ラフスケッチ
作 楽静


登場人物

シンドウ フミ  17歳 高校二年生 真面目な新聞部部長
アサヒ  ワカナ  17歳 高校二年生 クールな副部長
ヒノモト ケイイチ 男 17歳 高校二年生 三枚目なパシリ。
イロハ   16歳 高校一年生 無邪気な妹。
ウリマ  ミヨ   16歳 高校一年生 のんびり
イマニチ チヅル  16歳 高校一年生 寝ぼすけ
イケサキ レン   16歳 高校一年生 硬派




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     とある高校の新聞部部室。
     秋から冬にさしかかる季節のとある数日。
     部室としては名ばかりで、机が6つ置いてある程度。
     机は下手から イロハ・ミヨ・チヅル・レン・フミ・ワカナ
     机の下は向こう側が見えないものに。
     むしろ机は置いてなくてもよい。準備から始まるのもいい。

     ※ 幕が開いている場合
     何かしら薄暗く、ぱっとしない空間だという事だけが分かる。
     登場人物たち(フミ・ケイイチ以外)はやってくるとそれぞれの席について作業を始める。
     会話から新聞の記事を作っている事がわかる。
     『ここのレタリングはどうしますか?』
     『見出し、どっちがいいですかね?』
     『一面は、この間のサッカー部の試合で良いですよね?』
     等。
     やがてあたりは暗くなり、一人の少女が浮かび上がる。
     
     ※ 幕が閉まっている場合。
     合図と共に暗くなる。
     暗転中に幕はゆっくり開いていく。
     一人の少女が浮かび上がる。
     シンドウ フミである。彼女は一つの原稿(記事)を持っている。
     フミの語りと共に役者は所定の位置に移動する。

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     フミは大げさに語り始める。

フミ それは200x年○月×日(公演前日)秋にしては生暖かい風の吹く夜の事だった。エアコンの室内温度を高めに設定するか低めに設定するかしばし悩み、いやここは危機感を増す地球温暖化に一地球人として貢献しようと、一人一大決心を決め、彼女は集った観客たちを見渡した。

     同じように並び立つ、ワカナ、ミヨ、チヅル、レンに光が当たる。
     どこか青白く見える面々。
     そして「彼女」の姿も浮かび上がる。
     シャーロックホームズのようないでたちをしたイロハである。


フミ 皆一様に青白い顔をし、これから起こるであろう彼女による奇跡を今か今かと待っているようだった。そんな観客を一瞥すると、彼女はおもむろに語り始めたのだった。「さて、皆さん」

イロハ さて、皆さん。このたびの事件はまさに陰湿かつ狡猾な犯人による、紛れも無く恐ろしいまでに計画された事件でありました。どんな人物をもってしても鋭敏なる彼、あえて彼と申しますが、彼の知略には遠く及ばないであろうと言う皆さんの想像はかくのごとく当たる……かに見えました。私がいなければ、ですが。この事件の犯人は恐ろしく頭がいい。だが、恐ろしく運が悪いといえましょう。私が生きているこの時代に犯罪を計画したのですから。あえて言うのであれば、犯人は全ての事を始める前に私を亡きものにする事を計画すればよかった。そうしたならば犯罪を犯す前に犯人は気づけたはずです。私と彼の知能の差を、ね。さて、皆さん。私は言わなければなりません。あの有名かつ厚顔無恥なほどあけすけに高らかに響く勝どきの宣言を。あえて聞きたくなければ、聞かないで下さっても結構。いいですか? 犯人は、この中にいます!


     ワカナとミヨとチヅルとレンはそれぞれ顔を見合わせる。


レン し(かし先生)

ワカナ しかし先生、

ミヨ 私たちはずっと一緒にいました。

チヅル 誰かが欠けることなんて一度も、

ミヨ ええ一度も。

レン ……(ちょっと待ち、話そうとする)そ(うですよ、)

ワカナ そうですよ、ずっと一緒にでした。

ミヨ あ、でも10分ほどあなた(チヅル)はトイレに出たわよね?

チヅル それを言うなら、この人(ワカナ)だって、

ワカナ トイレ休憩で何が出来るの? あなた(ミヨ)なんて30分も、

ミヨ それを言うんだったら、(と、レンを指す)

レン そ(んな事を言ったら)

チヅル そんな事を言ったら、ねぇ?(と、レンを見る)

ワカナ 後怪しいのなんて……(と、レンを見る)

レン なんでこっちを見るんだよ!

イロハ 皆さん、皆さんはどうやら勘違いをされているようですね?

三人 勘違い?

イロハ 私は確かに、犯人はこの中にいるといいました。けれどそれはイコール皆さんの中に犯人が要るということではありません。

ワカナ 私たちの中に、

ミヨ 犯人がいるわけじゃ、

チヅル 無い? 


     と、三人はレンを見る。


レン だからこっち見るな!

ワカナ どういうことですか? ここには、私たちしか、

イロハ そう思わせることが犯人の思惑だったのです。屋敷の中に皆さんしかいないと思わせる事によって、犯人は起こりえない全ての現象を一人で行う事が出来た。見えないのに確かにそこにいる人物。それが今回の犯人でした。

ワカナ 見えないのに、

ミヨ 確かに、

チヅル いる? 


     と、三人はレンを見る。


レン 誰なんだよ犯人は?

イロハ それではご紹介しましょう。今回の事件の犯人。それは、あなたです!


     イロハの指差した先へ光が飛ぶ。
     そこには明らかに変装したのが分かる格好で座っているケイイチが居る。


四人 演出!

イロハ そう。全ての事件は舞台の外からの思惑で起こっていた。だからこそ、舞台にいる皆さんには事件の全容を知ることが出来なかったのです。(ケイイチに)違いますか?

ケイイチ (舞台に上がりながら)面白い事を言うお嬢さんだねぇ。確かに私なら全ての犯行は可能だろう。しかし、何故かね? コレは私の舞台だよ? 自分の舞台を自分で壊してどうするというんだ? 私にはそんなことをする理由が無いように思えるんだが。

イロハ それは、あなたが本物の演出家であった場合でしょう? だがあなたは演出家ではない。

ワカナ 本物の、

ミヨ 演出家じゃ、

チヅル ない?

レン どういうことだ?

ケイイチ 失礼な。舞台を汚すニセモノとでも言いたいのかね?

イロハ ニセモノどころか。演出家では無いと言ったのですよ。そうでしょう? 

ケイイチ なんのことやらわからんな。

イロハ 下手な芝居はやめて、いい加減正体を見せたらどうですか? 今回の事件の犯人。怪盗200面相!

三人 怪盗200面相!?

レン やけに多いな。

ケイイチ フフフフフ。ハハハハハハハハ。(と、顔を取るような演技をし、)ベリベリベリベリベリ。

三人 ああ! 顔が!

ケイイチ やはり君には全てお見通しだったようだね、名探偵君。

イロハ 始めからね。

ケイイチ なるほど。しかし、私は捕まらないよ。黄金の小熊は確かに頂いた。

イロハ それはどうかな。

ケイイチ なに!?

イロハ 今です!


     と、高らかに響く音楽。必殺仕○人とか。


ケイイチ この音楽はっ。仕事人!? 一体どこに。

三人 フッフッフッフ

レン え?

ケイイチ まさか!?

ワカナ ベリベリベリ(顔を剥がす仕草。そしてポーズ)

ミヨ ベリベリベリベリ(顔を剥がす仕草。そしてポーズ)

チヅル ベリベリベリ(顔を剥がす仕草。そしてポーズ)

レン はぁ!? え、何これ?

チヅル (無言でレンの肩を叩く。)

レン (思わず、自分の顔を剥がそうとして)出来るか!

ケイイチ くっ。罠、か。

イロハ 今日の為にわざわざ呼び寄せたんだ。今日こそは逃がさないよ。200面相。

ケイイチ 私としたことがどんだミスをしたものだ。しかし、探偵君。今日は逃げさせてもらうよ。私はつかまるわけには行かないんだ。ユキコの為にも。

イロハ ユキコ!? ユキコだと。それはタチバナユキコのことか!

ケイイチ 貴様! 何故ユキコの名前を。

イロハ 難病の娘のために犯罪を犯しているという噂は本当だったんだな。

ケイイチ 貴様に何が分かる! 盗みを犯すことくらいしか娘の治療費の足しにならないと分かっていて犯罪に手を染める俺の気持ちが貴様に分かるか!

イロハ 分かるさ。

ケイイチ なんだと!?

イロハ ユキコは、タチバナユキコは私の母だ。

ケイイチ じゃあ、お前は。

イロハ ベリベリベリ(と、顔をはぐ)あなたの孫です。ずっと、探していたんだよ。おじいちゃん。

ケイイチ 孫よ〜!


     二人はひしと抱き合う。
     途端に、イロハがケイイチを技にはめる(コブラツイストとかエビ固め)


ケイイチ ぐはああ。

チヅル 決まったー。 昔語り、祖父との愛と来て、エビ固め〜。これはチャンピオン動けません。いやあ凄い猛攻ですね。

ミヨ これは勝負ありかもしれませんね。

チヅル あ、今レフェリーが近寄っています。


     その言葉どおりワカナが近寄る。
     ケイイチの様子に頷くと、手を交差させる。


チヅル あ、レフェリーからストップ出ました。レフェリーストップです。長きに渡って動かなかったチャンピオンを、新人チャレンジャーが引き摺り下ろしました〜!


     ケイイチを立ち上がらせるイロハ。
     二人はがっちりと握手をする。
     ケイイチがイロハの手を天へとかざす.
     いつの間にか広がっていく拍手――


フミ なんでじゃああああああ!


     と、ついにフミがキレ原稿(記事)を真っ二つに引き裂く。





     途端に部室へと景色は戻る。
     ケイイチは服を着替えに去る。
     ワカナ、ミヨ、チヅル、レンはそれぞれ席に着く。
     ワカナは面白そうに。ミヨは自分の新聞に夢中で。
     チヅルは眠り。レンは興味ないフリ。
     そして、イロハがフミを向く。


イロハ あ、駄目ですか?

フミ (怒りを抑えた声で)イロハちゃん?

イロハ はい?

フミ なんでいいと思ったのかその説明をしなさい! すぐに! はやく! ナウ!!

イロハ えっと、(つまりですね、なんていうか)

フミ こんなのボツに決まってるでしょう!

ワカナ イロハ。どうどう。落ち着いて。

フミ (落ち着こうとし)……何で校内新聞でこんな……(何と形容していいかわから無い)

イロハ ミステリーで走り出すと見せかけて、プロレスと言うすっとぼけ小説ですか?

フミ そんなすっとぼけ小説を載せなくちゃならないわけ?

イロハ 面白いかと、

フミ 色んな意味で面白すぎるけど、それで新聞って言える?

イロハ 言えないですか。

フミ 言えないのよ? 新聞はね事件を載せるの。生徒の誰もが心揺さぶられるような事件を。物語を載せるんじゃないの。

イロハ いや、事件はあったんですよ。(ミヨに)ねえ?

ミヨ あ、うん。無くなったんです。(レン)ね?

レン ああ。

フミ 何が?

イロハ ヌイグルミ。

フミ は?

ミヨ 私の。熊の。

レン これくらいのですよ。あったでしょ、ミヨの机に。

フミ あの、邪魔な物体?

ミヨ 邪魔じゃないですよ。可愛かったのに。

イロハ で、誰が盗ったんだろうって話になって。

ミヨ イロハちゃんが、怪盗200面相だって、

レン 止めろって言ったんだけどね。

イロハ だって、20じゃ面白くないじゃん。ですよね?

フミ そういう問題じゃない! 面白いなんて理由で新聞にフィクション載せてどーするの!?

イロハ え〜。

フミ え〜じゃない。

イロハ すいません。

フミ 分かればよろしい。今日中に仕上げなきゃいけないんだから、自分の担当分はしっかりお願いね。

イロハ はい! じゃあ、プロレスだけにします。

フミ せめてミステリーにして!

イロハ はーい。


     イロハが席に着く。
     頭痛そうに席に戻るフミをワカナが迎える。


ワカナ お疲れ様です。部長。

フミ お疲れどころじゃないでしょ。なによあれ? なんでOKだしたのよ?

ワカナ 私じゃないわよ? 強力なスポンサー。

フミ スポンサー?

レン (あいつの)兄貴ですよ。

フミ ああ。で、そのスポンサーはいずこ?

ワカナ 遅れているんじゃない?

フミ 全く。時間無いってのに……他の人は? 出来たの?

レン&ミヨ はい!


     と、レンとミヨは同時に手を上げるが、


レン レディファーストで。

ワカナ 紳士だ。

ミヨ ありがとう。

フミ あんたも女でしょうが。

レン それは秘密です。

ミヨ 先輩! これ、見出しどっちが良いですかね?

フミ 見せて。……「キュートなお尻に、知り合う方法」「ネコ耳娘に会いたいにゃン」……え、何の記事?

ミヨ 学校近辺にいるネコさんの特集です。

フミ あのね、先生も見るわけだから。もう少しソフトな言い回しにしてくれる?

ミヨ ソフトですか〜。了解です。

ワカナ 面白いと思うけど。

フミ やめてよ。ただでさえこないだ変なコーナー作ってるって注意されたばかりなんだから。

ワカナ ああ、「おむね(胸)にむねむね」?

フミ 実際は保健室の「棟(むね)」先生に健康についての質問をするってだけのコーナーだったのに、馬鹿な名前つける奴がいるから誤解されて大変だったんだから。棟先生にも怒られるし。

ワカナ そりゃあ、いるからね。うちにはあれが。

フミ 全く。(ふと、見て)で?(レンに)

レン ういっす。


     レンの記事をフミは受け取る。


フミ 「乙女に薦める硬派な生き方」……薦めないで。

レン だと思いました。

フミ なら書くなよ!

ワカナ イロハ。落ち着いて。

フミ 全くどいつもこいつも……(と、チヅルを見て)チヅルちゃん?

チヅル ……

フミ チヅル?

ミヨ (さり気なく肘で起こそうとしている)

レン (ばれたか)あーあ。

フミ ミヨ

ミヨ はい。

フミ いいから。


    フミが近寄るのにあわせて、イロハが語る。


イロハ 一歩。また一歩。シンドウフミが近寄るたびに部室の中に不穏な空気が満ち溢れていった。ああ、落ちる誰もがそう思った瞬間にタニチチヅルの上に大きな拳骨が――

フミ やかましい。


    フミがイロハにチョップする。


イロハ 何で私!?

フミ (無視して)チヅル。どうしたの? 疲れてるの?

チヅル (寝ぼけて)おうべらぼうめ。江戸っ子は宵越しの金はもたねえんだ。全部持っていってくれ! って。あれ?

フミ ずいぶん面白い夢を見てたみたいね?

チヅル ああ、あはは。寝てました私?

フミ うん。今日中に完成させたいんだからね? 記事、書けてるの?

チヅル ああ。はい。今、見出し考えているところで。

フミ ……原稿真っ白に見えるんだけど?

チヅル だから、見出しを考えてから本文を書こうと思って。

ワカナ 悩みつかれて寝ていたと。

チヅル その通りです!

ワカナ いやぁ。うちの一年生は皆大物だね。

フミ (溜息)いい、みんな? 確かに一学期の間はずっと私たちの取材の手伝いとか、新聞の知識を教えてきただけで実際に記事を書かせなかった。それは悪かったと思うけど、三年の先輩たちもいなくなって、今号からがまさに新生○○高校新聞部の活動の始まりといっても過言ではないの。皆せっかく新聞部に入ったんだから、自分の担当記事くらいはしっかり書いて。いい? 返事は!?

イロハ&チヅル&ミヨ&レン イエッサー。

ワカナ 部長は大変だ。

フミ 茶化さない。あんたこそ、記事書けてるんでしょうね?

ワカナ 私は情報待ち〜

フミ 情報?





     と、そこにやってくるケイイチ
     首からデジカメをかけている。


ケイイチ すいません遅れましたっ! いやぁ。階段のところで職員室に行きたいっていうお婆さんにあって。見るからに足腰悪そうで。で、可哀想だなぁと、思ったわけですよ。思ったからには手伝わないと。ね? で、このおばあさんがなかなか重たくて。いやぁ。60キロ? はあったかな。うん。すっごい頑張ったんだけどこんなに時間がかかっちゃったわけですよ。いやぁ。疲れた。(話しながら自分のカバンを席に置こうとして)あれ? 俺の席は?

フミ 無いわよ。

イロハ 無いんだって。

ケイイチ え、なんで?

フミ 自分の胸に聞いてみなさい。

ケイイチ うわっ。懐かしいな、良く小さい頃お母さんにそういわれたっけ。な?

イロハ ね。

ワカナ 茶化さない方がいいよ〜。今の部長怖いから。

フミ 別に、分からないならいいけど。

ケイイチ 待った。当てるから待って。……ああ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。だって、暇だったからさ。そんな髭くらいで起こるなよ。禿にしたわけじゃないんだから。

フミ は?

ケイイチ え? 違うの?

フミ 何? 何の話?

ケイイチ え? だから、教科書の落書きだろ? 森鴎外。


    と、ワカナがふと立って紙を持ってくる。


フミ ……(と、カバンから教科書を出す。めくって)あああーーー!


    ワカナが広げた紙には森鴎外に髭が増えている絵。
    チヅルがびっくりして起きる。また寝ていたらしい。


ワカナ こんな風になっていました。

ミヨ 酷い……

チヅル 最悪……

レン 渋い……

イロハ うっわぁ。斬新。

ケイイチ だろ?

フミ だろ? じゃない! あんたこれが教科書を貸した人間に対する仕打ち?

ケイイチ だから言ったろ? そんなつもりじゃなかったって。

フミ さいてー。

ケイイチ ごめんって。え? じゃあなに? それじゃないの?

フミ 違うわよ。

ケイイチ なんだ。じゃあ謝り損か……

チヅル 何の話?

ミヨ ケイイチ先輩の失敗話。

フミ 謝り損だぁ!?

チヅル そんなのいつものことじゃん。

ミヨ うん。

ケイイチ って、違うね。うん。じゃあ、なんだぁ? ヒント!

フミ 思いつかないんだったら床でやればいいんじゃない?

ワカナ その方が案外能率上がるかもよ?

ケイイチ なんだよそれ。イロハ、ヒント。

イロハ ヒント1 今日もやっちゃいました。

ケイイチ はぁ? なんだそれ?

イロハ ヒント2 あたしが覚えている限り、お兄ちゃんは毎回です。

ケイイチ わかった! トイレで手をあらわなかった!

レン&ワカナ げっ

フミ サイテー。

ケイイチ いや、洗うよ? ちゃんと小便かかっちゃった時とかさ。洗うけどさ。別に汚れなきゃ良いでしょ? ねぇ?

ワカナ あたし、こないだあんたにシャーペン拾ってもらったよね……(落ち込む)

チヅル あたしなんて昨日先輩にCD貸しちゃったのに……

ミヨ あたし、先輩のつくったお菓子食べちゃった……

レン (ミヨを慰めつつ)よしよし。酷い人間がいたもんだ。

ケイイチ ちょっと、いいじゃんそれくらい。ねぇ。だめ? 駄目なものなの?

イロハ 正直、妹でも引くよ?

ケイイチ そうか。ごめん。って、それでもないわけ?

フミ 違うわね。

ケイイチ はぁ? じゃあなんだよ。

イロハ ヒント3 三文字の言葉で、最初が「ち」

ケイイチ ちくわ! え? ちくわ!? ちくわってなんだよ。

ワカナ こっちが聞きたいわ。

イロハ 最後が「く」

ケイイチ く? ああ、ちこく! 遅刻だ!

イロハ ピンポーン

ケイイチ え。遅刻? そんなの毎度のことだろ?

フミ だーから怒っているんだろうが!!

ワカナ フミ! どうどう!

ケイイチ そんな毎度の事で今更怒るなよ。なんかもっとえらいことしたのかと思ってびっくりしたわ。

フミ その態度に腹が立つんじゃ!


     フミがケイイチに飛び掛る。


ケイイチ ギャーー。 タンマ! 今日はちゃんと理由があったんだって!

フミ 問答無用!

ワカナ フミ! 落ち着きなって。締め切りあんだからじゃれてる場合じゃないでしょ。

フミ コレのどこがじゃれてるって!

ワカナ 駄目だ。頭に血が上ってる。ミヨちゃん、チヅルちゃん。レン、フミ止めて。

レン 代わりにケイイチ先輩殴っても良いですか?

ワカナ 許す!

レン よし。

ミヨ チヅル、起きて。

チヅル (寝ぼけて)うーん? 火事と喧嘩は江戸の花じゃねぇか。止めるのは野暮ってもんだぜ。

ミヨ いいから立って!

イロハ 先輩私は!?

ワカナ 状況説明!

イロハ はいっ。


     と、イロハが飛び出し、手を叩く。
     途端に皆ストップモーション。
     イロハに名前を呼ばれたものはその場にてポーズ。


イロハ ご覧の通り、○○高校新聞部は一年生三人と二年生四人で構成されています。部員は皆、将来の新聞記者を目指して燃えている……のかと言うとそうでもなく、実際将来ジャーナリストになると宣言しているのは現部長のシンドウフミさん一人くらい。他の部員、たとえば同じく二年生のアサヒワカナさんはフミさんに誘われての入部。一年のミヨは何となく入ったと言っていたし、チヅルなんかは中学にはなかったからと言うのが入部の理由。レンは情報操作がしたかったからっていう危ない理由。で、お兄ちゃんは……良く分からないからパス。という感じです。各言う私もその何となくの一人で。入った理由はとても単純なものでした。それは遡る事去年の秋。「お兄ちゃん!」


     途端に、場面はヒノモト家へ。





ケイイチ あれ? ここは?

イロハ 何言ってるのお兄ちゃん。自宅でしょ。

ケイイチ え、いつの間に?

イロハ やだなぁ。回想シーンなんて演劇じゃ良くあることじゃん。

ケイイチ そういう実も蓋も無いこと言うなよ。で、いつなんだ今は。

イロハ 去年の11月

ケイイチ なんだ、お前が進路を決めた時か。

イロハ そうだよ。私、行く高校決めた。

ケイイチ そうか。どこだ? ○○か? ××か? それとも、△△か?

イロハ お兄ちゃんと同じ学校。

ケイイチ げっ。

イロハ なに? その反応。

ケイイチ お前な、普通兄弟って言うのは同じ高校に行くのを嫌がるものなんじゃないか?

イロハ そうなの?

ケイイチ そりゃそうだろ。正直俺はあんまり同じ高校に来て欲しいと思わないぞ。

イロハ うんだと思った。だから。

ケイイチ なんだ、だからって。

イロハ 嫌がると思って。

ケイイチ お前はおにいちゃんへの嫌がらせで自分の進路決めるのか!?

イロハ それに、文化祭見学に行ったとき、お兄ちゃんの友達が言ってたじゃん。


     と、文化祭の時期になっているらしい。


フミ あら、あなたがサンザキ君の妹さん?

ワカナ 本当、似て無いねぇ。

ケイイチ うわっ。ブンチンにワカさまが何故ここに。

イロハ だから回想シーンだって。去年の文化祭。だから二人とも今よりちょっと若いでしょ。

ケイイチ え? そう? 全然変わってないように見えるんだけど。

フミ よかったねぇ。お兄さんに似なくて。

ワカナ うん。全くだね。

イロハ それは、父と母もよく言います。

ケイイチ なんだそれは。あ、思い出した。売店の傍だ。で、しばらくして俺が来たんだっけ……


     回想演技中の面々はケイイチを見る。


ケイイチ あ、そりゃ俺がやるんだよな。そりゃそうだ。「(手になんか持っているらしい)すまん。遅れた。って、あれ? シンドウにアサヒも。何やってんだよ?」

フミ 何言ってるのよ。あんたが妹さんほっぽりだしてヤキソバ買いに行くのが見えたから、心配して傍にいてやったんじゃないの。

ワカナ まぁ、ワカナちゃんと話してみたかったって言うのが一番だけどね。

イロハ 色々教えてもらっちゃった。お兄ちゃん、あんまり部活で役に立ってないんだね。

ケイイチ ばか。お前らなんつー事を吹き込んでるんだよ。

フミ 事実でしょ。

ケイイチ 少しは頑張っているだろ!

フミ 少しは、ね。

ワカナ まぁまぁ。じゃああたしらはこの辺で。

イロハ ありがとうございました。

フミ イロハちゃん、良かったらうち、おいでね。絶対楽しいから。

ワカナ まぁ、馬鹿も多いけどね。

フミ それでも一生懸命な奴多いから。いい奴ばっかりだからさ。

ワカナ あたしみたいなね。

ケイイチ 何言ってんだか。

フミ いやいや本当。これでもワカナいい奴でしょ、(ケイイチを見て)こいつも案外、ね?

ケイイチ 案外ってなんだ。

フミ いいからいいから。絶対、後悔しないと思うよ。

イロハ はい。――って。ね? あたし誘われちゃったから。


     フミとイロハはそのまま席へと戻っていく。
     場面は再び自宅らしい


ケイイチ ばか。そんなの誰にだって言ってるんだよ。

イロハ でも、他の学校じゃ言われなかったし〜。

ケイイチ まぁ別に本当に入る気あるんだったら、俺が何か言うもんじゃないからいいけど。

イロハ うん。てことで受かるから。よろしくね、先輩。

ケイイチ せめて部活は違うのは入れよ。

イロハ え? 同じ部活入って欲しくないの?

ケイイチ あったりまえだろ。

イロハ へぇ。そうなんだ。

ケイイチ ……ちょっと待て、お前まさか。

イロハ よーし決めた! あたしも新聞部入っちゃう!

ケイイチ 勘弁してくれ〜





     回想シーン終わる。
     間髪いれずフミの声が入る。


フミ なーんて言って、兄を慕って同じ部活に入ってくれる妹がいるって言うのに、何であんたはいつまでたっても遅刻を繰り返すの? 先輩としての自覚が無いんじゃない?

ケイイチ 今の会話からどうやったら「慕っている」って言葉が出て来るんだよ!

フミ 反省の色無しか。

ケイイチ いや、反省しました。ええ。遅刻をした事については本当に反省しております。

ワカナ 別にさ、うちらもどうしても仕方ない理由があるなら良いんだよ? 毎回だから腹が立つってことで。ね?

フミ てことで、あんたは今日床! 床で原稿を書きなさい。

イロハ カバンだったら私の机においておいて上げるよ〜。

ケイイチ ありがとう妹。お前の優しさが今は何だかとっても痛い。

フミ さ、じゃあ仕事に戻りましょうか。

一年 はーい。

ケイイチ はぁ。割と冷たいなぁ。……ああ、ブンチン。

フミ なによ?

ケイイチ その前にコレ。こないだやったアンケート。まとめて来たから。


     と、言いながらケイイチは紙を配る。


チヅル (寝ぼけて)アンケート?

ミヨ ほら、三年の先輩たちが書く新聞が最後だからってやったじゃん。

チヅル ああ。

イロハ 「あなたは校内新聞を読みますか?」だっけ?

フミ 「面白いと思いますか?」ってのもあったわよ。

レン 配ってたっけ?

チヅル ね。

ミヨ 配ってたよ。

ワカナ そういえば、回収とまとめは一号君の仕事だったね。

ケイイチ 押し付けだけどな。ってか、一号って呼ぶの辞めろって。

ワカナ ワカサマって呼ぶの辞めたらね。

ケイイチ ……まぁ、そういうことで、パソコンでまとめたのを、職員室で印刷してもらったわけ。今日遅れたのはこれのせいもあるんだよ。

フミ たった7人分くらい自宅で印刷してきなさいよ。

ケイイチ インク代払ってくれるんなら、ね。

ミヨ あれ? 回収率?

チヅル 全部集らなかったんですか?

ケイイチ クラスごとに先生に回収はしてもらったんだけど、忘れてた先生とか、出さない生徒もいてさ。初めから強制じゃないし。放送でも呼びかけてみたんだけどね。

レン 放送?

ミヨ ああ、お昼の。

チヅル びっくりしたよねぇ。あれ。

イロハ そうそう。急に「あー。えっと、しんびゅ、……新聞部です」とか言っちゃって。

ケイイチ 悪かったな。読む原稿用意してなかったんだよ!

レン ああ。あれか。

ワカナ 270人。30パーセントか。全校生徒900人として、約一学年分だね。まぁ、上出来じゃない?

フミ うん。

ワカナ ……うち、学校新聞を読むと答えた人が、80人、約3割か。

イロハ 結構多いんじゃないですか?

ミヨ 思ったよりいたね。

チヅル うん。

フミ イロハちゃん。

イロハ はい?

フミ 友達何人くらいいる?

イロハ は? ……まぁ、10人くらいは? いるんじゃないですか? ね?

ミヨ あたしは、そんないないかなぁ。

チヅル うーん。中学からのも合わせると、一クラスくらい?

ミヨ ああ、チヅルちゃんの中学から来た子多いもんね。

フミ うちの部の三年の数は?

イロハ 4人でしたっけ。……ああぁ。

ワカナ 知り合いばっかりってことだよね。読んでくれているのは。

フミ うち、面白いと思っている人、40人……

ミヨ これ、あたしも丸したんですけど……

チヅル あたしも……

イロハ あたしも……

レン (頷く)

ワカナ 分かってるよ。私も丸した。フミもでしょ?

フミ (頷く)

ケイイチ 俺はしてないけどな! ていうかアンケート自体やってない!

ワカナ やれよ!

フミ つまり、40人中6人は確実に身内票ってわけね。


     気まずい間。


ケイイチ ま、つまりだ。こういう結果になりましたけど、だ。ね、読んでくれている人もいるわけでしょ。ね? その人達が面白いと思ってくれる新聞を書けばいいんじゃないの? ね? そうでしょ。

イロハ そうだよね。ね?

ミヨ うん。だよね。

チヅル なんか、燃えてくるね。あたしこういう状況結構好きかも。

ミヨ あたしも〜。頑張ろうね、レン。

レン おう。

フミ そうね。うちらが頑張れば良いわけよね……

ミヨ そうですよ、頑張りましょう。

チヅル やるぞ〜

イロハ おー

ワカナ (ケイイチ)あんた、たまにはいいこと言うね。

ケイイチ おう。 そう、先生に言われた。


     皆ずっこける。


ワカナ だと思った。

イロハ お兄ちゃんらしい。

ケイイチ なんだよ、間違った事は言って無いだろ!

ワカナ 間違った事は、ね。

フミ よし。決めた。

ワカナ なにを?

フミ 締め切り、明日までに延ばします。

ミヨ 本当ですか!?

チヅル よかったぁ。

フミ ただし! 各自、今まで自分が書いてきたものの中で最高のものを書いてくる事。絶対に、中途半端な記事は書かないで。書いてきた奴は……ただじゃすまないと思え!

ミヨ ひっ。

チヅル こわっ

ケイイチ ただじゃすまないって、どうなるんだよ?

フミ 今教えてやろうか?

ケイイチ 遠慮しておきます。

フミ と言う事で今日は解散! 各自明日のために英気を養うべし! 皆がんばれ。あたしも頑張る。以上!


     フミは自分の仕事に集中しだす。


ワカナ えっと、じゃあそういうことみたいだから、皆、明日までに今の記事をもっと練ってきて。あ、イロハちゃんはちゃんと記事にしてね。レンは、題材に工夫。ミヨちゃんはタイトル考えるのと、中身をもう少し皆が興味を持てる感じにして。

ミヨ 例えばどういう風にですか?

ワカナ そうね。ネコの写真なんかあると嬉しいんだけど。

ミヨ じゃあ、帰り道撮ってみます! レン、帰ろ?

レン ああ。面白くなってきたな。

ミヨ ね?

チヅル あ、うちも一緒に行くわ。

ミヨ うん。

チヅル あの、先輩私は?

ワカナ とにかくタイトル考えて。中身も出来る限りで良いから書いてきて。

フミ 出来る限りじゃなく、最高を目指して!

ワカナ ……だって。

チヅル はい。じゃ、お先失礼します。

ミヨ お疲れ様です〜


     チヅルとミヨとレンが去っていく。


イロハ お兄ちゃん、帰るよ。

ケイイチ ああ。……ブンチン。

フミ なに?

ケイイチ あんまり気にするなよ?

フミ なにを?

ケイイチ いや、まぁしょせん学校新聞なんだからさ。

フミ しょせん?

ケイイチ あ、じゃあお疲れ様〜


     ケイイチとイロハが帰っていく。


ワカナ ……帰らないの?

フミ もう少し記事考えておく。新聞のレイアウト自体、もうちょっと目立たせられると思うんだよね。

ワカナ 新規一号目から気合入れすぎたら、後々持たないよ?

フミ 気合入れすぎてないわよ。コレでも足りないくらい。部長が良いもの書けないようじゃ話にならないしね。

ワカナ そ。……なんか飲み物買って来ようか?

フミ 大丈夫。後輩にも負けない記事書かないと!

ワカナ そ〜ね。……(明るく)じゃあ、あたしも帰るわ。

フミ お疲れ様。

ワカナ あんま、無理するなよ。

フミ しょせん学校新聞だから?

ワカナ そうじゃないって。ほら、鍵返すの遅れると先生怒るじゃん?

フミ ん、気をつける。

ワカナ じゃ、お疲れ。


     ワカナがフミを心配しつつ去る。
     フミが困ったように、でも少し楽しそうに記事を書いている。
     書いては捨てる。書いては捨てる。
     そして頬を押さえると、小さく溜息。
     暗転





     次の日。
     ミヨが何かを探している。


ミヨ おっかしいなぁ。


     と、チヅルが後ろを気にしつつ、こそっとやってくる。


ミヨ あ、おはよー。

チヅル あ、お、おはようございます。って、なんだ、ミヨか。

ミヨ なんだじゃないよ。どうしたの?

チヅル レンは?

ミヨ お花摘んでくるって

チヅル レンが言ったの!?

ミヨ まさか。

チヅル だよね。先輩たちは?

ミヨ まだ。なんか進路説明会? らしいよ。ちょっと遅くなるって。イロハは図書委員だし。

チヅル よかったぁ。(と、机によりつつ)で? 何してたの?

ミヨ うーん。探し物。

チヅル 探し物?

ミヨ そう。熊の。

チヅル ああ、ヌイグルミか。まだ見つからないの? 一昨日からでしょ?

ミヨ うん。でも昨日は探す雰囲気じゃなかったし。

チヅル まぁね。フミ先輩おっかなかったもんねぇ。(と、フミの机により原稿をそっと置く。)よし、じゃああたしはこれで。

ミヨ あれ? 部活は? 出ないの?

チヅル うーん。体調良くなくてさぁ。

ミヨ そうなんだ。しっかり休まないとね。

チヅル うん。(心から)ごめんね。

ミヨ 何が?

チヅル いや、その、ヌイグルミ探し手伝えなくて。

ミヨ ああ、いいよ。部室にあるのは間違いないと思うし。

チヅル じゃ、あたし帰るから。

ミヨ お疲れ様〜


     と、ぬっと机の下からフミが現れる。


フミ だーれがお疲れ様だって!?

ミヨ うわっ!

チヅル 先輩! いたんですか……。

フミ いたわよ。じゃなきゃ誰が部室の鍵あけんのよ。

ミヨ そういえば、何で開いているんだろうって思ってた。

チヅル あんた、それを早く言ってよ。

ミヨ 先輩、進路説明会はいいんですか?

フミ ああ、あれ希望者だけだから。あたしはちょっと眠かったから。先来て寝てたの。ってなんだこれ(と、チヅルが置いた記事に気づく)

チヅル あ、じゃあ私帰るね、お疲れ様〜

ミヨ お疲れ〜

フミ ドントムーブ! 

チヅル やばっ


     と、チヅルが走り出そうとするとレンが現れる。


レン あれ? おはよう。

チヅル あ、おはよう。そしてお疲れ様。

フミ レン! チヅル捕まえて!

レン はい。


     レンはチヅルを?まえる。


チヅル は、離して! 友達でしょ。

レン でも、先輩の方が怖いから。

チヅル そりゃそうだ。


     記事を持ったままフミが席から離れる。


フミ チヅルちゃん、どこ行く気だったの?

チヅル あ、えっとぉ。

ミヨ なんか体調悪いから帰るそうです。

フミ へぇ。それで、コレは何?

ミヨ これ?

チヅル あ、えっと、記事、かなぁ?

フミ ふーん。ミヨちゃん、読んでみて。

ミヨ え? あ、はい。「怪奇、私はぁ!?

フミ 大きな声で。

ミヨ ……「怪奇! 私は宇宙人を見た! 

レン はぁ?

ミヨ 「それは、私が先日○○通りを歩いていた時の事でした。時間は夕方の……





     明かりが変わる。
     レンは手を離す。
     チヅルが語り始める。
     ミヨは読んでいるふり。


チヅル 時間は夕方の6時ごろでしょうか。夕方と言う言葉よりは夜といった方がいいかもしれません。部活からの帰り道、薄暗い道を、私はとぼとぼと家に向って歩いていました。すると、向こうからやってきたのです。宇宙人が。


     と、やってくる凄い格好のケイイチ。
     ポージング。


フミ で、この絵は何?

チヅル 宇宙人の絵です。宇宙人はおののく私に近寄ると、宇宙人らしいのんびりさで言いました。

ケイイチ 「お嬢さんさ、一人?」

チヅル 日本語でした。

ケイイチ 「コレから時間、ある?」

チヅル 私は必死に首を振りました。すると、

ケイイチ 「そっか」

チヅル 宇宙人らしいあっさりした反応で彼は私から離れていきました。そして、立ち去るかと思えたとき、宇宙人らしい非常識なことを聞いてきたのです。

ケイイチ 「ところでさ、この辺に、ジャムおじさんのパン工場ってある?」

チヅル は?

ケイイチ 「だから、ジャムおじさんのパン工場。探しているんだけど見つからなくて」

チヅル すいません。お役に立てなくて。

ケイイチ 「そっか」


     と、ケイイチは去っていく。


チヅル そうして宇宙人は去っていきました。後で調べてみると、「ジャムおじさんのパン工場」という建物は本当に横浜市内に存在していました。テーマパークとしてではありますが。非常識だったのはむしろ私のほうだったのかもしれない。でも、私が知っていると答えたら彼はどんな反応をしたのだろうか。


     と、だんだんと、景色は元に戻ってくる。





ミヨ そう考えると、小さな期待と、怖さが私の心を震わせるのでした。皆さんも、暗い夜道にはくれぐれも気をつけましょうね。そして、宇宙人に会った時は、是非優しくしてあげてください。案外常識があるみたいですから。

フミ これが、書いてきた記事?

チヅル はい。……駄目ですか?

フミ 駄目に決まってるでしょ!?

チヅル ですよね……

レン 先輩、落ち着(いて)

フミ 明らかに変質者に声を掛けられたって記事でしょ! 何が宇宙人よ! 何で宇宙人が日本語喋ってるのよ! 言ったでしょ新聞は物語を載せるんじゃなくて、

チヅル 事件を載せるもんだ。

フミ 分かっているなら何で事件を書かないの!

チヅル だって、それじゃ面白くないじゃないですか。

フミ 面白いとかそういう問題じゃないでしょ! 書き直して。

チヅル でも、

フミ 書き直し。

チヅル はい。はぁ。やっぱりそうなると思ったんだよなぁ。


     チヅルは席に着く。
     レンもそ知らぬ顔で席に着く。


ミヨ チヅルちゃん、ドンマイ!

チヅル あたしその言葉嫌い。

ミヨ ごめん。

フミ ミヨちゃんも人のこと言っている場合じゃないでしょ。記事、書いてきたの?

ミヨ はい。えっと、写真は現像方法が良く分からなかったので、ケイイチ先輩に頼みました。

フミ ケイイチに?

ミヨ はい。で、こっちが原稿です。

フミ ……「メイドで萌えるなネコ耳で萌えろ」……タイトルの方向性間違ってない?

ミヨ え? 間違ってますか?


     と、ケイイチがやってくる。


ケイイチ おはよー。今日は遅刻でも仕方ないよな?

フミ あ、机戻しておくの忘れた。

ケイイチ なんだよそれ。まぁ、いいわ。早い者勝ち〜。


     と、ケイイチはイロハの机に荷物を置く。


フミ (写真は? と言うニュアンスで)ケイイチ。

ケイイチ え?

ミヨ 先輩。写真は?

ケイイチ ああ、はいはい。現像してきましたよ。


     と、ケイイチが写真を渡す。
     軽くチェックして、


フミ うん。後はじゃあタイトルね。

ミヨ はーい。

ケイイチ あれ? 駄目だったの? 昨日メールした奴は?

ミヨ ボツになりました。

ケイイチ そっかぁ。傑作だと思ったんだけどな。

フミ お前か! 変なこと教えたのは!

ケイイチ いいじゃんかよ! 少しは遊び心出したって!

フミ だから新聞はそういうものじゃないの! それよりあんた記事は?

ケイイチ いやぁ。

フミ 忘れたんじゃないでしょうね?

ケイイチ いや、書いては来たけど、

フミ 来たけど?

ケイイチ 没になるかなぁと。

フミ 読んでから決めるわ。

ケイイチ はいはい。


     ケイイチが原稿を渡す。


フミ ……「深夜にのみ現れる謎の怪盗。奴の名は25面相」……なにこれ?


     ケイイチがフミから原稿を奪い読みはじめる。
     レンが去る。




     周りの景色が変わる。


ケイイチ こんな話を知っているだろうか? 25時になるとコンビニに現れる謎の怪盗の事を。彼はいつも決まって同じようなものを買っていく。彼が現れるのがなぜ25時なのか。それはコンビニ店員がもっとも暇な時間であるからだといわれている。彼の手口はこうだ。


     と、ケイイチの会話中にワカナが店員として現れる。


ワカナ いらっしゃいませ〜


     と、レンが現れる。ちょっとキザな動き。


ケイイチ まず、必ずといっていいほどポッキーを買っていく。赤い箱のアレだ。

ワカナ 150円になります。

ケイイチ そして、お金をきっちり払って去っていく。そう、何も盗みはしないのだ。が、しかし、その後その店は、同じ姿をした人物に質問される事になる。


     と、ケイイチの言葉通りに去っていたレンがまた表れる。
     トレンチコートを着た刑事風。
     今度は血相を変えている。


レン すまん。今ここに、自分と同じ顔をした人が来なかったか!?

ワカナ ええ、来ましたけど?

レン 何を買っていった?

ワカナ ポッキーを……

レン 馬鹿モン! そいつは怪盗25面相だ!


     と、言ってレンが去る。


ケイイチ こうして、店員が知らないうちに怪盗は現れ去っていくのだった。一体25面相とは誰なのか。謎は深まるばかりである。


     ケイイチが話しているうちに景色は元に戻る。
     店員は去っていく。
     レンが戻ってきて、何食わぬ顔で席に着く。


10


フミ 深まるばかりじゃない!


     フミは原稿を奪って丸めると、ケイイチを叩く。


ケイイチ あいて。面白かっただろ?

レン ま、普通。

ミヨ 面白かったですよ。

チヅル 「そいつはルパンだ」って言うパターンもありますよね。

ケイイチ あるある。

フミ あるあるじゃない! だからそういう思いつきの面白さで記事を書くな!

ケイイチ え、だって、面白いもの書くんだろ?

フミ 事件を書くの!

ケイイチ だって、お前言ったじゃんか。最高のもの書けって。だから、最高に面白いものをと思ってだな、俺なりに頑張ったんだぞ。

チヅル そうですよ。私も頑張りました。

ケイイチ なー。

フミ 「なー」じゃない! なんで真面目にやろうとしないの? コレは新聞なんだよ? ちゃんとした事件を載せるもんでしょう? 違う? じゃないと読者の心は掴めないの!

ケイイチ ちゃんとしたものって言われたってさぁ。んなの思いつかないし。

フミ 無ければ探す! 実際ミヨちゃんは学校周辺のネコについて記事を書いてきたじゃない。

ミヨ 私は、別に。

フミ 全ては取材から。それが新聞記者ってものでしょ? いい?

チヅル はーい。

ケイイチ 了解っす。


     フミが席に戻ろうとする。


チヅル それじゃ面白くないと思うけどな。

ケイイチ なー。

フミ なにか?

チヅル なんでもないです。


     と、やってくるワカナ
     大分真剣な顔。


フミ ワカナ。遅かったじゃない。

ワカナ ちょっといい?

ケイイチ おっ。ワカサマから遅刻の謝罪が出るのか?

ワカナ だれか、椅子。(そでに)大丈夫だよ。入ってきな。


     ミヨが素早く椅子を持ってくる。
     と、同時に入ってきたのはイロハ。


ケイイチ なんだ、イロハ。どうしたんだよ?


     イロハが椅子に座る。
     硬い表情。


ケイイチ え? なんか、あったのか?

ワカナ ……上級生に、セクハラ、されたらしい。

ケイイチ はああ!?


11


     途端暗くなる周り。
     イロハだけ浮かび上がる。
     聞かされてぽつぽつと話している感じ、


イロハ 今日は図書委員で、貸し出し係りをやっていたんです。いつも一緒に当番する人が今日はお休みで、私一人だったけど、別に不自由は無くて。途中で先生が少しだけ留守にしていい?って言って、私「良いですよ」って答えて。……カウンターに座って、本を読んでたんだ。暇なときは図書室の本自由に読んでいいって言われているから。そうしたら、いつの間にか横に男の人が立っていて。

ケイイチ 「今日、一人なんだ?」

イロハ 校章見て、三年生だって分かって。見たこと無いけど、図書委員の人かもしれないって思って、普通に対応していた。そしたら、段々距離が近くなって。

ケイイチ 「何読んでるの? へぇ。こういうの読むんだ?」

イロハ 貸し出しカウンターって、その人が来た方向にしか出口無くて。で、追い詰められた感じになっちゃって。何も出来ないでいたら、ゆっくりと、手が、スカートの中に、

ケイイチ 出来るかぁあああああ!


12


     回想シーン終わる。
     周りでは記事を書いているフミ、気遣わしげに見ているワカナ。
     心配そうなミヨとチヅル。ケイイチへ冷たい視線のレン


フミ ひっしで妹が再現して語ってくれているんだから、兄としてしっかりあわせなさいよ!

ケイイチ いくら兄弟だからって、何故妹の体を触りまわさなければいけないんだよ!

レン ノってたくせに。

ケイイチ ノってない!

フミ でも、それをイロハちゃんは知らない人にやられたのよ?

ワカナ 本を返してなかったのに気づいて図書室に行ったらイロハちゃんとそいつがいてさ。あたしと目があった途端に逃げていったけど。確かに三年だったね。で、先生に事情を話して返してもらったってわけ。

レン 最低だな。

チヅル 許せないわそいつ。

ミヨ イロハちゃん、大丈夫。

イロハ うん。もう落ち着いたから。

チヅル 大丈夫って言われて、大丈夫じゃないなんて答えられる奴いないでしょ。

ミヨ そうだよね。ごめん。

イロハ いいよ。(ケイイチに)本当大丈夫だから。

ケイイチ 先生には、

ワカナ 図書室の先生には話したから、しばらく貸し出し係りはやらなくて済むとは思う。

ケイイチ ありがとう。

ワカナ お礼言われるような事してないって。

チヅル しかし許せないわそいつ。まさに女の敵。

ミヨ ね。

ワカナ しかし、電車の中ならともかく、学校で起こるなんてね。

チヅル 物騒ですよね。

レン 殴るか。

ケイイチ 相手は三年だぞ。

レン 勝てないとでも?

ケイイチ 勝てると思うのかよ。

ミヨ こう見えても、レンは強いですよ。

ケイイチ へぇ。

レン 特徴教えてくれれば、探してボコってやるよ?

イロハ 大丈夫。それで、レンに迷惑かけたら嫌だし。

レン 迷惑なんて……

フミ 記事にしましょう。


    全員が「え?」という顔でフミを見る。


フミ 何て顔しているのよ。学校で起こった事件なのよ? これまでも被害にあった人は出ているかもしれないし、これからも増えるかもしれない。だったら、抑止力としても新聞記事は期待できるはずよ。

レン それは分かるけど、でも、

フミ そりゃ犯人が誰かって言う事までは分からないだろうけど、イロハちゃん、触ってきた男のこと見ているわけでしょ? こういう人間ってだけでも書ければ捜査の役にも立つじゃない。

チヅル 捜査って……別に、刑事事件ってわけじゃないんだから。

フミ じゃあ、このままほうっておけっていうの? このままでいいわけ? 泣き寝入りしたままで。もしかしたら同じように泣き寝入りしている人たちと同じように黙っていたままでいいの? 私たちは新聞部でしょ。自分たちに起こった事件なら立派に記事に出来る。これは記事にしなければいけない事件よ。

ミヨ でも、イロハちゃんのことだって、分かっちゃうかも。

チヅル そうだよ。そうしたらイロハちゃん、変な目で見られちゃうかも、

フミ そりゃもちろん被害者の事は誰だか特定できないように書くわよ。当たり前でしょ? プライバシーは絶対に守る。ね? どう、イロハちゃん。これ、記事にしてもいい?

イロハ 私は……

フミ もしかしたらそれでイロハちゃんの他にも被害にあったかもしれない人たちを助ける事が出来るかもしれないの。それってすごい事だと思わない? イロハちゃんのおかげで、学校にいる多くの人が助かるの。イロハちゃんが、傷ついているのは凄い良く分かる。でも、ほんの少しだけ勇気出そう? ね?

イロハ 私、

フミ 大丈夫。イロハちゃんのことは絶対分からないように書くから。ね?

ケイイチ いい加減にしろよ!!

フミ なによ?

ケイイチ お前、分からないのかよ!

フミ なにがよ?

ケイイチ 皆引いてるってのが分からないのかよ!? ドン引きだよ。記事にしよう? 勇気出して? そうじゃないだろ? どうしちゃったんだよ? 何言ってるんだよお前。自分が言ってること分かってるのか?

フミ 分かってるわよ。

ケイイチ 分かってないだろ! 全然分かってないだろそれは! 嫌がってるだろイロハが。記事になんかして欲しくないって嫌がってるじゃんかよ。

フミ じゃあ泣き寝入りしろって言うの!?

ケイイチ そういうことじゃないんだよ! そういうことじゃなくて。ああ、くそ。イロハ、帰ろ。


     ケイイチがイロハを立たせる。


フミ ちょと、何よ言い逃げ?

ケイイチ 俺どうせお前に口で勝てないし。でもさ、お前言ってたじゃんかよ。「ここはいい奴ばっかだ」って。「絶対後悔させない」って。お前が今イロハにさせようとしているの、なんなんだよ。


     ケイイチとイロハが出て行く。


フミ なによ。何熱く言っちゃってるのよ。

チヅル ミヨ、行こう?

ミヨ うん。レン。

レン ああ。

フミ こら、原稿終わって無いでしょ。

チヅル すいません。でも、イロハが心配だから。

レン 先輩は違うみたいですけど。

ミヨ お疲れ様です。


     チヅルとミヨとレンが去る。


フミ なにそれ。あたしだって心配してるわよ! 心配してるでしょ。 違う?

ワカナ うん。してた。


     言いながらワカナは椅子を方付け、カバンを持つ。


ワカナ でも、皆には見えちゃったんだよ。イロハちゃんの事を心配しながら、新聞の事も心配しているのがさ。みんな、部活の事なんて考えてなかったのに。

フミ だって、仕方ないじゃない。それは部長なんだから。

ワカナ うん。そうかもね。……でも、それじゃ皆納得できないんだよ。


     ワカナが去る。
     フミが椅子に座る。
     記事を書き出す。


フミ 「その事件を私が知ったのは」……違う。「○月×日放課後の図書室で」……違う……どうしろってのよ。


     フミは記事を書いては辺りに散らし、
     頭を抱える。


13
    

     舞台の前面にのみ明かり。
     昇降口付近。
     むすっとしたまま歩いているケイイチと、その手を引っ張られているイロハ。
     その後ろからいろはを気遣わしげに歩いてくるチヅルとミヨとレン。
     と、ワカナが走ってくる。


ワカナ 待って待って。

ミヨ 先輩。

チヅル 先輩も帰るんですか?

ワカナ うん。皆と一緒にね。

ケイイチ ブンチンは?

ワカナ 置いてきた。頭冷やさないと駄目でしょアレは。

チヅル あ〜最近イライラしてましたからね。

ケイイチ 何焦ってるのかしら無いけど、だからって言っていいことと悪い事があるだろ。

チヅル ですよね。

ワカナ 部長になって、本格的な初新聞だから。気張っちゃうのよね。

ケイイチ だからって、イロハの心配もしないで新聞を大事にされてもさ。

イロハ してたと思う。

ケイイチ は?

イロハ 心配、してくれてたよ。

ケイイチ 何言ってんだよ。「記事にしよう」ばっかだったじゃんか。

イロハ でも、記事にしたら犯人捕まるかもって思ってくれたのかなって。多分だけど。

ミヨ 必死で言ってたもんね。

ケイイチ あのな、だからって。

チヅル フミ先輩、不器用だからね。すぐ怒鳴るしさ。

ミヨ うん。

レン そこが良いとこだけど。

ミヨ ね。

ケイイチ なんだなんだお前らその分かってますよ私は〜なノリは! それじゃあ飛び出してきた俺はなんなんだよ! 

ワカナ どうどう。一号。落ち着きなよ。

ケイイチ 落ち着いていられるか! なんか俺、から回りしたみたいじゃないかよ!

ワカナ いいんじゃない? 良いと思うよ。あたしは。あんたが、自分は正しいと思っているんなら、ね。

ケイイチ なんだよその言い方。

ワカナ 別に。さ、帰りますか。ね?


     皆ぞろぞろと歩き始める中、ケイイチだけ動かない。


チヅル (イロハが止まったのを見て)ん?

ミヨ どうしたの?

イロハ お兄ちゃん?

ワカナ 帰らないの?

ケイイチ ごめん。忘れ物したわ。


     と、ケイイチが走っていく。


ワカナ 仕方ないわねぇ。

チヅル はぁ。まったく、あの先輩は。

レン 仕方ないから、一緒に行ってやるか。

ミヨ だね。

チヅル 素直じゃないよねぇ〜本当。

イロハ みんなね。

チヅル なによ?

イロハ べっつに〜

チヅル あんたね、兄がいるからって、あたしらの事下に見てんじゃないの!

イロハ 見てないよ〜。

チヅル こら待て! ミヨ! ほら、ぼやぼやしてないの!

ミヨ あ、うん。レン!

レン 走ってどうする。落ち着けお前ら。……そうか


     イロハを追いかけ、チヅルとミヨがケイイチの去った方向へ去る。


ワカナ 本当、みんな子供みたいねぇ。

レン 先輩

ワカナ うん?

レン これが、したかったわけですか?

ワカナ なんのこと?

レン いや、不思議に思ってたんですよ。いつも「落ち着け」ってフミ先輩を止めるはずのワカナ先輩が、なんでさっきは、何も言わなかったんだろうなぁっと。

ワカナ ……気のせいじゃない?


     ワカナが去る。


レン ですよね。


     レンが去る。


14


     新聞部部室
     ゆっくりとケイイチがやってくる。
     フミが気づく。


フミ 何しに来たの?


     ケイイチは答えない。


フミ 謝らないわよ私は。


     ケイイチは答えない。


フミ どうすればよかったって言うのよ? ここは新聞部で、あたしは部長なのよ? いい記事書きたいって思うじゃない。そのためには突っ走りもするでしょ? そうでしょ? ちがう? あたしが頑張らなきゃ、あんたたち何もやってくれないじゃない。ちがう?


     ケイイチは答えない。


フミ なんてね。馬鹿みたいよね。結局私に出来ることなんてないんじゃんね。馬鹿みたいだ。自分勝手に一人で突っ走って。説教ばっかりして。自分の気持ち押し付けることばっかり一生懸命で。失敗ばっかり。落ち込むさ。そりゃ落ち込むわ。本当。そのくせ僻んでるわけですよ。なんで上手くいかないの? 何で皆私の言う事聞いてくれないの?って。もうさっきからぐるぐるおんなじことばっかりよ。自分であきれ返るわ。僻むだけ僻んで。すねて。一人になっ(て)いや、やめよ。やめ。うん。あたしらしくないわ。全然あたしらしくないもんね。いやぁ。やっちゃいました。笑っちゃうよね。笑っちゃうわ。あははははは〜だ。は……笑えない、か。……なによ。言いたいことあんなら言えば?

ケイイチ いや、別に。

フミ 何も言うこと無いならみんなみたいに帰れば?

ケイイチ いや、その

フミ 何? またお説教? 辞めてよ。今更なに言う気よ。

ケイイチ そうじゃなくて、

フミ 別に私は言った事を反省して無いし、こういう自分の性格を変えようとも思わないわよ。そんなことね、今更言われたって遅いのよ。どうせ私は自分の記事が大事ですよ。だから何だって言うのよ。

ケイイチ じゃなくて、

フミ じゃあ何!? ののしりにでも来た訳? 馬鹿とでも? 馬鹿にしたいなら馬鹿にしなさいよ。

ケイイチ いや、カバ(ン)

フミ カバだぁ!?

ケイイチ いや、カバ(ン)

フミ カバってどういう意味よ!? え? なんか深い意味でもあるわけ?

ケイイチ ちがくて、カバンだよ! カバン!

フミ は? カバン?

ケイイチ そう。忘れてたから取りに来た。

フミ あ、そうなんだ。まぁ、そんなことだろうと思ったわ。……は、馬鹿だあたし。


     うつむくフミ。
     ケイイチはカバンを取り、そのまま帰ろうとする。
     途端、他の五人組に止められる。
     以下小声(と言う演技)で、


ケイイチ うわっ。

ワカナ あんた何カバン取りに行くだけで済まそうとしているのよ。

ケイイチ え、だって。

イロハ まさか本当にカバン忘れただけだって言ったら兄弟の縁切るから。

レン 殴りますよ?

ケイイチ んなこと言ったって、何言えって言うんだよ。

チヅル 先輩。

ケイイチ なんだよ。

チヅル&ミヨ ガンバ!

ケイイチ なんだそれ!

ワカナ じゃあ、行ってらっしゃい。


     押し出され、再び部室の中へ。
     ケイイチは何か言い出そうとして言えない。
     言おうとして言えない。
     なんか、ぎこちない間が続く。
     凄いぎこちない間が続く。
     イロハが頭にきて、ケイイチを押していく。

     フミが気づく。


フミ ……なんで?

ケイイチ 「なんで?」?

フミ なんでいるの?

ケイイチ なんでって……何でいないと思ったんだよ。

フミ だって、そりゃあたし、さんざん馬鹿なこと言ったから。

ケイイチ まぁ、確かにな。

フミ 皆怒って帰って、怒ってたでしょ? あんただって。怒ってたでしょ。何も言わないでさ。カバンだけ取りに来て、それで黙って帰ったんでしょ? 帰ったんじゃん。それであたしすごいせいせいして、そう、せいせいして、ああ、一人っていいなぁって。そう思ってたのに。何でいるのよ!?

ケイイチ (憮然として)そんなの、決まってるだろ。


     と、音楽が急に流れる。
     「ジュリエット」byアルフィー とか
     『好きさ好きさ大好きさ。世界中で誰よりも君が好きさ〜』
     何て感じに。


ケイイチ ちっがーう! それは全然ちがーう!

フミ ごめんなさい。

ケイイチ 謝るな!

フミ 気持ちは嬉しいんだけど、お友達としてしか見られないというか、

ケイイチ 謝るな! 違うから! そうじゃなくて! そういう恋愛感情とか、そんなんじゃない! だから、その、なんていうか、心配するだろ。仲間なんだから。


     と、音楽が急に流れる。
     「バンザイ」byウルフルズ とか
     『ばんざい君を好きでよかった〜』
     何て感じに。


ケイイチ ちっがーう! それは全然ちがーう!

フミ ごめんなさい。

ケイイチ 謝るな!

フミ 気持ちは嬉しいんだけど、お友達としてしか見られないというか、

ケイイチ だから違うって! つまりだな、皆わかってんだから、爆発しちゃってもいいんだよ。ああ、もうわけわかんなくなってきた。お前ら、いい加減に俺に任すなよ!

フミ お前ら?

ケイイチ そう! みんな心配して戻ってきたんだよ。 そうだろ? さぁ、いい加減出て来いって!


     間


フミ 嘘ばっかり。

ケイイチ 嘘じゃないって。嘘じゃないよ〜。な、ちょっと待ってろ今呼んで来るから。あれだ、恥ずかしがってるんだよ皆。なんか喧嘩したみたいに出て行っちゃったからさ。


15


     と、ワカナ、イロハ、ミヨ、チヅル、レンがやってくる。


ワカナ そうやって呼びにこられちゃうと余計に出てこられなくなっちゃうよねぇ。

チヅル なんか、青春映画みたいですからね。

イロハ でも十分青春しちゃってたと思うけどね。

ミヨ うん。

レン 恥ずかしい奴。

ケイイチ お前らがやらせたんだろ!


     ケイイチがイロハたちを追い回す。
     ミヨとチヅルも嬉しそうに逃げ回っている。
     レンが苦笑しながら席に着く。
     彼らは無声演技になる。


ワカナ どう? 頭冷えた?

フミ 別に。冷やさなきゃならないようなことしてないわよ。

ワカナ 言うと思った。

フミ 全く騒がしいわねぇ。

ワカナ そうね。

フミ まるで何もなかったみたいだわ。

ワカナ 何も無かったんじゃない?

フミ え?

ワカナ 誰かと誰かの別れがあった訳じゃないし。あんたの人生が変わったってわけじゃないでしょ。

フミ 当たり前でしょ。

ワカナ 結局ちょっとしたことなのよ。あたしたちに起こることなんて大抵。

フミ ちょっとしたことねぇ。

ワカナ 記事って言うと大げさになっちゃうけどさ。落書きみたいな? スケッチかな。そんなことくらいしか起こらないじゃない。それがいいわけだしさ。それでいいんじゃないの?

フミ だから深く考えるなって?

ワカナ さぁ。それがあたしのモットーだから。ほい。


     と、ワカナが差し出したのは原稿。


フミ ……『どんな先生が一番モテる? 女子高生のチェック項目』……なにこれ?

ワカナ 私の記事。面白そうでしょ?

フミ 面白いって、あのねぇ。記事っていうのは……そういうことか。

ワカナ そういうこと。

フミ 一体どこからが伏線だったわけ?

ワカナ さぁ。でも、良いでしょ。面白そうってのも。

フミ 仕方ないわ。スケッチとまで言われたんじゃねぇ。せめて面白くしないわけにはいかないでしょ。

ワカナ でしょ。

フミ (息を深く吸い)はい! 皆聞いて!


     追いかけっこしていたやつらが止まる。


フミ えー。とりあえず、ごめん。熱くなりすぎた。ってことで、許せ。いいね?

ケイイチ なんだそれ。

イロハ いいですよ。許します。

チヅル&ミヨ 許します〜。

レン 許す。

ケイイチ しょうがないな。許すよ。

フミ ありがとう。ってことで、思い出して欲しいんだけど、今日中に新聞を作らなければならんのですよ。てわけで、もういい。今回は「面白ければそれでいいだろ!」で行く!

ミヨ じゃあ、チヅルちゃんの記事は!?

フミ OK。ただし、宇宙人の絵はもう少し綺麗に書くこと。

チヅル ラジャー!

ケイイチ 俺の怪盗の話は?

フミ いいだろう。でも、25面相だと小説に被るから、ルパンに変えて。

ケイイチ 喜んで。

イロハ ってことは、あたしのミステリーに走り出したと見せかけて、

フミ プロレスもOK。ただし、字数オーバー気味だから、しっかりまとめて。

イロハ はい!

レン じゃあ、硬派のままで(無言で記事を出す)

フミ その代わり、お奨め理由を具体的に。

レン (頷く)

フミ ミヨはレタリングの最終調整。ワカナ!

ワカナ はいはい。先生のとことね。

フミ そう。今日は遅くなるからって予め連絡お願い。よしじゃあ皆頑張りまっしょう!

全員 はい!

ミヨ あーー。

フミ どうしたの?

ミヨ 大変な問題が残っていました。

フミ 何?

ミヨ 熊

フミ 熊ぁ?

ミヨ 私の熊どこいったんだろ……

フミ ああ、それなら、


     と、フミが指を鳴らす。
     熊のヌイグルミが頭上に現れる。


フミ 部活に関係ないものを持ってきた罰として、吊るしておきました。

ミヨ なんで〜!?


     慌てて取ろうとするミヨ。
     ミヨを抑えるようにチヅルに命じるフミ。
     チヅルを抑えるイロハ。
     取ってやろうとするケイイチ。
     ケイイチを足蹴にするレン。

     誰もが笑っている中、ふと、イロハが客席を向く。


イロハ こうして私たちはただ自分たちが面白いと思う新聞を書く事にした。何かを追求する記事も、誰かを問い詰める記事も、無い。もちろん世の中をざっくり切る批評なんてものも存在しない新聞を。それは一見、なんの役にも立たない落書きのようだ。……でも、私は思う。誰かの役に立つはずとか、私たちの言葉が正義、なんていう記事ばかりがあったら、それって凄く……(怖いんじゃないかな)……なんてね。


     と、そこへケイイチが入ってくる。
     他の人間はスローモーション


ケイイチ おい、お前何勝手に一人で語っちゃってるんだよ。そんなのな、今時流行らない(っていうか、)

イロハ 羨ましい?

ケイイチ 羨ましい。

イロハ じゃあ、替わってあげる。

ケイイチ 本当に!?


     イロハのいた位置にケイイチが入る。


ケイイチ いやぁ、俺昔からこうやって光当てられて目立つ場所で何か語りたかったんだよ。世の中の真理をつく!というか、社会の矛盾を切ると言うか、俺こそ正義って言うか、ええ、つまりだな、諸君!


     幕が下りてくる。


ケイイチ って、幕下ろすのかよ! ちょ、ちょっと待った。ちょっと!


     閉幕。
     なんでもない日常こそ、本当は何にも代え難いものなのだろう。
     そして友はいつだって自身のゆがみを気づかせてくれる。

あとがき
ラフスケッチ自体に「落書き」と言う意味はありません(多分)
言葉の響きがよくて使っているだけですのでご了承ください。

委員会が作る委員会新聞や、学年新聞を真面目に読んだことがある高校生と言うのは、
いったいどのくらいの数いるんだろう?そんな疑問から出発した物語です。
正直、楽静は在学中、こういった自作新聞をほとんどもらっては読まずに捨てていました。
ちょっといまさら後悔しています。

この作品には人数の少ないバージョン(6人バージョン)も存在しています。
そのうちUPするかもしれません。

新聞部として真剣に活動されている方にとっては、不快に思われる内容かもしれませんが、
物語として以上の他意はありません。ご理解ください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。