僕と七不思議と真夏の夢
作 楽静


登場人物 12人+声

僕  高校時代文芸部だった男(狭間祐樹)
男1 県立高校三年生。元生徒会長。
男2 県立高校三年生。不良っぽい帰宅部。
不審者 悪。
女A とある県立高校の三年生。明るく活発
女B とある県立高校の三年生。運動少女。
女C とある県立高校の三年生。知能担当
女D 元会計。/十年前文芸部だった女。
女E  県立高校二年生。現会計のゴウダさん。
童子(わらし) 県立高校に住む座敷童子。
新島  ニイシマ先生。狭間ユウキ三年生時の担任。
飯嶋/運転手 若手の先生。陽気/タクシーの運転手。気弱
放送の声(録音でもよい?)

※ 女E・飯嶋(運転手)に関しては男女どちらが演じても大丈夫だと思われます。



   季節は夏。夏休み一日前の物語。物語はとある県立高校の中、教室の一部と廊下、
   正門近くで進む。長机と、いくつかの机、椅子があればセットはできる。
   舞台の半分半分を交互に使うことができれば転換短縮可能。

0 始まる前の一コマ

   音楽。そして開幕。左右に分かれるように狭間と女D。
   僕は左手をポケットに入れている。中央には二人を眺めるように童子が座っている。
   二人は同時に自宅のポストを開ける動作をする。中央の光が広がる。女Aがいる。
   童子が座っているところに女Aが通りかかったという感じ。

女A そこで、何をしているの?
童子 お前。私が見えるのか?
女A 何の話?

   いくつかの手紙の束の中から、僕と女Dは同時にハガキを見つける。
   女Dはそのハガキを見ると、顔色を変えて姿を消す。

童子 ちょうどいい。お前に決めた。
女A あなた、誰?
童子 私は――
   
   中央の明かりが消え、女Aと童子は去る。一人残った僕はハガキを読む。
   女Dがいなくなった場所に、いつの間にか新島が現れる。

僕 それが届いたのは、うだるような暑さの始まるほんの少し前。7月の始めのことだった。
新島 元三年四組の皆様へ同窓会のお知らせです。お久しぶりです皆さん。皆さんが本校を卒業されてから、早いもので十年の年月がたとうとしています。
   どのようにすごされているでしょうか? このたび、同窓会のお知らせのため担任自らがペンを取らせていただきました。

   と、新島を照らす照明は徐々に落ちてくる。

新島 それと言いますのも皆様ご存知とは思いますが、本校は今年度を持って、って、言わせてよ! 何で消すの!

   新島は照明が消えると去る。

僕 その時から、夢を見続けている。忘れたはずのあの日。閉じ込めたはずの痛み。うだるような暑さ。熱に浮かされてまで思い続けた、彼女の夢を。

   僕は去る。音楽。

1 文芸誌2000年活動誌記載小説

   遠くに童子が立つ。不審者が歩いてくる。ラフな格好。
   学生服姿の女Dがぶつかる。女Dは頭を下げ、先を急ごうとする。
   不審者は女Dをつかむ。そのまま女Dを突き飛ばす。
   音楽のため、台詞は聞き取れない。

不審者 本当クズしかいないな、この学校。廊下は走るなって教わったろ。人にぶつかっておいて、謝るだけかよ。
女D すいません。
不審者 すいませんじゃねえだろ!
女D ごめんなさい。
不審者 おいおい、謝るだけかって言っただろ俺は。ちっ。あんまり好みじゃないんだけどな。お前でいいや。

   不審者が刃物を取り出す。

女D え。あの、それって……
不審者 覚えておけよ。変な男にぶつかったら、謝る前に、まず逃げろだ。まぁ、もう遅いけど。

   不審者が刃物を振りかぶる。
   学生服姿の僕が現れる。左手に鞄を持っている。

僕 なにやってんだ!

   僕が男にしがみつこうとする。不審者はよける。振り向きざまに刃物を振るう。
   僕は避ける。不審者に蹴りを入れる。うつむいた不審者をさらに蹴り、倒す。
   その上にまたがり、首を絞める。不審者が苦しむ。

僕 うわあああああああ!
女D やめて!

   女Dが僕を抱きしめる。僕が女Dを見る。ゆっくりと僕は立ち上がる。

女D 大丈夫? どこも痛くない?
僕 やめてくれ。

   僕は女Dから離れる。

女D ありがとう。助けてくれて。
僕 やめてくれ。嘘なんだ。全部。全部、嘘だ。

   世界は赤く染まる。不審者がゆっくりと立ち上がる。新島がやって来る。

新島 なんですかこれは! 誰か! 誰か来て下さい! 早く!

   僕が叫ぶ。悲鳴。音楽。世界は童子だけを浮かびあげる。童子は本を持っている。

童子 嘘。そう、人は嘘をつく。言葉は移ろうから。気持ちは消えるものだから。体は変わりやすいから。嘘をつく。そう。嘘をつく。移ろいやすい言葉で、
   変わり消える世界で嘘をつく。真実などない世界の中で、真実などない舞台の上で、嘘をつく。 どうかお願いですから信じないでください。
   ここまでの話は全て嘘の世界。嘘つきによる嘘の物語。嘘に嘘を重ねて、嘘の中で真実一つの嘘をつく。何一つ本当を言わず。
   ただ嘘のみで現象を語る。そう、これは全部嘘だ。ただの嘘。(本の奥付を見て)
   文芸部、活動誌2000年版。……これを最後にとある県立高校で最も始めに出来た部活、文芸部は活動を終え、その後十年。
   新入部員が入ることなく姿を消すことになる。そしてまた、暑い夏がやってきた。あの時と同じ夏が。

   童子の姿が消える。舞台は教室になる。

2 七不思議乙女

   2010年7月。放課後。三年四組教室。
   椅子に座っている女B、女C、に向かい、女Aは元気に宣言する。

女A 七不思議を作ります!
女C ななふしぎ?
女B なんだそれ?
女A 七不思議を作ります!
女C またろくでもないことを。
女A 六じゃなくて七不思議。聞いたこと無いでしょ? この学校の七つの不思議。
女B 無いな。
女A 二年と3ヶ月ほど過ごしているのにもかかわらず。ですよ。
女C 無いから聞かないんでしょ? 
女B そりゃそうだな。
女C はいおしまい。
女B 今日も暑いな〜。
女C 異常気象よね。
女B これでも、去年よりましかね?
女C それ毎年言ってるわね。
女B 言ってる言ってる。

   放送がかかる。

声 ニイジマ先生。ニイジマ先生。お客様がお見えです。事務室までお越しください。繰り返します。イイシマ先、いえ、ニイジ、イイ……ニイジマ先生。
 お客様がお見えです。事務室までお越しください。

女C これ毎回言ってるわね。
女B 言ってる言ってる。
女A いや、まって! 終わらないから! だからね、作るのよ。七不思議。七不思議が無いのなら、七不思議を作ればいいじゃない!
女C 誰が?
女A 私たちで。
女B どうやって?
女A 探して。
女C どうするの?
女A 大々的に広める!
女B お〜
女C 却下。
女B 却下だな。
女A なんでよ〜。
女C 労力の無駄。
女A 無駄じゃない〜。楽しいから〜
女C 酸素の無駄。
女A 無駄じゃない〜。生きてるから〜
女C それが無駄。
女A そこまで言わなくたっていいのに……。(ト、いじける)
女B でも、懐かしいな。七不思議。
女C まぁ小学校のとき話したわね。みんなで本持ち寄ったりして。
女B あー、あれだ。トイレのたかこさん。
女C そんな名前だったかしら。
女B あと図工の部屋は怖かったな。変な銅像あってさ。
女C 理科室、出るってうわさ無かった?
女B うちは音楽室。
女C 定番ね。
女B あと、図書室かな。
女C 体育館、校長室、あと校庭ってとこじゃない?
女B それに教室、中庭、職員室、美術室、屋上、プール! って、あれ? 10以上になってない?
女C なってるわね。
女B あれ? おかしいな?
女A ふっふっふっふっふっふっふ。
女C 復活したか。
女A ふっふっふっふっふ。はーっはっはっはっは。そう! それこそが、七不思議の難しさ。七不思議の理不尽さ。そして、七不思議の面白さなのよ!
女B どういうこと?
女A つまり。どこに不思議があるかどうかは、七不思議を作る時の作る人間次第。
   どれを七不思議にするかによって、選出者の、勇気とセンスが試されるのです!
女B おお〜
女A さぁ皆のもの、今こそ手と手を合わせ、栄光をつかもうじゃないか。我々は伝説になる!
女B おお〜
女C 唐突(とーとつ)すぎ。
女A 10(とお)じゃなくて七不思議。霊を探すの。充実した学校生活のために!
女B 十分充実してると思うけどな。
女C 急になに言うかと思ったら。霊だなんて
女B 鉢合わせたら怖いもんな?
女C 七不思議なんてないってだけ。
女B ろくに探さないうちは言えないと思うけどなぁ。
女A ゴーサインは出た。隊員には連絡済である。
女B 呼んだの?誰を?
女A 参加者はここに!

同時に
女B 逃げられないってことか。
女C 逃げたくてしかたないわ。

女C ……一つだけいい?
女A 一つ? 二つでも三つでも四つでも五つでも。
女C なんで? 七不思議なの?
女A ……だって、面白いでしょ。七不思議! 
女B そうかぁ?
女C まぁ、面白くは無いわよね。
女A 面白いんだって! それに……ほら、もう夏だし。7月だし。
女C まさか、7月だから七不思議?
女A そういうことじゃなくて! もう夏でしょ。夏休みだし。夏休み終わったら皆受験一色だろうし。それ終わったら、もう……もう。だからさ! 
   なんて言うかさ、でもまだ7月だから。だから、夏だから。七不思議でしょうと。
女C もう夏だからか。
女A そう。でしょ?
女B ま、確かにそうだな。
女C まったく。忙しいってのに。
女A うう。それは分かってるんだけど。
女C ……で? どこから探すの?
女A いいの?
女C 一々確かめなくても。そのつもりでしょ?
女B 人間諦めが肝心だよな。
女C 賛成したわけじゃないけどね。
女B 四人は欲しかったな。
女C ゴーサインは出たんでしょ?
女A ろくな目にはあわないかもしれないけど……
女C 七不思議なら、まずはトイレ?
女B 鉢合わせたのがいきなりお化けだったりしてな。
女C 急に会うのはちょっと勘弁して欲しいわ。
女A ……とう!! よーし、実はね、最近幽霊?っぽいのちょくちょく見る場所があるんだ〜。まずはそこ!
女B女C そんな場所は嫌だ!

   音楽。違う場所に照明が当たる。

3 とある先生の物語

   廊下。新島先生が歩いている。

声 ニイジマ先生。ニイジマ先生。お客様がお見えです。事務室までお越しください。繰り返します。
 イイシマ先、いえ、ニイジ、イイ……ニイジマ先生。お客様がお見えです。事務室までお越しください。

   飯嶋先生が追い抜く。

新島 あ、イイジマ先生。
飯嶋 ニイシマ先生。あれ? もう帰りですか。
新島 いえ、事務室へと。
飯嶋 あれ。今の、ニイシマ先生でした?
新島 え? あ、もしかして。
飯嶋 私かなって思ったんですけど。
新島 イイジマ先生でした?
飯嶋 いや、シマが濁ってたから。私かなって思いまして。
新島 ニイシマって聞こえたかと思いました。
飯嶋 あ、濁ってませんでした?
新島 どうだったかなぁ。
飯嶋 ま、行けば分かりますか。
新島 ですね。
飯嶋 そういえば、どうですか。同窓会の方は? 集まりそうですか。
新島 いえ、卒業して十年ともなると、中々。案内状を送るだけでも難しくて。
飯嶋 やっぱりですか。うちも、生徒の何人かからは連絡来たんですがね。こないだ卒業したばかりの奴も連絡先変わっていたりして。もう全然ですよ。
新島 まぁ、まだ半年以上ありますから。ゆっくりやっていきます。
飯嶋 ですね。
新島 ええ。まあ、まだまだあると思っていると、あっという間なんですが。
飯嶋 あっという間でしたからね。決まってしまうまでも。なんだかまだ実感ないですけど。
新島 ええ。
飯嶋 (話題を変えるように)それにしても、今日も暑いですね。
新島 本当に。ああ、早く行かないと。
飯嶋 そうでしたそうでした。(ト、駆け足で去る)
新島 本当。暑い。……思い出しちゃうなぁ。

   新島先生が去る。

4 元生徒会長とその部下

   生徒会室。

男1 お金が無い。お金が無いっと。何年金欠の生徒会ですよっと。

男1はアイスの棒を咥えている。口からアイスバーを取り出し、見る。

男1 当たりだ。……当たりだ! 当たってる。……すげぇ。マジで? これ持っていったら、もう一本アイスもらえるってそういうこと? 
  「すいません。当たってたんですけど」「あ、おめでとうございます。はい。ではもう一本どうぞ」ってこうこうこと? うわっ。やばっ。やっば。
  やばかったぁ。もう少しで俺、バキってやるところだった。バキって。どうせ当たってないだろうと思ってたから、根元からこうバキって真っ二つ。
  うわ、マジで。やらなくてよかったぁ〜。

   ノック音

女D(声) 元会長? いますか?
男1 どうぞ。開いてます。

   女Dと女E入る。

女D 失礼します。また生徒会室でアイスなんか食べて。先生に見つかったらどうするんですか。
男1 気づかれないように食べてますから。(ト、アイス棒を見せるように)それよりもですね。
女D とか言っていて、こないだカップアイス食べていたところを思い切り見つかってたじゃないですか。
男1 それで反省して棒アイスにしたんですよ。それよりもですね。
女D なんで棒アイスだと反省したことになるのか私には分かりません。あれですか? 棒アイスだと、「ああ、棒だったか。ならいいや」
   ってなるんですか。へぇ。すごいですね日本の学校教育。
男1 いや、ですからね、棒アイスだと、隠せますから。先生が来ても、こう棒を口の中に(ト、棒を口の中に入れて)はふへるれひょ? 
  いあ、ほんなほとおりも(隠せるでしょ? いや、そんなことよりも)
女D まったく何を言っているか分からないです。そして、隠しきれてません。
男1 (口から棒を取り出し)いや、ですから、ほら、それよりも、これ。これ、見てくださいよ。
女D 寄るな! 汚い!
男1 え……
女D あ、すいません。唾液まみれのものを近づけようとしていたので、とっさに大声が。べつに、元会長のことを汚いとか、臭いとか、
  生理的に嫌とか思っているわけじゃありませんので。
男1 あ、うん。ですよね。(小さな声で)臭いは言ってなかったよね。
女D はい?
男1 なんでもないです。じゃあ、離れたところでね。はい。これを見てください。
女D なんですか?
男1 これ、読めます? 棒に書いてある文字。はい、上から順番に。
女D あ・た・い?
男1 いや、これはね、「あた(り)」って読む(でしょ)(ト、棒を見)「あたい」!? 「い」だ。「あたい」ですね。
女D ええ。それが?
男1 いえ、なんでもありません。
女D どういうことなんですか?
男1 それで! 用があったんじゃないですか?
女D そうでした。引継ぎのため先日、生徒会室ならびに資料室を掃除しました。
男1 もう夏ですからね。そろそろ片付けに入っておかないとということでしたね。
女D 元会長はどこかにお出かけだったようですが。
男1 そう。いえ、確かその日は風邪を引いてしまいましてね。布団で(寝ていたんです)
女D 元会長はどこかにお出かけだったようですが。
男1 いえ、熱を測ったら38度くらいありましてね。それで。
女D 元会長はどこかにお出かけだったようですが。
男1 すいませんでした。
女D その際に面白いものを見つけてしまったんです。
男1 面白いもの?
女E (大声で)生徒会にとって! 重要な! ものであることは! 間違いありません!
男1 びっくりした。
女D こら、静かにしてくれないと困るでしょ。
女E (大声で)すいません! しー(ト、指を口に当てる)
女D 驚かせてすいません会長。じつはこれを見つけたのは
女E 私が見つけました! 今年会計になった! ゴウダ! が見つけました!
女D うん。それを今言うところだったからね。
女E 資料室の! 奥の! 棚の! 下に! 隠されるように! あったのを!(咳き込む。)
女D がんばらなくていいからね。普通の声でいいから。
女E はい!
女D ちょっと興奮しているみたいなんです。
女E こうふ! ん! してます!
女D 私も、これを見たときには興奮しましたけど。
男1 なになに? あ、エロ本!? いや、あそこはね、前々から怪しいと思ってたんですよ。鍵かかるし。先生しか入らない割りに、たまに前の
  生徒会長とか、その前の会計とか入ってたでしょ? 絶対ね、あると睨んでたんだなぁ。エロ本。それもすごいのが。いや、まぁね。
  まぁエロいものなんてね。簡単にネットで見つけられる時代だけどさ? だからこその? 紙媒体のよさみたいなものが? 本にはあるよね。 
  で、どんな感じ……
女D (女Eに)帰ろ?
女E はい。
男1 ちょっと、ちょっと待って! 待って! 冗談だから! ジョーク! 冗談! 冗談だって! ごめんなさい。
  本当ごめんなさい勘弁して下さい許して下さい。
女D (ため息つきつつ、会長に書類を渡す)これが、資料室に隠されていたんです。
男1 これが? へー。これがね! これが。へぇ。……これはなんですか?
女D 帳簿です。
男1 帳簿? 確かに、会計が使っている紙も多く入っていますが……
女D ええ。これは生徒会の帳簿ですから。
男1 え? しかし、生徒会の帳簿は会計が直接管理するか、生徒会室に保管するはずでは……
女E そうです! つまりこれは!
女D これは、本来ならば存在するはずの無い帳簿。の、十年分ほどの一部です。
男1 これが、十年分?
女E つまり!
女D これまで28年間続いてきた我が
女E 県立高校の! 生徒会! は! 
女D その最低でも十年余り、
女E 二重帳簿ぉぉぉ!!
女D をつけていたことになります。
男1 二重帳簿!?
女E 使途不明金は! 200万ほどかと!
男1 200万!? ……十年あまりニ重帳簿をつけていたにしては、少ししょぼくありませんか?
女D 県立高校の、生徒が少しずつ着服した結果ですから。
男1 まぁ、でもそれを知ったところで、知られてはまずい秘密ができただけで、現生徒会のメリットはなんらありませんね。
  というより、もう会長ではない私には何も関係ありませんね。
女E いいえ! そうでも! ありません!
男1 どういうことです?
女D これが一緒に。(ト、鍵を見せる)
男1 これは? 鍵、ですね。
女D 帳簿とともにありました。いったい何の鍵だと思われますか?
男1 資料室の鍵ではないとするなら、二重帳簿に関係している鍵に間違いは無いでしょうね。……まさか!
女D そうです会長。この鍵が開く場所にあるかもしれないんです!
男1 エロ本が!
女D (女Eに)帰ろ?
女E はい。

   女Dと女Eは「お金見つけたら山分けだよね」とか話しながら去る。

男1 ちょっと、ちょっと待って! 待って! 冗談だから! ジョーク! 冗談! 冗談だって! ごめんなさい。
  本当ごめんなさい勘弁して下さい許して下さい。俺もお金欲しいよ〜。

   男1が去るのに合わせて他の場面に照明が当たる。

5 語り

声 今お呼びしましたので、こちらで少しお待ちください。
僕 はい。ありがとうございます。

   左手をポケットに入れ、僕は歩いている。誰かを待つよう、行ったり来たりする。
   生徒たちが歩いて舞台上に現れる。登下校の風景
   それぞれのペースで。それぞれのリズムで。歩き、去っていく。
   ただ一人、男2だけは帰れない。何かを待つような歩き方。やがて止まる。

僕 夢を繰り返すうち、一つ思い出した。本。本当のことが書けなかった嘘まみれの本。文芸誌。あの時書いたあれを取り返さなくちゃいけない。
  そんな気がした。
男2 ここは坂の上、地下鉄とJRの駅それぞれの真ん中くらいにある高校。だ。今はまだ。
僕 繰り返すような日々だった。同じような制服をつけた少年・少女が朝起きて、食事を取り、家を出、学校を目指す。繰り返し繰り返し学校を目指す。
男2 ほとんどを二人で。時々一人で。いつからかずっと一人のままで。繰り返し繰り返し学校を目指した。
僕 繰り返し繰り返した。今だってそうだ。誰もが繰り返すことを繰り返す。
男2 繰り返す。繰り返す。ずっと。そう思い込んでいた。
僕 朝は6時50分に起きた。でも布団からはすぐに起きない。目覚まし時計を7時にセットしていて、目覚ましがなるまでの10分間、
 布団の中で寝転がっているのが好きだ。朝食はあまり食べない。母さんは、食べたほうがいいって言う。
 でも、父さんが朝食を食べているのを見たことが無い。もしかしたら僕より先に起きて食事をしているのかもしれない。よく分からない。
男2 だらだらして、でも7時40分くらいに歯を磨いて着替える。ワイシャツを着て、ズボンをはいて。
  カバンの中身は夜のうちに次の日の教科を入れておく。といっても大抵の教科書は学校。
  試験前くらいじゃないと教科書を持って帰る気にならない。8時10分。家を出る。本当は遅刻ぎりぎりなんだけど、
  母さんがうるさいから余裕で間に合うってことにしてある。
僕 早く出過ぎると、会う可能性が高くなってしまうから。早く行く度胸も無く、ただ惰性で時間をずらす。
男2 日差しを浴びると、それだけで学校に行く気が無くなった。
僕 学校以外どこに行くのかも思いつかないから今日も学校へ向かう。
男2 いつもと同じペース。いつもと同じ歩幅で学校を目指す。
僕 歩いているときの感覚でどれくらいの時間につくかなんとなく分かったりする。
男2 遅刻する。そんなことを頭の隅で考える。でも、
僕 急がない。遅刻しなくても、遅刻してももうあまり変わらない。学校の前まで来て、ふと立ち止まる。
男2 急いでいる生徒。たぶん二年生だ。自転車がすごいスピードで通り抜ける。
僕 一年生かもしれない。
男2 のんびり歩いている三年生。
僕 と思ったら、諦めた顔の一年生もいる。
男2 名前も顔も知らない。どんなものが好きで何が嫌いかも分からない。
僕 同じ格好をして、同じようなカバンを持って、校門から入っていく。
男2 きっと1年前もそうなんだろう。
僕 5年前もそうだったんだろう。
男2 10年前も。おそらくきっと、
僕 ここができたときからずっと。これからも。
男2 そう、思っていた。

   新島の姿が浮かび上がる。


新島 元三年四組の皆様へ同窓会のお知らせです。お久しぶりです皆さん。皆さんが本校を卒業されてから、早いもので十年の年月がたとうとしています。
   どのようにすごされているでしょうか? このたび、同窓会のお知らせのため担任自らがペンを取らせていただきました。
   それと言いますのも皆様ご存知とは思いますが、本校は今年度を持ってその役目を終えることになるからです。
   この校舎が校舎としてまだ残っているうちにどうか一度集まりませんか? あなたの思い出を見つけに来て下さい。
僕 ……お久しぶりです。先生。
新島 君が来てくれるとは思わなかった。久しぶり。元気だった?
僕 ……はい。

   新島と僕が去る。

男2 この校舎は今年度で役目を終える。神奈川県にいくつか目の総合高校として生まれ変わるため、この学校は姿を消す。
  この毎日は、この繰り返しは、後半年と少しで二度と見られなくなる。きっと後から思い出せば取るに足らない日々だ。
  思い出すことが無いかもしれないような一瞬だ。なのに今、何もできない自分が悔しくてたまらない。2010年7月21日。
  俺たちの高校は、明後日、最後の夏休みに入る。

   全員去る。一人だけ男2がいる。うずくまる。

6 素直になれない幼馴染。

   廊下。生徒会室と資料室付近。男2が携帯を覗き込む。メールを打とうとして、
   閉じる。ため息をつく。女Dがやってくる。明らかに男2を探している。
   男2を見つけるとほっとするが、わざとらしく怒った顔で近寄る。

女D なにやってるの?
男2 なにも。
女D なにもって。帰らないの? あ、もしかして、あたしを?(待っていた、とか?)
男2 違う。
女D だよね。
男2 もう帰るとこだよ。
女D そっか。よかった。あたし今日遅くなるから。もしお母さんに会ったら言っておいて。
男2 自分でメールしておけよ。
女D お隣さんでしょ。会わなかったらいいから。よろしく。
男2 生徒会、まだやることあるのか。
女D んー。とりあえず、引継ぎもあるから今学期中はね。
男2 そっか。
女D うん。
男2 で、何しに来たんだよ。
女D 別に。ちょっとね。あ、言っておくけど花摘みに来たわけじゃないから。
男2 便所か。
女D 違うって言ってるでしょ。
男2 怒鳴るなよ。暑苦しい。
女D 突っかかってくるからでしょ。暑いなら、早く帰って勉強でもすればいいのよ。
男2 なんだよ人がせっかく。
女D え?
男2 いや。勉強か。だるいな。
女D そんなんで大丈夫なの?
男2 言うな。
女D だってもう半年くらいだし。 推薦でも狙ってるの?
男2 お前はどうなんだよ。
女D あたし? あたしは、
男2 どうせ推薦確定だろ。生徒会なんだし。
女D ……まぁ、狙ってないって言ったらうそになるけど。でも、
男2 どこ?
女D なに? 興味あるの?
男2 違う。
女D どうしようかな〜 教えてあげてもいいけど。
男2 帰る。
女D あ……
男2 あんま遅くなっておばさん心配させるなよ。

   男2が歩き出す。童子がのんびりと男2の向かう方向から歩いてくる。
   童子は途中から男2と女Dの動向を気にする。が回りの人間は気づかない。

女D うん。……ねぇ。
男2 ん?
女D 腐れ縁も今年で最後かな。
男2 ああ。だろうな。
女D ……だよね。
男2 ……なぁ。
女D なに?

   男2が女Dを向く。と、ほぼ同時に女Eがやってくる。

女E 先輩! こんな所に! いましたか!

   女Dは男2が振り向いたのに気づかず女E を向く。

女D あ、ごめんなさい。
女E 探しました!
女D 会長は、元気になりました?
女E はい! すでに! 探す用意は出来てます!
女D そう。まだ帰らなくて大丈夫?
女E 大丈夫です!
女D そう。

   女Dが振り返ると同時に男2は背を向け歩き出す。

女D (男2に)ちゃんと勉強しなさいよ! (女Eに)行きましょう。

   女Eと女Dが去る。男2は振り返る。大きくため息。

男2 腐れ縁も今年で最後、か。

7 そして彼はワラシに出会う。

   童子はいつの間にか女Dの近くにいる。いつの間にか狭間が離れた場所に現れる。
   段ボール箱を持ち出し、本を取り出す。そして読み始める。

童子 よし。お前に決めた。
男2 は? ……なんだお前。
童子 わたしはワラシだ。
男2 は?
童子 ワラシだ。石岡徹。お前を助けてやろう。
男2 何で俺を知ってる?
童子 知ってるさ。お前がこの学校に入ってきたときからずっとな。いや、もちろんお前だけではないが。
   お前がこの学校でしたことなら大抵のことは知っている。高校一年生の時、級友からエロDVDを借りた時に限って持ち物検査があり、
   自分の保身のため、違う級友の鞄にこっそりDVDを入れて誤魔化したということも知っている。
男2 なんでそんな昔の話を!?
童子 その級友が、生徒会長だったのも知っている。
男2 まぁ、あいつのエロさは有名だからな。って、そうじゃなくて(お前は)
童子 クラス内で軽い振りをしながらも、結構純情なのも知っている。
男2 じゃ無くてお前は(誰なんだよ)
童子 幼馴染を好きなことも知っている。
男2 何だお前。
童子 ワラシだ。お前を助けてやる。
男2 助ける? なに言ってるんだ。いい加減にしないと、
童子 だから、お前は私を助けろ。
男2 はぁ?

   と、そこを女ABCが通り過ぎる。

女C 何が幽霊よ。どこにもいないじゃない。
女B その割には一番ビビッてたな。
女C びびってない!
女A おかしいな。本当に一番の心霊スポットだったんだけど。
女C 生徒会の人に見つからなくて良かったわ。
女B 三年になってまで怒られるのは嫌だな。
女A よし、気を取り直して、生物室と物理室と化学室。どれが一番何かありそうだと思う?
女C 生物室は? 人体模型あるでしょ?
女B いや、化学室だろ。なんか薬品浴びてさ、顔がドローって、なんかあっただろ?
女C そんな危ない薬品を生徒の手が届く場所においておくわけ無いでしょ。
女B 実験の時の話だよ。授業中だから悲惨なんだろ。
女C でも、鍵が無いわよ。
女A ふっふっふ。甘い!
女B&C 甘い?
女A 今は夏なのよ。
女C それが?
女A どの教室も、締め切っていては暑くなる。だから、どこかしら窓を開けておく。下側の扉とか、ドアの上の窓だとか。
女C でも、授業が終わったら閉めちゃうんじゃない?
女A 留め金が壊れていたとしたら?
女B まさか、お前……
女A さあ! 行くわよ。 (女Cを指し)あんたは見張り、そして(女Bを指し)肩車してあたしを上の窓に届かせる役。返事は? 
女B&女C おー

   女Aが去る。

女B おいおい、これってさぁ。
女C 犯罪ね。
女B 大丈夫かなぁ。

   女B、女C、が去る。

男2 あいつら……。
童子 あの子達、同じ学年の子だよね?
男2 ああ。まぁ。
童子 助けて欲しい子がいるんだ。
男2 は?
童子 これから起こる危険から。いや、起こらないかもしれないけれど、保険はかけておきたいからね。
男2 なんだいったい? あいつらに何が起こるって言うんだよ。
童子 説明は後。さ、行くよ!
男2 ちょっと待てよ。だからお前は何なんだよ!
童子 だから、わたしはワラシだ。
男2 それってあれだろ、足に履く、
童子 それはワラジ。
男2 山に生えてる、
童子 ワラビ。
男2 四分の三拍子で踊る、
童子 ワルツ。
男2 (ボクシング風に)そこで、右、左、よし、右、左右左
童子 ……ワンツー?
男2 正解。
童子 よしっ! って違う。なんで私がノリツッコミみたいなことをしなくてはいけない! そんなことをしている間に、早く行くぞ!
男2 いや、だからなんなんだよ なんだワラシって。苗字か? 名前か? その前にどこのガキだ。
童子 本当は分かっているのだろう?
男2 は?
童子 気づいていて、気づかない振りをしているのだろう? ありえないからな。こんなことが、あるわけがない。そう思いたいのだろう?
男2 なんのことだ。
童子 色々な物から目を逸らしているなお前は。いや、それはお前だけじゃないがな。
僕(声) なんだこれは。
男2 え?
僕(声) なにが起こってるんだ?
童子 どうした? 石岡徹。
男2 いや。で、お前は誰なんだよ?
童子 お前に分かりやすいように言うなら、わたしは、座敷童子(ざしきわらし)。
男2 ざしき、わらし?
童子 ちょいと小粋な、妖怪だよ。

   童子が男2を引っ張る。ちょっと待てとか言いながら童子と男2が去る。

8 そして謎は生まれる

僕が出てくる。僕の格好は私服。本を読んでいる。

男2(声) なんのことだ。
童子(声) 色々なものから目を逸らしているなお前は。いやそれはお前だけじゃないがな。
僕 なんだこれは。
童子(声) え?
僕 なにが起こってるんだ?
童子(声) どうした?
僕 お前は……
男2(声) お前は誰なんだよ?
童子(声) 分かりやすいように言うなら、わたしは、座敷童子(ざしきわらし)。

   僕は本を閉じる。そして床に放る。

僕 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。どういうことだ? 俺が、書いた本だろ? 俺が書いた本のはずなのに。
 ……何が起こってるんだ? 何でこんなことが……

   新島が現れる。手に飲み物を持っている。

新島 探し物は見つかった?
僕 あ、はい。まぁ。たぶん。
新島 あいまいね。はい。暑いでしょ。飲み物。
僕 すいません。いくらですか?
新島 482円。
僕 ええ!?
新島 冗談よ。
僕 冗談に聞こえない値段でしたよ。
新島 元生徒からお金を取るきは無いから。
僕 ありがとうございます。
新島 他の子には内緒ね。
僕 はい。(ト、一気に飲み物を飲む)
新島 十年ぶりくらい?
僕 あ、はい。すいません。
新島 何で謝るの?
僕 いや、文化祭くらいは来ようかと思ったんですけど。なかなか。
新島 そうねぇ。部活の後輩と仲がよい子は、卒業後も来たりするんだけどね。君の場合は……
僕 後輩と仲が悪かったように言わないでくださいよ! 
単に、後輩がいなかっただけですから。
新島 ごめんごめん。久しぶりでなんだか懐かしくて。(ト、落ちている本に気づき)これ? 探していたのって。
僕 あ、はい。これです。(ト、本を拾う)
新島 懐かしいわね。文芸誌。文芸部室。文芸部。
僕 僕が卒業してからは、もう?
新島 入ってこなかったわね。同好会みたいのが別にできたときもあったけど、部活になる前に無くなった。
僕 じゃあ、この部室は空きのままですか。
新島 というか、倉庫代わりね。生徒会の資料室になってるの。
僕 資料室……。
新島 会わなかった? 生徒会の子達が引継ぎでばたばたしていたと思うけど。
僕 ああ、そういえば見たような気がします。そうですか。資料室ですか。
新島 まぁ部室って言うには少し狭かったものね?
僕 物を書くにはちょうどいいくらいでしたけど……でも、暑いですね。
新島 ね。探し物が見つかったなら出ましょうか?
僕 はい。……先生がいてほっとしました。知らない先生ばかりだったので。
新島 そりゃあね。君の学年だと、卒業と同時に移動されたり、定年になられた方もいたものね。
僕 結構珍しいんでしょうね。担任の先生が10年も残っているなんて。
新島 だと思う。ま、今年度でそれも終わりだけど。
僕 そう、ですね。(と、座る)
新島 そういえば。もしかして、それってあれ?
僕 あれ?
新島 文芸部最後の本。

   僕が本に目を落とす。照明があの日を映し出す。

9 どこかで繰り返されたエピソード(狭間と女D、童子、女E)

   2000年夏。新島は止まったまま。その存在を移さない。
   10年前の僕は、両手が使えている。女Dが現れる。

女D なにやってるの?
僕 え?
女D だから、なにやってるのよ。こんなところで。
僕 ……見て分かるだろう? 文芸誌に載せるやつ書いてるんだ。
女D 家でやればいいのに。
僕 家じゃ集中できないんだよ。親の目があるし。
女D そんな怪しいもの書いてるの?
僕 書いてない。普通の小説。
女D ふーん。
僕 お前こそどうなんだよ。
女D 何が?
僕 書いてるのか?
女D 家で書く。ここ暑いし。
僕 確かに。いるだけで汗かくからな。
女D もうすぐ5時だよ。帰らないの?
僕 もう帰る。
女D そっか。あたし今日遅くなるから。もしお母さんに会ったら言っておいて。
僕 電話しておけよ。
女D お隣さんでしょ。会わなかったらいいから。よろしく。
僕 生徒会、まだやることあるのか。
女D んー。とりあえず、引継ぎもあるから今学期中はね。
僕 そっか。
女D うん。
僕 で、何しに来たんだよ。
女D 別に。ちょっとね。
僕 便所のついでか。
女D 違う!
僕 怒鳴るなよ。暑苦しい。
女D 突っかかってくるからでしょ。暑いなら、早く帰って勉強でもすればいいのよ。
僕 なんだよ人がせっかく。
女D え?
僕 いや。勉強か。だるいな。
女D そんなんで大丈夫なの?
僕 言うな。
女D だってもう半年くらいだし。 推薦でも狙ってるの?
僕 お前はどうなんだよ。
女D あたし? あたしは、
僕 どうせ推薦確定だろ。生徒会なんだし。
女D まぁ、狙ってないって言ったらうそになるけど。でも、
僕 どこ?
女D なに? 興味あるの?
僕 違う。
女D どうしようかな〜 教えてあげてもいいけど。
僕 帰る。
女D あ……
僕 あんま遅くなっておばさん心配させるなよ。

   僕が帰る準備を始める。童子が現れる。童子は途中から僕と女Dの動向を気にする。
   が回りの人間は気づかない。

女D うん。……ねぇ。
僕 ん?
女D 腐れ縁も今年で最後かな。
僕 ああ。そうだうな。
女D ……だよね。
僕 ……なぁ。
女D なに?

   僕が女Dを向く。同時に女Eがやってくる。女Eの格好は2010年とはちょっと違う。

女E 先輩! こんな所にいた! ましたか!

   女Dは僕が見たのに気づかず女E を向く。

女D あ、ごめんなさい。
女E 探しました!
女D まだ帰らなくて大丈夫?
女E 大丈夫です!
女D そう。(僕に)ちゃんと勉強しなさいよ! (女Eに)行きましょう。

   女Eと女Dが去る。僕は大きくため息。

僕 腐れ縁も今年で最後、か。
童子 よし。お前に決めた。
僕 は? ……なんだお前。
童子 わたしはワラシだ。
僕 は?
童子 ワラシだ。お前を助けてやろう。

10 現代。

   2010年。照明が元に戻る。

新島 どうしたの?
僕 え?

   僕が新島を向く。童子は去る。

新島 ぼーっとして。
僕 いや、暑いからですかね。
新島 それ、文芸誌でしょ? 最後の。
僕 ……まぁ、そんなものです。薄いですけど。
新島 二人だけで頑張ってたものね。
僕 そう、ですね。これには、結局、僕しか書いてないんですけどね。
新島 あの子、元気?
僕 いや、どうなんですかね。最近、全然連絡とって無いんですよ。
新島 色々あったものね。
僕 はい。
新島 ま、でも、結婚したばかりだし、元気よね。
僕 ……は?
新島 え?
僕 けっこん?
新島 うん。
僕 誰が?
新島 あの子。
僕 えぇ!?
新島 まぁ、こっちもね。こないだ同窓会の連絡したときに知らされたばかりなんだけどね。
   てっきり相手は君かなぁなんて思ったりもしたんだけど。まぁ、もう28? だものね。
僕 あ、そうですか。へー。あー。へー。
新島 動揺してる?
僕 してません!
新島 いや、すごい動揺してるから。私もね、はじめ聞いたときは相手は君かな? なんて思ったんだけどね。
僕 違いますよ。俺たちはそんなんじゃなかったですから。
新島 そう? あんなことが無ければって、思うけど。

11 あの時本当にあったこと。

音楽。不審者をつかんで歩いてくる。

不審者 本当クズしかいないな、この学校。廊下は走るなって教わったろ。人にぶつかっておいて、謝るだけかよ。
女D すいません。
不審者 すいませんじゃねえだろ!
女D ごめんなさい。
不審者 おいおい、謝るだけかって言っただろ俺は。ちっ。あんまり好みじゃないんだけどな。お前でいいや。

   不審者が刃物を取り出す。

女D え。あの、それって……
不審者 覚えておけよ。変な男にぶつかったら、謝る前に、まず逃げろだ。まぁ、もう遅いけど。

   音楽。不審者が刃物を振りかぶる。男2が現れる。

男2 なにやってんだ!!

   男2が男にしがみつこうとする。不審者はよける。振り向きざまに刃物を振るう。
   世界が赤く染まる。

男2 うわあああああああ!
女D やめてえええ!

   女Dが不審者を突き飛ばす。男2は痛みをこらえるように左腕を押さえる。
   僕も右手で左手を押さえている。

女D 血、血が出てるよ。止めないと。早く、逃げよ!
男2 これは嘘だ。嘘。

   世界は赤く染まる。不審者がゆっくりと立ち上がる。新島が回想に入る。

新島 なんですかこれは! 誰か! 誰か来て下さい! 早く!

   男2の悲鳴。不審者が逃げる。女Dが泣きながら男2を支え歩かせる。

12 またもとの時間

   照明が徐々に戻っていく。

新島 あんな必死に叫んだの、後にも先にもあの時くらいだったな。……あ、ごめんなさい。変な話しちゃって。
僕 先生、時間大丈夫ですか?
新島 時間?(時計を見て)5時か。どうする? 久しぶりだし、中を見て周るなら色々案内してあげるけど。
僕 いえ。今日は、もう。用事は終わったので。
新島 そう。じゃあ職員玄関まで送るわ。
僕 大丈夫です。場所覚えましたから。
新島 そう言って、私から離れたのをいいことに、教室に忘れられている女子高生の体操着を盗むつもりね?
僕 しませんよ!
新島 水着が忘れられていても?
僕 興味ありません!
新島 女子高生の使用済みトイレのほうが?
僕 まったく! これっぽっちも! 関心がありません!
新島 そっか。ごめんごめん。教室に残っている生徒を襲うつもりだものね?
僕 しませんって!
新島 教え子が犯罪者になるなんて、担任として、元顧問としてこれほどショックなことは無いわ。
僕 だからしませんって! そんな目で見られていたということがショックです!
新島 私が近くにいないと、そんな目で見られちゃうわよ。
僕 え?
新島 君、一応部外者なんだから。
僕 そうか。
新島 ということで、職員玄関までは送るから。ね?
僕 すいません。
新島 (狭間に寄り)じゃ、行きましょう。
僕 あの、先生。
新島 ん?
僕 あの、寄りすぎじゃないですか?
新島 ばばあは、近寄るな?
僕 言ってませんよ!
新島 良かった。

   と、何かが壊れる音と一緒に悲鳴。

女A あぎゃああああ!

新島 ……ごめんね。君はここにいて!(ト、去る)
僕 (自分の本を見て)まさか……

   僕が去る。景色は一度外へと変わる。

13 戻ってきた男

   正門前に不審者が立っている。不審者の格好はものすごくラフ。夕日に顔をゆがめる。

不審者 やっとここに戻ってきたか。変わらないな。ここは。

   歩き出そうとする不審者の後ろからクラクションの音が響く。

不審者 (舌打ち)

   不審者の後ろからタクシー運転手がやってくる。

運転手 あの、あのぉ。
不審者 ……
運転手 あの、すいません。ちょっとすいません。本当にすいません。本当に申し訳ないとしか言いようが無いんですけど。
不審者 なんだ?
運転手 あのですね、4500円になります。
不審者 は?
運転手 あのですね、ここまでの、あの、なんていうんですか、あの、あれです。
    タクシー代。あ、カードでも大丈夫ですから。ええ。お時間はね。取らせませんので。ですから、
不審者 黙れ。
運転手 あ、あの?
不審者 黙れよ。自分で黙るのと、黙らされるのと、どっちがいい?

   と、不審者が刃物を見せる。確実に銃刀法違反な刃。

運転手 あ、あの、あのですね。これはあの、どういう意味でしょうか? この高校の先生なんですよね?
不審者 そんなこと言ったか?
運転手 あの、だって、学校に仕事があるからって。
不審者 あるよ。仕事は。あんたも、あるよな? 仕事が。桃山さん。だったよな? 確か。
    これから大事な仕事があるんだよな? こんな所にいる暇なんて無いような大切な仕事がさ。
運転手 あ、ああ、はい。あります。仕事があります。
不審者 じゃあいつまでもこんな所にいないでいかないとな? ほら、コーヒーでも飲んでくれよ。

   と、不審者は小銭を運転手に渡す。

運転手 あ、ありがとうございます。
不審者 桃山さん。分かってるよな? 長生きしたかったら。見ない振りって大事だと思うんだ。
運転手 あ、あの、それは、あの、どういう?
不審者 行け。
運転手 あの?
不審者 早く行け。あんなところにいつまでも車があったら邪魔だろうが。
運転手 はい!

   運転手が去る。車の走り去る音。不審者は刃物をしまう。

不審者 さ、俺も仕事を始めるか。10年前にできなかった仕事を。楽しみだ。本当に楽しみだ。

   不審者が去る。

14生徒会役員の憂鬱

   生徒会室。女Dが入ってくる。携帯でメールを打とうとして止める。

女D どうせもう帰ってるよね。(ため息)

   男1がやってくる。トイレ帰り。手を拭いている。ため息に気づかないふりで、

男1 いやはやすっごい出た。やっぱり学校のトイレって違うよね。緊張感といい。匂いといい。ね。
女D 校舎の地図、もらって来ました。
男1 うん、そりゃスルーだよね。流しますよね。トイレだけに。
女D 鍵の場所として考えられる場所はどこでしょう?
男1 はい。そうですね。まぁ、わざわざ鍵を用意するあたり、頻繁に開く教室の鍵ではないでしょうね。
女D いわゆる開かずの教室みたいな場所ですか?
男1 いえ、そんなに開かないことが当然のような場所ではかえって都合が悪いでしょう。
  もし、万が一出入りするところを誰かに見られたらいいわけできませんから。だったら、
  生徒会役員と言う権限を振りかざし、入るところを見つけられても何かしら言い訳がしやすい場所。きっと、そういう部屋の鍵のはずです。
女D なるほど。後ろめたいことが多い人の発言は違いますね。
男1 ほめてないよね!? まあいいですけど。では、行きましょうか。
女D もう場所が分かったんですか!?
男1 当然です。さあ、では参りましょう。女子更衣室へ!
女D ゴウダさーん。
女E はい! ゴウダです!(ト、やって来る)
女D その変態を捕まえて。
女E はい!
男1 な、ちょっと、冗談でしょ冗談!
女D 冗談は顔だけにしてください。
男1 いや、ほら、女子更衣室も鍵かかるしね? 頻繁には開かない場所ですよね?
女D ゴウダさん。やっちゃって。
女E はい!
男1 いや、ちょっと待って。ってか君、何で言うこと聞いちゃうの!?
女E 好みです!
男1 好みかぁ。じゃあ仕方ないね。って、待って! 納得いかないって! あのね、本当冗談だから。
  なんか君の顔が暗かったから、ちょっとお茶目な冗談言おうとしただけだから!
女D 私が?
男1 ため息、ついていたでしょう? さっき。何があったのか知らないけれど、人前でため息をつくのは、
  「あたし傷ついてます。慰めてください」って言ってるみたいで、あまり感心しないな。
女D すいません。
男1 どうしたの? 彼氏と喧嘩した?
女D 彼氏じゃない!
男1 そうだった。まだね。
女D ……会長なだけはありますね。

   と、何かが壊れる音と一緒に悲鳴。

女A(声) あぎゃああああ!

   男1と女Dと女Eは顔を合わせる。

女D ゴウダ!
女E はい!

   女Dと女Eは男1を捨て走り去る。

男1 ちょっと!そりゃ無いんじゃない!? 待ってよゴウダさん! エトウさん!

   男1が追いかけて去る。

15 遭遇

   廊下。女Aを男2が負ぶって歩いてくる。
   そのそばに女B、女C、の姿。そのすぐ後ろを童子

男2 本当に歩けないのかよ?
女A 歩けないって〜 痛い〜 背中痛い〜
男2 くそっ。
女B (男2に)大丈夫?
女C ごめんね。この子が馬鹿で。
女A 馬鹿じゃない!
女C 馬鹿でしょ。肩車までしてもらって、よじ登るの失敗して落ちるなんて。
女A だって、埃っぽくてさ。くしゃみ出ちゃったんだから。
女B でも、良かったよ。男が近くにいて。
男2 偶然って凄いよな。
女C 先生に見つかったかと思ってびっくりしたものね。

   と、僕、新島がやって来る。僕は男2の姿を見ると足を止める。

僕 まさか……。これじゃあの時と……
新島 どうしたのあなたたち!
女A あ、先生〜。
女B えっと、お疲れ様です。
女A お疲れ様で〜す。
女C (無言で少し離れる)
新島 のんきに挨拶している場合じゃないでしょ! さっきの悲鳴は(Aに)あなた? どうしたの? 何があったの。
女A えーっと。
僕 あの時と……
女B いや、これには海よりも深い事情と言うものがありまして、その、な?(ト、女Cを見て)なんでそんなところにいるんだよ!
女C あら? みんな、こんなところで何してるの?
女B ずるっ。
女A 無理あるでしょそれは。
女B わざとらしすぎるよ。さすがに
男2 お前も、結構馬鹿だな。
女C くっ。後1分あれば完全に誤魔化せたのに。
新島 あなたも一緒にいたの?
女C そうみたいですね。
新島 それで? 何があったの? 大丈夫なの?
男2 背中打ったくらいですから。大丈夫じゃないですかね。だろ?
女A え、まぁ、うん。
男2 ほら、降りろよ。
女A はい。
僕 あの時と同じじゃないか。

   と、背中から離れ、立とうとして女Aはよろめく。男2が抑えてやる。
   と、そこに男1、女D、女Eがやって来る。

男1 わーお。どういう状況ですかねこれは。
男2 (目を逸らす)
僕 (女Dを見て)……なんでここにお前が。
女E 事後!? いえ、事故!
男1 つまり、事故であり事後であると。中々うまいこといいますね。
女B せ、生徒会……
男1 どうしました? 何か凄い音と悲鳴が聞こえたようですが。
女B (小声で)どうしよう?
女C (小声で)別に疚しいことやってないんだから堂々としてればいいでしょ。(生徒会長と先生へ)別にたいしたことないんです。
  階段でこの子がちょっと足を滑らせちゃいまして。保健室に行こうかなと思ったらちょうど彼が通りかかったので、
  運んでもらうお手伝いをしてもらってたんです。
新島 階段を転げ落ちた音だったの? あれが?
男1 なかなか豪快な悲鳴だったけど。
女A うるさい。びっくりしたら出るでしょ。
男1 なるほど。腕白もほどほどにね。女の子なんだし。一応。
女A どういう意味だ……たたたた。
女B だめだろ無理しちゃ。
女C 三歩歩けば、自分の状態忘れるんだから。
新島 一応病院に行った方がいいと思うけど。
女A いや、明日は体育あるし、これ以上出席日数が減るのは……
新島 今日これから行きなさい。病院イコール学校を休むって考えはどうかと思うわよ。
女A え〜。今日は見たいテレビあるのに。
男1 さ、じゃあ戻ろうか。(女Dを見て)……は、おいておくとして。行くよ、ゴウダ君
女E はい。

   男1と女Eは去る。

女D まだ帰ってなかったの?
男2 いや、その……
女D そう。
男2 いや、えっと、
女D なにやってたの?
僕 待てよ。
女A え、なにこの空気?
女C あの、違うからね?
女B あたしたち、あんまり関係ないよ?
女D 分かってる。
僕 待てよ。

   僕の声は誰にも聞こえない。

男2 分かってないだろ。
女D 分かってる。
男2 なにイラついてんだよ。
女D イラついてない。
女B ばか。妬いてるんだろ。
女D 妬いてない。
新島 え。二人ってそういう関係だったの?
男2 違う!
女D そうね。違うよね。
僕 頼む待ってくれ。
女A 先生、黙ってたほうがいいよ。
男2 わからねえよ。なにイラついてるんだよ。
女D だからイラついてない。
男2 言いたいことがあんならはっきり言えよ!
女D そっちこそ、言いたいことが有るなら言えばいいでしょ!
男2 ねえよ言いたいことなんか!
女D こっちにだって無い!
僕 いいからちょっと待てよっ!

   周りの動きが止まる。

僕 なんだよ。なんなんだよこれ。なんなんだよ。なんでこんなことが起こるんだよ。なんなんだよっ! なんであいつがここにいるんだよ。

   激しい音楽。

16 止まらない口論

   二人だけが浮かび上がる。

男2 なにキレてんだよ!
女D キレてない!
男2 わけ分からないんだよ! 文句があるなら言えって言ってるだろ!
女D 言ったって分からないくせに!
男2 言わなきゃ分からないだろ!
女D 分かる!
男2 決め付けるな!
女D 決め付けてるのはどっちよ!
男2 はぁ!?
女D 言う前に決め付けるのはそっちでしょ! 言いたい事言わないで黙るのもそっち! 私が、どれだけ、どれだけ……
男2 どれだけ、なんだよ?

   女Dは走り去る。男2が追いかける。それ以外の空気は止まっている。

僕 なんだよこれ。なんだよこれ。なんだよこれ。
童子 助けて欲しい子がいるんだ。そう言ったろう?
僕 は?
童子 これから起こる危険から。いや、起こらないかもしれないけれど、
保険はかけておきたいからね。
僕 ……なんだお前。
童子 わたしはワラシだ。
僕 は。
童子 ワラシだ。狭間祐樹。お前を助けてやろう。
僕 何で俺を知ってる?
童子 知ってるさ。お前がこの学校に入ってきたときからずっとな。いや、もちろんお前だけではないが。
   お前がこの学校でしたことなら大抵のことは知っている。高校一年生の時、級友からエロビデオを借りた時に限って持ち物検査があり、
   自分の保身のため、違う級友の鞄にこっそりVHSを入れて誤魔化したということも知っている。10年後には戻ってくる事も。
僕 じゃ無くてお前は(誰なんだよ)
童子 榎本栄子を好きなことも知っている。
僕 何だお前。
童子 ワラシだ。お前を助けてやる。
僕 助ける? なに言ってるんだ。いい加減にしないと、
童子 だから、お前は私を助けろ。あの子を助けろ。
僕 助けられないんだよ! 俺には。無理なんだよ! 無理だっただろ! 見てたんだろうお前は! 見てるだろ! この腕を!
童子 ああ。見てたよ。ずっと。
僕 だったら! もう一度やったって同じだ! 栄子を救えないんだよ俺は!
童子 あの子は榎本栄子じゃない。
僕 あいつは栄子だろ! どう見たってあいつは、
童子 君にだけ、榎本栄子に見えているだけだ。
僕 なんだって?
童子 変わりたくない君が、あまりにも似通った状況を前に勘違いしているだけだ。普通に考えて、君の幼馴染は十年も学生やってられないだろう?
僕 だからって、何が違うんだ。何度やったって失敗するんだよ。俺は。
童子 今回失敗するのは君じゃない。あの子の幼馴染だよ。
僕 あの子の?
童子 あいつが来てるんだ。
僕 あいつ?
童子 あの時のあいつが戻ってきた。分かってたんだずっと。今日戻ってくるって。そして助けが必要になるって。
   だから、私は保険をかけた。いいか、狭間祐樹。今日失敗するのは君じゃない。だから、助けて欲しい。今日失敗するのは、
僕 言うな! ……言うな。 くっそおおおおお!

   僕が走っていく。時がゆっくり動きはじめる。

女A こんなところにいたんだ。
童子 ああ。
女A あたし、役に立った?
女B なに言ってんだ?
女C どうしたの?
新島 何もいないわよ?
女C 何が、見えてるの?
童子 ありがとう。お前が見つけなかったなら、そして動かなかったなら、確率はほぼゼロになるところだった。
女A よかった。ちなみに、あの鍵は何の鍵?
童子 それは、秘密。
女A わかった。で、お礼は?
童子 もちろん。なんでも聞こう。私にできることならね。
女A 七不思議、教えて。
童子 いいとも。とびっきりをね。
女A よっしゃぁーーー!

   女Aは飛び跳ね、すぐにへたり込む。

女B なにやってるんだ馬鹿。
女C とりあえず保健室だよね。
新島 みんなで肩貸してあげましょう。
女C まったく。とんだ一日だわ。
女B でも、いい思い出だよな。
女A でしょ? ね? いい思い出だよね?
女C ……そうね。

   音楽。女A、女B、女C、と新島が去る。童子が正面を向く。

童子 頼むよ。この場所を悲劇で終わらせたくないんだ。

17 戦い

   激しい音楽。不審者が歩いている。女Dがぶつかる。

女D すいません。

   頭を下げ、先を急ごうとする女Dを不審者がつかむ。

女D え?
不審者 すいませんじゃないだろうがよ。

   そのまま女Dを突き飛ばす。

女D すいません。
不審者 本当クズしかいないな、この学校。何年たってもクズばっかり。廊下は走るなって教わったろ。人にぶつかっておいて、謝るだけか。
女D すいません。
不審者 すいませんじゃねえだろ!
女D ごめんなさい。
不審者 おいおい、謝るだけかって言っただろ俺は。ちっ。あんまり好みじゃないんだけどな。お前でいいや。

   不審者が刃物を取り出す。

女D え。あの、それって……
不審者 覚えておけよ。変な男にぶつかったら、謝る前に、まず逃げろだ。まぁ、もう遅いけど。

   音楽。不審者が刃物を振りかぶる。男2が現れる。

男2 なにやってんだてめえ!!

   男2が不審者にしがみつく。不審者ともみあう。不審者は男2を殴りつける。
   男2がひざを突く。不審者が男2を蹴飛ばす。不審者が刃物を構える。
   女Dが男2を助けようとする。

男2 来るな! 逃げろ! エトウ!
不審者 逃がすか!
男2 させるかよ!

   男2は不審者の足をつかむ不審者は振り払おうとするが出来ない。
   思わず刃物を振りかぶる。

女D 嫌!

   その腕を女Dがつかむ。

不審者 離せ!
男2 馬鹿! なにやってるんだ! エトウ! 早く逃げろ!
女D 嫌! 絶対に嫌だ!
不審者 離せ!

   不審者がわめく女Dも男2も離さない。音楽が大きくなる。叫びが聞こえる。

僕 うわあああああああああああああああああ――

   僕が走ってくる。左腕をだらりとたらし、右手を思い切り握り締める。
   思い切り踏み込んだその拳を不審者へ――辺りは闇に包まれる。

18 顛末1

童子 そして、世界はまた繰り返す。変わり続ける毎日を。何も変わらないかのようにゆっくりと。繰り返す。

   男1と女Eの姿が浮かび上がる。

男1 なんだって?
女E ですから! 消えました!
男1 何が?
女E 書類です!
男1 どうして!
女E 分かりません!
男1 なんで昨日まであったものが忽然と姿を消すんですか!
女E 消えたものは消えたんだから仕方ないでしょう!
男1 開き直らないでください!
女E うるさい!
男1 すいません。
女E まるで、はじめからそこに無かったかのようなんです。どんな書類だったのかも、今ではよく思い出せません。あったのでしょうか?
  あの帳簿は。本当に。あの資料室に。
男1 え、なに、君、普通にしゃべれたの?
女E (男1をちらりと見ると去る)
男1 何で無視するの!?

19 顛末2

   女A、女B、女Cの姿が浮かび上がる。

女A というわけで皆さんに紹介します。学校の、座敷わらしさんです!
女B&女C は?
女A こうして、七不思議な方の協力も得たわけだし、さらに、レアアイテム、不思議な鍵も手に入れました! 
  さあ残りの不思議を探していきましょう! わが校がなくなるその瞬間まで。われわれの伝説は、まだ始まったばかりだぜ!
女B 昨日へんなところ打ったのか。
女C 背中じゃなくて、頭だったのね。
女B かわいそうに。
女A ちょっと、なにその反応は! いるでしょここに! ね?
女C ねえ。
女A なに?
女C 病院に行きなさい。
女A なんで!?
女B そうだな。行くべき。
女C 怖いなら一緒についていってあげるから。
女A ちょっと待ってよ! ね? ざしきわらしさんもさ、こいつらに何か言ってやってよって、いない!?
女B はい。行こうね病院。
女C とりあえず、近くにあるか探してみるわ(ト、携帯を取り出す)
女B 鞄、私とって来る(ト、去る)
女A どこも打ってないって! 正常! いたって正常だから!

   女Cに引っ張られるように女Aは去る。童子は少し笑うと前を見る。景色が変わる。

20 エピローグ

   僕が歩いてくる。左手をポケットに入れて。

僕 10年前、少年には好きな子がいた。いつも一緒で、きっとこれからも一緒だと思うような子。でも、少年は彼女を守れなかった。
  いや、守れるには守れたけれど、でも、それは自分を犠牲にした守り方だった。彼女はそれが許せなかった。とてもまじめな子だったから。
  彼女は自分を責めて、少年の前から姿を消した。少年は悔しくて、どうしたらいいか分からなくて、本を書いた。思いを全て載せた本を。
  込めた思い事閉じ込めた。そしてそのまま忘れたつもりになっていた。

   女Dが現れる。大人びた格好。

僕 10年後、同窓会の案内状が彼の元へと届く。ふと、彼は思い出す。あの時と同じような暑さを。あの時封じ込めたものを。
  校舎は今年で無くなるらしい。彼の本はどうなるだろうか? 誰にも配らなかったあの本は、誰かに読まれてしまうんだろうか? 
  彼は怖くなった。怖くなって取り戻したくなった。結局、彼は何も成長していなかったんだ。10年たっても弱虫で、
  好きな人のことなんて守れない男のままだった。
女D でも、守ったんでしょ? 恋人たちを。
僕 恋人同士では無いらしいけどね。
女D ふーん。ねぇ。
僕 え?
女D どこまでが本当の話?
僕 ……嘘だよ。全部。
女D なんだ。
僕 暑いね、今日も。
女D そうね。
僕 久しぶりだろ。ここも。
女D 変わらないね。ここは。
僕 ……よかったよ。メアド変わってなくて。メールしてから、気づいたんだ。メアドも、電話番号も、10年前聞いたままだって。
女D お互い様でしょ。
僕 そうか。そうだね。……これ。
女D 本?
僕 これ、渡したくて。郵送にしようかと思ったんだけど。気がついたら、メールしてた。
女D 文芸誌。
僕 俺たちで、最後だったらしいよ。やっぱり。
女D そっか。
僕 読んで欲しいんだ。俺のしか載ってないけど。馬鹿なこと、書いてあるから。
女D うん。
僕 それと、……結婚、おめでとう。
女D は?
僕 え?
女D けっこん?
僕 うん。
女D 誰が?
僕 いや、お前が。
女D なんでよ!?
僕 え、だって先生が……や、やられたああああああ。

   と、童子が駆けてくる。そして、僕の背中を思い切り押す。

僕 うわ!
女D 狭間!?

   あわてて女Dが駆け寄ろうとするが、間に合わず、僕は両手で地面をつく。

僕 なんだ、今の。
女D 狭間……、それって……
僕 え? あれ……

   僕は左手をじっと見る。左手は僕の意思どおり動く。
   僕の前には童子がいる。

童子 どうした? 狭間祐樹。
僕 お前は、誰なんだよ?
童子 お前に分かりやすいように言うなら、わたしは、座敷童子(ざしきわらし)。ちょいと小粋な、妖怪だよ。
女D 狭間? 手、治ってたの?
僕 ちょっと、不思議な話をしてもいい?
女D え?
僕 俺らがいた学校の。……七不思議の一つなんだけどね。

   狭間が立ちながら話す。
   女Dを誘って歩き出す。
   幕が下りてくる。

あとがき
相変わらず不思議な話が好きです。
そんなわけで今回はざしきわらしのお話。
学校にざしきわらし。
……いたら多分むちゃくちゃ生意気なんじゃないかなと思うのです。
色々授業を覗き見しているうちに、屁理屈ばかり上手くなったり。
そのくせ一人ぼっちなので、自分が見える相手には
どう対応していいかわらか無くてつい偉そうになってみたり。
学校も一度建つと中々歴史が長くなるものなので、
一般的な家よりもよっぽどざしきわらしが住むのに
ふさわしい……などと思ってみたりしました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。