Like P
(ピアノのように)
8人ver
作 楽静


登場人物

高校2年生達
旅野ヒトミ(たびの ひとみ) 16歳 2年B組 秋からの転校生
早井タマヨ(はやい たまよ) 17歳 2年B組 ソフトボール部・ピッチャー
古道クミ (こどう くみ) 16歳 2年B組 演劇部・小道具係
大沢キナコ(おおさわ きなこ) 16歳 2年B組 帰宅部・ピアノ教室生
王手カホ (おおて かほ) 17歳 2年C組 ピアノ歴5年。将棋部のエース。
大人
大沢ギンコ(おおさわ ぎんこ) 30代後半 主婦 キナコの母。鳴滝の先輩。
鳴滝シスコ(ナルタキ シスコ) 30代前半?B組担任 教科音楽
石川ルイ (イシカワ ルイ) 20代後半?C組担任 教科英語 演劇部顧問

※ ナルタキ役をイシカワ役が身長のことでからかう場面がありますが、ナルタキ役を演じる子の身長が低かったためという理由で、それ以外の他意はありません。不快に思われた方がいましたら申し訳ありません。
※ 途中暗幕に役者が包まれるシーンがありますが、あくまで「暗幕(のようなもの)」であり、実際の暗幕を使うことはお勧めできません(暑いので)



「ピアノ」という名の由来は、イタリア語の「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(Clavicembalo col piano e forte)、もしくはそれに類する表現である。
歴史的には「ピアノフォルテ」(pianoforte)や「フォルテピアノ」(fortepiano)と呼ばれ、一般に楽譜には「ピアノフォルテ」または「フォルテピアノ」、略して “Piano” や “pf” と表記される。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

なんてことは、物語にはあまり関係ない。





0 全ての始まりもくだらなく

     放課後の教室。
     芸術の〜等と表現される季節。誰かにとっては食欲の季節。
     いつもの教室がそこにある。机。椅子。ドア。そして、教卓。
     教卓横にキャスター付椅子。教卓の上には花瓶がおいてある。
     花は挿してない。

     音楽と共に当たりは闇に包まれる。
     オオサワキナコが浮かび上がる。

キナコ 英語の時間、イシカワ先生が黒板に書いた文章、He swims like the dog. 訳すよう当てられた私は元気に叫んだ。「彼は泳ぐ。犬好きだ!」途端クラス中大爆笑。He swims like the dog. イシカワ先生は苦笑しながら正しい訳を教えてくれた。「彼は、犬のように泳ぐ」 犬かきならそう言えって感じ。ライクって単語は面倒くさい。好きなのか、そうじゃないのかはっきりしろと言ってやりたくなるような単語だ。「ライク・ピアノ(Like P)」だからこれも、ピアノ好きの話ってわけじゃない。好きならもっと簡単に物事は上手くいくのに。「ライク・ピアノ(Like P)」フォルテのように強く自己主張できない私たちは、ピアニッシモで会話する。「ライク・ピアノ(Like P)」こんなに主役のように話している私、ことオオサワキナコは、これ以降、実は大して出てこない。でも、あえて言おう。私こそ、このオオサワキナコこそが物語のキーパーソンだと。なぜなら物語は、フォルテ・フォルティッシモでもまだ足りないほどの、この私の悲鳴と、メッゾ・ピアノほどの嘆きから始まったと言っても過言ではないからだ。それは、なんでもない夕方、どこにでもありそうな場所で突然聞こえた悲鳴だった。


     と、キナコは右手を突き上げるようにして叫ぶ。


キナコ 腕がぁ! あたしの腕がぁ! (突然情け無く) 折れたかも。


     音楽高まる。
     溶暗。


1 なんとなく盛り上がってしまったとある遊び。


     音楽が止まる。
     闇の中(もしくは幕が閉まった状態のまま)声が聞こえる。
     (以下、録音でもよい)

タマヨ 「さあ、バッターボックスには満身創痍の古道クミ選手。マウンドでは早井タマヨ選手が、不敵な笑顔を浮かべております。
   現在ツーアウト・ツーストライク・ワンボール。ランナー無し。ここで出なければ後がありません」

クミ 「説明が長い。早く投げて」

タマヨ 「その口、二度ときけなくしてやる!」

ヒトミ 「あの、やっぱりこういうのは、その、こういう場所でやらないほうが(いいと思うんだけど)」

タマヨ 「ピッチャー、振りかぶった!」


     すごい球が投げられる音。


ヒトミ 「きゃあっ」


     そして、ガチャンという何かの音の中、幕が開く。
     (幕を閉めなくてよい状況なら)
     そして、明かりがつく。


2 冷静になればすべてばかばかしい。


     教卓を囲むように、呆然とした四人の姿がある。
     腰を落とした格好のまま固まるヒトミ。
     アルトリコーダー(尻部分が無い)を持ってるクミ。
     何かを投げた格好のままのタマヨ。
     そして、教卓から落ちて真っ二つに割れた花瓶。
     少し離れたところに転がるボール(テープを巻いたもの)


ヒトミ ……え、えっと。

タマヨ (花瓶に近寄り)あらら〜。真っ二つだよ。こんなきれいに。めったに無いよね。(誰にともなしに)ね?

クミ (無言で自分のカバンによる)

タマヨ 破片もほとんど落ちてない。すごい。ある意味芸術よね。評価はされないだろうけど。

クミ (カバンを持って帰ろうとする)

タマヨ って、待って! クミ、ストップ! 帰るな!

クミ ちっ(舌打ち)

ヒトミ だから、止めようって言ったのに。

クミ (タマヨに)ノーコン。

タマヨ いや、違うでしょ? あたしちゃんと投げたでしょ? 

(ヒトミに)ねぇ。投げたよね?

ヒトミ うん。投げてたんだけどね。

クミ じゃあ何でよ。当たったの、(ボール指して)あれでしょ?

タマヨ そんなんあたしが知るわけ無いじゃない。

ヒトミ 違うの。おしり。

タマヨ おしり?

クミ 誰の?

ヒトミ (クミが持ったままのアルトリコーダーを指す)それの。(と、アルトリコーダーのケツ部分を指差す)ほら。

クミ (ケツ部分を拾うとアルトリコーダーに差込み)今日、習い事あるから。

タマヨ 待て待て待て待て。つまりこういうこと? クミが、思いっきり笛振ったせいで、それが外れて、で、花瓶に当たったと。じゃあ、あんたのせいじゃん。

ヒトミ でもよかったよ 花瓶で。あたしとか、早井さんに当たってたら、怪我してたかもしれないし。

タマヨ そしたらクミに慰謝料請求したけどね。

クミ こんなのが当たったくらいで花瓶落ちる? 普通。

タマヨ 落ちたんだからあんたのせいでしょ。

ヒトミ えっと。古道さんのアルトリコーダーが当たったくらいでは、その、落ちなかったんだけど、ね。

タマヨ どういうこと?

クミ (タマヨに)あんたがノーコンってことじゃない?

タマヨ あたしがはずすわけ無いでしょうが!

ヒトミ 早井さんは悪くないって言うか、その、ごめんなさい!

タマヨ え? なんで?

クミ どうして旅野さんが謝るの?

ヒトミ えっと、それは……

キナコ 説明しよう!


     と、キナコがドアから飛び出す。
     片手を三角巾で吊っている。


タマヨ え、あんたどっから?

キナコ 話は全て聞かせてもらった。というか、見てました。しっかりと。この目で。いやぁ。よかったよね。運よくあたしが廊下を通りかかったときで。これが先生だったら大問題だよ。うん。「放課後の教室で、なに野球してんの」なんて怒られること間違いなしだね。

クミ キナコ、なんで?

キナコ あ、クミ おはよ〜。

クミ じゃなくて。休みだったでしょ? 今日。

キナコ そうなんだけど、家にいてもやること無くてさ。

クミ 大丈夫なの?

キナコ 大丈夫大丈夫って、それよりも、何が起こったかですよ諸君。知りたいでしょ?

タマヨ そりゃあね。

キナコ じゃあ、さっきの位置について。

タマヨ さっきのって。

キナコ ほらほら、旅野さんも。 あ、クミはバット(アルト)持って、バッターボックスね。で、タマヨはこれ。


     と、タマヨにボールを渡す。


タマヨ また投げるわけ?

キナコ いやいや。投げる振りだけでいいよ。後私がやるから。さぁあ、では再現開始! 「ピッチャー振りかぶった」


     思わず、タマヨがボールを投げるポーズ。
     キナコはここから説明しつつ、ボールを運んでいく。


キナコ そう、そして、早井タマヨの手からボールが離れる。そのボールは高速ストレートとなって、旅野ヒトミの手へと一直線、と、ここで、一瞬の浮き上がり! しかし、そこに反応したかのように古道クミが体制を崩しながらも、バットを振る!


     その言葉に合わせて、クミのバット(アルトリコーダー)がゆっくり振られる。
     キナコはそのケツ部分を抜き取ろうとし、


キナコ ああ! 手がたりない。クミ、ちょっと手伝って。

クミ うん。


     と、クミはボールを持つ。キナコの言葉に合わせて動く。


キナコ バットがボールに触れるかと思われた瞬間、アルトリコーダーは、その振りの強さに耐え切れなくなったかのように、お尻部分が分離! そのまま弧を描くようにお尻部分は空を飛ぶ!

タマヨ やっぱり、クミのせいじゃない!

キナコ ところが! そのまままっすぐ飛んだボールに旅野ヒトミが反応できず、まさかのキャッチングミス! 旅野ヒトミの手ではじかれたボールは、空中でアルトリコーダのお尻部分と合流! まるでダンスを踊るかのよう互いに互いの回転に飲み込まれつつ、仲良く花瓶にゴーン! 花瓶は二つの力が一つとなったその強さに耐えられず落下。ガチャーン! ボールはちょっと離れてコロコロコロ〜。お尻部分は一つだけ跳ねて、床にポトリ。これが、全ての真相です。


     間。
     クミが自分のカバンによると笛を片付ける。
     そして、カバンからテープなどを出した。


タマヨ ……え、ってことは、つまり?

ヒトミ だから、その、ごめんなさい。

タマヨ いや、違うでしょ。え? ちがうよね?

ヒトミ でも、私だよね、悪いの。

タマヨ いや、だって違うでしょ? ってクミ、何してるの?

クミ 花瓶直す。テープ持ってるし。

ヒトミ あたしが変にはじいちゃったから、それで、

タマヨ いや、旅野さんが悪いわけじゃないし。

キナコ そう。気にすること無いよ。タマヨのボールなんてあたしらにも取れないから。

タマヨ そうそう!

キナコ だてに、運動部やってないし。

タマヨ ソフト部でーす。

キナコ 上手いほうらしいし。

タマヨ エースでーす。

キナコ バカだし。

タマヨ バカでーす。おい!

キナコ まぁ、目撃者もいないし。応急処置だけして知らん振りすれば。ねぇ? いいんじゃない?


     と、その言葉の途中でカホがやって来る。
     カバンを肩にかけている。


3 そんなこと言うとやって来ちゃうんだこれが。


カホ 失礼します。イシカワ先生って、こっち来てますかって、あ。

クミ&タマヨ あ。

カホ あーーーー! 何やってるのよあんたたち!


     カホはカバンを床に落とす。


ヒトミ あ、あの、これは、その、えっと

タマヨ しまった。カホか。

クミ (舌打ち)よりによって一番うるさいやつ。

キナコ ってことで、あたしはこれにて失礼します〜。あ、カホ。あたしはこの件には一切関係ないからね〜


     と、キナコが去る。


タマヨ 逃げやがった。

クミ 何しに来たんだか。

カホ あんたたち、また教室でボールなんか投げてたんでしょ。一年のときからいつも言ってたよねあたし。そういうことやってるといつか痛い目見るって。ほらじゃん。やっぱりじゃん。それ見たことかじゃん。

タマヨ いや、これはね、なんていうか。

カホ 先生に言ってくる。

タマヨ あんたのクラスじゃないでしょここは!

カホ それがなに!?


     カホはカバンをそのままに出ていく。


タマヨ ちょっと、待てって!


     タマヨが追いかける。
     クミはカホが置いていったカバンによる。
     携帯を取り出し、ポケットに入れる。


ヒトミ あの、あたし、先生に謝ってきたほうがいいかな?

クミ 大丈夫。これなら、すぐ直るし。


     言いながら、クミは花瓶による。
     と、すごい音がする。
     (ゴントか、ガンとか)
     重いものがぶつかった音。


ヒトミ 今、ごんって! すごい音。

クミ こりゃ、やっちゃったかもね。

ヒトミ やっちゃったかなって。


     と、何かを引きずってきたらしいタマヨがやって来る。


タマヨ ちょっと、手伝って、誰か。

クミ (人を殺す動作をしつつ)殺(や)っちゃった?

タマヨ こいつが急に走り出したりするから。

ヒトミ 早井さん! 花瓶のことくらいで、なにも。そんな。

タマヨ (笑って)違う違う。

クミ (タマヨを手伝いつつ)ほら、キレやすい年頃だから。

タマヨ ちがう! 急に走ったせいで滑って、こけたのよ。で、頭打って。気絶と。あ、そっち(足)持ってね。

クミ 久しぶりよね。カホの気絶見るの。相変わらずいい寝顔。

ヒトミ 保健室連れて行かなくていいの?

タマヨ 大丈夫。いつものことでしょ。


     言いながら、タマヨとクミはカホを椅子に乗せている。


ヒトミ いつもの?

クミ (タマヨに言いつつ花瓶へと戻る)旅野さん来てからは、無いんじゃない?

タマヨ あれ? あったでしょ? ほら、球技大会で。

クミ あったけど、あの時のは7月だから。

タマヨ ああ。(ヒトミがきょとんとしているのを見て)球技大会でもこうなったのよ。7月の。ほら、うちって、定期的にやるから。どっちか分からなくなっちゃって。

ヒトミ その時も、こけて?

クミ ドジだから。よく何でもないところでこけるの。これでも、マシになったほうなのよ。一年の時はひどかったもんね。

タマヨ 保健室に連れて行くたびにさ、「またぁ」とか言われて。

クミ (タマヨをさして)保険委員だったから。一年のとき。

タマヨ そうだ、クミ、何か持ってない?

クミ なんかって?

タマヨ 動き止められそうなの。


     クミはカバンから紐を出す。


タマヨ ありがと。

ヒトミ え、なにするの?

タマヨ 動かないようにと思って。起きたら面倒だし。


     タマヨは紐でカホを縛る(軽く)


ヒトミ でも、そんなことしたら、


タマヨ いいからいいから。クミ、なんか、隠せる物ある? 布とか。

ヒトミ さすがにそんなのは、古道さんだって、

クミ 暗幕なら。

ヒトミ あるの!?


     クミがカバンから暗幕(のようなもの)を取り出す。
     タマヨがカホの体に巻く。


4 処理活動。さて誰が悪い?


タマヨ よし。こいつで隠して。どう? いい感じでしょ?

ヒトミ 声が出ません。

タマヨ そんなにすごい?

クミ 呆れてるんだと思う。

タマヨ なんでよ。

クミ で、どうするの?

タマヨ 放置。

クミ ナルさん来たら? 変だって気づかれるでしょ?

タマヨ そん時は逃げれば、

クミ 思いつきで動くのやめた方がいいと思うけど。フォローするのが大変だから。

タマヨ どうすりゃいいのよ〜。

クミ ほら、


     と、クミが出したのは接着剤。


タマヨ 接着剤?

ヒトミ 何でもあるんだね。

クミ 演劇部だから。

ヒトミ そうなんだ……え、ごめん。それで納得出来る事なの?

タマヨ 旅野さんの前の学校って、無かったの? 演劇部。

ヒトミ うん。

タマヨ じゃあ、仕方ないけど。(何故か異様にでかい声で)演劇部はね、なんでも出来るものなのよ。

ヒトミ へぇ。すごいんだね。演劇部って。


     とか言っているうちに、クミは花瓶をカホの頭にくっつける。
     そして暗幕(のようなもの)を念入りに巻く。
     ちょっと四角く見えるように工夫したり。


クミ よし。

タマヨ なにこれ?

クミ オブジェ。

タマヨ オブジェ?

クミ こうやって、置いておけば、ナルさんも気づかないでしょ? で、そのうちカホが目覚めるだろうし。目覚めると起きるわけだから、当然花瓶は落ちる。落ちたら、割れる。カホが割ったことになる。解決。

タマヨ いや、さすがにナルさんだって変って気づくでしょ。

クミ じゃあ、どうするの? いい案思いつく?

タマヨ 思いつかないけどさ。

クミ 旅野さんは?

ヒトミ どうかなぁ、と思うけど。

クミ ほら。旅野さんだってこう言ってるし。

タマヨ え、今のは賛成したわけじゃないよね?

クミ 文句があるなら、代わりの意見出してくれない? 元はといえばタマヨが旅野さんにも取れないようなボール投げたのが悪いんだし。

ヒトミ いや、あれは取れなかった私が悪いから。

タマヨ クミのアルトリコーダーが強く当たったせいかもしれないでしょ。

クミ アルト使えばって言ったの、タマヨだけどね。

タマヨ 待たされてるだけなんて暇だから、何かしない?って言ったのはクミでしょ。

クミ 運動やりたいなんて言ってない。

タマヨ 反対もしなかったじゃん。

ヒトミ あたしも反対しなかったから、やっぱり私が悪いんだよ。ソフトボール、楽しそうって思ったし。

タマヨ 別に多数決なんだから、決めたことに責任は無いわよ。

クミ 一番やりたがってたのはタマヨだしね。

タマヨ だけど、ボール作ったの、クミよね? あたしに作らせると怖いとか言って。

クミ 小道具作るならあたしがやったほうがいいの出来るから。

タマヨ ノリノリだったくせに。

クミ こんな時間まで残されてたら、そりゃ、何か時間潰すことでもって気になるわよ。

ヒトミ そういえば、先生遅いね。

クミ もう、4時なんだけど。習い事遅刻しちゃう。

タマヨ 誰よすぐだって言ったの。

クミ ナルさん自身でしょ。

タマヨ ったく。ナルさんは〜。

ヒトミ あの、さっきから、ナルさんって、もしかして鳴滝先生?

タマヨ そ。鳴滝先生だから、ナルさん。

ヒトミ ああ。ナルさ……鳴滝先生の用事って何だろうね?

タマヨ どうせロクでもないよ。ナルさんのことだから。

クミ 運動部、文化部てんでばらばらで集めているあたり、なにか狙いがあるとは思えないしね。

タマヨ よし。決めた。あいつが悪い。

クミ なに、いきなり?

ヒトミ あいつって、鳴滝先生?

タマヨ そう。花瓶が割れたのも、カホが現れて、さらに倒れたのも、クミが習い事に遅れそうなのも、すべてナルさんが悪い。決めました。もう決めました。今。完全に決めました。


5 はい。そろそろ本編です。


     と、その言葉に反応するように袖から声。
     両者ともやたら声がでかい。


袖から
ギンコ そんな簡単に決まるものかしら。

ナルタキ 大丈夫ですよ。なんせ、あたし、音楽教師ですし。ちゃちゃっとですから。すぐ決まりますって。

ギンコ でも、キナコに決めるのも、もめたんでしょ?

ナルタキ いやいや。ちゃちゃちゃっーですから。ちゃちゃちゃ、ちゃーんっと決まりますから。もう、金子先輩、いや、銀子先輩はドンと構えててくださいよ。

ギンコ なんか、今更下の名前で呼ばれると照れるわね。頼りにしてるぞ、ナルちゃん。

ナルタキ 先輩こそ、あだ名で呼ぶのは勘弁してくださいって言ったじゃないですか〜。


     と、入ってくる。ナルタキとオオサワギンコ。
     ナルタキは入ってくるなり、カホの近くに移動。カホを背にする。


ナルタキ はいお疲れ様みんな。お待たせしました。いやー本当待たせたよね。って、あれ? なにかな? この何か刺すような冷たい視線は?

クミ 本当に遅かったですよね? 今日習い事あるんですけど。

ナルタキ ごめんね。その代わり、ちゃっちゃと決めるから。

クミ 決める?

ナルタキ うん。で、誰にしようかしら?

ヒトミ 誰に?

ナルタキ うん。あ、もしかして、立候補とかあった? いいわね、立候補。何人? え、三人とも? それはいくらなんでも、積極的過ぎじゃない?

タマヨ 立候補ぉ?

ナルタキ って、なによその疑問系の嵐は。

ヒトミ 先生。

ナルタキ なに? えっと、旅野さん。

ヒトミ その話って、9月前にされたものですか? だったら私、転校してくる前だったから、その(聞いてないんですけど)

ナルタキ 何言ってるの。前も何も、合唱コンクールは来月でしょ。旅野さんの学校では違ったかもしれないけど、うちは、文化の日の翌週って毎年決まってるんだから。

クミ&タマヨ&ヒトミ 合唱コンクール!?

ギンコ ナルちゃん? どういうこと?

ナルタキ いや、違うんですよ。って、ちょっと、ちょっと。旅野さんはともかく、あなたたちまでなによその反応は。去年もやったでしょう?

タマヨ いや、そりゃやったけど。

ナルタキ でしょう?

タマヨ それが、何で私たちが残されてることに繋がるわけ?

クミ (ギンコを見て)もしかして……ピアノ?

ヒトミ ピアノ?

タマヨ は? なにそれ? どういうこと?

ナルタキ まったくもう。だから、あなたたちのうちの誰かがやるんでしょう? コンクールでのピアノ伴奏を。

クミ&タマヨ&ヒトミ はぁ!?

ギンコ ナルちゃん? なんか、凄く驚いてるみたいなんだけど。

タマヨ なんですかそれ!?

クミ 聞いてない。

ナルタキ うそよぉ。言ったわよ?

タマヨ 言ってないし、聞いてない。ね? 旅野さんも聞いてないよね?

ヒトミ うん。

タマヨ ほら、

ヒトミ あ、でも。

タマヨ でもぉ!?

ヒトミ 今日の朝、鳴滝先生が――


     と、ナルタキにサスが入る。
     ナルタキはまるで独り言のように、


ナルタキ はーい。出席を取るわよ〜。アシダさん。イシダさん。ウエダさん。エダさん。オオサワさん、は、欠席と。……あ〜オオサワさんねぇ。なんか、骨折したらしいのよ。腕みたいなんだけど、3週間くらいかかるって。合唱コンと被っちゃうわよねぇ。どうしようかしら。まあ、とりあえずピアノ出来そうな子に声をかけるしかないわよねぇ。そんでその中から決める形でいくのがいいかなぁ。あ、結構いい考え? うん。そうしようかな。ああ。秋よねぇ。音楽の秋よねぇ。そういや先生こないだ、株に手を出しました。


     教室の風景に戻る。


ヒトミ って。

ナルタキ ね、言ったでしょちゃんと。

タマヨ 言ってることに入らない! 絶対それは入らない!

クミ 正直、その後の株の話のほうが記憶に残っています。

タマヨ あたし、先生が株の売り時間違えて大損するんじゃないかって本気で心配したもん。

ナルタキ ありがとう。その予想はおおむね外れてないわよ。

タマヨ 大体なんで私が残されてるのよ。

ナルタキ だって、早井さん、高校入る時の願書に趣味ピアノって書いてたでしょ?

タマヨ なっ。

クミ へぇ。趣味なんだ、ピアノ。

ヒトミ ソフトボールやってるのに? 

タマヨ それはその、あれよ。

クミ あれって〜?

タマヨ だからあれよ! あんたこそどうなのよ。出来るの? ピアノ。

クミ あ、おばさん、ちょっと話が(と、ギンコに寄る)

タマヨ 逃げるなよなぁ。

ヒトミ あの、先生? 私は?

ナルタキ 旅野さんは向こうの高校では吹奏楽だったでしょ?

ヒトミ あ、はい。でも、ピアノは、(やってないですけど)

ナルタキ ということは、楽譜が読めるってことよね。

ヒトミ まぁ、それは、

ナルタキ うん。十分よ。

ヒトミ そんな!?

ナルタキ ま、あと古道さんに関しては、あれでしょ? ねぇ?


     クミはいつの間にかギンコの傍によっている。
     何事か話していたらしい。


クミ じゃあ、何か事故に遭ったわけじゃないんですね?

ギンコ ごめんね。あの子、よっぽど骨折したのが恥ずかしいみたいで。

クミ メールで聞いても教えてくれなくて。

ギンコ そりゃ教えられないわよ。あんな理由で腕折ったなんて。

クミ そんな言いにくい理由なんですか?

ギンコ 恥なだけよ。(笑いを押さえ)腕をあんな風に、なんて、ねぇ?

クミ はぁ。

ギンコ 今日ギプスしたし、学校には明日にでも出てくると思うから、その時聞いてあげて。話したらの話だけど。

クミ 分かりました。(と、視線に気づき)どうかしました?

ナルタキ そうか。キナコちゃ、オオサワさんとは同じ中学だったっけ。

ギンコ 家がすぐそこなのよね? だから、幼馴染ってわけ。まぁ、幼馴染って言っても? うちの子なんていっつもクミちゃんに助けてもらってばかりだけど。元はといえばピアノだってねぇ?

クミ その話はいいです。

ギンコ あ、そうよね。後は、ほら、結構うちの子っておてんばなところあるから。何かっちゃ壊しては、クミちゃんに直してもらったりねぇ。ま、でも、腕は無理よねぇ。あはははは。

ナルタキ じゃあ、その腕の代わりに、古道が(弾くってのは?)

クミ 無理です。


     と、クミはカバンを取りにいく。


タマヨ ちょっと、どこ行くのよ。

クミ 帰る。

ヒトミ え、でも。

タマヨ この状況で一人だけ帰れると思うわけ?

クミ 私、弾かないし。

タマヨ 「弾けない」じゃなくて「弾かない」? ってことは、弾けるってこと?

クミ 弾けないし、弾かない。これでいい?


     と、電話が鳴る。


ナルタキ こら。携帯は校舎内ではマナーモードで使えって言ってるでしょ。誰?

ギンコ ごめん。あたし。

ナルタキ ギンコ先輩ですか。いや、それだったらいいんですよ。あ、でも教室は若干電波入りにくいですよ? 廊下で出てきてください。その間にちゃちゃちゃっと決めちゃいますから。

ギンコ そう? 頼っちゃおうかな。

ナルタキ ナルタキのなるは、頼りになるのなるですから。

ギンコ 懐かしい、それ。じゃあ、ちょっとごめんね。あら、やだ。娘からだ。

クミ キナコから?

ギンコ そうよぉ。全く。休んでろって言ったのに。(と、電話に出て)


     と、チャイムが鳴る。


ギンコ もしもし? あんたね、家で大人しくしてなさいって言ったでしょ? してるよ?って。嘘つきなさい。じゃあ、なんでバックからチャイムの音がしてるのよ。うちの近所に学校なんてないでしょうが。って、チャイム? え、あんたどこにいるのよ! もしかして、おいキナコ!


     とか言いながらギンコが去る。


6 迷走。


ナルタキ というわけなの。お願い。誰か伴奏をしてくれない?

クミ ピアノ弾けませんから。

ヒトミ 私もピアノは。

タマヨ 私も。

クミ あれ? 趣味はピアノじゃなかったの?

タマヨ 見栄張ってたんです! 分かれよそれくらい。

ナルタキ 別に今弾けなくてもいいのよ。本番までに教えるから。なんてったって、あたし、音楽教師なんだし。

タマヨ 本番までにって、1月ないですよね。間に合うんですか?

ナルタキ あたしを誰だと思ってるの? 音楽教師よ?

クミ そんな甘いものじゃないと思うけど。

タマヨ じゃあ、伴奏したらいくらくれます?

ナルタキ 合唱コンクールの伴奏なんて、一生に一度の思い出じゃない? プライスレスよ。

タマヨ 目に見える報酬がほしいなぁ。

ナルタキ ジュース一本くらいなら。

タマヨ パス。

ヒトミ あの、クラスでジャンケンとか。くじ引きとか。

ナルタキ うちのクラスは、あまり音楽成績いい子がいないのよ。正直、あなたたちなんかはまだマシなほう。

ヒトミ じゃあ、あたしたちでジャンケン?

タマヨ ちょっと、旅野さん。やる気なの?

ヒトミ でも、このままじゃ決まらないし。

タマヨ だからってさぁ。

クミ 旅野さん、去年のこと知らないだけだから。

タマヨ ああ。

ヒトミ 去年のこと?

クミ テープだったのよ。去年。

ヒトミ え?

クミ ピアノ無しってこと。

タマヨ 伴奏はテープ。ま、確かに味気無いっちゃ味気無いんだけどね。

ナルタキ そうでしょそうでしょ? だから今年から、ピアノが出来るクラスは、伴奏を生ピアノでいきましょう!ってことになったのよ。

タマヨ ピアノが出来るクラスは、ですよね?

クミ だから、うちはテープ。ね?

ヒトミ うん。そういうことなら。

ナルタキ なんでよ! 合唱って言ったらピアノ伴奏でしょ! 何が何でもうちはピアノでやらなきゃダメよ。テープなんてダメダメ! 絶対ダメ!断固ダメ! あたしは音楽教師なのよ? 嫌よ〜。伴奏が生ピアノじゃない何て、いーやー。

クミ 子供か。

タマヨ 別に、そんなとこにこだわらなくても。

ナルタキ それに、あの女が何を言うかわからないし。

ヒトミ あの女?

タマヨ ああ。

クミ くだらない。

ナルタキ くだらなくないわよ! あの女はいっっっつもあたしを眼の敵にするんだから。今度だってうちのクラスはピアノを弾かないなんてことを知ったら何を言うか。考えるだけでも、ああ! きっと、また隣の席からねちねち言うに決まってるんだから。分かる? きちっと全部整った机の前で、椅子をあたしの方にちょっと回転させて言うのよ。「あらぁ? ナルタキ先生? どうしたんです、ピアノは」とか。そんでいつだって、目を林田先生のほうに向けてウインクなんかしちゃって、「ナルタキ先生って、本当おもしろい人ですよね?」って。ああ、ダメ。想像しただけでイライラのエネルギーがたまってきた。本当あの女はいつもいつも。嫌みったらしくて、高慢ちきで、ああ、もう、とにかくいやな女なのよあいつは!


     と、その言葉の途中にドアは静かに開き、
     イシカワ先生が立っている。ポージング。


7 聞かれたくない言葉って、案外本人聞いてるんだよね。


イシカワ はい。ナルタキ先生の言いたいことはよーーく分かりました。

ナルタキ え?

タマヨ あ。

クミ おはようございます。イシカワ先生。

ヒトミ (ごにょごにょいいつつ、頭を下げる)

イシカワ おはよう。古道さん。と言っても放課後ですけど。そんなアフタースクールの、普通なら生徒は部活やってるか帰ってるかって言う時間に、何故あなたは生徒集めて私の悪口言ってるんですか? ナルタキ先生? これっていじめ?

ナルタキ 誰かと思えばイシカワ先生。自分の悪口言われたと思って他クラスに飛び込んでくるなんて、ずいぶん自意識過剰じゃないですか?

イシカワ あら? ごめんなさい。あたしの勘違いだったかしら?

ナルタキ 勘違いとかじゃなく、妄想かと。

イシカワ じゃあ、参考までに教えてほしいんですけど、「隣の席からねちねち言うに決まってる」人って言うのは、ナルタキ先生にとっての、右隣であるあたしと、左隣の、林田誠一先生(ハヤシダセイイチ)の、どちらのことを指してたんです?

ナルタキ イシカワ先生と林田先生のどっちかっていうと、悪口言うのは、イシカワ先生になっちゃうんじゃないですか。自分の胸に手を当ててみればよーく分かると思いますけど。

イシカワ (生徒に)ね? こうやって、ナルタキ先生っていつもいつも、あたしの悪口振りまいてるのよ? ひどいわよね? あたしは、いつも、泣いてばかり。

ナルタキ こっちの台詞よ! いつもあたしを目の敵にして!

イシカワ 目の敵だなんて。そんなこと言ったら、まるで、ナルタキ先生がいつも視界に入っているみたいじゃないですか。呼ばれないと見えないくらいなのに。

ナルタキ 身長のことかしら? それは身長のことを言っているのかしら?

イシカワ あら? どこからか声が? あ、いた。ごめんなさい。たまに見失っちゃって。

ナルタキ (生徒たちに)ねぇ? ひどいでしょう? ひどいと思うでしょ。

タマヨ 子供の喧嘩か。

クミ 先生はなんでここに?

イシカワ ああ。ナルタキ先生がピアノ担当を探しているって言うから、うちのクラスのカホちゃんを見せてあげようかと思って。

タマヨ カホ?

クミ って、王手カホのことですか?


     生徒たちはチラチラ花瓶のほう(カホ)を見る。


イシカワ ええ。あの子、小学校高学年からやってたらしいの、ピアノを。5年間くらい? まぁ、ナルタキ先生には到底敵わないですけど。でも、合唱コンクールくらいの曲なら簡単に伴奏できますから? それで、(ヒトミに)来なかった?

ヒトミ いや、き(た)、いえ、来(こ)なかったかな?

ナルタキ イシカワ先生が怖くて逃げたんじゃないですかぁ?

イシカワ 私、生徒に好かれてますから。誰かさんと違って。

ナルタキ あたしは好かれてますから。ねえ、みんな? ね?

イシカワ 別に、ナルタキ先生のこととは言ってないですよ? でも困ったわねぇ。部活の方行っちゃったのかしら。(と、行きかけて)あ、ナルタキ先生? そういえば、ピアノ、担当決まったんですか?

ナルタキ え、いや、それは、まぁ、そりゃあ、ね。

イシカワ 決まったんですか? それはそうですよね。先生の専門は音楽ですものね。それなのに、音楽教科の行事ともいうべき合唱コンクールでピアノがいないなんてことないですよね? ピアノがいないかもって朝聞いた時には、あたしビックリしましたもの。まさか、音楽の先生が担任をされているクラスでピアノ伴奏が無いなんてって。あ、あれじゃないですよね? 先生が弾かれるわけじゃないですよね?

ナルタキ そんなわけないでしょ!

イシカワ ですよね。子供の中に大人が混じって演奏するようなものですものね? 出来ませんよね。万が一それでうちのカホちゃんより伴奏が上手くなかったら、いや、ナルタキ先生の腕が悪いとか、顔が悪いとか、背が低いとか、そういうことを言ってるんじゃないんですよ? でも、当日の体調とかもありますし。思ったよりも伴奏が上手くいかなかったなんてこともあるかもしれないじゃないですか。そうしたら、先生の立場ないですものね?

ナルタキ だから、ちゃんと、うちだって生徒が弾きますから。

イシカワ で? 誰が?

ナルタキ え、いや、

イシカワ え? 誰です?

ナルタキ それは、当日までの秘密よ。楽しみは後にってやつで。

イシカワ ああ。へぇえええ。ふうん。そうですか。じゃ、楽しみにしてますね。いいですよね、秘密って。


     イシカワが笑いながら去っていく。
     固まるナルタキ。


8 そして代理戦争の図式が出来上がると。


ヒトミ 先生たちって、いつもこんな感じなの?

タマヨ まぁ、大体ね。犬猿の仲ってやつ。

クミ 先生、よく部室で愚痴ってるくらいだから。

ヒトミ 部室って?

タマヨ 演劇部の顧問なのよ、イシカワ先生。

ヒトミ そうなんだ。

タマヨ あれでしょ? ハヤシダ先生なんでしょ? 原因って。

ヒトミ ハヤシダ先生?

クミ 数学の。

タマヨ かっこいいから、あの人。

ヒトミ そうなんだぁ。


     と、ナルタキは動き出したかと思うと、廊下を確認。
     きっちりドアを閉めてから、


ナルタキ なんだって言うのよあの女は! ねえ!? あんなことを言われて悔しくないの!?

タマヨ いや、それは別に。

ナルタキ 自分のクラスの担任の先生が、あそこまで悪く言われたのよ? 悔しくなるでしょう? 怒りが腹の底からわいてくるでしょう?

タマヨ そんなもの無いよね?

クミ うん。

タマヨ むしろすっきり?

クミ うん。

ナルタキ すっきりするな! 何よあんたたち。そんなにあたしが嫌い? 嫌なの?……あの、お願い。そこで無言にならないで。本気で哀しくなるから。

ヒトミ あたしは、ちょっと嫌だったかなぁ。

ナルタキ 旅野さんまで!?

ヒトミ あ、先生のことじゃなくて、イシカワ先生が。そこまで言わなくてもいいかなぁって。

ナルタキ 旅野さん! あなただけよ、あたしの味方は。


     ナルタキはヒトミの手をつかむ。


タマヨ 回復早っ。

ナルタキ よし。なんだか教師としての自信も出てきたところで、あなたたちの中から一人、ピアノ伴奏になってもらいます。

クミ あたしは嫌なんですけど。

ナルタキ 嫌とかそういうのはもう聞きたくないです。むしろ聞きません。絶対うちのクラスもピアノつきにしてやるんだから。そんで、あのイシカワのヤツをぎゃふんと言わせてやるのよ。

タマヨ ぎゃふんって。


     と、そこへオオサワギンコがやってくる。
     携帯を押さえたまま。


ギンコ ナルちゃん? じゃなかった、ナルタキ先生。

ナルタキ あ、ギンコ先輩。あたしはやりますよ〜。見ててください!

ギンコ その前に、ちょっと説得してほしいんだけど。

ナルタキ 誰をですか? 今なら、総理大臣だって説得できますよ。

ギンコ 娘よ。娘。

ナルタキ キナコちゃんをですか? 任せてください(携帯を受け取り)ああ、代わりました。ナルタキです。(と、携帯が切れたらしい)いきなり切られた〜。


     ナルタキとギンコが携帯をかけなおしながら去る。


9 逃れられない罠。生贄は一人。


     ちょっと、ぎこちない空気の漂う教室。
     誰が言い出すか待っている感じ。


タマヨ ……ジャンケン、とか?

ヒトミ それがいいかも。

クミ あたしはやりたくないんだけど。

タマヨ こういうのは公平に、「運で勝負」ってことにした方がいいのよ。

クミ でも、

タマヨ 勝ちゃいいでしょうが。嫌なら何か違う決め方考えてよ。

クミ (ため息)「最初はグー」から?

タマヨ もちろん。

ヒトミ でも、ジャンケンってさ、「最初はグー」ってやると、たいてい、次にグーを出せなくなるよね。

タマヨ (真剣に)と、すると、出せるのはチョキかパーだから、グーを出せば勝てる!

クミ その大声で言ったのは心理戦のつもり?

タマヨ (考えを口に出していたのに気づいて)……「最初はグー」は、無し。

クミ クジ作るわ。


     クミはクジを作り始める。


ヒトミ あ、どうせなら、一回ピアノ弾いてみるっていうのは?

タマヨ 上手い人がやるってこと?

ヒトミ うん。

クミ 下手に弾いたら?

ヒトミ 意味無いね。

タマヨ てか、ピアノがまずないでしょここに。

ヒトミ そっか。

クミ はい。短いのがピアノね


     と、クミがクジを出す。紙縒りみたいなもの。


タマヨ はやっ。……変な細工してないでしょうね?

クミ うん。

タマヨ よし。


     と、タマヨがくじを引こうとした瞬間、カホが動く。
     タマヨ以外は気づく。


ヒトミ 早井さん。

タマヨ 待って。こういうのは、集中力の勝負なんだから。

ヒトミ じゃなくて、あれ、動いてるよね?

クミ 動いてるね。

タマヨ (クジの一つをつまみながら)何が動いてるって……カホ!?


     タマヨが声を上げると同時に、クミがクジを持つ手を引く。
     短い紐がタマヨの手に残る。


タマヨ って、あーーー。


10 やってまいりました。カホさんタイム。


     そして、同時にカホが暗幕(のようなもの)を跳ねのこける。
     

カホ 暑いんじゃー!!

ヒトミ 花瓶がっ


     と、四人は一瞬目をそらすが、音がしないのでカホを見る。
     花瓶はカホの頭にしっかりとくっついている。


ヒトミ&タマヨ&クミ くっついてる。

カホ めちゃくちゃ暑いと思ったら、何これ? 暗幕? 何であんの? てか、なんであたし縛られてたの?

クミ 思ったより早かったね。

タマヨ というか、よく縄解けたわね。

カホ こういうこともあろうかと思ってね、縄抜けの技を覚えておいたのよ。縛り方もだいぶ甘かったしね。

タマヨ え、ついにそっちの方面に目覚めたの?

カホ 違う! 全くあんたらは。人が気絶しているのをいいことに好き勝手やって! 大体何よ、さっきの話は。

タマヨ さっきの話?

カホ ぼんやりとこっちは聞いてたのよ。ピアノの伴奏がどうたらこうたらってやつを。何で3人もいて、一人もやりたがらないのよ。

クミ 普通でしょ。

ヒトミ あたしたち、あまりピアノ出来るほうじゃないし。

カホ そういう問題じゃない! そういう問題じゃないのよ。ああ、もう、あんたたち何も分かってない。仕方ない。あたしが教えてあげる。

タマヨ 何を。

カホ ちょっと、いいからそこ座って。はい皆並んで。座る。ほら、早く。しっとだうんぷりーず!

クミ 何か変なとこ打った?

タマヨ 頭だからね。

カホ 私はいたって正常です。若干頭が重い気もするけど。それよりちゃんと座る。座るといったら正座に決まってるでしょうが!


     四人は正座。
     カホが語り始める。


カホ そもそも、合唱コンクールが高校にあること自体驚きなのよ。中学では多いんだけど、高校になると、芸術科目が選択になるせいもあって、合唱コンクールみたいな音楽やってなきゃ到底ごめんだって言う行事は自然敬遠されるの。なのに! なのによ! うちの学校には伝統的にあるわけよ。合唱コンクールが。はい。伝統的にあるってところに注目。そこ、寝ない。ここ重要です。テストに出ますからね。

タマヨ なんのだよ。

カホ 私語をするな! いい? 本当だったら中学までの合唱コンクールが高校にある。つまり、15歳までで終わるはずだった、合唱という経験を、私たちは18歳まで体験することを許されたわけ。現在高校二年生である私たちにとっては後二回。クラスの男女で混声合唱をすることが出来るわけよ。すごい思い出作りじゃない? 後二回あるって言ったって、これ、下手したら人生最後の二回になるかもしれないのよ。進学とか、就職とか、それぞれどこ行くか分からないけど、その先で合唱なんてやらないでしょ? 普通。サークルにでも入らない限りはさ。 つまり、一生に残り二度の思い出作りよなわけですよ?

タマヨ カホにしては正論だ。

クミ やっぱりどっか打ったのよ。

カホ そこ、私語はしない。

タマヨ でも、先生〜

カホ (嬉しそうに)え、あたし? コホン。はい、早井さん。

タマヨ じゃあ、やりたい人にはサークル活動で頑張ってもらうってことで、やりたくない人はやらなくていいんじゃないですかね?

カホ それは、でも、せっかくの機会なんだし。

クミ 動揺してる。

タマヨ もう合唱コンクールは中学まででいい思い出になったって人にとっては、必要無いんじゃないですか〜?

カホ 思い出はプライスレスなんだから!

タマヨ ナルさんと同じこと言い出したよ。

カホ それともなに? そんなに合唱コンクールが嫌いなの? そんなに歌いたくないの?

タマヨ いや、別にそんなことは無いけど。

カホ タマヨ、去年すごく楽しんでたよね? 皆で歌うの好きだっていってたよね? クミだって、練習にはしっかり出てたじゃん。もう一人は知らないけどさ。

タマヨ あたしイベントごと好きだから。

カホ でしょう? (ヒトミに)そう思うよね?

ヒトミ 前の学校には、合唱コンクール無かったから。楽しみでは、あるかな。

カホ でしょ〜

クミ あたしは嫌い。

カホ そんなこと言っても、きっと楽しめるって。

クミ 合唱コンクールなんて大嫌い。


     クミの勢いに、周りもしんとする。


11 空気を読んだか読んでないのか。


     と、イシカワ先生がやってくる。


イシカワ ねぇ、やっぱり部室にもいないみたいなんだけど、こっち来なかった……って、カホちゃん。

カホ イシカワ先生!

イシカワ もう、どこ行ってたのよ。探したのよ。

カホ ちょっと色々あって……って、あーそうだった、忘れてた。(と、床を見る)あれ? 花瓶は?

イシカワ 花瓶? (カホの頭を見て)それは冗談? 先生、突っ込みいれたほうがいいのかしら?

カホ そんなことより、聞いてくださいよイシカワ先生! あたし、監禁されてたんです。

イシカワ はい?

カホ 話すと長くなるんですけど、つまりですね、(始めにこの教室に入ってきたときに〜)


     と、クミが携帯を取り出す。
     この携帯はカホのものである。


クミ ちゃりーん。

カホ いや、それよりも、あたしが来る前にこの人たちが何やっていたかって言うと、

クミ ちゃりりりーん。

カホ なによ。今更何か言い訳する(つもり)あああああああ!

クミ パカ(携帯を開く)へぇ。

タマヨ 時々クミが怖くなるときあるよ。あたし。

ヒトミ いつの間に?

イシカワ カホちゃん?

カホ いや、なんでもないですよ。とりあえず、ちょっと先生廊下に出ててもらえますか?

イシカワ どうしたの? 話あるなら私いつでも聞くわよ?

カホ ええ。それは頼りにしているんですけど、今はこいつら、いえ、この人たちと話さなきゃならないことがありますんで。とりあえず、先生はちょっと職員室でもね? 行っていて下さい。ほらほら、さぁさぁ。


     と、イシカワ先生が去る。


12 カホさん(いじられ)タイム。


クミ 先生に話があるんじゃなかったの?

カホ なななな、なんであんたが私の携帯を持ってるのよ!?

クミ さっき使えると思ったから拾っておいた。

カホ カバンに入れておいたはずよ。

クミ だから、カバンから拾ったの。

カホ それは拾ったとは言わない。


     クミの手からタマヨが携帯を取る。


タマヨ どうやらよっぽど見られたくないものが入ってるみたいね。

クミ この携帯結構いい機種よね。操作性、良いって。

タマヨ そうなんだ。あれ? ロックかけられてる。

カホ 何が起こるかわからないこの世の中、この王手カホに抜かりは無いの。ほら、中なんて見れないんだから、さっさと返しなさい。

クミ 1024っと。

タマヨ あ、見れた。

カホ なんでそれを〜!?

クミ え? 言っていいの? これ。誰の誕生日か、言っていいなら、言っちゃうけど?

ヒトミ 10月24日ってこと?

カホ それだけは止めて!

タマヨ いや、でも、聞かなくても分かっちゃった。

クミ これって、盗撮?

カホ 返せ〜!


     カホが携帯を奪う。


カホ 酷いじゃない! 人のプライバシーを。

クミ 大丈夫。誰にも言わないよね?

ヒトミ 言わないよ。

タマヨ ウン イワナイヨ。

カホ 信じられない。絶対信用できない。

タマヨ でも、意外だなぁ。カホの好きな人が、サッカー部のあいつ、だなんて。

クミ まぁ、でも、かっこいいもんね。

タマヨ でも、ライバル多いぞ。

カホ ううう。消えてしまいたい。


     と、カホは先ほどまでいた椅子の上に座る。
     そして、暗幕(のようなもの)をすっぽり被る。
     クミが若干直す。


タマヨ さて、気を取り直して決めますか。

クミ そうね。

ヒトミ いいのかなぁ。

タマヨ 大丈夫。なんだかんだで、すぐ復活するから。

ヒトミ なんだか、可哀想。

クミ とはいえ、決まったようなものでしょ? ピアノは。

タマヨ え?

クミ クジ、短かったよね?

タマヨ あ、あれは、急にカホが出てきたからでしょ。

クミ でも、短かった。てことは決まり。よろしくお願いします。

タマヨ ちょっと待て! あれは、なんだ、何か不正を感じるから

ダメ! 却下!

クミ どこに不正が?

タマヨ まず、クミが作ったってのが怪しい。

クミ それって差別じゃない?

タマヨ じゃあ、残りのクジを見せてよ。

クミ 断る。

タマヨ 断るな!

ヒトミ 思い出作りか……。

タマヨ あ、旅野さん、カホの言葉にちょっと動いた?

ヒトミ でも、あたし、ピアノやっとこともないから。

タマヨ そんなの皆同じだって。

ヒトミ だけど……でも、ちょっとあこがれるかなって。思い出作りって言葉。

タマヨ まあね。

クミ 思い出にならないで、汚点になることもあるけど。

タマヨ あんたは何でそういうこと言うかね?

ヒトミ そうだよねぇ。それは嫌だよね。

クミ でしょ?


13 やってきたキーパーソン。


     と、そこにキナコがやって来る。
     相変わらず腕を釣っている。
     走ってきたのか肩で息をしている。


タマヨ&クミ キナコ!?

ヒトミ オオサワさん!?

キナコ 話は後! 追われてるの。どこか隠して! 早く!


     と、キナコは教室の隅へ。
     クミがカバンから暗幕(のようなもの)を取り出す。


ヒトミ まだ入ってた。

タマヨ 演劇部だから。

クミ キナコ、これ。

キナコ ありがと。


     キナコが暗幕(のようなもの)を被る。


タマヨ いやいや、あれで、隠れるくらいなら、掃除用具入れに隠れたほうが……


     と、そこにナルタキ先生とギンコがやって来る。


ナルタキ あなたたち、キナコちゃん、いえ、オオサワさん見なかった?

クミ 見てないです。

ギンコ 確かにこっちに走ってきたんだけど。ねぇ?

ヒトミ オオサワさん、どうかしたんですか?

ナルタキ いや、なんか、ギンコ先輩と喧嘩したらしいのよ。骨折してもピアノくらい弾けるとか言って。

ギンコ あたしは「無理でしょ」って言ったのよ。なのに、「校長に直談判する」だなんてだって言って。でも、(クミに)ねえ? 難しいわよね? 折れてたら。

クミ あのバカ。

ナルタキ 逃げ足だけは速いんだから。


     と、ナルタキの目が暗幕(のようなもの)にいく。
     カホの隠れている暗幕(のようなもの)である。


ナルタキ でも、こういう可愛いところもあるのよね。あの子。

ヒトミ あ、先生、それは……

ナルタキ (ヒトミに)いいから。(ぼやくように)これで隠れているつもりなんて。ちょっとこの子の将来が心配になるわ。ほら、オオサワさん! いい加減、隠れてないで出て来なさい!


     と、ナルタキはカホの暗幕(のようなもの)を外す。


カホ え?
ナルタキ え?

同時に
カホ きゃあああああああ
ナルタキ えええええぇええ!? キナコちゃんが、変身した!?


     と、そのうちにキナコがギンコの横をすり抜けていく。


ギンコ キナコ! ナルちゃん、キナコが!

ナルタキ すいません。ギンコ先輩。ビックリして腰が。

ギンコ 肝心な時に役に立たないんだから!

ナルタキ すいません〜。


     と、ギンコがキナコを追っていく。
     思わずヒトミはカホによる。


ヒトミ 大丈夫?

カホ 穴があったら入りたいって、こういうこと言うんだね。

ヒトミ 暗幕、かけようか?

カホ うん。お願い。


     ヒトミがカホに暗幕(のようなもの)をかける。


タマヨ しかしあれじゃやっぱり弾くのは無理でしょ。なんでわざわざ怒られるって分かって学校来るかね。

クミ あたしのせいかも。

タマヨ え?


     と、廊下が騒がしくなる。


キナコ 痛い痛い。痛いって! 暴力反対!

ギンコ こうでもしないとあんた分からないでしょ!

イシカワ お母さんも、それくらいで。

ギンコ いいんですよ、この子は叩いても分からないんですから。


14 捕まったキーパーソン。


     イシカワとギンコ、キナコの親子がやって来る。


ナルタキ イシカワ先生

イシカワ あら? いらっしゃったんですかナルタキ先生。すいません。気づかないまま、生徒捕まえてしまいました。先生の仕事取ったみたいで、悪いですよね。なんだか、逃げているように見えたものですから。ああ、でも、ナルタキ先生から逃げるとか、そんな分けないですよね。

ナルタキ くぅ。

ギンコ キナコ。先生にちゃんと謝りなさい。あんたのこと心配してたのに。逃げるような真似したんだから。

キナコ だって、それは、ナルさんが、

ギンコ 「先生が」でしょ。皆あなたのためを思ってのことでしょ。骨折したのだって、あんたが悪いんでしょ? あんなあれで、あれなのに、あれするから。自業自得よ。

キナコ それは、そうだけど。

ギンコ そんな手じゃ、伴奏は無理でしょ。

キナコ 頑張ればできるよ。(クミに)ねぇ?

クミ 頑張ってまでやるものじゃないと思うけど。

タマヨ そうだよ。合唱コンクールの伴奏なんて、テープでも良いんだしさ。

ナルタキ だからそれは!

タマヨ でも、こんな腕じゃ弾けないじゃないですか。だったら仕方なくないですか?

イシカワ そうですよナルタキ先生。骨折した生徒に弾かせるわけにもいきませんものね

ナルタキ それは、そうですけど。

キナコ だから、私弾くって言ったでしょう。

ギンコ それは無理よ。

キナコ 無理じゃないよ。ほら、こうやって、今はギプスだけど、それが取れれば演奏くらい(と、変にねじったのか)あいてて。

クミ 無理しないの。

キナコ だって。

タマヨ たかが合唱コンクールじゃん。去年だってやったんだし、来年だってあるし。

ヒトミ 無理して悪化させても仕方ないと思うし。

クミ テープでも支障はないんだから、それでいいのよ。

タマヨ 実際去年はテープだったわけだしね。

キナコ だけど、今年はこれっきりじゃん! 

クミ だから、来年もあるでしょって。

キナコ それでも、今年のうちらは今年だけじゃん!

クミ 何を言ってるの(よ。)

キナコ 今年終わったら、それは今年のうちらじゃないじゃん。去年のうちらは、今年のうちらじゃないし、来年のうちらは来年のうちらなんだから、今年じゃないし。だから、今年は今年だけじゃん。去年とか来年とか、そんなの関係ないじゃん。うちらが今年なんだから。ううん、今年がうちらなんだから。違う。だから、うちらは、今年でしょ? 今年なの!

タマヨ なんだそれ。

クミ 何が言いたいのよ。

キナコ だから、だから、だからさぁ。あたしは、今年やりたかったの!去年でも、来年でもなく、今年! 今年弾きたかったんだって。

ギンコ でも、あんたその腕じゃ弾けないでしょ。

キナコ 弾けないけど。弾けないんだけど。だって、あたしが弾けなかったら、あたしの代わりになるのなんてクミぐらいしかいないし、クミはでも弾かないだろうし、だったらあたしが弾くしかないから。だから。

クミ ばか。

キナコ バカってなによ〜

タマヨ ちょっと待って。

キナコ え?

タマヨ なに? クミぐらいしかいないって。じゃあ、クミは弾けるってこと?

キナコ そりゃ、クミはピアノあたしよりも昔からやってるし。あたしより上手いじゃん。

タマヨ へぇ。なるほど。

クミ ……なに?

タマヨ そういえば、あんたが残された理由って、まだ聞いてなかったっけ。

クミ 私は弾けないわよ。

タマヨ あたしと旅野さんなんか、ピアノ習ってもいないのに残されて、しかもなし崩しに伴奏担当にさせられかけたってのにさ。

クミ そう?

タマヨ なにそれ。そういう態度取るわけ?

ヒトミ でも、古道さんには、事情があったのかもしれないし。

タマヨ じゃあ、あたしたちが弾けないからやりたくないって言うのは、なんであたしたちの事情にならないの?

ヒトミ それはそうなんだけど……


     間


イシカワ ナルタキ先生?

ナルタキ なんですか、イシカワ先生。

イシカワ もうこの際、伴奏はテープで良いじゃないですか。これ以上クラスの友人関係をこじらせるのも、ねぇ?

ナルタキ そういわれると本当そのとおりなんですけど。

イシカワ 仕方ないじゃないですか。

ナルタキ そうですよね。

キナコ あたしやれるって。

ギンコ あんたは黙ってなさい。

キナコ でも、

ギンコ 出来ないでしょ。

キナコ でも……

タマヨ クミがやればすむことだと思うけど。

クミ あたしはやらないって。

タマヨ だから、それがおかしくないかって聞いてるのよ。

ヒトミ あの!


     ヒトミが手を上げた。


ヒトミ その、だったら、私、その、今から練習して出来るなら、やってみたいなぁ、なんて。(皆の視線が集まって)いや、その楽譜読むくらいしか出来ないって言ったけど、吹奏楽だったし、リズムなんかは取れるだろうし、指揮も見られるから、その、もちろん、オオサワさんが間に合うようなら、オオサワさんがやったほうがいいと思うし、だから、あの、ピンチヒッターくらいの感覚でいられたら、とか、なんか、思ったり、したり、はい。ごめんなさい。

ナルタキ え、なんで謝るの。

ヒトミ いや、なんか、空気読んでないみたいで、あれかなって、思って。

ナルタキ そんなことない。そんなこと無いわよ。大丈夫。本番までにきっちり教えるから。ね、オオサワさんも協力してくれるわよね?

キナコ もしそれで。私の回復が間に合ったら、私が弾いてもいいの?

ヒトミ うん。

キナコ だったら、協力するよ〜。ね? クミもいいよね。

クミ 私に振らないでよ。

キナコ いいよね?

クミ いいんじゃない? だいぶ必死に練習しないとまずいだろうけど。

ヒトミ 頑張ります。

キナコ よかったぁ。これで悩むネタが一個減った。めでたしめでたしだね。(と、腕が痛んだ)あ、いてててて。

ギンコ 怒られるネタが残ってることを忘れてないでしょうね?

キナコ いや、それはこの際遠くに投げ捨てるってことで。

ギンコ (キナコの耳をつまむ)ちょっと来なさい。

キナコ 痛い。耳痛い。ちょっと、痛み止め切れてるんだからさぁ。

ギンコ うるさい! 人がどれだけ心配したと思ってるのよ。

キナコ だから、それは悪かったって言ってるじゃん。腕痛いって。折れてるんだからね! 


     ギンコに引っ張られ、キナコが去る。


ナルタキ ギンコ先輩怖っ。まぁ、じゃあ、明日から練習ってことでいい? 旅野さん。

ヒトミ 頑張ります。

ナルタキ ってことで、うちは伴奏ありですから。イシカワ先生。

イシカワ (ヒトミに)指導が厳しかったり、いじめられたらすぐに言ってね。相談に乗るから。

ナルタキ 変に怖がらせるのやめてくれませんか?


     イシカワはナルタキを見ると、何も言わずに去る。


ナルタキ 無視か。ちょっと、イシカワ先生? 生徒に対して誤解を招くような発言はですねぇ。


     ナルタキも去る。


15 まとまる前の一語り。


     なんとなく無言の空間。
     タマヨはクミを一瞥すると自分のカバンを取りにいく。
     ヒトミはクミに何か話しかけようとするが、出来ない。


クミ 中学のときにね。

ヒトミ え? ……うん。

クミ あったのよ合唱コンクール。で、やっぱりピアノ伴奏はクラスで誰か選ばれる形式だったの。あたし、ピアノ出来ること隠してなかったからさ。選ばれたの。ううん。立候補、した。馬鹿だよね。でさ、他のクラスって伴奏結構とちる子多かったんだけど。あたしはね、そんなことなかったわけ。上手いから。わざととちろうなんて考えなかったし。

タマヨ それで?

クミ で、要するにさ。とちった子の中には結構学年で力持ってる女子がいたりしてさ。ね。その後の流れは分かるでしょ。今更かもしれないけど、そういうわけ。

タマヨ ……そんなの、またそうなるとは限らないでしょ。

クミ うん。でも、分からないから。

タマヨ それは、そうだけど。でも、さ。いるじゃん。あたしとか、キナコとか。旅野さん、とか。……とかが。

クミ 慎重なんだ。あたし。

タマヨ バカみたいじゃん。そんな、昔のことでさ。

クミ 昔じゃないよ。

タマヨ 昔でしょ。中学なんて。ガキじゃん。(ヒトミに)だよね?

ヒトミ うん。

クミ そう。子供だよ。中学のときなんて。

タマヨ だったらさ。

クミ だけど、あたしの中では、まだ続いてんだ。続いてんだよね。まだ。


     クミがカバンを持つ。


クミ 帰ろう?

タマヨ 習い事だっけ? ピアノ?

クミ うん。ちょっと遅刻だけど。

タマヨ あたしは、部活、ちょっと顔出していくわ。

クミ うん。……旅野さんは?

ヒトミ あのね!


     ヒトミが勇気を振り絞る。
     俯いたまま。フォルテでは出せなくて、ピアノほどに弱く。


ヒトミ と、もだちに、なりたいなって思うの。みんなと。あたし、秋からだけど。みんなのこと、全然まだ分かってないけど。何も、分かってないけど。分かってないから、だから、新しく始められる事もあるかななんて思ったりして。だから、色々始めてみたいって思ってて。中々出来なくて。今日もね、本当は、先生がピアノいないって言った時、ああ、やってみようかなって思ったの。やってみたいなぁ。くらいだけど。やってみたいかも、なぁ。くらい、かな。思ってたんだけど、そんなこと言ったら、変に目立っちゃうって言うか、目立っても、あたし出来ないし。多分全然出来ないし。そしたら、みんなの足引っ張っちゃうし、引っ張ったら嫌われちゃうだろうし。嫌われたら一人だし。でも、それは今もあんまり変わってないんだよね。もっと仲良くなりたいのに、何か距離置いて。置いちゃって。早井さんのことだって、タマヨちゃんって呼びたいし、古道さんのことも、クミちゃんって。だから、あたし、みんなと、もっと、もっと色々一緒にやりたいんだ。今日残ってたのも本当は結構楽しくって。もっとこんな時間過ごせたらいいななんて、だって、今年のあたしたちって今年だけだから。今日って今日だけだから。そんな昨日とか去年とか言い出したらきり無いんだけど、なんかちょっとでいいから。ちょっとだけでも、いいから、みんなとって。つまり、ああ、もう、ごめん。なんでもないです。


     間
     タマヨとクミが目を合わせあう。
     そして、笑い出した。


ヒトミ 笑わないでよ!

タマヨ ごめん。だって、意味分からない。

クミ なにが言いたかったの?

タマヨ というか、日本語だった?

ヒトミ 日本語でした! だから! ……いい。もういいです。


     ヒトミがうずくまる。


タマヨ ……よし! 今日は部活サボろう。だから、クミ、あんたも習い事サボれ。

クミ なにそれ。サボると親に怒られるんだけど。

タマヨ あっそう。じゃあ、いいよ。あたしは、部活サボって……ヒトミとご飯食べるから。ね。ヒトミ。

ヒトミ え? あ……うん! うん!

タマヨ 二人で仲良く帰ってさ、こいつ(クミ)の悪口で盛り上がろうよ。ね。

クミ ……駅前にさ、なかなかお洒落な喫茶店あるのよ? ヒトミ、まだ入ったこと無いでしょ。

ヒトミ うん。

クミ じゃあ、連れて行ってあげるわ。


     文句ある?と言いたげにクミがタマヨを見る。


タマヨ よっし。帰りましょ。部活に、体調悪いから帰るって声だけかけてくるわ〜。


     タマヨが走り去ろうとする、


ヒトミ って、早井さん!

タマヨ ん〜? なぁに、ヒ・ト・ミさん?

ヒトミ タマヨ、さん。走ってったら、体調いいのバレバレだと思うけど。

タマヨ 大丈夫。部員に見られそうなときには体調悪く見せるから。


     と、タマヨ走り去る。


クミ 行こうか。

ヒトミ うん。ねぇ、クミさん。

クミ クミ、でいいよ。

ヒトミ ……来年さ。

クミ うん?

ヒトミ 伴奏、チャレンジしてみたらどうかな?

クミ ……

ヒトミ クミが、伴奏しているとこ、見たいなって思って。

クミ 考えとく。

ヒトミ うん。

クミ ……あ(と一瞬花瓶を見て)

ヒトミ なに?

クミ (花瓶のことは忘れた振り)結局キナコのヤツ、なんで骨折したんだろ?

ヒトミ なんでだろうね?


     ヒトミとクミが去る。
     静かになる教室。
     カホの暗幕(のようなもの)が落ちる。

カホ 呪ってやる。皆すっきりした顔して、あたしのことなんて忘れて帰っていきやがって。呪ってやる!……あたしも帰ろ。頭重いんだよな(と、頭に手をやり)え、なんだこれ。なに? なにがついてるわけ? は、はずれな……外れた!


     と、その外した弾みで花瓶は真っ二つに。


カホ って、えーーー!


     そこにナルタキが帰ってくる。


ナルタキ あんたたち〜 今日はもう帰りなさいよ〜って、はい。もうだーれもいないわよね。(と、カホに気づき、花瓶に気づく)え? って、あーーーー!

カホ あーーーーー!


     音楽。
     言い訳をしているカホ。
     問いただしているナルタキ。
     そこへオオサワ親子がやって来る。
     笑うキナコをギンコがこずく。
     探しに来たイシカワがナルタキと衝突。

     なんてのと関係ないところを、
     ヒトミ、クミ、タマヨ、は歩いていく。
     これからの関係を期待するかのように、
     その顔には笑顔が浮かんでいる。

     幕が閉まってくる。


あとがき
合唱コンクール。
それは当時歌うのが苦手だった私にとっては気恥ずかしいだけの行事でした。
大勢で歌うのも、指揮を見ながら歌うのも、なんだか恥ずかしくて。
しかも課題曲はいうも青春だか、愛だかがテーマになっていて。
歌うたびに耳の後ろが痒いような熱いような気分を味わっていました。

そんなあまりいい思い出が無いはずの行事なのに、
今思い出すとどうしても懐かしい。不思議ですね。
もう一度やることがあれば、きっと喜んで参加してしまうだろうとさえ思ってしまう。
これが、思い出の力なんでしょうか。

全然関係ないですけど、合唱コンって略すると、「合コン」っぽいですよね。


最後まで読んでいただきありがとうございました。