ソライロの明日へ
作 楽静


登場人物

花咲 アイ 18歳 高校三年生 主人公 リーダータイプ
花咲 テン  8歳 小学4年生 明るいドジキャラ。
水葉 シズカ 17歳 高校三年生 裏表のある優等生 主人公の中学からの友人
浅木 テツコ 18歳 高校三年生 仁義に厚い バスケ部・副部長 主人公の友人
水葉 ルリ 14歳 中学二年生 アイにあこがれる。姉をよく真似る
青山 ヨウ 18歳 高校三年生 陸上部。ギターもやっている。テツコと同じ中学。
霧岡 サクラ 11歳 小学6年生 古風な性格だが勝気。テンの恋人?
小林 タツヤ/声 18歳 高校三年生 アイに惚れている。
年齢不詳

※ 演出の都合上暗転が多い劇になっております。
※ 60分で演じる場合は「偽」のシーンを抜かしていただければより確実に60分になると思います。
※ テン役は女の子が男の子を役をやると言う設定で書いております。
※ 初演予定時は母役は男の子が演じる予定でした。

0


花咲家のリビングルームで話は進行する。
季節は、初めと最後が3月(卒業式)で残りはほぼ、12月某日である。
リビングに必要なものはテーブル。

    オープニング曲。


1 20××年 3月 卒業式当日

    舞台に明りがつくと、母が布巾でテーブルを拭いている
    と、観客席に気づく。そこに、父親でもいるのだろう。その父に語りかける。


母 あら? もう撮っているんですか? もう、撮るんなら撮るって言ってくださいよ。今のうちからそんな風じゃ式の本番にバッテリーが持ちませんよ。 何か一言ですか? もう。あたしそういうの駄目なんですから。どうせあなたの趣味でしょう。あなたが入れてくださいよ。はいはい。分かりました。え? ポーズですか? いいですよ、このままで。……じゃあ、こういうのとかでいいでしょ? こういうの? 

    だんだん、母のポーズは過激になってくる。
    いい加減お客様の寛大な心も切れかかるころ、


アイ なにやってるの?

    アイの姿が浮かび上がる。制服姿。
    そこは花咲家のリビング。母のポーズは結構とんでもないものになっている。

母 え? あら、アイ。おはよう。

アイ そのポーズのまま言わないでよ。ほら、父さんも! 母さんが乗りやすいの知っててやるんだから。

母 だって。せっかくお父さんが撮ってくれるっていうんだもの。いいじゃない。ちょっとくらいお茶目したって。

アイ するのは勝手だけど。それ、おじいちゃんにも送るんじゃないの?

母 そうなの!?

アイ だって、こないだ父さん電話で約束してたよ。

母 あなた! 忘れてたじゃないでしょ! こんなの親戚に見られたら、あたし、これからどんな顔して田舎行っていいかわから無いじゃない! 消してくださいよ! すぐ! now!

アイ いいじゃんこのままでも。

母 全然よくないわよ! ああ、それで、支度はできたの?

アイ うん。って言っても、いつもと別に変わらないけどね。

母 三年なんてあっという間ねぇ本当。

アイ 止めてよね。会場で泣いたりしないでよ。

母 大丈夫。出るまでは我慢するわ。

アイ 駄目。家帰るまでは我慢して。

母 はいはい。さ、じゃあ母さんも準備しようかしら。

アイ まだしてなかったの?

母 だって、父さんが。

アイ 分かったから、ほら、準備しておいで。早く早く。じゃないとあたし一人で行くからね。

母 はいはい。(父に)ちゃんと消しておいて下さいね。


    母が去る


アイ もう。慌しいんだから。え? 何か一言? 母さんの奴消さなくていいの? 知らないよ、後で何言われても。はいはい。一言ね。はい。しゃんとしますって。


    アイがぴしりと立つ。


アイ えーワタクシ、花咲アイも本日で高校三年生。卒業です。……いいでしょ。中学のときと同じだって。一々文句言わないの。うん。思えば長かった三年間も、今となってはいい思い出。とりあわけ、思い出が深いのは……え?


    暗がりにテンの姿が浮かびあがる。


テン お姉ちゃん。


    アイがふとテンを見る。
    テンの姿が消える。


アイ 気のせいか。……とりわけ、思い出が深いのは……去年の12月です。私はその日、10年ぶりの誕生日会を皆で祝いました――


    アイの目が遠くを見る。
    ふと、呼ばれた気がしてはっとする。
    振り返る。
    暗転。


2 12月某日 花咲アイの誕生日


    テーブルを母親が拭いている。
    テーブルの上にはお菓子がたくさん並んでいる。
    テンがこそこそとやってきて、お菓子をつまもうとする。
    テンの姿は着ぐるみ。


母 こら。テン!

テン はい!

母 駄目でしょ。

テン 一個だけ!

母 さっき、そう言ってエンゼルパイ食べたでしょ。

テン あれだけじゃおやつに入らないよ。

母 だからってつまみ食いは駄目よ。今日はお姉ちゃんが主役なんだから。

テン はーい。いいなぁ。お姉ちゃんばっかり。

母 あんたはこないだやったばっかりでしょ。

テン 自分のことは棚上げしてしゃべるのが人間なんだよ。

母 どこでそんな言葉覚えてくるのよ。

テン すごい?

母 はいはい。凄いわね。さ、料理作っちゃわないと。手伝ってくれる?

テン いいよ〜。


    母とテンが去る。
    制服姿のアイがやってくる。


アイ ただいま〜。おおっ用意出来てる出来てる。あ、入って入って。
シズカ お邪魔します。

    後から私服姿のシズカがやってくる。

シズカ へぇ。中はこうなってるんだ。

アイ ね。だから普通でしょ?

シズカ でも、アイちゃん家(ち)来るの初めてだからさ。

アイ あたし着がえてくるから適当に座ってて。

シズカ え? 手伝うよ。

アイ 何を?

シズカ 着替え。

アイ 何を手伝うのよ、何を。

シズカ 脱がしたり? 着せたり?

アイ いいから座ってて。

シズカ せっかく一日メイドをしてあげようと思ったのに。

アイ メイドが出来たとしても着替えまでやってもらおうとは思わないよあたしは。

シズカ 惜しいなぁ。

アイ すぐ戻るから。座ってて。トイレはドアの近くだから。

シズカ うん。

アイ あと、変なのがちょろちょろ出てきても構わなくていいから。


    アイは去る。


シズカ 変なの?





    と、早速のようにテンが覗く。
    シズカが見る。
    テンの顔が引っ込む。
    シズカは自分の顔が悪かったのかと少し落ち込む。
    テンの顔が覗く。
    シズカが笑顔を作る。
    テンの顔が引っ込む。


シズカ なるほど。確かに変だ。


    テンの顔が覗く。
    お面をつけている。


シズカ えっと……こんにちは。

テン お前、誰?

シズカ 水葉シズカ。アイちゃんのお友達よ。

テン お姉ちゃんの友達?

シズカ そう。

テン しょーこは?

シズカ え?

テン しょーこ。見知らぬ人が友達だって言うときは大抵裏に悪意があるから気をつけろってサクラちゃんが言ってたよ。

シズカ 証拠かぁ。プリクラならあるけど。

テン プリキュア!

シズカ プリクラ。……好きなの? プリキュア。

テン (首を必死に振る)好きじゃないよ。全然好きじゃないよ。全然全然好きじゃない。

シズカ そっか。でも、プリクラ知らないんだ。えっとねぇ。どこにあったかな。

テン プリキュア!?

シズカ いや、だから、プリクラだから。

テン そんなしょーこは認めない!

シズカ 認めてくれないの?

テン 認めない。

シズカ そっか……そうだ。そのサクラちゃんって子は、「外で見知らぬ人に会ったときは」、とも言ってなかった。

テン そういえば!

シズカ ね。ここは家の中でしょう?

テン うん。外じゃない。

シズカ ってことは私は?

テン 泥棒!?

シズカ そうじゃなくて。

テン そうか、分かったぞ。お前、お菓子泥棒だ!

シズカ お菓子泥棒?

テン この家にたくさんお菓子があるから取りに来たんだ!

シズカ うーん。まぁ、いっか。(ふとキャラを変えて)そうかもねぇ。

テン 本当にそうなの!?

シズカ そうだったらどうする? いやぁ、この家にはおいしいお菓子がたくさんあるって思って。前から目をつけてたのよねぇ。


    と、シズカはお菓子を手に取る。


テン 駄目だよ! これはお姉ちゃんのなんだから!

シズカ おいしそう〜。どれから食べようかなぁ。

テン 駄目だって!


    と、癇癪を起こして、テンはシズカを突き飛ばす。


シズカ あいた。

テン お姉ちゃんのだから食べちゃ駄目! 

シズカ あいたた。ごめんごめん。食べないって。

テン うそだ!

シズカ 嘘じゃないって。

テン ヤダ! お前に食べさすくらいなら僕が食べる。

シズカ え?


    と、テンがお菓子を着ぐるみの中にでも入れ始める。


シズカ ちょ、ちょっと。


    と、ちょうどアイが戻ってくる。


アイ お待たせ〜って、テン!

テン ……お姉ちゃん。

シズカ あ、アイちゃん、これはね?


    と、問答無用でアイはテンの頭をこずく。


テン あいたぁ。

アイ 今日は部屋でおとなしくしているって言ったでしょ!

テン してたよ。

アイ じゃあ、何やってるのよ。それは。

テン これは、この人が、


   と、またアイがテンの頭をこずく。


アイ この人じゃないでしょ。ごめんねシズカ。なんかされなかった?

シズカ ううん(テンに笑顔を向けて)ちょっと遊んでただけだよね?

アイ 本当に? ほら、テン謝りなさい。

テン ごめんなさい。

アイ 仮面。


    テンが仮面を取る。


テン ごめんなさい。

シズカ テンちゃんっていうんだ? 初めまして。水葉シズカ。アイちゃんのお友達よ。よろしくね。

テン うん。

アイ ほら、もう部屋戻って。ね? 今日くらいおとなしくしてて。

テン うん。あ、お母さんが、ケーキ、配達してもらうからよろしくって。

アイ 分かった。

テン 料理、僕も食べていい?

アイ 自分の部屋でね。お菓子もってっていいから。今日はゲームでもしてて。ね?

テン はーい。


    去りそうになって。


テン シズカお姉ちゃん?

シズカ なあに?

テン バイバイ。


    テンが去る。





    アイは机を片付けづつ。


アイ まったく。ごめんね? 本当になにもなかった?

シズカ うん。お姉ちゃん思いのいい子だったよ。

アイ お客さんの前だからネコ被ってたんだよそれ。

シズカ そういうわけじゃないと思うけど。

アイ そうだって。あいつ、あたしのこと嫌いだし。

シズカ そうなの?

アイ 何かと邪魔して来るんだよね。試験勉強しているときとかさ。

シズカ 構ってもらいたいんじゃないの?

アイ そんなタマじゃないって。

シズカ いくつ?

アイ 8歳。年の割りにガキくさくってさ。

シズカ あれくらいの年齢の男の子なら、そんなものだよ。

アイ そうかな?

シズカ 妹の友達の子なんて、中学生なのにスカートめくりする奴いるらしいよ。

アイ ガキだねぇ男子は。

シズカ そうだねぇ。(と、ふと思い出したように笑う)

アイ 何? なんか変なこと言った?

シズカ ううん。「男子」なんて、卒業したら使わなくなるんだろうなぁって思って。

アイ それもそうだね。……あと、三ヶ月か。

シズカ そうだね。

アイ 6年か。

シズカ 今、同じこと言おうとしてたよ。

アイ お、さすが友人だね。まぁ、飲みねぇ……といっても、飲み物ないから、まず食いねぇ。

シズカ うん。あっという間だったね。

アイ そうねぇ。まだ終わってないけどね。

シズカ うん。

アイ あたし、答辞もまだ考えてないし。

シズカ 学年代表は違いますねぇ。

アイ 学年首位に言われたらいやみにしか聞こえないよ。

シズカ 褒めてるのに。

アイ はいはい。6年か。

シズカ そして、初めてのお宅訪問。

アイ その点については申し訳ない。

シズカ 家にはよく来たくせに。

アイ いいの。人には見せられない恥部って言うのがあるんだよ。

シズカ 弟さん? ……あたし気にしないのに。

アイ 私が嫌なのよ。

シズカ そっか。ねぇ。

アイ うん?

シズカ じゃあ、何で今日は呼んでくれたの?


    と、チャイムが鳴る。


アイ 来たか。

シズカ テっちゃん?

アイ さあ、どっちかなぁ。

シズカ どっちって?

アイ テツコだったら、テツコが話してくれるよ。

シズカ 何を?

アイ 今日、家で誕生日会やる理由。





    アイが去る。
    と、すぐにドタバタとテツコがやってくる。


テツコ 寒い! 寒い! あ、ちょっと暖かい。おおー暖かい!

アイ ちょっと、もうちょっと遠慮しながら入ってきなさいよ。

テツコ 遠慮なんてしてられないくらい寒かったんだから。あ? 床暖(ゆかだん)? ハイテク! え、コタツ無いの? 駄目じゃん〜。あ、シズカお疲れ!

シズカ まだ何もしてないけどね。

テツコ いいっていいって。そういうことにしておけ。ね。よーし、じゃあ、こうだな。うん。あたしここ。で、アイはそっち。シズカはこっちと。よし。着席。


    テツコは席についた途端、お菓子を見始める。


テツコ おおっいいじゃん。結構あるじゃん。料理は? あたし、おなかすいててさぁ。あ、大丈夫。ただで食べる気はないから。ちゃんとほら、家から持ってきた。

アイ 気にしなくてもいいのに。

テツコ うちの母ちゃんが気にするんだって。もらっといて。


    と、鞄から両手でツボみたいのを出す。


アイ えっと、これは?

テツコ 梅干。

アイ 梅干!? なんで?

テツコ あったから。

アイ あったからって。

シズカ テッちゃんの家の梅干おいしいんだよね。

アイ そうなの? 

テツコ お、さすが何度もあたしの弁当を襲撃しただけはあるな。お主やるな。というわけで、はい。冷蔵庫ね。冷やして、あっついご飯の上に乗っけて食べて。お茶漬けにもあうから。はい。お土産終了。あ、トイレは?

アイ ドアの横の、

テツコ ああ、あれか。うん。OK見ておきたかっただけだから。よーし。で?

アイ 「で?」?

テツコ 対策練ってたんでしょ? 二人で。どうするの今日は。

アイ えっと、それがね。

シズカ 対策? なんの?

テツコ なに? 話してないの? なんで?

アイ いや、なんか照れくさくて。

シズカ 何の話??

テツコ なんだよぉ。シズカはとっくに知っている話題だって思ってたのに。なに? 私、一人だけ張り切っちゃってたの?

アイ そんなことはないんだけど。

テツコ 恥ずかしがるなよ。可愛い奴。

アイ あ、私、料理見てくるね? その間に、ちょっと話しておいてくれる?

テツコ あ! おい逃げるな!


    アイが去る。


テツコ 照れてるよ。

シズカ なんで?

テツコ ああ、だからさ、


    と、アイが戻ってくる。
    梅干を手に取りながら、


アイ あ、これ、ついでに閉まっておこうと思って。


    アイが去る





テツコ まったく。変なところ抜けているんだから、

シズカ それで?

テツコ うん? ああ、今日の計画ね。名づけて、「手料理で落とせ」作戦。

シズカ ……はい?

テツコ 分からないかなぁ。だから、手料理ってやっぱり武器じゃん? 女の。アイって料理うまいんだからさ、ここで使わない手はないでしょ? ここまではOK?

シズカ うん。

テツコ で、もうじきクリスマスでしょ? でも、クリスマス会するからって男を呼んだらやっぱりさ、なんかクリスマスに男いなくて寂しいから誘ったみたいに思われそうじゃない? だから、せっかく、あいつ誕生日なんだし、こういう日を使わない手はない、と、そうテツコさんは考えたのですよ。どうだ? 

シズカ あ、うん。でもさ、(そもそも何の話?)

テツコ そう! 確かに、場所の問題って言うのはあったよ。初めは公民館も考えたんだけどさ。代表者が成人してないと借りられないんだって。ケチだよねぇ。だからって、カラオケルームっていかにもって感じでしょ? そこを、「あと三ヶ月でお別れだから、自宅で友達呼んで誕生日会するの。良かったら来て」なんて言うことによって、インパクトはある。手料理は作れる。と、こう一石何鳥? なわけよ。まぁ、アイは初め嫌がったんだけどさ。なんだかんだ言って、気合入っているみたいだし。あたし達はね。せいぜい、あの子のいいところをアピールしてやろうじゃないのよ。どう、完璧でしょ?

シズカ えっと、聞いていい?

テツコ どうぞ。

シズカ アイちゃん、誰かに告白でもするの?

テツコ え? だから、青山だよ。青山ヨウ。

シズカ ……え!? だって、え? え〜!!!!

テツコ なんでそんな驚くかな? それも聞いてなかったの?

シズカ だって……ええぇえ!?

テツコ 驚きすぎだよ。

シズカ 時間差で来たの。だって、いいの?

テツコ なにが?

シズカ だって、青山君って……テっちゃんが、好きだった人じゃないの?

テツコ ……な、なにをばっかなことを言っておるですかあなたはですよ。

シズカ だって、高校うちにしたのって、青山君が受けるからだったんでしょ?

テツコ そりゃ、そりゃあね、そりゃあ入学当初はそうだったかもしれないけど。それは偶然っていうのもあったわけでさ。ほら、同じスポーツやってたから? それで親近感を、なんていうか恋心に間違えていたかなぁって感じだったわけですよ。でもさ、あいつ、高校入ってからバスケ辞めちゃったしさ。そりゃあ、陸上で県大会まで行ったりで頑張ってたみたいだけど? 私としてはバスケやってたころのほうがってか、まぁ、別に過去のことはどうでもいいんだけど。大学だって、違うし……まぁ、あたしは専門だから、何か言える立場じゃないしさ。全然。ほら、なんか、違う……かなぁって、思ったわけですよ。

シズカ テっちゃん……

テツコ ね! だから私のことはいいから。あたしはさ、せっかくアイがあの運動馬鹿に惚れたんだからさ。何とかしてやろう。いや、何とかしてやらなきゃなぁって、今は若い二人を見守るお姉さんみたいな気持ちなんだよ。うん。だから、ね。……よし! そういうわけで、作戦前に私はトイレに入る。作戦中にもよおしたら格好悪いもんね。というわけで、では!


    テツコが去る。


シズカ テっちゃん!





    と、話を聞いていたのか、アイが現れる。


アイ 話し、聞けた?

シズカ アイちゃん!

アイ はい。

シズカ ちょっと、こっち座りなさい。

アイ はい。


    アイは素直にシズカの前に座る。


シズカ 何ですか今の話は!

アイ ごめんね。前もって言えればよかったんだけどさ。

シズカ そういう問題じゃありません! アイちゃんだって知っているでしょうテっちゃんが、

アイ シズカ、声。聞こえるから。

シズカ ……テッちゃんが青山君のことが好きなこと。高1で初めて会ったころからずっと、ずっと、テっちゃんが青山君一筋なの。

アイ うん。

シズカ うんじゃありません! 

アイ はい。

シズカ 初めて告白しようとしたのは、一年のクリスマス。二回目は一年の三学期終わり。でしたね。

アイ 三回目は二年生の夏休み前。四回目は修学旅行中。

シズカ 五回目は二年生のクリスマス前。そして、六回目は二年生の三学期終わり……すべて、言い出せないまま失敗。……そのたび、私たちは何度マックへのヤケ食いに付き合ったことか。

アイ 翌日まで胸焼け続くんだよねぇ。

シズカ それだけ想いが強いって知っていて! それでそんな略奪みたいなことをするんですか! お母さんはそんなこと決して許しませんよ!

アイ ……本当に諦めるって言ったんだよ。

シズカ え?

アイ 青山君のこと、本当にもう諦めるって。卒業したらアドレスも消して、無かったことにするって。青春の苦い思い出で終わらせるって。

シズカ いつ?

アイ 推薦で受けた大学落ちて、専門に行くことにしたとき。シズカはまだ受験終わってなかったからさ。あたしだけ話し聞いたんだ。

シズカ それって、青山君が大学行くから?

アイ 自分とは吊りあわないって思い知ったんだって。

シズカ そんなの馬鹿げてるよ。

アイ そう。私もそう言ったよ。せめて、思いは伝えたらって。

シズカ 「いい」って?

アイ うん。

シズカ だからって、だって、あんなにずっとずっと頑張ってたのに。馬鹿だよ……

アイ だから、思い知らせてやるの。

シズカ え?

アイ だから、自分がどれだけまだ青山君を好きなのか、テツコ自体に思い知らせてやるのよ。で、あわよくばそのまま告らせてやろうかなぁって思って。この部屋の中じゃ嫌でも接近しなきゃいけないしね。存分に、好きな人に近づくチャンスを与えてやろうってわけ。

シズカ え? じゃあ、アイは? 青山君を?

アイ あれ? 許さないんじゃないの?

シズカ そうだけど、でも、好きになったら友情よりも恋愛って言うのも仕方ないかなって。

アイ 大丈夫だよ。もし、本当に好きな人ならいきなり自宅に呼んだりしないって。あたしにも、羞恥心はあるんだよ。

シズカ じゃあ、本当の本当に?

アイ 本当の本当に、テツコのための計画なのだよ、じつは。

シズカ テッちゃんは知らないのに?

アイ テツコは知らないのに。

シズカ さっすが! アイちゃん!

アイ いい奴でしょ〜あたし。

シズカ よしよし。いい子じゃいい子じゃ。


    と、テツコがやってくる。
    顔をタオルで拭いている。


8(偽)


テツコ 何じゃれてるの?

アイ うん? 打ち合わせよ。

テツコ それ、あんまり男の前でやらないほうがいいと思う。引かれるよ。

アイ 気をつけます。

シズカ 顔、洗ったの?

テツコ うん。なんか、急に洗いたくなっちゃって。ああ、サッパリした。


    と、チャイムが鳴る。


アイ あ、来たかな。


    と、アイが立つ。


テツコ こらこら、主役は座ってなきゃ駄目でしょ。


    と、テツコが立つ


シズカ あたし行くよ?

テツコ いいのいいの。動き足りないんだから、動かしておいて。


    テツコは一つ深呼吸をする。


テツコ よし。


    と、テツコは去る。


アイ いきなり恋が復活したりね。

シズカ ね。

テツコ(声) いらっしゃいませ〜


    と、テツコがゆっくりと引き下がってくる。
    そこにはばっちりと決めた青山がいる。

    青山とテツコが見詰め合う。

    暗転。


8(真)


    と、テツコがやってくる。
    顔をタオルで拭いている。


テツコ 何じゃれてるの?

アイ うん? 打ち合わせよ。

テツコ それ、あんまり男の前でやらないほうがいいと思う。引かれるよ。

アイ 気をつけます。

シズカ 顔、洗ったの?

テツコ うん。なんか、急に洗いたくなっちゃって。ああ、サッパリした。


    と、チャイムが鳴る。


アイ あ、来たかな。


    と、アイが立つ。


テツコ こらこら、主役は座ってなきゃ駄目でしょ。


    と、テツコが立つ


シズカ あたし行くよ?

テツコ いいのいいの。動き足りないんだから、動かしておいて。


    テツコは一つ深呼吸をする。


テツコ よし。


    と、テツコは去る。


アイ いきなり恋が復活したりね。

シズカ ね。

テツコ(声) いらっしゃいませ〜


    と、テツコがゆっくりと引き下がってくる。
    テツコとともにやってきたのは、小林


テツコ だれ、こいつ呼んだの。

アイ げ。コバタツ。

小林 ハッピーバースデーーアイちゃん!


    と、小林はアイに近づこうとする。
    が、テツコとシズカがそれを阻止。


シズカ 小林君のことは呼んでないと思うんだけど?

小林 うん!

テツコ うんじゃなくて。じゃあ、何で来たの?

小林 だって、パーティだよ!パーティ! パーティって言ったら僕の出番でしょ! ね!

アイ どういう理由で出番なんだよ。

小林 まかせてよ。パーティでは、一家に一台必需品って言われたんだから。幼稚園のときだけど。

シズカ あのね? 呼んでないのに来たら、それ不法侵入になると思うんだけど?

小林 大丈夫でしょ。知り合いだもん。ね?

アイ 知り合いとも呼びたくないけどね。

小林 そんなっ 小中高と、同じの仲じゃん。

アイ それだけの仲でしょ。

小林 剣道の授業中に、「好き」って言ってくれたのに。

アイ はぁ!?

シズカ 突きって言って、ついたんじゃないの?


 アイが頷く


テツコ 突くのは禁止のはずだけど。

小林 あまいな。照れたから、わざと突きで表現したんだよ。でも、その瞬間、僕の心の中には確かに聞こえたんだよ。アイちゃんの。「あなたのことが好きでたまりません。マイ シナイ プレゼント フォー ユア ハート!」その瞬間、体中に電気が走って、僕は完全にノックダウン。フォールルインラブの世界に飛んでいったんだ。

アイ あまりにも粘着質な攻め方するから腹立って胸を突いたら失神しただけでしょ。

小林 あんな衝撃恋以外に考えられないよ! あんな衝撃、小学生の時木から落ちたとき以来だ。

シズカ きっと、その時変なところを打ったのね。

小林 失礼な!

テツコ はい。とりあえず、お帰りください。

小林 いや、でも、僕は、

テツコ はい。帰る帰る帰る。

小林 あの、出番がこれだけ、なんだけど、

テツコ はい聞こえませーん。何にも聞こえない。

小林 くそっ。このチビ!

テツコ なんか言ったかこらぁ?

小林 しっかり聞こえているくせに〜


    小林とテツコが去る。


アイ ああ、びっくりした。

シズカ よかったねぇ。テっちゃんがいて。

アイ ねぇ。


    テツコが戻ってくる。


テツコ 良かったねじゃない!

アイ あ、テツコありがと。

シズカ 小林君は?

テツコ 表にうっちゃってきた。それよりね、もうちょっとプライバシーには気をつけなさいよ。あいつがいないときだったから良かったものの。いるときにやってきて、変な勘違いされたらどうするつもりだったのよ。

アイ 「あいつ」って?

テツコ 青山に決まってるでしょ!

アイ あ、ああ、そうだよね。危なかったね。

シズカ ね。危なかったわね。

テツコ まったく。本当恋愛に関しては頼りないんだから。


    と、チャイムが押される。


アイ あ、コバタツかな?

シズカ しつこいねぇ。

テツコ よし。一発食らわしてくるか。

アイ あ、でも違う人だったら。


    と、またチャイムが鳴る。


テツコ こら! いい加減にしろ! 馬鹿小林! 


    と、テツコは走り出す。
    テツコの蹴り飛ばす音。


青山(声) ごはっ。いきなりなにするんだよ……

テツコ あ、青山!!

アイ あっちゃぁ。


    シズカとアイが顔を見合わせる。
    暗転





    数分後。
    頬を冷やす青山。
    その横でアイが心配そうに青山とテツコとを見ている。


青山 なるほど。それで、俺はいきなりテツに蹴りをもらったってわけか。

アイ ごめんなさい。

青山 別に、花咲さんが謝ることじゃないよ。

テツコ そうそう。ぼうっと立っていたそいつが悪いんだから、アイは謝ること無いよ。

青山 お前は謝るべきだと思うけどな。

テツコ 別に怪我して困るような顔じゃないでしょ。

青山 ひっでぇなぁ。自分がやられたら十倍返しじゃすまないくせに。

テツコ あったりまえでしょ! 女の顔と男の顔じゃ100倍は重要さが変わるのよ。

青山 お前こそ怪我して困るような顔じゃないだろ。

テツコ ……怪我して困るような顔じゃなくて悪かったわね。

青山 はぁ? なに言ってんだよ?

テツコ とにかく! 謝らないからね。

青山 はいはい。昔からこうなんだよ、こいつ。馬鹿みたいに頑固でしょ?

テツコ 馬鹿で悪かったわね。

青山 しかも、変なところで突っかかってくるし。疲れたんじゃない? 三年も友達やってて。

アイ いえ、全然そういうのは。

青山 そうかな? おい、よかったな、疲れてないってよ。

テツコ うるさいな。あんたはあたしの保護者か何かか。

青山 いや、そういうわけじゃないけど。これで、こいつ結構気にするんだよ、人間関係。それがまた面倒な奴なんだよね。

テツコ 悪かったよ。面倒な奴で。

青山 だから別に悪いなんていってないだろ? どうしたんだよお前? 熱あるのか?

テツコ ない!

青山 そっか?

テツコ それより、挨拶しなくていいのかよ?

青山 あ、ごめん。今日はなんか呼んでもらっちゃって。

アイ いえ。こちらこそ。来てもらえるとは思ってなかったから。

青山 まぁ、どうせ暇だからね。

テツコ 志望校に推薦で合格したもんねぇ。

青山 まだ言ってるのかよ。こいつ、俺と同じとこ狙っていたのに、自分だけ落ちたからって、すぐ突っかかってくるんだよ。

テツコ 突っかかってなんか無い!

青山 別に、大学なんてどこ行くのもあんま変わらないって。

テツコ だから何も言ってないだろ! ……トイレ、借りるね。


    テツコが去る。
    入れ替わるようにシズカがやってくる。


シズカ はい。料理ですよ〜 ってあれ? テツコは?

アイ (またというニュアンスで)トイレ。

シズカ また?

青山 あいつ、どっか悪いんじゃないかな?

シズカ うーん。まぁ、悪いっちゃ悪いか。

青山 やっぱり。風邪引いてるのに無理に出てきたりとかしたんだとにらんでるんだけど。

アイ いやぁ、どうだろうね。

シズカ うん。体の問題じゃないと思うんだ。

青山 というと?

シズカ というよりも、青山君。


    シズカとアイは青山に向き合う。


青山 はい?

アイ 青山君は、

シズカ テツコのこと、


10


テン 麦茶でーす!


    と、テンがやってくる。


アイ テン! 部屋にいろって言ったでしょ!

テン だって、飲み物ないって言うから。

シズカ ごめん。料理あるのに飲み物無いんじゃつらいと思って、テンちゃんに頼んじゃった。

テン うん。頼まれた。

アイ まぁ、シズカが頼んだのならいいけど。飲み物置いたらすぐに部屋に行ってね。

テン はーい。はい。麦茶です。

アイ でも、麦茶なんてよくあったわね。

テン えへへ〜。


    と、テンが麦茶を配っていく。
    そして、青山に気づいて、


テン でかっ

青山 ちっちゃいなぁ。

テン むっ。

アイ あ、青山君。これ、うちの弟。挨拶は?

テン テンだ! 空の天上だぞ。でっかいんだ。

青山 そうか。お前が天上なら、俺はコスモだな。

テン ちっちゃそうな名前。

青山 知らないのか? 宇宙だよ宇宙。地球の何倍もでかいんだ。

テン う、宇宙……負けた……


    テンが去る。


シズカ へぇ。青山君って子供からかうの好きなんだ。

青山 いや、なんかあれくらいのしゃべり方のガキ見ているとさ、なんか、テツっぽくて。

アイ そっかなぁ? 全然似てないと思うけど。

青山 だって俺、テツとあったときあいつのこと男だと思ってたんだから。

アイ そうなの?

青山 だから、テツってあだ名も、「テツオ」だからだと思ってさ。鉄って名前ついてるくせに、柔軟ばっかり得意な奴だったから、よくからかったんだよ。まぁ、今では俺のほうが口で負けちゃうけど。本当、かわいげのない奴だったなぁ。


    と、言いつつ青山は麦茶を口に運ぶ(まだ飲まない)


アイ へぇ……ねぇ、青山君ってさ、もしかして、テツコのこと、

テツコ(声) あたしが何だって


    と、言おうとしているうちにテツコがやってくる。
    ちょっと化粧頑張っちゃっている。


青山 お、テツ、本当に大丈夫なの?

テツコ 大丈夫だって。ちょっとおなか冷えちゃっただけだから。

青山 無理はするなよ?

テツコ 分かってるよ。


    二人の会話に、思わずアイとシズカは顔を見合わせる。


青山 しかし、お前本当……(可愛くなったよな)

テツコ なによ?


    言葉をごまかすように青山は麦茶を飲む。
    瞬間、その麦茶を目の前に拭く。
    当然のようにテツコの顔にかかる。


アイ 青山君!?

青山 いや、ちが、この麦茶、なんか、

テツコ へえ。こういうことやってくれちゃうんだ?

シズカ テっちゃん、とりあえず、洗面所行こう?

テツコ 人がせっかく吹っ切ろうとしてれば優しくしたり、からかったり……

青山 テツ?

テツコ 何様だよお前は! あたしの気持ちを何だと!

シズカ ね? テっちゃん。洗面所で顔拭こう? ね?


    と、シズカはわめくテツコを無理やり連れて行く。


青山 花咲さん、テツの気持ちって?

アイ ……本当に、気づいてないの?


    尋ねつつ、アイは麦茶を飲む。その顔色が変わる。
    シズカが戻ってくる。


シズカ とりあえず洗面所で顔洗わせいるけど、(青山に)なんであんなことしたのよ!

青山 いや、だから俺は。

アイ テンだ。

シズカ 今、テンちゃんは関係ないでしょ?

アイ テン! ちょっと来なさい!


    テンが走ってくる。


テン お姉ちゃん呼んだ?


    アイは無言で近寄って、テンをはたこうとする。
    シズカが慌てて止める。


シズカ 待って! ちょっと待ってよ!

アイ テン! あんたなんてことするのよ!

シズカ なにが? 何をやったの。

アイ コップに何入れたのか、正直に言いなさい。

シズカ コップ?


    シズカがコップの中身を飲む。


シズカ なにこれ? ちょっと、うわっ。変な味だよ?

テン 麦茶、無かったから。

シズカ 無かったから?

テン 醤油まぜたら、同じ色になったから。

アイ なったからじゃないでしょ! この馬鹿!

シズカ 待って待って! 青山君! 止めて

青山 いや、さすがに女の子の体に触るのは。

シズカ ああ、もう、テッちゃん! ごめん! 力貸して!


    テツコが走ってくる。


テツコ なになに? どうしたのよ! ほら、アイ! 落ち着いて。ね? 落ち着け!

アイ ごめんねテツコ。

テツコ なにが? なにがよ?

アイ 私の家なんか来たせいで、変な目にあって……

テツコ あってないあってない。大丈夫だって。全然平気。すべては、(青山)こいつが悪いんだから。

青山 俺かよ!?

テツコ 乙女の顔に醤油水ぶっかけておいて、シラきろうって言うの?

シズカ あれ? なんで醤油だって分かったの?

テツコ だって、醤油臭かったし。あたし小さいころよくこいつに作ったりしたからさぁ。

青山 そうだ! 元はといえばお前が変な飲み物ばっかり飲ますから、口に入れた変な味のものはとりあえず吐き出すって習慣が出来ちゃったんじゃねえか!

テツコ なに? 人様の家汚しておいて、人のせいにするの? 昔は結構おいしそうに飲んでたじゃない。

青山 飲まなきゃ殺すって脅したからだろ!

シズカ そんな変なもの飲ましてたの?

テツコ わさびでしょ? カラシでしょ。あと、道端の変な果物とか。あと、あ、これは言わない方がいいか。

青山 おい、何を飲ませたんだよ。

テツコ いやぁ。さすがにこれは墓まで持っていかないと。じゃないとあんたが可哀想だ。

青山 何を飲んだんだ俺は〜!

テツコ ね? だから、気にしないで。

アイ うん。

テン ごめんなさい。

アイ 謝って済むものじゃないわよ。

テツコ いいから、許してやってよ。ね? 今日はあんたの誕生日なんだから。陽気にやろう? ね? あたしはそう決めてるんだから。

アイ うん。

テツコ ほら、じゃあ席について。よし。テン君、君もだ。

テン いいの!?

アイ テツコ!

テツコ こうやって席についていた方がなにか間違いが起こらなくていいでしょ?

シズカ 逆に放っておいた方が危ないかもよ。

アイ 分かった。でも、おとなしくしてなさいよ。

テン うん。

テツコ さあ、ではパーティを始める前に、心強い援軍を呼びましょうかね?

アイ&青山&シズカ 援軍?

アイ ってなんの?

テツコ ばか! あんたの作戦のために決まっているでしょ。この日のために、連絡しておいたのよ。一名くらい増えても別に問題ないわよね?

アイ それは構わないけど……

シズカ アイちゃん。

アイ なに?

シズカ テッちゃん、開き直っちゃったのかも。

アイ うそっ

シズカ こりゃあ、厳しい戦いになりそうだよ。

アイ でも、どんな援軍が?

テツコ ほら、そこ、こそこそ話ししないの。そろそろだと思うんだけどな。


    と、チャイムが鳴る。


11(偽)


テツコ ほらね。あたしのカンは当たるんだ(外へ向かって)いいから入っておいでよ。さぁ、では、新しい登場人物を紹介しましょう。ば、ばーーん。


    と、そこに立っているのはルリ。
    暗転





シズカ テッちゃん、開き直っちゃったのかも。

アイ うそっ

シズカ こりゃあ、厳しい戦いになりそうだよ。

アイ でも、どんな援軍が?

テツコ ほら、そこ、こそこそ話ししないの。そろそろだと思うんだけどな。


    と、チャイムが鳴る。


11(真)

テツコ ほらね。あたしのカンは当たるんだ(外へ向かって)いいから入っておいでよ。さぁ、では、新しい登場人物を紹介しましょう。ば、ばーーん。


    と、サクラ。


サクラ テンちゃん、来ちゃった。

アイ&シズカ 誰?

青山 お前、小学生に知り合いなんているのか?

テツコ え? 誰よあんた!?

テン サクラちゃん。

サクラ テンちゃーん(と、テンをはたく)の、馬鹿! 知らない人ばかりがいるときは紹介するものだって教えたでしょ!?

テン ごめんなさい。

サクラ もういいわよ自分でやるから! すいません皆さん。うちのものが失礼しました。わたくし、……ほら、紹介は?

テン え?

サクラ 「え」じゃないでしょ!

テン だって、自分でって

サクラ それでも妻が紹介し終わる前に、紹介するのが旦那の努めでしょ!

シズカ へぇ。テンちゃん奥さんいたんだ。ね?

アイ 知らないわよ。私は。

サクラ ほら、早く。

テン キリオカ サクラさんです。

サクラ 10年後には花咲サクラになります。よろしくお願いします。

テツコ 弟さんも、隅に置けないねぇ。

シズカ でも、そうしたらアイちゃんは叔母ちゃんになっちゃうんだね。

アイ 別に、10年後でしょ。どうなることか。

サクラ あら? あなたが、あのお姉さんですね?

アイ あの?

サクラ うちの旦那をいじめている意地悪姉さんは。

アイ 誰がいじめているって?

サクラ かわいそうにうちの旦那はおかげでいつも生傷だらけで……。

シズカ うわぁ。アイちゃんかげきぃ。

アイ 違うわよ!

青山 花咲さんって見かけによらず……。

テツコ 馬鹿そんなわけ無いでしょ。シズカも乗らないの!

シズカ はーい。でも、誰がそんなことを言ったの?


    みんなの視線がテンに集中する。


アイ お前か。

テン ち、違うよ! サクラちゃんはちょっと思い込みが激しいんだよ。だから僕がちょっと怪我してもそれをお姉ちゃんのせいに(するんだ)

サクラ 誰が思いこみ激しいのよ!

テン だって、僕が転んだときも、「姉さんの生霊がとび蹴りした」って言ったじゃんか。

サクラ だって見えたもの!

テン そんなわけないよ!姉ちゃんがそんなことするわけ無いだろ!

サクラ だって!

テン こんなところでまで来て嘘つかないでよ。

シズカ いい弟さんだねぇ。

アイ べつに。やってないことやってないっていわれているだけでしょ。

サクラ でも!

テン だって、姉ちゃんは僕に興味ないんだから!


    一瞬シンとなる。


アイ そうね。そうかもしれないわね。


    テンがアイを見る。
    アイは見ない。
    テンが奥へと去る。
    サクラがあかんべーをしつつ去る。


12


シズカ アイちゃん!

アイ だって……そんな興味があるとか無いとか分からないじゃない。どうしたら興味あるようなの? 興味あるように見せてれば興味あるの? そんな分からないし。

シズカ そりゃそうなのかもしれないけど。

テツコ 分かるよ。

アイ え?

テツコ 興味がある人だとね。その人がいなくても、その人のことばかり考えるのよ。自分が楽しいとき、その楽しいのを分けてあげたくなるのよ。寂しいとき、その寂しいのを半分にして欲しいって思うのよ。それが、誰かに興味を持っているってことなんじゃない?

アイ そういうものなの?

テツコ そうよ。少なくても私はね。

青山 テツ

テツコ な、なによ。

青山 お前、恋しているのか?

テツコ なんで!?

青山 なんか片思いしている人みたいに聞こえたからさ。

テツコ 別に、してないわよ。

青山 そうか。……もし、好きな奴出来たら相談しろよ? 俺でよければいつでも相談に乗るからさ。


    アイとシズカは頭を抱える。


13


    と、ルリが現れる。皆の様子をじーっと見てる。


テツコ あんたこそ、好きな人の一人や二人さっさと作りなさいよ。

青山 うわっ返されたか。

テツコ 恋愛経験ない奴に相談乗ってもらいたいとは思わないからね。

青山 そりゃそうか。

テツコ それにしても、サクラちゃんはよっぽどテンちゃんのことが好きなんだね。

アイ え?

シズカ そして、テンちゃんはおねえちゃんが好きと。

アイ そんなことないわよ。

テツコ あら? だから、嫉妬して少しでもおねえちゃんを嫌いになるようにしているんでしょ? 可愛いわよねぇ。

青山 なんか、その言い方おばさん臭いぞ。

テツコ うるさいな。にしても、私、何か忘れている気がするんだけど。

ルリ じーー

青山 大切なことか?

ルリ じーー。

テツコ だったら忘れないと思うのよ。

ルリ じーー

アイ トイレとか?

ルリ じーー

テツコ そんな年じゃないって。

ルリ あたし、帰る。

テツコ うん、気をつけてねって思い出した! ルリちゃん!

ルリ 思い出すの遅すぎですよ先輩!

テツコ いやぁ、ごめんごめん。ほら、みんな、ルリちゃん。

アイ うん。

ルリ お姉ちゃん、私のこと気づいていて無視したでしょ。

シズカ いやぁ、そうかなとは思ったんだけど。今日コンタクトつけてないから。

ルリ お姉ちゃんコンタクト必要ないでしょ。


    と、言いつつルリはアイの隣に座る。


シズカ 何しに来たの? というより、テっちゃんはなんでルリを呼んだの?

テツコ そりゃあ、アイの誕生日の企画として、アイ伝説を披露しようと思ってさ。

シズカ そんなのみんな(知っているでしょ)

青山 なに? 花咲さんって伝説持っているの?

シズカ 知らない人もいるよね、確かにね。

アイ ルリちゃん久しぶりだね。

ルリ お久しぶりです! 今日はワタクシ、力不足かもしれませんが、全力を尽くして語らせていただきます。

アイ えーっと、ルリちゃんは、今日のことをどう聞いているの?


    ルリはパントで表現。


アイ ふーん。そっかそっか。テツコ〜!

テツコ さぁ、というわけで、ルリちゃん。お願いします。

ルリ はい。えーっと、青山さんですか? 

青山 ああ。

ルリ こんにちは。水葉ルリです。今日は、思い切り語らせていただきます。我が中学校の生きた伝説! 花咲アイについて!

青山 生きた伝説って……

シズカ ごめんね。うちの妹、アイちゃんファンクラブの会長だから。

青山 あ、そんなのまであるんだ。

アイ 無い無い無い。この子が勝手に作って、勝手に会長をやってるだけ。

ルリ 今年は30人越えを狙っています。

アイ いつの間に増やしたの!?

シズカ 我が妹ながら恐ろしい奴。


    と、照明が変わる。


14


    舞台端にテンの部屋。
    テンが部屋の隅にやってくると、うずくまる。
    サクラがやってくる。


サクラ ごめんね、テンちゃん。

テン ……

サクラ 怒ってる? 怒ってるよね?

テン ……

サクラ 私、好き勝手色んなこといったもんね。テンちゃんの好きなお姉ちゃんの悪口言って……。

テン ……

サクラ テンちゃんが怒るのも無理ない。だから、あたし。ぜーーーったい謝らないから。

テン え?

サクラ あのね? 私のこと怒っているけど、それ、テンちゃんの八つ当たりだから。

テン 八つ当たり?

サクラ そう。お姉ちゃんと普通にお話できないからって、私に怒ってもしょうがないじゃん。

テン それで怒ってるの?僕。

サクラ ほら、自分が怒っている理由までよく分かってないんだから。

テン だって、お姉ちゃん、全然僕の方を見ないから。

サクラ 仕方ないわよ。10も離れていたら。全然興味なんてなくなるのも仕方ないよ。

テン 違うんだ。

サクラ 違う?

テン 僕が何かやっちゃいけないことやっちゃったんだ。だからお姉ちゃんは冷たくなっちゃったんだ。でも、僕は、なにをしたかも覚えてないから。だから、お姉ちゃんは僕を見てくれないんだよ。

サクラ なんでそんな風に思うの?

テン だって――


    照明が切り替わる
    ルリが話している。


ルリ 伝説その3 生徒会の選挙演説当日に突然の欠席。しかし、生徒会長に見事当選。

青山 そんなに人気があったのか?

アイ さあ。

ルリ 生徒会長に立候補する人は、必ず演説をするんだけど、その当日にアイさんの弟が救急車で運ばれちゃったのよ。それで、自分もすぐに行きたいからと言って、した演説がこうだったという。

テツコ 次、生徒会長立候補。二年三組 花咲アイ。

ルリ 「生徒諸君。私はここで皆さんにお詫びをするために立っている。先ほど、全校放送で私の名前が呼ばれたのは皆さんもご存知のことと思う。実はそれは私の弟が救急車で運ばれたという知らせだったのだ。そして、私は生徒皆さんへの演説より肉親の安否を選ぶことにした」ここで、アイさんは涙を流しながら語ったといわれている。「生徒会長という公の身に立候補しながら、私用を優先することをお許しください」そして、わき目も振らず、体育館外へ駆け出していった。その後姿には、拍手が割れんばかりに起こっていたという……

シズカ そんなこともあったねぇ。

アイ そこまで大げさな退場はして無かったよ!

テツコ ね? あたしも聞いてびっくりしたんだから。凄いでしょ。

青山 いろんな意味でな。

ルリ まだまだこんなものじゃないわよ! 次は伝説C海がめの産卵を手伝った女!


    照明が切り替わる。


サクラ そっか。小さい頃は、優しかったんだ?

テン うん。だから、僕がきっと……。

サクラ 違うと思うけどな……

テン え?

サクラ もしかしたらだけど。お姉さんの気持ちはきっと、私に近いんだと思うな。

テン サクラちゃんに?

サクラ うん。だから、テンちゃんは気にしなくていいの。そのうち解決することだから。

テン 本当?

サクラ 本当。指きりしてもいいわよ。

テン ありがとう。

サクラ うん。さ、お姉さんに少しでも好かれるよう、名誉挽回しましょ。

テン うん。


    と、チャイムの音。


テン 誰だろ。

サクラ (窓から見て)なんか、可愛い車よ。

テン あ、ケーキ屋さんの車だ。

サクラ じゃあ、ケーキが来たの?

テン うん。よし。取りに行く!

サクラ まって、転ばないようにね!


    照明が切り替わる。


15


ルリ こうして、回し蹴りで熊を倒した後、山に迷っていた女の子達に向かって、アイ様は、王子スマイルを見せて言ったのでした「もう大丈夫だよ。可愛いおちびちゃん」

アイ ……それは、凄い人だなぁあたし。

青山 熊倒したのか……。

テツコ そんなわけ無いでしょ!

ルリ いえ、倒したのです! なぜならアイ様だから。ね?お姉ちゃん。

シズカ もう、どうにでもして。


    と、チャイム音。


アイ 今度は何?

テツコ さぁ。


声 「花咲さん、○○です。ケーキお届けに参りました」


アイ ああ、ケーキか、


    と、立ち上がろうとして、


テツコ まぁまぁ、王子様は座っていて。ね。ここはあたしが、

青山 いや、お前こそ座ってろよ。俺がとってくるから。

シズカ いや、ここは、私が、


    と、言っているところにテンが走ってくる。


テン はいはいはーい。今でまーす。

アイ あ、テン!

テン 大丈夫だって!


    テンが去る。
    サクラがやってくる。


サクラ あーあ。張り切っちゃって。

アイ あなたがテンに余計なこと言ったの?

サクラ いいえ。テンちゃんが自分でやりたいって言ったんですよ。

アイ そう。

サクラ 意地っ張り。

アイ 何か言った?

サクラ いえいえ。


    と、テンがやってくる。


テン ほらほら、ケーキだよぉ。

アイ 落とさないようにね!

テン 大丈夫だって。あっ!


    と、落としそうになる。セーフ。


テン なんてねぇ〜。


    と、その笑顔のままこける。


アイ テン!


    思わずアイはテンによる。
    他の人間はほおり出されたケーキに。
    ケーキの箱をあける。


シズカ あちゃあ。

アイ テン!

テン ごめんなさい!

アイ ……

テン ごめんなさい。

シズカ アイちゃん。

アイ 大丈夫。怒る気も無いわ。


    テンは部屋へと走り去る。


シズカ 逆に酷いよそれは。

サクラ 私、見てきます。


    サクラが去る。


16


ルリ 凄い。冷血な女伝説だ。

シズカ こんなときにもあんたは……

アイ もう、なんかごめんね。みんな。

テツコ 別に、あんたが悪いわけじゃないでしょ。

アイ なんか、もう全然うまくいかなくて。なんだろ今日は? 今日あたしの誕生日なんだよ? 多分。誕生日なんだと思うんだけどさ。……こんな日もあるんだね。本当。もう何年ぶりかにやった誕生日会だって言うのにさ。ね。本当。嫌になっちゃうよ。

テツコ あ、あたし、ケーキ買ってくるわ。ちょっと走ればすぐだし。

青山 だったら、俺が行ってくるよ。

テツコ あんたじゃどんなケーキ買うか分からないでしょ。

青山 じゃあ、お前もついてくればいいだろ。

テツコ ……いい?

アイ お願い。

テツコ うん。よし、行くよ!

青山 ああ、すぐ買ってくるから。


    青山とテツコが去る。


シズカ あ、ついでに飲み物……って、遅いか。

ルリ あたし行ってこようか?

シズカ あんた一人で?

ルリ ここまで自転車で来たから。姉ちゃん歩きでしょ?

シズカ うん。

ルリ じゃあ、任せて。

シズカ よろしく。

ルリ うん。……アイさん、そんな気を落とさないでくださいね。


    ルリが去る。


シズカ みんな優しいね。

アイ うん。

シズカ あんたも、少しはテンちゃんに優しくしてあげればいいのに。

アイ これでも、している方だよ。

シズカ そうかな? 中学のときは、もっと姉馬鹿だった気がするけど。

アイ 何? 姉馬鹿って。


    と、そこに母がやってくる。


17


母 ちょっと、お姉ちゃん。

アイ 何?

母 テンちゃん、泣いてたわよ。

アイ それが?

母 あんたは本当、なんでいつもすぐ弟を泣かすの? お姉ちゃんでしょ?

アイ だから?

母 だからってねぇ、お姉ちゃんが弟守ってあげないでどうするのよ?

アイ いつまで守ればいいの?

母 何を言って、

アイ そうやって、私はいつまであの子を守っていればいいの? お姉ちゃんなんて名前で呼ばれて。いつまであの子のお姉ちゃんでいればいいの? あたしはどこへ行くの? あたしはあたしよ。花咲アイ。あの子のお姉ちゃんってだけじゃない。

母 弟のことをあの子なんていうのは止めなさい。

アイ だったら、私をお姉ちゃんなんて呼ばないで。

母 あんたはお姉ちゃんなんだから仕方ないでしょ!

アイ なに仕方ないって? 弟なんて欲しいって頼んだ覚えは無いわよ!

母 アイ!

アイ お姉ちゃんにしてなんて誰が頼んだのよ! 先に生んでくれっていつ言ったのよ! 面倒見ますっていつ約束したのよ! 全部押し付けているだけじゃない。お姉ちゃんなんて言葉で。なんであの子に気を使って私は生きなくちゃいけないの? ねぇ? なんで? お誕生日会をやれなくなったのは何で? あの子が生まれてからでしょ? 生徒会の途中で抜け出さなきゃならなかったのは何で? あの子の入院について来いなんて言われたからでしょ。おかげで生きた伝説扱いよ。いい笑いものじゃない。ねぇ? 私頼んだ? お姉ちゃんになりたいって。そもそも聞いてくれたことが無いじゃない。もし聞いてくれたら言ってたわよ! 弟なんていらない! 弟なんていらない! 弟なんていらない!

母 アイ! いいかげんにしなさい!

テン ごめんなさい。

アイ テン……


    そこには両手にプレゼントを持ったテンがいた。
    そのプレゼントを落とすと、テンは涙をこらえる。


母 テン……

テン ごめんね、お姉ちゃん。僕……


    テンが走り去る。


サクラ テンちゃん!

    サクラも走り去る。
    母がアイを見る。


アイ なに?

母 頼んだのよ、あなたは。

アイ え?

母 幼稚園でも兄弟がいる子が多くて、一緒に遊ぶ子もいなくて。だからいつも言ってたじゃない。「弟か妹が欲しい」って。

アイ そんなの、覚えてないわよ……

母 そうよね。


    母が奥へと消える。

    シズカが落ちていたプレゼントへと寄る。
    バースデイカードがついている。


シズカ 「お姉ちゃんへ、」だって。

アイ なんて、書いてある?

シズカ ……自分で読んだほうがいいと思う。


    アイがバースデーカードを開く。


アイ 「お姉ちゃん大好き」だって。

シズカ そっか。

アイ あいつ、あたしのこと「大好き」なんだってさ。馬鹿だよね。あいつ。こんな私を。

シズカ あたしも、アイちゃんのこと、好きだよ。

アイ ああ、そっか。……馬鹿なのはあたしか。……テン、探しに行かないと。

シズカ うん。


    と、そこにサクラが飛び込んでくる。


サクラ テンちゃんが!

アイ テンがどうしたの?

サクラ テンちゃんが!


    照明暗転
    救急車の音が流れる。


18


    手前に照明がつくと、そこは道路。
    救急車の音はまだ遠くで流れている。
    テツコが電話をしている。その横には青山。


テツコ うん。うん。わかった。じゃあね。

青山 どうした?

テツコ ちょっと事情が変わったから来なくっていいって。

青山 なんだそれ? そうするんだよこれ(ケーキ)。

テツコ あたしに聞くなよ。(救急車の音を聞き)なんか、物騒な世の中だねぇ。

青山 だな。まぁ、じゃあ、今日は解散、かな?

テツコ みたいだね。まぁ、この侘びはきっちりアイに入れさせるから。

青山 おいおい。誕生日だった奴にきついことさせるなよ。

テツコ とりあえず、事情くらいは聞かないとね。あんただって納得できないでしょ。

青山 まぁ、そりゃそうだけど。

テツコ 後で電話するとは言ってたけど。……じゃあ、あたし、こっちからの方が近いから。

青山 送っていくよ。

テツコ 何言ってんだ。お前はいつからあたしを送れるほど強くなったんだよ。

青山 結構色々頑張ったからさ。

テツコ ふーん。まあ、でもいいよ。今日は。またの機会にしていて。

青山 いや、送るよ。

テツコ いいって。

青山 物騒な世の中だって言ったのはお前だろ。

テツコ 別に、こんな時間になんも起きないだろ。

青山 俺が送りたいんだよ。

テツコ なんだそれ。なんか用でもあるのかよ。

青山 あるよ。……話がある。

テツコ ……へぇ。じゃ、分かった。聞いてやるよ。


    青山とテツコが去る。
    奥に照明がつく。
    死んだようにアイがいる。


19


    シズカがやってくる。


シズカ まだ手術終わらないって。

アイ そう。

シズカ でも、命に別状は無いみたいだよ。時間がかかっちゃうのは子供だからってことだし。でもその分子供だから治りも早いだろうって。

アイ うん。

シズカ ……自分、責めるのは止めなね。

アイ でも、私が、

シズカ 今は祈ることしか出来ないじゃん。それで、治ったときには今まで以上に優しくしてあげなよ。ね?

アイ ……怖かったんだ。ずっと。

シズカ うん? 

アイ 弟が生まれてから、弟の面倒ばっかり見てて。初めはお姉ちゃんだからって思って変に張り切ってたけど。そのうち……変なんだ。弟の世話をすればするほど、あたしがいなくなっていって、お姉ちゃんが増えていったの。商店街の人も、弟が生まれる前は名前で呼んでくれていたのに。「アイちゃん」が「お姉ちゃん」になって……弟の世話は相変わらず大変で。でも、お姉ちゃんだからってがんばって、頑張って、頑張って……そうしたら、あるとき思ったの。あれ? あたしどこ行っちゃったんだろ。ここにいるのは花咲テンのお姉ちゃんには間違いないけど、でも、花咲アイはどこ行っちゃったんだろうって。そう思ったら、弟の顔見るのもいやになって……だから、今まで会わせた事も無かったんだ。家に呼んだことも。今日までずっと。

シズカ うん。

アイ あたし駄目なんだ。きっと昔っから自分のことしか考えられない奴なんだ。弟の気持ちなんて知りもしないで。勝手なことばっかり。駄目なおねえちゃんなんだ。本当。最低だよ。

シズカ そんなこと無いよ。

アイ いいよ。自分で分かっているんだから。

シズカ 少なくとも、弟のために生徒会の演説をほっぽりしたアイちゃんは、自分のことしか考えられない人間なんかじゃ無かったよ。

アイ そうかな。それも、もしかしたら同情票を狙っていたのかもしれないし。

シズカ アイちゃん、あの時本当はなんて言ったのか教えてあげようか?

アイ 覚えてるの?

シズカ もちろん。だって、アイちゃん一言しか言ってないもん。「ごめん。弟が救急車で運ばれたんだ」って。真っ青な顔で。だから、あたしは、誰がなんと言おうとアイちゃんを生徒会長にしてやろうと思ったんだから。

アイ じゃあ、壇上で演説したのは。

シズカ うん。あたし。

アイ そりゃ覚えてないはずだあたし。

シズカ でしょう?

アイ ……怖いんだ。テン、自分から車に飛び込んだんじゃないよね?

シズカ そんなわけないでしょ!?

アイ 弟なんて要らないって言ったから、それで……

シズカ 大丈夫。ただの事故だから。ね? 明日にはもう笑い話になっているはずだから。

アイ うん。


20


    と、ドアを叩く音。


テツコ アイ! アイ! いるの!?

青山 ノブ回せよ! ノブ! 

テツコ ああ、分かってるわよ!


    と、テツコと青山が現る。


アイ テツコ

テツコ ……大丈夫?

アイ うん。

テツコ よし。病院行くよ。ヨウ!

青山 おう。タクシーだろ?

テツコ うん。


    青山が去る


アイ テツコ?

テツコ シズカから話し聞いた。それで飛んできたのよ。

アイ ありがとう。でも、病院って。

テツコ ばか! あんたはお姉ちゃんでしょ! お姉ちゃんが弟のピンチに家にいてどうするのよ!

アイ ……なんか、テツコに言われると、そうだなって思えるな。

テツコ あたしは正しいことしか言わない。

シズカ こりゃ仕方ないよ、お姉ちゃん。

アイ うん。お姉ちゃんだもんね。うん。

テツコ よし、行くよ。

シズカ で、なんでテっちゃんは青山君のこと、下の名前で呼んでいるの?

テツコ そ、その話は後! 今は弟の無事を祈ってろ!

アイ ……テン……死なないよね?

シズカ うん。

テツコ 当たり前だろ。そんな馬鹿みたいな話があってたまるか!


    暗転。


21


    舞台に明りがつくと、母が布巾でテーブルを拭いている
    と、観客席に気づく。そこに、父親でもいるのだろう。その父に語りかける。


母 あら? もう撮っているんですか? もう、撮るんなら撮るって言ってくださいよ。今のうちからそんな風じゃ式の本番にバッテリーが持ちませんよ。 何か一言ですか? もう。あたしそういうの駄目なんですから。どうせあなたの趣味でしょう。あなたが入れてくださいよ。はいはい。分かりました。え? ポーズですか? いいですよ、このままで。……じゃあ、こういうのとかでいいでしょ? こういうの? 


    だんだん、母のポーズは過激になってくる。
    いい加減お客様の寛大な心も切れかかるころ、


アイ なにやってるの?


    アイの姿が浮かび上がる。制服姿。
    そこは花咲家のリビング。母のポーズは結構とんでもないものになっている。


母 え? あら、アイ。おはよう。

アイ そのポーズのまま言わないでよ。ほら、父さんも! 母さんが乗りやすいの知っててやるんだから。

母 だって。せっかくお父さんが撮ってくれるっていうんだもの。いいじゃない。ちょっとくらいお茶目したって。

アイ するのは勝手だけど。それ、おじいちゃんにも送るんじゃないの?

母 そうなの!?

アイ だって、こないだ父さん電話で約束してたよ。

母 あなた! 忘れてたじゃないでしょ! こんなの親戚に見られたら、あたし、これからどんな顔して田舎行っていいかわから無いじゃない! 消してくださいよ! すぐ! now!

アイ いいじゃんこのままでも。

母 全然よくないわよ! ああ、それで、支度はできたの?

アイ うん。って言っても、いつもと別に変わらないけどね。

母 三年なんてあっという間ねぇ本当。

アイ 止めてよね。会場で泣いたりしないでよ。

母 大丈夫。出るまでは我慢するわ。

アイ 駄目。家帰るまでは我慢して。

母 はいはい。さ、じゃあ母さんも準備しようかしら。

アイ まだやってなかったの?

母 だって、父さんが。

アイ 分かったから、ほら、準備しておいで。早く早く。じゃないとあたし一人で行くからね。

母 はいはい。(父に)ちゃんと消しておいて下さいね。


    母が去る


アイ もう。慌しいんだから。え? 何か一言? 母さんの奴消さなくていいの? 知らないよ、後で何言われても。はいはい。一言ね。はい。しゃんとしますって。


    アイがぴしりと立つ。


アイ えーワタクシ、花咲アイも本日で高校三年生。卒業です。……いいでしょ。中学のときと同じだって。一々文句言わないの。うん。思えば長かった三年間も、今となってはいい思い出。とりあわけ、思い出が深いのは

テン(声) お姉ちゃん

アイ ……え?


    暗がりにテンの姿が浮かび上がる。


テン お姉ちゃん。


    アイがふとテンを見る。
    テンの姿が消える。


アイ 気のせいか。……とりわけ、思い出が深いのは……去年の12月です。私はその日、10年ぶりの誕生日会を皆で祝いました――


    アイの目が遠くを見る。
    テンの姿が浮かび上がる。


テン お姉ちゃん!


    ふと、呼ばれた気がしてはっとする。
    振り返る。


アイ うん。やっぱり気のせいだ。

テン わざと無視しているだろさっきから!

アイ あ? わかった?

テン もちろん。

アイ おはよう。

テン おはよう。卒業、おめでとうございます。

アイ おやおや、ご丁寧に。ありがとうございます。

母(声) テン! あんたも早く着がえるのよ〜

テン え、僕も行っていいの?

アイ 来たいの?

テン うん。

アイ じゃあ、早く着がえてきて。

テン はい!


    テンが去る。


アイ 平和な日常。何もなかったような日々。でも、すこしだけ明るくなったような。そして、私は空に願う。今日、今このときが決して幻(まぼろし)ではありませんように。奇跡が当たり前のように起こった。当然の日常でありますように。


    チャイム音。


アイ はーい。


    と、騒がしくシズカとテツコがやってくる。


シズカ おはよう。

アイ おはよう。

シズカ ねぇ、聞いてよテっちゃんたらね〜

テツコ わぁばか言うなって言ったろ!


    と、シズカとテツコが言い合いを始める。
    アイは空を仰ぐ。


アイ よし。今日もあたしは元気です。以上終わり! こら〜何の話? 私も混ぜろ〜


    と、着がえ途中のテンが走ってきたり。
    ルリがアイの第二ボタンを奪いに現れたり。
    青山がテツコを探してきたり。
    テンの格好にサクラが喜んだり。
    騒がしく日々は回る。

    悔やむことを少しずつ過去のこととして。
    そうしてきっと一日でも多く笑っていられるように、
    今日も空を仰ぐ。

あとがき
暗転が多い理由について。
ハッピーエンドに終わった映画を見たときに、
「でも、あそこがああなっていたら、これバットエンドだよね?」
と、良く想像してしまう自分が居ます。
幸せに見える出来事はほんの少しの事で壊れてしまう。
「もしかしたら……」の可能性をより想像させる為に、間にいくつか
「そうだったかもしれない未来」を挟んでおります。
必要性を感じなければ、それは作者の力量不足です。申し訳ありません。

姉弟って難しいですよね。きっと男同士の兄弟よりも会話のブレや、
日常のちょっとしたことでのすれ違いが多いような気がします。
それでも仲良く日々が過ごせるのなら……そんな願いで書きました。

そうそう。
タイトルの「ソライロ」は、移ろいやすい明日と言うようなニュアンスです。
タイトルからの着想で、登場人物の名前は「青色」系から取っております。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。