リトル・スノードロップ
作 楽静
登場人物
竹原マサキ 主人公
山郷ウメ 三女(スノードロップ)
竹原ユミ マサキの妹。デパートの店員。
沢村ダイ ウメの友人であり子分
宇崎サキ デパートの店員。それなりに偉い。
大熊タケシ 刑事 あだ名 コグマ
山郷マツコ 長女
山郷タケミ 次女
※途中コスプレイヤーについての台詞がありますが、差別的意味はありません。
※同性愛的偏見に飛んだ台詞もありますが、キャラクターのものであり作者に差別意識はありません。
0 二月のとある休日
ピアノから物語は始まる。
マサキが一人、駅前の広場で待っている。
ほかにも待ち合わせをしている男女がいる。
人通りはあまり多くない。
お昼を少し過ぎたあたりだろうか。
待ち合わせ組みの男のほうへ女がやってくる。二人は去る。
女の清掃員が通り過ぎる。
待ち合わせ組みの女に女がやってくる。二人は去る。
マサキはシュガーケースを開けタバコをくわえる。
ライターで火をつけようとするが、つかない。
何度もやっているうちにあきらめる。
大熊がやってくる。
大熊 やっぱりここか。
マサキ 先輩。火、持ってないですか?
大熊 禁煙してる人間に酷なこと聞くな。
マサキ あ、すいません。
大熊 来ないっていったんだろ?
マサキ ええ。
大熊 じゃあ、来ないだろうよ。
マサキ 『待ってる』って言いましたから。
大熊 来ないもの待ってもしょうがないだろ。
マサキ 先輩、今日仕事は?
大熊 有給だよ。
マサキ いいんですか? 出世に響きますよ。
大熊 お前こそ、たまの非番に毎回じゃ休めないだろ。
マサキ 結構、気分転換になりますよ。
大熊 そういうもんかね。
大熊がマサキの隣に座る。
タバコをくわえると、ぷらぷらゆらす。
マサキ 禁煙じゃあ……(ないんですか?)
大熊 いつも言ってるだろ? 癖だって。
マサキ 先輩も待つ気ですか?
大熊 俺は座ってるだけだ。
マサキ 変な気起こさないでくださいよ?
大熊 言ったろ。有給だって。あいつのことはお前に任すよ。
マサキ だったらいいですけど。
大熊 二ヶ月か。もう。
マサキ まだ、ですよ。
大熊 来るかね。
マサキ さぁ。
大熊 自信ないのか。
マサキ 『待つな』って言われましたから。
大熊 じゃあ、何で待つんだよ。
マサキ 『待ってる』って言いましたから。
大熊 そうか。冷えそうだな、今夜。
マサキ ですね。
大熊 雪、降るかもな。
マサキ そうですね。
大熊とマサキが空を見上げる。
マサキ あ。
大熊 どうした?
マサキ 雪――
暗転。
スクリーンに文字が映る。
――それは雪の日の物語――
――降りつもりそうもない雪の中で――
――伝えられなかった言葉と――
――聴けなかった思いがあった――
――だから 僕は――
「リトル・スノードロップ」
ピアノの音楽が楽しげなクリスマスの音楽に変わる。
1 大型デパート 高飛車屋 2階
四階まである中堅どころのデパート。
駅からやや遠いところに立地しているためか、客足は常にまばら。
そのために、四階は常に催し物が開かれている。
宇崎(声) だから、その件に関しては一切お答えできないって言ってるんです!
明かりがつくと、清掃員(ウメ)が掃除をしている。
マサキ(声) はい。一階異常なしです。これから二階見て回ります。
そこへユミがやってくる。ユミの格好は店員のものだ。
ユミ あ、いたいた。田中さん。田中さん? 田中さん!
ウメ はい 私が田中です。
ユミ わかってますよ。
ウメ ですよね。
ユミ ごめんなさい。お仕事の邪魔して。
ウメ 大丈夫ですよ。それで?
ユミ えっと宇崎さん見ませんでした?
ウメ 宇崎さんなら、さっきまでテレビの人が追っかけてましたけど。
ユミ あれだけテレビの相手はするなって言われてるのに。
ウメ 仕方ないですよ。時期が時期だし。
ユミ まったく。ただでさえイベントと重なって忙しいって言うのに。
ウメ ですよね。
ユミ まぁ、いいか。じゃあ、宇崎さん見たら、あたしあがりますからって
言っておいてくれる?
ウメ あれ? 今日早番なんですか? お疲れ様です。
ユミ 違うんだけど、ちょっと事情あって。
ウメ 事情って?
ユミ まぁ、ね。色々と。今度ゆっくり話すから。田中さんは今日は最後までいるの?
ウメ 一応。
ユミ クリスマスなのに大変ね。
ウメ 別に予定も無いですから・・・・・・ああ! 事情ってそういうことですか?
ユミ え?
ウメ 早く上がって彼氏とってやつでしょ?
ユミ だったらいいんだけど。
ウメ じゃあ、彼氏候補?
ユミ 違うわよ。
ウメ 彼氏候補候補?
ユミ 違うってだから、
2
と、宇崎がやってくる。
宇崎 ああ、もう! 何でこんなくそ忙しい時にテレビの相手までしなきゃならないのよ!
ユミ あ、宇崎さん。
宇崎 あら。どうしたの竹原さん。田中さんも。
ウメ お疲れ様です。
宇崎 お疲れ様。
ユミ ちょうど良かった。探してたんですよ。
宇崎 ごめんなさい。後でいい? これからイベントの主催者に注意事項を
もういっかい説明しなきゃいけなくて。
ユミ なにかあったんですか?
宇崎 着替えはイベントホール内のみって言ったはずなのに、
トイレで着替えている子がいるらしいのよ。
ユミ え? でも今日のイベントって。
宇崎 だから、分かっててやってるんでしょ。堂々と着替えた格好で店の中歩くやつもいるし。
ユミ それはちょっと問題じゃないですか?
宇崎 だから、注意しに行くの! で、話って?
ユミ えっと、後でいいです。
宇崎 そう?
と、宇崎が去る。
ユミはため息。
ウメ いいんですか?
ユミ 仕方ないよ。クリスマスだし。あがれないだろうなぁってのは分かってたんだ。
ウメ だったらなんで?
3
と、ダイが現れる。
ダイ あ、ユミさん。こんなところにいたんですか。
ユミは思わず背を向ける。
ダイの格好はタキシード系。
片手に花束を持っている(ユミには見えないように)
とりあえず、間違った格好付け方をしている。
ウメは知らん顔して掃除を始める。
ダイ 探しましたよ。1階の売り場からいつ移ったんですか?
ユミ えーっと、ちょっと前かなぁ。
ダイ 移動するなら一声かけてくれればいいのに。
トイレから戻ってきたらいなくなっていたからびっくりしましたよ。
(と、なんかごちゃごちゃしゃべっている)
ユミ (ボソリと)お前が追ってこないように逃げたんだよ。
ダイ え? なにか?
ユミ いえ。あの、ところで、その格好は?
ダイ ああ。トイレで着がえました。
ユミ えっと、何故?
ダイ それは、(と、花束を出し)あなたのためです。
ユミ えーっと、私売り場を見てこなくちゃいけないからぁ。
ダイ 今日は何時までなんですか?
ユミ 終わるまでかなぁ? よく分からないけど。
ダイ 僕、何時まででも待ってますから。
ユミ いや、全然待ってなくていいんですよ。うん。
ダイ いえ。待たせてください。
ユミ だから、なんていうか……。
ウメ なんか、竹原さんは忙しいみたいですよ、沢村さん。
ダイ あ、う(めちゃん)、いえ、田中、さん。いらっしゃったんですか。
ウメ あらぁ? 全く気づいていただけなかったんですか? 寂しいなぁ。
ダイ いえ、その。気づいてましたよ?
ウメ へぇ。いつから気づいててくれたんですか?
ダイ えっと……。
ユミ あ、じゃあ、私、まだ仕事がありますので。失礼します。
ダイ あ、ユミさん!
4
ユミが去る。
ダイ なんてこと(をしてくれるんですか)
ウメ 沢村?
ダイ はい!
ウメ あんた、ここに何しに来てるか分かってる?
ダイ ウメちゃんの手伝い。
ウメ ウメ言わない。
ダイ 田中あゆみさんの手伝いです。
ウメ そう、よく出来ました。で、なんでナンパしているの?
ダイ ナンパじゃなくて、なんていうか、あれは僕の、
ウメ 僕の? なに?
ダイ 最初で最後の本気の恋って言うか。
ウメ 冗談はそこまで。
ダイ 冗談じゃないのに。
ウメ もうすぐ時間だからさっさと持ち場に隠れて。あたしも準備があるから。
ダイ でも、ウメちゃん。
ウメ 田中。
ダイ 田中さん。……やっぱり、偽名で田中って言うのは露骨すぎて怪しいと思うんだけど。
ウメ 全国の田中さんに失礼なこと言わないの。
元はといえば、あんたでしょ。本名を使うなって言ったの。
ダイ だけど、田中って。
ウメ じゃあ山田にしろっていうわけ?
ダイ なにもそんなこと言ってないけど。
ウメ 田村?
ダイ だから、
ウメ 堀田?
ダイ そうじゃなくて、
ウメ 田辺。
ダイ なんで全部「田」がついてるのさ。
ウメ もう決まったことを今更ぐちぐち言わないの。
ダイ 分かってるよ。でも、本当約束は守ってよ。
ウメ 約束?
ダイ ウメ……田中さんにつきあうのも、これで最後だからね。
ウメ 分かってる。次からは一人でやるから。
ダイ そういうことを言っているんじゃないんだけどな。
ウメ じゃあ何よ。
ダイ 僕はさ、(ウメちゃんに危ないことをしてほしくないってことを言いたいだけなんだ)
5
と、大熊がやってくる。
大熊 あ、ちょっと?
ウメ はい? 何でしょうか?
大熊 喫煙所ってあるかな?
ウメ 申し訳ございませんが、二階は禁煙となっております。
大熊 さっき、一階でもそういわれたんだけどな。
ウメ 三階でしたら、喫煙所があると思いますが。
と、ウメは大熊に話しながらダイに行けと目で合図する。
ダイは頷いて去る。
大熊 三階か。……エスカレーターって、まだ動いてるかな?
ウメ もうじき閉店ですから。申し訳ありませんが。
大熊 そうか。分かった。えっと、店員さん?
ウメ 清掃員のバイトをしています。田中です。
大熊 田中さんか。詳しいんだね。バイトなのに。
ウメ 仕事ですから。
大熊 今の人は?
ウメ さぁ。お客様のことは詳しくは。
大熊 仲、良さそうだったけど。
ウメ お客様とはよい友達関係が出来るよう、心がけております。
大熊 大変だねぇ。
ウメ とんでもない。
と、そこへ宇崎がやってくる。
宇崎 あ、ちょっと刑事さん!
大熊 ああ、宇崎さん。そんな大声で呼ばないでもらえますか。
一応、それとなく見回っているところなんですから。
宇崎 それとなく見回っているなら、あの若い刑事さんのほうをどうかしてくださいよ。
大熊 竹原が何か?
宇崎 一般のお客様もまだいらっしゃるのに、堂々と携帯で連絡取ったりして。
あれじゃ、何かあったって言っているようなものじゃないですか。
大熊 でも、予告状のことはニュースにもなっていますし。
宇崎 まだ営業時間内なんです!
大熊 宣伝にもなってるでしょ?
宇崎 なってません! 泥棒がやってくるのは営業が終了してからでしょう?
大熊 泥棒ってそんな、(乱暴な)
宇崎 とにかく。まだお店をやっているうちはもう少しおとなしく(捜査をしてください)
と、閉店の音楽が流れる。
大熊 ……店、終わりましたね。
宇崎 (ごまかすように咳払いをし)だとしても、まだお客様が
いらっしゃるんですからね。勝手なことはくれぐれもしないでくださいよ。
全く。ただでさえ忙しいのに、変な用事ばっかり増やすんだから。
宇崎が去る。
大熊 やれやれ。(ウメを見て)お互い、大変だねぇ。
ウメ お仕事ご苦労様です。
大熊が去る。
6
ウメがほっと一息つく。
と、電話が鳴る。
ウメは冷たい表情で電話に出る。
ウメとは違う場所にタケミが現れる。
ウメ もしもし?
タケミ あたし。
ウメ なんだタケ姉か。
タケミ なんだじゃないでしょ。あんたどこにいるの?
ウメ どこだっていいでしょ?
タケミ まあいいけど。テレビ、見た。
ウメ ああ、○○?(時事ネタ)
タケミ じゃなくて、高飛車屋のやつ。
ウメ 見たよ。それが?
タケミ 興味ないの?
ウメ 無いよ。
タケミ ならいいのよ。今日は帰るの?
ウメ なんで?
タケミ たまにはみんなで食事でもって思って。
ウメ 何? 家族サービス?
タケミ そんなんじゃないけど。で、帰るの?
ウメ 無理っぽい。
タケミ そっか。でも、まさかと思うけどあんた、
ウメ ごめん。今仕事中だから。
タケミ ああ、じゃあ、後で電話しなよ。
ウメ うん。分かってる。じゃあね。
タケミ あ、まって。ウメ。
ウメ なに?
タケミ 後ろで流れてるの、なに?
ウメ 何でもいいでしょ?
タケミ あんたもしかして、
と、ウメは携帯を切ると去る。
タケミのそばにはマツコが現れる。
マツコはキャリーバックを引いている。
9 山郷家
タケミ ウメ! おい!
マツコ ウメ、なんだって?
タケミ 興味ないって。
マツコ だと思った。。
タケミ だけど、あんな
マツコ 別にいいじゃない。いまさら名前使われたって。
タケミ でも、(あの子、もしかしたら高飛車屋にいるかも)ってマツコ姉さん?
マツコ なに?
タケミ なにそれ?
マツコ キャリーバック。
タケミ じゃなくて。どこ行くの?
マツコ 旅行。正月終わるころには帰るから。
タケミ 夕飯は? 今日は一緒にって言ったでしょ。
マツコ ウメはなんだって?
タケミ 「無理っぽい」って。
マツコ だと思った。だったらあたしだけいてもしょうがないじゃない。
タケミ せっかくのクリスマスなんだからさ。
マツコ だから二人そろって乾杯するの? 無理。あたしそういうの無理だから。
タケミ でも、
マツコ どうせ料理だって用意してないんでしょ?
タケミ それはこれから買いにでも行けば、
マツコ だと思った。はい。じゃあお正月にね。
タケミ 姉さん!
マツコ なによ? 急がないと夜の便に間に合わないんだけど。
タケミ 始めから旅行行く気だったんでしょ。
マツコ どうせそろわないって思ってたからね。
タケミ だからって・・・・・
マツコ はい。じゃあ、メリークリスマス&ハッピーニューイヤー。グッバーイ。
マツコはさっさと行ってしまう。
タケミ もう。何だってうちの家族は・・・・・・
タケミが憤慨して去る。
8 デパート内 三階
と、電話を片手にマサキがやってくる。
私服姿。それとなく若い青年風。
マサキ あ、はい。大丈夫です。客の姿はもう全然ないです。ええ。
三階も特に異常ありません。え? トイレですか?
さすがに女子トイレまでは・・・・・・
と、怒鳴られたのか携帯を離し。
マサキ はい。確認します。とりあえず、この階からでいいですか? 了解です。ではまた。
電話を切り、ため息をつく。
そのまま行こうとすると、反対方向からユミがやってくる。
服を抱えている。そのままマサキを通り過ぎる。
ユミ まったく。結局手伝う羽目になるんだもんなぁ。人が少ないんだったら
バイトに休みなんか取らせなきゃいいのに・・・・・・
マサキ あの、すいません。
ユミ はい、どうしました?(マサキを見ずに)
マサキ ちょっとお願いがあるんですが。
ユミ はい?
マサキ 女子トイレって入っても大丈夫ですか?
ユミ 男性のトイレなら、こちらの奥になりますけど。
マサキ そうじゃなくてですね、女子トイレに入りたいんですけど。
ユミ ああ、イベント関係の人? あのね、着替えは一応、
イベント会場内でってことになってるから。
マサキ じゃなくてですね、
ユミ だいたいね、あんたたち、レイヤーとしてのマナーがなってないのよ。
マサキ レイヤー?
ユミ トイレにメイク道具忘れていくだけならまだしも、着替えまでこんな
忘れていって。そりゃね、こんな小さなデパートでイベントやるような
方たちですから? そんな多くは期待してないけど。でもね、
レイヤーとしての誇りってものがないの? あたしだったら嫌だけどね。
きっちり世界作って入り込んでいるのにさ、さあ帰ろうか?って時に店員に
『すいません、服忘れた人がいるんですけど』
なんて声かけられたら。せっかくの世界が台無しじゃない?
マサキ いや、だから、僕はですね。
ユミ あれでしょ? 女装系だから男子トイレではって言うんでしょ?
だけどさ、そもそも、そうやって素の自分を否定していたら、
どんなにメイクしたとしても、
マサキ だから、僕は女子トイレに入らせてもらいたいだけなんです!
ユミ それじゃあただの変態じゃない!(と、初めてマサキを見る)
って、お兄ちゃん!?
マサキ ユミ!
ユミ え? 何? お兄ちゃん、変態?
マサキ じゃなくて、仕事!
ユミ え、だって今日は仕事は警備じゃなかったの!?
マサキ だからしてるんだよ今。
ユミ うっそぉ? じゃあ、その格好は?
マサキ 一般人っぽく見せるようにって。
ユミ でも、もう閉店だよ。ドロボーが来るのって夜なんでしょ?
マサキ そうなんだけど、一応な。てか、お前ドロボーって言い方止めろよ。
ユミ じゃあ、盗人(ぬすっと)?
マサキ 怪盗だろ。新聞でもそう呼ばれてるし。
ユミ だけど、いまどき予告状を出してくるなんてさぁ。
と、大熊がやってくる。
9
大熊 怪盗スノードロップ。初めて現れたのは1977年。昭和でいえば52年。
盗まれたのは世界にひとつしかないと言われる宝石スノードロップ。
以来、この怪盗はスノードロップという名を通り名とし、犯行を繰り返す。
特徴は必ず予告状を送りつけてくること。盗み以外の犯行は決してしないこと。
そして、誰もその姿すら見たことがないこと。犯行は毎年必ず冬に起こり、
1999年に、「最後の仕事」と称した犯行声明文が送られるが、何を盗まれたかは
現在も不明。そして、今回は実に七年ぶりの登場になる。
と、何か聞きたいことはあるかなお嬢さん。
マサキ 先輩。
大熊 竹原。こんなとこで油売っている暇があったら、女子トイレも調べて来い。
マサキ はい! すいません。
マサキが去る。
ユミ お兄ちゃんの、上司?
大熊 ああ、まぁ、そんなもんかな。ユミちゃんだね。竹原のやつがいつも話してるよ。
ユミ 本当ですか? 変なこと言ってません?
大熊 いや。『俺より食うやつで、俺よりおしゃべりで、俺より乱暴』くらいしか。
ああ、後『俺より頭が悪い』とか。
ユミ 後で覚えてろよ。
大熊 まさか、やつの妹の店が今回のターゲットになるとはね。
ユミ でも、女子トイレって・・・・・・怪盗さんは女の人なんですか?
大熊 誰も姿を見たことがないんだ。女でも不思議はないだろ。
ユミ そっか。兄をどうかよろしくお願いします。
大熊 いや、あいつは優秀なやつだからな。・・・・・・ところで、喫煙所ってあるか?
ユミ ああ、それだったら(と、指そうとして)あれ? でも刑事さん、禁煙中じゃなかったんですか?
大熊 なぜそれを?
ユミ お兄ちゃんがよく、『コグマ先輩と一緒に張り込みするとタバコが
吸えなくってつらい』って言ってたから。
大熊 なるほどね。まぁ、吸いはしないんだが、時々くわえないと落ち着かなくてね。
あっちかな。
ユミ はい。お仕事頑張ってください。
大熊 ありがと。ああ、あとひとつだけ。
ユミ はい?
大熊 俺の名前は、大熊だからな。
ユミ え、でも、お兄ちゃんは
大熊 あのやろう。変なあだなつけやがって。
大熊が去る。
ユミ ふっふっふ。復讐成功。
ユミが去ろうとする。
途端、爆発音が響く。
ユミ (悲鳴)
暗転
10
宇崎(声) 当デパート内において爆発と思われる事故が発生しました。
係員の指示に従って避難してください。繰り返します。
当デパート内において・・・・・・
暗がりの中、マサキの声がする。
マサキ 爆発? いったいなんで? あれ? 携帯が・・・・・・。
とりあえず、明るいところに行かないと。
ウメ 痛っ
マサキ 誰かいるのか?
ウメ ちょっと、動かないでよ! 踏んでるから! 足!
マサキ あ、ああごめん。
と、明かりがつく。
派手な格好のウメがいる。
マサキ あれ? 明かりが・・・・・・
ウメ 予備電源ってやつでしょ。本当痛いなぁ。足もげるかと思ったじゃない。
マサキ いや、しかし暗かったから。って・・・・・・
ウメ なに? ぶつかっといて謝りもなし?
マサキ 仕方ないだろ? まさか人がいるなんて思わなかったんだから。
ウメ 思わなかったら謝らなくってもいいわけ? へぇ。初めて聞いた。
マサキ そんなことは言ってないじゃないか。
ウメ だいたい、何で女子トイレから男が出てくるのよ。
マサキ いや、それはなんていうか、
ウメ 変態?
マサキ 違う! 掃除だよ。掃除。
ウメ 掃除? あ、清掃員さん?
マサキ まぁ、そんなところかな。
ウメ そうですか。始めまして。私、このデパートで清掃員のバイトしてます
田中あゆみです。男の方の清掃員がいるなんて、私全然知らなかったですよ。
一応清掃員の方の名前と顔は全員知っているはずだったんですけどね。
いやぁ、不思議なこともあるものですね。
マサキ 違うって分かってるんならそういえばよかっただろ!
ウメ すぐばれるような嘘つくほうが悪いんでしょ? だいたい、
そんな格好で清掃員なんて言うほうがおかしいのよ。
マサキ それは、ってか、そんなことを言ったらお前だって。
ウメ 私が何?
マサキ ずいぶん、個性的な格好をしているじゃないか。
ウメ ……私服です。
マサキ それが?
ウメ そうよ? 何か文句が?
マサキ いえ。別に。それより、何が起こったんだ?
ウメ 謝ることはしないんだ?
マサキ ……悪かったよ。
ウメ うわ。不満げ。
マサキ すいませんでした。
ウメ よろしい。で?
マサキ で?
ウメ なんなのあんた?
マサキ 警察だよ。警察。
ウメ 警察?
マサキ そう。
ウメ へぇ。最近の警察は女子トイレに入って捜査するんだ?
マサキ それは仕方ないんだよ上司の命令で!
と、携帯の音がする。
ウメ なにこの音。
マサキ 僕の携帯だ……あれ? どこだ?
と、ウメが携帯を差し出す。
ウメ ほら。
マサキ これ、どこに?
ウメ そこに落ちてたから。拾っておいたの。
マサキ ああ、そうか。(と、受け取ろうとして)
ウメ (携帯を渡さず)礼も言えないの?
マサキ ……ありがとうございます。
ウメ よろしい。
マサキ なんか納得いかないんだよなぁ。
ウメ なんか言いましたかぁ?
マサキ なんでもない! もしもし?
と、違う場所にユミが現れる。
11
ユミ お兄ちゃん?
マサキ ユミ!
ユミ よかった。無事だったんだね。
マサキ ああ。お前は、大丈夫か?
ユミ うん。ねぇ何が起こったの?
マサキ 俺にもわからない。
ユミ これって怪盗さんが?
マサキ いや。どうかな。とりあえず、お前はこっからでろ。先輩、そばにいるか?
ユミ ううん。
マサキ じゃあ、まずは先輩を探せ。そしてとにかくすぐに出るんだ。いいな。
ユミ 分かった。
ユミが走り去る。
ウメ 彼女?
マサキ いや、妹。
ウメ ふうん。仲いいんだ。
マサキ 普通だろ。
ウメ そっか。やっぱり普通だよね。
マサキ なにが?
ウメ それより仕事しなくていいの? こういうときに活躍するのが、
刑事さんの仕事なんじゃない?
マサキ そんなの言われなくても分かってるよ! (と、立ち上がる)
ウメ 何するの?
マサキ とりあえず、先輩が無事か確認する。それでいいか?
ウメ どうぞ。って、言うのも変だけど。
マサキ それもそうか。
マサキが電話をかける。
大熊が現れる。
大熊 おお、竹原。無事だったか。
マサキ ええ。なんとか。何が起こったんですか?
大熊 爆発だよ。爆発。どうやら、二階らしい。
マサキ スノーのやつですかね?
大熊 さぁな。だが、そうじゃなくてもやつがこの騒ぎの間に仕事をするかもしれん。
警戒は怠るなよ。
マサキ はい。あ、先輩。
大熊 なんだ?
マサキ うちの妹、いますか?
大熊 妹さんならさっき別れたばかりだが?
と、話しているうちにウメは去る。
マサキ そうですか。出るようには言ったんですけど、もし見かけたらお願いします。
大熊 分かった分かった。そっちも、なんかあったら連絡しろよ。
マサキ はい。そうだ、今女の子を……あれ?
大熊 どうした?
マサキ いえ。ちょっと、清掃員とかいう子を見つけたんで。保護します。
大熊 何があるか分からないからな。くれぐれも気をつけろよ。
マサキ はい。(と、懐を探る。そこにあるはずの拳銃を探す)……ない。
大熊 何がないんだ?
マサキ いえ。失礼します。(と、電話を切り)まさか、あいつ!
と、去る。
12
大熊 おい! 竹原。ちっ。しかし。スノーが爆弾だと……そんなはずがないんだが。
と、言っている横をダイが通り過ぎる。
先ほどとは打って変わった、いかにも泥棒ですといった格好。
大熊 ああ、ちょっと。
ダイ はい?
大熊 アナウンスが聞こえたろ。避難しなさい。
ダイ ああ。非常階段、あっちですよね?
大熊 ああ。気をつけてな。
ダイ はい。
ダイが去る。
大熊 まったく。のんきな客もいたもんだ……客? おい、ちょっと、あんた。
ちょっと待ってくれ。おい!
大熊が去る。
13
と、マツコが現れる。キャリーバックを引きながら。
タクシーを止めようとしているらしい。
中々つかまらず舌打ちを繰り返す。
と、電話が鳴る。
マツコ もしもし?
違う場所にタケミが出る。
タケミ あ、お姉ちゃん!
マツコ 何?
タケミ 今どこ?
マツコ 外よ。寒いからタクシー止めようと思ったんだけど、とまりゃしない。
(手を上げて)あ、くそ。あれ絶対分かってて見過ごしたわよ。
タケミ そんなことより、ウメがやばいかも。
マツコ ウメが? 何かしたの?
タケミ 分からないけど、もしかしたらあの子、高飛車屋にいるかもしれない。
マツコ いたからってあの子に何かできると思う?
タケミ でも、今ニュース見てたら、高飛車屋で爆発が起こったって。
マツコ ウメがそこにいるとは限らないでしょ?
タケミ だけどもしいたら。
マツコ タケミ。
タケミ 何?
マツコ まず落ちついて。いい?
タケミ うん。
マツコ ウメに電話して確認した?
タケミ まだ。
マツコ だと思った。それは私がしておくから。(と、目の前をタクシーが通ったらしい)あ!
タケミ どうしたの!?
マツコ また一台通り過ぎていっただけよ。とりあえず、私が連絡するまで大人しく。
タケミ でも、
マツコ 以上!
マツコは強制的に電話を切る。
タケミの姿が消える。
マツコが電話をする。ふと、上を見て、
マツコ 降ってきたか……
と、ウメの姿が現れる。
銃を懐に隠し、警戒しながら歩いている。
電話の音に、びくりとしながらも電話に出る。
ウメ もしもし?
マツコ 私。
ウメ お姉ちゃん。
マツコ あんた、どこいるの?
ウメ どこでもいいでしょ。
マツコ どこにいるの?
ウメ ……
マツコ 高飛車屋?
ウメ 違うよ!
マツコ サティ?
ウメ ……
マツコ 三越?
ウメ ……
マツコ 高飛車屋?
ウメ だから違うって。
マツコ なんで高飛車屋だけそんな反応がいいの?
ウメ 違うから。
マツコ あんた馬鹿な事考えてるんじゃないでしょうね?
ウメ 馬鹿なことって何?
マツコ あの人みたいなことよ。
ウメ お母さんのことをあの人って言うのは辞めてって言ったでしょ!
マツコ ……あんたはまだ子供なんだから。クリスマスぐらい早く帰って
タケミを安心してやりなさい。
ウメ 子供扱いしないで!
マツコ 何かあったらどうするのよ!
ウメ 自分のことくらい自分で守れるわよ。
ウメがそういって取り出したのは、拳銃。
マツコ 勝手にしなさい!
マツコが携帯を切る。
マツコ タクシー! いい加減に止まれ! よし。
どうやらタクシーが止まったらしく、そのままマツコは去る。
14
ウメが落ち着こうと肩で息をしていると、ダイが現れる。
ダイ ウメちゃん!
途端に、ウメに銃を向けられる。
ダイ ご、ごめんなさい!
ウメ なんだ。お前か。
ダイ お前かじゃないよ。探したんだから!
ウメ それはこっちの台詞って、なにその格好?
ダイ 怪盗だから。
ウメ 怪盗だから?
ダイ 怪盗だから。
ウメ それはどう見たって盗人でしょ!?
ダイ ウメちゃんこそ何だよその格好は!
ウメ これくらい派手じゃないと、怪盗だって気づかれないでしょ?
ダイ なんか、失敗したコスプレみたいだ。
ウメ うるさいわね! で? 見つけたの? 宝は。
ダイ まだ。
ウメ なにやってるのよ〜。
ダイ だって、爆発起こるしさ。変な人に追いかけられるし。
ウメ 変な人?
ダイ 刑事みたいなおっさん。
ウメ それ、刑事だったんじゃない?
ダイ そうかも。
ウメ ばか! そんな格好してるから疑われるんでしょ!
ダイ どうしよう〜。
ウメ とりあえず、これ。(と、拳銃を渡す)あんたに貸してあげるから。
ダイ これ、本物?
ウメ こっち向けないの! 本物に決まってるでしょ!
ダイ すげぇ! 似合う?
ウメ はいはい。似合うから。
あんたは、その刑事ってのに見つからないように宝を探して。
ダイ 本当にあるの?
ウメ 知らないわよ! そんなの偽者に聞きなさいよ。
ダイ どっちかって言うと、俺たちのほうが偽者っぽいと思うけど。
ウメ いいから早く行く! 返事は?
ダイ ラジャー。
ダイが去る。
ウメ 本当に大丈夫かな。
15
と、マサキがやってくる。
マサキ 何が、大丈夫かなって?
ウメ あら? 刑事さんどうしたの?
マサキは無言でウメの体を触る。
ウメ ちょっと何するのよ! エッチ!
マサキ エッチじゃない! 俺の銃はどうした?
ウメ 誰の銃?
マサキ 俺のだよ。俺の銃。(ここで銃の名前が言えればよい)
ウメ 知らないわよそんなマニアックな銃なんて。
マサキ お前が持っていったんじゃないのか?
ウメ はぁ? なんで私が持っていかなきゃいけないのよ。銃なんて何に使うの?
マサキ それもそうか。
マサキはがっくりとする。
ウメ ねぇ。
マサキ なんだよ。
ウメ 人疑っておいて、それで終わり。
マサキ ああ、大変申し訳ありませんでした。ごめんなさい。すいませんでした。
ウメ 分かればよろしい。
ウメはそのまま去ろうとするが、
ウメ ああ、もう。しょうがないな。
と、マサキの横に座って。
ウメ そんな大切な銃だったの?
マサキ いや、別に。闇ルートで仕入れたからちょっと普通よりも値が張ったくらい。
ウメ 刑事がそんなことしていいの!?
マサキ 何言ってるんだ。最後に物を言うのは銃の力だろ。
ウメ 頭脳とか、足とか言うんじゃないの?
マサキ 頭脳で銃に勝てるか馬鹿。
ウメ なんか、一番いわれたくない奴に言われた気がする。で、じゃあ何で落ち込んでるのよ?
マサキ まさか刑事にもなってこんな色気無い女に慰められる日が来るとは思わなかった。
ウメ 色気無いのは余計だろ! せっかく落ち込んでそうだから、元気付けてやろうと思ったのに。
マサキ あ、ごめん。つい、本音が先に。
ウメ 余計悪い!
マサキ ありがとう。
ウメ いいよ今更。
マサキ ありがとう。本当。
ウメ 何だよ急に。
マサキ なんか、急に言いたくなった。お礼は、しっかり言うものなんだろ?
ウメ 別に、言えばいいってものじゃないでしょ。理由もなく言われたって、(嬉しくないわよ)
マサキ 嬉しかったから。
ウメ え?
マサキ 俺、今日みたいな本格的な警備みたいなの初めてなんだ。
仕事自体慣れてないし。それなのに、この爆発だろ?
……なんか、ビビッちゃって。頼るものなんて
俺にはあの銃くらいしかないような気がして。おかしいよな。
あんたみたいに、全然動じないでいる人もいるくらいなのに。
ウメ 別に、動じて無くは無いわよ。
マサキ そうは見えないけど。
ウメ 一人で生きていくって決めたからね。
マサキ 一人で?
ウメ だから強く生きなきゃいけないって思ってるだけ。怖くて震えていたって、
誰も助けてくれないってわかってるから、強がってるのよ。
マサキ 本当はそういう人を助けるために、俺たちがいるんだけどな。
ウメ ビビって震えている人が、助けられるの?
マサキ そういう人になりたくて、僕はこの仕事についたんだ。
ウメ だったら、いつまでも座っている場合じゃないんじゃない?
妹さんも、いるんでしょ? 竹原さん。
マサキ あれ? 何で俺の名前を?
ウメ さっき、携帯で電話してたとき声よく漏れてたから。
妹さんって、ユミちゃんでしょ。
マサキ あ、そうか。仕事で?
ウメ (自分を指し)知り合いです。
マサキ えっと、妹がお世話になっています。
ウメ いえいえこちらこそ。
と、お互い頭を下げあってから顔を見合って笑う。
マサキ って、こんなところでする会話じゃないね。
ウメ そりゃそうでしょ。
マサキ とりあえず、外、出ようか。
ウメ そうね。(小さく)とりあえず、仕事はそれからよね。
マサキ え?
ウメ ううん。なんでもない。じゃ、行くわよ。
マサキ あ、いや、
と、マサキの手が先を行こうとしたウメの手を掴む。
お互いに照れて、
ウメ 何?
マサキ いや、ここは、俺が先に行くべきなんじゃないかと。
ウメ びびってたんじゃないの?
マサキ でも、一応、男だから。
ウメ 警察だしね。
マサキ はい。市民を守るのが仕事ですから。
ウメ 守ってくれちゃうわけ?
マサキ まぁ、善処するよ。
ウメ じゃあ、どうぞ。
マサキ 失礼します。
と、二人が歩き出そうとしたその時、
再び爆発が起こる。今度は先ほどより大きい。
ウメ (悲鳴)
マサキ 危ない!
とっさに、マサキはウメをかばう。
暗転
16
宇崎(声) 当デパート内において再び爆発と思われる事故が発生しました。
まだ避難していないお客様も、早急に避難してください。繰り返します。
当デパート内において……
明りはやや弱くつく。ユミがしゃがみこんでいる。
ユミ もうなんなのよ! いい加減にしてよね! お兄ちゃん……刑事さんも、
どこ行っちゃったのよ……。
と、そこにダイが現れる。
ダイ ユミちゃん!
ユミ げ、なんでここに?
ダイ ユミちゃんが心配だったから。探してたんだ。
ユミ あっそう。じゃあ、もう無事だって分かったでしょ。
ダイ うん。よかった。
ユミ じゃあ、バイバイ。
ダイ バイバイ。って、ちょっと待ってよ!
ユミ 何?
ダイ 一緒に外に出よう?
ユミ なんで?
ダイ 僕が守ってあげるよ。
ユミ いらない。
ダイ いらないことないよ! 独りじゃ危ないよ。
ユミ でも、私より弱そうだし。
ダイ そんなこと無いよ。(と、強そうなポーズ)強いよ、これでも。
ユミ ふーん。
ダイ うわっ冷たい視線。ユミちゃん、なんかさっきまでと雰囲気違うね。
ユミ お店がやっているときは店員モードだから。使い分けてるの。
ダイ うん。こっちはこっちでいいと思うよ。
ユミ (ため息)あのさ、一応はっきり言っておくけど、
ダイ なに?
ユミ 私は、あんたのこと、これっぽっちも好きじゃないんだけど。
ダイ 大丈夫! 時間はいくらでもあるから!
ユミ 何が大丈夫なのよぉ。
ダイ 僕は、ユミちゃんのことが好きだから。
ユミ なんでそうはっきりと言い切れるかなぁ。
ダイ 大丈夫。相性だってばっちりだし。
ユミ 相性?
ダイ だって、ユミちゃん動物占い黒ひょうでしょ? 僕はライオンだから。ばっちし。
ユミ ちょっと待て。
ダイ なに?
ユミ なんで、私が、動物占い黒ひょうだって、知ってるの?
ダイ え? だって、1989年の8月24日生まれでしょ?
ユミ なんであたしの誕生日知ってるのよ!
ダイ 何でって……(照れる)
ユミ 照れるな! やだ。むり、もう無理。
ダイ どこ行くの?
ユミ ついてくるな!
と、そこに大熊が現れる。
大熊 誰だ、大声出してるのは。
ユミ あ、刑事さん!
ダイ 刑事……
ダイは銃を見えないように握る。
大熊 おお。妹さんじゃないか。なんだ。駄目じゃないか。まだ残ってたのか。
ユミ すいません。
大熊 まあいいや。危ないからな。下まで送ってこう。
ユミ ありがとうございます。あの、なにが起こってるんですか?
大熊 俺にもよくわからん。とりあえず、安全だと思えそうなところまで行こう。後は、増員待ちだな。
ユミ すぐ来ないんですか?
大熊 本部に聞いてみたんだがクリスマスだろう? 出払ってたり、
違う事件に関わってたりでな。まぁ、それはおいおい話すよ。
さ、(と、ダイに気づき)君も一緒に行こう。
ダイ 邪魔はさせないよ。
大熊 え?
ダイが銃を大熊に向ける。
大熊 おい。それ、
乾いた音が響く。
大熊が倒れる。
ユミ 刑事さん?
ダイ 邪魔はさせないんだ! 僕たちの、邪魔は。誰にも、させない。
ユミ あんた、なに考えてるのよ!
ダイ 行くよ!
ダイがユミを引っ張っていく。
ユミ ちょっと! 離して! お兄ちゃん!!
大熊が動こうとする。
暗転。
17
銃声。
ユミ(声) ちょっと! 離して! お兄ちゃん!
マサキがウメをかばうように覆いかぶさっている。
どうやらそのまま二人とも気絶していたらしい。
マサキ ユミ!? いつつ。
ウメ 今の? 銃声?
マサキ 分からない。とりあえず、爆発はもう無いみたいだな。
ウメ うん。大丈夫よ。もうどいても。
マサキ あ、ああ。……いてて。気を失ってたのか?
ウメ 分からない。(時計を見て)だとしても、ほんの数分だと思うけど。
マサキ 妹の声を聞いたような気がしたんだけど。
ウメ 銃声もね。
マサキ まさか、俺の銃を……
マサキは立ち上がるが、頭を押さえてうずくまる。
ウメ すぐに動いちゃ駄目よ。頭打ったんでしょ?
マサキ でも、こうしている間にも誰か被害者が出ているかもしれないから。
ウメ だからって、あなたが無理して行ってなんか役に立つの?
マサキ 俺は皆を守らなきゃいけないんだ!
ウメ だったら自分の体ぐらいまともになってからにしなさいよ!
マサキとウメはにらみ合う。
マサキ 分かったよ!
ウメ ならいいわ。
マサキが座る。
タバコを取り出す。
ライターで火をつけようとするが、つかない。
ウメ ジッポ、貸そうか?
ウメがジッポを見せる。
マサキ お前吸うのか?
ウメ 吸わないよ。持ってるだけ。母さんの、形見なんだ。
マサキ ふうん。
と、マサキはジッポを受け取るが、火はつかない。
マサキ おい、これつかないぞ。
ウメ うん。オイル入れてないもん。
マサキ だったら渡すな!
マサキがウメに放る。
ウメ やっぱり、あんたじゃないか。
マサキ なにが?
ウメ なんでもない。
ウメがジッポをしまう。
マサキは火をつけようとするのをあきらめる。
マサキ くそ。スノードロップめ。
ウメ ……まだ、この爆発がスノードロップのせいだって決まったわけじゃないでしょ。
マサキ それ以外に誰がいるんだ?
ウメ 分からないけど。もしかしたら、スノードロップっていう怪盗の名前を語っているやつがいたりして。
マサキ ……先輩と、おんなじこと言うんだな。
ウメ へぇ。そんな風に思っている人がいるんだ。
マサキ 俺の先輩に、大熊って人がいるんだけどさ。
大熊なんて名前のくせにちっちゃい人でさ。気性だってわりとおとなしいのに、
スノードロップの予告状が届いてからずっと上司とぶつかってんだよ。
「これはスノードロップの仕業じゃない」ってね。
ウメ スノードロップは、何を盗むっていってきたの?
マサキ このデパートで一番大事なもの、だと。
ウメ なにそれ?
マサキ 俺が知るか。この店のオーナーも同じことを言ってたよ。
「なんだか分からない」ってね。
ウメ 隠し財宝とかあるんじゃないの?
マサキ こんな小さなデパートにそんなたいそうなものあるかよ。
ウメ それもそうね。
微妙な間
マサキ お前も、ずいぶんとついてないな。
ウメ なによいきなり。
マサキ せっかくクリスマスだって言うのに。こんな事件に巻き込まれて。
ウメ それはあんただっておんなじでしょ。
マサキ 俺はこういう仕事してんだ。仕事のせいだって言い訳もつくさ。
ウメ べつに、たかがクリスマスじゃない。
マサキ 一緒に過ごすやつと甲斐ないのか。さびしいやつ。
ウメ あんたこそどうなのよ。
マサキ クリスマスは、昔からずっと妹と二人で過ごしてたからな。
ウメ 家族と、じゃなくて?
マサキ 家族だろ。妹となんだから。
ウメ そうじゃなくて。
マサキ 残念ながら、親父もお袋も妹が小さいときに二人とも
あの世にいっちゃったんでね。
ウメ ごめん。
マサキ いいんだよ。俺も、妹ももう乗り切ったことだから。
今年も、こんな事件さえ起こらなきゃ、
二人でどっか食いにでもいってるはずだったんだけどな。
ウメ いいね。一緒に過ごせる人がいて。
マサキ いないのか?
ウメ うちも、両親はもういないから。
マサキ 兄弟は?
ウメ お姉ちゃんが二人。
マサキ 三姉妹か。いいな。なんかにぎやかそうで。
ウメ そうでもないよ。
マサキ そうか? 俺は妹一人いるだけでうるさく感じるけどな。
ウメ ……クリスマスなんて、大嫌いなんだ。あたしたち。
マサキ まぁ、所詮外国の行事だからな。
ウメ 小さいころは好きだったんだけどね。お母さんもいて。
みんなでおいしいもの食べて。あんまりお金なかったのに、
いつもクリスマスはお母さん、私たち皆にプレゼントくれてさ。
お姉ちゃんなんか「いつまでもプレゼントなんてもらう年じゃない」
なんて怒ってたけど。それはお母さんが頑張っているの知ってたからで。
だから、帰ってくるの遅いお母さんのためにみんなで飾り付けしたり。
お姉ちゃんが部屋の片づけしてさ。タケ姉ちゃんがクリスマスケーキ作って。
あたしは何もできないから、折り紙でわっかをいっぱい作って。
わっかって言い方で分かる? あの、いくつもつなげて部屋に飾るやつ。
マサキ お祝いの時とかよくやるよな。
ウメ あたしあれ作るの得意だったんだ。結構器用だからさ。
一枚の折り紙からできるだけいっぱい作れるようにすごい細かく切ってさ。
お姉ちゃんは「貧乏くさいからやめて」って言ったけど。
うまく色違いになるようにして、部屋中に張り巡らせて。
テーブルにもいっぱい飾り作って乗っけて。
お母さん帰ってくるころになるとわざと部屋の電気消して。
お母さん「誰もいないの?」なんて言って。わかってたんだ。
あたしたちが部屋でじっと黙ったまま待ってるの。
あたし、こらえ切れなくなって噴出してさ。タケ姉ちゃんが怒って。
お姉ちゃんが笑いながら電気つけて。そしたら、お母さん、笑顔で言うんだ。
「ああ、びっくりした」って。そして、皆で笑いながらお母さんを
席まで案内してさ。タケ姉ちゃんが料理切って。お母さんがプレゼント
私たち皆に配って。お姉ちゃんが「いつまでもプレゼントなんて」って、
ああ、それはもう言ったっけ。そんでみんなでお祝いして。
メリークリスマスって。お母さん、ずっとニコニコしてて。
タケ姉ちゃんがケーキ持ってきたら「凄いわ。さすが私の娘」って。
あたし、自分もほめてもらいたくってさ。「この飾り、皆私が作ったんだよ」って。
そしたらお姉ちゃん「私も手伝ったでしょ」なんて。そんな時ばっかり、
いいお姉ちゃんぶっててさ。あたしが怒るとお母さんは決まって
「はいはい。皆、凄い」って。誕生日よりも、お正月よりも、ずっとずっと、
クリスマスが……なに言ってるんだろあたし。こんなときに。
馬鹿だよね。もう、戻るわけないのにさ。
マサキ そうだな。
ウメ お母さんが死んで。みんな、忘れちゃったのよ。お母さんのことも。
クリスマスのことも。お姉ちゃんはクリスマスのたびにどっか旅行に
行っちゃうし。タケ姉ちゃんはクリスマス会やろうって毎回言うけど口ばっか。
料理もなんにも用意しないで。形だけそれっぽくして。
なかったように振舞ってるの。クリスマスにケーキ作ったのも。
皆で笑ったのも。お母さんがいたのも。みんな。
マサキ 忘れようとしなくちゃ、辛すぎて耐えられないんだろ。きっと。
ウメ そうやって忘れられれば幸せなの? お母さんがいた時の楽しさも、
あったかさも、皆忘れて。それで幸せなの?
マサキ 覚えているだけ、辛いこともあるんだろ。お前の姉さんたちのほうが、
ずっとお前よりも長い時間一緒にいたんだから。
ウメ だったら忘れていいの? 無かったことにする理由になるの?
マサキ そんなこと俺が知るかよ!
ウメ ……だよね。だから、私一人だけでも戦うことにしたのよ。
マサキ 戦う?
ウメ お姉ちゃんたちが忘れたんなら、忘れてくれてていい。私は覚えているから。
お母さんのことも。お母さんがやってきたことも。私一人が覚えていればいい。
私一人で、やればいい。
マサキ なにをするんだ?
ウメ 私一人で、戦ってやる。
マサキがウメを見つめる
二人とは違う場所にマツコが現れる。
18
空港のアナウンスが流れている。
声 ご搭乗口の変更をおしらせいたします。
114便はただいま27番ゲートに変更になりました。
マツコが上を見ながら移動している。
電話がかかってくる。
マツコは電話を取る。
タケミが違う場所に浮かび上がる。
マツコ 何?
タケミ 今どこ?
マツコ もうすぐ乗るから。電話、これで最後にしてよね。
タケミ ニュース、そっちで流れてない?
マツコ ニュース?
マツコが違う場所を見る。
声 ……ということは、来年の今頃には日本生まれのパンダの赤ちゃんが
見られるかもしれないということですね。以上。上野動物園からでした。
マツコ なんか、間抜けな顔のキャスターが間抜けなニュース流してる。
タケミ そうじゃなくて、
声 ここで、ニュースをお伝えします。先ほど、多摩市にある高飛車屋で起こった
爆発事故は未だ原因がつかめておらず、現場では銃声が聞こえたとの
証言もあるようです。現場の式を取っていた警官が行方不明になっているなど、
未だ、捜査には混乱が見られている模様です。現場から、北川記者がお送りします。
マツコ ……なんか、やってるわね。
タケミ ウメ、まだ中にいるんだと思う。
マツコ ……だからって、私らになにができるわけでもないでしょ。
タケミ お姉ちゃん!
マツコ あの子が勝手にやりたいなら、やらせてあげればいいじゃない。
どうせ、あの子は一人で何でもやるつもりなんだろうから。
タケミ でも、ウメになにかあったら、
マツコ それでもいいって覚悟なんでしょ。
タケミ それでいいの?
マツコ 仕方ないじゃない! あんたは私にいまさら何しろって言うのよ!
あの子が何しようとほうっておいたのはあんたも同じでしょ!
タケミ そうだけど。
マツコ 近所のガキとつるんで怪盗ゴッコやっていた時だって。万引き見つかって
補導されたときだって、警察まで行ってあの子引き取ってきたのは
あたしなのよ!? そのたび泣いてただけのあんたが、
今更私になにさせようっていうのよ!
タケミ だって、あたしじゃウメを止められないから。
マツコ 母親代わりを押し付けるのはやめて! ……あたしがどれだけ。
あの人が死んでからどれだけ苦労してきたと……好き勝手やって、
挙句病気なんかで簡単に死んだあの人のせいでどれだけ
あたしが苦労してきたと思ってるのよ!
タケミ お姉ちゃん。
マツコ 空港でする電話じゃないわね。とにかく私は知らないから。
何かしたいんだったら、あんた一人でやって。
タケミ 分かってるよ。お姉ちゃんが苦労してきたのは。ずっと
お母さんの代わりにあたしたちのために頑張ってきたのも。
マツコ 分かってるんならもういいでしょ。
タケミ だから一番お母さんとの思い出が深いクリスマスに
あたしたちと一緒にいたくないのも分かってる。
マツコ だったら、
タケミ だけど! お母さんはこんなことのために、あたしたちと
一緒にクリスマスを過ごしたかったわけじゃないじゃない!
いつも忙しいから。家族がそろう時間を作るのも大変だから。
だから、この日くらいはって。危険な仕事して、お金作って。
皆で楽しく過ごそうとしてたんじゃないの?
マツコ それであの人のやってきたことが正当化できるわけじゃないでしょ。
タケミ 分かってるよ! だけどさ。
マツコ 携帯の充電切れそうだから切るわよ。
タケミ クリスマスなんだよ。今日は。みんないつも一緒だったのに。
なんで、こんな風にばらばらにならなきゃいけないの?
マツコ タケミ。
タケミ やだよ。あたし。もう。たった一人で家にいるの。やなんだよ。
マツコ (ため息)……30分。
タケミ え?
マツコ 30分で用意しなさい。できるだけ、こっちの姿分かるように派手な服選んどいて。
タケミ お姉ちゃん。じゃあ。
マツコ 今夜だけだからね。馬鹿なことに手を貸すのも。あの人の真似するのも。
タケミ 分かってる。でも、(お姉ちゃん、本当にいいの?)
マツコ (ニュース画面を見ながら)
この状況じゃ車で近づくことはできないだろうから空から行くわよ。
タケミ 空って、
マツコ 方法は私が考える。用意できるの? できないの?
タケミ する。用意できる。
マツコ それと、帰った後の料理当番はあんただからね。
タケミ うん。ご馳走作るから。
マツコ 言うと思った。じゃあ、20分後。
タケミ 早くなってるよ。
マツコ 文句は聞かない。
タケミ お姉ちゃん。(ありがとう)
マツコ お礼はすべて終わってから。うまくいかなきゃ三人とも
冷たい場所で年末年始過ごすんだからね。
タケミ 分かった。
タケミが電話を切って走り出す。
マツコ 全く。仕方ないか。クリスマスなんだし。……タクシー!
呼びながら、マツコは去っていく。
19
ウメとマサキに光りは戻る。
マサキ 戦う?
ウメ お母さんのために。お母さんに守ってもらってた私のために。
マサキ 誰と?
ウメ ニセモノと。
マサキ ニセモノ?
ウメ スノードロップの名を語るニセモノにね、教えてあげるのよ。
マサキ スノードロップが、ニセモノ? 何を言ってるんだ?
ウメ これ。返す。
ウメはマサキに手帳を渡す。
マサキ これは、俺の。
ウメ 手先は器用だって言ったでしょ。さっき暗闇でぶつかったときにね。
とっさにすったの。本当は携帯も拳銃も取ったんだけど。
拳銃は、さっき相方に渡しちゃった。
マサキ 渡しちゃったって、じゃあお前が!?
ウメ 怪盗スノードロップ。よかったね。お母さんは誰にも姿を見られなかったのに。
あなたは、私の姿が見れて。
マサキ うそだろ? 冗談はいい加減に、いつつ。
ウメ まだ痛みが残っているみたいだし、無理はしないようにね。
ここからは、私の仕事だから。大丈夫。ニセモノは絶対私が捕まえる。
マサキ じゃあ、この爆発は、スノードロップのせいじゃないんだな?
ウメ それはそうよ。怪盗スノードロップは盗み以外の仕事はしないの。
刑事さんなのに、そんなことも知らなかったの?
マサキ だが、じゃあ、これは
ウメ 誰かが名前を語ってやったこと。でも、絶対後悔させてやるから。
スノードロップの名前を語ったことを。
マサキ 相手は爆発物をまだ所持しているかもしれないんだぞ!
それに、また爆発がいつ起こるかも(分からない)
ウメ お礼、言ってなかったよね。
マサキ 何を言って(るんだ)
ウメ 助けてくれて、ありがとう。じゃあね。
ウメは走り去る。
20
マサキ おい! くそ! 何がどうなって……確かに俺の手帳だ。
じゃあ、あいつがそうだって言うのか? 俺はずっと、犯人のそばにいたのか?
なんだよ。そんなむちゃくちゃなことがあってたまるか! くそ!
なんなんだよ今日はいったい!
マサキはその場に座り込むと、タバコを取り出す。
火をつけようとするが、うまくつかない。
マサキ なんだよ。本当。これじゃ俺一人馬鹿みたいじゃないか。……馬鹿か、
そりゃあ馬鹿だよな。こんなはずじゃなかったのにな。なんで、クリスマスに、
こんな場所で、体痛めて、座り込んでいるんだか。
マサキは、今はいないウメに語るように語る。
マサキ お前、忘れたのを責めてたけどな、忘れるって言うのも案外つらいんだぞ。
……死んだおふくろは、死ぬまで親父のことを忘れなきゃって言ってたよ。
「早く、あの人のことは忘れなくちゃね。」ってな。でも、忘れられなかった。
忘れなきゃねってことは、忘れられないってことだ。
俺が5歳のときだよ、親父が死んだのは。警察だった親父が逃亡中の犯人に
撃ち殺されたのは、ユミが生まれる少し前だった。病院に搬送されながら
親父は救急車の中で何度も言ってたんだとさ。
「娘が生まれるんだ。娘が生まれるんだ」って。
だから、ユミは親父の顔を写真でしか知らない。お袋が悲しがるから、
親父の話は家じゃタブーだった。だけど、あいつはいつかどっからか
家族のアルバムを持ってきて俺にこういったよ「これがお父さん?」ってな。
そのとき、俺は親父の顔をほとんど覚えてなかった。自分の親父なのにな。
写真の親父は俺の思い出の中よりも少し若くって、少し頼りなさげに見えた。
一瞬、親戚のおじさんが一緒に写ったんじゃないかって思ったほどだ。
でも、母さんは一目見た瞬間に言ったよ
「そうよ。これが、あなたのお父さんよ」
……忘れるって言うのはそういうことだ。
楽しかったはずのことも、苦しかったはずのことも、皆忘れちまうってのが、
忘れるってことだ。無かったことにするのは忘れているからじゃない。
忘れようとしても、忘れられないからだ。
……なんてことを、お前に言うやつもいないんだろうな、きっと。
そこに、大熊がやってくる。
大熊は腹を押さえている。
大熊 何を語ってるんだお前は。
マサキ 先輩。火、持ってないですか?
大熊 禁煙してるんだよ、俺は。
マサキ でしたね。
大熊 誰かいるのかと来てみれば……一人か。
マサキ はい。ちょっと、考えてました。
大熊 何を?
マサキ 俺、どうすればいいんだろうって。
大熊 馬鹿野郎。お前は刑事だろ。刑事のやることは、犯人を捕まえるってことだよ。
マサキ そう、ですよね。
大熊 ……ついさっき、お前の妹が、変な男に連れて行かれた。
マサキ え?
大熊 追いかけてたつもりだったんだがな、見失っちまった。
お前、ちょっと探して来い。
マサキ そんな! ユミは無事なんですか?
大熊 知るか。俺はちょっと疲れたから休ませてもらう。後は任せたぞ。
マサキ そんな無責任な!
大熊 竹原!
マサキ はい!
大熊 迷ってるんだったら、とりあえず目の前のことがむしゃらに追いかけてみろ!
そうすりゃ、何か見えてくるかもしれないだろ! 何もしないうちからぐじぐじ
悩むんじゃない! ……以上。説教終わり。早く行け。
マサキ ……はい。
マサキが去る。
大熊 悩んでどうするんだって言うんだ。(タバコを取り出して)
禁煙なんて、するもんじゃないな。おい。スノー。お前を追うのも、
いい加減疲れたぞ俺は。タバコぐらい、もう吸わしてくれや。
声が流れる。
声 あら。見つかっちゃった?
大熊声 おい。スノードロップ。そいつはどう見ても俺のジッポだと思うんだがな。
そんなもの盗んでどうするんだ?
声 大熊君には長生きしてほしいからね。
大熊声 そんな安物、買いなおせばいいことだろ。
声 君はしないよ。そんなことは絶対しない。
大熊声 言い切るんじゃねえよ。
声 捕まえたら返してあげるよ。
大熊声 はっ。捕まえられてから捨てましたとか言うんじゃねえぞ!
大熊 もういいだろ。いい加減。何年たったと思ってるんだか……
大熊が眠るように手をたらす。
暗転。
21
ユミ ちょっといい加減離してよ! こら! 人の話を聞けっての!
照明がつくと、ユミをつれてダイが歩いてくる。
ダイ つれないなぁ。やっと二人っきりになったのに。
ユミ なりたくなかったわよ!
ダイ 怒ったふりしなくてもいいのに。
ユミ 自分がなにやったのかわかってるの?
ダイ え、心配してくれてるの?
ユミ するわけないだろ!
ダイ それ、ツンデレ?
ユミ 違う!
ダイ 怒ってばかりだと、そういう顔になるってママに言われなかった?
ユミ その顔でママとかいうな気持ち悪い。
ダイ なんていった?
ユミ だから、ママとか言ってるんじゃない! このデブ!
ダイ 僕は、ぽっちゃり系なんだけどな。
ユミ どこがぽっちゃりだよ! 鏡見ろ!
と、ダイがユミを突き飛ばす。
ダイ 君がそんなことを言う人なんて知らなかったよ。
ユミ はじめからあたしのことなんてなんも知らないだろ!
ダイ そんなことないよ。君のことならいろいろ知ってるんだから。
どこに住んでるとか。お兄ちゃんと二人暮しだとか。誕生日も。スリーサイズも。
猫が好きなんだけど、忙しく飼えないことも知ってるよ。
ユミ 単なるストーカーだろ!
ダイ ストーカーなんかじゃないっ! 僕は、君の信奉者なんだ。
君という聖母に仕えるために生まれてきたんだ。
ユミ その聖母に対する対応がこれ?
ダイ だって。聞き分けのない子にはおしおきも必要だって、ママが言ってたよ。
ユミ 言ってたよじゃねえ!
ダイ あ、動かないでね。
ダイが銃をユミに向ける。
ダイ 僕、こういうの嫌いだけど、暴力は苦手だから。
ユミ 女の子に銃を向けちゃいけないってママに言われなかったの?
ダイ 銃は自分の大切なものを守るためにあるってママは言ってたよ。
ユミ この……
と、そこにウメがやってくる。
ウメ 沢村!
ダイ あれ? ウメちゃん。どうしたの?
ウメ 何やってるのよあんた!
ダイ 見て分からない? 僕、とうとう大事なものを手に入れたんだ。
ウメ 大事なものって……あんた自分がなにやってるかわかってるの!
ダイ もういいんだよ! あんたはいつもそれだ! いつも僕を見下して
勝手に年上ぶって。同い年の癖にあれこれ僕に命令して!
嫌だったんだ僕は始めっから。何が偽者を見つけるだ!
何がスノードロップだ! そんなの僕には全然関係ないじゃないか!
ウメ だって、あんたは私の友達でしょ。だから手伝ってくれると思って、
ダイ 何が友達だ! 僕に命令してばっかりであんたが僕の意見を
聞いてくれたことがあったか? 僕がこんな泥棒みたいな仕事嫌だって
聞いてくれたことがあったか? ぜんぜんないじゃないか。
それのどこが友達だよ。僕はあんたの道具じゃないんだ!
ウメ だからって、こんな、
ダイ 僕は見つけたんだ。僕が一番大事にできる人を。見ろよこの惨状!
何がスノードロップは盗みしかしないだよ。爆発でもうぼろぼろじゃないか。
これで、あんたの大事なスノードロップって名前も終わりだろ。
あんたのやることは終わったんだ。僕は、僕がやりたいようにする。
ウメ 沢村……じゃあ、この爆発は、あんたが?
ダイ いいんだよもう爆発のことは! ね、ユミちゃん。
僕と、ユミちゃんは幸せになろうね。
ユミ だれが、あんたなんかと。
銃声。
銃は床に向けられたもの。
ダイ ね? 僕は気が長いから、返事はゆっくりでいいよ?
ユミ 誰が、あんたなんかと!
銃声
銃はユミの頭上に向けられたもの。
ダイ 頼むよ。僕はもう、君しかいないんだ。
ウメ 沢村!
ダイ 動かないでくれよ頼むから! ウメちゃんを撃ちたくはないからさ。
ね。ユミちゃん。答えはイエスだよね?
と、マサキがやってくる。
マサキ 妹と付き合うにはまずお兄様に許可を取るって言うのが相場だろ。
ユミ お兄ちゃん!
マサキ 大きな声で話していてくれたおかげで追いつけたよ。ユミ。
今助けてやるからな。
ユミ うん。
ダイ 悪いけど、お兄さんには用がないんだ。
マサキ 悪いが俺はお前にお兄さんと呼ばれたいとは思わないんだな。
マサキはウメの前に立つ。
ウメ ちょっと! あんた丸腰でしょ!
マサキ 市民を守るのは警察の義務ですよお嬢さん。
ダイ そっか。これ、あんたの銃なのか。じゃあ、ちょうどいいよね。
ユミ やめて!
ユミがダイにしがみつく。
ダイはユミを突き飛ばす。
マサキ 貴様!
ダイ 動かないでね。二人も殺したくないから。
マサキ 二人? どういうことだ?
ユミ さっき、お兄ちゃんの先輩を……
マサキ コグマ先輩を? だって、さっき話をして……
ダイ へぇ。まだ生きてたのか。よかったね。
マサキ 貴様!
ウメ 待って!
ウメがマサキの前に回る。
マサキ おい! お前は離れてろ!
ウメ 友達なの! あいつはあんなんでも。私の、友達なのよ!
ダイ 本当にそう思ってたのかね。
ウメ そうよ。私はずっと、あんたを友達だって思ってた。友達だから、
あたしの言うこと聞いてくれるんだって。あたしがどんな馬鹿なことを
しようとしているのか分かってて、それでも手伝ってくれるんだって。
友達だから。
マサキ 普通止めるのが友達だろ。
ウメ それでも、あたしは一人でやってた。
だから、そうならないように一緒にやってくれてるんだって。そう思ってた。
ダイ 断れないって分かってて頼んでたんだろ。
ウメ 違う。本当に、私はあんたが友達だから手伝ってくれてるんだって、
そう思ってたの。馬鹿だよね。
言いながらウメはダイに近づく。
ダイ 近寄らないでくれよ。ウメちゃん。撃つよ?
ウメ いいよ。あたし、あんたにそれだけのことをしたんだから。
ダイ 本気で撃つよ? 僕はもう一人撃ってるんだよ?
ウメ そこまで追い詰めたのは、あたしなんだよね? あたしと出会わなければ、
あんたこんな馬鹿なことしなかったのに。
ダイ 馬鹿なことしたなんて思ってない! 僕は、僕がしたいことをしたんだ。
ウメ だから、撃ちたいなら撃ってよ!
言いながらウメはダイのすぐそばまで寄る。
ダイはウメに標準をあわせる。
撃てない。
撃とうとする。
撃てない。
ダイ できるわけないだろ。友達なんだから。
ダイが銃を落とす。
その場にひざまつく。
ユミがマサキのそばに駆け寄る。
ユミ お兄ちゃん!
マサキ 大丈夫か? なんも、怪我ないか?
ユミ うん。
マサキ とりあえず、お前はどっか安全そうな場所にいろ。
ユミ どっかって?
マサキ 知るか! また爆発が起こるかもしれないだろ!
ダイ 非常階段。
マサキ え?
ダイ 非常階段なら、何の被害もないよ。僕はそこを通ってきたんだ。
マサキ 一人で行けるか?
ユミ お兄ちゃんも、すぐ来るよね?
マサキ ああ。
ユミ 絶対だよ!
ユミが走る。
ウメ 沢村……(なんでこんなことを)
ダイ つり橋心理っていうのがあるって聞いたことがあったんだ。
危険な状態では、そのときの緊張を恋と間違えやすいって。
ウメ だからって、
ダイ こんな時じゃなかったら、僕みたいな人間には、好きな人を
自分に向かすことないってできないって思ったんだ。
いつも僕を見てくれない人でも、もしかしたら爆発の緊張を
僕への恋心だって思ってくれるかもしれないって、だから……
マサキ だからって、人一人撃つ言い訳になると思ってるのか?
ダイ すいませんでした。
マサキ すいませんですむか! こんな爆発まで起こして!
ウメ もしかしたら他にもけが人が出ているかもしれないのよ!
ダイ ちょ、ちょっと待ってよ。
マサキ また言い訳か。
ダイ 爆発と、僕は関係ないでしょ?
マサキ 何言ってるんだ、お前がやったんだろ?
ダイ 違うよ。僕は爆弾に関しての知識なんてない。
それは、ウメちゃんも知っているでしょ?
ウメ 確かにあんたにそんな知識あるなんて聞いたことなかったけど。
マサキ じゃあ、これは誰がやったんだよ?
ダイ 知らないよ!
マサキ うそをつけ!
ダイ 本当だよ! 僕はユミちゃんにちょっとでも僕を見てほしくって。
ただ、それだけで……
マサキ じゃあ、まだ犯人はどこかに?
ウメ これで終わりじゃないの?
と、そこに宇崎がやってくる。
22
宇崎 まだ避難してなかったんですか?
ウメ 宇崎さん!?
マサキ 店員さん。
宇崎 あれだけ館内放送を流したでしょ! こんなところにいて。
見回りに来て正解だったわ。
マサキ なんで、まだ……
宇崎 そんなの店員として、お客様の安全を確認するのは
義務だからに決まっているじゃないですか!
マサキ そんなの時と場合ってものがあるでしょう。
宇崎 それに。ちゃんと全員いなくなってくれなくちゃ、
このデパートを粉々にできないでしょ。
言いながら宇崎は銃を拾う。
ウメ 宇崎さん?
マサキ まさか、あんたが?
宇崎 せっかく被害は最小限にしようと思ったのに。
警察関係者なら訓練を受けているだろうし。最初から事務所中心で
破壊しようと思ってたから犠牲も少ないだろうと踏んでたのに。
まさか、本物まで現れるとは計算外なことっていつでもおこるものね。
あ、私、銃の使い方はよく分からないから、下手に動くとすぐ撃っちゃうので。
ウメ うそでしょ? 宇崎さんがどうして。
マサキ ここはあなたの店だろう?
あなたがなんでここを破壊しなきゃいけないんだ?
宇崎 私の店でも、私の店じゃないからよ! ……知ってる?
今ね、このデパートピンチなの。どこもそうだろうけど、
近くに安い量販店がたくさん並んできたでしょ? ちょっとした買い物なら
そこで済むし。少し豪華にしたいならちょっと電車乗ればすぐ
大手のデパートがあるし。だから人員はどんどん削減されて。
でも、それだけ残っている人間はどんどん仕事が増えて。みんな辞めていったわ。
パートじゃ割に合わないとか。子供がいるから夜遅くまでは仕事できないとか。
で、押し付けられるのはあたし。上からは辞めないでくれって言われて。
でも、どんどん下はいなくなって。あたしの仕事ばっかり増えて。
なんなのあたし? なんでこんなにすべて任されなくちゃいけないわけ?
あたしはスーパーマンじゃないのよ。そりゃ切れるわよ。
ぷっつんって切れちゃうわよ。辞められないなら、
なくしちゃうしかないじゃない。全部なくなっちゃえばいいのよ!
ウメ そんなことのために、スノードロップの名前を?
宇崎 あこがれてたのよ。さっと現れて、ほしいものだけ盗んでさっと消える怪盗。
あたしも、そんな風になりたかった。やりたいことだけやって、
さっと消えられる人間に。
ウメ 母さんは、あんたみたいに自分のためだけに動いたりはしなかった。
宇崎 自分のためでしょ! 人のもの盗むのが自分のため以外の何だって言うのよ!
マサキ お前いい加減に、
宇崎 動かないで。言ったでしょ? あたし、銃の使い方分かってないの。
すぐ撃っちゃうかもって。
ダイ ……セーフティもつけたままで?
宇崎 え?
ダイ セーフティってのがついてるんだよ銃には。それをとかないと撃てないよ。
宇崎 うそ?
ダイ 刑事さん!
マサキが銃を奪う。
宇崎 あたしは、ただ、自分の自由が欲しかったのよ……ただ、それだけなのに……
宇崎があきらめたように膝をつく。
マサキが近寄り、手錠をはめる。
マサキ だからって、犯罪を犯していい理由にはならないさ(と、ダイに)
あんた、この人を下まで連れて行ってくれないか?
ダイ 僕が?
マサキ 下に警官がいれば、その人に引き渡してくれればいい。
ダイ その後は?
マサキ 任せるよ。俺は、ちょっとこの子に用があるんでね。
ダイがウメを見る。
ウメはうなずく。
ウメ 先行ってて。
ダイ (うなずき)自首するよ。警官を撃ったことも話す。
ウメちゃんことは、言わないから。
ウメ いいよ、気を使わなくて。
ダイ ばか。友達だろ? それに、俺、一応男だから。だから、ウメちゃんは逃げて。
ウメ うん。
ダイと宇崎が去る。
23
ウメ 信用していいの?
マサキ どうせ外にユミもいるだろうからな。逃げはしないさ。
ウメ そういうことか。
マサキ ……ウメっていうのか。
ウメ え?
マサキ 名前。
ウメ ああ。変な名前でしょ。今の年代じゃないよね。
マサキ そうだな。
ウメ でも、あたしはこの名前好きなんだ。古めかしいけど。知ってる?
スノードロップの花弁はね、緑色をしているの。
マサキ へぇ。
ウメ 梅の実も緑色でしょ? だからね、スノードロップって名前は、
あたしが継ぐって決めてたんだ。昔から。
マサキ そうなのか。
ウメ そう。雪に落ちた梅の実は、まるでスノードロップの花みたい。
スノードロップはね、その名のとおり、雪を表す花なの。だから、
雪がまだ降り積もるとき咲く梅の名を持つ私が、スノードロップを
継ぐのにふさわしいのよ。
マサキ これからも、続けるのか?
ウメ 分からない。最初はニセモノを探すだけのつもりだったんだから。
マサキ 辞めとけよ。もう、こんなこと。いつか、捕まるぞ。
ウメ 別に、私が捕まったって、悲しむ人なんていないよ。
マサキ 姉がいるんだろ? 二人も。
ウメ 姉さんたちなんか、せいせいするんじゃないかな?
マサキ ……そんなことないだろ。
ウメ なんでそんなこと……
と、そこに大熊が現れる。
大熊は銃を持っている。
大熊 そこまでだ。
マサキ 先輩!? 生きてたんですね!
大熊 勝手に殺すな。それより竹原。手錠、持っているよな。
マサキ え? いや、今さっき、
大熊 じゃあこれを使え。
大熊が手錠を投げる。
マサキ それよりも、先輩、早く病院に行ったほうが。撃たれているんですよね?
大熊 スノードロップの確保が先だ!
そこにいるのが、スノードロップなんだろう?
マサキ いや、でも、
ウメ そうよ。あたしがスノードロップよ。
ウメが大熊に姿を見せる。
大熊 お前が、スノードロップ?
ウメ ええ。怪盗スノードロップ。
大熊 お前が、スノードロップだと? ……まあいい。
スノードロップなら、捕まえるだけだ。
マサキ 待ってください。
マサキがウメをかばう。
大熊 どけ竹原!
マサキ どきません! 聞いてください先輩!
この子は、本当はスノードロップじゃ、
大熊 そいつが誰だろうと関係ない! そいつがスノーだと名乗るのなら
俺は捕まえる。それだけだ。邪魔をするならお前を撃ってでも俺は!
マサキ 先輩!
大熊がマサキに銃を向けると同時に
マサキが大熊に銃を向ける
大熊 お前、自分のやっていることがわかっているのか?
マサキ すいません。
大熊 謝るくらいなら銃をおろせ!
マサキ 出来ません!
大熊 竹原!
マサキ この子は! この子はただ、一人でクリスマスを祝うのが
さびしかっただけなんです。寂しいから母親の幻想を追い求めただけなんです。
たったそれだけで、俺はこの子を捕まえさせることは出来ません!
大熊 そうして放っておけば、また奴は盗みを犯すんだぞ!
マサキ そのときは俺が責任もって捕まえます!
大熊 ……同じことを言いやがって。
マサキ え?
大熊 お前に俺が撃てるのか竹原!
マサキ 撃てません!
大熊 だったら、銃を下ろせ!
マサキ でも!
大熊 でも、なんだ。
マサキ 先輩は、俺を撃てないでしょ。
大熊 ……馬鹿野郎。
と、携帯がなる。
大熊のものだ。
銃を向けながら、大熊は携帯を持つ。
大熊 はい。大熊です。え? いや、今はスノードロップを確保しようと。
……スノードロップは外にいる!? どういうことですか!
24
と、ウメの携帯がなる。
ウメが携帯を取る。
タケミ は〜い? ウメ? 聞こえる?
ウメ お姉ちゃん?
と、別の場所に派手な格好をした二人が現れる。
タケミとマツコである。
マツコ ほらほら、あんたらが追っている怪盗はここよ。なに?
日本の国家権力ってこんなものなの? 早く捕まえて見なさいよ!
まぁ、捕まる気はないけどね。
タケミ 今、お姉ちゃんと警察ひきつけてるから。あんたは、
あんたで勝手に逃げなさいよ〜。(と、外に)
怪盗スノードロップはここですよ〜。
ウメ ちょっと、何やってるのよ!
マツコ あ、ウメ出たの?
タケミ うん。代わる?
マツコ ウメ?
ウメ お姉ちゃん、なんで?
マツコ 言うと思った。成り行きよ成り行き。あの人……
母さんの着てた服も残ってたし。ちょうど母さんが使ってた七つ道具も
残ってたから。警察をからかってみるのも楽しいかなって思ったのよ。
ウメ だって、泥棒なんて大っ嫌いだって。
マツコ 嫌いよ。大嫌い。
ウメ じゃあ、(なんで)
マツコ だからって母さんのおかげで今の私たちがいるわけだし。
過去の事件が消えるわけないでしょ。
ウメ だからって、
マツコ それに私、あんたまで嫌いだって言った覚えはないわよ。
ウメ お姉ちゃん……
マツコ まぁ、クリスマスだしね。家族で過ごすのもいいんじゃない? ね。
タケミ そうそう。
ウメ うん。そうだね。
マツコ 言っておくけど、料理はあんたとタケミでやるんだからね。
私は何もしないから。
ウメ うん。
マツコ ここまでやって、あんた捕まったら死んでも許さないからね。
ウメ 分かった。お姉ちゃんたちこそ、ドジって捕まらないでよ。
マツコ 私がそんなドジをするわけ無いでしょ?
ウメ でも、タケ姉ちゃんも一緒だから。
マツコ タケに言っておく。
タケミ なになに?
マツコ なんでもないわよ。ほら、次行くわよ。
タケミ おう! じゃあ、ウメ、後でねぇ〜
マツコとタケミが去る。
大熊 くそっ。どうなってやがる!
マサキ なんだよ、寂しいクリスマスじゃなかったみたいだな。
ウメ うん。
大熊 竹原!
マサキ はい!?
大熊 ぼさっとしてるな! 本物が出たんだ。すぐに行くぞ!
マサキ でも、先輩、まず病院に行ったほうが。
大熊 こんなのかすり傷だ! 奴を捕まえるほうが先だ!
マサキ はいはい。
と、大熊は立ち止まって。
ウメを見る。
大熊 ふん。スノードロップか。大嘘つきやがって。
ウメ うそなんて!
と、マサキがその口をふさぐ。
マサキ ですよね。
大熊 言っておくけどなガキ。俺は昔本物に会ったことがあるんだ。
ウメ 母さんに……
大熊 スラっとした長身の美人だったよ。お前なんか、あいつに比べれば小さすぎだ。
もし、名前を使いたきゃ、リトルスノードロップとでも名乗るんだな。
大熊が去る。
26
ウメ あの人だったんだ。
マサキ え?
ウメ なんでもない。
二人は数秒見つめあい、
ウメ じゃ、あたしも行くから。
マサキ あ、ああ。
ウメが歩き出す。
マサキ あのさ!
ウメ なに?
マサキ もし、よかったら、今度は警察と泥棒なんて関係じゃなく、話をしないか?
ウメ こんなときにナンパ?
マサキ いや、そういうわけじゃないんだけど。
ウメ そんな風に言われて、ほいほいうなずいたら捕まるのが落ちでしょ?
マサキ そうなんだけど、えっと、駅前にさ、広場があるだろ? 噴水のきれいな。
あそこだったら、人ごみも多いし、もし逃げようと思えばいつでも逃げられる。
だから、って俺、何言ってるんだろ。
ウメ 本当よね。4
ウメが去ろうとする。
マサキ 待ってるから!
ウメ 行かないよ。行く分けないでしょ。
マサキ お礼!
ウメ え?
マサキ 助けたのに、お礼、言われてない気がするんだけど。
ウメ へぇ。助けられたんだ。あたし。
マサキ 待ってるよ。礼はその時でいいから。
ウメ だから待ってなくていいって。どうせ行かないから。
マサキ それでも待ってるから。
ウメ 行かないって言ってるでしょ。
マサキ 待ってる。
ウメ 勝手にしろ!
ウメが去る。
マサキ ああ。勝手にするよ。
暗転。
音楽はオープニングに戻る。
26
暗くなった広場。
タバコをくわえたままの大熊が一人でいる。
火はつけない。
仲のいい男女が通り過ぎる。ユミとダイである。
仲のいい姉妹が通り過ぎる。マツコとタケミである。
そして、清掃員が通り過ぎる。
紙コップを両手に、マサキがやってくる。
マサキ まさか、来てないですよね?
大熊 誰がだよ?
マサキ だったら、いいんです。
大熊 お前、いつもこんな時間まで待ってるのか?
マサキ まぁ、暇ですから。
大熊 馬鹿だろ? (紙コップを受け取り)あつっ
マサキ あ、すいません。かかりました?
大熊 たいしたことない。
言うと、大熊は苦そうにコーヒーを飲み干す。
大熊 ……馬鹿には付き合ってられないな。
マサキ え? 何か言いましたか?
大熊 なんでもない。帰るぞ、俺は。
マサキ すいません。なんか、ずっとつき合わせちゃって。
大熊 俺が好きでいただけだ。
と、大熊は帰りかけ、
大熊 そうだ、竹原。
マサキ はい?
大熊 お前、ライター切らしてたんだよな?
マサキ はい。
大熊 ちょうどいい。俺のジッポやるよ。
マサキ え? でも、先輩禁煙してるって……
大熊 それな。嘘だ。
マサキ うそ?
大熊 禁煙してるんじゃなくて、させられてたんだ。
マサキ どういうことですか?
大熊 捕まえたら返してくれる約束だったんでな。それまで吸えなかったんだ。
マサキ もしかして、そのジッポって……
大熊 というわけで、お前にやるからな。いっておくが、俺にジッポをもらっといて、
それ使わないでタバコ吸えると思うなよ。じゃあな。
マサキ ちょっと待ってくださいよ! 先輩!
大熊は去る。
清掃員(ウメ)がやってくる。
マサキ なんだよそれ……
マサキは、タバコを取り出し、くわえる。
ライターを取り出すが、吸わずに捨てる。
清掃員が片付ける。
マサキ あ、すいません。
ウメ ジッポ、欲しい?
マサキ え? あ――
ウメ 待ってるなんて言っておいてさ。気づかないってのは、ちょっとあれよね。
マサキ いや、でもそれは、
ウメ なに? 気づかなくて謝りもなし?
マサキ でも、仕方ないだろ? まさかそんな格好してるなんて
思わなかったんだから。
ウメ 思わなかったら謝らなくってもいいわけ? へぇ。初めて聞いた。
マサキ そんなことは言ってないだろ。
ウメ だいたい、何で男同士で朝からずっと二人くっついて座ってるのよ。
マサキ いや、それはなんていうか、
ウメ 変態?
マサキ 違う! って、そんなことを言いたくて来たのかよ。
ウメ さぁ? 二ヶ月も飽きもせず待っている誰かさんが可哀想で
姿を見せてあげたのかもね。
マサキ それは、ありがとう。
ウメ それだけ?
マサキ ……勘違いしたのは、悪かったよ。
ウメ よろしい。
ちょっとしたきまづさ。
マサキ 怪盗、続けるのか?
ウメ ううん。お姉ちゃんたちに怒られたからね。こっぴどく。
マサキ そりゃそうだろ。
ウメ あんな、怒られるとは思わなかった。正直。
マサキ にしてはうれしそうだな。
ウメ 怒られてうれしい分けないでしょ。
マサキ そっか。
ウメ そうよ。
二人はそのまま空を見る。
ウメ 雪、降ってるね。
マサキ そうだな。
ウメ 寒くない?
マサキ 少し。
ウメ そう。……よし。決めた。
ウメがマサキから距離をとる。
マサキ え?
ウメ ケイ・ドロしよう。
マサキ は?
ウメ ドロケーともいうか。で、泥棒はあたし。警察はあんた。
マサキ なんだそれ。
ウメ そんでもって宝はこれ。どうだ?乗るか?
そうしてウメが見せたのは、ジッポ。
マサキ 何もこんな寒い日にしなくても、
ウメ なに? 自信ないの? まぁ、そりゃあないよね。
先輩も捕まえられなかったスノードロップだもんね。
マサキ 何言ってんだ。お前なんか、リトルスノードロップだろ。
ウメ だったら、捕まえてみなよ。あたしをさ。
その言葉に合わせるようにライトアップが光り輝く。
時間は夜。怪盗と、刑事が追いかけあう夜の時間。
マサキ ああ。お前なんか、簡単に捕まえてやる!
マサキが見得を切る。
ウメが笑う。
ジッポを高く投げ、キャッチする。
二人が駆け出す――
ただ、雪だけが降り注ぐ。
溶暗
完
あとがき この作品は劇団TABASUKOの第6回公演用として書いた作品です。 とりあえず、書き始める前に「シリアスがやりたい」との希望があり、 また「長台詞やりたい」との我侭(笑)があったため、 楽静作品としては珍しいくらい長い長台詞が途中入っています。 ちなみに、ト書きにはラスト「ジッポを高く投げ、キャッチする」とありますが、 初公演では一度たりとも実現しませんでした(汗) 最後まで読んでいただきありがとうございました。 |