お○さんは心配性
作 楽静


登場人物

川原 ユウイチ 川原家長男。 28歳 サラリーマン
川原 マリ 川原家長女。 23歳 OL
川原 カナエ 川原家次女  19歳 フリーター
祖母(川原 サラ) 川原家祖母  80歳
沼沢  ユウイチの友人。28歳 
水田 ショウタ 25歳。ユウイチの後輩であり、沼沢の後輩。マリの恋人。
海野 リコ ユウイチの友人。27歳 派遣社員
お父さん 故人

※ お父さん役は写真の役なので最初から最後まで動きません。



    季節は春。新しい物事を始められそうなよく晴れた日。物語は川原家のリビングで進んでいく。
    川原家は、ユウイチの父がそれなりの貯蓄を残して亡くなったため、なかなか裕福な家庭である。
    リビングルームは無駄を嫌う父の教育方針から、必要なものがそれなりにそろっているというのがわかればよい。
    夫婦の関係は良好だったため、リビングにはユウイチの父の写真が置いてある。
    ※この写真は役者が体を張って表現する。
    ユウイチにとっては、その写真はどこかプレッシャーを感じる存在である。



    照明がつくと、リビングにはユウイチと沼沢がいる。
    ユウイチの格好は休日のラフなもの。沼沢はどこか出かけてもおかしくない格好をしている。

沼沢 いや、相変わらずだなお前の家。何部屋あるんだっけ?
ユウイチ 一階が、五部屋に、ニ階が四部屋かな。
沼沢 トイレも一階とニ階に一つずつあるもんな。
ユウイチ 無駄に広いだけだだろ。
沼沢 いや、すごいよ。
ユウイチ 親父のだけどな。
沼沢 すごかったもんな。親父さん。いろいろな意味で。
ユウイチ ああ。ほら、あそこ、柱に傷残ってるだろ。
沼沢 ああ。
ユウイチ 高校の時酒飲んでさ。ぶっ飛ばされたときの。
沼沢 (柱の前へ)何針か縫ったときだっけ。
ユウイチ 理由も聞かずにいきなりさ。ひどい親父だったよ。ま、今となっちゃ、なんか居ないのが寂しくなるけどさ。
沼沢 すげぇな。(柱の傷を見たまま)今日、お袋さんは?
ユウイチ 出てるよ。お土産買ってくるからとか言ってさ。なんかウキウキして出て行った。
沼沢 なるほど。それはよかった。
ユウイチ 何が良かったんだよ。
沼沢 久しぶりだし、ちょっと親父さんに挨拶してくる。床の間?
ユウイチ ああ。

    沼沢が去ろうとすると、祖母がお茶を持ってやって来る。

祖母 あら、今お茶をと思ったのに。
沼沢 ありがとうございます。ちょっと親父さんに挨拶を。
祖母 ありがとねぇ。

    沼沢が去る。

ユウイチ バアちゃん。良いって。そんなの。
祖母 わざわざ来てくれたんだから。
ユウイチ 何しに来たかも言わないんだよ。金でも借りに来たのかも。
祖母 そんなこと言うものじゃないよ。小さい頃からの友達だろ。
ユウイチ ダチだから言うんだよ。

    と、そこにカナエがやって来る。

カナエ おバアちゃん。ここにいたの。
祖母 ええ。お茶をね。
カナエ ダメだよ。お兄ちゃん大事な話するんだから。
ユウイチ 大事な話?
祖母 ああ、そうだったね。じゃあ、ま、ごゆっくり。

    祖母が去る

ユウイチ おい、カナエ。何だその大事な話って。
カナエ あ! えっと。

    沼沢が戻ってくる。

沼沢 いや、相変わらずすごいなあれ。でっかいだけじゃなくて、なんかきらきらしててさ。あれこそ、仏壇……。
カナエ 沼沢さん!
沼沢 あれ? 何やってるの。
カナエ タッチ。

    と、カナエが手を出す。思わず沼沢も応じる。

沼沢 はい。

    そのままカナエが去る。

沼沢 相変わらず元気だな。
ユウイチ お前、最近カナエに会ったことあったっけ?
沼沢 うん? ……大学時代までは良く来ただろ。
ユウイチ 五年以上前だろそれ。
沼沢 あの時は、(カナエちゃんは)中学生か。あの時はお前も若かった。
ユウイチ 同い年だろ。
沼沢 もう二十八だよ。そろそろなんか年を感じるよね。
ユウイチ だから、同い年だろって。で?
沼沢 で? ああ、仏壇な。いや、まじすごいよあれは。でかさといいなんか輝いているっていうか、あれ特注?
ユウイチ じゃなくて、
沼沢 ってことは、普通に売ってるってこと? あれが? いや、すごいね。
ユウイチ そうじゃなくて、なんだよ、大事な話って。
沼沢 あれ? 言ったっけ?
ユウイチ いやなんかカナエがさ。
沼沢 ああ。……えっとね。まあ、話があってきたんだ今日は。
ユウイチ だろうと思ったよ。じゃなきゃ家まで来ないだろうしな。何だよ話って。
沼沢 いや、なんて説明しようかな。
ユウイチ 金は貸せないぞ。
沼沢 いや、そうじゃなくてね。

    と、マリがやって来る。
    少しおしゃれな格好。

マリ ただいま。
ユウイチ お帰り。今客来てるから。
マリ あ、そう。
沼沢 マリちゃん。久しぶり。
マリ どうも。
ユウイチ なんだお前、そんな(派手な)格好して。
マリ はぁ?(と、沼沢を見る)

    沼沢は謝るポーズ。

マリ ……まだならいいよ。
ユウイチ なんだそれ。その格好でどっか変なところ行ってんじゃ無いだろうな。
マリ (無視して)沼沢さん。
沼沢 はいはい。(と、マリに寄る)
マリ 待ってるよ。
沼沢 どこ?
マリ 外。
沼沢 ありがと。

    と、マリが去る。

ユウイチ おいマリ!?
沼沢 まぁ、いいじゃないか。マリちゃんももう、20……
ユウイチ 3。
沼沢 だろ? 自由にさせてやろうって。
ユウイチ そんなこと言ってもなぁ。
沼沢 それより、だ。頼みがあってきたんだよ。
ユウイチ 女紹介しろとかなら無理だぞ。
沼沢 だったらお前じゃなく海野に頼む。
ユウイチ それはそうだ。
沼沢 だろ。思い切って言うから、真面目に考えてくれよ。
ユウイチ ああ、分かった。
沼沢 ……父親になってほしいんだ。
ユウイチ ……
沼沢 できれば、一人娘を心から溺愛する親父に。いや、この際ダディでもいい。それともパパ? か お父さん? 
   父上ってのも無いようである気がする。つまりそういうものになってくれ。今すぐ。
ユウイチ はい?
沼沢 ありがとう! さすがだな! まさか即答してくれるとは思わなかった。
ユウイチ いや、違うだろ? 今のは明らかに肯定では無く、疑問系の返事だったよな?
沼沢 え〜?
ユウイチ いや、えーとかじゃなくて。
沼沢 ここは頷いとこうよ。親友だろ。
ユウイチ どういうことなんだよ一体。
沼沢 やっぱり説明しないとダメか。うん。今連れてくる。
ユウイチ 誰を。
沼沢 見たほうが早いものな。ちょっと待ってろ。

    沼沢が去る。

ユウイチ なんだそれ。

    と、反対側から祖母が見ている。かなり変な格好。

祖母 聞いたかい?
ユウイチ うわっ。ビックリした。何しているんだよそんなところで。
祖母 いえね。お菓子を持っていこうかと思ってね。

    と、カナエが走ってくる。

カナエ ほら、オバアちゃん。まだ良いからそういうのは。ね。向こう行ってよう? 向こう。
祖母 だって、お菓子があるよ。
カナエ あたしが食べるから。

    と、カナエと祖母が去る。

ユウイチ カナエっ。なんだそりゃ。





    と、水田を連れて沼沢が戻ってくる。水田はちょっとフォーマル寄りの格好。

沼沢 じゃん。
ユウイチ 水田!?
水田 お久しぶりです。川原先輩。
ユウイチ なんだお前、そんな格好して。パーティでも行くのか?
沼沢 これ、一応正装のつもりらしいんだ。
ユウイチ まぁ、見えなくは無いが。
水田 えっと、ご無沙汰してました。
ユウイチ 去年だっけ? 飲んだぶりだな。
水田 はい。あの時は、ありがとうございました。おごってもらっちゃって。
ユウイチ いいんだよ。六年かけて大学出た後輩をおごらない先輩がいるかって。
水田 ありがとうございます。
沼沢 水田な。今度結婚すんだよ。
ユウイチ えっ!? マジで!?
水田 ちょっと、(沼沢)先輩!
沼沢 良いだろ? ま、立ちながらもなんだし。水田も座れよ。
水田 あ、はい。
ユウイチ なんでお前が仕切ってるんだよ。って、その前に(水田に)お前彼女いたのか。
沼沢 (水田が答える前に)うん。
ユウイチ なんで俺に言わないんだよ!
沼沢 まぁ、でだ。結婚するとなるとあれだろ? 向こうの家に行かなきゃいけないだろ。挨拶しに。
ユウイチ ああ、「娘さんを」ってやつか。
沼沢 そう。だが、問題があった。
ユウイチ 問題?(と、水田を見る)
沼沢 怖いんだと。彼女の身内が。なんでも、人を殴って壁まで吹っ飛ばしそうな身内がいるらしいんだ。
ユウイチ うちの親父みたいだな。
沼沢 それだよ。
ユウイチ え?
沼沢 そこで思い出したのが、お前。
ユウイチ 俺。
沼沢 厳しかったろ。お前の親父も。
ユウイチ まぁな。
沼沢 その血を受け継いでいるお前なら、シミュレーションにはもってこいだと思ったわけだ。
ユウイチ シミュレーション?
水田 ちょっと、沼沢先輩。
沼沢 なに?

    水田は沼沢を端に引っ張っていく。

水田 なんですかシミュレーションって。俺聞いてないですよ。
沼沢 言ってないもん。
水田 僕はただ、川原先輩に直接会ってお話したいって。そう言いましたよね?
沼沢 だから言ったろ? 任せろって。
水田 でも、俺が結婚しようとしてるの、……マリさんなんですよ?
沼沢 大丈夫だって。任せとけ。流れで何とかなる。
水田 流れでって……。
ユウイチ (今まで考えていたようで)つまり、それってこういうことか? 
沼沢 ん?
ユウイチ 実際に相手の親父さんに会って挨拶する前に、俺で練習したいと。
沼沢 そう! 話が早いね。さすが父親代わりを何年も務めている男!
ユウイチ 変におだてるなよ。気持ち悪い。
沼沢 でも、親父さんの代わりに色々と苦労してたもんな? 妹二人ちゃんと進学させてさ。
ユウイチ (ちょっと気分良くなって)べつに、親父の遺産もあったし、そこまで大変じゃなかったって。
沼沢 それでも、自分くらいは負担にならないようにってバイト三昧だったじゃないか。
ユウイチ まぁ、苦労したっちゃ苦労したけどさ。
沼沢 大変だったもんな。バイトしながら学校行ってさ。留年までして。
ユウイチ いいんだよ、俺が苦労する分には。ただ、あいつらが(ちゃんと成長してくれればそれだけで)
沼沢 じゃ、いいよな。
ユウイチ ……良いも何も、そのつもりで来たんだろ今日は。
沼沢 おう。
ユウイチ じゃあ、ま、いいよ。やるからには容赦しないけどな。
沼沢 よーし。じゃ、呼んでくる。

    と、沼沢は去る。

ユウイチ 今度は誰だよ。って、沼沢! ……まぁ、茶でも飲んでくれよ。それ、沼沢に出した奴だけど、口つけてないから。
水田 あ、はい。
ユウイチ お前も大変だな。変な先輩もつと。
水田 はぁ。
ユウイチ あれで、大真面目で言ってんだ。あれは。
水田 だと思います。
ユウイチ 大真面目だからタチが悪いんだけどな。
水田 ですね。

    と、マリが覗く。
    水田はマリに気づき、声をかけようとする。

ユウイチ で、どんな子?
水田 え!?
ユウイチ 付き合っている子だよ。美人か。
水田 (マリの視線を気にして)いや、そんな事言われても。
ユウイチ 綺麗系? いやまてよ。お前が惚れるってことは可愛い系か? あれだろ。なんかふわっとした感じの子。好きだもんな。
水田 いや、それは、どっちかというと、その……
ユウイチ あれ? 嫌いか? どこかぼうっとした感じっていうか。天然系のさ。
水田 いや、確かに嫌いじゃないですけど。いいじゃないですか。どういう子かは。
ユウイチ じゃ、年は? 年上?
水田 いえ、あの、
ユウイチ え、じゃあ同年代?
水田 いえ、
ユウイチ まさか、年下か!?
水田 え、まぁ。
ユウイチ へぇ。意外だなぁ。……でも、あれだろ? 尻に敷かれてたりするんだろ?
水田 いや、えーーっと、その、
ユウイチ しかれているんだろ? ダメだぞ今からそんなんじゃ。
水田 いや、まぁ、それは分かってるんですけど。
マリ ふーん。尻に敷かれているんだ。
ユウイチ お。何だマリ。何時からいたんだよ。
マリ 別に。
水田 あの、マリ、ちゃん。
マリ どうぞ、ごゆっくり。

    マリが去る。

ユウイチ 何だあいつ。まぁ、俺で役に立つか分からないけどさ、お前のためになるんだって言うなら、頑張ってやるから。
水田 ありがとうございます。

    祖母がやって来る。

祖母 あらあら。お構いもしないで。お久しぶりねぇ。
水田 あ、いや、その、ご無沙汰してます。
ユウイチ あれ? バアちゃん、いつ水田に会ったんだっけ?
祖母 何言ってるんだか。だって、この子は、ウフフフフ。
水田 (慌てて止めようとして)あの、おばあさん!
祖母 はい?
水田 いい天気ですね今日は。
祖母 ですね。
ユウイチ 「この子は」何だよ。
祖母 だから、それは、

    と、カナエが出てくる。口にお菓子を頬張っている。

カナエ おはあひゃん。はからはめはって(おバアちゃん。だからダメだって)
祖母 はいはい。別に話してませんよ〜。
カナエ いいはら。はやふむほう!(いいから。早く向こう!)
祖母 はいはい。

    カナエと祖母が去る。

ユウイチ なんなんだあいつは。
水田 (とぼけるように)さぁ?





    と、沼沢と海野が現れる。海野もちょっとおしゃれな格好。

沼沢 じゃーん。
ユウイチ あれ? 海野!
海野 うっす。
ユウイチ うっす。じゃなくて。なんで(海野がここにいるの?)
沼沢 だって、(ユウイチ)奥さんいないだろ?
ユウイチ だから?
沼沢 娘さんをくださいって言いに行く場所だよ? 親父さんだけじゃシミュレーションにならないだろ?
ユウイチ 何も海野に頼むこと無いだろ。
沼沢 いや、でも俺だと真面目な展開にはならないかなと思って。
ユウイチ お前にやれなんていってないよ。
沼沢 大学のサークル仲間で仲良くて、しかも今回空いているのは海野しかいなかったんだ。我慢してくれ。
ユウイチ 我慢とかそういうんじゃなくて。
水田 あの、海野先輩はそれで良いんですか?
海野 あ、あたし? あたしはほら、別に休日に何かあるわけじゃないし。暇だったから? っていってもあれよ。
   休日に何もすること無くてゴロゴロしているってわけじゃなくて。そりゃゴロゴロする時もあるけど。
   というかしてるけど。ええ、大抵ゴロゴロした休日ですけど。それが何か? だって仕方ないでしょ。
   誰も誘ってくれないんだから。(ユウイチに)何か文句がある?
ユウイチ いや、文句は無いけど。
海野 けど? けどってなに? 言っておくけどね。ゴロゴロするのって楽しいのよ。あれよね。
   毎回毎回変に予定入れるよりはさ、何もしないでいたほうがお金も体力も使わないし得よね。
   だから良いでしょ。あたしがどんな休日過ごしてようが、第一、それがあんたに関係ある?
ユウイチ 何言ってるんだこいつ。
沼沢 こうやって日々ダメ人間になりそうな女に救いの手を差し伸べてやったっと。ああ、俺いい奴だね。
海野 ああ!?
沼沢 よーし、では座って座って。

    海野がユウイチの隣に座る。

沼沢 はい。じゃあ、あとは、(と、部屋の奥に向かって)マリちゃーん。
ユウイチ はぁ?

    マリが現れる。

マリ 何?
沼沢 あ、マリちゃん。じゃ、はい。こっち(水田の隣)に座ってね。いや、まだ娘さんをもらっていない段階だからこっち(海野の隣)かな? 
   まてよ、でも、こういう場所って二人で来るよな? うーん。

    沼沢が考え込んでいるうちにマリは適当に座る。

ユウイチ おい、沼沢。
沼沢 (考えながら)なに?
ユウイチ なんでマリまで呼ぶんだよ。関係ないだろ。
マリ は?
水田 マリ、(と、呼び捨てしそうになり)ちゃん。

   水田と海野がマリに説明する。

沼沢 シミュレーションだよ?
ユウイチ だから?
沼沢 娘役がいなくちゃ入りきれないでしょ。
ユウイチ そうかぁ?
沼沢 そうだよ。水田のためなんだから。しっかりやってくれよ。
ユウイチ あ、ああ。そうだな。
水田 (沼沢に)先輩。
沼沢 ん? (と、沼沢による)
水田 これ、逆に緊張するんですけど。
沼沢 はい。文句は受け付けません。では、スタート!
ユウイチ いきなりそんな事言われてもなぁ。
沼沢 ほら、お父さん。シャンとして。お母さんも。
ユウイチ お父さんって……
海野 お母さんか(と、照れる)
ユウイチ 何笑ってるんだよ。
海野 笑ってない。
沼沢 ほら、イメージだよ。イメージ。想像して。大事にしている娘が、ある時言ってきた。(と、マリに)はい!……はい!
マリ (しぶしぶ)「会って欲しい人がいるの」
沼沢 そう。いいよ。どう? お父さんはどう思う?
ユウイチ 「あれほど連帯保証人にはなるなって言っただろう!」
沼沢 はい。ここでボケはいらない。ね? 彼氏。
ユウイチ ごめんごめん。
沼沢 まぁ、でもここは水田関係ないし飛ばそうか。ね。
マリ じゃあやらせるなよ。
沼沢 で、実際に男がやってきました。そして、話があるなんてことを言い出しました。はい。今、目の前にいます。
   ジーっと見て、こいつが自分の娘を連れて行こうとする男だ。さぁ、親父はなんと言う。はいスタート!

     雰囲気が変る。
     むすっと見ているユウイチ。水田は緊張している。

海野 ……「お父さん。いい加減何か話してあげないと。あちらも緊張しているみたいですよ」
ユウイチ 「話、というのは、なんだ?」
水田 あ、その、お、お兄さん!
ユウイチ お兄さん?
水田 あ、いえ、お父さん!
ユウイチ 「君にお父さんと呼ばれたくは無いな」
水田 すいません。
マリ (小声で)しっかりしてよ。練習でしょ。
水田 (小声で)そんなこと言ってもやっぱり怖いよ。

     海野がユウイチをつつく。

海野 はじめなんだから、もう少し軽くても良いんじゃない?
ユウイチ ああ、そうか。「君は、うちの娘と付き合っているわけだね?」
水田 あ、は、はい。その、ええ。お付き合いをさせていただいております。
ユウイチ 「で、話というのは?」
海野 「お父さん、あまり厳しく言っちゃダメですよ」
ユウイチ 「お前は黙ってろ」
海野 「はい」(照れる)
沼沢 そこ、笑わない。
海野 笑ってない。
ユウイチ 「で?」
水田 えっと、ですね、その、それがですね、えっと、そのぉ、
ユウイチ 「男らしくはっきり!」
沼沢 いいね。いいよぉ。
水田 は、はい。えっと、
マリ (小声で)ほら、早く言ってよ。
水田 そのぉ。あの……
ユウイチ 「……うちの娘との結婚を許して欲しいんじゃないのか?」
水田 は、はい! えっと、つまりその、
ユウイチ 「結婚したくないのか」
水田 いいえ、そうじゃなくて、その、
ユウイチ 「結婚したいのか!」
水田 したいです!
ユウイチ 「わかった! 許す!」
水田 はい! ……え?

    雰囲気が戻る。

沼沢 はいはいちょっと待ってはいカット。ここカットね。カット。なんだよそれは。
ユウイチ だってこいつグジグジグジグジさぁ。
水田 すいません。
マリ だらしない。
水田 ごめん。
沼沢 だからって自分からどんどん話しを進めていく父親もいないだろ。
ユウイチ だろうけどさ。それにしたってさ。
水田 すいません。
沼沢 海野も海野だよ。止めないと。
海野 そんな事言われたって。
沼沢 夫の暴走を止められるのは、妻しかいないんだからね。
海野 妻か。そうね。そうなんだよね(照れる)
沼沢 なぜ笑う。
海野 笑ってない。
沼沢 水田もしっかりしろよ〜。誰のためだよ〜。
水田 すいません。
沼沢 あとはあれだな。ちょっとマリちゃん。
マリ なに。
沼沢 こっちきて。水田に寄って。

    マリは言われたとおりに座る。

沼沢 ね。この方が水田もやる気出るでしょ。で、お父さんも、何だこのやろうって気持ちになるね。よし、ではもう一回。
ユウイチ おい、沼沢。
沼沢 え?
ユウイチ お前、ちょっと席外せよ。
沼沢 え? なんで。
ユウイチ 正直、うるさい。

    マリと海野が頷く。

ユウイチ こっちは真剣にやろうとしているんだから。変な合いの手というか、ちゃちゃ入れられると冷めるんだよ。
     水田だって、お前に見られていると、余計に緊張するだろ。
沼沢 あ、なるほど。OK。では、後は、若い人たちでということで。

     と、沼沢は去る。

ユウイチ さて、やるか。
海野 なんだかんだで、やる気じゃん。
ユウイチ なんかな。やってると気持ち入ってくるよな。
沼沢 (ひょいっと顔を出して) なんか今の去り方ってさ、お見合いの時のおばさんの台詞みたいだよね。
ユウイチ いいからあっち行け早く。
沼沢 はーい(と、去る)
ユウイチ 相変わらずやかましいんだからな。
海野 本人は大真面目なのよあれで。
ユウイチ 分かってるよ。で、水田も真面目にやってるんだろ。
マリ そんな風には見えないけど。
水田 いや、その、真面目にやっているつもりです。
ユウイチ だったら頑張らないとな。
マリ (水田に)ちょっといい?
水田 あ、うん。

    マリが二人から離れ、水田と二人で話す。

ユウイチ なんだ? おい水田
海野 (ユウイチの気をそらすように)あ、そういえばユウイチ、大学のサークルに、山田っていたでしょ。
ユウイチ 山田?
マリ いいの?
水田 いいのって?
マリ このままだと、勘違いしたままだと思うけど。
水田 うん。そうだよね。
ユウイチ 同学年のだよな? メガネの。
海野 あの人も結婚したらしいよ。
ユウイチ マジか。へぇ〜。
マリ そうだよねって。だから、それでいいの?
水田 いや、そろそろ言おうとは思ってるんだけど。
海野 あたしもそろそろかなって思うんだよね。
マリ うそ。本当はホッとしているんでしょ?
ユウイチ 相手いなきゃ無理だろ。
水田 そんな事無いよ。
マリ どうだか。
海野 そりゃそうだけど……

    マリはさっさと座ってしまう。

ユウイチ あれ。話はいいのか。
マリ 別に話すほどのことじゃなかったみたい。
ユウイチ そうか。じゃ、始めるか。水田?
水田 はい!

    水田はマリを気にしながらも座る。





    別の場所に光が当たる。
    カナエと祖母が覗いている。祖母は手にお茶を持っている。

カナエ うん。結構いい感じかも。でも、上手くいくかな。
祖母 とりあえず、お茶を持っていこうかね。
カナエ そんなこと言って。話が聞きたいだけでしょ。
祖母 そんなことないよぉ。じゃ、行って来るから。
カナエ ダメ。私も我慢しているんだから。
祖母 え〜。(可愛く)ダメ?
カナエ 可愛く言ってもダメ。

    沼沢がやって来る。マイナスドライバーを持っている。

沼沢 ねぇ、プラスドライバーってある? マイナスじゃダメみたいでさ。
カナエ あると思うけど。なんに使うの?
沼沢 ちょっとね。ボロが出る前に直しちゃわないと。
カナエ 直す?

    と、祖母が出て行こうとする。

カナエ おばあちゃん。ダメだよ、今出て行ったら。
祖母 ちょっとだけ。
カナエ ダメ。
沼沢 まぁまぁ。面白くなるのはこれからですよ。これから。

    沼沢が去る。カナエと祖母は顔を見合わせると一緒に去る。





    しばらく時は流れる。ちょっと真剣そうな雰囲気。

水田 お父さん。
海野 「(ユウイチに)あなた」
ユウイチ 「(水田を見ずに)君にお父さんと呼ばれるつもりはない」
水田 お父さん。娘さんを僕にください。(と、深く頭を下げる)
ユウイチ 「もっと真剣に」
水田 娘さんを僕にください。(と、深く頭を下げる)
ユウイチ 「もっと大きく」
水田 娘さんを僕にください!
ユウイチ 「リズミカルに!」
水田 娘さんを 僕にくださいYO
ユウイチ 「(水田を見ずに)リズミカルといってすぐにラップ調を思い浮かべる奴に娘はやれん!」
水田 そんな!?
海野 「(ユウイチに)あなた」
ユウイチ 「……娘を、ちゃんと幸せにしてくれるか?」
水田 ……はい。
ユウイチ 「……わかったよ。よろしく頼む」
水田 ありがとうございます!

    雰囲気がゆるくなる。

ユウイチ ……と、まぁ、こんな感じか。
海野 さすがに何回もやると、言い慣れるわね。お互い。(水田に)ね?
ユウイチ 水田も、少しは慣れたか?
水田 はい。まぁ、それなりに。
ユウイチ 本番一発でこれくらいできればいいんだけどな。
海野 それはかなり難しいかもね。
水田 ですね。
マリ (小声で)馬鹿みたい。
ユウイチ マリ? なんか言ったか?
マリ 本番も何も無いでしょ。(と、立ち上がる)
水田 マリちゃん。
マリ あたし、部屋戻るから。
海野 あ、でもまだ、ねぇ?(と、水田を見る)
水田 待ってよ。これからだから。
ユウイチ 何がこれからなんだよ。

    と、祖母がお茶を持ってやって来る。

祖母 はいはい。お疲れ様。
ユウイチ ばあちゃん。
祖母 お茶のおかわり持って来ましたよ。
海野 ありがとうございます。
ユウイチ そういえば、水田。
水田 (マリを気にしながら)はい?
ユウイチ お前の彼女、なんていうんだ?
水田 え?

    瞬間、祖母と海野も動きを止め、二人の動向を見守る。

ユウイチ 名前だよ。名前。なんていうんだ? 娘の名前も知らない親父ってのも変だろ。
海野 別に、今はいいんじゃないかなぁ? ねぇ?
ユウイチ なんだよ。ここまでやらせておいて、そこだけ教えてもらえないのかよ。
海野 そういうのは後の楽しみにしておくってのがいいんじゃない?
ユウイチ お前は知ってるのかよ?
海野 あたし? 知らない知らない。全然知らない。聞いたことも無い。
ユウイチ 怪しいな。おい、水田。いいじゃんか名前くらい。教えろよ。
水田 えっと。

    水田はマリを見る。

マリ (小声で)意気地なし。

    マリが去ろうとする。

水田 あ、ま(待って) お兄さん!
ユウイチ いきなりなんだよ。
水田 お兄さん! マリさんを! 僕にください!
ユウイチ ……は? 何言ってるんだお前。練習はもう終わったろ。
水田 だから、その、僕たち、その、結婚しようと思うんです!
ユウイチ お前と、誰が?
マリ あたしが。

    マリは水田に寄る。

ユウイチ お前が? ……え? つまり?
マリ だから、付き合ってるの私たち。で、結婚するから。別に兄貴に言う必要は無いって言ったんだけど。
でも、この人がそういうのはちゃんとしたいって言うから。
水田 だって、何も言わないのも変じゃないですか。だから。
海野 身内で祝ってくれない人がいるのは寂しいものね。
ユウイチ 知ってたのか、お前?
海野 うん。
祖母 こういうのはみんなでお祝いしないとねぇ。
ユウイチ ばあちゃんまで!?

    と、カナエが出てくる。

カナエ えらい! とうとう言ったんだ水田さん。一時はどうなるかと思ったけど。ね?
祖母 よかったよかった。
海野 (ユウイチに)びっくりしたでしょ? 本当は今日すぐ言うつもりだったみたいなのよ。でもね、「急に言うのも
   勇気がいるだろう」なんて沼沢くんが言うもんだからさ。なんかアタシたちも乗せられちゃって? ね。
マリ このままバカみたいに練習して終わるのかと思ってた。
カナエ あ、お姉ちゃん、すごいホッとした顔してる。
マリ してない。
水田 ごめんね。
マリ 別に。ちゃんと言ってくれたからいい。
ユウイチ ってことは、皆知ってたのか!?
カナエ 当たり前だよ〜。知らないのはお兄ちゃんだけなんじゃない。
祖母 あんたがいないときに、よく訪ねてきてくれたんだよ、(水田を見て)この子は。
海野 さぁ、じゃあ言うことも言ったわけだし、前祝い? ということで、何か食べに行きましょうか。ね? 
   (ユウイチに)あんたも、もちろん来るでしょう?
ユウイチ 冗談じゃない。
海野 冗談なんか言ってないって。
ユウイチ 冗談じゃないって言ってるんだよ。水田とマリが結婚? 認めない。俺は絶対許さないからな。
海野 なに熱くなってるのよ。おめでたいことでしょ。
ユウイチ 何がめでたいんだよ。こそこそしやがって。
海野 別にこそこそしてたわけじゃないじゃないねぇ?
水田 すいません。俺が言う勇気が無くて。
ユウイチ それくらいの勇気が無い奴に、妹を任せられるか!
マリ 別に、兄貴に許してもらいたいなんて思ってないけど。
水田 マリちゃん!
マリ あたしは元々話すのは乗り気じゃなかったから。
ユウイチ だいたいなんで水田なんだよ。接点無いだろ。
海野 だって、二人バイト同じだったでしょ?
水田 はい。
ユウイチ なっ……
マリ そんな事も知らないで反対されてもね。
ユウイチ 言わなかっただけだろ!
海野 あたし知ってたよ。聞いたし。
カナエ あたしも。
祖母 あたしも聞いたね。
ユウイチ バイト先が一緒だったら、すぐ付き合うことに繋がるのかよ。いやらしい。
マリ 何に対して怒っているのかがわからないんだけど。
ユウイチ だいたい、こいつはすぐ流される奴だぞ。普通、結婚の挨拶を本人で練習しないだろ。
     沼沢に言われたからって、おかしいと思わないのかよ。
マリ 真剣に練習に付き合ってた人間に言われてもね。
水田 これから、気をつけます。
海野 本人もああ言っているしさ。
ユウイチ これからって言われてもな……それに、そうだ! これからの、名前はどうするんだ。
マリ 名前?
ユウイチ 水田と結婚したら、お前、『みずたまり』になるんだぞ。みずたまりだぞ。みずたまり。
マリ それは考えたけど、
ユウイチ ほらみろ。だから止めたほうがいいって言ってるんだ。
マリ でも、オダって苗字の人と結婚するよりはいいかなって。
ユウイチ そういう問題か?
カナエ ダンって苗字の人とかね。
祖母 コレアンさんとか。それよりはいいと思うけどねぇ。
ユウイチ 外野うるさい。
海野 なにをそんな熱くなってるのよ。仲間うちの結婚なんだからいいじゃない。そんなに水田君が嫌いだったの?
ユウイチ そういう問題じゃないんだよ。
マリ お父さんと一緒だよね。
ユウイチ は?
マリ 兄貴も、お父さんと一緒。自分が気に食わないと、絶対許さないの。そうでしょ?
ユウイチ 気に食わないとか、そういうことじゃなくてだな。
マリ じゃあ理由は何? 何がダメなの? どうしたらいいの? 
ユウイチ だから、もっとしっかりした人とだな、
マリ 違う。自分が嫌だから反対しているんでしょ。自分に黙ってたから。自分が思っていたのと違うから。
  そんな理由なんでしょ。一緒だよね。酔っ払った兄貴を理由も聞かずに殴ったお父さんと一緒。
ユウイチ 俺は違う。俺はお前たちを心配してだな、
マリ あの時だって、兄貴は悪くなかったのに。悪かったのは、ガキなのにお酒飲んでみようとしたあたしだったのに。
  あたしに飲ませないように、兄貴が一気に飲んじゃって。なのに、お父さんは理由を聞かずに兄貴を殴った。
ユウイチ だから、俺は違うって言ってるだろ。
マリ あの時思ったの。ああ、理由なんてないんだって。怒りたいから怒っているだけなんだって。お父さんは怒ってた。
  最後までずっと怒ってた。今度は、兄貴なんだ? 兄貴があたしたちを怒る番なんだ。
水田 マリちゃん。
ユウイチ 違う。だから、俺は、
水田 お兄さん。
ユウイチ お兄さん言うな!
水田 俺は、その、確かに流されやすいです。勇気もあまりなくて、マリちゃんに引っ張ってもらってるようなところもあります。
   でも、大切にします。マリちゃ……マリと一緒にその、頑張って、行きたいなって思うんです。だから、
マリ 兄貴は、怒るかもしれないけど。でも、やっぱりあたしは、この人と一緒にいたいの。だから、お願い。
水田 お願いします。
ユウイチ ……お願いされても、だめなものはダメだ!! 

    と、声がする。あたりは不思議な雰囲気に包まれる。
    川原家以外の動きは止まる。

声 いいじゃないか。
ユウイチ え?
声 その辺でもういいだろう。
カナエ ……お父、さん?
ユウイチ おやじ?
祖母 え? 馬鹿息子かい?
マリ 父さん……
声 二人とも、思いあってるんだ。いいじゃないか。それで。
ユウイチ なんだよ、親父。そんな丸いこと言って。どうしたんだよ。俺は親父が、親父だったら反対すると思って。
声 だから、いいんだ。もう。
ユウイチ 本当にいいと思ってるのかよ!
声 思ってるよ。
ユウイチ まだ若いんだぞ。水田も、マリも。
声 そうだな。
ユウイチ 子供が出来たら、生活だって大変になる。助けてやろうにも、こっちだって援助できるような余裕は無いんだ。
     何かあったとき、何もしてやれないんだぞ。それでいいのかよ!
マリ 兄貴……。
声 その時は、みんなで考えればいいじゃないか。
ユウイチ ……

    雰囲気が元に戻る。

祖母 お、馬鹿息子、どこに行った?

    祖母があちらこちらを見ながら去る。

マリ 兄貴。
カナエ お兄ちゃん。
ユウイチ いいよ。
マリ え?
ユウイチ 親父が認めたんなら、いいよ。ったく。生きてる時は頑固だったくせに。丸くなっちまって。
マリ でも、
ユウイチ いいんだって! べつに、俺だってそこまで本気で反対してたわけじゃない。
     (水田に)妹を幸せに(してくれよ)って、これはクサイか。
水田 うん。あ、いえ、はい。
海野 あれ? なんだか分からないけど上手くまとまったところで、当初の予定通り、みんなで食事にいこうか。
ユウイチ そうだな。
水田 そういえば、沼沢先輩は?
ユウイチ 沼沢……?
カナエ あ、あたし呼んでくる。
海野 ったく。相変わらず空気読まないなぁ。
ユウイチ お前たちは、先行っててくれよ。
海野 え、待ってるよ。
ユウイチ いいよ。
海野 でも、
ユウイチ あいつに話があるんだよ。すぐ行くから。
海野 カナエちゃんは?
ユウイチ 後追わせるって。
海野 そういうことなら……行きますか?
水田 はい。
マリ うん。

    海野が去る。

水田 じゃあ、先輩、あとで。(ト、去る)
ユウイチ ああ。
マリ 兄貴。
ユウイチ え?
マリ ありがと(ト、去る)

    ユウイチは一人残り、父親の写真を睨む。沼沢がやってくる。





沼沢 いや、まとまったね? まとまったみたいだね? 一時はどうなることかと思ったけど、いや、よかった良かった〜。
ユウイチ 沼沢。
沼沢 ん? なに? お兄さん。って、俺が言うのも変か。水田の代わりに言ってみました。
ユウイチ スピーカー、どこだ。
沼沢 へ?
ユウイチ スピーカー。仕込んでるんだろ。どこだ。
沼沢 何を言ってるのかな?
ユウイチ 今なら怒らないから、とぼけるなよ。
沼沢 とぼけてないって。
ユウイチ バアちゃんとの対応、やけに慣れてたよな。カナエにも良く会ってたみたいだし。いつから計画してたんだ?
沼沢 いや、ほら俺って誰とでもすぐ打ち解けるから?
ユウイチ 今なら怒らない。今ならな。
沼沢 ……マジで?
ユウイチ (頷く)

    沼沢は、そろっと席を離れるとスピーカーとマイクを持ってくる。

沼沢 ありました〜
ユウイチ 沼沢!!
沼沢 怒らないって言っただろ!
ユウイチ 本当お前は……いつからとか、なんでこんな回りくどいことをとか、色々思い浮かんだけど言うの止めた。
沼沢 いや、お前もね。親父さんみたいに結構熱くなると突っ走っちゃうからさ。抜きどころが欲しいんじゃないかって思って。
ユウイチ 親父みたい、か。
沼沢 うん。親子だしさ。
ユウイチ ……広いんだよこの家。
沼沢 うん?
ユウイチ 一階が、5部屋に、ニ階が4部屋だろ。トイレも一階とニ階に一つずつだしな。無駄にな。建てたのは親父だけど。
沼沢 すごかったもん。親父さん。いろいろな意味で。
ユウイチ ああ。柱の傷とかな。
沼沢 お前がぶっ飛ばされた時のな。
ユウイチ 理由も聞かずにいきなりさ。ひどい親父だったよ。ま、今となっちゃ、なんか居ないのが寂しくてさ。
     ……また、寂しくなるんだなって思っちゃってさ。この家が広くなるんだなぁって。親子だよなぁ。かっとなっちゃったよ。
     ……案外、親父もそんな理由だったのかもな。俺を殴った時さ。
沼沢 お前も嫁をもらえばいいんだよ。で、一緒に住め。
ユウイチ 当てが無いよ。
沼沢 そんな事は無いだろ……(と、玄関のほうを見て)割とすぐそこにいると思うけどなぁ。
ユウイチ 何の話だよ。ま、ありがとな。
沼沢 いいって。俺も、まさか自分にテレパシー能力があるとは思ってなかったから。よかったよ。これで一儲けできるかもしれないよな。
   うん。でも、まだ距離が分かってないからな。今度実験に付き合ってくれよ。
ユウイチ ……ごめん。いきなり何の話か分からなくなった。
沼沢 聞こえたんだろ? 俺の魂の声が(と、ここから声真似)「若い者には若いものの世界があるんじゃ。いいじゃないか、人間だもの」
   そんなに上手かった? 親父さんの物真似。
ユウイチ え? お前、それ(スピーカー)で喋ってたんだろ?
沼沢 いや、これ壊れててさ。参ったよ。この家、プラスドライバーないんだもん。分解も出来なくてさ。
   で、仕方ないから念じてたわけ。いや、でも結構届くもんだね。
ユウイチ は?
沼沢 え?
ユウイチ はい?
沼沢 「はい?」って?
ユウイチ じゃあ、あれは?
沼沢 どれ?
ユウイチ え?(と思わず父の写真を見る)……まさかね。
沼沢 え? なに? なにが?
ユウイチ なんでもない。さ、行こうか。
沼沢 うん? ああ、そうだな。あ、その前に本番、いい?
ユウイチ 本番?
沼沢 シミュレーションって言ったろ?
ユウイチ は?
沼沢 カナエちゃーん?
カナエ声 はーい。

    と、カナエが出てくる。

沼沢 おまたせ〜
ユウイチ は?
カナエ あ、言うの? とうとう?
ユウイチ ちょっと待て。
沼沢 うん。さっきの見る限り、いきなり言っちゃったほうがいいと思うんだ。
カナエ 回りくどいの、お兄ちゃん苦手だからね。
ユウイチ ちょっと待て。
沼沢 じゃあ、せーので言おうか、せーので。
カナエ うん。
ユウイチ ちょっと待てよ。
沼沢 せーの、ぼ……って、なんでちょっと待つの。
カナエ ごめーん。
ユウイチ ちょっと待てー!!

    と、祖母が数珠持って現れる。

祖母 何騒いでんだい? まったく。
ユウイチ つまり、もしかして、まさかとは思うけど、お前たち?
沼沢 僕たち、
カナエ アタシたち、
沼沢・カナエ 結婚しました!
ユウイチ ……過去形?
祖母 書類、出してきたのかい?
沼沢 はい。今日。
ユウイチ 今日!?
沼沢 ここ来る前にね。いや、どんな格好していいかわからなかったんだけどさ。いいのね、どんなでも。
カナエ それでそんななんだ?
沼沢 そ。
ユウイチ ちょっと待てよ! どういうことだそれ! なんでカナエと? というか、お前らつきあってたの? 
     いつの間にだよ! 今度も知らないの俺だけか!?
カナエ そんな一気に聞かれても答えられないよ。
沼沢 ちょっとは落ち着けって。
ユウイチ 落ち着いてられるか!
沼沢 あ、大丈夫。俺ここに住んであげるから。お袋さんも是非にって言ってくれてるし。
カナエ お母さん、賑やかなの好きだから。
沼沢 二階改装するからよろしくね、お兄さん。
ユウイチ お兄さん言うな! っていうか、母さん知ってるのか!?
カナエ 当たり前でしょ。お姉ちゃんと水田さんのことだって知ってるんだから。
ユウイチ なんで俺だけ知らないんだよ!

同時に
沼沢 怒ると思って。
カナエ 怒ると思ったから。

ユウイチ 当たり前だ!

    海野が現れる

海野 ねぇ、ちょっと、いつまで待たせるのよ。

    その後からマリと水田もやって来る。

マリ 先行っちゃうよ?
沼沢 「若い者には若いものの世界があるんじゃ。いいじゃないか、人間だもの」
ユウイチ 良いわけあるかぁ!! 許さん。兄さんは絶対許さないからな!

    わいわい騒いでいるうちに舞台は暗くなる。川原家の騒動はまだ終わらないようだ。
    写真の中の親父さんが困ったように、でも少し嬉しそうに笑っている。

あとがき
私の周りでなんだかんだ結婚話が続いています。
「いやぁ。でも、まだまだ遠い話だなぁ」などと、
思いながら出来上がった作品です。

お父さんの写真役は「大道具手伝って」と声をかけ、
半ば騙すようにして舞台に上がってもらいました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。