ここでは 死 ね ない!?
楽静


登場人物

田村エリコ 女  学生

内藤メグミ 女




      マンションの屋上 
      開け放したドアの外は雨によって汚れたコンクリート 
      鍵は閉まっていないが 屋上まで上がる人はほとんどいない 
      さび付いた柵が屋上を囲んでいる 
 
      エリコは屋上にて寂しそうに空を見ていた 
      空の高さに目を細めて 流れゆく雲を追う 
      そんな何気ない行為に没頭することで 今の自分の不安から逃れられるかのように 
      それでも 柵を握りしめた手は 容赦なく鉄の冷たさを伝えてくる 
      何かを決意するように エリコは一つ頷いた

      いつの間にか 屋上にはメグミが現れていた 
      エリコは そんなメグミには気づかず 靴をそろえ その下に遺書を置く 
      ゆっくりと エリコが柵を乗り越えようとする
      エリコの様子をつぶさに観察していたメグミは ぽつりと呟く



メグミ 死ぬの?

エリコ わ わあああ



      驚きで思わずエリコは柵を飛び越しそうになった 
      慌てて柵を掴んだエリコはメグミを睨む



エリコ ちょっと! いきなり驚かさないでよ 死ぬところだったじゃない!

メグミ え 死のうと思っていたんじゃないの?

エリコ ……あ そうだった


      そのまま柵を越えようとするエリコを メグミは止める 



メグミ いやいや まって 待ちなさいってば

エリコ なによ邪魔しないで

メグミ えっと あの その なんだ?

エリコ なにがよ?

メグミ え? 何が?

エリコ いや 私に聞かれても

メグミ えっとね つまり ……知ってる?

エリコ 知らない

メグミ だと思った



      間



エリコ ってそれで終わり?

メグミ 何が?

エリコ 「知ってる?」って言ったでしょ!?

メグミ ……言ったの?

エリコ 後ろ振り向いても誰もいないわよ! あんたが言ったのあんたが!

メグミ ……言ったの?

エリコ 同じネタを二回もやらないで! 一体あんたなんなのよ! なに? 
     人が飛び降りるとこ見て楽しんでるわけ? こんな人生の最後まで見せ物にならなきゃ
     いけないの? いいわよ 飛ぶわよ 飛びます 見ていればいいでしょそこで!

メグミ 飛び下り自殺ってグロいらしいよ

エリコ ……………

メグミ 脳味噌鼻から出ちゃうし 間接なんかむやみやたらと増えちゃうし 
     もし 通行人になんか当たったりしたら 死ぬに死ねなくて無様な姿をさらしながら
     救急車待つことになるし



      エリコは思わず下を見つめる 通行人が通らないことに少しホットして……



メグミ って 知っているかなぁって思ったの

エリコ そうか そういうことね

メグミ なに?

エリコ あんた 自殺止めようとしているわけ? それで

メグミ はぁ?

エリコ そうやって人のこと怖がらせようとしたり わざと時間引き延ばして 
     あたしが死ぬのを少しでも延ばそうとしているんでしょ あのねそんなの無駄だから 
     ま 人生の最後だし あんたの戯れ言に少しぐらいつきあって上げてもいいわよ

メグミ 自意識過剰って言われたことあります?

エリコ ………………

メグミ いや 悪気はないのよ? ただね ……そんなに 自分が誰かから引き留められる存在だと
    思えるって言うのは 羨ましいなぁって思って 

エリコ 死んでやる!

メグミ あーちょっと ちょっと待って

エリコ ……なに?

メグミ ……えっと その 生きていればいいこともあるよ?

エリコ ない 

メグミ まだ若いんだし

エリコ 関係ない

メグミ 関係ないこと無いって あなた学生でしょ? しかも 高校生くらいと見た

エリコ ……そうだけど?

メグミ だよね なんかお金がかからなそうな服だもの 

エリコ 馬鹿にしているの!?

メグミ え? まさか そんなわけないじゃん 羨ましいだけよ ほら 大人になればなるほど
     安っぽい服って着れなくなるものじゃない? なんか周囲の目が気になるっていうかさぁ 

エリコ ……そのわりにはそんな大したもの着ているようには見えないけど?

メグミ だよね そうなんだよねぇ〜 だけど これ上下で12万 

エリコ うそっ!? バーゲン品みたいなのに?

メグミ そう思うでしょ! 思うでしょ絶対 だけど どこぞかのブランド品なんだって 
     ……こんなよくわらない服にお金をかけなきゃいけないなんて 哀しい存在よね 大人って 

エリコ 洋服店に騙されただけじゃないの? 

メグミ ……ありえる

エリコ だめねぇ そうやって『大人なんだし高いものを身につけなきゃ』って思っているから 
     値段に騙されてよく分からない服を買っちゃう事になるのよ 

メグミ そうかなぁ?

エリコ 正直その服似合ってないと思う

メグミ えぇえ〜

エリコ 服はヤッパリ自分にあったものを身につけなきゃ 年の差なんて関係ないって

メグミ いいじゃん無理したって 形が中身を作ることだってあるのよ

エリコ 無理した美しさって本物じゃないと思う

メグミ ううっ 服の話しになった途端に性格変わっていない?

エリコ せっかくの死に装束をけなされたら 誰だって性格変わるわよ

メグミ ……死に装束?

エリコ そう せっかく死ぬんだもの いくら血まみれで死ぬことになるとしても 
     自分が死ぬときの格好くらいはちゃんとしたものでいたいじゃない? 
     だからこれでも今の自分に出来る限りのおしゃれをしたの

メグミ それでその格好?

エリコ そうよ 悪い? 上から下まで全部まっさらの新品なんだからね

メグミ 悪くない 悪くないけど……なんか顔が合ってない

エリコ 「顔が」ってなによ! 「が」って

メグミ だって……まぁ 62点くらい? そう思うでしょ 

エリコ 余計なお世話よ! もういいから放って置いて! 
     私一人が死ぬことくらいあなたには関係ないでしょ?

メグミ うーん それはそうね

エリコ だったら

メグミ まぁまぁ こうやって会ったのも何かの縁だし 死ぬまでにもうちょっと話していても 
     なにも減りはしないんじゃない?

エリコ それはそうだけど

メグミ だいたいにして何で死のうと思ったの? まだまだ若いのに 本当 人生これからじゃない

エリコ あなたに何が分かるって言うのよ

メグミ 分からないから聞いているのよ

エリコ 開き直らないでよ!

メグミ もう〜 じゃあなんて聞けばいいのよ

エリコ だからそうじゃなくて なんで私になんてかまうのよ

メグミ いいじゃない そんな細かいことは気にしない気にしない

エリコ 全然細かくないわよ!

メグミ まったく これから死のうってわりには元気ね

エリコ 誰のせいよ!

メグミ そうねぇ あなたくらいの人が死のうとするわけだから〜

エリコ 人の話聞いてないでしょ あなた 

メグミ ……彼氏にでも 振られた?

エリコ !! な なんで……

メグミ あ もしかして正解!? あなたくらいの年齢が自殺しようと思うなんて 
     どうせそんなところかなぁと思ったのよね

エリコ それだけで死のうだなんて思わないわよ

メグミ あらそうなの? ……じゃあ いじめ?

エリコ (首を振る)

メグミ これははずれか ……じゃあ 家族不和

エリコ ……

メグミ あたり ね

エリコ ……満足した?

メグミ 何が?

エリコ そうやって人の悩みを知って それで満足したかって聞いているのよ

メグミ まだ知ったわけじゃないわよ どういう悩みのジャンルなのかわかっただけだし 

エリコ ……全部分かったら放って置いてくれるわけ?

メグミ さぁ たぶんそうなんじゃない?



      エリコは仕方なさそうに溜息をつく 
      それまで捕まっていた柵から離れると



エリコ 私ほど不幸な女っていないわよ 

メグミ それはどうして?

エリコ まず 父の会社が倒産した 

メグミ ああ このご時世だもんね 

エリコ と思ったら 次に母が出ていった 

メグミ 仕事の出来ない夫に嫌気が差して?

エリコ ううん 職場で若い男の人と恋愛関係になって 

メグミ 駆け落ちか〜 やる〜 

エリコ 笑い事じゃない!

メグミ すいません 

エリコ 父はやる気無くして公園を歩き回る日々……そして弟は……

メグミ ぐれたんだ!

エリコ ……そうよ 

メグミ うっわぁ すっごい不幸! ありきたりのドラマスペシャルみたい それで あなたは受験失敗?

エリコ ……受験は来年 

メグミ あ そうだった 彼氏に振られたんだよねぇ〜

エリコ …………



     照明が途端に変わる 場所は夜の公園 
     メグミが背中を客席に向け エリコの彼氏役になる 



メグミ(彼氏)「なぁ 俺達 別れないか?」

エリコ「え……?」

彼氏 「俺達 友達同士だった方がうまくいっていたと思うんだ」

エリコ「そんな…………何でそんなこと言うの? あたしがこのごろ会えないから? 
     でも それはあたしの家が」

彼氏 「知ってるよ 何回も聞いたよ」

エリコ「……だからなの?」

彼氏 「それは違うって」

エリコ「だからなんでしょ? あたしの家がバラバラで 弟だって馬鹿みたいにグレちゃって 
    それで それで あたしがなんだか貧乏っちぃ女になっちゃったから それでなんでしょ?」

彼氏 「違うって」

エリコ「いいわよ べつに それならそうって言ってくれても 分かってるものあたし 
    自分が不幸なことくらい だけど だけど それはわたし個人にはなにも関係ないことでしょ!?」

彼氏 「違うって言ってるだろ!」



     間



エリコ「じゃあ なんでよ……なんでなのよ」

彼氏 「………………ごめん」

エリコ「なによ 謝らないでよ 謝られたくらいで わかる分けないでしょ」

彼氏 「ごめん」

エリコ「謝らないで」

彼氏 「……………本当ご(めん)」

エリコ「謝らないでって言ってるでしょ!」



     間



エリコ「死んでやる」

彼氏 「え?」

エリコ「もう 死んでやる!!!」



     慌てて振り向く彼氏(メグミ)その驚いた顔に合わせるように照明が元に戻り 
     メグミは 途端に 哀れっぽい顔になる 



メグミ うっわぁひどい ひどすぎよぉ それ 私だったら死んじゃうなぁ

エリコ 死んでやる!

メグミ ちょ ちょっと まって 冗談 今の冗談だから もう 
    何でそう簡単に自分の命を捨てようとするかねぇ

エリコ なによ人の不幸を面白がるだけのくせに 分かったでしょ? 私がどれだけ不幸なのか

メグミ そりゃ 痛い程良く分かったけど

エリコ わかったらほっておいてよ!

メグミ でも 生きているわけでしょ あなた



      メグミの声の調子に はっとエリコはメグミを見る 
      なぜかシリアスな音楽が流れてくる 



メグミ 人はね 生きているだけで十分なのよ 他には何にも必要ないの 
     だって 生きているってとても素晴らしいことなのよ

エリコ そんなこと 分かっているわよ

メグミ そうかな? あのね 世の中には生きたくても 生きられなくて死んだ人がいるの 苦しんで 
     苦しんでも生きたいって思って 頑張って頑張って そうして死んでしまった人もいるわ
     死ぬ間際に 新たな生命を産み落としていく女もいる
     愚かかもしれないけど この私たちの命は愛の奇跡なのよ?

エリコ 分かっているって 言ってるでしょ

メグミ いえ あなたは分かっていないわ いい? まず 何十億匹の精子があってね? 
     例えば 大学生くらいの男と女が 安っぽいホテルなんかに入っちゃって 
     そんで自分たちでもゴム持ってないくせに 
     ホテルにもそなえつけの「家族計画」が置いて無くて しかたなく生でセックスするでしょ? 
     するとね?

エリコ って なんでそんなにリアルなのよ 



     音が止まる 



メグミ いやねぇ 当たり前の話ししているだけなのに 恥ずかしがっちゃって

エリコ 呆れているのよ!

メグミ なんで? 私は神の奇跡の話しをしているだけなのに

エリコ どこがよ! めちゃくちゃ濃い人間の話だったじゃない!

メグミ 時々 街を歩いていると不思議な親子にあったりしない?
    「あれ? この子は 父親にも母親にも似てないぞぉ」

エリコ 嬉しそうにしているとこわるいけど 関係ないでしょ 

メグミ 関係あるわよ! もう ドキドキしちゃうでしょ あなたも感じるでしょう? これぞ 神の奇跡!

エリコ 悪いけど うち 仏教徒だから

メグミ だったら……えっと 仏教には確か輪廻てん……なんたらってあったわよね 

エリコ 何でそこまで言って出てこないのよ!

メグミ 輪廻懸賞だっけ?

エリコ 自分で「てん」まで言ったでしょ! 懸賞してどうするのよ 

メグミ いいじゃない 懸賞 ハガキを一枚一枚書いていってね? あたりますように 
     あたりますようにって 繰り返し繰り返し 何度でも何度でも……あ! 輪廻ってる!?

エリコ いや わけわからないから 知らない言葉で無理矢理説教なんて出来ないわよ

メグミ だから 輪廻転生がうまくできないわよっていってるの

エリコ 知ってたのなら初めから言いなさいよ!

メグミ ちょっと出てこなかっただけよ

エリコ ……それで?

メグミ それでって?

エリコ それが なに?

メグミ だから 困るでしょう〜? いいの? 生まれ変わったら 
     佐藤さんちの軒下に住んでいる三毛猫の子供でも 

エリコ 佐藤って誰よ! 別にいいわよ 次があるか分からないし 

メグミ あー 仏教徒のくせに 信じてないんだ 

エリコ いいでしょ別に 関係ないわよ 次は人間に生まれてこなければ なんだって 

メグミ いいのぉ? あのね 佐藤さんはね ネコを捕まえては
     自分のおならの匂いを嗅がすのが趣味なのよ?

エリコ いや 意味分からないから

メグミ え? だからぁ こうやってネコを捕まえてね? お尻に近づけて……



      メグミは片手でネコを捕まえる動作をしながら 腕を口にあて おならの音を出す 



メグミ 『はっはっは わしのおならはクサイじゃろ〜』ってやるの 

エリコ 聞いてないわよ! そんなこと

メグミ でしょ? だから 死ぬときもよく考えないと 

エリコ そうじゃなくて いい加減分かって欲しいんだけど あなたの話を聞いてないの 

メグミ なんで!?

エリコ あのね わたし 死にたいの 分かる? あなたには 私の苦しみなんて分からないでしょ? 
     いいから 死なせてよ! 死ねば 苦しみだって関係なくなるんだからさぁ! いいじゃん 
     私一人が死んだって なにも変わらないでしょ? なにも 困らないでしょう?

メグミ …………あたしが困るわ 

エリコ はぁ? 何言ってるの? なんであんたがこまるのよ 

メグミ だって……………………わたしがそこで死のうとしていたんだから 



      間



エリコ え?

メグミ だから 死のうとしていたの 

エリコ …………誰が?

メグミ 私が 

エリコ どこで?

メグミ そこで 

エリコ なにそれ 意味分からない 

メグミ 意味分からないこと無いでしょ 私はずっと前から あなたが今立っているそこから 
     飛び下りて死んでやろうって決めていたのよ それこそ あなたが死のうなんて思う
     ずっと前からね 

エリコ そんな……だって あなた全然見えないじゃない! その 死にたいようには 

メグミ 自殺する人間がみんな死にたい顔しているだなんて そんなの誤解もいいところよ 

エリコ 真面目な話しなの?

メグミ 当然 てか さっきから話聞いていれば あなたこそ 
     自殺に対して真面目じゃないんじゃない?

エリコ わたしが!? なんでよ!?

メグミ だって なんかいかにも突発っぽいのよねぇ あなたって あれでしょ? 
     彼氏に振られて「死んでやる〜」ってさけんで それで そのままここに来たんでしょ あなた 

エリコ ……そんなこと ないわよ

メグミ 図星でしょ (溜息)なってない 全然なってないのよ その時点で ……いい? 
     自殺って言うのはね いわば人生の最大級のビックイベントなのよ?

エリコ はぁ!?

メグミ 「はぁ?」じゃない 当たり前でしょ? どんな経験したって 二度目があるんだから でも 
     自殺には二度目なんて無いの これがビックイベントじゃなくてなんなのよ 

エリコ は はぁ 

メグミ まったく 本当 なにも考えてないで来たのね あなた 

エリコ てか 人間変わってない?

メグミ あなたの馬鹿さかげんに あきれきったのよ まったく 人がおとなしくしていればペラペラと
     自分が不幸だってまくし立てて……ほら いいからちょっと ここ来なさいここ この 前に座って

エリコ 何で私が

メグミ いいから早く!



      メグミの言葉に なんだか引っ張られるようにエリコはメグミの前に座ってしまう 途端 



メグミ 正座

エリコ はい



      エリコは正座で座る 



メグミ いい? まずね あなたがなっていないのは これ 遺書 

エリコ だって 自殺するからには 

メグミ そう 遺書を書いたところまでは正解 だけどね 


   
      メグミは言いながら 遺書を観客席に向け



メグミ ひらがなで「いしょ」って書くってどういうことよ? 調べなさいよそれくらい

エリコ いいじゃない 自分の遺書なんてどう書いたって 

メグミ あなたはいいの あなたは死んでいるんだから だけどね 
     あなたのお父さんがこの遺書を見て 
     「うちの子は 遺書って漢字で書けないような子だったのかぁああ」
     って 嘆くわよ きっと あなたの弟に至っては「馬鹿な姉ちゃんだったんだなぁ」って
     馬鹿にするわね 

エリコ あ そうか………

メグミ どうやらやっと気づいたようね それと 第二の点 


 
      メグミは言いながら遺書を解いていく 
 


エリコ ちょっと 勝手に遺書を見ないでよ!

メグミ いいから  ちゃんとしたことが書いてあるかチェックしなきゃいけないでしょ 

エリコ いらないわよ! チェックなんて!



      エリコはメグミから遺書を取り上げようとするが 



メグミ あ 誤字発見 

エリコ 嘘!?



      メグミの言葉に メグミと一緒に遺書へと見入ってしまう 



メグミ ほら この「先立つ不幸を」ってとこ 「幸せ」じゃなくて「辛い」になってる 

エリコ ……本当だ 

メグミ はっずかしいわねぇ こんな字も書けないなんて 

エリコ う うるさいわね! 仕方ないでしょ 急いでいたんだから 

メグミ いかにこの自殺が突発的だったかがよく分かるわ〜 (きっぱりと)死んだら後悔するわよ 
     絶対 

エリコ ……別に 死んだら後悔なんて出来ないからいいわよ 

メグミ とか言って 今結構後悔しているんじゃない?

エリコ ……死ぬのにこの場所を選んだことが唯一の間違いだったわ 

メグミ あらあら よかったじゃない? 馬鹿みたいに死ぬ前に 
     こうして色々チェックしてもらえたんだから 

エリコ 余計なお世話よ 

メグミ (聞いちゃいない)だいたいね この遺書自体あまりにも陳腐だと思わない?

エリコ だから 余計なお世話だって 



      メグミはエリコの話を聞かずに いきなり遺書を読み始める 



メグミ (やけに感情的に)『お父さん! お母さん! 私は 生きていくことに 疲れました 
     どうか 先立つ不幸をお許しください 田村エリコ』……あなたエリコさんって言うんだ 
     いい名前ねぇ 

エリコ いきなり 人の遺書音読しないでよ!

メグミ あのねエリコさん 文章って言うのは 一度読んでみないと分からないのよ  

エリコ だからっていきなり読むことないでしょ! 早く返してよ!

メグミ それにしても わざわざ書き出しを一マス開けているあたり 
     なんだか高校生らしくていいけどねぇ 走り書きって感じだし 
     芸術性を何ら感じることが出来ないわね 

エリコ いらないでしょ 芸術性 いいから 返してよ!



      エリコはいい加減メグミから遺書を取り返す 



エリコ 人がどんな遺書書いて死のうが自由じゃない!

メグミ だから そういう考えが間違っているのよ いい? 自殺はね 芸術なのよ!



     間



メグミ どうしたの? 「え!?」とか「本当!?」とか言わないの?

エリコ ……ばかばかしくて 何も言う気になれない 

メグミ どこがばかばかしいの?

エリコ 自殺は芸術なんかじゃない 逃げ道よ この世界からの たった一つの 

メグミ 死が逃げ道? はん!(鼻で笑って)あんたね リストラで首切られたおっさんが
     飛び下りるんじゃないのよ? 若くてそこそこの娘が飛び下りるのに 逃げ道はないでしょ 
     逃げ道は 

エリコ そんなこと言われたって 実際 あたしにはもうこれしかないんだし……

メグミ だからね そこをちょっと考えなさいって言っているの 
     死ぬのが悪いって言っているんじゃないのよ? なにも考えないで飛び下りるのが悪いって
     言っているの あんたね このまま飛び下りて死んだら どうなると思う?

エリコ ………さぁ?

メグミ (ワイドショーふうに)「女子高生 謎の飛び下り自殺 怪奇 ひらがなの遺書」こうよ? 
     んで 遺書も公開されちゃって 全国の人間が「わぁ 誤字が多すぎる〜 頭悪そう〜」
     って思うのよ 

エリコ そんな……死ぬこともできないなんて……不幸すぎる 

メグミ まぁ 準備不足だから仕方ないわよね これがしっかりと準備している
     私の場合はどうなると思う?

エリコ どうなるの?

メグミ (遺書を取り出し またワイドショー風に)「謎の飛び下り自殺!? 
     遺書に残された「ありがとう」」こんな感じよ 

エリコ ありがとう?

メグミ そう 私の遺書の中身ね 

エリコ それだけしか書いてないの?

メグミ そうよ 

エリコ 私と対して変わらないじゃない!!

メグミ 何言ってるのよ! ほんの少ししか書かれていない文字だからこそ 
     誰もが好奇心に誘われるわけでしょう? しかも 「ありがとう」なんて意味深な言葉を残して
     美しい女性が死んだのよ 今のワイドショーだったら間違いなく特番組まれちゃうわね 

エリコ そりゃ、美しい人だったらの話しじゃないの?

メグミ 美しいじゃない! 私 美しいでしょ?

エリコ ……でも、それって 楽しいわけ?

メグミ うらやましがったって 真似しちゃ駄目よ〜

エリコ いや そうじゃなくて 死んでからそんな風に取り上げられたって意味無いじゃん 

メグミ …………

エリコ 死んじゃったら何もかも終わりなんだし 第一 そんなワイドショーに取り上げられても
     自分で見る事なんて出来ないし もし取り上げられなかったりしたら 犬死にじゃないの?

メグミ ……いいのよ♪ 私は 芸術のために死ぬんだし

エリコ でも

メグミ いいの! 私はこれにかけているんだから! いいでしょ あなたには関係ないんだから 

エリコ さっきから 同じ事言っているのに人の自殺止めようとしている人がそういうこと言う?

メグミ 私はいいのよ だって ずっとここで死のうと計画を立てていたんだから 

エリコ ……なんで ここなの?

メグミ 言わない

エリコ いや 教えてよ

メグミ 教えたら あなたますますここで死にたくなるわよ

エリコ そっか じゃあ止めとこう

メグミ って あきらめないで聞きなさいよ〜

エリコ 話したいのかよ!

メグミ 別に〜 聞きたいなら 教えてやってもいいけど

エリコ ……あんた 友達いないでしょ

メグミ なんでそれを!?

エリコ いや なんとなく それで?

メグミ な なにが?

エリコ ここで 死ぬ理由 

メグミ …………ここね この街で一番夕日が綺麗なの 特にこのビルって白いじゃない? だから 
     夕日がすごく映えてさ……もし ここから飛び下りたら まるでビル全体に血をまき散らして
     死んだみたいに 赤く染まるのよ ……すてきでしょ♪

エリコ ……ちょっと 怖い かも

メグミ 死ぬの 止めたくなった?

エリコ (首を振る)

メグミ しょうがない子ねぇ

エリコ だって……

メグミ ?

エリコ 私が ここから離れたら あなた 死ぬんでしょ?

メグミ え?

エリコ そんなの ちょっとやだし 

メグミ 優しいのね

エリコ 別に そう言うわけじゃないわよ 

メグミ (苦笑して)……じゃあ 昔話をして上げる 

エリコ 昔話?

メグミ 昔 ここから飛び下りた人の話 

エリコ え――

メグミ 知らなかった? 自分以外にも ここから飛び下りた人がいるなんて 

エリコ だって……そんなニュース聞いたこと無かったし 

メグミ 準備不足ねぇ〜 だめよ 自分が自殺する場所の曰くぐらい知っておかないと じゃないと 
     死んだときに 「あれはきっと 前に死んだ誰々の呪いだ」
     なんてことになっちゃうかも知れないでしょ?

エリコ そんな曰くがあるの?

メグミ 昔……といっても 10年くらい前の話しだけど 一人の女が飛び下りたのよ ここからね 



      メグミの言葉に合わせるように ふと空間は今とは別の次元へと変わる 
      怪しげな音楽の中 静かにメグミは話している 



メグミ ちょうど 今日くらいの気温の日だった 夕日が壁に流れるように赤を残して 
     ふと 街を見渡してから うなずくように女はこのビルから落ちた ためらいもせずに 
     一直線に ね 

エリコ ここ から?

メグミ うん ……きっと よほど覚悟していたんだと思う 飛び下りた瞬間に感じた風に 
     これで終わる……そんな風にホットしたんじゃないかな 

エリコ ホッと……

メグミ だけど 途中 壁にぶつかっちゃってね 全身を壁で削るようにして落ちていったのよ 
     地面に落ちた瞬間は そんなに音がしなくてね きっと 壁にぶつかった分だけ 
     勢いが無かったのね……すぐには死ねなくて 仰向けに転がった体から 
     どんどん力が抜けていくのを感じて……目の前に 赤い道が見えた 赤い血の道 
     女が今飛び下りてきたビル壁を ずっと上まで登っていってたわ 途中 
     夕日が混じってしまって 一体 どこからどこまでが血の跡なのか分からなくて……
     清掃業者の人たちも その日にうちには仕事が出来なくてね 結局 洗い流すまで 
     ずいぶん時間がかかっちゃったんだって……



      次元がゆっくりと元に戻る 



エリコ ……本当 なの?

メグミ ええ もちろん 

エリコ ……なんで そんなこと あなたが知っているのよ?

メグミ 調べたのよ ほら ここで死ぬ人間としてはやっぱりね 

エリコ その 女の人の痛みまで?

メグミ 想像よ たぶん こうだったんじゃないかなって 

エリコ だって うなずくところまでわかるわけ……

メグミ 想像よ 怖い話しなんかだと 定番でしょう?

エリコ じゃあ 作り 話なの?

メグミ どうかしら?

エリコ ……そういえば その服って……最近の服としてはちょっと……古いかも……

メグミ どう思うのも あなたの自由よ 



      間
      突然携帯が鳴り出す 



エリコ !?

メグミ あ! もしかして 彼氏からかもよ 早く 電話機捜さないと 

エリコ 電話機捜す? (言いながら 携帯を見つける)

メグミ ああ そっか 今は そう言うのだもんねぇ 

エリコ ……もしかして ポケベルだと思ったの?

メグミ まさか! ちょっと 勘違いしちゃっただけよ〜 ほら 早くでないと 切られちゃうよ 

エリコ あ うん 


 
      エリコは電話に出る 
      メグミは 勝手に彼氏の役をやるが 今度はずっと前を向いている 
      つまりは 本当に 電話の向こうの彼氏を演じているわけではない 



メグミ やぁ エリコかい?

エリコ アキラ……

メグミ 今 時間大丈夫?

エリコ ……うん 

メグミ さっきはごめん 酷いこと言っちゃって 

エリコ ……ううん 平気 大丈夫だよ 

メグミ それで 今さらこんな言言える立場じゃないのは分かって居るんだけどさ 

エリコ ………それで なに?

メグミ 俺たちやり直さないか!!

エリコ …………わかった 

メグミ そうか! ありがとう これで また2人はラブラブだね!

エリコ …………そうだね さようなら 小林君 

メグミ ぐっばい エリコ〜



      電話を切った途端 エリコは力をなくしたようにその場に崩れ落ちる



メグミ で どうだったの 彼からの電話だった?

エリコ ……うん 

メグミ やり直したいって!?

エリコ ……完全に 縁切られた 

メグミ げ……

エリコ 誤解されたくないから 下の名前では呼ばないでくれって 

メグミ んじゃ 私の演技のほぼ 逆になっちゃったんだ……

エリコ ……そうだね 



      間
      エリコは 何かを決心したように一つうなずく



エリコ 私 死なないから 

メグミ え?

エリコ なんだか バカバカしくなっちゃった 何が 「誤解されたくないから」よ 
     死んでやるって叫びながら走っていった女よりも 自分の方が可愛いわけ? ばっかみたい!
     てか そんな男に振られたくらいで死のうとした 自分に自分で腹が立つわ 

メグミ (笑って)ほらね 死ななくてよかったでしょう 

エリコ あ うん 

メグミ よかったわね 後悔しないですんで 

エリコ ……あなたは しているの?

メグミ なにを?

エリコ 死んで 後悔しているの?

メグミ あら? 私が 幽霊だとでも言いたいの?

エリコ だって……

メグミ 真っ昼間に現れる幽霊? おもしろいわよね 

エリコ …………だよね そんなもの いるわけないっか 

メグミ そうそう さて 死ぬのを辞めたのなら 帰った帰った 今度は 私の番なんだから 

エリコ やっぱり 死ぬの?

メグミ そうよ だって そのために

エリコ あなたが死んだら 私も死ぬって言ったら?

メグミ ちょっと 辞めてよ そういう冗談 

エリコ 冗談じゃないから しかも 遺書に「大好きなあの人と 同じ場所で死にます」って書いて 
     ここから飛び下りる 

メグミ あなた 私のこと好きだったの?

エリコ そうじゃなくて かっこよく死んだあなたに レズ疑惑かぶせてやる 

メグミ うわっ 最低 なに あんた 私に ここで死ぬなって言ってるの?

エリコ ここで じゃなくて 死ぬなって言ってるの 仮にも あなたには私が死ぬのを止めたっていう
     責任があるんだから そんな気軽に 自分を殺さないでよ 

メグミ ……(苦笑して)勝手な女の子ね 

エリコ 勝手じゃないと生き残れないから 私 不幸な女だし 

メグミ ……分かったわ 出来るだけ善処しましょう 

エリコ 可能な限り 頑張ってよね 

メグミ 了解 



      エリコはふと 帰りかけながら



エリコ ねぇ また ここに来てもいいかな?

メグミ 死にたくなったら?

エリコ ううん そうじゃなくて……あなたに 会いたくなったら 

メグミ 私がここにいるかは 分からないわよ 

エリコ だけど いつでも ここにいるような気がする 



      間


    
メグミ いつでもどうぞ ただし 夜はダメよ 

エリコ なんで?

メグミ 私 お化け苦手なの 

エリコ (笑って)じゃあね また今度 

メグミ シー ユー アゲイン♪



      エリコが舞台から去る 
      メグミは柵に寄りかかるようにして 天を見上げる 



メグミ どうにか 死ぬのを止めたわけだ ……これで ようやく20人か……10年で 20人
     ……100人までまだまだ遠いなぁ …………ねぇ 神様 ちょっとは妥協……
     するわけないですよねぇ あー 自殺なんかしなきゃよかった 
     ……なんて 嘆いていても 今さらか 



      メグミは気を取り直したように なぜか懐からメモ帳を取り出し 



メグミ 20人目はエリコ と ……明日はユウコが来る日だしなぁ あのこったら 
     いつだって死にたいオーラ出しているのよねぇ 案外 もう死んでいたりして 
     アズサは 夕方頃か まったく なんで 死ぬのをやめたって言うのに 
     ここに遊びに来るかなぁ? 急がしいったらありゃしない 
     ……まぁ でも 私が死んでいるうちは 絶対ここで自殺者なんか出させないわよ 
     どんな死にたいヤツでも かかって来たって負けはしないんだから 思い知らせてあげるわ 
     ここでは 死ねないんだってね!



      メグミは決意するようガッツポーズを決める 
      そのまま勢い混んで柵の外へ 空中で踊ってみたりする 
      そこへ エリコが戻ってくる 



エリコ ねぇ そう言えば 名前って聞いてなかったよね?

メグミ あ……



         メグミは我に返って エリコを見る 
         数秒遅れて エリコはメグミが宙に浮いていることに気づく 



エリコ あ? ………って あーー!!!!



      慌てて柵へと駆け寄るエリコ
      メグミも慌てて柵へと戻る
      柵を挟んで向かい合う2人
      途端 柵がメグミの方向へ 折れた



メグミ&エリコ あーーーーーー



      暗転

      照明がついたときには 倒れた柵だけが浮かび上がる 
      そこにエリコもメグミもいない 
      エリコとメグミがどうなったのか分からないまま、音楽が流れ出す 




2004年8月7日加筆修正