3月は雪か桜か
楽静


登場人物

横津田 コトミ   18歳   女 高校三年生卒業

西山  トモ    17歳   同上

平野  ユウコ   18歳   同上

花園  ジュエリ       女 国語科高校教師

多田野 ヨシヒト       男 サラリーマン







   
    学校の教室がある。
    下手側には黒板。何個か並んだ机はやけに綺麗。
    掃除道具の隣にはゴミ箱が居心地悪そうに置いてある。
    ここは三年生の教室。3月を過ぎた教室にはすでに生徒のいた跡はない。
    綺麗にワックスが塗られた教室は、去年の喧噪を洗い流したかのようにひっそりとしている。
    
    と、暗闇の中、懐中電灯の明かりがひかる。
    やってくるのはヨシヒト。
    不安そうに辺りを見渡しながら、教室の中に入ってくると、懐かしそうに辺りを見渡す。
    と、懐中電灯の明かりが舞台へと射す。数は3本。
    ヨシヒトは慌てて辺りをきょろきょろと見渡す。そして、掃除道具入れの存在に気づく。
    そろそろと、掃除道具入れの中に入ると、ヨシヒトは静かに掃除用具入れを閉める。
    その掃除入れは、実は客席からは中が丸見えだったりする。

    コトミが教室へと走り込んでくる。
    右手には懐中電灯。そして、何が入っているのか大きなカバンを背負っている。


コトミ「えー無事に○○高校、3−2に到着〜。(懐中電灯を向けつつ)
    右異常なーし。 左異常なーし。前、後ろ、上、異常なーし。
    (と、懐中電灯をトランシーバーに見立てて)
    OKですボス。敵の姿はありません」


   と、トモが教室に現れる。その横にはユウコの姿がある。
   トモも懐中電灯を耳に当て、トランシーバーのようにしつつ、


トモ 「ご苦労であるコトミ隊員。直ちに荷物を置き、明かりを確保したまえ」

コトミ「らじゃ!」


   コトミは荷物をその場に置くと、トモとユウコの横をすり抜けて電気をつけに行こうとする。


ユウコ「あ、いいよ。私がつけてくるから」

コトミ「おお、ユウコ隊員。サンキューであります!」


    コトミ大げさに敬礼をする。ユウコは、苦笑しながら電気をつけに行く。
    教室に明かりがともる。


トモ 「ご苦労、ユウコ隊員。明かりも確保できた。任務、無事成功である」

コトミ「いやった〜。夜中の学校侵入成功〜」

ユウコ「コトミ、声大きいよ。一応見回りの先生だっているんだし」

コトミ「あ、そうか」

トモ 「その件については私がしっかりと調べて置いた」


    トモ、いいながらどこからかメモ帳を取り出し。


トモ 「今日の当直の先生は、私のデータが確かなら、花園先生」

ユウコ「花園先生?」

コトミ「ほら、花ちゃんだよ。あの、去年来た」

ユウコ「ああ、『できません』の先生!」

コトミ「そうそう。うちらがちょっと騒がしかったからって『これ以上はできません』って、
    教室出て行っちゃった」

ユウコ「誰が代表で職員室に謝りに行くかでもめたよねぇ」

コトミ「本当、本当」

トモ 「(咳払い)花園先生は二人の知っているとおり、去年来たばかりの新任教師。
    そして、私のデータが正しければ、怖いものが苦手! 
    つまり、夜の当直なんて名前ばかりで」

コトミ「見回りなんてできっこないってわけだ!」

ユウコ「花ちゃん、乙女だからねぇ」

コトミ「だよねぇ。なんか、お嬢だから」

トモ 「・・・それ以上はいわないの。虚しくなるでしょ」

コトミ「確かに・・・」

ユウコ「私たちはね・・・」

トモ 「おやおや〜。何を暗くなっているのかね、諸君。今回の目的を忘れていないかい?」

コトミ「そうだった。せっかくの卒業旅行に暗い話しはタブーだよね」

ユウコ「私、お菓子たくさん持ってきたよ〜」

コトミ「わ、なんかすごい高そう!」

ユウコ「こないだ親戚の葬式でさぁ。あっちでもらったお菓子」

トモ 「・・・・なんだか食べたら呪われそう」

ユウコ「大丈夫。塩振ったし」

コトミ「あ、本当だ。塩が袋についてら」

トモ 「それ、お清めの使い方間違えているから」

ユウコ「そうかな? ・・みんなはなに持ってきたの?」

コトミ「あたしもおかし〜。それにお弁当も、たくさん作ってきた!」

トモ 「箸は、ちゃんと持ってきているでしょうね」

コトミ「とうっぜん。トモこそ、あれ、持ってきた?」

トモ 「ふっふっふ」


    トモ、怪しく笑いながらカバンをあさる。
    出てきたのは、ワインの瓶。


トモ 「しっかり持ってきましたよ。○○年もの、滴るような、赤」

コトミ「さっすが〜。やっぱり、これがないとねぇ」

ユウコ「なんか、ドキドキしてきた。あたし、お酒飲むのって初めてなんだ」

コトミ「じゃあ、訓練しておかないとね。大学行ったら普通に飲み会あるだろうし」

トモ 「・・・・・」

ユウコ「でも、あたし大学でそう友達出来ないだろうし。サークルだって入るつもり無いから」

コトミ「駄目駄目駄目駄目。駄目だよ〜そんな事じゃ。せっかく志望大学に入れたんだからさ。
    四年間をたのしまなっくちゃ」

ユウコ「そ、そうかな」

トモ 「そうよ。大学入れたんだから。楽しまないと損よ」

ユウコ「あ・・・ごめん」

トモ 「何で謝るのよ」

ユウコ「あの、だから」

コトミ「仕方ないよ〜。トモはあたしらなんかよりも全然上の大学狙っていたんだからさ。ねぇ?」

トモ 「そうよ。一年頑張ればいいだけだし。気にすること無いって」

ユウコ「あ、うん・・・・」

コトミ「さぁ! じゃあ、乾杯しようよ、乾杯♪」

トモ 「いいわね。んじゃ、コップ出す」


    トモの紙コップを二人とも受け取って。
    ワインを注ごうとするが、その前にユウコがふともじもじして


ユウコ「あ、ごめん。その前にちょっといいかな」

トモ 「なに?」

ユウコ「だから、その・・・ね?」

コトミ「あ〜ユウコ、便所か〜!」

ユウコ「コトミ!」

トモ 「ああ、そう言う事ね。確かに今日は外も寒かったしね」

コトミ「3月だっていうのにねぇ〜」

トモ 「3月だからでしょ」

ユウコ「あの、だから」

コトミ「ああ、ごめん。じゃあ、いいよ。乾杯待っているから行って来て」

ユウコ「えぇ!? その、ひとりで?」

コトミ「あったりまえじゃーん。トイレくらい一人で行かなきゃ♪」

トモ 「・・・私も、行こうかな。なんだかトイレ行きたい気分だし」

コトミ「えぇ〜。じゃあ、あたしここで一人お留守番?」

トモ 「頑張ってね」

コトミ「・・・あたしも行く」

ユウコ「うん。みんなで行こうよ」

トモ 「そうね。じゃあ、せっかくだから、一番上のトイレまで行こうか」

コトミ「なんで!?」

トモ 「肝試し」

ユウコ「肝試し?」

コトミ「よーし、OK! びびった奴負けね」

トモ 「いきなり負けないようにね」

ユウコ「あたし、そういうの駄目なんだけど」

コトミ「いいからいいから! さぁ、漏らさないうちにレッツゴーーー」


   コトミの勢いに圧されるように、トモとユウコとコトミは舞台から去っていく。
   音が完全にしなくなったのを確かめて、掃除道具入れの扉が開く。


ヨシヒト「・・・なんだったんだあいつら・・・・ここの卒業生か? 最近の女子高生は度胸あるなぁ」


   いいながら、少女の荷物に近づいて。


ヨシヒト「酒がどうこうって言ってたな・・・・なんだ、安物か」


    ヨシヒトはワインを戻しながらも、ふと感慨深く。


ヨシヒト「しっかし、花が教師になっていたとはなぁ。
     あ、でも花園って名前もそんな珍しくないのか・・・?」


    ヨシヒト、ふと悩む。と、そこへ場違いな音楽が聞こえてくる。
    思わずびくりとして、ヨシヒトは掃除道具入れに逃げ込もうとする。
    だが、それより先に、ジュエリが教室に駆け込んでくる。
    右手にはかわいらしい懐中電灯。頭にはでかいヘッドフォンを着けている。
    どうやら、音楽はそこから漏れているらしい。
    懐中電灯を拳銃のように、両手でもって突き出すジュエリは、なぜか目を閉じている。
    音楽は徐々に小さくなっていく。途中でヘッドフォンははずす。


ジュエリ「動かないで!」

ヨシヒト「はい」


    ヨシヒト、思わず両手を上に上げた。


ジュエリ「この場所をどこだと思っているの? 神聖なる学校なのよ!
      いくら寒いからって学校で一晩を過ごそうなんて考えちゃ駄目。
      そんなことを考えるくらいだったら、せめて私が当直じゃないときにして〜」

 
    ジュエリの言葉に苦笑して、ヨシヒトはジュエリへと向く。
    なぜか両手を上に上げたまま。


ヨシヒト「ああ、やっぱり花だ」

ジュエリ「なぜ、私の名を? あなたは誰!?」

ヨシヒト「俺だよ。多田野」

ジュエリ「(聞いちゃいない)もしかして、学校に潜入したのは私が目的? 
     何か私あなたに酷いことをしたの?
     それともストーカー? 変質者? なんで私ばっかり不幸なのぉぉぉ」

ヨシヒト「いや、だから、覚えてんだろ? 多田野」

ジュエリ「ただの何よ! 知らない知らない。私はなにも知らないの。私は教師でしかないんだから」

ヨシヒト「とりあえず、目を開けろよ」

ジュエリ「命令しないで!」

ヨシヒト「いや、でも」

ジュエリ「言われなくても、目ぐらい開けるわよ。(目を開けて)それで、
     次は一体どういう命令をするわけ? 
     脱げって言われても脱がないわよ! って、ヨッシーーー!!」

ヨシヒト「気づくの遅いっつーの!」

ジュエリ「なんで、なんでこんなとこにいるの? 
     いやだ、ヨッシーだったら初めからそう言ってくれればいいのに」

ヨシヒト「だからなんども言ったろ? 多田野だって」

ジュエリ「それだったら、下の名前で言ってくれればいいのに。ヨッシーの名前ってわかりにくいのよ。
      『多田野』なんて言われても、後に言葉が続くみたいじゃない。
      『ただのサラリーマンです』とか」

ヨシヒト「・・・お前、人がせっかく下の名前で呼ばないようにしてやっているのに、
     そう言うこというわけ? 
     今度っからは名字じゃなくて、名前で呼ぶよ?」

ジュエリ「それで? なんでヨッシーてば、こんな所にいるわけ? しかも・・・・なに、この大荷物」

ヨシヒト「流したな・・・ああ、それは俺のじゃなくてだな」

ジュエリ「(聞いちゃいない)ホームレス? ホームレスなのねヨッシー!  
     それで、寒い夜を過ごすために一晩だけでもって・・・あれだけ言ったでしょ! 
     保証人にはなるなって!」

ヨシヒト「誰がホームレスだ! ・・・俺の荷物じゃなくて、この学校の卒業生のだよ」

ジュエリ「じゃあなに? ここに、ヨッシーの他にもうちの生徒が侵入しているって事?」

ヨシヒト「そういうこと」

ジュエリ「なんで、私の時にかぎって!?」

ヨシヒト「お前だから、みたいな話しをしていたぞ」

ジュエリ「私、だから?」

ヨシヒト「ああ、とりあえず掃除道具入れに隠れていたんだけどさぁ」

ジュエリ「ヨッシー得意だったものね。隠れるの」

ヨシヒト「ほっとけ。そしたら、何人かの女の子達が話してたんだよ。(かわいらしく)
     『今日は花ちゃんだから大丈夫よ〜』って」

ジュエリ「きもっっ」

ヨシヒト「いや、そっちに反応するのかよ」

ジュエリ「ってもしかして、私、舐められてる!?」

ヨシヒト「っぽいね」

ジュエリ「そんなぁ。せっっっかく、学校では清楚なお嬢様♪ を、無理矢理でも演じていたのに」

ヨシヒト「また、そんな無駄なことを」

ジュエリ「無駄じゃない! なんていうのかなぁ。体に染みついた血がそうさせているのよ!」

ヨシヒト「わかったわかったからもういい。とりあえず、どうするんだよ」

ジュエリ「・・・・(溜息つきつつ)校長にどう対処すればいいか電話してくるわ」

ヨシヒト「なんだよ。こいつら卒業旅行みたいなことしているだけで、
     別に問題起こそうとしているわけじゃないぞ」

ジュエリ「(ワイン瓶を持ち上げ)これでも?」

ヨシヒト「俺らも、文化祭の打ち上げで飲んだりしたろ?」

ジュエリ「・・・・じゃあ、例え話として電話してくるわ。『もし〜こんな人がいたらどうします?』みたいに。
     何かあってからじゃ困るし」

ヨシヒト「大変なんだな、先生って」

ジュエリ「まぁね。あんたこそ、今なにやっているのよ」

ヨシヒト「ああ、俺は」

コトミ 「(半泣き)無理だもーーーん。絶対、絶対、駄目だよ〜」

ジュエリ「(焦って)とりあえず、何か問題起こさないかみといて」

ヨシヒト「OK まぁ、見るって言うか聞くだけどな」


   ジュエリ軽く頷くと、舞台から去っていく。
    ヨシヒトは慌てて掃除道具入れに隠れる。
    舞台に、コトミが半べそで駆け戻ってくる。


コトミ「無理だよ。暗いトイレなんて。電気つけてもいけないなんてさぁ。絶対、絶対、幽霊いるって。
    こんな夜中のトイレ、お化けに妖怪も勢揃いだよ〜」


    少し呆れた顔で、トモが舞台に登場する


トモ 「そのわりには、走って戻れるだけの度胸あるじゃん」

コトミ「だって・・・この教室は電気ついているから」

トモ 「ふぅん。でも、教室だって幽霊出ないわけじゃないでしょ」

コトミ「大丈夫。こんな明るいんだし」

トモ 「いきなり、掃除道具入れがばかーって開いたり」


   コトミはトモの言葉に、思わず掃除道具入れを見る。
    ヨシヒトも二人の言葉に思わず焦る。


コトミ「だ、大丈夫。そんなときは・・・」


    コトミは言いながら思いっきり掃除道具入れを殴り飛ばす。


コトミ「こうやって、扉を閉めておけばいいから」

トモ 「・・幽霊より、あんたが怖いわ」

コトミ「そういえば、ユウコは?」

トモ 「コトミの方が心配だから行ってくれって」

コトミ「ユウコは優しいねぇ」

トモ 「ついてきて上げた私には何も言うこと無いわけ?」

コトミ「・・・そうやって、おびえている可哀想な友人を睨むところがトモらしいよね」

トモ 「誉め言葉だと思っておくわ」

コトミ「全然誉めてないから」


    苦笑しつつ、コトミはふと辺りを見る。
    少しの間の後、突然言い出す。


コトミ「この教室も、なにもないよね」

トモ 「まぁ、4月になれば新しい三年生が使うわけだしね」

コトミ「ワックスまでかかって・・・古い机は新しい机と変えられちゃったし」

トモ 「・・・・」

コトミ「なんだか、私たちが過ごした一年なんて、無かったみたい。
    まったく、他人の教室になっちゃった」

トモ 「大丈夫よ」

コトミ「何が?」


    トモは、カバンの中から彫刻刀入れをとりだし。


トモ 「彫刻刀、持ってきたわ」

コトミ「さっすがトモ! 考えてる〜!」

トモ 「当然」

コトミ「んじゃあとで彫ろうね。3人の名前をでっかくさ」

トモ 「ええ」

コトミ「なんだかワクワクしてきた。早く乾杯したいなぁ〜 ・・・てか、ユウコ遅くない?」

トモ 「・・・・・おびえていたりして」

コトミ「それ、かわいそすぎ。もう少しして来なかったら、迎えに行って上げようよ」

トモ 「今すぐじゃなくて?」

コトミ「ふふん。ちょっとね。いたずら、考えた」

トモ 「いたずら?」

コトミ「そう。ユウコのカバンの中身をあらかじめ見て置いて、ユウコが帰ってきたら、
    エスパーみたいに中身を当てるの」

トモ 「幼稚ねぇ〜」

コトミ「ユウコってこういうのすぐ引っかかるから。絶対驚くと思う」

トモ 「あのこ、占いとか心理テストにも弱いしね」

コトミ「そうと決まったら、早速カバンちぇーっく♪」


    コトミは意気揚々と、ユウコの鞄を開ける。
    トモは顔では「よしなさいよ」というような顔をしながらも、
    興味津々でカバンの中身を覗いたり。


コトミ「うわぁ。お菓子にお弁当・・・・水筒まで入ってる」

トモ 「しまった。私、水筒忘れたわ」

コトミ「大丈夫。あたし持っているし。・・・ああ! 本はっけーん。「不思議の国のアリス」」

トモ 「ルイス・キャロルね。ユウコらしいわ」


    コトミ、ふと、その手が止まる。
    カバンの中に発見してしまったものを見て、驚きで動きが止まっているのだ。


トモ 「・・・? どうしたの?」

コトミ「いやぁああん」


   ちょっと色っぽく言いつつ、コトミが取り出したのは、ブラジャー。
   トモがどこか遠くを見て、見ないフリをしているうちに、自分の胸元に当てたりしている。


トモ 「あの子、汗っかきだからねぇ・・・って、なにやってるの」

コトミ「・・・微妙に負けた」

トモ 「馬鹿なことやってないの」

コトミ「はぁい」


    コトミ、ブラジャーをカバンにしまい、さらにあさる


コトミ「え・・・・」

トモ 「今度はどうしたのよ? また、ばかばかしいのだったら怒るわよ」

コトミ「・・・・・こんなん、入っていたんですけど」


    ゆっくりと、コトミはカバンから細長い封筒を取り出す。
    そこにはでかい文字で、太く、『遺書』と書かれていた。


トモ 「・・・い・・・・しょ?」

コトミ「やっぱ、そう読めるよね?」

トモ 「ちょっとかして」


   トモはコトミから遺書をひったくるように取ると、中の紙を引っぱり出す。


トモ 「遺書。平野裕子・・・私は、もう生きることに疲れました」


    トモの声に重なるように、ユウコの声が舞台に流れる。
    トモは、やがて口パクだけになり、舞台に流れる声はユウコの声だけに……


ユウコ(声)「私は、もう生きることに疲れました。同じ事だけの毎日。代わり映えのない日々。
        大学に入ったのはいいけれど、何の目的もない私自身。
        そんな日常から逃げたいんです。
        お父さん、お母さんには本当に悪いことをすると思っています。どうかお許しください。
        ・・・別にいじめられていたとか、仲間はずれになっていたわけではないんですよ? 
        高校3年間はとても楽しかったし、友達もいい人ばかりでした。
        ・・・・だから、ここで終わりにしたいんです。先立つ不幸をお許しください。」


    トモは読み終わった遺書をもう一度読み直している。
    コトミは訳が分からないと行った表情で、じっと遺書を見つめる。
    そして、掃除道具入れの中で、ヨシヒトはいけないことを聞いてしまった人間のように、
    居心地悪くしながらも、動向にじっと耳を澄ませる。


コトミ「そんな・・・ユウコ・・・ねぇ、トモ、これって」

トモ 「・・・・」

コトミ「ねぇ、トモ」

トモ 「・・・(静かに遺書を畳むと、カバンの中にしまう)・・・・意外、だったわね」

コトミ「え?」

トモ 「ユウコが死にたいなんて思っているなんて」

コトミ「だよね。だよね。何か心配事があったのなら言ってくれればいいのに」

トモ 「・・・・」

コトミ「それで、どうしようか?」

トモ 「どうするって?」

コトミ「だから。ユウコが死のうとしているんだったら、あたしたちでどうにか止めて上げなくちゃ」

トモ 「どうして?」

コトミ「どうしてって・・・あたしたち、友達じゃん?」

トモ 「私たちに何が出来るって言うの?」

コトミ「そんなのわからないけど」

トモ 「だいたいなんて言うの? 『生きていた方が楽しいよ〜』とでも気楽に言うわけ?」

コトミ「そういう、わけじゃないけど」

トモ 「何もできやしないわよ。生きるか死ぬかなんて、結局当人の問題なんだから」

コトミ「・・・そんな・・・・」


    トモはそれ以上語らずに教室を出ていこうとする。


コトミ「どこ行くの?」

トモ 「ユウコを迎えに行ってくる。せめて今日くらいは、楽しい日にしたいし。
    それにはユウコがいないとね」

コトミ「じゃあ、あたしも」


    コトミも走り出そうとするが、トモが首を振る。
    あたしだけでいいというゼスチャーをしてから、荷物が出しっぱなしのユウコのカバンを指し。


トモ 「お願い」


    言ってから勝手に出ていってしまう。
    コトミはなにも言えずに、見送ってふと、ユウコのカバンの前に座ると、荷物をしまっていく。
    しばらくの間。
    ヨシヒトは、もう人がいなくなったと勝手に思いこみ、ぽつりと呟く。


ヨシヒト「シビアだなぁ。最近の高校生って」

コトミ 「だ、だれ!」

ヨシヒト「げ・・・」


   コトミは辺りを恐ろしそうに見渡し、


コトミ 「今、聞こえたよね。確かに」

ヨシヒト「いや、気のせいだと思うなぁ」

コトミ 「そっかな・・・」

ヨシヒト「うん。気のせいだよ」

コトミ 「そっか」


    コトミ、ふと納得した顔。
    ヨシヒトはあからさまに胸をなで下ろす。
    だが、次の瞬間、コトミはすさまじい勢いで掃除道具入れに近寄る。


コトミ 「そんなわけあるか! 出てこい痴漢!」

ヨシヒト「ち、痴漢とは失礼な!」

コトミ 「ここかぁ!」


    言いながら掃除道具入れをぶん殴る


ヨシヒト「こら、殴るなバカ」

コトミ 「バカって言うな! こそこそと掃除道具入れに隠れているのが痴漢じゃなくてなんなのよ! 
     やましいところが全くないんだったら、出てきなさいよ!」

ヨシヒト「分かった。分かったから、殴るな。出れないだろ!」

コトミ 「それもそうね」


    コトミが掃除道具入れから離れると、
    ヨシヒトは慎重に掃除道具入れから出てくる。


ヨシヒト「・・・今晩わ」

コトミ 「・・・で、おじさん、だれ?」

ヨシヒト「いや、怪しい人じゃないんだよ?」

コトミ 「めちゃくちゃ怪しいんだけど。こんな所に入っているし」

ヨシヒト「いや、それはね。君らが急にやってきたからで」

コトミ 「じゃあなに!? あたし達が来たときからずっと、掃除道具入れに入っていたってわけ!?」

ヨシヒト「えーと、まぁ、そうなるねぇ」

コトミ 「変態」

ヨシヒト「変態とは何だ! 俺はこの教室に用があったんだよ! 
     それなのに、君らが急に入ってきて邪魔したんだろうが!」

コトミ 「・・・じゃあなに、おじさんって泥棒!?」

ヨシヒト「なんでそうなる! この教室に何を取るものがあるんだよ」

コトミ 「ほうきとか?」

ヨシヒト「とっても意味無いから」

コトミ 「わかった。女子の体操着狙ってきたんでしょ!」

ヨシヒト「無いだろ! 体操着」

コトミ 「あったら取るんだ〜。言っておくけど、うちのジャージってだっさいよ」

ヨシヒト「知ってる。学年色だしね・・ってだから、俺はこの教室に用があったの! 
     まぁ、君らと目的は同じようなもんだ」

コトミ 「目的が同じ・・・・・もしかしてお兄さんって、うちの学校の卒業生?」

ヨシヒト「正解!」

コトミ 「うわぁああ。本当に? 本当に?」

ヨシヒト「本当に、本当です」

コトミ 「じゃあ、何期生だか、言える?」

ヨシヒト「もちろん。○○期生だ」

コトミ 「へぇ。じゃあ、たしか花ちゃんと同じだ。うちの卒業生で先生になったんだよ、花ちゃん」

ヨシヒト「ああ。花とは同じクラスにもなったこともあるよ。同じ部活だったしね」

コトミ 「まじで!? すごい偶然じゃん! 部活ってなに部だったの? 茶道部?」

ヨシヒト「まさか。演劇だよ」

コトミ 「演劇部!? へぇ・・・なんか意外」

ヨシヒト「そうかなぁ」

コトミ 「花ちゃん、どんな人だった?」

ヨシヒト「どんな人ねぇ。いやぁ、面白い子だったよ。下の名前で呼ぶと異様に怒るんだよなぁ」

コトミ 「知ってる知ってる。ジュエリなんて、珍しくていい名前なのにね」

ヨシヒト「あからさまに日本人顔だから嫌だったんじゃないかなぁ」

コトミ 「え〜私だったら嬉しいけどなぁ。だって、すぐにみんなに覚えてもらえるし。
     あたしなんて、コトミなんて普通の名前だからさぁ」

ヨシヒト「普通かそれ? いや、いい名前じゃない。なんか、可憐で」

コトミ 「・・・名前負けしてる?」

ヨシヒト「いやいや、ぜんっぜん!」

コトミ 「そう言えば、おじさんの名前は?」

ヨシヒト「(あからさまに誤魔化すように)それよりも、さっきこの中で聞いちゃったんだけどさ」

コトミ 「何を?」

ヨシヒト「・・・自殺するって話し。遺書を、読んでいただろう? あの遺書は・・・?」

コトミ 「・・・読んだのはトモだよ。あの遺書はユウコの・・・」

ヨシヒト「二人とも、友達なの?」

コトミ 「そう、親友。高校一年の時同じクラスでさ。それからずっと一緒」

ヨシヒト「・・・・そのわりには、ずいぶん冷たいんじゃないか?」

コトミ 「・・・・」

ヨシヒト「友達が死のうと思っているのに、そのまま見て見ぬフリなんて・・・・俺には、
     とてもじゃないけど出来ないな」

コトミ 「・・・・だって、だったらどうすればいいの? わからないよ。何をすればいいのか、なんて」

ヨシヒト「俺が、説得してあげようか?」

コトミ 「おじさんが?」

ヨシヒト「こういうのは、年長者が言う方が説得力あるしな」

コトミ 「そうか。うん! そうかも!」

ヨシヒト「だろ? だから、さ」


    ヨシヒトはコトミに耳打つ
    コトミは何度も頷いている。
    と、その途中でトモの声がする。


トモ  「本当、どこで迷っているのかと思ったわよ」


コトミ 「あ、トモだ」

ヨシヒト「じゃあ、コトミちゃん、お願いします」

コトミ 「まかして!」


    コトミとヨシヒト、すさまじく不自然に二人並ぶ。
    トモが舞台に現れる。その後ろからユウコが続く。
    ユウコに話している途中で、トモはコトミのとなりに立つヨシヒトに気づく。
   

ユウコ 「ごめんね。トモ」

トモ  「まったく。どこにいるのかと思ったら、ベランダから外見ているなんて・・・・って、誰?」

ユウコ 「・・・・コトミ・・・その人は?」

コトミ 「お帰り二人とも〜。えっと、この人はね」


    コトミはそこまで言ってから、自分がヨシヒトの素性をまるで知らないことに気づいた。
    ふと、心配げに見るコトミに微笑してから、ヨシヒトは二人へと向く。


ヨシヒト「初めまして。通りすがりのサラリーマンです」

ユウコ 「あ、初めまして」

トモ  「それで? なんで、通りすがりのサラリーマンが、こんな所にいるの?」

ヨシヒト「実は、俺もこの学校の卒業生でね。つい、懐かしさに忍び込んでみたら・・・というわけ」

コトミ 「つまり、お仲間さんなんだよ」

トモ  「ただの、変質者じゃないの?」

ヨシヒト「君らは皆同じ事を言うなぁ」

ユウコ 「すいません。私も、同じこと思いました」

ヨシヒト「いやいや、いいんだよ。そう思われても仕方ないし。
     でもね、俺は正真正銘ただのサラリーマンです。
     そうだな。花の知り合いって事で許してくれない?」

トモ  「花ちゃんの?」

コトミ 「元同級生なんだって。しかも、部活も同じ」

ユウコ 「へぇ。あの先生ってなに部だったの?」

コトミ 「なんと驚き、演劇部よ」

ユウコ 「本当に!?」

トモ  「結構意外なところついてきたわね」

ヨシヒト「そうかな? 結構そのまんまだろ? 花って、なんだか演劇人ぽいじゃん?」

ユウコ 「どっちかっていうと、お嬢様っぽいほうだから」

ヨシヒト「お嬢様!? それは、猫をかぶっているだけだって」

トモ  「そう言われてみれば、少しわざとらしいところはあるかもしれない」

コトミ 「そうそう、ユウコも演劇部だったんだよ」

ヨシヒト「へぇ・・・・君も・・・」

トモ  「それで! この人、なんなの?」

コトミ 「あ、えっとね。だから」

ヨシヒト「君たちのパーティーに混ぜてもらえないかなぁっておもって」

トモ  「お断りします」

コトミ 「えええ、いいじゃん別に」

トモ  「あのね。これは、私たちの卒業記念旅行in母校なのよ」

コトミ 「この人だって、うちの卒業生だしさぁ」

トモ  「コップだって人数分ないし」

ユウコ 「あ、水筒のコップでよければあるよ」

トモ  「・・・箸だって」

コトミ 「実は、人数より多く持ってきていたり」

ユウコ 「別に追い出すことはないと思うんだけど」

コトミ 「人数多い方が楽しいしさ」

ヨシヒト「だ、そうですが」

トモ  「わかったわよ! ・・・その代わり、ここで何かあったらおじさんが責任取ってくださいね」

ヨシヒト「・・・分かりました」

コトミ 「じゃあ、パーティ始めよう♪」


    コトミは言葉とともに、ラジカセを取り出す。
    流れ出すメロディとともに、紙コップに酒を注ぎ出す面々。
    その間にユウコは自分のカバンの中身が一部出ちゃっていることに気づく。
    しかし、その仕草を外には見せずに騒ぎに加わる。


四人 「かんぱーい♪」


    声とともに高らかに上げられた紙コップは綺麗に合わさり(一つだけ水筒のふた)
    飲み物を飲んだり食べたりのパーティが続く。
    そして、しばらくしてから。
    音楽が徐々に小さくなり。


ヨシヒト「しかし、君らはすごいね。俺が高校を卒業したときは、
     まさか校舎に忍び込もうなんて考えもしなかったよ」

トモ  「発案者はコトミです」

コトミ 「だって、誰もいない学校の夜なんて、ちょっと体験できないじゃん♪ ねぇ?」

ユウコ 「あ、私は、部活の合宿があったから」

トモ  「別に、体験したいとはあまり思わないけどね」

コトミ 「なによ〜。始めに乗ってきたのはトモじゃん」

トモ  「教師の裏をかくというのが面白そうだから乗ってみたのよ。どうせ、浪人したことだし、
     もし見つかって大学合格取り消し〜なんてなっても、怖くないしね」

コトミ 「げ・・・・やっぱ、捕まったら、そうなっちゃうかな?」

ヨシヒト「俺の代では、卒業した後、学校の窓ガラス割った奴らは、合格取り消しになっていたなぁ」

コトミ 「校舎に入っているくらいじゃ、大丈夫だよね?」

トモ  「さあ? 私には関係ないし」

コトミ 「ええぇええ。んじゃあ、もし捕まりそうになったら、まずトモを置いて逃げよう。ね、ユウコ」

ユウコ 「・・・・私、別に入学取り消しになってもいいかも」

コトミ 「え・・・・」


    間


ユウコ 「なんてね」

コトミ 「も、もう! 冗談やめてよ〜」

ヨシヒト「さすがに、せっかく入った大学を取り消されるのは痛いよなぁ」

コトミ 「だよねぇ。お金だって無駄になるし」

トモ  「別にいいんじゃない? 特に用もない大学だったら、行かないって言うのも」

ユウコ 「・・・そう、だよね」

コトミ 「やっぱり、浪人生の言葉は違うねぇ」

トモ  「関係ない」

コトミ 「あたしなんて、大学に入れただけで満足しちゃうもん。
     それからのことは、それから考えればいいし」

トモ  「コトミらしいわね」

コトミ 「まあねぇ」

ヨシヒト「いや、それくらいに考えていた方がいいってのはあるよ。
     俺も、考え無しに専門入っちゃったけど、それでなんとかなったしね」

コトミ 「へぇ。やっぱりそんなもんなんだ?」

ヨシヒト「何とかなるもんだよ。先の事なんてさ」

ユウコ 「・・・・そうなのかな?」

トモ  「さぁ? 単純になんとかなるんだったら、私は落ちなかっただろうしね」

コトミ 「トモは仕方ないよ〜。あたしらなんかとは全然上のところ狙っていたんだから」

ヨシヒト「へぇえ。頭いいんだ?」

トモ  「浪人したんだから、頭悪いんじゃないですか?」

ヨシヒト「でもさ、頭いいところ狙って浪人したんだったら、ただ浪人したのと違うんじゃないの?」

トモ  「そうだといいな、とは思います」

コトミ 「大丈夫だよ〜。トモだって、何とかなるって。一年頑張れば次は大丈夫だよ」

ユウコ 「なんとかなって、どうするの?」

コトミ 「え?」

ユウコ 「何とかなったって。それで何となく生きていたって・・・あんまり意味、無いと思う」

コトミ 「ユウコ・・・」


    コトミとヨシヒト顔を見合わせて一つ頷く。
    トモは関係ないと言いたげな顔で飲み物を口へと運ぶ。


ヨシヒト「生きているだけで意味はある!」


    思わずヨシヒトを見るユウコとは別に、
    ヨシヒトは乗ってきたのかどんどん言動が派手になっていく。


ヨシヒト「なんとなく生きていたっていいことがあるさ。・・・俺なんて高校出て、何となく専門入って、
     んでもって何となく就職して、・・・・それでも生きてこれたんだから。
     面白い事なんてそこら中に転がっているよ、きっと。・・・・・
     人間なんていつ死ぬか分からないんだから、・・・・そのいつか死ぬまでは頑張って生きて、
     生きていなくちゃいけないんじゃないかな?」
ユウコ 「そんなもんでしょうか?」

ヨシヒト「そうだって。俺だって、正直何で生きているか分からないんだけどさ。毎日、いいことないし。
     仕事だって慣れてきたのはいいけど、なんだか毎日同じ事の繰り返しだし。
     こんなはずじゃなかったなぁと思うことばかりだし、ぶっちゃけさぁ、
     生きていても仕方ないだろう? 
     とか思うことはあるよ? てか、マジ、何で生きているんだろう、俺・・・」

コトミ 「(慌てて肘打ちしながら)説得してないよ、おじさん」

ヨシヒト「(ああ、と気がついて)でもさ! 俺だって生きているんだし。
     とにかくさ生きているって事はね、
     それだけでありがたいことだって思うんだ。だから」

トモ  「死にたければ、死ねばいいのよ」

ヨシヒト「え――?」

ユウコ 「トモ?」

トモ  「死にたければ死ねばいいの。生きている人間は生きていたいから生きているんだから。
     もし、死にたいんだったら死ねばいいだけ。別に誰に縛られているわけじゃないでしょ?」

ヨシヒト「いや、だけどね。命って言うのはさ」

トモ  「それは結局きれい事でしょ?」


    間


コトミ 「でも、私は寂しいよ・・・・・友達が死んじゃったら、哀しいよ」


    間


ユウコ 「ちょっと、酔っちゃったかな。・・・夜風、あたってくるね」


    ユウコが静かに立って舞台から去る。
    しばらく、誰もなにも言い出さない時間が過ぎる。
    コトミが、ぽつりと呟く。


コトミ 「役立たず」

ヨシヒト「面目ない」

コトミ 「生きていることのすばらしさをとくんじゃなかったの?」

ヨシヒト「そのつもりだったんだよ。だけど」

コトミ 「だけど?」

ヨシヒト「言っているうちに、自分でも分からなくなっちまった」

コトミ 「なにそれ」

ヨシヒト「俺だって、別に生きたい! ってそんな熱心に思っているわけじゃないから」

コトミ 「・・・・なんで、トモあんなこと言ったの?」

トモ  「あんなことって?」

コトミ 「死にたければ死ね、なんて。ユウコが死んじゃったらどうするの?」

トモ  「言ったでしょう? 生きるか死ぬかなんて、結局当人の問題なんだって」

コトミ 「だけど、私たち友達じゃん」

トモ  「友達だからって、人の生死に口出しする権利なんて無いでしょ?」

ヨシヒト「それでも、ユウコさんが死んでしまったら、君は寂しいだろう?」

トモ  「・・・・・」

ヨシヒト「それだけで、死ぬのを止める権利にはなるんじゃないかな」

トモ  「・・・・私だってユウコに死んで欲しいなんて思っているわけじゃない」

コトミ 「そんなの分かっているよ。だから」

トモ  「だからって! 私たちに何が言えるの!? 言葉なんていくらかけたって無駄よ」

コトミ 「そんなこと」

トモ  「私だって死にたいと思ったことくらいある」


    言いながらトモは立ち上がる。
    ふと、その手が左腕に触れる。そこにはリストバンドがあった。


コトミ 「トモ・・・」

トモ  「受けた大学全部落ちて・・・親にはしかられて、親戚には嫌味を言われて・・・
     何で生きているんだろうなんて、悩んだことぐらい、ある」

コトミ 「そんな、トモは(何も言ってくれなかったじゃん)」

トモ  「乗り越えるしかないのよ。一人で。私はそうしたから」


    トモは言い残すと舞台から去る。
    コトミは追いかけようと悩むがそれが出来ない。


コトミ 「どうしちゃったんだろう 私たち・・・・さっきまで、うまくいってたのに」

ヨシヒト「やっぱり、人の生死って言うのは重たいんだよ」

コトミ 「だけど、せっかく一年生からずっと仲良かったのに・・・
     ユウコなんて3年間同じクラスだったんだよ」

ヨシヒト「へぇ。珍しいね」

コトミ 「でしょ? トモは一年の時だけ同じだったけど、三年では選択授業が同じだったし。
     いっつもあたし達一緒だったのに。お昼食べるのも、帰るのも。運動会一緒にサボったり、
     修学旅行で班が違うのに一緒に行動したり」

ヨシヒト「いいな。なんかそう言う友情って」

コトミ 「あたしら本当に仲良かったんだよ。
     高校卒業したってずっとずっと一緒にいようねって。だけど、
     卒業式の日にはやっぱりさびしくって泣いちゃって。バカみたいだよね? 
     その次の日にはみんなで遊びに行く約束までしてあったのにだよ?」

ヨシヒト「そんなもんだよ」

コトミ 「それなのに、あたし、ユウコが死にたいほど悩んでいるって、知らなかった」

ヨシヒト「・・・・・」

コトミ 「トモだって悩んでいたのに、私全然知らなかった。こんなの、友達だっていえないよね? 
     ・・・・もう、あたしたち、駄目なのかな?」

ヨシヒト「・・・俺には、そこまで悩める友達はいなかったからな。
     ・・・でも、それだったら余計に、ユウコちゃんが死ぬのを止めなきゃいけないと思う」

コトミ 「そう、だよね」

ヨシヒト「もう一回、それとなく説得してみるかな・・・・でも、俺説得苦手なんだよなぁ」

コトミ 「私も。なんだか難しいこと考えると一杯一杯になっちゃって」

ヨシヒト「トモさんなんか説得うまそうなんだろうけど、無理だろうね」

コトミ 「うん」

ヨシヒト「とすると、後は・・・花、か」

コトミ 「花ちゃん?」

ヨシヒト「あいつ、あれで結構演技うまいしな。そういえば、電話するって言ってたわりには遅いな・・・」


    ヨシヒトが呟くのと同時に、電話機を抱えたジュエリが舞台へ入ってくる。
    電話機は古いタイプの電話。電話線が長く伸びていて、全部は見えない。


ジュエリ「だから言ってますでしょ、た、と、えだって。違う! 田辺なんて言ってません! 
      例え! え? たとえのわりには話しが具体的すぎる? それは何せ国語教師ですから。
      話を作るのは得意なんです! 
      だ〜か〜ら、別に当直が嫌だから言っているわけがないって言っているでしょう? 
      ・・・誰が田辺先生だ! 寝ぼけてろじじい!」


    ジュエリは思い切り電話を切る。
    そしてまずヨシヒトに気づき。台詞の途中でコトミに気づく(ので、調子がいきなり変わる)


ジュエリ「だめ。校長寝てる。まったく。危機管理が出来てないわよね・・・・
      あら、学校で宴会やっているって言う卒業生ってあなただったの? えっと、確か横田さん」

コトミ 「横津田です」

ジュエリ「そうそう。横津田さん。名前が珍しいから覚えていたのよ」

ヨシヒト「今、間違えたろ」

ジュエリ「(一瞬睨むが無視して)それじゃあ、横津田さんの友達で学校にお泊まり会ってこと? 
     いつもの、3人組で」

コトミ 「・・・・そうです」

ジュエリ「そうなの〜。とりあえず、しっかりと黙っているから。
     あなたも、学校に泊まったなんて事は口外しないでねぇ。私の首が掛かっているの」

コトミ 「あ、はい。・・・・・先生、なんかいつもと調子が違うんですね」

ジュエリ「そりゃあ、いつもだったら『まぁ、なんて事! こんな怖そうな場所にいらっしゃるなんて!』
     とか言うんだけどね」

ヨシヒト「誰だよ、そのキャラ」

ジュエリ「(ヨシヒトを指し)昔の知り合いがいるとやりにくくて。恥ずかしいし」

コトミ 「あ、でも、こっちの方が話しやすくていいと思う」

ジュエリ「そう? なら、来年はこれで通そうかなぁ・・・来年かぁ」

    ジュエリは言いながら電話機を床に置く。
    と、電話はするすると舞台袖へと去っていく(誰かに引いてもらいましょう)

ヨシヒト「来年に何かあるのか?」

ジュエリ「うーーん。なんか、来年担任持たされるっぽくてね」

ヨシヒト「へぇ。すごいじゃん」

ジュエリ「自信ないのよ〜。一年もつか不安で」

ヨシヒト「今の子は難しいもんなぁ」

ジュエリ「そうそう・・・って、そんなことより。あんたらなにやってたの? 他の子たちは?」

ヨシヒト「いや、それがな」

ジュエリ「まさか!」

ヨシヒト「へ?」

ジュエリ「あんた、自分が掃除道具入れに入っていたことを根に持って、今度は女の子達を」

ヨシヒト「ちっがーう!」

ジュエリ「まさか!」

ヨシヒト「今度は何だ」

ジュエリ「(新聞記事のように)恐怖の変質者いたいけな少女達をかたっぱしから」

ヨシヒト「ちっがーーう!!」

ジュエリ「じゃあ、まさかぁ!」

ヨシヒト「ちっがーーう!」

コトミ 「あの、ユウコは夜風にあたってくるって。トモは・・・どこ行ったかよく分からないけど」

ジュエリ「なぁんだ。まぁ、そんなことだろうとは思ったけど」

ヨシヒト「・・・お前は、俺で遊んでそんなに面白いか」

ジュエリ「うん」

ヨシヒト「(溜息)こっちはこっちで大変だったんだよ。
     お前の力を借りたいってついさっきまで思ってたのによ」

ジュエリ「私の力ぁ?」

コトミ 「おじさんが、花ちゃんならユウコを説得できるかもって」

ジュエリ「・・・ヨッシー、おじさんって呼ばれてるんだ?」

ヨシヒト「そこに反応するのかよ」

コトミ 「だって、名前知らないし」

ヨシヒト「いいんだよ。もう」

ジュエリ「あのね、横津田さん」

ヨシヒト「やめろよ」

コトミ 「あ、コトミでいいよ」

ジュエリ「コトミちゃん。この人はね、多田野」

ヨシヒト「あーーあーーーあーーー」

ジュエリ「多田野」

ヨシヒト「あーーあーーあーーー」

ジュエリ「うるさい」

ヨシヒト「いいんだよ、知らなくて」

コトミ 「知ってるよ?」

ヨシヒト「えぇ!?」

コトミ 「ただのサラリーマンなんでしょ?」

ジュエリ「(笑って)ただのサラリーマン!? そりゃそうだぁ」

ヨシヒト「いいから、もう次行こうぜ」

コトミ 「え? 違うの?」

ジュエリ「『多田野』は名字なのよ。まぁ、単なるリーマンってのはあってるみたいだけど」

コトミ 「え、あ。・・・ごめんなさい」

ヨシヒト「もういいよ。それより、ユウコさんのことだ」

コトミ 「あ、うん」

ジュエリ「何が起こったって言うのよ?」

ヨシヒト「実は・・・・」

ジュエリ「実は?」

ヨシヒト「(真剣に)かくかく、しかじか」

ジュエリ「(同じく真剣に納得したように)まるまる、うまうま」


    間


コトミ 「え・・・・今ので、分かったの?」

ジュエリ「分かる分けないじゃん」

ヨシヒト「いや、伝わるかなぁって」

コトミ 「まじめにやってよ!」

ヨシヒト「了解・・・・実は」


    舞台は一瞬暗くなる。
    どうやら少しの時間が流れたらしい。
    わざとらしい音楽なども入れてみたい(ドラクエ宿屋とか)
    照明が再び明るくなる頃には、ジュエリが納得顔になっている。


ジュエリ「なるほどね・・・・って、大問題じゃない・・・よりによって私が当直の日に・・・」

ヨシヒト「よりによって俺が学校に来た日に限って、だ」

コトミ 「なんとか、止めれないかな」

ジュエリ「・・・・・わかった」

コトミ 「え?」

ジュエリ「そう言うことなら一肌脱ごう!」

ヨシヒト「やってくれるのか?」

ジュエリ「卒業したとはいえ、うちの学校の生徒が自殺しようと考えているなんて、
     止めなきゃやばいっしょ」

ヨシヒト「お前の責任問題にもなるもんな」

ジュエリ「そう言うわけじゃないわよ。なんて言うのかなぁ。『俺の生徒は俺が守る』みたいな」

ヨシヒト「誰だよそれ」

コトミ 「どうしたら、いいのかな?」

ジュエリ「そうね。とりあえず、3人で計画を立てましょう」


    ジュエリの言葉にヨシヒトとコトミは頷く。
    徐々に部屋の中は暗くなっていく。
    と、それと同時に舞台の端に照明があたる。
    舞台の面々は考える姿勢でストップモーション



    そこはベランダ。
    ユウコが舞台に現れ、ぼんやりと空を見ている。
    しばらくして、トモが現れる。
    ユウコの後ろ姿だけ見て少し安心した顔。
    どうやら、結構さがしていたらしい。


トモ 「・・・ここにいたのね」

ユウコ「トモ・・・どうしたの?」

トモ 「ただ、夜風に当たりにきただけよ」


    トモはユウコの隣りに立って空を見上げる。
    ユウコはなんだか不安そうにトモを見る。
    けれど、トモはその視線に気づかない振りをしている。


ユウコ「今日、まだ風冷たいね」

トモ 「そう?」

ユウコ「うん」


    ユウコがふとトモを見る。けれど、トモは空を見ている。
    ユウコがあきらめてまた空を見始める。
    と、トモが伺うようにユウコを見る。ユウコは空を見ている。
    トモもあきらめて、空を見る。
    二人、空を見つめたままで


トモ 「夜中の学校も楽しいわね」

ユウコ「え?」

トモ 「夜中の学校よ。暗くて。寂しくて。・・・・なんだか、楽しいわよね」

ユウコ「・・・・うん」

トモ 「私たちが毎日ここで過ごしていたなんて、嘘みたい。・・・信じられる?一日の約三分の一を、
    この校舎で過ごしていたなんて」

ユウコ「・・・あっというま、だったね」

トモ 「そう。まるで夢みたいに。・・・だから、覚めないで欲しいってつい願っちゃう」

ユウコ「・・・・トモが?」

トモ 「意外?」

ユウコ「だって、トモはいつも勉強ばかりだったし。学校の行事だって」

トモ 「確かにそういうのは好きなんじゃなかったけど・・・なんとなく。うまく、私も言葉に出来ない」

ユウコ「・・・・・うん。わかるよ」

トモ 「ありがとう。・・・・・でも、覚めない夢なんてないものね。不思議の国へ行ったアリスが、
    やがて目覚めてしまったみたいに」

ユウコ「・・・・・・」

トモ 「そして、私たちは生きていかなくちゃいけないのよね」

ユウコ「・・・・・・・そう、なのかな?」

トモ 「さぁ?」

ユウコ「さぁって」

トモ 「私にはわからないわ。でもね」

ユウコ「でも?」

トモ 「もしも・・・あなたが死んだら、私は哀しくて泣くと思う」


    ユウコは思わずトモを見る。
    トモは空を見上げたまま
    ふと、二人の反対側に照明がつく。
    そこにはストップモーションから飛び出たコトミがいる。


コトミ「ユウコ〜 トモ〜」

ユウコ「コトミの声・・・?」

トモ 「(苦笑して)たく。でかい声ね。なにも悩みがないようで羨ましいわ」

ユウコ「・・・そんなことないよ」

トモ 「え?」

コトミ「まったく。二人どこ行ったのかなぁ?」

ユウコ「私だって、トモだって、コトミだって・・・抱え込んでいるもの、一つはあるもの。きっと」

トモ 「・・・そうかもね」

コトミ「ねぇ〜 ユウコ〜 トモ〜 戻ってきてよぉ」

ユウコ「・・・・まぁ、ない人もいるかもしれないけど」

トモ 「言うと思った。・・・・いこう?」


   トモの言葉にユウコはうなづき、
    二人同時に


ユウコ「はいはい。今行くよ」

トモ 「はいはい。今行くから」


    そうして舞台に振り返った瞬間、照明がすべてつき、舞台は教室に戻る。
    見ると、ヨシヒトとジュエリはなんだか不思議なポーズ
    (これから始まる説得劇にもう役が入っている)
    コトミは嬉しそうに、二人に近づき。ややぎこちない台詞になる


コトミ「よかった〜二人戻ってきてくれて。今、微妙に大変なときだったんだよ」

ユウコ「微妙に大変?」

トモ 「てか、あんた何でそんなに台詞が棒なの?」

コトミ「えっと、ソンナコトヨリ ホラ ミテゴランヨ?」


   コトミはわざとらしく言って舞台を指す。
    その瞬間、劇は始まる。


ヨシヒト「(わざとらしく)俺はもう駄目なんだ! 死んじまうしかないんだよぉ」

ジュエリ「(さらにわざとらしく)何を言っているの! 死んでどうなるっていうのよぉぉお」

ヨシヒト「(わざとらしく)生きてたって! なんのいいことあるものかぁよぉ」

ジュエリ「(わざとらしく)そんなこと無い! そんなこと無いわよぉ」


   ジュエリの言葉と共に二人不自然に止まる。


トモ  「なにこれ?」

ユウコ 「どうしたの? 花ちゃんまでいるし」

コトミ 「駄目だよ! 二人とも真剣なんだから、ほら、離れて見よ」

トモ  「真剣? これが?」

ヨシヒト「(ジュエリに)おい、いつまで止まっているんだよ」

ジュエリ「(ヨシヒトに)台詞、次あんたでしょ」

ヨシヒト「(ジュエリに)バカ、お前まだ言い終わってないよ。ほら、生きていれば」

ジュエリ「あ、そうだった」



トモ  「本当に真剣なの?」

コトミ 「マジだって! ほら、二人とも下がって下がって」



ジュエリ「(わざとらしく)生きていれば、きっといいことがあるわ。
     死んでしまえば、それまでじゃぁないのぉぉ」

ヨシヒト「(すこしわざととれながら)どうせ、誰も俺なんて必要としてないんだ。
     それなら思い切って、しんでしまえばいいじゃねぇかぁ」

ジュエリ「(わざとらしく)何言っているのよ。そんなことないわよ。
     必要とされていない人間なんて、いないのよ。
     あなたにだっていつか必要としてくれる人が出来る。ううん。今もいるのよ。
     ただ、あなたはそれに気づいていないだけ」

ヨシヒト「・・・・」

ジュエリ「ヨッシー、台詞、台詞」

ヨシヒト「・・・・」

ジュエリ「ヨッシー?」

ヨシヒト「本当に、そうなのか?」

ジュエリ「そんな台詞ないでしょ!」

ヨシヒト「本当に、必要とされていない人間なんて、いないのか?」

ジュエリ「ヨッシー?」

ヨシヒト「毎日毎日同じ仕事の繰り返し。新入社員と同じ机並べてさ。
     初めは『先輩、先輩』って言っていた奴が、
     いつの間にか出世コースに乗っかったりしているんだぜ? ・・・だからって仕事を休んでも、
     別に俺がやるくらいの仕事なんて誰だって出来るんだ。・・・・高校の時なんか、
     唯一の男の部員だからって、『役下りたら殺す』まで言われたって言うのにな」

ジュエリ「・・・だから、学校に来たの?」

ヨシヒト「・・・ああ。ここに来たら。なんか、あの時の力もらえるような気がして」

ジュエリ「何言っているのよ。まだ若いのに」

ヨシヒト「そりゃ、そうだけど・・・・なぁ、いつかって、いつ来るんだろうな。
     ・・・・お前達も、そう思うだろ?」

コトミ 「あたしたち?」

ヨシヒト「高校3年間、友達もできて、思い出もできて、楽しくて・・・・
     でも、卒業で、これからいつ、楽しい思いをするんだろうなんて思うだろ。
     本当、いつかなんて、いつ来るんだろうな」

ジュエリ「そんなの・・・」

ヨシヒト「自分でもよく分かっているよ。・・・・分かっているんだよ。
     きっと、自分を必要としてくれる人がいつかできるだろうって・・・・でも、
     終わりよければそれでいいのか?」

ジュエリ「だからって、今死んだって」

ヨシヒト「分かっている。だけど、大切なのは今なんだよ。
     そうだろう? 今が辛くてどうしようもないときに、
     「きっと」だとか、「いつか」なんて、何の役にも立たないんだよ! だから」

ジュエリ「馬鹿なこと言わないでよ! それで逃げられるんなら、
      辛くても生きている人はどうなるのよ!」

ヨシヒト「・・・・・」

ジュエリ「嫌だ嫌だって思いながらも、それでも逃げれない人はどうなるのよ? 
     押しつぶされそうな不安を抱えて、
     それでも「いつか」って信じて生きている人はどうなるのよ!」

ヨシヒト「そんな人だって、逃げればいいじゃんかよ!」

ジュエリ「逃げれる分けないでしょう? その人が・・・
     わたしが逃げたら、私が受け持つはずのクラスが、宙ぶらりんになっちゃうじゃない!」

コトミ 「花ちゃん・・・」

ヨシヒト「お前・・・・逃げたいの? なんで? だって、教師になるのってお前の」

ジュエリ「夢だったわよ。ずっと。でも、夢と現実なんて違うのよ。挫折と後悔ばっかの毎日で、
     さらにそれで来年は担任も!? ・・・・無理だって分かっているのよ。頭では。
     でも、やらなきゃ。私がやらなきゃ駄目なのよ。・・・・いいじゃない、終わりよければで。
     ・・・・逃げたいんなら、死にたいんなら、勝手に死になさいよ! 
     あんたは逃げれるんだから、勝手に逃げればいいでしょ!」

コトミ 「花ちゃん駄目!」

トモ  「それを言ったら・・・・」

ジュエリ「あ・・・・・・」


   ヨシヒトもジュエリもコトミもトモも、そろってユウコを見る。


ユウコ 「・・・・こないだね。おじさんが死んだの」

コトミ 「え・・・・?」

トモ  「・・・・おじさんって、あの、お菓子の?」

ユウコ 「・・・・うん。あの、お菓子もらった家の。・・・・・おじさんね。事故にあって・・・
      最後は植物人間だった。おばさんが延命処置望んだおかげで、
      体中にチューブ一杯つけられたまま、布団の中で眠ってた。
      ・・・・・・一度だけ、お見舞いに行ったことが有るんだ。
      動かなくて、息しているかも分からなくて。
      でも、おばさん『まだ、この人生きているのよ』って。
      ・・・・そんなの、生きているって言わないよって思ったの覚えてる。
      ・・・・そのおじさんが、死んだんだ。生きたいとか、死にたいとか、
      そんなことも言えないままで。
      ・・・・・・贅沢だよね。私たち。本当、贅沢。「いつか」なんて願ったり。
      「終わりよければ」なんて開き直ったり。
      死にたいなんて思ったり・・・・何気なく毎日過ごせて・・・それだけでいいはず、なのにね」

コトミ 「・・・うん。そうだね」

トモ  「だけどユウコそれじゃああなた・・・(死のうとしたのは?)」

ユウコ 「・・・二人とも、あたしのカバンの中、見たんでしょ」


同時に
コトミ 「へ?」
トモ  「はぁ?」


ユウコ 「花ちゃんも、おじさんも、見たんでしょ? 私のカバンの中・・・私が書いた遺書」

コトミ 「見てない。見てないよ。絶対見てない」

トモ  「へぇ、ユウコってば遺書なんて書いてたの?」

ジュエリ「私は、何にも知らないんだからね」

ヨシヒト「俺だって。俺は聞いただけだからな。見ちゃいない」

コトミ 「(ヨシヒトを指しながら)あーーおじさん!」

ヨシヒト「うわっなんてベタな!」

ユウコ 「見たんじゃん」

コトミ 「・・・・・ごめん」

トモ  「(溜息ついて)見たわ。だけど、わざとじゃないわよ。コトミが」

コトミ 「何でそこで私のせいにするの!? 声を出して読んだのはトモじゃん!」

ヨシヒト「俺はそれを聞いちゃっただけな」

トモ  「コトミが渡すからよ」

コトミ 「そんなぁ」

ユウコ 「いいんだよ。そのことは。・・・その遺書を読んだから、
      こんな手の込んだ芝居、見せてくれたんでしょ?」

ヨシヒト「バレバレってわけか」

ジュエリ「あんたの演技のせいよ。わざとくさいったらありゃしない」

ヨシヒト「お互いだろって」

コトミ 「みんな悪気はなかったんだよ。ただ」

トモ  「あなたが死ぬのを止めたかっただけよ」

ユウコ 「うん。わかってる・・・・・・あのね。あの遺書って、実は・・・おふざけなの」


    間


同時に
トモ  「はぁ!?」
ジュエリ「はぁあ!?」
コトミ 「なにそれ!?」
ヨシヒト「なんだよそれ!?」


ユウコ 「あ、そろった」

コトミ 「そろったじゃないって。なに、どういうことなのそれ? あたしよく分からないんだけど?」

ユウコ 「だからさ・・・なんていうのかな、おじさんが死んだり、学校を卒業したりで色々あったから。
     遺書でも書いてみようかなって思って」

ヨシヒト「はぁあ」

コトミ 「なぁんだぁあ」

ジュエリ「書いてみようかって、そんな軽い気持ちで!?」

ユウコ 「だって、遺書だよ? 書いてみる事ってめったにないよ、きっと」

ヨシヒト「そりゃ無いなぁ。確かに」

ジュエリ「有るわけないでしょ! 遺書なんだから」

ユウコ 「だからさ。書いてみたくて」

トモ  「はじめから、私たちが走りすぎただけって事?」

ユウコ 「・・そういうこと、になっちゃうかな、やっぱり」

ジュエリ「なんか、どっと疲れたわ」

コトミ 「でも、よかったよね♪ 遺書が本物じゃなくて」

トモ  「あんたは、いつも単純で羨ましいわ」

コトミ 「そんなことないよ。あたしだって色々考えてるって」

トモ  「どうかしらねぇ」

ユウコ 「ごめんね。心配させちゃって」

トモ  「気にすること無いわよ。うそなら、それでいいわ」

ヨシヒト「そうそう、気にするな。よかったよ。なぁ?」

ジュエリ「まぁ、そうね。これにて一件落着、か」

コトミ 「よーっし♪ パーティの再開だぁ!!」

ユウコ 「うん!」

トモ  「あんたら元気ねぇ。・・・私も当然参加するけどね」

ヨシヒト「じゃあ、そろそろ邪魔者は去るとしますか」

ジュエリ「そうね」

コトミ 「えぇえ。いいじゃん。おじさんも一緒で。ねぇ(と、二人に聞き。二人は頷く)
     ほら、みんないいって言ってるし」

ヨシヒト「そうか? ・・・じゃあ、飲み物買ってくるかな」

ジュエリ「あたしの分もお願い。今月ピンチでさ」

ヨシヒト「仕方ねぇなあ」

ユウコ 「あ!」

ジュエリ&ヨシヒト「え!?」

ユウコ 「忘れるとこだった」

トモ  「どうしたの?」

ユウコ 「(ヨシヒトを指し)名前、聞いてないですよね」

ヨシヒト「い、いいだろう、別に」

コトミ 「そういえば、私も聞いてない」

トモ  「私も」

ジュエリ「あ、そういえば私も」

ヨシヒト「お前は余計だろうがぁああ!・・・・・(溜息)ヨシヒトだよ」


3人顔を見合わせ


コトミ 「ヨシヒト? なんだ。普通の名前」

ヨシヒト「だろう?」

ジュエリ「(話しを乗っ取るように)ところがね。ヨシヒトって言うのは、よい人、
     つまり善人(ぜんにん)って書いてヨシヒトって読むわけよ」

コトミ 「(気がついちゃったらしい)あ・・・」

ジュエリ「そんでね。こいつの名字は、多い田んぼの野で、多田野なのよ」

ユウコ 「多田野・・・・ヨシヒト・・・・?」

トモ  「ただの、よい人、か」


   高校生3人、思わずヨシヒトを見て


高校生3人「あぁ、なるほど」

ヨシヒト「うるさい! だから名前を言うのは嫌なんだ。もう帰る」

ジュエリ「はいはい。さぁ、飲み物買いに行きましょうねぇ」

ヨシヒト「花だって、下の名前はジュエリのくせに」

ジュエリ「なんか言ったかなぁ? このバカが」

ヨシヒト「いて。殴るなよ・・・・・なぁ、でもさ」

ジュエリ「なによ」

ヨシヒト「先生、がんばれよ。夢だったんだからさ」

ジュエリ「・・・・分かっているわよ。あんたこそ、ホームレスなんかになるんじゃないわよ」

ヨシヒト「それこそ、余計なお世話だって」


    ヨシヒトとジュエリは舞台から去る。
    ここら辺から音楽が流れ始める。


ユウコ 「いいよね。なんか仲良くって」

コトミ 「友達なんだよね。きっと」

トモ  「恋人・・・・にはなりそうにはないものね」

コトミ 「なんせ、ただのいい人だからねぇ」

ユウコ 「それって、可哀想〜」

トモ  「ユウコ、笑って言ってたら説得力無い」

ユウコ 「あ、そっか」

コトミ 「さぁ、んじゃ、さっきの続き続きっと♪」
 

    言いながらカバンをあさるコトミ。同じように、トモもカバンをあさって飲み物出したり。
    ユウコはそれを見ながら、カバンの中身を探り、遺書を取り出す。


トモ  「・・・・本当に、嘘だったの?」

ユウコ 「え?」

トモ  「本当は、本気だったんじゃない?」

ユウコ 「・・・・・・・・・・少し、だけね。だけど」

トモ  「だけど?」

ユウコ 「あたしが死んだら、トモ、泣いちゃうでしょ?」

トモ  「・・・・少しね」

コトミ 「あたしは、めちゃくちゃ泣くよ。絶対!」

トモ  「なに競ってるのよ」

コトミ 「別に、そんなわけじゃないけどさ」


   ユウコは微笑んで、一瞬真剣な顔で遺書を見つめ、ひと思いに破る。
    思わずコトミとトモはユウコの動きに目を奪われ、互いに頷く。


コトミ 「駄目だよ〜 そんな破り方じゃ。もっと、もっと、破らないと」

トモ  「ユウコは力がないのよ。ほら、私に貸してみなさい」

ユウコ 「え、え?」


    言いながらユウコから二つに裂いた遺書をそれぞれ奪い取ると、
    二人はそれぞれに破りまくる。
    そして、同時に空へと投げ出した。


ユウコ 「あ・・・・」

コトミ 「ほら! 雪」

トモ  「ばか。季節考えなさいよ。桜よ」

ユウコ 「・・・なんだか、どっちにも見えるかも」

コトミ 「(前を見たまま)・・・・雪が降ったって、桜咲いたってさ。ずっと、いっしょだよ」

トモ  「(同じく、前を見たままで)ずっと、ね」

ユウコ 「・・・うん」

コトミ 「(振り返り)さぁ、パーティーの始まりだ!」

トモ  「(振り返り)盛り上がるぞ!」

ユウコ 「おう!」


    音楽(「三月の雪」by槙原紀之)が高鳴る中、少女達は楽しく飲み始める。
    買い物袋を下げたヨシヒトとジュエリが舞台に現れる。
    二人は顔を見合わせると、笑いながら、買い物袋を上に上げて教室に入ってくる。
    迎える少女達の顔はどれも笑顔。
    そこに、もう死の陰はない。
    高まる音楽の中、笑顔のパーティは続いていく。