1レベル・ノベル・ウォー



登場人物。

サトウ エイスケ この物語の主人公。小説家。
コミヤさん 敏腕編集員。女性。
エトウ サイコ 小説「ユウコの一日」中の小説家。
レッド 
 コバシ少年
正義の味方見習い。
女なのに、男役。
ブルー 正義の味方見習い。後に悪に。
イエロー 
 カカセルダニ
正義の味方見習い
→諸悪の根元。ダニ。
ユウコさん 「ユウコの一日」主人公。
不良(シモネータ) 不良。男。
正義の味方(チビリーナ・ビッチビッチ)
 悪人
ある時は正義の味方、
またある時は悪人。女。
ダニを追う女 ダニを追っている。
医者 一発ネタ。




    音楽が突然なり止む。


追う女「あーーー! もう、痒い!」


    客席から一人の女が現れる。
    客席の人に話しかけながら舞台に上がってくる。


追う女「ねぇ、なんかダニの気配がしない? 分かる? ダニ。
     D、A、N、I ダニ。もう痒くって劇に集中できやしない。
     どこかにいるんだよアイツは……今日こそ駆除しないと!」


    言いながら女は舞台を横切り去っていってしまう。
    再び音楽。まるで何もなかったかのように、物語は進み始める。





    少女(ユウコ)が舞台に現れる。
    今は夕方くらいなのだろうか。不安げに当たりを見るのは、
    少し寂しい通り道を歩いているからだろう。
    と、サトウの姿が一人浮かび上がる。
    サトウは手に原稿の束を持っている。
    ユウコは、サトウの言葉通りに動く。その後のキャラクターも同じ。


サトウ「夕暮れの寂しい公園を、ユウコは横切っていた。太陽はしずみかけ赤々と空を燃やしている。
     しかし、その赤は木々に阻まれて、ユウコが歩く道には差し込んでこない。
    近道だとはいうものの、ユウコはこの道が好きではなかった。
    木の根が所々出ている地面は、年老いた人間の血管を想像させた。
    誰一人座ることの無く朽ちたまま放置されているベンチは、溶けかけた歯。
    そして、木々をやっと抜けるように吹く風は、死へと近づいている者の息」

ユウコ「この公園は死にかけている」

サトウ「そうユウコは想像した。だからこの死にかけた公園という体内を歩く行為が、
    ユウコには好きになれなかった。いつもならば公園をぐるりと回って家に帰るところだった。
    しかし、今日はどうしても見たいテレビがあった」

ユウコ「早くしないと、始まっちゃう……」

サトウ「ビデオに撮れば良かったのだろう。だが、ユウコの家にはビデオはなかった」

ユウコ「ビデオテープはあるのに……」

サトウ「ユウコは急いだ。死の幻想を重たくのしかけて来る公園を、少しでも早く抜けられるよう。
    しかし、気がついたとき、目の前には男が立っていた。」


    サトウの言葉通り、ユウコの前に不良が登場。


不良 「ユウコさん、ちょっと待ってください」

サトウ「男は突然、ユウコの名前を呼んだ」

ユウコ「……誰、ですか?」

不良 「哀しいなぁ。俺の名前を忘れちゃったの?」

サトウ「男は不適に笑いながらゆっくりとユウコに近づいた。
    思わず後ろに下がりながら、ユウコは男の顔をどこかで見たことがあることを思いだしていた」

ユウコ「あなたは……」

不良 「まだ思い出せないのかい? ユウコさん。俺の名前は」

サトウ「瞬間、ユウコは思いだしていた! 男の名前が、シモネータ・ウンコブラリだと言うことを」

ユウコ「シモ……! そんな名前言えない……」

不良 「何でそんな名前なんだ〜!!」

ユウコ「し、シモさん。何のようなんですか?」

不良 「何のようって、こんな場所で2人の男女が出会ったら、やることは、一つ、だろう?」

サトウ「男はゆっくりとユウコへ近づいた。そう、男は初めからユウコが一人になるのを狙っていた。
    男は、ユウコに惚れていたのだ」

不良 「俺は、あなたが」

サトウ「だが、同時に大嫌いでもあった」

不良 「ペッペー! 近寄るんじゃねーよ!」

ユウコ「酷い……」

サトウ「が、そんな自分は大好きだった」

不良 「やばい。今日の俺も輝いている……一字変えたら、佐賀焼いている……」

サトウ「寒かった」

不良 「うるさい! というわけで、ユウコさん、覚悟してもらおう」

ユウコ「なにがと言うわけなのかさっぱり分からないけど。いやああああああ」

サトウ「と、ユウコが叫んだ瞬間!」

正義 「ちょほいと待ちなはぁ」

不良 「誰だ!」


    と、声が響き正義の味方が、いかにも正義の味方という格好でやってくる。
    マントは着ていたいが、後は自由。


正義 「名乗るほどの問じゃありませんが、まぁ、こういうモノです」


    言いながら、正義の味方は名刺を差し出す。不良、思わず受け取る。


不良 「(名詞を読んで)イマハ薬局係長荻沼……」

正義 「(嬉しそうに)しまった! いきなり、正体のばれるぴーんち!」

サトウ「突然現れたのは、この界隈を守っている正義の味方だった。名をチビリーナ・ビッチビッチ!」

正義 「(不良に)正体を知ったからには、本名で呼んでくださって結構ですから」

不良 「大変ですね、お互い」

正義 「まぁ、名前を決める権利はないですからね。私たち」

ユウコ「わぁ、レアキャラだぁ……(何も考えず、正義の味方の写メを取っている)

サトウ「名刺交換も終わり、ついに戦いの火蓋が切って落とされようとしていた!」

不良 「邪魔するなら容赦はしないぜ」

正義 「正義の鉄槌、食らわせましょう」

サトウ「森の中に広がる緊迫感。揺るぎそうもない2人の視線の前に、
    木々でさえ時が止まったように動かなくなる。徐々に広がっていく闇の中、
    そこだけが怪しく輝いているようにユウコには見えた。そして……!」

コミヤ「ボーーーーーーッツ(没)」

サトウ&登場人物ALL「げっ」





    それまでの雰囲気ががらりと変わる。
    ここは小説家のリビング。
    その中に、不可思議な空間(小説の世界)が同居している。
    突然の声に小説の中の人物も思わず声のした方向を見てしまう。
    そこにはサトウの編集者である、コミヤケイコが立っていた。
    その手には、サトウが持っているのと同じと思われる原稿を持っている。

    ※小説家と編集者が話しているうちに、
     不良と正義の味方はうなずいて椅子を運んできてあげる。
     そして、再び小説の世界で戦いあう姿勢をとって時を止める


コミヤ「サトウさん」

サトウ「こ、これはコミヤさん。おはようございます。どうでしたか? あの、原稿の方は?」

コミヤ「あなた、私が今言ったこと聞こえなかったんですか?」

サトウ「え? 何か言ってましたっけ? 原稿の推敲に集中していましたので」

コミヤ「没と言ったのです。ボーーーーッツ!!と」

サトウ「ボーズ?」

コミヤ「はい。わざとぼけないの。分かっているんでしょう?」

サトウ「いや、でも、あの、この作品はですね」

コミヤ「この不良と正義の味方が現れてから、ユウコは一言も喋ってませんね?」

サトウ「はい」

コミヤ「後で、『そこだけが怪しく輝いているようにユウコには見えた』ってありますけど、
    ここまでユウコのこと忘れていたんじゃありません?」

サトウ「分かりますか?」

コミヤ「私はプロですよ。それから、サトウさん」

サトウ「はい」

コミヤ「登場人物に変な名前をつけるのは止めましょう」

サトウ「でもそれは現実と小説の一つのアンチテーゼとしてですね。
    虚構をわざと笑うというか、そこで読者の視点を一気に戻すというか」

コミヤ「言いたいことは分かりますけど。ユウコはないでしょう」

サトウ「え、そこなんですか!?」

コミヤ「今時ユウコって言うのもね……第一話から、気になってはいたんですけど」

サトウ「だからって今さら言わないでくださいよ! 連載、始まっているんですから。
    それに、ユウコって名前はタイトルにも使っているじゃないですか」

コミヤ「『ユウコの一日』……そうね。まぁ、このシリーズが人気なのも、
    こういうあまりにも普通な名前の主人公が変わっていくって過程が
    受けているからかも知れないですからね。」

サトウ「あ、人気なんですか? これ」

コミヤ「人気ですよ。特に例の小説家が」

サトウ「ああ、江藤サイコですか。ユウコにあれこれ吹き込む」

コミヤ「今回も、出て来るんでしょう?」

サトウ「出てきますよ。彼女に出てきてもらわないと話が進まないですから」

コミヤ「そうですか。課長からも、もっと飛ばすように指令をもらっていますから。
    頑張ってくださいね」

サトウ「でも、すいません。連載にまでさせてもらったのに、没だしちゃって」

コミヤ「何言ってるんですか!? 没なわけないでしょ! これ、使えますよ。グーーッドです」


    それまでドキドキしながら小説家と編集者の話を聞いていた小説の登場人物達は、
    それぞれにずっこけながらもホットすする。そして喜び合いながら退場。


サトウ「え、でも没って?」

コミヤ「言いましたっけ?」

サトウ「言いましたよ、はっきり」

コミヤ「ああ、それじゃきっと私的にはって事なんでしょう。
    安心して下さい。私の判定基準って厳しいですから」

サトウ「いや、でもそう言う厳しい目で見られないと僕の腕も伸びない気がするんですよ」

コミヤ「いいんですよ。お前は同じ様な作品をとにかく書いていれば」

サトウ「すいません」

コミヤ「ところでどうですか。このごろの仕事具合は?」

サトウ「それが、すごく快調なんです」

コミヤ「そうですか」

サトウ「なんか次から次に書きたいことが浮かんでくるっていうか。
    気がついたら原稿が出来ているって言うか」

コミヤ「本当に?」

サトウ「ええ。……昨日なんて、パソコンの前でつい、うつらうつらしたつもりが
    ちゃんと小説書いていたりしたんですよ。これも、才能なんですかね」

コミヤ「そうですね。今は『サトウエイノスケ』作って書いてあれば
    つまらなくても売れるブームなんですから、今のうちにたくさん書いた方が徳ですよ」

サトウ「でも、このままでいいのかとも思うんです」

コミヤ「何故ですか。ちょっと前まではボロアパートで犬畜生並だったのに、
    今はこんな立派なマンションに住みやがっているじゃないですか」

サトウ「それが、最近は書きたいモノを書いている気がしなくて」

コミヤ「ちょっとえらくなると作家は直ぐそう言うことを言い出すモノです。
    『書きたいモノを書きたい』(鼻で笑って)大丈夫です。
    そのうち、『あ、これが自分の書きたかったモノかも』って思うときが来ますよ」

サトウ「そう、ですかね。自分が何で書いているのかもよく分からなくなってきているんですが」

コミヤ「とにかく書く。それが一番です。パソコンが壊れるまで書く。
    パソコンが壊れたら鉛筆で書く。これです。いいですか」

サトウ「……はい」

コミヤ「じゃあ、私は今週の分もらっていきますから。どんどん書いてくださいね」

サトウ「大丈夫。書くのは出来ていますから」


    コミヤが去っていく。ついでに椅子も片づけていく。
    座るつもりだったサトウはふと溜息をつき。
    ふと煙草を取り出そうとするが、箱は空。
    家の中も今は空。ふと、やってきた虚しさ。


サトウ「そう、書くのは出来ている……知らないうちに、書けているんだから」


    サトウは言いながら自分の原稿を手にする。


サトウ「不良のシモネータ……正義の味方のチビリーナ……こんなの、書いたっけなぁ。
    この後、どうすればいいんだか」


    とか言っていると、紙飛行機が飛んでくる。
    思わずサトウは紙飛行機を拾う。


サトウ「なんだ……原稿? ……(思わず、当たりを見渡して)これ、続きが……!? 
    『ユウコの目の前で2人は……」


    と、言ったところでさっきまでと若干ニュアンスの違う小説の世界が始まる。





    ユウコを捕まえた不良と、正義の味方がそれぞれ向かい合うように出てくる。
    サトウは2人の場所を譲って原稿を読むのに集中している。


不良 「それ以上近寄ると、人質がどうなっても知らないぞ」

ユウコ「(やる気無く)いやああ。助けてぇ……」

正義 「くっそぉ。一体人質をどうする気だ!」





不良 「え?」

正義 「だから、人質をどうする気だと言っているんだ。どうなってもって言うからには
    よっぽどのことをする気だろう!」

不良 「えっと……」

正義 「ほら、どうする気だよ。それが分からないとこちらとしてもね〜。対応が困っちゃうなぁ」

不良 「えっと、ほら、よくあるだろ? な?」

正義 「さては、放送コードに引っかかるようなことをするつもりだな! ハレンチな!」

不良 「(切れて)あー! あー! それでもいいよ。いいよ。やってやるよ」

ユウコ「ちょっと待ってよ。何をするきよ」

不良 「(泣きそうに)ナニをする気なんだよ!」

ユウコ「そんな、涙目になって言わなくても……」

正義 「少年。あんまり早まったことばかりしていると、人生長生きできないよ」

不良 「お前がけしかけたんだろ!」

正義 「しかも悪事を人のせいにするとは。明らかに悪と確認。よし、来い、我が生徒達よ!」


    正義の味方はここでいっちょオカリナでも吹いてみるか。
    そして現れる赤と青。


レッド「お呼びですか先生」

ブルー「待ちなよレッド、あんたって奴はいつもそうやって自分ばっかり先に行って。
    まだイエローが、おやつ食べているとこだったでしょ」

レッド「だからだよ。勘定払わせようと思って」

ブルー「やっぱり。私もそうしようと思って置いてきた」

正義 「お前達、またイエローを置いてきたの?」

レッド「イエローが悪いんです」

ブルー「パフェを一人で三つも食べているから」

正義 「せめて二つにしろってあれだけ言ったのに……」

レッド「それで先生、何の用ですか?」

正義 「見ろ! あそこに悪がいる」

レッド「確かに!」

ブルー「女性を人質にするなんて、まさに悪。(レッドに)ここは任せて。
    怪人! お前の名前はなんだ!?」

不良 「誰が怪人だ!」

ブルー「なんだぁ。人間かぁ」

正義 「そこ! がっかりしない」

ブルー「(気を引き締めて)とりあえず、私が代わりに人質になって挙げるから、
    そのお嬢さんを放しなさい」

不良 「そんな意味のないことはしない」

ブルー「なぜ!? こんなに可愛い女の子が、自ら人質になってあげるって言っているのに」

不良 「好みじゃない」

ブルー「……話し合いは決裂しました」

レッド「では、実力行使だ」

不良 「待てお前等、それ以上近寄ると、この女がどうなっても知らないぞ」

レッド「そんなの、俺たちだって知ったこっちゃない!」

ブルー「覚悟!」

不良 「そんなのありか〜!?」

ユウコ「きゃあああ」


    暗転
    暗い中、ぼかすかと殴る音が響き渡る。
    このうちサトウは姿を消しておく。




    そして再び明るくなると、不良はズタボロにやられて伸びていて、
    ついでにユウコもボロボロになって伸びているのだった。


レッド「よし。任務完了だな」

ブルー「いいことをした」

正義 「待て待て待て待て」

レッド「なんですか、先生」

正義 「いいか?(と、不良を指し)これは悪。(そしてユウコを指し)これは、人質。
    ごっちゃにするのはダメ。基本的には人質には傷を付けない。
    これが、求められる正義の味方の判断力です」

ブルー「なるほど」

レッド「奥が深い」

正義 「とりあえず、この2人を片づけちゃって」

レッド&ブルー「はい」


    レッドとブルーで不良を運んで片づける。
    と、そこにイエローが帰ってくる。


イエロ「狡いよ2人とも、いつもお勘定を私に払わせてさぁ」

レッド「イエロー手伝って」

イエロ「え? 何を」

レッド「分別作業」


    レッドとブルーとイエローでユウコを片づける。
    正義の味方はそんな三人が袖に消えた瞬間に集合をかける。


正義 「集合!」


    集まってくる三色。
    正義の味方は前を向いたまま、


正義 「よーし。それでは並べ」


    三色が黄、赤、青の順に並ぶ。


正義 「気をつけ」


    三色がダラダラと気をつけ。


正義 「着席」


    と、言う言葉で体育館座りをする。


正義 「さて、生徒諸君」

三色 「はい!」

正義 「先ほどは見事に悪を倒してくれました」


    赤&青頷いている


イエロ「え、そうなの?」


    赤&青頷いている


正義 「もう、君たちに教えることは何もない」


    赤&青頷いている


イエロ「え、でも、私まだ敵倒してないし……」


    赤&青は黄色をにらみつける


イエロ「なんでもないです」

正義 「というわけで、今日で皆さんは卒業です!」

赤&青「(途端立ち上がって)先生、今までありがとうございました!」

イエロ「ありがとうございました」

正義 「うん。あ、今卒業証書出すから」


    正義の味方はどこからともなく卒業証書を取りだし、


正義 「ほらよ」


    いきなり投げ出す。
    客席にまで投げ出す。
    むしろ客に向かって投げてます。


レッド「先生! ありがとうございます!」

ブルー「ありがとうございます!」

イエロ「ああ! 私も〜」


    とか言いながらレッドは取りに行くが、
    客の近くに落ちていたら、お客さんにあげちゃったり。


正義 「皆、いい正義の味方になるんだぞ。では!」


    そう言いながら、正義の味方はおもむろに自分のマントを裏返す。
    何故かそこには正義の文字はなく悪の字があったり。
    そして、三色が気づかないうちに正義の味方?は去っていく。


レッド「やっと、卒業かぁ」

ブルー「長かったねぇ」

イエロ「だねぇ」

レッド「さぁ、じゃあ世界の悪を倒しに行かなくちゃ!」

ブルー「なんで?」

レッド「なんでって、これでようやく本物の正義の味方じゃないか」

ブルー「いいよぉ。私って、資格欲しかっただけだから」

イエロ「私も」

レッド「そんな!? 一体今までのやる気は何処へ行ったの!?」

ブルー「だって、やる気あるように見えた方がいい点つくじゃーん」

イエロ「わぁ。ブルーってばあったまいい」

ブルー「あんたは馬鹿なだけ」


    黄色、無言でいじける。


レッド「お、おかしい。何かが狂ってる」

ブルー「今の世の中、どこもそんなもんよ?」

レッド「でもこの世界は……そうか。ごめん2人とも。僕は、行かなければいけないんだ」

ブルー「どこへ?」

レッド「この世界をゆがめている原因へ。(ふと、どこかを睨み付け)
    待っていて下さいねエイノスケさん。世界は、僕が救いますから」


    レッドが走り去る。
    ブルーとイエローは顔を見合わし。


イエロ「行っちゃったね」

ブルー「見りゃ分かるわよ。馬鹿」


    ブルー、思わずイエローを叩く。


イエロ「なんでそう、直ぐブツのぉ」


    イエロー泣き出す。


ブルー「しちめんどくさい奴ねぇ……はたいたくらいで泣くなよ」

イエロ「はたいたって勢いじゃなかったもん!」

ブルー「はいはい。なんか買ってあげるから」

イエロ「アイスがいい」

ブルー「さっきパフェ食べたろ!」

イエロ「また殴った〜」


    とか言いながら、ブルーとイエローが去る。




    舞台は再び現実に戻り、小説家(サトウエイスケ)が原稿をもって現れる。


サトウ「『待っていて下さいねエイノスケさん』? ……なんで、
    小説の中の人間に声をかけられなきゃならないんだ……小説が歪んでいる……
    一体誰の手にって……これは僕が書いたんだよな。……じゃあ、彼は何処へ行ったんだ?」

サイコ「そう。それを私も聞きたいのよ」


    空間が歪む。
    サトウの前にエトウサイコが現れる。
    いかにも小説を書いていますと言う格好だが、
    よく見るとサトウの格好にも似ている。


サトウ「だれだ、あんた」

サイコ「私の顔を忘れたの? あんたが書いたんでしょう?」

サトウ「……まさか、彼女は小説の中の人物に過ぎない」

サイコ「だから現実に出てこられないって言うわけ。想像力の貧困な男の考えそうな事ね」

サトウ「……サイコさん、なのか」

サイコ「あんたの代わりに小説を書いてあげているのよ? 
    エトウサイコ様と、フルネームで呼べないの?」

サトウ「こんな馬鹿な話しが、こんな事があってたまるか」

サイコ「じゃあ、あんたの目の前にあるこの現実はなに?」

サトウ「あんたが、僕の代わりに小説を書いているだと?」

サイコ「そうよ」

サトウ「だがそんなことは、そんなことは」

サイコ「出来ていることに、不可能なんて言葉をつけるのは止めれ」

サトウ「……これから、どうするつもりなんだ」

サイコ「あんたはいつも通りパソコンの前に座ればいいの。
    パソコンが壊れたら鉛筆を持てばいい。そうしたら、私が小説を書いてあげるわ」

サトウ「だが、こんなのは私の作品じゃない」

サイコ「あんたの中の私が書いたんだから、あんたの作品でしょう」

サトウ「だが、自分で書いた覚えのない作品なんて」

サイコ「勝手に小説が出来ていてラッキーなんて思ってたのは何処のどいつ?」

サトウ「…………」

サイコ「確かに、あんたの小説とは似てもにつかないでしょうね。私はあんたが大ッキライだから。
    ……理由は言わなくても分かっているでしょ?」

サトウ「ああ。……あんたは、僕にない、いい部分の集まりだ」

サイコ「私から見たらあんたは欠陥だらけの失敗作」

サトウ「それで、僕の話を否定するのか」

サイコ「否定じゃないわ。私の望むレベルに達してないだけ。
    私に言わせたらあんたなんて、1レベルでひのきの棒すら買っていない勇者みたいなモノよ。
    お話にならない」

サトウ「僕だって頑張っているんだ……」

サイコ「形に現れなきゃ意味がないわ」

サトウ「わかっているよ」

サイコ「だからあんたが私に勝てる分けないの。抵抗はするだけ無駄よ」

サトウ「ああ……」


    と、どこからともなく声が聞こえる
    それはレッド(=少年)の声


少年声「諦めちゃダメですよエイノスケさん。まだ、方法はあります」

サイコ「この声は……あのガキか……」

サトウ「(声に)君は?」

少年声「もとレッドです。今はコバシと名前を変えて、この世界を捜索中です」

サトウ「何が見つかると言うんだ」

少年声「さぁ。けれど、この世界があなただけのものになるように頑張りますから。
    絶対に、諦めないで下さいね」

サトウ「しかし、どうやって……君!? ……行ってしまったのか……」

サイコ「無駄な抵抗はするなと言ったでしょ?」

サトウ「いや、僕はあの少年のことは全然知らない。……なぜか、懐かしい気がしたけれど」

サイコ「(一瞬睨み)……まぁいいわ。始末すればいいだけだから。
    ……これ以上、仕事を増やさせるんじゃないわよ。
    じゃないと、あんたも、消してしまうから」


   不気味に笑うと、エトウサイコは、小説の中へと戻っていく。
   やっと訪れた現実に、サトウは思わず自分を殴る。


サトウ「……起きている……どうなっちまったんだ僕は……
    小説の中の人間が現れたなんて……頭痛くなってきた」


   サトウは言いながら去る。




   途端、雰囲気は変わり、ここは病院。
   サトウが去った方向から現れた医者に向かって、元レッド、今はコバシ少年が駆けてくる。


少年 「先生! この世界が変なんです」

医者 「変なのは君の頭だ」

少年 「確かに今日の髪型は変ですが」

医者 「だから寝癖は楽屋で直せと言ったろう」

少年 「実は今、一人の女に操られてしまっているんです」

医者 「男の後ろには何時だって女がいるんだ。クリントンやベッカムを見なさい」

少年 「でも、初めは一人の男のモノだったんですよ」

医者 「所有される事に慣れちゃいけない。そんな恋愛観は不幸になるだけだよ」

少年 「どうにかして元に戻したいんです」

医者 「いい出会いをしなさい。それこそ真の治療薬」

少年 「僕はまじめに聞いているんですよ! 先生は一番の物知りじゃないんですか」

医者 「ああ、物知りだ。しかし、私は目医者ですよ? 目医者に君は何を期待しているんだ」

少年 「確かに目医者は今の状況じゃ必要ありません。何でこんな所にいるんですか?」

医者 「ここは私の病院だ!」

少年 「いつのまに!? 道ばたで声をかけたと思っていたのに」

医者 「フフフ。言ったもの勝ちです」

少年 「あ、ずるい……じゃあ、僕は行くことにします」

医者 「どこへ」

少年 「この世界を元に戻すため」

医者 「……痒いのが悪いんだ」

少年 「痒い?」

医者 「どこかにいるはずなのに見つからない。それがすべての原因だよ」

少年 「よく分からないな……とにかく行きますから!」

医者 「そっちは壁だよ」

少年 「でも、ここに隠し扉があるんですよね」


    少年はそう言ってドアを開ける。


医者 「分かってきたね」

少年 「では」


    少年はそう言うと去る。


医者 「次の人」


    医者の言葉に現れたのは、サトウエイスケ。


サトウ「よろしくお願いします」

医者 「何処が悪いんですか?」

サトウ「見てはいけない物を見てしまったんです」

医者 「殺害現場ですか」

サトウ「いえ、そんな悲惨な物ではなく」

医者 「不倫現場ですか?」

サトウ「僕はまだ独り者です」

医者 「弟の自慰現場ですか?」

サトウ「兄弟はいませんし、第一家族と住んでいません」

医者 「家族とは疎遠なんですか?」

サトウ「あまり、話しをしたことはありませんね」

医者 「じゃあ、それが原因でしょう。よく、人と話すことですね」

サトウ「いや、まだ何が見えるのかも言ってませんけど」

医者 「最近、誰か人と話しましたか?」

サトウ「僕の本の編集をして下さっている方と少々……」

医者 「本を書いていらっしゃる?」

サトウ「はい」

医者 「サトウエイスケさん?」

サトウ「はい」

医者 「もしかして、ペンネームは、サトウエイノスケ?」

サトウ「そうです」

医者 「いつも読んでいますよ。『ユウコの一日』シリーズ。面白いですよね!」

サトウ「ありがとうございます」

医者 「あの、いつも出てくるエトウサイコがまたいい味だしていて……それから、あの少年」

サトウ「あの、診察は……」

医者 「毎回名前が違うけれど、似た性格の少年が出てくるでしょう? あれが私好きだなぁ」

サトウ「声を聞いたんです」

医者 「天の?」

サトウ「なんでそうなるんですか……小説のキャラクターのですよ」

医者 「え? ドラマになるの!?」

サトウ「違います……幻聴です」

医者 「幻聴〜、それはうちの分野じゃないなぁ」

サトウ「姿も見ました」

医者 「だからってねぇ。んじゃ、知り合いの精神科医紹介して挙げますよ」

サトウ「…………」


    サトウ、なぜか体が痒い気がする。
    体をかいているサトウを見て、医者は一言。


医者 「ダニですよ」

サトウ「え?」

医者 「ダニが原因なんです」

サトウ「この痒さがですか?」

医者 「……一応、目薬も出しておきましょうか? 
    もしかしたら体の疲れが原因かも知れませんし」

サトウ「……別にいいです。失礼します」

医者 「え? もう行っちゃうの? 私、出番これだけなんだけど」

サトウ「知りませんよ」

医者 「そんなこと言わずにさぁ〜」


    とか言いながら、サトウと医者は去っていく。




    また雰囲気は変わり、今度は小説の世界へ。
    柄の悪い格好でユウコが悪人(=元正義の味方)と歩いてくる。
    何だが、ヤケに気があっているらしい。
    と、考え事をしながら歩いてきたコバシ少年が2人にぶつかる。


悪人 「何すんだよ!」


    悪人にすっ飛ばされ、思わずコバシは転げる。


少年 「ご、ごめんなさい……てか、先生! どうしたんですか?その格好は!?」

悪人 「見て分からない? 立派な悪人」

ユウコ「そして、あたしはその彼女」

少年 「彼女って……どう見ても、先生は女ですよ」

ユウコ「それは、あんただって同じじゃない」

少年 「何言ってるんですか。僕は男です」

ユウコ「って、この人(悪人)も言うから」

少年 「嘘つきだぁ」

悪人 「お前に言われたくはない」

少年 「僕は男ですって。……ユウコさんまで柄悪くなっちゃって……
    大変だ。早く世界を元通りにしないと」

悪人 「すると、お前か。なんだか知らないが世界をいじろうとしているガキって言うのは」

少年 「いじろうとしているのは僕じゃないですよ。サイコって女の方です」

ユウコ「ね、ほらこの子よ。サイコ先生を困らせてるの」

悪人 「どうやらそのようだなぁ」

少年 「そうか……ユウコはサイコの……」

ユウコ「あたし、今あの先生にぞっこんだから」

悪人 「お前には俺がいるだろ」

ユウコ「あんた女じゃん」

悪人 「サイコ先生だって女じゃんかよ」

ユウコ「それはそうだけど」


    2人が話しているうちに、少年はこそこそと逃げ出そうとするが。


悪人 「ちょっとまて、どこ行く?」

少年 「えっと、おトイレに」

悪人 「逃がす分けないだろ? おう! お前等! 仕事だ」


    悪人の言葉に、ブルーとイエローが現れる。ちょっとブラック気味。


少年 「ブルー! イエローも!?」

ブルー「残念ながら。今はもうブルーじゃないのよ」

少年 「そう言えば少し黒くなってる……」

ブルー「その名も、ブラックブルー! お見知り置きを」

イエロ「私は」

少年 「まさか2人が敵になるとは」

ブルー「正義の味方の資格じゃ、何処にも就職できないからね」

少年 「哀しい運命だね」

ブルー「そう思って許して頂戴」

少年 「分かった」

イエロ「私も、自己紹介したいなぁ〜」

ブルー&少年「黙れ」


    黄色は無言でいじける。


悪人 「さぁ、2人とも、そいつをもう二度と動けないようにしてしまいなさい」

ブルー「了解、ボス」

少年 「ここは……ひとまず逃げる」


    少年はそう言うと去る。
    ブルーがそれを追いかけていく。


悪人 「お前も行くんだよ」


    悪人がいじけているイエローをけ飛ばす。
    イエローも追いかけていく。
    悪人とユウコは怪しく笑いながら、その後を優雅に追っていく。





    また、世界が変わる。
    ここは帰り道? それともさっきの続きの世界?
    小説家、サトウエイスケが歩いてくる。


サトウ「医者はあてにならない、クスリは無駄……一体どうすればいいんだ……」


    悩みつつ歩いているその反対側から、
    小説家に向かうようにコバシ少年が駆けてくる。


少年 「すいません。追われているんです。かくまって下さい」

サトウ「え? どこに?」

少年 「背中で結構です」

サトウ「背中ぁ!?」


    コバシ少年はサトウの背中に隠れると、
    背中を合わせるようにして息を整える。
    動けないサトウはどうしていいか分からず、
    とりあえず当たりを見張る。


少年 「すいません。エイノスケさん。まだ、世界を元に戻す決定的な方法は分かっていません」

サトウ「君は……君がコバシ少年なのか」

少年 「ええ。今回は」

サトウ「今回は?」

少年 「ある時はコバシ、またあるときは正義の味方のレッド……
    名前は変わるけれど、何時だって僕はあなたの作品にいました。
    そうでしょう? 名前や姿がほんのちょっと違ったって、
    全部同じキャラクターだったじゃありませんか」

サトウ「……確かに、どんな作品だろうと決まって出す。
    そんなキャラクターがいたと思う。それが、君か」

少年 「そうです」

サトウ「だが、なぜその君が僕の世界を救おうとしてくれるんだ?」

少年 「思い出せないんですか?」

サトウ「え?」

少年 「僕が何故生まれたのかを」

サトウ「何故、君が生まれたのか?」

少年 「思い出せないんですか? 何故、あなたが小説を書いているのか」

サトウ「僕が……なぜ……」

ブルー「迷子の迷子の元レッドちゃん〜あなたの姿はどこかしら〜」

少年 「とうとう追っ手がここまで来たようです。エイノスケさんは、
    どうかこのまま見知らぬ人として去ってください。
    僕はなんとか、奴らを引きつけて見ます」

サトウ「大丈夫なのかい?」

少年 「ええ。……こんな状況ですけど、一つだけ嬉しいことがありました」

サトウ「それは一体?」

少年 「エイノスケさんと話しが出来たことです」


    少年はくるりと回る。
    その勢いで、サトウは今まで少年がいた場所に。
    ブルーが現れる。


ブルー「さあ、元レッドちゃん。悪いけど、もう逃がさないわよ」

少年 「さぁ、エイノスケさん、早く!」

サトウ「悪い。じゃあ、僕はこれで……」


    サトウ、言いながら逃げ去る。
    少年は構える


少年 「こい。この世界をこれ以上変えさせはしない」

ブルー「私は所詮雇われているだけだけど、あんたとは一度戦ってみたかったのよ……覚悟!」


    2人がぶつかり合う瞬間に、暗転。




    そして、舞台は再び佐藤家のリビングへ。
    サトウエイスケが、原稿を持って途方に暮れている。
    その目の前には編集者のコミヤケイコが座っている。


コミヤ「……なるほど。どうやら本当に作風が変わってしまっているようですね」

サトウ「そうなんです」

コミヤ「物語も大きく変わってしまって……」

サトウ「仕方ないんです。手が勝手に動いてしまうモノですから」

コミヤ「お話を聞いてからまだ3日しか経っていないんですよ。それなのに、こんなに書いて……」

サトウ「もう3日、なんです。食事をとっているとき以外は殆ど書いていますから」

コミヤ「寝る時もですか?」

サトウ「ええ。彼女は休まないんです」


    間


コミヤ「この少年は、あれ以後出てきていないみたいですが……」

サトウ「出てきませんね。捜しているんですが……もしかしたらもう……」

コミヤ「消されてしまったかも知れない?」

サトウ「はい」

コミヤ「そうですか……」


    間


サトウ「すごいんですね。コミヤさんは」

コミヤ「何がですか?」

サトウ「僕の話すことに全く驚いていない」

コミヤ「え?」

サトウ「普通なら、こんな話し信じないでしょう? 
    作家が作品をデタラメにした言い訳くらいにしか取られないはずだ。
    それが、コミヤさんは全然動じていない」

コミヤ「そんなことないですよ! 驚きましたよ!? 
    うっそー。そんなことあるの? えーまっじー?」

サトウ「……」

コミヤ「(冷静に戻って)私、驚きが後からやってくる性質なんです」

サトウ「そ、そうなんですか」

コミヤ「それで、サトウさんはどうしたいんですか?」

サトウ「どうしたいって。僕は僕の書きたいモノを書きたいんです」

コミヤ「これ(と言って、サトウの書いた原稿を見せる)たぶん売れますよ」

サトウ「だからって」

コミヤ「たぶん、あなたが今まで書いたモノよりもずっとよく売れるでしょうね」

サトウ「でも……」

コミヤ「ただ、まだ完成じゃない。……あなたに、これが完成させれますか?」

サトウ「……僕には、たぶん無理でしょう」

コミヤ「たぶんじゃない。今のあなたには絶対無理です」

サトウ「はい」

コミヤ「だったら、完成させるには彼女に頼むしかないでしょう?」

サトウ「でも、それは僕の書きたかったモノじゃない」

コミヤ「またそれですか……でも書いているのはもう一人のあなたでしょう?」

サトウ「そうです。僕の中にある少しのいい部分と、僕にはない理想の部分を混ぜ合わせた完璧な」

コミヤ「どうせなら、その完璧な人間に書いてもらった方がいいんじゃないですか?」

サトウ「それは……そうですけど」

コミヤ「いい事でしょう。知らないうちに原稿が出来ているなんて。
    世の中の小説家が聞いたらうらやみますよ」

サトウ「そう、かもしれません」

コミヤ「お金も知らないうちに入ってくる」

サトウ「はい」

コミヤ「もっと、いい家に住むことだって出来ますよ」

サトウ「はい」

コミヤ「いいことずくめでしょう?」

サトウ「そう……ですね」


    と、流れ込んできたのはコバシ少年の声。
    いや、それは以前の追憶なのだろうか。


少年声『思い出せないんですか?』

サトウ「え?」

少年 『僕が何故生まれたのかを』

サトウ「コバシ少年? 君なのか!?」

コミヤ「どうしたんですか? サトウさん」

サトウ「声が……声が聞こえたんです」

コミヤ「誰の?」

サトウ「僕の……作品の登場人物です」

少年 『思い出せないんですか?』

サトウ「何を思い出せっていうんだ? 君が生まれた理由? 
    そんなのきっと気まぐれだったんだ。そんな深い理由なんてありはしない。ないんだよ」

少年 『思い出せないんですか? 何故、あなたが小説を書いているのか』

サトウ「そんなことにも、理由なんて無いんだ……理由なんて……」


    サトウ、その場に倒れる。
    コミヤはサトウにかけより


コミヤ「サトウさん!……やはり、そろそろ限界か……
    (携帯を取りだし、どこかへかける)……私。……ええ。思ったより早かったわ。
    いつものように、あれを手配して。はい。はい……」


    コミヤが話しているうちに、舞台は再び暗転する。


10

    暗闇の中、懐かしさを感じさせる音楽と共に、声だけの劇が流れる。
    それはコバシ少年とサトウのさらに幼い会話。
    コバシ少年の声は幼いせいか、とても女性じみている。(むしろ女)


少年声「これ、なに? エイスケちゃん、小説書いているの?」

サト声「…………ただ、書いているだけだよ」

少年声「見ていい?」

サト声「ヤダ」

少年声「なんで?」

サト声「笑うから」

少年声「笑わないよ」

サト声「絶対に?」

少年声「うん」

サト声「じゃあ、いいよ」

少年声「やった…………(笑う)」

サト声「笑わないって言ったじゃん」

少年声「だって……サイトウ龍一だなんて、変な名前。なんで、ノートの始めに書いてあるの?」

サト声「小説を書くときの名前だよ……そんなに変かな」

少年声「変だよ。いいじゃん。エイスケで」

サト声「やだよ。本名だなんて」

少年声「…………じゃあ、あたしが考えてあげる」

サト声「……本当?」

少年声「その代わり、小説が出来たら、必ず一番に見せること」

サト声「いいよ。変な名前だったら怒るけど」

少年声「大丈夫。一生懸命考えるからね」

サト声「うん。…………ありがとう」


11


    これはサトウの夢世界なのか、ついには小説が現実を凌駕してしまったのか。
    気がつくとサトウは寝ていた。その横にはサイコが立っている。
    その近くには縛られているコバシ少年がいる。


サイコ「起きなさい。サトウエイノスケ」

サトウ「…………ここは?」

サイコ「あんたの世界。いえ。もうあたしの世界かしら。

ほら、あなたのお仲間も、もう私の手中」

少年 「ごめんなさい。エイノスケさん。捕まっちゃいました」

サトウ「……いや、いいんだ。無事だったのか」

少年 「今のところは」

サイコ「私はあんたに作られた存在。結局あんたを殺すことは出来ない。
    でも、こうやって捕まえることが出来た。……そこでじっとしてなさい。
    できればずっと。その代わり、私が小説を書いて挙げるから」

サトウ「…………」

少年 「そんなことが許されるわけない」

サイコ「なぜ? 私の方がこいつよりもよっぽど腕がいいのよ。
    いい物を書くわ。きっとこいつの作品よりもよく売れる」

少年 「それでも、あなたはエイノスケさんじゃない」

サイコ「こいつだなんて思われるなんてこっちからごめんよ! 
    絶対こいつが書かないような作品を私は書くつもり。」

少年 「それじゃあ、意味がないんだ」

サイコ「意味? そんなモノはいらない。私はただ書く。それだけよ。
    そうだ、いっそのことペンネームも変えましょうか? 
    サトウエイノスケなんて名前、カッコ悪すぎるし」

少年 「そんなの」

サトウ「いいんだ。もう」

少年 「エイノスケさん!?」

サトウ「君は、もういいんだ。……僕は、すべて思い出したから」

サイコ「何を思いだしたっていうの?」


    サトウは立ち上がる。


サトウ「サトウエイノスケって名前は、世界で一番ステキな名前だって事を」

サイコ「ふうん。あんた、あたしにたてつく気?」

サトウ「忘れていたことがあったんだ。だから、君を生んでしまったんだろう」

サイコ「忘れっぽいからね。お前は」

サトウ「そう。忘れっぽいんだ僕は。だから夢を叶えたと思いこんで、そして忘れてしまったんだ。
    なぜ、夢を見ようと願ったのかを」

少年 「……本当に、思い出したんですね」

サトウ「(うなずく)」

少年 「じゃあ、僕も、何時までもこうしていられないな」


    そう言うとコバシ少年は立ち上がる。
    途端、彼を縛っていたはずのロープがするりと取れた。


サイコ「貴様、はじめから取れていたのか」

少年 「当然。僕をこんなモノで捕まえられると思ったら大間違いだよ」

サイコ「ふん。2人になったところで、強くなったつもりなの? こちらには味方が大勢いるのよ!」


    サイコの合図と共に、
    ブルー、悪人、ユウコ、ついでに不良まで舞台に現れる。


サイコ「その存在を完膚無きまで叩きのめして挙げる」


    思わず少年はサトウをかばう


少年 「エイノスケさん、ここは僕に」

サトウ「いや」


    サトウはいいながら少年をかばう


サトウ「ここで逃げちゃ意味がないんだ」

少年 「……分かりました」


    味方と敵がにらみ合う
    そして、音楽と共にバトルが始まる。
    バトルは初めのうちだけはサトウと少年に優勢だが、
    すぐさま敵チームに有利になる。

    そして、不良の手にしたナイフに、少年がサトウをかばって刺される。


サトウ「コバシ君!」


    少年は、何か言いたそうに口をパクパクした後力つきる。


サトウ「よくも!」


    サトウは不良を殴り飛ばすが、
    直ぐに数人に取り押さえられる。
    笑ったサイコが指で拳銃を作り、おふざけでサトウのおでこに当てる。
    瞬間、


コミヤ「お待ちなさい!」


    声だけ響かせておいて、コミヤが現れる。
    その後ろには追う女が控えている。


コミヤ「サトウさん。劣勢ですか?」

サトウ「見て分からないんですか!?」

コミヤ「なるほど。ならば加勢しようと思いますが一つよろしいですか」

サトウ「なんですか?」

コミヤ「これから私がどんなことをしても、これからも我が社で書いてくれると約束できますか?」

サトウ「え……ええ、そりゃこの状況を何とかしてくれるのでしたら」

コミヤ「それと、あの傑作になりそうな小説。完成させて下さいね」

サトウ「それはちょっと……」

コミヤ「あなたもプロでしょう! 嫌な仕事も一つや二つ楽にこなしてみなさい!」

サトウ「はい! 努力します」

コミヤ「それでは。お願いします」

追う女「はい」


    追う女はいきなり、殺虫剤のようなモノを当たりにまき始める。
    皆途端むせ始める。
    コミヤだけはちゃっかり口に布を当てている。


サトウ「な、何を!?」

追う女「見つけた!」


    そう言うと追う女は一度袖に隠れ、
    巨大なダニのようなモノを引っ張ってくる。そのダニもむせている。
    と、巨大なダニが出てきた途端、
    サイコも不良も悪人もユウコもブルーも去っていく。
    残るのは少年とサトウだけ


ダニ?「ごほごほごほ」

追う女「まったく、良く隠れたもんだよ。やっぱりこんな所にいて。だから痒いって言ったんだ」

ダニ?「いや、あたしわるくないよ」

追う女「黙ってろ」

コミヤ「ご苦労様です」

追う女「こういう仕事はこれっきりにしておくれよ。あたしは、このダニが大ッキライなんだ」

コミヤ「努力します」

ダニ?「そんなぁ。あたしはあんた好きだよ」

追う女「黙ってろって」


    追う女はダニを引っ張って去っていく。


コミヤ「さて、これで片づきましたね」

サトウ「コミヤさん、あれは……それに、あの女の人は……」

コミヤ「あれは、カカセルダニです」

サトウ「カカセルダニ?」

コミヤ「我が社の科学班が全勢力をかけて作り出したダニです。
    普段はもちろん目に見えないサイズで人間につきます。
    が、ある薬品によって人間と同じくらいのサイズまで大きくなります。まぁ、捕獲用ですが」

サトウ「出版社に科学班なんてあるんですか……」

コミヤ「常識です」

サトウ「え? てか、あれが僕についていたんですか!?」

コミヤ「そうです」

サトウ「いったいどうして……」

コミヤ「書かせるためですよ。カカセルダニなんですから」

サトウ「どう言うことですか?」

コミヤ「あのダニは人の無意識に働きかけてその人の書く力を飛躍的に高めることが出来るんです。
    通常は書くスピードが遅い人を早くするために使われるのです。が、
    あなたの場合、小説の中の小説家にもその効果が働いてしまったようですね」

サトウ「そんな訳の分からない力が、ダニにあってたまりますか!」

コミヤ「だから、ただのダニじゃないんです。カカセルダニです」

サトウ「それで、あの女の人は?」

コミヤ「彼女はダニのエキスパートです。どんなダニでも彼女に捕まえられないモノはないほどの。
    まぁ、強度のダニアレルギーなので、ダニを捕まえてもらうたびに
    大量の謝礼を払うことになるのですが」

サトウ「そんな……それじゃあ、あなたがすべての元凶なわけですか!」

コミヤ「失礼な。私は、あなたの書くスピードを少しでも早くしたいと思っただけですよ。
    悪気はない」

サトウ「けれど、これからもあなたの会社の仕事を続けると約束させるあたり、
    まったく悪気がなかったわけでも無いって事ですよね」

コミヤ「まぁ、あまりにも不思議な結果になったため、面白くって」

サトウ「面白いですみますか! 人が一人死んでいるんですよ!」

コミヤ「え!? 誰がですか?」

サトウ「彼がです! 僕の……ことを、守って……」


    間


コミヤ「……サトウさん。今回のカカセルダニの効果でとても面白かったことを一つ挙げましょうか」

サトウ「今更、なんですか」

コミヤ「それは、本人が虚構が現実を飲み込んできていると思いこんでしまったことです」

サトウ「え?」

コミヤ「実際は、現実の彼が虚構へとどんどん流れていったに過ぎないのに」

サトウ「どう言うことですか?」

コミヤ「その死んだという彼。見えるのはあなただけですよ。
    あなたは今、自分が作った虚構と現実を泳ぎ合っているんです」

サトウ「……これが、見えるのが……僕だけ?」

コミヤ「当たり前でしょう。あなたの小説の登場人物が、何で現実に現れるんですか」

サトウ「そうか……でも、じゃあ、どうすれば」

コミヤ「知りませんよそんなことは。……では、私は今回はこれで失礼しますね。
    ……小説、書いて置いて下さいよ」

サトウ「コミヤさん! 助けて下さいよ!」

コミヤ「助けてあげたでしょう。さっき」


    サトウとコミヤが視線を交差し。
    コミヤが根負けしたように溜息をつく。


コミヤ「あなたには簡単なことでしょう? だって、あなたの作った世界なのだから」


    コミヤは去る。


サトウ「僕が?」


    死んでいるコバシ少年を見つめ、しばらく考えた後、
    サトウははっと気づいて、


サトウ「コバシ君。……君は、本当は死んでなんかいないんだね?」

少年 「分かりました?」


    少年はにっこりと笑って起きあがる。


サトウ「僕が作った物語で、人が死んだことは今までないからね」

少年 「そう。だから、僕はあなたのお話が好きなんです」

サトウ「昔、あの子にそう言ってもらうのが夢だったんだ」

少年 「本当に、ちゃんと思い出してくれたんだ」

サトウ「だけど、ダメなんだ。あの子の名前だけがどうしても思い出せない」

少年 「いいじゃないですか。だから、僕は色々な名前であなたのお話に出てこられる」

サトウ「……君はあの子なんだね」

少年 「男の子ですけどね。僕は。そのつもりでしょう?」

サトウ「ああ。男の子だけどそのつもりだ。女の子のままでなんて、照れくさくって書けやしないよ」

少年 「(笑って)それじゃあ、僕、行きます」

サトウ「小説の中へか」

少年 「ここは、あなたの世界ですから。また、書いてくれるでしょう?」

サトウ「(うなずいて)ああ。やり直しだ1から」

少年 「ひのきの棒も、鎧もない、1レベルから」

サトウ「いつだって1レベルさ。僕は初めの夢を抱いたまんまで戦い続けるんだ。今度こそ」

少年 「そうですね。……では!」


    去ろうとする少年の背中に向かってサトウが叫ぶように言う。


サトウ「昔、僕には何もなかった。ただ、何かを書いているしかなかった。
    紙と鉛筆さえあれば何もいらなかった。だって、紙の中に僕はすべてを書けたから。
    ……でも、あの子はそんな僕の物語に泣いてくれたんだ。「いい話しだね」って。
    あの時、僕は今まで嫌いだった自分をほんの少しだけ好きになれた。
    ……だから、僕はあの子を笑わす物語を書きたいと思ったんだ。
    「いい話しだね」って今度は笑って欲しいと思ったんだ。
    僕のペンネームを初めて見て笑った時の笑顔を、もう一度見たい! もう一度……だから」


    ゆっくりと少年はサトウに振り返る。
    その顔は満面の笑顔。


少年 「はい。じゃあ、楽しみにしています」

サトウ「……あ、ああ! 楽しみにしておけよ!」


    瞬間、当たりが一度明るくなる。
    2人とも、大きく手を振った。
    溶暗。
    舞台の中央にはいつの間にか一つの本。
    サストの中で今までの登場人物達が、本を囲んで見入っている。



    溶暗