今宵歌ってくれよ僕らのために
作 楽静
登場人物
キョウ(ウタノ キョウ) | 女 歌手志望。夜の公園で一つだけの曲を歌う。人見知り。 |
不良 (ムラベ ジュテミ) | 女 「我流美威(ガルビイ)」特攻隊長。キョウの友人。 |
作家 (クラアラ モエ) | 女 人気低迷中の小説作家。人物描写に定評アリ。 |
担当 (ハイジマ サキ) | 女 作家の担当編集。 |
サトル(ムラベ サトル) | 男 不良の弟。高校一年生。 |
小高 (オダカ ヨシミチ) | 男 サトルの高校の先生。暴力を振るったことで自主退職 |
学生 (セリザワ タカシ) | 男 大学生くらい? の男の子。相羽の彼氏。 |
彼女 (アイワ マナミ) | 女 大学生くらい? の女の子。芹沢の彼女。が、別れたい。 |
ミミ(ミイミ ミミ) | 女 運の無い女。ちょっと死にに来た。みーちゃん。 |
ナツコ(ナツカワ ナツコ) | 女 のんびり適当に生きている女。なっちゃん |
語り部 | 女 就職活動中の大学生。 |
※ 作品中に出てくる歌に関しては、ノリを大切に自由に作曲してください。ばかばかしければ、歌詞を変えてもらっても構いません。
秋頃の、ほぼ夜だけの物語。やや広めの公園の一部。
ベンチと切り株。ベンチを照らすように電灯。ベンチの下には芝が広がっている。
公園から歩いて五分圏内に、24時間レストランが二軒ある。
その日、公園の両隣に位置している24時間レストランが何らかの事情で店を閉めていた。
1 語りだす就活生。
語り部の姿が浮かび上がる。リクルートスーツ姿。
語り部 ちょうど今日のような夜でした。私が、その本に出会ったのは。……就職活動を始めたのは春でした。でも、全く内定がもらえないまま秋になって。
私は自分の小ささをこれでもかと感じていました。入りたかった会社には断られ、ここでもいいやと受けた会社にも返事がもらえないままで。
それはまるで、私のこれまでもこれからも、否定されているようで。このまま生きていていいのかな、なんて考えてしまいました。
そんな時、この本に出会ったんです。それは、とある公園に集まった、どうしようもない人たちの話でした。
あとがきを読むと、その公園は実在の場所だと書かれていました。市営地下鉄の駅名にもなっていて、元々米軍のキャンプがあった所だそうです。
私は、その公園を知っていました。子供の頃、遊んだこともありました。気がつくと、私はこの公園へと足を運んでいました。
何か見つかる気がしたんだと思います。こんな、どうしようもない私にも、見つけられるものが、何か。
語り部はベンチに座ると本を読み始める。
2 PM8:00 作家と歌い手
舞台が明るくなると、切り株にキョウが座っている。キョウの格好は、帽子。そして頬に絆創膏。青年っぽく見える。手にはギター。
ベンチには作家が座っている。何か悩んでいる風。手には紙とペンを持っている。キョウは作家を意識している。が、徐々にギターに集中。
キョウ (ギターと共に)m~あ~(咳払い)あ~。よし。
作家 ……
キョウ (ちょっと格好つけて)では、聞いてください。歌野響(うたのキョウ)で『ミカン星人から見た僕ら』
作家 あぁ!
キョウ (ビクっとする)
作家 あ、ダメだ。あ~。ここまで出てたのに! なぜ消えるんだ!? (客席に)お前のせいか!? お前のせいか!? って、あたしのせいだ~!
キョウ すいません!
作家 え?
キョウ あ、いや、だから、(歌っていてすいません)
作家 あ、いやいや、私こそすいません。急に大声出しちゃって。
キョウ いやいやいや、そんなこと。あの、もし邪魔でしたら私、
作家 いやいやいやいや。私の方がなんか邪魔しているみたいで。
キョウ いやいやいやいやいや。全然ですよ。全然。
作家 いやいやいやいやいやいや。
キョウ いやいやいやいやいやいやいや。
作家 いやいやいやいやいやいやいやいや――
キョウ 止めませんか?
作家 そうですね。えっと、工事中だったんです。
キョウ え?
作家 ファミレス。いつもはそこで。ドリンクバー頼んで朝まで(と、書いている動作)
キョウ 作家の方なんですか?
作家 まぁ一応。ほら、向こうにもあるじゃないですか。そっちも。
キョウ 本当ですか。
作家 だから、この公園で、って思いまして。それで。
キョウ だったら、私なんかが歌っていちゃ、集中できないんじゃ……
作家 でも、いつも歌われているんですよね? ここで。
キョウ まぁ。一応。
作家 だったら、ほら、いつも通りに。ね。歌ってください。むしろ聞かせてください。
キョウ そ、そうですか? じゃあ、一曲。では、聞いてください。歌野――
3 歌い手とミミ
ミミが現れる。ミミはトート的なものを持っている。
ミミ なっちゃん!?
キョウ え?
ミミ なっちゃんよね!?
キョウ はい?、
ミミ あ、ほら! 私、『みーちゃん』
キョウ はあ。
ミミ よくここら辺で遊んでたでしょ!? 結構昔の話だけど。あたし、ほら、引っ越しちゃったから。あ、でも、十年くらい? 懐かしいな。
ここら辺も結構変わったわよね。向こうにファミレス出来てたし。でも向こうにもあったわよね? そんな近くにあってお互い儲かるのかしらね?
キョウ はあ。
ミミ ごめんなさい。私ばかり話しちゃって。久しぶりで嬉しくって。でも、ずいぶん変わったわね。帽子見なかったら分からなかった。
まだかぶってるんだ。帽子。もしかして、ずっと?
キョウ あの、すいません。
ミミ いいのいいの。ね? 昔みたいに気楽に。って言ってもね?『なっちゃん』『みーちゃん』なんてこの年になるとちょっと恥ずかしいわよね?
『みーちゃん』なんて猫みたいだし。あ、でも、そういえば私、あなたの名前知らなかったんだ。
キョウ えっと、あの、だから、
ミミ まって。当ててみるから。えーっと、なっちゃんでしょ? なつきさんとか。
キョウ 違うんです。
ミミ じゃあ、ナツコさん!?
キョウ そうじゃなくて、
作家 あの、
ミミ え? な、なんですか? 急に。
作家 人違い、じゃないですか?
ミミ え?
作家 誰かと間違えているんじゃないかなと。
ミミ 人違い?
作家 ええ。
ミミ (キョウに)なっちゃんじゃない?
キョウ はい。実は。
ミミ あれ? でも、え? ってことは……へぇ。そうなんだ。またやっちゃったんだ私。
ミミは突然その場に崩れ落ちる。トートから縄(ロープ)のようなものが見えている。
キョウ 大丈夫ですか?
ミミ ごめんなさい。私なんかの相手をしてもらっちゃって。
キョウ いえ、別に、そんな。
ミミ どこまでも人に迷惑かけるようにしか生きられない女なんです私。思い込むと突っ走っちゃうからすぐに勘違いして。でもちゃんと反省はするんです。
失敗したら、もうその失敗はしないようにしようって。言い聞かせて。でもその反省がなんかウザイって。ていうか、私自体ウザイって。
ごめんなさいウザイキャラで。でも、私ってそんなにウザイですか?
ミミの視線をキョウは避ける。ミミが作家を見る。作家も視線を避ける。
ミミ やっぱりそうなんだ。やっぱりそうなんだ!
ミミは「やっぱりそうなんだ」と言いながら走り去る。
キョウ (ミミの後ろ姿に)あ、ちょっと! あの、そんなこと、全然、思ってないですよ~!
作家 ……思いましたよね。
キョウ まぁ、少しは。大丈夫かなぁ。なんか雰囲気おかしくなかったですか?
作家 それより、荷物が気になりました。
キョウ 荷物?
作家 ……縄のようなものが。
キョウ 縄?
作家 割と丁度いい太さの。
キョウ 丁度いいって。
作家 (と、首をつるまねをして)こんな感じに。
キョウ (と、動作を真似して)……いや、まさかぁ。
作家 ですよね!
キョウ なにか、それっぽいものと間違えたんですよ。
作家 だと思います! ……それっぽいものって、例えばどんなのでしょう。
キョウ え? えっと、縄のような。こんな……ヘビ。
作家 ああ、ヘビ!
キョウ そう。ヘビ! ヘビだったかもしれないですよ。
作家 ですよね。
キョウ ペットか何かの散歩だったんですよ。
作家 だと思います。……なんか先っぽが丸く結ばれていたような。
キョウ えぇ!?……いや、まさかぁ。
作家 ですよね。
キョウ ですよ。
作家とキョウはミミが去った方向を見る。
キョウ えっと、じゃあ一曲引こうかな。
作家 私も、自分のほうに集中しなくちゃ。締め切り近いし。
キョウ あ、じゃあ、やっぱり私、(と、立ち上がろうとする)
作家 いえ、ここに! 是非いてください。
キョウ でも、
作家 (と、ミミが去った方向を見ながら)何かあったときに、一人はちょっと。
キョウ (と、同じく見ながら)ですよね。
作家 ですよ。
4 歌い手とナツコ。
と、ナツコが現れる。ナツコはバスケットを持っている。優雅な夜の散歩といった感じ。
ナツコ みーちゃん?
キョウ&作家 え?
ナツコ あ、ごめんなさい。ちょっと知り合いに似ていたものだから。
キョウ え……え?
ナツコ あ、私、『なっちゃん』って呼ばれてたんです。って言っても、10年位前だけど。
キョウ え、ええ!?
ナツコ 変ですよね。急に。でもなんか、その絆創膏見たら懐かしくなっちゃって。
キョウ&作家 絆創膏?
ナツコ みーちゃんって子が。昔ここでよく遊んだ友達が。つけていたの。元気な子だったから。いつも怪我してて。
あ、ごめんなさい。初対面なのに。変なことばっかり。ナツカワ・ナツコです。
キョウ ウタノ・キョウです。
ナツコ やっぱり。みーちゃんじゃないか。ごめんなさい。へんなこと聞いちゃって。(と、去りかける)
キョウ いや、そんな事は……
ナツコ (立ち止まり)なんだか、ふと懐かしい人に会えそうな気がして。ほら、いい月。
キョウ ……あ、本当だ。
ナツコ ね? いいですよね。こんな日は。
キョウ そうですね。
作家 (ナツコに)あの、
ナツコ はい?
作家 あの、急にこういうこと聞くのは、大変失礼だとは思うんですが。
ナツコ なんでしょうか?
作家 その、あなたは10年位前、その「なっちゃん」と呼ばれていた時、帽子被ってました?
ナツコ ……なんでそれを? もしかして、あなたがみーちゃん?
作家 いえ、私は違うんですけど、(キョウに)ねぇ?
キョウ いや、でもまさか。
作家 だけど、だって、
キョウ でも、こんな、
ナツコ あの?
作家 何があるか分からないのが世の中だから。
キョウ 今なら追いつけますかね。
作家 たぶん。
ナツコ あの、お忙しいみたいなので、わたしは
キョウ・作家 待ってください!
ナツコ はい。
キョウ 行って来ます。
作家 お願いします。
キョウ えっと、ああ、じゃあこれ(と、ギターをナツコに渡す)お願いします。
ナツコ え? お願いって。どうすれば。
キョウ ちょっと待っててください。連れてきますから。
作家 頑張ってください。
キョウ はい!
キョウが走って去る。
5 レディース
ナツコ あの……
作家 なんだかドラマみたいですよね。
ナツコ あの、連れてくるって?
作家 決まってるじゃないですか……いや、まだ想像の段階なので、秘密です。
ナツコ そうですか。
作家 楽しみにしていてください。
ナツコ はい。
そこへ不良がやってくる。どっからどう見ても、古典的なレディース。
不良 おかしいな。ここらへんにいるはずなんだけど……
ナツコ (と、ギターに触れ)これ、どうすればいいんでしょうか。
作家 すいません。楽器はちょっと(不得手なので。)
不良 おい。あんた、何やってんだ。
ナツコ はい?
作家 え?
不良 何やってんだよ。
ナツコ えっと、ギターを弾いて、
不良 そういうことを聞いてるんじゃない。
ナツコ ……アイ プレイ ザ ギター?
不良 なぜ英語?
ナツコ アイ ドント ノウ。
不良 いいから渡しな。今なら許してやるからよ。
ナツコ えっと……じゃあ(と、バスケットを差し出す)
不良 何の真似?
ナツコ その、私の分も残しておいてくださいね?
不良 なんで、あんたの食い物を取らなきゃいけないんだよ!?
ナツコ おなかが空いてるんですか?
不良 疑問形で返すな! じゃなくてだな。(と、作家に気づき)おい、あんた。
作家 え? (と、後ろを見る)
不良 あんただよあんた。あんた、いつからここにいんだよ。
作家 えっと、ずいぶん前から、ですけど?
不良 じゃあ知ってるだろ。これ(と、ギターをさす)の持ち主がコイツじゃないって。
作家 ええ、まぁ。あ、でも、
不良 (聞かずに)ほら、こっちは分かってんだよ。最初から。
ナツコ でもこれ、あなたのじゃないですよね?
不良 いいんだよ。ダチのだから。
ナツコ ダチノ?
不良 ダチだよ、「ダチ」。「ダチ」って言い方でわからねえのかよ。
ナツコ ダチュラ?
不良 はぁ!?
ナツコ 学名ダチュラはチョウセンアサガオ属を指します。ナス科に属する一年草または多年草で、有毒植物です。
ただし、園芸上「ダチュラ」と呼ぶときは、近種のナス科キダチチョウセンアサガオ属を指す場合があるため注意が必要です。
不良 だから、なんなんだよ!
ナツコ ごめんなさい。言ってみただけで意味は無いです。
不良 (作家に)殴っていい? こいつ、殴っていい?
作家 いえ、あの、その人に悪気はないというか。
ナツコ はい!(と、手を上げる)
不良 なんだよ!
ナツコ これは、ダチさんから渡されたものじゃないですよ?
不良 「ダチ」ってのは人の名前じゃねえよ。
ナツコ え、じゃあ、……リス?
不良 へぇ。あんたの知っているリスはギターを弾くわけか? 楽器屋でピック選んだり、弦を張り替えたりするのか、リスが。
ナツコ リスってそんな事が出来るんですか?
不良 じゃあなんでリスなんて言葉が出てきたのか10秒以内に言ってみろ。
ナツコ 野生の、勘です。
不良 (作家に)殴っていい? こいつ、殴っていい?
6 姉と弟。
サトルが通りかかる。高校生くらいで、ちょっと不真面目な感じの格好。頭に包帯を巻いている。不良を見つけ立ち止まる。
作家 本当悪気はないんですって!
ナツコ 許してあげましょう?
不良 お前が言うな!
サトル声 何やってんだ!
サトルはすばやく不良とナツコの間に割って入ると、不良に向かう。
不良 サトル!? なんでここに。
サトル 俺は何やってんのかって聞いてるんだ。(ナツコに)大丈夫ですか?
ナツコ え? ええ。
不良 あんた停学中だろ。出歩いていいのかよ。
サトル (聞いてない)すいません。姉が迷惑かけました。
ナツコ いえ。別に私は……(と、作家を見る)
サトル え?(と作家を見る)
ナツコ (やっぱり何もされてないなと思い)いえ。なんでもないです。
サトル (作家に)もしかして、何かされたんですか?
作家 え? いいえいいえ。
不良 何もしてねえよ!。
サトル アネキには聞いてない。
不良 くそ。(ナツコに)あんたも、変な嘘つくなよ。(サトルの事)こいつ馬鹿だから、すぐ信じるんだからさ。
ナツコ ごめんなさい。
サトル いいんですよ気にしなくて。本当に何もされてないんですね? もしかして、口では言えないようなことをされたとか!
不良 はぁ!?
サトル もしそれなら遠慮なく言ってくれれば、法的な処分も覚悟させますから。
不良 だから何もして無いって言ってるだろ。ったく、あたしを何だと思ってんだ。
サトル 馬鹿だと思ってるよ。決まってるだろ。
不良 (鼻で笑って)あたしが馬鹿なら、停学くらったあんたは何なんだよ。しかも、タバコ吸ったなんてちゃちな理由でさ。
サトル 暴走族なんかで偉ぶってる、誰かさんに比べたら全然マシだよ。
不良 へぇ?
不良はサトルを蹴り飛ばす。サトルはふっとぶ。
サトル いきなりなにすんだ!
サトルが飛び掛るが不良は避け、すかさずサトルを蹴り飛ばす。
不良 そういう生意気なことは、あたしの蹴りを避けられてから言え。っていつも言ってるだろ。
サトル 喧嘩が出来るやつがえらいなんて、アネキの世界だけだろ。
不良 じゃあお前に出来ることって何だよ。まじめなこと言って、結局タバコ吸って、停学になることくらいだろ。
誰も守れないんなら、せめてルールくらい守ってろよ!
サトル ……俺だって守れるさ。
不良 へぇ。何を。
サトル 守りたいものくらい、守れるさ。
不良 どうだか。
サトル ……アネキこそ、人のこと言えるのかよ。
不良 はぁ?
サトル アネキの先輩だって人から、電話があったよ。携帯にかけても繋がらないからって家にかけたって。
……暴走族のチーム、抜けるんだって?「理由教えろ」って。叫んでたよ。いいのかよ。
不良 (舌打ちして)あたしのことは放っとけよ。
サトル チームはアネキにとって守りたいものなんだろ。
不良 いいんだよ。……約束だったろ。
サトル ……覚えてたのか
7 閑話休題?
不良とサトル、ナツコの動きが止まる。
作家 すごい。なんだこれ。ドラマじゃん。いやぁ。こんなことあるんだなぁ。
と、そのすぐ側に担当編集員が現れる。これは作家のイメージ。(変なところから出て来たり。奇抜さ欲しい)
担当 目の前に格好のネタがあるのに、何故使わない!?
作家 ハイジマさん! 一体どこから。
担当 おバカ。これはイメージよ、あなたの。
作家 私の?
担当 そう。あなたが作り出した、敏腕編集員であり、あなたの優秀な担当でもあるハイジマの姿をした、もう一人のあなた。
作家 それはさすがに自分を褒めすぎじゃないですか?
担当 お黙り。あなたがそう思っているのよ。私を!
作家 でも、なんで私がそんな事を!?
担当 このおばか! 思い出しなさい。クラアラ・モエ。あなたがここに来たのは何故?
作家 あ! 小説!
担当 そう! ネタを考えるため。集めないとどうなるの?
作家 締め切りが延びる!
担当 締め切りは延びない。
作家 ハイジマさんに怒られる。
担当 そして?
作家・担当 きっと、今度こそ、見捨てられる!
担当 分かったら、書くの。書きなさい。クラアラ・モエ。
作家 はい!(と、原稿に向かう。)
8 彼女とサトル
担当と入れ替えに彼女がやって来る。大学生っぽい格好。
彼女は走ってきたらしく、ちょっと息を切らしている。
人がいるのを見ると安心し、その中でも男(つまりはサトル)に向かって一直線にやって来る。
彼女 すいません!
サトル え?
彼女 あの、いきなりこんなことを言っても困るとは十分に承知しているんですけど、その、助けてもらえませんか?
サトル 助けてって……え、俺が?
彼女 無理を言ってるのは分かってるんです。だから出来たらでいいんですけど。
サトル 俺、これから人に会う約束があって。
彼女 そう、ですよね。何の用もなくて、こんな場所にいるわけないですもんね。
サトル 変な人に追われているとか?
彼女 いえ、そういうんじゃなくて……。
不良 あれぇ? 弟くん?
サトル なんだよ。
不良 なんかついさきほど、偉そうなこと言ってなかったっけ?
サトル 何の話だよ。
不良 (ナツコに)あんた、聞いてたよな? 守るとか、どうこう言ってたこいつの言葉。
ナツコ ……(自信なさげに)『俺だって守れるさ』とか?
不良 そうそう。言ってたよな? 自信たっぷりにさ。
ナツコ (自信たっぷりに)『俺だって守れるさ』
不良 女一人も守れないのかよ。
ナツコ (自信たっぷりに)『俺だって守れるさ』
サトル うるさいな! (ナツコに)あんたも! アネキに乗せられるなよ!
ナツコ ごめんなさい。
不良 あー可哀想になぁ。せっかく頼ったのに。(彼女に)なんだったら、あたしが助けてやろうか?
彼女 あの、すいません。あの、できれば、彼に助けてもらいたいなぁって。
不良 へぇ。(サトルに)だってよ?
サトル ……分かったよ。やればいいんだろ。
不良 嫌々助けられても気分悪いだけだと思うけどねぇ。だよなぁ?
ナツコ かもしれません。
サトル 喜んで助けさせてもらいます。
彼女 ありがとうございます。あの、でも、いいんですか?
サトル 何が?
彼女 待ち合わせ。しているんですよね?
サトル ああ。まぁ。
彼女 すいません。
サトル いいよ。で? なにすればいいの?
彼女 あの、私の、その、彼氏になってください!
間
サトル・不良 はぁ!?
ナツコ 彼氏……
サトル どういうことだよ。
彼女 ですから、私を彼女としてですね。
サトル そういうことじゃなくて。
彼女 そういうことなんです。
不良 新手のナンパ?
ナツコ ナンパ。はじめて見た。
彼女 違います。
サトル ふざけてんの? こっちは真剣に言ってるんだけど?
彼女 はい。つまり私と、真剣にお付き合いしてるってことに。
サトル 名前も知らないやつと付き合えるか。
彼女 マナミです。アイワ・マナミ。19歳。
サトル 年上かよ。
彼女 年下? え? いくつ?
サトル 16だけど。
彼女 高校生? じゃあタメ語の方がいいかな? いいよね?
サトル いや、そういう問題じゃなくて。
彼女 私のことは、マナミって呼んでくれればいいから。もしくはマナちゃん? は、変?
サトル だからさ。
彼女 そっか、付き合ったばかりだと下の名前で呼ぶのって恥ずかしいよね?
サトル じゃなくてさ。
彼女 でも私、まだあなたの名前知らないから。えっと、なんて呼べばいい? 名前。教えてくれる?
サトル むらべ。
彼女 ムラベ?
サトル ムラベ・サトル。
彼女 サトル君。じゃ変? サトル? 呼びつけって嫌?
サトル だから、そういうことじゃなくて!
と、携帯が鳴る。彼女の携帯。
彼女 あ、ごめんなさい。(と、電話に出て)はい。あたし。……今、公園だよ。……そう。来るんだ。
分かった。ベンチのところにいるから。じゃ。(と、電話を切る)じゃあ、お願いします。
サトル 何をだよ!
彼女 だから、彼氏。
サトル 意味分からないんだよ! 分かるように説明しろって! なんなんだよ彼氏って! 今の電話はどういう意味だよ!
俺になにやらせる気なんだよ! てか、そもそもこの流れがまずおかしいだろ!
彼女 ちょっと、そんな一気に言われても……
9 先生とサトル
そこへ、先生が現れる。
小高 ムラべ! 何やってるんだ!
サトル あぁ!? 何なんだよ今度は! 先生……
不良 先生?
サトル なんでここに。
小高 僕は何やってんのかって聞いたんだぞ。(彼女に)大丈夫ですか?
彼女 え? ええ。
ナツコ あれ? なんかデジャブ……
サトル 駅で待ってるはずじゃ……
小高 停学中の人間を出歩かせるわけにはいかないからな。
サトル でも、俺が呼んだんだから。
小高 待ってると言った覚えは無いぞ。で、何やってたんだ。
サトル 別に何もしちゃいないよ。
小高 そうか。(と、彼女を見る)
彼女 あ、はい。むしろ私が迷惑かけてたくらいで。
小高 そうですか。
不良 へぇ。あんたの用事って、先公に会うことだったわけ。
サトル 関係ないだろ。
小高 ムラベ?
サトル あ、えっと、姉です。なんかいたんで。
小高 ああ、君が。
不良 あたしがなんだよ。
小高 いや。(不良に)ムラベの担任の、小高です。
不良 担任?
小高 お姉さんがいることは、彼から聞いていたからね。
不良 どうせろくなこと聞いてないんだろ。
小高 そんなことはない。ムラベは、お姉さんのことを(すごく心配していたよ)
サトル 先生!
小高 ん?
サトル その話はいいから。
小高 ああ。そうか。それで?
サトル え?
小高 話があるんだろう?
サトル あ、まぁ、そりゃ。そうなんだけど。
不良 そうか、あんたがこいつの担任ってことはさ。
サトル アネキは黙ってろよ。
不良 つまりあんたが、弟を停学にした張本人なわけか。
サトル アネキ!
不良 なんだよ? こいつなんだろ? あんたがタバコ吸ってるとこ見つけて、しかも殴った奴は。
サトル ……違うんだ、それは
小高 その通りだ。
サトル 先生。
小高 僕が、ムラベの喫煙現場を見つけた。そして殴った。結果、彼は停学になった。
不良 おかげでうちの弟はさらにバカになるとこだったわけだ。
小高 (サトルに)まだ痛むか?
サトル こんなの全然痛くねえよ。
小高 そうか。
不良 そうかじゃねえだろ!
サトル アネキは黙ってろって!
と、チラチラと周りを伺っていた彼女が、割り込むように隠れる。。
小高 ちょっと君、
彼女 すいません。まだ、覚悟が出来なくて。
と、その言葉の終わる頃に学生がやって来る。人を探し、去る。
小高 覚悟か。確かに、覚悟を決めるというのは大変なものだね。
サトル 先生は、もう決めちまったのかよ。
不良 何の覚悟だよ。
小高 殴った事実があるのならすることは一つだろう。
不良 開き直りか。
サトル 違うんだよ! だからアネキは黙っててくれって!
彼女が隠れる。学生が走って去る
小高 なんなんだ君は
彼女 すいません。まだ覚悟が
不良 なにが違うんだよ。
サトル 先生が悪いんじゃないんだ。
小高 いや、僕は確かに悪いことをした。
サトル 違う。
不良 かっこつけんなよ。
小高 そんなつもりはないよ。
サトル だから、アネキは
彼女が隠れる。学生が走って去る
サトル その前になんなんだあんたはさっきから!
彼女 覚悟がつかなくて
サトル なんだよ覚悟って!
彼女 それは……
ナツコ あ、またきましたよ。
サトル え?
10 学生と彼女
学生が現れる。
辺りを見ながらも途方にくれている。思わず皆の視線が学生を見る。彼女は隠れる。
学生は視線を感じて立ち止まる。
学生 え?……あの? なんですか?
ナツコ 捜し物ですか?
学生 え?
ナツコ 走り回ってたから。
学生 あ……いや、ちょっと人を。
ナツコ 人。
学生 ええ。あの、女の子で、これくらいの身長で。これくらいの髪の、あ、ストレートで。ここら辺を通らなかったですか?
ナツコ 通ったというか……
皆彼女をみる。先生が体をずらす
学生 マナミ。
彼女 セリザワ君。
学生 探したよ。ここらへんに居るって言うから。何回も往復しちゃった。
不良 また何か来たよ。
サトル ……何なんだ今日は。
ナツコ 本当ですよねぇ。
不良 あんた楽しそうだなぁ。
彼女 (学生に)ごめんなさい。
学生 いや、いいんだけどね。全然いいんだけどね。どこいるか詳しく聞かなかったオレも悪いかもしれないし。
けど、もっと分かりやすい場所にいると思ったから。思わず焦って探しちゃったって言うかさ。
彼女 ごめんなさい。
学生 気にしてないよ。俺が探したかっただけだから。
彼女 うん。
学生 えっと、それで? ……この人たちは? 知り合い?
サトル いや、別に俺らは、
彼女 か、彼氏っ。
学生 え?
サトル は?
彼女 彼氏なの! この人!(と、先生の腕を掴む)
不良・サトル はぁ!?
学生 ……え?
ナツコ ビックリ。
小高 何を言ってるんだ? 君は。
学生 かれし?
彼女 「君」じゃなくて、マナミって呼んでっていったでしょ。オダカさん。(学生に)シャイだから。
小高 いや、ちょっと待ってくれ。僕と君はそもそも会話もろくにしてないだろう?
彼女 あの時、酔ってたからね。忘れちゃったの? あの言葉、嬉しかったのに。
学生 お酒飲んだの? 一緒に?
小高 最近は飲む機会もないんだが、
彼女 弱いものね。
学生 つまりあんたはマナミと?
小高 いや、ちょっと待ってくれ。(だから僕は)
サトル そうだよ! 待てよ! なんで先生を巻き込むんだよ。
学生 先生!? あんた教師なのか!?
彼女 高校の先生なの。担当は何だっけ?
小高 国語だが、ってそうじゃなくてな、
サトル いや、だから、ちょっと待てって、
学生 待って! 待ってマナミ! え? ごめん。 よく言っている意味が分からないんだけど、その、つまり?
マナミ 私たち、付き合ってるの。
学生 付き合ってる!? マナミと、こいつが?
サトル だから待てって! お前、俺を彼氏にするって言ってただろ! それはどうなったんだよ!
学生 あんたもなのか!?
サトル あ……いや……
不良 今の発言、思いっきり自爆だよね。
ナツコ ですね。
小高 え? じゃあ、君(彼女)と、ムラベは?
サトル いや、先生そういうことじゃなくて、
彼女 実は……彼もそうなの!
同時に、
学生 はい!?
先生&不良&サトル はぁ!?
ナツコ 超・展・開。
彼女 ね? サトル。
サトル 下の名前で呼ぶな!
彼女 はぁい。ということです。
学生 ということって、
サトル だから、俺がいるんだから先生はいいだろ!
彼女 妬いてる?
サトル 違う!
学生 さ、三マタ……
小高 ムラベ。どういうことなんだこれは?
サトル すいません。俺もなにがなにやら。
学生 二人は、知り合いなんだ。
彼女 先生と生徒だから。
学生 知ってたのか? マナミと、お互い付き合ってることを。
彼女 言えるわけないよ。だから呼んだんでしょ。
学生 だから?
彼女 一人に教えるより、三人一緒に教えたほうがいいかなって思って。
学生 そんな……(と、よろめく)
小高 大丈夫かい?
サトル そりゃきついだろうなぁ。
学生 なんであんたらは平気なんだ!
サトル いや、だってそれは……
小高 僕は話についていけないだけだ。
彼女 オダカさんには後でゆっくり。ね?
サトル だから先生を巻き込むなよ。
彼女 じゃあ、サトルも一緒に?
サトル そういうことじゃないんだけどなぁ。
学生 (ぼそっと)殺してやる。
サトル え?
学生 (と、ナイフを取り出し)殺してやる!
小高 ちょっと君落ち着こう。な。落ち着けばきっと分かる問題なんだ。
学生 触るな!
サトル てめぇ。先生になにするんだよ!
小高 ムラベやめろ! 停学中なんだぞ!
サトル だって……
彼女 セリザワ君。冷静に話そう?
小高 そうだ。話せばきっと分かる。
学生 分からない。分かるわけないだろこんな状況! 意味分からないだろ! 呼び出されて、話があるって言われて、急いで来て。
そしたら三マタ? しかも一人は教師で、一人は高校生? なにそれ? もう何も分からねぇよ!
小高 だから落ち着こう。みんなで落ち着いて話せば、
学生 うるさい!(と、ナイフを振り回す)
小高 おい、やめろ。
サトル 何だお前、やる気?
小高 ムラベ! 喧嘩は駄目だ!
サトル 分かってるけど、俺、売られたら買うよ。
小高 ムラベ!
サトル もう誰も傷ついて欲しくないんだよ。
学生 かっこつけんな!
サトル 来るなら来いよ!
小高 君、冷静になれ。二対一だ。勝てるわけが無い!
学生 だまれ!
不良 いや、三対一だ。
サトル アネキは引っ込んでろよ。
小高 ムラベの言うとおりだ。君は離れて、
不良 あたしはね、チームじゃ喧嘩担当だったんだ。そのあたしが離れてる? 自分に笑われるね!
小高 たしか、『我流美威(ガルビイ))』だったね。
不良 サトルに聞いたのか。
小高 ああ。しかし、君は女の子だろ。
サトル でも、アネキは強いよ。
学生 ……なんなんだよ。なんなんだよあんたら。なんなんだよこれは。
不良 さぁ。
サトル しらねーよ。
小高 僕だってこの状況は良くわかってないんだ。
サトル でも喧嘩売ったのはそっちだろ? どうするんだよ。かかって来るのか、来ないのか!
学生 ……んでやる。
サトル は?
学生 死んでやる!
学生はナイフを持ったまま逃走した。
小高 ちょっと待て! 君!(と、追おうとする)
サトル 先生! どこ行くんだよ!
小高 追うんだ。決まってるだろ!
サトル あんな奴、どうせ死にっこないって。
小高 だからって放っておけないだろう!(と、追いかけて去る)
サトル ああ、仕方ねえな。……(彼女に)あんた!
彼女 は、はい。
サトル 後で話、ちゃんと聞かせろよ!
サトルも先生を追いかけて去る。
彼女は緊張の糸が切れたのかその場にへたり込む。
11 女だらけ。
不良も何かの緊張が切れたように座る。タバコを探すそぶりをするが、禁煙していたことを思い出す。
不良 なんだろね。あいつ。先公なんかにくっついて走って行っちゃったよ。殴られたんだよ? あの先公に。まぁ、タバコ吸ってたんだから
自業自得って奴なんだけど。でもそのタバコだってもともと……それはいいや。だからって殴るか? なのに、あいつったら先生、先生って。
バカなんだよ。昔っから。バカで。人の言うことすぐ信じるんだ。ガキの頃なんか幼稚園でクリスマスの話を聞いてさ、「サンタはうちに来てくれるかな?」
って親に聞いて。うちは親父もお袋もひでぇ人間だから、「おねしょをしたからサンタは来ない」とか言うんだ。でも、あいつ、「そっか。来年は頑張る」
って。……でもさ、次の年おねしょ直したらうちの親はなんて言ったと思う? 「ピーマンを残していたからサンタは来ないよ」って。
……ひでぇだろ。でもさ、あいつは信じるんだよ。「来年は頑張る」って頷くんだよ。バカなんだよ。族に入ったあたしにもさ、言うんだよ。
「お父さんとお母さんが可哀想だ」って。バカだろ。あんな親なのに。……それで、あたしが冗談で。冗談でだよ。冗談半分に、タバコ吸える、ような、
男になったら、言うこと聞いてやるよ……なんて言うとさ……バカだからさ。吸えもしないくせにタバコを……だから、
なんで、そんなバカがナイフ向けられなきゃいけないんだよ! ちょっとでも、死ぬかもしれないような、そんな目に遭わなきゃいけないんだよ!?
彼女 ……ごめんなさい。
不良 あんた、知ってたろ。あいつがナイフ持ってること。
彼女 はい。
不良 キレるとヤバイのも。
彼女 はい。
不良 それ分かっててなんで!
彼女 ……本当に、ごめんなさい。
不良の側にナツコが行く。不良が振り上げていた手を優しく下ろす。舌打ちと共に離れる。
彼女 彼、周りにはすごい信頼されているんです。お山の大将って言うか。でも、だれもそのことに疑問を持ってないって言うか。
あ、周りって言うのは大学のサークルで。山登ってテント張ってって言うので。だから、彼ナイフ持ってて。
彼は色々と出来る人で。仕切れるし、いい人なんです。でも、あたしはなんか駄目で。言い寄られても、なんか無理って思っちゃって。
だけどうまく説明できないから、彼もなんか不機嫌になるし。周りは不思議な顔をするだけで。誰に相談しても、「一回付き合ってみたら」
とか言うだけで。誰も助けてくれなくて。そのうち、彼はどんどん彼氏みたいなことするようになってきて。あたし、上手く言えないし。だから……。
不良 だから彼氏がいるってことにして、断ろうとした。
彼女 はい。そういうこと、です。
不良 無理って言えばいいだけだろ。
彼女 「なんで」って言われるから。
不良 知るかって答えておけよ。
彼女 私は、あなたみたいに強くないから。
不良 強くないさ。あたしだって。
彼女 それでも、あたしは駄目だから。無理だから。
作家が、ここでペンを止める。周りを見る。誰も何も話さない。
ふと、ナツコと目が合う。なんか言えよという合図を送る。ナツコは気がつかない。もう一度合図を送る。「なんか言え」ナツコは、手を打ち、
ナツコ (アドリブ)
不良・彼女 は?
作家 ちがーーーう!
不良・彼女 はい?
作家 しまった。つい。
ナツコ やっと話しましたね。
不良 あんた……なんだ?
作家 えっと、
ナツコ さっきから居たじゃないですか。なにか書いてらしたんですよね?
不良 書いていた?
彼女 モノ書きさんですか?
作家 え、いや、これは、なんていうか。(と、ごまかすように)それよりも、あなた! はい、あなた!
彼女 私?
作家 駄目とか思っては駄目です! 無理なんて言ったら、出来ることも出来ないことになるんです。
彼女 はあ。
不良 あたし達の会話を聞いてたわけか。
作家 聞こえたんです。
彼女 でも、私は、
作家 でもも、ストもありません。人生は苦難の連続です。けれど、決して諦めてはいけない。諦めない限り、人は前に進めるんです。例えば、こんな時も!
12 回想
担当が現れる。
担当 クラアラさん。
作家 はい! (客に)あ、今回のこれは回想です。彼女は私の担当です。
担当 そんな事はニュアンスで通じるからよろしい。
作家 すいません。ところでハイジマさん。お話って言うのは?……やっぱり、こないだ送った原稿駄目でしたか?
担当 いいニュースと悪いニュースどちらからがいいですか?
作家 え?
担当 いいニュースと悪いニュースどちらからがいいですか?
作家 じゃあ、悪いニュースからで。
担当 (頷き)雑誌が、廃刊になりました。
作家 え?
担当 クラアラさんの原稿を載せていた雑誌が廃刊になりました。よって、原稿料は出ません。
作家 そんな! え? じゃあ、良いニュースって言うのは?
担当 没にはならなかったですよ? 雑誌に載せられるレベルです。
作家 意味無い!
担当 まぁ、そんなことよりクラアラさん。
作家 そんなことより!?
担当 モノは相談なんですが、いっそのこと雑誌掲載ではなくて、長編を書き下ろしてみるのはいかがですか?
作家 長編書下ろしですか!? 無理です。無理無理。絶対無理。
担当 この、おばか!(と、作家の頬を叩く)
作家 あっ(と、床に倒れる)
担当 なんでそんな簡単に諦めるの! おばか! いくじなし!
作家 書けない。ダメなの。私の腕じゃ。
担当 クラアラのおバカっ! 書けないのを腕のせいにして、甘えん坊!そんな事じゃ一生書けない! それでもいいの?
意気地なし! クラアラなんかもう知らない!(と、背を向ける)
作家 ……待って、ハイジマさん。お願い。待って。(と、原稿に文字を埋めていく)
担当 書いた。クラアラが書いた。
作家 書けた。書けた! そう、諦めなければなんだって出来るんだ!
担当 その調子で、あと、119’996字お願いしますね。
作家 はい!
回想が終わる。が、担当はまだその場にいる。
13 担当と作家
作家 と、このように、諦めなければ出来るんです!
彼女 はぁ。
作家 なんですか、そのいかにも気の無い返事は!?
彼女 いや、だってほら、(と、不良を見る)
不良 後ろに誰かいるぞ。
作家 は? そんな幽霊じゃあるまいし……ハイジマさん!? え、もう回想は終わってますよ?
担当 何の話ですか。
作家 ああ、そうか。またさっきみたいに私のイメージが作り出してるのか。よし、消えろ妄想!
担当 (頭を叩き)おばかやってないで、原稿。出来てるんですか?
作家 すいません。今考えていたところで。というか、良くここがわかりましたね。
担当 二つとも閉まってましたから。
作家 え?
担当 ファミレス。だとしたら、公園にいるんじゃないかと思ったんです。(書きかけの原稿を手に取り)これですか。
作家 いや、それは。
担当 主人公は、不良ですか。
不良 ん?
担当 暴走族所属……レディースか。
不良 おい。それって、
担当 舞台は公園……弟がいるが仲は悪い。姉弟愛がテーマですか?
作家 いや、なんていうかなぁ。えっと、ここで読まないほうがいいかなぁなんて思うんだけど、
不良 おい、あんた。
担当 はい?
不良 ああ、あんたじゃなくて、作家さんのほう。
作家 ……ハイ ナンデスカ?
不良 あんたもしかして。まさかとは思うんだけど、あたしを?
作家 ごめんなさい!(と、土下座)
不良 そんな、いきなり謝られても。
作家 これしかないんです! もうこれしかないんです! これしか! お願い。これで行かせてください!
彼女 もしかして、それあたしも?
作家 えっと、あ、はい。
ナツコ あ、もしかしてわたしもですか?
作家 いえ全然。
ナツコ ひどい……。
不良 なぁ。
作家 はい?
不良 なんで、あたし?
作家 だってカッコいいじゃないですか。
不良 カッコイイ?
作家 生き方というか。弟さんとの関係とか。あと、強いし。
不良 弱いよ、あたしは。
作家 そんな事無いです。強いですよ。私たちより。すごく。ですよね?
彼女 うん。
不良 (ため息)変な日だな。今日は。本当に変な日。
作家 すいません。絶対身元が分からないように書きますから。
不良 歌、聴きに来たんだよ。ここには。
彼女 歌?
作家 それって(と、ナツコを見る)
ナツコ (ギターを見せ)この人の?
不良 (頷いて)あたし、チーム抜けるんだ。でも、うちのチームって抜けるの結構面倒くさくてさ。
担当 (作家に)あの子のチームって?
作家 確か、我流美威(ガルビイ)って。あ、ちゃんと作品の中ではグリコンに変えてます。
担当 リンチの我流美威(ガルビイ)。
作家 ハイジマさん、このチーム知ってるんですか?
担当 族関係の作品書いている人の担当になったときにね。聞いたことある。
我流美威(ガルビイ)ってレディースのチームは、一人一人の結束をすごく大事にしていて、チームを抜ける時には、仲間全員から殴られるんだって。
抵抗することは一切許されない。リンチ。
担当の言葉の途中から、不良は震え始める。
彼女 そんな……
作家 それを?
不良 ああ。受けるよ。だけど、それ考えると、体が……。だから、あいつの歌を聴きに来たんだ。
あたしと同じくらい馬鹿な、ダチの歌を。少しでもマシになりたくて……な? 弱いだろ。
作家 そんなことないですよ。
彼女 その友達って、今は?
不良 さぁ。その話をしようと思ったら、色々なことが起こってさ。
ナツコ そういえば、遅いですね。
作家 まさか、何かあったんですかね。
ナツコ 何がですか?
作家 いえ……。
彼女 あの、
不良 ん?
彼女 私もその人の歌を聴いたら、今よりマシになれるかな?
14 やって来る人人人。
と、そこへ学生が駆け込んでくる。
先生がその服をつかんでいる。後ろからサトルが走ってくる。
学生 離せ! 離してくれ!
小高 だから、散々、誤解なんだと説明しただろう! ムラベ!
サトル 分かってる!
小高とムラベで学生を倒し、ナイフを奪う。
学生 俺、なんか、生きてても、仕方、ないんだ。
小高 死んでいい奴なんていないよ。
彼女 セリザワ君……
不良 (サトルに)お疲れ。
サトル べつに、疲れてない。
作家 ハイジマさん、原稿を(書かせて下さい)
担当 ああはい。(と、原稿を渡す)
キョウ声 誰か! ちょっと、誰か!
キョウが駆け込んでくる。
不良 キョウ!
キョウ (息を切らせて)ジュテミ!?
作家・担当・小高・学生・彼女 ジュテミ!?
不良 ばか! 人前で名前を呼ぶな!
キョウ (疲れた声で)どこに人が?……いっぱいいるっ!?
ナツコ (キョウに)良かった。ずっと待ってたんですよ。
小高 ムラベ、まさか今の、
サトル 姉の名前です。
彼女 ジュテミが!?
担当 そりゃぐれるわ。
作家 ぐれますね。
彼女 え、あだ名だよね? ね?
サトル 本名です。
不良 なんだよ、「ムラベ ジュテミ」だよ。文句あるか!?
彼女・作家・担当は必死に首を振る。
小高 ほら、こうやって、頑張って生きているんだよみんな。
学生 ……はい。
不良 どういう意味だ? あたしみたいな名前だと、さぞかし生きていくのが大変でしょうねって、そういう意味か!?
ナツコ 素敵だと思いますよジュテミって。ジューシーな感じで。
不良 何だその慰め方! (キョウに)みろ! お前が名前で呼ぶから!
キョウ ごめん……って、それどころじゃないの。いいから来て! 大変なんだ!
作家 まさか、さっきの人が?
キョウ そう! やっと見つけた! と思ったら! 首を! もう、どうしたらいいのか。とにかく誰でもいいから一緒に来て!
キョウが走り出す。真っ先に不良が追いかける。その後から先生。すぐにサトル。作家と担当。
彼女 どうする?
彼女の言葉に、一瞬学生はびくりとするが、やがて頷く。彼女と学生が走り去る。
ナツコはギターや、そこらへんにある荷物を見て途方にくれる。
ナツコ 私は、いったいどうしたら?
暗転
15 生きてることが辛かろが
音楽の中で全ては進む。喜劇的に。
真ん中に現れるミミ。台を持っている。
台の上に立ったその手に、わっかになった縄がある。縄の先は上へと伸びている。
何かを思いつめたように、息を整える。わっかに首をかけるミミ。
全てはスローの世界になる。
ミミは何か声に気づいてビックリする。
作家と彼女と担当とキョウがまず走ってきた。
担当とキョウがミミがそれ以上動けないよう足をつかむ。
四人がミミの足元が揺れないように抑える。
その後ろから、騎馬戦のような体勢の先生と学生とサトルと不良がやってくる。
騎馬の先頭はサトル。左右は先生と学生。騎馬上は不良。不良はその手に学生のナイフを握っている。
不良の手によって縄が切られる。
後ろにゆっくり倒れるミミを、担当とキョウがもちあげ、彼女が支える。
作家はミミが立っていた台をもちあげる。
競馬を崩した四人がそれに加わる。
まるでミミを神輿のようにして運んでいく。
暗転
16 PM9:00
数分後。
舞台中央に泣いているミミ。ベンチには作家と担当。地面に彼女と学生、先生とサトル。切り株に不良とキョウがいる。
キョウ まだ、あの人戻らないんですかね?
作家 トイレだって言ってたから。
不良 結構待たせちゃったからな。
キョウ だよね。
サトル さすがに、神輿状態のまま公園一週はやりすぎだったと思う。
小高 わりとムラベは、はしゃいでいる部類だった気がするが。
サトル あははは。
不良 ……なぁ、あんたもいい加減泣き止めよ。
ミミ すいません。すいません。
小高 まぁでも良かった。生きていたんだから。
サトル 先生。
小高 ん。
サトル ごめん。それが言いたくて。
小高 なにがだ。
サトル 分かってるだろ。
小高 僕自身のせいだ。気にするな。
サトル 仕事、見つかってるのかよ。
不良 え?
小高 ……ゆっくり探すさ。
サトル そっか。
ミミ 仕事なんて、そう簡単に見つからないわよ。
サトル え?
ミミ ……聞かれることはいつも同じ。「どんな仕事がしたいですか?」「お持ちの資格は?」ハロー・ワーク、ハロー・ワーク。
こっちが必死にハローって言ってるのに仕事のほうからは全然声かけてくれない。昔からそうだったのよ。引越しが多かったら、何度も学校変わって。
転校生としての挨拶ばっかり上手くなって。ハロー。ハロー。ハロー。声をかけても、全然仲良くなれないの。そのうち一人でいるほうが気楽になって。
協調性が無いなんて言われて。あたしだって一つの場所に長くとどまれば。そう思ったのよ。でも、いざ戻ってきてみたら、駄目。全然駄目。
だって、一人なんだもの。どこへ行ったって、誰と会ったって一人。ああでも、仕事が見つからないのはあたしがこんなんだからよね。駄目だから。
生きているのが不思議なくらいの、どうしようもない人間なのよ。あたしって。
サトル ……どうしようもない奴なら、ここにもいるよ。
ミミ え?
サトル 先生辞めるんだ。俺のせいで。
小高 お前のせいじゃない。僕はタバコを吸っていたお前を殴った。そして怪我をさせた。だから辞めなくちゃいけない。
サトル この傷だって、殴られて出来たわけじゃないのに。
小高 同じだよ。
サトル 違うだろ。殴られて、転んだんだ。転んだところがちょっと出っ張ってて。……俺がどじだったから。
小高 かっとなった僕が悪い。生徒の喫煙現場を見たくらいで、かっとなる男なんだ僕は。もともと教師は向いてなかったんだ。
人に教えるほど人間が出来てないんだ。
サトル そんな事言ったら、俺なんて、吸えもしないタバコを必死にふかそうとする馬鹿だよ。……アネキにかまってもらいたいって理由くらいで。
そのせいでアネキはチームを抜けることになるし。
小高 チームってガガメラを?
不良 あたしが変なこと言い出さなきゃサトルだって殴られることにもならなかったし、あんたも辞めずに済んだってわけだろ。
そう考えると、あたし、サイテーだな。
キョウ ……あたしなんて、殴られてまでとめたいものなんてない。だらだら生きて歌ってるだけだよ。……ちっちゃすぎる。
彼女 人を利用して、別れようとする女よりはましだとおもう。回りを巻き込んで、自分は安全なところにいて。卑劣だよね。
学生 いきなりキレてナイフ振り回すほうが人として終わってるよ。……ああ、消えたい。
作家 でも、それ全てネタにしようとしている私ってもっと悪ですから。人間のくずですから。
担当 それにゴーサイン出そうとしている私もね。
ミミ ……つまりみんな?
不良 どうしようもない人間ってことだろ。みんな。だから、あんただけじゃないよ。
キョウ ここにいる人たちみんな、か。そう考えると、ちょっと、ほっとする。
不良 てことでさ、キョウ。
キョウ なに?
不良 歌ってくれよ。あたし達のために。
キョウ ……OK。(と、ギターを構え)では、歌野響(うたのキョウ)で『ミカン星人から見た僕ら』
それはこのしんみりムードを破壊するほど馬鹿馬鹿しく、どうしようもない下らない歌。
キョウ ジンジン 人生 ミカンせーい
ジンジン 人生 ミカンせーい
チキュウ星より やや遠く
ミカン星より talk 届く
ミ・ミ・ミナサン ミカンセーイ
ミ・ミ・ミナサイ ミカンセーイ
出来ること 一つも無くて
やりたいことも あまりなくて
最近覚えた ことといえば
「ツイート」と 「リプライ」の 違いくらい
がんばってますか?
がんばってますよ?
くりかえす わたしは
みかんせいじん
だけど
カンセイされたあなたにはない
ミカンの匂いと甘さが好きです
いい加減かもしれないけれど
もう少しだけ
このままでいいですか?
ジンジン 人生 未完せーい
ジンジン 人生 ミカンせーいえいえい
引き終わる。
サトル な、
先生・サトル・彼女・学生・作家・担当 なんだそりゃ!
不良 な? 意味分からないだろ。
サトル 意味分からないって言うか、なんだそりゃ!
不良 馬鹿馬鹿しいだろ。
彼女 馬鹿馬鹿しいにもほどがあるって言うか。
学生 アホくさいな。
作家 もう少し韻を踏むとかさ、
担当 語呂を良くするとか、
小高 歌いようってものがあるんじゃないか?
キョウ ……酷い言われようなんだけど!?
不良 だって、酷い歌だから。
キョウ 歌わせておいてそういうこと言うか!
ミミ でも……なんかホッとする。
彼女 ……うん。
不良 だろ? よし、もっかい。
キョウ いや勘弁してよ。ぼろくそ言われた挙句に、「ホッとする」が唯一のプラス評価だよ?
不良 でも、キョウの歌はあたしに元気くれんだ。もうちょっと付き合ってよ。
キョウ じゃあ、一緒に歌えよ。(と、歌詞カードを渡す)
不良 了解。
サトル あ、あのさ、俺も歌っていい?
キョウ いいよ。
不良 じゃ、配ってやるよ。歌いたい奴は一緒に歌えばいいさ。
不良がサトルに歌詞を渡してから、他の人へ歌詞を配ってく。最後に先生へ。
不良 ほい、先生。
小高 我流美威(ガルビイ)のチーム、本当に抜けるのか?
不良 抜けるよ。
小高 警察に行ったほうがいいんじゃないか? だって、あのチームは
不良 筋は通したいんだ。
小高 だが、
不良 先生は、自分の筋を通したんだろ。……それって、カッコイイよ。
ナツコが手帰ってくる。
ナツコ なにか楽しそうですね。
作家 よかった。遅いから心配していたんですよ。
ナツコ すいません。公園のトイレは怖くって。コンビニまで行っていました。
キョウ そのまま帰られたらどうしようかと思いました。ね?(ミミに)みーちゃん
ミミ (歌詞カードを見ていた顔を上げる) え?
ナツコ みーちゃん?
ミミ ……なっちゃん?
ナツコ ……(頷く)みーちゃんなの!?
ミミ ……(頷く)
キョウがギターを弾き始める。歌が始まる。語り部が本を閉じる。語り部に光が集まる。
17 今宵歌ってくれよ僕らのために
語り部 暗い公園で、私は本を閉じました。目を閉じてみました。歌声が聞こえます。今日も、誰かが何かを抱えて歌っています。
その周りには、きっと、何かを抱えた人たちが聞き入っています。不安で、不安定な私たち。でも、生きている。
だから、私も、私なんかでも、生きていないと、生きていても良いんじゃないかと、なんて、そんな甘いことを考えてしまいました。
ミミが語り部に気づく。
物語の世界から抜け出したようにも、現実の世界の続きにも見える。
ミミ あの、
語り部 え?
ミミ 良かったら、その、ご一緒にどうですか?
語り部 え? でも、
ミミ すいません。急に。
語り部 いえ、それは別に。
ミミ でも、なんか、あれ、だったので。
語り部 あれ。
ミミ 一人で、その、だから。
と、ナツコも、声をかける。
ナツコ 今、皆で歌っているんですよ。
ミミ そうなんです。変な歌なんですけど。
ナツコ 本当に。
ミミ でも、よかったら。
語り部 いいんですか?
ミミ え?
語り部 私が、その、私でも。
ミミとナツコは顔を見合わせる。そして語り部を見る。
ナツコ&ミミ はい。もちろん。
ミミ その、お邪魔じゃなければですけど。
語り部 ……いえ、そんなこと、全然、ないです。
ナツコ そうですか?
ミミ よかった。じゃあ、どうぞ、こちらへ。……あ。
語り部 え?
ミミ その本。私、出てるんですよ。ちょっとだけですけど。
ミミとナツコが笑う。そして語り部と共にみんなの下へ。
歌声が聞こえる。
幕が下りてくる。
完
私の地元には、かなり大きめの公園があります。 マンションや住宅地の中にあるような小さい公園では無く、野球やサッカーも出来そうな大きな公園です。 そんな大きい公園だから、ちょっと喧噪を避けるように歩くと、一人っきりになったような気分になれます。 そして一人っきりで公園の中から空を見上げると、とても自分が小さくなったような気持ちになります。 そのまま消えてしまってもいいような。消えてしまった方がいいような。 そんな時頭の端に浮かぶのは、友達や家族のことで。 自分はたぶん一人じゃ無い……んじゃないかな。と思う度に、私はこんな物語が頭に浮かぶのです。 一人っきりだと思ってしまって、消えてしまいたいと思う人にもきっと、 その人にいなくなって欲しいと思っている誰かがいるはず。いて欲しい。 そんな甘い願いを込めて書かれた作品です。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 |