Last Encore
――できることならもう一度だけ――



登場人物(仮)

野上 ジュン     17歳 (死後0年)
ボス(宇多 皐月) 19歳(死後?年)
ネコ(渡井 雪)    17歳(死後1年)
ナル(間野 春)    19歳(死後?年)
ジャコ(沢野 梅雨)  19歳(死後?年)


○塾帰りの道路(夜)
 整備されて間もない道路はガードレールがなくなっている。
 薄暗い道のりのわりに、たまに車がすごい勢いで通り抜けていく。
 百メートル以上に続く直線のため、スピードが出しやすい。

野上 中央待機

音響 道路
照明 中央 ピンスポ

野上 ヘッドホンを首にかけている
   右腕にカバン
   黒っぽい服(目立たなければなんでも良い&破けてもいいもの)
   その場足踏み(帰宅演技)
   携帯をかけている



野上「あ、お母さん? (思わず携帯から耳を遠ざける)うん。ごめん。また残されちゃって。
   ・・・ううん、今帰るところ。わかっているよ。気をつけて帰るって。じゃあね」

野上 ため息と供に携帯をしまう。
   ヘッドフォンを耳に付ける。

音響 CI→クラクション(通り過ぎていくようにすぐ小さくする)

野上 気づかない

野上「・・・・・・演劇部続けたい。なんて言える雰囲気じゃないか・・・」

野上 カバンからテストを取り出す
   テストは25点

野上「こんなの見せたくないなぁ(言いながら丸める)えい!」

野上 軽く上手へほおり投げる
   すぐに苦笑して

野上「なーんてね」

音響 クラクション

野上 気づかない
   紙を取りに行く
   右手を伸ばす

照明 CI→できる限り明るく

野上 「え?」

野上 真正面を見つめる

照明 暗転
音響 CI→(スリップ音というより事故った音)&(救急車)

野上 舞台上手へ移動(ゆっくりと)
   座り込む
   右腕の服を破ると、下には白い服(他の死人と同じ)がある
   カバン、ヘッドホンは上手がわになげうっとく。

○死後の世界『霊界88−20―3248−789○○(好きな言葉)番地 演劇科 『○○(好きな言葉)会』』
※『○○』には、すべて同じ言葉が入る

大道具設置(座る石や、その他)

音響 FI→(覚醒)
照明 CI→(少し薄暗い 野上の意識を表現)


野上「・・・ここは?」


野上 周りを見る
   自分を見る


野上「あれ? 私どうして・・・なんでここに?・・・こんな場所知らない・・・! 痛っ」


野上 痛みをこらえるように右腕を抑える


照明 CI→突如明るい雰囲気に
音響 CI→時代劇調


ジャコ「でりゃあああ」

ネコ 「うにゃああ」

野上 「ひゃあ」


野上  驚いてその場に伏せる

ジャコ 下手から登場
ネコ  下手から登場

ジャコ 上手側に回る
    両手に模造刀
    カツラかぶっている
    白い服

ネコ  下手側
    両手に模造刀
    カツラをかぶっている
    上半身は普通の服
下半分だけ白い服


ジャコ「ふ、ふ、ふ。とうとうワシも追い詰められた。といったところか」

ネコ 「観念するにゃ。もう、お前に逃げ場は無いにゃ」

ジャコ「それはどうかな。貴様を殺して地の果てまでも逃げるだけさ」

ネコ 「この期に及んで、まだ血を流そうとするのかにゃ。愚かにゃ」

ジャコ「黙れ、ネコ侍。ワシは決して捕まらん」

ネコ 「ジャコ丸よ、この因縁も、ここで終わりにしてやるにゃ」


野上 顔をあげるが、二人の勢いについていけない

ネコ&ジャコ 切りあい

ネコ 最終的にジャコを切る


ジャコ「ぐああああ」

ネコ 「勝ったにゃ」

ジャコ「これで、これで終わりと思うなよ、ワシが死んでも貴様はワシの組織に追われ続けるのだ」


ネコ  無言でジャコの体をまた切る


ジャコ「ぐああああ、く、ワシもここまでか」


ジャコ 倒れそうになりながらふと体制を整えて


ジャコ「思い起こせばたわいも無い一生だった」

ネコ 「いいかげん死ねにゃ」


ネコ  再びジャコを切る


ジャコ「ぐあああ」


ネコ  ジャコを切る


ジャコ「くあああ」


音響 FO

ナル  下手から登場

ナル  白い服
    片手にはハリセン

ナル  さりげなくジャコの後ろに回る

ネコ  ジャコを切る


ジャコ「ぐあああ」


ジャコ 倒れる


ネコ 「やった、にゃ」

ジャコ「まだまだワシはやられんぞ」

ナル 「ドリフコントをやってるんじゃなーい」


ナル  ハリセンでジャコをひっぱたく

ジャコ はっとしてナルに気づく

ネコ  ほっとする


ネコ 「やっとおわったにゃ〜」

ナル 「(ジャコに)まったく。あんたがやりたいって言ったから悪役やらしたのに、
    死ななかったら話し終わらないでしょ」

ネコ 「ほんとうにゃ。まるでコントにゃ」

ジャコ「だって、あたしはただ(ナルの怒った顔に気づいて)・・・ごめんなさい」

ナル 「分かればいいのよ」

ネコ 「まぁ仕方ないにゃ。元々設定に無理があったにゃ」

ナル 「まぁねぇ。時代劇やりたいって言ってた時からなんか嫌な予感はしたんだけどねぇ」

ジャコ「いいじゃない。久しぶりに、いい悪役をやれたし」


ジャコ 気分爽快といいたげに汗を拭う


ナル 「(ぼそ)変態」

ジャコ「なんか言った?」

ナル 「べつに。ただ『大変』だなって」

ジャコ「ならいいけど」

ネコ 「ところでさっきから気になってたんにゃけど」


ネコ  舞台上手を指しながら


ネコ 「にゃんか人がいるんにゃけど、みんなノーリアクションにゃ?」

野上 「あ」

ジャコ「あら、本当」

ナル 「もしかして久しぶりの死人?」


ナル 言いながら野上に近づいていく
野上 状況についていけない

ナル 「ああ、大丈夫。取って食おうなんてしないから。ほら、こっちおいで」

野上 「あ、でも、あの、私・・・」

ジャコ「(なんかだんだん声がでかくなる)おいで、おいで、おいで」

ネコ 「おびえさせるにゃって」


ネコ  ジャコをどつきながら野上に近づいていく
    野上の後ろに回る(上手側)


ナル 「あんたはボスにでも知らせてきなよ」

ジャコ「はいはい」


ジャコ 下手へ退場

ナル 野上を包囲するように両手を差し伸べている(下手側)


ネコ 「恐がること無いにゃ。別にここは危ない宗教団体とか、気違い養成所でもないにゃ」

野上 「あの・・・ここは?」

ナル 「まぁまぁ、まずは立ってこっちに来なさいよ」


野上 言われるままに立ち上がる
ネコ 包囲網を狭めていく


ネコ 「もうちょっとこっちに来るにゃ。もうじきボスも来るしにゃ」

野上 「あの、ここはどこなんですか? ・・・私気がついたらここにいて」

ネコ 「ああ、ここにゃ?」


ネコ ナルを見る

ナル 頷く

ネコ 同じように頷いて


ネコ 「ここは、死後の世界って奴にゃ」

野上 「死後!?」

ネコ 「正確には、霊界88−20―3248−789○○(好きな言葉)番地 演劇科 『○○(好きな言葉)会』にゃ。」

野上 「あの、よく分からないんだけど、それってつまり?」

ナル 「つまりあなたは・・・(言いよどむ)」

ネコ 「(嬉しそうに)死んだって事にゃ」


野上  はっとしてそのまま前に倒れる
ネコ  慌てて野上を支えて
ナル  慌てて近づく


ネコ 「え、ちょっと? ねえってば?」

ナル 「・・・だめ。気絶してるわ」

ネコ 「うそ!? ボス−、助けてにゃ〜」


照明 暗転

音響 FI→(異界系)

野上 床に仰向けになる

ジャコ&ネコ&ナル
    舞台上膝をついたまま

照明 全照


ジャコ「ボスの上(かみ)様の、おなぁりぃ〜」


ジャコ&ネコ&ナル
    地面に頭をつける

ボス 下手から登場
   ゆっくりとした足取り

ボス 神主の帽子装着
   手には先っちょに紙がくっついた祈祷師の持ち物ぽい奴
   白い服


ナル 「ボスの上様、娘の様態はどうなのでしょうか?」

ボス 「大丈夫。答えは天だけが知っています」


ボス 野上のお腹の上あたりで両手を振る

野上 悪夢でも見ているのか顔をしかめる


ボス 「見える!」


後ろの四人 はっとボスを見る


ボス 「この者が赤い羽根募金の羽を、体中につけまくっている姿が」

ジャコ「赤い羽根!?」

ボス 「しかも、その赤い羽根は一円ずつ募金しながら駅を回って手に入れた物」

ネコ 「せこいにゃ」

ナル 「ああ、なんて不憫な子なの」

ボス 「それどころか、『こんな私っておちゃめ』と鏡に向かって微笑んでいる姿が」

ジャコ「うわっ恐っ」

ナル 「うちの子はそんなことでしか自分を表現できなかったんです〜」


ナル 泣き崩れる

野上 はっと目を覚まして


野上 「・・・なにやってるんですか?」

ボス 「見える!」

野上 「いや、見えなくていいですから」

ボス 「今度は緑の羽にまで手をつけている姿が」

野上 「あの、だから何の話をしているんですか?」


ボス 野上を数秒見て両手で振っていたものを下ろす

他の三人も各自演技を解く


ボス 「神主の演劇よ?」

野上 「え、演劇だったんですか?」

ボス 「そうよ。せっかくこれからイタコになって、あなたの霊を宿らすところだったのに」

野上 「あの、まったく話が分からないんですけど。ここは・・・って、そうだ私死んだって言われて」

ネコ 「気絶してたんだにゃ」

野上 「気絶? ・・・ってことはこれは夢じゃなくて」

ボス 「そうよ、あなた死んだのよ。頭にわっかないけど」

野上 「死んだ・・・・私が・・・・」

ボス 「事故にでもあったんじゃない? 多いらしいわよ。自分が死んだのに気がつかないで、
    夢だと思ったままの連中」

ネコ 「いたらしいにゃあ。ジャコとか、ジャコとか、ジャコとか」

ジャコ「あたしだって言えばいいじゃない」

ネコ 「だから言ったにゃ」

ナル 「はいはい、そこ、喧嘩しない」

野上 「事故・・・そういえば、あたし塾帰りで・・・そうだ、車、車のライトが」


野上 その場に崩れ落ちる


野上 「死んじゃったんだ・・・あたし死んじゃったんだ・・・」

ナル 「まぁ、そんなこと言ってもさぁ、その格好見る限り、あなたまだ」


ネコ  ナルの言葉を打ち消すように


ネコ 「ここも結構いいとこにゃ。ずっと演劇やってられるにゃ」

ジャコ「そうそう。住めば都ってね」

ネコ 「おばさんくさいにゃ」

ジャコ「おだまり!」

野上 「そういえば、ここは?」

ボス 「霊界88−20―3248−789○○(好きな言葉)番地 演劇科 『○○(好きな言葉)会』よ」

野上 「え?」

ボス 「まぁ、長ったらしい住所を簡単に言うと、『霊界、人間の部、日本島、神奈川県、横浜市、○○(好きな言葉)番地、演劇科。かっこ、10代後半のみ収容可能、かっこ閉じ。通称『○○(好きな言葉)会』なわけ」

野上 「あの〜?」

ボス 「簡単じゃなかった?」

野上 「はい」

ジャコ「だから、つまりは、十代の後半で死んだ人間のうち、
    ○○(好きな言葉)あたりに住んでいた演劇好きはここに来るってことよ」

野上 「あ、そうなんですか」

ネコ 「ジャコにしては分かりやすい説明にゃ」

ジャコ「私にしてはってどういうことよ」

ナル 「まったく。せっかくボスが簡単に言おうとしてたのに、横槍入れるのやめてよ、ねぇ、ボス」

ボス 「いいんじゃない、今の説明。今度から私もそう言おうかなぁ」

ナル 「・・・そうよねぇ♪ (嫉妬っぽく)よかったじゃない、ジャコぉ」


ジャコ しかたないといいたげに首を横に降る


ボス 「まぁ、説明はいいとして、あなた名前は?」

野上 「え・・・野上ですけど」

ボス 「野上、ねぇ。下の名前は?」

野上 「ジュン、です。」

ボス 「ふーん。じゃあ、ノンちゃんね」

野上 「へ?」

ボス 「あなたのあだ名。今日からノンちゃんだから。私はボス。んで、あれがネコで、ジャコで、ナル」

ジャコ「よろしく」

ナル 「よろしくね」

ネコ 「皆よろしくばかりにゃんて、ボキャブラリーのないれんちゅーにゃ」

ジャコ&ナル
   「余計なお世話よ」

ボス 「(苦笑)面白い連中でしょ?」

野上 「はぁ」

ボス 「あとの細かいことはネコにでも聞いて。あたし、ちょっと休むからぁ」

ナル 「あ、それだったら私、気分が和む歌、歌ってあげるわよ。最近考えたの」

ボス 「なによそれ? お経でも歌い出したら殴るわよ」


ボス 下手へ退場


ナル 「まっさか。素晴らしい音楽にボスの心は和みまくりよ」


ナル 下手へ退場


ネコ 「気分が歪むの間違いにゃ」

ジャコ「ナルの歌はジャイアンの最盛期みたいなもんだからねぇ」

野上 「あの・・・」

ネコ 「うにゃ? どうしたにゃ?」

野上 「まだ、よくついていけてないんだけど」

ネコ 「だったら、教えてあげるにゃ」


ネコ 野上に近づく


ジャコ「んじゃあたしもちょっと休むわ。またなんかやるときになったら呼んで」

ネコ 「わかったにゃ。あ、そうだにゃ。あれ、頼むにゃ」

ジャコ「あれ?」

ネコ 「新人さんには、あれが一番、ってボスが言ってたやつにゃ」

ジャコ「ああ、わかったわ」


ジャコ 下手へ退場


ネコ 「んじゃ、まずノンちゃん」

野上 「・・・やっぱり、そう呼ばれちゃうんだ」

ネコ 「気にすることないにゃ。私だって、ぱっと見で『ネコ』って名づけられたにゃ」

野上 「ぱっと見ってより、その口癖じゃないの?」

ネコ 「それもあるかもしれにゃいけど・・・とにかく、よろしくにゃ」

野上 「うん。よろしく」

ネコ 「たぶんあたしがノンちゃんと一番年が近いにゃ」

野上 「どういうこと?」

ネコ 「にゃって、まだあたし、死後一年位にゃ。ここに来ると時間が良くわからにゃくなるけど、
     そんなもんのはずにゃ」

野上 「ネコ・・は、何歳のときにここへ?」

ネコ 「17にゃ」

野上 「じゃあ、私とおんなじだ」

ネコ 「やっぱり。でも、一年経っているから、あたしの方がお姉さんにゃ」

野上 「そりゃ、そうかもしれないけど」


ジャコ 下手から登場
    お茶を入れたお盆を持っている&お茶請け


ジャコ「はい。あの世特別、昆布茶よ」

野上 「ど、どうも」

ネコ 「あとは、私がやるにゃ」

ジャコ「ん。じゃあ、任せるわ」

ネコ 「大丈夫。ジャコよりは不器用じゃないにゃ」

ジャコ「ふん。後で覚えておきなさいよ」


ジャコ 下手へ退場


ネコ 「あんなこと言ってるけど、次ぎあうときには忘れているにゃ」

野上 「へぇ」

ネコ 「(お茶を入れながら)正直、今まで『○○(好きな言葉)会』ではあたしが一番年下だったから、
    嬉しいにゃ。やっと、後輩ができたにゃ」

野上 「あ、そうなんだ」

ネコ 「そうだにゃ。○○(好きな言葉)番地で、演劇好きなんてなかなか十代では死なないにゃ。
△番地が結構広いせいで、死んだ人がいっぱいだからって、支店みたいな感じでできたらしいにゃ」

野上 「死後の世界も複雑なんだねぇ」

ネコ 「でも、区分けされているだけで、そこで社会を作るのは結局人間にゃ。
    同じ演劇好きしかいないところでも、
    派閥争いばっかりで演劇が全然できなかったりもするにゃ」

野上 「人数が多いって言うのも考えものだねぇ」

ネコ 「そうだにゃ。だから、あたしはこの場所がすごく気に入ってるんにゃ。なんせ、
    死んでからも劇ができるなんて思ってにゃかったしにゃ」

野上 「そっか、すごいねここ」

ネコ 「ここじゃないいにゃ。『○○(好きな言葉)会』にゃ」

野上 「『○○(好きな言葉)会』?」

ネコ 「この場所呼び名にゃ。ボスが決めたらしいにゃ」


ネコ お茶を飲んで一息つく


野上 「へぇ。『○○(好きな言葉)会』か・・・(お茶を飲んで)・・・なんか変な味」

ネコ 「あの世の味にゃ」

野上 「あの世の? ・・・ごちそう様」

ネコ 「もういっぱい飲むかにゃ?」

野上 「ううん・・・」


音響 CI→心電図



野上 声が聞こえた途端に腕を抑える
   器を手から落とす。


執刀医(ボス)「輸血早く!」

助手 (ナル)「はい!」

執刀医(ボス)「くそ、だめだ。神経はバラバラ。骨も繋ぎようがない」

ネコ 「どうしたにゃ?」

野上 「(おびえて)声が、声がするの」

執刀医(ボス)「やはり切断か・・・のこぎり」

助手 (ナル)「はい!」

執刀医(ボス)「体力が持てばいいが・・・早く済ませるぞ」

助手 (ナル)「わかってます」


音響 FO


野上 「右腕が・・痛い・・・」

ネコ 「右腕?」


ネコ はっとするが、何食わぬ顔で右腕をさする


ネコ 「・・・大丈夫にゃ?」

野上 「うん。・・・なんだったんだろう、今の」

ネコ 「さぁ、にゃんだったんだろうにゃ」


ネコ 不自然に誤魔化して立ち上がる


野上 「ネコ?」

ネコ 「そろそろ行くにゃ? ノンちゃんも、次の劇から参加したいにゃら、ボスに言わなきゃにゃ」

野上 「・・・うん」


野上 右腕を抑えながら
ネコ 野上を引っ張っていく


野上 「あ、そうだ。一つだけ、いい?」

ネコ 「なんにゃ?」

野上 「私の服・・・なんか、片方だけ白いんだけど。
     それに、ネコは下半分だけ・・・他の人は皆白い服なのに」

ネコ  一瞬はっとするものの表情を取り繕って

ネコ 「・・・ああ、それはにゃ。死んでからすぐには完全に白くならないで、徐々に白くなっていくにゃ。
わたしも、今はこんなに白くなったけど、昔はちゃんとした服だったにゃ。服の白さが、
霊界にいる長さだと思えばいいにゃ」」

野上 「あ、そうなんだ。わかった」

ネコ 「じゃあ行くにゃ」

野上 「うん」


照明 暗転
CI→明るい色
音響 CI→派手な奴(「剣の舞」とか)


ボス 下手から登場
   海賊の格好をしている(帽子と眼帯程度)

ナル 剣士っぽい格好

ボス&ナル
無言のままに、音楽に乗って二人打ち合っている


ネコ&ジャコ
   下手より登場
   片方男役(ジャコ)
   片方女役(ネコ)
   別れを告げる男に、女がしがみつき、跳ね飛ばされる(無声演技)

男(ジャコ) 去っていく(上手へ退場)
女(ネコ)  泣きながら下手へ退場

ネコ 下手から登場
   扇子で扇いでお姫様っぽい奴

野上 下手から登場
   従者役


ボス&ナル
   ボスの切っ先によってナルは倒される
   ボスは、それを見て満足したように笑いながら下手へ退場   

ネコ 目の前に倒れているナルを見て、扇子で口元を隠しながら従者になにか言う
野上 神妙な顔つきで懐からハンカチを取り出してナルの上にかぶせる
ネコ 満足そうに微笑むとナルをハンカチ越しに踏みつける


ナル 「いたたたたたたたたた」


音響 CO
照明 CI→もとに戻す


ネコ 「おかしいにゃ。死体が喋るにゃんて」

ナル 「『死体が喋ってるわ』じゃないわよ! なにふんずけてるのよ」

ネコ 「何言っているにゃ。今の私は冷酷なお姫様にゃ」

ナル 「やめやめ! とりあえず一時中止してよ」

ネコ 「はいはい」

野上 「終わりですか」


野上 言ったあとで何かに気づいたように腕を抑える
   その場にへたれ込む

ボス 下手から登場


ボス 「あら? もう終わっちゃうのぉ? これからが見ものだと思ってたのに」

ナル 「ボス〜酷いよそれ」

ボス 「なに言ってるのよ。海賊に倒されたと思っていた正義の騎士は、お姫様のくちづけならぬ、
靴づけで復活したのよ。そして、これから彼の逆転が始まるところだったのに」

ナル 「そんなのこの私には似合わないって」

ネコ 「そんなの似合うのなんてナルしかいないにゃ」

ナル 「(どすの利いた声で)なんかいったかよこの雌猫」

ボス 「うわ下品」

ネコ 「本性出たにゃ」

ナル 「えぇー? ナルわかんなーい」

ボス 「さ、いつまでもこんなところに固まっていても始まらないわ。皆また各自劇練習に戻って」

他  「はーい」


ボス  下手へ退場


ナル 「あ、ボス、まって」


ナル  下手へ退場
ジャコ 上手から登場


ジャコ「呼ばれもしなかったあたしって一体」

ネコ 「無意味にゃ」

ジャコ「なに!?」

ネコ 「なんでもないにゃ〜」

ジャコ「ふん。さぁって、今度はなにやろうかしら」


ジャコ 言いながら下手へ歩いていく
    ふと気づいて


ジャコ「ノンちゃん? どっか悪いの?」

野上 「え? ううん。・・・なんでもない、と思う」

ジャコ「そう」


ジャコ 猫の肩を叩きながら下手へ退場
ネコ  一瞬、野上を気遣わしげに見てから下手へ退場


野上 「・・・どうしちゃったんだろう・・・私・・・もう、仕方ないのに・・・帰れないのに・・・
    悩んだって、意味、ないのに・・・・」


ナル 下手から登場


ナル 「大丈夫!?」

野上 「え、あ、うん」

ナル 「・・・あ、もしかして呼ばれの?」

野上 「え?」


ナル 野上の方を見ずに


ナル 「そうだよね。ノンちゃんはまだ帰れるんだもん。呼ばれたっておかしくないよねぇ。
    うん。いいことだよ。うんうん」


ナル 一人で納得している


野上 「帰れる? どこへ?」

ナル 「なにいってんの! そんなの一つしかないじゃない〜」

野上 「一つって」

ナル 「まったく心配して損したよ〜。さぁて、私は練習しよっかなぁ」


ナル 下手へ退場しようとする
   ぼそりと


ナル 「いいなぁ・・・・」


ナル 下手へ退場

野上 前を見て呆然としている


野上 「帰れる? ・・・私、死んだんじゃないの?」


音響 ノイズ音が混じった音楽(大人しめ)

野上 「痛っ」

野上 右腕を抑える

声 母親 つかれきった声
     その中に無理に優しさを入れようとしている

母(ジャコ)「ジュン、あなたの好きな音楽なんだってね。友達が持ってきてくれたわ」

野上 「お・・かあ・・・さん?」

野上 愕然とする

母  「お母さん、あなたがこんな曲聞くなんて知らなかった・・・」

野上 「お母さん? お母さん! ・・・どこにいるの?」

母  「あなたは、いつになったら目覚めるんでしょうね?」

野上 「お母さん、私はここ! ここよ。ここにいるの」

母  「あんな遠い塾に通わせようなんて思わなかったら、こんなことにはならなかったのかしら」

野上 「違う・・・悪いのはお母さんじゃない・・・痛っ」


野上 腕を抑える


母  「生きていてくれればいいのにね。あなたが、生きていてくれれば・・・」

野上 「お母さん・・・腕が、腕が痛いの。腕が、時々すごく痛くなるの。ねぇ、お母さん。私、ここだよ。
ここにいるよ、ねぇ!」


音響 FO


野上 「腕が痛いの・・・すごく・・・すごく痛いの。まるで、私のじゃないみたいに・・・」


証明 暗転
FI 薄暗い

野上 舞台上手でうずくっている


ネコ 下手から登場


ネコ 「ねぇ、ノンちゃん」

野上 「・・・・・・・」

ネコ 「一緒に、演劇しないにゃ?」

野上 「・・・・今は、いい」

ネコ 「(ため息)」


ネコ 下手へ退場しようとする
ボス 下手から登場


ネコ 「ボス・・・」

ボス 「ノンちゃん。元気ないわね」

ネコ 「うん。(無理に元気を出すように)やっぱり、まだ慣れてないのかにゃ」

ボス 「ネコが言えないなら、私から伝えましょうか?」

ネコ 「え・・・」

ボス 「ネコに教えたのは私なんだから。いいのよ。私は」

ネコ 「知っていたのにゃ?」

ボス 「知らせるのが辛いのも分かるけど。でも、ネコから知らせるのが一番ノンちゃんにとっても、ネコにとってもいいと思って」

ネコ 「私にとっても?」

ボス 「いつまでもいられないでしょう?」

ネコ 「私は帰りたくなんてないにゃ!」

ボス 「・・・・・・そう」

ネコ 「・・・ノンちゃんにはちゃんと知らせるにゃ。ボスは何もしなくてもいいにゃ」

ボス 「・・・・・分かったわ」


ボス 下手へ退場

ネコ 決心した顔で野上へと向かう

野上 俯いている


ネコ 「・・・声、また聞こえるにゃ?」

野上 「・・・・今日は、まだ聞こえない」

ネコ 「毎日、聞こえるにゃ?」

野上 「・・・・うん。どうしちゃったんだろう、私。」

ネコ 「こうなるんじゃないかって思ってたにゃ」

野上 「・・・・・え?」

ネコ 「・・・本当は、そうならなきゃいいににゃって思ってんにゃけど」

野上 「何を、言ってるの?」

ネコ 「時々にゃ、聞こえるんにゃ。あっちの世界の声が。まるでラジオのチューニングが合さった瞬間みたいにはっきりと」

野上 「ネコ・・・も、なの?」

ネコ 「・・・たぶん、『○○(好きな言葉)会』では、あたし達二人だけにゃ」

野上 「どういうこと?」

ネコ 「・・・・嘘、だったにゃ」

野上 「・・・嘘?」

ネコ 「ノンちゃんが死んだってのは、嘘なんだにゃ」

野上 「・・・私、生きてるの?」

ネコ 「たぶん、意識不明の重態って事にはにゃってると思うけど。・・・でも生きてるにゃ」

野上 「生きてる・・・じゃあ、何で私はここに?」

ネコ 「それはあたしにもわからにゃいけど。でも、帰ろうと思えば帰れるにゃ。だから、声が聞こえるんだにゃ」

野上 「帰れる・・・私、帰れるの? お母さんのいる場所へ?」

ネコ 「そうだにゃ。それ以外に、帰る場所なんてあるにゃ?」

野上 「ないけど・・・でも、だったらネコも?」

ネコ 「帰れるにゃ。もちろん。・・・ただ、帰る気はないにゃ」

野上 「どうして?」

ネコ 「・・・前に、ノンちゃん聞いたにゃ? 何で、白い服だけの人と、自分たちみたいに、
中途半端なのがいるのかって」

野上 「うん。聞いたけど」

ネコ 「・・・ちゃんと死んでしまっているなら、そこは霊界の白い衣をまとうらしいにゃ」

野上 「ちゃんと、死んでいるところ?」


野上 自分の右腕を見る
   そして、猫の下半身も


ネコ 「そうだにゃ。ノンちゃんは、元の世界に戻ったら右腕がないにゃ。たぶん、事故にあったときに、
ダメージを負いすぎて、切断したんにゃ」

野上 「・・・うそ」

ネコ 「嘘じゃないにゃ」

野上 「だって、だって私の右腕、痛いよ。ジンジンして、熱くなって。抑えてないと我慢できなくなるくらいに痛くなるよ。私・・・そんな右腕がないなんて、だって、私、演劇やりたいのに
・・・いや、そんなのいや。嫌だよ」

ネコ 「私は、もう絶対歩けないにゃ」


野上 黙る


ネコ 「私、遭難したにゃ。雪山で。寒かったにゃ。全身しびれて・・・死ぬと思ったにゃ。でも、たぶん、
運良く発見されたんにゃ。そして、聞こえたにゃ。『足はもう壊死(えし)してしまってる。
食い止めるには切断しかない』」

野上 「そんな・・・」

ネコ 「今ごろ、病院のベットの上で、手だけ生えたダルマみたいに転がってるにゃ。もしかしたら、

足だけじゃなくて腰までなくなっているかもしれないにゃ。どうしたって、演劇は無理にゃ」

野上 「ネコ・・」

ネコ 「いいんにゃ。私はここにいたいんにゃから。今の皆好きだし。ずっと、ずっとここにいたいにゃ
・・・そして、ノンちゃんにも、ここにいて欲しいにゃ」

野上 「あたしは」

ネコ 「ここは素晴らしいところにゃ。生きている間、できなかったことが皆・・・ではないけどできるにゃ。
これからずっと生きていても、辛いことばっかりにゃ。泣きたくなることばっかりにゃ。
だったら、ここで好きなことだけやっていた方がいいにゃ」

野上 「・・・ネコには待っててくれる人がいないの?」

ネコ 「・・・お母さんも、お父さんも、時々病院に来てくれるにゃ。いつも、私のこと呼んでくれるにゃ」

野上 「辛く、ないの?」

ネコ 「辛いにゃ。見えないラジオの周波数がだんだんと合っていくのが見える見たいにゃ。はじめ雑だった音が、
いきなり綺麗になって、そして聞こえるにゃ『帰って来い』て・・・それでも、わたしは『○○(好きな言葉)会』にゃ」

野上 「私は・・・」

ネコ 「ノンちゃんのことは、ノンちゃん自身が決めることにゃ。でも、結局人間はいつか死ぬにゃ。だったら、
死ぬ時を自分で決めれた方が幸せにゃ」


ネコ 下手へ退場

野上 右腕を抑えたままじっと立っている


野上 「私は・・・わからないよ・・・・私には、わからないよ・・・」


野上 上手手前でうずくまる

照明 舞台下手側のみ明るく

音響 FI→寂しげ
   台詞中FO

ボス 下手より登場
ナル&ジャコ 
   下手より登場


ボス 「皆はもう知ってると思うけど、もうネコがここに来てから一年になるわ」

ジャコ「あっという間だったわね」

ナル 「確かに。でも、いい加減このままってわけにもいかないわよ」

ボス 「そのとおり。・・・・簡単に、決を取る形でいいわよね?」

二人 「もちろん」

ボス 「・・・返した方がいいと思う?」


三人とも手をあげる


ボス 「決まりね」

ジャコ「・・・さびしくなるわ」

ナル 「まぁ、ノンちゃんもいることだし」

ボス 「そうね。今なら、帰りやすいでしょうね」

ジャコ「・・・久しぶりよね。ここから誰か帰るなんて」

ボス 「本当に・・・でも、やらないわけには行かないわ」


二人 頷く


ボス 「さぁ、『○○(好きな言葉)会』の劇練習をしに行くわよ。いい舞台にしましょう」

二人 「OK」

ジャコ「さ、悪役らしくきりりといこうかしら」

ジャコ 上手へ退場

ボス 「ナル・・・あんた、さびしそうねぇ」

ナル 「まさか、あたしが寂しいわけ・・・」

ボス 「私は寂しいわよ」

ナル 「・・・・・・寂しいわよ」

ボス 「(苦笑して)行きましょう?」


ボス&ナル
下手へ退場

照明 暗転
音響 →雨

野上 上手前方で膝を抱えている

照明 全照(薄暗い)

ボス 下手から登場
   傘を差している。もう片手には手提げ
   ナルの口上道理の動きをする


ナル 羽織を着て登場
   下手前方に座る 片手には扇子
   活動写真の口上屋役
   威勢良く喋り始める


ナル 「雨が降りしきる五月、一人の女が街を行く
    ザザァ、ザザァ。雨はしきりに女の傘をぬらしております
    時折俯く目には涙。振り向く先に人影はなし。
    振り切るように歩き出すその先に、現れたのは天下の悪党ジャコ次郎」


ジャコ 上手から登場
    傘を差さずに不敵な顔をしている

ジャコ 無声演技
ボス  おびえながらも、相手に答える無声演技


ナル 「『おい、姉ちゃんすまんがちょっと金を貸してくれねぇか』
    『すいませんが、お金は持っておりません』
    『だったらその、高価そうな手提げをいただこうじゃねえか』
    『これだけはご勘弁を』
    男の腕がぬっと女の手提げに伸びる。逃れる女。追う男。
    女の声は降りしきる雨の中へと消えていく。ザザァ、ザザァ」


ネコ 下手から登場
ナル 乗りに乗っている


ナル 「と、そこへ、現れたのが我らの味方。
    どこの誰だか知らないけれど、誰もが皆知っている。
    ネコ田三郎、人呼んで、日光仮面」


ネコ  素早くナルに向いて


ネコ 「こいつ、思い切り正体喋ってるにゃ」


ジャコ 勢いづいてすっころぶ

音響 CO
照明 CI→もとに戻す


ナル 「え? 私、言っちゃった?」

ボス 「ナル〜」

ナル 「いや、あの・・・そのぉ」

ネコ 「だから、ナルには口上よりも、雨の音でも作っていればよかったにゃ」

ナル 「待ってよ、今のはちょっと勢いづいちゃって」

ジャコ「まぁ、無声演劇&口上なんて活動写真のようなマネ、始めからできなかったってことじゃない?」

ボス 「ジャコには向上心ってものがないの?」

ジャコ「だって、私、悪役なら何でもいいし」

ネコ 「変態にゃ」

ジャコ「今のはかんっぺきに聞こえたわよ」

ネコ 「あら?」

ジャコ「あらじゃない!」

ナル 「まぁまぁ、もう一度やればいいじゃん。いいかげん皆許してあげなよ」

ネコ 「お前が言うにゃよ」

ボス 「(苦笑して)・・・ノンちゃん、いつまでも座ってないで、いっしょに何かやりましょう?」

野上 「・・・・・」

ジャコ「(すさまじく不自然に)あ、そういえば私、ちょっと忘れ物があったわ」


ジャコ 下手へ退場


ボス 「どうしたの? 最近元気ないじゃない?」

野上 「・・・考えてたんです」

ボス 「・・・帰るかどうか?」


野上 はっとしてボスを見る


ボス 「ナル、ちょっと席はずして」

ナル 「え? でも私はボスの傍に」

ボス 「私の言うことが聞けないの? ボス的に今のは−(マイナス)3よ」

ナル 「酷いっ」


ナル 下手へ退場


ネコ 「−3って何のことにゃ?」

ボス 「ボス愛情度よ。ナルがあんまりうるさいんで私が決めたの。ちなみに今は56点」

ネコ 「低いんだか、高いんだか分からない数字にゃ」

ボス 「1000点満点よ」

ネコ 「ゴール遠過ぎにゃ」

ボス 「あったりまえよ。私への愛情なんだから。・・・さて、ノンちゃんは悩んでいて、答えは出たのかしら」

野上 「私は・・・わかりません」

ボス 「そう。ネコは・・・もう答えは出てるのよね?」

ネコ 「はいにゃ。わたしはずっとボスについていくにゃ」

ボス 「・・・・ノンちゃんは、なにがそんなに悩む原因になっているのかしら?」

野上 「・・・私、演劇が好きで、演劇ばっかりやっているのすごくいいと思ったんです。だけど」

ボス 「だけど?」

野上 「・・・これは違う気がして」

ボス 「違う?」

ネコ 「なんで? 皆好きな演劇をやっているにゃ。演じることが楽しくて、
皆で次の演劇を考えることも楽しくて」

野上 「でも! ・・・・でも、ここにはお客さんがいないよ」

ネコ 「客なんていなくたっていいにゃ」

野上 「私は、何で劇をやっていたんだろうってずっと考えてた。ううん、劇をやりたかっただけじゃなくて、
演劇の道へ進みたかった。もし入れたら劇団に入って、・・入れなくても、劇関係の仕事に入ろうって。
ずっと思ってた」

ネコ 「じゃあ、夢がかなったにゃ。『○○(好きな言葉)会』に入れたんにゃから」

野上 「違う! 違うの」

ネコ 「なにが違うにゃ」

野上 「私がやりたかったのは、お客さんの前で劇をやることだったの。演劇をただやるんだったら、
誰もいない場所で台詞覚えて、それをすらすら言えることに自分で感心していればいい。
そうじゃなくて私は、私は」

ボス 「多くの人に劇を見てもらいたかったのね。そして知ってもらいたかった。自分がどれほど劇を好きなのか」

野上 「ボス・・・」

ボス 「同じよ。私もそう。ずっと、私は劇の道に進むんだって思ってた。親に反対されたって、
一人でお金を稼いででもやるんだって。・・・下手の横好き? それだっていい。演劇っていう世界の中で
死ぬんだったら、それでもいいって思ってた。ずっとね。・・・交通事故なんかであっけなく死ぬまでね」


ジャコ 下手から登場


ジャコ「自分は最高の役者になる。そう信じてたわ。何の確信だってないのに、有名な劇団の劇を見るたびに、
自分がいつかこの人たちと勝負するんだって思ってた。・・・そして、同じくらい信じてた。
自分は死ぬわけないんだって」


ナル 下手から登場


ナル 「いつからだなんて分からない。自分が演劇を好きになったのが一体何が始まりだったのか、なんて。
だけど、私は劇がしたかった。私が生きているって感じられるこの世界で、ずっと生きていくんだって思ってた」


ボス&ジャコ&ナル
   「だけど、私たちは死んだ」

ネコ 「それは、私だって同じにゃ。もう私は」

ボス&ジャコ&ナル
   「私たちは死んだ」

野上 「私は・・・ううん、私たちは生きてる」

ボス 「そう。生きている。あなた達はまだね」

ネコ 「生きろって言うにゃ? ボスは私に。こんな体になっている私に。これから、
一生不自由な世界で生きていけって」

ボス 「あなたにとっては残酷でしょうけど」

ジャコ「でも、ネコは生きているのよ。だから」

ナル 「私たちの分も生きて欲しい」

野上 「みんなの分も・・・生きる」

ネコ 「そんな、だって、皆言ってくれたにゃ。私は、『○○(好きな言葉)会』だって」

ボス 「ええ。言ったわ」

ネコ 「いまさら捨てるなんて、酷いにゃ。私、生きていたくない・・・生きたくないにゃ」

ボス 「ネコ・・・」


ネコ その場に崩れる
ボス その体をなでる


野上 「私、私・・・」

ボス 「あなたは生きて」

ナル 「そして思い出して。夢だと思ってくれてもいい、だけど」

ジャコ「私たちはいたんだって。時々でも思ってくれれば」

野上 「・・・(頷く)私、生きます」

ボス 「・・・暗闇を手探りで進むのは恐すぎて、人は何かに頼ってしまうの。夢とか、思い出にしがみついて、
いつのまにかとどまりすぎた水の中にいる。濁りきった生ぬるい場所。
その中で決して届かぬ場所を見つめながら、・・・自分自身を納得させてしまう。そんな人にはならないで」

野上 「それは、もしかして・・・・」

ボス 「行って。決して振り向かないで。そして、今度はネコを救ってあげて。私たちが届かないあの場所から、この子に呼びかけて」

野上 「・・・はい」

野上 上手へ走る
   上手へ退場


ボス 「私たちは『○○(好きな言葉)会』」

ナル 「ただ、好きだった」

ジャコ「演劇が、演じることが」

ネコ 「ずっと、このまま演劇のことを考えるんだと思ってた」

ボス 「でも、死んだ」

ナル&ジャコ
   「死んだ」

ネコ 「私は・・・・」


照明 暗転
音響 CI

ボス&ジャコ&ネコ&ナル
  上手へ退場

野上 中央待機

大道具設置(簡易ベッド)

照明 中央スポット

野上 右腕をだらりとさせている
   (観客に右腕見られないよう注意)

音響 FO


野上 「闇の中を走ってた。恐くって、頼りなくって。何かにすがりたくってたまらなかった。
    かきわけるように伸ばした手が、片方だけ上がらなかった。
    この手は死んでいるんだ。・・・でも、私は生きているんだ。
    闇の中で、光なんて見えなかった。だけど、私は知っていた。
    次に目をあければ、右腕のない残酷な世界が待っているって。
    それでも・・・・私は生きているって」

照明 暗転

野上 ベットに寝る

音響 CI→優しげな音楽
照明 全照

野上 じっと天井を見ている

看護婦(ナル) 看護婦の格好で上手より登場
      

看護婦「野上さん・・・・まだ眠っているのね」

野上 「・・・看護婦さん」

看護婦「え?」

野上 「看護婦さん、私、起きたいんですけど。なんか、上手く体が動かなくて」

看護婦「ちょ、ちょっとまってね。起きたばかりだからそんな無茶しちゃダメよ」


看護婦 野上の体を起こす
野上  ゆっくりと体を起こしてから


野上 「ありがとう」

看護婦「どういたしまして。まっててね、今お医者呼んでくるから」

野上 「お母さんは・・」

看護婦「いつも、午後からやってくるのよ。でも、おうちに連絡しておくわね」

野上 「ありがとうございます」

看護婦「いいのよ。仕事なんだから」


看護婦 上手へ退場


野上 「・・・生きてる。私、生きてるんだ・・・腕、動かないや・・・」


野上 一瞬顔を伏せた後
   元気な表情を見せる


野上 「探さなきゃ。ネコのこと、探して、言わなくちゃ。生きようって。一緒に生きて、演劇をしようって。
私たちは生きているんだから・・・・絶対に見つけるからね」


音響 徐々に上げていく
照明 まばゆくしてから落としていく

暗転