Ｌｉｋｅ　Ｐ
（ピアノのように） ９人ver
作　楽静

登場人物

※　途中暗幕に役者が包まれるシーンがありますが、あくまで「暗幕（のようなもの）」であり、実際の暗幕を使うことはお勧めできません（暑いので）



「ピアノ」という名の由来は、イタリア語の「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」（Clavicembalo col piano e forte）、もしくはそれに類する表現である。
歴史的には「ピアノフォルテ」（pianoforte）や「フォルテピアノ」（fortepiano）と呼ばれ、一般に楽譜には「ピアノフォルテ」または「フォルテピアノ」、略して “Piano” や “pf” と表記される。
（出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』）


なんてことは、物語にはあまり関係ない。





0　全ての始まりもくだらなく

　　　　　放課後の教室。芸術の〜等と表現される季節。
　　　　　誰かにとっては食欲の季節。
　　　　　
　　　　　幕が閉まった状態で始まる必要が無ければ、
　　　　　いつもの教室がそこにある。
　　　　　机。椅子。ドア。そして、教卓。教卓横のキャスター付椅子
　　　　　教卓の上には不思議な模様の花瓶がおいてある。
　　　　　花は挿してない。

　　　　　音楽と共に当たりは闇に包まれる。
　　　　　少し昔の演劇のように、サスが当たる。
　　　　　オオサワキナコが浮かび上がる。


キナコ　英語の時間、イシカワ先生が黒板に書いた文章、He swims like the dog.　訳すよう当てられた私は元気に叫んだ。「彼は泳ぐ。犬好きだ！」途端クラス中大爆笑。He swims like the dog.　イシカワ先生は苦笑しながら正しい訳を教えてくれた。「彼は、犬のように泳ぐ」　犬かきならそう言えって感じ。本当ライクって単語は面倒くさい。好きなのか、そうじゃないのかはっきりしろと言ってやりたくなるような単語だ。「ライク・ピアノ（Like Ｐ）」だからこれも、ピアノ好きの話ってわけじゃない。好きならもっと簡単に物事は上手くいくのに。「ライク・ピアノ（Like Ｐ）」フォルテのように強くは自己主張できない私たちは、ピアニッシモで会話する。「ライク・ピアノ（Like Ｐ）」こんなに主役のように話している私、ことオオサワキナコは、これ以降、40分は出てこない。でも、あえて言おう。私こそが、このオオサワキナコこそが物語のキーパーソンだと。なぜなら物語は、フォルテ・フォルティッシモでもまだ足りないほどの、この私の悲鳴と、メッゾ・ピアノほどの嘆きから始まったと言っても過言ではないからだ。それは、なんでもない夕方、どこにでもありそうな場所で突然聞こえた悲鳴だった。


　　　　　と、キナコは右手を突き上げるようにして叫ぶ。


キナコ　腕がぁ！　あたしの腕がぁ！〜　（突然情け無く）折れたかも。


　　　　　音楽高まる。
　　　　　溶暗。

１　なんとなく盛り上がってしまったとある遊び。

　　　　　音楽が止まる。
　　　　　闇の中（もしくは幕が閉まった状態のまま）声が聞こえる。
　　　　　（以下、録音でもよい）


アヤ　「さあｌ、バッターボックスには満身創痍の古道クミ選手。マウンドでは早井タマヨ選手が、不敵な笑顔を浮かべております。
　　　　カウントはツーアウト・ツーストライク・ワンボール。ランナー無し。ここで出なければ後がありません」

タマヨ　「打てるものなら、打ってみな」

クミ　「御託はいい。早く投げて」

タマヨ　「その口、二度ときけなくしてやる！」

ヒトミ　「あの、やっぱりこういうのは、その、こういう場所でやらないほうが（いいと思うんだけど）」

アヤ　「ピッチャー、振りかぶった！」


　　　　　すごい球が投げられる音。


ヒトミ　「きゃあっ」


　　　　　そして、ガチャンという何かの音の中、幕が開く。
　　　　　（幕を閉めなくてよい状況なら）
　　　　　そして、明かりがつく。


２　冷静になればすべてばかばかしい。


　　　　　教卓を囲むように、呆然とした四人の姿がある。
　　　　　腰を落とした格好のまま固まるヒトミ。
　　　　　アルト・リコーダー（尻部分が無い）を手に立ったままのクミ。
　　　　　何かを投げた格好のままのタマヨ。
　　　　　少し離れた椅子の上で信じられないものを見る目のアヤ。
　　　　　そして、教卓から落ちて真っ二つに割れた花瓶。
　　　　　少し離れたところに転がるボール
　　　　　（ガムテープを何かに巻いたもの）

ヒトミ　……え、えっと。

アヤ　（花瓶に近寄り）すごい。真っ二つだよ。こんなにきれいに、めったに無いよね。（誰にともなしに）ね？

クミ　（無言で自分のカバンによる）

アヤ　破片もほとんど落ちてない。すごいね。ある意味芸術だよ。評価はされないだろうけど。

タマヨ　って、待って！　クミ、ストップ！　帰るな！

クミ　ちっ（舌打ち）

ヒトミ　だから、止めようって言ったのに。

クミ　（タマヨに）ノーコン。

タマヨ　いや、違うでしょ？　あたしちゃんと投げたでしょ？　（アヤに）ねぇ。投げたよね？

アヤ　（花瓶をしげしげと見つつ）うん。投げてたよ。

クミ　じゃあ何でよ。当たったの、（ボール指して）あれでしょ？

アヤ　違うよ。おしり。

タマヨ　おしり？

クミ　誰の？

アヤ　（クミが持ったままのアルト・リコーダーを指す）それの。（と、アルト・リコーダーの尻部分を出す）ほら。

クミ　（アルト・リコーダーを見る）返して。

アヤ　（返す）はい。

クミ　（笛に差し込むとカバンに入れ）今日、塾あるから。

タマヨ　待て待て待て待て。つまりこういうこと？　クミが、思いっきり笛振ったせいで、それが外れて、で、花瓶に当たったと。じゃあ、あんたのせいじゃん。

ヒトミ　でもよかったよね、花瓶で。苦楽さんに当たってたら、怪我してたかもしれないし。

アヤ　そしたらクミに医療費請求できたのに。残念。

クミ　こんなのが当たったくらいで花瓶落ちる？　普通。

タマヨ　落ちたんだからあんたのせいでしょ。

アヤ　いやぁ。アヤのアルト・リコーダーが当たったくらいでは落ちなかったんだけどね。

タマヨ　どういう意味よ？

アヤ　教えてほしい？


　　　　　と、アヤはタマヨに手を出す。


タマヨ　何この手は。

アヤ　情報料〜

タマヨ　その情報で誰がやったかしっかりわかるんでしょうね？

アヤ　自信はある。

タマヨ　（アヤの手のひらを叩きながら）帰りにジュース一本。

アヤ　毎度あり〜。

タマヨ　何であたしが払うかなぁ？

ヒトミ　別に犯人探しなんてしなくても、

アヤ　まぁまぁ、旅野さんも関係あることだから、さっきの位置について。

ヒトミ　私も？

アヤ　あ、クミはバット（アルト・リコーダー）持って、バッターボックスね。で、タマヨはこれ。


　　　　　と、タマヨにボールを渡す。


タマヨ　また投げるわけ？

アヤ　いやいや。投げる振りだけでいいよ。後私がやるから。さぁあ、では再現開始！　「ピッチャー振りかぶった」


　　　　　思わず、タマヨがボールを投げるポーズ。
　　　　　アヤはここから説明しつつ、ボールを運んでいく。


アヤ　そう、そして、タマヨの手からボールが離れる。そのボールは高速ストレートとなって、ヒトミの手へと一直線！
　　　と、ここで、一瞬の浮き上がり！　しかし、そこに反応したかのようにクミが体制を崩しながらも、バットを振る！


　　　　　その言葉に合わせて、クミのバット（アルト・リコーダー）
　　　　　がゆっくり振られる。アヤはその尻部分を抜き取り、

アヤ　バットがボールに触れるかと思われた瞬間、アルト・リコーダーは、その振りの強さに耐え切れなくなったかのように、お尻部分が分離！　
　　　そのまま弧を描くようにお尻部分は空を飛ぶ！

タマヨ　やっぱり、クミのせいじゃない！

アヤ　ところが！　そのまままっすぐ飛んだボールに旅野さんが反応できず、まさかのキャッチングミス！　旅野さんの手ではじかれたボールは、空中でアルトリコーダーのお尻部分と合流！　まるでダンスを踊るかのよう互いに互いの回転に飲み込まれつつ、仲良く花瓶にゴーン！　花瓶は二つの力が一つとなったその強さに耐えられず落下。ガチャーン！　ボールはちょっと離れてコロコロコロ〜。お尻部分は一つだけ跳ねて、座っていた私の手にポトリ。これが、全ての真相です。


　　　　　クミが自分のカバンによると笛を片付ける。
　　　　　そして、カバンからテープなどを出した。


タマヨ　……え、ってことは、つまり？

ヒトミ　ごめんなさい。

タマヨ　いや、違うでしょ。え？　ちがうよね？

ヒトミ　でも、私だよね、悪いの。

タマヨ　いや、だって違うでしょ？　ってクミ、何してるの？

クミ　花瓶直す。テープ持ってるし。

ヒトミ　あたしが変にはじいちゃったから、それで、

タマヨ　いや、旅野さんが悪いわけじゃないし。

アヤ　そう。気にすること無いよ。タマヨのボールなんてあたしらにも取れないから。

タマヨ　そうそう！

アヤ　だてに、運動部やってないし。

タマヨ　ソフト部でーす。

アヤ　上手いほうらしいし。

タマヨ　エースでーす。

アヤ　バカだし。

タマヨ　バカでーす。おい！

アヤ　まぁ、目撃者もいないし。応急処置だけして知らん振りすれば、ねぇ？　いいんじゃない？


　　　　　と、その言葉の途中でカホがやって来る。
　　　　　カバンを肩にかけている。


３　そんなこと言うとやって来ちゃうんだこれが。


カホ　失礼しまーす。イシカワ先生って、こっち来てますかって、あ。

アヤ＆タマヨ　あ。

カホ　あーーーー！　何やってるのよあんたたち！


　　　　　カホはカバンを床に落とす。


ヒトミ　あ、あの、これは、その、えっと

タマヨ　しまった。カホか。

アヤ　よりによって一番うるさいやつが。

カホ　また教室でボールなんか投げてたんでしょ。一年のときからいつも言ってたよねあたし。そういうことやってるといつか痛い目見るって。
　　ほらじゃん。やっぱりじゃん。それ見たことかじゃん。

タマヨ　いや、これはね、なんていうか。

カホ　先生に言ってくる。

タマヨ　あんたのクラスじゃないでしょここは！

カホ　それがなに！？


　　　　　カホはカバンをそのままに出ていく。


タマヨ　ちょっと、待てって！


　　　　　タマヨが追いかける。
　　　　　アヤはカホが置いていったカバンによる。


アヤ　クミ、どれくらいかかりそう？

クミ　２分あれば。

アヤ　（カバンをあさりながら）ギリギリか〜。


　　　　　と、すごい音がする。
　　　　　（ゴントか、ガンとか）
　　　　　重いものがぶつかった音。


ヒトミ　今、ごんって！　すごい音。

アヤ　あー。こりゃ、やっちゃったかな。

ヒトミ　やっちゃったかなって。


　　　　　と、何かを引きずってきたらしいタマヨがやって来る。
　　　　　アヤはカホのカバンから携帯を出すとポケットに入れる。


タマヨ　ちょっと、手伝って、誰か。

アヤ　（人を殺すような動作をしつつ）殺（や）っちゃった？

タマヨ　こいつが急に走り出したりするから。

ヒトミ　早井さん！　そんな。花瓶のことくらいで、なにも。そんな。

タマヨ　（笑って）違う違う。

アヤ　（タマヨを手伝いにいきつつ）ほら、キレやすい年頃だから。

タマヨ　ちがう！　急に走ったせいで滑って、こけたのよ。で、頭打って。気絶と。あ、そっち（足）持ってね。

アヤ　はいはい。久しぶりだねぇ。カホの気絶見るの。ああ。いい寝顔だ。

ヒトミ　保健室、連れて行かなくていいんですか？

タマヨ　大丈夫。いつものことでしょ。


　　　　　言いながら、タマヨとアヤはカホを椅子に乗せている。


ヒトミ　いつもの？

アヤ　（タマヨ）旅野さん来てからは、無いんじゃない？

タマヨ　あれ？　あったでしょ？　ほら、球技大会で。

アヤ　あったけど、あの時のは７月のでしょ。

タマヨ　ああ。（ヒトミがきょとんとしているのを見て）球技大会でもこうなったのよ。９月のじゃなくて、７月の。
　　　　ほら、うちって、定期的にやるから。どっちか分からなくなっちゃって。

ヒトミ　その時も、こけて？

アヤ　ドジだから。よく何でもないところでこけるんだ。これでも、マシになったほうなのよ。一年の時はひどかったんだから。気絶癖ついちゃってんだよね。

タマヨ　保健室に連れて行くたびにさ、「またぁ」とか言われて。

アヤ　（タマヨをさして）保険委員だったから。一年のとき。

ヒトミ　へぇ。

タマヨ　クミ、何か持ってない？

クミ　なんかって？

タマヨ　動き止められそうなの。


　　　　　クミはカバンから紐を出す。


タマヨ　ありがと。

ヒトミ　え、なにするの？

タマヨ　起きたら面倒だから。


　　　　　タマヨは紐でカホを縛る（軽く）


ヒトミ　でも、そんなことしたら、

タマヨ　いいからいいから。クミ。なんか、隠せるものある？　布とか。

ヒトミ　さすがにそんなのは、古道さんだって、

クミ　暗幕なら。

ヒトミ　あるの！？


　　　　　クミがカバンから暗幕（のようなもの）を取り出す。
　　　　　タマヨがカホの体に巻く。


４　処理活動。さて誰が悪い？


タマヨ　よし。こいつで隠して。どう？　いい感じでしょ？

アヤ　声が出ません。

タマヨ　そんなにすごい？

アヤ　ばか。呆れてるの。

タマヨ　なんでよ。

アヤ　何をするのかと見ていたら。で、どうするの？

タマヨ　放置。

アヤ　先生来たら？　変だって気づかれるでしょ？

タマヨ　そん時は逃げれば、

アヤ　少しは思いつきで動くのやめなさいよね。フォローするのが大変だから。

タマヨ　どうすりゃいいのよ〜。

アヤ　クミ、花瓶直った？

クミ　応急処置はね。

アヤ　接着剤みたいのある？

クミ　はい。

ヒトミ　何でもあるんだ。

アヤ　クミは演劇部だから。

ヒトミ　そうなんだ……え、ごめん。それで納得できることなの？

アヤ　旅野さんの前の学校って、無かったの？　演劇部。

ヒトミ　うん。

アヤ　じゃあ、仕方ないけど。（何故か異様にでかい声で）演劇部ってスペシャリストだから。なんでも出来るものなのよ。

ヒトミ　へぇ。すごいんだね。演劇部って。


　　　　　と言っているうちに、アヤは花瓶をカホの頭にくっつける。
　　　　　そして暗幕（のようなもの）を念入りに巻く。
　　　　　ちょっと四角く見えるように工夫したり。

アヤ　よし。

タマヨ　なにこれ？

アヤ　オブジェよ。

タマヨ　オブジェ？

アヤ　こうやって、置いておけば、ナルさんも気づかないでしょ？　で、そのうちカホが目覚める。目覚めると起きるわけだから、当然花瓶は落ちる。
　　　落ちたら、割れる。カホが割ったことになると。

タマヨ　いや、さすがのナルさんだって気づくでしょ。変だって。

アヤ　じゃあ、どうしろってわけ？あんたこれ以上のいい案思いつく？

タマヨ　思いつかないけどさ。

アヤ　クミは？

クミ　いいんじゃない。

アヤ　ほら。クミだってこう言ってるし。

タマヨ　別に文句言ってるわけじゃないわよ。

アヤ　何かあるんだったら、代わりの意見出してくれないと。元はといえばあんたが旅野さんにも取れないようなボール投げたのが悪いんでしょ？

ヒトミ　いや、あれは取れなかった私が悪いんだし。

タマヨ　クミのアルト・リコーダーが強く当たったせいかもしれないでしょ。

クミ　アルト使えばって言ったの、タマヨだけどね。

タマヨ　待たされてるだけなんて暇だから、何かしない？って言ったのはクミでしょ。

クミ　運動したいなんて言ってない。

タマヨ　反対もしなかったじゃん。

ヒトミ　あたしも、反対しなかったから、やっぱり私が悪いんだよ。ソフトボール、楽しそうって思ったし。

タマヨ　別に多数決なんだから、決めたことに責任は無いわよ。

アヤ　あたしは反対したけどね。

タマヨ　だけど、ボール作ったの、アヤだよね？　あたしに作らせると怖いとか言って。

アヤ　だって、あんたが作るとやたら痛いボールになるじゃん。

タマヨ　ノリノリだったくせに。

アヤ　こんな時間まで残されてたら、そりゃイヤでも何かに夢中になってやろうって思うわよ。

ヒトミ　そういえば、先生遅いね。

クミ　もう、４時なんだけど。塾遅刻しちゃう。

タマヨ　誰よすぐだって言ったの。

アヤ　ナルさん自身でしょ。

タマヨ　ったく。あいつは。

ヒトミ　さっきから、ナルさんって、もしかして折原先生？

タマヨ　そ。折原ナルフミだから、ナルさん。

ヒトミ　ああ。ナルさ……折原先生の用事って何だろうね？

タマヨ　どうせロクでもないよ。ナルさんのことだから。

アヤ　運動部、文化部てんでばらばらで集めているあたり、なにか狙いがあるとは思えないしね。

ヒトミ　そういえば、苦楽さんの部活って？

アヤ　あれ？　言ってなかったっけ？　

ヒトミ　うん。

アヤ　パソコン部。楽しいよ〜。よく職員室のコンピューターにわざとウイルス送ったりしていたずらするの。

ヒトミ　本当！？

アヤ　冗談。

ヒトミ　びっくりしたぁ。

クミ　たまにだよね。

アヤ　うん。

ヒトミ　本当にやってるの？

タマヨ　よし。決めた。あいつが悪い。

アヤ　なに、今更？

ヒトミ　あいつって、折原先生？

タマヨ　そう。花瓶が割れたのも、カホが現れて、さらに倒れたのも、クミが塾に遅れそうなのも、すべてナルさんが悪い。
　　　　決めました。もう決めました。今。完全に決めました。


５　はい。そろそろ本編です。


　　　　　と、その言葉に反応するように袖から声。
　　　　　両者ともやたら声がでかい。

袖から
ギンコ　そんな簡単に決まるものかしら。

オリハラ　大丈夫ですよ。なんせ、僕は音楽教師ですし。ちゃちゃっとですから。すぐ決まりますって。

ギンコ　でも、キナコに決めるのも、結構もめたんでしょ？

オリハラ　いやいや。ちゃちゃちゃっーですから。ちゃちゃちゃ、ちゃーんっと決まりますから。もう、金子先輩、いや、
　　　　　銀子先輩はドンと構えててくださいよ。

ギンコ　なんか、今更名前で呼ばれると照れるわね。頼りにしてるぞ、ナルくん。

オリハラ　いや〜先輩こそ、名前呼びは勘弁してくださいよ。


　　　　　と、入ってくる。オリハラとオオサワギンコ。
　　　　　オリハラは入ってくるなり、カホの近くに移動。カホを背にする。


オリハラ　はいお疲れ様みんな。お待たせしました。いやー本当待たせたよね。って、あれ？　なにかな？　この何か刺すような冷たい視線は？

クミ　本当に遅かったですよね？　あたし今日塾あるんですけど。

オリハラ　ああ。本当ごめん。その代わり、ちゃっちゃと決めちゃうから。

クミ　決める？

オリハラ　うん。で、誰にしようか？

アヤ　誰に？

オリハラ　うん。あ、もしかして、立候補とかあった？

タマヨ　立候補ぉ？

オリハラ　なんだよその疑問系の嵐は。

ヒトミ　先生。

オリハラ　なんだ旅野？

ヒトミ　その話って、９月前にされたものですか？　だったら私、転校してくる前だったから、その、（聞いてないんですけど）

オリハラ　何言ってるんだよ。前も何も、合唱コンクールは来月だぞ。旅野の学校では違ったかもしれないけどな。うちは、文化の日の翌週って毎年決まってるんだ。

クミ＆アヤ＆タマヨ＆ヒトミ　合唱コンクール！？

オリハラ　おいおい。旅野はともかく、お前たちまでなんだその反応は。去年もやっただろう？

タマヨ　いや、そりゃやったけど。でも、それでなんで私たちが残されてることにつながるわけ？

アヤ　コンクールはクラス発表のはずですよね？

クミ　（ギンコを見て）もしかして……ピアノ？

タマヨ　は？　ピアノ？

アヤ　何それ？

オリハラ　まったく。だから、お前らのうちの誰かがやるんだろう？　コンクールでのピアノ伴奏を。

クミ＆アヤ＆タマヨ＆ヒトミ　はぁ！？

タマヨ　なんですかそれ！？

アヤ　全然聞いてないですよ。

オリハラ　うそだぁ。言ったよ？　俺。

タマヨ　言ってない。絶対聞いてない。ね？　旅野さんも聞いてないよね？

ヒトミ　うん。

タマヨ　ほら、

ヒトミ　あ、でも。

タマヨ　でもぉ！？

ヒトミ　今日の朝、折原先生が――


　　　　　と、オリハラにサスが入る。
　　　　　オリハラはまるで独り言のように、


オリハラ　はーい。出席を取るぞ〜。アシダ。イシダ。ウエダ。エダ。オオサワ、は、欠席と。……あ〜オオサワのヤツなぁ。なんか、骨折したらしいんだわ。腕みたいなんだけど、３週間くらいかかるって。合唱コンと被っちゃうよなぁ。どうすっかなぁ。ま、とりあえずピアノ出来そうなやつに声かけるしかないよなぁ。そんでその中から決める形でいくのがいいかなぁ。うん。そうしようかな。ああ。秋だよなぁ。音楽の秋だねぇ。そういや先生こないだ、初めて育毛剤買いました。


　　　　　教室の風景に戻る。


ヒトミ　って。

オリハラ　な、言ったんだよちゃんと。

タマヨ　言ってることに入らない！　絶対それは入らない！

アヤ　正直、その後の育毛剤の話のほうが記憶に残っています。

タマヨ　あたし、みんなで小遣い出し合って、先生に、こういうの（手に毛をつけて引っ張る動き）買ってあげようかって真剣に話し合ったし。

オリハラ　ありがとう。その時は是非頼む。

タマヨ　だから、髪を足す話はしてても、ピアノを弾く話なんて覚えてないのよ。

オリハラ　上手いこと言うなぁ。

タマヨ　笑い事じゃない。大体なんで私がそれで残されるのよ。

オリハラ　だって、お前高校入る時の願書に、趣味ピアノって書いてたろ。

タマヨ　なっ。

アヤ　え、タマヨって、ピアノが趣味なの？　ソフトボールやってるのに？

タマヨ　それはその、あれよ。

アヤ　なによ。

タマヨ　だから、あれよ！　あんたこそどうなのよ。出来るの？　ピアノ。

オリハラ　苦楽は前に言ってたよな？　「ブラインドタッチくらい余裕」って。それだけ出来れば合唱の曲ぐらいわけないだろ？

アヤ　私が言ったのは、パソコンの話なんですけど。

オリハラ　大丈夫。ちょっとキーの数が倍くらいに増えるだけだから。

アヤ　そういう問題じゃないでしょ！

ヒトミ　あの、先生？　私は？

オリハラ　ああ。旅野は向こうの高校では吹奏楽だったんだろ？

ヒトミ　はい。でも、ピアノは、（やってないですけど）

オリハラ　ということは、楽譜が読めるってことだよな。

ヒトミ　まぁ、それは、

オリハラ　うん。十分だ。

ヒトミ　そんな！？

オリハラ　ま、あと古道に関しては、あれだろ？　あれ？　古道は？


　　　　　クミはいつの間にかギンコの傍によっている。
　　　　　何事か話していたらしい。


クミ　じゃあ、何か事故に遭ったわけじゃないんですね？

ギンコ　ごめんね。あの子、よっぽど骨折したのが恥ずかしいみたいで。

クミ　メールで聞いても教えてくれなくて。

ギンコ　そりゃ教えられないわよ。あんな理由で腕折ったなんて。

クミ　そんな言いにくい理由なんですか？

ギンコ　恥なだけよ。（笑いを押さえつつ）腕をあんな風に、なんて、ねぇ？

クミ　はぁ。

ギンコ　今日ギプスしたし、学校には明日にでも出てくると思うから、その時聞いてあげて。話したらの話だけど。

クミ　分かりました。（と、折原たちの視線に気づき）どうかしました？

オリハラ　いや。そうか。オオサワとは同じ中学だったっけ。

ギンコ　家がすぐそこなのよね？　だから、幼馴染ってわけ。まぁ、幼馴染って言っても？　うちの子なんていっつもクミちゃんに助けてもらってばかりだけど。
　　　　元はといえばピアノだってねぇ？

クミ　その話はいいです。

ギンコ　あ、そうよね。後は、ほら、結構うちの子っておてんばなところあるから。何かっちゃ壊しては、クミちゃんに直してもらったりねぇ。
　　　　ま、でも、腕は無理よねぇ。あはははは。

オリハラ　じゃあ、その腕の代わりに、古道が（弾くってのは？）

クミ　無理です。


　　　　　と、クミはカバンを取りにいく。


タマヨ　ちょっと、どこ行くのよ。

クミ　帰る。

タマヨ　この状況で一人だけ帰れると思うわけ？

クミ　私、弾かないし。

アヤ　「弾けない」じゃなくて「弾かない」ってことは、弾けるってことよねぇ。

クミ　弾けないし、弾かない。これでいい？


　　　　　睨み合う三人。
　　　　　と、電話が鳴る。


オリハラ　おい。携帯は校舎内ではマナーモードで使えって言ってるだろ。誰だ。

ギンコ　ごめん。あたし。

オリハラ　ギンコ先輩ですか。いや、それだったらいいんですよ。あ、でも教室は若干電波入りにくいかもしれないですよ？　
　　　　　廊下で出てきてくださいよ。その間にちゃちゃちゃっと決めちゃいますから。

ギンコ　そう？　頼っちゃおうかな。

オリハラ　ナルフミのなるは、頼りになるのなるですから。

ギンコ　懐かしい、それ。じゃあ、ちょっとごめんね。あら、やだ。娘からだ。

クミ　キナコから？

ギンコ　そうよぉ。全く。休んでろって言ったのに。（と、電話に出て）もしもし？　あんたね、家で大人しくしてなさいって言ったでしょ？　
　　　　してるよ？って。嘘つきなさい。じゃあ、なんでバックからコンビニのドアチャイムの音がしてるのよ。うちの近所にコンビニなんてないでしょうが。


　　　　　とか言いながらギンコが去る。


６　迷走。


オリハラ　というわけだ。皆、頼む。誰か伴奏をしてくれ。

クミ　ピアノ弾けませんから。

アヤ　同じく。

タマヨ　私も。

アヤ　あれ〜？　趣味はピアノじゃなかったの？

タマヨ　見栄張ってたんです！　分かれよそれくらい。

オリハラ　別に今弾けなくてもいいんだよ。本番までに教えるからさ。

タマヨ　本番までにって、１月ないですよね。間に合うんですか？

オリハラ　俺を誰だと思ってる？　担当教科、音楽だぞ？

クミ　そんな甘いものじゃないと思うけど。

アヤ　伴奏したらいくらくれます？

オリハラ　合唱コンクールの伴奏なんて、一生に一度の思い出だぞ。プライスレスだ。

アヤ　目に見える報酬がほしいなぁ。

オリハラ　ジュース一本くらいなら。

アヤ　パス。

ヒトミ　あの、クラスでジャンケンとか。くじ引きとか。

オリハラ　うちのクラスは、あまり音楽の成績いいやつがいないからなぁ。正直、お前らはまだマシなほうなんだ。

ヒトミ　じゃあ、あたしたちでジャンケン？

タマヨ　ちょっと、旅野さん。やる気なの？

ヒトミ　でも、このままじゃ決まらないし。

タマヨ　だからってさぁ。

アヤ　タマヨ。旅野さん、去年のこと知らないだけだから。

タマヨ　ああ。

ヒトミ　去年のこと？

アヤ　テープだったのよ。去年。

ヒトミ　え？

クミ　ピアノ無しってこと。

タマヨ　伴奏はテープ。ま、確かに味気ないっちゃ味気ないんだけどさ。

オリハラ　そうだろそうだろ？　だから、今年から、ピアノが出来るクラスはピアノでいこうってことになったんだ。

タマヨ　ピアノが出来るクラスは、ですよね？

アヤ　じゃあ、うちはテープだ。ね？

ヒトミ　うん。そういうことなら。

クミ　ってことでいいですよね？

オリハラ　なんでだよ！　合唱って言ったらピアノ伴奏だろ！　何が何でもうちはピアノでやらなきゃいけないんだ。
　　　　　テープなんてダメだダメ！　絶対ダメだ！断固ダメ！　俺は担当教科音楽なんだぞ？

タマヨ　別に、そんなとこにこだわらなくても。

オリハラ　それに、あいつが何を言うかわからないじゃないか。

ヒトミ　あいつ？

アヤ　ああ。

タマヨ　なるほど。

クミ　くだらない。

オリハラ　くだらなくない！　あいつはいっつも俺を眼の敵にするんだぞ。今度だってうちのクラスはピアノを弾かないなんてことを知ったら何を言うか。考えるだけでも、ああ！　きっと、また隣の席からねちねち言うに決まってるんだ。分かるか？　きちっと全部整った机の前で、椅子を俺のほうにちょっと回転させて言うんだよ、「あらぁ？　オリハラ先生？　どうしたんです、ピアノは」とか。ダメだ。想像しただけでイライラのエネルギーがたまってくる。まったくあいつはいつもいつも。嫌みったらしくて、高慢ちきで、ああ、もう、とにかくいやな女なんだよあいつは！


　　　　　と、その言葉の途中にドアは静かに開き、
　　　　　イシカワ先生が立っている。ポージング。


７　聞かれたくない言葉って、案外本人聞いてるんだよね。


イシカワ　はい。オリハラ先生の言いたいことはよーーく分かりました。

オリハラ　え？

タマヨ　あ。

アヤ　イシカワ先生。

クミ　おはようございます。

ヒトミ　（ごにょごにょいいつつ、頭を下げる）

イシカワ　おはよう。と言っても放課後なんだけどね。そんな放課後の、普通なら生徒は部活やってるか帰ってるかって言う時間に、
　　　　　なんであなたは生徒集めて私の悪口言ってるんですか？　オリハラ先生？　これっていじめ？

オリハラ　誰かと思えばイシカワ先生じゃないですか。自分の悪口言われたと思って他クラスに飛び込んでくるなんて、ずいぶん自意識過剰なんですね。

イシカワ　あら？　ごめんなさい。あたしの勘違いだったかしら？

オリハラ　勘違いとかじゃなく、妄想かと。

イシカワ　じゃあ、参考までに教えてほしいんだけど、「隣の席からねちねち言うに決まってる」人って言うのは、
　　　　　オリハラ先生にとっての、右隣であるあたしと、左隣の、キレイダ先生（綺麗田）の、どっちのことを指してたんです？

オリハラ　イシカワ先生とキレイダ先生のどっちかっていうと、悪口言うのは、イシカワ先生になっちゃうんじゃないですかね。
　　　　　自分の胸に手を当ててみればよーく分かると思いますけど。

イシカワ　（生徒に）ね？　こうやって、オリハラ先生っていつもいつも、あたしの悪口振りまいてるのよ？　ひどいと思わない？

オリハラ　そりゃあんたでしょうが！　何でかしらないけど、いつも俺を目の敵にして！

イシカワ　目の敵だなんて。そんなこと言ったら、私がまるでオリハラ先生のことを嫌っているか何かみたいじゃないですか。
　　　　　生徒の前でそういう誤解を招くことを言うのやめてくれません？

オリハラ　嫌ってないんじゃないならなんだってんだ！　ん？　え、もしかして？　え？　え、じゃあもしかして？　まじでぇ！？

イシカワ　違います。

オリハラ　ごめん。悪いけど、俺年上じゃないとダメなんだ。

イシカワ　すいません言い直します。オリハラ先生の貧困な想像力に期待した私がバカでした。

オリハラ　素直になったほうが可愛いよ。

イシカワ　オリハラ先生のことは別に嫌いじゃありません。視界に入るとむかむかしたり吐き気がしたり気持ち悪くなるだけです。

オリハラ　（生徒たちに）なぁ？　ひどいだろぉ？　ひどいと思うだろう？

タマヨ　まぁ、仕方ないかなぁ。

アヤ　うん。

クミ　先生はなんでここに？

イシカワ　ああ。オリハラ先生がピアノ担当を探しているって言うから、うちのクラスのカホちゃんを見せてあげようかと思って。

タマヨ　カホ？

アヤ　って、王手カホのことですか？


　　　　　生徒たちはチラチラ花瓶のほう（カホ）を見る。


イシカワ　そうよ。あの子、小学校高学年からやってたらしいのよ、ピアノを。５年間くらい？　まぁ、オリハラ先生には到底敵わないでしょうけど。
　　　　　でも、合唱コンクールくらいの曲なら簡単に伴奏できますから？　で、（ヒトミに）来なかった？

ヒトミ　いや、き（た）、いえ、来（こ）なかったかな？

オリハラ　先生が怖くて逃げ出したんじゃないんですかね？

イシカワ　私、生徒に好かれてますから。誰かさんと違って。

オリハラ　俺だって好かれてるよ？　なぁ、みんな？　な？

イシカワ　別に、オリハラ先生のこととは言ってないですよ？　でも困ったわねぇ。部活の方行っちゃったのかしら。
　　　　（と、行きかけて）あ、オリハラ先生？　そういえば、ピアノ、担当決まったんですか？

オリハラ　え、いや、それは、まぁ、そりゃあ、

イシカワ　決まったんですか？　それはそうですよね。先生は音楽教科の担当でいらっしゃいますものね。それなのに、音楽教科の行事ともいうべき合唱コンクールでピアノ伴奏者がいないなんてことないですよね？　ピアノがいないかもなんて朝聞いたときには、あたしビックリしましたもの。まさか、音楽教科の先生が担当をされているクラスでピアノ伴奏がないなんてって。あ、あれじゃないですよね？　先生が弾かれる訳じゃないですよね？

オリハラ　そんなことはありません！

イシカワ　そうですよね。それこそ、子供の中に大人が混じって演奏するようなことですものねぇ？　出来ませんよね。万が一それでうちのカホちゃんとかより伴奏が上手くなかったら、いや、オリハラ先生の腕が悪いとか、顔が悪いとか、そういうことを言ってるんじゃないんですよ？　でも、当日の体調とかもありますし。思ったよりも伴奏が上手くいかなかったなんてこともあるかもしれないじゃないですか。そうしたら、先生の立場ないですものね？

オリハラ　だから、ちゃんと、うちだって生徒が弾きますよ。ピアノ。

イシカワ　で？　誰が？

オリハラ　え、いや、

イシカワ　え？　誰です？

オリハラ　そ、それは、当日までの秘密ですよ。楽しみは後にってやつで。

イシカワ　ああ。へぇえええ。ふうん。そうですか。じゃ、楽しみにしてますね。


　　　　　イシカワが笑いながら去っていく。
　　　　　固まるオリハラ。


８　そして代理戦争の図式が出来上がると。


ヒトミ　先生たちって、いつもこんな感じなの？

タマヨ　まぁ、大体ね。

アヤ　犬猿の仲ってやつ。

クミ　先生、よく部室で愚痴ってるくらいだから。

ヒトミ　部室って？

タマヨ　演劇部の顧問なのよ、イシカワ先生。

ヒトミ　ああ。

アヤ　まぁ、なんで二人が争っているのかはあたしもまだ掴めてないんだけどねぇ。

タマヨ　それはやっぱりこれじゃない？（と、ハートを指で作る）

ヒトミ　イシカワ先生が？　オリハラ先生に？

アヤ　いやぁ、それはどうかなぁ。


　　　　　と、オリハラは動き出したかと思うと、廊下を確認。
　　　　　きっちりドアを閉めてから、


オリハラ　なんだってんだあの女は！　お前ら！？　あんなことを言われて悔しくないのか！

タマヨ　いや、それは別に。

オリハラ　自分のクラスの担任の先生が、あそこまで悪く言われたんだぞ？　悔しくなるものだろ？　怒りが腹の底からわいてくるだろ？

タマヨ　そんなもの無いよね？

クミ　うん。

アヤ　むしろすっきりした。

タマヨ　あ、した。

クミ　同感。

オリハラ　すっきりするな！　何だお前たちは！　そんなに俺が嫌いか。そんなに俺が嫌か。……いや、そこで無言にならないで何か答えようよ。

ヒトミ　あたしは、ちょっと嫌だったかなぁ。

オリハラ　旅野まで！？

ヒトミ　あ、先生のことじゃなくて、イシカワ先生が。そこまで言わなくてもいいかなぁって。

オリハラ　旅野！　お前だけだよ、俺の味方は。


　　　　　オリハラはヒトミの手をつかむ。


タマヨ　なんか、いやな構図だよね。

アヤ　これ、セクハラ写真として訴訟するのに使えないかな？

オリハラ　使うな！　よし。なんだか教師としての自信も出てきたところで、君らの中から一人、ピアノ伴奏になってもらうからな。

クミ　あたしは嫌なんですけど。

オリハラ　嫌とかそういうのはもう聞きたくない。むしろ聞かない。絶対うちのクラスもピアノつきにしてやる。そんで、あのイシカワのヤツをぎゃふんと言わせてやるんだ。

タマヨ　ぎゃふんって。

オリハラ　よーーし、やってやるぞぉおおおおお。


　　　　　と、そこへギンコがやってくる。携帯を押さえたまま。


ギンコ　ナル君？　じゃなかった、オリハラ先生。

オリハラ　あ、ギンコ先輩。僕はやりますよ。見ててください！

ギンコ　その前に、ちょっと説得してほしいんだけど。

オリハラ　誰をですか？　今なら、総理大臣だって説得できますよ僕は。

ギンコ　娘よ。娘。

オリハラ　キナコをですか？（携帯を受け取り）ああ、代わりました。オリハラです。（と、携帯が切れたらしい）いきなり切るなぁ〜。


　　　　　オリハラとギンコが携帯をかけなおしながら去る。


９　生贄は一人。


　　　　　ちょっと、ぎこちない空気の漂う教室。
　　　　　誰が言い出すか待っている感じ。


タマヨ　……ジャンケン、とか？

ヒトミ　それがいいかも。

クミ　あたしはやりたくないんだけど。

タマヨ　こういうのは公平に運で勝負ってことにした方がいいのよ。

クミ　でも、

タマヨ　勝ちゃいいでしょうが。嫌なら何か違う決め方考えてよ。

クミ　（ため息）「最初はグー」から？

タマヨ　もちろん。

アヤ　ジャンケンってさ、「最初はグー」ってやると、たいていの人が、次にグーを出せなくなるんだよね。

ヒトミ　……あ、確かに。

タマヨ　変なこと言って惑わせようったってそうはいかないからね？

アヤ　あら、優しさよ？　だからタマヨって、いつも「最初はグー」でやると次にチョキ出すよねって言う。

クミ　ちっ（舌打ち）

タマヨ　「最初はグー」は、無し。

クミ　クジにしない？


　　　　　クミはクジを作り始める。


タマヨ　あんた、始めからあたしに擦り付ける気だったのか。

クミ　伴奏なんてやりたくないからね。

タマヨ　それはみんな同じでしょうが。

ヒトミ　あ、どうせなら、一回ピアノ弾いてみるっていうのは？

アヤ　上手い人がやるってこと？

ヒトミ　うん。

アヤ　下手に弾いたら？

ヒトミ　意味無いね。

タマヨ　作為が出来るのはちょっとね。

クミ　はい。短いのがピアノね


　　　　　と、クミがクジを出す。紙縒りみたいなもの。


タマヨ　はやっ。……変な細工してないでしょうね？

クミ　うん。

タマヨ　よし。


　　　　　と、タマヨがくじを引こうとした瞬間、カホが動く。
　　　　　タマヨ以外は気づく。


ヒトミ　早井さん。

タマヨ　待って。こういうのは、集中力の勝負なんだから。

ヒトミ　じゃなくて、あれ、動いてるよね？

アヤ　動いてるわね。

クミ　動いてるね。

タマヨ　（クジの一つをつまみながら）何が動いてるって……カホ！？



　　　　　タマヨが声を上げると同時に、クミがクジを持つ手を引く。
　　　　　短い紐がタマヨの手に残る。


タマヨ　って、あーーー。


１０　やってまいりました。カホさんタイム。


　　　　　そして、同時にカホが暗幕（のようなもの）を跳ねのこける。
　　　　　

カホ　暑いんじゃー！！

ヒトミ　花瓶がっ


　　　　　と、四人は一瞬カホから目をそらすが、
　　　　　音がしないのでカホを見る。
　　　　　花瓶はカホの頭にしっかりとくっついている。


ヒトミ＆タマヨ＆アヤ＆クミ　くっついてる。

カホ　めちゃくちゃ暑いと思ったら、何これ？　暗幕？　何であんの？　てか、なんであたし縛られてたの？

アヤ　思ったより回復早かったわね。

タマヨ　というか、よく縄解けたな。

カホ　こういうこともあろうかと思ってね、縄抜けの技を覚えておいたのよ。縛り方がだいぶ甘かったしね。

タマヨ　え、ついにそっちの方面に目覚めたの？

アヤ　うわぁ。

カホ　違う！　全くあんたらは。人が気絶しているのをいいことに好き勝手やって！　大体何よ、今さっきの話は。

タマヨ　さっきの話？

カホ　ぼんやりとこっちは聞いてたのよ。ピアノの伴奏がどうたらこうたらってやつを。何で四人もいて、一人もやりたがらないのよ。

アヤ　いや、ふつうやりたがらないでしょ？

ヒトミ　あたしたち、あまりピアノ出来るほうじゃないし。

カホ　そういう問題じゃない！　そういう問題じゃないのよ。ああ、もう、あんたたち何も分かってない。仕方ない。あたしが教えてあげる。

タマヨ　何を。

カホ　ちょっと、いいからそこ座って。はい皆並んで。座る。ほら、早く。しっとだうんぷりーず！

クミ　何か変なとこ打った？

アヤ　頭だからね。

カホ　私はいたって正常です。若干頭が重い気もするけど。それよりちゃんと座る。座るといったら正座に決まってるでしょうが！


　　　　　四人は正座。
　　　　　さりげなくタマヨはポケットにクジを隠す。
　　　　　カホが語り始める。


カホ　そもそも、合唱コンクールなんてものが高校にあること自体が驚きなわけよ。中学ではあるところも多いんだけど、高校になると、より個性のばらつきと言うか、選択科目でのクラス分けのせいもあって、合唱コンクールみたいな音楽やってなきゃ到底ごめんだって言う行事は自然敬遠されるの。なのに！　なのによ！　うちの学校には伝統的にあるわけですよ。合唱コンクールが。はい。伝統的にあるってところに注目。そこ、寝ない。ここ重要です。テストに出ますからね。

タマヨ　なんのだよ。

カホ　私語をするな！　いい？　本当だったら中学までだったはずの合唱コンクールが高校にあるわけよ。つまり、１５歳までで終わりのはずだった、合唱と言う経験を、私たちは１８歳まで体験することを許されたの。現在高校二年生である私たちにとって、あと二回。クラスの男女で混声合唱をすることが出来るわけよ。すごい思い出作りじゃない？　後二回あるって言ったって、これ、下手したら人生最後の二回になるかもしれないわけ。進学とか、就職とか、それぞれどこ行くか分からないけど、その行った先で合唱なんてやらないでしょ？　サークルにでも入らない限りはさ。でも、サークルに入ってまでやりたいなんて、よっぽどやりたいって時だけでしょ？　つまり、一生に残り二度の思い出作りよ？

アヤ　カホにしては正論だ。

クミ　やっぱりどっか打ったのよ。

カホ　そこ、私語はしない。

タマヨ　でも、先生〜

カホ　（嬉しそうに）え、あたし？　コホン。はい、早井さん。

タマヨ　じゃあ、やりたい人にはサークル活動で頑張ってもらうってことで、やりたくない人はやらなくていいんじゃないですかね？

カホ　それは、でも、せっかくの機会なんだし。

アヤ　お、先生が動揺してる。

タマヨ　もう合唱コンクールは中学まででいい思い出になったって人にとっては、いらないものなんじゃないですか〜？

カホ　思い出はプライスレスなんだから！

アヤ　ナルさんと同じこと言い出した。

カホ　それともなに？　そんなに合唱コンクールが嫌いなの？　そんなに歌いたくないの？

タマヨ　いや、別にそんなことは無いけど。

カホ　タマヨ、去年すごく楽しんでたよね？　皆で歌うの好きだっていってたよね？　アヤだって、盛り上がってたじゃん。他の二人は知らないけどさ。

アヤ　まぁ、なんだかんだ言ってイベントは好きだから。

カホ　でしょう？　（ヒトミに）そう思うよね？

ヒトミ　前の学校には、合唱コンクール無かったから。楽しみでは、あるかな。

カホ　でしょ〜

クミ　あたしは嫌い。

カホ　そんなこと言っても、古道さんだって、きっと今年は楽しめるって。

クミ　合唱コンクールなんて大嫌い。


　　　　　クミの勢いに、周りもしんとする。


１１　空気を読んだか読んでないのか。


　　　　　と、イシカワ先生がやってくる。


イシカワ　ねぇ、やっぱり部室にもいないみたいなんだけど、こっち来なかった……って、カホちゃん。

カホ　イシカワ先生！

イシカワ　もう、どこ行ってたのよ。探したのよ。

カホ　ちょっと色々あって……って、あーそうだった、忘れてた。（と、床を見る）あれ？　花瓶は？

イシカワ　花瓶？　（カホの頭を見て）それは冗談？　先生、突っ込みいれたほうがいいのかしら？

カホ　そんなことより、聞いてくださいよイシカワ先生！　あたし、監禁されてたんです。

イシカワ　はぁ？

カホ　話すと長くなるんですけど、つまりですね、（始めにこの教室に入ってきたときに〜）


　　　　　と、アヤが携帯を取り出す。
　　　　　この携帯はカホのものである。


アヤ　しゃきーん。

カホ　いや、それよりも、あたしが来る前にこの人たちが何やっていたかって言うと、

アヤ　しゃききーん

カホ　なによ。今更何か言い訳する（つもり）あああああああ！

アヤ　ぱか（携帯を開く）へぇ。

タマヨ　時々アヤが怖くなるときあるよ。あたし。

クミ　うん。

ヒトミ　いつの間に？

イシカワ　カホちゃん？

カホ　いや、なんでもないですよ。とりあえず、ちょっと先生廊下に出ててもらえますか？

イシカワ　どうしたの？　話しあるなら私いつでも聞くわよ？

カホ　ええ。それは頼りにしているんですけど、今はこいつら、いえ、この人たちと話さなきゃならないことがありますんで。
　　　とりあえず、先生はちょっと職員室でもね？　行っていて下さい。ほらほら、さぁさぁ。


　　　　　と、イシカワ先生が去る。


１２　カホさん(いじられ)タイム。


アヤ　あれ？　先生に話があるんじゃなかったの？

カホ　なななな、なんであんたが私の携帯を持ってるのよ！？

アヤ　さっき使えると思ったから拾っておいたの。

カホ　カバンに入れておいたはずよ。

アヤ　だから、カバンから拾ったのよ。

カホ　それは拾ったとは言わない。


　　　　　アヤの手からタマヨが携帯を取る。


タマヨ　どうやらよっぽど見られたくないものが入ってるみたいね。

クミ　あ、この携帯結構いい機種よね。操作性、良いって。

タマヨ　そうなんだ。あれ？　ロックかけられてる。

カホ　何が起こるかわからないこの世の中、この私に抜かりは無いわ。ほら、中なんて見れないんだから、さっさと返しなさい。

アヤ　1024

タマヨ　あ、見れた。

カホ　なんでそれを〜！？

アヤ　え？　言っていいの？　これ。誰の誕生日か、言っていいの？

ヒトミ　１０月２４日ってこと？

カホ　それだけは止めて！

タマヨ　いや、でも、聞かなくても分かっちゃった。

クミ　すごい写真の数。これって、盗撮？

カホ　返せ〜！


　　　　　カホが携帯を奪う。


カホ　酷いじゃないのよ！　人のプライバシーを。

アヤ　大丈夫。誰にも言わないわよね？

ヒトミ　言わないよ。

タマヨ＆クミ　ウン　イワナイヨ。

カホ　信じられない。絶対信用できない。

タマヨ　でも、以外だなぁ。カホの好きな人が、サッカー部のあいつ、だなんて。

クミ　まぁ、でも、かっこいいもんね。

アヤ　うん。でも、ライバル多いぞ。

カホ　ううう。消えてしまいたい。


　　　　　と、カホは先ほどまでいた椅子の上に座る。
　　　　　そして、暗幕（のようなもの）をすっぽり被る。
　　　　　アヤが若干直す。


アヤ　さて、気を取り直して決めますか。

クミ　そうね。

ヒトミ　いいのかなぁ。

タマヨ　大丈夫。なんだかんだで、すぐ復活するから。

ヒトミ　なんだか、可哀想。

タマヨ　同情するくらいなら、一緒に伴奏やってあげたら？

ヒトミ　それは嫌だけど……

クミ　とはいえ、決まったようなものでしょ？　ピアノは。

タマヨ　え？

クミ　クジ、短かったよね？

タマヨ　あ、あれは、急にカホが出てきたからでしょ。

クミ　でも、短かった。てことは決まり。

アヤ　よろしくお願いしまーす。

クミ　よろしく。

タマヨ　ちょっと待て！　あれは、なんだ、何か不正を感じるからダメ！　却下！

クミ　どこに不正が？

タマヨ　まず、クミが作ったってのが怪しい。

クミ　それって差別じゃない？

タマヨ　じゃあ、残りのクジを見せてよ。

クミ　断る。

タマヨ　断るな！

ヒトミ　思い出作りか……。

アヤ　あ、旅野さん、カホの言葉にちょっと動いた？

ヒトミ　そういうわけじゃないけど。

タマヨ　やってみたら？

ヒトミ　でも、あたし、ピアノやっとこともないし。

タマヨ　そんなの皆同じだって。

ヒトミ　だけど……でも、ちょっとあこがれるな。思い出作りって。

タマヨ　まあね。

クミ　思い出にならないで、汚点になることもあるわよ。

タマヨ　あんたは何でそういうこと言うかね？

ヒトミ　そうだよねぇ。それは嫌だよね。

クミ　でしょ？


１３　やっとやってきたキーパーソン。


　　　　　と、そこにキナコがやって来る。
　　　　　腕を釣っている。
　　　　　走ってきたのか肩で息をしている。


タマヨ＆クミ＆アヤ　キナコ！？

ヒトミ　オオサワさん！？

クミ　なんで学校来てるの？　腕は？

キナコ　話は後！　追われてるの。どこか隠して！　早く！


　　　　　と、キナコは教室の隅へ。
　　　　　クミがカバンから暗幕（のようなもの）を取り出す。


ヒトミ　まだ入ってた。

タマヨ　演劇部だから。

アヤ　うん。当たり前だよね。

クミ　キナコ、これ。

キナコ　ありがと。


　　　　　キナコが暗幕（のようなもの）を被る。


タマヨ　いやいや、あれで、隠れるくらいなら、掃除用具入れに隠れたほうが……


　　　　　と、そこにオリハラ先生とギンコがやって来る。


オリハラ　お前ら、オオサワ見なかったか？

クミ　見てないです。

ギンコ　確かにこっちに走ってきたんだけど。ねぇ？

ヒトミ　オオサワさん、どうかしたんですか？

オリハラ　いや、なんか、ギンコ先輩と喧嘩したらしいんだ。骨折してもピアノくらい弾けるとか言って。

ギンコ　あたしは「無理でしょ」って言ったのよ。だって、（クミに）ねえ？　難しいわよね？　折れてたら。

クミ　あのバカ。

オリハラ　しっかし逃げ足の速いやつだ。


　　　　　と、オリハラの目が暗幕（のようなもの）にいく。
　　　　　カホの隠れている暗幕（のようなもの）である。


オリハラ　でも、こういう可愛いところもあるんだよな。あいつ。

ヒトミ　あ、先生、それは……

オリハラ　（ヒトミに）いいから。（ぼやくように）これで隠れているつもりなんだからなぁ。ちょっとあいつの将来が俺は心配になるよ。
　　　　　ほら、オオサワ！　いい加減、隠れてないで出て来い！


　　　　　と、オリハラはカホの暗幕（のようなもの）を外す。


カホ　え？
オリハラ　え？

同時に
カホ　きゃあああああああ
オリハラ　うわああああああ。オオサワが、オオサワじゃなかった！


　　　　　と、そのうちにキナコがギンコの横をすり抜けていく。


ギンコ　キナコ！　ナル君、キナコが！

オリハラ　すいません。ギンコ先輩。ビックリして腰が。

ギンコ　肝心な時に役に立たないんだから！

オリハラ　すいません〜。


　　　　　と、ギンコがキナコを追っていく。
　　　　　思わずヒトミはカホによる。


ヒトミ　大丈夫？

カホ　穴があったら入りたいって、こういうこと言うんだね。

ヒトミ　暗幕、かけようか？

カホ　うん。お願い。


　　　　　ヒトミがカホに暗幕（のようなもの）をかける。


アヤ　しかしあれじゃやっぱり弾くのは無理かもね。

タマヨ　なんでわざわざ怒られるって分かって学校来るかね。

クミ　あたしのせいかも。

アヤ＆タマヨ　え？


　　　　　と、廊下が騒がしくなる。


キナコ　痛い痛い。痛いって！　暴力反対！

ギンコ　こうでもしないとあんた分からないでしょ！

イシカワ　お母さんも、それくらいで。

ギンコ　いいんですよ、この子は本当叩いても分からないんですから。


１４　捕まったキーパーソン。


　　　　　イシカワとギンコ、キナコの親子がやって来る。


オリハラ　イシカワ先生

イシカワ　あら？　いらっしゃったんですかオリハラ先生。　なんだ気がつかないまま、逃げてる生徒捕まえてしまいましたわ。先生の仕事取ったみたいで、ごめんなさい。なんだか、逃げているように見えたものですから。ああ、でも、オリハラ先生から逃げるとか、そんな分けないですよねぇ。

オリハラ　くぅ。

ギンコ　キナコ。先生にちゃんと謝りなさい。あんたのこと心配してたのに。逃げるような真似したんだから。

キナコ　だって、それは、先生が、

ギンコ　「先生が」じゃないでしょ。皆あなたのためを思ってのことじゃない。骨折したのだって、あんたが悪いんでしょ？　あんなあれで、あれなのに、あれするから。自業自得よ。

キナコ　それは、そうだけど。

ギンコ　そんな手じゃ、伴奏は無理でしょ。

キナコ　頑張ればできるよ。（クミに）ねぇ？

クミ　頑張ってまでやるものじゃないと思うけど。

タマヨ　そうだよ。合唱コンクールの伴奏なんて、テープでも良いんだしさ。

オリハラ　お前、だからそれは！

アヤ　でも、あんな腕じゃ弾けないじゃないですか。だったら仕方なくないですか？

イシカワ　そうよねぇ。伴奏がテープになっちゃっても、それは仕方ないですよね。オリハラ先生。まさか、骨折した生徒に弾かせるわけにも行かないですものね。

オリハラ　それは、そうですけど。

キナコ　だから、私弾くって言ったでしょう。

ギンコ　それは無理よ。

キナコ　無理じゃないよ。ほら、こうやって、今はギプスだけど、それが取れれば演奏くらい（と、変にねじったのか）あいてて。

クミ　無理しないの。

キナコ　だって。

タマヨ　たかが合唱コンクールじゃん。去年だってやったんだし、来年だってあるし。

アヤ　そうだよ。無理して悪化させたら元も子もないでしょ？

クミ　テープでもなんら支障はないんだから、それでいいのよ。実際去年はテープだったわけだし。

キナコ　だけど、今年はこれっきりじゃん！　……今年のうちらは今年だけじゃん。今年終わったら、それは今年のうちらじゃないじゃん。去年だって、去年のうちらは、今年のじゃないし、来年のうちらは来年のうちらだから、だから、今年は今年だけじゃん。去年とか来年とか、そんなの関係ないじゃん。うちらは今年なんだから。違う。今年がうちらなんだから。違う。今年のうちらが、今年なんだから？

クミ　何が言いたいのよ。

キナコ　だから、だからさぁ。あたしは、今年やりたかったの！去年でも、来年でもなく、今年！　今年弾きたかったんだって。

ギンコ　でも、あんたその腕じゃ弾けないでしょ。

キナコ　弾けないけど。弾けないんだけど。だって、あたしが弾けなかったら、あたしの代わりになるのなんてクミぐらいしかいないし、でもクミは弾かないだろうし、だったらあたしが弾くしかないから。だから。

クミ　ばか。

キナコ　バカってなによ〜

タマヨ　ちょっと待って。

キナコ　え？

タマヨ　なに？　クミぐらいしかいないって。じゃあ、クミは弾けるってこと？

キナコ　そりゃ、クミはピアノあたしよりも昔からやってるし。あたしより上手いじゃん。

タマヨ　へぇ。

アヤ　なるほどね。

クミ　……なに？

タマヨ　そういえば、あんたが残された理由って先生から聞いてなかったっけ。

アヤ　そういうことなんだ。

クミ　私は弾けないわよ。

タマヨ　ピアノやってるんでしょう？　それで弾けないっておかしくない？

アヤ　あたし達なんか、ピアノ習ってもいないのに残されて、しかもなし崩しに伴奏担当にさせられかけたってのにさ。

クミ　そう？

タマヨ　なにそれ。そういう態度取るわけ？

オリハラ　いや、ちょっと皆落ち着こう。な？　古道には古道の事情ってものがあったんだろ？

アヤ　じゃあ、あたしたちが弾けないからやりたくないって言うのは、なんであたしたちの事情ってことにならないんですか？

オリハラ　それは、そうなんだけど。

イシカワ　オリハラ先生？

オリハラ　なんですか、イシカワ先生。

イシカワ　もうこの際、伴奏はテープで良いじゃないですか。これ以上クラスの友人関係をこじらせるのも、ねぇ？

オリハラ　まぁ、そういわれると本当そのとおりなんですけど。

キナコ　あたしやれるって。

ギンコ　あんたは黙ってなさい。

アヤ　クミがやればすむことだと思うけど。

クミ　あたしはやらないって。

タマヨ　だから、それがおかしくないかって聞いてるのよ。

ヒトミ　あの！


　　　　　一触即発な空気の中、
　　　　　ヒトミが手を上げた。


ヒトミ　私、その、今から練習しても出来るなら、やってみたいなぁ、なんて。（皆の視線が集まって）いや、その楽譜読むくらいしか出来ないって言ったけど、吹奏楽だったし、リズムなんかは取れるだろうし、指揮も見れるから、その、もちろん、オオサワさんが間に合うようなら、オオサワさんがやったほうがいいと思うし、だから、あの、ピンチヒッターくらいの感覚でいられたら、とか、なんか、思ったり、したり、はい。ごめんなさい。

オリハラ　何故謝る。

ヒトミ　いや、なんか、空気読んでないみたいで、あれかなって、思って。

オリハラ　そんなことない。そんなこと無いよ。大丈夫。本番までにきっちり教えるから。な、オオサワも協力してくれるよな？

キナコ　もし、それで私の回復が間に合ったら、私が弾いてもいいの？

ヒトミ　うん。

キナコ　だったら、協力するよ〜。ね？　クミもいいよね。

クミ　私に振らないでよ。

キナコ　いいよね？

クミ　いいんじゃない？　必死に練習しないとまずいだろうけど。

ヒトミ　頑張ります。

キナコ　よかったぁ。これで悩むネタが一個減ったよぉ。めでたしめでたしだね。（と、腕が痛んだ）あ、いてててて。

ギンコ　怒られるネタが残ってることを忘れてないでしょうね？

キナコ　いや、それはこの際遠くに投げ捨てるってことで。

ギンコ　（キナコの耳をつまむ）ちょっと来なさい。

キナコ　痛い。耳痛い。ちょっと、腕の痛み止め切れてるんだからさぁ。

ギンコ　うるさい！　人がどれだけ心配したと思ってるのよ。

キナコ　だから、それは悪かったって言ってるじゃん。腕痛いって。折れてるんだからね！　


　　　　　ギンコに引っ張られ、キナコが去る。


オリハラ　ギンコ先輩怖っ。まぁ、じゃあ、明日から練習ってことでいいな？　旅野。

ヒトミ　頑張ります。

オリハラ　ってことで、うちは伴奏ありですから。イシカワ先生。

イシカワ　（ヒトミに）練習中に何かされたらすぐ相談しなさいね？　泣き寝入りは絶対しちゃだめよ。

オリハラ　何もしませんよ！　人を何だと思ってるんだ


　　　　　イシカワはオリハラを見ると、何も言わずに去る。


オリハラ　無視かよ。ちょっと、イシカワ先生？　生徒に対して誤解を招くような発言はですねぇ。


　　　　　オリハラも去る。


１５　まとまる前の一語り。


　　　　　なんとなく無言の空間。
　　　　　タマヨはクミを一瞥すると自分のカバンを取りにいく。
　　　　　アヤも自分のカバンを取りにいく。
　　　　　ヒトミはクミに何か話しかけようとするが、出来ない。


クミ　中学のときにね。

ヒトミ　え？　……うん。

クミ　あるじゃない？　合唱コンクールって。で、やっぱりピアノ伴奏はクラスで誰か選ばれる形式だったの。あたし、ピアノ出来ること隠してなかったからさ。選ばれたの。ううん。立候補、したの。馬鹿だよね。でさ、他のクラスって伴奏結構とちる子多かったんだけど、あたしはね、そんなことなかったわけ。上手いから。わざととちろうとかも考えなかったし。

アヤ　……それで？

クミ　で、要するにさ。とちった子の中には結構学年で力持ってる女子がいたりしてさ。ね。その後の流れは分かるでしょ。今更かもしれないけど、そういうわけ。

タマヨ　……そんなの、またそうなるとは限らないでしょ。

クミ　うん。でも、分からないよね。

タマヨ　それは、そうだけど。でも、さ。いるじゃん。あたしとか、アヤとか。旅野さん、とか。……とかが。

クミ　慎重なんだ。あたし。

タマヨ　バカみたいじゃん。そんな、昔のことでさ。

クミ　昔じゃないよ。

タマヨ　昔でしょ。中学なんて。ガキじゃん。（アヤに）ね？

アヤ　まーね。青臭かったよねぇ。あの時代は。もう、何十年も前みたいだけど。子供だよね。あのころって。

クミ　そう。子供だよ。

タマヨ　だったらさ。

クミ　だけど、あたしの中では、まだ続いてんだ。続いてんだよね。まだ。


　　　　　クミがカバンを持つ。


クミ　帰ろう？

アヤ　塾だっけ？

クミ　うん。ちょっと遅刻だけど。

タマヨ　あたしは、部活、ちょっと顔出していくわ。

アヤ　あたしも。あ、でも活動はしていかないから。クミ、一緒に帰ろ？

クミ　うん。……旅野さんは（どうする？）

ヒトミ　あのね！


　　　　　ヒトミが勇気を振り絞る。
　　　　　俯いたまま。フォルテでは出せなくて、ピアノほどに弱く。


ヒトミ　友達に、なりたいなって思うの。みんなと。あたし、秋からだけど。みんなのこと、全然まだ分かってないけど。引っ越してきたばっかりで、本当、何も、分かってないけど。分かってないから、だから、新しく始められることもあるかななんて思ったりして。だから、色々始めてみたいって思ってて。だけど、なかなか出来なくて。だから、今日も、本当は、始め先生がピアノいないって言ったときから、ああ、やってみようかなって思ってたの。やってみたいなぁ。くらいだけど。やってみたいかなぁ。くらい。思ってたんだけど、でも、そんなこと言ったら、なんか変に目立っちゃうって言うか、目立っても、あたし出来ないし。多分全然出来ないから。そしたら、みんなの足引っ張っちゃうし、引っ張ったら嫌われちゃうから。一人だから。でも、それは今もあんまり変わってなくて。もっと仲良くなりたいのに、何か距離置いて、早井さんのことだって、タマヨちゃんって呼びたいし、古道さんのことも、苦楽さんのことも、下の名前で呼びたいのに、言えなくって、だから、あたし、みんなと、もっと、色々一緒にやりたくて。今日残ってたのも、本当は結構楽しくって。もっと、こんな時間過ごせたらいいな、なんて。だって、今年のあたしたちって、今年だけだから。今日って今日だけだから。だから、昨日とか去年とか、言い出したらきり無いんだけど、なんか、ちょっとでいいから。ちょっとだけでも、いいから、マシになりたいなって。つまり、ああ、もう、ごめん。なんでもないです。


　　　　　間
　　　　　タマヨとアヤとクミが目を合わせあう。
　　　　　そして、笑い出した。


ヒトミ　笑わないでよ！

タマヨ　ごめん。だって、意味分からない。

アヤ　なにが言いたかったの？

クミ　というか、日本語だった？

ヒトミ　日本語でした！　だから！　……いい。もういいです。

タマヨ　……よし！　今日は部活サボろう。だから、クミ、あんたも塾サボれ。

クミ　なにそれ。塾サボるとあたし親に怒られるんだけど。

タマヨ　あっそう。じゃあ、いいよ。あたしは、アヤと、……ヒトミと飯食うから。ね。ヒトミ。

ヒトミ　あ……うん！

アヤ　よし。あたしもそれに乗った。ってことで、クミは一人で帰ってね。ヒトミとあたしとタマヨの三人で行こう。そんでこいつ（クミ）の悪口で盛り上がろう。

クミ　……駅前にさ、なかなかお洒落な喫茶店あるのよ？　ヒトミ、まだ入ったこと無いでしょ。

ヒトミ　うん。

クミ　じゃあ、連れて行ってあげるわ。


　　　　　文句ある？と言いたげにクミがタマヨとアヤを見る。


タマヨ　よっし。帰りましょ。部活に、体調悪いから帰るって声だけかけてくるわ〜。


　　　　　タマヨが走ろうとする。


ヒトミ　って、早井さん！

タマヨ　ん〜？　なぁに、ヒ・ト・ミさん？

ヒトミ　タマヨ、さん。走ってったら、体調いいのバレバレだと思うけど。

タマヨ　あ、そっか。

アヤ　まったくあんたは。あたしも一緒に行って上手くごまかしてやるわ。（クミたちに）昇降口で待ってて。

タマヨ　さんきゅう。（クミたちに）ちゃんと待っててよね。


　　　　　と、タマヨとアヤが去る。

クミ　行こうか。

ヒトミ　うん。……ねぇ、クミさん。

クミ　クミ、でいいよ。

ヒトミ　……来年さ。

クミ　うん？

ヒトミ　伴奏、チャレンジしてみたらどうかな？

クミ　……

ヒトミ　クミ、が、伴奏しているとこ、見たいなって思って。

クミ　考えとく。

ヒトミ　うん。

クミ　……あ（と一瞬花瓶を見て）

ヒトミ　なに？

クミ　（花瓶のことは忘れた振り）結局キナコのヤツ、なんで骨折したんだろ？

ヒトミ　なんでだろうね？


　　　　　ヒトミとクミが去る。
　　　　　静かになる教室。
　　　　　カホの暗幕（のようなもの）が落ちる。


カホ　呪ってやる。皆すっきりした顔して、あたしのことなんて忘れて帰っていきやがって。呪ってやる！　
　　……あたしも帰ろ。頭重いんだよな（と、頭に手をやり）え、なんだこれ。なに？　なにがついてるわけ？　
　　は、はずれな……外れた！


　　　　　と、その外した弾みで花瓶は真っ二つに。


カホ　って、えーーー！


　　　　　そこにオリハラが帰ってくる。


オリハラ　お前ら〜　今日はもう帰れよ〜って、もうだーれもいないね。（と、カホに気づき、花瓶に気づく）あーーーー！

カホ　あーーーーー！


　　　　　音楽。
　　　　　言い訳をしているカホ。
　　　　　問いただしているオリハラ。
　　　　　そこへオオサワ親子がやって来る。
　　　　　笑うキナコをギンコがこずく。
　　　　　探しに来たイシカワがオリハラと衝突。

　　　　　なんてのと関係ないところを、
　　　　　ヒトミ、クミ、タマヨ、アヤは歩いていく。
　　　　　これからの関係を期待するかのように、
　　　　　その顔には笑顔が浮かんでいる。

　　　　　幕が閉まってくる。

完