斉藤さんちと佐藤さんちの恋愛参観日(5人劇)
作 楽静
登場人物
登場人物
サイトウ シュンスケ 17歳 高校2年生
サイトウ マコ 19歳 大学1年生
サトウ リカ 16歳 高校2年生
サトウ ミキ 19歳 大学1年生
リリィ ネコ(4歳)人間年齢にすると32歳前後
0
10月中旬の物語。
舞台上
奥にはサイトウシュンスケ宅の居間がある。
テーブルには客人を迎える用意がしてある。
おいしそうな食べ物とか。
下手側にテレビとゲーム類。
上手側が入り口になっている。
小さいがなかなか落ち着けそうな家である。
舞台前面は通路にも使える程度の広さがある。
この二つの空間を使って舞台は進行する。
音楽と共に幕があがる
夕方。
とぼとぼと歩いてくる男の子。シュンスケの幼いころの姿。
泣きそうな顔を必死にこらえて歩いている。
ふと、周りを見て、自分ひとりのような気分になる。
泣き出しそうになるうつむいた顔が、呼ばれた気がして振り返る。
そこには、息を切らせたマコがいる。
マコは駆け出すと、シュンスケを抱きしめようとする。
シュン 「お姉ちゃん」
音楽が高くなり、暗転。
1
猫の鳴き声が当たりに響く。
照明がつく。
リリィがテーブルの前で顔をなでている。
時々鳴いたりしている。
シュンスケが両親と話している声がする。
シュン(声) 何時に帰って来るの? 6時? いいよ。晩御飯くらい一緒に
食べてきなよ。ガキじゃないんだから晩飯くらい自分で用意できるって。うん。
大丈夫姉ちゃんには俺から言っておくから。分かってるよ戸締りでしょ。もう俺
高2だよ? はいはい。あと、洗濯物ね。うん。リリィにもちゃんと
エサあげるから。忘れないって。だから大丈夫だって。母さんも
せっかく久々に二人っきりで出かけるんだからもっと気楽に行ってきなよ。
分かってる。大丈夫だから。ね。ほら、お父さん外で待ってるじゃん。
早く行ってあげなよ。
と、靴を方手にマコがシュンスケの声とは反対方向から入ってくる。
もう片手には大きな風呂敷包みのようなものを持っている。
リリィがじゃれようとするのを制止する。
シュンスケの姿を見つけたのか、軽く首をすくめると、
もと来た方向に去っていく。
シュンスケが現れる。ドアに向かって話すように。
シュン うん。じゃあ、行ってらっしゃい。あ、母さん。帰るとき、メールしてね。
電話でもいいよ。何でって……ほら、もしご飯の用意する前だったらさ、
買ってきてほしいものとか頼めるじゃん? ああ、だからって気にしなくて
いいから。早く帰ってこようとか思わなくていいからね。ゆっくりしてきて。ね?
じゃあ、行ってらっしゃーい。(と、母親が出かけたのか)よし。
と、携帯電話に向かうが、ドアが開いたらしい。
シュン え? 布団? 分かった干しておくから。早く行かないとお父さん怒るよ。
うん。行ってらっしゃい。……よし。カギ閉めておくか。
と、一回はける。
すばやくマコがやってくると、テーブルの上の食べものを一つさらって去る。
リリィが威嚇する。マコが逃げ去る。
シュンが戻ってくる。
シュン よし。(周りを見て指差し確認)よし。
携帯を取り出す。
リリィが話し出す。
当然だがリリィの言葉は俊介には分からない。
リリィ ねえ。ちょっと、ダーリン。
シュン 静かにしてろよ。
リリィ 今日なんかあるの?。
シュン ご飯だったら、さっきやったろ。
リリィ パパもママもいないし。もしかして、あれ? 二人っきり? キャー。
もう、ダーリンったら。後はあの女さえ片付ければいいのね。大丈夫。
それはあたしが何とかするわ。
シュン はいはい、うまいうまい。大事な電話だからちょっと静かにしてろよ〜。
リリィ にゃー。……しまった。ごまかされてしまった。ねぇ、ダーリン。
二人で何する? まずは食事? お風呂? それとも
シュン リリィ。
リリィ にゃー。
シュン 黙ってろ。
リリィ はい。
携帯が鳴る音。
2
舞台端に正面を向いたリカが現れる。
リカ もしもし。
シュン あ、俺。
リカ おはよ。
シュン おはよ。今、出たから。
リカ そうなんだ。案外早かったね。
シュン うん。そっちは?
リカ 今服を選んでた所。
シュン そっか。どんな服着てくるのか楽しみだな。
リカ 楽しみにしてて。
シュン うん。
リカとシュンはお互いの台詞に照れる。
リカとシュンの他に電話の会話を聞いているものが浮かび上がる。
マコとミキである。
ミキは二人の会話に焦り。
マコは面白がっている。
ネコがマコに向かう。
マコはネコを簡単にあしらう。
ボールを投げるとか。
で、ネコは走り去ってしまう。
リカ でも、いいの?
シュン なにが?
リカ 本当にお邪魔して。
シュン 大丈夫だよ。親父もお袋も夜まで帰ってこないし。
リカ お姉さんは?
シュン 姉貴はサークルだろうし。「帰らない」って言ってたから大丈夫。
リカ そっか。二人っきりなんだ。
シュン そうだね。夕方までだけどね。
リカ うん。
シュン 家分かりそう? やっぱ迎えに行こうか?
リカ ううん。知り合いにあったら困るし。
シュン そうだね。
リカ 駅から近いんだよね? 西口だっけ?
シュン 徒歩10分くらい。大通り沿い歩いて、
リカ セブンが見えたら右。
シュン 正解。それから?
ミキはリカの言葉に聞き耳を立てて、道順をメモしだす。と言うより腕に書く。
リカ すぐの十字路右に曲がって、
シュン うん。
リカ 坂を上った先の二軒目?
シュン おしい。三軒目。
リカ あ、そっか。三軒目。
シュン 表札出てるから。多分すぐ分かるよ。
リカ じゃあ、困ったら斎藤って表札探す。
シュン うん。分からなかったら迎えに行くから。
リカ 本当に困ったら助けてもらっちゃおうかな。
シュン 任せといて。
リカ うん。じゃあ、また後でね。
シュン うん。急いでお出でよ。
リカ 分かってる。待っててね。
シュン うん。待ってる。
携帯を二人が切る。
ミキが焦った顔で駆け出す。
リカが嬉しそうに去る。
シュン よし。
3
マコ なーにが「よし」なの?
シュンが固まる。
ゆっくりその顔が振り返る。
マコを見る。
マコが手を振る。
シュンがゆっくり携帯をしまう。
シュン よーし、いい天気だし洗濯物干そうかな。
マコ うわー、わざとらしい。
シュン おはよう姉ちゃん。
マコ おはよう弟。
シュン いつからそこに?
マコ んー。Aメロくらいから?
シュン どういうこと?
マコ 『あ、俺。おはよ。今、出たから。うん。そっちは?』
シュン つまり最初から聞いていたと。
マコ そいうこと。
シュン えっと、中島と話してたんだ。ほら、中学のときのサッカー部で一緒だった。
久しぶりに遊ぼうと思って。
マコ つまり私の弟は、男の友人である中島君に対して
『どんな服着てくるのか楽しみだな』という人間だと言うわけね?
それはそれで姉さんは弟の将来が心配なんだけど。
シュン すいません。中島って言うのは嘘です。
マコ つまりあれでしょ?
シュン なんだよ。
マコ あれね。
シュン あれって。
マコ 彼氏!
シュン 彼女だろ!
マコ うん。それ。
シュン 今日はサークルがあるんじゃなかったの?
てか、どっから入って来たの?
マコ え、どっちに答えればいいの?
シュン じゃあ、とりあえずどっから入って来たの?
マコ 二階。
シュン また俺の部屋から入ったのかよ!
マコ 大丈夫よ。靴脱いだから。
シュン そういう問題じゃない。木を登って入るのは辞めろって言ったろ。
サルじゃないんだから。
マコ 驚いた?
シュン 心臓が飛び出るかと思ったよ。
マコ 惜しい。飛び出すと思ったのに。
シュン 出るか! それで?
マコ それで?
シュン 今日はサークルじゃなかったの?
マコ ああ。サボった。
シュン なんで? メールで言ってたじゃん。
「大事な用があるから日曜はサークル出てるはずよ」って。
マコ それよ。
シュン どれ?
マコ あんた、こないだメールくれたでしょ。
シュン うん。
マコ 久しぶりに。てか、数ヶ月ぶりに? ううん。一年ぶりくらいに?
あんたその前にあたしにくれたメール、なんだったか覚えてる?
シュン ううん。
マコ あたしは覚えてるわよ。「サイトウシュンスケです。メールアドレスが変わりました」 実の姉に対して文面がまるで一斉メール。同時送信者0なのに。実の姉なのに。
シュン そんなに姉を強調しなくても。
マコ それがなに? こないだ送ってきた奴は。
シュン「今度の日曜ってさ、家にいるの?」
マコ これで怪しいって思わない方が変でしょう。
シュン そういえば。
マコ なんでそんなに気安いメールなのよ。
シュン 気安さは関係ないだろ。
マコ メアドが変わったときにデスマス調を使ったのなら貫きなさいよ。
気づいちゃうでしょ。そうかあのときのメールは姉への礼儀正しさじゃなくて、
一斉メールの硬さだったんだって。気づいちゃうじゃない。
シュン 気づいてなかったのか。
マコ というわけで、あんまり悔しいんで嘘を送っちゃいました。
シュン 送るなよ!
マコ だって。シュンスケが一体どんな彼女を作ったのか気になったんだも〜ん。
シュン 姉ちゃんには関係ないだろ。
マコ 可愛い弟の初めての彼女だもの。心配で。
シュン 初めてだなんてなんで分かるんだよ。
マコ え? 違うの?
シュン ……そうだけど。
マコ よかったぁ。で? ファーストキスはすませた?
シュン 関係ないだろ!
マコ 別に教えてくれなくっても良いわよ〜彼女に直接聞くから。
シュン 聞くなよ! いいから出てけよな! じゃなかったら部屋から出てくるなよ!
マコ 出ろって言ったり出るなって言ったり難しいわね。
つまりはいちゃつく邪魔するなってことでしょ?
シュン 別にいちゃつくわけじゃないよ。
マコ じゃあ何するのよ。
シュン ゲームしたり。テレビ見たり。だべったり。
マコ いちゃつくんじゃんよ。
シュン 姉ちゃんには関係ないだろ!
マコ また同じ事言った。そんなこと言ってると、彼女さんにあることないこと吹き込むわよ。
シュン やめろよ。本気で怒るぞ。
マコ 冗談よ。大丈夫。今日は部屋でおとなしくしてるから。
シュン 本当だろうな。
マコ もちろん。お姉さんに任せなさい。
と、マコは胸を叩く。
シュン わかった。信じるよ。
マコ (去りかけて)で、彼女の名前は?
シュン 部屋でおとなしくしているんじゃなかったのかよ。
マコ 大人しくしてるわよ。だから教えて。
シュン ……
マコ (可愛く)教えて。
シュン 可愛くない。
マコ 教えないとどうなるか知らないわよ。
シュン 交換条件ってわけ?
マコ そのとおり。
シュン ……分かったよ。その代わり、教えたらちゃんと大人しくしてろよな。
マコ もちろん。で? 彼女の名前は?
シュン サトウ。
マコ え?
シュン サトウだよ。サトウリカ。彼女の名前。
マコ なにそれ。サイトウとサトウのカップルってわけ?
シュン いいだろ別に。後ろの席だったんだよ。クラスで。それで話が合ってさ、
この会話中にリリィが椅子を持ってくる。
舞台前面に椅子が用意される
4
と、リカが出てくる。
制服を着ている。紙を持って現れる。
リカ あの、
シュン え?
リカ ここ? その。
シュン ああ、たぶん。四組でしょ?
リカ うん。
シュン だよ。ここ。
リカ そう。ありがとう。
お互いに気まずい時間が流れる。
リカ サイトウ君、だよね?
シュン え?
リカ ○○中学の。
シュン うん。サトウさんでしょ。
リカ あ、覚えててくれたんだ。
シュン 一緒のクラスだったじゃん。一年のとき。
リカ 二回目だね。
シュン うん。また同じクラスになるとは思わなかったよ。
リカ 私も。知ってる? うちの中学からって、私とサイトウ君だけだって。
ここ入ったの。
シュン うん。中島も受けたんだけどさ。落ちちゃった。
リカ 私の友達も。
シュン そっか。
また気まずい間が生まれる。
リカ よかった。
シュン 何が?
リカ もう忘れられてるって思ってた。中一なんて、四年も前だし。
シュン 忘れるわけないよ。ほら、担任に言われたじゃん。
リカ 吉田先生?
シュン そうそう。
マコ タイム!
シュン なんだよ?
マコ 吉田先生って、青ジャージのこと?
シュン そうだよ。いっつもジャージ着てたせいでついたあだ名が青ジャージ。
マコ 卒業式のときだけ背広でなんだか違う人に見えたっけ。
シュン すぐ脱いでたけどね。
マコ うん。それで?
シュン ああ。で、サトウさんが、
リカ 懐かしいなぁ。吉田先生。青ジャージ。
シュン うん。その青ジャージがさ、言ったじゃん。
リカ 初日でしょ?
シュン そうそう。名簿見てさ、俺達の顔見て、
リリィが上だけジャージを着て現れる。
リリィ 「今年はサトウとサイトウの兄弟が同じクラスか」
リリィが去る。
シュン って。
リカ 言ってた言ってた。
シュン サトウさんのお姉さん、有名人だったから。
リカ サイトウ君のお姉さんだって。
シュン うちのはあんまり名誉なことじゃないから。
マコ ターイム。
シュン 今度はなに?
マコ サトウさんのお姉さんって?
シュン ほら、生徒会長だった、
マコ サトウミキ!
反対の端にサトウミキが現れる。
制服を着て、キリッとしている。
リカが去る。
シュン 成績は常に学年一番。先生からも頼られる生徒会長。しかも二年時と
三年時という異例の二期連続当選を果たし、生徒達からの信頼も厚い。
まじめな堅物と思いきや案外話の分かるところもあったりと、
まぁ知らない人がいないほどの有名人。だったよね、サトウさんのお姉さんは。
サトウミキが去る。
5
マコ それとためをはる有名人のあたしって、すごいわよね。
シュン 成績は常に学年底辺を漂い、先生からは怒られることの多い問題児。
しかも本人にはまったく自覚のないという天然ぶり。生徒からの信頼は
もちろんない。ただのバカかと思いきや、入っていた演劇部では案外演技を
認められているという、まぁある意味知らない人がいない有名人。だったよね、
姉ちゃんは。
マコ ほめないでよ。
シュン まったくほめてるつもりはないんだけど。
マコ これでも、○中演劇部のサイトウマコといえば、ちょっとは知られた存在よ?
シュン たぶん良いうわさはほとんどないんだろうけどね。
マコ まぁね。それで?
シュン まぁ、いろいろと話すうちにさ。お互いに共通点とかもあって。
まぁ、それで。ね。なわけ。
マコ 付き合うことになったと。
シュン まぁね。ほら、もう良いだろ。
マコ あ、いっちょ前に赤くなっちゃってぇ。
シュン なってない!
マコ なるほどねぇ。あのサトウさんの妹かぁ。
シュン 知ってるの?
マコ 顔くらいわね。同じクラスになったこと無いから。でも、まじめな人ってのは
知ってる。確か、結構上の高校いったんだよね? 今は?
シュン 姉ちゃんと同じ、大学二年だよ。まぁ姉ちゃんと違って、公立らしいけど。
マコ へぇ。すごいねぇ。
シュン ね。誰かさんと違って。さ、もういいだろ?
マコ うん。それでどっちが告ったの?
シュン 大人しくしているって言ったよな!
マコ 大人しくしてるしてる。だから教えて。
シュン ……
マコ (可愛く)教えて。
シュン だから可愛くないって。
マコ 教えないとどうなるか(知らないわよ)
シュン 彼女からだよ。
マコ なんて。
シュン ……「好きです」って。
マコ で、あんたは? 好きだって言ったの?
シュン いや。……「俺も」って……どこまで聞くつもりだよ!
マコ なんだぁ。だらしないなぁ。好きなら好きってはっきり伝えなさいよねぇ。
シュン うるさいな。いいだろ別に。
マコ うん。それで、どこに惚れたの?
シュン いい加減にしろよ。もういいだろ!
教えたら出てくんじゃなかったのかよ!
マコ 代わりに好奇心が出てきちゃいました。
シュン そんなもの出すな!
と、シュンスケの携帯電話が鳴る。
マコ その彼女からじゃないの?
シュン (マコを追い払うようにしてから)もしもし?
6
と、リカが現れる。
以降、シュンスケはマコをけん制しながら電話することになる。
リカは出かける格好をしている。
リカ もしもし。もう出るよ。
シュン あ、準備終わったんだ。
リカ うん。悩んじゃって。急いでいくね。
シュン うん。(と、姉を見て)あ、大丈夫だよ。ゆっくり来なよ。
リカ どうかしたの?
シュン ちょっと邪魔者を片付ける……いや、部屋の片づけがまだ終わってなくて。
リカ そんなの気にしないのに。
マコ 私も気にしないのに。
シュン (マコを蹴飛ばしつつ)サトウさんが来るまでには終わらせるから。
(マコを追い払うしぐさ)
リカ ごめんね。せっかくのお休みにお邪魔することになっちゃって。
シュン なんで? 気にしないでよ。(マコを追い払うしぐさ)新しいゲーム
買ったんだ。一緒にやろう?
リカ 本当? 楽しみにしてる。
シュン 楽しみにしてて。
マコは何かを思いついたように去る。
リカ 何かお昼買って行こうか?
シュン いいよ家にあるし。もしなんだったらったら俺作るから。
リカ わかった。それじゃあね。
シュン またね。
リカ うん。また。
電話が切れる。
リカが去る。
7
シュンがマコがいなくなったのを見てほっとする。
と、シュンが軽く準備しているうちにマコが現れる。
大きな風呂敷包みを持っている。
マコ 『俺作るから』かぁ。やるねぇ色男。
シュン 部屋にいくんじゃなかったのかよ!
マコ いやいや、お土産持ってきたの忘れてて。(と、風呂敷をあげる)
シュン なんだよそれ?
マコ ふふふ。(と、風呂敷を解く)
中から出てきたのは昔懐かしツイスター。
※分からない人はお家の人に聞いてみよう。
マコ じゃーん。
シュン なんだよそれ!
マコ 知らないの? これはね。床に引いて。それでさいころを順番に転がしてね。
そんでその出た色を押さえるという
シュン そんなルールのことを聞いてるんじゃない!
マコ 名前? 由来はよく分からないんだけどね。本当は大勢でやった方が
盛り上がるんだろうけど、シュンスケのためにって思って。サークルの部室に
転がってたのをおねえちゃんがんばって持ってきちゃった。
シュン そんな変な気の使い方をしてくれなくていいんだよ!
マコ だってシュンスケが女の子と二人っきりで緊張してしゃべれなくなったり
とかしたら大変でしょ。そんなときはこいつで二人の距離もぐっと近くなる
ってわけよ。
シュン だから余計なことはしないでいいんだって!
マコの差し出したツイスターをシュンスケは叩きつける。
マコ せっかく持ってきたのに。
シュン そうやって余計なことに気を使うくらいだったら家出たまま帰らないとか、
帰っても部屋でおとなしくしているとかそういうことに気を使えよ。
マコ そんな人を邪魔者みたいに言うことないじゃないの。
シュン 邪魔者だろ。
マコ ひどい……シュンスケの馬鹿ぁあああああ
マコが去る。
と、思ったらすぐに戻ってくる。
マコ (と、机の上の菓子を取り)馬鹿あああああ。
シュン あ、こら!
マコが逃げるように去る。
シュン あーあ。もう。(ツイスターを見て)
ツイスターを広げてみる。
さいころを転がしてみる。
そのさいころの指示に従ってみる。
シュン じゃあ、次はサトウさんの番ね……
と、リリィがやってくる。
リリィはボールを追ってきていた。
リリィとシュンスケの目が合う。
お互い慌てる。
リリィ 私そんなこいつが好きってわけじゃないのよ。うん。
シュン いや、別に何かをやっていたわけじゃないんだ。うん。ははは。
リリィ にゃー
シュンスケは少し乱暴にツイスターをたたむと、下手に投げようとする。
リリィはボールを追いたくてうずうずしている。
ふと、そこにレシートが挟まっているのに気づく。
シュン レシート?
リリィはボールを追いたくてうずうずしている。
シュン まぁ、使わなきゃいいんだから置いておいてもいいよな。
リリィはボールを追いたくてうずうずしている。
シュンスケは言いながらツイスターを近くに置く。
と、チャイムが鳴る。
シュン ? はーい。
シュンスケが一度はける。
リリィはボールを追いかける。
8
すぐにシュンスケが後ずさりして現れる。
そして、責めるようにサトウミキが現れる。
サトウミキは走ってきたのか肩で息をしている。
シュン あの?
話そうとするシュンスケを片手で制すると、
しばらくミキは呼吸を落ち着かせる。
シュン あの、どちら様ですか?
ミキは再びシュンスケを手で制すると、あたりを見渡す。
そして、考えを落ち着かせるようにしばし考える。
ミキ サイトウ君ね、君が。
シュン はい。えっと、あなたは?
ミキ サトウミキです。はじめまして。
シュン あ、初めまして。え?
ミキ だから、サトウミキです。聞いてないの? 妹から。
シュン え? じゃあ。え? サトウさんの、お姉さん?
ミキ サトウさんって呼んでいるの? うちの妹のことは。
シュン あ、はい。
ミキ あの子はシュン君って呼んでいるらしいわね。日記に書いてあったわ。
シュン 日記!?
ミキ ああ、つまり見せてもらったの。うん。よくあるのよそういうこと。
シュン そうなんですか。
ミキ 隠し事なんて私たちの間にはないのね。だって姉妹ですもの。仲がいいの。
シュン でもサトウさんはお姉さんとは仲はあまり良くないって……
ミキ なに?
シュン なんでもないです。
ミキ 仲がよくなきゃ私が君の家に来られるわけないでしょ? 妹に教えてもらったのよ。
それとも、私が妹の行動を逐一チェック&ストーキングしていたお陰で
君の家が分かったのだと、そういいたいの?
シュン まさか。そんなわけないですよ。
ミキ でしょう?
シュン それで、あの?
ミキ ああ。何の用で来たかってこと?
シュン はい。
ミキ 理由は一つ。いや、二つあるわ。
シュン 二つ。
ミキ 一つは、妹と付き合っているという男がどんな人間か、見てみたかったってこと。
もう一つは……
シュン もう一つは?
ミキ 休日の昼間っから女の子を二人っきりになれるように自宅に連れ込む男は、
どんな男なのか見てみたかったのよ!
シュン いや、別に俺は。
ミキ 別になに? もしかしてあれ? 「僕は別に彼女に対していやらしいことを
しようなんてこれっぽっちも考えてないんです」とか、
言ってみちゃったりするの?
シュン いやらしいことしようなんて考えてません!
ミキ 嘘をつきなさい!
シュン 嘘なんてついてませんよ。
ミキ じゃあ何をする気なのよ!
シュン 何もしませんよ!
ミキ 嘘をつくな!
シュン だから何で嘘なんですか!
ミキ 昔から言われているでしょ? 男はね、狼なのよ!
と、バックにピンクレディーのSOSが流れてきたり。
シュン そんな。男だからって決めつけないでくださいよ。
ミキ あなた、「赤頭巾ちゃん」ってお話知ってる?
シュン なんですかいきなり。知ってますよ。
ミキ 話して御覧なさい。
シュン なんでいきなり。
ミキ いいから!
シュン えっと、昔々赤頭巾と言う女の子がいました。
それはそれは可愛い女の子でした。
9
と、赤頭巾を被った女の子が出てくる。リカである。
ミキはうなずいて後を続ける。
ミキ あるとき、女の子はお母さんに頼まれて、森の中に住むおばあちゃんの家に
パンとぶどう酒を届けに行きました。
と、反対側におばあさんの格好をしたマコが出てくる。
ミキ ところが、森でであった狼に、女の子はころっとだまされてしまったのです!
と、狼のお面が飛んでくる(もしくはリリィが持ってくる)
と、ミキはシュンを赤頭巾とおばあちゃんの間に蹴りこむ。
シュンスケは狼になる。ミキの台詞に合わせて動く。
ミキ 「おっと、そこを行くお嬢さん。」
リカ 「あら、あなたはだあれ?」
ミキ 「俺は狼さ」
リカ 「ごめんなさい。狼とは話しちゃいけないってお母さんに言われてるの」
ミキ 「それは悪い狼だろ? 俺はいい狼なんだ」
リカ 「そうなの?」
ミキ 「ほら、いかにも人のよさそうな顔だろ?」
リカ 「そういうのって自分で言うものじゃないと思うけど、
確かにそう見えなくもないわ。じゃあ、あなたはいい狼さんなのね?」
ミキ 「そうさ。いい狼さ。お嬢さんはどこに行くんだい?」
リカ 「おばあちゃんのお見舞いに行くところよ」
ミキ 「だったら花をつんでいかないと。すぐそこに綺麗なお花畑があるんだ。
教えてあげよう」
リカ 「ありがとういい狼さん」
ミキ こうして、狼の甘い言葉にだまされて赤頭巾が花を摘んでいるうちに、
狼はと言うと赤頭巾のおばあさんのところへ走りました。そして、
この間にリカは狼に指を指され去り、
シュンスケはマコの元へ行く。
マコ 「おやおや、誰かね?」
ミキ と言う言葉の端(はし)も聞かないうちに、ズバアアア!(と、切る効果音)
シュン ズバア!?
ミキ ズバアア!
シュンスケは仕方なく、効果音どおりに刀を持っているフリをしてマコを切る。
マコ 「ぎゃーー」
ミキ ザシューー。ドスーー。カチャン(剣をしまう音)
シュン 「(脱ぎながら)ふ。つまらぬものを切ってしまった。」
マコは切られて去る。
狼の面をリリィが回収(もしくは放る)
ミキ こうして狼はおばあさんを片付けると、自分がまるでおばあさん、
つまりはこの家の主であるかのようにいすわり、赤頭巾が来るのを今か今かと
待つのでした。そう、今の君のように。
10
シュン ちょっと、待ってくださいよ。誰が狼ですか。
ミキ 狼でしょ。家族を片付け、赤頭巾が来るのをただひたすら待っている。
シュン 俺はただ、
ミキ (ミキはシュンスケを手で制して)赤頭巾のお話にこめられた教訓はなんだか
わかる?
シュン 教訓? ……両親の言いつけを守らないと狼に襲われるぞとかですか?
ミキ 違うわ。狼の住んでいそうな場所には、可愛い子を一人で行かすなってことよ
そしてまたピンクレディーのSOSが流れてきたり。
シュン それで来たんですか。
ミキ そうよ。狼から可愛い妹を守るためにね。
シュン 俺は何もしませんよ。
ミキ そんなこと言って騙そうたってそうは行かないわよ。これは何!?
と、ミキはお菓子を指す。
シュン お菓子ですよ。
ミキ この中に実は睡眠薬が、
シュン 入っているわけないじゃないですか!
ミキ じゃあ、これは!
と、ミキが今度さしたのはテレビゲーム。
DVDも見られるタイプ。
シュン ゲーム機ですよ。
ミキ ゲームに見せかけて、アダルトなDVDを見ようと
シュン しませんよ!
ミキ じゃあ……
シュン ないですから。怪しいものなんて。
ミキ 本当に?
シュン はい。サトウさんとは、今日親父もお袋も……姉貴もいないから、
一緒にテレビゲームでもしようって、ただそれだけのために呼んだんです。
ミキ 高校二年生の健康的な男女が、誰もいない休日に集まってすること、
それはただテレビゲームをすることです。そういいたいわけね。
シュン そうです。
ミキ それを信じろと?
シュン はい。
ミキ ……そう。なら、いいのよ。
ミキは張っていた気が疲れたかのようにその場にへたり込む。
シュン 大丈夫ですか!?
ミキ 大丈夫。ちょっとリカより先に着かなきゃと思って走ったから。
安心して気が抜けただけ。
シュン 信じてくれたんですね。
ミキ まぁ、どう見ても女の子を急に襲うような子には見えないからね。
シュン 分かってくれてほっとしました。
ミキ 疑って悪かったわ。
シュン 何か飲み物でも用意しましょうか?
ミキ いいわよ。すぐに帰るから。妹と鉢合わせしちゃったら大変だもの。
シュン じゃあ、麦茶でも。
ミキ ありがと。
シュンスケが去ろうとしながら。
シュン 妹思いなんですね。
ミキ あの子には迷惑がられるだけだろうけどね。お姉ちゃんだから。
シュン わかります。うちの姉貴も心配性だから。
ミキ そう。まぁ、よろしくね。妹を。
シュン はい。
ミキ 言っとくけど、ひと時の遊びなんて軽いつもりでいたら、許さないから。
シュン 肝に銘じます。
シュンスケが去る。
ミキ あの子、結構不器用なタイプだからさ。あたしもそうだけど。(独り言で)
そんなあの子が人を好きになったんだもの。いい恋愛をしてほしいって
思うじゃない。ねぇ。
と、その目が風呂敷に止まる。
シュン 大丈夫です。そういうところも、なんていうか、いいところだなぁって
思ってたりしますから。はい。麦茶。
ミキ ちょっと待て。
シュン はい?
ミキ 危ないところだったわ。その笑顔と嘘をつきそうもない顔に危うく
騙されるところだった。
シュン え?
ミキ 何が入ってるの? その麦茶には。
シュン いえ、何も入ってませんよ。
ミキ なるほど。無難に帰ってもらおうという計略ね?
シュン だって、サトウさんに鉢合わせする前に帰るって。
ミキ それがアナタの作戦だと気づかなかった数秒前の自分を呪いたいわ!
これはなに!
と、ミキはツイスターを取り出す。
シュン あ、それは。
ミキ これは私の記憶が確かなら、多分ちょっと男女の密着度が強そうなゲームだと
思うんだけど。
シュン そうですけど、でもそれは姉貴が
ミキ まさか、お姉さんがわざわざ弟のために風呂敷包みに包んで持ってきた、
とは言わないわよね?
シュン 事実そうなんですよ!
ミキ そんな馬鹿親切なお姉さんがいるわけないでしょ!
シュン いるんですって!
ミキ そんな理由でお天道様が信じても、この私は信じないわよ!
シュン そんな!?
と、そこにリリィがやってくる。
リリィ はぁ。いい汗かいた。ダーリン。飲み物頂戴。
ミキ ネコ!
リリィ え? ダーリン、誰よこの女?
シュン どうかしたんですか?
ミキ ちょっと、近づけないで!
シュン 近づけないでって。
リリィ まさか、ダーリンの隣を狙っている女じゃないでしょうね!
ミキ 近づけないでって言ってるの! 私ネコアレルギーなのよ!
シュン ああ、すいません。
シュンスケは近づこうとするリリィをミキから離す。
ミキ はぁ。
リリィ (また近づく)今のでごまかされるほど、私は馬鹿な女じゃないのよ。
ミキ また来た!
シュン リリィ!
シュンスケは近づこうとするリリィをミキから離す。
ミキ ちょっと、そいつどっかやって。
シュン あ、はい。ほら、リリィ。ボールだぞ。
リリィ それ、さすがに飽きたわよ〜。
シュンスケがボールを放る。
リリィは嬉しそうに追いかけていく。
ミキがひざをつく。
シュン その、大丈夫ですか?
ミキ なんとかね。駄目なのよ。ネコが近くにいるだけで、
なんか息苦しくなっちゃって。
シュン 大変ですね。
ミキ まさか、こんな罠まで仕掛けていたなんてね。
シュン 罠?
ミキ 罠でしょ? 侵入者である私を追い出すための。
シュン 知らなかったんですよ。アレルギーなんて。
ミキ 本当に? 妹から何も聞いてなかったの?
シュン そういえば、家では猫が飼えないってサトウさん言ってたことあったけど。
ミキ ほら御覧なさい!
シュン そんな話を聞いたくらいでネコを用意しませんよ!
リリィはもう家で四年も飼っているんですよ。
ミキ 四年もかけて準備していただなんて。
シュン ありえないですから!
ミキ やっぱりあんたは狼だった。というわけで、妹が来次第一緒に帰らせて
もらいます。そして、今後妹とのお付き合いはお断りさせていただきます。
シュン そんな!? ちょっと冷静に話を聞いてください。
ミキ 聞けません。
シュン ツイスターについては今姉貴を呼んで説明させますから。
ミキ お姉さんはいないんじゃなかったの?
シュン それはだから(なんていうか)
と、シュンスケの携帯がなる。
ミキ リカね?
シュン はい。(なぜ? という目を向ける)
ミキ あの子の着信も同じ音だから。
シュン ああ。えっと。
ミキ 出なさいよ。妹が道に迷ってたらどうするのよ?
シュン はい。
11
と、シュンスケは電話に出る。
舞台端にリカが現れる。
リカ ごめん。何かやってた?
シュン ううん。別に。今どこ?
リカ もうすぐつくよ。坂を上って三軒目だよね。
シュン うん……そうなんだけど……
と、シュンスケはミキを見る。
ミキはシュンスケをにらんでいる。
シュン ねぇ、少し時間潰してこれない?
リカ え? なんで?
シュン なんでって。その、
ミキ いいから早く呼びなさい。どうせ帰るんだから。
シュン ちょっと説得に時間がかかるって言うか、
リカ 説得? 誰を?
シュン えっと、その、
リカ 誰か来てるの?
シュン 誰か来ているって言うか。
リカ 私、迷惑だった?
シュン そんなことないよ! なんでそんなこというの?
リカ だって、さっきからゆっくり来いとか、時間潰せとか。
朝は急いで来てって言ってたのに。
シュン いや、だからね、なんていうかさ、
ミキ (作った声で)「シュン君、誰と電話してるのよ〜。早くこっち来なさいよ」
シュン な!?
リカ 何今の声。
シュン なんでもないよ。なんでもない。
リカ 私帰るね。
シュン サトウさん!
リカ さよなら。
リカが電話を切る。
そして、走り去る。
シュン なにするんですか!
ミキ あの子を試したのよ。これくらいで勘違いするならすぐに別れるわね。
よしよし。
シュン よしよしって。ああ、もう!
ミキ どこに行くの?
シュン 追いかけるんです! サトウさん連れてきますから。
そうしたら説明してもらいますからね!
ミキ すぐにつれて帰るわよ。
シュン いいんです。誤解されたままよりはましだから。
シュンが走り去る。
ミキ なんだ。男らしいところもあるじゃない。……こんなもの用意して。
本当男って奴は。
さりげなく、さいころを転がしてみる。
出てきた場所においてみる。
すぐに我に帰って。
ミキ どうしようもないんだから。私が守らないと。
と、しずしずとお盆を持ってマコがやってくる。
お盆の上には飲み物。
マコ いらっしゃいませ。
ミキは慌ててそっぽを向く。
マコ そろそろ飲み物のお変わりが欲しいころかと思いまして。
あら?
ミキ えっと……
マコ ミキさん?
ミキ チガウヨ
マコ ミキさんでしょ? あの、生徒会長だった。サトウミキさん!
ミキ ……はい。
マコ え? なんでミキさんがここに? そうか!
シュンスケの彼女がミキさん!
ミキ そんなわけあるか!
マコとミキのいる場所が暗くなる。
猫の鳴き声。
12
そして、舞台前面に明り。
とぼとぼと歩いてくるリカ。
シュン サトウさん!
声と共にシュンスケが走ってくる。
リカ シュン君。
シュン よかった。追いついた。
言いながら、シュンスケは肩で息をする。
リカ 走ってきたの?
シュン うん。そうすれば追いつくと思ったから。
リカ なんで?
シュン え?
リカ なんで追ってきたの?
シュン 話を聞いて欲しくて。サトウさん、誤解しているみたいだから。
リカ 誤解なんてしてない。
シュン とりあえず話を聞いてよ。
リカ いいよ言い訳なんて。
シュン 言い訳じゃなくて。なんていうか。
リカ ……あたしさ、すごい今日楽しみにしてたんだよ?
シュン 俺だって。
リカ 付き合ってからさ、どこ行くのも、なんかいつも誰かに見られてるみたいで。
マックとか入っても気にしちゃってばっかりでさ。ゆっくり話も出来なかったから。
気にしすぎる私が悪いってわかってたけど。
シュン サトウさんは悪くないよ。二人とも遠出できないからそういうの
気にしちゃうんだしさ。
リカ だから、シュン君が「家(うち)どう」って言ってくれたの、本当嬉しかった。
私のこと、考えてくれてるんだって。お姉ちゃんには反対されたけど。
シュン だろうね。
リカ でも、楽しみにしてたの、私だけだったんだね。
シュン そんなことないって。話だけでも聞いてよ。
リカ 言い訳なんて聞きたくないんだって!
リカが走る。
シュン だから言い訳じゃないんだって!
シュンが走る。
13
舞台の家の中に明りがつく。
マコとミキが飲み物を飲んでくつろいでいる。
マコ側に少し離れてリリィがいる。
マコ なるほど。そういうわけか。
ミキ そういうわけか。じゃないわよ。もう心配で心配で。
マコ だからって、彼氏の家までは普通来ないと思うけど。
ミキ その普通、行かないだろうっていう思い込みのせいで
取り返しのつかないことになったらどうするのよ。
マコ 取り返しのつかないことってどんな?
ミキ それは、ほら、男と女なんだから。分かるでしょ?
マコ だからなに?
ミキ だから、ほら、ね? 分かっててやってるでしょ?
マコ うん。
ミキ ふざけないで!
マコ ごめん。でも、大丈夫よ。そんな度胸シュンスケにないって。
ミキ そんなの分からないじゃない!
マコ だって、高校2年生にもなって初めての彼女だよ?
ミキ それが危ないって言ってるの。ネコだって用意してたし。
マコ だからあれは前からいたんだって。
ミキ それは分かったけど。初めてだから問題なのよ。
(ネコ)あれこっちこないでしょうね。
マコ 大丈夫。ねぇ、リリィ?
リリィ だれがあんたらのそばに行くもんですか。
マコ 今はおなかいっぱいだから動きたくないって。
リリィ 一言も言ってない。
ミキ 言葉分かるの?
マコ まあね。
リリィ おい!
ミキ 怒ってるみたいだけど?
マコ じゃれたいのよ。それで?
リリィがそっぽを向く
ミキ それで?
マコ 危ない理由。麦茶飲む?
ミキ うん。ありがと。今まで溜まっていた物がわっと噴き出すのよ。アレもしたい
これもしたいって。なまじ知識があるから欲望ばかりが広がっていって、そして!
マコ ないない。だって、これ(ツイスター)で真っ赤になって怒る奴だよ?
ミキ それがまさかあんたが渡したものだとは思わなかったわ。
マコ だって面白そうだったからさぁ。
ミキ 普通お姉さんっていうのは、弟の若い欲望による暴走を止めようとしてくれる
ものなんじゃないの?
マコ いや、私としてはちょっとは暴走して欲しいくらいなんだよね。
ミキ あのね! それで大変なことになっても遅いのよ?
マコ 大変なことになったことあるの?
ミキ 私が? いいじゃないのそんなことは。
マコ あたしさ、今までまともに付き合ったことないからさぁ。正直、言える
立場じゃないんだよねぇ。だから、大変なことって言うのも良く分からないんだ。
ミキ ……そんなの、私だってないわよ。
マコ じゃあいいじゃん。二人を応援してあげようよ。
ミキ そういうわけにも行かないでしょ! いい? 男って奴はね?
と、家の中が暗くなる。
再び猫の鳴き声。
14
リカが走ってくる。肩で息を整える。
そこへシュンスケが走ってくる。
シュン ちょっと、待った。本当。早すぎるから。
リカ 中学の時陸上部だったから。
シュン なるほど。一瞬休憩してくれない?
リカ 諦めないの?
シュン そりゃ、信じてくれるまではね。
リカ 走りながら言ってたこと?
シュン そう。ちゃんと聞いてくれてたんだ。
リカ でも、姉さんが来たなんて……
シュン 本当なんだよ。電話の声よく思い出して。お姉さんの声だっただろ?
リカ そこまでちゃんと聞いてなかったから。
シュン じゃあ、確かめるくらいしてもいいんじゃない?
リカ 確かめるって?
シュン 電話、してみるとか。
リカが携帯を取り出す。
シュンスケが見ている中、電話する。
家の中が明るくなる。
ミキ だからね、かのイプセンはこんな言葉を遺しているの。「あなたは女だ。だから
この世の中に愛ほど美しいものはないと思うに違いない。しかし、私は男だ。
いくらでもかわりの女を見つける」 こういうものなのよ男っていうのは。
マコ まずイプセンが分からないんだけど。
ミキ だらしないわねぇ。もと演劇部でしょ?
マコ え? なんか、演劇に関係あった?
リリィ ヘンリク・イプセンはノルウェーの劇作家である。個人主義の観点から、
婦人問題・社会問題を取り上げた劇によって近代演劇に画期的な役割を果たす。
代表作は『人形の家』『民衆の敵』『野鴨』など。
ミキ じゃあ、三島由紀夫は? 知ってる?
リリィ 三島由紀夫は作家であり文学者。戯曲、評論も多く遺している。代表作は、
小説「仮面の告白」「潮騒」「金閣寺」など。受賞多数、ノーベル文学賞候補に
何度も上った。まぁ、これは常識であろう。
マコ リリィも名前しか知らないって。
リリィ おい!
ミキ まぁいいわ。彼が言っているの「愛することにかけては、女性こそ専門家で、
男性は永遠に素人である。」と。つまり、男に恋愛を語らせちゃいけないわけよ。
男が大丈夫と自信を持って言うことはまず信じない方がいいの。
リリィ 深いねぇ。
マコ ということはシュンスケも?
ミキ 信じられないってことよ。だって、男なんだから。
男なんてみんなうそつきなのよ。
と、電話が鳴る。
リカが浮かび上がる。
ミキ ちょっと失礼。はい。
リカ あ、お姉ちゃん。今どこ?
ミキ どこって……家だけど?
リカ どこの?
ミキ そりゃあ。……自分の家よ。当たり前でしょ? じゃなきゃどこにいるのよ。
リカが電話を切る。
リカ うそつき。
シュンスケを一度見ると走り出す。
シュンスケが追いかける。
マコ 誰から?
ミキ 親からよ。どこまで話したっけ。
マコ 男は信用できないうそつきってあたり。
ミキ そう。だいたい男って奴はね。
家の中はうっすら暗くなる。
呆れたように猫が鳴く。
15
音楽。
リカが走ってくる。
シュンスケが走ってくる。
シュンスケは何か叫んでいる。
リカは途中立ち止まるが、再び走り出す。去る。
シュン サトウさん!
シュンスケが去る。
リカが走り去る。
シュンスケが追いかける。
部屋の中では話が盛り上がってきている。
リカが現れる。走りつかれている。
シュンスケがやってくる。
リカとの距離をとると立ち止まる。
シュン サトウさん。
リカ もう、追ってこないで。
シュン 分かった。
リカは思わずシュンスケを見る。
リカ そう。じゃあね。
シュン 待って。
リカ なに?
シュン もう一度だけ、チャンスをくれない?
リカ 今度はどんな言い訳をするの?
シュン 言い訳じゃない。もう一回、電話をかけて欲しいだけだよ。
リカ そんなの、したってしょうがないじゃん。
シュン 今度は、俺が姉貴にかけるから。姉貴に聞いてみて。
リカ お姉さんにかけてどうするの?
シュン 姉貴、今家にいるんだ。
リカ そんなのさっき
シュン 言わなかったよ。だって、走りながらじゃ説明できなかったし。
リカ 電話をかけたとして、シュン君のお姉さんが嘘つかないって
どうして言えるの?
シュン それは、サトウさんのお姉さんにも言えるよね?
リカ お姉ちゃんが嘘ついているって言いたいの?
シュン たぶん。
リカ そんな話信じられないよ。
シュン だから、一回だけ。一回だけ試して欲しいんだ。
リカ どうして
シュン どうしてって……このまま終わりなんてイヤだから。
リカ なんで?
シュン なんでって……そんなの、決まってるだろ。俺は……君が、
リカ 私が?
シュン ……君が……好き、だから……
リカが手を差し出す。
シュンスケが携帯を差し出す。
16
家の中が明るくなる。
リリィも一緒になって聞いている。
ミキ だからね、かのニュートンの万有引力のごとく、男は女にひきつけられるのよ。
これはもう仕方ないの。引力だから。
マコ 引力。
リリィ 引力。
ミキ そう。でも、その引力は間違った引力なの。だから、
私たちが正さなきゃいけないのよ。
マコ 私たちがね。
リリィ 正す。
ミキ そのとおり。いわばこれは聖戦よ。
マコ 聖戦?
リリィ 聖戦。
ミキ 聖なる戦(いくさ)のことね。つまりは、純潔を守るという神のための戦争!
リリィ&マコ 戦争!
ミキ 女のことは女が守る!
リリィ&マコ 守る!
ミキ 男の好きにはさせるな!
リリィ&マコ させない!
ミキ そのとおり! 我々はいわば乙女のための戦士!
マコ 戦士!
リリィ ニャーー
ミキ そう、分かってくれたみたいね。
マコ なんとなくね。
ミキ (ネコに)あんたも。
リリィ ニュアンスは伝わったわ。
ミキ なんか、思わず猫が好きになれそうな気がしたわ。
と、電話が鳴る。
マコ あ、シュンスケだ。
ミキ 私ならここにいないから。
マコ うん。もしもし?
と、リカが出る。
リカ もしもし。シュンスケ君のお姉さんですか?
マコ はいそうですけど?
リカ 私、サトウリカといいますが、そちらに私の姉はいますか?
マコ ミキさんならここにいないことになってますけど。
ミキ サイトウさん!
リカ 今の、姉の声ですよね。
マコ はい。
リカ 分かりました。
リカが電話を切る。
リカとシュンスケが去る。
マコ あれ? 切れた。
ミキ あんた、何本当のこと言ってるのよ。
マコ え? だって、妹さんだよ?
ミキ あんた話し分かってた?
マコ 実はあんまり。ニュートンって何した人だっけ?
ミキ ああ、もう。でも、言いたいことは分かってくれたでしょう?
マコ 男の好きにはさせない?
ミキ そう!
マコ でも、なんでそれがうちの弟にあてはまるのかは……
ミキ とにかく、そのことをビシッと言ってくれればいいのよ。
マコ 私が言うの?
ミキ 当たり前でしょ。あんたが弟さんを説得して、私が妹を説得する。そして、
この危険極まりない家から笑顔で帰る。これが目的よ。
マコ じゃあ、みんなで遊ぶって言うのは?
ミキ 人の話を聞いてなさいよ!
17
と、リカとシュンスケがやってくる。
少し二人とも肩で息をしている。
リリィ ダーリン!
と、リリィはシュンスケの傍による。
リカ お姉ちゃん。
ミキ ……早かったわね。どこ行ってたの?
リカ お姉ちゃん。
ミキ ああ、こちらがサイトウマコさん。シュンスケ君のお姉さんですって。
サイトウさんも、うちの妹に会うのは初めてよね。こちらが妹のリカ。
リカ お姉ちゃん。
ミキ なによ。
リカ なんで、こんなことしたの?
ミキ こんなことって?
リカ 私の先回りして。嘘ついて。
ミキ 全部あなたのためよ。
リカ 私のため?
ミキ さぁ、じゃあサイトウさん。始めて。
マコ え? 何を?
ミキ 言ったでしょ? 説得よ説得。
マコ え? 私がするの?
ミキ 状況が変わったの。弟さんより、まずリカから説得しないと。
弟さんの方はおとなしくしているみたいだし。
マコ なるほど。分かったわ。
マコが一歩前に出る。
シュン 姉ちゃ……姉貴?
マコ いい。二人とも。よく聞きなさい。ニュートンはね、戦士よ。
リカ え?
シュン はぁ?
ミキ 違う。ニュートンの万有引力。
マコ そう。その万有引力よ。それが戦士!
ミキ 違うでしょ。間違った引力でしょ。
マコ そう。間違った引力、それは戦士!
リリィ 戦士って言いたいだけじゃんかよ。
ミキ 本当に理解してなかったのね。
マコ ごめんなさい。
シュン 姉貴に何吹き込んだか分からないけど、いい加減にしませんか?
ミキ 何をいい加減にするって?
シュン なんか馬鹿みたいじゃないですか。せっかくの休日に、
口げんかしたり嘘ついたり。
ミキ あんたに何が分かるって言うのよ!
シュン すいません。
ミキ 私はリカを心配してわざわざ来てるのよ。
リカ でも、私はお姉ちゃんに心配してなんて頼んでない。
ミキ リカ……
リカ 私はただ今日を楽しく過ごしたかった。ただそれだけなの。
ミキ でもね、リカ。男っていうのはね。
リカ 私は、信じているから。
ミキ あんたはまだ子供なのよ。あんたがいくら信じてたって男っていうのはね
リカ 違う。私が信じたいのは、私自身よ。お姉ちゃんに何か言われるたび、
信じられなくなる私を、私は信じたいの。
ミキ それでなにか間違いが起こったらどうするの!
リカ そんなこと、お姉ちゃんには関係ない。
ミキ 関係なくないわよ! だって私はあなたの姉なのよ。そりゃねうざったい
でしょうよ。あれこれ言われて、でもそれは全てあなたのことを考えて言ってるの。
そうでしょう?
リカ お姉ちゃん。
ミキ 私だって放っておきたいわよ?でも心配なんだもの。仕方ないじゃない。
妹なんだから。仕方ないでしょう。いいじゃないの心配したって。
それのなにが悪いのよ。
リカが答えられずうつむく。
ミキ さ、じゃあ分かったら帰りましょう?
シュン ……違うんじゃないかな。
ミキ 何?
シュン なんか、違うんだとおもうんですよ。悪いとか、間違っているとか
そういうことじゃないと思うんです。
ミキ 何が言いたいのよ。
シュン ただ、サトウさんはお姉さんに信じて欲しいんじゃないかって思うんです。
だって、姉妹なんだから。
ミキ 何を信じるのよ?
ミキがリカを見る。
リカを、勇気付けるようにシュンスケが見る。
リカ 確かに私は子供なんだと思う。
ミキ そうよ。あんたは子供なの。
リカ 男の子の事だってよく分かってないし。
それでお姉ちゃんが心配するのも分かる。
ミキ だったら
リカ だけど、
ミキ だけど?
リカ それじゃあ私、何にも出来ない。私が決めて、私が出来ること、
なくなっちゃうと、思うんだ。
ミキ 心配するなって言いたいの?
リカ (首を横に振って)ただ、信じていて欲しいの。
……お姉ちゃんの妹は馬鹿なことはしないって。私はあなたの妹なんだから。
リカとミキのにらみ合い。
ミキ ……そう。わかった。
マコ サトウさん?
ミキ わかった。よく、わかった。
リカ お姉ちゃん?
ミキ 本当、君の言う通りね。
シュン え?
ミキ 馬鹿みたいだわ。妹の電話立ち聞きして。目的地先回りして。説得させようと
入れ知恵して。馬鹿みたいっていうより、馬鹿ね。信じればよかっただけなのに。
ミキが歩き出す。
シュン どこへ行くんですか?
ミキ 帰るのよ。邪魔者は去るのみ。でしょ?……リカ。ごめんね。
ミキが去る。
18
しばし、気まずい空気があたりを支配する。
リリィ なんだかなぁ。難しいね。人間って。
シュン いいの? これで。
リカ (うなずく)ごめんね。色々と。
シュン ううん。いいよ。なにしようか?
リカ そうだね。シュン君決めてくれる?
シュン うん。えっと、どうしよう、かね。
リカ ね?
シュン うん。
お互い少し気まずい。
二人の目が交差し、少しはなれ、そしてシュンスケの目がマコに止まる。
マコ さーて、私もどっか行こうかな。
シュン 何だよ今更。いいよいても。
マコ いやいや。よく言うじゃない? 「あとは若い者にお任せしよう」って。
(と、リリィに)ほら、あんたも行くよ。
リリィ え? 私も!?
シュン 何だよ年寄りみたいなこと言って。
マコ 邪魔者は去るのみ、でしょ?
シュン 姉貴……
マコ あ、そうだ。シュンスケ。
シュン なに?
マコ その、姉貴って言うのいいね。なんか。カッコいい。
ちょっと、他人みたいだけど。
シュン ……待てよ。
リカ シュン君?
マコ さーて、どこに行きましょうかねぇ。漫画喫茶でも久しぶりに行くかなぁ。
リリィ 勝手に行けよ。
マコ うん。大丈夫。あんたも連れて行ってあげるから。
ペットOKのとこ知ってるんだ。
リリィ いや、いいから。
シュン 待てよ。
マコ あ、これ(と、ツイスターを見て)持って行っちゃうね。
どうせ使わないだろうから。ね。あんたにはこれ(と、猫にボール)
リリィはじゃれながら去る。
シュン 待てよ姉ちゃん!
マコ ……あんたねぇ。今カッコいいよって言ったばっかりじゃんよ。
シュン 駄目だ。
マコ え?
リカ どうしたの?
シュン 駄目だよこれじゃ。
マコ 何が?
シュン サトウさん!
リカ え?
シュン お姉さん追って。
マコ シュンスケ?
リカ でも。
シュン 追わないと駄目だ。だって、お姉さんは、サトウさんのお姉さんなんだから。
リカ でも、姉さんシュン君のことも悪く言って。
シュン それはお姉さんだから仕方ないんだよ。姉って言うのは
心配性なものなんだから。
リカ 今追いかけたら、また私姉さんとけんかしちゃうかも。
シュン いいよそれでも。最後には一緒に戻ってきてくれれば。
リカ シュン君が、それでいいなら。
シュン ありがとう。
リカ ううん。私こそ、ありがとう。
シュン 追いつける?
リカ 足には自信あるから。
シュン 知ってる。
リカが走り出す。
19
マコ あーあ。我が弟ながらおせっかいよねぇ。
シュン いいんだよ。これで。
マコ 二人っきりになりたいんじゃなかったの?
シュン そりゃそうだったけど。でもいいんだ。これからもチャンスはあるし。
マコ そのたびに邪魔されるかもよ?
シュン いいんだそれでも。それが姉さんってものなんだし。俺は、ちゃんと、
サトウさんに気持ち伝えたから。
マコ そっか。ついつい気になっちゃうんでしょうねミキさんも。
まぁ、わかるっちゃ分かるけど。
シュン でもそうやって、サトウさんとも、サトウさんのお姉さんとも、
みんな一緒に仲良くやれたらいいと思うんだ。もちろん、姉ちゃんとも。
マコ 姉貴でいいわよ。サトウさんの前だけなの? かっこつけるのは。
シュン だって、高二にもなって姉ちゃんなんて恥ずかしいじゃん。
マコ それはそうかも。
シュン ……姉ちゃん。
マコ なに?
シュン 小さい頃、俺、姉ちゃんのこと嫌いだったんだ。
マコ 知ってる。
シュン 話したことあったっけ?
マコ ううん。私も嫌いだったから。あんたのこと。
シュン だろうと思ってた。
マコ 悔しかったんだ。お父さんもお母さんも、あんたが生まれた途端、あんたの
ことばっかり大事にしちゃってさ。なんか一番に生まれてきたのが損だったみたい
に思えて。それなのにあんたは私がいないと何にも出来ないくらい弱くてさ。
だから、よくいじめたのよ。あんた、そのたびトイレに逃げ込んでたっけ。
シュン だって、トイレの鍵閉めちゃえば姉ちゃん追って来れないって思ったから。
一度自分の部屋に逃げて鍵しめたら、姉ちゃん窓から入って来るんだもん。
マコ 木登りは大得意だからね。
シュン 覚えてる? 小学校に入る前。母さんに、留守番頼まれた日。
マコ あんたと二人でするはずだったのに、あたし、面倒くさくなっちゃって途中で
遊びに行っちゃったっけ。
シュン 違うよ。それまで二人で喧嘩してたんじゃんか。
マコ そうだっけ?
シュン トイレに逃げ込んだら、姉ちゃんいつもだったらドア叩くのにシンとしちゃ
ってさ。ドア開けてみたらいなくなっちゃってるんだもん。びっくり
したよ。なんか世界の中に自分しか人がいなくなっちゃったような気がした。
マコ びっくりしたのはあたしの方よ。遊び疲れて帰ってきたら、あんたいないん
だもん。馬鹿なことばかりやっているから、神様があんたを連れていっちゃった
のかと思った。
シュン 寂しくて仕方ないから外に出たんだ。知り合いなんてあまりいないから、
ただとぼとぼ歩いてた。
舞台の前面にミキが現れる。
とぼとぼと目的もなく歩いているよう。
マコ あたしはただ焦ってそのまま家飛び出して駆け出してた。
シュン 気がついたら知らない建物ばかりに囲まれてて。泣くのは嫌だったから
必死に涙こらえて。
マコ 走っても走ってもあんたが見えなくて。心臓がばくばくいった。走った疲れで
なのか、焦るせいで鼓動が早くなっているのか分からなくて、でも、
ただ早くあんたを見つけたかった。
シュン その日に限って誰も人に会わなくて。もしかしたらみんな僕を残して
どこかに消えちゃったんじゃないかって思った。曲がり角を意味もなく曲がって。
マコ 坂を下って。
シュン 歩道を渡って。
マコ 住宅街に。
シュン いつの間にか行き止まりになっていて、ふと見上げたら知らない家と、木と、
電柱が僕を見下ろしてた。風なんかないのに寒くって。でも、変な汗で背中は
びっしょりで。こらえた涙ももう限界で、どうしても耐え切れないって思ったとき、
マコ 前にいるのがあんただっていうのはすぐに分かった。もう、何も考えられなく
って、ただただ、あんたの名前呼んで。あんた、抱きついてきたっけ。
リカが現れる。
ミキを呼ぶ(無声)信じられないものを見るようにミキが振り返る。
ミキが立ち尽くす。
リカが駆け寄って抱きつく。
ミキが泣き崩れる。
シュン その時思ったんだ。ああ、姉ちゃんは姉ちゃんなんだって。
マコ その時思ったのよ。あんたは、あたしの弟なんだって。
ミキはリカに謝っているよう。
リカもミキに謝っている。
二人して寄り添うようにして去る。
シュン それからかな。姉ちゃんが嫌いじゃなくなったのは。
マコ 私も、あんたが嫌いじゃなくなった。
シュン そのかわり姉ちゃんは心配性になったわけだ。
マコ 私のどこが心配性だって言うのよ。
今日の事だって、なんも心配してないでしょ。
シュンスケはツイスターのレシートを取り出す。
シュン これ。中に挟まってた。
マコ それが?
シュン こいつ(ツイスター)のレシートでしょ。商品名書いてあるし。
マコ あら。じゃあ、サークルで買ったとき挟まったままだったんだ。
シュン 日付、今日なんだけど。
マコ ……へぇ。偶然ね。
シュン どんな偶然だよ。姉ちゃんも姉ちゃんなりに心配してくれていたわけだ。
ずれてるけど。
マコ 当たり前でしょ。あんたはあたしの弟なんだから。
シュン うん。そういうもんなんだよね。うまくいえないけどさ。
ドアチャイムの鳴る音。
マコ あら、帰ってきたんじゃない? 二人とも。
と、マコはドアに向かおうとする。
シュン 姉ちゃん。
マコ なによ。
シュン あの時さ。あの、俺がガキだったとき。
なんで姉ちゃんは俺を見つけられたの?
マコ 馬鹿ね。決まってるでしょ。……あたしが、あんたの姉ちゃんだからよ。
マコが去る。
シュン なんだそれ。
シュンスケは言いながら微笑む。
次第に音楽が大きくなる中。
マコにつれられ、リカとミキが現れる。
リカ 改めてお邪魔します。
シュン いらっしゃい。サトウさんのお姉さんも。
ミキ 別に。リカが来てって言うから来ただけよ。
リカ ほら。お姉ちゃん。いつまでもむくれてないの。
ミキ むくれてないわよ。
マコ さあ、じゃあみんなそろったところで。なにしようか? これ?(ツイスター)
シュン それはしまっとけ。
と、リリィがやってくる。
ミキが避ける。
そのうちにリリィとシュンスケの間に座ったりする。
騒がしい中に、幕がゆっくりとしまってくる。
これからも彼らの騒動は続いていくのだろう。
しかし、彼らは仲のいい兄弟であることに代わりはない。
姉だからの心配。弟だから、妹だからの反発。
それもすべて家族という輪の中に飲み込まれ、楽しい日々への架け橋となる。
完
参考文献
名言集.com http://www.meigensyu.com/
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あとがき 人数が増えたこちらのバージョンが、 大会出場作品となりました。 奥と手前に舞台が分かれる点や、 舞台セットが必要など多々作りにくい難点が溢れています。 読み物としてだけでも楽しんでいただければ幸いです。 4人バージョンよりコンパクトにまとまっているのは、 60分以内に収めるためでした。 違いを比べてみるのも面白いかもしれません。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 |