聞こえますか? 
〜ミミミの耳は聴こえちゃう耳〜

作 楽静


登場人物(最少人数で演じる場合の兼ねる場合)
男2 女4 6人〜18人 ①~⑥ キャスト例

①ヒヨリ  演劇部部長兼演出
②マナカ  演劇部副部長兼脚本
③ミミミ  元気な高校一年生
④父親  ミミミの父。普段からテキパキ仕事をこなす。
母親  ミミミの母。普段はおしゃべり好きな噂好き。 (マナカと兼ねる)
大井  数学苦手な生徒       (ヒヨリと兼ねる)
中井  ミスをしがちな生徒     (マナカと兼ねる)
 ⑤松田 女 好調な生徒
 教師 男 イカツイ風を装っている教師 (父親と兼ねる)
 神さま  なにかの縁結びの神様   (松田と兼ねる)
 三浦  大学生           (ヒヨリと兼ねる)
 葉山  中学生           (マナカと兼ねる)
 ⑥綾瀬 男 高校生 三浦を気にする男の子
 若い人  軽薄そうな若者。声のみ  (綾瀬と兼ねる)
 閻魔様?  ちょっと渋めの声。声のみ (父親と兼ねる)
 役人  のんきそうな役人     (ヒヨリと兼ねる)
 父親の上司 男 追加の仕事を持ってくる。(綾瀬と兼ねる)
 おばさん  母親を呼び止め噂話で盛り上がる。(ヒヨリと兼ねる)

※この舞台は、予め声を録音しておき本番は一切話さない状況にすることを前提に作られています。
※登場人物の名前、特にヒヨリとマナカは演者の名前に変更しても面白そうです。
※他の登場人物はとある県の市からとってます。演じる地域によって変更してみてください。


1 聞こえますか? 前説に見せかけた本編

    舞台上が暗い中、声が聞こえる※録音

ヒヨリ声 聞こえますか? 私の心の声、聞こえてますか? 今私は、私の心の声を、あなたの心に直接届けています。…………嘘です。……ちょっと、押さないで蹴らないで。出るからすぐ出ます。

    と、追い立てられるようにヒヨリが現れる。追い立てた勢いでマナカも舞台に出る。
    マナカが照明に合図を送る。客殿が落ち、ヒヨリに照明が当たる。マナカが去る。
    マイクを持っているが、実際はマイクではなく録音に合わせて動作をする。
    ※完全に気づかれたとわかるまでは、録音に合わせる。
    ※マイクのスイッチを入れる音も録音すること。

ヒヨリ こんにちは。本日はご来場ありがとうございます。今回演出を担当しました部長のヒヨリです。今思い切り押し出してくれたのが、副部長のマナカです。(と、袖を見て)あ、紹介しなくていい? はい。(と、客席を見て)これから、演劇部の劇をご覧いただくわけですが、まだ役者の準備が終わっていないようですので、暫くのお付き合いをお願いいたします。(と、一礼)……え〜。と、言っても何を話せばいいのやらという感じなのですよね。実は。

    と、音響から「えー」って感じのSEが入る。

ヒヨリ 音響さんありがとう。こういうのを、SE(えすいー)って言います。サウンド・エフェクトの略ですね。っていう演劇知識をひけらかしてもいいんですけど、流石にそれは退屈かと思うんですよね。あ、そうだ。突然ですが聞いてください。実は私、この間、ライブに行ったんです。

    と、音響から「えー」って感じのSEが入る。

ヒヨリ 音響さん、反応ありがとう。そうですよね。この状況下で、ライブっていうのはちょっとどうなんだろうとも思ったんですけど。不要不急の外出を控えなさいって言われていますし。でもね。でもですよ。逆に考えてみると、不要不急じゃないならいいんですよねってことになるわけじゃないですか。私はわたしに聞いてみました。「私にとって、推しに会うっていうのは普段の生活を送る上で必要ないことなのか?」答えは「否! 断じて否である!」私にとって、推しに会えないことは砂漠で水を飲めないのに等しいと答えが帰ってきたのです。

    と、音響から「えー」って感じのSEが入る。

ヒヨリ いや、その反応はわからなくもないですよ。でもです。肉体的に病まずとも、精神的に病むのであれば、その我慢は何のための我慢か! むしろ、推しのライブにいけないことで、推しがライブ活動をやめてしまったら誰が責任を取ってくれるのか! そう考えたらいてもたってもいられず。まあ運良くチケットも取れたので。ライブに参戦したわけです。で、話はここからなんです。もうだいぶ引いている方もいるかも知れませんが、もうちょっとだけお付き合いくださいね。ライブ会場について。ライブ用のシャツに着替えて物販に並ぶじゃないですか。まあ具体的には言いませんけど、感染対策はばっちりでしたよ。そして、今か今かと開始を待ち、いざ! 推しが出てきて、大きな声で叫び! 歌いだす! 瞬間! 思っちゃったんですよね。「飛沫怖っ」

    と、音響から「えー」って感じのSEが入る。

ヒヨリ いや、それは私自身本当驚きで。……自分の溢れる推しへの愛が、不安感に負けた瞬間のやるせなさって言ったらもう。思わず前を見ていられなくて。うつむいてヘドバンしていました。あ、ヘドバンっていうのは、こういう音に合わせて頭振るやつです。まあ、大抵うつむくんですけどね。……と、長くなりましたが、つまりそういうことなんですよ。お分かりいただけますか? 溢れる愛を持ってしても、飛沫の怖さには勝てなかったということです。大きな愛がある相手でも、飛沫が怖いのであるなら、興味の薄い人に対してはなおのことなわけですよ! これは演劇部にとって、非常に厳しい現実であると言えます。まあ、吹奏楽部や合唱部にとってもそうでしょうが、それは置いておいて。演劇部がこうして舞台に立って、皆様に芝居をお届けしようとする中、ご覧になられているお客様が「怖いなぁ。飛沫怖いなぁ」って不安を感じてしまわれたら、話の内容が頭に入ってこないわけですよ。楽しいはずの時間が、何かの我慢大会になっちゃうわけですよ。今現在だってこうしてマスクして、観客席は十分空きを作って、あまりおしゃべりはしないでいてもらって、だから笑いも少なめで、いやそれは元々か? いやそんなことはない! っと、それも置いておいて。つまり感染対策を一生懸命なあまり、気楽に舞台を見てもらえないで肩に力入っちゃってるんですから。お待たせしましたようやく本題に入りますよ。そこで我々は考えました。「安全安心な舞台をお届けしよう」と。飛沫が怖い? ならゼロにすればいい。つまり、話さなきゃいい! なので、今回の舞台、声は完全録音です!

    と、音響から「えー」って感じのSEが入る。
    ここまで来たらマイクが完全に離れる時があっても良い。

ヒヨリ ありがとう音響さん。と喋っている私も、これは事前に録音された音声であり、マイクを持って話しているふりをしているに過ぎません。恐らく、生では違和感があるかもしれませんが、映像ではそんなわからないんじゃないかなと思います。今回、舞台の音声は全て予め録音し、役者は己の肉体を最大限駆使してのパフォーマンスになります。中にはこんなの演劇じゃないと思われる方もいるかも知れません。ですが、少しでも見ている方が安心してご覧いただけるようにと考えてのことですので、ご了承いただき、ご笑覧いただければ幸いです。それでは、長らくお待たせいたしました。役者の皆さん、舞台の準備は、済んでるかな?

    と、役者の歓声が聞こえる。※録音

ヒヨリ はい。これも、録音です。実際役者の準備が済んでいるかはわかりませんが、済んでることを信じてスタートします。……それでは、只今より、「ミミミの耳は聴こえちゃう耳」開演です! 開け、幕!

    と、音楽とともに暗くなり幕が開いていく。ヒヨリが去る。
    入れ替わるように、あるいは元からか、ミミミが立っている。
    ちょっと苦しいポージングで立っていたりすると良い。

2 ミミミの耳は聴こえちゃう耳 オープニング

    少女風アニメっぽい音楽とともに、少女ミミミに光が当たる。
    マスク姿。高校生っぽい制服を着ている。
    録音に合わせて、ポーズを変える。ちょっと懐かしめなポーズが多い。

ミミミ 私、ガイチュウナイ ミミミ 15歳。特技は飛び込み前転。苦手なことは勉強全般。この春、平凡並(へいぼんなみ)高校に入学して、高校生活をエンジョイ中! って言いたいところだけど、最近ちょっと悩みがあるんだ。それは何かって言うとね。実は私、心の声が聞こえるみたいなの。あ、そこで引かないで。本当なんだって。例えば、今日の朝なんて……

    ※家の中でマスクをしている姿を見せないため、
     ここでの役者は基本的に顔を見せない。
    と、背中を向けて、キッチンに向かっているミミミの母親。
    心のなかで文句を言いながらもお弁当を作ってる。

母親 忙しい忙しい。もうなんでこんな忙しいのにお弁当作んなきゃいけないんだか。ミミミももう高校生なんだから自分で作ってくれればいいのに。
ミミミ 毎日すいません! あ、母です。
母親 やれば出来るくせに面倒くさがりなんだから。えっと昨日は冷凍のシュウマイで、一昨日はお惣菜のあまりだったでしょ。今日はどうしよう。いつもどおりの卵焼きと、さやいんげん……あ、冷凍コロッケがまだ残ってた! 良かった! 
ミミミ それ先週と一緒……。
母親 これ先週と同じか? な〜んて、気にしない気にしない! 食べられるだけありがたいと思ってくれなきゃね!

    母親の姿が消える。

ミミミ 本当、毎日ありがとうございます。でも、こういうのって聞こえないほうがやっぱり良いよね。あるいはこんなのも。

    新聞を読んでいる父親の姿が現れる。新聞を持ったままちょっと身震いする。

父親 ……よし。音を出さずにおならが出来たぞ。くっさ! 俺のおならくっさ!
ミミミ 最悪。あ、父です。
父親 うん。今日も腸内は快調だな。腸だけに快ちょう! ってね! あっはっはっは。

    ちょっと自分で内心思ったことで大げさにウケる。その姿が消える。

ミミミ うちの父がすいません。でも、口に出してないからセーフ? これって幻聴? って思うこともあったけど、どうやら本当に聞こえているみたい。どうしよう。こんなこと誰かに相談したら絶対頭のおかしなやつって思われる〜。ただでさえ、何故かクラスの中では浮き気味なのに。なんでだろう? 不思議不思議。そんな悩みのせいで、最近は寝不足気味。今日も遅刻しそうな時間に起きたせいで朝ごはん食べずに家を出る羽目に。本当トホホだよ〜。この数学が終わればお昼だけど、よりによって今日は小テストの日。静まり返った教室で、お腹がならないといいなぁ。

    と、ふらふらしながらミミミが席につく。

3 心の声が聞こえている? ①

    教室。4時間目。
    少女が話しているうちに他の役者は席についている。
    ※このシーンで実際に声を出しているように見えるのは教師のみ。

    高校の教室。数学の小テスト中。
    女生徒、大井、中井、松田が座っている。真面目にテストを受けている。
    教師が教卓横の椅子に座って少し眠たげにしている。
    大井、中井、松田の心の声が聞こえてくる。この声はミミミにしか聞こえていない。
    そして、ミミミ以外は、勉強をしているようにしか見えない。
    さりげなく、観客に誰の心の声か伝わると良い。

大井 あ、間違えちゃった。

    ミミミはビクリとする。

中井 うわ〜回答箇所ずれてる。もう、やんなっちゃうなぁ。

    ミミミは周りを見る。が、周りが全く反応していないので首を傾げながら勉強に戻る。

松田 よし。これで完璧。ああ、予習ちゃんとしておいてよかった〜。
中井 最悪、よりによって証明問題ミスってるじゃん。時間足りるかな。
松田 毎回これくらい出来ると最高なんだけどなぁ。
中井 毎回面倒くさい問題で最悪なんだけど。

    ミミミはこっそり周りを見て、どの子が出来ているのかなんて考えてみる。

大井 ……あーあ。もう数学難しすぎ。一問も出来ないんだけど。出来なすぎて笑える〜。いや、笑えないんだけど。ってどっちやねん! あー、つまらな。早く時間経たないかな〜。

    ミミミは周りを見る。

松田 お腹すいたな。
中井 もうすぐお昼か〜。コンビニで買い忘れたから購買行かないとなぁ。
松田 今日のおかず結構自信作だし、ちょっと楽しみ。
中井 面倒くさいなぁ。誰かお昼分けてくれないかな〜
大井 頭使ったから甘いもの食べたくなった。あ〜ドーナツ食べたい! あれ? ドーナッツ? ドーナツ? あれ? どっちが正しいんだっけ? どっちもだっけ? ドーナッツ、ドーナツ、ドーナッツ、ドーナツ、ドーナッツ、ドーナツ、ドーナッツ、ドーナツ

    ミミミも一緒に悩む。悩みながらお腹が空いてくる。

大井 まあ、どうでもいいや。

    ミミミはずっこける。慌てて姿勢を正す。

大井 あれ? もしかして、あの子。あたしの声が聞こえてる?

    ミミミはびくりとする。

大井 いや、まさかね。なんかタイミングが合っただけだよね。

    ミミミは試験に集中しようとする。

大井 あ、先生ズボンのチャック開いてる。

    ミミミは教師を凝視する。教師のズボンのチャックは開いてない。

大井 なーんてね。……これは聞こえてるのかな? それとも聞こえてないのかな?

    ミミミはごまかすようにあたりを見る。教師が気づく。心の声が聞こえる。

教師 さっきからずいぶんキョロキョロしているな。まさかカンニングか?

    ミミミは慌てて解答用紙へ向かう。
    教師は伸びをして椅子から立つと時計を見る。話す演技。

教師 ああ、もうこんな時間か。よーし。じゃあここまで。解答用紙裏返して机において。
大井 終わった〜。よーし、お昼はドーナツ食べるぞ!

    賛成とばかりにミミミが両手を上げる。と、盛大にミミミのお腹がなる。

教師 あ〜。良い返事だけど、返事は口でしてくれればいいからな。

    どっとクラス中が笑う声がする。
    恥ずかしそうに承知しましたのポーズを取るミミミ。
    そんなミミミにスポットが当たる。ヨロヨロと歩き出すミミミ。
    ミミミが話しているうちに、舞台のセットは変えられていく。

ミミミ もうやだこんな能力。何の役にも立たないし。相手の声が聞こえても、こっちの声は届かないし。聞きたい人の声が聞こえるわけじゃないし。タイミングだってバラバラだし。声聞こえるのが嫌で人混みとかいけないし。かといって誰もいないところで急に何の声かわからない声聞くのも嫌だし。もう、本当どうにかしたいんです。お願いします。神様! この何だかよくわからない力をなくしてください! お願いします。あ、ついでになんですけど、もし出来たらもう一つお願いしたいことが有りまして……。

    と、熱心に願うミミミの前には、なにかの神様っぽい像がある。
    ※ポーズをとって役者が演じる。

4 神さまの声が聞こえている?

    どこかの祠かお寺か。
    地元の神さま的存在として祀られている神の像が神っぽいポーズで立っている。
    小さな賽銭箱が神の像の前にはある。
    その前で一心に祈っているミミミ。祈り終えて、去ろうとする。が、再び戻ってきて祈る。
    そして、満足したようにうなずき、去ろうとする。が、再び戻ってきて祈る。

神さま 聞こえますか?

    ミミミは「え?」という顔をして周りを見る。

神さま 私の声が聞こえていますね?

    神の像を向くミミミ。

神さま ユーキャンヒアミーできてますね?

    ミミミは恐る恐る頷く。

神さま 私は今、あなたの頭に直接話しかけています。

    ミミミは何か言おうとする。

神さま 声に出す必要はありません。頭の中で、伝えたいと思った言葉を浮かべてくれれば良いのです。
ミミミ ……あなたは神様ですか?
神さま イエスであり、ノーでもあります。
ミミミ イエス様!?
神さま そういう意味ではありません。神であるような、無いようなといった意味です。
ミミミ 神じゃないんですか?
神さま そもそも神とは何かと語り始めると長くなるので端的に説明しますと、人より力があるような気がする存在。それが私です。
ミミミ それは、神ではないのですか?
神さま 神ではありますが、有名な神と呼ばれる存在ほどの力はありません。
ミミミ 力は、ない……。
神さま はい。だから、あなたがさっきから祈っている願いは叶えられません。
ミミミ そんな……
神さま あなたの好きなお笑いコンビの解散をなかったコトにする力はありません。
ミミミ なぜ、それを!?
神さま ずっと祈っていましたよね?
ミミミ 聞こえていたんですか?
神さま 今聞こえているように、あなたが伝えたいと思った言葉は伝わっています。
ミミミ いや、でもそれは、ついでのようなもので。
神さま ついでの割には一番祈りが長かったような?
ミミミ せっかく来たことだし、一応ダメ元で的なところがありまして。
神さま ダメ元ですか。
ミミミ はい。……すいません変な願い事をして。本当の願いは、その前だったんです。
神さま 残念ながら好きなアイドルグループの活動休止もなかったことには出来ません。
ミミミ 違います。
神さま あ、バンドグループの解散の方でしたか?
ミミミ お笑いコンビの前に活動休止とか、解散したグループっていう意味じゃないです。それより前に祈っていたことです。
神さま そちらでしたか。残念ながらあなたの願いは叶えられません。
ミミミ そんな……。
神さま 私には、M1の優勝者を今から変える力はないのです。
ミミミ そっちじゃないです!
神さま でも、あなたの若手芸人への熱い思いはしっかりと受け取りました。
ミミミ すいません。変な願いばかりして本当にすいません。
神さま ……大丈夫ですよ。
ミミミ え?
神さま きっと、大丈夫。あなたの力には意味があるのです。いつか正しく使えるようになるでしょう。
ミミミ それって。
神さま 今回私の声を聞くことが出来たのも、あなたの「何かの声を聞く」という力のおかげです。
ミミミ でも、今の所何の役にもたってなくて。
神さま それでも、人が与えられた力には必ず意味があるものです。
ミミミ 人の多いところに行けないし。
神さま 人が大勢いるところが好きなのですか?
ミミミ いや、全然ですけど。
神さま だったらいいじゃないですか。
ミミミ だけど、好きなバンドのライブに行ったのに、知らないおじさんの熱唱が聞こえてきたりするんですよ?
神さま それは、……嫌ですね。
ミミミ ですよね! 好きな芸人のライブに行ったのに、知らないおじさんのツッコミが聞こえてきたり。
神さま 最悪ですね。
ミミミ ですよね! 活動休止するアイドルの動画を家族と一緒に見てる時に、家族の「実はあんまり興味ないんだよなぁ」って本音が聞こえたり。
神さま いらないですね、そんな力。
ミミミ ですよね!
神さま いや、それでも、きっと、その力が役に立つ時が来ますよ。
ミミミ ……ですかね。
神さま 多分。
ミミミ なんだかさっきより自信がなくなっているような気がしますけど!?
神さま 気のせいです。いつかきっと、あなたの力を使いこなせ、役に立つ時が来るでしょう。
ミミミ 本当に、そんな時は来るんでしょうか?
神さま あなたはやればできる子ですよ。
ミミミ それ、親にもよく言われます。「やればできる子なのに」って。出来るでしょうか?
神さま 出来ますよ。神のような存在の保証では不安かもしれませんが。
ミミミ 確かに。
神さま ん?
ミミミ いえ! そんなことはないです。決して!
神さま 頑張りましょうね。
ミミミ はい。がんばります。……ありがとうございました。
神さま いいんですよ。よろしければまたお越しくださいね。私の声が聞ける方というのも珍しいですから。
ミミミ はい! 絶対にまた来ます!
神さま その時には気になる人の一人でもいるといいですね。
ミミミ ……え? 
神さま 私が持っているのは、縁結びっぽい力ですから。
ミミミ ……。
神さま 初めてでしたよ。私にあなたのような祈りを送った人は。つい声をかけたくなるほどでした。
ミミミ ……。

    と、ミミミは財布を取り出す。財布の中身を賽銭箱にすべて落とす。
    熱心に祈り始める。

神さま え? ……あ、そんな熱心に祈られても今更ですからね? ほら! 念が強すぎて声になってないですから! ちょっと落ち着きましょう? 思いが重い! なんか物理的に重いし! あとなんか熱い! 痛い! ああ……言わなきゃよかった。

    神の像が悶え苦しむ。
    暗転
 
5 心の声が聞こえている?②

    暗転中に車の音。信号待ちのアイドル音
    信号が青になり、走り出す車。止まったままの車へクラクションが鳴らされる。
    また車が動き出す。それほど交通量が多いわけではないが、のんびりではない道。
    猛スピードでバイクが走っていき、慌てた急ブレーキ。そしてクラクション。
    再発信する車。なんだか、危なそうな道だと音で伝わると良い。

    夕暮れ。バス停がある。そのベンチで大学生くらいの三浦が本を読んでいる。
    ベンチには三浦のと思われる鞄が置かれており、座る面積を減らしている。
    ミミミがスマフォを片手に道を歩いてくる。

ミミミ あ〜神さまと話してたら遅くなっちゃった。いや、あれは話してたでいいのかな? 念話してた? いやでも後半は祈ってただけのような……まあいいや。バスはっと。よかった。まだあった。

    ミミミはベンチの横に立つ。
    三浦が鞄を寄せる。頭を軽く下げてミミミはベンチに座る。
    特に会話もないまま、ミミミはスマフォを見る。三浦は本を読む。
    その奥を高校生くらいの綾瀬が通リすぎる。学生服姿。

綾瀬 ん?

    綾瀬の心の声が聞こえる。

綾瀬 あれ? 三浦? あそこにいるのって中学校の時の同級生の三浦じゃないか? 

    ミミミはあたりを見渡す。が、ミミミに綾瀬の姿は見えない。
    首を傾げつつスマフォに目をやる。と、綾瀬はゆっくり三浦によると、顔をさりげなく見てから元の位置に戻る。

綾瀬 やっぱり三浦だ。ずいぶん大人っぽくなったけど、三浦だ。間違いない。いや、だからなんだって話か。でもなんでこんなところに? せっかくだから話しかけてみるか。

    ミミミはあたりを見渡す。すごい遠くまで見てみる。ミミミに綾瀬の姿は見えない。綾瀬はまた近づこうとして、

綾瀬 ……いや、やめておこう。どうせ俺のことなんて覚えてないさ。……いや、でももしかしたら覚えてるかもしれないか?「もしかして、三浦?」なんて声かけたら「あ、久しぶり」なんて言ってくれて。いや、無いかな〜。引かれちゃうかな〜。いやでも「俺のことわかる?」「え〜綾瀬くんでしょ?」「そう綾瀬! よくわかったね!」「わかるよ〜全然変わってないじゃん。あ、髪切った?」……いやぁ、ないな。ないない。無理だよ。……いや、でも、もしかしたら、いや? いや、いやぁ? いやいやいや……

    と、綾瀬の姿が見えないことで混乱するミミミと、悩んでいる綾瀬。
    そこへ中学生くらいの葉山が一人やってくる。綾瀬の姿を見てぎょっとする。
    その心の声が聞こえてくる。

葉山 え!? なにあれ。もしかして、痴漢?

    と、ミミミもまたぎょっとする。「え、どこに?」という感じであたりを見る。
    が、ミミミには綾瀬も、葉山も見えない。

葉山 あからさまに怪しい動き。痴漢だ。絶対にそう! どうしよう。なんでこんな時に限って人がぜんぜん通ってないの? あの子たちも全然気づいてないみたいだし。てか、何でこんな時間にバス待ってんの! 暗い時間に女の子がこんなところで! どうしよう? 放って……はおけないし。でも待って。「あなた痴漢でしょ」って声かけて、「そうだよ俺が痴漢だよ」って開き直られたら? 「警察呼ぶわよ!」って言っても「呼べるんなら呼んでみろよ!」なんてキレられたらどうしよう。武器になるもの……はない。大声で叫べば……誰も来そうにないし。あの子に気づいてもらって二人で立ち向かえば? でもなぁ。

    と、女は悩む。ミミミは混乱する。
    と、本を読んでいた三浦が少し震える。
    本を読んでいた少女の心の声が聞こえてくる。

三浦 なんか背筋がぞくぞくする。やっぱりこのバス停、出るって本当なのかも。結構事故が多い交差点だし。そういえば、綾瀬くんが事故にあったのも、このバス停だったっけ……。バス遅いなぁ。

    バスが来る方向を見る三浦。
    その奥で悩んでいる綾瀬と葉山。ミミミは思わずベンチから立ち上がり叫ぶ。

ミミミ え、これ幽霊!? 幽霊の声聞いてるの私!? てか、めちゃくちゃやばい場所じゃんここ!
三浦&葉山&綾瀬 え?
ミミミ あ。
三浦&葉山&綾瀬 幽霊?
ミミミ いや、えっと、だから、

    と、鋭い光がバスの方向から三浦に向く。
    そして、止まらないブレーキ音。

三浦&葉山&綾瀬 あ……
ミミミ 危ない!

    ミミミが動こうとして暗転。
    ブレーキ音と、何かがぶつかる音。救急車のサイレン。
    音楽

6 あの世の声が聞こえてる?

    音楽が消えるとともに、暗転の中声が聞こえる。
    ミミミの声と、若そうな男の声※録音

ミミミ はい嘘〜。この人思い切り嘘ついてます〜。
若い人 何を言うんですか。嘘なんて一つもついてないですよ。
ミミミ はいそれも嘘〜。嘘ついてない人はこの世にいません〜。
若い人 信じてください閻魔様!
ミミミ 信じるところなんて一つもありません〜。今も閻魔様のことを「これくらい必死なんだから、信じろよ顔デカおばけって思ってます〜」
閻魔 裁きを言い渡す。地獄行き!

    銅鑼が鳴るような音がする。
    明るくなると、大声で喋り疲れたのか椅子に座っている。ミミミ。
    口元は白い布で隠している(その内側にマスクをしている)
    同じように口元を隠した男がやってくる。地獄への沙汰を下すあの世の役人。

役人 いや〜お疲れさま〜。今日も、ほんとう助かったよ〜。
ミミミ えっと、役人様もお疲れさまです。あんなんで良かったんですかね?
役人 いや〜とても助かるよ〜。閻魔様もねぇ助かるなぁってニコニコしてたよ〜。
ミミミ 大変なお仕事ですもんね。
役人 結構ねぇ。この季節多くてねぇ。まったくねぇ。ウソを付くと舌を抜かれるとわかっているのに嘘を付く。人ってのはおっそろしいねぇ〜。
ミミミ 気軽に「舌を抜く」なんて言えちゃうのもどうかと思うけど。
役人 それにしてもミミミさん、慣れるの早いねぇ。あれから三日? 五日? くらいなのに。百日はいるみたいねぇ。
ミミミ そんな。大げさですよ。
役人 いっそのこと〜このまま永久就職しちゃう?
ミミミ いや〜それは流石に。
役人 あ〜無理かな〜?
ミミミ だって、それって死んじゃいますよね?
役人 そうねぇ〜。亡くよなるねぇ〜。
ミミミ ですよね〜。一応、まだ完全に死んだわけじゃないみたいなんで。
役人 はあ〜。せっかく楽になると思ったのにねぇ〜。
ミミミ あ、でも、本当に死んじゃった時は、お願いします。
役人 そうねぇ。先を楽しみにしておくねぇ〜。今日はお疲れ様〜。ゆっくり休みなね〜
ミミミ お疲れさまです〜。

    役人が去る。

ミミミ いやいや、楽しみにされてもなぁ〜。

    椅子に座ってため息をつくミミミ。頬杖をついて考え込む。

ミミミ どうやらあたしはバス停で事故にあって、いわゆる生死の境目ってやつにいるらしい。あの時、咄嗟に人を助けた行いがあの世の人に認められて、体が調子を戻すまでは無理に戻って苦しい思いをすることないだろうってことで、今は閻魔様の隣で、嘘発見器みたいな仕事をしている。なんていうかこれ、めちゃくちゃ楽しい! 閻魔様自身も嘘を見抜く力は持っているんだけど、一人より二人。ダブルチェックは大事だろうってことなんだけど。なんかさ! なんかね! あたし今ようやく自分の力が役に立ってるって実感してる。いや〜これいっそのこと、このままでもいいか? 無理して生き返るのも面倒くさいし。どうせ、あたしなんて誰も必要としてないし。うん。このままあの世にいてもいい気がしてきた。きっと、あの日神様が言ってた「役に立つ時が来る」ってこういうことだったんだ!

    と、神さまがやってくる。

神さま 違いますよ。
ミミミ え?
神さま 違います。そんなつもりは全く無いですからね。
ミミミ ……もしかして、神様ですか?
神さま イエスであり、ノーでもあります。
ミミミ イエス様!?
神さま そういう意味ではありません。神であるような、無いようなといった意味です。
ミミミ 神じゃないんですか?
神さま 神ですが、ってこんなやり取り前もしましたね。
ミミミ やっぱり神さまじゃないですか! うわ〜動いてる! なんでここに。
神さま あなたを迎えに来たんですよ。
ミミミ 迎え?
神さま そろそろ、体へ戻られませんか?
ミミミ え、でも、まだあたしの体ボロボロだし。
神さま 魂が入ったほうが回復は早いですよ。
ミミミ そうなんですか!? や、でも、痛そうだし。
神さま その痛さが生きている証ですよ。
ミミミ そりゃそうですけど。……って、あたしを連れ戻すためだけに来てくれたんですか?
神さま 道案内も兼ねていますが。
ミミミ 道案内?
神さま これでも縁を結ぶ神なので。現世(うつしよ)で結べなかった縁も、常世(とこよ)でならば結べましょう。

    と、葉山と綾瀬がやってくる。

綾瀬 どうも。
葉山 えっと、その節はお世話になりました?
ミミミ ……誰?
葉山 だよね。そういう反応になるよね。
綾瀬 俺たちの姿見えてなかったもんな。
葉山 あたしも、後ろ姿と、叫んでるとこくらいしか見てないけど。
綾瀬 気がついたらはねられてたもんなぁ。
葉山 そうね。思い切り空飛んでたもんね。
綾瀬 人って、飛ぶんだなぁって思ったもんな。
葉山 思った思った。
ミミミ いや、本当誰? え? 待って。その声……もしかして、あのバス停の、幽霊?

    と、ミミミは後ずさる。

葉山 だよね。そういう反応になるよね。
綾瀬 俺たちも、お互いが幽霊だって気づいた時、そうなったもんな。
葉山 なったなった。

    と、葉山と綾瀬はお互いを見て、

葉山&綾瀬 もしかして、
葉山 あたしたち、
綾瀬 俺たち、
葉山&綾瀬 幽霊!?

    と、怖がって後ずさってみる。

綾瀬 って。
葉山 やったやった。
神さま あなたのおかげでお二人は、現世の者ではないと気づいたそうです。
葉山 で、どうしようかって悩んで。
綾瀬 そうだ近くに神社あったよな?
葉山 あったあった!
綾瀬 ってなって。
神さま 私が、これもなにかの縁ですので、お連れすることになったわけです。
ミミミ な、なるほど?
綾瀬 おかしいとは思ってたんだよな。なんか毎日ぼんやりするし。
葉山 似たような日が続くなとは思ってたのよね。
綾瀬 でもまさか、とっくに幽霊だったなんてな〜。
葉山 まさか数年経ってたとはね〜。
綾瀬 な〜。と、まあそんなわけで、あんたのおかげで気づけたんだ。
葉山 そうそう。あなたが声を聞いてくれたおかげ。
ミミミ いや、でも、それは偶然で。
綾瀬 いいんだよ偶然でも。助かったことには変わりないんだから。
葉山 そうそう。
綾瀬 本当ありがとうな。
葉山 ありがとう!
ミミミ えっと、じゃあ、どういたしまして?

    なんだかちょっと照れてしまって、ミミミと綾瀬、葉山は笑い合う。
    綾瀬と葉山はお互いにうなずき合う。

綾瀬 いや〜、良かったよな! お礼が言えて。
葉山 そうね。これで思い残すこともないね。
ミミミ え。
綾瀬 じゃあ俺たちは行くけど、あんたは頑張って生き返ってくれよな。
葉山 「あたしたちに分まで」って言ったら重くなっちゃうけど、でも、頑張ってね。
ミミイ えっと、あの、お二人も、お元気で? って言っていいのか悪いのか。
葉山 いいんじゃないそれで。ね?
綾瀬 な。(と、神さまに向き)神さま、お世話になりました。
葉山 (と、神さまへ)ありがとうございました。

    神さまは笑顔で手を降る。
    綾瀬と葉山が去る。ぼんやりとミミミは二人を見送る。

7 心の声を聞いてみる?

    神さまとミミミだけに光が当たる。

ミミミ なんだか、ずっと幽霊やってたにしては、あっさりとしたもんなんですね。
神さま 未練の無い方はそういうものですよ。迷い悩むのはいつでも現世に未練のあるものです。……あなたのように。
ミミミ ちゃんと、あたし、役に立ててたんですね。生きてる時でも。
神さま これからですよ。あなたにとっては。全て、これからです。
ミミミ ……神さま、あたし、結構クラスで浮いてるんですよ。
神さま そうですか。
ミミミ 時々誰かの心の声聞こえちゃうからなんでもない時にビクってなるし。変な声だったらキョロキョロしちゃうし。だから、あまり人の話に集中しきれなくて。だから、あまり話しかけられなくって。だから、あんまり、仲の良い人って出来なくて。だから……一人、なんですよ。結構。あたしがいなくても、困る人なんていないんですよね。……それでも、生きなきゃだめですか?
神さま 私は縁を結ぶ存在だと話しましたね?
ミミミ え。あ、はい。
神さま あなたに繋がる縁を見せてあげましょう。

    と、神さまが指し示す方向へ、ミミミの父親が現れる。
    マスク姿だが、ムスッとした顔なのはわかる。
パソコンに向かいキーを叩いている。
    キーの音は聞こえない。が、強く叩いているように見える。
    上司がやってきて、書類を机の上に置く。
    何かを上司と話し、一つうなずいてまた仕事に戻る。

ミミミ お父さん。働いてる。
神さま 働いてますね。
ミミミ ……これって、今の姿ですか?
神さま そうです。現世は夕方頃ですね。
ミミミ あたし、病院にいるんですよね。魂はここだから、目覚めないままで。
神さま ええ。
ミミミ それでも、お父さんは、変わらないんですね。
神さま こちらはどうでしょう?

    と、神さまが指し示す方向へミミミの母親が現れる。
    マスク姿でエコバッグに食材を入れて持っている。
呼び止められたのか立ち止まる。
    呼び止めたのは近所のおばさん。
    話し声は聞こえないが、おばさんが何か話、その話で笑っているように見える。

ミミミ 笑ってる。
神さま 笑ってますね。
ミミミ なんだ。あたし、いなくても、全然、平気じゃないですか。
神さま そうでしょうか?
ミミミ だって、あんな笑ってて。
神さま 聞いてご覧なさい。
ミミミ え?
神さま 心の声を。そうすれば、わかりますよ。

    ミミミは恐る恐る父と母の姿を意識し、耳をすませる。
    父親は怒っているようにキーを打つまま。
    母親は早く帰りたいのを抑えて話を聞いているように見せているまま。
    二人の心の声が聞こえてくる。

父親 ミミミ! ミミミ! 大丈夫か! 大丈夫だよな!?
ミミミ ……お父さん?
母親 ミミミ! 大丈夫よね? 大丈夫。きっと大丈夫よね!?
ミミミ お母さん。
父親 ミミミは負けない! 事故になんか絶対負けない。大丈夫。大丈夫だ。
母親 大丈夫。あの子は強いもの。小さい頃、転んだっていつも泣かなくて笑ってたんだから。
父親 お転婆で。
母親 聞かん坊で。
父親 優しくて。
母親 明るくて。
父親 元気なミミミがこんな若さで終わるわけないんだ。
母親 だから大丈夫。大丈夫よね?
父親 大丈夫だ。絶対。うちの子は強いんだ! 事故なんかに負けるか! 俺が信じないでどうする!
母親 あたしが、あの子の無事を信じないでどうするのよ。
父親 しっかりしろ俺!
母親 しっかりしなきゃ!
父親 元気な顔で、迎えてやるんだ。
母親 笑って、「全然心配なんかしてないわ」って言うんだから。
父親 だから早く起きろ! ミミミ。
母親 早く、早く起きてね。ミミミ。

    聞いていられなくなって、ミミミはうなだれる。
    心の声は聞こえなくなり、父親と母親の姿も見えなくなる。

ミミミ お父さん、お母さん……。
神さま 見せている顔も、聞かせる声も、心とは違うもの。それが人です。
ミミミ ……神さま。
神さま はい。
ミミミ あたし、生きたいです。
神さま ええ。生きましょう。生きているものは、懸命に、存分に生きるのです。それが、人であるということです。
ミミミ はい! ……ねえ、神さま。
神さま なんでしょう?
ミミミ あたし、この力、持っててよかった。

    神さまがミミミを促し現世への道を指し示す。
    ミミミが笑顔でその道を歩いていく。と、途中で立ち止まり観客へ向く。

8 心の声を聞いてみる?

    ミミミに光が集る。ミミミが話しているうちに教室の風景になっていく。
    何事もなかったかのように見えるが、ミミミの机には松葉杖がかけてあり、
    ミミミ自身も、少し体をぎこちなく動かす。
    周りの生徒も少し垢抜けていたり、時の経過を感じさせる。
    教師はあまり変わらない。

ミミミ こうして、私、ガイチュウナイ ミミミ16歳は、無事、生き返ったのでした! あ、入院中に16歳になりました。祝シックスティーン! パチパチ〜。リハビリについては、メッチャクチャ大変だったので話しません! でも、一見冷たいって思ったリハビリの先生は心の中ですごい熱く応援してくれる優しい人ってわかったり、平気な顔で歩いてるように見えるリハビリ仲間も、同じように辛いんだってわかったりで、思ってたより辛くなかった……いやそんなことはないな。うん。思うように動けない時間は、力のコントロールに当てたので、今は急に心の声が聞こえたりっていうのは、少なくなった。と思う。多分。教室では相変わらず浮き気味。でも、今はそれほど気にならない。今は自分に精一杯っていうか。まずは自分がやりたいことに集中! って感じ? そうそう、今、自分の声を飛ばせないか研究中。ほら、直接言えないことでもさ、念じて届いたら便利だよね? 例えば、お父さんとお母さんに(と、声を誰かに飛ばすポーズ)…………なんてね? まあ、なかなかうまくいかないんだよねぇ。

    と、教室の自分の席に付くミミミ。
    小テストの時間らしく、
大井、中井、松田といった生徒たちは机の用紙に向かっている。
教師が腕を組んでテストを受ける生徒を見張っている。
    と、声が響く。ミミミには聞こえない。

ミミミ 大好き! 愛してるヨ!!
ミミミ以外 え? 何この声。誰??
ミミミ (と、いう皆の心の声を聞いて)うっそぉ〜 なんで今〜

    うなだれるミミミ。
    周りは、声の聞こえ方に首を傾げつつ、反応に困る。
    いち早くミミミは立ち直り、テストに向かう。
    音楽が高まっていく。あたりが暗くなる。

9 聞こえますか? 彼女たちの理由

    音楽が小さくなるのに合わせて、電話の着信音。
    (着替えが間に合わない場合、暗転中に声を流す)
    どこかに少女が二人現れる。
    片方はヒヨリ。もう一人はマナカ。
    お互いにルームウェアで、自宅にいる風。
    お互いにマスクをしている。
    お互いは話しているように見えるが、実際はこれも録音。
    少しおしゃれに季節感を見せる。(実際の公演の2ヶ月前程度)

マナカ あ、ヒヨリ? 今大丈夫?
ヒヨリ うん。お疲れ様。
マナカ おつかれ〜。って、休みで何もしてないけどね。
ヒヨリ それあたしも。ってなんか、声こもってない? 大丈夫? 風邪?
マナカ あー。今マスクしてるから。てかヒヨリもじゃない? あ、ごめん外?
ヒヨリ 家だけど。マナカは?
マナカ あたしも家。でも今、母親がさ。あれで。
ヒヨリ もしかして?
マナカ そう。検査結果待ちで。一応しておけって。
ヒヨリ そっか。大変だね。
マナカ もしかして、ヒヨリの家も? 大丈夫?
ヒヨリ いや、エアコン付けてたらなんか乾燥しちゃって。喉の感想避け。
マナカ お~さすが、役者だね。
ヒヨリ まあ、弟がうるさくてってのもあるけど。
マナカ 弟さん? 小学生だよね?
ヒヨリ そーだよ。なんか、クラスで陽性反応出た子がいるらしくって。
マナカ ちゃんと家の中でマスクしてるんだ? 偉いね。
ヒヨリ めちゃくちゃうるさいからね。「マスクしないとだめなんだよ!」って。
マナカ 大変だね〜。
ヒヨリ 本当、いつまで続くんだろ。
マナカ ね……。あ、で、読んでくれた?
ヒヨリ ん?
マナカ 台本。送ったやつ。
ヒヨリ ああ。「ミミミの耳は聴こえちゃう耳」だっけ。
マナカ そう。どう? 今度の舞台に。
ヒヨリ 前説、あたしなんだ。
マナカ 説明は必要でしょ。名前使いたくなかったら、演出にしておくけど。
ヒヨリ それはいいや。でも、主役の名前、ミミミって。安直じゃない?
マナカ そこは、わかりやすさを狙ってみた。
ヒヨリ そのわりに、名字なんだっけ。なんか変なの。
マナカ ガイチュウナイ?
ヒヨリ そうそう。
マナカ 知ってる? 耳は「外耳(がいじ)」「中耳(ちゅうじ)」「内耳(ないじ)」と、大きく三つの部分に分けることが出来るんだよ。
ヒヨリ それで、「がい、ちゅう、ない」か。
マナカ 一つ賢くなれたね。
ヒヨリ 見ている人には伝わるかな? なんか虫の「害虫」が意識されそう。
マナカ そこは、パンフレットに書いておけばいいよ。
ヒヨリ 適当だなぁ。
マナカ でも、どう? これなら舞台できそうでしょ?
ヒヨリ 全部、録音か。
マナカ 飛沫問題解決! ヒヨリがこないだ部活で言ったみたいに、確かにマスクしていても、大きな声出されると怖いと思うんだよね。
ヒヨリ うん。てか、こないだ話したライブのネタ、早速使ったんだ。
マナカ 使えるネタは何でも使うよ。自分の以外は。
ヒヨリ そこは自分のも使ってよ。
マナカ やだよ。で、話戻るけど。
ヒヨリ なんだっけ?
マナカ 飛沫怖いよねって話。
ヒヨリ うん。
マナカ でも、ただ録音で舞台やったら、なんか生で見ている意味ないかとも思うし。
ヒヨリ そうなんだよね。
マナカ で、心の声を聞けるって設定ならって思ったわけ。これだったらさ。本当に話してなくてもいいかなって。
ヒヨリ 確かに。
マナカ 後でビデオで見たらわかりにくいけど。だからこそ、生の演劇感はあると思うんだ。
ヒヨリ そう、だね。
マナカ でっしょー。いやこれこないだ見に行ったヒーローショウもきっかけになってるんだよね。「これなら、見ている人が不安を覚えることなく舞台ができるぞ! しかも、むしろこれ今しかできないんじゃないか!?」ってね。あ、「その年でヒーローショウ?」ってツッコミは禁止ね。あたしにとってヒーローはいつまでもヒーローだから。
ヒヨリ ……でも、伝わるかな。
マナカ いや、別にヒーローショウについては語るつもりはないよ?
ヒヨリ じゃなくて。
マナカ ああ、名字についてはパンフレットに書けば大丈夫だって。
ヒヨリ それも違くて。なんていうかな。あたしたちの、その、気持ちっていうのかな。そういうの。
マナカ どういうこと?
ヒヨリ 何ていうかな。その瞬間だからってあるでしょ。幕が上がって、灯りもらって、最初に言うセリフがちょっと上ずったり。練習とは違う距離感じて戸惑ったり。
マナカ 慌ててとちったりね。
ヒヨリ そう。でも、だからこそ本番だから出る気持ちが声に乗って、体が動いて。そういうのって伝わるよね。ああ、「この人今すごい楽しんで演じてるな」とか。「あの人気持ちすごい乗ってるな」とか。逆もあるけど。だから、演劇って面白いってあたしは思うし。
マナカ それは、まあ、そうだけど。
ヒヨリ そういうの無い舞台になるんだよね? 本番だから起こる何かがない舞台。だって、声は事前に録音するんだから。
マナカ そこは体の動きや表情で魅せようよ。
ヒヨリ だから、伝わるかなって思って。……やる、意味、あるのかなって。
マナカ ……。
ヒヨリ ごめん。せっかく書いてくれたのに。
マナカ ……あたしさ。演劇好きだよ。
ヒヨリ 何急に。知ってるけど。
マナカ だけどさ。それでもこうして家の中までマスクするのにも慣れちゃうとさ。思っちゃうんだよね。「舞台で大きな声出すなんて怖いな」って。
ヒヨリ うん。
マナカ 発声練習でもさ、なんか大丈夫かなって思うし。
ヒヨリ うん。
マナカ だって、わかんないしさ。昨日も今日も体調良かったけど潜伏期間なだけかもしれないし。「そういえば、あの子昨日だるそうだったな」とか思ったらもしかしてって思っちゃうし。距離あっても、マスクしてても、本当に大丈夫かなんて保証ないし。
ヒヨリ うん。
マナカ でもやっぱり好きなんだよ。だから、これ、自分自身が安心して舞台やりたいってのもあって書いてみた。
ヒヨリ 気持ちが伝わるかどうかは二の次ってこと?
マナカ そうじゃないけど。でも、自分たちが自信を持って安心して見せられなかったら、まず気持ちを伝えるどころじゃないと思う。
ヒヨリ それは、そうだね。
マナカ それに、録音でもさ、伝わるよ。
ヒヨリ 伝わる、かな。
マナカ 伝えようよ。あたしたちの気持ち。「こんな状況でも舞台がやりたいんだ!」って。
ヒヨリ そうだね。「舞台を楽しんでほしい」って思えば、伝わるかな。
マナカ 伝わるよ。伝えよう! むしろ、伝えなきゃ!でしょ!
ヒヨリ ……だね。伝えなきゃね。
マナカ 伝えなきゃだよ!
ヒヨリ うん! よし! 頑張ろう!
マナカ おう! まあ、まだみんなで読んでないし、これで決まりってわけじゃないと思うけど。
ヒヨリ やる気を削ぐなぁ〜。部長と副部長が決まりって思えば決まりでしょ。
マナカ 権力を振りかざすのはよろしくないなぁ〜。ま、部長が良いなら私は良いけど。
ヒヨリ さらっと人にだけ責任を押し付けないでくれますか? 副部長さん。 
マナカ まあじゃあ、次の部活で読み合わせしよ。それで、一応話し合いってことで。
ヒヨリ オッケー。
マナカ それまでに誤字あったら探しておいてね。
ヒヨリ 了解。台本、ありがとう。
マナカ いえいえ〜。じゃあね〜。

    と、電話が切れる。

ヒヨリ 伝えなきゃ。か。だよね。本番だと思って。今のあたしの気持ちを。伝えなくちゃ。

    と、ヒヨリはスマフォで台本を改めて読む。

ヒヨリ スマフォだと文字ちっちゃいんだよなぁ。

    と、軽く咳払いし、心のなかで観客席を意識する。

ヒヨリ 「聞こえますか? 私の心の声、聞こえてますか? 今私は、私の心の声を、あなたの心に直接届けています。」

    観客席に届けとばかりに念を送っているようにヒヨリは目を閉じる。
    自分の思いが誰かに届くように。
    やがて目を開けると、自分の行動を振り返って少し照れてしまう。
    そんな気持ちのまま、言葉が続く。

ヒヨリ ……「嘘です。」

    音楽
    不安な気持ちをヒヨリは追い出そうと自分を鼓舞する。
    舞台の始まりの台詞を練習するヒヨリ。幕が下りてくる。

あとがき
2020年くらいから、何回言ったり聞いたりしたか分からない「飛沫(ひまつ)」という言葉。
二年間くらいでそれまでの一生分使ってなかった分は使った気がするこの言葉をきっかけに、
今回はお話を作ってみました。

緊急事態が明けても(2021年10月01日現在)先の見通しは不透明で、
色々制限があったり、悩みながらの舞台つくりになるかと思います。
ただ、元々演劇は無限の可能性を持っているものですので、
どうせなら不自由を面白い作品つくりのためのきっかけに出来たら面白そうですよね。
こんな状況だからこそできる舞台が色々生まれることを楽しみにしています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。