カギが欲しい少女
人物
男
女
博士
助手
音響FI→(ノイズ
照明CI→(中央サス
○研究所外 夜
女 必死で走っている(足だけ)
あえぐように息をしながら台詞。
音響FO
女「走る。私は走っていく、暗闇の中。
光る。街灯に吸い込まれそうになりながら。
わかる。ここが私の場所でないことは。
浸る。夢の中、だけど。
わかる。あれは夢ではないこと、そして、
走る。私はカギを探して」
音響CI→(車のSe
女 車をよけるような動作
もんどりうって転げる
照明 暗転
○研究所実験室内 昼
照明CI→白
男と女 仲良く並んで座っている
男 女を見ている
女 遠くを夢見るような視線
女「私、カギが欲しいわ」
男「なぜ?」
女「私の世界にはカギがないから」
男「僕と君しかいないこの真白なだけの部屋で、どこに使うカギが?」
女「閉じるためのカギじゃないの。開くためのカギが欲しい」
男「なにを開く?」
女「……あなたを」
男「僕?」
女「そう心を、開いて欲しい。私に」
男「なぜ?」
女 男の言葉に驚きを隠せない。
女「『なぜ』?」
男「なぜそんなことが必要なの?」
女 もどかしそうに
女「だって……ここには私とあなたしかいないのだから」
男「僕は君に心を開いているよ」
女「うそ」
男「うそじゃないさ。何だって君に打ち明けるだろう」
女「……それでも、うそ」
男「なぜ?」
女「だって、すべてを打ち明けられているのなら、私はあなたがわかるはずでしょう?」
男「……君には、僕がわからないんだね? だから、不安なんだね?」
女「不安? ……そう、不安なの。だから、私、カギが欲しい」
男 苦笑して
男「君は可笑しな人だね?」
女 少し怒りながら
女「そうよ。私は可笑しいの。誰だって、こんな世界では可笑しくなるわ」
男「知らなかったよ」
女「なぜ?」
男 不思議そうに
男「『なぜ』?」
女「あなたにも知らないことがあったの?」
男「当たり前だろう。君のことも、僕にはまだよくわかっていないよ。実のところね」
女「……それなのに、不安じゃない?」
男「不安? ……どうかな。時々は不安かもしれない。だけど、僕の知らない君を見つけることは案外すべてを知っているよりも楽しいんじゃないかって思うんだ」
女「あなたは可笑しな人ね?」
男 笑って
男「そうだよ。僕は可笑しいんだ。誰だって、こんな世界では可笑しくなるだろう?」
女「知らなかったわ」
男「知らなかったよね」
女 男にそっと体を近づける
女「あーあ。私、やっぱりカギが欲しいわ」
男「なぜ?」
女「だってこの場所が誰にも知られないように閉じておくカギがいるでしょ。可笑しな私と、可笑しなあなたを外に出してしまわないように」
男「……そうだね。そんなカギなら僕も欲しい」
女「本当?」
男「本当さ」
女「そう。……よかった」
女 男に寄りかかる
男 自然に女の肩に手を回す
音響FI→まったりしたやつ
照明 暗転
男と女上手側へ
照明 下手側へスポット。
○研究室(昼
机が一つ置かれていてその上には小さな飼育箱が置かれている。
博士 下手から登場
飼育箱を見ながら不思議そうに首をひねる
助手 下手から登場
博士の様子に、自分も首をひねって近づく
助手「博士、どうしたんですか?」
博士「いや。今愛情と、狂気について考えていてね」
助手「え? あ、ハムスターが……昨日はあんなに仲がよかったのに」
博士「なぜだろうね?」
助手「……閉鎖空間におけるストレス、ですかね、やっぱり」
博士「名前はどうとでもつけられるさ。脳波を調べていたら、きっとストレス状態と思われるような
波も見つけられるだろう。しかし」
助手「しかし?」
博士「彼らに心はないのかな。言葉がなくとも交換している想いは」
助手「どうでしょう。ハムスターですからね」
博士「……そうだな。……とりあえず、この実験は失敗だ。前からの計画通り、
残りの一匹は蛇のほうの餌にしてくれ」
助手「はい」
助手 飼育箱を持って下手へ退場
博士 助手が出て行ったのを確認してからまた首をひねる
博士「何かを探しているように見えたんだがな、確かに。……」
照明 暗転&上手サス
男「まずはどこへ行こう?」
女「どこへいけるの?」
男「……どこへも」
女「じゃあ、どうするの?」
男「君は、どうしたい?」
女「カギを。カギを探すの」
男「だから、どうやって探す? どこへ行く?」
女「そんなの。そんなのわからないわよ」
男「だったら、探しようがないじゃないか」
女「……そうかもしれないけど」
男「無理なんだな、結局」。
女「方法は、ないのね」
男「……いや、ある」
女「え?」
男「君にその気があればだけどね」
女「私に?」
男「そう。君にだ。これは君にしかできない」
女「何……をすればいいの?」
照明 暗転&下手にスポット
助手 下手から走りこんで登場
助手「博士!」
博士「どうした?」
助手「いえ、あの、すいません。ハムスターを逃してしまいました」
博士「なに? それで、どこへ?」
助手「いえ、それは……飼育小屋から逃げ出したので、もう研究所内には……」
博士「……わかった。まぁ、蛇の餌は他にもある。研究には使わないハムスターだし、
なんら病気ももっていない。どうせ、野性には還れんし何かの餌になるだろう。
気にすることはない」
助手「すいません」
博士「今後気をつければいいさ。特に次の実験は毒をもつ蛇のつがいを使った
ストレス実験だからね。気をつけてくれよ」
助手「はい」
博士 助手を慰めるように肩をたたく
助手 恐縮する
博士&助手 退場
照明、全照
男「……僕を殺せ」
女「なぜ!?」
男「それで、この実験は終了だ。君は捨てられるか、何かの餌になるだろう。
捨てられたのならそこから逃げることができる。もし、餌にさせられそうになっても、
きみに逃げる気があれば、逃げ出せるはずだ。」
女「無理。私には、無理よ」
男「いや、できるさ。君にはね」
女「だって、あなたが死んだらカギを手に入れる意味がなくなっちゃう」
男「そうかもしれない。でも、君はこれからカギがある場所、カギのない場所、どこへでも行ける」
女「……でも、あなたがいなきゃ、意味がない」
男「どうかな? 僕みたいな奴はいくらでもいるさ」
女「それでも、それはあなたじゃない」
男「だけど…………僕は君に自由になって欲しい。それに僕は実はカギを探すほど、
体力は残ってないんだ」
女「だからって」
男「さぁ。自由になれ。そして、カギを探すんだ。君の場所をつくれるカギを。
そこに僕はいなくても、君の中に僕は残るだろう。
そして君は、君の日々を過ごすんだ。カギを探せ」
女 うつむく
男「さぁ」
女 ゆっくりと、ゆっくりと、顔をあげる。
男の顔をじっと見つめる
男 笑顔を浮かべる
女 はっとして目をそらす。
男 女の腕をつかむ。ゆっくりと、その腕を自分の首へともっていく
女 首を振る。しかし、それが無駄だとわかったのか、男のほうを向く
男 頷く
女 腕に力をこめる
照明CI→赤
照明 暗転
男 上手へ退場
女 舞台中央に倒れている
○研究所駐車場(夜
音響FI→ノイズ
照明CI→暗い色
博士 下手から登場。帰宅スタイル
女に近づく
一瞥し、首に手を当て、相手が死んでいることを確認したのか、首を振る
もっていこうか一瞬悩み、それもばかばかしいことだと思いほっぽったまま
上手へ退場
照明 中央サス (色つけれればつける
音響FI→悲しげな音楽
溶暗
完