〜おやゆび姫外伝〜
せなかあわせ
作 楽静
容量が大きいため、txtファイルでも用意してみました。
txtファイル「せなかあわせ」
登場人物
キーヴィ | 男 ツバメ族の男。元は優しい青年であったが、マイアとの別れから心を閉ざす。 |
マイア | 女 チューリップから生まれたおやゆび姫。 |
シズハ | 女 ツバメ族の女。変わってしまったキーヴィをどうにか元に戻そうと苦心する。 |
ククロ | 女 フクロウ族。森の病院のお医者さん。 |
キキ | 女 キツツキ族。ククロの助手 |
ハンス | 男 白い花畑を統べる花妖精の王子。 |
ネメシア | 女 黒耀の姫 白こそ全てという白の世界において嫉妬により黒く染まった姫。 |
ホロウ | 女 黒耀の姫直属の部下。 |
魔女アンデル | 女 心の小さな隙間に入り込む魔女 |
ラグモ | 女 黒モグラ 少しのお金でしっかり解決。何でも請け負うごろつき@ |
コーネ | 男 山猫 ごろつきA |
キネツ | 男 キツネの患者 |
ツネキ | 女 その友達 |
スノー | 女 王子の付き人 |
女王 | 女 白い花束を統べる花妖精の女王。 |
王様 | 男 その夫。国王。 |
※初演時キーヴィ・ハンスを女性が演じていました。
※初演時王様は先生に演じていただきました。
0
どこか遠くの世界の物語。言葉が魔法になったそんな世界の。
1 終わりからの始まり
暗がりの中、キーヴィとマイア以外の登場人物は、皆手に同じ本を持って立っている。
やがて、一羽のツバメが躍り出る。キーヴィである。どこか嬉しそうに空を見上げる。
マイアが現れる。
マイア ツバメさん。
キーヴィ ああ、見てください、この羽。元通りでしょ?
マイア すっかり元気になったみたい。
キーヴィ あなたのおかげです。おやゆび姫。なんてお礼をいったらいいか。……おやゆび姫?
マイア じゃあ、ここから出て行くんだ。
キーヴィ そうですね。ぼくは南の国へと旅立たなきゃいけないから。
マイア そっか。
キーヴィ ……ぼくといっしょに行きますか?
マイア え?
キーヴィ 背中に乗ってください。そうしたら、ぼくらはモグラからも、どんよりとした部屋からも、
飛び出すことができるんだから。
マイア でも、
キーヴィ 飛びだして、山を越えて、あたたかい南の国へ、お日さまがさんさんと、さんさんと照り輝く場所へ
飛んでいくことができるんです。こことはくらべものにならないよ。そこはいつも夏のようで、花たちは
とてもゆうがに咲き乱れているんだ。ぼくと飛んでいこう、おやゆび姫。君はぼくの命を救ってくれたん
だから。あの暗い通路で凍え死んでいたぼくを。
マイア ……ええ、わたし、あなたといっしょに行きます。
キーヴィとマイアは微笑を交わす。
キーヴィとマイアが手を触れ合おうとした瞬間、マイアの姿は消える。
登場人物たちが語りだす。
シズハ ツバメとおやゆび姫は大空へと舞い上がりました。森を越え、海を越え、飛んでいきました。
ククロ そして、あたたかい国にたどりつきました。そこではお日さまが明るくほがらかに輝いて、
空はどこまでもすきとおって見えました。かぐわしい香りもただよってきます。
キキ そこに、宮殿がありました。ふさのついたブドウのツルが、宮殿の長い柱にからみついていて、
頂上にはたくさんのツバメの巣がありました。その中に、おやゆび姫を連れてきたツバメの家があるのです。
キーヴィ これがこの国でのぼくの家だよ。でも、君に住んでもらうために作ったものじゃないから、あんまり
くつろげないかな。あそこにすてきな花がいっぱいあるでしょう。あの中から一つ選んでくれませんか。
その上に下ろしてあげるよ。
ホロウ 地面に、大理石の柱が三つに折れて倒れていました。その三本の柱の間に、
何よりも美しい大きな白い花がいくつも咲いています。
ネメシア ツバメはおやゆび姫と下におりていって、大きな花の上に乗せました。
シズハ おやゆび姫はとてもびっくりしました。
キネツ 花の真ん中に、小さな人がいたからです。
ククロ それは花の妖精(ようせい)でした。
ネメシア その中には女王や王様もいました。
女王 女王も王様も、王子も皆、ツバメやおやゆび姫を見てひどく怯えていました。皆、それだけ小さな人間なのです。
シズハ でも、王子さまはおやゆび姫を見ると、とてもよろこびました。
キネツ こんなにきれいな女の子は今まで見たことがない、と思いました。
ククロ 王子さまは言いました。
ハンス 「どうか私のおよめさんになってくれませんか。すべての花の、おきさきさまとなってくれませんか。」
アンデル ツバメは二人の頭の上の巣の中で、じっと動かずに愛の歌を歌いました。
ネメシア ツバメはとても悲しいけれど、それを隠して歌いました。
ラグモ 「これからはおやゆび姫なんて名前で呼んではいけないわ」
コーネ と、花の妖精が言いました。
キネツ 「へんな名前だよ。あなたはとってもかわいいんだから」
ツネキ 「そうよ、マイアと呼びましょう」
スノー ツバメは、
キーヴィ 「さようなら、さようなら。」
スノー と言いました。あまりにも悲しかったので仲間の元へ戻ろうと思ったのです。北へ北へと飛んでいくにつれて、
とてもさみしくなっていきました。寂しさは膨れ上がって、ツバメを押しつぶさんばかりでした。
ある家で、たまらずツバメは止まりました。その家には、童話を書くおじさんが住んでいました。
ツバメは歌いました。それはおやゆび姫が生まれて、幸せになるまでのお話の歌でした。
登場人物たちはそれぞれ本を閉じる。
ラグモ、コーネ、キネツ、ツネキ、スノー 去る。
ホロウ、ネメシア、女王、ハンス アンデル
キーヴィ、ククロ、キキ、シズハ残る。
キーヴィ以外語る。
8人 それから二年。ツバメは、キーヴィは独りでした。ツバメの仲間はたくさんいたけど、キーヴィはたった独りでした。
8人、去る。
キーヴィ、何かを振り切るように去る。
2 森の中
マイアが走っている。
逃げようとしたその先から、ラグモが現れる。
腰に変な線(編みこまれた毛糸の紐のようなもの)をつけている。
ラグモ 逃がさないわよーー。
マイアが逃げようとする。その先からコーネが現れる。
肩に変な線(編みこまれた毛糸の紐のようなもの)をつけている。
コーネ はい。通しませーん。
ラグモ まったく、ずいぶんてこずらせてくれたね。
コーネ それももう終わりだけどね。
ラグモ あたしたちから逃げようってのは無理な話なんだよ、お嬢さん。だよね、コーネ。
コーネ そうだね、ラグモ。
ラグモ なんてったって、あたしたちは、この辺じゃ泣く子も恐れる大強盗。
コーネ 残虐無道の大悪党。
ラグモ お金しだいで何でも請け負うならず者。
コーネ 山猫のコーネ。
ラグモ 黒モグラのラグモ。
コーネ 二人合わせて
ラグモ&コーネ 山賊「猫モグラ」!
コーネ ってことになってるんだから。
ラグモ なによ「ってことになってる」って。
コーネ あれ? 違ったっけ?
ラグモ ぼけてんだから。(と、逃げようとしているマイアを見て)はいはい、逃げない逃げない。
コーネ 逃がさないけどね。
ラグモ おとなしく始末されちゃいなさい。
コーネ 大丈夫。すっごく痛いから。
マイア 誰に頼まれたの?
ラグモ はぁ!? 馬鹿じゃないの。依頼人の名前を言うわけ無いでしょ。
コーネ そうだよ。ネメシアって人に頼まれたのは、秘密なんだから。
マイア ネメシア!?
ラグモ なぜその名前を!?
コーネ ラグモ、駄目だよ。そんな驚いたらそうだって言っているようなもんじゃん。
ラグモ しまった。
コーネ ラグモはそそっかしいんだから。
ラグモ ごめん。
コーネ いいよ。始末しちゃえば死人に口なしだろ。
マイア なんで? あの人が私のことを?
ラグモ そんなことあたしらが知るわけ無いでしょ〜。
コーネ じゃあ、そろそろ終わりにしよっか。
マイア 誰か助けて!
ラグモ ばかだねぇ。叫んだって誰も来やしないよ。
と、そこにキーヴィがやって来る。
そのすぐ後ろからはシズハ。
思わず、コーネは二人を見、ラグモはこける。
シズハ じゃあ、こういう話はどう? こないだ人間の世界で子供たちに声かけられたんだけどさ、その子供たちが、
口をそろえて言ったのよ。「あ、カラスだカラスだ〜」って。ツバメだっての! あれよ? カラスとツバメ。
一字もあってないの。おっかしいでしょぉ〜。は、おっかしぃ。ね? 待って。
これあんまりおかしい話じゃなかった。じゃあ、じゃあ、こういう話は!?
キーヴィ シズハ。
シズハ 何々!?
キーヴィ 静かにしてくれないか? 頭痛くなってくる。
シズハ 風邪? 風邪なの? キーヴィ風邪? だったらあたし、すごく良く効く薬知ってるんだ。じゃじゃーん。
フクロウ印の特製薬。ククロ先生がくれたんだ。あの先生、いつも妖しいことばっかりやっているけど、
で、これも結構怪しい薬なんだけど、利くんだよぉ。
キーヴィ 本当に頭痛くなってきた。
シズハ 大丈夫? だから南の国にちゃんと寄ろうって言ったじゃん。あそこで休憩してから飛ばないと、持たないよって。
キーヴィ うるさい! その話はするなって(言ったろう)
マイア ツバメさん?
マイアとキーヴィは視線を交わす。
キーヴィ ……まいったな。幻聴に幻覚まで、か。
キーヴィは去る。
シズハ キーヴィ!? 幻覚?って……人間? ちっちゃ! 人間ちっちゃ! え、人間?
マイア 一応。
シズハ しゃべった。うわっ、しゃべった。しゃべったよ。しゃべるんだねぇ。人間って。(と、状況に気づき)え?
なにこの状況。悪人? あ、追われてるの? え? これつまりあれ? もう! なにやってるのよあんた!
マイア え?
シズハ え? じゃなくて、駄目でしょ。ほら、行くよ。じゃあ、すいません、ちょっとこの子あれします。
すいませんね、ちょっとこんなでしょ? ぼうっとしているから、いつも、あれで。だから、こっちもね、
いつもあれしないとこんなあれな感じで。本当申し訳ないですけど、これ、ちょっとしたものですけど、
(ククロの風邪薬を渡す)手ぶらでってのもあれなんで。どうぞ、あれしてくださいな。
コーネ あ、これはご丁寧に。
シズハ じゃあ失礼します。
ラグモ はい。お疲れ様です。
シズハはマイアをつれて去る。
コーネとラグモは思わず反対方向に去りかけながら、
コーネ 「あれ」ってなんだろうね。
ラグモ うん。
コーネ もしかして、逃げられた?
ラグモ うん。っておい!
ラグモとコーネがわれに返って追いかける。
3 ククロ診療所。
ラグモとコーネの去った方向とは反対から、二人が飛び出してくる。キネツとツネキである。
キネツは口に大きなマスクをしている。
キネツ こ、殺される。
ツネキ やっぱりうわさは本当だったんだよ。得体の知れない術を使うって。ね、あたしの言ったとおりだったでしょ。
薬が効かないからって、へたに文句つけないほうが良かったのよ。
キネツ お前が薦めたんだろ!?
ツネキ 何時何分何秒!?
キネツ いまどきそんな言い方するか普通?
と、ククロとキキが現れる。白衣姿。
ククロ 得体の知れない術とは失礼ですね。せっかく病気を治してあげようって言うのに。
キキ あんたらはおとなしく横になって腹を開いてもらえばいいのよ。
キネツ だから腹を開いたら死んじゃうだろ?
キキ それを死なないようにやるんでしょ。話聞いてた?
ツネキ あ、私は関係ないですから。体調悪いのはこっちだけだし。
キネツ 友人を見捨てるのか!?
ツネキ あたしたちって、そんな友人って呼べるほどの関係じゃないし。
キネツ え、何その全否定。
ククロ はぁ。なんでいつもこうなっちゃうんだろ。キキさん。
キキ はいはい?
ククロ いつものお願い。
キキ 了解。
キキは吹き矢を取り出す。
そしてキネツとツネキに向かって吹く。
キネツ ぎゃっ
ツネキ ぐわっ 体が!?
キネツ 動かない!?
キキ わがキツツキ族につたわる必殺の吹き矢からは誰も逃げられないわ。
キネツ それ、キツツキ関係ない。
ツネキ てか、何であたしまで!?
ククロ 友達が横にいたほうがキネツさんも安心できるでしょ。
キネツ 何をしたんですか?
キキ ちょっと全身をしびれさせただけよ。
ククロ 麻酔効果もあります。
キネツ 麻酔効果って……。
ククロ 痛くは無いと思いますけど、念のためね。
キネツ ぎゃーーーー。
ククロはかまわずキネツの腹に手を突っ込む。
ツネキ キネツ〜!?
キネツ つ、ツネキ。俺はもう駄目だ。せめて、巣穴に戻ったらママに、キネツは勇敢に戦って死んだと。
ツネキ 伝えるよ。生きて帰れたら伝えるとも。
ククロ 腹に手を入れられたくらいで大げさな。
キネツ なるだろ! こういう反応に。
ククロ まったく。あ、あった。
と、ククロはキネツの腹からひも状のものを取り上げる。
※初演時は万国旗が連なっているやつ。
キネツ うわあああああああああああ。
ククロ はい。おしまい。これがおなかの中に入っていたんですね。だから、いつまでたっても気持ち悪さが治らなかったと。
多分、拾い食いしたときにでも一緒に食べちゃったんでしょ。はい。術式終了。
ツネキ キネツ、生きてる?
キネツ え?(と、体をさわり)い、生きてる! 生きてるよ! おなかの痛みも、無い!
ツネキ よかった。よかったよ。
キキ だから、大丈夫だって言ってるでしょ。はい、これ。
キネツ これは?
キキ 治療代の請求書。それと、麻痺の解毒剤。飲まないとしびれ残っちゃうから。
ツネキ れ、礼なんていわないからね! 帰ろうキネツ。
キネツ うん。よかった。腹開いてなくて……
キネツとツネキが去る。
キキが吹き矢を構える。
ククロ 止めなさいって。
キキ だって、あんなこと言われる筋合い無いでしょ。
ククロ いいじゃないですか。元気になったんだから。
キキ まぁ、騙されて元気になってちゃ世話ないけどね。
ククロ 病は気からですよ。
キキ しかし、相変わらずすごい手品だったわ。本当におなかの中に手を突っ込んだように見えた。
ククロ 森の魔法使いですから。
キキ あたしには変な薬と手品で患者を騙す詐欺師にしか見えないけど。
ククロ なんだったらいつでも辞めてくれてかまわないんですよ?
キキ まさか。私、ククロ先生を尊敬してますから。
ククロ はいはい。とりあえずこれ(と、紐を渡す)焼却処分しておいてくださいね。
キキ 了解〜(と、紐を手に取り)あれ。湿ってる。
ククロ そりゃ、ずいぶんお腹の中に入ってましたから。
キキ え?
ククロ 魔法使いですから。
と、キーヴィが帰ってくる。
ククロ おや。キーヴィ。こんにちは。今日はずいぶん顔色が悪いですね。
キーヴィ 頭痛がするんだ。幻覚に、幻聴も。
キキ 心を病んだ次は頭か。
ククロ (叱るように)キキさん。(キーヴィに)どうやら、心の方も良くはなっていないようですね。
キーヴィ そのことについてはほっといてくれって言っただろう?
ククロ とにかく、少し奥で休みなさい。ひどく疲れているようだから。まずは体を温めよう。
キーヴィ ああ。
ククロ キキさん。キーヴィを部屋まで。
キキ はいはい。
キキがキーヴィを連れて行く。
ククロ 二年か。あの調子じゃ、まだまだ回復には程遠いみたいですねぇ。
と、そこへシズハがマイアをつれてやって来る。
マイアの体調は相当悪そう。
シズハ (袖から)ちょっと、あんた! しっかりしなって(と、出てきて)ククロ先生! ちょっと助けて欲しいんだけど!
ククロ おやおや。
ククロはマイアをシズハとともに連れて行く。
4 王宮
壮大な音楽。
ハンスが現れる。
ハンス マイア〜? おーい。もうかくれんぼはいいからさ〜。出ておいでよぉ。(と、客席に)
ねえ、マイア知らない? これくらいの。女の子。かわいい感じの。あ、でも、君もかわいいよ。うん。
と、ホロウが現れる。
ホロウ 王子。何をやっているのですか?
ハンス あ、ホロウさん。マイア知らない?
ホロウ 存じません。王子こそ、ネメシア様を見かけませんでしたか?
ハンス え? ネメシアまたきてたの?
ホロウ ネメシア様は王子の婚約者であらせられますから。
ハンス 婚約は二年も前に解消したじゃんか。いい加減諦めて欲しいんだけどなぁ。
ホロウ それだけ、ネメシア様は王子を思っていらっしゃるのです。
ハンス ぶっちゃけ、僕なんかの何がいいのかわからないよ。
ホロウ その点に関しては全く私も同感です。私だったら、王子みたいな方は即切り捨ててるんですけどね。
ハンス ホロウさんの冗談は冗談に聞こえないから怖いね。
ホロウ 私は冗談は嫌いです。
ハンス (ごまかすように)マイアー? マイアどこ行ったの〜?
ホロウ (ため息)まったく、こんな男のどこがいいんだか。
ハンス あ、ねぇ、ホロウさん。
ホロウ なんですか?
ハンス ネメシアっていつ来たの?
ホロウ 二日ほど前に到着した際、王子にもお目通りをしたはずですが?
ハンス マイアさ、昨日からどこに行ったか分からないんだよね。
ホロウ また外にでも遊びに行っているのでしょう。あの方にとっては、未だどこもかしこも珍しいようですから。
ハンス 君たちが何かしたってこと、ないよね?
ホロウ まさか。
ハンス だとしたらさ。……許さないよ?
二人の視線がぶつかり合う。
と、ハンスの腕をマジックハンドっぽいものが引っ張る。
ハンス え? なんだこれ? ちょっと、引っ張るなよ!
王様と女王が現れる。
王様 どうだ、息子。すごいだろこれ。
女王 もう、ごめんねハンス。パパったら、自分が作った発明品を早く試したい試したいってうるさくって。
王様 思ったより、引っ張る力があったよ。
女王 よかったわねぇ。(と、ホロウにも気づき)あら? もしかして、お話中だった。
ホロウ いえ、ネメシア様を探してまいります。
ホロウが去る。
ハンス パパもママもやめてよね。人がシリアスになろうとする途端邪魔するの。
王様 邪魔したか?
ハンス 思い切りね。
王様 そうか。ははは(嬉しそうに笑う)
ハンス 何で笑うんだよ。
女王 駄目よハンス。パパはいたずらが大好きなんだから。嫌がったら調子に乗るだけよ。
王様 マイアさんはいないのか? あの子はすぐ嫌がってくれるからなぁ。パパは大好きだ。
ハンス 最低だ。今探しているんだよ。
女王 愛想つかされて逃げられたの?
ハンス 楽しそうに言うな! どこ行ったか判らないんだよ。
女王 まぁ。最近増えているみたいよ?
ハンス 増えているって?
女王 行方不明。いつの間にかいなくなっているって。
王様 ああ。魔女の仕業だって、スノーが話していたな。
ハンス 魔女。
女王 ゆーっくり忍び寄ってきて、ポンッと背をたたくらしいわよ。
叩かれた本人は、知らないうちに、その場から消えてしまう。恐ろしい魔女。
と、スノーが現れる。
スノー 王様! 女王! 知らないうちに消えるのは止めてください!
女王 あら?
スノー 会議の途中でどこ行ってるんですか。探したんですよ。二人ともいつの間にかいなくなっているんだから。
王様 会議はスノーに任せたから。
スノー 私に任せられても困るんですよ! あ、王子まで。たまには会議に出席してくださいよ。
大変なんですからね。今この国は。
ハンス 大変って?
スノー (聞かずに)ほら、王様も行きますよ。女王も。
(と、押して退場させながら王子に)魔女ですよ。魔女。出たんですよとうとう。
ハンス 魔女が?
なんて言いながら、王様、女王、スノー、ハンスが去る。
5 影
ネメシアとアンデルが現れる。手には杖。
アンデル ほらね? 王子はあの女に夢中でしょ。あんたがいくら頑張ったって、もうあんたを向くことはない。
あの女を城から追い出したって無駄よ。王子はきっと必死になって探すだろうからねぇ。
ネメシア どうしたらいいの?
アンデル そのためにあたしが手伝ってあげるって言ったんでしょ?
あたしにかかれば、王子の心はすぐにもあんたのところへ戻ってくるわよ。
ネメシア だけど、それは
アンデル 何をいまさら悩んでるの? あの女がどうして城からいなくなったか聞かれたら、ごまかす自信あるの?
ネメシア だって、それはあなたが。
アンデル あたしは何も知らないよ。やったのは、あんただもの。そうでしょ?
ネメシア そうね。
アンデル だったら、もう今更でしょ? 悩むだけ、やりにくくなるわよ。
ネメシア そうよね。
アンデル 大丈夫。あたしはあんたの味方だから。
ネメシア ええ。分かってる。
と、ホロウが現れる。
ホロウ ネメシア様! 探しましたよ。なんだ。こんなところにいたんですか。
ネメシア あら? どうしたの? ホロウ。
ホロウ どうしたって、探していたんですよ。あなたを。さ、もうこんな場所にいるのは止めて帰りましょう。
あの馬鹿王子の頭の中は、マイアって女でいっぱいなんです。
ネメシア ええ。今はね。
ホロウ 今もなにもっ……と、ネメシア様、そちらの方は?
ネメシア ああ。お友達よ。古くからの。
ホロウ 友達?
ネメシア ねえ、ホロウ。話があるの。
ホロウ ネメシア様?
ネメシア すごくいい話よ。あなたも聞きたいでしょう?
ネメシアとアンデルに浚われるようにホロウが去る。
6 ククロ診療所A
再び森の中。
なんだか怪しげな木が生えている。
※初演時は木のパネル
キーヴィが飛び出してくる。
そのあとを追うように現れるシズハ。
シズハ 待ってよキーヴィ! どこ行くの!?
キーヴィ 帰る。
シズハ どこに!?
キーヴィ 巣だよ。
シズハ 体調悪いんでしょ? 無理して飛んだりしたら余計悪くなるよ。
キーヴィ 大丈夫だよ。
シズハ 大丈夫じゃないよ。顔真っ青じゃん。なんか、幽霊でも見たような顔してる。
キーヴィ どんな顔だよ。
シズハ もう少し休んでいきなよ。ククロ先生もそう言ってたでしょ?
キーヴィ ここにいたら余計悪くなるような気がするんだよ。
シズハ そりゃ、ククロ先生の手当てっていつも怪しげだけどさ。でも、腕は確かじゃん。だから、大丈夫。
そりゃ怖いのは分かるけどさ。なんだったら、さ。治療の間、その、あたし、そばにいてあげようか?
シズハの言葉の途中にマイアが現れる。
マイア ツバメ、さん?
シズハ あ、あんた気がついたの? よかったぁ。逃げてる途中にいきなり倒れちゃうから心配したのよ?
マイア (聞いていない)ツバメさん、なの?
シズハ そう。ツバメ。ツバメのシズハね。静かな羽で、シズハ。で、あんたの名前は?
マイア (聞いてない)マイアです。ツバメさんでしょ?
シズハ だから、ツバメさんだってば。マイアか。ふーん。(キーヴィに)ま、あたしのほうがいい名前だよね?
キーヴィ (聞いてない)知らないな。
シズハ ちょっと、そんな風に言うこと無いでしょ。
キーヴィ そんな名前の知り合いはいない。
マイア ツバメさん。
キーヴィ 早く帰ったほうがいい。ここらへんは鳥たちの住処だ。人間の来る場所じゃないから。
シズハ え? 二人、知り合い?
マイア ツバメさん、私、どうしたらいいか分からなくて。それで、
キーヴィ そうか。じゃあ、頑張って誰かに助けを請うんだな。
マイア ツバメさんは、もう助けてくれないの?
キーヴィ 今更俺に何かを頼むっていうのか? あんたが。
マイア 今更って?
キーヴィ あんたは俺を裏切ったんだ。
マイア あたしが?
キーヴィ そりゃあんたにそのつもりはなかっただろうさ。だけど、俺は……僕は、あんたが。
マイア ツバメさん?
キーヴィ 帰れ。
マイア 私、
キーヴィ いいから、さっさと帰れ!
マイアが走り去る。
シズハ マイア! キーヴィ!
キーヴィ なんだよ。
シズハ どうしちゃったの? あんたらしくないよ。
キーヴィ なんだよ。俺らしいって。
シズハ あの子困ってたみたいだったよ? 昔のあんただったら、絶対(放っておかなかったのに)
キーヴィ 昔の話だろ。
シズハ だけど、たった二年じゃん。二年前のあんただったら。
キーヴィ いいだろどうでも。放っておけよ。
シズハ ……やっぱり、あの時何かあったんでしょ?
キーヴィ 何もない。
シズハ 仲間からはぐれて、死んだと思われてたのに帰ってきた、二年前の、あの時、
キーヴィ 何も無いって言ってるだろ! いいから放っておけよ俺のことは。
シズハ 放っておけないよ!
キーヴィ 何でだよ。他のやつらはみんなそうだろ。俺になんか見向きもしないで。いない奴みたいに扱ってるだろ。
お前だってそうしろよ。変わったって思うなら、そばに来なきゃいいだろ。俺を独りにしておけよ!
シズハ そんなこと出来るわけないじゃん!
キーヴィ 何でだよ!
シズハ 馬鹿!
キーヴィ 何だよそれ。
シズハ あの子、探してくるから。帰ってきたらちゃんと話、聞いて上げなよ。
キーヴィ 余計なことするな。
シズハ 聞くの!
キーヴィ はい。
シズハが去る。
キーヴィ 何だよそれ。……悪いのは俺かよ。
7 修羅場後よくいる奴ら
と、怪しげな木から声がする。
ククロ いやぁ。青春ですねぇ。
キキ ただ単純に鈍感なだけだと思うけど。
ククロ そこがまた青春らしさじゃないですか。
キキ そういうものなの?
ククロ そういうものですよ。
キーヴィ って、いつからいたんだ?
怪しげな木からククロとキキが出てくる。
ククロ 患者さんが二人も病室から抜け出したら、そりゃあ医者として心配しますよ。
キーヴィ あの木、ずいぶん前からあった気がするんだが。
ククロ 気のせいですよね。
キキ 気のせいよ。
キーヴィ 何のようだ? お説教なら止めてくれよ。
ククロは黙って黒い羽をキーヴィに渡す。
キーヴィ これは?
ククロ あの子が持っていたんですよ。
キキ お守りだって。あんたのでしょ?
キーヴィ これは、俺の?
ククロ そう。ずっと、大事にしていたようですね。
キーヴィ ……って、これツバメの羽じゃないだろ。
ククロ え?
キーヴィ カラスだろ。これ。どー見ても。
ククロ キキさん!
キキ いっけね。間違えた。
キーヴィ 今間違えたって言ったか?
キキ 似たようなもんでしょ。カラスもツバメも
キーヴィ 一字も合ってないだろ!
ククロ いいんですよ細かいことは。
キーヴィ いや、細かくないよな? 全然細かくないよな?
ククロ 元気になったじゃないですか。
キーヴィ え!?
ククロ 2年前、一度行方不明になって、そして、あなたは帰ってきた。行方不明になっている間に何が起こったのか
私は知りません。でも、あなたは怪我が治ったあとも死んだようでした。仲間から離れるように暮らし、
語らず、歌いもせず。ただ生きているだけのような。それが今日みたいに感情を爆発させるなんて。
そのことこそが、大切なんじゃないですか? それがすべての答えといってもいい。
キーヴィ でも、俺は
ククロ 行ってあげたいんでしょう? 本当は。あの子の手助けがしたいんでしょう?
キーヴィ でも俺はあいつに、
ククロ それでも、行ってやりなさい。……あの子のことが好きなんでしょう?
キーヴィは走っていく。
キキ 何とかごまかしたね。
ククロ さて、どうなりますかね。
キキ 覗き見はいい趣味とはいえないと思うけど。
ククロ 別に、ついてこなくてもいいんですよ。
キキ やめろとは言ってないでしょ?
キキとククロも同じ方向へ去る。
8 森の中。いかにも襲ってくださいな小道。
反対からマイアが現れる。
その横にはシズハ。
シズハ なるほどねぇ。そういうわけだったか。あんたがキーヴィを助けてくれたんだ。
マイア ええ。私もツバメさんのおかげで、今住んでいる場所に。
シズハ でも、いつの間にかこの森に来ていたと。
マイア はい。いつの間にか。
シズハ 大体話は分かった。それでキーヴィに助けてもらいたかったわけね。
マイア はい。
シズハ とりあえず、殴っていい?
マイア はい?
シズハはマイアの答えを聞かず殴りつける。
マイア 何するんですか!?
シズハ 何するんですかじゃない! ってことはあんたのせいじゃんよ!
マイア なにがですか!?
シズハ あんたがキーヴィを捨てたから。キーヴィはあんなになっちゃったんじゃん。
マイア 捨てたなんて……
シズハ そりゃあ、ツバメですから? ずっと一緒ってわけにはいかないよ。でもさ、キーヴィはあんたと
一緒にいたかったんでしょ? それなのにあんたは、新しく現れたどこの、なんだ、その、あれだ、
マイア 花の妖精です。
シズハ そう、それ! それと、一緒になっちゃってさ。なんじゃそりゃじゃん。なんだよそれって気持ちになるでしょ。
それなのに、また必要なときだけちゃっかりお願いなんてさ。ひどいよそれ。
マイア だけど、私、どうしていいか分からなくて。
シズハ キーヴィはずっとあたしと一緒だったんだよ。えさをとるときも、空を飛ぶときも。なのに、いなくなっちゃって。
あたし、どうしていいかわからなくて。帰ってきたときすごく嬉しくて。よかった。本当に良かったって。
……なのにキーヴィ、変わっちゃったんだよ。あんたのせいで。いっつもあたしと一緒だったのに。
あたしだけ見ててくれたのに。キーヴィの目には今、あたしは映っていない。
マイア シズハさん。
シズハ 何でだろうってずっと思ってた。私が何かしたのかなって。どうしたらあたし見てくれるんだろうって。
違ったんだ。あたしのせいじゃなかった。全部、あんたが悪かったわけだ。あんたが要らないって捨てたから、
傷ついて。キーヴィは変わったんだ。ひどいよ。そんなのってないよ。
マイア ……必要とされなかったら、傷つくの?
シズハ 当たり前だろ!
マイア だって、誰も教えてくれなかった。誰もがみんなあたしを自分のものにしようとして、あたしが必要だって
ささやいて。それでどうやって、あたしは、あたしが要らない存在だって気づけばいいの?
9 迫る影
と、ネメシアが現れる。
ネメシア あたしが教えてあげる。
マイア ネメシアさん?
シズハ なに? あんた。
ネメシア 必要とされなかったことが無いなんて。ずいぶん幸せな悩みよね。
そりゃあ、あなたはいつだってそうだったものね。王子に愛されて。王様にも気に入られて。
国中すべての人から祝福されて。いいわよね。羨ましい。
マイア なんで、ここに?
ネメシア あなたを迎えに来たのよ。やっと、準備が出来たから。
マイア 準備? なんの?
ネメシア 絶望の。
ネメシアが合図を送る。
コーネとラグモが現れる。
ラグモ ずいぶん探させてもらったよ。
コーネ まぁ。ヒントがあったからなんとか見つけられたけどね。
シズハ あんたたちは……。
ラグモ こないだはよくも仕事の邪魔をしてくれたわね。
コーネ その分お土産もくれたけどね。
と、コーネは薬の袋を見せる。
シズハ しまった。あたしのせいか。
マイア この人たちは、ネメシアさんが?
ネメシア そう。数少ない私の味方。
マイア なんで? どうして私を?
ネメシア 本当はそうやって何にも分からないまま死なせてあげようかと思ったんだけど。それじゃあ、
あたしの気が晴れないのよ。あんたのせいで受けた屈辱。苦しんだ日々の気がまぎれないの。だから。
ネメシアが合図を送る。
ラグモ さ、じゃあ行こうか。
コーネ 別に暴れてもいいよ。怪我するだけだから。
と、マイアの前にシズハが立つ。
ラグモ なにあんた?
コーネ 邪魔するわけ?
マイア シズハさん!? なんで?
シズハ 分からないよ! あたしだってわかんないけど、でも、体が動いちゃったの!
コーネ どうしますネメシアさん?
ネメシア つれてくるのはマイアだけでいいわ。
コーネ 了解。
ラグモ じゃあ、始末しようか。
10 ありがちな登場シーン
と、そこへ駆けつけるキーヴィ
キーヴィ なにやってんだお前ら!
と、コーネを抑える。
コーネ なんだこいつ。
キーヴィ シズハ! そいつつれて逃げろ!
シズハ でも、キーヴィは?
キーヴィ 俺のことはいいから!
コーネ 邪魔。
と、キーヴィは投げられる。
ラグモ 弱っ。
コーネ 何しに来たんだこいつ。
シズハ キーヴィに何するのよ!
と、シズハがコーネを殴る。
コーネ沈む。
ラグモ なに!?
シズハ 口ほどにもない。
キーヴィ それにやられた俺って。
ネメシア ラグモ。早く片付けて。
ラグモ 言われてなくても。
と、声が響く。
ククロ(声) 紐を抜いて。
キーヴィ この声は?
マイア お医者さん?
シズハ 紐って、これ?
と、シズハは倒れてるコーネの紐を抜き取る。
コーネ起きる。
コーネ あれ?
ラグモ コーネ、起きたんなら手伝って!
コーネ え? あんただれ?
ラグモ なに呆けてのよ!
コーネ いやいや、本気で誰ですか?
ラグモ あたしらコンビでしょ!
コーネ え。さすがにモグラとはコンビ組まないでしょ。
ラグモ なんでよ!
と、そのうちにキーヴィがラグモの紐を引き抜く。
ラグモ って、あれ?
コーネ いや、実際山猫だよ俺。それがモグラって。ありえないでしょ。
ラグモ は? なにあんたタメ口聞いてるわけ?
コーネ え? だって、それあんたがコンビだとか言ったから。
ラグモ 山猫とコンビ? ふざけないでよ。
コーネ ふざけてるのあんたでしょ?
ラグモ なにここ? どこ? あったしまた寝ぼけて穴掘っちゃったのかなぁ?
と、ラグモが去る。
コーネ えぇ〜 なに? 俺の話無視かよ。おいってば。
と、コーネも去る。
シズハ どうなってるの?
キーヴィ 何が起こったんだ?
と、ククロが出てくる。
ククロ 操られていたんですよ。二人とも。魔女にね。
シズハ ククロ先生。
キーヴィ 操られていた?
ククロ そう。魔力を編みこまれた「線」によって、魔法使いとつながっていたんです。
キーヴィ 何でそんな詳しいんだ?
ククロ 企業秘密ですよ。
と、そのうちにネメシアはマイアをさらい去る。
シズハ って、マイアは?
キーヴィ あっ。(と、空を見て)あそこだ。
シズハ 空中戦ならこっちのもんよ。キーヴィ、行こう!?
キーヴィ いや、俺は、
シズハ ここまで来てなに言ってんのよ。先行っちゃうからね!
と、シズハが去る。
ククロ いいんですか?
キーヴィ ……
と、キキが現れる。
キキ やっぱり、あの二人何も知らないみたいよ。
ククロ 知ってたとしてもしゃべりませんよ。
キキ 自白剤使ったんだけどね。
ククロ やりすぎですって。
キーヴィ いつからいたんだよ。
ククロ 追いついたのは同じくらいですよ。
キキ 不思議なことにね。あれ? 他の連中は?
ククロ (空を指差す)
キキ ああ。あ、追いついた。戦ってる戦ってる。
ククロ いいんですか?
キーヴィ ……
キキ あ、なんか来た。
ククロ 来ましたねぇ。
キキ あ、やられた。
キーヴィ (思わず空を見る)
キキ ああ、落ちる落ちる。あ、捕まった。
ククロ つれてかれてますね。
キキ つれてかれたね。こりゃあ、シズハちゃんにはもう会えないかな。
キーヴィは思わず走り出そうとする。
ククロ どこへ行くんですか?
キーヴィ ……
ククロ いい加減気持ちにふんぎりつけないと、行っても無駄だと思いますけど。迷っている限り、やられるだけですよ。
キーヴィ あいつは、俺を裏切ったんだ。
ククロ そうですね。
キーヴィ 俺は、あいつと、一緒にいたかったのに。
ククロ ええ。
キーヴィ 必要なときだけ、必要として、いらなくなったら、見向きもしない。
ククロ じゃあ、もういいんですか。
キーヴィ それでも、
ククロ それでも?
キーヴィ それでも、俺は、あいつを助けたい。
ククロ だったら、いいじゃないですか。それで。
キキ 面倒くさいね、男って。
ククロ お手伝いしますよ。
キーヴィ 手伝い?
ククロ (紐を拾いながら)ちょっと、私にも関係あることですから。(キキに)病院、頼めますね?
キキ やだ。
ククロ えぇ!? そんな。
キキ あんたじゃないと治せない患者さんがたくさん待ってるんだから。
それ放るわけにはいかないでしょ。ただでさえ赤字なのに。
ククロ そこは、ほら、どうにかごまかす、とか。
キキ 駄目。一度面倒見るって決めたら面倒を見る。
ククロ そんなぁ。
キキ 面倒見て、見終わったら、今度はあたしが、あんたの面倒見るから。
ククロ え?
キキ あんたの助手でしょ? あたしは。
ククロ そうですね。じゃあ、行きますか?
キーヴィ ああ。
キキ さぁ、まずは仕事片付けるわよ〜
キキが去る。
ククロがキーヴィを促す。
三人は去る。
暗転。
11 宮殿内 牢屋
少女の姿が浮かび上がる。
マイアである。
マイア はじめ、あたしにはお母さんがいました。あたしはお母さんが大好きで、お母さんもあたしが大好きでした。
ある日、あたしはヒキガエルにさらわれました。ヒキガエルはあたしをお嫁さんにしようとしました。
あたしは逃げて、そして、野ネズミさんに拾われました。野ネズミさんはあたしを大事にしてくれて、
やがて、あたしはモグラさんと出会いました。
みんなあたしを必要としてくれる。あたしはそれが当たり前だと、ずっと、ずっと、思っていました。
あたりが明るくなる。横にはシズハがいる。
シズハ ヒキガエルに、野ねずみかぁ。あんまりいい思いしてないんだね。
マイア はい。
シズハ 必要とされるのもいいことばかりじゃないね。
マイア ええ。だから、余計に分からなくて。
シズハ キーヴィの気持ちが?
マイア はい。
シズハ そんなことより、今はこの牢屋からどう出るかだと思うけど。
マイア それは大丈夫だと。
シズハ なんで?
マイア ここはもうハンスの国なんです。
シズハ ハンスって、ここの王子だっけ?
マイア はい。あの人に隠れて殺されるならまだしも、この国でだったら、きっとあの人が何とかしてくれますから。
シズハ あたしは、そこに嫌な予感を感じるんだけどなぁ。
と、ネメシアが現れる。
ネメシア ごきげんよう。
シズハ なに優雅に挨拶してんのよ。あたしらをここから出しなさいよ。
マイア ネメシアさん、せめてシズハさんだけでも、出してくれない?
ネメシア 二人にね、会わせたい人がいるの。
マイア 私たちに?
ネメシアが手招く。
ハンスが現れる。ハンスの背中には紐がついている。
ハンス 何だよネメシア。面白いものってどこにあるのさ。
マイア ハンス?
ネメシア ハンス王子。マイアとツバメです。
ハンス ふーん。で?
マイア ハンス! あたしよ? マイアよ?
ハンス だから?
マイア だからって……
シズハ 紐だ。あの紐のせいだよ
ハンス ネメシア、別に面白いものなんかないんだけど。
ネメシア すみません王子。この二人の処分をお聞きしたくて。
ハンス どうでもいいんじゃない?
ネメシア そうですね。どうでもいい、ですね。
ハンス まったく。早く部屋に帰ろうよ。ここは寒くて仕方ないや。
ネメシア ええ。(シズハとマイアに)ではまたあとでね。
ネメシアとハンスが去る。
シズハ なにあれ? 分けわかんない。あの変な紐で操ってるってのが丸分かりじゃん。
でも、これであんたの安全説も覆ったわけだ。まいったよねぇ。……マイア?
あんなの気にしなくっていいよ。操られているだけなんだから。ね? マイアってば。
マイア 痛いね。
シズハ え? どっか打ったの?
マイア あの目、全く私見てなかった。全然。私なんて興味ないみたいだった。
シズハ だから、それは操られているからだって。
マイア あんな目だったのかな。あたし。そんなあたしを、ツバメさんは見たのかな?
シズハ まさか、あれほどって事はないでしょ。本当大丈夫? 震えてるよ?
マイア 痛いんだ。すごくね、(胸を指し)ここが、痛い。馬鹿だあたし。今頃気づくなんて。馬鹿だ。
シズハ マイア……。あの人が、好きなんだね。
マイア 馬鹿だよね。本当。
シズハ ……うん。馬鹿だ。確かにあんたは馬鹿。
マイア うん。
シズハ 何で馬鹿かって、それで痛がったまんまだからよ。
マイア え?
シズハ 痛がったってしょうがないでしょう。傷ついたまんまだったらなんも動かないんだからさ。
そりゃ必要とされなきゃ痛いよ。きついよ。もう、「あたしなんか」って思っちゃうよ。
でもさ、関係ないでしょ。
マイア 関係ない?
シズハ だって、私が必要とされなくたって、私は必要としているんだから。あんたがあの変な王子?
だっけかに今は見向きもされなくてもさ、でも、あんたは王子が必要なんでしょ? 違う?
マイア そう、かな。
シズハ だったら動くしかないじゃん。そうでしょう? いじいじしていたって何の意味も無いよ。
あたしはそういうの駄目。絶対駄目。こっちを見ないなら、そんな顔はこうつかんでさ、
無理やりこっち向かせてやればいいのよ。背を向けるんならその背中蹴っ飛ばして、
張った押して無理やり仰向けにさせてあたしだけ見せてやりゃいいのよ。そういうもんでしょ。
マイア そういうものなの?
シズハ いいから、落ち込むな。落ち込む暇あるんだったら、どうしたらいいか考えて。
マイア 考えてって言われても。
シズハ 人間の世界のよくある物語なんかだとさ、ここらへんで、「待たせたな」なんて言って
主役が現れたりするんだけどね。キーヴィにはそんなの似合わないからなぁ。
12 やってくるヒーロー
と、キーヴィが現れる。
キーヴィ 悪かったな、似合わなくて。
シズハ うそっ!? キーヴィ? 助けに来てくれたの? あたしを? どうやって?
キーヴィ 二人を、だよ。ここの鍵、手に入れるのに時間かかった。
シズハ やった。さすがキーヴィ。
と、鍵を開ける。
まずシズハが出てきて伸びをする。
ゆっくりマイアが出てくる。
マイア ツバメさん。あたし、
キーヴィ 俺も、シズハの言うとおりだと思うよ。
マイア え?
キーヴィ 背を向けるんなら背中蹴っ飛ばしてでもこっち向かせれば良かったんだ。俺はそうしなかったから。
シズハ まぁ、キーヴィにはあたしがいるからね。
キーヴィ そうは言ってない。
シズハ 照れちゃってぇ。
キーヴィ それより、早く出るぞ。ククロさんが敵をひきつけてくれてるから。
シズハ ククロ先生も来ているの?
キーヴィ というより、ククロさんのおかげでこれたようなもんなんだ。
シズハ それってどういうこと?
と、ククロが現れる。
ククロ おや、みんな会えたようですね。
キーヴィ ククロさん。見張ってた奴は? 上手く巻いてこれたのか?
ククロ いやぁ。それがですね。
と、その後ろから剣を持ったホロウが現れる。
ホロウの服には紐がついている。
ククロ 連れてきちゃいました。
キーヴィ なにやってんだよ!
マイア ホロウさん!?
シズハ あれも、操られているわけ?
ホロウ フクロウに、ツバメか。なんにせよ、侵入者は排除する。
ククロ いや、侵入者なんてそんな大げさな。ちょっと遊びに来ただけですよ? ね?
キーヴィ そうそう。
ホロウ 言い訳は聞かない。邪魔者は切る。それがあの方の……あの方? 誰?
キーヴィ 今だ!
ククロ たぁあ!
と、飛び掛ろうとして、切っ先を向けられる。
ククロ なんて、冗談ですよ。キーヴィさん。
キーヴィ はい?
ククロ あなた主人公でしょ? 何とかしてください。
キーヴィ 剣に勝てるか! そういう無茶ぶりって嫌われるんだぞ!
ホロウ 死ね。
と、ホロウが剣を振り上げる。
キキ フッ!
キキが現れ、吹き矢をホロウに吹く。
ホロウ あれ? ……これで、出番、終わり?
ホロウがよろめきながら去る。
ククロ キキさん!
キキ 全く。やっぱりついて来てよかった。武器の一つも持ってこないで、何するつもりだったんだあんたたちは。
ククロ 話し合いで解決できるかと。
キキ はっ(鼻で笑う)
ククロ すいません。
キキ とにかく目的はもう済ませたんでしょ? さっさと帰るわよ。
ククロ はい。
シズハ 帰るってどうやって?
キーヴィ とっておきの方法があるんだよ。(マイアに)あんたはどうする?
マイア 私は……
キーヴィ ついてきたかったら、来てもいい。一人くらい増えたってどってことないよな?
ククロ 無いって事は無いけど。
キーヴィ もしなんだったら、俺の背中に乗ればいい。そうしたら、俺が運んで行ってやるよ。別に俺たちの
森じゃなくてもいいんだ。どこでも、あんたの好きなところに。あんたが、俺の背中に乗ってくれるんなら。
マイア 背中に……。
キーヴィ どうする?
マイア 背中、蹴ってないの。私。
キーヴィ いや、そりゃ蹴られるのはちょっと嫌だろ。
マイア あの人の背中、蹴ってないの。蹴っ飛ばして、こっち向けって言ってないの。だから。
キーヴィ そっか。
マイア うん。
シズハ 振られてやんの。
キーヴィ うるさい。
キキ ほらほら、なんか青春してないで行くよあんたら。見つかったらことだからね。
ククロ まぁ、大丈夫。あたしにかかれば一瞬で森の中だから。
キーヴィ あれは魔法みたいだったよな。
キキ あたしにも、タネは分からなかったからね。
ククロ 魔法使いですから。
13 迫ってきた影(でもまだ牢屋)
アンデル へぇ。魔法使いなんだ。お前。
と、牢屋側からアンデルが現れる。
シズハ え? いつの間に?
マイア あなたは?
アンデル 初めまして。マイアさん。それと、ほかの方々。ああ、久しぶりという人もいたわね。ね? ククロ。
ククロ やっぱり、あなただったんですね。
キキ 知り合い?
ククロ 昔の、ですよ。
アンデル そう昔のことでもないでしょ? ああ、それとも、昔のことにしたいのかしら? 元使い魔のククロさんとしては。
キーヴィ 使い魔?
シズハ それって、じゃあ、あんたは魔女?
アンデル 魔女アンデル。お見知りおきを。
キキ じゃあ、今まで手術や治療で使っていたのは、手品でもなんでもなくて魔法? 本当に魔法を使ってたわけ?
アンデル へぇ。始めたの。人から必要とされるための生き方ってやつ。
ククロ 私はあなたとは違いますから。
アンデル どうせ始めはものめずらしがって来るものの、、魔法の力に恐れをなしてこなくなる客ばかりなんだろうけど。
ククロ これでも、固定客は少しづつついてきてますから。
キーヴィ ククロさん、良く分からないけど、つまりは知り合いってことだろ?
だったら、話をつけてもらえるんじゃないか?
シズハ そうだね、それであたし達を帰してもらえばすべて解決じゃん。ね?(マイアが動いたのに気づき)マイア?
マイア あなたが、すべての原因なんですか?
アンデル そう。すべてのね。
マイア なんで、こんなことを?
アンデル 教えてあげようか?
アンデルが一歩近づく。
キーヴィがマイアをかばうように背に隠す。
アンデル そう、怖い顔をしなくてもいいよ。ふむ。でもここはちょっと暗いし、肌寒いね。少し場所を変えようか?
アンデルが指を鳴らす。
回りの景色が揺らぐ。
マイア なにこれ? 景色が、
シズハ 揺らいでる。
キーヴィ 同じだ。
シズハ 同じって?
キーヴィ ククロさんにつれてきてもらったときも、こんな風に、景色が、
アンデル そりゃそうよ。だって、この魔法を教えたのは私なんだから。空間を操る魔法は私の十八番。
世界は闇に包まれる。
14 闇の中で閑話休題
ククロの姿が浮かび上がる。
ククロ その昔、独りの女の子がいた。女の子は誰からも相手にされず、たった一人で本を読んでいた。
あらゆる本を。女の子は頭が良くて、どんな本でもすぐ理解することが出来た。
それ自体が、また女の子を一人にさせた。次第に、女の子はこう思うようになった。
アンデルが浮かび上がる。
アンデル 私が必要とされないのは、周りにいるものがおろかだからだ。私を嫌うのは、私の才能をねたむからだ。
ククロ そして、女の子は呪われた本に手を出した。
アンデル だったら、私以外の者たちを面白おかしく使ってやろう。嫌われるなら、私の魔法で心を編んで
私の思う通りにしてやろう。そう、言ったらあんたは反対したね。
ククロ あたしは、あなたの使い魔だった。あなたの魔法で呼ばれ、一番初めに心を編みこまれた存在。
だけど、そのときのあなたの心は素直だったから、私はあなたの気持ちが分かったんだ。
やめましょう。そんなことは。嫌われるなら、嫌われない存在になればいいんです。
アンデル どうしても私は嫌われるのよ。
ククロ 必要とされないのなら、必要とされる存在になればいいのです。
アンデル 誰も私なんて要らないのよ。
ククロ 私はあなたが大好きだから。だからあなたはきっと、他にもたくさん、たくさん好かれるはずなんです。
たった一人にしか愛されないなんて、そんなことあるわけ無いんだから。人と人とをあわせて、関係をくくって、
括りつけて。そうすれば、あなただって。
アンデル だったら、私はお前も要らない。
ククロ アンデル様!?
アンデル 私は独りでいい。独りで、すべてをうらんでやる。
15 やっぱり玉座の間が最終決戦場所。
そして世界は元に戻る。
キーヴィ ここは?
マイア 玉座の間。
アンデル そう。昔話をするには、うってつけの場所だったでしょ? そして、死に場所としても。
アンデルが合図を送る。
剣を持ったハンスと、そのそばに寄り添うようにネメシアが現れる。
マイア ハンス王子!
アンデル 王子が愛した女は、賊を招きいれて、国を崩壊させようとする悪女だった。王子は賊を切り捨て、
愛するものを切り殺し、そして、傷ついた王子は、私やネメシアという慰める存在がいて
初めて国を動かせるようになる。
ネメシア アンデル。本当に、これしかないの?
アンデル 何を言ってるの? やろうって言い出したのは、あなたでしょう?
ネメシア でも、私は、こんなことになるなんて……。
アンデル 別に私はいいのよ? 王子のそばにいるのは私一人でも。
マイア ネメシアさん。
ネメシア ……あんたが悪いのよ? 突然現れて、この人の心を持っていくから。
ずっと、ずっとあたしのものだったのに。あたしだけを見てくれていたはずのなのに。
それなのにあんたがいるから。
マイア それは、でも……
キーヴィ ククロさん、なんとかならないのかよ。
ククロ なんとかって言われても。
キキ あれも、操られているんじゃないの?
ククロ 多分。
シズハ そうだ。さっき背中に紐が?
ネメシア 勝ったと思ったのに。あんたへの興味をなくさせれば、勝てると思ったのに。
痛いのよ、ここが。ずっと。王子は私を見てくれているのに。ずっと、痛いのよ。
マイア 私と、同じだね。
ネメシア 切って! 王子! あの女を切って!
キーヴィ させるか!
キーヴィが飛び出すと、ハンスの手首をつかむ。
もみ合ったすえ、ククロらにハンスの背中を見せる!
キーヴィ 今だ! 紐を!
シズハ って、言われても……
キキ ないな、紐。
ククロ え?
アンデル そう来るとは思っていたから。王子への魔法は特別性に変えておいたの。二度と、元に戻らないようにね。
ネメシア 二度とって、じゃあ、
アンデル あなたのことだけを見てるわよ。ずっと。見ているだけだけど。
ネメシア そんな……
キーヴィ ちょっと、早く何とかしてくれ。力が、強い。
キキ ククロ!
ククロ せめて、アンデルの杖を奪えたら。
キキ 杖を?
ククロ 魔法の力は杖で増大して使うもの。だから、杖さえ奪えれば、アンデルの魔法も消えるはず。
キキ 杖か!
シズハ よし!
と、シズハはアンデルに向かおうとして、何かにはじかれる。
シズハ いったぁ!?
アンデル 杖を奪うといわれて、素直に渡すと思う?
シズハ あんたが大声でしゃべるから!
キキ あたしのせいかよ!
キーヴィ 喧嘩すんな!
と、マイアが動く。
ククロ マイアさん?
シズハ マイア?
キーヴィ 駄目だ! こっちに来たら!
マイアは、ハンスの背中を叩く。
マイア あたしを、見てよ。
マイアは、ハンスの背中を叩く。
マイア あたしを、見てよ。
マイア、ハンスの背中を叩く。
マイア 嫌ってもいいから。嫌になったんなら、そう言ってくれていいから。だから、あたしを見てよ。
ハンスの動きが止まる。
マイア あなたの言葉だったら、あたし、受け止めるからさ。どんな痛くたって耐えてみせるからさ。だから、言ってよ。
あたしね。知らなかったんだよ。どれだけ、あたしが、あなたのこと想っているのか。分からなかったんだ。
あなたが必要だってこと。だけど、気づいたから。もう知ってるから。だから、言ってよ。あなたの声で、
あたしに聞かせてよ。嫌だよ。あたし。あなたがあたしを見てくれないのは、嫌だよ。
ハンスの手から剣が落ちる。
キーヴィが手を離す。
ハンスがマイアを向く。
ハンス マイア?
マイアがハンスに飛びつく。
キーヴィがそっと離れる。
そのそばにシズハが寄る。
ククロがアンデルに向かう。
その横にはキキがいる。
アンデル そんな、なんで?
ククロ もう、分かったでしょう?
アンデル なにがよ。
ククロ 必要とされる力のほうが強いんですよ。
キキ 他人を縛る力なんかよりずっとね。
アンデル 近づかないで!
キキ まだなんかやる気だよ。
ククロ もう、止めましょう?
アンデル まだ私には魔法があるのよ? この杖がある限り。あなたたちなんていつだって灰にでも出来るんだ。
だから、近寄るな!
アンデルが杖を高く上げる。
アンデル 全部燃えてしまえばいい。あたしの思い通りにならないものなんて全部。全部なくなってしまえばいいのよ!
ククロ アンデル様!
と、その杖がマジックハンドのようなもの×2にとられる。
アンデル え?
王様と女王が現れる。
王様 ほら、やっぱり凄いだろ? これ。これくらい重いものでも簡単に取れるんだ。
女王 凄いわパパ。ところでそれは何なの?
王様 さぁ?
女王 あら? 皆様。ごきげんよう。
王様 おっ! マイアさんが戻ってきてるぞ!
女王 駄目よパパ。こういうときは写真を撮っておいて、あとでからかうのが楽しいんじゃない?
王様 なるほど。じゃあ、カメラとって来よう。
王様が去る。
ククロ 女王様、その、われわれは、その、
女王 分かっていますよ。
ククロ え?
女王 私も、あの人も。だてに、ここの王様をやっているわけじゃないんですから。
アンデル すべて終わったということね。
女王 ええ。そして、始まるのよ。
アンデル 始まる?
女王 今度から、いらっしゃるときには、正面からお越しください。われわれはいつだって誰をも歓迎しますわ。
アンデル 私は、魔女なのよ?
女王 ちょっといたずら好きのね。
キーヴィ いや、ちょっとって。
シズハ ここは突っ込まないほうがいいと思うよ。
女王 (シリアスに)さぁ、皆さん。……(いきなり崩れて)お食事にしましょう?
全員がずっこける。
16 物語のつなぎ
本を持ったスノーが現れる。
語りの間に、残ったキャラクターたちも、オープニングの形に戻っていく。
そして、語り終わると座る。
スノー こうしてお食事という名の宴は三日三晩続けられました。行方不明になっていた人々もいつの間にか戻り、
森の鳥たちも交えての大宴会になりました。誰もが笑顔になるにぎやかさでした。
ツネキ ツバメは今度は帰りませんでした。
キネツ ずっと、お城で歌を歌っていました。
コーネ おやゆび姫や、妖精や、鳥たちや、
ラグモ とにかくみんなと笑っていました。
アンデル まだどこか呆けたままの王子の姿もありました。
ハンス ぎこちなく、でも嬉しそうに笑う魔女の姿もありました。
女王 女王と王様と魔女とで、話しながらパーティーを眺めていました。。
ネメシア さびしげに窓辺に立つネメシアの肩を、彼女の家来がそっとなでました。
ホロウ 胸の痛みを笑ってごまかそうとして、彼女は少しだけ泣きました。
キキ 物語はこれにておしまい。
シズハ めでたしめでたしと終わるその前に。
ククロ 蛇足ながら、終わりと始まりのエピソードを。
17 始まりへの終わり
ツバメがいる。
マイアが現れる。
マイア ツバメさん。
キーヴィ ああ、ちょっと夜風に当たってた。
マイア なんだか不思議。まるで何も無かったみたい。
キーヴィ うん。このまま俺がいなくなっても、誰も気づかないくらいだ。
マイア 出て行くの。
キーヴィ また旅立たなきゃいけないから。
マイア そっか。
キーヴィ 寂しい、か?
マイア うん。
キーヴィ おや(ゆび)……お前さ。
マイア え?
キーヴィ 俺と……ぼくといっしょに行きますか?
マイア え?
キーヴィ 背中に乗ってください。そうしたら、ぼくらはモグラからも、
どんよりとした部屋からも飛び出すことができるんだから。
マイア でも、
キーヴィ 飛びだして、山を越えて、あたたかいどこかの国へ、お日さまがさんさんと、
さんさんと照り輝く場所へ飛んでいくことができるんです。こことはくらべものにならないよ。
そこはいつも夏のようで、花たちはとてもゆうがに咲き乱れているんだ。ぼくと飛んでいこう……
おやゆび姫。君はぼくの命を救ってくれたんだから。あの暗い通路で凍え死んでいたぼくを
マイアは静かに首を振る。
マイア 私、あなたと一緒には行けません。
二人は見つめあう。
キーヴィは大きく息をつく。
キーヴィ うん。それでいい。それでいいんだよ。マイア。
マイア ツバメさん、私、
キーヴィ だけど! だけど、マイア。だったらせめて、俺の名前を呼んでくれないか?
マイア ツバメさんの、名前?
キーヴィ キーヴィだよ。俺の名前。ツバメのキーヴィ。
マイア キーヴィ。
キーヴィ そう。その名は俺だけの名前だ。マイアが俺を名前で呼ぶなら、俺だけが必要とされているって事だ。
そうだとわかればこのキーヴィ。地獄の底でも空の果てでも、あっという間に舞い上がり、
あなたの元へと誰より早く、勇猛果敢、一騎当千、とまではいかないけれど。どんなときでも。
すぐに駆けつけるよ。
マイア うん。ありがとう。
キーヴィ 幸せにね。マイア。
もしも今度泣くようなときは、俺は絶対お前を浚っていく。
お前が嫌だって叫んでも、背中蹴飛ばしてでも背中に乗っけて、千年先まで逃げてやるからな。
マイア ……うん。
キーヴィがマイアに背を向ける。
照れくさそうに、何かを言った。
マイア え?
キーヴィ なんでもない! (自分に言い聞かせるように)さぁ、飛んでやるさ。
キーヴィが羽を広げる。
光があふれる。
そして今、物語が幕を下ろす。
参考
翻訳の底本:(English Translation by H.B.Paull, "Little Tiny or Thumbelina," 1835)
翻訳者:大久保ゆう
1999年12月24日初訳
2007年5月19日作成
青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)
完
おやゆび姫のお話については、是非一度原作を読んでみてください。 初めて原作を読んだとき、その物語のラストが絵本とあまりにも違うのでビックリしました。 幸せに笑うおやゆび姫の上で、泣くのを我慢しながら鳴いているツバメの姿。 好きな人が違う人と結ばれようとしているというのに、二人のために歌を歌うという。 このツバメは一体、この後どう生きたんだろう? マイアと呼ばれたおやゆび姫を迎えたこの国は幸せになったんだろうか? あまりにも流されるままに幸せになってしまったおやゆび姫と、 あまりにも人のことばかり思って動いてしまったツバメが切なくて、 いつのまにか、この物語が出来上がっていました。 とはいえ、アンデルセン童話の「おやゆび姫」を否定するつもりはありません。 すべては楽静の妄想の産物。 「おやゆび姫」を否定されたような気持ちにさせてしまったとしたら申し訳ありません。 また、このようなパロディ的な作品を不快に思われる方もいらっしゃると思います。 作品にしたいという思い以外他意はありませんので、ご理解ください。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 |