鰆に花咲くそれまでに
作 楽静


登場人物

年齢不詳だが、年いっているように見える。
年齢不詳だが、若く見える。
ハナサカ ユリ 花屋「ハナサカ」の長女。恋話好き。
ウオガシ アユ 魚屋「鮮魚一番」の一人娘。恋話好き。
狂い猫のミオ レディース暴走族『犯風金頭(パンプキンヘッド)』の喧嘩担当。
ライ 売れないミュージシャン。いつも広場で即興の歌を歌っている。
演奏も悪いが詩も悪い。
カオリ 本屋「河山空(かさんくう)」の店員。読書が趣味


     花魚町にはその昔今よりもっと大きな花屋と魚屋があったらしい。
     ある時、お殿様が通りかかると、花屋の前には綺麗な花が。
     魚屋の店先には新鮮な魚たちが並んでいた。
     それをしげしげとご覧になっていたお殿様は笑顔で曰く、
     「ここは良いところじゃ。腹も満ち、心も満ちる。
      人としてこれほど幸せなことはあるまい」
     それから花魚町は別名、幸福の町と呼ばれるようになった。
     ……とか、ならないとか。


0 全ての始まり 冬の始まったばかりのある日。

     3月の中旬。18日〜20日までの物語。
     ローカル線の忘れられた駅、花魚町(はなさかなまち)広場。
     花屋と魚屋、そして本屋が並んでいる(が、観客席からは見えない)
     広場の中心には噴水がある。が、噴水は枯れている。
     上手側に噴水を見るようにベンチ(二人分くらいの幅)がある。背もたれはない。

     数ヶ月前。
     男がベンチに座ってぼんやりしている。
     時折寒そうに体を震わす。
     手袋が落ちている。


男 ……(手袋を拾う)


     どこかから声がする。


ミオ声 あれ? どこ落としたんだろう?

男 (手袋を差し出す)

ミオ声 (微笑んで)やるよ。あげる。使いなよ。寒そうだから。


     男は手袋を見つめる。ベンチに座りなおす。
     手袋をつけて、目を閉じる。
     ※以後、指を鳴らすときは手袋を取っている。

     広場に朝の風景が広がる。
     店先を掃除しているユリとアユ。だるそうにバイトに行くカオリ。
     そんな世界とは別のところにいるようで、男は何かを待っている。
     やがて人々は去り、夕方へと景色は変わる。


1 はじまりはじまり。18日。


     男に照明が当たる。体調の悪そうなまま、男は話し始める。
     男が話しているうちに、あたりは再び夕方に戻っていく。


男 暖かくなってきましたね。もう春ですね。だがしかし、この町はまだまだ僕の世界。冬の臭いが残っています。
 さて、突然ですが、僕は今花魚町の広場に居ます。ここが、ここ数年の僕の仕事場です。花魚町。草花の「はな」に、
 泳ぐ魚の「さかな」で「はなさかな」。名も知らないローカル線の駅前広場には、噴水があって、といっても今は
 町の予算の関係で水は出ないんですが、そのかわり、噴水のふちに座って毎日のように歌っている売れない
 ミュージシャンがいたりします。


     と、話している間にギターを抱えたライが、噴水前で準備を始める。


男 (観客に)ね? (青年に)せっかくだから、何か演奏してみてよ。

ライ (演奏しようとする)わん、とぅ、わん、とぅ、すりー、

男 (打ち切って)はい。いい演奏でしたね。そんな青年の演奏の奥には、あそこらへんに(下手を見)花屋が。
 そして、あっちらへんに魚屋。もう少し先に(と上手を指し)本屋があります。本日は3月18日。
 ただ今時刻は、まもなく夕方といったところ。うん。そろそろやって来るはずです。今回の物語のヒロインが。


     男の話の途中に、花屋は花に変装?したように舞台に現れ、
     魚屋もこそこそ現れる。二人はライをコソコソ見ている。
     と、男が見ているほうとは反対から女がやって来る。


女 こんなところにいた。

男 あれ?

女 「あれ?」じゃないわよ。探したんだからね。

男 捜しましたか。

女 捜したわよ。ここの土地神さんに、片っ端らに聞いたりして。結構広いんだから。いつだと思ってるの今が。
 3月でしょ。もうとっくでしょ。とっくのはずでしょ。気づかなかったの? え、気づいてなかったの? 
 それともいじめ? え、いじめ? これいじめ? 明治のいじめ?

男 なにそれ。

女 逆さから呼んでも 「めいじのいじめ」

男 へぇ・……いや、逆から読んだら 「めじいのじいめ」かと。「明治のいじめ」なんだから。

女 だからなに?

男 自分で言ったのに……(観客に説明するように)と、これは違いますよ。ヒロイン違います。

女 むしろヒーロー?

男 僕のこの地区での仕事上の、なんだろう? パートナー?

女 え?(嫌そう)

男 うん。違いますね。待たせていた交代要員かな。と、言っているうちに今度こそ、今回のヒロインがやってきました。

女 どこに?


     と、下手側に明らかに一昔前のヤンキー風な格好のミオが現れる。
     片手にチェーン。
     もう片手にラッピングされたプレゼントを持っている。


女 なに、あの時代遅れな……

男 言わない。それ以上言わない。ね? 片手にご注目。何だと思います? あれ?

女 チェーン?

男 ではなく、もう一方の手。

女 ……爆弾?

男 片手にチェーンを持って、もう片手にはラッピングした爆弾ですか。無敵ですね。

女 そりゃラッピングに違和感は持つけど、まさかあれで誰かへのプレゼントってわけじゃないだろうし。

男 その、まさかだとしたら。

女 まさか。

男 彼女のここらへんでの呼び名は、狂い猫のミオ。暴走族「パンプキンヘッド」というグループに属していて、
 喧嘩の腕は男相手でも引けを取らないほどとか。そのチェーンを巻いた手から繰り出されるパンチは、
 今まで何人もの人間を血祭りに上げてきたとか。好物はアジの塩焼きだとか、趣味は編み物だとか。とかとか。

女 そんな人間凶器みたいな女がなんでヒロインなの?

男 その秘密は、彼女のもう片手にあります。

女 チェーン?

男 プレゼント。彼女が初めてこの場所にあの包みを持って現れたのは、
 そろそろ「冬至」になるかと思われる12月の中旬のことでした。


     男は指を鳴らす。
     途端、あたりは冬の始まりの夕暮れに。
     ライがギターを弾く。歌う。
     そのライを、プレゼントを持ったままのミオがもじもじと見ている。


ライ 愛が足りない 金も足りない
   ラブ&マネーがマジ足りない

   曖昧な感情じゃ満ち足りない
   あるのは夢だけ 夢の夢だけ 

   夢夢夢だけ夢子ちゃん
   って言ったらなにが浮かびます〜
   僕の中では にんじゃハットリくん。



ミオ 鬼太郎だろ?

ライ え?

ミオ いなかったかよ。鬼太郎に。ユメコって。

ライ え? いたっけ?

ミオ しらねえよ。聞いたのこっちだろ。

ライ ああ。そうか。いたかなぁ。鬼太郎はあまり見てなかったからなぁ。

ミオ 使えねえ。

ライ ごめん。……で、何の用?

ミオ は?

ライ え? 用があるんじゃないの?

ミオ ば、

ライ ば?

ミオ バカじゃねぇの!? 用なんてあるわけないだろ! あるとしたらあれだ、ほら、

ライ ほら?

ミオ つまんねえ歌歌ってんじゃねぇぞっ!


     ミオはライを殴る。


ライ ぐおっ。(崩れる)

ミオ (だだっと走り出してすぐに)ああ。やっちまった。


     風景戻る。


男 と、まぁ、それからというもの、ちょくちょく来ては、渡せないでいるわけですよ。あれを。

女 冬至くらいって……じゃあ、3ヶ月くらいはずっと?

男 そう。いつ渡すんだろう、いつ渡せるんだろうって、こっちがドキドキしちゃって。

女 それで、今年はまだこんな所にいたわけか。

男 いたわけです。

女 って、そんな理由?

男 はい。だから、もうちょっと待って欲しいなぁって。

女 もうちょっとって。もうとっくに立春終わってんだよ? 暦上はもう春よ?

男 でも、春分はまだだし。

女 春分たって、明後日でしょ?

男 だから、春分の日までってことで。

女 だって春分から立夏までじゃ、あたし、二ヶ月少ししかいられないじゃん。

男 それくらいが丁度いいって。

女 丁度いいってあんたね……だいたい、もたないでしょ。体。

男 いやぁ、どうだろう。

女 どうだろうって。じゃあ、あの子がプレゼントをあの男に渡せればいいわけだ。

男 そう。(観客に)つまり、それが今回のお話の全てというわけです。

女 だったら、渡しちゃえば終わるんだよね。

男 まぁね。でもそう簡単には……


     女はミオの手からプレゼントを取る。


ミオ え? 

女 あ、結構軽い。こりゃ編み物系かな?


同時に
ミオ おい、ちょっと。
男 なにやってるの!?


女 (男に)はい。(と、プレゼントを渡す)

男 「はい」じゃなくて

女 渡さないの?

男 いや、渡すけど、ね。(と、プレゼントをライに渡す)

ライ (展開についていけないで)えっ。なんすかこれ。

男 おとどけもの? かな。

ライ 俺に?

男 そりゃそうでしょ。あそこのね、(お嬢さんから)


     と、言おうとしたその背中に蹴りが飛ぶ。
     男はけられた勢いですっ飛び倒れる。


男 うわっ

ミオ (男に近づき)どういうつもりだよ、おい。

男 いや、ちょっと手助けをね。

ミオ わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ。(さらに殴りつける)

男 (悶絶)

ミオ (ライに寄り)返せよ。

ライ (プレゼントを指し)これ?

ミオ (黙って奪い取る)下手くそな歌、歌ってんじゃねーよ。


     ミオが去る。


ライ 何だってんだよ。えー。今の驚きを歌にします。

  あー 驚いちゃったなぁ 驚いちゃったな
  ビックリだ ビックリビックリマンチョコだ

  ウエハース&チョコばかうまい
  おまけだったシール今ばか高い


     ライは反応を確かめるように女を見る。
     女は鼻で笑う。
     ライはコソコソと去っていく。


女 大丈夫?

男 大丈夫そうに見えますか?

女 (さすがに気まずくて)えっと、とりあえず大変そうなのは良くわかったから、待ちますよ。三日くらい。
 うん。考えてみたら今更だものね。今更一日や二日交代が遅れたってねぇ。誰が困るんだって話しだし。
 うん。それに「春分」からって方が、性にあっているような気がするしね。なんていうの?
 短期決戦型だからあたし。ゆっくりやっていきましょうよ。ねぇ?……ねぇ? 大丈夫?

男 いやぁ。どうだろう。ちょっと、休みますね。


     と、男はよろよろとベンチに座る。


女 やっぱり無理してるんでしょ。そりゃそうよ。普段より長い時間とどまってんだもの。疲れるって。
 とりあえず、気を落ち着かせな。ね。もし、さっきの子が来ていい展開になったら教えてあげるから。


     と、言っている女の背後に、いつの間にか花屋のユリが立っている。


ユリ 今日はもう来ないでしょうけどね。

女 え?

ユリ 誰かさんのせいで。

女 (男に)ちょっと、ちょっと、ねぇ、誰かが話しかけてきてるんだけど。

ユリ もうちょっとルールって物を守ってくれないと困るんですけど。

女 (男に)ちょっと、

ユリ アイリスの花言葉である「恋のお使い」のような私たちは、「隠された美」を名に持つヒトリシズカのように
  そっとしているべきであると思いませんか? そんなことくらいムスカリー(と、ムスカリーを取り出す)
  だと思うんですけど。

女 ムスカ?

ユリ ム ス カ リ ー。 花言葉は、「黙っていても通じる私の心」言われなくても分かれ、
  と言いたいんです私は。お分かりですか?

女 えっと。

ユリ お分かりにならない? お分かりになれない。では、そんなあなたにはこの花を(と、オダマキの花を出す)

女 これは?

ユリ オダマキという、糸車の名を持つ花(orの種)です。薄い紫色の可愛い花ですよ。

女 へぇ。

ユリ 花言葉は、暗愚。

女 え?

ユリ 道理に暗く、愚か者という意味です。あなたにぴったりですよね。

女 はあ……。(男に)ねぇ、ちょっとこの人は一体誰なのよ?

アユ それには私がお答えしましょう!


     魚屋のアユがやってくる。


ユリ 出たなシャコバサボテン。

アユ 誰がサボテンよ誰が。

ユリ シャコバサボテンよ。花言葉は、つむじ曲がり。

アユ どっちが!? (コホンっ)突然失礼な言葉を並びたてたこの女、名を「ハナサカ ユリ」と申します。
  年は20か22か。

ユリ 21です。

アユ (気にせず)花魚町で古さを競えば一二を争うおんぼろ花屋、

ユリ 気品があるって言って

アユ (気にせず)「フラワーショップ・ハナサカ」の長女でございます。独身女の僻みか性か。

ユリ 嗜みです。

アユ (気にせず)花は花でも三度の飯より好きなのは、浮世に生れる恋の花。

ユリ あんたも好きなくせに。

アユ 私は別に、

ユリ 中学生くらいの男女が、恥ずかしそうに手を繋いで歩く姿。

アユ うひひひひ(想像して笑う)

ユリ (傘を差し出して)「濡れるぞ。傘使えよ。……俺はいいよ。いいって言ってんだろ」

アユ きゃー(想像して照れる)

ユリ 好きですね?

アユ 大好きです。(こほんっと)とはいえ、彼女の場合、呼ばれもせずに現れては突っ込む鼻で嗅ぎまわり、
  純情可憐な男女の間に、香りばかりを撒き散らす、なんというひどい女!

ユリ どっかの誰かさんみたいに、どこもかしこも海の臭いにしちゃうよりはマシだと思うけど?

アユ いいじゃないのよ海。感動でしょ。海がめの産卵とか。

ユリ とか?

アユ 桃色の珊瑚とか。

ユリ とか?

アユ 青いサンマとか。

ユリ ほら、生臭い。

アユ こちとら魚屋だから! 代々続いている由緒ある魚屋なので! 生臭いのは誇りだから。

ユリ そんなあなたにラッパスイセン。

アユ あ、可愛いお花。

ユリ 花言葉は、うぬぼれ。

アユ (花をぺしん)

ユリ 花に罪はないのに。

アユ 花なんて見てたって、腹は膨れん!

ユリ 美しいものを見て楽しむ心は大事です。(と、何の話をしてたのか思い出した)
  そう! (女に)見て楽しむのは大切なのよ! 分かる?

女 え? あ、まだ私の話続いてたんだ?

アユ そうだ。アタシも、あんたには言いたいことがあったのよ。

ユリ (紹介するように)「ウオガシアユ」 そこの魚屋の。一人娘。

女 はぁ。

アユ だからね、手を出しちゃいけないってことよ。

ユリ 恋の穴場を見つけても、

ユリ・アユ 「見知らぬフリしてじっくり観察」

ユリ が正しいコイバナスキー(恋話好き)のあり方です。

アユ まぁ、ここじゃなんだから、向こうでゆっくり話してあげるから。

ユリ そうね。そうしましょう。お茶でも飲みながら、ね。

女 いや、え、ちょっと待って。ね(と、男のいるほうを見て)
 ほら、私、今人と一緒にいるところだから。

アユ 誰も居ないじゃない。

女 え? (男がいる辺りを見て)あいつ! 姿くらませやがった。

ユリ 遠慮することないわよ。じっくり話してあげるから。ここまでの経緯とか。

アユ そうそう。起こりそうで起きなかったイベントとか、ね。

ユリ あと、オッズ。

女 オッズ!?

アユ 倍率のことよ。さあ、行きましょ行きましょ。

女 いや、だから私は〜


     と、女が連れ去られながらあたりは暗くなる。


2 19日


     男に明かりが集まる。男はややぐったりしている。


男 その日、カンカンに怒りながら帰ってきた彼女の話によると、この町の人々にとって、
 あの男女は賭けの対象にまでなっているんだそうです。なんでも、あのミュージシャンの青年も
 ちょっと不良な格好の彼女もこの町の人間では無いようで。そんな二人が3ヶ月繰り広げている光景は、
 娯楽の少ない町の環境ともあいまって深く人々の心に刻まれていたわけですね。賭けの期限は?


     女が現れる。


女 春分の日まで。

男 明日。

女 そう。明日。

男 コイツは丁度いいね。

女 気楽に言ってくれるけど、オッズとしては、渡せないほうがやや優勢。
 しかも、二人の邪魔をするような存在があるって言うじゃない。

男 ああ。いるよ。今日は来るんじゃないかな?

女 今日?

男 そう、そして3月19日。日は空へと高く上って、時刻は昼になったころ。


     男が指を鳴らす。当たりは昼の景色に。
     女もベンチに座る。女が来た道とは反対から、紙袋と本を抱えてカオリがやって来る。
     カオリが座ろうとしているのは、ライが歌っている場所。


女 え、そこは、

男 しー。

カオリ なにか?

女 あ、いいえ。


     カオリはライが歌うとき座る場所に、ハンカチを引いて座り本を読み始める。


女 (男に)誰?

男 カオリさん。そこの本屋のアルバイトなんだ。

女 アルバイト?

男 そう。そして、休憩時間になるとここへ来るってわけ。


     と、変装があからさまに怪しいアユがやってくる。
     トランシーバーのようなものを片手に話している。


アユ こちらA。目標を確認した。やはり、当たり前のようにあの場所に座っている。どうぞ。

ユリ声 こちらU。こちらも、目標を確認。どうぞ。

アユ 今どこら辺? どうぞ。

ユリ声 今横断歩道が点滅してて。あ、ギターを地面においたわ。目的地までの到着3分ほど遅れそうです。どうぞ。

アユ 了解。では、目標の排除を実行する。

ユリ声 健闘を祈る。

アユ OK 


     アユは深呼吸を一つするとカオリに近づく。


アユ こんにちは〜。

カオリ (本を読んでいる)

アユ こんっにちは〜。

カオリ (本を読んでいる)

アユ (落込みそうになるが)はい。返事ないよね。普通無いよ。ないない。返事無いって。よーし。では、次。


     アユは魚を取り出す。


アユ お腹空きませんか〜。油乗ったお魚でランチとしゃれ込みませんか〜。新鮮ですよ〜。


     カオリは本を強く閉じると、強く足を地面に一つ打ち、


カオリ (アユを見ずに舌打ち)ちっ

アユ (ビビル)し、舌打ちした? 今?

カオリ すいません、今、休憩時間なので本読みたいんですけど。

アユ あ、そうなんだ。でも、ここじゃなくてもさ、

カオリ すいません、今、休憩時間なので本読みたいんですけど。

アユ あ、そう、なんだ。でも……ここじゃなくてもさ、

カオリ すいません、今、休憩時間なので本読みたいんですけど。

アユ あ、そう、なん、だ。でも。……ここじゃ、なくてもさ、

カオリ すいません、今、休憩時間なので本読みたいんですけど。

アユ すいません。


     アユが下がる。その方向からライが現れる。
     ライの後方からやって来るのはユリ。
     ライは、カオリに話しかけるべきかどうか悩んでいる。


ユリ なにやってんの?

アユ だって、怖いんだもん、あの子。

ユリ でも、あなたより年下だとは思うけど?

アユ ホホジロサメだったら、三歳だろうと人間なんか一撃でかみ殺せるんだよ。

ユリ サメに例えられても……とりあえず、これをあげましょう。

アユ 種?

ユリ カーネーションよ。恐らく黄色いきれいな花が咲くわ。

アユ へぇ。……黄色のカーネーションの花言葉は?

ユリ 軽蔑。

アユ ……(ショックで固まる)

ライ (カオリに)あの、

ユリ ほら、固まってないで、様子を伺うわよ。

アユ (何度も頷く)

カオリ (本を読んでいる)

ライ あの、

カオリ (本から顔を上げずに)なに?

ライ (カオリのすぐ隣をさし)ここ、いいかな。

カオリ ……どうぞ?


女 おおっ積極的。
男 いつもあんな感じなんだよ。相手がどう思ってるかは知らないけど。


     ライは歌いだす。


ライ あの日 屋根から落ちたのは〜

カオリ (本を閉じずに)うるさい。

ライ すいません。


     ライはギターの押さえを練習しだす。
     男と女はライとカオリを伺っている。
     ユリとアユはライとカオリを伺っている。
     それは見方によっては、いい感じになりそうな二人にも見えなくも無い。


ユリ これはこれで、あり、か。

アユ ちょっと、ゆりっぺ。

ユリ (アユを見ずに)ゆりっぺって呼ぶのは止めれ。

アユ ゆりゆり。

ユリ (アユを見ずに)ユリユリも止めて。

アユ ユー、ちょっとこっち向いちゃおうよ。

ユリ (思わず見る)なんでそんな誰かみたいな(呼び方を)


     ユリは言葉を飲み込む。
     片手に昨日とは同じプレゼントを持ってミオがやって来る。


アユ これは、魚で言ったら「鮠(ハヤ)」な臭いよ。

ユリ ハヤ? なにそれ? 魚?

アユ 日本産のコイ科淡水魚のうち、中型で細長い体型をもつものの総称であり、別名ハエ。
  名前の由来は動きが素早いことから来ているのよ。

ユリ だから?

アユ そして、漢字は魚偏に、危ない。

ユリ なるほど?


女 これっていわゆる修羅場?
男 これだから、人間観察はやめられないね。


ライ (ミオに)よう。

ミオ ……おう。

ライ ……今日は、早いな。

ミオ 午前授業だよ。

ライ そっか。

ミオ 歌わないのかよ。

ライ いや、それは、その(と、カオリを伺う)

ミオ 歌わないなら、帰れば?

ライ いや、もう少ししたら歌おうかなぁって。

ミオ そうかよ。


     ぎこちない間。


ミオ じゃあさ、今暇だってんなら、さ、こ(れ)

ライ え?

ミオ なんでもねえよっ。


ユリ まさにアネモネの花言葉「はかない恋」がふさわしいわね。

アユ (負けじと)まさにサバとサワラがふさわしいね。

ユリ ……

アユ 魚編に青いで「鯖(サバ)」。春で「鰆(サワラ)」二つあわせて。

ユリ いいから黙って見なさい。

アユ はい。


ミオ (自分に言い聞かせるように)やんぞこら。……おい。

ライ え?

ミオ こ

ライ こ?

ミオ これ、

ライ これ?

ミオ コレ、クションとかしてるのかよ。

ライ え、なにを?

ミオ しらねえよ。何をだよ。

ライ え、(カオリに)今俺が聞かれたんだよね?

カオリ (本を閉じずに)さぁ。

ミオ (自分に言い聞かせるように)なにやってんだよ! ……おい。

ライ え?

ミオ こ

ライ こ?

ミオ これ、

ライ これ?

ミオ こ、こここ、こ、

ライ ニワトリ?

ミオ これでもくらえ!


     ミオはライを殴る。


ライ なんで!?

ミオ あたしに聞くな!

ライ え、なにそれ。(カオリに)なんでだと思う?

カオリ (本を閉じ)うるさい。

ライ ごめんなさい。


     カオリはため息を一つつくとミオによる。


ミオ な、なんだよ。


     カオリは無表情で本をミオに向かって突く。


ミオ なにすんだよ!


     その一瞬の隙を突いて、ミオからプレゼントを奪う。


ミオ あっ。なに(するんだよ)

カオリ いくじなし。

ミオ なっ

カオリ 見てられないのよもう。(と、ライに)

はい。(と、プレゼントを渡した)


アユ・ユリ・男・女・ミオ あっ!!


ライ これは?

カオリ プレゼント。この子からの。数ヶ月遅れだけど。

クリスマスプレゼントだったのにね。

ライ え……これを?(俺に)

カオリ そ(う)

ミオ ちがう!


     ミオは思い切りプレゼントの袋を引っ張る。
     途端、袋は破ける。
     出てきたのは、季節はずれのマフラー。
     手編み。やたら長い。


ミオ あ……。

ライ これ(は)……長っ。

ミオ 見るな!


     ミオはマフラーを奪う。


ミオ ……(ライを見た後、カオリをにらむ)

ライ ……(何か声をかけようとするができずに、ミオの視線を追う)

ミオ (カオリに)おねえちゃんのバカ!


ユリ・アユ・男・女 なにぃ!?


     ミオが走り去る。


ライ どうして(あいつ)

カオリ 気づいてたんでしょ?

ライ ……。

カオリ 追いかけないの?


     ライはギターを片づけるとミオを追っていく。
     アユとユリ、さらに女も追いかける。
     その光景は徐々に光を失っていく。
     やがて、男に光が当たる。


3 冬から春へ


男 うわーびっくりした。ビックリした自分にビックリするくらいビックリした。
 (観客に)走って追いかけていった彼女からの話によると、ギターを抱えたままでは追いつけるはずも無く、
 男は女をロスト。そして、広場ではぐったりした僕の横でカオリさんへの執拗なインタビューが行われたとかとか。


     照明が中央に当たると、アユとユリがカオリを囲んでいる。
     女にも照明が当たる。


女 高梨カオリ23歳。実家暮らし。アルバイト。彼女の供述によると、数ヶ月前から広場で挙動不審だった妹を、
 見るに見かねての犯行とのこと。実行に移った直接の動機を、彼女はこう話しています。

カオリ だって、明日はもう「春分」じゃないですか。春分っていったら春だから。春にマフラーもらったって。
   秋も終わるころに水着もらうようなものだし。


     中央の照明消え、カオリらは去る。


男 使うよね。冬になっても水着はさ。温水プールだってあるんだし。

女 そういう問題じゃなくて。でも、まぁ、これで解決よね。

男 え?

女 もういいよね。はい。交代。

男 いやだってここからでしょ? ここからどうなるのかってのが気になるでしょ。


     女はいきなり男を押す。
     男はふらつく。


女 もう無理だって。本当は役目終わってんだもの。それなのに、そんな無理してたらさ。消えちゃうよ?

男 それはわかってるけど、だけどさ。

女 だけど?

男 気になるんだもーん。

女 子供じゃないんだから。

男 明日まで、ね? 明日まででいいから。

女 明日一日待ってたからって、気に入る結果になるとは限らないわよ。

男 そうかな?

女 そうよ。例えば、


     女が手と手を打ち付ける。
     いつの間にかライとミオが立っている。
     二人の様子は明らかにおかしい。


ミオ 受け取ってくれる?

ライ ああ。

ミオ 良かった。

ライ え?

ミオ ちゃんと渡せた。

ライ うん。ありがとう。

ミオ どういたしまして。かな。


     と、アユが現れ叫ぶ。


アユ 暴れ牛だ〜

ライ・ミオ え?


     と、アユが現れ叫ぶ。


ユリ そこの二人、早く逃げて!

ライ・ミオ はい?

アユ 暴れ牛が〜 あばら浮き出てたからアバと名づけられた暴れ牛が〜 襲い掛かるぞ〜

ライ 危ないっ!


     ライはミオを突き飛ばす。


ミオ きゃっ。


     「モー」とかSEが入る。
     ライははねられる。スローモーション。


アユ (スロー)あーばーれーうーしーがー。

ユリ (スロー)ひーとーをーはーねーたー。


     ライが倒れるとスロー解ける。


アユ 暴れ牛は去ったぞ〜


     アユとユリが去る。


ライ よかった。無事で。

ミオ 私を庇って怪我するなんて。

ライ ごめん。マフラー、血がついちゃった。

ミオ (首を振る)

ライ 泣かないで。

ミオ 泣いてない。

ライ でも、

ミオ これは、鼻水だから。

ライ そっか(マフラーの端を差し出し)

これで、鼻をおふき? ガク(死ぬ)

ミオ (うなだれる)

男 いやいやいや、ないから。

女 え?

男 ない。こんな展開は無い。

女 ない?

男 ない。

女 ……(しばらく考えて、ぽんと手を打つ)

ライ (途端、生き返る)HAHAHAHAなーんてね♪ 急所ははずれてたよ。

ミオ もう、びっくりしちゃったぞ(ライをつつく)

男 ちっがーう!

女 (悩む、手をぽん)

ライ 人体に700あるヒコウのうちの一つを突かれるとは〜

ミオ そんなー


     照明は男と女を照らすのみになっていく


男 じゃなくて。そうじゃなくてね。いくらいい結果にならないったって、これは無いでしょ? 暴れ牛とか。
 なにより、あの子性格変わってるし。

女 それくらい何が起こるか分からないってこと。

男 分からないからって。

女 (真面目に)分からなくて、そして変るでしょ人は。

男 え……

女 どんなに思い入れて見てたって。そうでしょ? こっちの希望や願いなんて関係なしに。
 ころころ。予想つかないくらい。だったら、見ないほうがいいわよ。どうなるか分からないなら、見ないほうがいい。

男 ……最近、夏の仕事始めが早くなったらしいって、秋が言ってたよ。

女 ……。

男 始まりの季節だからねこの国じゃ。君は。

女 期待はずれはもうたくさん。だから、やめよう。待つのなんて。
 消えるかもしれないんだよ? そこまでして見るような結果じゃないかもしれないよ。

男 ……春になったらマフラーはつけないよね。

女 そりゃここらへんじゃ、今の時期でもつけない人がいるくらいだし。

男 だからさ。

女 だからそれとこれに(何の関係が?)

男 これはね、冬の物語なんですよ。見届けたいと思うんですよ。終わりまで。

女 ……そう。じゃあ、……待つわよ。

男 ありがとう。

女 どういたしまして、かな。

男・女 そして、20日(はつか) 春分の日。


4 三日目・最後の日・22日


     ユリとアユがいる。
     ユリは花占いをしている。


ユリ 来る。来ない。来る……こ、と見せかけて、来る。よし、来る。

アユ それ、占いの意味無いよね?

ユリ 花屋がやる花占いなんだから当たるに決まってるでしょ? ま、魚屋には無理だろうけど。

アユ あるわよ家にだって。アユ占いが。

ユリ 占いに自分の名前つけるって、痛いと思わない?

アユ 違うから。ほら、アユは、魚偏に「占う」って書くでしょ。
  だから鮎で占う占いは、まさに魚屋的占いにふさわしいってわけ。
  やり方はね、アユをこうやって、

ユリ あれ? アユは縄張り意識が強いから、「独占」する、とか
  「数を占める」の意味で漢字がついたって聞いたことあるけど?

アユ え、そうなの?

ユリ だから、あなたにぴったりだなぁって思ったもの。

アユ どー言う意味よ。

ユリ 来るかしらねぇ。二人。

アユ あからさまに話題をそらすのやめてくれない?

ユリ 気にならない?

アユ 気になってなきゃ、こんなところで待ってないでしょ。カオリさんだっけ? は来るっていってたけど。

ユリ 女の子の方はね。でも、男のほうはさぁ。


     いつの間にかカオリが近くに来ている。
     今日は私服。


カオリ 来ますよ。二人とも。

ユリ ビックリした。カオリさん? その格好は。

カオリ 今日はバイト無いので。

アユ 休みだものねぇ。

カオリ お二人とも、仕事はいいんですか?

ユリ うちは、父も母も店出てるし。

アユ うちもうちも。

カオリ なんだ。ニートだったのか。

アユ 違うわよ! ね?

ユリ そうそう。ちゃんと家の手伝いはしてるしね。

カオリ それを、ニートっていうんでしょ?

アユ ……四月から、頑張ろうって思ってたもん。

ユリ そうそう。まだ寒いしねぇ。動くなら春からよね。

カオリ ほら、来ましたよ。

アユ 聞いてないしね。

ユリ でも、本当に来たんだ。

カオリ そりゃ、呼びましたから。

アユ・ユリ え?


     ライが現れる。
     周りを見渡しつつ、いつもの場所に座る。
     ギターを調節。


女 男のほうは来たみたいね。女の子はまだか。(男を見て)ちょっと、大丈夫?

男 (具合悪そうに)いや、うん。平気平気。

女 ……来ないかもよ。

男 そんな終わりは、嫌だねぇ。

女 あ、

男 来た。


     ミオが現れる。今日は私服。
     片手には包装もしないままのマフラー。
     ミオはカオリに気づく。


ミオ お姉ちゃん。

カオリ ちゃんと来たのね。

ミオ その人たちは?

カオリ 見届け人、ってとこ。

ミオ 帰る。

カオリ 逃げるんだ。

ミオ (足が止まる)

カオリ 「狂い猫のミオ」なんて呼ばれているくせにね。
   あんたの友達が見たら、なんて言うかしらね?

ミオ 関係ないだろ。

カオリ あるわよ。家族の問題でしょ?

ミオ 今更そんなもの持ち出すなよ。

カオリ それはあんたも同じでしょ。何のつもりか知らないけど、今更そんなもの。

ミオ そう思うのなら、放っておけよ!

カオリ そんなこと出来ないわよ。キャラの違いはあっても、姉妹なんだから。

ミオ 姉妹、だからなんだよ。

カオリ あなただって心配するでしょう?

ミオ ……(頷く)

カオリ だったら、見届けさせてよ。ダメ?

ミオ ……分かったよ。余計なことするなよ。

カオリ うん。ありがとう。(アユとユリに対してピース)

ユリ・アユ (小さく拍手。小声で)おー


     ミオは己を鼓舞するように一つ頷くと、ライに近づこうとする。
     躊躇する。カオリを見る。
     カオリは頷く。何故かユリとアユも頷く。
     ミオがライに近づこうとする。
     ライがおもむろに上着を脱ぐ。暑くなったらしい。首もとの汗をぬぐう。


カオリ (小さく)馬鹿。


     ミオは固まる。ゆっくりと、マフラーを見る。
     そして、空を。
     空はどこまでも澄み切っている。
     ミオは笑おうとする。諦めるように。振り切るように。春に似合うように。
     そして、ライに背を向け――

     男が指を鳴らす。
     空気が変りだした。

     急激に当たりは寒さに支配される。
     ユリ・アユ・カオリは肌寒さを感じ始める。


女 (男に)何やってるの?

男 ……

ユリ なに、急に。

女 (男に)なにやってんのよ!?

男 ……(苦しげ)

アユ 寒っ。ちょ、寒っ。なんていうか、寒っ。

ユリ 言うな。余計寒くなる。

女 (男に)なにやってんのって聞いてんのよ。分かってる? 何やってるか。分かってるの? 

男 ……。

カオリ 空が……

女 (男に)今は春なのよ。この辺りの陽気じゃ、あんたの出る幕なんてとうにない。
 分かってんでしょ? 分かってるでしょ!? 

アユ なに、異常気象ってやつ?

ユリ 日本、オワタな。

女 (男に)何をしようとしているのよ。なんでここまでするのよ。

男 ……(どんどん苦しさを増す)

女 (男に)ねぇ、考えてみなよ。どのくらいいると思ってるの。この土地に。人間が。鳥が。獣が。
 季節を感じてる生き物が。みんな待ってるわけよ。春を。ね? だから、やめよう? 
 そんなの意味無いって。無意味だって。もう……止めろって言ってるでしょ! やめろ! 
 止めなさい冬神(ふゆがみ)! 


     寒さの音が止まる。
     あたりの動きも全て止まる。動いているのは女と男のみ。


女 今までの任務ご苦労でした。春神の名において命じます。今すぐ正しい季節へと戻しなさい!

男 あ……。(手を下ろし、手袋をつけようとする)

女 あんたはちょっと長く人の世界を見すぎたのよ。次の出番が来るまでしばらく休みなさい。ね?

男 ……。(手袋をつけようとする)また、見たいなって、思ったんですよ。

女 え?


     声が聞こえる。男の記憶の声。


ミオ声 やるよ。あげる。使いなよ。寒そうだから。

男 笑ってる顔を。あの時、笑ってたんですよ。あの子は。

女 どの時よ。というよりあの子って誰よ?

男 僕に出来ることは、これくらいだから。


     男は指を鳴らす。
     寒さが増す。


女 冬神!

男 願ってはダメですか? 人へ希望を。祈ってはダメですか? 人に奇跡を。望んではダメですか? 笑顔を。

女 冬は終わったのよ。

男 ……(全てを振り切る)

女 冬神!


     音が止む。男は崩れ落ちる。
     そして、雪が降り出した。
     誰もが天を見上げる。


アユ うそ……。

ユリ これって……

カオリ こんな時期に……?


     ライがくしゃみをする。上着を着るが、まだ寒い。
     ミオがゆっくりと近づく。


ミオ やるよ。あげる。使いなよ。……寒そうだから。

ライ ……ありがとう。

ミオ うん。(ちいさくくしゃみ)

ライ あ、えっと、(マフラーを)使う?

ミオ あたしはいいよ。

ライ いや、結構これ長いし。

ミオ そりゃあ、頑張って編んだんだから。

ライ 手編みなんだ。

ミオ まあね。 じゃあ、少しだけ。


     二人が並んで座る。


ミオ 頑張ってるなって思ってたんだずっと。

ライ うん。

ミオ 何か、してあげられないかなって。ほら、歌うんなら喉冷やさないほうがいいだろ? そう思って。

ライ うん。


     ユリとアユはお互いに暖めあいながら感動している。
     カオリもうれしそうに見ている。


女 良かったね。

男 (目を閉じて動かない)

ミオ 本当はさ、クリスマスプレゼントなんだよ、それ。

ライ そうかもしれないって思ってた。

ミオ バレバレか。

ライ だって、そのころくらいから、よく見かけたから。

ミオ そっか。

女 仲よさそうだよ、二人。

男 (目を閉じて動かない)

女 見なよ。ちゃんと。見たかったんだろ? 笑ってるよちゃんと。あの子、笑ってるんだよ?

ミオ 気づいてたんなら、言ってくれればよかったのに。

ライ 勘違いだったら恥ずかしいだろ。

ミオ そりゃそうか。

ライ 一度話しかけないって決めたら、話しかけずらくなっちゃって。

ミオ あたしも。一回声かけるの失敗して、それからずっと。


ユリ 春だねぇあそこだけ。花咲いてるよ。

カオリ は?

アユ 舞ってるね。鯉も泳ぐね。泳ぎまくりだね。。

カオリ えっと、何の話です?

ユリ え?


女 気安げだよ、すごく。あんな照れてたのに。まるで、

ライ だいたいな、お前こそ、街中じゃなくて、家で渡してくれればよかったのに。

女 あれ?

ミオ そんなこと言ったって、なかなか家に帰ってこないじゃんか。

ライ お前だって、夜中になるたびでかけるだろ。

ミオ 忙しいのよあたしは。

ライ 俺だって忙しいよ。

ミオ そうやって何時もぷらぷらして。母さん、怒ってたよ。部屋がホコリだらけだって。

ライ うわっ。アレだけ勝手に掃除はしないでくれって言っておいたのに。

ミオ だったら自分でしろよ。もうすぐ30だろ。

ライ それはそうなんだけどさぁ。

ミオ だいたい、兄貴は無計画なんだよ。音楽で食っていくなら、それなりに活動しなきゃ。
  こんな微妙なとこで歌ってたりしないでさ。

ライ お前こそ、毎日のように夜中走り回るの止めたらどうなんだ? カオリが言ってたぞ、
  「近所の人に注意されるのは私なのよね」って。

ミオ お姉ちゃんのことは今関係ないでしょ。自分が不利になるとすぐそっちに話し持っていくんだから。

ライ どっちだよ、そっちって。

ミオ そっちはそっちだろ。


     ライとミオは無声で言い合う。


ユリ えっと?

アユ つまりこれって?

カオリ (二人の視線を受けて)ええ。兄弟ですが? 私たち。

ユリ・アユ・女 なんですってー!

カオリ 言ってませんでしたか?

ユリ 聞いてないわよ!

アユ てか、兄弟ならプレゼントくらいさっさと渡しなさいよ。

カオリ 妹、シャイだから。

アユ そういう問題じゃなくない?


     アユとユリは釈然としない顔でカオリに何か言っている。
     ライとミオの言い合いは大きくなっていく。


女 あー。えっと、

男 (小さく震えている)くくくくくくく。

女 あ、生きてたのね? 聞いてた? やっぱり。

男 (少し怖く笑っている)くくくくく、はははははは。

女 あ、ダメだからね。怒ってまた冬にしたりとかしちゃ。

男 (徐々に明るく笑い出す)ははははははははははは。

女 おーい。冬神。

男 いいなぁ。人間は。

女 え?

男 ね?

女 うん。いいよね。


     男はふと、態度を真面目にし。


男 長らくお待たせ申した。

女 (気づいて)お待ち申しておりました。

男 これより、先、よろしくお頼み申し上げる。

女 承知。


     男が笑う。女も笑う。
     男が手を上に上げる。その手を女が叩く。
     辺りが明るくなる。


     花魚町に春がやってきた。

あとがき
最近というかここ数年、春から夏になるのがやたら早いような気がしています。
なんだか、「あ、春になったなぁ」と思ったら、すぐに夏になるような。
どこへ行った春!?
なんて思ったことから出来上がった作品です。
ここで出てくる神様は、日本の八百万の神な感覚で読んでみてください。
ちなみに魚屋・花屋・本屋は、エプロンをいかにもつけていそうなお店として、
ふっと浮かんできたお店たちです。何故エプロンかというと、役者がつけたがった
というただそれだけで、特に意味はありません(苦笑)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。