お願いだから止めないで


人物
○○高校演劇部員

ハラダ ナミ   とある演劇部一年生(劇中劇では高校二年生)んで、実は一年生
セキ口 ユズ  とある演劇部二年生(劇中劇では高校二年生)んで、実は一年
ツゲノ ヒメ   とある演劇部一年生(劇中劇では高校二年生)んで、実は一年

カワノ ハルオ とある演劇部員唯一の男子2年。(劇中劇登場せず)実は二年生
イジ川 先生  とある演劇部の鬼顧問。 んで、実は二年







0劇中劇「彼女と彼女と彼女の関係」

    舞台中央には少女の死体(ツゲノ)
    死体は変な格好で死んでいる。
    その奥に机がある。

    ハラダが現れる。
    まるで演説をするようにハラダはゆっくりと舞台を歩いてくる。

    舞台中央まで歩いてくるまで、ハラダは何も言わない。
    たっぷりの間。


ハラダ「…………匂う」


    辺りをかぎ回るように鼻をクンクンとさせる。
    たっぷりの間
    観客席の方を見たハラダは一人の人間を凝視するように、舞台から観客を見る。


ハラダ「……臭い……臭い……(自分にはっとして)私だ。私が臭いんだ。わあああ。
    私、私かよって、そんなわけだいだろ……」


    自分に突っ込みを入れるハラダ。
    無駄なくらい長い間。
    やがて、照れ笑いを浮かべる。


ハラダ「ごめん。あたし」


    自分に自分で謝って、自分で自分を許すポーズ。
    ありがとうと、自分で自分に謝ってから、また鼻でかぐ。
    すぐに見つける。ツゲノを見て。


ハラダ「なんだ……ツゲノさんか……もう、あたしとは関係ないんだけどな……仕方ないか。
     ……優しいね?……ううん、そんなことないよ」


    自分で自分を誉めながら、ハラダはツゲノに香水をかける。
    そして、安心したように席に着く。
    そして、ノートを書く。


ハラダ「私は一人です。だから自由です。私は一人です。だから無限です。
     私は一人……一人……一人で、どこへ行けばいいのですか?


    ノートに書いた言葉を、しばし見つめるハラダ。
    そして、その紙をいきなり引きちぎり、ビリビリに破いて捨てる。
    ノートに向かう。

    間


1劇中劇「彼女と彼女と彼女の関係」中


    セキ口が舞台に現れる。
    セキ口はなんだか緊迫した空気を持っている。
    が、変な格好をしている。
    直ぐ脱げるタイプが望ましい


セキ口「ハラダ!」

ハラダ「どうしたの?」

セキ口「どうしたのって……この姿を見てのつっこみはないの!?」

ハラダ「わぁ、高そう」

セキ口「そうじゃなくて……てか、何であんた今日は普通の格好なのよ!」

ハラダ「(気づいて)ああ。ちょんまげはもう止めたの。明日の日直セキ口だっけ?」

セキ口「そうだけど……そうじゃなくてさ」

ハラダ「悪いけどウルトラマンの着ぐるみならもう着てこないから。あれ、ウケ悪かったし」

セキ口「だからガチャピンにしておけって言ったのに。」

ハラダ「しかたないでしょ。クリーニングに出していたんだから。日誌、明日は書かなくていいって先生が」

セキ口「うっそぉ。楽しみにしていたのに。なんで?」

ハラダ「だって、明日日曜だし」

セキ口「だからって日誌までやめにしなくても良いのに。で?」

ハラダ「で?」


    セキ口は自分を指さす。
    間


ハラダ「ごらん。夕焼けが綺麗だよ」

セキ口「つっこめよ!」

ハラダ「私、女の子だから」


    間


セキ口「え?」

ハラダ「ちょっと色々と含み過ぎちゃったかなぁ」

セキ口「え〜あたし、わかんな〜い」

ハラダ「きもい」

セキ口「(むすっと)まぁ、別に私の格好は良いんだけどさ。なによ、これ」


    セキ口は真下に指を指す。


ハラダ「……やっと気づいたか」

セキ口「いや、最初から気づいていたんだけど」

ハラダ「悪かったとは思っているんだ」


    言いながらハラダは机の中からナイフを取り出す。


セキ口「じゃあ、認めるんだ?」

ハラダ「ごめんなさい!」

セキ口「いや、謝っても済まないから。まず、理由を説明してよ」

ハラダ「だって……試してみたかったんだよ」

セキ口「どれも同じだって何回も言ったでしょ」

ハラダ「もしかしたらこれは違うかもしれないじゃない」

セキ口「こんなに赤くしちゃって」

ハラダ「夢中だったの。だって、さしたら抜かなくちゃって思うでしょ?」

セキ口「刃先がこぼれちゃってるよ」

ハラダ「欲望のままというか」

セキ口「こんなに傷つけて……」

ハラダ「喜ぶままというか……」

セキ口「こんなことをして、許されると思っているの?」

ハラダ「弁償するから!」

セキ口「この机、いくらしたと思っているのよ!」

ハラダ「…………机?」

セキ口「そうよ。こんなに傷が付いて……絵の具まで塗っちゃって……」

ハラダ「え? 机なの? 机が問題なの?」

セキ口「当たり前でしょ!?」

ハラダ「そんな…………ナイフは!? ナイフのことはどうでも良いの?」

セキ口「別にナイフは私のじゃないし」

ハラダ「あ、そういうこと言うんだ。いいんだ? 自分のじゃなかったら? へ〜

セキ口ってそう言う人だったんだぁ」

セキ口「なに。別に、今はナイフのことは関係ないでしょ」

ハラダ「言いつけてやる」

セキ口「誰に!?」

ハラダ「ナイフの持ち主」

セキ口「え、もしかしてそれって」

ハラダ「ツゲノさんよ」

セキ口「うそ! ツゲノには言わないでよ。ただでさえ最近仲悪いんだから」

ハラダ「ツゲノさんが知ったらなんて言うかなぁ」

セキ口「……わかった」

ハラダ「何が?」

セキ口「あんたがしたことは見なかったことにしておく」

ハラダ「それでこそ友だちね」


    セキ口とハラダは握手する。


セキ口「ところでさ」

ハラダ「何?」

セキ口「これ、何?(と、少女の死体(ツゲノ))を指す」」

ハラダ「何に見える?」

セキ口「肉?」

ハラダ「ツゲノさん」

セキ口「ツゲノ? なに、何でこんな所で寝ているわけ?」


    ハラダはホラー気味に


ハラダ「そんな格好で、寝る?」

セキ口「じゃあ…………」


    セキ口、はっとしてハラダを見る。


セキ口「気絶だ」

ハラダ「きっとねぇ」

セキ口「なんだよ〜だらしないなぁツゲノ〜」


    セキ口はそう言いながらナイフを持ってツゲノに近づく。


セキ口「ついでだから、殺しちゃうよ〜」


    セキ口、ハラダからナイフを取ってツゲノの前でぶらぶらさせる。
    ハラダがそれを見て笑う。
    と、ナイフがすとんと落ちる。


ハラダ「わーーーーー!!」

セキ口「わああああああ。刺しちゃった! 刺しちゃった!」

ハラダ「どうしよう! どうしよう!」

セキ口「やばい! やばいよ〜!!」


    言いながら、セキ口、ナイフを拾って


セキ口「実は刺さってない〜」

ハラダ「脅かすなよ」

セキ口「ごめんごめん。ねぇ、ハラダ」

ハラダ「なに?」

セキ口「私たち、いい友だちになれそうだね」

ハラダ「セキ口……」


2 とある演劇部


イジ川「いい加減にしなさい!!」
   

    突如、観客席にスポット。
    そのスポットの先には、イジ川がえらい形相で座っている。
    思わずハラダとセキ口は固まる。
    イジ川が、怒りながら舞台に上ってくる。

    舞台の役者達は思わず固まる。


イジ川「何をやっているのあなた達は。いったい何なのこれは」


    と、舞台袖から走り込むようにカワノがやってくる。


カワノ「いや、先生待って下さい。まだ、これからですから」

イジ川「ここまで見れば十分です。カワノ君。なんなの、これは?」

カワノ「……演劇ですけど」

イジ川「そんなことは分かっているのよ! そんなことは。(役者達を見て)
     ほら、あんた達何ぼさっと立っているの。いいから、そこら辺に並んで。
     (死んでいる少女に)ツゲノさんも起きて」


    ツゲノがゆっくりと目を開け


ツゲノ「あれ? もう練習終わりですか?」

ハラダ「あんた寝てたの?」

ツゲノ「え? ・・・・・・寝てないよ?(欠伸をする)」

ハラダ「はいはい。いいから、こっち来て」

ツゲノ「うん」


    舞台の上に役者三人と、イジ川(とカワノ)が、向かい合うように立つ。
    セキ口はかなり不満げな顔でむっすりしている。


イジ川「いいわよ、座って」


    この言葉で、セキ口、ハラダ、ツゲノは座る。
    ツゲノは眠そうに。
    ハラダは眠気が移ったのか欠伸を必死にこらえている


イジ川「で、カワノ君、これはなに?」

セキ口「先生、だから」

イジ川「あなたは黙ってなさい。カワノ君に聞いているの。彼が演出なんでしょう? 
     彼がこういう舞台にしたんでしょう? 違うの? ……違うの!?」

カワノ「……そうです」

イジ川「でしょう? だから聞きます。何これ?」

カワノ「演劇です」

イジ川「どこでやるの?」

カワノ「大会で」

イジ川「大会? そう。何の大会?」

カワノ「地区大会です」

イジ川「地区大会よね。そうよね。そこでやるのがこれ? これなの?」

セキ口「何か悪いことでもあるんですか?」

イジ川「悪いこと?」


    セキ口とイジ川がにらみ合う。
    カワノはこの時に袖にはいって椅子を持ってくる。


イジ川「じゃあ、セキ口さんは、何も悪いところがないって言うのね?」

セキ口「特にないと思います」

イジ川「そう。ないの」


    イジ川は不気味な間を持って、カワノが持ってきた椅子に座る。


イジ川「じゃあ、正直に言います。……意味が分からない」

セキ口「でも、それは」

イジ川「(無視して)何で死体があるのに驚かないの? 会話が繋がって無いじゃない!? 
     なんの話しなのかさっぱり見えてこない。あんた達が何やりたいのか、さっぱり分からない」

セキ口「だってそれは」

カワノ「そう言う劇なんですけど」

イジ川「……そう言う劇? 意味が分からなくていいわけ?」

カワノ「スタートは、その、不条理で行こうと思ったので」

イジ川「不条理?」

カワノ「ブルースカイっぽいものを持ってきたというか」

イジ川「ブルースカイ?」

カワノ「まぁ、基本的にはストーリーで魅せようと思っていますし、
    その、これから意味が、その分かるようになるんですよ」

イジ川「あのね。演劇は初めで引き込まなかったら終わりなのよ。もう何度も言っているでしょ?」

カワノ「引き込めて……ませんか?」

イジ川「だから。つまらない」

カワノ「分かりました。ちょっと相談します」


3 とある演劇部 作戦会議


    イジ川が席に着いたまま、
    役者と演出家は集まる。


カワノ「どうしようか?」

セキ口「先生、不条理もブルースカイも知らないんじゃないの?」

カワノ「まさか。そりゃマイナーだけどさ。一応演劇部の顧問なんだし」

ツゲノ「分からないですよ〜。私も知らないし」

ハラダ「私も知らない」

セキ口「そりゃ、あなたたちは一年生だし」

ツゲノ「そういうものなんですか?」

ハラダ「でも実際見たことないし」

カワノ「その話しはとりあえず後にして、今はこの状況をどう乗り切るかだ」

セキ口「あんたがちゃんと先生に言い返せれば問題ないんじゃないの?」

カワノ「(むっとして)そんなことができたら、苦労はしてないだろ!」

ツゲノ「威張る事じゃないと思います」

ハラダ「確かに。でも部長〜。これでまた書き直しになったら、一体何回目になるんですか?」


    カワノ、言葉に詰まる。


カワノ「……………(ぼそぼそっと言っている)」

ハラダ「え?」

ツゲノ「(ハラダに)悪いよいじめちゃさ」

カワノ「6回目だよ!」

セキ口「よくそれだけ没にされたわよね……」

カワノ「学園物も駄目、コメディだけもだめ、時代劇も駄目、ファンタジーも駄目、SFも駄目
    ……これで不条理も駄目なら、書く物なくなるぞ……」

セキ口「たんに、腕が下手なだけじゃない」

カワノ「(無視)というわけで、なんとかこの劇を先生に気に入られるようにして下さい」

セキ口「でも」

カワノ「お願いします!」

セキ口「(溜息)」

ハラダ「そういわれても、ねぇ」

ツゲノ「どうやってですか?」

カワノ「とりあえず、先生は普通が好きみたいだから、
    前半の不条理をすっとばして物語に入っていきます」

ツゲノ「それ、不条理劇の意味無いですよ」

カワノ「仕方ないだろう」

セキ口「どこまでカット?」

カワノ「えっと(台本を背中から取りだし)……3ページまでかな」

セキ口「(覚えているらしい)ていうと、『どうしたの』からね?」

カワノ「そう」

ハラダ「え? どこどこ?」

セキ口「台本、見てきたら? 3ページの20行目」

ハラダ「ああ。死体に具体的に触れる辺り?」

カワノ「分かるのかそれで」

ツゲノ「じゃあ、私まだ死んでますね」

セキ口「死んでるわね」

カワノ「死んでるね」

ハラダ「死んでる」

ツゲノ「そんな繰り返さないで下さいよ!」

カワノ「じゃあ、よろしくね。始めるから」


ハラダ&ツゲノ「はーい」


カワノ「(外に向かって)照明さん、ごめんね。3ページから行くから。」


    照明、分かったという合図に色を変える。


カワノ「音響も、そこオープニングに変えて」


    音響、分かったという合図になぜかファンファーレ。
    カワノが満足げに先生の方へと向かう


セキ口「……ねぇ」


カワノ、振り返る


セキ口「一応部長なんだし、演出なんだからさ……」

カワノ「わかってるよ。いくら先生だからってあんまり言うようなら
    ガツンって言ってやるから。『これは俺たちの劇ですから』って」

セキ口「ならいいのよ。(他の二人に)はい。じゃあ、スタンバイしよっか」


    役者が準備しているうちに、カワノはイジ川の所へ行き、


カワノ「じゃあ、また初めからやりますので、見ていて下さい」

イジ川「私だってヒマできているわけじゃないんだからね」

カワノ「分かってます。気づいたところあったら、止めていただいて結構ですから」


    カワノは言って、照明に向かって合図を送る。
    途端、舞台は暗くなる


4 劇中劇「彼女と彼女と彼女の関係」後半?


    照明が暗くなった途端、音響が始まる。
    そして、照明がつくと、舞台上は初めの時と同じ。
    ハラダが机に向かっていて、ツゲノが死んでいる。
    セキ口が舞台に現れる。
    

セキ口「……どうしたの?」

ハラダ「なにが?」

セキ口「なんで、そんな平気な顔でいるの?」

ハラダ「だから、なにが?」

セキ口「これがよ!」


    セキ口はツゲノを指さす


セキ口「あんた達、仲良かったんじゃないの?」

ハラダ「…………」

セキ口「どうしたのよ……あんた、ツゲノになにやったの?」

ハラダ「…………」

セキ口「何とか言ってよ」

ハラダ「……なんか、疲れちゃって」

セキ口「疲れたって……」


    ハラダは席から立って
    音響が入る(結構新しい感じ)


ハラダ「歩いているときに、ふと、立ち止まる時ってあるでしょう?」

セキ口「え?」

ハラダ「何か……よく分からないものを感じて立ち止まる時」

セキ口「そんなこと……」

ハラダ「誰かに呼び止められたような。何か、懐かしい匂いでもかいだような。
     見えないものが触れたような、そんな何かよく分からない瞬間」

セキ口「見えないのに。何も匂わないのに。何も触れないのに?」

ハラダ「そう……なんだか、何かを感じたような気がした瞬間」

セキ口「何かを感じる……」

ハラダ「(頷いて)立ち止まって、結局なにもなくってがっかりして……
    でも、はじめから分かっているの。立ち止まったって何もないって事くらい。
    だけど、後ろまで振り返って、溜息までついちゃったりして……そうして、
    一緒にその場に忘れてきてしまうのよ。大事なものを……そんな気がしたの」

セキ口「よく、わからないけど」

ハラダ「私が立ち止まったのは、道の途中だったの。二つあった分かれ道の丁度真ん中。
    どっちに行こうか悩んで、でも結局ありきたりの道に進もうとした瞬間……
    止まっちゃって、もう、捨てるしかなくなっちゃったの」

セキ口「捨てるって……何を?」

ハラダ「関係ってやつを」

セキ口「関係?」

ハラダ「友情とか、愛情とか、家族とか、兄弟とか。生徒だとか、娘だとか……
    だれかと誰かとの関係。だって、それさえなくなっちゃったら、
    一人だったら……何も悩むことなんか無いんだから」

セキ口「そんなの……」

ハラダ「でもね。捨てて捨てて、捨てすぎたら……どこにも行くところ、なくなっちゃった
    ……だから、ここに来たの」

セキ口「ツゲノは?」

ハラダ「だって、この子も私の関係の一つなんだから。捨てちゃうには、こうするしかないでしょ?」

セキ口「おかしいよ、ハラダ」

ハラダ「そう?」

セキ口「絶対におかしい」

ハラダ「じゃあ、あなたはまともなの?」

セキ口「え――?」

ハラダ「誰と誰がつき合っただとか、誰と誰が友だちで、誰は違うだとか……
    関係に捕らわれて、その輪っかの中でしか生きられないあなたはまともなの?」

セキ口「だって、それが普通でしょ?」

ハラダ「普通って?」

セキ口「普通だよ。みんな、みんなそうやって生きているんじゃん」

ハラダ「一人になるのが怖いだけじゃない」

セキ口「ちょっとハラダ、本当、おかしいよ? (ツゲノに)あんたも、いい加減おきなよ。
    本当は、冗談なんでしょ?これ」

ハラダ「なんで?」

セキ口「なんでって……変だもんこんなの。私を驚かすために仕組んだんでしょ? 
     ねぇ。放課後に呼び出しといて、こんなの悪趣味過ぎるよ。
     もう十分驚いて上げたじゃん」

ハラダ「……私、まだ関係が一つ残っているの」

セキ口「だからそれはもう……(自分をじっと見ているハラダに気づく)え?」

ハラダ「あなたが、残ってた」


    息をのむセキ口。
    音響が緊迫感を作る。


5 とある演劇部


イジ川「はいはい。ストップストップ。止めて止めて〜」


    途端に、崩れる役者達。
    セキ口は不機嫌に黙り込む


ハラダ「またストップか〜……って、(ツゲノに)おい、また寝てるの〜?」

ツゲノ「私、また死んだままだった……」


    ハラダはツゲノを慰めている
    ツゲノはいつの間にか寝そうになっていたり……


カワノ「あの、何が悪かったんでしょうか?」

イジ川「別に、すごく悪いって所はなかったのよ」

セキ口「じゃあ、止めなくても良いのに」

イジ川「ただね。二人の関係がわかりにくい」

カワノ「あ、でもそれは、さっきまでのをカットしたからで」

イジ川「だから、入れましょう。説明」

カワノ「はい?」

イジ川「センターにサス入れて、初めにそこでセキ口役に語らせちゃえば良いのよ。そうでしょ?」

セキ口「うわっダサ……」

イジ川「なぁに?」


    イジ川、セキ口を睨む。
    セキ口、ぶすっとする。
    間
    カワノは誤魔化すように、


カワノ「いいですね、それ。面白そうじゃないですか。やりましょう」

イジ川「そう?」

セキ口「はぁ!?」

カワノ「ちょっと準備しますから。待っててください」


    カワノがセキ口による、セキ口、不満そうに


セキ口「ちょっと何考えているのよ。そんなダサイ始まり方、私嫌だからね」

カワノ「いや、逆に斬新でいいかも。ねぇ」

ハラダ「先輩〜無理してません?」

カワノ「無理なんてしてないって」

ツゲノ「なんか、笑顔が引きつってますよ?」

カワノ「これは生まれつき!」

セキ口「私、やらないから」

カワノ「頼むよ〜。一回やって面白くなかったら、先生も理解するからさ」

セキ口「だから、面白くないって言ってるでしょ?」

カワノ「一回やるだけだって。それ以上はやらせないから。この通り!」


    カワノはセキ口に頭を下げる。
    セキ口はそっぽを向く。
    と、ハラダがセキ口をちらりと見てから、

ハラダ「別に、私やっても良いですよ?」

ツゲノ「え!? やるの?」

カワノ「本当に?」

ハラダ「別に、セキ口役じゃなくても良いんですよね? サスで話すのなら。
    だったら、オープニングも、一人語りみたいなものだったし」

カワノ「でもな」

ハラダ「別に、やりたくない人に、無理にやらしても仕方ないと思います」

カワノ「そうか……」


    カワノは、良いのか?というニュアンスでセキ口を見る。


セキ口「……別に、やりたくないなんて言ってない」

カワノ「え? 本当に?」

ハラダ「嫌だって言っていたくせに」

セキ口「……どういう風にやればいいわけ?」

カワノ「好きにやって良いよ。キーワードを説明するのでも良いし」

セキ口「シリアスでいいの?」

カワノ「いいよいいよ」

セキ口「一回だけだからね」

カワノ「もちろん」

セキ口「……やってみる」

カワノ「じゃあ、そういうことだから。みんなもう一回行くよ」

ハラダ「(少し納得できないまま)はーい」

ツゲノ「先輩〜」

カワノ「何?」

ツゲノ「私、ちっとも動かないんですけど、いる意味あるんですか?」

カワノ「何言ってるの。あるよ。すごい重要なんだから」

ツゲノ「いい加減、身体が冷たくなってきたんですけど……」

カワノ「じゃあ、なんか違う姿勢考えてみて。どんな体勢でも良いから」

ツゲノ「分かりました」


    ツゲノとカワノの会話中に役者はスタンバイできている。
    ツゲノは、すごい姿勢で死んでみる

    カワノは照明に、


カワノ「照明〜。初め、サス入れるから〜。ちょっと、サスにしてみて。」


    途端、上手にサスが入る。
    サスに入っているのは、イジ川。
    なにげなく、イジ川はポーズを取る。

    カワノは暗闇から


カワノ「ちがうちがう。中央サス!」


    中央にサスが入る
    カワノはサスに立つ。


カワノ「そうそうこれこれ……いいね……くせになりそう……じゃあ、オープニング、スタート!」


    カワノがサスから離れる
    入れ違いに、ゆっくりとセキ口がサスに入ってくる
    静かに音楽が流れる。


6 劇中劇「彼女と彼女と彼女の関係」オープニング1



セキ口「少女がいた。少女は初めから、『ただ少女』ではいられなかった。
     なぜなら少女には兄がいた。父がいた。母がいた。
     ……兄弟という名の関係。親子という名の関係。妹、娘、長女……
     そんな家族という名の関係が、少女をすでに『ただ少女』であることから切り離していた。
     そして、学校という檻が、生徒というラベルを少女に貼り付けた。
     制服が『K高校生』という関係を、担任が、『1年4組32番』という関係を彼女に押しつけた。
     ……友情さえも、『誰かの友だち』という関係で少女を縛り付けた。
     親友、悪友、級友、ただの知り合い、すべて、見えない鎖となって少女を取り巻いた。
     …………そんなことは当たり前のことだと誰もが言う。
     『人は独りではいきられない』のだと、誰もが口を合わせて言い聞かせる。
     ……だけど、少女には重荷だった。ハラダナミという少女にとっては。
     ……彼女を友だちだと思っているこの私さえも」


    セキ口、哀しそうに舞台正面を見る。(キメポーズ?)
    と、イジ川が席を立つ。同時に響く手を叩く音。


7 とある演劇部


    照明が元に戻る
    どうしていいか分からず、ハラダは固まったまま。
    ツゲノも死んでいる。


イジ川「……いいんだけど。ね。いいんだけど」

セキ口「いいなら、いいじゃないですか」

イジ川「ちょっとねぇ。(カワノへ)ねぇ?」

カワノ「え? え? 何がですか?」

イジ川「(溜息)暗すぎ」


    セキ口はむっとしてイジ川を睨む


ハラダ「(いきなり息を吸い込み)あぶなっ。息止めていたわ。死ぬかと思った」


    あまりにも自分が場違いだと気づき


ハラダ「ストップモーション入ってます」


    ストップモーションに入る。


イジ川「(セキ口が何も言わないので)とりあえず、まずオープニングの音響が暗すぎるのが原因だと思うのよ」

カワノ「でも、あの音は皆で話し合って……」

イジ川「だから?」

カワノ「いえ、なんでもないです」

セキ口「始めが、あんまり明るすぎても、物語の暗さと合わないと思うんですけど〜」

イジ川「始め明るすぎて、いきなりくらい方が面白いじゃない。ねぇ?」

カワノ「え? あ、ええ。面白い……かも、しれません……(セキ口が睨んでいるのに気づき)
    とりあえず、一回やってみたらどうですか?」

イジ川「そうね。やりましょう。音響は、直ぐに音を用意できるの?」

カワノ「聞いてみます」


    カワノは音響に向かって


カワノ「音、明るい曲できる? めちゃくちゃ明るい奴」


    なんか、悩んでいる音が入る。


カワノ「いや、そこを何とか……」


    と、その途中でいきなりファンファーレ


カワノ「できる? (イジ川に)できるらしいです」

イジ川「じゃあ、やりましょう。準備できたら初めて」


    カワノはセキ口に近づき


セキ口「嫌」

カワノ「一回だけだから」

セキ口「さっき、一回やった」

カワノ「アレとは別だし」

セキ口「サスの中で明るく自己紹介なんて、ダサイ」

カワノ「いや、面白いかも知れないじゃん」

セキ口「先生が言うからやるんでしょう?」

カワノ「……」

セキ口「全然反論しないじゃん。そんなに怖いの?」

カワノ「次なんか言ってきたら」

セキ口「そう言ってるだけだよね」

カワノ「分かってるよ」

セキ口「分かってないよ」

カワノ「分かっているから」

セキ口「分かってない」

カワノ「分かってるって!」


    カワノは怒鳴ってしまったことを誤魔化すように、
    不器用に笑みを浮かべようとする。


カワノ「……俺だって、好きでこんな演出……つけているわけじゃないから」

セキ口「…………どういう感じでやるわけ?」

カワノ「音楽にのってくれればいいよ」

セキ口「音響、どんな音楽かける気よ?」

カワノ「急に見つけただけだろうし、そんな奇抜な物じゃないと思うよ」

セキ口「それかよっぽど奇抜かね」

カワノ「……」

セキ口「初めます」

ハラダ「(固まったまま)私たち、忘れられているよね」

ツゲノ「……………」

ハラダ「寝ているのかよ!」



     カワノがセキ口から離れる。
     カワノ、無言で照明への合図。
     照明、サスを入れる。


8 劇中劇「彼女と彼女と彼女の関係」オープニング2



    音楽、すさまじく奇抜。


役者ALL「なんだこの音楽はーーー」

セキ口「なに? これでやれって!?」

カワノ「いいから、始めて!」

セキ口「どうしろっていうのよ!」


    セキ口は言いながらサスに入る。
    途端、作り込んだような笑顔。


セキ口「あは♪ あたし、セキ口ユズ17才。ちょっぴり英語が苦手な高校2年生。
     最近、私のクラスメートがおかしいの。『関係』がどうとか、
     なんか暗い顔してぶつぶつ言っていたり、他の友だちにきつく当たったり。
     な〜んか、よくないよね。そういうのって。
     あたしなんて、空が晴れているだけでおかしくなって笑っちゃうのに。
     そう言えば、今日はいい天気♪ あは。あはははははははははははは
     (楽しそうに笑っている途中、自分のあまりの馬鹿さかげんに冷静に戻る)
     フゥ……
     (と、再び元気に戻って)
     そんなわけで、あたし、友だちが心配で心配でしかたないの。
     あっ、そんなことを言っているうちにその友だちからメールだ(と、携帯をとりだし)
     『学校で待ってる?』もう放課後なのにおかしいなぁ? でも、いいか。
     今日こそ明るい気持ちで笑えるようにしてやろうっと♪ っていうわけで、いってきまーす」


9 とある演劇部


    照明がつく。
    セキ口、あまりの醜態に思わず膝をつく。
    っと、嬉しそうに、イジ川は拍手をしている。
    ツゲノは死んでいる。(微妙に死に方がさっきと違う)
    ハラダも死んでいる。


イジ川「いいじゃない! いいじゃないいいじゃない。面白い。面白いわよ、これ」

セキ口「…………(言葉もない)」

カワノ「えっと……面白い、ですか? これ」

イジ川「面白い。初めからこういうの見せてくれればいいのよ」

カワノ「すいません」

イジ川「とりあえず、オープニングはこれでいきましょう」

カワノ「はい」

セキ口「はいぃ?」


    セキ口復活。


セキ口「あの、これシリアス劇なんですけど?」

イジ川「だから始めはせめて明るく行かないとだめでしょ」

セキ口「芝居の内容とかみ合いませんよ。ちゃんと台本読んでいるんですか?」


    カワノが慌てて間に入る


カワノ「まぁ、でも初めが変な方が中身のシリアスが浮きだつから」

イジ川「変?」

カワノ「いや、変じゃないですけど。ちょっとおかしいくらいが丁度良いんですよね」

セキ口「ちょっとじゃないし」

カワノ「だからこうやってお笑いっぽい物で引き込んでおいて、
    それで後半シリアスにはこんじゃえばいいじゃないか」

セキ口「だったら初めの不条理でよかった」

カワノ「でも、それは面白くないって」

セキ口「今の面白いの?」

カワノ「いや、……(イジ川を見て)面白いんじゃないかなぁ。うん。やっぱ、お前の演技もいいし」

セキ口「結局あんたそうなんじゃん」

カワノ「別に俺は……」

セキ口「(吐き捨てるように)嫌んなるわ」

イジ川「(思いがけずきつく)嫌なら止めちゃえばいいのよ」


    間
    皆、ぎょっとしてイジ川を見る


イジ川「別にね、あんた達に不満があるのなら大会なんて出る必要もないのよ。
     そんな言い合いをするようだったらね。出なくても良いのよ」

セキ口「出たくないなんて言ってません」

イジ川「大会に出るのだってお金かかるんだし。
     あんた達は大会出れるのが当然のような顔しているけど。
     学校としては連盟参加費で○○○円、大会参加費で○○○円も払っているのよ? 
     今更棄権したいだなんて言ってもねぇ。お金も返ってこないだろうし」

セキ口「だから、出たくないなんて言ってません」

イジ川「だったらなんで一々バラバラになっちゃうのよ。みんなで面白い物つくるんでしょ?
     みんなでやらなくちゃ意味無いじゃない」

セキ口「みんなで面白い物を作ることには別に反対はないです」

イジ川「じゃあ何が嫌なのよ」

セキ口「別に嫌だなんて」

イジ川「今言ったでしょ? 嫌だって。だから何が嫌なのかって聞いているのよ」


    セキ口は「お前が嫌なんだよ」という言葉を必死に飲み込んでいる


セキ口「別に……特に……嫌なことは、ありません」


    セキ口はイジ川に背を向ける。


イジ川「そう。じゃあ練習に戻りましょう。演出」

カワノ「は、はい!」

イジ川「ちょっと、私お手洗い行くから。戻ってくるまでにみんなの気持ちをリセットしておいて」

カワノ「はい。体育館冷えますからね」

イジ川「本当ね。昼間は暑いくせに、夕方になると急に冷えてくるから……
     あんた達も、今の気分じゃ練習なんてできないでしょ。
     ちょっと時間あげるから気持ちしっかり入れておきなさいよ」


    イジ川は当然のように観客席の方をぬって退場。(そのままトイレに行ってしまう)
    間


10 とある演劇部 休憩中


カワノ「えっと……じゃあ、みんなちょっと休憩ね。休憩。トイレ行きたい人は行って。
    照明〜それに音響〜、休憩は入ります」


    照明、気を抜いたのか客電がつき始める。


カワノ「いや、客電は消して置いて。……なんでって、お約束だからだよ。
    休んでいて良いから。音響も、なんかリラックスする曲でもかけて」


    そんなわけで音も気楽な音が入る
    この間、役者達はなんだか飽きた顔になってしまっている。
    ハラダはツゲノを起こしている。
    ツゲノは寝ている


カワノ「(セキ口を見ないように)あれ? まだ寝ているの?」

ハラダ「う〜ん。ちょっと、起きないですね」

カワノ「いいよ。寝かしておきな。どうせ、最後まで死んでいる役だし」

ハラダ「そっか」


    ハラダは納得して去る。
    途中、セキ口に向かって聞こえがしに

ハラダ「あーあ。また止められちゃって、一体、いつになったらまともに流れるんでしょうね」

セキ口「なに? 意見があったらはっきり言って?」

ハラダ「別に。でも、先輩。みんな我が儘言いたくてもおさえているんですよ。これ、みんなの劇ですから」


    ハラダ退場。


セキ口「我が儘……我が儘なの?」


    奇妙な沈黙。
    カワノは思い切ってセキ口に向かう


カワノ「なあ…………ごめん」


    沈黙


カワノ「やっぱり先生ってすごい迫力だわ。難しいよ何か言うのって。
    なんか、思いこんでいるところあるしね。でも、古くさいんだよねえ言うことが。
    やっぱり、顧問が演出やってても平気なのは中学演劇までだよね」


    沈黙


カワノ「本当、次何か言ってきたらガツンっていうからさ、……」

セキ口「悪いけど、喋らないでくれる? ウザイから」

カワノ「ごめん」


    セキ口はここで始めてカワノを見る。
    そして、溜息。


セキ口「私、おりるわ」

カワノ「はぁ!?」

セキ口「なんかもうさ、嫌になっちゃった。スタッフに回るから、誰か代わりにやってもらって」

カワノ「ちょっと待てよ。お前、一応主役なんだから」

セキ口「主役は先生でしょ」

カワノ「なんで舞台立たない奴が主役なんだよ」

セキ口「じゃあ、なんで舞台立たない奴の言うことを聞いているのよ?」

カワノ「だって、そりゃ、先生だし」

セキ口「関係ないでしょ? なんか演劇やっていたわけではないんだから。
     ろくに経験もないくせに口出されたって劇が壊れるだけじゃん」

カワノ「そんなこと」

セキ口「実際壊れているでしょ!? だから止めるの。はい。じゃあ、今度は客席から見ていて上げる」


    セキ口は舞台を降りそうになる。
    が、カワノが捕まえる。


カワノ「そんなことは演出として許さない」

セキ口「あんたにそんな権限があるの?」

カワノ「これは俺の書いた劇なんだ。だれが一番役にあっているかは、よく分かってる」

セキ口「もう、先生が書いた劇みたいな物じゃない」

カワノ「それでも! それでも、俺の劇だから。
    どんなに変わっても、俺が書いたことに変わりない。
    書き上げるまで喜んだり、悔しがったり……そこから、俺は逃げられない……」


    間


カワノ「誰かと誰かいて、関係が生まれて。でも、その見えないものにいつのまにか捕まって、
    閉じこめられて……教室という箱の中を檻に感じてしまう。
    ……実感ない人には『そうなんだ』って思うだけなのかも知れないけど、
    俺、自分で書いていて一番言いたいことが言えている気がしたんだよ。
    ……そりゃ、始め思っていた形とはずいぶん変わって来ちゃったけど……
    でも、俺の言いたかった話しであることは間違いないんだ。
    教室の中で。切り離されて死んでしまった関係と、切り離した少女……
    一人じゃ何もできないのに、一人に逃げて椅子に座っている……
    この、構図だけは譲れないし、変わってない。……だから、俺は逃げない。
    ……お前も逃げるなよ」

セキ口「…………逃げたりしてないわよ」


    セキ口は降りようとした舞台を戻って机の辺りまで行く。


カワノ「(ほっとしたように)そうか」

セキ口「私だって分かっているわよ。今更逃げられないことくらい。
    逃げたら周りに迷惑かけるだけじゃない。これ以上我が儘なんて言われたくないし。
    ちょっと言ってみただけよ」

カワノ「そうだよな」

セキ口「あんたもねぇ。自分の書いた作品だって自覚あるならもっと言い返しなさいよ。先生が調子乗るでしょ」

カワノ「はい。ごめんなさい」

セキ口「わかればいいのよ」


    ふと、いい雰囲気に思えなくもない。
    と、ツゲノが突然飛び起きる。


ツゲノ「すいません寝てました!」

セキ口&カワノ「うわっ」

ツゲノ「すいません。すいません」

カワノ「いや、別に謝られても……疲れていたんでしょ?」

ツゲノ「それでも、こんな中途半端な時に起きるなんて最低です。
    どうぞ、私なんかに気にしないで先をお続け下さい」

カワノ「先って……」


    カワノとセキ口は見合って苦笑する。


ツゲノ「勝手に、ラブラブだろうが、いちゃいちゃだろうがやっていればいいわ!」

カワノ「おい!待て!」

セキ口「ちょっと! なにワケ分からないこと言っているのよ!」


    ツゲノは二人の言葉が終わらないうちに退場している。


セキ口「……最悪」

カワノ「俺の台詞だ……」

セキ口「あんたねぇ。これで誤解が広まったりしたらどうしてくれるのよ!」

カワノ「俺の台詞だ!」

セキ口「それしか言えないの!? ボキャブラリー少なすぎるのよ!」

カワノ「俺の……うるさい! 悪かったな!」


    と、そこへハラダがやってくる。


ハラダ「先輩〜 舞台の上でいちゃついているんだって〜? って、いきなり修羅場!!? 
    だから浮気は駄目だとあれほど言ったのに〜」

カワノ「何の話しだ!」

セキ口「あのねぇ。何を聞いたか知らないけど。まったくそんなこと無いから」

ハラダ「なんだぁ。つまらないの〜」


    と、ツゲノがやってくる。
    なぜかカメラを持っている。


ツゲノ「あれ!? 終わっちゃったんですか?」

カワノ「だから、何の話しだ!」

セキ口「とりあえず、そのカメラは何だとか、お前等どんな目であたし等を見ている? 
     とか、色々いいたいことあるけど、まずは練習しましょうか。先生、もうすぐ来るだろうし」

ハラダ「ヘーイ」

セキ口「……ねぇ」

ハラダ「なんですか?」

セキ口「……ごめんね」

ハラダ「何がですか?」

セキ口「……なんでも。あまり、もう我が儘、言わないようにするわ」

ハラダ「(なんか納得して)そうですか」

セキ口「うん、ごめんね迷惑かけたわ」

ハラダ「……べつに、思ってないですよ」

セキ口「え?」

ハラダ「迷惑だなんて」

ツゲノ「(ハラダに被るように)あの〜。私、また死んでいなくちゃ駄目ですか?」

カワノ「え? なんで? 嫌になったの?」

ツゲノ「ポーズに迷っちゃって」

カワノ「何でも良いよ。制止しているのが辛くなければ」

ツゲノ「ハーイ」


11


    ツゲノが死んだ途端、音響が入る。
    なんか、危険信号っぽい。


カワノ「なんだこれ?」

セキ口「非常警報?」

カワノ「なんで?」

セキ口「さぁ?」


    ハラダとツゲノも不思議そう

    と、イジ川がやってくる。
    なぜか舞台袖から。


イジ川「良いこと思いついたのよ!」


    音響が止む。


生徒All「なるほど」

イジ川「どうかした?」

カワノ「いえ。何でもないです。それより、どうしたんですか?」

イジ川「良いこと思いついたのよ。舞台は屋上ってことにしたらどうかしら?」

生徒All「はいぃ?」

イジ川「それで、柵に向いている少女がいて、話しかけると、それがこの子(と、ツゲノを指す)なのよ。
    そして、後ろからあの子(ハラダを指す)に話しかけられるってどう?」

カワノ「えっと」

イジ川「面白いでしょ?」

セキ口「教室はやめってことですか?」

イジ川「だって。ありがちじゃない教室劇。なんか、いかにも大道具を用意できない学校って感じじゃない?」

セキ口「(むっとして)別に、事実ですし」

イジ川「そんなことは分かっているわよ。でも、屋上ならそれほど大道具もいらないし。
     これから十分用意できると思うのよ。どう?」


    間


カワノ「えっと、なかなか、その」


    セキ口はカワノを睨んでいる


カワノ「面白い、ですね」

イジ川「そうでしょう!?」

カワノ「ええ。ありきたりじゃない感じで」

セキ口「……譲れないんじゃなかったの?」

カワノ「一回、やってみましょうか?」

イジ川「そうね。ちょっと、舞台変えて見ましょう」

セキ口「ねぇ。譲れないんじゃなかったの? 教室も。構図も」

カワノ「……先生がせっかく機嫌いいんだから、余計なこと言うなよ」

セキ口「なにそれ」

カワノ「はい、みんなちょっと舞台転換するよ。屋上に変えてみるから。
    あ、死体はね、柵にかかっている感じで。柵はそうだな。机、使おうか」


    ツゲノとハラダは机を置いたり、死体のポーズ作ったりしている。
    イジ川は椅子に座る。
    セキ口、黙って立っている。


カワノ「おい、お前も手伝えよ」

セキ口「結局、そうなんだ?」

カワノ「仕方ないだろ……俺、別に演劇そんなに詳しいワケじゃないし」

セキ口「……」

カワノ「こっちの方が面白いって言われたら、そうだろうなって思うしかないじゃんかよ!」

イジ川「何をどなっているの? 何か問題?」


    間


カワノ「いや、べつに」

セキ口「先生」

イジ川「なに?」

セキ口「…………高校演劇は、誰の物ですか?」

イジ川「あなた達の物に決まっているでしょう?」

セキ口「そうですよね?」


    イジ川はセキ口の言いたいことに気づく。


イジ川「口を出すなって言いたいの?」

カワノ「そういう意味じゃないですよ、なぁ(と、セキ口に言って)ほら、まずは練習をしましょう」

イジ川「あなたは黙ってて!」

カワノ「はい……」

イジ川「ねぇ。口を出して欲しくないのね?」

セキ口「そうですね。はっきり言えば」

イジ川「そう。いいわよ?」

セキ口「え――?」

イジ川「あなた達が、舞台の上でまったく誰にも、
     どんな人間にもくすりともされない1時間を過ごしたかったらね」

セキ口「別に、先生の提案が面白いとは思えませんけど」

カワノ「だから、お前――」

イジ川「そりゃ、あなた達にとってはあまり面白くないと思うけど……でもね。
     高校演劇の審査員って言うのは、私くらいの年齢の人ばかりなのよ?」


    イジ川立ち上がっている。


セキ口「べつに、審査員のために劇をやっているわけじゃ」

イジ川「そりゃね。そうでしょう。あなた達はただ、面白おかしくやれればそれでいいでしょう。
     何があったって舞台の上で恥をかくのはあなた達だ物ねぇ。でもね。
     舞台の上の恥なんて舞台終わっちゃえばそれまでなのよ。
     だけど舞台の外で恥をかいている私はどうなるのよ? 私の身にもなってみなさいよ!」

セキ口「先生の」

イジ川「こっちはね、せっかくの休日を他の学校の先生達に笑われるために過ごしたくないのよ。
     良いわよ? 今の内容でも。ちゃんと実力があるところだったら面白くなるわよ。
     実力があるところはなにやらせたって面白いんだから。でもね。あんた達、実力無いでしょ? 
     普通に楽しませること無理でしょ? だったら、どんなにわざとらしくても、
     狙っていくしかないじゃない。そうでしょ? 違う?」

セキ口「確かに、実力は……ないかも………知れないです」

イジ川「自覚できているんだったらねぇ」


    セキ口は俯く。
    カワノは何もできない。
    ツゲノはハラダを見る。
    と、ハラダが口を開く
    今まで反抗の一つもしなかったその目が、まっすぐセキ口を助けるように向く。


ハラダ「でも――」

イジ川「でも?」

ハラダ「でも、その――」

イジ川「でも何!?」


    ハラダは黙る。
    が、ハラダに押されるように、セキ口が口を開く。


セキ口「でも、こう言ったら悪いですけど……私たちは、先生のために演じているんじゃないんです」

イジ川「――」

 
    イジ川思わずセキ口の顔をまじまじと見る。
    セキ口はまっすぐイジ川を見ている。
    イジ川は動揺して、カワノを見る。
    俯いていたカワノは、イジ川の視線に気づくと顔を上げる。
    自信なげな顔がゆっくりとイジ川を向く
    後輩達の視線が、カワノに集中する。すこし、それが勇気となる。


カワノ「僕らは……僕らが演じたいからここにいるんです」


    ハラダも、いつの間にかイジ川を見ている。
    ツゲノもイジ川を見ている。
    音楽がかかる。
    イジ川は思わず席に腰を下ろす。

    間


12  なんて劇を作っていた○○高校演劇部


    響き渡る手を叩く音。
    叩いたのはツゲノだった


ツゲノ「はい! オッケーです」


    途端、みんな緊張をゆるめる。


ハラダ「うっわーー。息飲んだ〜」

イジ川「やっぱりさぁ。最後の台詞はもうちょっと間があった方がいいんじゃない?」

カワノ「そうかなぁ。どうだった?」

セキ口「前よりは良くなったと思いますよ」

カワノ「前よりは、か……」

ハラダ「てか、先輩、先生役だんだん顧問に似てきましたよね」

イジ川「うっそぉ!? それ、もしかしてやばいんじゃない?」

セキ口「先生、見た途端怒りまくったりして」

ツゲノ「大丈夫。その点は、もう了解取っているから」

セキ口&ハラダ「さすが演出〜」

カワノ「でも、大変だよね。舞台に立ちながら演出やってんのって」

ツゲノ「まあ、私死体ですから」

イジ川「いる意味、あまりないしね」

ツゲノ「今回通しだからずっと舞台に寝てましたけど……やっぱり、身体冷えますね」

イジ川「当たり前だって。ああ、でも大声出しすぎて咽痛くなっちゃった」

カワノ「しっかり発声しないからだ」

ハラダ「帰りに何か飲みます?」

イジ川「そうだね。ついでに何か食べていこうか?」

ハラダ「賛成〜って、私だけ!?」

ツゲノ「あ、じゃあ私もいいですか?」

イジ川「いいよ。あんたわ?」

カワノ「あ、じゃあ行こうかな」

イジ川「よーし。主役はいかが致しますか?」


    セキ口はなにやら考えている。


イジ川「主役のおじょうさーん? お嬢様〜? おくさーん?」

セキ口「あ、すいません。何ですか?」

カワノ「奥さんで反応するのかよ!」

ツゲノ&ハラダ&イジ川
「まさか!?」

セキ口「いや、お嬢さんでもう気づいてましたから」

イジ川「どうしたの? なにか引っかかるとこでもあった?」

セキ口「いえ、そうじゃないんですけど……」


    セキ口、しばし悩んで


セキ口「もし、本当に顧問の人にこれだけ言われたらどうするんですか?」

ツゲノ「大丈夫。先生には言ってあるし。別に反対されたりはしないと思うよ」

セキ口「そうじゃなくて……もし、こうやって何か劇作ってさ、顧問に反対されて……
     劇、変わっちゃうとしたら、どうするのかなって思って」

カワノ「(えらそうに)そういうのは、上に任せておけば良いんだって。今回だってね。
    もし、先生が何か言ってきても、俺かこいつが(と、イジ川を指し)
    びしって言って上げるから。『高校演劇は、先生の物じゃありません。
    僕たちは、これがやりたいんです』って」

イジ川「(舞台袖に)あ、先生。来ていたんですか?」

カワノ「(慌てて)え? 先生! 今のは違いますよ。
    台詞でそういうのが……って、いないじゃんかよ!」

ハラダ&ツゲノ&セキ口
   「先輩〜?」

イジ川「本当、あんたって口バッカよね」

カワノ「あ、俺ちょっとお手洗いに言ってくるわ。うん。ごめんごめん」

ハラダ&ツゲノ&セキ口
   「先輩!」


    カワノは退場


セキ口「……結局、そういうことなんですか?」

イジ川「さぁ。まぁ、ちょっとは変わっちゃうかもね」

セキ口「やっぱり」

ハラダ「仕方ないよ。一応、学校の名前で大会に出るんだしさ」

セキ口「縛られているってワケか。ここでも。ねぇ、演出さん」

ツゲノ「現実は物語みたいに行かないからね」

イジ川「でも、さ」

セキ口「え?」

イジ川「舞台に立っちゃえば、そこは役者の物だから」


    一瞬の間。
    生徒達は、幻想とも言うべきその言葉に数秒酔う。


セキ口「(ふざけて)先生〜そんなこといっちゃって大丈夫なんですか?」

イジ川「(乗って)もちろんです。私が言うんだから間違いない」

ツゲノ「いいなぁ、その台詞入れたいです」

ハラダ「入れちゃえ入れちゃえ」


    音楽がかかる中、
    イジ川はいたずらっ子のように皆へ向く


イジ川「言いたいだけ、言わせておけばいいのよ。
     なんてったって、拍手を浴びるのは私たちなんだからさ」


    顔を見合わせ会う生徒達。
    果たしてそんな言葉で済むのだろうか?
    そんな疑問が顔をかすめる。
    けれども、一人ではない彼女たちは、
    仲間のうなずく仕草に、徐々に自信を持っていく。
    

ハラダ&セキ口&ツゲノ「……はい!」

イジ川「さあ、じゃあもう少し時間あるし、ラストもう一回やっておこうか」

皆「はーい」

ハラダ「あ、演出は?」

ツゲノ「酷いっ。ここにいるのに」

ハラダ「じゃなくて、劇中の」


    と、カワノが手を拭きながら現れる。


セキ口&ハラダ&ツゲノ&イジ川
   「おせーよ!」

カワノ「え、あ、すいません」


    謝るカワノをどつくように立ち位置に移動させる。
    今度はツゲノは死なずに、演出のように位置を変える。
    セキ口とイジ川は互いに相手を撃ち合うようにして、戦いの意識を高める。


ツゲノ「音響、照明、準備オッケーですか? じゃあ、行きますよ〜! はい、スタート!」


    しかし、そこにあるのは笑顔ばかり。
    一人ではない少女達は、入り乱れた「関係」の中、
    それでも、楽しく劇を作っていく。

※この物語に登場する演劇部は作者の演劇部とももちろん実際の演劇部とも一切関係ありません。いや、本当に。