今夜は死ぬまでバンガロー
作 楽静


登場人物


スズキ      22才 エリート街道を進む青年。

サカタ  リエ  24才 英語教師。

フクダ  ユイチ 24才 ひきこもり。

オオヤマ サチ 22才 ツアーコンダクター

ナシトウ
     20才 人を探す少女。






    某湖のほとりのキャンプ場。
    バンガローがいくつも並んでいるような、
    それでいて安っぽい作りのキャンプ場である。
    そして、客席から見えるのはそのバンガローのうちの一軒のようだ。
    部屋の中心に、一人分の寝具や荷物やらが置かれている。
    バンガロー12号。それがこの部屋の名前だ。
    舞台の上にはフクダが既に座っている。

    観客席の間を縫うように、スズキとナシトウが連れ立ってやってくる。
    スズキは地図のようなものを持っている。
    キャンプ場で良く渡されそうな手書きの地図である。

    舞台に上がらず、客席の近くで劇は始まる。


スズキ 「えっと、そこが洗い場だから……ああ、これが12号室か。
      じゃあ、あっちだね」

ナシトウ「今来た道、ですね」

スズキ 「そうだね。戻るね。これは」

ナシトウ「すいません。私、方向音痴で」

スズキ 「苦手なの? 吼えるの」

ナシトウ「え?」

スズキ 「だから、咆哮(ほうこう)でしょ? 吼える事。の、音痴。なんてね」


    間


ナシトウ「すいません。私、方向音痴で」

スズキ 「うん。ありがとう。無かったことにしてくれて」

ナシトウ「出だしですから」

スズキ 「そうだね」

ナシトウ「ありがとうございます。あとは、これ(地図)見て、行きますから」

スズキ 「一人旅?」

ナシトウ「の、ようなものです」

スズキ 「そっか。俺もだから」

ナシトウ「そうなんですか?」

スズキ 「の、ようなものです」

ナシトウ「(笑って)じゃあ、これで」

スズキ 「ああ。ちょっとまって。(と、名詞を取りだし)はい。これ」

ナシトウ「え?」

スズキ 「携帯の番号。書いてあるから。暇だったらかけてよ」

ナシトウ「ナンパ、ですか?」

スズキ 「こんな所でって思うでしょう?」

ナシトウ「正直」

スズキ 「そこが、ミソなの」

ナシトウ「はぁ。じゃあ」

スズキ 「またね」

ナシトウ「あ、はい。また」


    ナシトウが舞台を去る。
    客席の間を縫うようにして退場する。
    スズキは見送るように笑みを浮かべているが、


スズキ 「すぐ、暗くなりそうだな……行くか」


    どこか決意するようにスズキが遠くを見る。
    途端に暗転。
    音楽。





    突然、音楽を切り裂くように悲鳴が響き渡る。
    そして、声。
    『どうしたの? 何があったの?』
    『逃げろ! 人が倒れたぞ!』
    『逃げるってどこへよ!』
    『とにかく、どっかに早く隠れろ!』
    『エイリアンだ!』『プレデターが来た!』『ジェイソン〜』
    色々聞こえる。
    そして、舞台に明かりが入る。
    舞台には、スズキ、サカタ、オオヤマ、フクダの4人がいる。
    フクダは舞台隅でうずくまり、スズキはドア近く。
    オオヤマは窓から外を見ているようであり、
    サカタは腕を組んでその近くに居る。


サカタ 「……どうなの?」

オオヤマ「さぁ。ちょっと、わからないですね」

サカタ 「わからないって」

オオヤマ「なにしろ、突然でしたし」

サカタ 「何が起こったの?」

オオヤマ「さぁ」

サカタ 「誰か死んだ?」

オオヤマ「さぁ」

サカタ 「火事?」

オオヤマ「さぁ」

サカタ 「事故?」

オオヤマ「さぁ」

サカタ 「サーフィスのサードシングルは?」

オオヤマ「さぁ」

サカタ 「正解」


    間


オオヤマ「お客様、ちょっと古くありませんか?」

サカタ 「ふざけてなんかいないわよ!」

オオヤマ「え、そんなこと言ってない」

サカタ 「ふざけているのは、どっちよ! さっきから、さぁ、さぁ、って。
     そんなのはね、事件の当事者じゃなくても言えるのよ」

オオヤマ「当事者じゃ無いですよ。私」

サカタ 「あんたのツアーでしょ!?」

オオヤマ「会社のツアーです!」

サカタ 「じゃあ、あんた責任は無いって言うの?」

オオヤマ「ありませんよ!」

スズキ 「ちょっと」

サカタ 「じゃあ、いますぐこっから出ていって、陽気に鼻歌歌いながら
     帰るフリしてフラダンスでもしていなさいよ!」

スズキ 「ちょっと」

オオヤマ「なんで私が、いますぐこっから出ていって、陽気に鼻歌歌いながら
     帰るフリしてフラダンスでもしていなきゃならないんですか!」

スズキ 「ちょっと」

サカタ 「笑えるじゃない。はははって笑えるでしょ。
     英訳したらHAHAHAでしょ!」

スズキ 「いや、英訳の必要無いと思いますよ、それ」

オオヤマ「だったら、お客様がおいでにならっしゃられましたら、
     よろしいんじゃございませんか!?」

サカタ 「なに? 『ならっしゃられ』って。奈良がしゃられってるの? 
     しゃられってるってなに!?」

オオヤマ「『しゃられってる』なんて言ってませんよ」

サカタ 「いいました。」

オオヤマ「言ってません」

サカタ 「言ったでしょ」

オオヤマ「言ってません」

サカタ 「言ったって」

オオヤマ「言ってねえよ」

サカタ 「言っただろ!」

オオヤマ「言ってねえだろ!」

スズキ 「ちょっと待った! いいから、待って。ね? 
     落ちつきましょう、お二人とも」

サカタ 「……なんですか?」

オオヤマ「しゃられってるなんて言ってませんよね? 私」

サカタ 「言ったよ」

オオヤマ「言ってねえって言ってんだろ! (スズキに)言ってませんよね? 
     言ってないんですよ」

スズキ 「いえ、そんなオシャレがどうとかは、この際問題じゃないんですよ」

サカタ 「オシャレなんて言ってません」

オオヤマ「だから、この人(サカタ)が……」

スズキ 「ですから! お二人の事は今は問題じゃないんですよ。
     今、問題なのは、今一体どういうことが起こっているのかって言う事でしょう!」


    間


サカタ 「……それは、そうですね」

オオヤマ「申し訳ありません。取り乱しまして」

スズキ 「いえ。いいんですよ。こういう状況になったらだれだって混乱します。
     よく、分かりますよ」

サカタ 「あの、失礼ですけど、あなたは?」

スズキ 「ああ、すいません。僕は(と、名詞を探している)」

サカタ 「私、サカタリエといいます。中学の、英語の教師をやっています」

スズキ 「初めまして。僕は(と、名詞を探している)」

オオヤマ「私は」

サカタ 「(オオヤマを指し)この子はオオヤマさんといって、
     今回私が参加したツアーのコンダクターの一人。
     ……だった人よ。ついさっきまでは」

オオヤマ「今でもツアコンですよ」

サカタ 「あなた、さっき自分はなにも関係無いからって言ってなかった?」

オオヤマ「事件には関係無いって言ったんですよ」

サカタ 「なんで、関係無いなんて言えるのよ」

オオヤマ「なんでって、関係ないんですよ! 私は」

サカタ 「何が起こったか、あなた分かってるの?」

オオヤマ「そんなの知るわけ無いじゃないですか」

サカタ 「じゃあ、関係あるかどうかなんて分かる分けないじゃない」

スズキ 「(名詞を探すのを諦め)お二人とも、
     何が起こったかご存知じゃないんですか? 
     あ、僕はスズキといいます。
     まぁ、今は最後の自由な時間を持て余している学生です」

サカタ 「そう。学生さんなの。よろしくね」

スズキ 「宜しくお願いします」

オオヤマ「あ、じゃあ、もしかして22ですか?」

スズキ 「? そうですね。今年、23になります」

オオヤマ「タメですよ。じゃあ」

スズキ 「へぇ」

オオヤマ「じゃあ、スズキって呼ぶから」

スズキ 「あ、いきなり呼び捨て決定なんだ」

サカタ 「あなたも、何が起こったか分からないの?」

スズキ 「ええ。いきなり、悲鳴が聞こえて。それから」

オオヤマ「逃げろ〜って」

サカタ 「隠れろ〜とも言ってたわね」

オオヤマ「それで、無我夢中で」

サカタ 「とりあえず、ここが、近かったものだから。ねぇ?」

オオヤマ「(頷いて)入って。様子見ていたら、あなたが」

スズキ 「そうですか。じゃあ、なにもご存知ないんですね」

オオヤマ&サカタ 「はい」

スズキ 「……あなたも、なにもご存知無いんですか?」


     スズキが見た先に、フクダが座っていた。
     フクダは、スズキの言葉にびくりと反応する。
     誰かを探すように、隣を見る。


スズキ 「いや、あなたですよ。あなた」

フクダ 「(隣に)呼んでますよ」

スズキ 「いや、あなたですから。知らないんですか? なにが起こったか」

フクダ 「……なにも。知らないよ」

スズキ 「ここ、あなたのお部屋ですか?」

フクダ 「ああ」

スズキ 「ずっと、いらっしゃったんですか?」

フクダ 「そうだよ」

スズキ 「ずっと、そうして?」

フクダ 「そうだって」

スズキ 「じゃあ、悲鳴が聞こえた時も?」

フクダ 「そうだよ! 何が言いたいんだあんたは」

スズキ 「じゃあ、あなたは、何も知らないんですね?」

フクダ 「……知らないよ」


    間



オオヤマ「え? どうしたんですか? この間。なんですか、
     この、いかに今の言動にはなにかあるぞ〜みたいな、間は」

スズキ 「何も知らないようですよ、彼は」

オオヤマ「そうじゃなくて」

サカタ 「一体、何が起こったの?」

スズキ 「ですから、僕にはまるで(わかりません)」

サカタ 「知っているように見えたけど」

スズキ 「気のせいでしょう」

サカタ 「そう…」

オオヤマ「……無視かよ」

スズキ 「(観客に)かの名優六代目尾上菊五郎によれば、「間は魔に通じる」だそうで、
     ほんの一時の空白、それが縁起にメリハリを着けるらしいですよ。
     怖いですね」

オオヤマ「え?」

スズキ 「ですから。『間』の説明です」

オオヤマ「菊五郎?」

スズキ 「いや、僕も詳しくは知らないんですけどね」

オオヤマ「……もう、いい。なんでもない」

スズキ 「そうですか」

サカタ 「ところで。(フクダに)あなた、お名前は?」

フクダ 「……(名前をぼそぼそ言っている)」

サカタ 「なんですか?」

フクダ 「……ダ」

サカタ 「はい?」

フクダ 「フクダ、です」

サカタ 「フクダ、さん? あなた、一人旅なんですか?」

フクダ 「そうです」

スズキ 「そりゃ、一人旅でしょう。この荷物の量じゃ」

サカタ 「いえ、それにしては荷物が大きかったから」

フクダ 「一人旅です」

サカタ 「わかりました」

オオヤマ「それより、これからどうしますか?」

サカタ 「どうするもなにも、ねぇ?」

スズキ 「いや、僕にふられても」

フクダ 「どうか、したんですか?」

スズキ 「どうかってねぇ、あんた」


    と、オオヤマ以外ストップモーション。
    オオヤマが一人語り出す。


オオヤマ「そもそも、私が勤める日本格安旅行会社『蒼い彗星』では、
     伸び悩む旅行客に頭を抱えていた。安くするには限度がある。それなのに、
     お客は増えない。そんな限界状態の中で生み出されたのが、今回のツアー、
     『いいかげんツアー』だ。
     客は勝手に、歩き回り、ツアコンは待機場所にいて、
     質問にだけ答える。
     とある湖近くのバンガローと安いプランで契約を取ってきたのは
     ミサトだった。このツアーはいけるかもしれない。誰もがそう思った。
     ……参加者が、変な英語教師だけだと言う事を除けばだが」


    ストップモーション解ける。


サカタ 「こんなツアー、参加しなきゃ良かった」

オオヤマ「てか、だいたい、最初っからあたしは乗り気じゃなかったつーの。
     ミサトが『絶対成功するって。
     もう、名古屋が日本の新首都になるくらい間違い無いYO』
     っていうから……」

スズキ 「ミサト?」

オオヤマ「先輩よ。私の」

サカタ 「てかさ、まず、ならないでしょ。絶対」

オオヤマ「何が?」

サカタ 「だから、名古屋が日本の新首都になることがよ!」

オオヤマ「え? 名古屋嫌い?」

サカタ 「そういうことじゃなくて。もっと他にあるでしょう」

オオヤマ「大丈夫」

サカタ 「え?」

オオヤマ「私も、名古屋嫌いだから」

サカタ 「そういうことじゃなくて」

フクダ 「あの」

サカタ 「はい?」

フクダ 「いまいち要領が掴めないのですが」


    3人が顔を見まわし、スズキが代表するようにフクダに向く。


スズキ 「なんか事件が起こったみたいなんですよ。それでとりあえず、
     ここに避難を」

オオヤマ「そして、私には非難を」

サカタ 「面白くない」

フクダ 「事件? 何があったんです?」

サカタ 「それが……」

スズキ 「何が起こったのかは良く分からないんです。なんせ、悲鳴が聞こえて、
     逃げろって声が聞こえただけですから」

フクダ 「ええ、その声は俺にも聞こえましたよ」

スズキ 「ああ、じゃあ」

フクダ 「でも、俺には関係無いですよね?」

スズキ 「え?」

フクダ 「……出ていってもらえませんか?」

スズキ 「え?」

サカタ 「どういうこと?」

フクダ 「ですから。出ていってもらえませんか?」

スズキ 「外は危険なんですよ」

フクダ 「でも、僕は関係無い。そうでしょう?」

オオヤマ「私たちだって、関係ないんですよ」

フクダ 「あんたたちは、もうイベントが始まってるじゃないか!」

オオヤマ「イベント!?」

フクダ 「湖の近くのバンガロー。
     なにかに追われて飛びこんで来た外の人間、ときたら、
     ホラーのパターンだろう!? これ以上ここにいられたら、
     このバンガローの住人の俺は、ノックかなんかが聞こえた時に、
     『おや、誰かな?』
     なんて君らの忠告を無視してドアを開けて、斧で真っ先に殺される展開に
     なってしまうじゃないか!」


    間


フクダ 「なんだよ、その目は。残酷だって思うなら思ってくれ。
     俺は、死にたくないんだ」

スズキ 「いや、どこに突っ込もうかと思って」

オオヤマ「そうよ。開けなきゃいいじゃん、ドア」

スズキ 「え? 突っ込む場所そこなんだ?」

フクダ 「そうしたら、ドアのノックの音が止んで安心した次の瞬間に、
     『ガァ!』って、窓から顔を覗かすんだよ、奴が」

スズキ 「やつって誰だよ」

サカタ 「そんな、怖い事が起こっているの? 外で?」

スズキ 「信じるなよ!」

オオヤマ「(サカタに)知らなかったの?」

スズキ 「威張るな! そんな事があるわけ無いだろう! 何がパターンだ!」

フクダ 「そうやって、信じない奴が真っ先に殺されるのが、
     基本中の基本パターンだよ」


    思わずスズキの周りからサカタとオオヤマが離れる。


スズキ 「なんで離れるんだよ!」

サカタ 「だって」

オオヤマ「ねぇ?」

スズキ 「……別に、信じないなんて言ってません。でも、だったら余計に、
     僕らが外出ていったら、あなた危ないんじゃないですか?」

フクダ 「どうして」

スズキ 「そのパターンの中では、こういう風に、
     やってきた人を見捨てて生き残る人間がいるんですか?」

フクダ 「……」

オオヤマ「死ぬよね。そう言うのって。ね?」

サカタ 「私は、あまり見ないから」

オオヤマ「せいせいしたと思った瞬間に、ねぇ? なんか後ろで音が聞こえて」


    風の音か、がさっという音が聞こえる。
    思わずフクダは振りかえる。


オオヤマ「だれだ! っておもって振り向いても居なくて」


    フクダが安心したように元の向きに戻る。


オオヤマ「一安心って思って、また振りかえった瞬間! ぐわぁあ! って」


    フクダは、思わず頭を抱える。


オオヤマ「食われる」

フクダ 「いてもいいけど!……食べる物、ないよ、ここは。俺だけだから」

スズキ 「ありがとうございます」

オオヤマ「え? 食べ物無いの? なんだぁ」

サカタ 「良くこんな時におなかが空くわね」

オオヤマ「育ち盛りですから。まだ」

サカタ 「おなかが?」

オオヤマ「ケンカ、売ってます?」

スズキ 「はい、ストップ。止めましょう。ね。ケンカは。(フクダの鞄を見て)
     これ、全部服とかなんですか?」

フクダ 「服なんて、そんな持ってないよ」

スズキ 「それにしては大きいですよね」

フクダ 「(照れて)……から」

スズキ 「え?」

フクダ 「(まだ照れて)……だから」

スズキ 「え?」

フクダ 「エミちゃんが入っているから」

スズキ 「え?」

オオヤマ「エミちゃん?」

サカタ 「ひ、人が入っているの? そこに」

フクダ 「……人なんかじゃない! エミちゃんは……キュート・ドールだ」

サカタ 「あ、人形なの」

オオヤマ「人形ぅぅ?」

フクダ 「失礼な! エミちゃんは最高の発砲ウレタンゴムで作られた高級品なんだ。
     そこらの人形と一緒にしないでくれませんかね」

オオヤマ「気持ち悪い」

フクダ 「出てってくれ!」


    フクダはそっぽを向いてしまう。
    思わずスズキとサカタはオオヤマを睨む。


オオヤマ「なに? 私が悪いって言うの?」

スズキ 「今のは、ちょっとないんじゃないかな?」

サカタ 「そうよ。別にどうでもいいじゃない。人の趣味なんて。
     こんな状況なんだし」

フクダ 「どうせ、僕の趣味はどうでもいいですよ」

サカタ 「あ」

スズキ 「あなたも。失礼ですよ」

サカタ 「でも、人形でしょ? だって。ペットならともかく」

スズキ 「この人にとっては、それくらい大事なものだっていうことですよ。
     (フクダに)ね」

フクダ 「ペットと同じにしないでくれます?」

スズキ 「……すいません」

フクダ 「それに、分からないくせに分かったフリされるのって……
     (スズキをまじまじと見て、ふと気づく)……あんた」

スズキ 「え?」

フクダ 「いえ。……それで、どうするんですか? これから」

サカタ 「人形をですか?」

オオヤマ「こんなの、食べられないだろうしねぇ。捨てる?」

フクダ 「捨てるなよ! エミちゃんの事じゃなくて。この状況。……ずっと、
     ここにいるって訳にも行かないでしょう?」

オオヤマ「さっき、居て良いって!」

フクダ 「だから、居て良いですけど。でも、ここには、何もないんですよ?」

オオヤマ「何も?」

フクダ 「トイレも……水だって少ししか」

オオヤマ「ちゃちいわねぇ」

フクダ 「格安のバンガローですからね。一人用ですし」

サカタ 「でも、いつまでもここに居るって訳でもないでしょう?」


    不穏な間


スズキ 「……とりあえず、誰かが助けを呼んでくれていると思いますから、
     その助けが来るまでは、何とかここに待機していましょう」

フクダ 「誰かって? 誰です?」

スズキ 「そりゃあ、ここのほかの客とか」

フクダ 「ご自分で連絡したらどうなんです?」

スズキ 「あ、そっか」

オオヤマ「無駄よ」

スズキ 「え?」

オオヤマ「ここって、携帯、圏外だから。売店の電話しか使えないよ。きっと」

スズキ 「(携帯を見て)本当だ……電波無い」

オオヤマ「外だと、立つ所あるんだけどね。電波」

サカタ 「私のも駄目だわ」


    3人の視線がフクダに注がれるが、


フクダ 「携帯持ってませんから。俺」

スズキ 「(携帯をしまいながら)やっぱり、救助待ちですね。何が起こったのか
     わからないとなっては、動かない方がいい」

オオヤマ「そうね」

サカタ 「フクダ……さん、でしたよね?」

フクダ 「はい?」

サカタ 「おいくつですか?」

フクダ 「それが、今の状況と関係が?」

サカタ 「いえ。すいません」

フクダ 「24ですよ」

サカタ 「え?」

フクダ 「だから、年です。聞きましたよね?」

スズキ 「え? 年上なんですか? 俺より?」

オオヤマ「24才で、人形遊び……」

フクダ 「遊びじゃない! ……シー、イズ、マイフレンドです」

サカタ 「フクダ君」

フクダ 「え?」

サカタ 「フクダ、ユイチ君でしょう?」


    突然、サカタに照明が当たる。
    その間に、スズキが様相を変える。
    派手な音楽と共に、サカタが正面を向く。





サカタ 「あれはイチョウが舞い散る11月。あたりにはこれでもかと言うほどの
     冷気が漂っていた。腐っていく銀杏の匂い。そして一面の枯草模様。
     終わる事なんて永遠に無いと思っていた、
     純粋無垢のハイスクールスチューデント、イン、港北区。
     風は冷たく頬を打ち、やる気は冬の訪れと共に低下していく。
     体育の授業のたびにジャージに着替える面倒さ。
     汗を吸ったままの体操着はどこか
     ほんのり甘酸っぱくて湿っぽい。袖を通した途端感じた背中への寒気に、
     私は運命の無情さを感じていた。無理だ、体育は見学にしようと」


    と、そこに現れたのは、どっからみてもスズキだが、
    体育教師の千本打(センボンダ)先生。


千本打 「サカタ、お前また見学か」

サカタ 「千本打先生……」

千本打 「こう毎回見学だと、理由を考えるのも大変だな」

サカタ 「そんなこと」

千本打 「今日はなんで見学なんだ? 腹痛か? 腰痛か? 頭痛か? 
     腕が痛いか? 脇が臭くなったか?」

サカタ 「今日は私、女の子の日ってやつで」

千本打 「それは先週だろう?」

サカタ 「ぶり返しました」

千本打 「風邪みたいなこと言うな!」

サカタ 「じゃあ、頭痛が」

千本打 「じゃあってなんだ! いいか、サカタ。
     そうやって体育を見学ばっかりしているとな、進級できなくなるぞ」

サカタ 「そんな!? 本当、今日は駄目なんです。私。テスト、頑張りますから」

千本打 「いくらペーパーが出来たってな。体育は結局実技重視なんだから」

サカタ 「次からちゃんと参加しますから」

千本打 「お前、いつもそんなこと言っているじゃないか」

サカタ 「口だけですから」

千本打 「開き直るな!」


    と、フクダが立ちあがる。


フクダ 「先生、それくらいでいいじゃないですか」

千本打 「フクダ? 何が言いたい」

フクダ 「僕も、見学ってことです」

サカタ 「フクダ君!?」

千本打 「意味が分からないぞ。フクダ。『ってことです』で繋がってないだろ。全然」

フクダ 「先生。深読みしてください。(こっそりと)いいですか? 
     本当は僕、仮病なんです」

千本打 「わかってるんだよそんなことは! だったら、見学なんて許さないぞ」

フクダ 「それは無理です」

千本打 「なんだと!?」


     と、フクダはわき腹を見せる。
     なぜかそこにはナイフが刺さっている。


フクダ 「だって、もう怪我しちゃいましたから」

千本打 「フクダ!?」

サカタ 「フクダ君!?」


     フクダが倒れる。


千本打 「なにやってるんだお前!? 
     ちょっと待て、今保健室の先生呼んでくるから」


     千本打が走り去る格好のまま固まる。


サカタ 「フクダ君!?」


     サカタが走りよる。
     サカタは思わずフクダの腹に刺さったナイフを握り締める。


フクダ 「ここまで、やらなきゃ、真の、見学者とは言えないんだよ」

サカタ 「フクダ君。いいから話さないで! なんで、私のためにここまで」

フクダ 「それは都合の良い解釈だなぁ」

サカタ 「今まで私、フクダ君って、地味で目立たないし特に取り柄って所も無いし、
     正直名前覚えてなかったから先生が名前呼んでくれてなかったら、
     名前呼べたかどうか怪しいくらいだけど、でも、憶えたよ。名前」

フクダ 「そうか。それは良かった。ちなみに、君、今俺の体に刺さったナイフ、
     さり気なくまた刺したよね?」

サカタ 「ありがとう。フクダ君に助けてもらったおかげで、私、気づいた。友情の、
     素晴らしさ。決めたよ。私、教師になるね!」

オオヤマ&フクダ&千本打「えぇぇえ!?」


    叫び声をきっかけに、バンガローに時間が戻る。


オオヤマ「ちょっと、何? 関係無くない?」

サカタ 「こうして、友情を味方につけた私は、無事体育の単位も取り、
     大学では教職過程を卒業。見事、念願の英語教師の資格を取り、
     生徒に夢と希望を与える先生にとなったのでした。チャンチャン」

オオヤマ「チャンチャンって……」

スズキ 「それよりも前にさぁ。え? フクダさん? 
     死んだんじゃないの? それって」

サカタ 「馬鹿言わないで。えてして、思い出というものは、大げさになるものよ」

スズキ 「大げさ所じゃなかった気がするけど」

オオヤマ「ねぇ。でも、なんか凄い偶然ね。ここで会うなんて」

サカタ 「ほんと! 卒業してから、全然連絡取れなかったから。こういうのを、
     地獄に仏っていうのね」

オオヤマ「仏かぁ……(と、フクダを見る)」

フクダ 「よかったねぇ。夢、叶えたんだ」

サカタ 「そう。あなたのおかげで」

フクダ 「全然、憶えてないけど」

サカタ 「……え?」

フクダ 「というより、誰ですか?」

サカタ 「……え? そんな、フクダ、ユイチ君でしょう?」

フクダ 「そうだけど」

サカタ 「港北区の、あの、高校の」

フクダ 「そう」

サカタ 「やっぱり! サカタよ。サカタリエ」

フクダ 「悪いけど、全く憶えてない。あんたが居たのかどうかも分からない」

サカタ 「そんな……冗談でしょ?」

フクダ 「俺にはあんたが冗談言っているようにしか、思えないけどね」


    フクダは立ちあがると、舞台を出ようとする。


スズキ 「え? ちょっと、どこ行くんですか」

フクダ 「トイレです。……回想で、無駄に汚れましたから」

スズキ 「危ないですよ」

フクダ 「危なくなんか無いですよ」


    フクダは言い残して部屋を出ていく。





オオヤマ「なにあれ? ムカツクあいつ」

スズキ 「駄目ですよ。『くたばれゲス野郎』なんて言っちゃ」

オオヤマ「言ってないでしょ!」

スズキ 「ゲスがかわいそうですから」

サカタ 「勘違い、だったのかもしれない」

オオヤマ「え?」

サカタ 「全部、私の思い込みだったのかもしれない。フクダ君に助けられたのも。
     教師を目指したのも」

スズキ 「そんなことないですよ」

オオヤマ「まぁ、刺したのは思い込みだろうけど」

スズキ 「あなたねぇ」

オオヤマ「なに?」

スズキ 「慰めるのだったら、ちゃんと慰めましょうよ」

オオヤマ「なんて?」

スズキ 「なんてって……そりゃ……どうにか、あるでしょう? 優しい言葉が」

オオヤマ「無い」

スズキ 「無いんですか」

サカタ 「なんかなぁ。参っちゃうわよねぇ。こんな所に閉じ込められて、
     なんで淡い思い出まで否定されなきゃならないんだか。ついてないわぁ」

スズキ 「それは皆おんなじですよ」

サカタ 「あたしね、本当は教師になんてなりたくなかったの」

スズキ 「はい?」

サカタ 「でもなったのよ。だって、夢じゃない? 教師って。
     ほら、やっぱり誰もが夢見るでしょう? 金八先生。
     あんな先生がもしいたら……」

オオヤマ「授業少なくて楽そう」

サカタ 「そう! それよ。楽そう。そう思ったのになぁ」

スズキ 「楽じゃなかったんですか? 教師」

サカタ 「世の中ねぇ、そんな思い通りに進むと思ったら大間違いなのよ。
     実際ね、教師なんてつっまんないものよ?」

スズキ 「はぁ」

サカタ 「授業なんて真面目に受けている生徒のほうがすくないし。
     あれよね。あいつら、塾で勉強すれば良いと思っているのよ。
     だったら始めから学校来ないで塾に行ってれば良いじゃない!」

スズキ 「いや、ちゃんと授業しましょうよ。ちゃんと授業したら」

サカタ 「あのね、ちゃんと授業なんて出来ないの」

スズキ 「は?」

サカタ 「だって、ちゃんと授業しようと思ったらね、
     そりゃ綿密な予習が必要なのよ。
     あれですか? たった四十五分の授業の為に、私は何時間も机に向かって、
     授業のプランを立てなくちゃいけないんですか? 
     そんなのまっぴらごめんよ」

スズキ 「だって、それが先生ってものでしょう」

サカタ 「そう思われているから困るのよ」

スズキ 「困るって……」

オオヤマ「分かります」

スズキ 「分かるの!?」

サカタ 「あなたなら、分かってくれると思ってた」

オオヤマ「私も、いっつも思いますよ。なんでたった3時間のバス旅行の為に、
     こっちは何日も前から、やれ旅行先の特産物だ、やれ有名観光地だ、
     やれ乗客を飽きさせないジョークだぁ、
     って考えなくちゃならないんです!? 客はどうせ、
     自分たちで話をしているか、寝ているんですよ。バスの中では」

スズキ 「僕は起きてるけどなぁ。バス旅行の時は」

オオヤマ「そういう客が一番迷惑なんです」

スズキ 「なんで!?」

オオヤマ「待っているんでしょう? あたしが失敗しないかどうか。今か今かと」

スズキ 「そんなの待ちませんよ!」

オオヤマ「こないだなんて、東京観光ツアーで、
     『それでは、右手をご覧下さい』って、言ったら」

サカタ「はい(と、自分の右手を見る)」

スズキ 「(サカタの右手を見て)あ、生命線短っ」

オオヤマ「だから、オチを先に言わないで!
     そうやってこっちがせっかく考えたジョークやネタをどんどん言われたら、
     私の苦労はどうなるの?」

スズキ 「いや、たまにはいるよ? 言われても気づかない人」

オオヤマ「それはそれで嫌なのよ!」

スズキ 「我侭だなぁ」

オオヤマ「勤め始めた時はたしかに夢も希望も一杯だったのに、
     何時の間にか夢も希望も無くなって……
     今じゃあ、寒いジョークを考えては、一人面白くも無いのに笑う日々……」

スズキ 「なんか、疲れたギャグ漫画家の台詞みたいですね」

サカタ 「分かるわ! そうやって、身も心も疲れ果て、
     気づいた時には付き合っていた彼氏とも分かれ」

オオヤマ「出会いも無く」

サカタ 「楽しみも無く」

オオヤマ「仕事に追われ」

サカタ 「雑務に追われ」

オオヤマ「ただ過ぎていく」

サカタ 「日々」


    オオヤマとサカタはいつのまにか互いに身を寄せ合っている。


オオヤマ「サカタさん」

サカタ 「オオヤマさん」


    二人は手を取り合い、見詰め合う。


スズキ 「えぇぇぇ……なんか、空気変わってません?」

サカタ 「子供は黙ってなさい」

オオヤマ「ガキには分からないんだよ!」

スズキ 「(オオヤマに)同じ年でしょう!」

オオヤマ「いいから、こんなの気にしないで話聞いてくれる? サカタさん」

サカタ 「なになに?」

スズキ 「こんなのって」


    スズキはショックを受け、二人から離れる。
    二人はスズキを気にせず話を続ける。


オオヤマ「私、今回のツアーこそは、面白いものになると思ったのよ」

サカタ 「それはどうして」

オオヤマ「これよ(親指ぐっ)」

サカタ 「親父?」

オオヤマ「男よ、男。っていっても、私じゃないんだけど」

サカタ 「そりゃあ、あなたは女でしょ。どっから見ても」

オオヤマ「そうじゃなくて! 私のね、友達に、ミサトっているんだけど」

サカタ 「その子が、男!?」

オオヤマ「その子が男、で切るんじゃなくて、その子が、男を呼んだのよ。ここに」

サカタ 「仕事で来てるのに!?」

オオヤマ「仕事で来ているのに」

サカタ 「やるわねぇ」

オオヤマ「でしょう。しかも、その男、ミサトの弟の、友達だったんだって」

サカタ 「弟の友達に手を出したの!?」

オオヤマ「そうなのよ。すごいでしょ。あ、弟って言っても、
     あたしとタメなんだけどね」

サカタ 「え? じゃあ、ミサトさんは」

オオヤマ「ニ個上。先輩だったの」

サカタ 「ああ、なんか、落ちついた感じの人だ」

オオヤマ「そうそう。そうだ、サカタさんは見てるんだ。ミサト」

サカタ 「みたわよ。バスで。(あなたと)一緒に座ってたでしょ」

オオヤマ「可愛かったでしょ」

サカタ 「なかなかね」

オオヤマ「あれで、苦労しているのよ」

サカタ 「そうなの?」

オオヤマ「弟さん、(自殺のポーズ)これだったし」

サカタ 「これって、こんな?(自殺のポーズ)」

オオヤマ「そうそう。しかも、原因はあれよあれ」

サカタ 「よくある?」

オオヤマ「そう。集団で、大人しいからって」

サカタ 「うわ悲惨ねぇ。その、友達は? 助けなかったわけ?」

オオヤマ「さぁ。詳しい事は……でも、それで、
     ミサトには生まれたわけじゃない? ロマンスが」

サカタ 「なるほどねぇ。え? どこまでいってるの?」

オオヤマ「ううん。今回、初めて会うの」

サカタ 「なんだ。それじゃあ、全然なんじゃない」

スズキ 「あのぉ」

オオヤマ「でも、手紙、やり取りしてたのよ」

サカタ 「今時?」

オオヤマ「そう、今時!」

サカタ 「純ねぇ」

オオヤマ「それで、わたしからかってやったのよ」

サカタ 「なんてなんて?」

オオヤマ「じゃあ、私、ミサトやるから、サカタさん、私やって」

スズキ 「え? なにその展開?」

サカタ 「いいわよぉ」

スズキ 「いいんだ……」

サカタ 「ミサト―。どこいくのぉ」

オオヤマ「(急に冷たく)私、そんな言い方しない」

サカタ 「ごめんなさい。『ミサト、どこいくの?』」


     照明変わる
     ややこしいようだが、オオヤマがミサトを演じ、
     サカタがオオヤマを演じている。


オオヤマ「『手紙、出そうと思って』」

サカタ 「殺しの依頼?」

オオヤマ「笑顔で怖いこと言わないでよ! これは、手紙よ。ただの」

サカタ 「いきなりノロケ?」

オオヤマ「いや、のろけてないから」

サカタ 「例の彼?」

オオヤマ「うん」

サカタ 「やるねぇ。ミサト。続いているんだ」

オオヤマ「続いているっていうか」

サカタ 「長いよねぇ。もう、何年?」

オオヤマ「五年と、少し」

サカタ 「まだ一度も会ってないの?」

オオヤマ「うん」

サカタ 「いい加減、会ったら?」

オオヤマ「うん。だから……」


    照明元に戻る。


サカタ 「それで会うんだ! とうとう」

オオヤマ「そう!」

スズキ 「あのぉ」

オオヤマ「純でしょう?」

サカタ 「純ねぇ」


スズキ 「そろそろ、寂しくなってきたんですけど」

サカタ 「うっさい、黙れ」

スズキ 「黙れって……」

オオヤマ「だからね。お坊ちゃんはいいの。坊ちゃんには分からないでしょ。こういうのは」

スズキ 「そりゃ、たしかに僕は坊ちゃんですけど」

サカタ 「え!? そうなの!?」

オオヤマ「やっぱりぃ?」

スズキ 「父親医者ですし。母親も、それなりに稼いでますから。
     でもね、坊ちゃんって言うのも、楽じゃないんですよ?」

サカタ 「坊ちゃんも大変なんだ?」

スズキ 「そうですよ。なまじ金があるから、幼稚園から私立行かせされたり、
     家庭教師ついたり」

オオヤマ「お坊ちゃんだねぇ」

スズキ 「おかげで友達なんて出来ませんから。なんか、成績ばっかり良くなって、
     一流コースに乗っちゃうし」

オオヤマ「始めて聞いたわぁ。嘆いているのか自慢なのか分からない愚痴」

スズキ 「高校だけは公立に行けたんですけどね。でも、それも親に
     『貧乏人の気持ちも味わっていないと駄目だから』
     なんて理由だったんですよ。
     大学は、いわゆる有名大学って奴でした。
     気がついたら、就職も引く手あまたで……
     一番良さそうな銀行にすんなり内定決まっちゃうし。
     エリートコースをひたすらこのまま進んでいくのかと思うと、
     それはそれで良いような気がしてしまうし、
     やっぱり坊ちゃんで良かったとか思いますし。
     良いことないですよ。坊ちゃんなんて」

オオヤマ「いや、良い事ありまくりでしょ。それって」

サカタ 「ねぇ、年上の女の人に興味ある?」

オオヤマ「サカタさん!?」

スズキ 「ないです」

サカタ 「そんな、はっきり言わなくたって」

オオヤマ「サカタさん。あなたって人は……(スズキに)
     じゃあ、同い年の女の子には?」

スズキ 「ないですよ」


    オオヤマとサカタがスズキに迫る。
    と、そこにフクダが戻ってくる。





スズキ 「あ」


    スズキの目線で、サカタとオオヤマもフクダに気づく。
    スズキ、サカタ、オオヤマは見様によっては一種異様な光景になっていた。
    三人は慌てて離れようとするが、何故か絡まる。


スズキ 「いや、これは違うんですよ」

サカタ 「ただ、ねえ?」

オオヤマ「そうそう。あれよ」

スズキ 「うん。あれ」

フクダ 「いや、別に聞いてませんし、興味もありませんから。
     どうぞ続けてください」


    と、言いながら、フクダは自分の荷物を引き寄せる。
    三人はようやく解けると、少し距離を持って座る。


スズキ 「……それで、その、外はどうでした?」

フクダ 「……別に」

スズキ 「なにか気づいたこととか?」

フクダ 「……さぁ」

サカタ 「誰か、いました?」

フクダ 「トイレに行っただけだから」

オオヤマ「何が起こったとか。分からないの?」

フクダ 「分かりませんけど。トイレまでは何もありませんでしたよ」

スズキ 「誰か倒れてたりとかも、なかったんですね?」

フクダ 「……たぶん」


    オオヤマとサカタとスズキが顔を見合わせる。
    オオヤマが少しもじもじしつつ、


オオヤマ「ねぇ、サカタさん」

サカタ 「え?」

オオヤマ「だったら、私達も、ね?」

サカタ 「はい?」

オオヤマ「だから、ね?」

サカタ 「ね?」

オオヤマ「だから、ほら、分かりますよね?」

サカタ 「いえ、出身は神奈川ですけど」

オオヤマ「聞いてないから」

サカタ 「あ、違いました?」

オオヤマ「聞いてないですから。だから」

フクダ 「サカタさん、これですよ、これ」


    フクダの不思議な行動に、サカタが頷いて、


サカタ 「なんだぁ。(オオヤマ)だったら、そう言って下さいよ」

オオヤマ「今のでわかったの!?」

サカタ 「でも、大丈夫かしら? 二人で行っても」

オオヤマ「平気ですよ、二人なら。ねぇ?」

フクダ 「大丈夫ですよ。たぶん」

オオヤマ「たぶんって……」

サカタ 「でも、我慢は体に悪いですしね」

オオヤマ「そうそう。二人なら、ね?」

サカタ 「(スズキに)あんたは?」

スズキ 「え? ……ああ、僕は平気です。どうぞどうぞ」

サカタ 「では。行きましょうか?」

オオヤマ「だね」


    サカタとオオヤマはちょっと辺りをうかがいながらも出ていく。
    そして、少し静かになる室内。





スズキ 「なんか、静かになりましたね」

フクダ 「……」

スズキ 「一体、何が起こっているんでしょうね。今」

フクダ 「……」

スズキ 「いや、本当、世の中どこで何に巻きこまれるか分からないですよね」

フクダ 「……」

スズキ 「そういえば僕、この間近所のラーメン屋に行ったんですよ。
     なかなか美味しい豚骨ラーメンのラーメン屋さんなんですけどね。
     まぁ、どっちかって言うと僕は豚骨ラーメンよりも醤油ラーメンの方が
     好きなんですけど。でも、仕方ないじゃ無いですか。そのときは何となく
     豚骨の気分だったんですから。
     いや、だからって豚骨を馬鹿にしているわけじゃないんですよ。
     馬鹿にしているだ何て思われたら、それは心外でしかないわけで、
     だからね。ちゃんと食べましたよ。豚骨ラーメン。
     ええ。はい。おいしかったですよ」


    間


フクダ 「え?」

スズキ 「あ、やっと喋りましたね」

フクダ 「じゃなくて」

スズキ 「なんですか?」

フクダ 「だから、なんなんですか?」

スズキ 「なにがですか?」

フクダ 「豚骨ラーメンを食べに、ラーメン屋に行ったんですよね?」

スズキ 「そうですよ」

フクダ 「それで、どうしたんです?」

スズキ 「いや、それはもういいんですよ」

フクダ 「もういいって」

スズキ 「食べたんですから。ちゃんと」

フクダ 「そういうことじゃなくてですね」

スズキ 「じゃあ、何が問題なんですか」

フクダ 「……もういいです」

スズキ 「なんで、黙ってたんですか?」

フクダ 「……」

スズキ 「サカタさん言ってましたよ。全部思いこみだったのかもしれないって。
     ……なんで、あんなこと言ったんです?」

フクダ 「思い込みだからですよ」

スズキ 「本当ですか?」

フクダ 「いいんですよ。思いこみの方が。だって、そうでしょう? 
     夢を見たきっかけになった男が、今はこんなんじゃあ」

スズキ 「人形をこよなく愛する、変態」

フクダ 「人形なんかじゃ在りません! エミちゃんです」

スズキ 「人形を、エミちゃんだといってこよなく愛する、変態」

フクダ 「愛しているわけじゃないんです。僕らの関係は、あくまでプラトニックですから」

スズキ 「人形を、エミちゃんだといって、こよなくプラトニックで愛する」

フクダ 「何度も説明しようとしなくて良いですよ! ……そんな人間が、
     夢を見たきっかけなんて思いこみの方がいいんですよ。思いこみの方が」

スズキ 「そんなものですかねぇ」

フクダ 「高校の時、野球部に入ってました」

スズキ 「え?」

フクダ 「たいして目立つポジションだったわけじゃ在りません。
     三年生になってもレギュラーになれなかったし。
     後輩ともそんな関係を持ったことも無い。
     でも、野球をするのは楽しかった。毎年、合宿があったんです。
     ここに来たのは、この場所が、野球部の合宿で来た場所だったからです。
     一番、懐かしい場所なんです」

スズキ 「それがどうかしたんですか?」

フクダ 「そこに、いたような気がするんですよ」

スズキ 「ゴジラ松井が?」

フクダ 「ええ」

スズキ 「……そんなに、つまらないですか。僕のボケ」

フクダ 「すいません。正直、あまり」

スズキ 「それで。誰がいたんですか」


    フクダはじっとスズキを見る。
    スズキはその視線を受けとめる。


スズキ 「なんですか、それ」

フクダ 「思いこみですよ。それも。俺のね」




    と、外から声が聞こえてくる。
    舞台奥からの声。


オオヤマ「なんで今更あそこに戻らないといけないわけ?」

サカタ 「いいから。まずは落ちつきましょう? ね?」

オオヤマ「落ちついているわよ!」

サカタ 「良いから歩きなさい!」


    オオヤマとサカタが舞台に戻ってくる。

    
スズキ 「おかえり」

オオヤマ「ただいま」

サカタ 「(妙に明るく、フクダに)たっだいま〜」

フクダ 「……おかえりなさい」

サカタ 「あー。トイレ臭かった。臭かった。なんでしょうね、あれ? 
     消臭剤つかってるのかしらね? 
     いや、消臭剤って言うより、匂い出しているわけだから、
     出臭剤(だっしゅうざい)? 
     『出す、臭い。剤』で、出臭剤。うん。出臭剤使っているわね、あれ」

スズキ 「脱臭剤は本来、匂いを消すものですよ」

サカタ 「消すの? 出臭(だっしゅう)って言うのに」

スズキ 「え、だって、字が違いますから。こういう字を(と、説明しようとする)」

サカタ 「音だけ聞いたら分からないじゃない。これだから、日本人は」

スズキ 「あなたも日本人でしょ」

サカタ 「そりゃそうよ。だ、か、ら?」

スズキ 「だからって」

フクダ 「どうか、したんですか?」


    サカタは答えられずにうつむく。


オオヤマ「なんか、変なの。家じゃないのに」

スズキ 「え?」

オオヤマ「おかえり、なんて」

スズキ 「ああ、そうだよね。ごめん」

オオヤマ「いいんです。私だって」

フクダ 「(オオヤマを指し、サカタに)どうかしたんですか?」

スズキ 「つい、言っちゃうんだよね」

オオヤマ「本当。それで、私ガイドになったんですよ」

スズキ 「え?」

オオヤマ「修学旅行とかでバスに帰って来るとき、
     バスガイドさんって必ず言ってくれるじゃないですか。
     『おかえりなさい』って」

スズキ 「ああ」

オオヤマ「なんか、うれしくて」

スズキ 「分かる気がする。家じゃないのにね」

オオヤマ「家じゃないのに。でも、家族みたいで」

スズキ 「それで?」

オオヤマ「(頷いて)でも」

サカタ 「見てないんですか?」

スズキ 「でも?」

フクダ 「何をですか?」

オオヤマ「やっぱり、現実と夢とは違うのよね。
     この仕事だって、何度も辞めようと思ったし」

スズキ 「どうしたの? 急に?」

オオヤマ「酔っ払いの客に絡まれたり。ガイドの文を覚えてなくて失敗して、
     怒られて、凹んで。それでも、いつも、やってこれたのは……
     その度、元気つけてもらえたから、なのよ。きっと」

サカタ 「オオヤマさん」

オオヤマ「なんか、友情パワー? なんて二人でふざけて言いあったりして。
     私が逆に勇気付けた事もあったけど。
     でも、ほとんどいつも私が元気つけられてた……
     それがなかったら、私、今ごろ」

フクダ 「なにか、見たんですね?」

サカタ 「私は、なにも」

オオヤマ「だれがやったのよ!」


     間


スズキ 「え?」

オオヤマ「だれがやったのよ!? こんなこと……こんな、こんなことって……」

サカタ 「同僚が気になるからって、オオヤマさんが言ったんです」

スズキ 「じゃあ」

サカタ 「顔が……可愛かったのに、歪んでたわ。凄く。
     ……首に、手の跡がくっきり……」

オオヤマ「許さない。許さないから、私。絶対」


    サカタがオオヤマの肩を抱く。
    オオヤマが泣く。


スズキ 「友達、だったのか」

オオヤマ「(頷く)」

スズキ 「なんてことだ……」

サカタ 「他にも、もしかしたら何人もいるかもしれない。
     ただ、私達、それを探す気力は」

スズキ 「分かります」

サカタ 「私、思うんだけど、もしかして始めの悲鳴は彼女の」

スズキ 「あるいは」

サカタ 「まだ、犯人はどこかに?」

スズキ 「わかりません。とにかく、今はここにいたほうが」

フクダ 「なにか、落ちてませんでしたか?」

サカタ 「え?」

フクダ 「犯人が、もしかしたらなにかを残した可能性、無いでしょうか? 
     こういう場合のパターンだと」

サカタ 「こういう場合って」

フクダ 「外はもう暗いですし、犯行の際、犯人がなにかを落とした可能性は
     十分にあるんじゃないでしょうか?」

サカタ 「それは、そうかもしれないけど」

フクダ 「犯人は必ず現場に戻ってくるとも言います。もしかしたら」

オオヤマ「だったら、お前が行けよ!」

フクダ 「俺は……」

オオヤマ「こういう場合? 犯人は必ず現場に戻る? ゲームじゃないんだよ! 
     人が、一人、死んで……お前みたいなのがやったんじゃないのかよ!」


    オオヤマの目がフクダを睨む。
    間。


スズキ 「僕、行って来ますよ」

サカタ 「でも」

スズキ 「いえ。この人の言う事はもっともだと思います。(オオヤマに)
     ここでじっとしているほうが、
     逆に、君の友達の無念を晴らせないかもしれない」

オオヤマ「……ミサト……どうして……」


    オオヤマが崩れる。
    慌てて、サカタがオオヤマの肩を抱く。


フクダ 「……外、暗いですよ」

スズキ 「心配してくれるんですか?」

フクダ 「しますよ。チームワークを乱す人間は、すぐ死ぬのがパターンですから」

スズキ 「また、パターンですか」

フクダ 「なんとでも、言って下さい」

スズキ 「こういう場合、どういうのが死にパターンなんですかね」

フクダ 「……帰って来るぞ的な、台詞を言うと死にますね」

スズキ 「帰ってきたら、話したい事があるんだ」

フクダ 「死にますね、それ」

スズキ 「実は……いや、これは帰ってきてから言うよ」

フクダ 「死にますね。間違いなく」

スズキ 「必ず帰ってくるから」

フクダ 「帰ってこられませんね。絶対」

サカタ 「帰ってくるんでしょう?」

スズキ 「ああ」

フクダ 「無理ですね」

サカタ 「必ず帰ってきてね。あたしのおなかには、あなたの子が」

スズキ 「帰ってくるよ。そして、二人で名前を付けよう」

フクダ 「決定的な死にパターンです!」

スズキ 「……黙っていきます」

フクダ 「行ってらっしゃい」


    スズキが去る。
    残される、フクダとサカタとオオヤマ。
    オオヤマは、依然泣き崩れたままである。



    短い間。
    ふと、天井の蛍光灯が、一瞬暗くなる。
    何かあったのかと、驚く三人。
    しかし、電気は再び何事もなかったかのようにつく。
    ほっと、三人は胸をなでおろす。


サカタ 「静かに、なりましたね」

フクダ 「そうですね」

サカタ 「オオヤマさんを、責めないでくださいね」

フクダ 「いえ。あれは、俺も悪いですから」

サカタ 「わかっているのなら、いいんです」

フクダ 「はい」


    間
    オオヤマが、顔を上げる。


オオヤマ「なんで、黙ってんの?」

サカタ 「え? あ、ごめんなさい。なんか、いろいろ考えちゃって」

オオヤマ「なんか、急に静かになったから……どうしたのかと、思ったわ。
     我侭言うみたいだけど……静かにしないで。今、静かにされると……辛い」


    フクダとサカタが顔を見合わせる。


サカタ 「じゃあ、お話でもしましょうか」

フクダ 「そうですね」

サカタ 「英語で、フランス人の悪口とか」

フクダ 「いや、何で悪口なんですか」

サカタ 「英語教師ですから。私。それとも、ドイツ人のほうがいいですか?」

フクダ 「いえ。だから、悪口じゃなくても」

サカタ 「じゃあ、誉めろっていうんですか? ドイツ人を? 
     あなたには日本人の誇りってものがないんですか!?」

フクダ 「ありますけど!」

サカタ 「だったら」

フクダ 「でも、その悪口なんて聞くと、いじめみたいじゃないですか」

サカタ 「別にいないんですよ? ドイツ人なんて、ここには」

フクダ 「そんな言い聞かせられなくたってわかってますよ。
     だけど、いじめは嫌なんです。嫌な記憶思い出しちゃうから」

サカタ 「あ……すいません」

フクダ 「いえ、いいんです。べつに、俺がとかって、あれじゃないですから」

サカタ 「トラウマってやつですか?」

フクダ 「まぁ、そうですね……高校のときです。
     部活の合宿で、来たことがあったんですよ。
     ここへ。三年生のときだったなぁ。受験あるし、引退しようか、
     部活、夏の間だけでも続けようかって悩んでの合宿でした」

サカタ 「その合宿で?」

フクダ 「練習終わって、休憩しようと一人みんながいる場所を離れたときです。
     個人行動は禁止されていたけど、
     俺は、あんまり目立つほうじゃなかったから、
     別に誰も気にしませんでした」

サカタ 「その時に?」

フクダ 「はい。……後輩が、いじめられているのを見てしまったんです」

サカタ 「え?」

フクダ 「俺は、止められなかったんです。
     気づかれないよう、息を殺しているしかなかった。
     いじめられているのは一年生でした。いじめている後輩も。
     彼らは、笑っていました。
     楽しそうに。うれしそうに。今も、あの目つきが頭を離れず残っています。
     あの、抵抗もできないものをいたぶることを喜ぶあの目、目だけは……」

サカタ 「あなたは、見ただけなんですか?」

フクダ 「助けることもできなかった」

サカタ 「いじめられたわけじゃない?」

フクダ 「身を隠すことで精一杯でした」

サカタ 「なんですか、それ」

フクダ 「なんですかとは、なんですか」

サカタ 「それ、別にトラウマって言うほどじゃなくありません? 
     あなたが被害あったわけじゃないんですよね?」

フクダ 「そうですよ」

サカタ 「よくあることですよ。いじめの現場を見て、見てみぬふりをしたなんて」

フクダ 「その、いじめられていた子が自殺していたとしてもですか?」

サカタ 「え……」

フクダ 「その年の夏が終わる前でしたよ。それで俺は部活をやめたんです。
     でも、あの目からは逃げられなかった。
     あいつ、カキモトの、笑った目……」

サカタ 「カキモト?」

フクダ 「いじめをやっていたグループのリーダーですよ」

オオヤマ「カキモト……」

フクダ 「あれは、俺を笑っている目だ。そう思ったんです。目を瞑っていても、
     あの目が浮かんできて、俺は眠れなくなった。
     そして、受験を失敗して、結局、5年間も引きこもっていました。
     エミちゃんが助けてくれなかったら今ごろは……」

サカタ 「エミちゃん? え、そこで人形が出てきちゃうの? 
     せっかくいい話だったのに」

フクダ 「ただの人形じゃないんですエミちゃんは!最高の」

オオヤマ「発砲ウレタンゴム」

フクダ 「そう、それで作られた芸術作品なんだ……
     エミちゃんが僕のところにこなかったら、
     僕は瞳という瞳を恐れていたことでしょう、
     エミちゃんが、僕に人の目の美しさを教えてくれたんです」

サカタ 「そんなことより、オオヤマさんフクダさんのたわごとよく覚えていたわね」

フクダ 「そんなことよりってなんだ!」

オオヤマ「ガイドは記憶力が命なんです。一度聞いたことは忘れません。
     たとえどんな気持ち悪い言葉でも」

フクダ 「そうですか」

サカタ 「よかった。オオヤマさん、元気になられたんですね」

オオヤマ「(フクダに)それ、何年前の話?」

フクダ 「え? だから5年くらい……」

オオヤマ「そう……」

サカタ 「フクダ君も、苦労したんだね」

フクダ 「あなた、また俺があなたの知っているフクダってやつだと
     勘違いしてません?」

サカタ 「してる」

フクダ 「あ、勘違いの自覚はあるんだ」

サカタ 「だって、引きこもりだなんて……」

フクダ 「安心していいですよ。あんたの知っているフクダってやつは。
     きっと、まともな人生歩んでいるから」


    と、言ってフクダはサカタに名刺入れを渡す。
    それはぱっと見、名刺入れには見えない。
    まるで、ピルケースか、煙草入れのようだ。


フクダ 「これ、とっておいて」

サカタ 「なんですか? これ」

フクダ 「ちょっとね。必要になるかもしれないから」

サカタ 「はあ」


    と、電球がまた一瞬消えかかる。
    三人は不安そうに上を見上げる。
    思わず身を寄せ合う三人。
    そこへ、スズキが帰ってくる。




スズキ 「ただいま」

フクダ 「おかえりあなた」

スズキ 「今日は、当つかれたよ」

フクダ 「そう。じゃあ、食事にする?」

スズキ 「やめましょうフクダさん」

フクダ 「じゃあ、お風呂」

スズキ 「だから、やめましょうフクダさん」

フクダ 「それともぉ、」

スズキ 「もうやめろって言ってるだろうが!」


    スズキがフクダにつかみかかる。


フクダ 「すいません。ちょっと、和ませたくて」

スズキ 「凍りましたよ。場が。本当、余計なことばかりな人ですね。
     (サカタとオオヤマに)大丈夫でしたか?」

サカタ 「ええ。少しは」

フクダ 「少しって何ですか!? ちゃんと安全だったでしょう? ねえ?」

オオヤマ「まぁ、体はね」

フクダ 「だから、全部安全でしたよ! でしょう!?」

オオヤマ「って言っているからいいや。それで」

スズキ 「なんか、みんな仲良くなっていますね」


    サカタとオオヤマは「まぁね」といった顔。


フクダ 「なにか、ありましたか?」

スズキ 「いえ。……懐中電灯がないとだめですね。やっぱり」

フクダ 「でしょうね」

スズキ 「でも……探った跡はありましたよ。何かを探したような跡が」


    スズキがサカタとオオヤマを見る。


スズキ 「本当に何も拾わなかったんですか?」

オオヤマ「何もって」

サカタ 「何を?」


    間


スズキ 「まぁ。それは僕にもわかりません」

フクダ 「結局、無駄足だったってことですね」

スズキ 「いえ。そういうわけでもありませんよ」

フクダ 「というと?」

スズキ 「どうやら、いろいろなバンガローに何人か人がいるみたいです。
     皆息を潜めていました。どっか入ってみようかと思ったんですけどね。
     やめました。どこかに犯人がいないとも限らないですから」

フクダ 「そうですよね。どこかに」

サカタ 「まだ、この辺に?」

フクダ 「でしょうね。おそらくは」


    あたりを見渡す。サカタ。
    オオヤマもあたりを見渡しているかと思いきや、なぜか荷物をあさっていた。


オオヤマ「あ、飲み物発見」

フクダ 「あ、それは俺の」

オオヤマ「だって、私のど渇いたんだもん。もらうね」

フクダ 「ちゃんと残しておいてくださいよ」

オオヤマ「嫌」

サカタ 「のんきねぇ」

スズキ 「いえ。逆にこういうのはあせってはいけないんだと思います。
     ゆっくり時間をかけて危険が去るのを待つ。
     それが一番なんじゃないですかね」


    言いながらスズキは懐からダーツを取り出す。


サカタ 「なに? それ?」

スズキ 「マイダーツです。このごろ、練習しているんですよ」

サカタ 「へぇ。……あ、プラスチックじゃないんだ」

スズキ 「え?」

サカタ 「さきっちょ」

スズキ 「ああ。どうせやるんならって思いまして。無駄なこだわりですけど」


    と、言っているうちにフクダがオオヤマから
    ペットボトルを取り返したのを見て。


スズキ 「あ、ちょうどいいや。フクダさん、そのペットボトル持っていてくれます?」

フクダ 「え? どうするんですか?」

スズキ 「狙います」

フクダ 「俺にあたったらどうするんですか!?」

スズキ 「大丈夫ですよ。目玉つぶれるくらいですから」

フクダ 「いや、それ洒落になってませんよ」

スズキ 「余興ですよ、余興」

フクダ 「余興で死んだらたまりませんよ!」

スズキ 「いいから動かないで。動いたら、当てますよ」

フクダ 「い、いやですよ……」


    フクダが固まる。
    スズキがダーツを投げる。
    とたん、いい音がして、電気が消える。


スズキ 「あれ? やば。スイッチに当てちゃったかな?」

オオヤマ「ちょっと、冗談じゃないわよ。早くつけて」

スズキ 「はいはい」


    と、いろいろなものを蹴っ飛ばした音がしたり。


スズキ 「あ、ごめんなさい。フクダさん。エミちゃん蹴飛ばしたかも。
     あいた、蹴ることないじゃないですか!」

オオヤマ「なんか、どっかから風入ってきてない? 寒いんだけど」

スズキ 「ドア空いちゃったかな? 危ないから、皆さん動かないでくださいね」

オオヤマ「わかったから早く」

スズキ 「はい」

ナシトウ「そうですよ。これじゃ何も見えないじゃないですか」

スズキ 「ですよね」

ナシトウ「困ります」

スズキ 「すいません。……サカタさん、ずいぶん声が若くなりましたね?」

サカタ 「え? 私何も言ってないけど」

スズキ 「え?」


    と、電気がつく。

10

    電気のスイッチあたりに立つスズキ。
    隅に座るオオヤマ。反対の隅にはサカタ。
    スズキの足元にはダーツ。
    そして、舞台中央で倒れているフクダ。
    ドアの横には、ナシトウの姿がある。


ナシトウ「眩しい」

スズキ 「あれ? あなたは」

オオヤマ「誰よあんた!」

サカタ 「フクダさん!?」

ナシトウ「いえ、ナシトウと言います」

サカタ 「フクダさん……」

ナシトウ「だから、ナシトウですって……え!? なんですか! それ」


    全員の視線がフクダへと注がれる。
    フクダのお腹には、ナイフが刺さっている。


スズキ 「そんな」

オオヤマ「死んでるの?」

サカタ 「分からない」

オオヤマ「死んでいるんでしょ?」

サカタ 「分からないわよ!」

ナシトウ「そんな……ここに来れば安心だと思ったのに」

スズキ 「君は? さっき?」

ナシトウ「はい。道案内してもらった」

スズキ 「向こうの?」

ナシトウ「バンガローから着ました。あなたを、見つけたから」

スズキ 「そんなに、僕を?」

ナシトウ「いえ。女の人の声も聞こえたから、安心だろうって思って」

サカタ 「外を歩いて来たの? この暗い中?」

ナシトウ「バンガローの明かりごしに着ましたから。そんなに暗くは」

オオヤマ「だったら、私、受付まで行って来るわ」

サカタ 「どうして?」

オオヤマ「『どうして』!?人が、また一人死んだのよ。この中で」

サカタ 「フクダさん……せっかく、仲良くなりかけていたのに」

オオヤマ「そういうことじゃなくて! 
     彼が死んだ時、ここには私達しかいなかった。だから」

スズキ 「この中に、犯人がいる……」

サカタ 「まさか」

ナシトウ「うそっ! ここ、悪の本拠地だったんですか?」

オオヤマ「あんただって、そうやって、信じられない顔をしながら、
     心の中では笑っているかもしれない」

ナシトウ「笑ってなんかいませんよ」

オオヤマ「私には分からないのよ! そんな風に言われたって。だから、出ていくの。
     もう、こんなとこいられない」

サカタ 「オオヤマさん待って」

オオヤマ「その犯人がミサトも殺したのかもしれないのよ! 
     それがあんただったら、私(といって去ろうとする)」

スズキ 「そうやって、逃げるんじゃないのか?」

オオヤマ「逃げる?」

サカタ 「スズキさん?」

スズキ 「たしかにこの状況じゃ誰が犯人でもおかしくない。
     だからこそ、見逃しそうだったんだ。君が、犯人だと言う可能性を」

オオヤマ「犯人? 私が? どうしてよ。私はミサトを」

サカタ 「そうですよ。何を言っているんですか? この人は亡くなった方の」

スズキ 「その事件と、今の事件。同じだと考えるのは性急なんじゃないですか?」

サカタ 「どういうこと?」

スズキ 「そもそも、君の友達が何故殺されてしまったのかも、まだ僕達には
     分かっていない。
     でも、君は彼を犯人じゃないかと疑った時がありましたね?」

オオヤマ「それは、気が動転して」

スズキ 「そのまま、彼を殺してしまったとも考えられる」

オオヤマ「そんなこといって、あんたがやったとも、考えられるわけよね?」

スズキ 「僕には彼を殺す動機は無いけどね。
     今は、その疑いを晴らす事は出来ないだろうな。だから今は出ていかない」

オオヤマ「わかったわ……(ナシトウを指し)この子は?」

スズキ 「たぶん、一番関係無いんだろうな」

ナシトウ「はい。関係無いですよ」

サカタ 「じゃあ、その子に受付まで走ってもらったら?」

ナシトウ「えぇ!?」

サカタ 「そうしたら、ここで何が起こっているかすぐ知らせる事が出きるし。
     今の状況だって分かるかも」

スズキ 「なるほど」

オオヤマ「頑張ってね」

ナシトウ「そんなぁ。いやですよ。ほら、私も、関係者だから」

オオヤマ「どんな?」

ナシトウ「どんなって……(フクダに)あ、あなたは探していたお兄ちゃん!」

オオヤマ「はぁ!?」

スズキ 「さすがに、それは無理があると思うな」

サカタ 「気持ちは分かるけど」

ナシトウ「本当、ずっと探していたんですよ、お兄ちゃん。いやぁ。こんなところで、
     見つかるとは思っていませんでした。しかも、こんな姿になって……」

オオヤマ「そうなのぉ。へぇ。なんで、お兄ちゃんを探していたの?」

ナシトウ「引篭もっていたお兄ちゃんが、急に旅に出るって言い出して。
     私、心配になって、それで、追ってきたんです」

オオヤマ「ふーん。それで、ここで会ったの?」

ナシトウ「はい。いやぁ。偶然って、怖いですね」

サカタ 「オオヤマさん」

オオヤマ「そうなのぉ。不思議な事もあるわよねぇ」

ナシトウ「はい。ありますね。不思議な事」

オオヤマ「そんなわけ無いでしょ!」

ナシトウ「すいません!!」

サカタ 「オオヤマさん。そんな苛めなくても」

オオヤマ「外が怖いなら、怖いからいやだって言えば良いのよ」

ナシトウ「怖いから嫌です」

オオヤマ「はっきり言うな!」

スズキ 「まぁまぁ。落ちつきましょうよ」


    ナシトウはオオヤマから逃れる。
    と、その目がバックを見る。


ナシトウ「あれ? エミちゃん」

オオヤマ&サカタ&スズキ「え?」

ナシトウ「(フクダの顔を思わずまじまじと見る)……あ、これお兄ちゃんだ」


    暗転。


11

    数分後である。
    ナシトウはまだ泣いている。
    オオヤマが、ナシトウを慰めている。
    スズキはフクダをはこぼうとするが無理。
    サカタはぼんやりとしている。


スズキ 「これ、無理ですね。ちょっと一人じゃ」

サカタ 「……」

スズキ 「誰か、手伝って……はい。いいですよ。もう」

サカタ 「……」

スズキ 「タバコ、吸っても、いいですかね?」

オオヤマ「室内で? 冗談でしょ?」

スズキ 「いえ、だからちょっとだけ外でても」

オオヤマ「(スズキの方を見ずに)さっき、外へ出るなっていったのはだれだったっけ」

スズキ 「わかりましたよ」


    スズキがそっぽを向く。


ナシトウ「私、連れ子なんです。パパの」

オオヤマ「そうなの」

ナシトウ「お兄ちゃんはお母さん、私のママの連れ子で。それで」

オオヤマ「そう」

サカタ 「(聞いてた)じゃあ、フクダっていうのは」

ナシトウ「たぶん。お兄ちゃんの、前の」

サカタ 「色々、あったんだ」

ナシトウ「私、半分くらい遊びの気分だったんです」

オオヤマ「そう」

ナシトウ「お兄ちゃん探すのも、ゲームみたいな感覚で」

オオヤマ「そう」

ナシトウ「悲鳴とか、聞こえても。別に、私には関係無いだろうなって」

オオヤマ「そう」

ナシトウ「まさか、お兄ちゃん、こんなになってるなんて、知らなかったし」

オオヤマ「そう」

ナシトウ「はい」


    サカタはナシトウの話しで思い出したのか、
    フクダから渡されたものを眺めている。
    暫くすると、それがケースである事に気づく。


ナシトウ「これから、どうするんですか?」

オオヤマ「どうするの?」

スズキ 「救助、待ちでしょうね」

ナシトウ「お兄ちゃんは?」

スズキ 「残念ですけど。暫くは、ここで倒れたままになると思います」

ナシトウ「よかった」

オオヤマ「そりゃ、あなたにとってはね」

ナシトウ「あ、すいません」

オオヤマ「いいわよ。別に」


    サカタはふとケースをあける。
    中には、名詞が入っていた。


サカタ 「カキモト……タケシ?」


    スズキがピクリと反応する。


スズキ 「なにか、見付けたんですか? サカタさん」

サカタ 「え?」

スズキ 「なんですか? それ」

サカタ 「ああ、これですか? フクダさんが」

スズキ 「へぇ。見せてください」

オオヤマ「カキモト?」

ナシトウ「? カキモトさんがどうかしたんですか」


    皆が一斉にナシトウを見る。


オオヤマ「カキモト?」

ナシトウ「え? カキモトさんですよね?」

スズキ 「サカタさん。その名刺入れ、見せて」

サカタ 「え? いいですけど」

オオヤマ「ちょっと待って」

スズキ 「どうしたんですか? オオヤマさん」

オオヤマ「あんた、誰が、カキモトだって?」

ナシトウ「何言ってるんですか?」


    ナシトウの目がスズキに注がれる。


スズキ 「え、ちょっとまって。何で僕?」

ナシトウ「(スズキによりながら)え? だって、これ、くれたじゃないですか」

スズキ 「あ」

ナシトウ「何回か、連絡しようとしたんですけど、ここ、圏外だったんですよね。
     そういえば。すいません」

スズキ 「そうかぁ。残念だったね」

サカタ 「え? どういうこと?」

オオヤマ「サカタさん。さっき、私が話した話、憶えている?」

サカタ 「え?」

オオヤマ「ミサトが今日、仕事なのに男呼んだって」

サカタ 「え? あ、ああうん」

オオヤマ「ずっと、手紙を出していて、それで」

サカタ 「やっと会うんでしょう? 何年かごしで」

オオヤマ「うん」

サカタ 「それが?」

オオヤマ「その男の名前が……カキモト」


    全員の目がスズキに注がれる。
    スズキは、その目線をそらすように、ナシトウが持っている名刺をみて


スズキ 「あれ? これ、僕の番号間違ってるな」

ナシトウ「え?」


    ナシトウがうつむいた瞬間、スズキの拳がナシトウの腹部に入る。
    鋭い音がして、ナシトウは倒れこむ。


ナシトウ「私、出て来たばかりなのに」

    気を失ったナシトウの持つ名刺を、スズキはダルそうに拾う。

12

オオヤマ「あんたが、ミサトを……」

サカタ 「じゃあ、あなたがカキモト? 
     え? じゃあ、(名刺入れを見て)これは……」

スズキ 「散々死体の回りは探したのにな……やっぱり、見付けていたんですか。
     それ」

サカタ 「(証拠品のように握り締める)」

スズキ 「誤解しないで下さいよ。悪いのは僕じゃないんですから」

オオヤマ「何を! ミサトが、あんたに何したって言うのよ」

スズキ 「あの女は、僕の過去を蘇らせようとしていたんですよ。
     すっかり閉まったはずの過去を。
     だから、過去にしがみついているような女は現代から消してやったんです。
     こうやって、    こうやって、こうやって、ね」

サカタ 「じゃあ彼女は必死で……これを……」

スズキ 「ただ、それだけなんですよ。今ごろは、弟さんと、
     楽しく遊んでいるんじゃないですか?」

オオヤマ「そんな、ミサトはきっとそんなつもりじゃ」

スズキ 「そんなつもりじゃない女がどうして、
     弟が苛められていた場所に僕を呼び出すんだよ! 
     あの女はね。いきなり言ったよ。『この場所を憶えている?』って。
     だから、消してやったんだ」

サカタ 「じゃあ、彼(フクダ)の言っていたカキモトって」

スズキ 「なんだ。やっぱり、喋っていたのか。こいつ。……こっちは、
     全然憶えてなかったのにな。こんなヤツ」

オオヤマ「フクダさんを、殺したのも、あんた」

スズキ 「下手なこと話されたくなかったから。誤魔化せるとは思ったけど、
     こっちの方が簡単だし。だから、ね」


    暗転。
    回想シーンである。
    全員が配置につくまでは暗闇の中、物語が進む。


オオヤマ「あ、飲み物発見」

フクダ 「あ、それは俺の」

オオヤマ「だって、私のど渇いたんだもん。もらうね」

フクダ 「ちゃんと残しておいてくださいよ」

オオヤマ「嫌」

サカタ 「のんきねぇ」

スズキ 「いえ。逆にこういうのはあせってはいけないんだと思います。
     ゆっくり時間をかけて危険が去るのを待つ。
     それが一番なんじゃないですかね」


    ここらへんで、照明がつく。
    言いながらスズキは懐からダーツを取り出す。
    床に転がっていたダーツは回収せず、ここは、ある振りですます。

サカタ 「なに? それ?」
スズキ 「マイダーツです。このごろ、練習しているんですよ」
サカタ 「へぇ。……あ、プラスチックじゃないんだ」
スズキ 「え?」
サカタ 「さきっちょ」
スズキ 「ああ。どうせやるんならって思いまして。無駄なこだわりですけど」


    と、言っているうちにフクダがオオヤマから

    ペットボトルを取り返したのを見て。


スズキ 「あ、ちょうどいいや。フクダさん、そのペットボトル持っていてくれます?」

フクダ 「え? どうするんですか?」

スズキ 「狙います」

フクダ 「俺にあたったらどうするんですか!?」

スズキ 「大丈夫ですよ。目玉つぶれるくらいですから」

フクダ 「いや、それ洒落になってませんよ」

スズキ 「余興ですよ、余興」

フクダ 「余興で死んだらたまりませんよ!」

スズキ 「いいから動かないで。動いたら、当てますよ」

フクダ 「い、いやですよ……」


    フクダが固まる。
    スズキがダーツを投げる。
    とたん、いい音がして、電気が消える。
    しかし、今回は青い照明で、動きが見えるようになっている。


スズキ 「あれ? やば。スイッチに当てちゃったかな?」


    言いながら、スズキはナイフを取り出す。


オオヤマ「ちょっと、冗談じゃないわよ。早くつけて」

スズキ 「はいはい」


    と、スズキが、フクダの口を抑えながら、ナイフで刺す。
    フクダがもがき、いろいろなものを蹴っ飛ばした音がする。

    丁度そこへ、ナシトウが入ってくる。
    暗い中、きょろきょろと辺りをうかがう。


スズキ 「あ、ごめんなさい。フクダさん。エミちゃん蹴飛ばしたかも。あいた、
     蹴ることないじゃないですか!」

オオヤマ「なんか、どっかから風入ってきてない? 寒いんだけど」

スズキ 「ドア空いちゃったかな? 危ないから、皆さん動かないでくださいね」


    ぐったりしたフクダをそのままにし、スズキは動き始める。


オオヤマ「わかったから早く」

スズキ 「はい」

ナシトウ「そうですよ。これじゃ何も見えないじゃないですか」

スズキ 「ですよね」

ナシトウ「困ります」

スズキ 「すいません。……サカタさん、ずいぶん声が若くなりましたね?」

サカタ 「え? 私何も言ってないけど?」

スズキ 「え?」


    と、電気がつく。かわりに、今回は暗転。
    全員、配置に戻る。


13

スズキ 「(暗いうちから既に話している)
     本当、面倒な事させられて嫌になるくらいでしたよ。
     なんで、皆過去なんて思い出すんですかね。僕には、未来がある。
     それなのに、足を引っ張られちゃあ誰だって怒っちゃいますよ。
     そうでしょう? なぁ、そうだろう!?」

サカタ 「そんなことで、彼を……」

スズキ 「簡単だったよ。本当に。あんたちも、簡単だと、良いんだけど」


    スズキがナイフを取り出す。そして、サカタを見る。
    サカタは数歩離れる。
    スズキが、一歩近付く。
    その足を、フクダが掴む。
    この喧騒のうちに、オオヤマはゆっくりとドアに向かい、
    ダーツを拾っておく。


スズキ 「お前!?」

フクダ 「逃げろ! 早く!」

サカタ 「え!?」

フクダ 「え? じゃない! 早く!」

サカタ 「今ので、腰が、抜けちゃって」

フクダ 「刺されているより、マシだろう!」

スズキ 「生きてたのか!」

フクダ 「ここまで、やらなきゃ、真の、見学者とは言えないもんでね。
     ナイフで刺されるのなんて、慣れてんだよ」

サカタ 「じゃあ、やっぱり、あなた!?」

フクダ 「ごめん。俺に、勇気が無かったから。認める事が出来なかった」

サカタ 「大丈夫。勇気あるよ。フクダ君。なんの役にも立たなかったけど」

フクダ 「だと思った」


    フクダが倒れる。
    本当に死ぬ。


サカタ 「フクダ君!」


    サカタはおもむろにフクダのナイフを掴むと、一気に引きぬく。


サカタ 「フクダ君。ありがとう。あなたの死は、無駄にしない」


    と、スズキを刺そうとするが、その手首を抑えられる。
    そして、腹部を刺される。
    サカタはナイフを落とし、自分のお腹を刺したナイフを抑える。


スズキ 「さようなら。サカタさん」

サカタ 「ごめん。無駄にした」


    サカタは倒れる。

14


スズキ 「終わりだな。茶番も」

オオヤマ「逃げられないわよ」

スズキ 「被害者の振りでもするさ。これでも、演技は得意なんだ」

オオヤマ「そうね」

スズキ 「誰も、気づかなかったよ。アイツが自殺したって。
     僕のせいだなんて誰も思わなかった。
     僕は優等生でお坊ちゃん。野球はがり勉にならないよう、
     親にやらされているだけ。
     程よく友達もいたし、教師受けもいい。なんの問題も無かったんだ。
     あんたの友達が手紙をくれるまでは」

オオヤマ「彼女は、知りたかっただけなのね。真相を」

スズキ 「残念だけど恋愛なんてものは無かったよ。何度無視しても、
     しつこく手紙を寄越しただけさ。ずっと。だから、会う事にしたんだ。
     すべておわらすために」

オオヤマ「そして、終わらせたの。彼女の未来を」

スズキ 「僕が何をした!? 僕はただ生きていただけだ。弱いから死ぬんだろう? 
     いじめられるのも、弱いからだ。殺されるのも。僕は強いから生き残った。
     僕はこれから成功していくんだ。僕は強いから、正しい。
     そうだろう間違っているか? 僕は。間違っているのか?」
オオヤマ「そうね。別にあんたは正しいと思う」

スズキ 「思うじゃない。正しいんだ」

オオヤマ「でも、あんたも、ここで終るわ」

スズキ 「逃げ切るよ。悪いけど。君が、ここで終わりだ」


    スズキが、ゆっくりとオオヤマに近付く。


オオヤマ「フクダさんが好きなパターンってヤツ、
     私も、一つくらいは知っているのよ」

スズキ 「へぇ。なにを」

オオヤマ「最後に真相を話しすぎる犯人は、必ず負けるのよ。
     相手が家政婦のおばちゃんでもね」

スズキ 「黙れ!」


    スズキが、オオヤマに掴みかかる。
    苦しげに歪むオオヤマの顔に、決意が浮かぶ。
    スズキがオオヤマの首を占める。
    と、その表情が変わる。


スズキ 「なんだよ、これ?」


    スズキがゆっくりと顔を上げる。
    大山の腕が何度となく、動く。
    ほぼ無抵抗に、スズキが刺される。
    オオヤマの手には、ダーツが握られている。


オオヤマ「別に、あんたが間違った事をしたとは思わない。私はただ、許せないだけ。
     私の友達を殺したあんたが、許せないのよ」

スズキ 「なんだよ……痛いじゃんかよ」


    スズキが倒れる。
    その腹部にダーツが刺さっている。


オオヤマ「ねぇ? 私、間違っている?」

スズキ 「間違ってないさ。君は、僕より強い。それだけだ」

オオヤマ「強くなんて無い。運がよかったのよ」

スズキ 「運か……ついてないなぁ。俺」

オオヤマ「そうね」

スズキ 「でも、馬鹿だなぁあんた。俺を殺したら、
     あんたの人生もここでパーじゃんか」

オオヤマ「そう?」

スズキ 「……やっぱり、俺、死ななきゃ駄目?」

オオヤマ「(にっこり笑って)駄目」


     オオヤマがスズキの上にまたがる。
     そして、憎しみを込めるように、首をしめた。
     スズキが苦しげに顔を歪め、そして倒れる。
     オオヤマは放心する。
     暗転


15


     外からパトカーの音がゆっくりと聞こえ出す。
     ナシトウがゆっくりと起き上がる。
     苦しげに、腹を押さえ、咳き込みながら。それでも生きている。


オオヤマ「大丈夫?」

ナシトウ「なんとか。……カキモトさんは?」

オオヤマ「寝たわ」

ナシトウ「なんか。何が起こったのか、私、全然」

オオヤマ「いいのよ。それで。あなたは、何も知らないの。それでいいの」


     パトカーの音が大きくなる。


ナシトウ「警察、ですね。来たんですね。やっと」

オオヤマ「そうね」

ナシトウ「一体、何が起こったんでしょうか?」

オオヤマ「さぁ。……ただ、友達が死んだの。そして、閉じ込められていたのよ。
     皆、へんな記憶の中に」

ナシトウ「記憶の?……(ここでやっとオオヤマを振りかえり)
     え、(スズキの死体を見て)
     それ……」

オオヤマ「やっと終わるの。全部ね。」


     言いながらオオヤマは隠していたナイフを取り出し、ナシトウを見る。
     オオヤマは笑みを浮かべる。
     ナシトウは息を呑む。

     暗転。
     パトカーの音が突然切れる。
     エンディング曲が流れてくる。