に。なまじ、どんな人間か分かっていたら、余計夢見ちゃうんだと思う。

ヨウコ ウサギ……

ショウ あ、そうだ。先行っててくれる? 私、ちょっと用があるから。

ヨウコ え? なんのようなの?

ショウ いいから、お願い。

ヨウコ いいよ。待ってるって。

ショウ すぐ追いつくって。今日ね、アレなの。

ヨウコ アレ? ああ、そっか。わかった。んじゃ、先行くけど、無理しなくていいからね。
     校門で待ってるから。

ショウ そうしてくれると助かる。じゃあね。

ヨウコ うん。後で。


     ヨウコ舞台を去る。あからさまにホットするショウ。


ショウ アレで通じるんだから不思議よね、女って……一体なんだと思っているやら。


     と、ヨウコがいきなり戻ってくる。


ヨウコ ナプキン貸そうか?

ショウ なんでよ。

ヨウコ だって、必要かと思って。

ショウ いいから。行ってて。

ヨウコ あ、ごめん。じゃあ、後でね。


     ヨウコが舞台から去る。
     ショウは、自分の気持ちを落ち着けるように深呼吸を繰り返す。


ショウ 大丈夫。私、笑顔作れていたわよね。うまく、受け答え出来てたわよね。
     大丈夫……冬休みには交換か……じゃあ、早めに行動しないといけないわね。


     ショウは一つ頷き、カバンからヤスリを取り出す。
     そして、非常階段を上ろうとする。



シーン5 未来人再び



     と、アキラが現れる。そんなところで聞いていたのかよといった場所から。
     例えば、ぽつんと置いてあった箱の中とか。


アキラ タヌキは何も知らないだけなんだよ。

ショウ あんた……どこから出てきているのよ!?

アキラ いや、君を待っていたら、先生方に不信人物と間違えられてね。仕方なく隠れていたってわけ。

ショウ そりゃあ、明らかに怪しいでしょ。女子高生を待ち続ける男なんて。

アキラ これでも、未来に帰ればいい女なんだけどな。

ショウ はい?

アキラ 何でもない。こっちのお話。……それより、そんなことは止めた方がいい。

ショウ 私の勝手でしょう!? だいたい、あんたに何が分かるのよ……って、アキラさん? 
     なんか薄くなってない?

アキラ ちょっと過去をいじっちゃったからね。存在が消えかかってるんだ。

ショウ 過去をいじった?

アキラ (ふと、一冊の冊子を出し)これ、タイムトラベルのガイドブック。それの、七ページだ。
     読んでご覧(良いながら、冊子をショウに渡す)

ショウ ……「タイムトラベルで過去に行くお客様へのご注意……過去を変えようとしてはいけません。
     過去を変えた場合、その過去を変えた本人は、歴史から完全に存在を……消す……」

アキラ まぁ、分かってやっていることだから、君が気にすることはないんだけどね。

ショウ そんな……そこまでして……なんで?

アキラ 君に、あの子を殺させたくないからさ。

ショウ ……

アキラ あの、カチカチ山のお話のように、復讐なんかのためにウサギにタヌキを殺させたくない。
     だから、俺はここに来たんだ。

ショウ ……あなたに、何が分かるのよ!?

アキラ ……

ショウ 私にはお父さんが居なかったのよ。タヌキが……奪ったから。

アキラ あの子には罪は無いじゃないか。

ショウ そうよ。でも、私は生まれたときからずっと、ママの愚痴を聞かされ続けた……16年間よ? 
     16年間、私はママに愛される代わりに、愛を奪った女達の話を聞かされ続けたの。

アキラ ショウ……

ショウ それでも、勉強して、頑張っていれば、いつかは私だって愛されるようになる。
     そう思ってた。だけど、高校に入ったらいたのよ、あの女が。
     ……タヌキなんて呼ばれて、へらへら笑って……もう、限界なのよ。

アキラ ……だからって

ショウ あの女の笑顔ね、私にも似ているの。当然よね? お父さんの血が半分流れているんだから。
     言ってみれば、私たちは姉妹。だけど、あの子は私と全然違う……違うのよ。
     いらいらするわ。私にいっつも笑顔を浮かべて。安心しきったゆるんだ顔で話しかけてくる。

アキラ あの子は何も知らないだけなんだ。

ショウ そんなこと何で分かるのよ!? あの子が何も知らないなんて、そんなこと信じられない。
     だって、私は16年間毎日のように聞かされてきたのよ? ずっと。ママから。

アキラ だけど、あの子は聞かされていない。父親のことは何一つ。

ショウ だったら! だったら、なんでタヌキは私の言うことに逆らわないの? 
     ……いつだって私の言うことをなんだって聞いているの? なんで? ねぇ? なんでよ!

アキラ それは……

ショウ まるで、カチカチ山、みたい。

アキラ …………

ショウ なんでカチカチ山のタヌキは、ウサギに騙され続けたんだと思う?

アキラ それは……

ショウ 子供の頃から不思議だったわ。
     背中に火をつけられて……「何でも治るクスリだ」なんて言われて傷口に辛しを塗られて……
     最後は泥船に乗せられておぼれ死ぬ。

アキラ 最近の絵本じゃおばあさんもタヌキも死なないみたいだけどね。

ショウ そんなの、カチカチ山じゃないわよ!

アキラ ごめん。

ショウ ……不思議だった。なんで、タヌキはウサギに騙され続けたんだろうって。

アキラ それは、タヌキが……

ショウ タヌキはね、知っていたのよ。自分が復讐されているんだって言うことを。
     自分が、それだけの酷いことをしてしまったんだって言うことを。
     だから、だまってウサギから罰を受け続けたの。
     だって、おばあさんを殺してしまったタヌキには、それしか償う方法がなかったんだから!


     間


ショウ 私のことは、誰も止められない。これは罰だもの。タヌキは罰を受けなきゃいけないのよ。

アキラ 復讐は、何も生まないよ。

ショウ ……からだが消えかかっているわよ。早く未来に帰った方がいいんじゃない? 
     未来人に会うなんて経験をありがとう。だけど、余計なことはしないで。


     ショウは舞台を去る。


アキラ ……そうだ。俺も、そう思っていたんだ。何でタヌキはウサギの命令を聞き続けたのか……
     だけど、それは違うんだ。あたしは、間違っていたんだから。


     アキラはショウと反対側に去る。



シーン6 帰り道。そして小さな真実



     ほんの少し時間が流れた夕焼けの街角。
     どうやらバス停らしい。
     反対からヨウコとショウがやってくる。
     ショウはアイスクリームのカップを手に持っている



ヨウコ まったく。待たせ過ぎだよ。そりゃあ、時間がかかるのも分かるけどさぁ。

ショウ ごめんって言ってるでしょ? お詫びに、トリプルにするところを、
     ダブルで許してあげたじゃない。しかも、コーンじゃなくて、カップアイス。

ヨウコ 本当、有り難すぎて涙が出るわ。

ショウ そうでしょう? 


     ヨウコとショウは立ち止まって。
     ショウはバス停の時間を確かめる。


ショウ まだ、来ないか。

ヨウコ あんま本数多くないからね。

ショウ しょうがないか。……丁度良いから少し座りましょう。

ヨウコ 私、電車なんだけど?

ショウ 私に、この寒空の中、一人でアイス食っていろって言うわけ?

ヨウコ 喜んでお供させてもらいます。

ショウ よろしい。


     間
     しばらく、どちらも話しをせずにいる。
     ショウはアイスにかかりっきり。


ショウ ……タヌキってさ。

ヨウコ うん?

ショウ なんで、ウサギの言うこと聞いたんだろうね?

ヨウコ なぜに過去形? ちゃんと、アイスもおごったじゃん。

ショウ え? (はっと気づいて)ああ、いや、私らのことじゃなくてさ。昔話の。

ヨウコ ああ、ウサギとカメ?

ショウ タヌキ出てこないでしょ。

ヨウコ 冗談だよ。カチカチ山ね。

ショウ そう。

ヨウコ カチカチ山って、最近おとなしいよねぇ。

ショウ そうね。

ヨウコ 絵本読んでビックリしちゃった。おばあさん、死なないんだよ!

ショウ あの人も、そんなこと言ってた。

ヨウコ あの人?

ショウ ううん。別に。

ヨウコ ? あ、そうそう、それにさ、タヌキも死なないんだよ! 凄いよねぇ。
     やっぱり、残酷だからってことで変えられちゃったのかなぁ?

ショウ そんなの、カチカチ山じゃないわよ。

ヨウコ そうかな?

ショウ 私は嫌い。誰も死なないカチカチ山なんて……だいきらい。

ヨウコ ……それで?

ショウ なにが?

ヨウコ なんで? 急にカチカチ山の事なんて考えたの?

ショウ ううん。別に、気になっただけ……特に理由はないわよ。

ヨウコ ……昔話に理由を求めるなんて、ウサギはロマンが足りないよぉ。

ショウ 昔から理由がないのって嫌なのよ。利潤も見込まず、
     クリスマスに子供にただでプレゼントを配り続けるヒゲとか、
     亀を助けた男にジジイになる箱を渡す海の女とか。

ヨウコ 負けるって分かっているのに、かけっこを挑む亀とか?

ショウ あれはね、実は亀はウサギに睡眠薬を飲ませていたのよ。

ヨウコ へぇえ。そうなんだ?

ショウ 嘘よ。

ヨウコ (苦笑)……理由、あったんじゃないかな。

ショウ 何が?

ヨウコ タヌキに。ウサギの言うことを聞く、さ。

ショウ ………………どんな?


     間


ヨウコ ……タヌキはね、ウサギが、好きだったんだよ。

ショウ はぁ?

ヨウコ ウサギのことが、大好きで、しょうがないくらい好きだったんだよ。
     ……だから、どんな無茶なこと言われても、黙って聞いたの。

ショウ カチカチ山だって嘘つかれても?

ヨウコ 好きな人が、言ったのなら、それは本当なんだよ。

ショウ 背中にカラシ塗られても?

ヨウコ だって、好きな人が「何でも治るクスリ」って言ったんだもん。

ショウ 泥船に載せられても? 結局、死んじゃう事になっても?

ヨウコ 信じたんだと思う。タヌキは。好きだから。ウサギのことが。

ショウ …………そんな、馬鹿な。

ヨウコ 誰かを好きになったら、みんな馬鹿になるよ。

ショウ …………タヌキ…………

ヨウコ ……………あ、いやだ、私は違うよ。そんな、ウサギのことは好きだけど。
     でも、それは友情であって、恋なんかじゃないし、
     でも、だからってそれが弱いってわけじゃなくてね。

ショウ …………そっか。

ヨウコ え?

ショウ それだけだったのか。

ヨウコ なにが?

ショウ ううん。なんでもない。

ヨウコ 変なの。 

ショウ ……次のバス停まで歩いちゃおうかな。なんだか、夜風が気持ちいいし。

ヨウコ 辞めた方がいいよ。寒いだけだって。

ショウ いいの。なんだか、歩きたい気分だから。

ヨウコ じゃあ、せめて途中まで一緒に行こうよ。

ショウ …………もちろん。あんた、私を置いて電車で帰れるとでも思ったの?

ヨウコ ははぁ。喜んでお供いたします。

ショウ くるしゅうない。


     2人、笑う。
     自然に手を繋ぐようにして、舞台を去っていく。
     いい雰囲気に包まれたまま、暗くなり、男が浮かび上がる。
     どうやら、2人の様子をずっと見張っていたらしい。


アキラ 何とかなる。かもしれないな……あの人にも挨拶しておいたことだし。
     ……まだ、体が消えないって事は十分じゃないのか(ふと、空を見て)
     そうか……アレは、今日じゃない。
     ……あたしは……早くここへ来すぎたんだ。


     ふと、暗くなって男の姿は見えなくなる。



シーン7 無くした想い。



     同じ日の夜。
     ショウの自宅。
     明るくなった場所では、宇佐母が何かを捜している。
     そこへ、ショウがやってくる。


ショウ ただいま……ママ、何やってるの?

宇佐母 ああ、ショウ、お帰り。……ちょっとね。CDがなくって……
     確かに、ここらへんに置いたはずなんだけど。

ショウ それって、古くさいCD?

宇佐母 知ってるの?

ショウ ……ごめん。貸して欲しいって人がいたから、貸しちゃった。

宇佐母 (急に力が抜ける)……そうなの、よかった。ママ、無くしちゃったのかと思って。
     もう、心臓が止まるかと思ったわよ。

ショウ 大げさねぇ。そんな大切なCDだったの?

宇佐母 ……プレゼントなのよ。

ショウ プレゼント?

宇佐母 あの人から、私への。あなたが生まれてくる前に、もらった唯一のね。

ショウ そんなの、初めて聞いたよ。

宇佐母 だって、言ってないもの。

ショウ そんな大事なものだったら、貸したりしなかったのに。

宇佐母 (苦笑して)結婚だって口約束だったし、結局籍も入れなかったし、
     指輪だってもらった覚えないし、
     それこそ、なにかプレゼントしてもらった事なんて無かったわ。
     ……ただ、あのCDだけは、あの人が好きな曲をすぐ側に置いておきたいからってねだったの。

ショウ へぇ……ママにも、可愛い時期があったんだ。

宇佐母 一言余計よ。……曲自体は何でもない曲なんだけどね。
      その当時もそんな売れたってわけじゃないし。
      今でも人気があるものじゃないけど……聞いているとね、思い出すのよ。あの人のこと。

ショウ ……そっか。……返してもらったら、私も聞こうかな。

宇佐母 そうしなさい。あんたなんて、私のお腹の中にいたときしょっちゅう
      聞かしてやっていたんだから、案外覚えているかも知れないわよ。

ショウ 胎教が売れないCD? 冗談きついって。


     2人、笑う


ショウ ママ、今日はどうしたの? お酒も飲んでないし。

宇佐母 ……今日も早番でね、さっきまでちょっとお昼寝していたんだけど。
      そしたら、あの人の夢見ちゃってね。

ショウ お父さんの?

宇佐母 うん。今まで一度も見た事なんて無かったのに。
     ……土下座して謝られちゃって……所詮夢、なんだけどさ。

ショウ ママ……

宇佐母 馬鹿野郎! って、どなったのよ、ママ。怒鳴って、怒鳴って……それでも、
     あの人ずっと謝り続けているの。そんな夢見たらね。……なんだか馬鹿馬鹿しくなっちゃった。

ショウ ……

宇佐母 それで、急にあの人からもらったCD聞きたくなっちゃってさ。

ショウ ……そう。

宇佐母 あんたこそ、今日はどうかしたの?

ショウ 何が?

宇佐母 解るわよ。なんかいいことあったんでしょ?

ショウ 何もないよ。

宇佐母 あ、もしかして、彼氏でも出来たんじゃないでしょうね?

ショウ はぁ?

宇佐母 やめておきなさいよ、男なんてみんな信用できないんだから。

ショウ 何言ってるのよ。彼氏なんて出来てません。

宇佐母 そう、ならいいけど。…………あの子とは、どうなの?

ショウ だれ?

宇佐母 あなたが、タヌキって呼んでいる子よ。

ショウ ……仲いいよ、凄く。

宇佐母 そう。ならいいわ

ショウ ……いいの?

宇佐母 いつまでも、気にしていてもしょうがないもの。あなたがいいなら、私はいいわ。それで。

ショウ うん。


     宇佐母舞台を去る。


ショウ お父さんのCDか……そうだよね。タヌキにとってもってことは、
     私にとってもそうなんだもんね……今度ゆっくり聞こうかな。……タヌキと一緒に。


     ショウ、舞台を去る
     舞台は暗くなる。
     途端、聞こえてくるのは何かが割れる音。


ヨウコ そんな……どうしよう……


     絶望しきったヨウコの声が響き渡る。



シーン8 壊れた想い出。



     ふと晴れた朝の登校風景。
     とぼとぼと、ヨウコが歩いている。
     と、元気よくショウが現れる。


ショウ おはよう、タヌキ

ヨウコ おはよう。ウサギ……

ショウ 今日の数学ってさぁ。宿題あったよねぇ。私、あんまり出来て無くてさぁ。

ヨウコ 私、全部やってきたから。

ショウ 本当? あとさ、英語の課題なんだけど。

ヨウコ それも、全部やってきた。

ショウ マジで? じゃあさ、じゃあさ、国語の読書感想文

ヨウコ 二種類作ってきたから、どっちか移せば大丈夫。

ショウ どうしたの!? タヌキ。今日は完璧じゃん? 
     そんなに私を喜ばせるとは、愛しいヤツじゃのぉ。


     ヨウコは突然立ち止まり、ショウを向くと頭を下げる。


ヨウコ ごめん。

ショウ ど、どうしたの、タヌキ。こんな処でいきなり頭を下げて。
    (周りを気にしながら)なに? 一体、何があったの?

ヨウコ あたしね、わざとじゃなかったんだ。全然、わざとじゃなかったんだ。

ショウ なにが? なに? 英語の課題が自信ないとか?

ヨウコ (首を振って)英語はたぶん間違いないと思うんだけど。

ショウ あ、自信あるんだ。

ヨウコ ……これ……


     言いながら、ヨウコはカバンから包みを出す。
     それは、アルバムを入れるのには丁度いい大きさ。


ショウ これ? …………まさか……

ヨウコ ごめんなさい!! あたし、机の上にCD置いてて、寝ぼけちゃって、
     なんか、肘当たったような気がしたんだけど気がつかなくて、
     そしたら夜中トイレ行きたくなって、立ち上がって歩いたらパキって、
     本当、わざとじゃないの。ごめんなさい。本当ごめんなさい。
     絶対、あの、買って返すから。

ショウ お父、さんが……

ヨウコ え?

ショウ プレゼントだったのよ、これ。ママへの。

ヨウコ ごめんなさい。

ショウ ごめんなさい? これは、プレゼントだったのよ? ママへの。ママだけへの。
     唯一の……プレゼントだったのに……

ヨウコ ごめんね。ごめんなさい。私、私。

ショウ そうやって奪って行くんだ? 

ヨウコ ウサギ?

ショウ なんだって、みんな、みんな奪っていっちゃうんだ? 

ヨウコ ごめん。本当、あたし。

ショウ 好きな人も、大切な物も、想い出も、みんな奪って、平気な顔するんでしょう? 

ヨウコ ごめんなさい。本当、なんでもするから。私、なんでもするから。

ショウ ………そう……

ヨウコ え?

ショウ なんでも、するんだ?

ヨウコ うん。なんでもするから。

ショウ じゃあ、罰ゲーム、しなくちゃね?

ヨウコ …………それで、許してくれるの?

ショウ ……放課後、校舎の裏に来て。いつもの場所。分かるでしょう?

ヨウコ うん。

ショウ 私、今日は、遅れて行くから。……先、行ってて。

ヨウコ う、うん……ごめんね。ウサギ。

ショウ ……………いいのよ。形あるものなんて、いつかは壊れるんだから。

ヨウコ ……本当に、ごめんね。


     ヨウコ、泣きながら舞台を去る。


ショウ そう、形あるものはいつかは壊れる。……タヌキ、あなただってね。


     ショウはカバンにCDをしまう。
     確かめるように取り出したヤスリに一つうなずく。
     そして、ゆっくりと学校へと向かおうとする。
     と、アキラが現れる。
     空間が、暗やみに包まれる。


ショウ ……どうなっているの?

アキラ 時の流れを一時止めたんだ。君と、話しをするために。タイムトラベラーの特権、かな。

ショウ アキラ、さん?

アキラ それは、なに?


     アキラが指さしたのは、ショウの持つヤスリ。
     ショウは、思わずカバンに隠す。


アキラ それで、何をしようとしていた?

ショウ あなたには関係ない。

アキラ 俺には分かっている。非常口の手すりをヤスリで削って、壊れやすくしていたんだろう?

ショウ ……なんのために、そんなことしなくちゃいけないのよ。

アキラ もちろん、綿貫ヨウコを殺すためだ。

ショウ ……

アキラ どうしても、やるのか?

ショウ ええ。

アキラ だって、あの子は君のことを

ショウ そんなことは関係ない。……あいつの気持ちなんて関係ないの。

アキラ ……本当に君はそれがしたいのか?

ショウ ……。

アキラ 失ったのは、いつかはなくなる物じゃないか。

ショウ なんだって、いつかはなくなるのよ。だったら、自分の手で無くしてしまっても良いでしょう?

アキラ 後悔するぞ。

ショウ あんたに何が分かるのよ。いきなり現れて。知ったようなことを言って。
     あなたに、私の何が分かるのよ。

アキラ ……

ショウ 大丈夫。私はもう、後悔なんてしない


     間


ショウ 行くから。

アキラ 待てよ。まだ話しは

ショウ 私にはもうない。


     ショウがカバンからヤスリを取り出す。
     一つうなずいた後、走り出す。
     アキラは呆然とショウを見送る。


アキラ これじゃ、これじゃまるで意味が無いじゃないか。ダメだ……ダメなんだよショウ。
     あの子を、あの子を殺しちゃダメなんだ……だって、君は……
     あたしは必ず後悔するんだから……


     決心したように、アキラが一つうなずく。
     そして、走り去る。
     音楽は緊迫した音を当たりに広めていく。



シーン9 見つかる真実



     昼休みの廊下。
     のどかに響き渡るチャイム音と同時に、中道先生が舞台に現れる。


中道  はぁ。なんとか、教室の外での授業もこなせたし
     ……私、やっぱり教師の才能あるのかなぁ。なんてね。


     と、そこへアキラが走ってくる。


アキラ 先生!

中道  はいっ え……どなたですか?

アキラ あたしが……俺が誰かなんて関係ないんです。今すぐ、宇佐野の母を呼んでもらえませんか?     こうなったら、ママに直接止めてもらわないと。

中道  あなた、宇佐野さんのご親戚の方ですか?

アキラ まぁ、そのようなものです。でも、俺にはあの人と話してはいけない理由があるんです。
     ここでは知り合いに会うのはむしろやばいし。

中道  一体、どうなさったんですか?

アキラ お願いします。事を大げさにしたくはないし、ここで頼れるのは先生くらいなんです。

中道  どこかでお会いしたことありましたか?

アキラ いえ。初対面だと思います。でも……先生は、いつもあたしのことを気にかけてくれた……

中道  え?

アキラ なんでもありません。過去の……いえ、未来の思い出です。

中道  あの、とりあえず、お名前と宇佐野さんとのご関係を。

アキラ そんな悠長なことをしている場合ではないんですよ。

中道  悠長なって……そう言われても、学校側としても個人のプライバシーを勝手に……
     あなたの顔、やっぱりどこかで見たことがある気がするんですが。

アキラ だから、気のせいですって。この姿は、この時代にまったく存在していない肉体でありながら、
     タイムトラベラーと肉親関係がある人物でなければならないのですから。
     同時代で教職を教えているあなたが、俺と会うことは不可能に近いって、
     なにを説明しているんだあたしは!

中道  あ! あなたお写真でお目にかかりましたよ。

アキラ 写真!? そんな……この学校に入学していたはずはないですが。

中道  いえいえ。綿貫さんが、入学式の時にお写真を持って来たんですよ……

アキラ 写真を? タヌキが?

中道 (と、そこまで言って気がつく)でも、あれは……遺影……だった、はず、ですが……

アキラ そうか、あたしの家には写真が無くても……タヌキの家には……

中道  え、でも、あなたは、ここに? ……じゃあ、あれは……

アキラ ああ、写真はあたしの写真です。

中道  えっと……つまり?

アキラ えっと、だから……

中道  死人が……動いている??


     中道はその場にダウンする。


アキラ 先生! ……まったく、余計なところに記憶力が高いんだから……すいません、だれか! 
     ……(と、誰か先生にあったらしく)いえ、あたし、いや、俺は怪しい物じゃなくて
     ……いや、急いでいるんですよ。……警察!? ちょ、ちょっと待って下さい? 
     いや、だから、あたしは忙しいんだってば!


     アキラは言いながら中道先生を抱えたまま舞台を去っていく。
     反対側から、ヤスリを持ったショウが登場。
     途端、舞台は非常階段に移る。



シーン10 決心。



ショウ 仕事はほとんど完璧。あとは、あの子が来るのを待つだけ……確実なのは分かってる。
     だって、未来の人間が保証してくれたんだから。私はあの子を……後悔なんてしない。
     罪を犯したタヌキは罰を受けなくちゃいけないんだから。
     ……どんなに、ウサギのことを好きだって、ウサギはそれを許さない。


     ヨウコが現れる。少し怯えている様子。


ヨウコ ウサギ……

ショウ タヌキ、ちゃんと来たのね。……少し早いみたいだけど?

ヨウコ だって、いくら待っても、ウサギこないから、もしかしたら、ここかもしれないって思って。

ショウ そう……じゃあ、少し早いけど、初めようっか。

ヨウコ なにを、するの?

ショウ 罰ゲームよ。 目隠しをして、この非常階段を上っていくの。
     てっぺんの、あの手すりに着いたらゴール。

ヨウコ ……それだけで良いの?

ショウ そんなこというけど、タヌキ、高いところ苦手でしょう? できる?

ヨウコ だって、目隠しすれば良いんでしょう? 大丈夫だよ。

ショウ じゃあ、始めようか?


     ショウはヨウコに目隠しをする。(ヨウコの持ち物がよい)
     そして、階段に向かわせる。


ショウ 階段を数えてあげる。

ヨウコ うん。……ねぇ、ウサギ。

ショウ なに?

ヨウコ 本当に、ごめんね。

ショウ 始めるわよ。罰ゲームが、最後まで出来たら、もう忘れてあげるわよ。

ヨウコ ……うん。私、頑張るから。

ショウ 一段目

ヨウコ はい。

ショウ 二段目

ヨウコ ……

ショウ 三段……四段……だんだん、怖くなってきたんじゃない?

ヨウコ うん。目隠ししているほうが、余計に怖い気がする。

ショウ そうでしょう? ……いいのよ、途中で辞めても。

ヨウコ ……大丈夫。最後までいけるから。

ショウ …………五段……六段……七段……八段……

アキラ 止めて!!


     空間が、止まる。
     ヨウコは、その場で固まってしまう。
     ショウは、辺りを見渡す。
     アキラがそこへ立っていた。


アキラ 時間を止めれば、先生方から逃げられるって事をすっかり忘れていたよ。

ショウ ……何の用?

アキラ やめるんだ。もう。

ショウ あなたには関係ない。

アキラ タヌキは死ぬぞ。

ショウ それは罰よ。

アキラ 何の罰だ。

ショウ 私のお父さんを奪った罰よ。

アキラ それはタヌキの責任じゃない。悪いのは、君のお父さん自身だ。

ショウ お父さんを、殺したわ。

アキラ アレは事故だ。俺は見てきた。

ショウ ………見て、来た?

アキラ ああ。時間旅行の一番初めに見に行った。


      ふと、照明が変わる。
      過去の回想シーン。


アキラ ……見通しの悪い交差点が雨で濡れていた日、横断歩道を赤で渡った一人の男が、
     ブレーキを踏み損ねた車に跳ねられた……


     アキラは、交差点を渡ろうとする。
     ふと、車に気づく。
     響き渡る車のブレーキ。そして、衝突音。
     吹っ飛ぶアキラ。
     

アキラ そんな、どうしようもないほどありがちな事故だったんだ!


     照明が時を止めたままの空間に戻る。


ショウ でも……でも、タヌキは……CDを壊したわ。

アキラ それも偶然だろう? 故意じゃない。君はCD一枚で人の命を捨てるつもりなのか?

ショウ ただのCDじゃない! 大切な、思い出よ。

アキラ ……君はこれから作れるじゃないか。いくらでも、思い出を。
     ……君を信じてくれる友達と一緒に。

ショウ ……私を、信じてくれる、友達?

アキラ なんでタヌキは迷わず登り続けているんだ? 知っているはずだろう、彼女は。
     非常口の手すりが弱っていることを。

ショウ だって、それは罰だから。

アキラ 罰を受けるタヌキはいつだって、仕方なく罰を受けていたのか?

ショウ !!…………違う……タヌキは……いつだって……


     ヨウコの声が流れてくる。
     それは、時を止めた空間でも、ヨウコの思いが声となって流れているのか。
     声を発しているのはヨウコ自身か。


ヨウコ タヌキはね、ウサギが、好きだったんだよ。

ショウ そう、いつだって、好きだった。

ヨウコ ウサギのことが、大好きで、しょうがないくらい好きだったんだよ。
     ……だから、どんな無茶なこと言われても、黙って聞いたの。

ショウ カチカチ山だって嘘つかれても。

ヨウコ 好きな人が、言ったのなら、それは本当なんだよ。

ショウ 背中にカラシ塗られても。

ヨウコ だって、好きな人が「何でも治るクスリ」って言ったんだもん。

ショウ 泥船に載せられても。 …………結局、死んじゃう事になっても。

ヨウコ 信じたんだと思う。タヌキは。好きだから。ウサギのことが。

ショウ …………そんな、馬鹿な。

アキラ だって、タヌキはウサギが好きなんだ。

ヨウコ 誰かを好きになったら、みんな馬鹿になるよ。

アキラ ……そして、分かっているんだろう? 君も。

ショウ …………分かってたわよ。いつだって。
     ……気づいていたのに、気づかない振りをしていたの。
     ……ウサギだってずっと、タヌキのことが好きだって!


     時が元に戻る
     歩き出すヨウコを、ショウは慌てて追いかける。
     階段の上、手すりに届く前に、ショウはヨウコを捕まえる。
     そして、目隠しを取り外した。


ヨウコ ……ウサギ?

ショウ 罰ゲームは、これでおしまい。

ヨウコ ……………いいの?

ショウ うん。もちろん。……そのかわり、今日こそアイスのトリプルおごってもらうからね。
     もちろん、コーン付きで。

ヨウコ ……うん! わかった。 喜んで♪

ショウ じゃあ、行こうか? 荷物持って来なよ。

ヨウコ え、でも、部活は……

ショウ サボっちゃえサボっちゃえ。どうせ、今日も先輩達こないだろうしさ。

ヨウコ そうだね。じゃあ、待っててね。すぐ、取ってくるから。

ショウ 早く来ないと、帰っちゃうよ〜。

ヨウコ すぐ行ってきます!


     ヨウコは、階段を駆け下りると、元気よく走っていく。
     思わずショウは気が抜けて、その場に座り込んだ。


アキラ ……よかったね。

ショウ ……ありがとう。

アキラ ううん。君は初めから答えを知っていたんだから。ただ、認めるのが怖かったんだ。

ショウ そう、かもしれない。

アキラ なんにせよ、無事あたしの任務は終了。お望み通りに、消えることになりそうだ。

ショウ じゃあ、未来は

アキラ 変わったんだろうね。ただ、これだけは覚えておいて。

ショウ ?

アキラ 感情に流されるまま、たった一度罪を犯して、
     そして、一生苦しみ続けた未来もあったんだって。

ショウ あなたは私の……でも、その姿は?

アキラ タイムトラベルの規定でね、過去に行くときは、その時代には存在していず、
     しかも自分の肉親の体でなければいけないんだ。

ショウ ? どういうこと?

アキラ だから、あたしは………あたしの父さんの体を使ってみた。

ショウ ……お父さんの? じゃあ……

アキラ 会ったことは一度もないのに、なんか懐かしかった。
     何人もの女を不幸にした酷い男なのにさ。鏡でにらみつけたって、ちっとも恨めないんだ。
     ……どうしてだろうね。

ショウ ……しょうがないよ。親なんだから。

アキラ そうだね。

ヨウコ ウサギ〜


     ヨウコが舞台に現れる。
     途端、アキラは指を鳴らす。そのまま、ヨウコが体を止める。
     また、時が止まったらしい。


アキラ だからさ、タヌキには見られるわけには行かないんだよね。
     あの子は父親の写真を見ているからさ。

ショウ なるほどね……あ、もしかして、ママの夢に出てきたのって……

アキラ ちっともばれなかったよ。タヌキなんかよりあたしのほうがずっと演劇向いてるね。


     2人笑って


アキラ さぁ、そろそろ消えそうだ。

ショウ ……ありがとう。

アキラ 友達と、うまくやりなよ。

ショウ うん。

アキラ それから、もう一つ。アキラって言うのはね……漢字にすると

ショウ 言わなくても分かってるよ。水晶の「ショウ」の字。つまりショウになるって言うんでしょ? 

アキラ ばれてたか。

ショウ 未来のあたしなんだったら、もうちょっと捻りなさいよ。
     だれだって、同一人物だって気づきそうなものでしょ。

アキラ アキラはね……お父さんの名前なんだ。

ショウ うそ!?

アキラ そして、君の名をつけたのは、このぼんくらさ!

ショウ そんな……

アキラ あたしは過去を見てきたんだから。間違いない。それにね……
     あの人は、あたし達を、一度だけ、一度だけだけど抱いたんだ!
     あたし達は、皆愛されていたんだ!


     輝くばかりの光に辺りは包まれ、話しながらも、アキラは光に飲み込まれていいく。
     思わず目を閉じたショウ。
     次に目を開いたときには、辺りは時が動き出し、元の世界に戻っている。
     と、ヨウコがこけた。


ヨウコ ???

ショウ 大丈夫?

ヨウコ なんか、今、体が止まったような?

ショウ 気のせいじゃない? 行きましょう?

ヨウコ あ、うん。


     ショウはそのまま帰りかけ、ふと、男が消えた場所に、
     自分が今まで持っていたヤスリをおいてみる。
     まるで墓標のように傾け、ふと、手を合わせた。


ヨウコ 何やっているの?

ショウ 何となくね。

ヨウコ 何となくで、手を合わせる普通……もしかして、ここって、幽霊出るの!?

ショウ 幽霊? (苦笑) まぁ、そんなような物かな?

ヨウコ え〜 ちょっと止めてよ。ウサギ〜。脅かすのは無しだよ〜。

ショウ (しばらく笑って。ふと、立ち止まる)ねぇ、タヌキ。

ヨウコ なに?

ショウ 絵本のカチカチ山ってさ。

ヨウコ ああ、ウサギの嫌いなヤツ?

ショウ あれ、アリかも知れない。

ヨウコ え?

ショウ みんな幸せでめでたしめでたし。それって、アリなんじゃないかな?

ヨウコ なんで、きゅうに?

ショウ だってさ。………ウサギだって、タヌキのこと好きだと思うんだ。きっとね。
     ……だったら、タヌキのこと助けてあげるって言うのも、いいんじゃないかな?

ヨウコ ……うん!

ショウ 絵本の話しよ絵本の話し。

ヨウコ 分かってますって〜

ショウ あー。そう言えば、ママにCD壊しちゃった言い訳どうしよう〜

ヨウコ それは言わないでよ〜。


     2人は仲良く話しながら帰っていく。
     夕日が照らす中、用済みになったヤスリを光が浮かび上がらせる。
     そして、音楽が高まり溶暗。

あとがき
書かなきゃ分からないとは思いますが、
この作品はキャラメル・ボックスの「夏休み語辞典」
影響を受けて書いた作品です。
先に挙げた作品にどうしても許せない場面があったことが、
書くためのきっかけでした……まぁ、できたかはともかく。
だから展開がやけにキャラメルっぽいかも知れません。
場面転換のやり方はそれでなんとなくおわかり戴けると思います。
キャラメルに似た作品に不快感をもたれた方には、
ここでお詫びいたします。